植物工場の トマト低段養液栽培

リレー連載
太陽光利用型
植物工場の
トマト低段養液栽培
[第3回]生育をコントロールする草勢管理
栗原 弘樹
そう
かね こ
き
ひろ
くり ばら
(国研)
農研機構 野菜花き研究部門
金子 壮
宮城県大河原農業改良普及センター
低 段 密 植 栽 培 に お い て、 周 年 生 産 シ
ス テ ム と し て 収 量 を 増 や す た め に、 特
に 意 識 す べ き こ と は、 作 付 け 回 数 を 増
や し、 そ れ ぞ れ の 作 ご と の 収 量 を 増 や
す こ と で す。
ま ず、 作 付 け 回 数 を 増 や す に は、 し
っ か り と し た 計 画 を 立 て (良 質 苗 の 短
期生産)、効率的な二次育苗を実施し、
早どり技術を取り入れるなどの工夫が
必 要 で す。 そ し て 生 育 を そ ろ え、 期 間
内 に 一 斉 に 収 穫 を 終 わ ら せ る こ と で す。
そ れ に は、 苗 の 安 定 生 産 と そ の 適 正 管
理 が キ ー と な り ま す。
次 に、 一 作 ご と の 収 量 を 増 や す に は、
LAI(葉面積指数)の確保、草勢のコ
ン ト ロ ー ル が 必 要 で す。 本 稿 で は、 一
作ごとの収量を増やすため特に重要と
な る、 草 勢 コ ン ト ロ ー ル の ポ イ ン ト を
中 心 に 解 説 し ま す。
最近では栽培中の環境モニタリング
情 報 を 参 考 に 管 理 を 行 う こ と や、 生 育
調 査 の 結 果 を フ ィ ー ド バ ッ ク し て、 草
勢をコントロールする事例が生産現場
で も 実 施 さ れ る よ う に な り ま し た。 皆
さんも見たり聞いたりしたことがある
か と 思 い ま す。 そ れ で は、 な ぜ 環 境 情
報や生育調査結果から草勢をコントロ
ー ル で き る の で し ょ う か。
まさに栽培管理者が知りたいのは生
長速度と発育速度(表)、そしてそのバ
ラ ン ス が ど う な っ て い る か で す。 つ ま
57
2017 タキイ最前線 春種特集号 表 生長・発育・生育とは
育 速 度、 環 境 と の 関 係 を 推 定 し、 そ れ
て、 前 回 の 調 査 時 か ら の 生 長 速 度 と 発
り、 現 在 の 環 境 と 生 育 調 査 の 結 果 を 見
ス で は、 そ れ ぞ れ の 速 度 の バ ラ ン ス が
対 し て 十 分 か。 ② 生 長 と 発 育 の バ ラ ン
っ て い る か、 そ し て 葉 の 量 は 果 実 数 に
で あ れ ば、 着 果 負 担 が ど れ く ら い か か
植 物 で は 根 に 最 も 多 く 分 配 さ れ、 次 に
通 常、 同 化 産 物 の 分 配 の 優 先 順 位 は、
生 育 ス テ ー ジ に よ り 異 な り、 開 花 期 の
むことになります(第1図)。
ンスをとりながらこのような過程が進
後 に 早 急 に 草 勢 を 強 く し て、 葉 面 積 を
ず れ に し て も、 最 終 段 位 の 花 房 が 分 化
比べた時に最も収量が多くなるような
つ ま り、 3 段 目 の 果 房 が 1〜 2 段 目 と
ス / シ ン ク 比 が 小 さ く な り、 葉 へ の 分
栽 培 で は 少 し 考 え 方 が 変 わ り ま す。
と が 最 終 的 な 目 標 に な り ま す が、 低 段
で、 シ ン ク ソ ー ス の 波 を 小 さ く す る こ
A I が 3 ~ 4 く ら い と い わ れ て い る)
長 期 多 段 栽 培 で は、 純 光 合 成 量 (光
の 利 用) が 最 大 と な る 点 (こ の 時 の L
