藤戸レポート 「トランプノミクス」に興奮するウォール街 世論調査の信頼性が失墜 (グラフ1) トランプ氏勝利で 日本市場は大波乱 2016 年 11 月 14 日 世論調査の信頼性が失墜している。6 月の Brexit(英国の EU 離脱)、今 回の米大統領選挙の結果を踏まえても、ほとんど意味がないことが判明し てしまった。むしろ世論をミス・リードするリスクさえある。統計学上の粋を凝 らした調査のはずだが、競馬新聞よりも遥かに精度が悪く、弊害も大きい。 「大本命馬・鉄板馬券」との予想が 2 回連続で大外れとなれば、「本紙予 想」記者は更迭される可能性が濃厚だ。その胡散臭いデータをもとに相場 が形成されているだけに、予想と現実の乖離が極大化し、異常なボラティリ ティを生むことになってしまう。「トランプ当選」が確実となった 11/9、日経平 均は 919 円安・▲5.36%の大荒れだった(グラフ 1)。株価の振幅が大きくなる 要因として、HFT(高速高頻度取引)の関与が指摘されることが多かった が、それ以上に杜撰な世論調査が糾弾されるべきであろう。大本命であっ たはずのヒラリー・クリントン候補は惨敗し、「ガラスの天井」をブレークするこ とはできなかった。 (円) 日経平均の推移(2016/4~) 18,500 20946 (8/11) 18,000 17,500 17,621 (11/11) Brexit (6/23) 日経平均 17,000 16,500 16,000 16,111 (11/9) 15,500 米大統領選挙 トランプ氏勝利 (11/8) 15,000 14864 (6/24) 14,500 (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 14,000 「トランプノミクス」の第一の 矢~インフラ投資の推進 4/1 5/11 6/14 7/19 8/23 9/28 11/2 日経平均の急落と同様に、東京タイムでは、一時ダウ工業株30種平均先 物が前日比867ドル安・▲4.74%、S&P500種指数先物も107ポイント安・▲ 5.0%の大幅安の局面があった。ところが、夕方のロンドン・タイムから急速に 切り返し、ニューヨーク市場も朝方こそ80ドル安まであったが、結局256ドル 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 2016 年 11 月 14 日 ストラテジー マーケット分析 高の18,589ドルで引けた。東京タイムの先物安値 17,418ドルとは、実に 1,171ドルの格差である。東京市場を震撼させた「トランプ大統領リスク」が、 何故に雲散霧消してしまったのか?第一には当選決定後の初演説で、トラ ンプ次期大統領が、「分裂の傷を縫合し、国民が一丸となって前進する時 だ」と正統的な演説を行ったことだ。数々のスキャンダル報道があったけれ ども、うまく大統領役を演じたことが、投資家に安心感を与えたものと思われ る。第二には、「トランプノミクス」への期待である。初演説でも、「都市部のス ラム化した地域を整備し、高速道路や橋梁、トンネル、空港、学校、病院等 のインフラを整備することは最重要課題だ」とインフラ投資を強調している。 「不動産王」のキャリアからも、都市再開発はお手の物であろう。アベノミクス の重要な「矢」でもあった景気刺激策を、最重要課題として挙げているの だ。11/9のダウ工業株30種平均で、最も上昇寄与度が高かったのは、建設 機械のキャタピラー6.5ドル高・+7.7%だった(グラフ2)。一銘柄でダウを44ド ル押し上げている。また、S&P500種指数で第2位の上昇となったのは、建 設・産業等の設備レンタル会社であるユナイテッド・レンタルズで、12.9ドル 高・+17.1%の急騰だった。具体的に、「トランプノミクス」の関連銘柄を物色 する動きが鮮明化したのだ。「国民が一緒に努力し、国を再建し、アメリカ ン・ドリームを実現する」大義名分を背景に、先行きの不安よりも個別銘柄 への投資を考える余裕ができたのだ。 (グラフ2) トランプ関連のキャタピラー NYダウの上昇率トップ NYダウ採用銘柄上昇率上位(11/9時点) キャタピラー 7.7 ファイザー 7.1 メルク 6.1 ゴールドマン・サックス 5.9 JPモルガン 4.6 ジョンソン・エンド・ジョンソン 2.8 アメリカン・エキスプレス 2.5 ボーイング 2.0 ウォルマート 1.9 デュポン 0.0 第二の矢「大幅減税」と「規制 緩和」 (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 1.5 2.0 4.0 6.0 8.0 (%) 第二の重要政策は、大幅な減税である。