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平成28年11月号
EU 諸国における洋上風力発電について
千葉銀行ロンドン支店
日本では近年、子どもよりもむしろ大人たちが主役となっているハロウィーン。
ロンドンでも日本ほどではないものの、仮装を楽しんでいる大人たちの姿が目立ち、
31 日のハロウィーンに近い週末には仮装をしてハロウィーンを楽しむ人々が街に
あふれていました。ただし、ロンドンではバスが 24 時間運行しており、地下鉄も今
年 9 月から一部路線で 24 時間運行が開始となっていることから、日本の渋谷のよう
に始発電車まで多くの人が残るといった様子は見られなかったようです。
さて、今回の EU インサイトは、EU 諸国における洋上風力発電についてお送りい
たします。
1.はじめに
二酸化炭素をはじめとした温室効果ガスによる地球温暖化をめぐる問題は、1985
年にオーストリアのフィラッハで開催された「フィラッハ会議」にて、はじめて提
起されたと考えられています。
その後、地球温暖化自体に対する懐疑論や、防止策の費用対効果を疑問視する声
等によって、防止策の実施に至るまでには長い時間が経過してしまいました。しか
し現在では、世界各国が温室効果ガスを多く排出する従来型の発電への依存を改め、
再生可能エネルギーを用いたクリーンな発電の割合を増加させていく方向へ進んで
います。直近では、2020 年以降の地球温暖化対策の枠組みである「パリ協定」に、
日本をはじめとした世界各国が批准しており、地球温暖化の防止に向けた全世界規
模での対策が今後ますます加速していくと見込まれています。
今回の EU インサイトでは、EU 諸国において数ある再生可能エネルギーを用いた
発電方法の中でも、特に普及が期待されている洋上風力発電に関してご紹介いたし
ます。
2.EU のエネルギー政策
2014 年 10 月に欧州理事会によって決定された、2030 年に向けた気候変動・エネ
ルギー政策の枠組みでは、温室効果ガスの段階的な排出削減を目的に、3 つの項目
において 2020 年・2030 年の時点における具体的な数値目標を設定しています。
その中でも 2020 年時点の目標は、それぞれの目標とする数値から「20-20-20」
(次
頁参照)と呼ばれています。特に、再生可能エネルギーによる発電シェアに関して
は、EU 各加盟国毎に目標が設定され、各国政府は目標達成に向けた「国家再生可能
エネルギー行動計画(National Renewable Energy Action Plan)」の策定と欧州委
員会への進捗状況の提出が義務付けられています。
1
【2030年に向けた気候変動・エネルギー政策枠組み】
項目
2020年時点の目標
2030年時点の目標
温室効果ガス排出量
1990年と比べて20%の削減
1990年と比べて40%の削減
再生可能エネルギー
による発電シェア
最終エネルギー消費の20%
(国別の目標設定あり)
最終エネルギー消費の27%
(EU全体としての目標)
エネルギー効率の改善
一時エネルギー消費量の20%削減(自然体比)
(努力目標)
一時エネルギー消費量の27%削減(自然体比)
(努力目標)
出所:COM(2014) 15 Fi na l , Europea n Commi s s i on より作成
下表の通り、欧州各国の再生可能エネルギーによる発電シェアは 2004 年からの
10 年間で急増しており、2014 年時点で既に 2020 年の目標値を達成している国も見
られます。その一方で、経済大国とされるドイツ・英国・フランス等は目標とのか
い離があり、今後の普及促進が必要とされています。
【欧州各国の再生可能エネルギーによる発電シェア推移】
2004年
2014年
2020年
目標との
時点
時点
時点(目標)
かい離
アイルランド
2%
9%
16%
7%
イタリア
6%
17%
17%
±0%
英国
1%
7%
15%
8%
エストニア
18%
27%
25%
▲2%
オーストリア
23%
33%
34%
1%
オランダ
2%
6%
14%
9%
キプロス
3%
9%
13%
4%
ギリシャ
7%
15%
18%
3%
クロアチア
24%
28%
20%
▲8%
スウェーデン
39%
53%
49%
▲4%
スペイン
8%
16%
20%
4%
スロバキア
6%
12%
14%
2%
スロベニア
16%
22%
25%
3%
6%
13%
13%
±0%
チェコ
出所:Euros tat公表データより作成
