「ネポティズム大統領」の夢は開くのか - 三菱UFJモルガン・スタンレー証券

藤戸レポート
「ネポティズム大統領」の夢は開くのか
ネポティズムに毒されたバチ
カン
2016 年 11 月 21 日
ネポティズム(縁故主義)は、かつてカトリックの総本山たるバチカンでも
蔓延していた。コンクラーヴェ(教皇選挙)によって新教皇が誕生すると、血
縁、地縁はもとより、支持者を含めて一族郎党を枢機卿等のバチカンの要
職に任命することが横行していた。コンクラーヴェが、激しい権力闘争と権
謀術数が渦巻くものになるケースが少なくなかっただけに、最後に信じられ
るのは血縁ということになるのだろうか。歴代教皇の中でも悪名高いのはア
レクサンデル 6 世だが、彼は愛人に産ませたチェーザレ・ボルジア(生涯独
身のはずの聖職者だが、多数の子供に恵まれていた)をバレンシア枢機卿
に任じたほか、ボルジア家から都合 5 人の枢機卿を誕生させている。チェ
ーザレは、やがて教会軍の総指揮官となり、教皇領内に巣食っていた小領
主を武力と陰謀で征服して行った(この活躍は塩野七生氏の「チェーザレ・
ボルジアあるいは優雅なる冷酷」に詳述されている)。結局、アレクサンデル
6 世、チェーザレの壮途は挫折してしまうが、在位僅か 26 日間(毒殺説もあ
る)のピウス 3 世を挟んで、ボルジア家の最大のライバルであったジュリアー
ノ・デッラ・ローベレ枢機卿がユリウス 2 世として新教皇に即位した。しかし、
このユリウス 2 世もネポティズムに毒され、就任後すぐに甥、従弟 3 人を枢
機卿に任命している。つまり、15~16 世紀のバチカンでは、ごく当たり前の
ことだったのだ。ユリウス 2 世の最大の業績は、ミケランジェロ・ブオナロー
ティにシスティーナ礼拝堂の天井画を描かせたことだ。「私は彫刻家です」
と拒否するミケランジェロを、法王杖で叱咤しながら完成させたのだ。その
おかげで、我々は神の如きミケランジェロの大作を目にすることができる。そ
のユリウス 2 世も、今はミケランジェロのモーゼ像があるサン・ピエトロ・イン・
ヴィンコリ教会に眠っている。
このネポティズムの隆盛を、現在の米国で見るとは夢にも思わなかった。
トランプ氏の長男・次男・長
政権移行チームの中に、長男のトランプ・ジュニア、次男エリック、長女イヴ
女・婿が政権移行チームへ
ァンカ、イヴァンカの夫ジャレッド・クシュナー氏が参加している。ウォールス
トリート・ジャーナルによると、クシュナー氏をホワイトハウスの枢要ポストに起
用する方針とのことだ。もちろん、優秀だから登用するのだろうが、若干35
歳のクシュナー氏と、それまで政権移行チームを率いてきたクリス・クリステ
ィ・ニュージャージー州知事の軋轢が激化し、クリスティ知事が解任されるに
至った。クリスティ知事側近のマイク・ロジャース元米下院情報特別委員会
委員長やマシュー・フリードマン氏も、同様に解任された。AFPによると、クリ
スティ知事が連邦検事を務めていた時に、不動産開発業者であったクシュ
ナー氏の父親を脱税で訴追し、禁固2年の有罪判決となった事実があった
とのことだ。どうも、ワイドショー・ネタの観を呈しているが、このネポティズム
風トランプと日本は付き合って行くことになる。
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
2016 年 11 月 21 日
ストラテジー
マーケット分析
インパクトとモメンタムが支
配
(グラフ1)
トランプ氏勝利で
日米株価指数が急伸
選挙前の11/7号で、「⑤カウンター・シナリオ」について言及した。トラン
プ大統領・上下両院共和党となれば、日本株の急落は免れないが、トラン
プ政策のインフラ投資・大幅減税・規制緩和を評価して、「一発逆転のV字
型回復シナリオ」も描けるとした。確かに、11/9の日経平均は919円安となっ
たものの、米ダウ工業株30種平均は7連騰となり、「トランプの恐怖」は「大い
なる期待」に転化してしまった。日経平均も11/10の1,092円高以降、堅調推
移が続いている(グラフ1)。これは明らかに、当初の予想を超える迅速な展
開だ。背景には、ヘッジファンドに象徴される投機マネーの膨張と、デリバ
ティブの隆盛があるものと思われる。従来のオーソドックスな投資が主役とな
