長崎県の公立学校施設の耐震対策状況

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長崎県の公立学校施設の耐震対策状況
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長崎県の公立学校施設の耐震対策状況
はじめに
学校施設は、多くの児童生徒が1日の大半を過ごす学習・生活等の場であり、また、地震等の
災害発生時には児童生徒や地域の避難住民の応急的な避難場所となることから、その安全性を確
保することは極めて重要である。
文部科学省では、公立学校施設の耐震改修及び非構造部材の耐震点検・耐震対策の状況を、「公
立学校施設の耐震改修状況調査の結果について(平成28年4月1日現在)」として取りまとめ、
本年7月に公表している。
ここでは、この調査結果等を参考に長崎県の公立学校施設の耐震対策状況をみていきたい。
1.構造体の耐震化
学校施設における構造体とは、校舎・屋内運動場・武道場・寄宿舎等をいう。現在、旧耐震基
準により建設された構造体のうち、耐震診断等により補強が必要とされたものについて、学校設
置者が改修等により耐震化を進めている。
なお、新耐震基準は、1981年(昭和56年)6月1日以降に建築確認を得て建設された建物に対
して適用されている。旧耐震基準では震度5程度の地震に耐えうる建物であったが、新耐震基準
においては震度6強以上の地震で倒れない建物となっている。
①公立小中学校の状況
図表1 公立小中学校の耐震化の状況
(2016年4月1日現在)(非木造)
2016年4月1日現在、全国の公立小中学校に
県名
は非木造の構造体が117,327棟あり、その耐震
化率は98.1%と前年度比2.5ポイント上昇、耐震
化工事に先立って行う第2次診断等実施率も
99.1%と同0.6ポイント上昇している。耐震性が
ない建物(耐震診断未実施を含む)は、2,228
棟(前年度5,212棟)となっている。
これを長崎県についてみると、公立小中学校
福 岡 県
佐 賀 県
長 崎 県
熊 本 県
大 分 県
宮 崎 県
鹿児島県
全
国
全棟数
A
4,757
930
2,198
2,237
1,161
1,673
2,851
117,327
耐震性が
ない建物
(注)
B
43
36
70
5
8
7
7
2,228
第2次診断
等実施率
98.9%
100.0%
99.2%
100.0%
99.3%
99.4%
99.8%
99.1%
(棟)
耐震化率
C=(A-B)/A
99.1%
96.1%
96.8%
99.8%
99.3%
99.6%
99.8%
98.1%
(注)耐震診断未実施を含む
資料:文部科学省「公立学校施設の耐震改修状況調査の結果
(平成28年7月26日)」より当研究所で作成
ながさき経済 2016.12
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2,198棟の耐震化率は全国平均を1.3ポイント下回る96.8%、第2次診断等実施率は0.1ポイント上
回る99.2%となっている(図表1)
。耐震性がない建物は6市に70棟(前年度9市126棟)あるが、
現在、補強・改築等を行っており、今年度末には4市37棟になる見込みとなっている。
②公立幼稚園の状況
全国の公立幼稚園のうち非木造の構造体は16
年4月1日現在、4,492棟あり、この耐震化率
は91.0%と前年度比4.3ポイント上昇、第2次診
図表2 公立幼稚園の耐震化の状況
(2016年4月1日現在)(非木造)
県名
断等実施率も92.5%と同2.4ポイント上昇してい
る。耐震性がない建物は全国で405棟となって
いる。
このうち、長崎県の公立幼稚園28棟の耐震化
率は全国平均を8.9ポイント下回る82.1%、第2
次診断等実施率は13.6ポイント下回る78.9%と
なっており(図表2)、耐震性がない建物が1
全棟数
A
福 岡 県
佐 賀 県
長 崎 県
熊 本 県
大 分 県
宮 崎 県
鹿児島県
全
国
63
14
28
31
87
9
54
4,492
耐震性が
ない建物
(注)
B
7
2
5
0
0
0
2
405
第2次診断
等実施率
93.8%
66.7%
78.9%
100.0%
100.0%
100.0%
92.3%
92.5%
(棟)
耐震化率
C=(A-B)/A
88.9%
85.7%
82.1%
100.0%
100.0%
100.0%
96.3%
91.0%
(注)耐震診断未実施を含む
資料:文部科学省「公立学校施設の耐震改修状況調査の結果
