インフラ輸出に必要な「品質ニーズ」の見極め

パブリック・マネジメント・フォーカス
インフラ輸出編
2016.12.1
インフラ輸出に必要な
「品質ニーズ」の見極め
みずほ総合研究所 社会・公共アドバイザリー部次長
鈴木秀貴 (海外プロジェクト担当)
政府は「質の高い」インフラの輸出拡大を推進している。日本の製品やサービスの質
の高さは一定の評価を得る一方、現時点ではインフラ輸出のリーディングカントリー
になりきれていない。新興国で拡大するインフラ需要の取り込みには、事業の計画段
階から官民が連携して参画し、相手国の求める「質」を精査することが必要だ。
国家間競争が激化するなか
日本は強みである「質の高さ」を打ち出す
給する資金目標も、ほぼ倍増となる約 2,000 億ドルに
―― 政府が 2016 年5月に公表した「質の高いイ
鈴木 それが、日本の強みを前面に出すためのキー
ンフラ輸出拡大イニシアティブ」では、ターゲット
ワードだからです。
とする地域を、これまでのアジアだけでなく、アフ
政府が 2015 年 11 月に公表した「質の高いインフ
リカやロシアなどを含む全世界に拡大しました。
ラパートナーシップ」のフォローアップでは、
「質の
鈴木 新興国などへのインフラ輸出をめぐっては、
高い」インフラの要件として①ライフサイクルコス
そもそも先進国間の競争があったところに、技術力
トの低減につながる経済性の高さ、②安全性、③自
を高めてきた中国や韓国などが加わり、さらに昨年、
然災害への強靱性、④環境・社会への配慮、⑤技術
中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)が発足
移転や人材育成を通じた現地の社会・経済への貢献
したことで競争が一段と激しくなりました。こうし
――の5点を挙げています。つまり、日本のインフ
た状況のなか政府は、成長戦略の柱の1つにインフ
ラは、初期投資が高くて一見すれば価格が高く見え
ラ輸出を位置づけています。
るけれども、使いやすく、長持ちし、環境に優しく、
例えば、2015 年5月に公表した「質の高いインフ
災害の備えにもなり、地域経済にとってメリットが
ラパートナーシップ~アジアの未来への投資」では、
ある製品であるということです。
アジア地域が 21 世紀の世界経済をけん引する成長セ
―― インフラ輸出への取り組みは、現状どうなって
ンターとなるには、膨大なインフラ整備とそのため
いますか。
の資金が必要になるとの認識のもと、日米主導のア
鈴木 民間企業が事業主体となって行っています。
ジア開発銀行(ADB)と連携し、5年間で従来比約
しかし、競争が激しくなるなか、政府は積極的に民
30%増となる約 1,100 億ドルの「質の高いインフラ投
間の事業を支援しようとしています。2013 年3月に
資」を提供する方針を打ち出しました。今回のイニ
は、日本企業によるインフラシステムの海外展開や、
シアティブは、対象地域を拡大しただけでなく、供
エネルギー・鉱物資源の権益取得を支援するととも
引き上げました。
――「質の高さ」を打ち出すのはなぜでしょうか。
1
パブリック・マネジメント・フォーカス
2016.12.1
に、海外経済協力(経協)のあり方を議論する「経
「質の高いインフラ輸出拡大イニシアティブ」に盛
協インフラ戦略会議」を発足させ、インフラ輸出を
り込まれた資金供給は、国際協力機構 (JICA) や国
際協力銀行(JBIC)などを通じて行い、ファイナ
めぐる官民連携のあり方などを盛り込んだ「インフ
ンス面などの支援を通じて、日本企業や相手国のリ
ラシステム輸出戦略」をまとめました。戦略では、
スクを軽減する方針である。具体的には、円借款の
2010 年に約 10 兆円だったインフラシステムの受注
迅速化や、JICA によるドル・現地通貨建て融資ス
額を、2020 年に約 30 兆円まで増やす目標を掲げて
キームの活用推進、さらにはユーロ建て投融資の検
討などを進める。
います(図1)
。具体的な施策として、①首相・閣僚
によるトップセールスなどの官民連携、②中堅・中
輸出先のニーズを踏まえた
「質」と「価格」のバランスがカギ
小企業や自治体の人材発掘、③国際標準の獲得、④
新たな分野での競争力強化、⑤鉱物資源の海外から
の安定的な供給確保の推進――の5本柱を掲げてい
―― 確かに日本企業の技術力は高く、質の高い製品
ます(下表)
。
が提供できると思います。その一方で、価格が高く、
中国や韓国の企業に競り負けている印象を受けます。
■図1 日本のインフラ輸出金額の推移
35
鈴木 受注競争で敗れる要因の1つに、日本製品の
(兆円)
価格の高さが挙げられます。裏返せば、価格の高さ
その他
情報通信
交通
エネルギー
合計
30
25
20
に見合うものは何なのかを突き詰め、アピールした
のが、先ほど説明した5要件といえます。
15
火力発電を例に挙げれば、発電機の価格は高いけ
10
れども、発電効率が高いため、他国製の発電所に比
5