っていた場合には、懸念や不安があれば慎重に対処し、動向を見極めて
からアクションを起こす。しかし、リスクラバーはチャンスと見れば、先に注文
発注の手が動く。しかも、主役は人間よりもナノセカンドの発注を行うマシン
なのだ。アルゴリズム売買が世界を席巻した状況では、瞬時に大量注文が
奔流となる。そう考えないと、「専門家」のドル/円相場の中期想定レンジが、
翌日にブレークされることが常態化するはずはない。つまり、インパクト(衝
撃)とモメンタム(勢い)が支配する相場だ。
NYダウと日経平均
(ドル)
(円)
19,500
22,000
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
18934
(11/14)
19,000
18,500
21,000
20,000
18,000
NYダウ(左)
19,000
17,500
18,000
17,000
17,000
16,500
16,000
16,000
日経平均(右)
米大統領選挙
トランプ氏勝利
(11/8)
15,500
15,000
14,000
5/2
「ドッド・フランク法」の廃止
には懐疑的
15,000
5/27
6/23
7/20
8/16
9/12
10/7
11/3
このマシンとソフトが支配する相場の象徴が金融株である。インフラ投
資、大幅減税で米長期金利が急騰すれば、金融機関のビジネス・チャンス
は拡大し、利鞘も拡大に向かう。こうしたベーシックな材料を土台にし、「ドッ
ド・フランク法(ボルカー・ルール)」の廃止に象徴される規制緩和が実現す
るとの夢を見れば、金融株を買う動きに拍車が掛かる。世界の企業時価総
額ランキングを見ると、JPモルガンは9位2,787億ドル、不祥事があったウェ
ルズ・ファーゴも11位2,636億ドルに位置する巨大金融機関だ(ブルームバ
ーグ11/17時点)。そのJPモルガンの株価が、「トランプ勝利」以降、蝶のよう
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
2
2016 年 11 月 21 日
ストラテジー
マーケット分析
に舞い始めている。今年2月安値52.5ドルから11/14高値80.4ドルまでの高
騰で、上昇率は53%に達している。選挙前の11/8安値69.2ドルからでも、
16.2%の上昇だ。ウェルズ・ファーゴは、不祥事の影響で10/4に43.5ドルまで
売られていただけに、11/14高値54.0ドルまで短期で24.1%の上昇となって
いる(グラフ2)。チャートパターンでも、この大型株にしては珍しい棒立ちだ。
アグレッシブなファンドが買い、それに多くのファンドが追随を余儀なくされ
た状況である。しかし、注意を要するのは、リーマン・ショックの大反省から
成立した「ドッド・フランク法」が、いとも簡単に廃止されるとは思えないこと
だ。おそらく、修正となる可能性が高いが、既に度重なる改定で法案は迷
路のようになっており、基本理念を見直すことには多大な時間を要する。明
日にでも廃止となるような株価の動きは、明白に先走りである。夢で買うの
はいいが、やがて現実に直面せざるを得ない。
(グラフ2)
規制緩和期待で
銀行株が上値追い
米銀行株の株価推移
(ドル)
(ドル)
80
90
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
80.4
(11/14)
75
80
70
JPモルガン(右)
70
65
60
米大統領選挙
トランプ氏勝利
(11/8)
60
52.5
(2/11)
55
50
54.0(11/14)
ウェルズ・ファーゴ(左)
40
50
30
45
43.5(10/4)
40
20
1/4
財政赤字の拡大を拒否する共
和党保守派・ティーパーティ
2/10
3/18
4/26
6/2
7/11
8/16
9/22
10/28
インフラ投資に関しては、アベノミクスの数々の対策を経験している日本
人にすれば、実行は容易と思う向きが多いだろう。上下両院ともに、共和党
が過半数を占めている。しかし、注意を要するのは、むしろ共和党内の同
意を得られるのかという点だ。共和党は、伝統的に「小さな政府」が党是で
あった。象徴的なのは年金・医療保険費用の削減で、リスクに対しては国家
に期待するのではなく、自助努力を基本とする理念だ。政府はコンパクト