(平成28年7月26日)」より当研究所で作成
市1町で5棟(前年度2市1町6棟)となっている。
③公立高等学校と公立特別支援学校の状況
全国の公立高等学校は16年4月1日現在、非木造が29,619棟あり、その耐震化率は96.4%、第
2次診断等実施率98.7%、また、公立特別支援学校は5,798棟あり、その耐震化率は99.1%、第2
次診断等実施率は99.7%となっている。
このうち、長崎県では公立高等学校547棟と公立特別支援学校125棟が、ともに耐震化率100%
となっている。
長崎県教育庁教育環境整備課(以下、県教育庁という)によると、公立小中学校の耐震化につ
いては各市町が取り組んでいるが、統廃合や校舎の移転・改築等の計画等に合わせて施設の耐震
化(未使用化を含む)を進めているため、耐震化率100%になるのは2021年度以降の見込みである。
学校施設は児童生徒が1日の大半を過ごす場であり、地域住民の避難場所として指定されている
施設も多いため、県教育庁としては関係市町に対し、早期の耐震化完了(事業前倒しの検討)を
要請している。なお、公立幼稚園については、数年後に統合(認定こども園に移行)や廃園にな
る予定があり、統廃合後は使用しないことになる見込みであるが、関係市町に対し早期の耐震化
完了(事業前倒しの検討)を要請している。
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ながさき経済 2016.12
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2.非構造部材の耐震点検・耐震対策
学校施設における耐震化は建物など構造体だけでなく、非構造部材、つまり構造体以外の天井
材料、外壁(外装材)、内壁(内装材)、照明器具、設備機器、窓ガラス・窓枠、収納棚、天吊り
テレビ、ピアノ・書棚等に対しても実施する必要がある。
2011年3月に発生した東日本大震災では、多くの学校施設において、構造体のみならず、非構
造部材の被害が発生した。特に、天井の高い屋内運動場等では天井材が全面的に落下するなどの
被害が多くみられた。文部科学省は12年9月に学校施設における天井等落下防止対策等の推進に
ついて通知を出し、天井等落下防止対策とそれ以外の非構造部材の耐震対策の推進を図っている。
ここでは、屋内運動場等の吊り天井等(吊り天井・照明・バスケットゴール)の落下防止対策
とそれ以外の非構造部材の耐震対策について、長崎県の公立学校の対応状況をみてみたい。
(1)屋内運動場等の吊り天井等の落下防止対策
文部科学省の調査対象は、屋内運動場・武道場・講堂・屋内プールのうち、高さ6メートルを
超える吊り天井、または、水平投影面積が200㎡を超える吊り天井を有する建物としている。
①公立小中学校の状況
全国の公立小中学校には屋内運動場
図表3 公立小中学校の屋内運動場等における吊り天井等
の落下防止対策状況(2016年4月1日現在)
(棟)
等が32,845棟あり、そのうち吊り天井
を有する施設が2,633棟となっている。
そのなかで吊り天井等の落下防止対策
が未実施(一部未実施を含む)の施設
は、まだ1,654棟(前年度4,849棟)残っ
ている。
長崎県の公立小中学校については、
屋内運動場等529棟のうち、吊り天井
を有する施設が31棟あり、そのうち落
県名
全棟数
福 岡 県
佐 賀 県
長 崎 県
A=B+E
1,317
268
529
熊 本 県
大 分 県
宮 崎 県
鹿児島県
全
国
599
424
378
803
32,845
吊り天井 吊り天井等
を有する ( 注 ) の 全
ての落下防
棟数
止対策実施
済の棟数
B=C+D
C
124
76
32
11
31
3
52
1
3
3
2,633
7
0
2
1
979
対策未実施
の棟数(一
部未実施を
含む)
D
吊り天井を
有していな
い棟数
48
21
28
E
1,193
236
498
45
1
1
2
1,654
547
423
375
800
30,212
(注)吊り天井等には吊り天井・照明・バスケットゴールを含む
資料:文部科学省「公立学校施設の耐震改修状況調査の結果(平成28年
7月26日)」より当研究所で作成
下防止対策が未実施の施設は28棟(前年度70棟)残っている(図表3)。
②公立幼稚園の状況
長崎県の公立幼稚園については、屋内運動場等は2棟あり、ともに吊り天井を有するが、落下
防止対策は2棟とも未実施となっている。公立幼稚園については統合する計画があり、その際に
ながさき経済 2016.12
