感性工学でワクワクする

2016
11
Journal of Industry-Academia-Government Collaboration
Vol.12 No.11 2016
特集
https://sangakukan.jp/journal/
感性工学でワクワクする
■
顔を魅力的に見せるマスク
■
産学官による感性研究と社会実装 精神的価値が成長する感性イノベーション拠点
■
ボディーソープ・シャンプーボトル形状の感性工学
腎臓病・透析患者の生活の質を向上させる
低カリウム野菜の水耕栽培方法の開発と普及
究極の有機EL発光技術で
ディスプレーの未来を変える
巻 頭 言
日本発の細胞シート再生医療の世界展開に向けて
―サイエンスとビジネスの懸け橋を目指す―
橋本せつ子 ……… 3
特 集
感性工学でワクワクする
CONTENTS
顔を魅力的に見せるマスク
産学官による感性研究と社会実装
精神的価値が成長する感性イノベーション拠点
坂本和夫 / 松本知也 ……… 7
ボディーソープ・シャンプーボトル形状の感性工学
小森政嗣 / 横山卓未 …… 11
付加価値の高いモノづくりに貢献する放射光施設
あいちシンクロトロン光センター
竹田美和 …… 14
腎臓病・透析患者の生活の質を向上させる
低カリウム野菜の水耕栽培方法の開発と普及
小川敦史 …… 20
究極の有機EL発光技術でディスプレーの未来を変える
安達淳治 …… 23
ヘドロ浄化剤フルボ酸鉄シリカで干潟を再生しアサリを復活させる
渡辺亮一 …… 28
世界初紙製容器でできた大容量非常用マグネシウム空気電池
熊谷枝折 …… 33
産学官金連携で白キクラゲ生産地域ブランド確立を支援
野瀬真治 …… 36
視点 / 編集後記
2
河原純一郎 ……… 4
Vol.12 No.11 2016
…… 39
巻
頭
言
■日本発の細胞シート再生医療の
世界展開に向けて
―サイエンスとビジネスの懸け橋を目指す―
橋本 せつ子
はしもと せつこ
株式会社セルシード 代表取締役社長
株式会社セルシード(以下「当社」
)は東京女子医科大学発の「細胞シート工学」を基盤技術とし、
細胞シート再生医療の普及を目指して 2001 年に設立された。当社はいわゆる大学発ベンチャー企
業であり、細胞シート再生医療の普及を推進する「細胞シート再生医療事業」と、細胞シート工学
の基盤ツールである温度応答性細胞培養器材、およびその周辺製品の研究開発・製造・ 販売を行
う「再生医療支援事業」の二つの事業を展開している。私が当社に入った 2014 年当時、創業 13
年を経ていたが、フランスで実施していた角膜治療法の開発を中断し、資金不足のためリストラを
実施するなど厳しい経営状況にあった。
私は大学で生化学、分子生物学を専攻した後、外資系のバイオ企業で海外の技術や製品を日本に
導入する仕事をしてきた。ちょうどタンパク質を医薬品とする「バイオ医薬品」が勃興してきた時
代と重なり、バイオテクノロジー産業においても他の産業でいわれるように「日本はサイエンスで
勝って、ビジネスで負ける」状況を目の当たりにした。常々、こうした事態が生じる原因を考え、
いずれは日本の優れた技術・製品を世界に発信したいと考えていた。縁あってセルシードに入り、
日本で開発された「細胞シート工学」という画期的な技術を世界に展開する機会を得たと考えている。
政府は再生医療を日本の将来を担う成長産業と位置付け、2014 年 11 月に再生医療新法を施行
し、世界に先駆けて再生医療の産業化の促進を図っている。こうした社会環境の変化を受けて、こ
の 2 年で当社は事業を大きく変換した。まずは温度応答性培養器材の「再生医療支援事業」を拡
大し、収益構造を改善すること、食道および軟骨の細胞シートを最優先品目として開発することを
決め、ことしの夏には日本で食道再生上皮シートの治験を開始した。さらに細胞培養施設を新設
し、人員も増やし、海外展開に向け事業戦略を練っている。しかしながら、小さい組織で試行錯誤
を繰り返し、培養器材の製造販売、細胞シートの臨床開発、細胞培養施設の建設など、多岐にわた
る課題を解決しながら「ダーウィンの海」を泳ぎ切るのは容易なことではない。ベンチャーが直面
する問題を経験した立場から、今後ベンチャー育成に有効な支援について提案していきたい。
バイオテクノロジー産業は、研究者の経験、直感に基づく暗黙知の要素が強く、さらにさまざま
な異なるサイエンスの知識を複合的に組み合わせる必要があり、サイエンスとビジネスの間に立ち
ふさがるバリアーは他の産業よりも大きい。バイオベンチャーを成功させるには、サイエンスとビ
ジネスという異なるドメインの「言語」と「知識」を理解する「二つのレセプター」を持つ人材が
懸け橋となることが不可欠であると考えている。人材の育成に向けた産学官の連携がますます重要
となっている。大学発ベンチャーである当社が、一日も早く再生医療製品の承認を得て実績を示す
ことが、ベンチャー育成の動きを促進するためにも重要であると責任を痛感している。
Vol.12 No.11 2016
3
特集
感性工学でワクワクする
顔を魅力的に見せるマスク
顔は人間が社会的生活を送る上で最も重要な身体部位の一つである。顔は感情
や思考の状態を表す。また、他人の泣き顔を見れば悲しくなるように、自動的に
その顔を模倣し、共感する窓口でもある。このように社会的には重要な役割を持
つ顔をわざわざ隠してしまう衛生マスク(以下「マスク」
)であっても、利用者
は多い。日本国内の市場規模は 2015 年度の小売ベースで 535 億円、日本全体
の 20 ~ 69 歳の中で、約 7 割に使用経験があるといわれる(ユニ・チャーム株
式会社調べ、2016 年 9 月)
。
河原 純一郎
かわはら じゅんいちろう
■連携のきっかけ
筆者はマスクを着用した顔の魅力知覚を研究している。もともとの専門は認知
北海道大学 大学院文学
研究科 心理システム科学
講座 特任准教授
心理学で、自動的に注意を引きつける要因について調べていた。魅力が高い顔ほ
ど注意の引きつけ効果が大きいことから、顔研究にも関心を持った。同時に、講
義中にマスクをしている学生が多いことに気付き、マスク顔の認知研究を始め
た。その研究の一環として、次のような研究発表をきっかけに、女性の顔を魅力
的に見せるマスクの製品評価にも関与することになった。
■マスクは魅力を上げる?下げる?
人々は、マスクが見た目に与える影響について、それぞれの意見を持っている
ようだ。筆者が福山大学の宮崎由樹講師と行った研究** 1 では、マスクをするこ
とで、かえって見た目の魅力が上昇すると思っている人が半数近くいた。その一
方で、マスクをしている人の健康について印象を尋ねると、半数が不健康である
と感じていた。それでは、具体的に顔を見たときに、マスクはどのように見掛け
の魅力に影響するだろうか。
実験では、魅力の異なる 3 グループ(魅力が高い、平均的、低い)の顔画像を
用意した。これらにデジタル処理をして、同じ人物が白いマスクをした場合とし
ていない場合の顔画像を用意した。被験者にこのどちらかを一つずつ見てもらい、
それぞれの人物の見た目の魅力を 1(非常に低い)から 100(非常に高い)で評
定してもらった。実験の結果、マスクの影響はもともとの顔の魅力によって異
なっていた。魅力がもともと高い人では、魅力は大きく低下した。平均的な魅力
を持つ人も、マスクで魅力は低下した。一方、魅力が低い人ではマスク着用の影
響はほとんどなかった。すなわち、白いマスクをしても魅力は上がらなかった。
このマスク効果は、二つの要因から起こっていると筆者らは考えた。一つは平
均化である。魅力の高い顔はマスクによって良い点が隠れ、魅力の低い顔は欠点
4
Vol.12 No.11 2016
** 1 Miyazaki, Y., & Kawahara,
J. The Sanitary-Mask
Effect on Perceived Facial
Attractiveness. Japanese
Psychological Research.
2016, vol. 58, no. 3,
pp. 261-272.
特集
が隠れる。そのため、魅力の違いが減る(図 1 左)
。もう一つは不健康さである。
先述の通り、白いマスクは不健康のサインとなり、全体的に魅力を下げる(図 1
中)。この 2 要因が足し合わさって、魅力の高い人ほど白いマスクが魅力を下げ
てしまうことを説明できる(図 1 右)。
図 1 マスクが見た目の魅力に与える効果
■魅力を上げるために
マスク着用で魅力が下がる効果を研究発表したところ、ユニ・チャームの開発
担当者から打診があり、マスクが魅力を上げる要因を探しているとのことであっ
た。そこで、お互いの関心の一致から共同研究を始め、ピンク色のマスクが魅力
に及ぼす影響を調べることになった。もともと、赤色を服装や写真背景に用いる
と、血色の良さを連想させ、他の色に比べて女性の見た目の魅力が上がることが
知られていた。従って、ピンクをマスクの色として用いることで不健康さが払拭
(ふっしょく)され、魅力の向上効果が得られると考えた。どのようなピンクに
するかについては、ユニ・チャームで慎重な検討が重ねられた。心理実験の結果、
ピンク色のマスクは白色マスクに比べて、女性の顔の見た目の魅力を上げること
が分かった(図 2)** 2。
** 2 Miyazaki, Y., Ito, M.,
Kamiyama, R., Shibata,
A., & Kawahara, J. Effects
of a sanitary mask on
perceived facial size
and attractiveness.
International Meeting of
the Psychonomic Society
2016, Granada.
図 2 ピンク色のマスクが魅力に及ぼす影響(左)、共同研究で筆者らが関与した製品(右)
Vol.12 No.11 2016
5
■製品開発に心理学が果たす役割
自分が製品を見た印象、使って感じることは主観的な体験であり、その体験は
自ら理解できていると考えがちである。しかし、マスクをつけたときの見た目の
印象という単純なことでさえ、主観と実際は異なっていた。製品開発をする側か
らすれば、「人はこう感じるはず」というメンタルモデルをもとに企画・設計を
進めるが、そのメンタルモデルは必ずしも正確ではない。先入観を取り払って心
理学の手法で客観的に測定することで、今回のマスクが魅力に及ぼす効果のよう
に、新たに発見できることがある。こうした一見地道に見えることでも、結果と
しては製品開発のスピードを上げ、事実に基づいた判断ができるようになる。心
理学には、こうした直感と実際のずれを測定する技術があるが、研究者側からす
れば、それらの技術が具体的に製品開発のどのような点に貢献できるか見えにく
い。心理学研究と製品開発が上手くかみ合った例として、今回のケースが知られ
るとうれしく思う。
■今後の展開
顔の魅力に関する研究は、多くの蓄積もある。一方で、マスクの日常的な利用
は、ごく最近始まったもので、しかも日本を中心とするアジア諸国で急激に広
まっている。そのため、マスク着用にどのような影響があるかはほとんど知られ
ていない。マスクが生み出す効果は思った以上に大きいようだ。さらに、他の色
のマスク着用で生じる効果、マスクを着用することで、小顔に見せる効果がある
ことなどが分かった** 3。今後は見た目だけでなく、着用した人の認知機能に影
響が生じる可能性などにも研究を展開してゆきたい。
6
Vol.12 No.11 2016
** 3 宮崎由樹 , 伊藤資浩 , 神山
龍一 , 柴田彰 , 河原純一郎 .
顔の大きさ知覚に及ぼす衛
生マスク着用効果 . 日本認
知 心 理 学 会 第 14 回 大 会 .
2016-06.
