MIZUHO CHINA MONTHLY

MIZUHO CHINA MONTHLY
みずほ チャイナ マンスリー
2016 年 12 月号
中国経済
1
15 年下期以降の日本のアジア投資
~中国向けは再び減少、ASEAN 向けは底堅く推移~
産業・地域政策
産業技術革新能力発展新 5 カ年計画の骨子内容と将来展望
11
―製造業イノベーション発展の現状と政策効果を中心に―
中国アドバイザリーの現場から
16
人民元の SDR 構成通貨入りに関する考察
中国戦略
中国のライフサイエンス:CEO の視点(下)
21
法務
26
2016 年の重要立法を振り返る(上)
税務会計
38
移転価格の事前確認手続
税務会計
44
アジアにおける税制 国を跨ぐ人々にかかわる税金
- 国際税務の観点から捉えた所得税
人事労務
50
日系企業の福利厚生のトレンドと重要性(1)
みず ほ銀 行
みずほ銀行(中国)有限公司
中国営業推進部
中国アドバイザリー部
みずほ銀行の中国情報ホームページ
~中国の経済、市場動向、規制と人民元取引に関する最新情報~
http://www.mizuhobank.co.jp/corporate/world/info/cndb/index.html
- Executive Summary 中国経済
15 年下期以降の日本のアジア投資
日本企業の対アジア投資は、2014 年下期以降回復していた中国向けが、2015 年下期以降に再び減少に転じた。
製造業は比較的堅調であったが、不動産業など非製造業が減少したことが一因。ASEAN 向けに関しては、タイと
インドネシアでは輸送機械が投資一巡で減少したが、その他の国では比較的堅調に増加した。特に ASEAN の内
需を狙う非製造業の増加が目立った。今後の日本の対アジア直接投資を左右する要素として、中国では自動車
産業の行方、ASEAN ではタイの国王崩御後の政情、アジア全域では TPP に替わる広域 FTA の行方に注目して
おく必要があろう。
産業・地域政策
産業技術革新能力発展新 5 カ年計画の骨子内容と将来展望
本稿は、本誌 9 月号で取り上げた「国家革新駆動発展戦略綱要」と「第 13 次 5 カ年科学技術革新計画」に続いて
今年 10 月に新たに公布された「産業技術革新能力発展計画(2016~2020)」の主旨内容を紹介したうえ、近年の
中国産業分野の技術革新の成果と課題を概観するとともに、同計画の制定意義と実施効果を展望する。
中国アドバイザリーの現場から
人民元の SDR 構成通貨入りに関する考察
2016 年 10 月、人民元が SDR 構成通貨に採用された。その影響について、直近まで習近平政権の国際収支政策
の中枢を担った高官によるレポートが発表されている。本稿では、当該レポートの内容を紹介することで日本国内
の報道等で目にする論調とは異なる中国識者の考え方を明らかにしつつ、「人民元がどのように国際化の道を歩
むべきか」という観点で、改めて人民元の SDR 構成通貨採用と国際化の進展について考察する。
中国戦略
中国のライフサイエンス:CEO の視点(下)
ヘルスケアは今なお中国政府の最優先課題の一つであり、ライフサイエンス産業は急成長期を過ぎたものの今
後も7%以上の堅調な成長が見込まれている。本稿では KPMG が実施した業界インタビューの結果をもとに、3 回
に分けて中国ヘルスケア市場概況と見通し、主な政策上の改革ポイントとそれらに対する参入企業の経営トップ
の反応などを紹介する。今回は最終回。
法務
2016 年の重要立法を振り返る(上)
本稿では、2016 年に公布または施行された主な法令をピックアップし、その内容を解説する。今月とりあげる法令
は、会社登記関連、外商投資関連、金融関連、税務関連、コンプライアンス関連の各分野。
税務会計
移転価格の事前確認手続
国家税務総局は、2016 年 10 月 11 日に「事前価格確認手続管理の改善に係る事項に関する公告」を発表した。
この公告は 2016 年 12 月 1 日から実施されており、従来の手続に比べて、事前確認の正式申請前の手続が重視
されている。この公告が発布された背景には、OECD の BEPS 行動計画の Action5 と Action14 も関係している。
税務会計
アジアにおける税制
国を跨ぐ人々にかかわる税金
近年ますます社会がグローバル化していることに伴い、人々のボーダレス移動(モビリティ)が増加する
中、ある種ブラックボックス化した曖昧な対応がとられている個々人の税務上の取扱いについて、今回は、
各国の税制の理解に勝るとも劣らず重要といえる、税務の世界における基本的な国際的枠組みについて解
説する。
人事労務
日系企業の福利厚生のトレンドと重要性(1)
パソナは中国に進出している日系企業の現地従業員の給与賞与・福利厚生に関する動向を毎年まとめた「現地
社員の昇給賞与・福利厚生に関する調査」を発表している。2015 年度の調査結果を一部紹介しながら、日系企業
における福利厚生のトレンドを見ていく。
中国経済
15 年下期以降の日本のアジア投資
~中国向けは再び減少、ASEAN 向けは
底堅く推移~
みずほ総合研究所
アジア調査部
上席主任研究員
酒向
浩二
[email protected]
1.はじめに
2015 年下期以降の日本企業の対アジア直接投資は、ASEAN5(タイ、マレーシア、インドネシ
ア、フィリピン、ベトナム)向けは高水準を維持しているが、2014 年下期から 2015 年上期にか
けて回復傾向にあった中国向けは、2015 年下期以降に再び減少に転じている。一方で、+7%超
の実質成長が続くインド向けは増加が続く結果となった(図表 1)。
本稿では、2015 年下期から 2016 年上期にかけての日本の対中国・ASEAN(ASEAN5 および CLM
(カンボジア、ラオス、ミャンマー)を主対象)直接投資動向とその要因を整理し、今後の対
アジア直接投資をめぐる注目点を検討した。
図表 1
日本の対アジア直接投資
(注)アジアの中から、ASEAN5・中国・インドを抽出。
(資料)日本銀行「国際収支統計」
1
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2016 年12 月号
中国経済
2.対中直接投資は製造業は比較的堅調も非製造業が大きく減少
(1)製造業の投資は比較的堅調
日本の対中直接投資動向を半期毎に製造業と非製造業に分けてみると(図表 2・図表 3)、2015
年下期に非製造業が、2016 年上期に製造業が減少に転じている。
まず製造業では、「電気機械」は 2015 年下期、「一般機械」・「輸送機械」は 2016 年上期
に減少したものの、2014 年下期から 2015 年上期の水準は維持している。労働コストの上昇を受
けた中国における生産工程の機械化ニーズや、政府が主導する半導体・有機 EL などのハイテク
分野の投資拡大、販売好調(詳細後述)な自動車産業などが、日系製造業の投資を底堅いもの
にしているとみられる。
ただし、「繊維」では資金流出が資金流入を上回る状況が続いており、労働コストの上昇を
受けて撤退が続いている様子はうかがえる。
(2)非製造業の投資は「不動産業」などが減少
非製造業の投資は、
「卸売・小売業」は堅調さを維持しているが、
「金融・保険業」は 2015 年
下期に減少、
「不動産業」においては 2016 年上期に資金流出が資金流入を上回る結果となった。
中国政府は景気刺激策の一環として、2015 年に入って住宅頭金比率の引き下げや、住宅ロー
ン金利の引き下げを進めてきた。その結果、住宅価格が 2015 年以降に急騰している1。中国政府
は 2016 年 9 月末以降に価格抑制(頭金規制、購入戸数制限などを相次いで導入)に転じている
が、住宅価格を巡る先行きの不透明さが、非製造業の投資伸び悩みの一因となっている可能性
はありそうだ。
図表 2
業種/年
製造業
食料品
繊維
木材・パルプ
化学・医療
石油
ゴム・皮革
ガラス・土石
鉄・非鉄・金属
一般機械
電気機械
輸送機械
精密機械
非製造業
農林業
漁水産業
鉱業
建設業
運輸業
通信業
卸売・小売業
金融・保険業
不動産業
サービス業
合計
日本の対中直接投資(業種別)
2013下
2,333
183
25
122
155
2
85
6
258
486
223
717
9
1,696
28
0
0
9
21
14
526
757
195
134
4,029
14上
1,492
175
▲ 12
106
224
2
51
142
278
72
▲ 102
491
31
1,143
0
0
0
21
22
14
234
652
105
81
2,635
14下
2,387
96
12
7
283
5
13
117
163
657
217
703
▲4
1,886
0
0
0
10
18
2
910
661
174
48
4,274
15上
3,083
113
22
70
218
8
188
49
204
777
612
695
16
2,567
3
0
0
11
22
25
1,046
987
371
71
5,650
図表 3
(単位:億円)
15下
16上
3,244
2,937
221
64
▲ 78
▲ 40
135
0
197
219
21
23
80
117
188
129
87
121
1,071
985
454
677
752
646
6
43
1,391
1,661
0
0
0
▲ 15
▲ 82
16
26
26
9
90
19
▲0
1,001
1,080
141
464
131
▲ 12
127
64
4,636
4,598
日本の対中直接投資(製造業・非製造業別)
(資料)日本銀行「国際収支統計」
(注)1.投資額 500 億円以上に網掛。
2.▲は撤退・合弁解消などに伴う資金還流(図表 5~9 も同様)。
3.「その他製造業」、
「その他非製造業」があるために業種合算は合計と一致せず(図表 5~9 も同様)
。
4.報告件数が 3 件未満の場合は 0 となっている(図表 5~9 も同様)
。
5.実線○は増加傾向、点線○は減少傾向(図表 5~9 も同様)
。
(資料)日本銀行「国際収支統計」
1
詳細は中澤(2016)参照。
2
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2016 年12 月号
中国経済
(3)投資収益では「輸送機械」好調、「不動産業」不振が顕著
参考までに、中国における 2015 年下期から 2016 年上期にかけての主要業種の投資収益をみ
てみると(図表 4)、製造業では「輸送機械」
・
「電気機械」などが堅調な一方で、非製造業では、
「金融・保険業」は横ばい、「不動産業」は不振となっている。
この様子から、業種毎の投資収益の差異が大きくなっており、好業績業種では事業拡大、業
績不振業種では投資縮小となっている様子うかがえる。
図表 4
中国における主要業種の投資収益
(資料)日本銀行「国際収支統計」
3
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2016 年12 月号
中国経済
3.対 ASEAN 直接投資はタイ・インドネシアの「輸送機械」が減少も、全体的には堅調
(1)タイ~「輸送機械」が大幅に減少、「電気機械」は増加~
次いで、日本の対 ASEAN 直接投資を主要国別にみてみる。
まずタイにおいては、
「輸送機械」の投資が大幅な減少となっている(図表 5)。2014 年から
タイ政府が進めてきた第二期エコカー投資(小型低燃費車投資優遇政策、第一期は 2009 年開始)
に基づく投資が一巡したことが主因と考えられる。また、タイ国内の自動車販売(2014 年 88.2
万台、2015 年 80.0 万台、2016 年(1~9 月)55.7 万台)が伸び悩んでいることも一因であろう。
一方、
「電気機械」の投資が拡大している点は注目される。電気機械部品の裾野が広いタイで
新たにスマートフォンおよび関連部品(レンズ関連などの基幹部品)を生産する動きがあるこ
となどが反映されたものと考えられる。
(2)インドネシア~「輸送機械」がやや減少、非製造業は増加~
インドネシア向けの直接投資は、引き続き「輸送機械」がけん引役となっている。販売鈍化
(2014 年 120.8 万台、2015 年 101.3 万台、2016 年(1~9 月)78.3 万台)の影響もあり 2015 年
下期からは緩やかに投資が減少している様子はうかがえるものの、タイに比べると約 2 倍の新
規投資額を維持しており、自動車生産拠点として、インドネシアがタイを猛追している様子が
うかがえる(図表 6)。
なお、非製造業の投資は堅調に推移している。名目 GDP(約 9,000 億ドル)と人口(約 2.6 億
人)で共に ASEAN の約 4 割を占める地域大国の内需を狙う「卸売・小売業」、「金融・保険業」、
「不動産業」などの市場参入が続いていることによるものと考えられる。
図表 5
業種/年
製造業
食料品
繊維
木材・パルプ
化学・医療
石油
ゴム・皮革
ガラス・土石
鉄・非鉄・金属
一般機械
電気機械
輸送機械
精密機械
非製造業
農林業
漁水産業
鉱業
建設業
運輸業
通信業
卸売・小売業
金融・保険業
不動産業
サービス業
合計
日本の対タイ直接投資(業種別)
2013下
1,915
▲ 38
18
44
102
0
134
▲ 48
263
125
184
987
78
6,438
0
0
0
▲3
21
5
203
6,191
1
20
8,353
14上
2,121
100
26
149
▲ 12
0
138
33
177
107
236
993
35
530
0
0
▲9
▲ 15
34
13
222
230
3
49
2,651
14下
1,645
▲ 89
43
51
90
0
45
40
304
188
123
765
38
1,066
0
0
0
6
33
11
229
672
9
19
2,711
15上
1,813
▲ 68
42
66
77
0
66
62
359
115
218
762
52
374
0
0
▲1
11
49
▲ 10
128
130
15
29
2,188
(単位:億円)
15下
16上
1,335
1,354
▲ 39
▲ 26
28
96
▲ 27
82
60
212
12
0
110
67
10
17
145
191
332
169
373
269
279
213
34
29
569
468
3
0
2
6
0
0
8
35
55
53
0
0
222
178
232
157
▲1
5
26
2
1,904
1,823
(注)投資額 100 億円以上に網掛。
(資料)日本銀行「国際収支統計」
図表 6
業種/年
製造業
食料品
繊維
木材・パルプ
化学・医療
石油
ゴム・皮革
ガラス・土石
鉄・非鉄・金属
一般機械
電気機械
輸送機械
精密機械
非製造業
農林業
漁水産業
鉱業
建設業
運輸業
通信業
卸売・小売業
金融・保険業
不動産業
サービス業
合計
日本の対インドネシア直接投資(業種別)
2013下
683
96
23
26
▲ 48
0
25
18
▲ 328
36
102
659
10
709
12
0
▲9
66
14
0
64
419
80
12
1,392
14上
741
▲ 20
32
25
▲ 55
0
104
16
67
15
39
485
6
1,576
140
1
0
19
4
0
44
1,219
93
17
2,317
14下
1,017
50
▲2
51
6
0
9
13
144
30
24
592
3
1,511
30
1
▲5
63
65
4
37
1,093
61
31
2,528
15上
1,290
23
39
84
117
0
38
19
240
23
2
662
6
679
24
0
▲4
18
69
0
64
295
134
16
1,968
(単位:億円)
15下
16上
1,247
815
21
85
18
18
55
▲8
192
64
0
0
▲5
▲ 13
50
52
127
102
59
35
62
10
556
449
2
5
1,012
903
▲0
30
6
2
▲ 29
4
33
29
45
82
97
0
90
126
282
437
383
104
46
35
2,259
1,719
(注)投資額 100 億円以上に網掛。
(資料)日本銀行「国際収支統計」
4
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2016 年12 月号
中国経済
(3)ベトナム~「輸送機械」が増加、「卸売・小売業」が増加~
ベトナム向けの直接投資は、製造業では「輸送機械」が増加している点が注目されるが(図
表 7)、その投資額はインドネシアやタイに比べると小規模である。ベトナムの場合、
「輸送機械」
の投資は自動車向けではなく、自動二輪車向けが中心とみられる。
非製造業では「卸売・小売業」が 2016 年上期に増加に転じている。人口約 9,000 万人を擁す
る同国の内需狙いの投資が増えている点は注目される。
ベトナムは、2016 年 2 月に署名された環太平洋経済連携協定(TPP)に参加している。TPP の発
効は、米国の政情によって不透明になってきているが(詳細後述)、関税撤廃に伴う対米アクセ
スの改善や、TPP 域内製品をメード・イン・TPP として扱う累積原産地規則制度の導入、さらに
は国内市場の開放をにらんだ動きが、各々先行して進捗しているという見方はできそうだ。
(4)マレーシア~「化学・医療」が堅調、「卸売・小売」が増加~
マレーシア向けの直接投資は、
「化学・医療」の投資が堅調に推移している(図表 8)。マレー
シアにおいては、日系家電メーカーが不採算となった家電の生産体制を見直したことなどから、
主力産業の 1 つである「電気機械」の投資がその影響を受けて低迷しているが、同国は比較的
整ったインフラを強みとして、資本集約型産業の投資先として魅力を高めているようである。
非製造業では、
「卸売・小売業」が増加している。マレーシアの 1 人当たり名目 GDP は約 1 万
ドルに達しており、ASEAN で突出する高い購買力が注目されている様子がうかがえる。ベトナム
同様にマレーシアも TPP に参加しており、そのことが国内市場の開放をにらんだ動きにつなが
っているという見方もできそうだ。
図表 7
業種/年
製造業
食料品
繊維
木材・パルプ
化学・医療
石油
ゴム・皮革
ガラス・土石
鉄・非鉄・金属
一般機械
電気機械
輸送機械
精密機械
非製造業
農林業
漁水産業
鉱業
建設業
運輸業
通信業
卸売・小売業
金融・保険業
不動産業
サービス業
合計
日本の対ベトナム直接投資(業種別)
2013下
656
30
7
37
77
107
14
49
106
25
14
114
54
209
1
0
0
17
0
0
26
138
22
5
865
14上
675
▲ 36
10
0
74
146
150
21
114
58
15
39
37
123
3
0
0
19
23
12
31
2
20
10
798
14下
474
55
3
14
71
11
▲4
30
30
87
36
70
16
136
2
0
0
▲ 40
0
0
▲ 22
107
51
37
610
15上
819
58
3
11
45