デンマーク
ドイツ
ハンガリー
フィンランド
フランス
ブルガリア
ベルギー
ポーランド
ポルトガル
マルタ
ラトビア
リトアニア
ルーマニア
ルクセンブルグ
EU全体
2004年
時点
15%
6%
4%
29%
9%
9%
2%
7%
19%
0%
33%
17%
17%
1%
9%
2014年
2020年
時点
時点(目標)
29%
30%
14%
18%
10%
13%
39%
38%
14%
23%
18%
16%
8%
13%
11%
15%
27%
31%
5%
10%
39%
40%
24%
23%
25%
24%
5%
11%
16%
20%
目標との
かい離
1%
4%
4%
▲1%
9%
▲2%
5%
4%
4%
5%
1%
▲1%
▲1%
7%
4%
3.なぜ洋上風力発電なのか
(1)再生可能エネルギーとは
そもそも再生可能エネルギーとは、どのようなエネルギーのことを指すのでしょ
うか。日本の「非化石エネルギー源の利用及び化石エネルギー原料の有効な利用の
促進に関する法律」によると、再生可能エネルギーは「エネルギー源として永続的
に利用することができると認められるもの」と定義されており、具体的には太陽光、
風力、水力、地熱、太陽熱、大気中の熱その他の自然界に存する熱、バイオマスが
挙げられています。
2
【発電の種類別特徴】
発電種類
メリット
・設置する地域に制限がない
太陽光発電
・機器のメンテナンスが容易
・比較的発電コストが低い
風力発電
・夜間にも発電が可能
・中小規模の河川でも活用可能
水力発電
・河川環境の改善にも繋がる
・発電に用いた蒸気・熱水の再利用が可能
地熱発電
・安定した発電量が得られる
・家畜排泄物や生ゴミ等を用いるため、
バイオマス発電
・地域環境の改善にも繋がる
デメリット
・気候によって発電量が左右される
・設置場所の周辺環境との調和が難しい
・立地によって発電量が左右される
・投資回収期間が比較的長い
・設置場所は公園や温泉施設が点在する
・地域のため、地元関係者との調整が必要
・資源の安定調達が前提となる
・採算面から大規模な発電施設は難しい
出所:経済産業省 資源エネルギー庁ホームページより作成
再生可能エネルギーの代表格である太陽光発電は、設置する地域に制限がなく、
設置までの期間も他の発電方法に比べて短く済むことから、欧州各国でも急速に普
及が進み、EU 全体では既に 2020 年時点の目標に近い水準まで普及しています。
これに対し、欧州において今後の導入拡大が見込まれているのが、他の再生可能
エネルギーによる発電方法に比べて発電コストが低く、太陽光発電と異なり夜間に
も発電が可能な風力発電であり、各国の目標達成に向けて重要な役割を担うと言わ
れています。
(2)EU 諸国における風力発電の普及状況
【EU諸国の風力発電】
2014年時点の実績
風力全体 総発電量に 陸上風力
発電量
占める割合
発電量
ドイツ
57,379
9.1%
72,664
英国
31,966
9.4%
34,150
オランダ
5,797
5.6%
13,372
フランス
17,249
3.1%
39,900
イタリア
スペイン
ポルトガル
15,178
52,013
12,111
5.4%
18.7%
22.9%
(単位:GWh)
2020年時点の目標
洋上風力
風力全体 洋上風力発 2014年時点
発電量
発電量
電の割合 での達成率
31,771
104,435
30.4%
54.9%
44,120
78,270
56.4%
40.8%
19,036
32,408
58.7%
17.9%
18,000
57,900
31.1%
29.8%
18,000
70,502
14,416
2,000
7,753
180
20,000
78,255
14,596
10.0%
9.9%
1.2%
75.9%
66.5%
83.0%
出所:各国の国家再生エネルギー行動計画、Eurostat公表データより作成
EU 諸国における風力発電の普及状況を見ると、イタリア・スペイン・ポルトガル
の 3 ヶ国に関しては既に 2020 年時点の目標に近い水準に達しているのに対し、ドイ
ツ・英国・オランダ・フランスの 4 ヶ国に関しては進捗が遅れています。両者を比
較してみると、進捗率の悪い 4 ヶ国は進捗率の良い 3 ヶ国に比べて、2020 年時点の
目標において洋上風力発電が占める割合が多く、その中でも英国・オランダに関し
ては、洋上風力発電の発電量が陸上風力発電のそれを上回っています。
では何故これらの国は洋上風力発電による発電目標を高く掲げたのでしょうか?