で、民間活力が発揮しやすい土壌を作るに留め、直接介入して大規模な
公共投資を行うことには反対してきた。しかも、その結果として発生する財
政赤字の拡大をタブー視する傾向が強い。徹底した歳出削減を行って、財
政健全化を図るのが基本路線である。特に、「ティーパーティ」系の議員
は、オバマケア(医療保険改革)に象徴される「大きな政府」への反対から
運動がスタートしただけに、容易に認めるとは思えない。来年春には、債務
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2016 年 11 月 21 日
ストラテジー
マーケット分析
上限の適用が再開される見通しで、インフラ投資、減税を円滑に行うために
は、2018年度予算での債務上限の引き上げが必須である(予算期限は9月
末)。対民主党よりも、共和党保守派、「ティーパーティ」系の議員の賛同を
得る方が困難を伴うものと思われる。株価の方は、既にキャタピラーが11/8
安値83.0ドル→11/14高値95.5ドルで+15.0%、セメントのヴァルカン・マテリ
アルズが11/8安値118.0ドル→11/10高値138.1ドルで+17.0%(グラフ3)、レ
ンタルのユナイテッド・レンタルズが11/8安値74.4ドル→11/14高値96.6ドル
で+29.8%と疾走している。相当な困難と時間が伴うとの認識が敷衍すれ
ば、これも酔いが醒める可能性を否定できない。
(グラフ3)
インフラ関連株も上伸
米インフラ関連株の株価推移
(ドル)
(ドル)
150
140
138.1
(11/10)
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
140
130
ヴァルカン・マテリアルズ(左)
130
120
120
110
110
105.7
(10/13)
100
95.5(11/14)
90
100
90
80
80
83.0(11/8)
70
キャタピラー(右)
米大統領選挙
トランプ氏勝利
(11/8)
60
50
60
5/2
大幅減税
70
6/8
7/15
8/22
9/28
11/3
最も実現の可能性が高いのが、大幅減税策である。これは共和党の伝
統的な理念に沿うもので、円滑に進むことになろう。所得税の上限は33%へ
引き下げ、法人税35%→15%、相続税廃止が基本プランだ。ただし、トランプ
当選の原動力となった白人労働者階級よりも、明らかに富裕層向けの優遇
税制となる。FT紙によれば、人口の僅か0.7%に過ぎない年収370万ドル以
上の富裕層は、平均14%の減税を受けることになる。これに対して、低所得
者層の減税は平均0.8%に留まるとのことだ。この減税策の財源も明確では
ない。1980年の選挙で勝利したレーガン大統領は、1981年に経済再生税
法を制定し、所得税の最高税率を70%から50%に引き下げ、企業課税も減価
償却等を通じて相当部分軽減した。同時に社会保障費を削減し、軍事費
の増大、規制緩和の推進によって「強い米国」を再建しようとした。いわゆる
レーガノミクスである。しかし、当然ながら1年後には大幅な財政赤字に直面
し、1982年に議会はTEFRA(課税の公平と財政責任法)を可決した。これ
は、平時で最大の増税となったが(当時)、結局レーガン政権は、財政と貿
易の「双子の赤字」に苦しむことになった(グラフ4)。
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
4
2016 年 11 月 21 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ4)
「双子の赤字」に苦しんだ
レーガノミクス
(億ドル)
(%)
米経常収支と財政赤字の推移
100
1.0
経常収支(左)
0
0.0
-100
-1.0
-200
-2.0
財政赤字
(対GDP比率・右)
-300
-400
-3.0
-4.0
レーガン
大統領就任
(1981/1)
-500
-5.0
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
-600
-6.0
1979
1980
1981
1982
1983
1984
1985
レーガノミクスの決算は財政