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1棟については対応を完了(時期は未定)する予定となっている。
③公立高等学校と公立特別支援学校の状況
長崎県の公立高等学校については、屋内運動場等127棟のうち吊り天井を有する施設は14棟あ
り、すべて落下防止対策は完了している。
また、公立特別支援学校では15棟のうち吊り天井を有するのは1棟で、落下防止対策は完了し
ている。
県教育庁によると、各市町においても、吊り天井等の落下防止対策に取り組んでいるものの、
統廃合や校舎の移転・改築等の計画もあることから対策の完了は2021年度以降を見込んでおり、
県教育庁が関係市町に対し、早期の対策完了(事業の前倒し)を要請している。
(2)吊り天井等以外の耐震点検・耐震対策
ここでは、吊り天井等以外の非構造部材にかかる耐震点検・耐震対策状況をみてみたい。耐震
点検実施率は、人に重大な被害を与える恐れがある箇所について、学校職員または学校設置者が
学校全体の耐震点検を実施した学校数の割合であり、耐震対策実施率は人に重大な被害を与える
恐れがある箇所について、耐震対策実施済の学校数及び対策が不要な学校数の割合を示している。
①公立小中学校の状況
全国の公立小中学校29,144校のうち、耐
震点検実施校は27,507校となっており、耐
図表4 公立小中学校の非構造部材の耐震点検・耐震
対策実施状況(2016年4月1日現在)
(吊り天井等を除く)
(校)
震点検実施率は94.4%と前年度比1.4ポイン
県名
ト上昇、また、耐震対策実施校は20,730校
あり、耐震対策実施率は71.1%と同6.6ポイ
ント上昇している。
このうち、長崎県をみると、公立小中学
校512校のうち耐震点検実施校は406校、耐
震点検実施率79.3%、耐震対策実施校は
173校、耐震対策実施率33.8%となってい
福 岡 県
佐 賀 県
長 崎 県
熊 本 県
大 分 県
宮 崎 県
鹿児島県
全
国
と比べると37.3ポイント下回っている(図表4)。
ながさき経済 2016.12
耐震点検
実施校数
耐震点検
実施率
A
1,080
256
512
530
397
369
741
29,144
B
1,080
243
406
412
388
369
741
27,507
C=B/A
100.0%
94.9%
79.3%
77.7%
97.7%
100.0%
100.0%
94.4%
耐震対策
実施率
E=D/A
87.3%
72.3%
33.8%
59.6%
84.9%
23.8%
90.3%
71.1%
(注)対策が不要の学校数を含む
資料:文部科学省「公立学校施設の耐震改修状況調査の結果
(平成28年7月26日)」より当研究所で作成
る。全国平均の耐震対策実施率(71.1%)
14
全学校数
耐震対策
実施校数
(注)
D
943
185
173
316
337
88
669
20,730
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長崎県の公立学校施設の耐震対策状況
②公立幼稚園の状況
全国の公立幼稚園4,248校のうち耐震点
検 実 施 校 は3,781校、 耐 震 点 検 実 施 率 は
図表5 公立幼稚園の非構造部材の耐震点検・耐震
対策実施状況(2016年4月1日現在)
(吊り天井等を除く)
(校)
89.0%と前年度比2.1ポイントの上昇、耐震
県名
対策実施校は2,848校、耐震対策実施率は
67.0%と同6.9ポイントの上昇となっている。
長崎県については、公立幼稚園36校のう
ち耐震点検実施校は28校あり、耐震点検実
施率77.8%、耐震対策実施校は14校、耐震
対策実施率は38.9%となっている。全国平
均の耐震対策実施率(67.0%)と比べると
福 岡 県
佐 賀 県
長 崎 県
熊 本 県
大 分 県
宮 崎 県
鹿児島県
全
国
全学校数
耐震点検
実施校数
耐震点検
実施率
A
B
52
11
36
26
113
15
70
4,248
45
8
28
26
107
15
70
3,781
C=B/A
86.5%
72.7%
77.8%
100.0%
94.7%
100.0%
100.0%
89.0%
耐震対策
実施校数
(注)
D
24
5
14
19
103
6
66
2,848
耐震対策
実施率
E=D/A
46.2%
45.5%
38.9%
73.1%
91.2%
40.0%
94.3%
67.0%
(注)対策が不要の学校数を含む
資料:文部科学省「公立学校施設の耐震改修状況調査の結果