238
38
▲ 16
45
68
146
87
43
130
0
0
▲6
▲ 31
16
10
▲ 75
104
57
47
949
(単位:億円)
15下
16上
644
506
20
▲ 62
10
15
7
19
83
37
182
3
8
2
▲2
36
75
69
40
42
40
133
116
120
29
75
87
430
3
3
0
0
0
0
18
11
5
17
0
7
▲ 57
166
71
121
13
28
6
37
731
936
図表 8
業種/年
製造業
食料品
繊維
木材・パルプ
化学・医療
石油
ゴム・皮革
ガラス・土石
鉄・非鉄・金属
一般機械
電気機械
輸送機械
精密機械
非製造業
農林業
漁水産業
鉱業
建設業
運輸業
通信業
卸売・小売業
金融・保険業
不動産業
サービス業
合計
日本の対マレーシア直接投資(業種別)
2013下
363
0
7
6
150
0
9
101
72
42
▲ 48
36
▲1
163
0
0
19
▲5
▲1
11
▲2
68
0
60
526
14上
170
▲1
26
1
125
0
2
▲ 36
67
34
▲ 60
48
▲5
▲ 61
0
0
22
36
▲1
37
32
149
▲ 19
7
109
14下
404
8
29
11
389
0
13
▲ 32
35
▲ 38
▲ 100
36
▲6
462
0
0
12
1
6
304
45
87
1
6
866
15上
574
13
4
22
133
0
22
168
18
121
▲ 84
30
7
2,110
2
0
1,630
1
81
68
▲ 27
348
▲ 17
36
2,684
(単位:億円)
15下
16上
521
354
30
8
7
9
15
0
178
154
0
0
16
2
11
4
7
1
129
16
▲ 16
20
54
81
30
32
382
240
2
0
0
0
91
13
▲ 12
▲ 16
22
12
44
3
125
111
95
110
2
▲ 11
11
19
903
594
(注)投資額 100 億円以上に網掛。
(資料)日本銀行「国際収支統計」
(注)投資額 100 億円以上に網掛。
(資料)日本銀行「国際収支統計」
5
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
中国経済
(5)フィリピン~「電気機械」が堅調、内需狙いの投資が続く~
フィリピン向けの直接投資は、2014 年下期に増加に転じ、2015 年下期以降も増加が続いてい
る(図表 9)。製造業では、「電気機械」産業の投資が堅調であることに加えて、「輸送機械」と
「食料品」が増加傾向にある。非製造業では、
「卸売・小売業」・
「金融・保険業」が増加してい
る。
ASEAN でインドネシアに次ぐ約 1 億人の人口を擁するフィリピンは、インドネシアと同様に消
費市場としても注目されるようになっており、
「輸送機械」に加えて「食料品」や「卸売・小売
業」の投資もまた拡大するなど、内需拡大に期待する投資が増加している様子がみてとれる。
(6)CLM (カンボジア、ラオス、ミャンマー)~「ミャンマー」が躍進~
ASEAN における新たな投資先として近年注目を集めているのが、CLM の 3 カ国である。日本企
業が集積するタイやベトナムに隣接するためにサプライチェーンを構築し易く、労働コストも
相対的に安価な 3 カ国向けの直接投資は、2013 年までは工業団地整備で先行したカンボジアが
主体であったが、同国の最低賃金が 2013 年以降急ピッチで引き上げられている2こともあってそ
の後は伸び悩んでいる。
替わって 2014 年以降に増加しているのがミャンマーであり(図表 10)、日本が官民一体とな
って支援してきたヤンゴン郊外ティラワ工業団地が 2015 年 9 月に開業したことで、2015 年上期
にミャンマー向けが急増、2015 年下期も継続して増加している。
ミャンマーでは 2015 年 11 月に総選挙が実施され、2016 年 3 月に実質的にアウン・サン・ス
ー・チー氏をトップ(正式ポストは国家顧問兼外相)とする新政権が発足した。そのため政権
移行期に重なった 2016 年上期の直接投資は、認可手続きの遅れもあり大きく落ち込んだ。しか
しながら、その後の政権交代は円滑に進んでいる。さらにアウン・サン・スー・チー氏が 2016
年 9 月に訪米してオバマ米大統領に制裁緩和を要請、米国が受容れたことで対米輸出拡大の可
能性も出てきたことなどから、対ミャンマー直接投資は今後拡大が期待できそうだ。
図表 9 日本の対フィリピン直接投資(業種別)
業種/年
製造業
食料品
繊維
木材・パルプ
化学・医療
石油
ゴム・皮革
ガラス・土石
鉄・非鉄・金属
一般機械
電気機械
輸送機械
精密機械
非製造業
農林業
漁水産業
鉱業
建設業
運輸業
通信業
卸売・小売業
金融・保険業
不動産業
サービス業
合計
2013下
258
21
0
0
6
0
4
2
75
4
95
28
11
16
0
0
2
0
▲3
▲4
14
0
▲ 20
0
274
14上
76
30
0
0
12
0
4
0
▲ 58
0
32
36
15
128
0
0
0
0
2
3
24
92
▲ 12
3
204
14下
159
34
0
0
12
0
▲2
2
▲ 67
3
109
30
19
182
0
0
0
2
1
0
24
61
22
0
339
15上
459
40
0
0
9
0
11
0
▲7
4
318
30
28
153
0
0
0
12
1
0
40
5
18
15
612
図表 10
日本の対 CLM 直接投資(製造業)
(単位:億円)
15下
16上
510
522
91
94
0
0
0
▲1
27
14
0
0
0
0
7
64
53
97
1
3
141
138
71
67
12
▲1
578
1,091
0
0
0
0
▲ 13
0
8
4
0
▲3
36
0
69
68
297
877
23
17
58
9
1,088
1,613
(資料)日本銀行「国際収支統計」
2
縫製業の最低賃金は 2012 年 61 ドル、2013 年 80 ドル、2014 年 100 ドル、2015 年 128 ドル、2016 年 140 ドル。
6
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
中国経済
4.今後の日本の対アジア直接投資動向をみるうえでの注目点
これまでみてきたように、2015 年下期から 2016 年上期にかけて日本の対中直接投資は減速し
ており、対 ASEAN 直接投資はタイ・インドネシア向けの「輸送機器」で減少するも、全体とし
ては堅調に推移した。
今後の日本の対アジア直接投資動向を左右する要素として、次の 3 点に注目して結びとした
い。
(1)中国の自動車産業の行方
製造業の対中直接投資のけん引役の一つは「輸送機械」であり、ASEAN とは対照的な動きとな
っている。2015 年下期以降、中国の自動車販売は好調だが、背景には 2015 年 10 月から 2016 年
12 月まで期間限定で排気量 1.6L 以下の小型車の取得税を 10%から 5%に引き下げる消費喚起策
が行われていることがある。2015 年上期まで伸び悩んでいた自動車市場は、自動車減税政策開
始と共に急回復しており(図表 11)
、2017 年以降も自動車減税政策を何らかの形で継続(減税
幅の縮小など)されることが期待されている。
「中国自動車市場は中長期的に伸びる余地が存在
する」
(日系自動車メーカー)との声の通り、日系メーカーは中国自動車市場の成長性には期待
しているようだ。
一方で、中国では製造業の生産能力過剰が構造的な問題となっているが、自動車産業もまた
「現在の(中国全体としての)供給体制は過剰気味」
(同)との声も聞かれる点は気掛かりであ
る。足元の販売は好調ながら、競争力の弱い地場自動車メーカーの淘汰は進んでおらず、構造
的には需給が緩み易い。
政府系の中国自動車工業協会は減税政策を打ち出す前の 2015 年 5 月に、
「①盲目的に生産能力を増やすべきでない、②低レベルでの重複した投資を防止する必要があ
る、③主要な新技術を強化し、新しい製品の研究開発に力を入れ、すでにある生産能力利用率
を高めること」との注意喚起を促していることを踏まえると、日系メーカーも、新規投資に対
する積極さと共に慎重さも求められよう。
図表 11
中国自動車(乗用車)販売台数の対前年同期比伸び率
7
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
中国経済
(2)タイ政情の行方
日本企業の ASEAN5 における直接投資残高は、
タイが突出する状態が続いているが(図表 12)、
タイでは 2016 年 10 月 13 日に在位約 70 年に及んだプミポン国王が崩御し、翌 10 月 14 日から
1 年間喪に服すこととなった。崩御に伴う内政面での大きな混乱は今のところみられないもの
の、当初 1 カ月間は娯楽放送は禁止、イベント・キャンペーンなどが当初 100 日間程度は自粛
される可能性が高いために短期的には日本企業の販売面への悪影響は避けられず、2017 年の年
明け以降の販売回復動向が今後の直接投資動向を左右する注目点の 1 つとなろう3。
また同国では、2013 年 10 月以降にタクシン派と反タクシン派の対立が先鋭化し、2014 年 5
月に軍が介入してクーデターを起こして以降、軍政が続いて上下院が閉鎖されたままの状態が
続いている。2016 年 8 月に軍政下で策定された憲法草案が国民投票で承認され、2017 年中の
民政復帰を目指してきたが、憲法発布には国王の承認が必要であり、プミポン国王の長男であ
るワチラロンコン皇太子の国王就任が喪明けまで遅れれば憲法発布が遅れ、民政復帰のスケジ
ュールもまた後ずれする可能性がある。
タイが特に人権を重視する欧米との通商交渉再開などの関係改善を実現し、国際社会に完全
に復帰するためには、民主的で透明性の高いプロセスを踏まえた早期の民政復帰が不可欠であ
るが、皇太子の国王就任と民政復帰の行方もまた、日本企業の投資動向に影響する可能性はあ
りそうだ。
図表 12
日本の対 ASEAN5 投資残高(2015 年末)
(資料)日本銀行「国際収支統計」
3
詳細は小林・稲垣・多田出・松浦(2016)参照。
8
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
中国経済
(3)TPP に替わる広域 FTA の行方
広域 FTA に積極的な国・地域は、輸出振興のみならず規制緩和などにも前向きであることか
ら投資先として魅力的である。アジアの広域 FTA としては、実質的に対米 FTA という意味合い
が強い TPP への期待が高く、前述の通りベトナムなどでは TPP 発効を視野に入れた日本企業の
先行投資の動きがみられてきた。しかしながら 2016 年 11 月 8 日に行われた米国の大統領選挙
では、TPP 離脱を表明してきたトランプ氏が当選した。日本では 11 月 10 日に TPP 関連法案が
衆議院で可決されたものの、米国の離脱懸念から、TPP への期待が低下している感は否めない。
そこで、もう一つのメガ FTA として注目されるのがアジア諸国と EU の FTA である。TPP 同様
に対 EUFTA でもベトナムがいち早く署名に至っている点は注目される(図表 13)。こちらは高
度な貿易・サービスの自由化を目指す TPP に比べるとより貿易に比重を置いた条約であること
から、発効の実現性は高いとみられている。そのため、TPP 発効をにらんだ対ベトナム投資は、
EU との FTA をにらんだ投資にシフトする可能性はありそうだ。
また、アジア域内における広域 FTA として、ASEAN10 カ国および、日本、中国、韓国、オー
ストラリア、ニュージーランド、インドの 16 カ国が参加する東アジア包括的経済連携協定
(RCEP)への期待が相対的に高まる可能性もありそうだ。RCEP は、貿易自由化を進めたい中国・
ASEAN と反発するインドなどの調整が難航して 2015 年中を目指してきた妥結が遅れているが、
広域アジアの貿易および投資ルールの確立という意味で、協定の意義が高まる可能性が出てき
た。
当面は対 EU と RCEP いう 2 つの広域 FTA の行方に注目しておく必要がありそうだ。
以
図表 13
国/広域 FTA
上
広域 FTA に対する各国のスタンス
TPP
EU
RCEP
ベトナム
2016 年 2 月署名
2015 年 12 月署名
交渉中
マレーシア
2016 年 2 月署名
交渉中断中
交渉中
タイ
閣僚が参加意向示す
交渉中断中
交渉中
インドネシア
大統領が参加意向示す
2016 年 7 月から交渉中
交渉中
フィリピン
アキノ前大統領が参加
2015 年 12 月から交渉中
交渉中
意向示すも、ドゥテル
テ大統領は態度を明確
にせず
インド
不参加
2007 年 6 月から交渉中
交渉中
中国
不参加
未交渉
交渉中
(注)署名・交渉中に網掛。
(資料)各種報道、欧州委員会資料より、みずほ総合研究所作成
9
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
中国経済
【参考文献】
菊池しのぶ(2016)「フィリピン新政権の政策評価~政策の方向性は成長促進的も実行力
に課題」(みずほ総合研究所『みずほインサイト』2016 年 8 月 12 日)
小林公司・稲垣博史・多田出健太・松浦大将(2016)「タイ国王崩御後の注目点~消費自
粛、テロ、民政復帰遅延のリスク~」(みずほ総合研究所『みずほインサイト』2016 年
10 月 19 日)
酒向浩二(2016)「対ミャンマー投資の動向と米制裁緩和の影響」(みずほ総合研究所『み
ずほリサーチ』2016 年 11 月 1 日)
酒向浩二・中村拓真(2016)「ベトナムはメガ FTA 先行のメリットを享受できるのか」(み
ずほ総合研究所『みずほリポート』2016 年 8 月 15 日)
中澤彩奈(2016)「過熱感が続く中国の住宅市場~金融緩和のもとで実効性が低下する住
宅抑制策~」(みずほ総合研究所『みずほインサイト』2016 年 9 月 29 日)
10
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
産業・地域政策
産業技術革新能力発展新 5 カ年計画の骨子
内容と将来展望 ―製造業イノベーション発展の
みずほ銀行
中国営業推進部
現状と政策効果を中心に―
研究員
邵
永裕
Ph.D.
[email protected]
1.はじめに
2010 年に世界第 2 の経済大国になった中国では、翌年始
動の第 12 次 5 カ年計画において、科学技術革新=イノベ
ーションの強化促進策が明確に展開され、今年スタートし
た第 13 次 5 カ計画(2016~2020 年)では産業の技術力ア
ップと国際競争力重視を謳うイノベーション指向の政策
展開が勢いを増している(表 1)。
これは、今年が第 13 次 5 カ年計画の開始年であるとい
うこと(製造業の多くの分野に関する新 5 カ年計画が陸続
と制定・公布)に加え、近年の第 4 次産業革命の動きに触
発された中国での政策対応の一環であると捉えられる。ま
た、昨年 5 月に打ち出された新産業成長戦略「中国製造
2025」に示された世界の製造強国というビジョン(図 1)
表1 中国の産業技術力向上に関する促進策の展開
No.
関連政策・計画の名称
公布機関 公布年月
① 産業技術革新計画(2011~2015)
工信部 2011年11月
② 工業転型昇級計画(2011-2015)
国務院 2011年12月
科学技術体制改革の深化と国家創新体制建設の
③
国務院 2012年9月
加速に関する意見
体制機制(メカニズム)改革の深化と創新駆動発展戦
④
国務院 2015年3月
略の実施加速に関する若干の意見
衆創空間の発展と大衆創新創業の推進に関する
⑤
国務院 2015年3月
指導意見
⑥ 「中国製造2025」の公布に関する通知
国務院 2015年5月
製造業昇級改造重大工程パッケージの実施に関 発改委
⑦
2016年5月
する意見
工信部
製造業とインターネットの融合発展の深化に関す
⑧
国務院 2016年5月
る意見
⑨ 国家創新駆動発展戦略綱要
国務院 2016年5月
⑩ 工業緑色発展計画(2016-2020)
工信部 2016年6月
⑪ 緑色製造工程実施指南(2016-2020)
工信部 2016年9月
⑫ 国家“13・5”科学技術創新計画(2016~2020)
科技部 2016年8月
製造業革新体制の整備と製造業創新中心の建設
工信部 2016年8月
⑬
推進に関する指導意見
⑭ 産業技術革新能力発展計画(2016~2020)
工信部 2016年10月
⑮ 情報化と工業化の融合発展計画(2016~2020) 工信部 2016年11月
資料)中国政府WEBサイトより作成。注)同表はその他の関連策や地方別の対
応策などを含まない。
図1 中国の3段階による製造強国と技術強国への発展ビジョン
めのものが多く、中でも今年の 5 月と 8 月に出された「国
家創新駆動発展戦略綱要」(表 1 の⑨)と「国家“13・5”
科学技術創新計画(2016~2020)」
(表 1 の⑫。表 2 の同 5
カ年計画ご参照)が注目される。1
更に産業(製造業主体)分野に関するイノベーション促
進策として「産業技術革新能力発展計画(2016~2020)」
(表1の⑭。以下「発展計画」と略す)が今年 10 月に策
「革新発展綱要」⇒技術強国
にピックアップした政策の多くも、
「中国製造 2025」のた
「中国製造2025」⇒製造強国
を実現するための重要な布陣だとも受け止められる。表1
2045年
2035年
2025年
地位を固め順位を上
げ、製造強国の中位へ
イノベーションを先導
に躍進を果たし、製
造強国の第一グ
ループへ躍り出る
格差縮小、重点突破
により製造強国入りへ
2015年
製造業規模世界一
製造業大国に成長
【第1段階】
<2016~2020年>
・2020年までに、世界イノ
ベーション国家の仲間入りを
果す。中国特色のある国家
イノベーション体制を構築し、
全面的小康社会目標の実現
をサポートする。
【第2段階】
<2021~2030年>
【第3段階】
<2031~2050年>
・2030年までに、世界イノ
ベーション国家の上位グ
ループ入りを果たす。駆動力
を増強させ、根本的構造転
換を実現し、技術水準と国際
競争力が大幅に引き上げら
れ、経済強国と富裕社会の
実現に堅実な基礎づくりをな
す。
2050年までに、世界科学技
術イノベーションの強国へ築
き上げる。世界の主要な科学
技術の中心地となり、富強・
民主・調和的な社会主義現
代化国家と中華民族の再興
という夢の実現のために強力
な支援を提供する。
資料)中国政府WEBサイト掲載「中国製造2025」及び「国家創新駆動発展戦略綱要」政策解説資料より作成。
定・公布された。これに先だって同じ中国工業情報化部か
表2 中国新5カ年計画期科学技術革新計画目標
2015年
実績値
18
55.3
2.1
ら「製造業革新体制の整備と製造業創新中心の建設推進に
No.