赤字の膨張
レーガン大統領は、権威が失墜したカーター大統領の後を受けただけ
に、「強い米国」を前面に出した。イランの米大使館がホメイニ派の暴徒に
占拠された事件で、カーター大統領は武力解放を目指して陸・海・空・海兵
隊協働の救出作戦「イーグル・クロー」を発動した。中には、特殊部隊デル
タ・フォースも含まれていた。しかし、砂漠の悪天候もあったが、ヘリコプター
の故障、ヘリコプターと輸送機C130との衝突・炎上といった初歩的なミス
で、人質奪回作戦は無惨な失敗に終わった。カーター氏は史上最弱の大
統領との印象が深まり、ベトナム撤退以来低迷続いた軍の士気はドン底に
落ち込むことになった。このアンチ・カーターを主たるテーゼとしたレーガン
大統領だけに、「悪の帝国」と呼んだソ連に軍拡競争を仕掛けたのだ。軍事
衛星のレーザー照射によって、敵対国のミサイルや衛星の撃墜を企図した
「スター・ウォーズ」構想まであった。素人が考えても分かりそうなものだが、
膨大な軍事支出と減税を行えば財政が疲弊するのは当然の帰結である。
レーガン大統領就任時の米財政赤字額は約1兆ドルだったが、退任時には
3兆ドル近くに膨張している(グラフ5)。
レーガン政権とウォールスト
リートのハネムーンは4ヵ月
カーター政権末期の米成長率(前年比)は、1980年4~6月期▲0.7%、7
~9月期▲1.6%とリセッションが続いていた。10~12月期がようやくゼロとい
った状況で、軍事だけではなく経済も弱い大統領だった。1979年の第2次
オイルショックの影響が癒えつつあったこともあるが、レーガン大統領の新
政策への期待も加わって、1981年は1~3月期+1.7%、4~6月期+3.0%、7
~9月期+4.4%と回復傾向を辿った。ダウ工業株30種平均は、1980年4月
安値759ドルをボトムに、81年4月には高値1,024ドルをマークしている(グラフ
6)。一方、オイルショックの影響で1980年3月にはCPI(消費者物価・前年
比)が14.8%にまで高騰したため、FRB(連邦準備制度理事会)は1980年8月
の9.5%から1980年12月の20% !まで7回連続の利上げを行っている。米10
年国債利回りも、1981年9月に15.8%をマークするに至った。この高金利体系
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
5
2016 年 11 月 21 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ5)
レーガン政権時代
景気回復下で財政赤字拡大
米財政赤字とGDPの推移
(%)
(億ドル)
12.0
30,000
8.0
20,000
GDP(前年比・左)
4.0
10,000
0.0
0
-4.0
-10,000
-8.0
財政赤字(右)
レーガン
大統領就任
(1981/1)
-12.0
レーガン
大統領退任
(1989/1)
-20,000
-30,000
(出所)BloombergのデータよりMUMSS作成
-16.0
-40,000
1980
(グラフ6)
レーガノミクス期待相場で
米国株が上昇
1981
1982
1983
(ドル)
1984
1985
1986
1987
1988
1989
NYダウ(1979/1~1981/12)
1,100
(出所)BloombergのデータよりMUMSS作成
1024
(1981/4)
1,050
1,000
950
900
850
レーガン
大統領就任
(1981/1/20)
800
750
700
1979/1
759
(1981/4)
1979/6
1979/11
1980/4
1980/9
1981/2
1981/7
1981/12
となれば、世界のマネーがドルを求めて殺到するのは当然だ。円相場は
1981年1月の1ドル=199.0円から82年11月の277.6円まで円安ドル高が進
行することになった(グラフ7)。現在の水準と比較すると、驚くべきプライスの
羅列だが、1981年1月に発足したばかりのレーガン政権は、投資家にも大き
な期待を抱かれていたことが分かる。しかし、やがて「双子の赤字」の膨張
で、レーガノミクスは「ブードゥー・マジック」(ブードゥー教の呪術)とまで揶
揄され、厳しい糾弾を浴びることになった。1985年には「プラザ合意」(各国