特集
感性工学でワクワクする
特集
産学官による感性研究と社会実装
精神的価値が成長する感性イノベーション拠点
■ COI プログラムについて
文部科学省が 2013 年度に開始した「革新的イノベーション創出プログラム
(COI STREAM)
」では、10 年後の社会で想定されるニーズを検討し、そこか
ら導き出されるあるべき社会の姿、暮らしの在り方(ビジョン)を設定した。
本プログラムは、このビジョンを基に 10 年後を見通した革新的な研究開発課
題を特定し、革新的なイノベーションを産学連携で実現することを目指したもの
で、以下に示す主な特徴を有する最長 9 年間の事業である。
坂本 和夫
さかもと かずお
・社会のあるべき姿を描いた上で、取り組むべき研究開発課題を設定する
「バッ
クキャスト」型の研究開発
・大学や企業の関係者が一体となって研究開発に取り組む「アンダーワンルー
広島大学 感性イノベー
ション研究推進機構 特任
教授
フ」の産学連携
■精神的価値が成長する感性イノベーション拠点
これまでの「モノづくり」は、
「より効率的で安価な大量生産」
「より便利」を
追求してきた。その結果、われわれの周囲には「モノ」があふれ、欲しい時にす
ぐに手にできる便利な社会になった。その一方で、グローバル化による競争激化
などに起因するうつ病の急増、毎年 2 万人を超える自殺者の発生など、必ずし
も幸せな社会とはいえない現状がある。
本拠点では、従来型の「モノの豊かさ」から、精神的価値が成長する「こころ
の豊かさ」へのパラダイムシフトを基本コンセプトに、
「モノ」と「こころ」が
松本 知也
まつもと ともや
広 島 大 学 感 性イノベー
ション研究推進機構 URA
調和する「こころ豊かな社会」の実現を目指している(図 1)
。そのために、本
拠点では最新の脳科学を応用して、
「人と人」
「人とモノ」を感性(こころ)でつ
なぐ Brain Emotion Interface(BEI)の開発をコア技
術として取り組んでいる。客観的に評価することが困難
とされていた「ワクワク」
「イキイキ」
「きれい」などの
感性を可視化(見える化)し、定量化することで、個人
の感性やニーズなどに対応した製品、サービスが提供で
きるようになる。
BEI の開発、社会実装のためには、多くの優れた研究
者の知恵と企業の力を結集する必要がある。本拠点は、
広島大学とマツダ株式会社を中核に、大学共同利用機関
法人自然科学研究機構生理学研究所(以下「生理研」
)
と株式会社エヌ・ティ・ティ・データ経営研究所を中心
図 1 こころとモノの豊かさの変遷
Vol.12 No.11 2016
7
としたグループ ( 生理研 COI-S 拠点 )、静岡大学と浜松ホトニクス株式会社を
中心としたグループ ( 光創起 COI-S 拠点 ) をはじめ、総勢 20 を超える大学、研
究機関、企業が参画している。広島大学の脳・感性研究を核に、生理研の優れた
知覚研究と光創起 COI-S の独創的な光技術を融合することで、革新的な BEI の
実現を目指す。
■基礎研究を社会実装につなげる
感性を脳内のネットワークの視点で正しく理解するため、機能的核磁気共鳴
(fMRI)などを用いた基礎研究に取り組んでいる。しかし、COI のミッション
である社会実装化を実現するためには、基礎研究に取り組むだけでは十分ではな
い。本拠点では、基礎研究を社会実装につなげるためにさまざまな取り組みを
行っている。以下に、その取り組みを紹介する。
①ビジョンと研究開発の方向性の設定
本拠点を構成している 20 以上の多様な機関が一丸となって BEI の実現に取
り組むために、拠点ビジョン(目指す姿)や研究開発の方向性を提示し、そ
れを全機関で共有しながら取り組んできた。fMRI を用いた基礎研究で感性の
可視化が実現したとしても、家の中や車の中などの社会実装環境では、fMRI
で感性情報を取得することはほとんど不可能である。従って、社会実装環境
において fMRI に代わって感性情報を取得できる代用特性(生理情報や顔表
情、音声からの感性情報取得など)の開発と、その代用特性と fMRI を関連
付ける技術の開発も必要になる。これらの技術以外にも、取得した感性情報
に基づいた製品、サービスを提供するためには、感性モデルや感性制御シス
テムの開発、およびこれらモデルやシステムを織り込んだ Human Machine
Interface(コミュニケーションシステム)の開発も必要である。また、感性
は経験、記憶に影響を受けるため、同じ状況でも人によって生じる感性は異
なる(ある商品を見ても気に入る人と気に入らない人がいるなど)
。従って、
人をタイプ別にグループ分けしてモデル化するユーザーモデルの開発も重要にな
る(図 2)。
感性モデルの開発では、研究者によ
る 研 究 成 果 で あ る「 理 論 モ デ ル 」 と、
理論モデルを各企業がビジネスで使える
ようにするための「社会実装モデル」に
分けて扱っている。通常、理論モデルは
限局された条件下の研究成果から導き出
されたもので、そのまま企業が利用して
も価値を生み出さない。企業は、理論
モデルを正しく理解した上で、自社に
あった社会実装モデルを構築する必要が
ある(図 3)
。
8
Vol.12 No.11 2016
図 2 本拠点における取り組み技術とその関係性
特集
もう一つ重要な要素が、技術と技術の
つながりである。各研究者は担当している
領域に特化した研究を行いがちで、優れた
研究成果を出したと思っていても、受け皿
になる後工程の技術に研究成果が移転でき
ず、結局、社会実装につながらないという
結果になることが少なくない。本拠点で
は、そのようなリスクを最小化するため
に、図 2 の矢印に相当する部分に分科会
を設置し、後工程に渡すために前工程です
図 3 理論モデルと社会実装モデルの関係
べきこと、前工程の成果を受け取るために
後工程ですべきこと、さらにはお互いに協力してすべきことを前後の研究者が共
有して、自分の研究活動の方向付けをしていく取り組みを行っている。
②先行開発対象の設定
イノベーション実現のためには、研究機関における研究と企業における社会実
装開発を両輪で進めることが重要である。企業は基礎研究の成果を正しく理解
し、使いこなす必要がある。しかし、脳科学の基礎研究と一般的な企業の開発と
はギャップが大きく、また業種によってもそのギャップの大きさや質が違うこと
から、これらのギャップを埋める取り組みが必要となる。
そこで、ある程度閉じた
空 間 で、 視 覚、 聴 覚、 触
覚、体性感覚、感性の可視
化など、多くの企業で必要
図2
とする要素技術の社会実装
開発を並行して行える車を
先行開発対象に設定し、①
の各研究成果の社会実装開
発 を 行 う こ と に し た。 こ
の開発を通じて明ら か に
なった各研究成果の応用の
仕方、効果や課題を全参画
企業と共有した上で、各社
が使える技術をピックアッ
プして応用する 2 段階の
プロセスを取っている。こ
図 4 KANSEI コンソーシアムの機能と構成メンバー
れらをスムーズに行うため
に、参画企業集団で構成される KANSEI コンソーシアムを立ち上げた(図 4)
。
③基礎研究者とエンジニアの連携
①、②に加えて、研究成果の社会実装化を図るには、基礎研究者と企業の直接
Vol.12 No.11 2016
9
図 5 本拠点におけるアンダーワンルーフ活動概略
的な連携が不可欠である。しかし、本プロジェクトは、基礎研究と社会実装の
ギャップが大きく、共同で研究開発作業をするだけではなかなか技術の移転がで
きない。これまで広島大学、生理研とマツダが取り組んできたアンダーワンルー
フ活動の概略を図 5 に示す。基礎研究に取り組んでいる研究機関が蓄積してき
た知見やツールを具体的に紹介する一方、企業は社会実装において困っている具
体的な課題を提示して、どの研究成果をどのようにすれば企業が使えるか、企業
の課題解決のためには研究の方向性をどうしたらいいか、お互いに正直ベースで
議論する場を定期的に設定している。これにより、研究機関は企業の課題を詳し
く知ることで社会実装を念頭においた基礎研究の方向付けができ、企業は基礎研
究の成果をその効用と限界を意識しながら実際に開発に適用することができる。
このサイクルによって、研究機関は将来の社会実装につながる先端基礎研究
に、企業は基礎研究を製品開発に応用することで革新技術の開発につなげていく
ことができるものと考えている。
これら三つの試みを有機的に連携することで、基礎研究と社会実装開発の両輪
を効率的かつ効果的に進めることができる。
■今後に向けて
脳科学の基礎研究を社会実装につなげることを目指した本拠点での試みを、産
学連携の視点で紹介してきた。BEI が実現できれば、モノづくりの領域だけでな
く衣食住、教育、医療などのあらゆる領域に革新を生み出すものと考えている。
また「感性」は、英語でも「KANSEI」と書くように、それ自体が日本特有のも
のである。BEI を実現することで、心豊かな社会の実現を目指すとともに、日本
発の世界的な「KANSEI マーケット」の創出にも貢献したい。
10
Vol.12 No.11 2016
特集
感性工学でワクワクする
特集
ボディーソープ・シャンプーボトル形状の
感性工学
■ボトルデザインはなぜ大切なのか
店頭でシャンプーを購入するときのことを想像してほしい。消費者は幾つかの
選択肢の中から、自らのニーズ(例えば、自然なものが良い、さっぱりしたい、
しっとりしたいなど)に合ったシャンプーを選ぼうとするだろう。
しかし、当然ながらシャンプーをその場で実際に使用することはできない。そ
こで消費者は、パッケージデザインを手掛かりにして、自らが求める特性を持つ
シャンプーを選ぶことになる。そのとき、もし製品の特性やコンセプトがパッ
ケージデザインに明確に反映されていれば(つまり、パッケージから「自然派で
ある」
「さっぱりできる」
「しっとりできる」というイメージを喚起することがで
小森 政嗣
こもり まさし
大阪電気通信大学 情報
通信工学部 教授
きるならば)
、消費者は容易に商品の特性を把握することができるだろう。初めて
その商品を購入する消費者にとって、パッケージデザインは商品を選択するため
の重要な「手掛かり」になるのである。ボディーソープやシャンプーの場合、パッ
ケージデザインの中でもボトルの形状デザインは重要な手掛かりの一つである。
今日では比較的自由なボトルの造形が可能になったこともあり、さまざまな
メーカーから多様なボトル形状のボディーソープ・シャンプーが発売されている。
そのような状況の中、いかにしてボトルの形状から商品のコンセプトに合ったイ
メージを消費者に喚起できるかが商品開発の鍵となってくる。
クラシエホームプロダクツ株式会社は、クラシエグループでトイレタリー・コ
スメティックス部門の商品の開発、製造、販売を担っており、
「ナイーブ」
「いち
髪」などのボディソープ・シャンプーを主力商品としている。
ビューティケア研究所は、このクラシエホームプロダクツの R&D(研究開発)
横山 卓未
よこやま たくみ
クラシエホームプロダクツ
株式会社 ビューティケア
研究所 研究員
部門である。研究所はこれまで高い技術力で多くのヒット商品を生み出してきた
が、今後はこれまでの蓄積を生かしながらも、より強いブランドを確立していき
たいという意識を持っていた。強いブランドとは、消費者が商品に関して体系的
な知識を持ち、一貫性のあるイメージを形成しているブランドといえるだろう。
このようなブランドを生み出し、育てていくには、まず商品コンセプトを起点と
した、一貫性のある「モノ創り」が必要となる。われわれは、商品コンセプトを
ボトルの形、ロゴ、香り、官能、機能といった要素にブレイクダウンして、それ
ぞれを適切に設計していくことで、一貫性のあるイメージを消費者に与える商品
の開発ができると考えている。ここでは、ボトル形状デザインに対する感性工学
的アプローチを中心に、クラシエホームプロダクツ・ビューティケア研究所にお
けるこれまでの商品開発の取り組みを紹介したい。
Vol.12 No.11 2016
11
■印象を評価する「ものさし」の作成
人の感性に根差した
「モノ創り」
を行うためには、まず、私たちが製品のイメー
ジの違いをどのように捉えているのかを測るための「ものさし」
(心理学では「尺
度」と呼ばれる)が必要になる。われわれがまず取り組んだのは、ボディーソー
プのイメージを測るための「ものさし」の作成である。
ディスカッションや予備調査を重ねた結果、19 個の形容詞対を用いた質問で
構成されるボディーソープ印象評価シートを作成した。このようなシートを作成
することで、人がボディーソープに対して持つイメージを漏れなく調査すること
が可能になる。このシートを用いて、さまざまなブランドのボディーソープボト
ルのイメージの調査を行った結果、クラシエホームプロダクツの一部商品では商
品コンセプトを十分に消費者には伝えられていないことが明らかになった。
■女性らしいボトル形状は女性の体の形に
では、どのような形状デザインにすれば、商品コンセプトを消費者に伝えるこ
とができるだろうか。
「女性らしいボトル」
、「家族向きのボトル」とはどのよう
な形なのか可視化することができれば、商品の特性やイメージを反映したパッ
ケージデザインを行うプロセスにおいて、有効なデザイン支援手法となり得る
だろう。
従来、感性工学的なデザイン支援手法においては、形状は何らかのカテゴリー
変数(例えば丸、四角といった分類)として扱い、数量化理論などに基づき解析
されることが一般的であった。しかし複雑な形状の違いを十分に網羅できるカテ
ゴリーを構成し、またそれらのカテゴリーに客観的に分類することは容易ではな
い。また、このような方法ではイメージから形状を合成することも難しい。
そこで、われわれはまず物体の輪郭形状を多変量データに変換することがで
きる、楕円フーリエ解析 (Elliptic Fourier
Analysis) を用いて、ボトル形状の分析お
よび形状とイメージとの関連の検討を行っ
-S.D
主成分得点が負
Mean
平均形状
+S.D.
主成分得点が正
た** 1。市販されている 17 種のボディー
ソープボトルの輪郭形状をスキャンし、そ
** 1 第1主成分
の輪郭形状に対する楕円フーリエ解析で得
られたフーリエ係数に主成分分析を行うこ
とで、ボトルの違いを決定する主要な形
態上の特徴を抽出した(図 1)。その結果、
第2主成分
各主成分はボトルの丸さ、重心の垂直位
置、肩部形状と関連していることが示され
た。さらに、ボディーソープ印象評価シー
トを用いてボトル輪郭形状の印象評価をさ
第3主成分
せた結果、第 1 主成分は
「美しい」
「上品な」
といった印象と、第 2・第 3 主成分は「ア
12
Vol.12 No.11 2016
図 1 ボディソープボトルの主要な形状特徴
小森政嗣、川村智、横山卓
未、森下佳昌 . 楕円フーリ
エ記述子を用いたボディ
ソープボトル形状の分析
と 評 価 . 日 本 包 装 学 会 誌.
2012,vol. 21,no. 6,
p. 479-491.
特集
クティブな」「ユニークな」といった印象と関連していることが示された。また、
さまざまな印象に対応するボトル形状を、フーリエ逆変換によって再構成し、再
構成されたボトル形状と印象の関係を検討した(図 2)
。その結果、再構成され
たボトル形状は意図した印象を与えることができることが示された。
また最近では、3D スキャナーを用いて球面調和関数 (Spherical Harmonics
Function:SPHARM) による、3 次元表面形状モデリングも行っている ** 2。
図 3(b)は市販されている 21 種類のボディーソープボトルの平均 3 次元形状で
ある。この方法を用いると「女性らしい」
「男性らしい」という印象を与えるボ
トルの立体形状を再構成することも可能である(図 3
(a)
、
(c)
)
。ご覧のとおり、
それぞれ成人女性の体型、成人男性の体型と類似していることが分かる。
「女性
らしい」というイメージを喚起するボトル形状は女性の体の形を模したものだっ
たのである。
図 2 印象から合成されたボトル輪郭形状(ベースは「ナイーブ」)
** 2 Miyawaki, R., Komori, M.,
Kokubo, K., Nagaoka, C. &
Yokoyama, T..Analysis of
3D Shapes of Liquid Soap
Bottles Using Spherical
Harmonics.Proc. The 2nd
International Symposium
on Affective Science and
Engineering (ISASE 2016),
A4-4, Mar 22, 2016,
Tokyo, Japan.
