高齢者結核の特徴と治療上の問題点 山岸文雄 691-697

Kekkaku Vol. 91, No. 11_12 : 691_697, 2016
691
第 91 回総会特別講演
高齢者結核の特徴と治療上の問題点
山岸 文雄
要旨:最近は高齢者結核の増加が著しい。年代別では,70 ∼ 79 歳では新登録結核患者数に占める比
率,新登録結核患者数,結核罹患率とも減少しているが,80 ∼ 89 歳,90 歳以上では新登録結核患者に
占める比率,新登録結核患者数とも増加し,90 歳以上では 2008 年を境に結核罹患率は増加に転じて
いる。2009 年以降,80 ∼ 89 歳では,年代別新登録結核患者数が最も多い。最近,結核集団感染事例
の報告数は増加し,特に事業所の比率が高く,社会福祉施設での報告も認められる。今後,人口の高
齢化がさらに進み,高齢者施設への入居者も増加が予想され,高齢者施設における集団感染事例の増
加が危惧される。結核病床は著しく減少している。国立病院機構で,都道府県別に複数の結核病床の
指定医療機関があるのは,北海道の 4 病院,大阪府,福岡県の 2 病院のみで,4 県でゼロとなった。結
核病床の指定医療機関の減少により,多くの弊害が危惧される。結核病床を有する病院が県内に 1 病
院しかない県は 10 県で,日本結核病学会による結核・抗酸菌症の認定医・指導医の少ない県が多か
った。最近,利用者に対する定期健康診断が義務付けられていない認知症対応型共同生活介護などの
高齢者施設が急増している。ここでの結核集団感染事例の報告があり,何らかの方法での健康診断が
必要と思われる。2007 年に化学予防は潜在性結核感染症(LTBI)の治療へと変更され,公費負担の
年齢制限も撤廃された。2014 年における LTBI の届け出の年齢分布で,65 歳以上は 17.1%,80 歳以上
は 3.5% であった。接触者健診での高齢者の LTBI 治療の積極的な推進が必要であると考えられた。
キーワーズ:高齢者,肺結核,新登録結核患者数,罹患率,結核病床,潜在性結核感染症
1. はじめに
の年齢層は一括して 80 歳以上として記載されていたが,
2003 年からは 80 歳以上の年齢層を 80 ∼ 89 歳と 90 歳以
日本の結核が高蔓延状態であった 20 世紀初頭には結
上とに分けて記載されるようになった。そこで,2003 年
核は若者の疾患であるといえた。しかし最近では高齢者
から 2014 年までの 12 年間を調査対象期間とした 1) ∼ 12)。
の疾患であるといっても過言ではないほど,高齢者に偏
在するようになった。2014 年におけるわが国の新登録
2. 新登録患者からみた高齢者結核の特徴
結核患者は 19,615 人と,初めて 2 万人を下回った。罹患
2014 年の男女別の人口,新登録結核患者数,罹患率で
率は人口 10 万対 15.4 であり,対前年比 0.7 の減と,依然
は,女性の人口は男性より約 3,480 万人多いが,新登録
として減少速度の鈍化が認められる。一方,結核患者の
結核患者数は,男性は 12,005 人に対し女性は 7,610 人と,
高齢化はさらに進行し,新登録結核患者に占める 70 歳
男性は女性より約 4,400 人多く 1.58 倍であり,また罹患
以上の者 58.2%,80 歳以上の者は 37.7% と,年々その比
率は男性の 19.4 に対し女性は 11.7 と,男性は 1.66 倍高い
率は高くなっている。特に 80 歳以上の罹患率は人口 10
1)
。これらの数値から,現在のわが国における新
(表 1 )
万対 76.7 と著しく高い 1)。
登録結核患者は,男性に大きく偏在しているといえる。
今回の検討にあたっては,
「結核の統計」からの数値
2014 年の男女別の人口構成では,40 歳代までは男性
を多く引用したが,2002 年までのデータでは,80 歳以上
は女性よりも人口が多いが,50 歳代で男女比が逆転して
国立病院機構千葉東病院呼吸器科
連 絡 先 : 山 岸 文 雄,国 立 病 院 機 構 千 葉 東 病 院 呼 吸 器 科,〒
260 _ 8712 千葉県千葉市中央区仁戸名町 673
(E-mail : [email protected])
(Received 14 Sep. 2016)