協調のドル押し下げ策)を要求するまでになっている。つまり、新しい理念を
掲げた大統領と市場にはハネムーン期間があり、株高で機能するが、やが
て現実に直面した時に反動が起きるのだ。
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
6
2016 年 11 月 21 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ7)
米長期金利の上昇で
円安進行
米長期金利と円ドルの推移
(円ドル)
(%)
300
26.0
277.6
(1982/11)
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
280
24.0
246.1
(1981/8)
260
240
22.0
円ドル(左)
20.0
220
18.0
15.84
(1981/9)
200
16.0
180
14.0
160
12.0
米10年国債利回り(右)
140
10.0
120
100
1980/1
1980/7
1981/1
1981/7
1982/1
1982/7
8.0
1982/12
政治家経験なし・軍経験なし
レーガン大統領とウォールストリートのハネムーンが、就任から4月まで続
いたことを考えると、トランプ次期大統領にも適用できると見る向きが出ても
不思議ではない。現実に直面する前のラリーでも、まだ続くとの見方だ。し
かし、注意を要するのは、「ハリウッドの三流俳優」と批判する声があった一
方で、レーガン大統領は1967年1月から1975年1月までカリフォルニア州知
事として政治のキャリアを積んでいたことだ。これは、大統領の準備期間とし
ては十分すぎるもので、ガバナンスの極意を学んだものと思われる。ところ
が、トランプ次期大統領は生粋のビジネスマンで、政治経験がゼロである。
また軍の経験もない。この2つのキャリアがない大統領は史上初とのことだ。
しかも、共和党保守派との軋轢を解消するのには、かなりの時間を要する
可能性が高く、どれだけ支援を受けられるのかも定かではない。したがっ
て、ネポティズムに耽溺するのが必然なのかもしれない。従来にないタイプ
の大統領だけに、既存のエスタブリッシュメントができなかった改革を行う期
待はある。しかし、政治の素人が世界最強の権力者となることに、不安を抱
く人は少なくないだろう。「トランプ・ラリー」の熱狂の裏には、大きな陥穽が
潜んでいる可能性がある。
需給相場はブレが大きくなる
レーガン大統領の時代と隔絶しているのは、投機マネーの膨張と、デリバ
ティブの隆盛である。したがって、レーガン当時に4ヵ月かけて行ったこと
を、4週間でやったとしても不思議ではない。特に、JPモルガンやウェルズ・
ファーゴのような大型株が、大陽線を形成して驀進するパターンは、通常相
場では仕手株しかない。東証マザーズ等の小型株では、よく見る形だが、
世界有数の金融株が示現しているのだ。規制緩和を材料とした強烈な需給
相場の様相が濃厚だ。これは、日本のメガバンクでも同様で、チャート上に
ギャップ(窓)を開けながらの高騰、大陽線は、尋常ならざるマネーの流入を
意味している。しかし、その棒立ちチャートゆえに、反転した場合のダメージ
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
7
2016 年 11 月 21 日
ストラテジー
マーケット分析
は大きくなる。年に一度はセミナーで訪れる山形県・酒田市は、米相場で巨
富を築いた本間宗久翁の故郷だ。宗久翁の「酒田五法」では、「三空踏み
上げに売り向かえ」との格言がある。テクニカル分析には、あまり信を置いて
いないが、メガバンクのような大型株が三空(三つの窓)を形成して上昇す
る様は異様である(グラフ8)。リーマン・ショック後の世界は、二度とあのような
惨害をおこさないために、世界の大手金融機関を規制し、BIS基準に象徴
される資本増強に邁進してきた。既に「バーゼルⅢ」を発動する体制が整っ
てきた矢先に、トランプ大統領誕生で「卓袱台返し」の状況が懸念されてい
る。冷静に考えれば、「ドッド・フランク法」の廃止や、「バーゼルⅢ」の放棄
が短兵急に起こるとは思えない。需給相場特有のブレが起こる可能性は高