既に先週号で、①中間層に対 する所得税減税、②法人税減税(最高35%→15%)、③本国の資本還流に際 しての減税35%→10%、④相続税の廃止、を御紹介した。また、ウォールスト リートに関する点では、⑤長期投資のキャピタルゲイン・配当収入税の減 税、⑥ドッド・フランク 法(ボルカー・ルール)の廃止もある。「トランプノミク ス」の第二の矢は、明らかに減税による経済の活性化である。上下両院選挙 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 2 2016 年 11 月 14 日 ストラテジー マーケット分析 でも共和党が過半数を制したことを考えると、減税策具現化の可能性は大 きい。しかも、⑤が実現し、⑥も廃止は無理としても修正となれば、金融機 関は手枷足枷を外されることになる。「リーマン・ショックの反省を忘れたの か」との批判が起きるのは必至だが、規制がより緩やかなものになる可能性 が台頭しよう。11/9のS&P500種産業別グループ株指数(24業種)では、第2 位銀行+4.84%、第3位各種金融+4.07%の大幅上昇が目立った(グラフ3)。 長期金利上昇によるビジネス・チャンスの拡大もあるが、規制緩和の動きを 反映したものと思われる。ゴールドマンサックス・グループ+5.89%、JPモル ガン+4.60%等、大型金融株の上昇が顕著だった。 (グラフ3) ドッド・フランク 法廃止の 思惑で金融セクターが上昇 S&P500業種別(24業種)上昇率上位(11/9時点) 医薬品バイオ 5.6 銀行 4.8 各種金融 4.1 資本財 2.8 保険 2.4 生活必需品 2.2 素材 2.1 運輸 1.6 エネルギー 電気通信 0.0 ヒラリーの挫折でバイオ・医薬 品株が上昇 「米国第一主義」 1.5 (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 0.9 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 (%) 7.0 上記S&P500種産業別グループ株指数で第1位を占めたのが、医薬品・ バイオの+5.60%だった。これは、本命であったはずのクリントン候補が、薬 価の引き下げを強く主張していたためである。昨年大活躍した医薬品・バイ オ関連株は、選挙前日の11/8に年初来のワースト・パフォーマーに沈んで いた。それだけに劇的な展開である。ファイザー+7.07%、メルク+6.07%と 大型医薬も堅調だったが、リジェネロン+13.77%、インサイト+12.99%が出 色の上昇だった。ナスダック・バイオテクノロジー指数も+8.98%と活況だった (グラフ4)。クリントン候補の「消費者に安い薬を」との理念が挫折したことにつ いては、残念との意見も多い。しかし、冷徹な相場の世界では、バイオ・医 薬品企業の収益劣化が回避されたことを好感しているのだ。 同時に物色されたものに、鉄鋼株がある。トランプ次期大統領の基本理 念は、「米国第一主義」である。米鉄鋼業界は、中国を始めとするアジア勢 の輸出攻勢で、疲弊の極に達していた。USスチールは、2006年8月高値 196ドルから今年1月安値6.15ドルまで約32分の1に暴落していた。2015年 12月には信用リスクを表すCDSスプレッドが、4,933ベーシス・ポイントと破綻 が懸念される状況まであった。それが報復関税も辞せずとするトランプ次期 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 3 2016 年 11 月 14 日 ストラテジー マーケット分析 (グラフ4) クリントン氏敗北で ナスダック・バイオ指数急騰 (P) ナスダック・バイオテクノロジー指数の推移(2016/3~) 3,400 3,200 3154 (9/23) Brexit (6/23) 3075 (11/10) 3,000 2,800 2,600 2582 (11/3) 2514 (6/27) 2,400 米大統領選挙 トランプ氏勝利 (11/8) (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 2,200 3/1 4/6 5/11 6/16 7/22 8/26 10/3 11/7 大統領によって、保護される可能性が濃厚になっている。