い わ れ て い ま す。
発 育 速 度 に 関 連 す る 要 因 と し て は、
養水分の過不足のない状況では温度の
ま す。
た環境要因の影響を受けることになり
光 強 度 や 二 酸 化 炭 素 濃 度、 湿 度 と い っ
強 度 に な り ま す。 つ ま り、 生 長 速 度 は
成 量 で あ り、 そ れ ぞ れ の 器 官 の シ ン ク
草 勢 の コ ン ト ロ ー ル と は、 生 長 速 度
と 発 育 速 度 の バ ラ ン ス を と る こ と で す。
生長と発育のバランス
確 保 す る 必 要 が あ り ま す。
い ま す。 そ し て、 果 実 肥 大 期 に な る と、
若 い 葉、 そ の 次 が 花 と い う 順 に な っ て
栽 培 管 理 を 目 指 す と よ い で し ょ う。 い
ら の 速 度 を 調 節 す る た め に、 環 境 設 定
と れ て い る か。 と い う こ と に な り ま す。
果実と葉のバランス
や 植 物 体 の 管 理 を 行 う と い う こ と で す。
で は、 ど の よ う に そ の バ ラ ン ス を 確 認
し、 調 整 す れ ば よ い の で し ょ う か。
配が減って葉面積(LAI)が小さくな
一段栽培であれば連載第2回で説明
し た と お り、 閉 鎖 型 苗 生 産 シ ス テ ム で
み と い う こ と に な り ま す。 た だ し、 植
果 実 に 最 も 多 く 分 配 さ れ、 次 に 若 い 葉、
る と 光 合 成 産 物 が 減 り、 上 の 段 の 果 実
の育苗中に花芽の分化が終わっている
物の部位やそのステージにより感度が
生 育
発育と生長の両方を合わせたとき。
トマトの場合には生長と発育は同時に進行するが、そ
れぞれへの温度や光などの環境要因の影響は異なる。
また、植物体の部位やその部位の生育ステージによっ
ても影響が異なる。
第1図 光合成産物の分配と生育のバランス
(葉面積/果実数)
ソース/シンク比
果実
光合成産物
葉
葉面積(LAI)
そして花および根という順位になると
ト マ ト 栽 培 で は、 い く つ か の 意 識 し
た い バ ラ ン ス が あ り ま す。 そ の 中 で も
数が減少して着果負担は小さくなりま
た め、 植 物 体 が 強 く な っ て も 鬼 花 や 乱
異 な る た め 注 意 が 必 要 で す。 玉 だ し 整
一 般 的 な 栽 培 で は、 果 実 数 が 増 え る
※1
(着果負担が著しく大きくなる)とソー
草勢のコントロールにおいて意識した
す。 果 実 数 が 減 る (着 果 負 担 が 著 し く
形果が出ることは少ないと考えられま
枝 や 整 葉 作 業 に よ り、 光 が 果 実 に 直 接
トマトの生育に
欠かせないバランスとは
い バ ラ ン ス と し て、 ① 果 実 と 葉 の バ ラ
小 さ く な る) と、 今 度 は 葉 へ の 分 配 が
す。 そ の た め、 定 植 直 後 か ら 光 合 成 量
当 た る 場 合 に 収 穫 が 早 ま り ま す が、 こ
植物の質的な変化のこと。
葉や花芽の分化や果実ステージの進行など。
3 段 目 の 花 芽 分 化 終 了 後 に 向 け、 徐 々
開 花 期 だ と 考 え ら れ ま す。 そ の た め、
一 方 3 段 栽 培 で は、 3 段 目 ま で の 花
芽 分 化 が 決 ま る の は、 1 段 目 の 花 房 の
逆 に、 生 長 速 度 が 遅 く、 発 育 速 度 が 速
は、強い(暴れた)状態になりますし、
い一方で発育速度が遅いような場合に
解 し や す い と 思 い ま す。 生 長 速 度 が 速