関する指導意見」という通達が公布されており、製造業に
1 総合的なイノベーション競争力(位)
2 技術進歩の経済成長への寄与率(%)
3 研究開発費の対GDP比率(%)
雇用人口1万人当たりの 研究開発 者数
4
48.5
(人・年)
5 ハイテク企業の総売上高(兆元)
22.2
知識集約型サービス業付加価値のGDP比
6
15.6
(%)
規模以上工業企業のR&D支出額の売上高
7
0.9
に占める比率(%)
8 科学論文の被引用件数の世界順位(位)
4
9 PCTに対する特許出願件数(万件)
3.05
10 人口1万人当たりの発明特許保有数(件)
6.3
11 全国技術取引の成約高(億元)
9,835
12 科学技術の素養を擁する国民の比率(%)
6.2
関するイノベーションのアクション強化が明確になって
きている。
本稿では、
「発展計画」の主旨内容を紹介し、近年の中
国産業分野の技術革新の成果と課題を概観したうえ、「発
展計画」の制定意義と実施効果を展望してみたい。
2.「発展計画」による発展目標及び主要任務と方向性
今年 10 月に公表された「発展計画」は、2011 年に出さ
関 連 指 標 (単位)
2020年
目標値
15
60
2.5
60
34
20
1.1
2
6.1❋
12
20,000
10
資料)中国政府「“13.5”科技創新計画」より作成。「❋」は計画原文記載の「2倍
増」を数字に換算した形で表記。
れた「産業技術革新計画(2011~2015)」(表 1 の①)の計画名に「能力発展」が追加され、内容
も非常に充実したものとなっている。産業の技術革新能力発展の奨励・促進に関する戦略指向と
1
https://www.mizuhobank.co.jp/corporate/world/info/cndb/economics/monthly/index.html ご参照
11
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
産業・地域政策
表3 中国産業技術革新能力発展5カ年計画の主要目標と任務
推進事業目標が提起され、技術の革新・開
【主要目標】
①産業の技術革新能力の顕著な向上:重点的に15前後の国家製造業イノベーションセンターと一
群の省クラスの製造業イノベーションセンター、100社ぐらいの工業情報化部重点実験室及び60の
産業技術基礎公共サービスプラットフォームを建設する。
②企業の技術革新主体的地位の顕著な向上:300社以上の国家技術イノベーション模範企業を認
定するほか、規模以上の工業企業の売上高に占めるR&D支出の比率を1.17%に、業界リーディン
グ企業の同比率を3%に引き上げる。
③工業企業の知的財産権活用能力の顕著な増強:規模以上工業企業の売上高1億元当たりの有
効発明特許取得件数が0.61件に達する。
④技術標準革新能力の不断なる向上と標準システムの絶えない整備と充実:スマート製造、新素
材などの領域を中心に制定・改定する標準件数を10000件以上とし、主導的に国際標準形成件数
120件以上、重点領域における国際標準の転換率を90%以上にし、国際標準協議の場における発
言権を大幅に向上させる。
発だけでなく、技術の波及・移転を促すシ
ステムや基盤づくりを重要視した内容が多
くなっていることが特徴的である。
まず、産業の技術革新能力の顕著な向上
を図るために、重点的に 15 前後の国家製造
【主要任務】
業イノベーションセンターと一群の省クラ
スの製造業イノベーションセンター、100
社前後の工業情報化部重点実験室及び 60
の産業技術基礎公共サービスプラットフォ
ームを建設することが明示されている。次
に、企業における技術革新の主体的地位の
顕著な向上を目指して、300 社以上の国家
技術イノベーション模範企業の認定に加え、
規模以上工業企業の売上高に占める R&D 支
出の比率を 1.17%に、業界リーディング企
業の同比率を 3%に引き上げることや、工
①産業システムの整備・充実:国家製造業イノベーションセンターと省クラス製造業イノベーションセ
ンター建設の推進、工業・情報化部重点実験室の育成と認定と各協会による業界イノベーションプ
ラットフォームの建設奨励、比較的高い技術推進力のある産業技術公共サービスプラットフォーム
の建設実施。
②企業の技術革新における主体的地位の強化:企業が国の科学技術研究プロジェクトとイノベー
ションプログラムへに参加することによるフロンティア研究実施への奨励及び企業による技術開発
機構設立の推進、国家技術イノベーション模範企業認定の実施による専業化・開放型の工業設計
企業の育成、大企業による大衆創業・万民創新への支援パイロット事業の実施、大企業による創
業投資ファンドの設立への支援。
③共性的キーテクノロジーの開発強化:産業の重要な共性的技術に関するガイドラインの研究・公
布、国家重大専門プラン実施の加速、企業、科学研究機構及び大学による産学研連携による産業
技術イノベーション連盟創設の誘導。
④企業の知的財産権の利用能力の引き上げ:企業の知的財産権運用能力向上アクションと産業
の知的財産権協同運用推進アクションの実施、産業技術イノベーション連盟会員間の知的財産権
創出配置の展開、連携運営と共同受益の促進、主幹企業と専門機関による重点領域での知財評
価、買収、運営及びリスク予知対応の協力促進、重点産業の知的財産権サービスプラットフォーム
の設立支援。
⑤総合的標準化体制の整備・充実:「設備製造業標準化と品質向上計画」の実施運営、重点領域
における標準推進連盟設立の支援、市場とイノベーション需要に応じた団体標準制定の支援、企
業製品とサービス標準の自主公開と監督制度の構築、基礎汎用標準、計測法標準の国際とのリン
ク促進、企業、科学研究機関、業界組織による国際標準制定への参加奨励。
⑥地域のイノベーション能力の育成:京津冀の共同発展と長江経済ベルなどの国家重大戦略の
重点推進、地域を跨ぐ協同イノベーションネットワームの構築、産学研共同イノベーションシステム
の強化、地域型イノベーションプラットフォームの構築、「中国製造2025パイロット都市」と国家新型
工業化試験基地などのイノベーション資源集積地による一群の産業協同イノベーション技術普及
推進プラットフォームと支援センターの建設指導。
資料)中国工業化情報部「産業技術創新能力発展計画(2016-2020)」より作成。
業企業の知的財産権活用能力の顕著な増強を期して規模以上工業企業の売上高 1 億元当たりの有
効発明特許取得件数を 0.61 件に達するよう求めている。更に、技術標準革新能力の不断の向上と
標準システムの絶え間ない整備と充実についても具体的な数値目標が提起されている(表 3 の上
段)。
「発展計画」は、今後の主要任務と産業技術の重点方向に多くの紙幅を割いている。主要任務
は、①産業システムの整備・充実、②企業の技術革新における主体的地位の強化、③共性的キー
テクノロジーの開発強化、④企業の知的財産権
の利用能力の引き上げ、⑤総合的標準化体制の
整備・充実、⑥地域のイノベーション能力の育
成、という 6 方面に分けて具体的に言及され
(表 3 の下段)、バランスとポイントを重視し
た内容になっている。特に⑤と⑥で総合的標準
化体制の強化、地域のイノベーション能力育成
と産学研協同イノベーションシステムの強化
促進は注目に値する。
産業技術の重点方向としては、あわせて 8
つのコラムの形式で、工業、特に製造業主要分
野の今後 5 年の重点技術発展方向について、基
幹産業と戦略的新興産業の両分野にわたって
極めて具体的な技術の分野と産業設備の種目
を提示している。基幹産業においては、鉄鋼、
非鉄金属、石油化学、建材、機械産業(ロボッ
ト産業含む)などに加え、軽工業と繊維産業に
12
表4 主要基幹産業(鉄鋼・非鉄金属・石油化学)の技術発展方向
【鉄鋼産業】
[鉱産資源]「共伴生組分」と「尾鉱」資源総合利用・リサイクル技術、国内鉄鉱石資源、
「焦煤」等資源の科学的探査技術、低品位・選別困難鉱の総合利用技術。
[工程・工法と設備]高炉-転炉の長工程とスクラップ-電炉の短工程のつなぎ目のマッチ
の最適化、2次資源の効率的再利用、余熱回収利用、省エネ・高寿命高炉システム、冶
金副製品技術、クリーン精錬システム、高効率製鋼・熱処理、薄いストリップキャスストガ
ドリニウム、ヘッドレス圧延の工法設備、IoT管理、スマート製造の促進。
[鉄鋼材料]高速鉄道車輪用鋼、次世代超高強度の自動車用鋼、高品位冷延圧鋼材料、
ライフサイクル対応の省エネ・低排出材料の設計・評価・制御、加工関連の技術と設備。
【非鉄金属産業】
[鉱産資源]無人採鉱設備とスマート制御技術、難処理金属鉱と戦略的希少鉱物資源の
クリーン高効率採取のキーテクと高効率、グリーン選別精錬の薬剤。
[省エネ・環境保護]精錬スラグと選鉱くず利用技術、廃水処理と再利用技術、精錬煙霧
の処理と余熱利用、廃鉛物質の循環利用技術・設備、石炭灰からのアルミナ採取技術。
[素材加工]高機能・大容量のアルミ、マグネ、チタン、銅の合金材料製造と精密成形工
法や大型複雑截面の型材、管材、鍛造材などの技術、高純度金属、レアメタル材料の
加工、粉末冶金材料及び製品低コスト化などの応用技術と関連設備。
[重要設備]高効率省エネ採掘精錬用の大型設備と先端的制御設備、大規模高性能の
合金鋳造機械、大型鍛造材用多方向温冷鍛圧機、大型複雑整体形成プラントなど。
【石油化学産業】
[高品位石化製品]抗菌合成樹脂、双方向伸縮ポリエチレン、ビニール専用樹脂、車両
用軽質環境保全型高機能ウレタン樹脂、高強度・高紉性多機能エポキシ樹脂、メタロ
セン化合物、高強度炭素繊維の生産技術、メタロセンポリエチレン圧縮造粒技術、
溶体微分電紡ナノ技術、金属化プラスチック環境保全技術、断熱不燃高性能 ポリホス
ファゼン誘導体、大分子膨張不燃の高機能合成と応用、高機能PVC建材技術。
[石油精製]原油加工の配合法や情報化、精細化に基づく未来精錬所の全工程最適化
技術、高級潤滑油の精錬技術、固体酸、水素化脱硫技術、触媒裂化によるガソリンオレ
フィン低下・オクタン改善技術、液体リサイクルの水素化とトリクル床水素化組合技術。
[現代石炭化工]1日の石炭処理能力4000tのマルチノズル対置式石炭水スラリーのガ
ス化技術、同3000tのスペース微粉炭の加圧液化技術と大型石炭ガス化工程の最適
化技術、年処理能力100万tの石炭芳香族及び誘導体工程のパイロット事業など。
[生物化工]PHA、バイオポリエステル、ポリアミノ酸、バイオポリウレタン、天然高分子
を代表とする系列生物系高分子材料の新品種、生物法的ポリオール生成によるポリ
エステル、ポリアミドの製法。
[化学肥料]ブレンド肥料、ニトロ基複合肥料、高効ウレア(尿素)、UAN、節水に有利な
農業用貯水保水機能的肥料、水肥料一体化の液体肥料、多機能肥料、カリウム・ケ
イ素・カルシウム調合肥料、チアジド誘起アミン等の新農薬シリーズ、グリーン・エコ農
薬の分子設計とシステム最適化に関するキーテクと高機能環境保護農薬製剤、重要
助成剤及び応用技術、省エネ・低排出新工法など。
資料)中国工業化情報部「産業技術創新能力発展計画(2016-2020)」より作成(内容省略あり)。
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
産業・地域政策
表5 電子情報製造・電子情報サービス産業の技術発展方向
ついて方向性が示されており、戦略的新興産業
では、新素材、航空宇宙、海洋設備、先進軌道
交通設備、省エネ・新エネ自動車、バイオ製薬、
電子情報製造などについて、それぞれに今後 5
年間の技術開発・獲得重点を示している。本稿
ですべて細かく紹介することはできないが、主
に表 4 と表 5 を通じて基幹重要産業と戦略的新
興産業に多く含まれる電子情報について、提起
された具体的な技術発展の方向性を概観する。
電子情報産業分野では、次世代 IT をはじめ、
イノベーションの発展推進、工業化と情報化の
融合促進にとって極めて重要で最先端の、技術
項目と製造工法などの獲得目標が明示されてい
る。この分野では世界の先進国に遅れを取らず、
同時進行的に技術力を付けたいという政策意図
【電子情報製造産業】
[集積回路及び専用設備] 高機能計算、サーバー、CPU、半導体ストレージ、端末用チップ
(SOC)、クラウド、IoT、ビッグデータ用コアチップ、電力電子チップ(16/14nm)先進工法、
高圧、無線周波数、アナログミックス、MEMSの特色製造工法、高密度封止及び3Dマイク
ロ組立技術、アライナー 、エッチャー、PVD、CVDなどのコア設備と大型チップ、 フォトレジ
スト 、ターゲット材などの重要素材。
[新型ディスプレイー]AMOLEDバックプレーン、蒸着、印刷、封しなどの重要工法、技術と設
備、ホログラフィー、レーザーなどのディスプレー技術、10インチ以上の柔軟性表示デバイス、
8.5Gとそれ以上の大インチガラス基板、量子ドロップ、グラファイトなど重要素材の表示利用。
[電子デバイス]自動車電子経路用の電子継電器(リレー)、マイクロモーター、ケーブルタイ、
厚い膜のIC、スーパーコンデンサー、コネクターなどの重要工法と技術設備、IoTなど向けの
光ファイバー、重要光電子デバイス、コネクター及びケーブルコンポーネントなど。
[情報通信設備]国産の安全的で制御可能なCPU搭載スパコン及びサーバー、電子ストレー
ジ、計算機事務処理設備、工業制御積算、制御設備、情報セキュリティ製品、スマートフォ
ンなど端末製品、5G移動通信標準及びシステム設備、計器メータ、端末とチップなどの全
製品の国産品採用。
[情報消費電子設備]レーザー、超高解像度、裸眼3D、高動態表示(HDR)と3次元などの新
技術・新型の視聴設備、スマートヘルスケア養老設備、仮想現実(VR)用モニター設備及び
関連設備の採用。
[光学光電子設備]半導体レーザー用チップ、高出力、高ライトビーム質量、高安全性、高知
知能化、固態化、低費用のレーザーデバイス、25Gbps以上の直接変調レーザー(DML)と
電界吸収変調レーザー(EML)、 ニオブ酸リチウム高速光変調器、25Gbps以上の検出器、
光センサー、LED光電デバイスと新型の基板材料、高出力レーザー加工設備、レーザー用
光ファイバー、高性能光学薄膜高性能光学薄膜メッキ設備、新型光電、グラフアイト、新型
光学ガラス、高解像度非冷却FPA用の材料及び検出器。
【電子情報サービス業】
[基礎と応用のソフトウェア技術]工業基盤ソフトウェアプラットフォーム、工業操作システム、
工業データ集積・処理プラットフォーム、製造運営管理システム、模型によるシステム工程、
コンピュータ補助設計製造モデリング、セマンティックWEBのモデリング、知識モデリング、
複雑化個性製品の3Dモデリング、フルーライフサイクル柔軟性モデリング、人とロボット知能
集成モデリング、多領域統一モデリングと合同シミュレーション、工程解析、多教科最適化
総合シミュレーション。
[クラウドとビッグデータ技術]ハードウェア(サーバー、センサー設備、製造設備)資源バー
チャル化とサービス化技術、データソース伝送、データ取得・蓄積・発掘・融合・管理・表示
技術、認知メカニズムによるスマート情報処理技術、知能音声技術、語義検索技術など。
[情報セキュリティ技術]工業システム・設備の脆弱性検測、脆弱性探査、ホスト保護などの
情報セキュリティ技術、工業ビッグデータ、工業クラウド、情報物理システム(CPS)領域の
情報セキュリティ・保護関連のキーテクと重要製品、工業用ファイアウォール、門番など工業
情報セキュリティ・保護製品、ネット攻撃計測・認知技術など。
資料)中国工業化情報部「産業技術創新能力発展計画(2016-2020)」より抜粋(内容省略あり)。
が感じられる。
一方、伝統的基幹産業である鉄鋼、非鉄金属、石油化学産業は、構造転換に伴う設備削減の任
務が課されている産業である。その技術発展に対する選択性が非常に強調されている分野である
が、
「発展計画」ではこれらの産業についても詳細な技術分野と産業設備技術獲得の方向性が明示
されている。
これらのことから、先進国が優位な技術力を持つ伝統的基幹産業分野に加えて現代の産業技術革
命を担う世界最先端技術分野においても、中国は世界最先端の技術革新能力の獲得と国際競争力の
強化を図る指向が非常に強く、大変意欲的な産業技術の発展ビジョンが打ち出された印象を受ける。
3.近年の中国産業技術革新の進展成果と主な課題
図2 中国のR&D投資額とGDP比率の推移(2005~2015)
GDPに占めるR&D比率
1.8%
12,000億
元
1.5%
10,000
件数など(アウトプット)によって見ることが一般的で
8,000
あることから、本節では近年特に第 12 次 5 カ年計画にお
2.1%
)
究投資(インプット)とその成果となる発明特許の出願
R&D投資額
額
(
産業技術革新の発展成果は、科学技術に関する開発研
GDP比
投
14,000資
1.2%
資料)中国科技部、国家統計局『『中国科技
統計年鑑』各年版及び「2015年全国科学技
術経費投資統計公報」より作成。
6,000
0.9%
4,000
0.6%
図 2 では、イノベーションの動向を示す重要なファク
2,000
0.3%
ターとなる科学研究開発投資(R&D 支出)が顕著に伸びて
0
ける成果とそこに存在する課題を見る。
おり、総額では世界第 2 の規模になったほか、GDP に
占める割合は 2.07%に高まってきた(2000 年から 2015
また、近年中国政府が重要視してきた戦略的新興産
出願件数
50%
前
年
比
前年比
資料)中国科技部『戦略性新興産業発明
専利統計分析総報告』2013年版と2015年
版より作成。
40%
件
)
大し、2015 年の支出額は 2000 年の約 16 倍の 1.4 兆元)。
300,000
出
願
件
250,000数
図3 中国における戦略的新興産業発明特許出願数の推移
(
年までの R&D 投資額は年平均 20%以上の伸び率で拡
0.0%
2005年2006年2007年2008年2009年2010年2011年2012年2013年2014年2015年
200,000
30%
150,000
20%
業における発明特許出願件数の増加が最も顕著になっ
100,000
ている(図 3)。図 4 に見られるように、中国における
50,000
10%
発明特許の申請件数は国内からの分がリードしており、
0
13
0%
2010年
2011年
2012年
2013年
2014年
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
産業・地域政策
近年国外からの申請を大きく引き離している。発明
国外からの申請件数
国内での申請認可件数
国外からの申請の認可件数
認
可
(
18
16
万
件 14
資料:中国科技部WEBサイト掲載「2014年
我国専利統計分析」より作成。
)
申請分の授権数が激増し、海外分と大差を付けるよ
国内での申請件数
)
は国内・国外が拮抗していたが、2010 年を期に国内
申
請
80 件
数
70
万
件
60
(
特許の認可(授権)件数は 2010 年以前の数年間で
図4 中国における発明特許の出願・認可件数の推移(2004~2014年)
90
12
50
10
40
8
また、イノベーション拡大の前提となる、国内外
30
6
の技術移転や伝播交流の状況をみると、中国国内技
20
4
術市場における技術取引成約額が計画目標以上に
10
2
拡大しており、2015 年には 2006 年の 5 倍以上の規
0
模(9,835 億元)に達している。また、国外からの
12,000
うになっている。
技術導入額推移は国内の技術取引額のように右肩上が
りではなくなり(図 5)
、対外依存度が縮小している可
500
海外からの導入額(右目盛)
450
国
内
資料)国家統計局、中国科技部『中国科技
計』及び関連報告よりより作成。
で
10,000
の
技
術
取
引
8,000
成
約
高
400 海
外
か
350 ら
の
技
300 術
導
入
億
6,000
元
250 額
(
億
200 ド
ル
)
技術購入による経費支出における海外技術の占める割
国内取引高(左目盛)
)
の海外技術の導入額は、減少傾向を呈している一方で、
図5 中国における国内外技術への取り込み動向
0
(
能性を伺わせる。また、図 6 のように、規模以上企業
2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年
4,000
150
合が拡大しつつあることも、中国内での技術開発や移
100
2,000
転が進んでいることを示すものと考えられる。
50
た経費の割合が 2011 年を期に上昇傾向から低下に
20
15
年
20
14
年
20
13
年
20
12
年
20
11
年
20
10
年
輸入技術消化吸収経費支出額(B)
C/A=右目盛(%)
70%
割
合
資料)中国社会科学院j工業経済研究所
『中国工業発展報告(2015)』より作成。
60%
)
える。また、一般的にもよく言われているが、中国
技術輸入経費支出額(A)
国内技術購入経費支出額(C)
B/A=右目盛(%)
億
元
イノベーションやスピルオーバーはまだ不十分で、
持続的且つ自律的な発展潮流には至っていないと言
20
09
年
図6 中国規模以上工業企業の技術獲得経費の支出動向
支
出
500 額
(
転じたことに見られるように、中国での産業技術の
20
08
年
20
06
年
0
20
07
年
0
ただ、海外導入技術に対する「消化吸収」に向け
400
50%
40%
300
の産業技術革新能力は先進国と比べればまだ相当な
開きがあり、一部の重要コア技術・設備は主に輸入
に依存し、成果の産業化転換メカニズムは柔軟性を
30%
200
20%
100
10%
欠き、産業に対する科学技術の貢献度は低く、企業
の技術革新への投資もまだ不十分だというのが中国
0
0%
2000年
2004年
2008年
2009年
2011年
2012年
2013年
図7 各種機関の仲介による移転成果の課題件数分布(2014年)
産業発展の主な課題であり、今回の「発展計画」の作
単位(件) 0
成に至った問題意識や経緯でもあると言える。「発展
仲介機構経由せず
計画」冒頭でもこれらの問題が触れられており、計画
業界協会
の最も重要な目標に製造業イノベーションセンター
の建設が数多く制定されているのが課題への対策と
500
1,000
1,500
2,000
2,500
3,000
産業技術連盟
大学科技園
科技企業孵化器
して重要な一環と言える(図 7)。
技術取引市場
生産力促進中心
4.「発展計画」の実施効果と将来展望(結びに代えて)
資料)中国国家知識産権局「2014年
我国専利統計分析」より作成。
その他機構/仲介
このように、
「発展計画」は中国の産業技術革新の発
展成果と直面する課題を強く意識した内容になっており、その実現は「中国製造 2025」の目標実現の
