Economic Monitor

Nov 30, 2016
No.2016-058
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
上席研究員 河合良介
03-3497-3655 [email protected]
マレーシア経済:景気減速に歯止めがかかるも、先行き民需の回
復力が乏しい中で政策的な後押しなく、成長スピード加速は困難
7~9 月期の実質 GDP 成長率は前年同期比+4.3%と 6 四半期ぶりに前期(+4.0%)と比べて伸び
が高まった。2015 年 4 月の GST 導入以来、個人消費の低迷等から成長率の景気減速が続いてい
たが、足元でようやく歯止めがかかった。ただ、先行きに関しては、成長ドライバーとなるべき
民需の回復力が乏しい中、一次産品価格下落に伴う歳入減から財政面からの景気テコ入れが期待
できないうえ、通貨リンギが既往最低水準まで下落した状況では利下げも容易ではない。従い、
成長スピードが今後加速することは難しく、2017 年の成長率は 2016 年と同程度の 4%台半ばに
とどまる可能性が高い。なお、リンギ相場に関しては、すでに外貨準備高が短期対外債務との比
較で通貨危機当時を下回る水準まで低下するなど、予断を許さない状況にある。この先オフショ
ア市場の投機的な動きを封じることで乗り切れるのか、あるいは資本規制に踏み切らざるを得な
い状況まで追い込まれるのかどうかが注目される。
2016 年 7~9 月期の実質 GDP 成長率は+4.3%と 6 四半期ぶりに成長率の低下に歯止め
マレーシアでは、2015 年 4 月の GST(財・サービス税)導入以来、個人消費の低迷などから景気減速が
続いていたが、足元でようやく下げ止まった。2016 年 7~9 月期の実質 GDP 成長率は前年同期比+4.3%と、
公的需要が減退する一方、民間需要がけん引する格好で、前期(4~6 月期)の同+4.0%と比べて伸びが高
まった。前期の成長率を上回るのは 2015 年 1~3 月以来、6 四半期ぶりとなる。また、前期比(季節調整
済)でも+1.5%と、2014 年 10~12 月期以来の高い伸びを記録した。
需要項目別に見ると、民間部門については、個人消費は前年同期比+6.4%と、前期(同+6.3%)から若干
伸びを高めた。製造業雇用者数が 7 月以降増加に転じていること、7 月 1 日から実施された「最低賃金の
引き上げ」が所得の伸びを後押ししたことが消費好調の要因と見られる。また、民間投資(民間総固定資
本形成)は同+4.7%と、前期の同+5.6%から鈍化したものの、拡大傾向を持続している。他方、政府部門
については、政府消費が同+3.1%と、公務員への特別給付金の支給で大きく伸びた前期(同+6.5%)から
鈍化。公的投資(公的総固定資本形成)も同▲3.8%と、前期の同+7.5%から 2 四半期ぶりにマイナスを
実質GDP(支出側)成長率の推移(前年同期比、寄与度、%)
実質GDP(供給側)成長率の推移(前年同期比、寄与度、%)
12
7
10
6
8
5
6
農林水産業
建設業
鉱業
サービス業
製造業
実質GDP成長率
4
4
3
2
2
0
1
-2
民間消費
総固定資本形成
純輸出
-4
-6
政府消費
在庫増減
実質GDP成長率
-8
Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4
2012
2013
(出所)Depa rtment of Sta ti s ti cs 〈CEIC〉
2014
2015
2016
0
▲1
▲2
Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4
2012
2013
2014
2015
2016
(出所)Depa rtment of Sta ti s ti cs 〈CEIC〉
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研
究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告
なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。
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伊藤忠経済研究所
記録した。輸出については同▲1.3%と前期の同+1.0%から、輸入も同▲2.3%と前期の同+2.0%からそれ
ぞれ減少に転じた。それらの結果として、純輸出の成長寄与度は+0.5%pt と、前期の▲0.6%pt からプラ