図 3 印象から合成されたボトル立体形状
■開発サイドからのデザインの提案
ここで紹介した研究は、あくまでも印象とデザインの関係を大まかに示すもの
でしかなく、再構成されたデザイン形状は、そのまま市販できるレベルのもので
はない。しかしこれらの研究を通して、R&D サイドからエビデンスに基づいて
ボトルデザインの提案を行っていこうという意向は確実に高まったといえる。そ
して 2016 年 3 月、ビューティケア研究所が主導して、ボトルデザインを行っ
たシャンプー「ココンシュペール」が市販されるに
至った(図 4)。「ココンシュペール」は女性をター
ゲットとしたパーソナルユース商品で、エレガント
な女性の全身の姿がボトル形状に反映された(すな
わち「女性らしい」という印象を際立たせた)美し
いボトルが好評を博している。
本稿ではボトル形状に関する取り組みを紹介した
が、デザイン要素にはボトル形状以外にも、色やラ
ベルなどさまざまなものが存在する。今後は形状だ
けでなくボトルの色、香り、機能も含めて検討を
行っていき「ブランドとして一貫性のあるモノ創り」
を支援する手法を確立させていきたい。
図 4 ビューティケア研究所がデザインを手掛けた商品
「ココンシュペール」
Vol.12 No.11 2016
13
付加価値の高いモノづくりに貢献する放射光施設
あいちシンクロトロン光センター
あいちシンクロトロン光センター(以下「当センター」
、写真 1)は、物質・
材料のさまざまな特性を分子や原子レベルで解析できる、ナノテク研究に不可欠
な最先端の計測分析施設である。付加価値の高い「モノづくり」技術を支援する
ため、愛知県が愛・地球博の跡地に整備した「知の拠点あいち」の中核施設とし
て、2013 年 3 月に供用を開始した。
光源装置および 6 本のビームラインなどを含め、総額約 72 億円の建設費を、地
域の産業界からの寄付や愛知県および国からの補助金で賄った。運営は、地域の産
竹田 美和
たけだ よしかず
学行政(愛知県)の連携協
力の下、産業利用を主目的
公益財団法人科学技術
交流財団あいちシンクロ
トロン光センター所長
に公益財団法人科学 技 術
交流財団が行っている** 1、
。現在は 8 本の共用ビー
2
ムラインが稼働しており、
あいちシンクロトロン光センター
2017 年度からさらにもう
1 本のビームラインを供用
開始予定である。また昨年
度、 当 施 設 初 の 企 業 専 用
ビームライン(株式会社デ
ンソー)が建設され、今年
度から利用を開始した。
あいち産業科学技術総合センター
写真 1 知の拠点あいち外観
平らな建物があいちシンクロトロン光センター、その左に隣接するのがあ
いち産業科学技術総合センター。東部丘陵線(リニモ)の駅前に立地する。
■シンクロトロン光とは
シンクロトロン光(Synchrotron Radiation)とは、真空中を光速で直進す
る電子が、強い磁石によりその進行方向を変えられた際に発生する光(電磁波)
のことで(図 1)、太陽光の 1 万倍か
ら 100 万 倍 の 桁 違 い に 明 る い 光 で、
指向性が高く広がらない赤外線から硬
X 線(エネルギーが高くて透過性の強
い X 線)までの広い波長領域を途切
れることなくカバーできるという特徴
を持つ。「放射光」あるいは単に「光」
と呼ばれることもある。
最先端の科学研究や応用技術の分
析・解析に用いることができることか
ら、世界各国で精力的に建設され利用
されている。
14
Vol.12 No.11 2016
図 1 シンクロトロン光の発生部の模式図
電子は真空中を走行する。電子の偏向角は合計で 360°
と
するので、一周して元に戻る。周回を長時間繰り返すので、
図 2 のように蓄積リングと呼ばれる。
** 1 高嶋圭史 ,加藤正博 ,渡邉信
久 ,保坂将人 ,竹田美和 ,山
根隆 , 曽田一雄 . 中部シン
クロトロン光利用施設(仮
称 ) 計 画 . 放 射 光 . 2008,
vol.21,no.1,pp.10-19.
** 2 竹田美和 ,渡邉信久 ,高嶋圭
史 ,加藤政博 ,保坂将人 ,伊
藤孝寛 , 山本尚人 , 曽田一
雄 ,桜井郁也 ,原玲丞 ,八木
伸也 ,竹内恒博 .中部シンク
ロトロン光利用施設の建設
がスタート .放射光 .2010,
vol.23,no.2,pp.88-95.
* 1
図 2 光源加速器とビームラインの配置
光源加速器は、直線加速器、ブースターリング、蓄積リングからなり、超伝導偏向電磁石 4 台、常伝導偏向電磁石 8 台、
挿入光源(アンジュレータ)を持つ。ビームラインは開設当初は右側の 6 本、順次増設され現在は 10 本(うち 1 本は
企業専用)で運転。加速器群は遮蔽(しゃへい)壁の中にあり、発生する放射線を閉じ込める。壁外にはビームラインを
通じて光だけが出る。各ビームラインは独立に利用できる。
■建設に至った経緯
「中部地区に小型で使い勝手の良い放射光施設が必要」という声に、1991 年
に名古屋大学で小型放射光施設の検討を開始した。2000 ~ 01 年の 2 年間に
「超
小型放射光源とその産業応用に関する研究会」
(科学技術交流財団の研究会事業)
で検討を重ねた結果、当地域の産業界に放射光(シンクロトロン放射による電磁
波)のパワー・ユーザーが多数存在し、地元に適正規模の施設があるべきとの強
い要望があることが分かってきた。そして、小規模で硬 X 線も利用できる光源
が必要だという要望を受け、さまざまな光源の設計や検討の後、電子蓄積エネル
ギーは 1.2GeV * 1 とし、エネルギーが高く透過力の強い X 線の硬 X 線は、5T
(テ
スラ* 2)の超伝導偏向電磁石(superbend:sb)4 台を配置することで、10 本程
度のビームラインを取り出せる設計とした。また、8 台の常伝導偏向電磁石とと
もに蓄積リングを構成し、16 本の軟 X 線ビームラインも取り出せる。
長直線部にはアンジュレータ(挿入光源)を備えているため、3 種類の光源
を持つ** 1、2。加えて、放射光施設だけでなく、補完するさまざまな分析機器や
共同研究室などの併設配置を行うことで、研究開発の促進を図る「光科学ナノ
ファクトリー構想」を 2004 年に提案し、地域の産業界からも強い関心が寄せら
れた** 2、3、4。
電子一つが 1V の電圧で加
速されたときに獲得するエ
ネルギーを 1eV と書き、1
電子ボルト(エレクトロン
ボルト、electron volt)と
呼ぶエネルギーの単位。
* 2
テ ス ラ(tesla) 記 号 は T、
磁束密度の単位。磁束密度
(じそくみつど)、磁束の単
位面積当たりの面密度のこ
とだが、単に磁場と呼ばれ
ることも多い。 磁束密度は
ベクトル量で、
記号 B で表
されることが多い。 国際単
位 系(SI) で は テ ス ラ (T)、
もしくはウェーバ毎平方
メートル(Wb/m2)。
** 3 高嶋圭史 . 名古屋大学小型
放 射 光 源 の 仕 様 . NSSR シ
ン ポ ジ ウ ム . 名 古 屋 大 学 .
2004-6-4.
** 4 Y o s h i f u m i T a k a s h i m a
et al . Nagoya University
P h o t o - S c i e n c e
NanofactoryProject.AIP
Conference Proceedings.
2007,vol.879,pp.75-78.
** 5 I n d u s t r i a l S y m p o s i a .
The 16 th International
C o n f e r e n c e o n X - r a y
A b s o r p t i o n F i n e
S t r u c t u r e . K a r l s r u h e .
2015-8-23/28.
Vol.12 No.11 2016
15
一方、愛知県においても産学行政による付加価値の高い「モノづくり」技術の
** 6 Yoshikazu Takeda. XAFS
beam lines at Aichi SR
C e n t e r d e d i c a t e d t o
industrial use. The 16 th
International Conference
o n X - r a y A b s o r p t i o n
Fine Structure. IS-O-09.
Karlsruhe.2015-8-23/28.
研究開発拠点を検討していたことから、
「光科学ナノファクトリー構想」を取り
入れ、2006 年度の「知の拠点構想」の中で、
「不可欠な先端研究・実験施設(小
型シンクロトロン光利用施設)
」として位置付けた。
これに基づき、地域の産業界から寄付を募りつつ、2009 年に愛知県が土地造
成費、建設費を計上し、2010 年の文部科学省の地域産学官共同研究拠点整備事
* 3
業の採択を受け、整備を開始した。また、小型シンクロトロン光利用施設や中部
超 伝 導 科 学 技 術 研 究 会 第 42 回シンポジウム .タワー
ホール船堀 .2016-4-21.
シンクロトロン光利用施設などの仮称を用いていたが、最終的に「あいちシンク
ロトロン光センター」
(略称「あいち SR」
)とした。
■利用状況
公共等
8%
2013 年度の利用数は 1,061 シフト(1 シフトは 4 時間、1 日 2 シフト制)
大学
18%
で、2014 年度は 1,409 シフト(対前年比 33%増)
、2015 年度は 1,618 シ
フト(対前年比 15%増)と年々利用が増加している。
要因は、産業利用コーディネーターによる利用促進活動や、文部科学省の
先端研究基盤共用・プラットフォーム形成事業を活用した成果公開型無償利
用制度による企業ユーザーの活用事例の公開である。さらには、初心者向け
産学共同
5%
中小企業
10%
のシンクロトロン光活用講習会や実地研修、初級・中級者向けの測定手法別
大企業
59%
図 3 利用者の構成(2015 年度)
講習会などを開催し、ユーザーへのアンケート調査によりハード・ソフト両
面にわたるニーズを把握し、それに真摯(しんし)に対応してきたことが
東北・四国
・中国
近畿
2%
7%
挙げられる。
産業利用は全体の 74%(大企業 59%、中小企業 10%、産学共同利用 5%)
を占める。この比率は世界的にも突出しており、産業利用を主目的にした施
関東
19%
設の設計と運用が適切であることの証明となっている(図 3)
。また、この
産業利用率の高さは国際会議でも注目され、2015 年 8 月にドイツで開催さ
中部(愛知県
除く)
10%
れた XAFS 国際会議で産業利用シンポジウムが企画され、あいちシンクロト
愛知県
62%
ロン光センターの活動がシンポジウム後半の議論のベースとなった** 5、6。
産業利用の多くが硬 X 線ビームラインである。これは、超伝導偏向電磁
石を用いたことによるコンパクトながら硬X線が利用できる装置設計にある
と考えている。
図 2 に示した 10 本のビームラインのうち 7 本が硬 X 線
ビームラインである。超伝導偏向電磁石の用い方が秀逸であ
ること、高い稼働率と産業への貢献の高さが評価され、第
20 回超伝導科学技術賞が授与された* 3。
愛知県内企業の利用件数は全体の 62%を占め、愛知県を
含めた中部地域の利用は 72%となっている。この結果は、
構想段階に把握した地域の産業界からの強い要望を裏付ける
こととなった。また、他の放射光施設を有する関東地域から
は 19%、近畿地域からは 7%の利用もあり、全国規模で利
用されている(図 4)。
16
Vol.12 No.11 2016
図 4 地域別企業ユーザーの利用状況
(2015 年度)
機械
1%
繊維
1%
ゴム製品・樹脂
1%
食料品・ヘルスケア
4%
調査・分析
サービス
4%
金属・鉄鋼
3%
化学
6%
電気機器・
電子部品
10%
ガラス
・窯業
・土石
13%
その他
4%
輸送用機器
53%
図 5 産業分野別利用状況(2015 年度)
産業分野別で見ると、当地域の特長である輸送用機器が最も多く 53%を占め
ているが、その他、地場産業である窯業やガラス、土石、繊維などもある。また
電子部品や化学、ヘルスケアなど幅広い分野に活用されている(図 5)
。
■主な成果事例
当センターの企業による利用実験は、すべて有償成果非公開である。無償とする
代わりに実験成果を公開してもらう「成果公開型無償利用制度」により企業の利用
事例(表 1)を収集し、成果発表会など、あらゆる機会を通じ紹介している* 4。
表 1 平成 27 年度の分野別利用事例
最先端の二次電池に関する課題から、地域ならではのユニークな課題までさまざまな産業分野で活用されている。
【自動車・次世代自動車分野】
* 4
成果公開型の利用事例に
つ い て は、 ホ ー ム ぺ ー ジ
(http://www.astf-kha.jp/
synchrotron/publication)
の成果報告書に詳しく掲載
されています。
摩擦攪拌(かくはん)接合による異材接合体接合界面の放射光分析 [ 自動車ボディ部品 ]
アトム窒化処理を施した鋼表面の状態分析 [ 加工工具の硬化 ]
リチウム電池スピネル型正極材料の電子構造・結晶構造解析 [ 二次電池 ]
リチウム空気二次電池の電極/電極液界面構造の解析 [ 二次電池 ]
全固体電池高容量化のための全固体電池の固体・固体界面現象の解明 [ 二次電池 ]
ステンレス鋼不動態被膜の構造解析 [ 防食処理 ]
スズメッキ上酸化被膜の化学状態分析 [ メッキ ]
【エレクトロニクス分野】
シリコン基板上ビスマス薄膜のスピン偏極電子構造の解明 [ 半導体 ]
Si 基板上窒化物半導体と絶縁体との界面における電子状態の解析 [ 半導体 ]
XAFS および XPS による還元した酸化グラフェン薄膜の電子構造解析 [ 半導体 ]
中性子計測のための APLF ガラスの光学計測評価 [ センサー ]
【繊維・陶磁器産業分野】
銀ナノ粒子担持抗菌繊維における銀化学状態の解析 [ 繊維抗菌加工 ]
東京国立博物館本館に使われた鉄釉窯変調瓦の製造技術の解明 [ 陶磁器 ]
【食品分野】
愛知県産酒造好適米「夢吟香」の米粒によるでんぷん構造解析 [ 酒 ]
貝殻焼成物を利用した樹脂プレートにおけるカルシウムの化学構造の変化 [ 抗菌トレー ]
【化学・化粧品分野】
水溶液のミセル構造解析と化粧品製剤の安定評価 [ 化粧品 ]
肌荒れ改善効果メカニズムの解明 [ 化粧品 ]
3次元培養皮膚モデルの品質評価法の確立 [ 化粧品 ]
【環境分野】
パーライト/ゼオライト/ TiO2 複合体中の Ti の局所構造解析 [ 建築資材 ]
塩化揮発法によるアルカリ金属の除去と XAFS 構造解析 [ 放射性物質の減容化 ]
社寺建築で再利用される古木材の応力負荷下 XRD 測定 [ 建築資材 ]
CNT における原子状酸素起因の構造劣化に対する XAFS 分析評価 [ 構造材料 ]
例えば、「リチウム電池スピネル型正極材料の電子構造・結晶構造解析」
の場合、
脱化石燃料や環境問題から、車のハイブリッド化、燃料電池車、電気自動車な
ど EV 化は必至である。本実験課題はその一環であるが、ここでは、リチウムイ
オン電池の充放電における価数変化(図 6)や格子定数変化(図 7)の、その場
(in situ)測定の例を示す。現在では、無くてはならない測定手法である。
また、「ステンレス鋼不動態被膜の構造分析」の場合は、ステンレス鋼表面の
不動態膜は耐腐食性の鍵である。例えばステンレス鋼材の SUS304 の不動態膜
は金属酸化膜であるが、条件によってさまざまな相を形成し、その構造は明らか
Vol.12 No.11 2016
17
** 7 図 6 正 極材料 Li1-xNi0.5Mn1.5O4 における充電過程
の Ni の価数変化
放電過程では逆の方向に進む。このような「その場」測定
が一般的手法となっている。
図 7 図 6 と同じ正極材料の充電過程における格子
定数変化の「その場」測定
でなかった。ここでは、当センターの複数の測定手法(XAFS、
清水皇 , 伊東真一 , 浅井英
雄 ,宮川敏彦 ,武藤正誉 ,梶
川俊二 . 放射光X線分光を
駆使したステンレス鋼表面
における自然不動態被膜の
構造解析 .表面科学 .2016,
vol. 37, no. 9, pp. 422428.
