[ 臨床研修 ]新たな地平を拓く 第2回 全人的医療を実践できる 医師の養成をめざして 香川県・三豊総合病院内科 山地康文 院の指定も受けている。 三豊総合病院と新臨床研修制度 臨床研修プログラムの特徴 三豊総合病院では、管理型臨床研修病院として平成 15年から(実際の臨床研修制度開始から 1 年前倒しし ① 初期臨床研修が必修化された背景には、プライマ て開始) 、毎年 5 名の医学系新研修医を受け入れてき リ・ケアの実践ができる医師を国民が求めていると た。さらには平成18年から 2 名の歯学系新研修医も研 いうことがある。当院は地域中核病院として、 1 次 修するようになった。 医療から 3 次医療までの広い領域を担当している。 当院では地理的な要因などから伝統的に地域包括医 つまり、多くプライマリ・ケア実践の場に参加でき 療、へき地医療、介護・福祉まで含めた統括システム るということである。経験目標は十分達成できる病 を構築してきた。自然に医療知識や技術だけではない 院である。 全人的な医療を実践していく環境にあるといえる。 ② 一般目標の達成は、研修医の意欲と、よきロール モデルにめぐり会えるかにかかっていると言える。 ●病院の概要 当院は香川県西部観音寺市のさらに西端にある。瀬 当院で明るく、生き生きと働いている医師たちの姿 を見れば、きっとめざすべき医師像ができあがって ひうち 戸内海の 燧 灘に面し、南東部は讃岐山脈から連なる くるに違いない。 小高い山々に囲まれ、また愛媛県、徳島県の県境に近 ③ 当院の初期臨床研修の目玉は地域医療研修である。 い。三豊地域の 2 市(観音寺市・三豊市)が経営母体 診療所研修、訪問診療、離島診療所研修など、決し となって三豊総合病院を運営している。 て都会の病院ではできない、当院独自の充実した研 病床数は一般515床と感染症 4 床の計519床であり、 保健・医療・福祉を総合した地域包括ケアシステムの 構築に取り組み、国保保健福祉総合施設「すこやか」 、 修ができる。 ④ 救急の研修は、多忙な実践のなかで行う。救急車 搬送件数は年間3,095台、救急患者数は 1 万5,757人 老人保健施設「わたつみ苑」を併設し、へき地診療、 である(平成18年度実績) 。 離島診療、居宅介護支援事業から救急医療まで行って ⑤プログラムは厚生労働省のモデルに準じているが、 いる。また緩和ケア病棟を持ち、地域がん診療拠点病 72(328)地域医療 中身は濃厚である。 Vol.46 No.3 [ 臨床研修 ]新たな地平を拓く 表1 典型的な内科研修週間スケジュール 月曜日 火曜日 水曜日 木曜日 金曜日 早朝 循環器抄読会 呼吸器・プライマリ・ ケア抄読会 午前 病棟回診・検査 病棟回診・検査 病棟回診・検査 病棟回診・検査 病棟回診・検査 午後 病棟回診・検査 病棟回診・検査 病棟回診・検査 病棟回診・検査 病棟回診・検査 循環器カンファレンス 臨床研修委員会・救急 症例検討会(月1回) 夜 ミニレクチャー 呼吸器カンファレンス 循環器カンファレンス 内科カンファレンス 表2 平成20年度研修医のためのミニレクチャー予定表(前期) 日程 テーマ 担当指導医 研修場所 5 月20日 (金) 研修計画、研修評価 白川 研修医室 5 月27日 (金) インフォームド・コンセント総論 山地 6月3日 (金) IC各論:手術 宇高 6 月10日 (金) 紹介状、返答状の書き方 洲脇 6 月17日 (金) 入院診療計画の立て方 正岡 6 月24日 (金) 退院時サマリー、退院計画 安東 7月1日 (金) 感染症新法、院内感染対策 山地 7月8日 (金) 抗生剤の使い方 山地 7 月15日 (金) 輸液の基本的考え方 水田 7 月22日 (金) IVHと経管栄養 水田 7 月29日 (金) 栄養指導 米井 ア;原則的にレクチュアー開始は 7 時30分からで、30分 間の講義とします。 イ;変更がある場合は前もってお知らせします。 ウ;研修医のためのとなっていますが、完全にオープン ですので医局の先生で興味のある方はどなたでも聴 講可能です。 エ;講義終了後、担当指導医は講義記録を残すため、講 義に使用した資料を医局秘書まで提出して下さい。 研修中はつねに20人前後の担当医となる。基本的な 研修の実際 検査手技(ベッドサイドでの手技のみならず、各種 超音波、レントゲン透視、できれば内視鏡検査まで) 1.研修の時間割 も習得する。典型的は内科研修中の習慣スケジュー ・ 1 年次:内科・外科・麻酔科 ルを示す(表1) 。 ・ 2 年次:精神科・小児科・産婦人科・地域医療・選 択科 ・外科 ( 3 か月) :急性腹症の診断や治療方針を習得す る。外科の基本的手技も習得する。 1 年次は基礎必修科として変更ができない。