ス寄与に転じ、7~9 月期の成長率を押し上げた。
供給サイドを見ると、主力の製造業(同+4.2%)とサービス業(同+6.1%)のほか、建設業(同+7.9%)
や鉱業(同+3.6%)など大半の産業で堅調な拡大を続けた。ただ、天候不順の影響から農林漁業は同▲5.9%
と 3 四半期連続のマイナスとなった。サービス業の内訳を見ると、3 四半期連続でマイナスの自動車販売
(同▲3.1%)が足を引っ張ったほかは概ね堅調で、卸売(同+8.9%)、通信(同+7.6%)、小売(同+7.5%)、
不動産・事業所サービス(同+7.0%)などが相対的に高い伸びとなった。
7~9 月の輸出は価格低下が続く中、数量の伸び鈍化から 5 四半期ぶりに前年割れ
7~9 月の貿易動向(通関ベース)を見ると、輸出金額(リンギ)は前年同期比 2.3%減と、2015 年 4~6
月期の同 3.8%減以来、5 四半期ぶりに前年実績を下回った。資源など一次産品の輸出価格低下が続く中、
これまで増加基調で推移してきた輸出数量が同 0.3%増と、前期の同 4.0%増から大きく伸びが鈍化した
ことが前年割れの主因である1。
主要品目別輸出増減の推移(前年同月比、%)
輸出数量指数の推移(季節調整済、2010年=100)
40
125
30
120
20
115
10
110
105
0
100
▲ 10
▲ 20
95
石油及び石油製品
事務用機器・計算機
▲ 30
電気・電子製品
▲ 40
1Q
3Q
2011
1Q
3Q
2012
1Q
3Q
2013
(出所)Mi ni s try of Commerce 〈CEIC〉
1Q
3Q
2014
1Q
3Q
2015
1Q
3Q *
2016
90
旧系列(2005=100を2010=100に変換)
85
新系列
80
1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
(出所)Mi ni s try of Commerce 〈CEIC〉
7~9 月の輸出金額(リンギ)について品目別に見ると、主力の電気・電子製品(2015 年輸出シェア 23.8%)
が同 1.8%増と、前期の 3.3%増から鈍化したほか、事務用機器・計算機(シェア 6.7%)は同 1.5%減と、
2014 年 10~12 月以来の前年割れを記録した。資源安の影響から減少傾向が続く原油及び石油製品(シェ
ア 10.1%)も同 4.6%減と、前期の 0.1%増から再びマイナスに転じた。相手国別には、最大シェアの ASEAN
向け(2015 年輸出シェア 28.2%)は同 0.4%減と、5 四半期ぶりの前年割れ。ASEAN 向けの内訳を見る
と、域内最大のシンガポール向け(2015 年シェア 14.0%)が同 5.1%増とプラスを維持したものの、イン
ドネシア(シェア 3.7%)が同 8.4%減、タイ(シェア 5.7%)が同 2.0%減、フィリピン(シェア 1.7%)
が同 8.8%減と、軒並みマイナスとなった。その他の国についても、米国向け(シェア 9.5%)は同 4.8%
増とプラスながら前期(17.4%増)から大きく鈍化。日本(シェア 9.5%)は同 12.3%減と 7 四半期連続、
中国向け(シェア 13.1%)も同 8.3%減と 2 四半期連続で、それぞれ減少となった。
他方、7~9 月の輸入金額(リンギ)については同 0.1%減と、輸出同様、前期の同 2.8%増から減少に転
じた。品目別に見ると、主力の機械類(シェア 42.1%)が同 7.3%増と堅調に増加したものの、鉱物性燃
1
季節調整済の数量指数は前期比 0.6%減と、2015 年 10~12 月をピークに頭打ちの兆しも見られる。
2
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料(シェア 16.0%)が同 2.5%減と 8 四半期連続で、衣料品などの工業製品も同 0.8%減と微減ながら 5
四半期連続でマイナスとなった。輸入相手国別に見ると、中国から(シェア 18.9%)が同 7.0%増、日本
から(シェア 7.8%)が同 4.6%増と増加を維持する一方で、シンガポールから(シェア 12.0%)が同 19.1%
減、米国から(シェア 8.1%)が同 7.4%減、タイから(シェア 5.8%)が同 1.6%減となった。
固定資産投資は公的部門の落ち込みから再び減速
7~9 月の製造業の生産指数は前年同期比 4.0%増と、前期(同 4.7%)からやや鈍化。品目別に見ると、
不振の続く輸送機器を除けば、電気・電子機器や繊維・衣服などの輸出向け製品、飲食料品などの内需向
け製品ともに、力強さを欠くものの総じて底堅く推移している。