XPS)を用いて、界面、膜内、表面の三層構造を決定した。ま
ず、XAFS により Cr(クロム)を中心とする原子配位を決定し、
XPS によりOの結合原子を決めた。これらの成分について、
入射エネルギー 650eV の XPS で表面付近の成分比を、入射
エネルギー 1486.6eV の XPS で膜内の成分比を、入射エネル
ギー 3000eV の XPS で下地の SUS304 との界面付近の成分
比を測定した(図 8)。その結果、図 9 のようなネットワーク
構造であることを初めて明らかにした** 7。これらの知見は今
後の不動態膜の形成の指針となるものである。
愛知県産酒造好適米「夢吟香」の米粒によるでんぷん構造解
析の事例では、消費者の本物志向・安全志向、地酒、地産・観
光製品の拡充、輸出の拡大などから、原料米、酒造適合米が注
目されており、科学的解析を通じたでんぷん構造の普遍性、酒
造工程におけるでんぷんの構造変化などを追及し、育種・品種
選抜に応用する。
優れた酒造好適米の要件として、心白と呼ばれるでんぷん構
造を有することが清酒製造において重要な役割を果たしてい
図 8 不動態膜中のネットワーク成分
下から界面付近、膜内、表面付近。
る。この構造を捉えるため、各種酒米から米一粒を取り出し、
小角 X 線散乱と広角 X 線散乱を測定した。その結果、図 10
に示すように、q=4.0(nm-1) 付近に明確なピークが現れ、品
種ごとに明瞭な差異が見いだされた。これを手掛かりに、酒造
工程(吸水、蒸し、麹)、酵素分解(もろみ)におけるでんぷ
ん構造の変化を米粒のレベルで追跡する。
■技術の進歩に遅滞なくレベルアップを
シンクロトロン光施設は、わが国のみならず世界的に見て学
18
Vol.12 No.11 2016
図 9 O-Cr-OH ネットワークと Cr2O3 による層構造
図 10 各種酒造好適米の小角 X 線散乱プロフィール
術利用が主目的である。産業利用、地域利用を主目的とする施設は、当センターと
九州シンクロトロン光センターのみと理解している。ことに当センターは世界有数
の産業立地のど真ん中にある施設として、産業利用の割合も頻度も極めて高い。
冒頭で述べたように、当センターは産学官(愛知県)の連携で建設し運営して
おり、ある意味理想的で美しい連携である。これ無くして当センターの実現はな
かった。
しかしながら、それぞれの文化的・習慣的な背景を持つ人々の集まりで運営す
るには常に合意形成を要し、単一文化の環境下では無いはずのプロセスが生じ
る。これは、議論をしながら意思疎通を図っていく以外にない。もちろん、お互
いに学ぶところも多々ある。
一方、産業利用を主目的とした先行する施設は前例がない。つまり教科書も参
考書もないので、自ら考えながら運営する以外にない。参考にできる施設もある
が、あくまで参考であって、そのまま移行しても整合しない。オリジナリティー
の高い発想を求められることを、運営を経験してみて痛感した。計画段階から、
産業界の意見に真摯に耳を傾け、応えていく姿勢が重要である。寄付も募り、地
域で作った施設なので、わが施設と思っていただいている企業も多いということ
もあり、大変率直な意見と要望を頂いた。これは供用開始後から現在まで続いて
おり、測定周辺機器から施設全体まで、改善の駆動力となっている。
当センターは供用開始から 4 年目に入ったところであり、まだまだ補完すべ
きハードとソフトは多い。これは光源からビームライン、測定機器、技術者まで
すべての面にわたる。また、年々技術は進歩しており、遅滞なくレベルアップす
ると同時に、先見性を持って準備に掛かる必要もある。
当センターは小規模な施設であるが、通常の計測機器に比べると桁違いの精度
と性能を持つ* 5。われわれの希望は、この施設を日常的に使いこなし、圧倒的
な基礎力を持ってわが国の産業が勝ち進んでほしいということである。
* 5
ビームラインや利用方法な
どの詳細はホームページ
(http://www.astf-kha.jp/
synchrotron/userguide/)
をご覧下さい。
Vol.12 No.11 2016
19
腎臓病・透析患者の生活の質を向上させる
低カリウム野菜の水耕栽培方法の開発と普及
■腎臓病患者の現状と食生活
2011 年時点で世界の腎臓病・透析患者数は約 216 万人で、1980 年からの
31 年間で約 13 倍に増加している。日本では 31 万 4180 人である(2013 年末
現在)。腎臓病予備群を含めると、世界では数百万から数千万人いると推測され、
今後透析患者はさらに増加すると考えられている。さらに、透析に至る原疾患の
中で糖尿病性腎症の割合が増加しており、食生活の変化に伴う世界の糖尿病患者
数の増加を見ると、特に急速な経済発展を遂げているアジア地域において、透析
患者数が増加すると想像される。
カリウムは食事から体内に摂取されるが、腎臓病・透析患者は体内のカリウム
小川 敦史
おがわ あつし
秋田県立大学 生物資源科
学部 生物生産科学科 教授
を十分に排出することができないため、摂取量を 1,500 ~ 2,000mg に制限しな
いと不整脈により心不全を起こす可能性がある。多くの野菜にカリウムが含まれ
ているため、腎臓病・透析患者は野菜の生食を極力控え、摂取する際には水にさ
らしたりゆでたりしてカリウムを除去する必要があるが、新鮮重当たりのカリウ
ム含有量を減少させることはできても、カリウムを完全に溶脱できるわけではな
く、その一部を除去する程度である。例えば、ホウレンソウの新鮮重 1g 当たり
のカリウム含有量は生葉で 7mg、ゆでた葉では 5mg である。水にさらしたりゆ
でたりすることにより、カリウム以外のミネラルや水溶性ビタミンが溶脱、分解
する。さらに野菜には多くの食物繊維が含まれるが、腎臓病・透析患者は野菜の
摂取が制限されているため食物繊維不足になり、便秘に悩まされるなど、カリウ
ム以外にも野菜摂取の制限による弊害は多い。
■望まれる「低カリウム野菜」とは
このような腎臓病・透析患者の食生活を踏まえると、一定新鮮重当たりのカリ
ウム含有量が極力少ない野菜と比較して、収穫時のカリウム含有量が少ない「低
カリウム野菜」を栽培することが可能になれば、腎臓病・透析患者にとって朗報
であると考えた。低カリウム野菜を水にさらしたりゆでたりすることでカリウム
の含有量をさらに減らすことができる上に、摂取量に制限はあるが、生食できる
可能性もある。
一方で、カリウムは植物の必須元素の一つであり、生理的機能は、細胞内で物
質代謝が正常に行われるための原形質構造の維持や、pH、浸透圧調節にカリウ
ムイオンとして作用していると考えられている。従って、植物体内のカリウムを
過剰に減少させることで植物体内の恒常性の維持が不可能になり、生育障害を起
こすと考えられる。
そこで筆者らの研究グループでは、カリウム欠乏による生育障害を起こすこと
なく植物体内の恒常性を維持し、通常栽培と同じ生育を示しながら、かつ従来の
20
Vol.12 No.11 2016
●参考文献
1. Care FM. Annual Report
2011. 2011.
2. 一般社団法人日本透析
医学会 統計調査委員会 . 図
説 わが国の慢性透析療法の
現況 2013 年 12 月 31 日現
在 . 日本透析医学会 , 2013,
p. 3-12.
3. R. C. Atkins, P. Zimmet,
World Kidney Day
Steering Committee
(International Society of
Nephrology/International
Federation of Kidney
Foundations), et al . we
must act on diabetic
kidney disease. Diabetic
kidney disease: act now
or pay later. Nephrology
Dialysis Transprantation.
11 March 2010, vol. 25.
no. 2. p. 331-333.
4. 出浦照國 . 腎不全がわ
かる本 食事療法で透析を遅
らせる . 日本評論社 , 2002,
235p.
5. 小川洋史 , 小野正孝 . 透
析 ハ ン ド ブ ッ ク( 第 3 版 )
よりよいセルフケアのため
に . 医学書院 , 2000, p. 7583.
6. 香川芳子 . 五訂食品成分
表 2002. 女子栄養大学出版
部 , 2002, 94p.
方法で栽培したものよりカリウム含有量が少ない野菜の栽培方法を検討した。可
7. 山崎耕宇 , 杉山達夫 , 高
橋英一 , 茅野充男 , 但野利
秋 , 麻 生 昇 平 . 植 物 栄 養・
肥 料 学 . 朝 倉 書 店 , 1993,
217p.
食部の生育に影響を与えることなく、可食部のカリウムを減少させることで、安
心して食べることができるようになると考えられる。
8. 高橋英一 , 前嶋一宏 , 岡
崎美晴 . カリウム供給量をか
えて土耕栽培した葉菜類に対
するナトリウムの施用効果 .
日本土壌肥料学雑誌 , 1997,
vol. 68, no. 4. p. 363-368.
■低カリウム野菜の栽培方法の確立に関する研究
葉菜類で比較的カリウム含有量の多いホウレンソウを試験材料として、水耕法
で栽培した。「栽培期間を通して水耕液中のカリウム施肥を制限した処理区」と
9. H. Tomemori, K.
Hamamura, K.Tanabe.
Interactive Effects of
Sodium and Potassium
on the Growth and
Photosynthesis of Spinach
and Komatsuna. Plant
Production Science. 2002,
vol. 5. no. 4, p. 281-285.
「栽培期間の途中から水耕液中のカリウム施肥を制限した処理区」を設定したと
ころ、「栽培期間を通して水耕液中のカリウム施肥を制限した処理区」と比較し
て「栽培期間の途中から水耕液中のカリウム施肥を制限した処理区」でのカリ
ウム含有量の減少が大きく、対照区では新鮮重 1g 当たり 7.97mg であったカリ
ウム含有量が 1.71mg で、79%の減少が認められた(図 1)
。このとき、カリウ
ム施肥量を減少させた各処理区において、収穫時の可食部の新鮮重、葉数、含水
の途中から養液中のカリウム施肥量を制限すること
で、可食部の生育を維持しつつ、収穫時のホウレン
ソウ可食部のカリウム含有量を減少させることが可
能であることが明らかになった。
収穫時の重さ(g)
は認められなかった(表 1)。この結果、栽培期間
カリウム含有量(mg/g FW)
率、および葉緑素計値は対照区と比較して有意な差
5
0
対照区
栽培方法を他の葉菜にも適応できるか検討したと
ころ(図 2)
、
(A)リーフレタス、
(B)サンチュ、
(C)
コマツナの各植物において、収穫時の各処理区にお
けるカリウム含有量は、対照区では新鮮重 1g 当た
り(A)3.71mg、(B)3.93mg、
(C)4.23mg だっ
た。一方、低カリウム区では、
(A)1.03mg、
(B)
1.54mg、(C)1.32mg と有意に減少し、対照区の
(A)28%、(B)42%、
(C)31%であった。この
15
10
5
0
低カリウム区
対照区
低カリウム区
図 1 低カリウム処理がホウレンソウのカリウム含有量(左)と新鮮重(右)
に与える影響
新鮮重 1g あたりに含まれるカリウム含有量および新鮮重。図中の縦線は標準誤
差を示す。参考文献 10 より改変引用。
表 1 低カリウム処理がホウレンソウの新鮮重、葉数、相対含水率、葉緑素
計値に与える影響
各値は平均値±標準誤差を示す。両処理区間で有意な差は認められなかった。
参考文献 10 より改変引用。
対照区
低カリウム区
とき新鮮重、乾物重、および含水率は、対照区と比
新鮮重(g/ 株)
15.1 ± 1.97
15.8 ± 2.26
較して、低カリウム区では各指標において有意差が
葉数(枚 / 株)
14.4 ± 0.872
14.0 ± 0.316
相対含水率(%)
92.9 ± 0.236
93.1 ± 0.279
葉緑素計値
43.5 ± 1.46
43.7 ± 1.30
さまざまな葉菜におい
減少させることが可能で
ある。トマトのような果
菜(かさい)でも、栽培
方法と水耕養液環境の制
御によって低カリウム化
が可能である。
(A)
カリウム含有量(mg/g FW)
しつつカリウム含有量を
(B)
リーフレタス
4
3
3.71
2
***
1
0
1.03
対照区
低カリウム区
カリウム含有量(mg/g FW)
て、可食部の生長を維持
サンチュ
3
3.93
2
***
1
1.54
0
対照区
コマツナ
(C)
4
低カリウム区
カリウム含有量(mg/g FW)
認められなかった。このほかにも水耕栽培が可能な
5
4
4.23
3
2
***
1
1.32
0
対照区
低カリウム区
図 2 低カリウム処理がリーフレタス、サンチュ、コマツナにおけるカリウム含有量に与える影響
各値は、新鮮重 1g 当たりに含まれるカリウム含有量、図中の縦線は標準誤差を示す。*** は、t 検定で対照区と比較して
0.1%水準で有意差があることを示す。参考文献 12 より改変引用。
Vol.12 No.11 2016
21
■低カリウム野菜の実用化における現状と課題
国の補助金制度もあり、近年、植物工場は安定供給
が可能となり、高い安全性・生産性などの点から注目
されている一方で、運営にかかるランニングコストが
問題になっている。そのため通常の野外農業ではな
く、植物工場でしか栽培できない高付加価値で高機能
性を持つ作物の生産が求められている。ここで紹介し
た腎臓病患者のための低カリウム野菜は、栽培方法の
特性から、一般の土壌での栽培はできず、水耕法によ
る栽培が必要である。従って「植物工場でしか栽培で
写真 1 市販されている低カリウムレタスの例
写真提供:左からドクターベジタブルジャパン株式会社、富士通ホーム&オフィス
サービス株式会社、メディカルドライブフーズ株式会社
きず、高付加価値、高機能性を持つ」という条件に当てはまり、現在までに栽
培特許を持つ秋田県立大学に、100 社を超える企業から栽培に関する問い合わ
せをいただいている。その結果、秋田県立大学と全国の十数社の間で特許実施許
諾が結ばれ、実際に全国の植物工場での栽培ならびに販売が始まっており、腎臓
病・透析患者の QOL(生活の質)の向上に貢献している(写真 1)
。また、こ
の方法で栽培した低カリウム野菜は、通常の水耕栽培のものより味や食感が良い
と感じる意見が多く、今後は腎臓病・透析患者だけでなく、野菜が苦手な子ども
や一般の消費者への供給も期待できる。
低カリウム野菜の実用化はようやく軌道に乗り始めたばかりで、今後解決しな
ければならない問題も残されている。一つは、販売されている低カリウム野菜の
ほとんどがレタスであるということである。レタスは植物工場で栽培しやすいた
め多く栽培されているが、多種の葉菜で低カリウム化が可能であるため、多くの
種の実用化が望まれる。さらに、まだ栽培方法が確立されていないカリウム含有
量の高いイチゴやスイカなどの「野菜的果物」やイモ類などの低カリウム化に向
けての研究が必要である。また、必要としている人への情報や商品が行き届いて
いないというマーケティング面の課題も残されている。
■低カリウム野菜の普及に向けて
低カリウム野菜が腎臓病患者に向けた野菜であるという側面を持つ以上、栽培
という「農学」の視点だけでなく、体にどのような影響を及ぼすかという「医学」
や「栄養学」などの視点からも消費者に分かりやすく説明し普及していくために、
幅広い分野横断的な研究や情報交換が必要となる。その一環として
「研究開発者・
栽培者・臨床関係者及び利用者相互の交流を促進、野菜の低カリウム含有量化に
関する研究の推進及び栽培応用技術の発展、低カリウム野菜に関して腎臓病患者
や関係者への情報提供、および医療的知見の取得に協力することによる腎臓病患
者の QOL の向上」を目的として、秋田県立大学を中心に「全国低カリウム野菜
研究会」を設立し、2016 年 3 月 6 日に秋田市で第 1 回シンポジウムを開催した。
第 2 回は 2017 年 3 月 5 日に東北大学星陵会館医学部開設百周年記念ホール(星
陵オーディトリアム)において開催予定である。
22
Vol.12 No.11 2016
10. 小川敦史 , 田口悟 , 川
島長治 . 腎臓病透析患者の
ための低カリウム含有量ホ
ウレンソウの栽培方法の
確立 . 日本作物学会紀事.