ためにも必要不可欠であり、非常に重要な意義を持っていると言える。では、どのようにこれらの計
画目標を実施に移すのかについて、
「発展計画」では以下の 5 点が提起されている。
14
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
産業・地域政策
表6 中国第12次5カ年科学技術計画の達成状況
①統合的な協調体制の整備と関係部門間の協調・協力の強
予期
目標
18
18
2.1
2.2
計 画 諸 指 標
2010年 2014年 2015年
達成
状況
達成
未達
国家革新指数世界ランキング(位)
21
19
R&D支出のGDPシェア(%)
1.73
2.05
1万人当たり従業員のR&D投入数
33
48
50
43 達成
(人・年)
科学論文被引用数の世界順位(位)
8
4
4
5 達成
1万人当たりの発明特許出願数(件)
1.7
4.9
6.3
3.3 達成
R&D人員の発明特許出願数
10
21
24.3
12 達成
(件・百人・年)
技術進歩の経済成長への寄与率(%) 50.9
54.2
55.3
55 達成
製造業付加価値に占めるハイテク産
13
17.4
18.3
18 達成
業の比率(%)
全国技術市場での技術取引成約高
3,907 8,577 9,835 8,000 達成
(億元)
国民の科学的素養保有者比率(%)
3.27 4.48❋
6.2
5 達成
化、具体的には地方の工業情報化主管政府官庁と業界組織、
科学技術研究界による産業技術革新の指導・推進機能の発揮、
②良好な政策環境づくりを進め、研究開発費用に対する免税
措置と技術移転に関する所得税優遇策の適用、地方主導の関
連優遇策の制定奨励と関連の技術革新促進新政策の制定加
速、③資金投入の強化及び産業と金融の結合深化、地方財政、
資料)中国科学技術発展戦略研究院『国家創新指数報告2015』、科学技術文献出版
社、2016年5月より作成。「❋」は2013年のもの。
金融資本、ベンチャー投資及び民間投資の産業技術革新関連
表7 中国特許集約産業の年平均伸率(2011~2015)
付加価 R&D人 R&D支 新製品
業 種 名
値
出
売上
員数
18.90
情報基礎産業
12.85
10.72 18.44
分野への投資支援、企業自身の判断を支援し、重大産業技術
や共性技術、設備、標準など研究開発の展開、④人材育成機
ソフトウェアと情報技術サー
ビス業
現代交通設備産業
スマート製造設備産業
バイオ医薬産業
新型機能材料産業
高機能省エネ環境保護産
業
関の建設強化、大学、科学研究機関及び企業の積極性を引き
出し、産学研用(用=ユーザ)連携による人材育成システム
の樹立、人材移動システムの整備による人材移動の自由化、
資源リサイクル利用産業
積極的な人材誘致と人材評価奨励及び人材サービス保障体
特許密集型産業
非特許密集型産業
制の構築、⑤国際技術協力を重視、企業の多方式による産業
国民経済における全産業
技術革新の世界での影響力拡大を奨励、また実力のある多国
1,800
1,600
1,400
国では、最近産業政策の策定合否や効果に関する議論が
50.02
21.11
33.76
33.70
46.50
14.06
25.52
34.35
10.62
25.63 29.79
23.22
-
7.56
63.28 58.81
62.69
16.61
7.06
24.18 29.55
16.86 18.82
26.70
13.21
8.04
20.25 23.67
19.23
1,200
図8 中国のベンチャー投資の急増動向(2014~2015)
ベンチャー投資機関数(社)
2,000
立て続けに打ち出されている産業発展計画を受けて中
-
44.49
21.99
25.86
26.75
18.53
資料)中国国家知識産権局「中国専利密集型産業主要統計数据
(2015)』2016年年6月より作成。データ単位はすべて%。
籍企業の中国での R&D センター、生産・管理拠点の建設・
投資を誘致、国内企業の革新能力向上の促進。
-
47.32
8.40
15.83
10.15
機構数
7,000
累計投資金額
6,000
資料)中国科技部、国家統計
局『中国科技統計年鑑
(2014)』及び速報より作成。
5,000
累
計
投
4,000 資
3,000
800
億
元
600
に推測してみると、その実現の可能性は高いと思われる。
2,000
400
1,000
200
また「発展計画」の冒頭にも掲げられた指導理念のよう
0
0
20
20
20
20
20
20
20
20
20
20
20
20
年
年
年
年
15
13
年
14
12
年
11
年
年
10
年
09
07
年
08
年
年
05
06
04
に、「企業主体、市場主導、需要指向、応用牽引、
図9 中国における戦略的新興産業関連の上位5カ国発明特許出願数
協同革新」が地道に貫徹されれば、同計画の実施の
0
1,000
2,000
3,000
4,000
5,000
6,000
7,000
8,000
単位(件数)
可能性が更に高まり、それに伴う産業発展、市場拡
大の効果も誘発され、内外企業の技術開発投資の拡
大(ベンチャー投資も急増中。図 8)とオープンイ
ノベーション連携のビジネスチャンスも増えるであ
省エネ環境保護
次世代IT
バイオテクノロジー
ハイエンド設備製造
ろう。
新エネルギー
中国は、産業技術発展の途中にありながら、最先
端技術の獲得と創出に本腰を入れており、発明特許の
最も集約されている産業の成長スピードが最も速く
日本
米国
ドイツ
韓国
フランス
[付表]中国での戦略的新興産業関連発明特許申請上位国(2013年)
省エネ環 次世代 バイオテ ハイエンド
新エネ自
新エネ 新素材
境保護
IT
ク
設備製造
動車
日本
日本 米国
米国
日本
日本
日本
米国
米国 日本
日本
米国
米国
米国
ドイツ
韓国 ドイツ
ドイツ
ドイツ ドイツ
韓国
韓国
ドイツ スイス
フランス
韓国
韓国
ドイツ
フランス フランス フランス
フランス フランス オランダ 韓国
順位
1
2
3
4
5
新素材
新エネ自動車
資料)[付表]を含め国家知識産権
局『戦略性新興産業発明専利統計
分析総報告」より作成。
(表 7)
、先進国とは競合となる側面があると共に相
互補完となる部分も大きい。中でも、日本から中国の戦略的新興産業への発明特許出願件数が外国勢で
首位を占めつつあり(図 9)
、新 5 カ年計画期における開放的な技術革新強化の潮流に応じて、日中間の
産業技術イノベーションや企業間のアライアンスの機会が更に拡大することが期待される。
以上
2
最近の産業政策に関する論争について、中国社会科学院工業経済研究所 WEB サイトや『財経』2016/11/07 総第 481 期などに複数の論文
や記事が掲載されている。産業政策の有効性や実施結果については日本でも多くの研究が見られ、決着がついていないのが実態である。
15
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
)
「中国第 12 次 5 カ年計画期科学技術計画」
(表 6)を参考
(
金
額
1,000
多く出始めている 2 が、「発展計画」と共通性の最も高い
中国アドバイザリーの現場から
人民元の SDR 構成通貨入りに関する考察
みずほ銀行(中国)有限公司
中国為替資金部
前田
孔
遼
翎
[email protected]
[email protected]
1.はじめに
2016 年 10 月 1 日、IMF(国際通貨基金)は人民元を SDR(Special Drawing Rights、特別引
出権)構成通貨に採用し、そのシェアは 10.92%と米ドル(41.73%)、ユーロ(30.93%)に次
ぐ 3 番目となった。人民元の SDR 構成通貨入り(以下「SDR 入り」)は中国当局の永年の目標で
あり、その影響等については中国内外において様々な論評がなされている。
本稿では、改めて論点を整理した上で、SDR 入り後に発表された中国識者のレポートを紹介し
つつ人民元の SDR 入りについて考察したい。SDR に関する中国現地の意見は日本国内の報道等で
は目にする機会が少ないため、より理解が広がるものと思われる。
なお、当該レポートは中国国家外貨管理局(SAFE)前国際収支司長(国際収支局長)で現在
中国経済五十人フォーラムメンバー、中国金融四十人フォーラム高級研究員の管涛(Guan Tao)
氏により Web サイト「当代金融家 Modern Bankers」に寄稿されたものである。管涛氏承諾の上
で本稿にて紹介しているが、抄訳内容は筆者の意訳も含む部分がある点、ご了承いただきたい。
2.SDR 概観
SDR とは?
SDR は IMF が加盟国の準備資産を補完する手段として 1969 年に創設した国際準備資産である。
IMF 加盟国への自由利用可能通貨(米ドル・ユーロ・人民元・英ポンド・日本円)の潜在的な請
求権とされる。使用例を図解すると以下のようになる。
外貨不足に陥ったAが
Bに対してSDR行使申請
IMF加盟国
“A”
IMF加盟国
“B”
BはAに自由利用可能通貨を融
通(米ドル・ユーロ・人民元・英ポ
ンド・日本円からAが選択)
(中国為替資金部作成)
SDR 入りに向けた中国の取組み
SDR 構成通貨に採用されるということは、IMF から(米ドル等と同様に)自由利用可能通貨と
して認定されるということであり、人民元国際化を標榜する中国としては格好のステータスと
言える。2010 年の SDR 構成通貨見直しの際にも人民元について検討されたが、IMF により要件
を満たしていると認定されなかったため、次回 2015 年に向けて人民元は次々と改革されていく
ことになる。特に 2015 年には上海・香港株式相互取引開始、海外の金融機関へのオンショア債
券市場および為替市場の開放、人民元預金金利の上限撤廃、仲値改革等、人民元の自由化・国
際化に関する施策が矢継ぎ早に実施された。
16
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
中国アドバイザリーの現場から
3.SDR 入りで何が変わるか
実は効果が見えにくい?
上述の改革が認められ、無事人民元は SDR 入りを果たしたわけだが、短期的観点では効果は
限定的、という見方が大勢である。世界の外貨準備からの需要が高まる可能性は高い(グラフ 1
で示される世界の外貨準備高で中国分を除く 7.5 兆ドルのうち、10%が人民元にシフトしたと
すると 7,500 億ドル程度の人民元需要創出)が、人民元の流動性や規制リスクを勘案すればす
ぐに実現するとは考え難い。また、国際通貨としてより信頼を高めた人民元が貿易等の決済通
貨として利用されやすくなることで、グラフ 2 のように拡大ペースが頭打ちになっている人民
元の国際決済シェアが再び拡大する可能性もあるが、規制緩和も必要となることから、今後の
情勢は不透明と言わざるを得ない。
グラフ 1
外貨準備高推移 (兆ドル)
グラフ 2
国際決済額における人民元建てのシェア(%)
現実的な姿勢
上述のように SDR 入りの短期的効果は限られたものと考えられる中、人民元はどのように国
際化の道を歩んで行くべきなのか、レポートでは以下のように主張している。
¾
人民元の SDR 入りは中国が大国の地位に一歩近づいたことを明らかにしており、
「中国が良くなれば世界も良くなる(中国好、世界好)」との考え方をより鮮明
にしている。
¾
「人民元国際化」と「安定した為替相場」は“ジレンマ(两难)”とする見方が
あるが、実はこの二つは似て非なるものである。米国による「強いドル」政策を
振り返ってみると、米国は国際金融体制の中でドルを主導的地位に引上げ、かつ
より強固なものとすべく注力していたが、その内容は決して単にドル高を追求し
ていたわけではなく、むしろ国内の金融・経済の安定に腐心していたと言える。
¾
「強いドル」政策といった国際的なノウハウを手本として「強い人民元」という
政策目標を実現する。人民元資産が高利回りを回復し海外からの人民元資産への
投資を呼び込むには、構造改革を進め、産業のレベルアップを実現し、中国経済
の持続的な発展と安定した金融環境を実現すること、つまり中国の力を高めるし
かない。強い経済があって初めて強い通貨となり、経済と金融が安定することに
なるのである。
17
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
中国アドバイザリーの現場から
SDR 入りを一定程度評価しつつ、あくまで強い経済こそが強い人民元と安定した金融・為替を
もたらす、との意見であり、極めて現実的で慎重な姿勢が窺える。SDR 入りを単なる人民元国際
化の象徴と捉えたり、SDR 入りによる短期的な利益を追求するといった考え方からは一線を画し
ている。
4.国際通貨としての地位
世界の目は厳しい?
海外に目を向けてみると、SDR 入り直前の 9 月下旬に日米の財務大臣がコメントしている。
【ルー米財務長官】(9 月 29 日、訪問先のメキシコでの学生との対話集会にて)
¾
人民元について各国政府が保有する国際的な準備通貨の地位に至るには「かなり
遠い道のりがある」と述べ、人民元取引の自由化に向けた改革を進めていること
に触れながらも、今後も更なる改革を進めるよう求めていくと強調。
¾
米国への影響については「IMF が認定する主要通貨になることと、国際的な準備
通貨になることは全く違う」との冷めた見方。
【麻生財務相】(9 月 30 日、閣議後の記者会見にて)
¾
「中国のマーケット、為替等通貨の管理をオープンにしてもらわないといけな
い」と述べ、構成通貨の条件を維持するために通貨管理等の透明性を要求。
いずれも SDR 入りが必ずしも国際的準備通貨を意味しない、と釘を刺した格好である。人民
元は流動性が低く規制変更リスクが高いことから、外貨準備の出動が最も必要な時に換金出来
ないリスクがあることは、たとえ SDR 構成通貨となっても外貨準備の運用には適さないとも言
えよう。
「権力越大,責任越大」
「権力越大、責任越大」という言葉は中国でよく使われている表現で、あるアメリカ映画に
出てくる台詞「With great power comes great responsibility」を訳したものである。上述の
ように「SDR 入りが必ずしも国際的準備通貨の仲間入りを意味するものではない」との指摘もあ
る中、氏は次のように述べている。
¾
SDR 入りによって人民元の資本項目や為替相場の自由化を強制されないとして
も、中国政府は海外に対して国際貿易体制や為替取引の中で人民元がより使いや
すくなるために不断の努力を行っていくことを認めたことになり、同時に市場の
ルールや国際慣習に従うことも求められる。
¾
(中略)特に海外の民間金融機関が中国金融市場に進出するのは依然不便な状態
であり、中国が金融を開放するまでの道のりは遠く、責任は重い。
件の映画を観たか否かは不明だが、まさに「権力越大、責任越大」が主張されている。海外
18
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
中国アドバイザリーの現場から
の冷めた見方と対照的に、SDR 入りと国際通貨の仲間入りを結び付けるかのような中国国内の報
道が散見されたが、氏はあくまで慎重な考えを表明しており、国際社会において中国が果たす
べき役割・負担すべき責任を痛切に感じ取っていることが窺える。
責任とは何か
上述の「責任」とは何を意味しているのか。レポートでは以下の通り①国際ルールの遵守、
②市場とのコミュニケーション、に言及されている。
¾
中国国内情勢に立脚しつつ国際的なノウハウを取り込むことは、中国の特色であ
る社会主義市場経済体制の建設において重要なものとなる。しかし、新興国とし
て国際社会に溶け込む際には、
“方言”だけでなく“標準語(普通话)
”も話さな
ければならない。特に国際経済や国際金融の領域において、更なる市場開放を進
め規制を緩和し政策の透明性を高めようとするのであれば、基本的な国際ルール
を遵守することが必須である。
¾
(中略)SDR 入りによって、中国政府は管理監督能力、法治体制整備、市場の透
明度等の面において更なる向上が要求される。
¾
(中略)中国が金融開放をもう一段進めると、中国内外の金融市場の融合が進展
し中国と他国がより親密にまた利害を一致するようになる。各国に対する責任と
いう観点では、中国の政策・規制の枠組みについての透明性をより高め予測しや
すいものとする必要がある。また、市場とのコミュニケーションを強化しサプラ
イズを避けなければならない。
国際ルールの遵守は当然と言えば当然のことであるが、それを「方言だけでなく標準語も」
との表現で中国当局に求めている。SDR 入りによって国際社会への寄与度合いが強まることを踏
まえ、当然の責任として負う覚悟が見える。
2015 年 8 月 11 日に唐突に実施された「人民銀行仲値」決定メカニズム修正時の混乱に代表さ
れるように、中国当局は市場とのコミュニケーションが不足しているとの批判は多い。氏はそ
の点をしっかりと認識した上で、SDR 入りに伴う責任として指摘しており、頷ける部分が多い。
5.人民元が目指す先
国際化への提言
では、最終的に「国際通貨」に向けて人民元はどこまで自由化を目指すのか。氏は SDR 入り
によって人民元が表面上獲得した「自由利用可能通貨」の役割を本当の意味で達成することだ
とレポートの最後に指摘している。
¾
(中略)中国が開放型経済の新体制を構築する上での為替制度や資本移動管理と
いった問題、また人民元が自由に交換・使用されるようになることを推し進める
ことが極めて重要である。
19
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
中国アドバイザリーの現場から
○人民元為替市場の改革について
¾
(中略)「8.11」の改革(筆者注:2015 年 8 月 11 日に実施された「人民銀行仲
値」決定メカニズムの修正)を経て、人民元為替相場の市場化は基本的な部分で
は達成されたと言える。次の一歩は、いかにしてクリーンフロート制(自由変動
相場制)までの実現を果たすか、ということである。
¾
将来の理想的な状態は以下のようなものである。
・人民元相場が双方向に変動。
・相場の変動要因は、政策ではなく市場によるもの。
・相場水準は信頼できるものであり、オンショア・オフショアのレートは一致。
○資本項目の人民元兌換自由化について
¾
経常項目のような国際統一基準は無いが、ネガティブリスト管理等最低限の要求
(規制)はある。市場がリスクコントロール能力や外部からの監督管理能力を備
えた上で、ネガティブリストは実情に応じて変更されるべきである。ただし、地
域的な金融リスクやシステミックリスクを発生させないことが最低条件である。
特に人民元為替市場の自由化に向けてかなり踏み込んだ提言という印象である。2009 年 4 月に
国務院が発表した構想では、2020 年に上海を「国際金融センター」にするとしているが、実現
に向けては上記改革に取り組む必要があろう。2016 年 11 月には財務相の交代が発表されたが、
政策に大きな変更は無いと見られるため自由化の更なる進展が待たれる。
6.終わりに
経済政策を地道に
これまで管涛氏の提言を中心に議論を進めてきたが、決して SDR 入りを過度に評価すること
はなく、むしろ従来以上に責任が増すことを認識した上で、小手先の操作に頼ることなく足元
の経済を地道に強力なものにしていくべきだ、との現実的な考えに基づいていることが分かる。
直近まで習近平政権の為替・国際収支政策の中枢を担っていた氏の提言は多くの示唆を含んで
いる。
日本で目にする報道では、「SDR は政策的目的に過ぎない」といったものから、果ては「SDR
入りを足掛かりに基軸通貨の地位を狙っている」といったテーマで語られることが多い印象だ
が、中国現地では総じてこれまで紹介してきたような現実的な考えが支配的であるように思う。
SDR の先にあるもの
中国・人民元にとって SDR 入りは決してゴールではなく、国際化達成に続く永い道のりの一
部である。最後に今後の人民元国際化に向けた氏のメッセージを紹介して本稿を終えることと
したい。
(中略)SDR 入り自体はもはや過去のものである。人民元国際化は既に新しい章が開
かれており、新しい道程が始まっている。
以
20
上
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
中国戦略
中国のライフサイエンス:
CEO の視点(下)
KPMG Advisory (China)編
厚谷
禎一
監訳
www.kpmg.com.cn
www.kpmg.or.jp/jp/china
国内のイノベーション
研究者と業界、そして患者のニーズの関係を深めるために財政支援を活用する方法を考える
よう政府に働きかけている。そうなれば、画期的なソリューションが本当の意味で社会に影
響を与えることができるからだ。
-ドン・ウー ジョンソン&ジョンソン・イノベーション アジアパシフィックイノベーショ
ンセンター ヘッド
コストの上昇と利益の減少を受け、中国国内企業は、製品水準の向上と先進的なプロセスの
導入を推進しています。ここに至るまで、中国ライフサイエンス産業の人材不足や国の煩雑な
新薬認可手続きなど、さまざまな障害を乗り越えなければなりませんでしたが、状況には変化
の兆しが見え始めています。
「認可手続きが早まっているようだ。政府の支援に加え、人材市場に海外経験を持つ研究者
が多数帰国・参入したことで、ボトルネックの多くが緩和されつつある」と指摘するのは、上
海に本社を置くコングロマリット、復星(Fosun)グループ傘下の医薬品会社、復星医薬(Fosun
Pharma)のバイスプレジデントであるフィリップ・ツエイ氏です。「医薬品会社が利益の維持
と増加を達成するには新薬を発売するしかない」と同氏は言います。
ジョンソン&ジョンソンは、これまでも中国国内での製品・サービス改善に投資してきまし
たが、2014 年には上海にアジアパシフィックイノベーションセンターを立ち上げました。これ
はできるだけ早い段階での新製品と画期的な製法の発見を目的としています。ジョンソン&ジ
ョンソン・イノベーションのアジアパシフィックイノベーションセンターのヘッドであるド
ン・ウー氏は、次のように説明します。「中国の人口は日本ほどではないにせよ、それ以外の
どの国よりも高齢化に向かっている。その負担は限りなく大きいだろう。従って、我々にはそ
れを解決するための画期的なソリューションが必要だ。これまでのものでは手に負えない」
21
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
中国戦略
主要な医薬品市場におけるタイプ別売上比率(2014 年)
