地方都市オフィスマーケット

MARKET
地方都市オフィスマーケット
~供給不足で需要潜在化 空室率は東京と逆転も~
鈴木 孝一
CBRE リサーチ
シニアディレクター
(ARES マスター M0701285)
貝畑 奈央子
CBRE リサーチ
アソシエイトディレクター
(ARES マスター M0801605)
率のほとんどが過去最低値に近づ
供給が予定されている。一方、地方
いているか、札幌 、福岡のように最
都市全体の新規供給は 2015 年末時
低値を更新中である。これらの都
点のストックの5%にとどまる。地方
オフィス市場は全国的に需給がタ
市では、新規開設や拡張ニーズに対
都市における
「 空室不足」が早晩解
イトな状 況が 続いている。 特に、
応できるだけの受け皿となる空室が
消されるとは考えにくい。今後は、
CBRE が調査対象としている都市の
不足しており、オフィス需要が潜在化
地方都市全体で見た場合の空室率
うち、地方主要8 都市
( 大阪・名古屋・
する事例もみられ始めている。今後
が、東京のそれを下回る可能性が高
札幌・仙台・横浜・金沢・広島・福岡。以
東京では、オリンピックが開催され
。
い
( Figure 1 )
下、
「 地方都市」とする)についてそ
る2020 年までに2015 年末時点のオ
の傾向が顕著だ。地方都市の空室
フィスストックの16%に相当する新規
はじめに
Figure 1 : オールグレード空室率
地方都市
東京23区
Forecast
15%
10%
4.4%
5%
0%
2.4%
2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020
出所:CBRE、2016 年 10 月
38
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.34
Figure 2 : オフィス市場規模
1.地方都市の
オフィス市場規模
Figure 3 : 経済規模
(千坪)
(兆円)
1,600
20
1,520
16
1,200
CBRE では、原則として新耐震基
1,000
準に準拠した延床面積1,000 坪以上
800
のオフィスビルを調査対象としてい
600
る。各地方都市の市場規模
( =貸
400
室総面積)
の上位ランキングは、1位
が大阪の150万坪、2 位が名古屋の
60万坪。次いで、横浜 、福岡、仙台、
札幌の順となっているが、4 都市とも
30万坪前後で拮抗している
( Figure
オフィス市場規模の上位ランキン
グは、各都市の実質 GDP
( 注)
によ
る経済規模のランキングとほぼ連動
する。経済規模の1位は大阪の19
13.3
14
12.7
12
10
603
8
297
5.5
6
343
348
277
200
6.5
5.4
4
53
125
0
大阪 名古屋 仙台 札幌 横浜 金沢 広島 福岡
出所:CBRE、2016 年 10 月
7.0
2.3
2
0
大阪 名古屋 仙台 札幌 横浜 金沢 広島 福岡
出所:CBRE、2016 年 10 月
Figure 4 : オールグレード空室率
● Q2 2015
2)
。8 都市の合計は 356万坪で、日
本全体の約3 割を占めている。
19.0
18
1,400
◆ Q2 2016
2005∼Q2 2016
30%
25%
20%
15%
兆円。2 位は名古屋、3 位は横浜で
共に13 兆円。次いで、福岡、札幌 、
仙台、広島が 5 兆円前後で拮抗して
。また、8 都市合計
いる
( Figure 3 )
の経済規模は 72 兆円で、東京 23 区
の 91兆円を加えた9 都市全体の約
4割を占めている。つまり、東京との
10%
5%
0%
大阪 名古屋 札幌
仙台
対的に小さいと言える。
金沢
広島
福岡
出所:CBRE、2016 年 10 月
その後低下が続いている。ピーク時
比較で見ると、地方都市はその経済
規模に比べてオフィス市場規模は相
横浜
2.地方都市の
オフィス市況
の空室率は、札幌を除く全ての都市
で10%を超えており、金沢と仙台で
は 20%を超えた。直近
( 2016 年 Q2
( 注 )各政令指定都市
「 平成 24 年 市民
Figure 4 は各都市の2005 年から
時点)では、札幌 、福岡、広島が過
経済計算」のうち市内総生産
( 支出
2016 年 Q2の約11年間のオフィス空
去最低値を更新しており、その他の
室率の最高・最低値をボックス、