11/9には、USス チールが+17.18%、ヌーコア+12.17%の高騰だった(グラフ5)。近年の米国 は、国際競争力のない企業は淘汰されるという厳しいルールがあった。そ れが、逆に世界に冠たる競争力を持つ新興企業を生む原動力になってき たわけだ。このトランプ・アプローチが吉か凶かは不明である。 (グラフ5) 米鉄鋼株が急伸 (ドル) (ドル) 米鉄鋼株の株価推移 65 50 (出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成 59.9 (11/10) 60 55 45 40 ヌーコア(左) 50 35 45 30 44.81(9/14) 25.2 (11/10) 40 25 USスチール(右) 35 20 30 15 15.72(9/16) 25 10 4/1 4/29 5/27 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 4 6/27 7/26 8/23 9/21 10/19 2016 年 11 月 14 日 ストラテジー マーケット分析 「ニュー・エコノミー」株の不 振 「オールド・エコノミー」株の急騰の裏で、近年の米国経済を牽引し、株式 市場の主役となっていた「ニュー・エコノミー」株の不振が鮮明化している。 世界の企業時価総額ランキングは、①アップル5,754億ドル、②アルファベ ット(グーグルの持ち株会社)5,312億ドル、③マイクロソフト4,568億ドル、④ バークシャー・ハサウェイ3,833億ドル、⑤エクソン・モービル3,638億ドル、 ⑥アマゾン・ドット・コム3,504億ドル、⑦フェイスブック3,474億ドル(11/10時 点。ブルームバーグ)だが、トランプ勝利が確定して以来、バークシャー・ハ サウェイ、エクソン・モービルを除いて、いずれも売られている。つまり、「米 国第一主義」はグローバル企業不可、IT・ネット関連にも逆風が吹くとの短 絡的な発想だ。11/10の相場では、「オールド・エコノミー」株の含有率が高 いダウ工業株30種は史上最高値を更新したが、ナスダック総合指数は42ポ イント下落と対極的な動きを示した。中でも、アマゾンは11/9に▲2.01%、10 ト ラ ン プ と 確 執 の ア マ ゾ ン 日▲3.82%と下落率が大きいが、ジェフ・ベゾスCEO(最高経営責任者)とト ランプ次期大統領の確執が裏にあるようだ(グラフ6)。かつて、ツイッターでト CEO ランプ氏が、「赤字垂れ流し新聞のワシントン・ポストは、アマゾンの税金の シェルターに使われるにすぎない」とアマゾンのワシントン・ポスト買収を批 判した。これに対してベゾスCEOが、「トランプが俺に斬りかかって来た。ウ チのロケットで宇宙に飛ばしてやるか」と切り返している。立場が変われば、 双方ともに「大人の対応」をする可能性が高いが、投資家は「トランプ大統 領でアマゾン売り」を実行している。どうも、トランプ次期大統領は、こうした 新興勢力の台頭と繁栄を苦々しく思っていた節がある。実際に大統領に就 任すれば、子供じみた報復はしないだろうが、「オールド・エコノミー」優遇を 象徴する株価の動きだ。 (グラフ6) アマゾンが逆行安 (ドル) アマゾン・ドット・コムの株価推移(2016/4~) 900 847 (10/6) 850 800 Brexit (6/23) 750 717 (11/10) 700 650 米大統領選挙 トランプ氏勝利 (11/8) 600 (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 550 「化石燃料の使用促進」~環境 配慮政策の後退 4/1 5/6 6/13 7/19 8/23 9/28 11/2 もう一つ奇怪な政策として、「化石燃料の使用促進」がある。このコンセプ トからすれば、パリ協定も脱退する可能性が濃厚だ。クリントン候補が推進 を宣言していた代替エネルギーにも、減税見直しや補助金削減等の動きが 出るかもしれない。電気自動車のテスラ・モーターズは、4/7高値269ドルか 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 5 2016 年 11 月 14 日 ストラテジー マーケット分析 ら11/10には185ドルまで下落している。