「共感覚的比喩」の一方向性仮説に関する分析

ポスター発表
日本語の「共感覚的比喩」の一方向性仮説に関する分析
-日本語の五感を表す動詞と副詞、および形容詞の意味転用の方向性-
武藤 彩加(琉球大学)
副島 健作(東北大学)
【キーワード】 共感覚的比喩、一方向性仮説、身体性、生得性、言語普遍性
1 はじめに
五感内の意味転用の方向性には、
一定の拡張の方向性があることが多
くの先行研究で報告されている。こ
れは一方向性の仮説と呼ばれ、おお
むね正しいものと考えられている。
図 1. 共感覚的比喩の一方向性仮説(Williams 1976)
2 先行研究の問題点と本稿の課題
従来は主に五感を表す「形容詞」のみが考察の対象とされてきたが、本研究では、これ
まで検討されてこなかった五感を表す「オノマトペ」と「感覚動詞」についても考察する
ことで日本語の五感を表す語全体における感覚間の意味転用の方向性を包括的に捉えた。
3 五感を表すオノマトペの分析
日本語の五感を表すオノマトペ 50 を対象に、基本義から他の感覚への転用を記述した。
実例に基づき検討した結果、オノマトペの転用の方向性は次のように示される。
図 2. 日本語の「五感を表すオノマトペ」における五感内の意味の分析
4 五感を表す動詞の分析
日本語の五感を表す動詞を「みる、きく、ふれる、あじわう、かぐ」とし、それらの転
用を記述した。その結果と、従来の仮説とを照らし合わせて異なる点は次の 4 点である。
(1) 嗅覚から視覚と聴覚への方向性が指摘されたが、動詞ではどの感覚へも転用されない。
(2) 視覚からは、聴覚だけでなく全ての感覚へ転用される。
(3) 味覚から触覚への転用例が存在する。
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(4) 聴覚からも嗅覚、味覚への転用例が存在する。
以上の結果は従来の形容詞の比喩体系だけでなく、オノマトペの体系ともまた異なる。
5 五感を表す形容詞の分析
楠見(1988:133)の感覚形容語を参考にし、実例に基づき分析を行った。結果を以下に示す。
(1) 触覚はすべての感覚へ転用される(仮説と一致)
(2) 味覚はすべての感覚へ転用される(味覚→触覚を除き、仮説と一致)
(3) 嗅覚は味覚、視覚へと転用される(嗅覚→味覚を除き、仮説と一致)
(4) 視覚は聴覚、味覚、嗅覚へ転用される(視覚→味覚、視覚→嗅覚は仮説と一致しない)
(5) 聴覚は視覚へと転用される(仮説と一致しない)
。
日本語の五感を表す形容詞には、転用されやすい感覚(接触感覚)とそうでない感覚(遠
隔感覚)とがある。つまり,形容詞には一方向的な傾向性が存在すると言える。
6 日本語母語話者への意識調査とその結果
調査は仙台市の大学生
表 1. 共感覚的比喩表現の使用
42 名を対象とした。様々な
M(平均値)
SD(標準偏差)
方向の共感覚的比喩の実例
4.21
0.78
基本義
を提示し、実際に使うかど
3.25
0.85
触覚からの転用
うかを 5 段階で調査票に記
3.17
0.58
聴覚からの転用
してもらった。表 1 は感覚
3.00
0.81
嗅覚からの転用
ごとの平均値の違いを示し
2.94
0.65
視覚からの転用
たものである。触覚からの
2.60
0.65
味覚からの転用
転用例は多く使用されるが、
味覚からの転用例の使用はあまり浸透していないという傾向にあることがわかる。
7 結論
日本語の共感覚的比喩の体系には、五感を表す「オノマトペ」と「動詞」における感覚
間の意味転用には多様性が見られ、必ずしも仮説と一致しない。その一方で、
「形容詞」に
おいては従来の仮説に沿った一方向的な傾向性が存在する。
以上の実例に基づく分析結果を裏付けるべく日本語母語話者への調査を行なったが、転
用例は平均的に受け入れられているという結果を得た。
<参考文献>
Williams, J. M. (1976) Synaesthetic adjectives: a possible law of semantic change, Language, 52:2,
pp.461-477.
楠見孝(1988)
「共感覚に基づく形容表現の理解過程について-感覚形容語の通様相的修飾
-」,『心理学研究』第 58 号, pp.373-380.
山梨正明(1988)
『比喩と理解』
(認知科学選書 17)東京大学出版会.
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