都市も過去11年間の最低値に近づ
川県県民経済計算」から CBRE が
2016 年 Q2とそ の1年 前 の2015 年
いている。
推計
Q2 時点の空室率をひし形と円でそ
側、実質:固定基準方式 )
。東京都
は
「 都民経済計算」、金沢市は
「石
れぞれ明示したものである。いずれ
2015 年のオフィスビルへの移転
の都市もリーマンショック後の2009
ニーズのうち、全ての都市で新規開
年から2010 年の間にピークを打ち、
設・拡張が全体の5 割を超えている
November-December 2016
39
MARKET
( Figure 5 )
。2016 年上期には、名
最低値を更新している)
理由として、
者の車離れが地方都市においても
古屋、札幌 、横浜 、広島 、福岡の5
①郊外から中心地への移転、そして
広がっており、地方都市でも電車が
都市でこの割合は前年を上回り、企
②新規供給が限定的であること、も
重要な交通手段になりつつあること
業のオフィス需要が依然として旺盛
挙げられる。
も背景にある。
であることを示している。しかし 、
地方都市では受け皿となるオフィス
①郊外から中心地への移転
また、市況が回復してきたとはい
ビルの空室が不足しており、これら
ここ数年 、地方都市では、郊外か
え、これまでの賃料の上昇幅が限定
のニーズを満たすことが困難になり
ら中心地への移転が著しい。人手
的であったことも、中心地への移転
つつある。
不足が深刻化する中、市内はもちろ
が 活発な要因の一つだ。 直 近の
ん、市外からも通勤し易い駅周辺の
2016 年 Q2 時点の賃料が、ボトムか
ビルは採用面で有利、ということが
ら15% 以上上昇しているのは、札幌
理由として挙げられる。加えて、若
。
と横浜 、福岡のみである
( Figure 6 )
3.地方都市の
空室率低下の背景
2013 年以降、企業業績の回復を
Figure 5 : オフィスビルへの移転ニーズ( 新規開設・拡張の割合)
背景に、東京に続いて地方都市でも
2009
80%
2015
Q1∼Q2 2016
オフィス需要が拡大し、支店・事務所
70%
の拡張移転や館内増床によって空
室率は低下した。東日本大震災以
60%
降、企業の BCP 対策に対する意識
が高まり、新耐震基準ビルや設備水
50%
準の高い築浅ビルに移転する傾向
が増えたことも、東京と同様、空室
40%
率低下の一因である。しかし、特に
地方都市において空室率が過去最
30%
低値に近づいている
( あるいは過去
大阪 名古屋 札幌
仙台
横浜
金沢
広島
福岡
出所:CBRE、2016 年 10 月
Figure 6 : 想定成約賃料
● Q2 2015
(千円/坪)
◆ Q2 2016
2005∼Q2 2016
28
26
24
22
20
18
16
14
12
10
8
大阪
グレードA
大阪
グレードB
名古屋
グレードA
出所:CBRE、2016 年 10 月
40
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.34
名古屋
グレードB
仙台
札幌
横浜
金沢
広島
福岡
大阪および名古屋のグレード B ビル
供給されたのに対し、地方都市での
予定されている東京に比べると、新
の賃料に至っては、依然として最低
新規供給は 33.0万坪で、ストックの
規供給の割合は半分以下である。
値付近にある。長期契約の満了が
9.5%にとどまった。
4.地方都市の
今後の展望
近い郊外物件の賃料が、中心地の
オフィス賃料と大きく変わらないとい
今後、2016 年から2020 年にかけ
う事例も多い。このように、中心地
ての新規供給のボリュームは都市毎
の賃料が相対的に割安であること
。大阪や名古
に異なる
( Figure 8 )
オフィス需要が大きく減退しない
が、郊外から中心地への移転を後押
屋、横浜 、福岡では一定量の大型ビ
限り、地方都市では受け皿が極端に
ししている。
ルの新規供給予定はあるものの、札
少ない状態が今後も続くと考えられ
幌 、仙台、広島ではほとんどみられ
る。札幌では既存ビルで100 坪以上
更に、物流における3PL
( サード・
ない。地方都市全体では、新規供
の空室がほとんどなく、まとまった
パーティ・ロジスティクス)
の普及も背
給は年平均で3.7 万坪、2015 年末時
オフィススペースを確保したいテナン
景とみられる。物流業務を一括して
点の地方オフィスストックの5%にと
