バックパックで 海外旅行をしよう

WLB時代の若者への番外講話シリーズ①
バックパックで
海外旅行をしよう
総合旅行業務取扱管理者(金融庁参事官)
神田
眞人
この年になると頻繁に講義や講演を頼まれる。
の最重要課題のひとつである。ワークライフバラ
待ったなしの改革の必要といった政策の話が多い
ンス(WLB)は勿論、人口減少、少子高齢化の
が、聴衆を惹きつけようと、柄になく、堅い話の
もと、男女共同参画に必須であるが、それにとど
前に趣味といった雑談めいた講話を入れると、雑
まらず、豊かで多様な人生の機会を保証する。私
談の方に関心を惹いてしまったりする。質疑応答
の若い頃よりずっとやりやすいはずだ。
の需要の高さが窺われる。同じ政策の訴えでも、
母集団から趣味の雑談をもっと広い方にシェアし
定型的、無機質な、いかにも官僚からの説明よ
てはどうかと御示唆頂いた次第である。その際、
り、総合的、人間的な説明者と聴衆に観念(誤
読書案内を求める方が多かったが、私の人生に役
認)された方が説得力をもつことも少なくない。
立った本は数千冊にのぼり、絞り込むのはとても
また、人事担当だったこともあり、人生に悩み
不可能であり、この雑誌連載の超有識者場外ヒア
を抱える若手からの相談も少なくない。IT で便
リングシリーズの中だけでも数百冊は紹介してい
利になり、バーチャルリアリティーの世界が広が
るので御許し頂きたい。また、美術や音楽、映画
った分、実経験や深い教養が減り、結果、人生を
といった芸術や美食や酒といった飲食などは、語
豊かにする多様な機会を失うと共に、視野を狭
りたいことが無限にあるものの、私より遥かに優
め、リスクを高めている可能性がある。そこで、
れた感性と知識を有する先輩諸兄が財務省・金融
メンタルで苦労されている方を含め、色々な趣味
庁に少なからずいらっしゃるので、無知を曝け出
をお勧めしている。これが結構、心身の健康の回
すのは御勘弁頂く。芸術を語るなど百年早いとお
復に資したと感謝されることが少なくない。
叱りを受けそうな大先輩の顔が浮かぶ。寧ろ、こ
積極的効用もある。仕事以外の空間は人生のス
の小シリーズでは海外旅行から取り上げたい。次
トレスを減じるのみならず、様々な知識や刺激が
回は温泉、その次はスポーツを予定している。な
仕事に創造的なアイディアを齎したり、健全で活
お、若者が主な対象であり、内容も私の学生時代
性化した脳がこの乱世に相応しい柔軟な発想を生
も含めた若い頃のものであり、古い情報が少なく
み出すだろう。既存の概念や制度が溶解していく
ないことを御容赦頂きたい。結婚前、子供ができ
答えのない時代には、座して死を待つのではな
る前のものが多い。しかし、逆に、管理職になる
く、自らを複眼的、重層的な環境に置き、プロア
前の残業毎月 200 時間時代でもワークとライフの
クティヴに行動することがサバイバルの確率を高
両立は可能だったということである。自分は徹夜
める。従って、私生活の充実と仕事の生産性はウ
の連続を厭わないワークホリックと揶揄されてき
インウインの関係にある。今、働き方改革は政府
た。近年も 3.11 大震災後のような勝負時は数か
17
ファイナンス 2016.11 番外講話
そして、その講演聴衆と面談相手という双方の
連載
もそっちが中心になって本末転倒だが、趣味の話
月間、ずっと土日もなかった。ただ、そうした戦
からは殆ど無意味だ。空港とホテルと交渉会場を
時に全力で貢献できるよう、平時は力を貯える必
回るだけだし、安全と便利が確認されていて刺激
要があるし、多様な環境で多様な思考を育んでお
も現地の方とのふれあいも少ないからである。バ
くことが乱世への対応に有益だ。もう 6 年前にな
ックパック自由旅行とツアーと出張を比べると、
るが、財務省改革に携わった時、当初、大臣か
未知との出会いの喜びにせよ、五感への刺激にせ
ら、平日でもデートができる財務省にするよう指
よ、サバイバルの訓練にせよ、その効能は万対百
示を受けた。結局、『財務省が変わるための 50 の
対一というのが実感である。
提言』では「平日にデートも家族サービスもする
更にいうと、ある段階になると、未知の国にい
が、いざとなれば寝食を忘れてやる」となった。
きたい思いよりも、あそこをもう一度みたい、あ
この両立が大事だ。一度しかない人生を豊かにし
れを家族に見せたい、という欲望が強くなる。加
よう。明日死ぬかもしれないのに色々しないとも
齢で保守化したのかもしれないが、やはり、行き
ったいない。そして、そこから生まれるより質の
たいと思ったところから行っていると、新たな渡
高い仕事で社会に還元しよう。より幸せな社会
航先の限界効用は低下するのだろう。複数回訪れ
と、より幸せな貴方自身のために。
ているのはエルサレムやツェルマット、カルタゴ
それでは海外旅行編から始める。
など増えていき、ガラパゴスは三回行った。(上
連載
【バックパックで自由に回ろう】
述の趣旨から無数の出張関係は無視する)。ただ、
同じところに行っても、感性が敏感で、吸収力も
番外講話
海外旅行というと、これまで何カ国いったかと