2007, vol. 76, no. 2. p.
232-237.
11. A. Ogawa, T. Eguchi.
K. Toyofuku. Cultivation
Methods for Leafy
Vegetables and Tomatoes
with Low Potassium
Content for Dialysis
Patients. Environmental
Control in Biology. 2012,
vol. 50, no. 4, p. 407-414.
12. 小川敦史 , 江口敬子 ,
田口悟 , 豊福恭子 . 低カリ
ウム含有量葉菜およびその
栽培方法 . 特許公開 2011036226.
13. 小川敦史 , 田口悟 . 低
カリウムホウレンソウお
よびその栽培方法 . 特許第
4792587 号 .
究極の有機 EL 発光技術で
ディスプレーの未来を変える
株 式 会 社 Kyulux( キ ュ ー ラ ッ ク ス ) は、 九 州 大 学 の 安 達 千 波 矢 教 授 ら の 研
究 成 果 で あ る 熱 活 性 化 遅 延 蛍 光(TADF:Thermally Activated Delayed
Fluorescence)の実用化を目指し、2015 年に設立された大学発ベンチャーであ
る。現在、15 人を超える陣容で、九州大学伊都キャンパスを核に構築された産学
官連携クラスターを活用し、TADF を応用した発光技術の HyperfluorescenceTM
の開発を進めている。
安達 淳治
あだち じゅんじ
■有機 EL 発光材料
有機 EL 素子内で電子と正孔が再結合すると、スピン統計則に従い、一重項励
起* 1 状態:S1(図 1 左)と三重項励起状態:T1(図 1 右)が 1 対 3 の割合で生
、T1 から S0 に戻る場
成される。S1 から基底状態:S0 に戻る際の発光が「蛍光」
合の発光が「リン光」と呼ばれる。この発光を実現する有機半導体材料をそれぞ
れ、蛍光材料、リン光材料と呼ぶ** 1 。
蛍光(芳香族)
h+
低い効率(<25%)
ローコスト
材料設計の自由度大
深い青色発光
e-
25%
25%
蛍光
項間交差
Intersystem
crossing
(ISC)
リン光(イリジウム錯体)
高効率(~100%)
ハイコスト
75% 材料設計に制限がある
深い青色発光
100%
リン光
株式会社 Kyulux 代表取締役 CTO
* 1
励 起( れ い き ): 量 子 力 学
において、原子や分子など
の粒子があるエネルギーを
もった定常状態に、外部か
らエネルギーを与えて、よ
り高いエネルギーを持つ定
常状態に移すことをいう。
** 1 安達千波矢編 . 有機半導体
の デ バ イ ス 物 性 . 第 1 版 ,
講談社 ,2012,p.79-80.
** 2 Tang,C.W.;VanSlyke,S.
A.Organic
e l e c t r o l u m i n e s c e n t
diodes. Applied Physics
Letters.1987,vol.51,no.
12,p.913-15.
** 3 1990 年代に実用化された。蛍光材料は芳香族有機化合物であるため、材料設計
Baldo,M.A.;Lamansky,S.,
Burrows,P.E.;Thompson,
M.E.;Forrest,S.R.Very
h i g h - e f f i c i e n c y g r e e n
organic light-emitting
d e v i c e s b a s e d o n
electrophosphorescence.
Applied Physics Letters.
1999,vol.75,no.4,p.4–6.
に無限の自由度があり、これまで光の三原色である赤(R)
、緑(G)
、青(B)を
** 4 図 1 有機 EL 発光の基本原理(蛍光とリン光)
1987 年に発表された有機蛍光材料は、第 1 世代の発光材料とも呼ばれ** 2、
はじめ、さまざまな発光色が実用化されている。また材料のコストも安いという
特長がある。しかしながら、生成される励起状態の 4 分の 1 しか利用できないた
め、内部 EL 量子効率は最大で 25%という欠点を持っている。
一方、1999 年に発表された第 2 世代の有機発光材料であるリン光材料** 3 は、
レアメタルであるイリジウムなど重金属との金属錯体(さくたい)であり、室温
でリン光発光を実現した。さらに 2001 年には、S1 のエネルギーを T1 に遷移させ
Adachi, C.; Baldo, M. A.,
Thompson,M.E.;Forrest,
S.R.Nearly100%internal
p h o s p h o r e s c e n c e
efficiency in an organic
l i g h t e m i t t i n g d e v i c e .
J o u r n a l o f A p p l i e d
Physics.2001,vol.90,p.
5048–5051.
Vol.12 No.11 2016
23
る Inter System Crossing を利用することで、内部 EL 量子効率 100%を達成し
* 2
電子ボルト:エネルギーの
単位。
た** 4。この研究に大きく貢献したのが、当時プリンストン大学の研究員であった
安達千波矢教授である。このリン光材料は現在スマートフォンの一部に用いられ
ている有機 EL ディスプレーを中心に赤色、緑色の発光材料として広く実用化さ
** 5 Uoyama, H.; Goushi, K.;
Shizu, K., Nomura, H. ;
Adachi,C.Highlyefficient
organic light-emitting
d i o d e s f r o m d e l a y e d
f l u o r e s c e n c e . n a t u r e .
2012, vol. 492, p. 234–
238.
れている。しかし、青色の発光材料は実用化できておらず、現在でも効率の低い
蛍光材料を用いている。また、イリジウムなどのレアメタルを使用すると、材料
コストが高くなり、大量普及を阻害し安定供給という面で課題を残している。
■熱活性化遅延蛍光:TADF
2009 年、内閣府が創設した最先端研
究開発支援プログラム(FIRST)の中
心研究者の一人に安達教授が選定され、
九州大学は研究支援担当機関として、新
S1、T1のエネルギーレベルを
コントロールする材料設計
革新的な発光材料を創生
たに最先端有機光エレクトロニクス研究
TADF
(純粋な有機化合物)
高い効率(100%):蛍光の4倍
ローコスト:リン光の1/10
材料設計の自由度大
深い青色発光を実現
センター(以下「OPERA」)を開設し
た。安達教授を OPERA のセンター長
N
NC
として「スーパー有機 EL デバイスとそ
果 2012 年 12 月に開発に成功したのが、
第 3 世代の発光材料 TADF である。
100%
S1 - T1間ゼロギャップ
N
N
の革新的材料への挑戦」をテーマに、の
べ 200 人の研究者が結集した。その結
CN
N
Nature, 492, 234 (2012)
**5
TADF は材料設計に工夫を凝らすこ
とで、通常 0.5 〜 1.0 eV * 2 といわれて
図 2 第 3 世代の発光材料 TADF の原理と特長
いた S1 と T1 のエネルギー準位の差⊿ Est を小さくして T1 から S1 へのエ
ネルギー移動を可能にし、S1 からの蛍光発光を実現した(図 2)
。
九州大学では、この材料設計手法により、内部 EL 発光効率がほぼ
100% の発光効率を示す新しい発光分子のカルバゾリルジシアノベンゼ
ン誘導体による緑色発光分子を創出し、内部 EL 量子効率で、ほぼ 100%
を達成した ** 5。さらに、2014 年には青色発光の TADF においても内
部 EL 量子効率 100%を実現した ** 6。これにより、TADF は第 2 世代
のリン光材料が実現できなかった高効率の青色発光を実現した。また、
TADF はレアメタルを必要としない芳香族有機化合物であるため、蛍光
材料と同様の低コストである。その上 100%近い内部 EL 量子効率を同時
に実現する発光材料でもあり、実用化への期待が大きい(写真 1)
。
■高効率、高純度発光色、低コストを実現
上述のように画期的な特性を有する TADF であるが、ディスプレーに応用す
るには課題があった。それが、発光スペクトル幅が広いという性質である。ディ
スプレーは RGB の発光色から種々の色を作りだす。このとき重要なのが RGB
24
Vol.12 No.11 2016
写真 1 TADF 有機 EL パネル
** 6 Z h a n g . Q . ; L i , B . ,
Huang, S.; Nomura, H.;
Tanaka, H.; Adachi, C.
Efficient blue organic
l i g h t - e m i t t i n g d i o d e s
e m p l o y i n g t h e r m a l l y
a c t i v a t e d d e l a y e d
f l u o r e s c e n c e . N a t u r e
photonics, 2014, vol. 8,
p.326-332.
蛍光
金属電極
ー
-
電子輸送層
成
成
ホスト
ホスト
発光層
発光層
TADF
ゲスト1
(励起子生成)
ゲスト1(励起子
子
生)
発光
発光
エネルギー準位
エネルギー準位
電子注入層生
S1
S1
透明電極(ITO)
透明電極(ITO)
蛍光発光
蛍光発光
+
+
+
+
T1
2.30eV
2.18eV
ゲスト2
(発光)
ゲスト2(発光)
蛍光
ホール注入
入/輸送層
ホール注入/輸送層
TADF
Hyperfluorescence
Hyperfluorescence
Molecule
Molecule
PXZ-TRZ
PXZ----TRZ
Fluorescence
Fluorescence
Molecule
Molecule
TBRb
TBRb
ー
-
2.23eV
FRET
励起子をTADFのS1から
蛍光材料のS1に移す
T1
1.14eV
S0
S0
ガラス基板
ガラス基板
励起子生成
図 3 HyperfluorescenceTM 究極の発光原理
の色純度であり、この色純度を高くするにはスペクトル幅の狭い発光が必要と
なる。この特性においては蛍光材料がリン光材料、TADF に比べ優れているが、
発光効率が低く、有機 EL ディスプレーにとっての課題となっている。
2014 年、九州大学ではこの課題を解決する方法として、TADF と蛍光材料を
組み合わせ、TADF が高効率に励起子* 3 を生成し、励起子のエネルギーをフェ
ルスターエネルギー移動
*4
により近隣の蛍光材料に遷移させ、蛍光材料が発光
。この発光技術は、
するという画期的な発光メカニズムを開発した ** 7(図 3)
蛍光材料が有するスペクトル幅の狭い高純度な発光色を、内部 EL 量子効率ほぼ
100%で実現するだけでなく、さらに低コストをも兼ね備えた究極の発光技術で
ある。内部 EL 量子効率 25%が物理限界といわれていた蛍光材料を、4 倍の効
率で発光させるという観点から HyperfluorescenceTM と命名した。
この HyperfluorescenceTM による
Hyperfluorescence
発光は、高効率、高純度発光色、低コ
トがある。それが高輝度発光、低消費
電力である。図 4 に示す各発光原理
の発光スペクトルの比較図で説明する
発光強度(a.u.)
ストだけでなく実用面で大きなメリッ
◆狭スペクトラム
色純度の高い発光
◆高い発光強度
TADFおよび
リン光
◆幅広スペクトラム
色のぼやけた発光
◆中くらいの発光強度
蛍 光
と、HyperfluorescenceTM の 発 光 ス
◆狭スペクトル
色純度の高い発光
◆低い発光強度
ペクトルは、蛍光材料の発光スペクト
ルと同じ幅であるが、効率が 4 倍で
あるため発光輝度も 4 倍となる。一
方、リン光材料、TADF の発光スペ
* 3
半導体または絶縁体中で電
子と正孔の対がクーロン力
によって束縛状態となった
もの。
* 4
近接した 2 個の色素分子ま
たは発色団の間で、励起エ
ネルギーが電磁波にならず、
電子の共鳴で直接移動する
現象。
** 7 Nakanotani, H.; Higuchi,
T.; Furukawa, T.; Masui,
K.;Morimoto,K.;Numata,
M.; Tanaka, H.; Sagara,
Y.; Yasuda, T.;Adachi,
C . H i g h - e f f i c i e n c y
organic light-emitting
diodes with fluorescent
e m i t t e r s . N a t u r e
C O M M U N I C A T I O N S ,
2014,vol.5,no.4016.