トは 2017年竣工のオフィスビルへの
外部へ委託することで、倉庫と事務
どまる。2015 年末時点のオフィスス
移転を早々に決めている状況だ。ま
所を兼ねていた郊外の自社施設が
トックの16%に相当する新規供給が
た、他の都市も含め、複数の入居テ
不要となり、事務所のみを中心地へ
移転するという事例も少なくない。
Figure 7 : 東京と地方都市の新規供給
( 年平均)
2006∼2010
(千坪)
250
②新規供給が限定的
地方都市のオフィス市場の需給が
200
東京よりもタイトである一番の理由
150
2011∼2015
2016∼2020
207
180
181
114
は、なんといっても新規供給が限定
100
的であることだ
( Figure 7 )。2011
64
50
年から2015年にかけて、東京ではス
0
トックの17%に相当する90.5 万坪が
東京23区
37
地方都市
出所:CBRE、2016 年 10 月
Figure 8 : 地方都市の新規供給
( 2016 ~ 2020 年の累計)
(千坪)
80
70
61
60
50
40
41
40
30
20
20
0
11
8
10
3
大阪
名古屋
仙台
0
札幌
横浜
金沢
広島
福岡
出所:CBRE、2016 年 10 月
November-December 2016
41
MARKET
ナントが館内増床を希望し、順番待
市への新たな企業進出を逃してしま
対して、今後は年1%を下回るとの予
ちとなっているビルも少なくない。
うこともあり得る。このため、新規
想に基づいている
( 日本経済研究セ
現在予定されている新規供給は、こ
供給を更に促進していくことが、地
ンター)
。この結果として、東京オー
れら既存の需要の受け皿となってほ
方都市経済全般の活性化という観
ルグレードの空室率は現状の2.4%
ぼ消化されるとみられるため、需給
点からも有効であると CBRE は考
から2019 年中には 3.5%に上昇する
バランスの悪化につながるとは考え
える。
ものの、地方都市では今後の新規
にくい。
供給が限定的であるため、空室率
CBRE では 2016 年から2020 年の
42
はさらに低下もしくは現状の低水準
仮に長期にわたって新規供給が
オフィスの新規需要について、東京
が続くと予測している。結果として、
行われない場合、オフィスのストック
では年平均19.2 万坪、地方都市で
東京と地方都市の空室率は 2019 年
更新が進まないことで、街全体が古
は5.5万坪と予想している。これは、
にも逆転する見通しである。また賃
びた印象となってしまうリスクも考え
過去 5 年間の新規需要に比べて東
料については、空室率の低下ととも
られる。コールセンターなど全国的
京がマイナス15%、地方都市がマイ
に、引き続き緩やかに上昇していく
にオフィス立地を検討している企業
ナス55%、それぞれ減少する予想で
と予想する。
が求める規模やスペックの選定基準
ある。これは、実質 GDP 成長率が
を満たすビルがないことで、地方都
2010 年から過去 6 年平均の1.3%に
すずき こういち
かいはた なおこ
信託銀行を経て、1997 年生駒データサービス
システム(現シービーアールイー)入社。名古屋
支店、東京本社でコンサルタントとして勤務後、
2012 年からリサーチ部門に異動。コンサル部門
ではオフィスのみならず、店舗やホテルなどの商
業不動産に関する調査・コンサルティングを手掛
ける。現在は、オフィスセクターに関する定期発
行物 Japan Office Market View の執筆や各種レ
ポーティング、オフィスやインダストリアルのア
ウトルックに関する業務に携わっている。ARES
不動産証券化マスター。
地銀シンクタンクを経て 2002 年、生駒データ
サービスシステム(現シービーアールイー)入社。
外資系クライアント向けにオフィスを中心とした
事業用不動産に関するコンサルティング業務に従
事。2009 年より、アウトバウンドコンサルティ
ング業務を立ち上げ、中国・東南アジアを担当。
大手デベロッパー、商社、ゼネコンなどの各セク
ターに係る海外事業に対してアドバイザリーを提
供。2014 年 7 月にコンサルティングからリサー
チに異動し、より幅広いクライアントに対して国
内外のマーケットインサイトを発信。ARES 不動
産証券化マスター。
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.34