内科 6 ・麻酔科 ( 3 か月) :救急蘇生、重症患者管理の初歩的 か月、外科・麻酔科 3 か月の期間は必修である。研修 技能を習得する。気道確保や中心静脈確保の技術を が重複しないように順番は調整する。 2 年次の 4 科は 身につける。 必修科として 1 か月以上研修する。それぞれの期間に ・産婦人科 ( 1 か月) :妊娠の診察、出産の立ち会い、 ついては個々の研修医と相談し、スケジュールの調整 新生児の保育を通じて妊娠・生理の知識を身につけ を行い、臨床研修委員会の承諾を得て決定する。 る。 2.具体的な研修内容 ・内科 ( 6 か月) :典型的は疾患について基礎的な診療 技術、診察方法、検査計画、検査値の解釈、治療の 技術、プレゼンテーションの方法などを習得する。 Vol.46 No.3 ・小児科 ( 1 か月) :急性感染症と小児急性疾患につい ての診断と治療の基本的知識を習得する。 3.勉強会 研修医が参加する抄読会が各科で開催されている。 地域医療 73(329) 内科においても早朝を中心に連日行われている(表1) 。 また、職員旅行もグループに分かれて希望するコー 毎週金曜日の朝にはミニレクチャーと称して各科横断 スを回ることができる。海外旅行をするコースもあり、 的に研修医が必要としている知識、情報を講義形式で グアムやハワイ以外にもオーストラリアやなんとパリ 指導医がレクチャーしている(表2) 。 まで行くコースさえあった。 名郷直樹先生など全国で活躍している講師を当院に これらのイベントを通じて普段あまり出会わない職 招請して、研修医や研修指導医に対するワークショッ 種の方々と接する機会が増え、円滑は人間関係が構築 プセミナーを定期的に開催している。 されるようになる。 最近よく行われるようになった全国中継で行われる、 研修医がためになるTV講演会を院内で夕方の時刻に おわりに 定期的に開催している。 地域医師会の主催する講演会にも研修医が役立つも 新臨床研修制度が始まってから医師不足が表面化し のに関しては参加してもらっている。 てきた。とくに地方における医師不足が深刻化してお 4.研修医自身の発表の機会 り、当地域もその例外ではない。それに伴い、産婦人 貴重な症例が多いのも当院の特徴であるので、それ 科患者のたらい回し事件や病院医師の長時間労働問題、 らの症例報告を地方会や研究会を中心に発表してもら 地方自治体病院の閉鎖などの事件が起こり、これら諸 っている。一般的は症例に対するそれらの疾患が持つ 悪の根元が新臨床研修制度にあるとするような論調が 意味を考えさせると同時に文献検索の方法、プレゼン 横行している。しかし、臨床研修制度そのものは、も テーションの技術や度胸といったものを身につけるよ っと早くから現在あるような方向で改善されるべきで うになっていく。基本的には地域での発表を中心にし あったと考える。この制度ができたあとのさまざまな てもらっているが、時には全国区での発表もあり、 2 波及効果が十分に検討され、対策が講じられていなか 年次の研修医以上で海外での発表をしたものもいる。 っただけのように思われる。新臨床研修制度そのもの これらの発表時の経済的支援も全て病院が行ってい が決して悪いわけではない。むしろ、これまで抱えて る。発表者に対しては回数制限なしに旅費・宿泊費を いた矛盾が一挙に噴出しているというべきであろう。 含むすべての費用を病院が負担している。 これらの矛盾についてはさらに全体を眺めて、新臨床 5.初期臨床研修終了後のコース 研修制度の精神を骨抜きにするのではなく、自由開業 当院において後期研修コース( 3 年間)を用意して いる。岡山大学、香川大学、徳島大学、高知大学、そ の他関連する大学の各科に紹介している。 制度・診療科自由標榜制度の制限など、必要で有効な 個別の改善策が採られる必要があると思われる。 当院では初期研修医に対して、研修終了後にはでき さらに、後期研修医を募集している全国区の病院に るだけ良質な広い見識を得てもらえ、立派な医師とし も紹介し、実際に多くの研修医が合格して研修してい てのキャリアを積んでもらいたいとの思いから、後期 る。具体的には国立がんセンター中央病院、神戸市立 研修においても十分な研修ができると自負しつつも、 中央病院など。 あえて後期研修を当院で行うことを勧めず、全国区の 6.アフターファイブ・レクリエーション 病院で研修をしてもらった。その結果として、大変り 病院全体の活性化や各職場の風通しをよくするため っぱな医師が育ってきて、活躍しており、そこでの大 には大変必要なことである。当院では伝統的に夏のビ 変すばらしい評価を見聞する。その判断は間違ってい アパーティ、暮れの忘年会には職員全員が某ホテルで なかったと喜んでいるが、いつの日か(最近の情勢で のパーティ会場に参加してどんちゃん騒ぎをしている。 