固定資産投資の推移(前年同期比、寄与度、%)
雇用者数と平均賃金の推移(製造業;前年比、%)
25
2.0
12
1.5
9
1.0
6
0.5
3
0.0
0
その他
20
機械設備
15
土木建設
実質固定資産投資
10
5
0
製造業雇用者数(左)
▲ 0.5
▲5
-3
平均賃金(右)
1Q
3Q
2011
1Q
3Q
2012
1Q
3Q
2013
1Q
3Q
1Q
2014
3Q
2015
1Q
3Q *
▲ 1.0
-6
2014
2016
(出所)Depa rtment of Sta ti s ti cs 〈CEIC〉
2015
2016
(出所) B a nk of Tha i l a nd, The Stock Ex cha ng e of Tha i l a nd 〈CEIC〉
ただ、設備投資は増勢に弾みがつかない。前述の GDP 統計ベースの設備投資を見ると、7~9 月期の固定
資産投資(総固定資本形成)は前年同期比 2.0%増と、前期の同 6.1%増から再び減速している。主体別
の内訳を見ると、
公的部門が同 3.8%減と前期の同 7.5%増からマイナスに転じたうえ、民間部門も同 4.7%
増と、前期の同 5.6%増から鈍化。また、内容別には土木建設が同 5.0%増と、堅調な拡大が続く一方で、
機械設備については同 0.9%増と、前期の同 8.1%増から急減速した。
小売販売は自動車販売を除けば安定成長
家計部門は堅調な拡大を持続している。製造業雇用者数が 7 月以降増加に転じていることや、7 月の法定
小売販売額の推移(前年同期比、%)
小売販売
情報通信機器
自動車
15
自動車販売台数の推移(季調済年率換算、台)
750,000
飲食料品
教養娯楽用品
700,000
商用車
650,000
乗用車
10
600,000
5
550,000
500,000
0
450,000
▲5
400,000
1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q
2013
2014
2015
1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q
2016
2008
(出所)Depa rtment of Sta ti s ti cs 〈CEIC〉
2009
2010
2011
2012
(出所)Ma l a y s i a n A utomoti v e A s s oci a ti on 〈CEIC〉
3
2013
2014
2015
2016
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最低賃金2の引き上げもあって平均賃金の伸びが加速していることなどが要因と見られる。7~9 月の小売
販売額は前年同期比 9.1%増と、前期の同 8.7%増と比べて若干加速。2015 年 7~9 月の同 6.1%増をボト
ムに伸びが高まっており、2015 年 4 月の財・サービス税(GST:税率 6%)導入後の落ち込みから着実
に回復している様子がうかがえる。主要品目別に見ると、飲食料品(同 11.3%増)
、情報通信機器(同 7.4%
増)、教養娯楽用品(同 7.1%増)と、自動車(同 2.0%減)を除けば、安定成長を続けている。
実際、自動車販売については、値上げ前に発生した駆け込み需要の反動減の影響が残る中、ローン審査の
厳格化や消費者心理の冷え込みなどを背景に未だ不振から抜け出せないでいる。足元 10 月の乗用車販売
台数は前年同月比 7.3%減と、前月の同 5.7%減と比べてマイナス幅が拡大。当社で季節調整を施した季
調済系列では 7~9 月に年率換算 50.6 万台と、リンギ安に伴う部品などの輸入コスト上昇を理由に 1 月か
ら一部メーカーで販売価格が引き上げられた影響3などから、2016 年 1~3 月以降、10 万台程度水準が切
り下がっている。
なお、物価動向については、2015 年 4 月の GST 導入による影響が一巡した 2016 年 4 月以降は安定した
状態が続いている。9 月の消費者物価上昇率は前月と同じく前年比+1.5%と、6 月以降 1%台で低位安定
している。財別には、サービスが同+2.4%、耐久財が同+1.9%と、全体を引き上げる一方、準耐久財が同
▲0.4%、非耐久財が同+0.3%と、上昇圧力を打ち消す力が働いている。
消費者物価指数の推移(前年同月比、%)
6
耐久財
半耐久財
5
サービス
総合
非耐久財
4
3
長短金利の推移(%)
5.5
政策金利
5.0
短期金利(3か月)
4.5
長期金利(10年)
4.0
2
1
3.5
0
3.0
