新生ストラテジーノート 第 245 号

新生ストラテジーノート 第 245 号
2016 年 12 月 9 日
調査部長 江川 由紀雄
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(03) 6880-6035
イタリアにおける銀行の資本回復を巡る動向について
「ベイルイン」制度の運用と日本への示唆
イタリアの国民投票(12 月 4 日)の結果を受けて、レンツィ首相が 7 日に辞意を表明した。次期
首相が選出され新たな内閣ができるまでの間、イタリアで政治的な空白が生じることが懸念され
る。そのような中、11 月 24 日の株主総会で 50 億ユーロの増資を決議していた経営難に陥って
いるイタリアの大手銀行 Monte del Paschi di Siena (モンテ・パスキ銀行)を巡り、政府が増資
を引き受けて資本注入するかどうかといった動向が生じている。
モンテ・パスキ銀行は、欧州の銀行監督当局が実施したストレステストで 2014 年と 2016 年に
「不合格」となり、資本増強等の措置が求められていた。同行が進めている増資計画は、劣後債
を株式に交換するオファーも含まれるものと見られる。EU 加盟国に今年(2016 年)1 月、BRRD 1
に基づく「ベイルイン」ツールが導入され 1 年近くが経過するが、これまでのところ 1 件も「ベイルイ
ン」が実施されていない。モンテ・パスキ銀行を巡る動向については、EU 共通の金融機関の破綻
処理ルールの制約下で、イタリア当局および ECB 等の欧州金融当局が同行に対する公的な支
援や増資の扱いについて、どのような判断を行うかが注目される。なお、本稿はモンテ・パスキ銀
行が発行する有価証券の投資判断を行おうとするものではない。
イタリア中銀総裁の講演から読み取れる銀行監督当局者の「思い」
リーマンショックの前後に欧州諸国を含む世界各地の多くの国々は、各国それぞれに、銀行等
の金融機関に対して資本注入するか銀行の債務を政府が保証することで、銀行を「救済」した。こ
うした銀行救済(「ベイルアウト」と呼ばれた)は納税者負担で銀行を救うものとして批判の対象と
なり、いくつかの国々で、銀行等を「救済」するには、救済に先立って、株主や債権者の損失負担
を求める方向での法整備が進んだ。銀行の再生・破綻処理の原則は、「ベイルアウト」から「ベイ
ルイン」への大きなレジーム転換が生じたと言ってもよい。EU における BRRD とそれに基づく「ベイ
ルイン」ツールは、その典型例である。BRRD は 2014 年に欧州議会を通過し、2015 年頃に EU
Bank Recovery and Resolution Directive (Directive 2014/59/EU of the European
Parliament and of the Council of 15 May 2014) に基づき EU 加盟各国が国内法として整
備している金融機関の再生および破綻処理に関するルール。金融機関の破綻再生処理において
は納税者負担を生じさせないという考え方に貫かれている。金融機関に対して公的な資本援助を
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行うには、それに先立って総負債の 8%以上につき “write-down” する(つまり、まずは債権者
が損失を負担する)こと等が求められている。2016 年 1 月 1 日からは銀行監督当局の判断によ
り、劣後債や無担保社債等をカットしたり強制的に株式に転換することができる「ベイルイン」ツー
ルが発効している。
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加盟各国がそれぞれ国内法として導入した。
イタリアの中央銀行 Banca d’Italia が 2016 年 5 月に開催した会合における講演
2 で、
Ignazio Visco 総裁は、イタリア中銀はイタリアの銀行監督当局として過去 20 年間で 125 件も
の経営難に陥った銀行の再生・破綻処理を行ったが、2015 年 11 月に破綻処理を開始した小規
模な銀行 4 行の事例を除き、「預金者や債権者が損失を被ることはなかった」という趣旨のことを
述べている。これら 4 行の事例については、資産ベースでイタリアの銀行界の約 1%の小さな存
在であったにもかかわらず、EU の統一ルールに則った処理を行い、一旦は劣後債権者に損失を
負担させたうえで、後日、劣後債保有者に対する損失補償を行うといった措置が講じられることが
決定したようである。この講演からは、 Visco 総裁の苦悩が読み取れるように思える。
日本への示唆
「ベイルイン」制度が導入されている国・地域における銀行その他の金融機関の再生・破綻処
理において、債務免除特約や株式転換特約等が予め合意されていない劣後債や無担保社債を
カットまたは(可能な場合に)株式に転換させる「ベイルイン」がほんとうに生じるかどうかが着目さ
れる。モンテ・パスキ銀行の処理を巡る動きが「ベイルイン」制度がある国・地域における銀行破
綻処理の重要な前例となろう。「ベイルイン」という銀行監督当局にとっての強力なツールが、「抜
かずの宝刀」なのか、気軽に抜いてバッサバッサと斬りつける刀なのか、その位置づけが見えてく
る可能性がある。
このことの日本への示唆を少し考えてみたい。日本には「ベイルイン」制度(ここでは、倒産手続
きを経ずに、当事者間で合意されていない債権カットを行うことと狭く解釈する)は導入されていな
い。公的な支援との関係では、債務超過ではない銀行に対して予防的に預金保険機構が資本を
拠出する制度(たとえば、預金保険法 102 条 1 項 1 号措置―2003 年にりそな銀行対して講じら
れた前例あり)すら存在する。債務超過ではないが資本不足等が指摘され経営難に陥っている銀
行が日本に生じたら、どう処理されるであろうかは想像が付くだろう。
日本における「ベイルイン」制度の不存在については、FSB (金融安定理事会)が 2016 年 8 月
に公表した G20 向けの報告書 3において、FSB の “Key Attributes” 3.5 項で求めている「負債
を削減または株式等へ転換させる銀行監督当局者の権限(ベイルイン)の存在」を満たしていない
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”The Governor’s Concluding Remarks” 31 May 2016 英語版 p. 18 を参照
https://www.bancaditalia.it/pubblicazioni/interventi-governatore/integov2016/en
-cf-2015.pdf
FSB, Resilience through resolvability—moving from policy design to
implementation, 18 August 2016, p35 参照
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http://www.fsb.org/2016/08/resilience-through-resolvability-moving-from-polic
y-design-to-implementation/
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ことが指摘されている。もっとも、この指摘については、日本の当局はベイルインがなくてもその
「経済的目的」(economic objective)は達成できると反論していることが脚注で示されている。
日本の法制度を見直す動きに繋がるとは考え難いが、「ベイルイン」制度の不存在について、
G20 に直結している FSB から指摘を受けていることには留意しておきたい。
なお、本稿では、具体的な金融機関および有価証券について言及したが、本稿はこれらについ
ての投資判断を行うものではない。新生証券調査部は本稿で言及した金融機関をリサーチの対
象としておらず、これらの金融機関が発行する有価証券について何らの推奨も行わない。
(調査部長 江川 由紀雄)
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