米国
51%
イギリス
35%
日本
35%
ドイツ
ブラジル
5%
3%1%
10%
22%
16%
18%
24%
16%
55%
27%
49%
16%
30%
76%
インド
0%
20%
特許を持つ先発メーカー
40%
9%
27%
23%
14%
8%
31%
34%
37%
4%
26%
23%
39%
フランス
中国
15%
20%
60%
特許切れの先発メーカー
80%
ジェネリック
100%
その他
注: OTC 製品および中国伝統医薬を含む。
出所:IMS
従来、画期的な医薬品はまず欧米で発売されるのが常でした。それは、はるかに大きな収益
機会が望めるというのが理由の一つです。しかし、中国にとって、これは患者が画期的な医薬
品を使用できる時期が、一般に他の市場より何年も先になることを意味します。ところが近年、
海外で教育を受け、中国に帰国する研究者の数が飛躍的に増大しました。これらの研究者たち
は、中国をライフサイエンスの R&D センターにすることを目指しています。海外でライフサイ
エンスを学んだ卒業生たちが、中国で数千もの新興企業を立ち上げたことを多くのデータが示
しています。「米国で 10~15 年教育を受けた人たちが最新の知識を中国に持ち帰る。起業の精
神がここで生まれているのだ。アジアパシフィックイノベーションセンターはイノベーション
のシーズ(種)の発見を支援している。企業が成熟したら、できる限り早い段階で商業的な可
能性を花咲かせるための計画策定を手助けし、資金調達とサポートの道を切り拓く」と、ウー
氏は紹介しています。
上海ロシュ・ファーマシューティカルは中国での更なる R&D 能力の増強を計画しています。
「中国への投資を継続する。当社には、中国の患者に画期的な医薬品を届けるという長期的な
責務がある」と同社のホン・チョウ氏は話します。ロシュは、8 億 6,000 万元の初期投資に続き、
2015 年末にロシュ・イノベーション・センターの建設に着手しました。同センターが現地の研
究機関との協力を可能にし、トップクラスの研究者を中国に呼び込むことができるようになる
ことを同社は期待しています。「アジアと全世界の患者のために素晴らしい画期的な医薬品を
開発し、満たされていない医療ニーズに対応するとともに、中国における R&D への長期的な取
組みを強化することが目的だ」とチョウ氏は話しています。
デジタル・ヘルスケア
多くのベンチャーキャピタルが、誕生して間もない新興企業のために資金を提供し、中国の
デジタル・ヘルスケア部門への重点的投資を進めています。ジョンソン&ジョンソンのウー氏
は、「中国の新興企業を支えるエコシステムはまだごく初期の段階だが急速に成長している。
諸外国との間にはまだ格差があるが、その差は急速に縮まっており、起業のうねりを感じてい
22
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
中国戦略
る」と話しています。
中国のオンライン医薬品 B2C 市場
収益動向(2011 年~2017 年予測)
50
44.7
316
300
40
250
28.6
30
155
200
20
15.2
10
0
350
7.7
83
96
2014
2015E
150
88
56
4.2
0.4
0
1.6
2011
2012
100
0
2013
2016E
2017E
前年比, %
収益(10 億元)
出所:Nicholas Hall DB6 Global OTC Database(ニコラス・ホール DB6 グローバル OTC データベース)James Shen,
Contemporary Trends and Outlook of the Chinese Pharma Industry and Market(ジェームズ・シェン
中国
医薬品業界と市場の最新動向と展望)
これらの新興企業の多くは、現在満たされていないニーズの隙間を埋めるために誕生した企
業です。一方で、他業界の大手企業がヘルスケアやライフサイエンスに次々と関心を持ち始め
ています。これらの企業が提供するサービスは、オンライン予約、オンライン診断ツール、処
方薬販売などです。KPMG 中国(上海)のディール・アドバイザリーのパートナーであるアンデ
ィ・チュウは次のように指摘します。「これらの企業は非常に意欲的だ。必ずしも簡単ではな
いが、全面的に病院に取って代わろうと努力している。オンライン診断は容易でなく、患者の
フォローアップも難しい。病院外の経路で患者に医薬品を販売することも簡単ではないだろう
に」
アプリコット・フォレスト
-
医師向けモバイルアプリ
2014 年の時点で中国国内には約 290 万人の医師がいますが、人口に比して少ないため医療サー
ビスにどうしても負担がかかります。元医師のチャン・イューシェン氏はこの問題に取り組む
べく、2012 年にアプリコット・フォレストを設立しました。同社は、いくつかの無料モバイル
アプリを配信しています。医師はこれらのアプリを利用して、患者の情報を離れた場所で検討
したり、新しい製品・技術に関する最新情報を入手したり、多数の重要な医学雑誌にアクセス
したりできます。
イューシェン氏は次のように話しています。「中国の医師の 30%が私のアプリをダウンロード
した。ユーザー数は 1 日 1,000 人ずつ増えている。当社のビジネスは医師に焦点を絞っている。
使いやすさを追求し、多数の開業医の間で協力を促進することを目指す」。投資家は 4,500 万
ドルの資金拠出を確約しました。アプリコット・フォレストのスタッフはおよそ 200 人で、マ
ーケティングチームと技術チームがほぼ半数ずつです。同社は現在、20 以上の都市に拠点を置
いていますが、来年には利用者を中国国内の医師の半数以上に広げたいとしています。
23
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
中国戦略
iGenes – 保険コストの削減
中国は新薬や新しい治療法が生まれる場所であるだけでなく、新しいヘルスケア技術のパイオ
ニアとしても知られています。これらの技術は患者にとってメリットがあるだけでなく、保険
会社や政府のコスト削減にも貢献しています。香港に本社を置く Prenetics は、非侵襲的検査
「iGenes」を開発しました。患者の遺伝子プロファイルに基づき、幅広い医薬品に関して医師
が最も効果的な投薬量を処方できる検査法です。この種の的確医療(precision medicine)に
よって、起こり得る危険な薬物反応を緩和できる可能性もあります。中国において薬物反応は
深刻な問題で、年間 19 万人が死亡しています。
企業や投資家にとって、この種の問題が広がることは死活問題です。中国のある大手保険会社
は、2016 年年初に Prenetics に 1,000 万ドルを投資しました。Prenetics の CEO、ダニー・イェ
ン氏は、「iGenes やこれに類する製品がもたらすメリットは、効果が薄い処方への出費を抑え
ることだけではない。我々はヘルスケアの新時代に突入した。それは、パーソナライズされた、
予測的、予防的な医療である。中国はこの分野のパイオニアとして十分な投資を行っている」
と話しています。
結論
中国政府は、全ての国民に廉価で効果的な医療を提供すると同時に、高品質な製品・サービ
スを届けられるように、国内ライフサイエンス産業の発展を後押しするという意欲的な目標を
掲げています。政府は今後数年がかりで、これらの目標達成に向けた改革計画を継続して推進
するものと思われます。薬価の抑制、新薬認可手続きの加速、研究開発投資の増額、価格決定
における自由競争の促進が改革の柱になるでしょう。
KPMG 中国によるインタビューの過程でよく聞かれたのは、中国ライフサイエンス部門の長期
的展望は明るいが、成長回復の時期ははっきりしないという声でした。バイエル・ファーマシ
ューティカル中国のウェイ・ジアン氏は、「長期的に見て、業界は正しい方向に成長し、さら
に力強さを増すと我々は信じている。一方で、『成長痛』の影響と期間は今のところ不明だ」
と話します。
中国ヘルスケア産業の成長鈍化は競争を停滞させると考えるエグゼクティブもいます。「中
国医薬品市場は、ますます諸外国と同じ様相を呈してきた。新製品を開発する企業は販売先の
市場を見つけるが、ジェネリックを販売する企業は苦境に陥るだろう」と、カーディナル・ヘ
ルス・チャイナのエリック・ツウィスラー氏は指摘します。
企業が競争力を維持するためには、新しい地域、さまざまなマーケットセグメントへの進出
を開始する必要があります。その結果、多くの企業がフレキシブルな経営構造を取り入れなけ
ればならなくなることは間違いありません。アッヴィ中国のトニー・アウ氏は、次のように提
言しました。「国全体に一つの決まった戦略を用いることはできない。31 の省や省レベルの特
別都市・地域の全てと取引しなければならないからだ。他の省より発展のスピードが速い省も
あるので、どの企業にも各省のいろいろな違いに対処できる現地の人材が必要だ」
同時に医薬品会社は、監督機関との関係を上手に取り仕切る能力にも長けていなければなり
ません。最も切迫している中国の医療ニーズに対応する医薬品を生産する企業は、政府から非
常に強い値下げ圧力を受けやすいでしょう。ニッチ製品のメーカーは、新薬認可手続きを加速
する方法の発見に重点を置くと思われますが、そうしたニッチ製品のメーカーとは違って、政
24
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
中国戦略
府から値下げ圧力をかけられた企業の場合は、規模的拡大とコスト抑制の同時実現を達成しな
ければなりません。
国内企業との競争激化によって利益率を削られるであろう多くの企業にとって、その二つを
同時に実現できるような方法を上手に探り当てながら進むことは非常に困難でしょう。外国企
業が国内企業と協力する機会もないわけではありませんが、誠実な企業という評価を何よりも
大切にしたい多くの外国企業にとって、中国の国内企業との協業の機会は多くのリスクを伴い
ます。
しかし、同時に中国の医薬品部門は、世界のどの国でも見つからないほど大きなスケールの
機会を外国企業に与えます。ロシュのチョウ氏は次のように語りました。「当社の中国での成
長見通しを今も楽観視している。第一に、財力の高まりや人口高齢化といった市場のファンダ
メンタルズが依然として強い牽引要因だからだ。さまざまな課題はあるが、画期的なポートフ
ォリオとフレキシブルなビジネスモデルをもつ企業は今後も発展するだろう」
ここまで述べてきたような問題が多数存在するとはいえ、ライフサイエンス部門のエグゼク
ティブたちは、中国市場の長期的な方向性はただ一つであると考えています。それはシンプル
に上向きということです。
厚谷 禎一
KPMG Advisory (China) Limited
ディレクター
東京工業大学理学部卒業・同大学理工学部修士課程修了(情報科学専攻)
米国ペンシルバニア大学ウォートン校経営学修士(財務専攻)
これまで 20 年以上にわたり、日本、米国、カナダ、英国、韓国にて経営コンサル
ティング会社及び会計事務所に勤務、各国企業顧客に戦略・M&A・オペレーション
等の分野でのアドバイザリー・サービスを提供。
2003 年より KPMG LLP(米国)ニューヨーク事務所に勤務、主に日本企業顧客に対
して事業デュー・ディリジェンスを中心とした M&A 支援サービスを提供。
2008 年より現職、KPMG 中国の上海事務所にて同じく日本企業顧客に対して M&A
支援サービスを提供。
専門は市場評価、事業計画の精査、M&A 実施後の統合支援等を含む事業デュー・
ディリジェンスだが、日本企業顧客に対しては広く、財務・税務デュー・ディリジ
ェンス、企業価値評価、不正調査、リストラクチャリング支援等を含む、M&A 支
援サービス全般のプロジェクト・マネジメント・サービスを提供する。
+86 10 8508 7111
[email protected]
25
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2016 年12 月号
法務
2016 年の重要立法を振り返る(上)
西村あさひ法律事務所
弁護士
野村
高志
弁護士
早川
一平
中国律師
盧
月亭
中国律師
郭
望
1. 2016 年を振り返って
2016 年も、昨年に引き続き、市場参入の緩和、行政許認可事項の削減及び市場行為への管理の強
化を方針とする各種法令の公布が相次ぎました。そのうち重要な法令を、2 回に分けて解説します。
今回は、会社登記、外商投資、金融、税務、コンプライアンスに関連する重要立法等を取り上げま
す。
2. 会社登記関連
(1)
①
「五証合一」制度
「『五証合一、一照一碼』登記制度改革推進に関する国務院弁公庁の通知」(国弁発[2016]53
号、2016 年 6 月 30 日公布、同日施行)
②
「『五証合一』登記制度改革推進に関する国務院弁公庁の通知の徹底実施に関する通知」(工
商企注字[2016] 150 号、2016 年 7 月 28 日公布、同日施行)
③
「企業の『五証合一』社会保険登記業務を適正に行うことに関する人力資源社会保障部弁公
庁の通知」
(人社庁発[2016] 130 号、2016 年 8 月 22 日公布、同日施行)
「五証合一」とは、2015 年に実行された「三証合一」制度(営業許可証、組織機構コード証、税
務登記証の三証を、統一社会信用コードが記載された営業許可証に一本化する制度)から、更に社
会保険登記証及び統計登記証も統合して営業許可証に記載し、一本化する制度をいいます(営業許
可証、組織機構コード証、税務登記証、社会保険登記証及び統計登記証を総称して、以下「五証」
といいます)
。
「五証合一」は、外資系企業も適用対象に含まれ、2016 年 10 月 1 日から中国全土で実施されて
います。「五証合一」により、営業許可証が更に社会保険登記証及び統計登記証の機能を有するこ
ととなり、2016 年 10 月 1 日より前は、社会保障部門から社会保険登記証を取得し、統計部門から
統計登記証を取得する必要がありましたが、2016 年 10 月 1 日以降は、社会保険登記証及び統計登
記証の取得が不要となりました。
26
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
法務
三証合一
五証合一
(2015 年 10 月 1 日以降)
(2016 年 10 月 1 日以降)
2015 年 9 月 30 日以前
営業許可証
組織機構コード証
営業許可証
税務登記証
営業許可証
社会保険登記証
社会保険登記証
統計登記証
統計登記証
「五証合一」制度の実施により、企業登記実務は、以下のとおり、企業に対してより便利かつ公
開された制度になりました。
(ア) 登記手続の簡素化
例えば、企業設立登記を行う場合、「五証合一」の「五証」に関する申請、受理、審査、批
准等については、工商部門において 1 件の申請を 1 カ所の窓口で一式の資料を提出するだけで
完了できるワンストップメカニズムになります。また、「五証合一」の登記条件、登記手続、
登記申請書類等は「三証合一」の手続を参照することとされています。
(イ)「三証合一」から「五証合一」への移行
既に「三証合一」の営業許可証を取得した企業は、「五証合一」に変更するための登記手続
を改めて申請する必要はありません。企業が自己の保有している「五証」が満期になるか、変
更登記を申請するか、又は営業許可証の更新を申請する際に、工商部門から「五証合一」の営
業許可書が交付されます。なお、変更登記手続を行う場合、「三証合一」の変更登記手続とは
異なり、会社は社会保険登記証及び統計登記証を行政当局に返還する必要がありません。
「五証合一」により、社会保険登記証及び統計登記証の定期検査及び証書の更新が不要にな
り、その代わりに企業が社会保険登記及び統計登記に関する内容を年度報告に記載して工商部
門に提出し、全国企業信用情報公示システムを通じて公示する必要があります。
従前、社会保険登記証及び統計登記証が必要とされていた手続は、今後、社会保険登記証及
び統計登記証の提出が要求されず、営業許可証のみにより手続が可能となりました。
(ウ)新制度の移行期間
企業が保有している「五証」は 2016 年 10 月 1 日以降も引き続き有効ですが、2018 年 1 月 1
日までに「五証合一」の営業許可証に更新をしない場合、元の「五証」が失効します。
(2)
①
事前審査認可事項の変更
「工商登記事前審査認可事項目録」及び「企業変更登記、抹消登記事前審査認可指導目録」
の更新(「工商登記事前審査認可事項目録の調整に関する工商総局の通知」
(工商企注字[2016]
117 号、2016 年 6 月 24 日公布、同日施行))
2014 年以降実施された「先照後証」制度(先に企業登記を行い、後に業務に必要な行政許可証を
取得する制度をいい、外資系企業にも適用される)の例外としての事前審査認可事項目録(「『先照
後証』改革を厳格に遂行し、工商登記事前審査認可事項を厳格に実施することに関する通知」(工
商企注字[2015]65 号、2015 年 5 月 11 日公布、同日施行)をご参照)の内容につき、以下のとおり、
27
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
法務
一部変更がありました。
事前審査認可が不要になった項目
・ 農作物の種子、草種、食用菌の菌種の経営許可証
・ 林木の種子の経営許可証
・ 録音・録画、電子出版物の制作又は複製に従事する会社の経営範囲の変更、合併又は分割
・ ドラマ制作会社の設立、映画制作に従事する会社(映画制作専門会社以外)の設立
・ 証券会社の国内分支機構の設立、証券会社の会社形式の変更、実質的支配者の変更
・ 先物経営機構が先物コンサルティング業務に従事すること
・ 飼料生産企業の設立
事前審査認可が必要となった項目
・ 危険化学品の積み降し、保存に使用する港の建設(管轄:市人民政府安全生産監督管理部門、
港行政管理部門)
・ 民間用の爆発物の販売 (管轄:省レベル人民政府民用爆発物業主管部門)
・ 警備サービス企業の法定代表者の変更 (管轄:省レベル人民政府公安機関)
3. 外商投資関連
①
「『中華人民共和国外資企業法』等 4 部の法律の改正に関する全国人民代表大会常務委員会の
決定」(主席令 51 号、2016 年 9 月 3 日公布、同年 10 月 1 日施行)
②
「中華人民共和国外資企業法」
(2016 改正)
(主席令 51 号、2016 年 9 月 3 日公布、同年 10 月
1 日施行)
③
「中華人民共和国中外合資経営企業法」(2016 改正)(主席令 51 号、2016 年 9 月 3 日公布、
同年 10 月 1 日施行)
④
「中華人民共和国中外合作経営企業法」(2016 改正)(主席令 51 号、2016 年 9 月 3 日公布、
同年 10 月 1 日施行)
⑤
「外商投資企業の届出管理実行後の関連登記登録業務を適切に実施することに関する国家工
商行政管理総局の通知」
(工商企注字[2016]189 号、2016 年 9 月 30 日公布、同日施行)
⑥
「外商投資企業設立及び変更届出管理暫定弁法」
(商務部令 2016 年 3 号、2016 年 10 月 8 日公
布、同日施行)
⑦
「国家の規定する参入特別管理措置の実施に関わらない外商投資企業の設立及び変更を審査
認可から届出管理に変更することについての公告」(国家発展改革委員会、商務部公告
[2016]22 号、2016 年 10 月 8 日公布、同日施行)
(1)
事前審査認可制から届出制へ
2016 年 10 月より、中国の「外資企業法」、「中外合資経営企業法」、
「中外合作経営企業法」
、「台
湾同胞投資保護法」及び一連の法令が改正・公布されることになり、中国における外資参入を取り
巻く法制度が大きく改正され、参入特別管理措置の実施対象(以下、「ネガティブリスト」といい
ます)に該当しない分野における外商投資企業の設立や変更に対する商務部門による管理が、審査
28
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
法務
認可制から届出(中国語で「備案」
)制に変更されました。これにより、これまで上海市、広東省、
福建省及び天津市に設立された自由貿易試験区で試験的に先行実施されてきたネガティブリスト
による管理モデルは、全国的に広げられることになりました。
(2)
ネガティブリストについて
原則として、ネガティブリスト内の分野への外商投資には、従来と同じく事前審査認可制が適用
され、ネガティブリスト外の分野への外商投資には、届出制が適用されます。なお、外国投資者が
中国国内企業(非外商投資企業)を買収する場合の手続は、従来通りに「外国投資者の国内企業買
収に関する規定」や「外国投資者の上場会社に対する戦略投資管理規則」に従って、事前審査認可
制が実施されます。纏めると下表のとおりとなります。
ネガティブリスト該当
事前審査認可制
外国投資者が中国国内企業(非外商投資
企業)を買収する場合
ネガティブリスト非該当
届出制
適用されるネガティブリストは、下表のとおりです(自由貿易試験区の内外で、異なるネガティ
ブリストが適用されます)。
適用されるネガティブリスト
自由貿易試験区1内
自由貿易試験区外商投資参入特別管理措置(ネガティブリスト)
(国弁発[2015]23 号)
「外商投資産業指導目録(2015 年修正)
」の制限類、禁止類、及び奨励類(中国側の
自由貿易試験区外
持分比率又は高級管理職の適任条件に制限のあるもの)
(3)
届出制について
届出制の場合、商務部門は、提供された情報及び関連資料について、形式的審査(形式面の完備
及び正確性の確認、並びに届出制の対象に該当するか否かの確認)を行うことにとどまり、実質的
審査は行いません。届出制の手続の概要は下表のとおりです。
設立
届出時期
変更
・ 企業名称事前確認を取得した後、営業許
2
可証の発給前又は発給後の 30 日以内
・ 外商投資企業の基本情報、投資者の基本情報、合
併、分割、終了等の変更事項が生じた後、30 日以
内
届出方法
・ 外商投資総合管理情報システムを通じ
て、オンラインで「外商投資企業設立届
・ 外商投資総合管理情報システムを通じて、オンラ
インで「外商投資企業変更届出申告表」に記入し、
関連資料を提出する
1
上海、広東、天津、福建の自由貿易試験区
商務部門の届出手続と工商部門の登記手続の時間的な先後関係がなくなったことから、両手続を並行して行うことや工商部門に
おける登記手続を先に行うことも可能になりました。
2
29
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
法務
出申告表」に記入し、関連資料を提出す