▲1
2.5
▲2
2.0
▲3
(出所)Depa rtment of Sta ti s ti cs 〈CEIC〉
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2016
2010
2015
2009
2014
2008
2013
2007
2012
2006
2011
2005
1.5
▲4
(出所)B a nk of Tha i l a nd 〈CEIC〉
足元で通貨リンギットは下落ピッチを速める
米大統領選挙後のドル高局面では軒並み新興国通貨が売られる中、通貨リンギの下落は特に顕著である。
対ドル・リンギレートは、原油をはじめ一次産品価格の下落に伴う対外収支の悪化などを材料として、2015
年 9 月に終値で 4.473 リンギ/ドルまで下落した後は、今年 3 月には 3 リンギ台まで持ち直したが、足元
で下落ピッチを速め、11 月 25 日には 1 ドル=4.465 リンギと、年初来の最安値を更新した。
そうした中、中央銀行のマレーシア国立銀行(BNM)は 11 月 23 日の金融政策委員会で、政策金利を現行
の 3.0%で据え置くことを決定した。景気テコ入れのため 7 月に次ぐ追加利下げの可能性も指摘されてい
たが、一段の通貨安を招く恐れがあることから見送られた格好となった。
2016 年 7 月から法定最低賃金はマレー半島で 900 リンギから 1,000 リンギ、東マレーシアで 800 リンギから 920 リンギにそ
れぞれ引き上げられた。
3 値上げ前の 12 月までに発生したと見られる駆け込み需要の反動減、値上げに伴う需要減。
4
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同国の国債は外国人投資家による保有割合が高い(30~40%程度)という特徴があるが、景気回復のもた
つきや政情不安4から通貨リンギの先安観が強まり、大規模な資金流出につながったことが通貨下落の背
景と見られている。中銀は危機感を強めており、ドル売りの市場介入を実施したことをすでに表明してい
るほか、一部報道によれば、投機につながりやすいオフショア市場でのノン・デリバラブル・フォワード
(NDF)取引5に対して市中銀行に警告を発した模様である。
外貨準備高は 2015 年 9 月を底に緩やかながらも増加基調にあるものの、短期の対外債務に対する倍率が
1.19 倍程度と、通貨危機当時の 1.39 倍をすでに下回っている。今後、国内投資家を巻き込んでさらに売
り圧力が強まった場合には、介入原資の余力として十分な規模とは言い難く、予断を許さない状況にある。
この先、オフショア市場の投機的な動きを封じることで乗り切れるのか、あるいは資本規制に踏み切らざ
るを得ない状況まで追い込まれるのかどうかが注目される。
対ドル リンギレートの推移(リンギ/ドル)
外貨準備高(百万ドル)、短期債務倍率(倍)の推移
2.90
外貨準備・除金(左)
短期債務倍率(右)
140,000
3.10
120,000
6.0
6.19
3.30
5.76
5.30
100,000
3.50
5.09
80,000
3.70
3.90
5.0
5.08
4.37
3.99
4.0
4.37
60,000
対ドルリンギレート(逆目盛)
3.0
3.02
4.10
40,000 2.44
4.30
20,000
4.50
4.70
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
(出所) B a nk N eg a ra Ma l a y s i a 〈CEIC〉
7.0
6.96
2.35
2.04
2.18
2.05
1.39
1.19
1.49
1.30
1.15
1.10
0
2.0
1.0
0.0
1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014 2016
(注)2016年について、外貨準備は10月末、短期倍率は9月末
(出所)B a nk N eg a ra Ma l a y s i a 〈CEIC〉
2017 年も成長加速は難しい状況か
政府は 10 月 21 日、2017 年度予算案を発表した。歳出総額は 2,608 億リンギ(約 6.6 兆円)で、減額補
正した 2016 年度補正予算案の 2,521 億リンギと比べれば 3.4%の増加となるが、同年度当初予算比では
2.3%の減少となる。低迷する景気に目配りしつつも財政健全化路線の維持を強く意識し、昨年までの赤
字予算ではなく黒字予算となっている。実際、格付け会社のスタンダード&プアーズ(S&P)は、現政権