べて、同じ発電量であれば燃料消費は少なく、ラン
0
2010
2013
2014
2020
注:2020 年の値は政府の目標値。個別項目の目標値は設定していない。
資料:経協インフラ戦略会議資料より、みずほ総合研究所作成。
ニングコストが割安となります。CO2 排出量も少な
(年)
くなり、環境への負荷は小さくなるでしょう。高速
道路や高速鉄道などの運輸系インフラに目を転じれ
■表 インフラシステム輸出戦略の主な施策体系
ば、設計や建設技術への信頼性が高く、強度・耐震
Ⅰ.企業のグローバル競争力強化に向けた官民連携の推進
多 彩で協力なトップセールスおよび戦略的対外広報の推
進、政策支援ツールの有効活用
性を備えています。運輸系インフラは、社会・経済
Ⅱ.イ ンフラ海外展開の担い手となる企業・地方自治体や人
材の発掘・育成支援
中 堅・中小企業および地方自治体のインフラ海外展開の
促進、人材育成、競争力強化
性化につながるほか、建設や運行などオペレーショ
への貢献という点でも、現地雇用を増やして経済活
ン面の技術を現地に移転することで、経済の付加価
値を高めて所得水準を引き上げることもできます。
Ⅲ.先進的な技術・知見などを活かした国際標準の獲得
国 際標準の獲得と認証基盤の強化、先進的な低炭素技術
の展開、防災主流化の主導
―― 長期的な経済性や安全性、環境性など、日本が
強みとする「質の高さ」をアピールすれば、インフ
Ⅳ.新たなフロンティアとなるインフラ分野への進出支援
新たなインフラ分野への展開、ICT 活用によるインフラ競
争力強化
ラ輸出の底上げは可能だということですか。
Ⅴ.エ ネルギー鉱物資源の海外からの安定的かつ安価な供給
確保の推進
世 界経済の減速および将来の資源価格高騰リスクを低減
するリスクマネー供給強化
さを前面に出したインフラ輸出は、思うように成果
鈴木 そこが難しいところです。現状では、質の高
が上がっていない面もあるように見受けられます。
新興国でインフラ関連事業を手がけている日本企業
2
パブリック・マネジメント・フォーカス
2016.12.1
の方と話していると、
「初期費用は高くてもランニン
JBIC の組成金額は群を抜いています(図2)
。
グコストが安いことを事業の収支計画を見せて説明
ここで注意したいのは、日本がいくら資金面で支
しても、なかなか納得してくれない」という声を聞
援をしても、相手国にすれば「借金は借金」である
きます。確かに、
「高品質で技術水準も高く、ランニ
ということ。それでも、品質が高いものを少しでも
ングコストを含めれば長期的には安くなる」という
安く買いたいという思いは、必ずどこかにあるもの
のが日本製品の長所ですが、それだけで新興国に受
です。これこそが、政府が支援策を充実させても、
け入れられるわけではありません。
残念ながら日本が世界のインフラ輸出のトップリー
―― 日本の企業や政府の対応には、足りない部分が
ダーになりきれない要因の1つではないでしょうか。
あるということですか。
―― ある程度発展した国でも事情は同じですか。
鈴木 一口で「質が高い」と言っても、
「誰にとって
鈴木 ファイナンス面を手当てすることより、
「技術
の『質の高さ』なのか」という点を掘り下げて考え
移転」を重視する側面が強まっており、むしろ現在
る必要があるのではないでしょうか。もとより日本
は「社会・経済への貢献」がポイントとなっていま
製品の品質は高く評価されています。他方で、新興
す。欧米などによる経済制裁が解除されたことに伴
国でのインフラ投資では、どれだけ価格を抑えられ
い、新たなインフラ輸出の機会が生じたイランのケー
るかも重要なポイントとなります。
スはそうした例に該当します。これは、ある意味で
例えば、日本の新幹線が誇る高水準の安全性や定
特殊な事例ともいえますが、イランはアフリカのよ
時運転は素晴らしいですが、まずは安全な高速鉄道
うな所得水準が低い国とは異なり、製造業がある程
のネットワークを作ることを優先したいという国も
度育ち、産業構造の多様化も進み、ある程度の技術
あるわけです。輸出する製品の稼働安定性や、不具
基盤を備えた国です。ただ、制裁期間中に海外から
合が起きないなど質の高さを確保する一方で、現地
の投資が途絶えたため、生産設備などが老朽化して
ニーズを踏まえて機能を絞るなどして価格を抑えれ
おり、経済を立て直すためには、まずはこれらを更
ば、競争力を確保できるのではないかと考えます。
新する必要があります。そうしたイランの状況を踏
まえると、ファイナンス面も重要ですが、外国から
ファイナンス面の支援は必要だが
昨今は「社会・経済への貢献」が重視される
の投資を受け入れ、技術水準を高めていくことが急
■図2 輸出信用機関によるプロジェクト・ファイナンス
成約実績(2008 ~ 2013 年)
―― 輸出先の実情に応じ、きめ細かく対応しなくて
はならないということですか。
(億ドル)
400
鈴木 ただ、
「新興国」とひとくくりにはできません。
350
359
300