く、慎重対処が必要となろう。
(グラフ8)
三空を形成して上昇した
メガバンク株
三井住友フィナンシャルグループ
(円)
4,500
4291
(11/16)
(出所)BloombergのデータよりMUMSS作成
4,300
4,100
3,900
3,700
3,500
3,300
3293
(11/9)
3,100
2,900
米大統領選挙
トランプ氏勝利
(11/8)
2,700
2,500
TOPIX予想PER 約16倍
6/1
7/1
8/3
9/5
10/7
11/10
11/17 、 日 経 平 均 の 予 想 PER は 15.13 倍 、 TOPIX も 15.93 倍 に 達 し た
(QUICK)(グラフ9)。TOPIXをベンチマークとする国内機関投資家は、売りゾ
ーンと認識する水準だ。TOPIX予想PERの推移を見ると、6/24のBrexit(英
国のEU離脱)の際がボトムで13.50倍、7/8も13.58倍があり、夏場は13~14
倍台での推移が続いていた。投資主体者別売買動向を見ると、6~8月の3
ヵ月間で信託銀行は1兆3,745億円の買い越しだ(グラフ10)。信託銀行に
は、GPIF等国内年金の動きが反映される。つまり、TOPIXの予想PER13~
14倍台で、国内年金が買っていたことはデータで裏付けられている。ところ
が、予想PERが15倍を超えるようになった9月以降は、小幅調整を除いてピ
タリと買いが止まっている。足下の約16倍ゾーン超は、今度は逆に利益確
定売りが出る水準である。よく、日経平均の絶対値を提示する向きがある
が、年金運用の経験から言えば、絶対水準ではなくバリュエーションが売買
の基準になる。TOPIX16倍超、しかも時価総額の大きな金融、自動車がけ
ん引する相場となれば、機械的な利益確定売りの確率は高くなる。メディア
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
8
2016 年 11 月 21 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ9)
16倍に接近した
TOPIXの予想PER
TOPIXと予想PERの推移
28.00
(P)
2,000
(出所)AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成
26.00
1702(8/11)
米大統領
選挙
(11/8)
米利上げ
(12/16)
24.00
Brexit
(6/23)
22.00
1,800
1,600
TOPIX(右)
1,400
(倍)
20.00
1,200
予想PER(左)
1192(6/24)
18.00
15.93(11/17)
1,000
16.00
800
14.00
14.44(9/29)
13.50(6/24)
12.00
15/1/5
(グラフ10)
安値圏で買いに動いた
信託銀行
600
15/4/3
15/7/6
15/10/6
16/1/8
16/4/8
16/7/11 16/10/12
日経平均と信託銀行売買動向
(億円)
(円)
14,000
23,000
(出所)AstraManagerのデータよりMUMSS作成
20952
(6/24)
12,000
21,000
日経平均(右)
18043
(11/18)
10,000
8,000
19,000
17,000
6,000
15,000
14864
(6/24)
4,000
13,000
信託銀行売買動向(左)
2,000
11,000
0
(2,000)
2015/1
9,000
7,000
2015/4
2015/8
2015/11
2016/3
2016/6
2016/9
2017/1
の記者と話していると、どうしても「出遅れた国内機関投資家が買い転換す
る」という記事を書きたくて仕方がないようだ。「年金は時価会計であり、一
株も買わなくても時価の上昇があれば組み入れ比率は上昇する」といくら説
明しても、上の空である。そもそも、年金運用は箸の上げ下げまで厳格に規
定されたシステミックな運用で、「予想以上に株価が上昇したから、高バリュ
エーションでも買い上がる」ことはできない仕組みだ。信用取引の個人のよ
うに、「ドテン買い」は起こり得ない。
