最適資本構成と配当政策

現代ファイナンス論講義ノート No.8
最適資本構成と配当政策
蛭川雅之
2016 年 11 月 21 日
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
1 資金調達と企業価値
• 資金調達方法の違いが企業価値にどのような影響を与えるか?
– 代表的な資金調達方法は以下の3種類のいずれかである。
1. 株式発行
2. 社債発行
3. 銀行借入
• 資金調達 = 資本構成 (Capital Structure)
– 資本構成とは、負債と株主資本の割合を指す。
– 最適資本構成(=企業価値を最大にする負債と株主資本の割
合)は存在するか?
2016 年 11 月 21 日
1
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
2 財務レバレッジ
2.1 企業の収益性
• 総資産利益率 (Return on Assets, ROA) および株主資本利益率
(Return on Equity, ROE) は企業の収益性を表す代表的な指標で
ある。
(当期純利益)
(当期純利益)
=
(総資産)
(負債) + (株主資本)
(当期純利益)
ROE =
(株主資本)
ROA =
– ROA が企業全体の収益性を表すのに対し、ROE は株主の立
場から見た収益性を表す。
2016 年 11 月 21 日
2
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
2.2 財務レバレッジ
• ROE は企業の資本構成の影響を受ける。
– より具体的には、ROE は負債が増加するにつれて改善する。
• 負債を D、株主資本を E 、当期純利益を R と表記すると、次の関
係が成り立つ。
R
ROE =
=
E
(
R
D+E
)(
D+E
E
)
(
= ROA
D
+1
E
)
– 負 債 比 率 (Debt-to-Equity Ratio)D/E が 大 き く な る ほ ど 、
ROE も大きくなる。
– 負債比率を財務レバレッジ (Financial Leverage) という。
2016 年 11 月 21 日
3
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
結論 1 財務レバレッジの結果、ROE は増加するが、事業リスクと財務リ
スクを負担することに伴い、ROE のバラツキも増加する。
2016 年 11 月 21 日
4
現代ファイナンス論講義ノート No.8
3 最適資本構成
3.1 MM(モジリアーニ = ミラー)理論
3.1.1 MM 理論の諸仮定
1. 資本市場は完全である。
• 情報が全ての市場参加者に費用なしに伝わる。
• 取引費用・取引制限等は存在しない。
2. 企業の期待営業利益は毎年一定である。
3. 企業の営業利益は全額配当される。
4. 事業内容が同じ企業の営業リスクは同一である。
5. 負債の利子率は毎年一定である。
6. 法人税は存在しない。
2016 年 11 月 21 日
5
担当:蛭川雅之
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
3.1.2 MM 理論:3つの命題
命題 2(第一命題:無関連性命題)資本構成は企業価値に影響を与えない。
命題 3(第二命題)資本構成が自己資本・負債の双方からなる企業の自己
資本利益率は、自己資本のみからなる企業の利益率と財務リスクに関する
プレミアム(= (自己資本利益率 − 利子率) × 負債比率)との和になる。
命題 4(第三命題)資本コスト(=投資の切捨率)は資本構成とは無関係
で常に一定である。
• MM 理論によれば、完全で効率的な資本市場の下では、資本構成の
違いは企業価値や資本コストに影響を与えない。
– “1 枚のピザをどのように切ってもピザ全体の価値に変わりは
ない”
2016 年 11 月 21 日
6
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
3.1.3 MM 理論の第一命題:考え方
• 事業内容が同一(=毎年の営業利益が同一)で資本構成だけが異な
る以下2つの企業を考える。
– 株式のみで資金調達をする企業 U(= Unlevered Firm)。
– 株式と社債で資金調達をする企業 L(= Levered Firm)。
• 企業 U の株式時価総額を EU 、一方、企業 L の株式および社債時価
総額をそれぞれ EL および DL とする。
– 企業 U および企業 L の価値をそれぞれ VU および VL とす
ると、
VU = E U ,
VL = EL + DL
が成り立つ。
2016 年 11 月 21 日
7
現代ファイナンス論講義ノート No.8
2016 年 11 月 21 日
8
担当:蛭川雅之
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
• ある投資家は以下の投資戦略を考えている。
1. 企業 U の株式を 10% 保有する【ポートフォリオ A】
2. 企業 L の株式・社債を各 10% 保有する【ポートフォリオ B】
• ポートフォリオ A では、
(投資) = VU × 10%
(収益) = (配当) = (企業 U の当期利益) × 10% = (企業 U の営業利益) × 10%
• ポートフォリオ B では、
(投資) = VL × 10%
(収益) = (配当) + (利息)
= (企業 L の当期利益) × 10% + (企業 L の支払利息) × 10%
= {(企業 L の営業利益) − (企業 L の支払利息)} × 10%
+ (企業 L の支払利息) × 10%
= (企業 L の営業利益) × 10%
2016 年 11 月 21 日
9
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
• 仮定より、企業 U および企業 L の営業利益は同額である。
– 2 つの資産が同一環境下で同一の収益を生むのであれば、それ
らの価値は同一である(“一物一価の法則”)。
– キャッシュフローも営業リスクも同じ投資は同じ価値を持って
いるはずである。
• 投資家の裁定取引行動の結果、均衡では
VU × 10% = VL × 10%
即ち
VU = V L
が成り立つ。
2016 年 11 月 21 日
10
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
3.2 法人税を考慮した MM 理論
• 法人税を考慮すると、MM 理論の第一命題はどのように修正され
るか?