波長
図 4 発光原理とスペクトル、発光輝度の比較
クトル幅は HyperfluorescenceTM に比べ幅が広くなる。このとき 3 種類の発光
は全て効率が 100%であるとすると、スペクトル曲線で囲まれた部分の面積は
等しくなる。この時 HyperfluorescenceTM はスペクトル幅が狭いため、高さ=
輝度が高くなる。つまり同じ量の電気を流す場合では、HyperfluorescenceTM
は輝度が高く、直射日光を受ける屋外使用時の視認性が高くなる。一方、屋内や
夜間の利用では、発光輝度を下げても視認性は維持できるので、消費電力を小さ
くできる。この特性はスマートフォンなど携帯機器の大きなメリットとなると同
時に、今後屋外での新たなアプリケーション開発につながることが期待される。
Vol.12 No.11 2016
25
■ワールドクラスの研究開発クラスターとの連携で実用化
時間と高価な設備が必要な先端材料開発では、ベンチャー企業 1 社で TADF、
HyperfluorescenceTM の実用化を進めるのは困難である。そのため、事業の成
功確率を高めるには、産学官の連携が非常に重要になる。その点、九州大学、福
岡県、福岡市は密に連携し、2010 年の OPERA 開設当初から世界トップクラス
の R&D クラスターを構築してきた。
2013 年には、公益財団法人福岡県産業・科学技術振興財団が経済産業省の支
援を受け、「技術の橋渡し拠点」として有機光エレクトロニクス実用化開発セン
ター(i3-OPERA)* 5 を開設した。クリーンルーム、研究開発向け有機 EL デバ
イス作製装置、寿命評価装置を導入し、量産化に必要不可欠なデバイス構造の
最適化を進めている。また、公益財団法人九州先端科学技術研究所(ISIT)の
有機光デバイス研究室* 6 では、有機半導体のポテンシャルを最大限に発揮でき
る革新的な共通基盤技術の研究開発を行っている。中心となる九州大学 OPERA
は FIRST 終了後、国立研究開発法人科学技術振興機構
(JST)
の ERATO 事業で、
安達分子エキシトン工学プロジェクト* 7 を推進、また文部科学省の「国際科学
イノベーション拠点」* 8 の情報デバイスユニットとして研究陣容、設備の拡充
が進んでいる。
Kyulux は、このクラスター内に開設された福岡市産学連携交流センターに本
社を構え、OPERA とは共同研究を、i3-OPERA とは委託開発を推進している。
また ISIT と連携しながら、施設・設備を活用し材料開発を推進することで、実
用化を加速させている(図 5)。
* 5
ふくおか IST「有機光エレク
トロニクス実用化開発セン
ター」
http://www.i3-opera.ist.
or.jp/(accessed 201611-15)
* 6
九州先端科学技術研究所「有
機光デバイス研究室」
http://www.isit.or.jp/
lab5/(accessed 201611-15)
* 7
科学技術振興機構「安達分
子エキシトン工学プロジェ
クト」
http://www.jst.go.jp/
erato/adachi/(accessed
2016-11-15)
* 8
九州大学OPERA
ふくおかIST i3-OPERA
●内閣府FIRSTプログラム
◆スーパー有機ELデバイスとその革新的材料への挑戦
◆最先端の材料合成、成膜装置、分析・解析装置
●経産省先端技術実証・評価設備整備事業
コンビナトリアル成膜装置
●文科省国際科学イノベーション拠点整備事業
1,000㎡クリーンルーム、ディスプレイ試作ライン
●経産省イノベーション拠点立地推進事業
◆有機光エレクトロニクス実用化拠点
250㎡クリーンルーム
200mm角基板対応量産試作ライン
・基板洗浄~成膜~封止~デバイス評価
150チャンネル寿命試験装置
環境試験装置
Kyulux Inc.
設備利用
●福岡市産学連携交流センター
●福岡県・福岡市国際戦略特区(起業特区)事業を活用
●九州先端科学技術研究所有機光デバイス研究室と連携
●NEDO中堅・中小企業への橋渡し研究開発促進事業採択
●材料合成を中心とした設備導入
◆材料合成・精製装置
◆小型成膜装置
◆材料設計シミュレーション
図 5 ワールドクラスの研究開発クラスター
26
Vol.12 No.11 2016
設備利用
九州大学「共進化社会シス
テムの創成」
http://coi.kyushu-u.
ac.jp/(accessed 201611-15)
■飛躍が期待される有機 EL ディスプレー
有機 EL ディスプレーは液晶に替わる次世代ディスプレーとして期待されてき
たが、高度な製造プロセス技術が必要であること、大面積ディスプレー製造にお
ける歩留まり向上に課題があるなどの理由から、普及が遅れた。その間、日本企
業の多くは事業から撤退し、現在市場を寡占しているのが韓国メーカー 2 社で
ある。このような状況において、昨年、米アップルが 2018 年に有機 EL ディス
プレーを iPhone(アイフォン)に採用するとの報道があってから、韓国メーカー
2 社に加え、日本、台湾、中国のメーカーが量産に乗り出すとの発表が相次い
だ。2020 年には、中小型ディスプレーの半分から 3 分の 2 が有機 EL に置き換
わるといわれている。
この急激な市場の変化に対応して、パネルメーカーだけでなく、装置、材料、
部材の各メーカーを巻き込んで、開発競争が激化している。Kyulux は写真 2 に
示す TADF、HyperfluorescenceTM という革新的な材料を武器に次世代の有機
EL ディスプレーへの採用を目指し、開発体制の強化を行い、パネルメーカー、
周辺材料メーカーとの協働体制の構築を進めている。また、ベンチャー企業に対
する JST をはじめとした国の支援にも大きな期待を寄せている。
写真 2 TADF の PL 発光
最後に、有機 EL ディスプレーは現在進行している IoT(モノのインターネッ
ト)社会の実現において、人と機器・ネットワークのインターフェースとして欠
くことのできないデバイスとなると予測している。われわれ Kyulux は、日本が
得意とする先端材料によって国際競争力強化に貢献できるグローバルベンチャー
となることを目指している。
Vol.12 No.11 2016
27
ヘドロ浄化剤フルボ酸鉄シリカで
干潟を再生しアサリを復活させる
■アサリ漁獲量減少の要因を把握し対策を
有明海では、アサリなどの二枚貝類をはじめ多くの生物が激減している。
1972 年から 2012 年の 40 年間、有明海に面する福岡県、佐賀県、長崎県およ
び熊本県のアサリ漁獲量の推移を図 1 に示す。この図から、有明海のアサリの
漁獲量は 1983 年に約 9 万 5 千トンの漁獲を記録した後、翌年には 5 万トンを
下回るまでに減少し、それ以降減少し続け、ここ 20 年間は 1 万トンにも満たな
渡辺 亮一
い年が多く、近年のアサリの漁獲量減少は顕著となっていることが分かる。この
わたなべ りょういち
ような有明海におけるアサリ漁獲量減少の要因を把握し、対策を講じていくこと
福岡大学産学官連携研究
所水循環・生態系再生研
究所所長
が必要である。
有明海におけるアサリ漁獲量減少の要因は、底質の泥化、貧酸素化、赤潮の発
生などアサリの生息環境の悪化が挙げられる** 1。
100,000
特に、もともと砂干潟であった場所にヘドロが堆積
90,000
していると、アサリなどの二枚貝が生息できない状
いるヘドロを分解し、分解された有機物を干潟に生
息する二枚貝に摂取してもらい、二枚貝が成長した
20,000
10,000
H.24
H.22
H.20
H.18
H.16
H.14
H.12
H.8
H.10
H.6
H.4
H.2
S.63
S.61
0
S.59
そこで、われわれの研究チームは、この堆積して
30,000
S.57
砂や泥による濁水の環境への影響も懸念される。
40,000
S.55
こちらもコストがかかる。どちらも、巻き上がった
熊本県
50,000
S.53
また、底泥を除去する浚渫(しゅんせつ)もあるが、
60,000
S.51
上、砂の量にも限りがあり永続することは難しい。
長崎県
S.49
砂事業が行われているが、膨大なコストがかかる
佐賀県
70,000
S.47
対策として、別の所の海砂を採って海底にまく覆
アサリ漁獲量(トン)
態になっており、早急な底質改善が望まれている。
福岡県
80,000
年
(出典:農林水産省 統計情報 年次別 漁業・養殖業生産統計年報)
図 1 福岡県、佐賀県、長崎県および熊本県のアサリ漁獲量の推移
ら漁業者が干潟から持ち出し(漁獲)
、消費者が自然の恵みとしておいしく食べ
る(消費)という通常の食物連鎖が再生されれば、干潟は再生されるのではと考
え、研究をスタートさせた。この研究では、干潟に堆積したヘドロを分解させる
浄化剤としてフルボ酸鉄シリカ資材を開発し、現在、有明海に面する熊本県玉名
郡長洲町干潟において実証研究を実施している。
■フルボ酸鉄シリカ資材とは
植物の葉や、茎の部分が腐食してできた有機成分のことを腐食物質という。腐
食物質は地球上において土壌や天然水中に広く分布している。環境中で有害化学
物質の挙動性に大きく関与しており、近年、環境科学的見地からその重要性が認
識されている** 2。
腐食物質は水に溶けるフルボ酸と水に溶けないフミン酸に分けられる。フルボ
28
Vol.12 No.11 2016
** 1 アサリ資源全国協議会企画
会 議、 水 産 庁 増 殖 推 進 部、
独立行政法人水産総合研究
センター.“提言 国産アサ
リの復活に向けて(平成 21
年 3 月改訂)”.水産庁.
http://www.jfa.maff.
go.jp/j/koho/pr/
pamph/pdf/asari.pdf,
(accessed2016-11-15).
** 2 松永勝彦.森が消えれば海
も死ぬ―陸と海を結ぶ生態
学.講談社ブルーバックス,
1993,p.53-60.
酸はカルボキシル基(−COOH )やカルボニル基 ( −C=O ) などを有しており、
鉄など多くの金属を結び付ける性質がある。鉄は光合成生物の色素の生合成、呼
吸をつかさどる電子伝達系、硝酸塩などの還元酸素に深く関与している。光合成
生物が摂取できる鉄は、粒状鉄を直接摂取するわけでなく、それからわずかに溶
解した水酸化鉄(Fe(OH)2+)と考えられている。酸素部位で生成した鉄イオン
はこのフルボ酸と結合する** 3。
フルボ酸は植物の葉や茎の部分が腐食することで、腐食物質中に形成される。
このフルボ酸は、土中や水中の鉄とキレート反応を起こし、フルボ酸鉄が生成さ
れる。イオン化された二価鉄でないと生物は吸収できないが、鉄は一般的にすぐ
** 3 松 永 勝 彦. 森 林 起 源 物 質
が海の光合成物質に果た
す 役 割. 日 本 海 水 学 会 誌.
2000,vol. 54,no. 1,p.
3-6.
に酸化し、不可溶性となってしまう。可溶性であるフルボ酸鉄は、イオン化され
た二価鉄の状態で河川水とともに海に運ばれ、海域への鉄供給源として、その重
要性が指摘されている** 4。二価鉄は、光に当たると底泥中の有機成分を分解す
る作用があるとされている。このような作用を光フェントン反応と呼ぶ。フルボ
酸鉄により二価鉄を海域に運ぶことで光フェントン反応が促進し、底泥の浄化作
用が促進するのではと考えられている。現在、流域の開発(生産域の減少)やダ
ムなどの建設(沈殿や消費による減少)により、人為的影響が大きい河川では、
** 4 コヨウ株式会社他.海底ヘ
ドロの環境改善と植物の成
長にも効果有り~フルボ酸
鉄・シリカ含有資材の紹介
~.第 64 回エコ塾説明資料.
2012,p.1-11.