はできるだけ早くという感じになってきているが) 、 出し物の評価が高いと豪華景品が当たるのでおおいに 当院に戻ってきてもらい、再びわれわれと明日へのよ 盛り上がる。 り良き診療を行えるように切に希望している。 74(330)地域医療 Vol.46 No.3 [ 臨床研修 ]新たな地平を拓く 福祉には多くの人たちが関わっていることに気づかさ 幅広い直接体験は貴重な勉強の 機会に れる。多くの人たちの努力と協力によって、医療関係 者だけでなく、患者が支えられていることを認識させ られる。人と人の関わりがとりわけ大切さである。 訪問看護・介護の同行時は、できるだけ多くのこと 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 (腎・免疫・内分泌代謝内科学) を体験させてもらった。介護にはとくに人手がかかる 後藤順子 こともわかった。体力があっても、コツをつかんでな いと、患者だけでなく自分の体も痛めてしまう危険性 私が臨床研修を行った三豊総合病院は、地域の中核 があり、とても大変な仕事だ。それでも仕事を続けら 病院であるだけでなく、福祉と一体化した保健福祉施 れるのは、患者の笑顔と感謝の言葉あってのことだと 設も整備していたため、地域住民に対して高度医療と 思った。このように診療所や福祉施設、訪問看護・介 ともに充実した地域包括医療の提供を理念に掲げ、医 護などを直接体験できたのはすごく勉強になった。 療の充実に取り組んできた。同病院は来る臨床研修医 また、医療資源が限られる診療所での診療は、幅広 制度を見据えて、研修医制度が導入される 1 年前から いプライマリ・ケアの知識を要求され、慣れないころ 研修医の受け入れを行い、試験的に新しい研修医制度 は緊張の連続であった。そこでは専門知識よりも幅広 をスタートさせた。期待と不安を抱きながら、新しい い一般知識と技術が必要とされ、一人の医師は多くの 研修医制度のもとで私の初期研修が始まった。 ことをこなさなければならなかった。診療所で対処で ●地域医療研修の実際 きないときには大きな病院と連絡を取り合い、患者を 内科や外科などの研修が終わったころに 1 か月間の 緊急搬送することもあった。地域の医療連携の必要性 地域医療研修が始まった。具体的には、診療所での診 とネットワークの構築の必要性を強く感じさせられた。 療、診療所医師に同行しての訪問在宅診療、へき地診 地域医療研修期間は短かったが、さまざまなことを 療所での診療、老健施設での定期健診、訪問看護や介 学ばせていただき、そして多くのことを考えさせられ 護支援スタッフに同行しての訪問看護・介護の研修な た。医師として成長するためには、病気の診断と治療 ど盛りだくさんで、 1 か月という短期間では少し消化 に関する知識や技術の習得だけでなく、地域のさまざ 不良を起こしてしまいそうだった。 まな人や患者と触れ合うことにより豊かな人間性も育 病院外で行われる診療・訪問看護・訪問介護などを んでいかなければいけないと思った。また、いろいろ 中心に研修が組まれていたため、患者の病気だけでな な医療・福祉サービスを必要とする患者の福利厚生の く、患者を取り巻く環境にも自然と目を向けるように 充実を図るためには、多くの人たちと緊密に連携を取 なった。患者を取り巻く状況は実にさまざまで、その り合う必要があると感じられた。そういったことを頭 ため、患者のニーズも当然異なってくる。たとえば、 ではなく肌で感じられたのがよかったと思った。 体の自由が利かない患者では、医療だけでなく介護な ●最後に どの福祉の充実も求められる。すると医師だけでなく 臨床研修医制度が導入されてから、医師不足・初期 看護師、介護士、ソーシャルワーカーなど多くの人た 研修医の地域偏在などさまざまな問題が顕在化し、医 ちの協力が必要となってくる。病院内にいると、こう 療を取り巻く状況は大きく変化した。しかし、やがて いったことにはなかなか気づかないし、またその大変 初期研修医のなかから地域医療を担う人材が育ってい さもわからない。自分では患者をみているつもりでも、 き、地域医療をより充実したものに発展させる可能性 実は病院のなかでの患者の姿しかみていないことにな があることを考えると、研修病院・関連病院だけでな る。しかし、退院後に通院・介護などを受けている患 く、市町村、地域住民も積極的に医師育成に関わって 者の日常生活に密着してみると、一人の患者の医療・ くださることを心より願っている。 Vol.46 No.3 地域医療 75(331)
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