その理由は洋上風力発電が持つ様々なメリットにあります。
3
(3)洋上風力発電のメリット
欧州のエネルギー政策において重要な位置付けを占める洋上風力発電ですが、他の
発電方法と比較した場合の優位性として、主に以下の点が挙げられます。
① 立地上の制約が少ない
② 発電施設の大型化が可能
③ 陸上に比べて安定した風況(風の吹き方)が期待できる
まず①に関してですが、洋上風力発電は文字通り海の上に発電装置を設置するこ
とから、陸上と比べ平坦で広大な面積が確保でき、前述の風力発電のデメリットと
して挙げた「設置場所の周辺環境との調和」についても、近隣住民の生活や動植物
の生態系への影響を他の発電方法と比べて小さく抑えることが可能となっています。
次に②に関しては、①に付随するメリットですが、洋上風力発電は立地上の制
約が少ないため、大型の発電施設の設置が可能となっています。設備を大型化す
ることで発電効率の向上が図られ、一般的に、洋上風力発電設備は陸上風力発電
のそれに比べ、2 倍程度の発電容量(フル稼働時に得られる電力量)を備えている
と言われています。
最後に③に関してですが、この点が洋上風力発電最大のメリットと言えます。
風力発電施設を設置する海の上は、陸上と異なり土地の起伏や構造物といった遮
蔽物がなく、一般的に陸上よりも安定的な風況が得られるとされています。各国
の掲げる 2020 年時点の目標においても、下表の通り、洋上風力発電の発電容量は
陸上風力発電の発電容量よりも小さく設定されているにも関わらず、発電容量 1MW
あたりの発電量は洋上風力発電の方が概ね 1.5 倍多い水準となっており、高い稼
働率(良い風況)を期待していることが読み取れます。
【風力発電の発電容量と発電量】
陸上風力
発電容量
ドイツ
英国
オランダ
フランス
35,750MW
14,890MW
6,000MW
19,000MW
陸上風力
発電量
72,664GWh
34,150GWh
13,372GWh
39,900GWh
2020年時点の目標
陸上風力発電
洋上風力
1MWあたり
発電容量
発電量
2.0GWh
10,000MW
2.3GWh
12,990MW
2.2GWh
5,178MW
2.1GWh
6,000MW
洋上風力
発電量
31,771GWh
44,120GWh
19,036GWh
18,000GWh
洋上風力発電
1MWあたり
発電量
3.2GWh
3.4GWh
3.7GWh
3.0GWh
出所:各国の国家再生エネルギー行動計画より作成
以上の点から、国土が海に面している各 EU 加盟国においては、洋上風力発電の
導入を積極的に進めています。では次に、EU 諸国の中で最も洋上風力発電の拡大
に力を入れている、英国の事例をみてみましょう。
4
(4)英国における洋上風力発電
プロジェクト所在地
【英国の主要洋上風力発電プロジェクト】
プロジェクト名
①
②
③
運営開始
発電容量
London Arrayプロジェクト
2013年4月
Gwynt y Môrプロジェクト
2015年6月
Greater Gabbardプロジェクト
2012年9月
英国全体(2015年12月末時点)
630MW
576MW
504MW
5,103MW
出所:The Crown Estate、英国政府公表データより作成
②
英国では 2015 年 12 月末時点で、5,103MW の洋上風
力発電が運営中となっています。上表の通り、発電容
量が 500MW 以上の巨大なプロジェクトが存在しており、
これらのプロジェクトは 2016 年 11 月現在、その発電容量において世界のトップ 3
を独占しています。
前述の通り、英国は 2020 年の洋上風力発電の発電容量の目標を 12,990MW として
おり、目標達成には 2015 年 12 月末時点から約 2.5 倍の水準まで引き上げる必要が
あることから、今後も大型のプロジェクトが打ち出されることが見込まれています。
また、英国における再生可能エネルギーによる発電の促進制度として、Renewable
Obligation 制度(以下、RO 制度)や、Offshore Transmission Owner 制度(以下、
OFTO 制度)が挙げられます。
RO 制度は、電力の小売事業者は販売電力のうちの一定割合を再生可能エネルギー
による発電から調達しなければならないとする制度であり、再生可能エネルギーの