その存在量が少なく海域は鉄不足に陥っている。 代表的な現象としては日本海
沿岸で近年発生している磯焼けで、海岸が炭酸カルシウムを主成分とする白い石
灰藻で覆われ、コンブやワカメなどの有用な海藻の群落が消失するため、漁業に
深刻な影響を与えている。フルボ酸鉄を含んだ水の流入は、植物プランクトンや
海藻の増殖に必要な微量元素の供給源となり、海の磯焼け防止に必要不可欠で
ある** 3。
本研究で用いた「フルボ酸鉄シリカ資材」は、環境改善に不可欠なフルボ酸鉄
を多く含んだ製品である。特徴は、主に木くず、下水汚泥、食品腐敗物などのリ
サイクル原料の発酵処理品と、シリカと鉄からなる添加物を混合し、人工的に容
易かつ安価に製造できる。また、この資材中にはフルボ酸鉄、可溶性シリカ、リ
ンが含まれており、環境改善に必要な成分が含まれている。長洲町干潟で用いて
いるフルボ酸鉄シリカ資材は、フルボ酸鉄・シリカ含有物を生分解性袋(ユニチ
カ製テラマック土のう袋)に 15kg(フルボ酸鉄・シリカ資材 7.5kg、海砂 7.5kg)
入れたものとなっており、わが国をはじめ、さまざまな地域での環境改善の可能
性が期待されている。
■ブレークスルー
2011 年から、コヨウ株式会社(福岡県みやま市)と共同で研究を実施してい
るが、筆者の研究室に、同社の古賀義明氏がヘドロを分解する浄化剤としてフル
ボ酸鉄シリカ資材を持ち込まれたときは、ヘドロが無くなるという表現にかなり
眉唾物(まゆつばもの)の気配を感じていた。
実は、私自身がそれまでにも何件か同じ触れ込みの浄化剤を試す機会があり、
いずれの浄化剤もヘドロを分解し、除去しているとは考えられなかった。あるも
のはバクテリアを用いたり、あるものは実験室スケールで再現実験を行っても、
Vol.12 No.11 2016
29
再現不可能であった。このため、実際に話を聞くまでは、なかなか確信を持つこ
とができなかった。しかし、実際に古賀氏にお会いしてフルボ酸鉄シリカによる
ヘドロの分解過程を聞き、以下の反応経路に関して教えていただいた。
フルボ酸と水中の溶存酸素が光エネルギーにより過酸化水素を生成し、これと
可溶性二価鉄イオンとが反応し、ヒドロキシラジカルを生成する。このヒドロキ
シラジカルは強力な酸化作用があるので、有機物を酸化分解する。また、鉄イオ
ンは三価鉄になるが、これはフルボ酸により二価鉄に還元される。この反応が繰
り返し海底で起こり、ヘドロが分解すると推定されているということだった。
まとめると、以下のようになる。
第一段階
フルボ酸と水中の溶存酸素が光エネルギーにより、過酸化水素を生成する。
光エネルギー
↓
フルボ酸+水中の溶存酸素(O2)→ H2O2
第二段階
フルボ酸鉄中の二価鉄イオンと過酸化水素での光フェントン反応により、1.5
に示した光フェントン反応から、ヒドロキシラジカル (・OH ) が生成する。二
価鉄イオンは三価鉄イオンとなる。
光エネルギー
↓
Fe2+ + H2O2 → Fe3+ +・OH + OH-(光フェントン反応)
第三段階
三価鉄イオンはフルボ酸と光エネルギーにより二価鉄イオンへ還元される。
この光フェントン反応に関して話を聞いた後、古
賀氏からフルボ酸鉄シリカ資材を送っていただき、
マイクロコズム(モデル実験生態系)を作成し、博
多湾のヘドロを用いてヘドロ分解に関する実証実験
を行った。確認実験としては、フルボ酸鉄シリカを
入れたものと入れないものを作成し、比較対照実験
を行った。効果が表れるまでに要した時間はわずか
5 日程度である。フルボ酸鉄シリカを投入した方の
マイクロコズム内では、ヘドロの表面が茶色に変色
し、水槽内に茶褐色のスケレトネマを中心とする植
物プランクトンが非常に多く発生(写真 1)し、ヘ
ドロの表面から剥がれるようにして浮き上がってき
た。その一方で、フルボ酸鉄シリカを投入していな
30
Vol.12 No.11 2016
写真 1 水槽内で確認された植物プランクトン
写真 2 1:未投入 2・3:フルボ酸鉄シリカ投入
写真 3 水槽内でのアサリの成長
いマイクロコズムには、何の変化も起こらない(写真 2)
。
この確認実験から、ヘドロの分解に関する疑念が晴れ
ていった。すなわち、私たちが共同開発しているフルボ
酸鉄シリカ資材はヘドロを分解し、その分解されたヘド
ロが植物プランクトンによって摂取されているというこ
とを確認した。しかし、この発生した植物プランクトン
を摂取する動物がいないと、最終的にはヘドロを浄化し
ていることにはならない。そこで、水槽内に発生したス
ケレトネマを主食とするアサリをマイクロコズム内に投
入し、水槽実験を継続した。結果、投入したアサリが発
生した植物プランクトンを摂食し、成長していくことが
確認された(写真 3)。つまり、ヘドロが最終的にはアサ
リの身になることが実証された。このことが 2015 年 7
月からの長洲町干潟での実証実験に向けた大きなブレー
クスルーとなった。
■実証実験により確認できていること
2015 年 7 月より、長洲町沿岸干潟において、ヘドロ浄
化に伴う環境修復によるアサリなどの二枚貝類の影響を
把握するため、現地に資材を施工した箇所でコドラート
調査を行い、二枚貝の生息状況のモニタリングを実施し
ている。同年 7 月 14 日に 53 袋のフルボ酸鉄シリカ資材
を、海岸から約 240 mの地点に設置した施工区 (20m ×
100m、5m 格子 ) と、施工区の南側にフルボ酸鉄シリカ
資材を設置していない対照区を、干潟の 2 カ所に区画を
設けた。施工区は、5 地点、対照区で 1 地点コドラート
調査を行った。
2015 年 7 月以降、1カ月ごとのコドラート調査により
底生生物の現存量を把握している。0.5 m× 0.5 mのコド
ラートを設置して、コドラート内に生息している生物を
採取し、4.75mm 目の篩(ふるい)にかけ、篩に残った
図 2 種類別個体数比較
Vol.12 No.11 2016
31
60
40
20
0
60
40
20
0
60
40
20
0
60
40
20
0
地点6
2015年7月14日
※フルボ酸鉄シリカ資材
添加なし
2015年8月17日
2015年9月10日
2015年10月12日
2015年11月11日
60
40
20
0
300
200
100
0
2015年12月23日
5
7
アサリの個体数(個体数/0.25㎡)
アサリの個体数(個体数/1.25㎡)
施工区全地点個体数合計
30
20
10
0
30
20
10
0
2015年9月10日
2015年10月12日
30
20
10
0
2015年11月11日
2015年12月23日
30
20
10
0
9 11 13 15 17 19 21 23 25 27 29 31 33 35 37 39
5 7 9 11 13 15 17 19 21 23 25 27 29 31 33 35 37 39
殻長(mm)
殻長(mm)
図 3 施工区内と対照工区内でのアサリコホート比較
生物を採取した。なお、対照区である地点 6 は、2015 年 9 月から調査を開始
した。
コドラート調査から明らかになった種類別個体数比較(図 2)では、アサリ、
シオフキガイおよびホトトギスガイの各地点ごとの 0.25㎡における個数を示し
ている。施工区(地点 1 ~ 5)では、フルボ酸鉄シリカ資材を設置した 7 月に
は二枚貝類はほとんど見られなかったものの、9 月から二枚貝類が増加してい
き、アサリは特にこの傾向が顕著に現れている。さらに、12 月にはほとんどの
地点でアサリが大幅に増え、地点 2 では 1,275 個/ 0.25㎡と増加が著しい地点
もあった。対して対照区(地点 6)では、アサリは増えることはなかった。シオ
フキガイも 8 月、9 月と増加したものの、10 月以降は減少傾向にあった。ホト
トギスガイは 9 月に初めて採取され、10 月で数が増加したが、12 月にかけて
減少傾向にあった。対照区では採取されなかった。
また、アサリの殻長と個体数変化(図 3)では、施工区の全地点で個体数の合
計を比較したものと、対照区のアサリの殻長と個体数の変化を示している。施工
区では途中多少のずれはあるが、9 月から 12 月にかけてコホートが右に動いて
おり、殻長が全体的に大きくなっていることが分かる。一方、フルボ酸鉄シリカ
資材を添加していない対照区では、アサリの稚貝がほとんど採取できなかった。
施工区ではアサリの個体数が増え、殻長が大きくなったという変化が対照区で
は起こっていないことから、資材を投入したことで底質環境が改善され、アサリ
がすみやすい環境になったと考えられる。その一つの要因として、調査を行う
際、施工前より施工後の方が歩きやすくなっており、ヘドロが減少した影響が考
えられる。ヘドロがフルボ酸鉄シリカ資材の効果によって分解され、干潟の環境
がアサリの生息環境に適したものに変化してきていると考えている。今後は、フ
ルボ酸鉄シリカ資材の施工方法などに関して、現地における実証的な研究を積み
重ねていく予定である。
32
Vol.12 No.11 2016
世界初 紙製容器でできた
大容量非常用マグネシウム空気電池
■マグネシウム空気電池の概要
マグネシウム空気電池は、約 40 年以上も前からある空気電池および燃料電池
の一種である。廃棄可能な安全な材料で構成され、資源制約が少なく、また、高
エネルギー密度というメリットがある。
古河電池株式会社(以下「当社」)では、海難対策用として「海水電池」を発
売した時期があったが、鉛電池の密閉化、一次電池の高容量化、最近のリチウム
電池の高性能化や燃料電池などのニュースの陰に隠れてしまっていた。
これまで、本格的に商品化できなかった原因は、高活性な Mg(マグネシウム)
に起因する自己放電が止められないこと、利用率が 20%程度で小さい(不働体
膜の脱落)、空気極構造に起因する大形化困難(耐水圧)などの課題があったこ
熊谷 枝折
くまがい しおり
古河電池株式会社 経営
戦略企画室 勤務
マグネシウム循環社会推進
協議会 事務局長
とが挙げられる。
2011 年に発生した東日本大震災の経験から、電気エネルギーの尊さを体験
し、
「マグネシウム・ソレイユ・プロジェクト」*1の活動がスタートした。1 年
半の間に幾つかの課題を解決し、30A 形マグネシウム空気電池を製作した。
さらに 100Ah * 2 セルやモジュールを試作し、福島県いわき市から宮城県仙
台市まで電動トライク(三輪バイク)による走行試験を実施。次世代エネルギー
の到来として話題となった。現状の技術レベルで、凸版印刷株式会社と共同で
製品化されたのが、世界で初めての紙容器でできた大容量非常用マグネシウム
空気電池「MgBOX(マグボッ
クス)」である。「マグネシウ
ム循環社会」のプロセスとし
て捉えれば、一次電池であり
*1
東北大学多元物質科学研究
所の小濱泰昭名誉教授が提
唱する「太陽光等の自然エ
ネルギーで、マグネシウム
を製造からリサイクルまで
可能とする循環社会を構築
する」という構想を基に
2013 年 4 月 に 発 足。 マ グ
ネシウム循環社会に賛同す
る企業・団体などが活動し、
異業種とのつながりと発想
がブレイクスルーを生んで
いる。「MgBOX」はそうし
た 活 動 の 中 か ら 誕 生 し た。
(正式団体名称:マグネシウ
ム循環社会構想推進協議会)
ながら、電池の素材となるマ
*2
グネシウム合金の廃材でも繰
アンペアアワー、電池の放
電容量の単位記号。
り返して使える可能性を含ん
だ電池でもある(図 1、2)。
図 1 MgBOX の発電メカニズム
発電時間
最大5日間
最大電気量 300Wh
大きさ
幅233×奥行226×高226mm
重さ
約1.6kg(乾燥状態) 約3.6kg(注水後)
図 2 MgBOX 概要
Vol.12 No.11 2016
33
■開発と経緯
2 時間で走る距離を競う、電気自動車の省エネルギーレース「ワールド・エコ
ノ・ムーブ」。秋田県南秋田郡の大潟村ソーラースポーツラインで毎年開催され
ているのだが、トップチームの第 1 回大会記録は約 100Wh で約 64km の走行
だった。22 回目のことしは、約 2 倍の走行距離を達成した。省エネルギーで速
く走らせ、走行距離を伸ばすには、モーターやコントローラーの性能アップより
も、車体の軽量化と空気力学に基づく技術展開が必要である。最近のボディー構
造は樹脂系構造材が多く使用されているため、環境への配慮からリサイクルでき
る素材使用への転換が叫ばれている(図 3)
。これは構造材から廃材を使って発
電可能な、マグネシウム空気電池への期待でもある。
東日本大震災のような大規模な災害発生時では、電気・水道・ガス・通信など
のインフラが破壊される。すると停電などで充電できず、電池切れで携帯電話や
スマートフォンなどで情報収集したくても使用できない。情報不足で大津波警報
を知ることもなく、命を落とされた方も多かった。病院からは透析装置の電池が
動かないといった連絡や、手術用の非常用電源が無いといった事態も多く発生し
た。そんな中、当社は、約 150㎏もあるトレーラー用の鉛蓄電池を被災地域へ
運搬し、充電コネクターをカーショップで買い集め、簡易な携帯電話の充電スタ
ンドを設置し対応した。特に宮城県石巻市では、食品会社や医療団の命を守るた
めの連絡に役立つことができた。その経験から、軽くて大量に、しかも安全に運
搬できる電池の開発の必要性を実感した。
現在、各種電池において、リサイクルのルールとその関連事業が明確になって
いるのは鉛電池のみである。鉛電池であっても、廃棄では特別産業廃棄物として
扱われている。
当社のマグネシウム空気電池「MgBOX」は、レアメタルや電解液に有機溶媒
を使用せず、紙容器を採用しており、一般ゴミ(企業などの事業ゴミは産業廃棄
物)として廃棄可能となる。また、構造材として使用されるマグネシウム合金の
廃材を電池に使用することができれば、素材の循環、リサイクルにつながる。
ワールド・エコノ
・ムーブ
(第1戦 秋田県大潟村大会)
究極のエコカーを目指す
限られたエネルギーで走行
空力特性と
車体の強度と軽量化
実用電気自動車の誕生
図 3 電気自動車の省エネレース
34
Vol.12 No.11 2016
■今後の展開について
マグネシウム空気電池の用
途は、使い捨て可能な非常用
電 池、 家 庭 用 電 源、 発 電 所
(プラント)が考えられる。
現状のマグネシウム空気電
池では、構造材用への高強度
難燃性のマグネシウム合金を
使用するが、性能 向 上 の た
め、電池負極用に特化したマ
マグネシウム空気電池発電システムの特徴(エンジン発電機との比較)
1.
水で発電(無害)→ Mg+食塩+水
2.
長期備蓄可能(十年)→ 容量が低下しない
3.
排気ガスが出ない ⇔ 化石燃料ではない
4.
静音性が高い → 駆動部がない
5.
長期間メンテナンス不要 → 磨耗/劣化等がない
6.
リサイクル可能 → 何度も再生可能
7.