る
商務部門
・ 形式的な完備性及び正確性、並びに届出制の対象に該当するか否かについて確認する
の処理
・ 3 営業日以内に処理を完了させ、外商投資総合管理情報システムにて公開する
受領文書
・ 「外商投資企業設立届出証明」
・ 「外商投資企業変更届出証明」
・ 受領時に企業名称事前確認資料(写し)
・ 変更届出手続の完了により、以前取得した「外商
が必要。
投資企業批准証書」が失効する
・ 受領時に営業許可証(写し)が必要
4. 金融関連
①
「非銀行決済機構インターネット決済業務管理弁法」(中国人民銀行公告[2015]43 号、2015
年 12 月 28 日公布、2016 年 7 月 1 日施行)
中国において、従来、銀行は決済及び資金清算の仲介機構であると明確に規定していました。た
だ近年、インターネットにおける電子商取引の急速な発展とともに、インターネット関連企業等の
非金融機構が仲介機構として、取引の重要な一環となる決済業務に次々と参入しています。例えば、
「淘宝網(タオバオ)」において小売販売の売主と買主の間で、資金決済の目的で使われているア
リペイ(「支付宝」)を提供している支付宝(中国)網絡技術有限公司は、非金融機構であり、一般
に「第三者決済機構」(中国語で「第三方支付机构」)と呼ばれています。
2010 年に人民銀行が「非金融機構決済サービス管理弁法」(中国人民銀行令[2010]2 号)を公布
し、初めて第三者決済機構の概念を明確にしました。そして、金融監督管理及びインターネットに
おける第三者決済機構の決済業務を更に管理するため、2015 年 12 月 28 日に、中国人民銀行は「非
銀行決済機構ネット決済業務管理弁法」(以下「本弁法」といいます)を公布しました。
本弁法において、その適用対象は、法に従って「決済業務許可証」を取得した、ネット決済、携
帯電話決済、固定電話決済、デジタルテレビ決済等のオンライン決済に従事する非銀行機構である
と規定されています。ネット決済の資金安全の確保を図るため、非銀行決済機構による顧客管理、
業務管理、リスク管理及び顧客権益保護等に関連する義務を詳しく規定するほか、中国人民銀行の
監督管理の職責及び内容についても明確に規定しています。なお、非銀行決済機構は、金融機関及
び貸付・融資・信託等の金融業務に従事するその他の機構のために決済アカウントを開設してはな
らず、証券・保険・貸付・融資・信託等の金融業務に従事し又は形を変えて従事してはならないと
規定されています。
②
「適格国外機関投資家による国内証券投資外貨管理規定」
(国家外貨管理局 [2016]1 号、2016
年 2 月 3 日公布、2016 年 2 月 3 日施行)
適格国外機関投資家(以下「QFII」といいます)とは、中国証券監督管理委員会の認可を受け中
30
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
法務
国の国内証券に投資する国外の機関投資家を指します。外国人による国内証券への投資は、通常、
上海・深圳の証券取引所の外貨建て B 株に限定されていますが、QFII は、上海・深圳の証券取引所
に上場している株式・債権等、中国証券監督管理委員会が認める人民元建て金融商品にも投資が可
能です。
中国における金融市場の対外的開放が進行している中、外貨管理局は、2016 年 2 月 3 日に「適格
国外機関投資家による国内証券投資外貨管理規定」を公布しました。主な改正内容は下表のとおり
です。
2016 年 2 月 2 日以前
1.
2016 年 2 月 3 日以降
投資枠の申請手続の簡素化
QFII による中国国内の証券投資:全て外貨管理局
基礎限度額3内:届出手続
の投資枠の審査認可が必要
基礎限度額を超える場合:審査認可が必要
2.
投資限度額の緩和及び基礎限度額の決定方法の変更
投資限度額:5,000 万米ドル以上、累計で 10 億米
投資限度額:2,000 万米ドル以上、累計で 50 億米
ドル以下
ドル以下
3.
投資元本の入金期限の廃止
QFII が投資限度額の認可を取得した日から 6 ヶ月
かかる規定なし
以内に投資元本を入金
投資元本の固定期間4の変更
4.
QFII による投資元本入金日から 1 年間5
QFII による投資元本の入金額が 2,000 万米ドル相
当に達した日から 3 ヶ月間
5. 税務関連(越境電子商取引を中心に)
①
「財政部、税関総署、国家税務総局による越境電子商取引小売輸入税収政策に関する通知」
(財
関税[2016]18 号、2016 年 3 月 24 日公布、同年 4 月 8 日施行)
近年、中国において電子商取引(Electronic Commerce)の発展、人民元為替の上昇、税制等の
影響から、越境電子商取引(以下「越境 EC」といいます)が急速に発展してきました。一方で、従
来の越境 EC 輸入商品は、一般的には個人消費の目的での小額輸入の「物品」と取り扱われたため、
一般貿易の「貨物」とは異なり、関税、輸入環節増値税及び消費税が徴収されず、税率が比較的低
い「荷物・郵便物物品輸入税」
(いわゆる「行郵税」)のみが課せられていたことから、不公平な取
り扱いである等の批判の声も多く上がっていました。
そこで、公平性のある市場環境を作るため、2016 年 3 月 24 日に財政部、税関総署及び国家税務
3
基礎限度額は、下限 2,000 万米ドル、上限 50 億米ドルの範囲において、次のいずれかの計算式により算出されます。
・
QFII とその所属集団の資産(あるいは管理資産)が主に国外にある場合:1 億ドル + 直近 3 年の平均資産規模 ×
0.2% - 取得済の人民元国外適格機関投資家限度額(米ドル換算)
・
QFII とその所属集団の資産(あるいは管理資産)が主に国内にある場合:50 億人民元相当額 + 前年度の資産規模 ×
80% - 取得済の人民元国外適格機関投資家限度額(米ドル換算)
4
元本固定期間とは、QFII による投資元本の国外送金を禁止する期間を指します。
5
養老ファンド、保険ファンド、共同ファンド、慈善ファンド、寄付ファンド、政府及び貨幣管理局等の類型の適格投資者、及び
適格投資者が設立したオープンエンド型ファンドは、投資元本入金日から 3 ヶ月間。
31
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
法務
総局は、共同で「越境電子商取引小売輸入税収政策に関する通知」(以下「本通知」といいます)
を公布しました。本通知の主な内容は以下のとおりです。
(1)
本通知の適用対象商品
「越境電子商取引小売輸入商品リスト」
(財務部等 11 部門[2016]40 号)及び「越境電子商取引小
売輸入商品リスト(第二批)」
(財政部等部門[2016]47 号)に記載され、かつ、下表のいずれかに該
当する商品が、本通知の適用対象商品です。
①
税関とネットワーク接続する電子商取引プラットフォームを通じて取引し、取引・支払・物
流電子情報の「3 つの証憑」の照合が可能である全ての越境 EC 小売輸入商品
②
税関とネットワーク接続する電子商取引プラットフォームを通じて取引していないものの、
宅配、郵政企業が統一的に取引、支払、物流等の電子情報を提供でき、相応する法的責任を
引受けることを承諾した越境 EC 小売輸入商品
(2)
本通知の適用対象商品の性質
本通知によれば、本通知の適用対象商品が「貨物」とすることを明確にし、関税、輸入環節増値
税及び消費税を徴収すると規定されています。なお、本通知の適用対象商品以外の個人物品、取引・
支払・物流電子情報の適用のない越境 EC 輸入商品については、行郵税が適用されます。
(3)
本通知の適用対象商品の税収政策等の変更
本通知による税収政策等の変更点は、下表のとおりです。
2016 年 4 月 7 日以前
対象商品
2016 年 4 月 8 日以後
全商品
「越境電子商取引小売輸入商品リスト」内の商品
(約 1,100 品目)
課税価格
実際の取引価格(貨物小売価格、運賃及び保
同左
険料を含む。)
税率
1 取引額が 1,000 元以下6:行郵税
1 取引額が 2,000 元以下、かつ年間取引限度額 2 万
1 取引額が 1,000 元超7:関税、輸入環節増値
元以下:関税 0%、輸入環節増値税 70%、消費税
税及び消費税
70%
※納税額が 50 元以下の場合:免除
1 取引額が 2,000 元超:一般貿易方式の関税、輸入
環節増値税及び消費税
年間取引限度額 2 万元超:一般貿易方式の関税、
輸入環節増値税及び消費税
通関書類
規定なし
通関証明書の提出
輸入許可の取得
上記の「越境電子商取引小売輸入商品リスト」が既に公布されています(「越境電子商取引小売
6
7
香港・マカオ・台湾から輸入された場合は 800 元以下
香港・マカオ・台湾から輸入された場合は 800 元超
32
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
法務
輸入商品リスト」財政部等部門[2016]40 号、2016 年 4 月 6 日公布、及び「越境電子商取引小売輸
入商品リスト(第二批)
」財政部等部門[2016]47 号、2016 年 4 月 15 日公布)。当該 2 つのリストに
よれば、以前越境 EC 小売商品の輸入に関する許認可・届出等は明確に要求されていませんでした
が、当該 2 つのリストにある特殊な商品(化粧品、医療機器、健康食品等)について最初の輸入に
関する許認可・届出等の手続が要求されています。また、保税区モデルに輸入された一部の越境 EC
輸入商品について、通関証明書による商品の検査も義務付けられました。
本通知及び関連政策の施行に伴い、これまでの越境 EC の税制面及び通関手続でのメリットが大
きく失われることが懸念されたため、業者側から大きな反発があるなど話題となりました。越境 EC
に関する新税制及び新通関管理制度のスムーズな施行のため、2016 年 5 月末に、税関総署等関連部
門は、2017 年 5 月 11 日までの 1 年間を実施猶予期間として、天津、上海等 10 の試験都市において
通関証明書の提出を求めず、かつ全ての地域においてリストに記載のある特殊な商品に関する輸入
許可・届出等の手続についても実施を猶予しました。更に、商務部は、2016 年 11 月 15 日に、他の
関連部門の同意の上、上記実施猶予期間(2017 年 5 月 11 日までの猶予期間)を 2017 年の年末まで
延長する旨の決定をしました。
②
「入国物品の輸入税調整の関連問題に関する通知」(税委会[2016]2 号、2016 年 3 月 16 日公
布、同年 4 月 8 日施行)
一般貿易課税と行郵税との差を縮めるため、国務院関税税則委員会は、「入国物品の輸入税調整
の関連問題に関する通知」を公布しました。当該通知の適用対象商品以外の個人物品、取引・支払・
物流電子情報の適用のない越境 EC 輸入商品については、これまでと同様に行郵税が適用されます
が、当該通知により、2016 年 4 月 8 日以降、品目によって異なる行郵税率が 4 分類(10%、20%、
30%、50%)から 3 分類(15%、30%、60%)に変更され、一般貿易課税と行郵税の差が小さくな
りました。2016 年 4 月 8 日以降の税率は、下表のとおりです。
税目
品目
税率
書籍・新聞・出版物・教育用映像資料、パソコン・ビデオカメラレ
1
コーダー・デジタルカメラ等の IT 商品、食品・飲料、金銀、家具、
15%
玩具・ゲーム用品・イベント用品もしくはその他の娯楽用品
スポーツ用品(ゴルフボール及びゴルフ用品を含まない)・釣り用
2
品、紡績品及びその完成品、テレビカメラ及びその他電器用品、自
30%
転車、税目 1・3 に含まれないその他の商品
タバコ・酒、貴重アクセサリー及びジュエリー、ゴルフボール及び
3
60%
ゴルフ用品、高級腕時計、化粧品
6. コンプライアンス関連
①
「汚職賄賂刑事事件の処理における法律適用の若干問題に関する最高人民法院、最高人民検
察院の解釈」
(法釈[2016]9 号、最高人民法院、最高人民検察院が 2016 年 4 月 18 日公布、同
33
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
法務
日施行)
中国国内の「反腐敗」運動による汚職・贈収賄の摘発・処罰が厳しく進められる中、2016 年 4
月 18 日に、上記司法解釈(以下、
「本司法解釈」といいます)が公布・施行されました。汚職、贈
収賄、横領等の罪の認定に関する金額基準等につき、従前の司法解釈や行政規定8から引き上げたり
具体化するなど、実務に多大な影響があると予想されます。
本司法解釈中の、贈収賄の罪に関する金額基準を以下のとおり表に整理します。
刑法の罪名(条文)
公務員の収賄罪(385
犯罪認定の金額基準
金額に一定の加重事由が加わる
(注記のない限り、贈収賄の金額)
認定基準
科刑の段階分け
収賄金額が比較的大
3 万元以上 20 万元未満
1 万元以上 3 万元未満
収賄金額が巨額
20 万元以上 300 万元未満
10 万元以上 20 万元未満
収賄金額が特に巨額
300 万元以上
150 万元以上 300 万元未満
(通常の場合)
3 万元以上
1 万元以上 3 万元未満
100 万元以上 500 万元未満
50 万元以上 100 万元未満
国の利益に重大な損
100 万元以上 500 万元未満(経済に
規定なし
害をもたらす
損失をもたらす額)
情状が特に重い
500 万元以上
250 万元以上 500 万元未満
国の利益に特に重大
500 万元以上(経済に損失をもたら
規定なし
な損害をもたらす
す額)
公務員の影響力の利
収賄金額が比較的大
3 万元以上 20 万元未満
1 万元以上 3 万元未満
用による収賄罪(388
きい
条の 1)
収賄金額が巨額
20 万元以上 300 万元未満
10 万元以上 20 万元未満
収賄金額が特に巨額
300 万元以上
150 万元以上 300 万元未満
公務員への影響力を
(通常の場合)
3 万元以上
1 万元以上 3 万元未満
有する者に対する贈
情状が重い
100 万元以上 500 万元未満
50 万元以上 100 万元未満
賄罪(390 条の 1)
国の利益に重大な損
100 万元以上 500 万元未満(経済に
規定なし
害をもたらす
損失をもたらす額)
情状が特に重い
500 万元以上
250 万元以上 500 万元未満
国の利益に特に重大
500 万元以上(経済に損失をもたら
規定なし
な損害をもたらす
す額)
企業が贈賄した場合
20 万元以上
規定なし
条、386 条、383 条) きい
公務員に対する贈賄
罪(389 条、390 条) 情状が重い
(390 条の 1 第 2 項)
非公務員の収賄罪
金額が比較的大きい
6 万元以上 40 万元未満
規定なし
(163 条)
金額が巨額
40 万元以上
規定なし
8
「贈賄刑事事件の処理における具体的法律適用の若干問題に関する解釈」
(法釈[2012]22 号、最高人民法院、最高人民検察院が
2012 年 12 月 26 日公布、2013 年 1 月 1 日施行)、
「公安機関が管轄する刑事事件の立件訴追基準に関する規定(二)
(公通字[2010]23
」
号、最高人民検察院、公安部が 2010 年 5 月 7 日公布、同日施行)
、「人民検察院が直接受理し、立件捜査する事件の立件基準に関
する規定(試行)
」(高検発釈字 1999-2 号、最高人民検察院が 1999 年 9 月 16 日公布、同日施行)等
34
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
法務
非公務員に対する贈
金額が比較的大きい
6 万元以上 200 万元未満
規定なし
賄罪(164 条)
金額が巨額
200 万元以上
規定なし
以下、日系企業にとって関心が高いと思われる公務員贈賄罪と非公務員への贈賄罪(いわゆる商
業賄賂罪)に関する規定の内容を紹介します。
(1)
公務員に対する贈賄罪(刑法 389 条、同 390 条)
科刑は 3 段階に分けて規定されており、①通常の場合は、5 年以下の有期懲役又は拘役に処し、
罰金が併科されます。②「情状が重い場合」又は「国の利益に重大な損害をもたらした場合」は、
5 年以上 10 年以下の有期懲役に処し、罰金が併科されます。③「情状が特に重い場合」又は「国の
利益に特に重大な損害をもたらした場合」は、10 年以上の有期懲役又は無期懲役に処し、罰金が併
科されます(刑法 389 条、同 390 条)。
本司法解釈では、以下のとおり、上記各場合の認定に関する金額基準が示されています。
①
通常の贈賄の場合(第 7 条)
(ア) 贈賄の金額が 3 万元以上であれば、刑法 390 条の規定に従い贈賄罪により刑事責任を追
及するとされています。
(イ) 贈賄の金額が1万元以上 3 万元未満であっても、以下の事由のいずれかに該当する場合
は、刑法 390 条の規定に従い贈賄罪により刑事責任を追及するとされています。
1)
3 人以上に対して贈賄を行った場合
2)
違法所得を贈賄に用いた場合
3)
贈賄を通じて職務上の抜擢、調整を図った場合
4)
食品、薬品、安全生産、環境保護等の監督管理職責を負う国の職員に対して贈賄を
行い、不法活動を実施した場合
②
5)
司法職員に対して贈賄を行い、司法の公正に影響を与えた場合
6)
もたらした経済的損失額が 50 万元以上 100 万元未満である場合
「情状が重い場合」又は「国の利益に重大な損害をもたらした場合」
(第 8 条)
(ア)
贈賄を行い、以下の事由のいずれかに該当する場合は、「情状が重い」と認定さ
れます。
1)
2)
贈賄金額が 100 万元以上 500 万元未満である場合
贈賄金額が 50 万元以上 100 万元未満であり、かつ、上記①の 1)号から 5)号の事由
のいずれかに該当する場合
3)
その他、情状が重い場合
(イ) 贈賄を行い、金額 100 万元以上 500 万元未満の経済的損失をもたらした場合は、
「国の利
益に重大な損害をもたらした場合」と認定されます。
③
「情状が特に重い場合」又は「国の利益に特に重大な損害をもたらした場合」(第 9 条)
(ア) 贈賄を行い、以下の事由のいずれかに該当する場合は、
「情状が特に重い」と認定されま
す。
35
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
法務
1)
贈賄金額が 500 万元以上である場合
2)
贈賄金額が 250 万元以上 500 万元未満であり、かつ、上記①の 1)号から 5)号の事由
のいずれかに該当する場合
3)
その他、情状が特に重い場合
(イ) 贈賄を行い、金額 500 万元以上の経済的損失をもたらした場合は、
「国の利益に特に重大
な損害をもたらした場合」と認定されます。
(2)
非公務員に対する贈賄罪(刑法 164 条)
科刑は 2 段階に分けて規定されており、①収賄の「金額が比較的大きい場合」は、3 年以下の有
期懲役又は拘役に処されます。②「金額が巨額の場合」は、3 年以上 10 年以下の有期懲役に処し、
罰金を併科します。
本司法解釈では、上記の①「金額が比較的大きい場合」、②「金額が巨額の場合」の金額の起算
点について、本司法解釈 7 条、8 条 1 項の贈賄罪に関する金額基準規定の 2 倍としており(11 条 3
項)、それぞれ①6 万元以上、②200 万元以上となります。
7.終わりに
次回(2017 年 2 月号)は、民商法一般、独禁法、知的財産法等に関連する重要立法を取り上げる
予定です。
野村
高志
弁護士
西村あさひ法律事務所
上海事務所代表
早稲田大学法学部卒業。1998 年弁護士登録。2001 年より西村総合法律事務所に勤務。2004
年より北京の対外経済貿易大学に留学。2005 年よりフレッシュフィールズ法律事務所(上
海)に勤務。4 年半の中国滞在を経て 2010 年に現事務所復帰、2014 年より現職。
専門は中国内外の M&A、契約交渉、知的財産権、訴訟・紛争、独占禁止法等。ネイティブ
レベルの中国語で、多国籍クロスボーダー型案件を多数手掛ける。
2012 年~2014 年 東京理科大学大学院客員教授(中国知財戦略担当)。
主要著作に「中国での M&A をいかに成功させるか」(M&A Review 2011 年 1 月)、「模倣対策
マニュアル(中国編)」(JETRO 2012 年 3 月)、「中国現地法人の再編・撤退に関する最新実
務」(「ジュリスト」(有斐閣)2016 年 6 月号(No.1494))等多数。
Tel:+86-21-6178-3748
Email:[email protected]
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MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
法務
早川 一平
西村あさひ法律事務所
アソシエイト
弁護士
2008 年慶應義塾大学法学部卒業。2010 年慶應義塾大学法科大学院修了。2011 年第二東京
弁護士会登録、西村あさひ法律事務所に勤務。2013 年西村あさひ法律事務所の北京オフ
ィスにて 1 年間勤務。
専門は日本国内の会社法務全般、中国内外のM&A、中国現地法人の会社法務等。
Tel:+81-3-6250-6200
Email:[email protected]
盧
月亭
中国律師
西村あさひ法律事務所
フォーリンアトーニー
2003 年中国政法大学法学部卒業、2008 年慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了。
2010 年中国律師登録。
専門は中国における外商投資、M&A、会社法務等。
Tel:+81-3-6250-6200
Email:[email protected]
郭
望
中国律師
西村あさひ法律事務所
フォーリンアトーニー
2005 年洛陽外国語学院卒業、2008 年中国国立武漢大学法学院卒業、2011 年国士舘大学総
合知的財産権法学研究科修了。2012 年中国律師登録。2009 年より北京市世澤法律事務所
及び北京市大地法律事務所で勤務、2012 年 12 月より現職。
専門は中国における外商投資、M&A、労務、会社法務等。
Tel:+81-3-6250-6200
Email:[email protected]
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MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
税務会計
近藤公認会計士事務所
移転価格の事前確認手続
公認会計士
近藤 義雄
[email protected]
http://kondo.la.coocan.jp/
1.
