ぶらり加古川

「鈴木商店と加古川」
来 年 神 戸 港 開 港 150 年 を 迎 え る の を 機 に 、 総 合 商 社 鈴 木 商 店 が 注 目 を
浴 び て い ま す 。明 治 7 年 (1874)、砂 糖 商 と し
て神戸・弁天浜で創業し、名番頭金子直吉の
才覚と「お家さん」こと女主人鈴木よねの決
断力で、明治・大正期の一時は「天下三分」
のくだりが示すように大財閥三井、三菱を圧
倒し日本一の売り上げのある総合商社の勢い
が あ り ま し た 。世 界 40 カ 所 に 支 店 を 置 き 、樟
脳業、製糖業、鉄鋼業、人造絹糸業など当時
60 社 を 超 え る 企 業 を 抱 え る 総 合 商 社 と し て 君
臨しました。現在も鈴木商店ゆかりの企業と
して、神戸製鋼所、サッポロビール、双日、
商船三井、帝人、昭和シェル石油、大日本明
治製糖、鈴木薄荷などが企業活動を行っています。
鈴 木 商 店 本 体 は 米 の 買 占 め を 疑 わ れ 、 米 騒 動 の さ な か 、 大 正 7 年 (1918)
8 月 12 日 本 店 ( 旧 ミ カ ド ホ テ ル 、 J R 神 戸 駅 近 く ) に 約 2 万 人 の 群 衆 が 殺
到・焼 き 打 ち に 遭 い 、灰 塵 と 化 し ま す 。そ の 後 の 昭 和 時 代 初 期 の 金 融 恐 慌 に
よって破綻してしまいます。
さ て 、そ の 鈴 木 商 店 の 女 主 人 鈴 木 よ ね が 所 有 し て い た と 伝 わ る 十 三 重 塔 が
平 岡 町 二 俣 の 圓 明 寺 に あ り ま す 。な ぜ 、こ こ に あ る の か は 定 か で は あ り ま せ
ん。
ぶらり加 古 川 第 40 号
平 成 28 年 11 月