(平成28年7月26日)」より当研究所で作成
28.1ポイント下回っている(図表5)
。
③公立高等学校および公立特別支援学校の状況
全国の公立高等学校3,589校のうち耐震点検実施校は3,580校(耐震点検実施率99.7%)、耐震対
策実施校は2,966校(耐震対策実施率82.6%)となっている。
長崎県の公立高等学校は57校(うち県立56校)あり、耐震点検率は100%となっている。耐震
対策実施校は56校(すべて県立で2015年度までに完了)、耐震対策実施率は98.2%と全国平均を
15.6ポイント上回っている。
また、長崎県の特別支援学校は16校(すべて県立)あり、耐震点検及び耐震対策は2015年度ま
でに完了している。
県教育庁によると、現在、各市町教育委員会を通じて、各学校に非構造部材の耐震点検を実施
するよう要請している。また、点検の結果、改善が必要な場合には速やかに改修等を行い、学校
施設の適切な維持管理と安全性の確保に努めるよう通知しており、必要に応じて市町を訪問する
などし、非構造部材の耐震対策の早期完了を要請している。
3.熊本地震による学校施設の被害状況からみた耐震対策推進の必要性
文部科学省の「熊本地震の被害を踏まえた学校施設の整備に関する検討会」が、〔「熊本地震の
被害を踏まえた学校施設の整備について」緊急提言〕を本年7月に公表しており、このなかで、
学校施設の被害状況として次のような事例が挙げられている。
ながさき経済 2016.12
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① 校舎の非構造部材については、全体として軽微な被害のものが多かったが、最上階のホー
ル天井の脱落など、一部では大きな被害もあった。
② 体育館については、劣化したものも含めたラスシートモルタルやラスモルタルなど層間変
形追従性の低い外壁や、横連窓で古い工法のものが落下・破損するなどの被害が目立った。
③ 多くの体育館で天井は撤去済であり、このような落下防止対策が講じられた吊り天井では
脱落被害はなかった。一方、落下防止対策が行われていなかったものでは脱落やずれ等の被
害が確認された。
④ 屋根ブレースの破断や、天井材の落下・窓ガラスの破損などの非構造部材の損傷等により、
2次災害防止等のため避難所として使用しなかった事例が発生した。このような非構造部材
の損傷等により、避難所と熊本県内の公立学校(223校)のうち約3分の1(73校)の学校
の体育館が使用できなくなった。
出所:「熊本地震の被害を踏まえた学校施設の整備について」緊急提言
⑤ 構造体の耐震化が完了していた学校施設においては、倒壊や崩壊といった大きな被害は発
生していなかった。一方、耐震化が未完了であった学校施設では、柱のせん断破壊や軸崩壊
など、構造体甚大な被害が生じたものがあった。
出所:「熊本地震の被害を踏まえた学校施設の整備について」緊急提言
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ながさき経済 2016.12
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長崎県の公立学校施設の耐震対策状況
これらのことからも、構造体及び非構造部材の耐震点検等を早期に完了し、対策が必要と認め
られたものについては、前倒しで対策を講じる必要があると考える。
さいごに
熊本地震は前震および本震のいずれも発災の時間帯が夜間であったことから、学校施設の損傷
等に起因する児童生徒等の被害はなかった(緊急提言より)。
地震の発災が授業時間帯の昼間である場合には、児童生徒の頭上に外壁や照明等が落下してけ
が人が発生するなど、児童生徒に重大な被害を及ぼすおそれがあり、落下物が避難経路の通行阻
害要因となり、2次被害に繋がることが考えられる。
本年10月には鳥取県中部で震度6弱の地震が発生するなど、地震はいつ発生するのか予測が困
難である。長崎県では、吊り天井等以外の非構造部材にかかる耐震対策実施率が、公立小中学校
33.8%、公立幼稚園38.9%と全国平均を30ポイント前後下回っている。構造体の耐震化及び屋内
運動場等の吊り天井等の落下防止対策が未完了の関係市町においては取組みを推進するのはもち
ろんのこと、吊り天井等以外の非構造部材にかかる耐震点検及び耐震対策については、より一層
の推進が必要と考える。
(上村 秀明)
ながさき経済 2016.12
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