生長速度に関連する要因としては光合
ンス②生長と発育のバランスについて
増 え、 光 合 成 産 物 が 増 え る の で、 ま た
を 増 や す た め に 早 く 葉 面 積 を 確 保 し、
れ は 光 の 直 接 の 影 響 で は な く、 果 実 温
発 育
※2
説 明 し ま す。
果実数は増加し……。ある程度のバラ
草 勢 を 強 く す る こ と が 望 ま れ ま す。 そ
度 が 上 昇 す る た め で す。
植物の量的な変化のこと。
果実の肥大や茎葉の繁茂など量的な変化。
具 体 的 に は、 ① 果 実 と 葉 の バ ラ ン ス
う す る こ と で、 ハ ウ ス 内 の 光 を む だ な
に 草 勢 を 強 く し て い く こ と に な り ま す。
※1. ソース:光合成する器官。主に葉。シンク:光合成産物を利用する器官。果実や根、成長点付近、展開中の葉など。
※2. 閉鎖型苗生産システムについては、2016年タキイ最前線秋種特集号「太陽光利用型植物工場のトマト低段養液栽培」P57~に掲載。タキイシードネット http://www.takii.co.jp/ →
「タキイの野菜」より過去記事検索が可能です。
58 2017 タキイ最前線 春種特集号
く 使 う 必 要 が あ り ま す。
写真1(次頁)のように草勢から考え
る と、 生 育 状 況 が ど の よ う な 状 態 か 理
生 長
写真1 3段目開花期の草勢
強
弱
第1花 房 開 化
第3花房開化
・草勢が弱いと収量が確保できず、強すぎると乱形果の発生が増える。
・開花期前後の管理で大きくその後の生育が異なる。時期に応じてタイミングを見極める必要がある。
い 場 合 に は 弱 い 状 態 に な り ま す。
収量と食味のバランス
このほかにトマト栽培で気にしたい
バ ラ ン ス と し て、 収 量 と 食 味 の バ ラ ン
具 体 的 に は 日 射 量 は 多 く (生 長 速 度
は速い)、温度は低い(発育速度は遅い)
場 合 に は 強 く な り や す い で す し、 日 射
ス が あ り ま す。 こ れ に は 品 種 選 び も 重
実 収 量 は ト レ ー ド オ フ の 関 係 に あ り、
量は少なく(生長速度は遅い)、温度は
りやすいことがイメージできるかと思
品質を維持しながら収量を増大させる
要 に な っ て き ま す。 一 般 的 に 糖 度 と 果
います(第2図)。この図から考えると、
に は、 光 合 成 産 物 の 量 自 体 を 増 や す か、
高い(発育速度は速い)時期には弱くな
栽培管理面では春先は温度を少しでも
果実への分配率を高めることになりま
生育が遅い
暴れている
短期的にみると加温により果実への
確 保 し、 発 育 速 度 を 上 げ て バ ラ ン ス を
生育が早い
す
(第3図)。
弱すぎる
とるような管理が望まれることが分か
発育速度
大
生長速度
大
小
り ま す。
第2図 生長・発育速度と草勢
小
59
2017 タキイ最前線 春種特集号 太陽光利用型植物工場の
トマト 低 段 養 液 栽 培
第3図 収量と品質のバランス
育速度も速まり肥大期間が短くなりま
分 配 率 を 高 め る こ と が で き ま す が、 発
な 操 作 で は 葉 面 積 が 小 さ く な っ た り、
手 法 が 行 わ れ ま す。 し か し、 こ の よ う
で 常 に 改 善 し て い く こ と が 重 要 で す。
気 孔 が 閉 じ た り と、 光 合 成 量 自 体 が 減
今回のような植物のバランスをいか
に と る か と い う よ う な 考 え 方 が、 そ の
す。 そ の た め、 長 期 的 に み た 場 合 に 収