太陽電池関連のファーストソーラー も、3/18高値74.2ドルが11/10には31.9ドルだ。逆に、石炭発電に注力とい うことから、今年4月に破綻した石炭大手ピーボディ・エナジーの株価は、 OTC(相対取引)市場で11/10に14.8ドルをマークしている。破綻後の4月安 値0.54ドルから27倍の大化けである(グラフ7)。破綻企業の株価が大化けと いう何とも異常な状況で、ここ20~30年かけて世界が積み上げた環境配慮 の精神を、全否定することになってしまう。どうも、トランプ次期大統領の政 策を並べてみると、時計の針を30年前に戻すような感が拭い難い。GM、フ ォードのガスガズラー(燃費最悪車)が全盛となるのだろうか? (グラフ7) 石炭大手ピーボディ・エナジー 破綻企業の株価急騰 (ドル) ピーボディ・エナジーの株価推移(2016/4~) 24.0 (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 18.75 (10/24) 20.0 15.35 (11/10) 16.0 12.0 8.0 破綻 (2016/4) 米大統領選挙 トランプ氏勝利 (11/8) 4.0 0.0 軍事・防衛予算の拡大で笑う ロッキード 4/1 5/6 6/13 7/19 8/23 9/28 11/2 トランプ関連として物色されたグループには、軍事・防衛関連企業があ る。外交・安全保障政策では、「米国は世界で最も強い経済力と軍事力を 持つ。国防予算の強制削減に反対」としており、低減が続いた国防予算に 大幅増加の可能性がある。「共和党は力による平和の党」との微妙な言い 回しもあり、必要とあらば軍事力の行使を躊躇しないだろう。地域的には、 「中国による明確な必要性のない軍事力強化や人権抑圧、南シナ海の不 安定化を招く主張を非難する」、「北朝鮮に核計画の安全で検証可能な不 可逆的方法による放棄」、「イラン核合意に行動を縛られない」等々の文言 が並んでいる。歴代の共和党政権を見ても、軍事オプションの行使が少な くない。オバマ大統領のように、シリア沖でミサイル・フリゲート艦に発射準 備をさせながら、結局中止としたような中途半端な動きはないだろう。「シカ ゴの人権派弁護士」に抑圧されていた軍部も、羽を伸ばすことになろう。 11/9、ロッキード・マーチン+5.97%(グラフ8)、ノースロップ・グラマン+ 5.41%、レイセオン+7.47%といった防衛関連株が軒並み急伸となった。帝国 海軍の山本五十六元帥が搭乗した三菱一式陸攻を撃墜したのは、双発の ロッキードP38「ライトニング」であった。今、航空自衛隊が導入しているのは、 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 6 2016 年 11 月 14 日 ストラテジー マーケット分析 (グラフ8) 防衛関連株も急伸 (ドル) ロッキード・マーチンの株価推移(2016/4~) 280 (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 米大統領選挙 トランプ氏勝利 (11/8) 266 (8/15) 270 258 (11/10) 260 250 240 230 228 (10/21) 220 210 4/1 5/6 6/13 7/19 8/23 9/28 11/2 皮肉なことにF35「ライトニングⅡ」である。優れたステルス性を有している が、一機100億円前後の高額が問題になっている。ノースロップ・グラマン は、B2戦略爆撃機や映画「トップガン」のF14で有名だ。第2次大戦のF6F 「ヘルキャット」は、ゼロ戦キラーで名を残している。レイセオンは世界最大 のミサイル・メーカーであり、パトリオット・ミサイルは航空自衛隊も導入済 み。日本にも馴染み深いメーカーが多いのが特徴だ。 在日米軍駐留費の全額負担 トランプ次期大統領は、在日米軍駐留費の全額負担を日本に求めてい る。駐留米軍は約9万6,800人で、さらに日本人約2万5,500人が事務員、医 師、消防士として勤務している。こうした人件費や武器・弾薬等の主要装 備、基地の土地利用費、騒音対策費等諸々を含めると、約111億ドルに達 している(ウォールストリート・ジャーナル)。日本の平成28年度予算、米国の 2017年度予算では、その内日本が約56億ドル、米国が55億ドルの負担に なっている。つまり、日本が111億ドル・約1.2兆円を全額負担しろとの要求 だ。