事前確認手続の主要な改正内容
国家税務総局は 2016 年 10 月 11 日付で「事前価格確認手続管理の改善に係る事項に関する公
告」
(2016 年第 64 号公告)を発布しました。事前価格確認手続(Advance pricing arrangement、
APA、事前確認手続)とは、移転価格税制で、企業と税務機関が将来の納税年度における企業と
その関連企業との間の取引の価格または利益について移転価格決定の原則と価格算定方法を事
前に合意する手続をいいます。
中国の事前確認手続は、2009 年に制定された「特別納税調整実施弁法(試行)」
(国税発[2009]
2 号、実施弁法)の第 6 章「事前価格確認手続管理」に規定されていますが、今回の改正でこの
実施弁法第 6 章はすべて廃止され、第 64 号公告が 2016 年 12 月 1 日から施行されました。
ここでは事前確認手続について、実施弁法の旧規定と改正された新規定(第 64 号公告)を比
較して、その主な改正内容を紹介します。
今回の改正で最も重要な事項は、事前確認手続の正式申請前に、意向書の締結交渉と分析評
価が行われる順序となったことであり、これによって正式申請前の予備会談、意向書の締結交
渉、税務当局による分析評価の各段階で税務当局が重視している検討課題が具体的かつ詳細に
実地調査を含めて検討されることになりました。
下記の表で示したように、従来は正式申請後に検討されていた説明事項が改正後には正式申
請前の予備会談、意向書の締結交渉段階、税務当局による分析評価の段階で実施されることに
なります。
また、予備会談では、マーケットを重視した市場状況の説明、コストセービングとマーケッ
ト・プレミアム等の中国市場固有の優位性の説明が新たに追加されています。締結交渉の段階
では、バリューチェーン分析またはサプライチェーン分析が追加されています。分析評価の段
階で税務当局は現地企業を訪問して面談を行うことも規定されました。
事前確認手続の主要な改正内容
項目
改正前
主要手続
予備会談、正式申請、審査評価、協議、 予備会談、意向書締結交渉、分析評価、正
予備会談
改正後
署名締結、監督統制
式申請、協議締結、監督統制
税務当局に締結交渉意向書と下記資料
税務当局に予備会談申請書を提出し下記
を提出する。
事項を説明する。
1. 確認手続の適用年度
1. 確認手続の適用年度
38
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
税務会計
2. 関連者と関連取引
2. 関連者と関連取引
3. 企業の過年度生産経営状況
3. 企業とグループの組織構成等
4. 関連者の機能リスクの説明
4. 最近 3 年間乃至 4 年間の生産経営状況、
5. 過年度への遡及適用の有無
同期資料等
5. 関連者の機能リスクの説明
6. その他
6. 市場状況の説明
7. コストセービング、市場プレミアム等
の地域固有の優位性の有無
8. 過年度への遡及適用の有無
9. その他
二国間または多国間の事前確認手続で
二国間または多国間の事前確認手続では、
は、次のものを含む。
次のものを含む。
1. 条約相手国に予備会談申請書を提
1. 条約相手国に提起した事前確認手続の
状況
出した状況
2. 関連者の過年度生産経営状況と関
況と関連取引状況
連取引の状況
3. 条約相手国に提出した移転価格決
3. 国際二重課税と関係しているかどうか
とその説明
定の原則と算定方法
締結交渉
2. 関連者の最近 3~5 年間の生産経営状
-
税務当局に締結交渉意向書を提出し、下記
事項を記載した確認手続申請書草案を添
付し、交渉する。
1. 確認手続の適用年度
2. 関連者と関連取引
3. 企業とグループの組織構成等
4. 最近 3 年間乃至 4 年間の生産経営状況、
財務会計報告書、監査報告書、同期資
料等
5. 関連者の機能とリスクの説明
6. 移転価格決定の原則と方法、これをサ
ポートする機能リスク分析、比較可能
分析、仮定条件の説明
7. バリューチェーンまたはサプライチェ
ーン分析、コストセービング、マーケ
ット・プレミアム等の地域固有の優位
性
8. 市場状況の説明
9. 適用期間の経営規模、経営利益予測と
経営計画等
39
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
税務会計
10.過年度への遡及適用の有無
11.事前確認に影響する国内外の業種関連
の法律法規
12.意向書の拒絶事項の有無
13.その他
分析評価
-
税務機関は上記の申請書草案について企
業と議論し、機能とリスクについて現地訪
問面談を行う。
正式申請
税務機関から正式交渉通知書を受領し
税務機関が申請書草案に同意した場合に、
た日から 3 か月以内に下記事項を記載
企業は正式申請書を提出し、正式申請書報
した申請報告書と正式申請書を提出す
告書を添付する。
る。
正式申請書の内容は草案と同じ。
1. グループの組織構成、会社組織、関
1. 確認手続の適用年度
2. 関連者と関連取引
連関係、関連取引
2. 直近 3 年間の財務会計報告書、製品
3. 企業とグループの組織構成等
4. 最近 3 年間乃至 4 年間の生産経営状況、
の機能と資産の資料
3. 関連取引の類型と納税年度
財務会計報告書、監査報告書、同期資
4. 関連者の機能リスクの説明
料等
5. 移転価格決定の原則と方法、これを
サポートする機能リスク分析、比較
可能分析、仮定条件の説明
5. 関連者の機能とリスクの説明
6. 移転価格決定の原則と方法、これをサ
ポートする機能リスク分析、比較可能
分析、仮定条件の説明
6. 市場状況の説明
7. 適用期間の経営規模、経営利益予測
7. バリューチェーンまたはサプライチェ
ーン分析、コストセービング、マーケ
と経営計画等
8. 関連取引等の利益水準情報
ット・プレミアム等の地域固有の優位
9. 二重課税問題等の有無
性
10.国内外の関連法律、租税条約と関係
8. 市場状況の説明
9. 適用期間の経営規模、経営利益予測と
する問題
経営計画等
10.過年度への遡及適用の有無
11.事前確認に影響する国内外の業種関連
の法律法規
12.意向書の拒絶事項の有無
13.その他
審査評価
税務当局は審査評価を行う。
-
協議
税務当局は審査評価結論書の作成日か
税務当局は分析評価に基づいて協議方案
ら 30 日以内に、企業と協議し、事前確
を作成して協議し、事前確認手続書本文を
認手続書草案と資産評価報告書を国家
策定し、企業と意見が一致した場合に事前
税務総局まで上申して審査決定を受け
確認手続書に署名締結する。
40
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
税務会計
る。
署名締結
税務機関は企業と意見が一致した場合
に事前確認手続書を正式に締結する。
監督統制
年度報告書の受領と内容検討
年度報告書の受領と内容検討
履行状況の検査
手続の条項と要求の遵守性検査
価格と値幅の調整
手続の仮定条件の有効性検討
(四分位法によるレンジからの逸脱調整
等を含む)
さらに、締結交渉段階では、新たに意向書の拒絶事項の有無の記載が要求されています。こ
の意向書の拒絶事項とは次のものをいい、旧規定には存在していなかった記載事項です。
①
税務機関がすでに企業に対して特別納税調整立件調査またはその他の税務関係案件調査を
実施しており、かつ案件が未決である場合
②
関連規定に従って年度関連取引往来報告表を記載報告していない場合
③
関連規定に従って同期資料を準備、保存、提出していない場合
④
予備会談の段階で税務機関と企業が意見の一致を達成できなかった場合
これと同じように、新規定では正式申請前に税務当局が申請を拒絶できる次のような事項が
規定されました。
①
事前価格確認手続の申請書草案が採用を予定している価格算定原則と計算方法が不合理で、
かつ企業が調整協議を拒絶している場合
②
企業が関連資料の提出を拒んでいる場合または提供した資料が税務機関の要求に適合して
いない場合で、適時に補正または更正しない場合
③
企業が税務機関の機能とリスクの現地訪問面談を行うことの手配を拒んでいる場合
④
その他の事前価格確認手続に適合しない状況
このように新規定では、事前確認手続の正式申請前に実質的な締結交渉と分析評価が行われ、
意向書または正式申請書を受理しない拒絶事項も明文化し、事案の処理を正式申請前に実施す
るための規定が追加されています。
正式申請前の締結交渉段階が重視される結果、事前確認手続の適用年度は旧規定による企業
が正式に書面による申請書を提出した翌年からの適用開始から、税務機関が締結交渉の意向書
を受理した旨を記載した「税務事項通知書」を企業に送達した日の属する納税年度からの適用
開始に変更されました。
二国間または多国間の APA については、新規定では予備会談の期間に国際二重課税と関係し
ているかどうかとその説明を行うことが規定されました。旧規定では、正式申請時の報告書の
記載内容とされていました。
41
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
税務会計
2.
BEPS と第 64 号公告の関係性
事前確認手続には、国内単独(ユニラテラル)APA、二国間(バイラテラル)APA、多国間(マ
ルチラテラル)APA があります。国内単独 APA では、企業と中国税務当局が APA を合意するだけ
ですが、二国間 APA と多国間 APA では、企業が中国税務当局と合意する他に、中国税務当局と
外国税務当局が政府間の相互協議手続(Mutual agreement procedure、MAP)を通して企業の税
務処理を確定する必要があります。
(1)
BEPS の Action5 との関係性
第 64 号公告では、国内単独 APA について 2016 年 4 月 1 日以後に締結した事前確認手続の本
文を租税条約等の締約相手国の税務当局に情報交換することが新たに規定されました。
この情報交換規定の要請は、OECD(経済協力開発機構)の BEPS(税源侵食と利益移転、Base
Erosion and Profit Shifting)行動計画の中の Action5(行動 5)によるものです。
Action5 は有害税制に効果的に対抗するための措置ですが、国内単独 APA については、国内の
事前確認手続の結果として企業の利益が上方修正または下方修正される可能性があります。特
に、例えば、A 国内の企業の利益が下方修正またはゼロとなる場合には、その結果が関連企業の
所在する B 国の税務当局に情報交換されなかった場合には、A と B の両国で企業グループの利益
が非課税または低額課税となる可能性があり、税源浸食と利益移転が懸念される事態が生ずる
ことになります。
Action5 では、各国税務当局の自発的情報交換を強制的に実施することによって各国政府間の
税務情報の透明性を確保します。これは、主に国境を超える取引を行う企業の国内単独 APA で
の利益の赤字修正または下方修正に伴って生ずる企業グループの非課税または低額課税に対抗
するために採用された措置です。
(2)
BEPS の Action14 との関係性
二国間 APA と多国間 APA については、新規定では、納税者は予備会談の段階で国際的二重課
税と関係しているかどうかとその説明を行うことが新たに規定されました。
国家税務総局の解説によれば、新規定は BEPS の Action14 により納税者に租税の確実性を提
供し、二国間または多国間 APA の締結交渉で国際的な二重課税の回避または排除に有利となる
と説明しています。
BEPS の Action14 は、租税条約の相互協議手続を通して国際的な二重課税を効果的かつ効率的
に防止する措置を規定しています。相互協議手続は各国の国内法による救済措置とは独立して、
租税条約の解釈と適用についての相違または困難に伴う紛争を解決する手段です。
42
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
税務会計
これは租税条約の特典を受ける資格のある納税者が租税条約に適合しない課税を受けた場合
にこれを効果的かつ適時に解決することによって、課税の不確実性と二重課税のリスクを最少
化することを目的としています。
例えば、A 国の事前確認手続で企業の利益が増額された場合に、これに対応して B 国の関連企
業の利益が減額されなかった場合には、国際的な二重課税が発生する可能性があります。この
ような対応的調整が必要とされる場合には、租税条約の締結国は二重課税を防止する目的でそ
の対応的調整の適切な金額を算定するために相互協議しなければなりません。
また、Action14 では、① 各国で相互協議手続(MAP)が誠実に実施されて MAP 事案が適時に
解決されること、② 各国政府が紛争の防止と適時な解決を促進する行政手続を確保すること、
③ 納税者が MAP を選択した時に MAP を利用(アクセス)できることを確保することを、最低限
の基準(ミニマム・スタンダード)として、OECD 加盟国と BEPS の参加国(非加盟国で実施を承
諾した国)の各国政府に義務付けました。
例えば、各国政府のほとんどの税務当局は、二国間の MAP 事案の解決のために平均して 24 か
月以内に解決するように努力していることから、ミニマム・スタンダードでは各国政府は 24 ヶ
月の平均的期間枠の範囲内で MAP 事案を解決するよう努力することを確約しています。このよ
うな目標の達成度は定期的に相互評価基準(Peer review)でモニタリングされることになりま
す。
今後、各国政府の税務当局は解決した MAP の件数、MAP 事案の解決のために適用した原則と方
法の首尾一貫性、MAP 事案を解決するために要した期間を MAP の適切な行政指標としなければな
りません。これは各国政府が税務調査で安定した税収を確保することがないようにするために
は、各国政府が MAP 制度の運用を適切に行うことが必須条件とされているためです。
最後に、Action14 では、すべての国によってミニマム・スタンダードの実施が確約されたこ
とに加えて、次の 20 ヵ国は租税条約関連の紛争が特定期間内に解決されることを保証するため
に、二国間租税条約で MAP 仲裁を強制的な義務として規定することを確約(コミットメント)
しています。
オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、フランス、ドイツ、アイルランド、イ
タリア、日本、ルクセンブルグ、オランダ、ニュージーランド、ノルウェイ、ポーランド、ス
ロベニア、スペイン、スウェーデン、スイス、英国、米国
近藤 義雄
近藤公認会計士事務所
所長 公認会計士
早稲田大学大学院商学研究科の修士課程を卒業後、監査法人に勤務して公認会計士として登録、
上場会社等の監査業務に 23 年ほど従事した。1986 年から 2 年ほど北京の国際会計事務所に日本
人初の駐在員として勤務し、日系企業に幅広いコンサルティング業務を提供。帰国後に「中国
投資の実務」(東洋経済新報社 1990 年)を出版し、現在まで中国の投資、会計、税務分野の専門
書を 25 冊ほど出版。2001 年に近藤公認会計士事務所を開設して中国専門のコンサルティング業
務を提供している。
43
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
税務会計
アジアにおける税制
国を跨ぐ人々にかかわる税金
- 国際税務の観点から捉えた所得税 –
MAZARS Mochizuki
パートナー
公認会計士
望月一央
http://www.mazars.com
近年ますます社会はグローバル化し、人々のボーダレスな移動(モビリティ)も増加してい
ます。これらの急速な社会環境の変化の中で、個々人の税務上の取扱いについては、明確な理
解がなされることはまだ少なく、ある種ブラックボックス化した曖昧な対応がとられているこ
とも多いといえます。
その背景には、人々の行き来が頻繁になっていることだけでなく、それらに対応するための
国際税務の枠組みに対する理解が一般には図られていないことがあるといえます。
今回は、各国の税制の理解に勝るとも劣らず重要といえる、税務の世界における国際的枠組
みについて解説したいと思います。
以下では、最初に、税の基本概念である租税法律主義から導かれる国内税法の適用、複数の
国家による課税権の競合が発生した場合の租税条約の機能について解説し、続いて国内税法及
び租税条約において重要となる居住者等の概念、そして最後に、その適用における実務的側面
について説明します。
1.税の基本概念
①租税法律主義
税金は、公共の目的に資するため強制的に課されるものであることから、それぞれの国の憲
法において国民の納税義務として規定されるとともに、国民の総意が反映される立法過程を通
じて法律により定められなければならないものとされており、これは租税法律主義と呼ばれま
す。
②税法の適用範囲
従って、税金が適用される範囲とは、当該国の法律(国内税法)が適用される範囲であり、
当該国外においては、当該国の税金の徴収が行われないことになり、これは同時に、基本的に、
当該国外における税金納付の有無は、当該国における納税義務に何らの影響を与えるものでは
ないことを意味することになります。
ここでの適用範囲の概念には、人を基準とするものと物理的空間を基準とするものがあり、
前者は居住者の概念として、後者は源泉地の概念として具体的に規定されます。
居住者の概念について、自国の居住者については、どこで稼得した所得であっても全て税金
を支払わなければならず(無制限納税者)、非居住者については、自国の物理的空間の範囲の中
で稼得した所得についてのみ税金を支払うもの(制限納税者)とされることが一般的です。
例えば、日本を例に挙げると、日本国内に「住所」がある、または、現在まで継続して 1 年
44
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
税務会計
以上「居所」がある個人を居住者としており、このような居住者については、その所得の発生
場所が日本国内であるか否かにかかわらず、日本において納税を行う(全世界所得納税)もの
とされ、それ以外の非居住者については、日本において発生する所得についてのみ日本で納税
するものとされています。
また、逆にいえば、所得の発生地が日本国内にある場合には、所得を稼得する者が日本国内
にいるか否かにかかわらず、日本において納税を行うものとなることを意味します。
ここでも日本の税法を例にとると、以下のような所得については発生地が日本国内にあるも
の(日本国内源泉所得)として規定されています(所得税法第 161 条抜粋)。
・国内において行う事業又は国内にある資産の保有・運用あるいは譲渡により生ずる所得
・国内の土地、土地の上の権利、建物、建物の附属設備、構築物の譲渡による対価
・国内で人的役務の提供を事業とする者の、その人的役務提供に係る対価
・自由職業者又は科学技術、経営管理等の専門的知識や技能を持つ人の役務対価
・国内にある不動産や不動産の上の権利等の貸付けにより受け取る収入
・内国法人から受ける利益の配当や剰余金の分配等
・国内での勤務に対する俸給、給料、賃金、歳費、賞与、退職手当や公的年金等
これは、当該国において何らかの公共サービスを享受する活動により収益を得る場合(国内