が財政改革や経済構造改革を引き続き推進することを期待できるとし、外貨建て長期国債の格付けを「シ
ングル A マイナス」に、自国通貨建て長期国債を「シングル A」にそれぞれ据え置き、見通しも「安定的」
としている。
予算の中身を見ると、インフラ投資については、東海岸鉄道事業6が新たに盛り込まれたものの、大規模
な歳出を伴うプロジェクトはなく、景気浮揚効果には乏しい。一方で、低所得者層や公務員向け優遇策の
拡充7など、与党・統一マレー国民組織(UMNO)の支持基盤へのアピールは欠かさず、2018 年までに予定
11 月 19 日、政府系投資会社ワン・マレーシア・デベロップメント(1MDB)に関連した巨額の不正資金流用疑惑から、ナジ
ブ首相の退陣を求める大規模なデモ(約 3 万人)が首都クアラルンプールで開催。昨年 8 月に続き 2 年連続となる。
5 先物取引などで、元本相当の外貨受け渡しをせず、あらかじめ決定した価格(NDF 価格)と決済時の実勢価格との差額のみを
決済するもの。
6 クアラルンプールから半島東岸部のパハン、トレンガヌ、クランタンの各州を縦断する総延長約 600km。年内に事業計画を策
定、2017 年初頭の着工予定。
7 低所得者向け支援の拡充としては、月収 3,900 リンギ(約 10 万円)以下の家計に、1 戸あたり 4~5 万リンギの低価格住宅を
提供するほか、貧困層向け補助金を拡充する。公務員向け優遇策の拡充としては、全ての公務員に 1 人当たり 500 リンギの特別
5
4
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されている次回総選挙を大いに意識した予算編成となっている。
このように財政面からの景気テコ入れが期待できないうえ、リンギ相場が既往最低水準まで下落した状況
では容易に利下げも出来ない。外需に関しても、世界経済の回復や一次産品価格の上昇などを背景に持ち
直しに向かうものの、中国のサービス経済化が進む中でモノの輸出は高い伸びを期待し難い。
そこで、成長ドライバーとして引き続き内需に期待がかかるものの、消費者や企業のマインドはなお冷え
込んだ状態にとどまっている。消費者信頼感指数は直近 9 月調査時点で 73.6 と、前回 6 月調査の 78.5 を
下回った。2015 年 12 月調査の 63.8 をボトムに 2 期連続で上昇していたが、早くも息切れした格好であ
る。また、企業の景況感を表す景気動向指数は 9 月調査時点で 83.9 と、前回調査の 106.4 から急落。景
気が良い・悪いの境目を示す 100 を再び下回ったばかりでなく、リーマンショック直後を除けば、2003
年の調査開始以来の最低水準を記録した。
景気動向指数と消費者信頼感指数の推移(良い悪いの分岐点=100)
家計債務残高の推移(%(左)、億リンギ(右))
130
95
120
90
85
110
80
100
75
90
70
80
65
70
60
消費者信頼感指数
60
景気動向指数
55
6,000
住宅ローン(億リンギ)
個人ローン(億リンギ)
家計債務残高GDP比(%)
5,000
4,000
3,000
2,000
1,000
50
50
45
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
(出所)Ma l a y s i a n Ins ti tute of Economi c R es ea rch 〈CEIC〉
2015
2016
0
200220032004200520062007200820092010201120122013201420152016
(出所)B a nk N eg a ra Ma l a y s i a 〈CEIC〉
先行きについて、個人消費は名目 GDP 比 9 割近くにまで積み上がった巨額の家計債務が引き続き足かせと
なることが懸念される。固定資産投資も資源関連案件の延期や計画凍結からけん引役を期待できる状況に
はないうえ、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が暗礁に乗り上げたことで海外からの FDI 流入にも逆
風が吹き始めている。実体経済はようやく下げ止まりつつあるものの、成長ドライバーとなるべき民需の
回復力が乏しい中、この先、成長スピードが加速することは極めて難しい状況と考えざるを得ない。従い、
2017 年の成長率は 2016 年と同程度の 4%台半ばにとどまる可能性が高い8。
手当を支給する。
8 政府が予算案と同時に発表した成長率見通しでは、2016 年の 4.0~4.5%に対して、2017 年は 4.0~5.0%。
6