あと55億ドルの追加負担で、「核の傘」や東シナ海に膨張する対中国、 核兵器を弄ぶ対北朝鮮の戦略が担保できると見れば、必ずしも高いコストと は思えない。この問題となれば、必ずエモーショナルな議論となるが、自主 防衛構想を打ち出せば、それこそ数兆円規模の追加負担となる。しかも、 中国、北朝鮮が核武装している現状では、米軍との同盟なくしては、十分な 安全を獲得するのは難しい。唯一の被爆国である我が国の核武装が非現 実的だとすれば、全額負担もやむなしである。 「保護貿易主義」~トランプ政 策のダークサイド 予期せぬトランプ勝利でマーケットは震撼したが、「トランプノミクス」への 期待、特にインフラ投資と大型減税策は、投資家に将来の期待を抱かせた。 さらに、軍事・防衛費の増大期待、競争力の劣る重厚長大産業への支援、 薬価引き下げのリスクが軽減したバイオ・製薬業界等、投資家はポジティブ 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 7 2016 年 11 月 14 日 ストラテジー マーケット分析 に捉えることのできる材料が少なくないことに気付いた。これが、米国株市 場の上昇に繋がったものと思われる。しかし、光があれば影があるように、米 国の貿易相手国にとっては、「トランプノミクス」のダークサイドを意識せざる を得ない。「対米貿易で黒字をため込む為替操作国に対しては報復関税を 課す」、中には「中国に45%の報復関税を課す」という発言まであった。「米 国商品に市場開放がないならば、TPP交渉は拒否」、「米国の労働者にとっ てより良い協定にするために、NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を行 う。もし、再交渉できなければ脱退する」等々、保護貿易主義の色彩が濃厚 だ。11/9の相場で、トランプ次期大統領の攻撃対象になっていたメキシコ は、ボルサ株価指数が▲2.23%、通貨ペソも▲8.3%の急落となった(グラフ 9)。翌10日もボルサが▲4.57%だ。かつてのメキシコは資源国としての性格 が強かったが、今や日米、ドイツ等の自動車メーカーの一大製造拠点にな っている。メキシコの安い労働力と、NAFTAの関税ゼロを活かしたビジネ ス・モデルだ。NAFTA脱退で、「国境に壁を築く」となれば、メキシコには致 命的なダメージとなる。残念ながら、日本も、中国、韓国、台湾、ドイツと並 んで「為替監視国」にリストアップされている。もし、「意図的に円安誘導して 貿易黒字をため込んだ」と看做せば、トランプ政権は報復関税を躊躇しな いだろう。つまり、日本の輸出関連企業は、一段と米国現地生産シフトを行 わざるを得なくなる。「ニーズがあるので輸出して収益を稼ぐ」というロジック は、通用しないだろう。「米国第一主義」は、貿易相手国に厳しいハードル を設けることになる。 (グラフ9) メキシコの株価指数 通貨が急落 (P) (ペソ/ドル) メキシコの株価指数と通貨(対ドル)推移 50,000 48672 (11/8) 48,000 11.0 13.0 ボルサ指数(左) 46,000 15.0 44737 (11/11) 44,000 18.16 (11/9) 42,000 17.0 19.0 40,000 メキシコ・ペソ(右) 21.0 38,000 21.39 (11/11) (出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成 36,000 23.0 4/1 米財政の悪化は必至 4/29 5/27 6/24 7/22 8/19 9/19 10/17 「トランプノミクス」の根幹は、インフラ投資の推進、大幅減税だが、財源は どうなるのか?IMF(国際通貨基金・2016年10月)によると、米国の政府一 般 債 務 対 GDP 比 率 は 105.1% と ワ ー スト 11 位 に ラ ン ク さ れ て い る 。日 本 247.9%、ギリシャ176.9%の「異常コンビ」を別にすれば、先進国では10位ベル 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 8 2016 年 11 月 14 日 ストラテジー マーケット分析 ギーの106.0%に次ぐ位置にある(グラフ10)。これに、インフラ投資、大型減 税、防衛・軍事予算拡大となれば、財政赤字が膨張するのは不可避だ。 