電解液を入れる前のエネルギー・重量密度が高い
【システム構成】
マグネシウム
燃料電池
DC-DC
コンバーター
リチウム二次
電池パック
DC-AC
インバーター
グネシウム合金の研究が進め
られている。さらに電気エネ
ルギー供給対策として、発電
システムの開発や構築も進め
充電器
AC100V
マグネシウム空気電池を用いた
可搬型非常用発電システム
総発電電力量:約1.5kwh
(リチウムイオン電池:50Ⅴ-10.8Ah)
(AC出力 :100Ⅴ‒15A)
(DC出力 :57Ⅴ‒12A) 図 4 マグネシウム空気電池発電システム
られている。特に、2014 年
には独立行政法人科学技術振
興機構(当時。現国立研究開
発法人)の JST 復興促進プ
ログラムおよびマグネシウ
ム・ソレイユ・プロジェクト
メンバー各社により開発が進
められた(図 4)。しかし現
状は、国内においてマグネシ
【計画中】
マグネシウム循環社会実現への挑戦 ⇒ オーストラリアでの走行
コンセプトカー開発とのコラボについて
①マグネシウムは太陽からの熱と電力でつくる。
②構造材への(太陽から作った)マグネシウムの利用
③ソーラーカーとして昼は走行、夜はマグネシウム空気電池で
走行する。
④夜も走り、短い日数(時間)で走破する。
ウムの製造や精錬はほとんど
行っておらず、中国からの輸
入に依存している。
今後は、構造材としての用
途を増やし、マグネシウム循
環社会としてのリサイクルを
進行させることでコストダウ
ンとなり、蓄電池システムの
実用化が増すことで安定確保
が期待される。また、マグネ
図 5 実用ソーラーカーでの走行計画
シウム循環社会の構築を実現
する為のイベント「マグネシウム・ソレイユ・プロジェクト」として、限りなく
構造材をボディーに使い、夜はマグネシウム空気電池、昼はソーラーカーで走行
するというプロジェクトを計画中である。その準備として、ことし 8 月 10 日〜
12 日に大潟村スポーツラインで開催されたソーラーカー・ラリーで、
「世界初・
ソーラーとマグネシウム空気電池のハイブリッドカー」として約 600km の走行
が実現できた(図 5)。
Vol.12 No.11 2016
35
産学官金連携で白キクラゲ生産
地域ブランド確立を支援
■産学官金連携の概要
岡山県岡山市に本社を置く株式会社トマト銀行(以下「当社」
)は、地域金融
機関として、企業の課題解決を目的としたコンサルティング機能の強化を図る
ため、2011 年 11 月にコンサルティング営業部を当社本部に新設し、コンサル
ティング機能の発揮に組織を挙げて取り組んでいる。その施策の一つとして、産
学官金連携に力を入れており、ものづくり(製造)からマーケティング(販売)
野瀬 真治
のせ しんじ
まで、製品ライフサイクルに応じたさまざまな課題に対応するため、岡山県内の
五つの大学と包括協定を締結している。
当社の産学官金連携は、各大学のチラシやパンフレット、当社独自のニーズ喚
起シートなどにより地域企業のニーズを発掘することから始まる。具体的には、
株式会社トマト銀行
コンサルティング営業部
調査役
本部のコンサルティング営業部の連携コーディネーターに取り次ぎ、素早く情報
を精査し、必要な場合は直接お客さまを訪問し、連携の流れ、費用、共同研究ま
たは技術相談などを詳しく説明する。
連携コーディネーターは、大学の特性を
考慮し、大学の研究シーズに合致する案件
を、大学側のコーディネーターに取り次ぐ
従来:
という手順で進めていく。大学単独では地
域企業のニーズを十分に発掘することが困
難だったが、当社との連携により、岡山県
内の企業に対して、アプローチが可能とな
り、企業ニーズと大学側のリソースの融合
で企業の課題解決、ひいては地域活性化、
マッチングに進まない
「相談事項」の取次
相談
現状:
地域の企業等
信頼関係
に基づく
課題の
洗練
トマト銀行
コーディネート
担当者
能力
向上
支援
提携大学
教員:共同研究
能力向上支援
地域貢献が可能となった(図 1)。
図 1 トマト銀行における産学官金連携の流れ
■白キクラゲで事業化支援
以下の事例は、産学官金連携による大学の支援により、異業種から農産品の生
産・販売に新たに参入した地域の企業に対する商品開発、地域ブランド確立に向
けての販路拡大などの事業化支援である。
自動車向け工業ゴム製品の製造を手掛ける地域中小企業の株式会社ビナン(岡
山県倉敷市・代表取締役社長安藤弘幸)は、主要取引先の大手メーカー1社に売
り上げのおよそ 9 割を依存していた。その大手メーカーの海外生産拡大に伴い、
将来の売上減少が懸念された。同社は下請け構造からの脱却と、新規事業への参
入を模索し、本業とは全く異なる、国内では通年栽培を行っていない農産品の白
キクラゲを主とするキノコの生産・販売の事業化を決断した。しかし、同社に
は栽培ノウハウがなく、さらに高級食材の白キクラゲの量産はハードルが高い。
36
Vol.12 No.11 2016
教員:技術相談
他機関・専門家等ご照会
2010 年 12 月、安藤社長の自宅敷地に小さなビニールハウス
を設置して、ゼロから栽培に取り組むことになった。
地元の学校法人加計学園岡山理科大学理学部(岡山市北区)
に菌床栽培の研究で著名な三井亮司教授がいたことで、同社か
ら事業化支援の相談を受けていた当社は、産学連携の包括協
定を締結している同大学との連携を提案。こうして 2011 年 4
月から同大学で白キクラゲの量産の受託研究が始まった。最初
は簡単な椎茸栽培からスタートし、次にアラゲキクラゲを、そ
写真 1 岡山理科大学との共同研究で量産体制が確立した
白キクラゲ
して最終的に白キクラゲを栽培することにした。研究開始と同
時に、同大学の研究室に 1 年間通い続けた安藤社長は、専門
知識と技術の習得に努めた。
アラゲキクラゲの生産にはすぐ成功したが、生態に未解明な部
分の多い白キクラゲの生産では、色が濁ったり、菌が大きく育た
なかったりと、数千回もの失敗を繰り返し苦戦を強いられ、2 年
以上の研究期間が経過したが、2013 年 10 月、ついに白キクラゲ
の量産技術の確立にこぎ着けた(写真 1)
。次に販路拡大である。
わが国の市場に出回っている白キクラゲの大半は中国産の乾燥
品であり、安心・安全で栄養価も高い国産の生白キクラゲのニー
写真 2 地元高校生とのレシピ研究会
ズは高い。しかし、同社生産の生白キクラゲの販売価格帯は、中国産の乾燥品の約
3 倍で、一般のスーパーなどでの販売は難しいと思われた。そこで、高付加価値商
品として高価格帯での販売が可能な高級料亭、旅館、ホテル、学校給食などにター
ゲットを絞って販路開拓を行うこととした。当社が行った具体的な販路拡大支援
は、商談会への出展、個別ビジネスマッチングの実施、商品 PR などである。
商談会への出展や個別ビジネスマッチングは当社が中心となって行い、商品
PR などは同大学とも連携した。当社主催の農業ビジネスセミナーでの事例発表
や、岡山理科大学の研究成果の事例発表のほか、地元中学・高校生の工場見学会
の実施や、需要開発のためのプロジェクト展開は、当社と業務提携している公益
財団法人岡山県産業振興財団の発案である。地元の高校生や岡山県立大学の学生
が、白キクラゲのパッケージデザインや白キクラゲのレシピ考案などに関わり、
開発したレシピを飲食店などに紹介して消費拡大を目指した(写真 2)
。このプ
ロジェクト展開がマスコミなどで大きく取り上げられ、商品 PR につながった。
■地域活性化
本件は、新商品開発と販路拡大に課題を持つ地域の中小企業に対して、当社と
大学が一体となって課題の解決に当たった事例である。同社は、既存事業の工業
ゴム製品の製造で培った生産・品質管理のノウハウに、大学の「知」を融合して
国産の高品質なキノコの開発に成功し、希少な高級食材の生白キクラゲは新たな
地域ブランドを確立した。
また、同社のキノコ事業は需要開拓に伴い拡大しつつあり、手狭になった実験
室や栽培スペースを拡張しており、さらには雇用拡大にも貢献している。
Vol.12 No.11 2016
37
商品開発から生産・販売体制確立までの経緯
2011 年 4 月
産学連携として株式会社ビナンと岡山理科大学をコーディネート。同大学の受託研究開始。
環境コントロールを可能にした最新鋭の栽培施設を完備した、同社清音工場(岡山県総
2012 年 5 月
社市・敷地面積 2,655㎡)を新築し、バイオ事業部を新設・稼動開始。同社工場で実験
2011 年 9 月
アラゲキクラゲの量産開始。
2013 年 3 月
白キクラゲの栽培に成功。
生産開始。
2013 年 10 月
2016 年 1 月
白キクラゲ生産・販売の体制確立。
大手外食産業へアラゲキクラゲ販売開始。
■産学官金連携の課題と今後
本事例も含め、当社が仲介した企業と大学との共同研究は 7 件(取り次ぎは
年間 100 件程度)の実績がある。その実績と過去の経緯から、地域金融機関と
大学が持続的な協力関係を維持し、地域活性化のための産学官金連携体制を継続
していくためには、以下のような課題を解決することが重要と考える。
①最終的な産学官金連携の目標の明確化
②産学官金連携による地域産業界の発展(地方創生)を評価する尺度
③金融機関のメリットの求め方(考え方)
上記①~③の課題を克服して産学官金連携の成果を上げるには、双方の組織間
で信頼に基づく連携をより強固にしていくことが必要で、そのためには双方が目
指すべき活動の方向性を一つにすることが重要と考える。また、産学官金連携に
よる支援を地域金融機関の持続的な取り組みとするためには、連携の成果として、
地域金融機関に何らかのメリットが得られる仕組みを構築することが必要である。
金融機関には担保・保証に必要以上に依存することなく、借り手の事業の内容
や成長可能性などを適切に評価して融資や助言を行い、借り手や地域産業の成長
を支援することが求められている。特に創業間もないベンチャー企業や開発型の
企業は、産学官金連携で生み出された知的資産(無形財産)を適切に評価し、必
要な研究開発資金や運転資金を提供することが重要である。当社では、そのニー
ズに応える施策として、本事例のように産学官金連携で生み出された知的資産(白
キクラゲの量産体制の構築)を評価し、融資につなげる取り組みを行っている。
産学官金連携では、金融機関の連携コーディネーターはただ単に企業の課題を
連携大学に取り次ぐだけでなく、企業のニーズを聞いて解決策の提案(コンサル
ティング)ができる「企業ホームドクター」的な存在であることが求められる。
今後も引き続き、地域企業にとって必要な研究開発資金や設備投資資金ニーズ
に応えることで、地方創生・地域活性化への貢献を行っていきたい。
【株式会社トマト銀行】(2016 年 3 月 31 日現在)
創 立:1931(昭和 6)年 11 月 9 日
本店所在地:岡山市北区番町 2 丁目 3 番 4 号
資 本 金:143 億 1 千万円
発行済株式総数:116,790 千株
上場金融商品取引所:東京証券取引所(市場第 1 部)
店 舗 数:61 店(岡山県 53 店・兵庫県 4 店、広島県・大阪府・東京都各 1 店、インターネット支店 1 店)
社 員 数:1,094 人(嘱託・パート社員含む)
38
Vol.12 No.11 2016
視点
命名のドラマ
心事の臆断に留意すべし
今、あるベンチャー企業の起業をお手伝いしてい
福沢諭吉は、『文明論之概略』の中で「人事の進歩
る。大学発ベンチャーなので、役員就任予定者はシー
は多事争論の間に在り」と述べ、その前提として「議
ズを持つ若手の研究者と、関連企業などの役職にある
論の本位を定める」ことの重要性を説く。さらに、利
シニアの方々である。立場や世代は違えど、皆、研究
害得失の判断より軽重是非の判断の方が難しいとも説
シーズの社会還元という共通の目標に向かい、毎回の
く。利害は個人・組織にかかわらず敏感である。とこ
ミーティングは熱く盛り上がる。いい感じである。
ろが、事柄の軽重是非となると状況の客観的認識にか
しかし、一つ困ったことが起きた。企業名がなかな
かわることから比して大変難しいとし、
「多事争論」
か決まらないのである。皆で案を持ち寄ったところ、実
の中にこそ進歩の源泉があるとしながら、不毛の議論
にさまざまな意見が出た。理念や事業内容が一目瞭然の
にならないように二つのことに注意すべきとする。一
漢字を連ねた名称。あるいは、ぱっと見だけでは意味
つは議論の交通整理。二つ目は異説をつぶし統一しよ
は分からないが、響きが良く覚えやすいカタカナのネー
うとする傾向である。相反する二面性に留意すること
ミング。さらに、地域性や大学の個性を出そうと、こ
を指摘する。多様な意見を尊重しすぎると混沌(こん
れらを想起させるような接頭語を付ける案も出た。一
とん)となりがちである。議論の秩序付けをしようと
カ月近くも意見が割れ続け、不安すら覚え始めたころ、
して、コンセンサスを重視すると、議論は画一化して
ようやく一つに絞られた。だが、胸をなでおろしたの
しまう。結論だけ見れば一見同じようだが、結論の根
もつかの間。音が似た名称の企業が、既に活発に活動
拠付けをよく見ると、むしろ正反対の側面がクローズ
していることが分かったのだ。接頭語を付けると、今
アップされることがある。期待過剰が、今度はオール
度は商標法侵害となる恐れが出てきた。実に難しい。
否定に転じ、他者感覚の乏しい社会にこそ起こりやす
普段何げなく目にしている企業名にも、命名にま
い。価値判断は似ていても、どうしてそういう結論を
つわるドラマがあったに違いない。そこに込められた、
出したかと問うとそれぞれの説は違ってくる。福沢い
当時の起業家の夢と願いに思いをはせる。
わく、「心事の臆断」に十分に留意すべし、である。
天野 麻穂 北海道大学 大学力強化推進本部 研究推進ハブ URA ステーション URA
山本 外茂男 北陸先端科学技術大学院大学 産学官連携総合推進センター 教授
編 集後記
感性工学は日本発で世界へ伝わった新しい技術工学で、英語でも「Kansei Engineering」と表記する。日本感性
工学会の設立が 1998 年なので、その新しさがうかがえるのではないか。「感性」といえば何となく捉えどころのな
い曖昧なもののように思えるが、計測と定量化手法の開発も進みつつあるようだ。人間の感性を研究して、製品やサー
ビスに応用する研究が進展し、産学連携でも多くの事例が出てきているという。そこで今号では、感性工学をテーマ
に初の特集を組んだ。これを機に、ものづくりにおいて感性へのさらなる理解が深まり、ヒット商品が生まれること
を期待したいものだ。
産学官連携ジャーナル(月刊)
2016 年 11 月号
2016 年 11 月 15 日発行
PRINT ISSN 2186 - 2621
ONLINE ISSN 1880 - 4128
Copyright ©2016 JST. All Rights Reserved.
本誌編集長 山口 泰博
編集・発行
国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)
産学連携展開部
産学連携プロモーショングループ
編集責任者
野長瀬 裕二
摂南大学 経済学部 教授
問い合わせ先
「産学官連携ジャーナル」編集部
編集長 山口泰博、萱野かおり
〒 102-0076
東京都千代田区五番町 7
K’s 五番町
TEL:
(03)5214-7993
FAX:
(03)5214-8399
Vol.12 No.11 2016
39
「産学官連携ジャーナル」は国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)が発行する
月刊のオンライン雑誌です。
URL: https://sangakukan.jp/journal/ ●最新号とバックナンバーに、登録なしで自由にアクセスし、無料でご覧になれます。
●個別記事や各号の一括ダウンロードができます。
●フリーワード、著者別、県別などからの検索が可能です。
問い合わせ先 : 産学連携展開部 産学連携プロモーショングループ
TEL: 03(5214)
7993 FAX:03
(5214)
8399
E-mail:[email protected]