• 支払利息分が法人税課税対象額から控除されるため、企業 L から受
け取るキャッシュ・フローの方が多くなる。
– 負債の節税効果 (Tax Shield) という。
• 節税効果の現在価値はいくらか?
– 負債額を D、利子率を rD 、法人税率を TC とすると、1年当
たりの節税効果は TC DrD と表される。
– 永続価値の公式から、節税効果の現在価値は (TC DrD /rD =) TC D
となる。
2016 年 11 月 21 日
11
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
• 最終的に、法人税を考慮した企業価値は以下のようになる。
V L = VU + T C D
結論 5 法人税がある場合、負債による資金調達の結果、支払利息の節税
効果の現在価値分だけ企業価値が高まる。
2016 年 11 月 21 日
12
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
3.3 財務破綻コストと最適資本構成
• 実際には、負債をできるだけ増やす企業はまずない。
– 負債を増やしすぎると財務破綻 (Financial Distress) リスクが
高まる。
結論 6 法人税および財務破綻コストを考慮した企業価値は
VL = VU + TC D − (財務破綻コストの現在価値)
となる。
• 負債の持つ節税効果の現在価値と財務破綻コストの現在価値が相殺
されるような負債額で企業価値は最大化される(資本構成のトレー
ドオフ理論)。
2016 年 11 月 21 日
13
現代ファイナンス論講義ノート No.8
2016 年 11 月 21 日
14
担当:蛭川雅之
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
3.4 ペッキング・オーダー仮説
• 実務家は MM 理論は非現実的であると考える。
– 企業経営者と投資家との間に情報の非対称性が存在する。
• ペッキング・オーダー (Pecking Order) 仮説に基づけば、企業は資
金調達の優先順位を予め決めており、その優先度に従って各調達手
段を利用可能額一杯まで利用し、それでも資金が不足する場合に次
の優先順位の調達手段を利用する。
– 資金調達の優先順位:
内部留保 → 銀行借入 → 普通社債 → 転換社債 → 株式
– 最適資本構成の考え方は存在しない。
2016 年 11 月 21 日
15
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
4 配当政策
4.1 MM の配当無関連命題
命題 7 完全で効率的な資本市場の下では、株主価値は配当政策と無関連
である。
2016 年 11 月 21 日
16
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
4.2 自社株取得と株主価値
結論 8 完全で効率的な資本市場の下では、自社株買いは株価に対して中
立的である。
2016 年 11 月 21 日
17
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
• 自社株取得は以下のような目的で行われる。
1. 資本構成の調整
– 株主資本比率を低下させ、資本コストを下げることによ
り、企業価値を高める。
– 結果的に株価が上昇する場合もある。
2. シグナリング効果
– 自社株買い = 自社株が割安であるというシグナル
– 株価が上昇する。
3. ストック・オプション
– オプションの行使に備え、集めた株式を金庫株 (Treasury
Stock) として保管する。
2016 年 11 月 21 日
18
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
5 資金調達の方法
• デット・ファイナンス (Debt Finance) かエクイティ・ファイナン
ス (Equity Finance) か?
• デット・ファイナンス:
– 元本と利息を債権者に支払う義務が発生する。
– 資本市場からの調達(直接金融)· · · 社債、コマーシャル・
ペーパー
– 銀行預金を通した資金提供(間接金融)· · · 銀行借入
• エクイティ・ファイナンス:
– 株式調達に代表されるように、資金の返済義務はない。
– 直接金融のみ。
2016 年 11 月 21 日
19
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
5.1 銀行借入
1. 手形割引 · · · 期日前の約束手形を金融機関に持ち込む。
2. 手形貸付 · · · 約束手形を金融機関宛に振りだす。
3. 証書貸付 · · · 借入条件を記載した契約証書を締結する。
4. 当座貸越 · · · 予め定めた限度額まで自動的に融資が行われる。
5. コミットメント・ライン · · · 予め定めた期間・融資枠の範囲内で、
企業の請求に基づき、銀行が融資を実行する。
6. シンジケート・ローン(協調融資)· · · アレンジャー(主幹事行)の
もとに複数の金融機関がシンジケート(協調融資団)を組織し融資
を行う。
2016 年 11 月 21 日
20
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
5.2 資本市場からの調達
1. コマーシャル・ペーパー (Commercial Paper,CP)
• 高格付の企業・金融機関が短期の資金調達手段として発行する
無担保約束手形を指す。
• 期間:2 週間∼270 日(大半は 60 日以内)。
• 満期日に借り換えできない場合に備え、一般に CP バックアッ
プ・ラインを設定する。
2. 社債
• 詳細は次回解説する(ノート No.9 参照)。
2016 年 11 月 21 日
21
現代ファイナンス論講義ノート No.8
担当:蛭川雅之
5.3 調達期間の選択
• 資金需要の期間に合わせる。
• 短期の資金需要(例:運転資本)→ 短期の資金調達
– 長期資金を調達すると、不要な金利負担が発生する。
• 長期の資金需要(例:設備投資)→ 長期の資金調達
– 短期資金を調達すると、投資からキャッシュ・フローが発生す
る前に調達資金を返済する必要が生じる。
2016 年 11 月 21 日
22