11/10には、米10年国債が2.15%にまで急騰しているが、積極財政政策によ る成長率・物価の押し上げと同時に、財政悪化を読んでいる可能性が濃厚 だ。S&P500種指数の予想PERは18.23倍(11/10・ブルームバーグ)に達し ており、長期金利の上昇と割高なバリュエーションという株価の大敵が育ち つつある(グラフ11)。「トランプ・パーティ」の裏で、リスクも拡大している。 (グラフ10) 財政ワースト11にランクする米国 政府一般債務・対GDP比率(ワースト・2016年) 日本 247.9 ギリシャ 176.9 レバノン 138.4 イタリア 132.7 ポルトガル 128.9 エリトリア 127.1 カーボベルデ 120.5 ジャマイカ 120.3 キプロス 108.0 ベルギー 106.0 アメリカ 105.1 バルバドス 104.9 50.0 (グラフ11) 18倍を超えた S&P500の予想PER (出所)IMFのデータよりMUMSS作成 100.0 150.0 200.0 250.0 S&P500と予想PERの推移 (%) (P) 30.0 2,600 (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 28.0 2,400 2193 (8/15) 2,200 26.0 2,000 24.0 S&P500(右) 1,800 22.0 (倍) 1,600 20.0 1,400 18.23 (11/10) 18.0 16.0 1,000 14.0 800 予想PER(左) 12.0 10.0 2010/1 1,200 600 400 2011/2 2012/3 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 9 2013/5 2014/6 2015/7 2016/9 2016 年 11 月 14 日 ストラテジー マーケット分析 ムードによる相場は潮が引く 時も速い (グラフ12) 日米金利差拡大で 円安進行 この米長期金利急騰が、日米金利格差の拡大で円安材料となっている (グラフ12)。ドル/円相場はトランプ政権に対する期待も加わって、11/10に1 ドル=106.95円まで円安に振れる局面があった。しかし、どこかの時点で は、米財政赤字の拡大に視点が移行することも考えておかなければならな い。「円安=日本株高」の動きが出ているのは事実だが、おそらく日本はメ キシコ、中国に次いでトランプ保護貿易主義のダメージを受ける国家であ る。米国株式が、「オールド・エコノミー高」・「ニュー・エコノミー安」と識別さ れているように、いずれ貿易立国日本のマイナス面がクローズアップされる 局面があるだろう。日経平均が一時17,600円台に到達する局面があったに もかかわらず、トヨタ自動車の株価は9/5高値6,372円に距離を残したままだ (グラフ13)。世界で繰り広げられるトランプ・パーティの間は、ネガティブ材料 も仮眠した状態だ。しかし、パーティのパンチボールが引き揚げられ、酔い が醒める投資家が一人、二人と増加するにつれて、ネガティブ材料はエイリ アンのように蠢動を始める。選挙中に繰り返された「トランプ政策」の中でも、 時間がたてば実行可能、あるいは不能と識別されるようになる。確たる根拠 のない雰囲気、ムードによる相場は、潮が引く時も速い。12/4にはイタリア の憲法改正に伴う国民投票もある。野党「五つ星運動」等の反対で否決と なれば、英国に続いてEU離脱リスクが高まろう。 日米長期金利差と円ドル推移 (%) (円ドル) 3.2 115 (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 3.0 110 2.8 2.6 105 円ドル(右) 2.4 100 2.2 2.0 95 1.8 90 1.6 日米金利差(10年国債・左) 1.4 85 4/1 ヘッジファンドの肥やしにな らないように 5/6 6/10 7/15 8/19 9/23 10/28 11/9、日経平均919円安の需給メカニズムを分解してみよう。株式先物の 手口を見ると、国内大手A証券の日経平均先物売りが▲7,858枚の売り越し と突出していた。国内B証券も日経先物▲3,745枚・TOPIX先物▲1,171枚、 同C証券も日経先物▲1,324枚・TOPIX先物▲3,105枚だった。これだけ国 内勢の売り手口が目立つのは珍しい。推測だが、Aはレバレッジ投信の投 げ、B、Cは国内機関投資家のヘッジ売りの可能性が高い。