契約と自己決定 契約と自己決定

現場からのオピニオン
∼介護現場はいま∼
現場からのオピニオン
∼介護現場はいま∼
契約と自己決定
―ドイツの介護保険制度との比較―
全老健群馬県支部代議員、介護老人保健施設けやき苑施設長
のり あき
服部徳昭
介護保険制度が平成12年4月にスタートして
16年が過ぎた。措置制度から契約制度に変わり、
この間、私たちは定期的な制度改正に合わせて
介護サービスに従事してきた。
契約といっても、老健施設にとっても利用者・
家族にとっても不慣れなスタートである。
「お客
様は神様です」といった流れのなかで、対等に
との思いでサービス提供をしてきたのだ。契約
社会の欧米では、個人と個人、個人と会社は対
等である。契約違反をすれば賠償問題に発展す
る。日本社会はグローバル化のなかで欧米化し
てきている。
医療・介護の自己決定で違いが。
ドイツの慣習・制度との比較
社会保障制度は、歴史的には生命や社会生
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活を保障するという人権に関わっている。私たち
には村社会の風習が実生活のなかに残っていて、
医療・介護の場面で重要な個人の自己決定が家
族や親族の意見に左右され、時には翻弄される
ことが多々ある。
一体、諸外国では医療・介護の場面でどのよ
うに対応しているのだろう。それに応えるように
平成26年5月に在ドイツ日本国大使館では、ド
イツにおける介護システム等について現地の日本
デ ー ヤ ッ ク
人で組織されている DeJaK- 友の会に調査を委
託し、その結果をまとめたものを公表した。
「契
約とは」
「自己決定とは」
、対極的なシステムは示
唆に富むものだと考え、一部であるが紹介する。
ドイツ連邦共通の介護システムはドイツに暮ら
す人には国籍に関係なく適用される。いずれ介
護や援助が必要になるときに備えるために「手続
きを周知する」ことは「契約社会」であるドイツ
では、とても重要なことである。その「手続き」
は医療・介護に関して、家族や親戚も発言権を
もつことが慣習となっている日本とは違い、あ
くまでも個人の意志・希望を重視する。ドイツ
では、家族や信頼できる人が周りにいても、そ
の人たちへの信頼を書類にしていない場合には、
本人の意志が活きないこともあり得るというの
が理由である。
連邦政府の定めた介護に関する手続きの基本
には以下のものがある。
1‌.事前医療指示書:事前医療指示書は万一
自分で意思表示ができない場合に備えて、
治療や医療処置について予め指示をしてお
くための書類。
2‌.任意代理委任:万一のときに備えて、自分
で選んだ人に代理委任の手続きをしておく
もの。これは自分の代理として経済活動、
医療行為、居住地等について、一部または
すべてを代理人が決定することを委任するも
ので、委任する範囲も本人が決めておくもの。
3‌. 後見依頼契約:2. 以外に前もって後見
依頼契約をしておき、その人が後見人にな
ることもできる。この場合、裁判所は法定
後見人を指名しないし、特定な場合を除い
ては監査もしない。
原点は個人の自己決定をすべて優先するとい
うことである。しかも、重要な点は「尊厳を守
る」
「自然に」といった曖昧な表現を使うことな
く、
「本人が出会うかもしれないさまざまな健康
状態と医療状況において、自分に合う基本的な
決定を選んで積み重ねていける形であり、最終
的に医療の現場で本人の希望が判断できないこ
とがないようにしておく」のである。
また、任意代理人は医療の決定権をもってい
る。法定後見人はいくつかの分野で本人と、あ
るいは本人に代わって判断・決定をする。しか
も、本人の意思を最重視するために、本人に聞
くのである。ドイツ人は自己決定を常に求めてい
る。そこが多くの日本人と違うところだ。
介護保険の理念と現実にギャップ
懇切丁寧な説明と同意を
実際のドイツでの介護費用については、介護
保険でカバーできない部分は本人負担となり、
自分で介護費用を払いきれない場合は一時的に
社会扶助を受ける。
「一時的」というのは、本
人が現金はないが、住んでいない家などがある
場合はその家を売却して社会扶助を返却する義
務があるためである。本人が払えない場合は
「後順位原則(扶助従属法)」があって、まず、
一定の額までは介護費用に自分の財産などを使
い果たすまで支払い、次に扶養義務のある配偶
者や子どもなどが必要な費用を支払い、それで
も足りない場合にはじめて、社会福祉局が支払
う仕組みになっている。
家族法では親が子に対し扶養の義務を負い、
老齢の親に対しては子が扶養の義務を負う。あ
る程度の財産の保持は保証されるが、それ以外
は社会扶助の返還に充てなければならない。ド
イツの歴史的土壌のなせる業なのだろう。
日本の介護の現場では、介護保険制度のめ
ざす理念と現実のギャップを感じながら介護サ
ービスを提供してきた。それは契約と自己決定
を重視する西洋文化と日本の文化に慣習のギャ
ップがあるからだ。現場ではそのギャップを認
識しつつ、懇切丁寧な説明を行い同意を得るこ
とが肝要である。おもてなしの日本人が契約と自
己決定ができるようになったら素晴らしいと思う。
全老健にはさらなるご指導をお願いする。
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