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
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2016 年 11 月 21 日
ストラテジー
マーケット分析
ネポティズム大統領の夢は開
くのか
(表1)
外国人投資家の一手買い
となった11月第2週
トランプ大統領が決定した11月第2週、買いは外国人4,007億円、事業法
人(自社株買い)933億円のみで、生損保▲94億円、都・地銀▲344億円、
信託銀行▲775億円、投信▲893億円、個人(現金)▲3,159億円、個人(信
用)▲996億円と、国内勢は総売りの状況だ(表1)。つまり、日経平均が
18,000円ブレークから、さらに上昇するためには外国人の買いがヒートアッ
プするしかない。ヘッジファンドは、久々に訪れたニシンに興奮する漁師の
ように、八面六臂の活躍だ。株価の上値が重くなれば、ドル/円相場へ仕掛
けるパターンが続いている。結局、上放れたドル/円が、今後の株価を決定
する可能性が高い。ドル/円相場の大材料になっているのが米長期金利の
急騰であり、その急騰の背景にあるのがトランプ次期大統領の政策期待で
ある。結局、一巡するとトランポノミクスが鍵を握っていることになる。需給相
場のインパクトとモメンタムは強烈で、幾らまでと想定するのは難しい。「買う
から上がる・上がるから買う」だ。しかし、ネポティズム大統領への夢が長期
化するほど、米国は甘い市場ではない。短期的には需給が勝つが、長期
的にはバリュエーションとロジックが勝利しよう。
●投資部門別株式売買状況
区
分
年月
(海外
投資家)
12年 28,264
13年 151,196
14年
8,527
15年 -2,510
5月 -3,258
月
6月 -2,630
間
1,290
7月
動
8月 -4,698
向
9月 -11,051
4,717
10月
9月3週 -1,019
9月4週 -1,888
週 10月1週
2,805
間 10月2週
1,132
動 10月3週
731
向 10月4週
49
-646
11月1週
4,007
11月2週
11月2週
71.2%
売買シェア
年
間
(億円)
法人
外国人
金融機関
生損保 都・地銀 信託銀
-6,978 -1,182 -10,193
-10,751 -2,830 -39,664
-5,038 -1,290 27,848
-5,841 -3,094 20,075
8
132
1,152
-669
-194
5,747
-1,396
-292
2,635
-467
-318
5,363
-58
-479
-785
-696
-211
-807
102
1
201
-20
-158
-372
-116
-177
-278
-128
-86
-57
-159
-24
103
-294
76
-575
-465
-52
-259
-94
-344
-775
個人
事法
投信
信用
現金
3,804
6,297
11,018
29,632
3,080
5,835
729
2,981
740
554
-19
-90
163
140
181
70
718
933
460
4,267
-2,105
2,429
-382
950
-1,337
-485
26
-2,558
357
-316
-435
-513
-685
-926
167
-893
5,774 -24,886
29,774 -117,282
13,189 -49,512
16,748 -66,744
1,024
-950
1,568
1,246
-61
-3,839
434
-2,560
1,055
-1,795
-579
-7,081
-415
-1,616
436
112
-588
-2,290
402
-522
-70
-1,820
-324
-2,450
1,179
73
-996
-3,159
0.1%
0.2%
3.1%
1.5%
2.4% 12.2%
7.8%
(出所)JPX(日本取引所グループ)のデータをもとに、MUMSS作成
藤戸 則弘
投資情報部長
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
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