この急落相場で、 御存知欧州系D証券のアルゴリズム売買は唸りを上げて高速売買を行い、 日経平均先物で売り123,901枚・買い130,977枚、差引7,076枚の大幅買い 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 10 2016 年 11 月 14 日 ストラテジー マーケット分析 (グラフ13) 円安でも上値が重いトヨタ 円ドルとトヨタの株価推移 (円ドル) (円) 130.0 7,000 (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 6372 (9/5) 125.0 6,500 トヨタ(右) 120.0 6,000 115.0 5492 (11/9) 5,500 110.0 5,000 105.0 4,500 100.0 4,000 円ドル(左) 95.0 3,500 4/1 5/12 6/16 7/22 8/29 10/5 11/11 越しだった。当日の日経平均先物の日中全出来高は268,420枚の大商い だったが、D証券のシェアは実に47.4%に達している。翌11/10の日経平均 は1,092円高となったが、一転A証券が8,546枚の大幅買い越し、D証券は ▲10,937枚の大量売り越しだった。説明するまでもないが、A証券の典型的 な順張り注文は、「恐怖で売り・安堵で買い」である。A証券を利用した投資 家の損失は、そのままD証券の顧客の収益に化けている(グラフ14)。急騰局 面の買いが儲かる確率は、極めて低い。腕に覚えがある人が、「トランプ・パ ーティ」に参加することは否定しない。短期で大幅利喰いの可能性もあろ う。しかし、安易な売買は、欧州系D証券の顧客、即ちヘッジファンドの肥や しになるだけだ。慎重対処が肝要だ。 (グラフ14) 相反する先物手口となった 国内証券と外国証券 (円) 日経平均と先物(日経平均)手口 (枚) 35,000 18,000 30,000 17,500 25,000 17,000 日経平均(右) 20,000 16,500 15,000 10,000 16,000 国内A証券(左) 外国D証券(左) 5,000 15,500 0 15,000 -5,000 藤戸 則弘 投資情報部長 14,500 -10,000 (出所)AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成 -15,000 14,000 10/11 10/18 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 11 10/25 11/1 11/9 【重要な注意事項】 (本資料使用上の留意点について) ・ 本資料は当社が信頼できると考える情報ベンダーから取得したデータをもとに作成されておりますが、機械作業 上データに誤りが発生する可能性があります。当社はその正確性、完全性を保証するものではありません。ここに 示したすべての内容は、当社の現時点での判断を示しているに過ぎません。本資料は、お客様への情報提供の みを目的としたものであり、特定の有価証券の売買あるいは特定の証券取引の勧誘を目的としたものではありま せん。本資料にて言及されている投資やサービスはお客様に適切なものであるとは限りません。また、投資等に 関するアドバイスを含んでおりません。当社は、本資料の論旨と一致しない他のレポートを発行している、或いは 今後発行する可能性があります。本資料でインターネットのアドレス等を記載している場合がありますが、当社自 身のアドレスが記載されている場合を除き、アドレス等の内容について当社は一切責任を負いません。本資料の 利用に際してはお客様御自身でご判断くださいますようお願い申し上げます。 (利益相反情報について) ・ 当社および関係会社の役職員は、本資料に記載された証券について、ポジションを保有している場合がありま す。当社および関係会社は、本資料に記載された証券、同証券に基づくオプション、先物その他の金融派生商品 について、買いまたは売りのポジションを有している場合があり、今後自己勘定で売買を行うことがあります。また、 当社および関係会社は、本資料に記載された会社に対して、引受等の投資銀行業務、その他サービスを提供 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