源泉所得)には、その範囲内で非居住者に対しても課税権を行使するべきという考え方に基づ
くものであるといえます。
③国際的二重課税とその排除
居住者の概念と源泉地の概念
は、ある意味では裏腹の関係にあ
り、日本の居住者が外国を源泉地
とする所得を得ている場合には、
日本においては居住者の概念に
基づき課税が行われるのに対し
て、外国においては居住者として
の課税は行われないものの、源泉
地の概念に基づき課税が行われ
ているものといえます。
従って、一般に、ある国の居住者が多国を源泉地国とする収益を得ている場合には、同一の
所得について複数国において課税が発生する国際的二重課税という状況が発生することになり
ます。
このような国際的二重課税は企業の国際的活動を阻害し、ひいては自国の経済活動自体にも
悪影響を及ぼすことになることから、国際的二重課税の排除を行うことを目的として、租税条
約が結ばれることになりました。
2.租税条約
以上のように、租税条約とは、原則として非居住地国における課税権を制限する機能を有し、
45
MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
税務会計
これにより国際的二重課税を排除することを目的として 2 国間で結ばれる条約をいいます。
他方で、居住地国においては、外国税額控除を認めることにより、非居住地国で課税された
税金については、自国で支払ったものとみなすことにより、課税権の調整を図っています。
また、世界的な調和を図る目的から OECD 等の国際組織により、租税条約の統一化・標準化の
努力が図られています。
租税条約は、一般に国際条約として国内法令である税法に優先して適用されます。
例えば、我が国の所得税法と法人税法が「非居住者(個人及び外国法人)が日本企業の株式を
売却して得た所得は日本国内源泉所得として課税する」と規定していても、その非居住者の居
住地国と日本が締結している租税条約で「一方の国の居住者が他方の国の法人の株式を譲渡し
て得た所得は、一方の国(居住地国)のみが課税でき、他方の国(非居住地国:株式発行法人
所在地国)は課税できない」としていれば、この条約の定めが、国内税法に優先して適用され、
日本の課税権は制限される(課税できない)ことになります。
ただし、租税条約の効果が国内税法に優先適用されるのは「国内税法による課税権を制限す
る方向」のみであって、逆の方向に適用されることはありません。プリザベーションクローズ
と呼ばれるこの効果は、租税条約の目的に由来するものです。
租税条約においては、どちらの国の居住者となるかの判断が規定されると同時に、所得分類
を設け、それぞれに応じた源泉地の判断及び非居住地国側における課税権の制限が規定される
こととなっています。
ここには、重要な概念として居住者及びその判断基準があります。
①居住者
「『一方の締約国の居住者』とは、当該一方の国の法令の下において、住所(domicile)、居
所(residence)、事業の管理の場所その他これらに類する基準により、当該一方の国において
課税を受けるべきものとされる者をいう」
(OECD モデル租税条約第 4 条第 1 項)とされています。
ここでの本質は、当該国(の法令に基づき)において、一定の基準(そこに住んでいるとい
うこと)を基に課税を受ける者ということです。
これは、それぞれの国の税法における居住者の概念と基本的に一致しますが、居住者と規定
していない背景には、起草された 1950 年頃には居住者という明確な概念を法令上採用していな
い国もあったからだと説明されています(租税研究 2012・5 租税条約にかかわる最近の論点
ジ
ョン・F・エイブリー・ジョーンズ)
。
今日の国際化した社会においては、住所、居所を複数の国に同時に所有している個人は少な
くないといえますが、この場合には、複数の国の居住者となってしまい、課税権の制限という
租税条約の目的を達することができなくなってしまう恐れがあります。そこで、租税条約にお
いては、一段と細かな居住地にかかわる判断基準(Tie breaker rule)が規定されています。
そこでは、上述の基準により複数の国の居住者と判断された個人は、a)恒久的住居(permanent
home)が存在する国の居住者とみなし、恒久的住居が複数の国に存在する場合には、b)人的及
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税務会計
び経済的関係のより密接な国:重要な利害関係の中心がある国(closer personal and economic
relations: center of vital interests)の居住者とみなし、これが複数の国に存在する場合
には、c)常用の住居(habitual abode)が存在する国の居住者とみなし、常用の住居が複数の
国に存在する場合には、d)国籍(nationality)を有する国の居住者とみなし、これが複数の
国に存在する場合には、e)権限のある当局の合意(competent authorities’ mutual agreement)
により解決するものとしています。
従って、厳密には、国を跨ぐ人々の課税関係については、上述のような基準により判断が下
されるものといえるでしょう。
前述の日本の国内税法において居住者と判断される基準となる「住所」については、所得税
法基本通達 2-1 に「人の生活の本拠をいい、生活の本拠であるかどうかは、客観的事実によっ
て判定する」とあり、住所の概念は日本の民法上の住所の概念を借用しています(民法 22 条)。
また、民法上の住所の概念について「客観的な事実、すなわち住居、職業、国内において生
計を一にする配偶者その他親族を有するか否か、資産の所在等に基づき判定するのが相当(最
高裁昭和 63 年 7 月 15 日判決)」とされており、①住居、②職業、③国内において生計を一にす
る配偶者その他親族を有するか否か、④資産の所在等の 4 つの要素に基づく総合判定になって
います。税務訴訟において居住者判定を争った事案でも、この 4 要素に基づいて判定されてい
ます。
従って、租税条約における a)恒久的住居、b)人的及び経済的関係による判断基準とほぼ同
じ性質のものであるといえると同時に、民法上の判断は、国際税務における課税権の判断を想
定したものではないことから、必ずしも同様の判断がなされない局面もあるものと想像されま
す。
3. 租税条約の適用にかかわる多様性
①異なる国際的二重課税の排除法 - 控除法と免除法 国際的二重課税の排除法には、一般に控除法と免除法があります。控除法とは、これまで説
明してきたように、居住地国において、全世界所得について課税を行った上で、非居住地国に
おいて発生した外国税額について自国の税額から控除することにより国際的二重課税を排除す
る方法です。一方で、免除法とは、そもそも居住地国において発生した所得についてのみ税金
を課し、非居住国で発生した所得についての課税を免除することにより国際的二重課税を排除
する方法です。
従って、免除法を採用する国においては、控除法を採用する国と多少異なる事象が発生する
ことになります(例えば、相手国における課税権の制限を得ることにより自国企業の税負担を
軽減するための租税条約締結、控除法を採用する 2 国間では認められないであろう課税上の双
方居住者が容認され得ること)。
②市民権課税 - コモンロー(Common law)とシビルロー(Civil Law)
コモンローの地域においては、シビルローの地域の考え方と異なり、居住者の概念が全世界
所得と結びつく度合いが低いといえ、例えば、米国は居住のいかんを問わず自国民に対して、
その全世界所得に課税する市民権課税制度を採用し、これと同時に、国外で発生した所得の課
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税務会計
税の免除や税額の控除を認めることにより、国際的な二重課税を排除するという方式を採用し
ています。
そこでは、一般の租税条約におけるように居住地の判断により、全世界所得に対する課税権
が制限されると不都合が生じることになります。従って、米国の締結する租税条約においては、
原則として、米国の市民権を保有しているものについては、租税条約上の課税の免税は適用さ
れず米国内法が適用される旨の規定(セービングクローズ)が設けられています。米国におけ
る国外源泉所得の(課税範囲からの)排除は、相手国における源泉基準による課税と相容れる
ものであるということだけではなく、自国における居住者としての課税とも相反しないもので
あり、相手国(源泉地国)における課税にかかわらず、国外源泉所得の(課税範囲からの)排
除 を 判 断 す る も の と も 説 明 さ れ て い ま す ( Tax Treaty Case Law around the Globe 2013
Individual Residence Under the Canada-U.S. Tax Treaty: Trieste v. The Queen David G. Duff)。
③地方税
租税条約上、地方税法がその適用範囲に含まれる場合と含まれない場合があります。
例えば、日米租税条約においては、その範囲に含まれておらず、従って、地方税納税義務に
かかわる判断については、国内法の解釈のみにより行うことができます。また、対象外とされ
る国には米国以外にも、インド、インドネシア、オーストラリア等があります。
租税条約の適用範囲に含まれない場合には、たとえ租税条約上の日本非居住者と判断された
としても、例えば、日本において住民基本台帳に記録されている場合には、地方税においては
住所を有するものとして納税義務者となるといえます。
一方、米国における州税については、米国における居住者としての判断がなされれば、租税
条約において非居住者と判断されたとしても課税がなされるものと考えられます。
4. 国際的な税務対応における俯瞰した見方の必要性
これまで見てきた通り、税務の世界においては、以下のように異なる立場からのそれぞれの
観点を基礎としつつも、それぞれの具体的な状況により、さらに様々な要素が絡み合い、決し
て一言では言い表すことのできない多面的状況が発生することも珍しくありません。
・国家の観点
課税権の行使
・国際的観点
課税権の制限
・個人の観点
税負担の低減
このような状況においては、一つの側面だけを捉えたとしても何ら実質的な効果を有しないこ
とから、その対応に際しては、自らの目的をあらかじめ明確にし、統一された方向性を明確に
持ちつつ、一つひとつの局面を捉えて積み上げていくというアプローチが必要となります。
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2016 年12 月号
税務会計
望月一央
MAZARS
パートナー
日本公認会計士
MAZARS は世界 77 カ国に 17,000 名のスタッフ(2016 年 1 月 1 日時点)を有する、監査、会計、
税務およびアドバイザリーサービスに特化したワンファーム型国際会計事務所です。今般、
MAZARS 中国は、100 社にのぼる中国国有及び上場企業をクライアントに有する中審衆環会計師事
務所と統合することにより、MAZARS 中審衆環となりました。この統合による中国拠点 15 カ所、
総勢約 1,800 名の新体制のもと、今後、日本企業にとってもますます重要となる中国企業関連分
野において最先端の業務を提供させていただくとともに、中国以外のインド、シンガポール、マ
レーシア、インドネシア、タイ、ベトナム、フィリピン、ミャンマー等のアジア地域においても、
ワンファームならではの緊密な連携により複合的なサービスを提供させていただきます。
MAZARS – Homepage
http://www.mazars.com
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2016 年12 月号
人事労務
日系企業の福利厚生のトレンドと
重要性(1)
保聖那人才服務(上海)有限公司
広州支店長
山内奨
[email protected]
給与が年々上昇するなか、リテンション(人材の維持・確保)を目指すために、従業員に対
する福利厚生制度の充実を図ることは有効だと考えられます。人事制度を構築する上で、評価、
昇給、教育研修等に並び、最適な福利厚生は従業員の帰属意識の醸成やモチベーション向上に
寄与します。通勤や食事手当の一般的な福利厚生をはじめ、多様なライフスタイルを持つ社員
1人ひとりの組織への貢献度を高めるために、現状の福利厚生制度を見直す必要性を感じてい
る企業は多いと感じます。まずは、パソナが実施した「現地社員の昇給賞与・福利厚生に関す
る調査」から見えた実態をご紹介します。
項目ごとのトレンド
通勤手当は「支給あり」が 73.5%から 78%に、
「実費支給」が 34.6%から 43%に、と共に増
えています。「固定給」が減り、「実費支給」が増加する結果となりました。また、支給金額は
「月額 151~200 元」が最も多いです。
▼通勤手当
支給の有無
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2016 年12 月号
人事労務
▼通勤手当
支給金額
(単位:RMB/月)
次に、住宅手当は 79.2%が出しておらず、住宅手当を支給していないとの回答は、昨年から
0.4%増加しています。支給している企業のうち、「1~500 元」が最も多い(52.7%)結果とな
りました。
▼住宅手当
支給の有無
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2016 年12 月号
人事労務
▼住宅手当
支給金額
次に食事手当(社員食堂での無償の食事提供を含む)を見てみます。2 社に 1 社が食事手当(食
堂提供含む)を導入しており、前年度と比較し、大きな変化はありません。2000 年より前に進
出した多くの企業では会社が社員の生活を守る意識が強く、食事手当が一般的でしたが昨今は
手当の項目をなくして、基本給に含ませるなど見直しを図っている企業も見受けられます。
▼食事手当
支給の有無
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MIZUHO CHINA MONTHLY
2016 年12 月号
人事労務
▼食事手当
支給金額
(単位:RMB/月)
次号では、通信手当や語学手当、社員旅行の状況や各種保険の導入状況などをご紹介し、福
利厚生制度についての考え方について検討したいと思います。
(次号につづく)
山内奨
パソナ(保聖那人才服務(上海)有限公司)
広州支店長
パソナ上海の広州支店長。2009 年に立命館大学卒業後、株式会社パソナへ就職。2
年間、東京都千代田区の営業を担当し、新規開拓やパソナグループの人事ソリュー
ション営業に従事。その後中国へ赴任し、2011 年~2013 年末まで、広州、深せん、
香港の華南地区 3 拠点にて、日々顧客の声を聴き、顧客の課題を解決するために、
人材紹介をはじめ教育研修や人事コンサルティングなど、管理部門全般のサービス
を提案。2014 年から現職に就き、広州支店の運営を担当。中国へ初めて赴任する担
当者へのセミナーや中国人大学生向けに日系企業就職セミナーなども実施。
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2016 年12 月号
みずほ銀行の中国ビジネスネットワーク
みずほ銀行(中国)有限公司
◎ 上海本店
● 北京支店
● 青島支店
上海市浦東新区世紀大道100号
上海環球金融中心
21階(業務窓口)、23階(来賓受付)
北京市朝陽区東三環中路1号
環球金融中心 西楼8階
Tel:(86-10)65251888
山東省青島市市南区香港中路59号
青島国際金融中心44階
Tel:(86-532)80970001
中国営業第一部・第二部
● 大連支店
● 広州支店
Tel:(86-21)38558888(ex.2460)
遼寧省大連市西崗区中山路147号
森茂大厦23階、24階-A
Tel:(86-411)83602543
広東省広州市天河区珠江新城
華夏路8号合景国際金融広場25階
Tel:(86-20)38150888
● 大連経済技術開発区出張所
遼寧省大連市大連経済技術開発区
紅梅小区81号ビル古耕国際商務大厦22階
Tel:(86-411)87935670
湖北省武漢市漢口解放大道634号
新世界中心A座5階
Tel:(86-27)83425000
● 無錫支店
● 蘇州支店
江蘇省無錫市新区長江路16号
無錫科技創業園B区8階
Tel:(86-510)85223939
江蘇省蘇州市蘇州工業園区
旺墩路188号建屋大厦17階
Tel:(86-512)67336888
中国営業第三部・第四部
Tel:(86-21)38558888(ex.1857)
中国アドバイザリー部
Tel:(86-21)38558888
中国トランザクション営業部
Tel:(86-21)38558888
人民元国際化関連(ex.1277)
トレードファイナンス関連(ex.1273)
CMS関連(ex.1230)
外為関連(ex.1277)
中国金融法人営業部
Tel:(86-21)38558888
シンジケーション関連(ex.1255)
その他商品(含債券)関連(ex.1209)
● 上海自貿試験区出張所
上海市浦東新区基隆路55号 上海国際信貿ビル7階
Tel:(86-21)38558888
● 深 圳 支店
広東省深圳市福田区金田路
皇崗商務中心1号楼30楼
Tel:(86-755)82829000
● 天津支店
天津市天津経済技術開発区
新成東路20号濱海新区金融街
(東区)写字楼E2座ABC楼5階
Tel:(86-22)66225588
● 天津和平出張所
天津市和平区南京路75号
天津国際大厦1902室
Tel:(86-22)66225588
● 武漢支店
● 昆山出張所
江蘇省昆山市昆山開発区春旭路258号
東安大厦18階D、E室
Tel:(86-512)67336888
● 常熟出張所
江蘇省常熟高新技術産業開発区
東南大道333号科創大廈7階
Tel:(86-512)67336888
● 合肥支店
安徽省合肥市包河区馬鞍山路130号
万達広場7号写字楼19階
Tel:(86-551)63800690
みずほ銀行
○ 東京本店 中国営業推進部
○ 香港オフィス
○ 台中支店
東京都千代田区大手町1-5-5
Tel:(03)5220-8734
Fax:(03)3215-7025
金鐘道88號太古廣場2座17階
Tel:(852)21033000
台中市府会園道169号敬業楽群大楼
8階
Tel:(886-4)23746300
■ 南京駐在員事務所
江蘇省南京市広州路188号
蘇寧環球套房飯店2220室
Tel:(86-25)83329379
■ 厦門駐在員事務所
○ 九龍オフィス
九龍海港城永明金融大樓16階
Tel:(852)21025399
○ 高雄支店
高雄市中正三路2号国泰中正大楼12楼
Tel:(886-7)2368768
○ 台北支店
台北市敦化北路167号宏国大楼2楼
Tel:(886-2)27153911
福建省厦門市思明区厦禾路189号
銀行中心2102室
Tel:(86-592)2395571
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