各国の財政状況や発展段階に応じてニーズは異なる
250
のです。例えば、財政状況が厳しい国の場合は、ファ
185
200
イナンスへのニーズが前面に出ます。そうしたニー
150
ズに対しては、円借款や JBIC による融資など、資金
100
116
84
80
50
面の手当てを日本政府が支援し、受注する企業のリ
0
スクを軽減して、事業を後押しします。実際、2008
国際
協力銀行
米国
韓国
輸出入銀行 輸出入銀行
中国
カナダ
輸出入銀行 輸出開発銀行
注:図中数字は概数。
資料:S hubnomoy Ray,“Infrastructure Finance and Financial Sector
Development”,ADBI Working Paper Series No.522,March 2015 より
みずほ総合研究所作成
年から 2013 年にかけて、主要国の輸出信用機関が組
成したプロジェクト・ファイナンスの実績をみると、
3
パブリック・マネジメント・フォーカス
2016.12.1
務となっているのです。
を持ちますが、全体を俯瞰したり、政策の方向性を
他方で、生産インフラを整備するだけでは不十分
見たりするのは政府系機関の役割です。官民がうま
です。海外からの技術流入が止まっている間にイラ
く連携できるかが勝負所の1つになるでしょう。
ン人技術者は知識も技能も停滞してしまったため、
―― 案件を獲得するためには具体的にはどうしたら
新しい技術に適合するためのスキルアップが必要で
よいでしょうか。
す。
「設備を売っておしまい」ということではなく、
鈴木 エネルギーインフラを例に考えてみましょう。
日本としてそうした需要にどう応えていくかが問わ
どの国でもまず、エネルギー需要の見通しや必要な発
れているのです。自ら現地で雇用して生産を行うこ
電設備など、エネルギー政策のマスタープランを作り
とになれば、投資額が増えてリスクも高まります。
ます。国内産業の構造や集積の状況を踏まえ、どこに
しかし、そういう状況にあることを踏まえて技術移
どれだけの発電所を整備するか、また、水資源の状況
転を進めれば、相手国のニーズにも十分に合致し、
や、太陽光、風力の潜在能力などを分析し、電源構成
受注競争で勝てる可能性がより高まることになるの
をどうするか――といったプランがまず検討されま
ではないでしょうか。いずれにしろ、投資事業を行
す。日本は、その検討結果に基づいて発電所整備の
う際には、相手国の資金力や技術レベルにあわせた
具体的なプランが浮上する過程で「日本企業ならこ
ういう技術で、こんな設備を整備できる」
「予算制約
「質の高さ」を設定する必要があります。
を考えれば、この水準のスペックの製品を導入でき
事業売り込みの川上段階から
「官民一体」の取り組みが必要
る」と官民一体で提案するなど、計画初期の段階か
らセールスも兼ねて関与していくことが想定されま
――「質の高い」インフラ投資を強化するうえで、
す。日本のインフラの売り込みについて、
しばしば「後
官民の役割分担をどう考えるべきでしょうか。
手に回る」とも指摘されますが、日本政府はこうした
鈴木 政府系機関では、在外の日本大使館に加え、
マスタープラン策定の支援に着手しており、事業の川
JICA や JBIC、JETRO などがさまざまな地域に拠点
上段階から民間との議論を深めることが重要で、官民
を持ち、それぞれの国の発展水準や政府関係者の意
連携の高度化が今後ますます期待されます。
識などの特性をフォローしています。政府系機関は
―― 官民の橋渡しという点で、シンクタンクも重要
政策レベル、国全体のレベルでの分析に重点を置き
な役割を担えるのではないでしょうか。
つつ、投融資や技術協力の視点で個々のプロジェク
鈴木 シンクタンクは、新興国のマスタープラン策
トを見るわけです。一方、民間企業もそれぞれの地
定に関する分析・提言を行うこともあれば、ある投
域に拠点を置いて情報収集などを進めますが、事業
資事業を進めるうえで、当該国のマスタープランが
を獲得することを主眼に「相手国のキーパーソンと
どうなっているか、個別の事業が政策の方向性と合
どう接点を持つか」
「どういうプロジェクトが計画さ
致しているかといったことを確認しながら事前調査
(フィージビリティ・スタディ、F/S)を行うことも
れているか」といった点を重視します。
政策レベルで情報を収集・分析する政府系機関と、
あります。民間企業や相手国政府、日本政府など、
個別のプロジェクトを見る民間企業の間をどう橋渡
さまざまな関係者と議論しながら、どういう方向性
しするかが重要なポイントになります。企業は現地
があり得るかを調整する役割は、シンクタンクならで
の事業者に食い込んで話を聞くなど高い情報収集力
は、といえるのではないでしょうか。
みずほ総合研究所 総合企画部広報室 03 - 3591 - 8828 [email protected] c 2016 Mizuho Research Institute Ltd.
4