発電方法別に実際の発電量に掛け目が入ります。英国政府はこの制度において、洋
上風力発電の掛け目を他の発電方法に比べ優遇することによって、事業者の洋上風
力発電への投資意欲を刺激することに成功しています。
OFTO 制度は、洋上風力発電の事業者が建設した洋上の変電設備・送電線といった
発電以外の設備について、OFTO と呼ばれる別の事業者が購入・運営する制度です。
OFTO への資産売却によって発電事業者は投資額の一部を回収でき、英国政府にとっ
ては発電事業者による新たなプロジェクトへの投資が期待できます。
5
③
①
4.おわりに
日本では、地球温暖化の防止を目的とした再生可能エネルギーによる発電の促進
策として政府による固定価格買取制度が 2012 年 7 月から開始となり、他の発電より
も買取価格に優位性のあった太陽光発電を中心に普及が進んできましたが、風力発
電、その中でも洋上風力発電に関しては現時点ではほとんど見られません。
経済産業省が 2015 年 7 月に発表した「長期エネルギー需給見通し」においても、
2030 年時点のエネルギーミックス(電源構成)に関しては、再生可能エネルギーに
よる発電が全体の 22~24%、その中でも太陽光発電が 7.0%を占めるよう目標を設定
しているのに対し、風力発電(陸上・洋上合計)に関しては 1.7%程度に留まってお
り、本レポートで紹介した EU 加盟国の目指す姿とは大きく異なります。日本も国土
が海に面しているのになぜこのような違いが生まれるのでしょうか。
その理由の1つとして挙げられるのが、海底の深さです。現在、欧州をはじめと
した世界各国で導入されている洋上風力発電は、基礎を海底に固定する「着床式」
がそのほとんどを占めています。一方で、日本は遠浅の海岸が少なく、水深が深す
ぎることで「着床式」では採算性が確保できません。基礎を海底に固定せず風力タ
ービンを洋上に浮かべる「浮体式」については、現時点では世界でも実績が少なく、
建設から運営中の管理を含めたコストの削減が課題となっています。
今後、
「浮体式」による洋上風力発電の実績が日本をはじめとした世界各国で積み
重ねられ、固定価格買取制度の利用を含めて採算が確保できるようになった際には、
日本においても洋上風力発電の導入が活発化し、将来のエネルギーミックスにも大
きな変化が起こるかもしれません。また、
「着床式」に関しても、新エネルギー・産
業技術総合開発機構が千葉県銚子沖と福岡県北九州市沖の 2 ヶ所で 2013 年から商用
レベルでの実証実験をスタートしており、比較的海岸線に近いところでの普及に向
けたデータの蓄積を進めています。
あ千葉県は日本の中でも長い海岸線を有する県であり、かつ電力需要の大きい東京
との距離も近いことから、洋上風力発電の潜在的な可能性は他県に比べ高いと言え
ます。主要産業の 1 つである漁業への影響を考慮した上での今後の普及に期待しつ
つ、洋上風力発電のこれからに注目していきましょう。
以
6
上
【参照ウェブサイト】
・経済産業省
資源エネルギー庁:http://www.enecho.meti.go.jp/
・国立研究開発法人
・一般財団法人
新エネルギー・産業技術総合開発機構:http://www.nedo.go.jp/
日本エネルギー経済研究所:https://eneken.ieej.or.jp/
・全国地球温暖化防止活動推進センター:http://www.jccca.org/
・駐日欧州連合代表部:http://www.euinjapan.jp/
・欧州委員会(European Commission):http://ec.europa.eu/
・英国政府:https://www.gov.uk/
・The Crown Estate:https://www.thecrownestate.co.uk/
※ ここに掲載されているデータや資料は、投資等の判断となる情報提供を目的としたものであり、投資勧
誘を目的としたものではありません。投資等の最終決定は、ご自身のご判断でなされるようお願いいた
します。また、弊行はかかる情報の正確性や妥当性については責任を負いません。
※ 本レポートに関するお問合わせは、千葉銀行 市場営業部 海外支店統括グループ
(Tel:03-3270-8526、Email:[email protected]) までご連絡下さい。
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