少 し ま す。 目 標 の 品 質 が 高 糖 度 ト マ ト
植物全体のバランスを
いかにとるか
量 へ の 影 響 は 明 ら か で は あ り ま せ ん。
の よ う な 極 端 な ス ト レ ス 負 荷 で な く、
い、 植 物 全 体 の バ ラ ン ス が 見 え な く な
境や生育調査の数値にとらわれてしま
あ る と 思 い ま す。 ま た 逆 に、 個 々 の 環
法が分からなかったりといったことも
虫の早期検知技術も開発されつつあり
光 画 像 計 測 に よ る ス ト レ ス 検 知、 病 害
ま た、 匂 い 成 分 計 測 や ク ロ ロ フ ィ ル 蛍
リングも試験されています(写真2)。
や、 画 像 処 理 に よ る 生 長 速 度 の モ ニ タ
新しい技術
っ て い る 場 合 も あ る か も し れ ま せ ん。
ま す。 こ れ ら の 技 術 が 統 合 す る こ と で、
※3
解 決 の 一 助 に な れ ば と 思 い ま す。
確実に品質を維持しながら収量を増大
品種によって確保できるのであればそ
品種によって目標となる数値や生育の
今後はさらに精密な生育のコントロー
生育調査の活用と改善
さ せ る に は、 光 合 成 量 自 体 を 増 や す こ
バ ラ ン ス は 変 わ っ て く る た め、 一 概 に
(写真提供:梅田大樹氏)
「キネクト」
(赤い円内)は元々ゲーム用コントロー
ラーで、動きや奥行きを認識するセンサーを使っ
て、さまざまな分野で利用されている。
ル が 可 能 と な る と 期 待 さ れ て い ま す。
写真2 「キネクト」
を用いた画像処理による
生長速度のモニタリング
は 言 え ま せ ん が、 そ れ ぞ れ の 栽 培 の 中
60 2017 タキイ最前線 春種特集号
今回は植物工場における生育コント
ロールの考え方のポイントを中心に説
収穫
(高温)
開花後
収穫
日数
(低温)
(原図:東出)
の よ う な 選 択 を し た 方 が よ い で し ょ う。
高温時
とが重要です(第4図)。
果実重
高温時には収穫までの
日数は短くなるが、1
果実重が小さくなる。
一 方、 近 年 の セン シ ン グ 技 術 の 向 上
やそのデータ活用が著しく進歩してお
低温時
明 し ま し た。 皆 様 の 中 に も、 環 境 モ ニ
第4図 温度と果実の生育期間および1果重のイメージ
今 後 は、 過 度 な 生 育 制 御 を 掛 け な く と
・収量と食味
(糖度)
はトレードオフの関係になる。
・食味を維持したまま収量を確保するには総乾物生産を増やすことが必要。
・品種の選択も非常に重要になってくる。
り、 施 設 内 外 の 二 酸 化 炭 素 濃 度 差 に よ
(原図:東出、2009)
タ リ ン グ や 生 育 調 査 は 行 っ て い る が、
トマトの収量と食味に影響を及ぼすバランスは、根・茎・葉を含む総乾物生産のうち、光合
成産物が果実にどれだけ分配されるかのバランスと、果実収量のうち、果実乾物率
(率が高い
と水分含量が低い)
とのバランスがあげられます。
も 良 食 味 を 達 成 で き る よ う な 品 種 が、
果実への乾物分配率
一般的に高糖度トマトを生産する場
合 に は、 塩 類 を 投 入 し た り、 潅 水 量 を
総乾物生産
る光合成速度のリアルタイムでの推定
果実乾物率
そ の 活 用 を し て い な か っ た り、 活 用 方
果実乾物収量
ま す ま す 求 め ら れ る か も し れ ま せ ん。
新鮮果実収量
制 限 す る こ と で、 水 ス ト レ ス を か け る
〈収量構成要素〉
※3. センシング技術:センサーを利用したデータ収集技術。