若く、仕事の悩みも軽微な若い時の滞在が圧倒的
聞かれることが多い。80 カ国を超えるが数える
に強い印象を残している。家族を持ってからは、
のを止めた。まず、数えようがない。最初に滞在
どこに行ったかよりも、一緒に経験を共有したこ
した時のソ連やユーゴ、チェコスロバキアが分裂
と自体が重要となると共に、チャンネル選択権は
し、東西ドイツは統合した。イエメンは統合して
喪失する。
から、ナミビアは独立してから行ったし、チョコ
なぜこんなことを若い人達にいうかというと、
スロバキアは分裂後、双方を訪れたので問題ない
二つある。まず、結婚したり子供ができると著し
が、将来、スコットランドやカタロニアが独立し
く人生の機動力がなくなるし、価値観が保守化す
たり、(可能性は更に低くなったが)EU が政治
る。私も結婚してから危険な国に行くことは一切
統合したらどう数えるのだろう。たまたま、今、
なくなった。お城や美術館巡り、スキーリゾート
独立主権国家で数えるのは余り意味がない。中国
などが中心となる。また、社会的地位が形成され
とバチカンが同じワンカウントも変ではないか。
てくると、人質になったりした場合の社会への迷
それ以上に、滞在の質によって全く意味が違うも
惑は桁違いになるので、自由度も決定的に低下す
のを合算しても仕方がない。本稿では、ツアーで
る。もうひとつは、次世代は、これだけ海外旅行
はないバックパックの個人自由旅行を推奨してい
のハードルが下がったのに、余りいかなくなった
る。本来なら、それも事前準備もなく、現地調
ことが残念だからである、特に、面倒だが自由な
査、現地調達、1 日 1 ドルといったことを基本と
旅のスタイルが減っている。我々の世代より英語
することが最も面白いのだが、私も、総合旅行業
教育に恵まれているし、様々な言語の習得手段が
務取扱管理者という責任ある立場でもあり、事故
充実しているし、旅行情報もネットを含めて幾何
を起こされても困るので、過度の無計画は慎み、
級数的に増えているし、為替も遥かに有利だ。こ
事前の調査と手作りの企画も楽しんでもらいた
のグローバリゼーションで人もものも資金も情報
い。他方、日本人環境のツアーは効果が著しく軽
も国境を無視して動く時代に、ひとり我が国にお
減するし、ましてや、仕事での出張は本稿の趣旨
いて研究者が国内ポストに安住して留学しなくな
18 ファイナンス 2016.11
WLB 時代の若者への番外講話シリーズ①
バックパックで海外旅行をしよう
ったり、商社マンや外交官が子供の受験等の観点
っても、日本でやれないスポーツであっても何で
から海外希望が減少し、内向きになっていること
もいい。本物を、それが歴史的に生きてきた空間
は極めて危険であり、少なくとも、海外旅行で世
で感じることは、絶対に、他に代替できない。ど
界を知り、感性を高める必要がある。実を言う
んな分野、どんな切り口でも無数に面白いところ
と、日本人の女性には、こんな辺鄙なところでと
があるという例は、後で具体的に示す。
驚くようなところでよく出くわす。私なんかの
また、気分転換も重要な機能だ。日常と異なる
100 倍上手で、現地に馴染んで地元の方に敬愛さ
環境に身を置くこと自体が、日々のストレスから
れながら永住している方も少なくない。だから、
精神を開放する。雄大な大自然や素晴らしい芸術
日本男児に特に申し上げたい。
に触れる場合は尚更だ。会話もままならぬ現地の
旅行情報というと、私がバックパック旅行を始
方と友達になる、親切にされる、お手伝いするこ
めた頃は、日本語では昭和 54 年創刊の「地球の
とがあれば日常の社会環境では味わえない感激と
歩き方」が既に存在したが、途上国は殆どカバー
なる。転地効果も実在する。
迷い方と言われていた。地図もよく間違ってお
知識が増え、感性が豊かになり、友達も増えるだ
り、私も随分、記事を寄稿したが、今はかなりよ
ろう。しかし、それ以上に、何が起るか判らない
くなったようである。結局、当時、一番活用した
緊張感を維持して五感を研ぎ澄ますこと、そし
のは、真っ先に現地観光案内所で無料で貰う地図
て、時に襲い掛かる危機を自力で乗り越える経
やパンフである。勿論、それだけでは不安なの
験、そのような危機を未然に防ぐ準備と警戒の訓
で、Lonely Planet シリーズにはお世話になって
練によって、大いなる自信とサバイバル能力が身
きた。実はその創設者で旅行家のトニー・ウィー
につくに違いない。私が多少、怖いもの知らずに
ラー、モーリーン・ウィーラー夫妻に 2005 年に
なったのは、武道をやっていたからではなく、海
シンガポールでお会いしてお話を伺えたことがあ
外旅行中に死にそうな局面を何度か乗り越えた人
った。
“The Lonely Planet Story”という新刊の
生観からかもしれない。
キャンペーンでシンガポールを訪問されていた機
会であったが、シリアスな探検家というより、驚
くほど明るく軽やかな雰囲気な夫婦だった。因み
【行きたいと思ったら、早く動こう】
好奇心から見たい、行きたい、感じたいと思っ
に、彼らの出発点は、ロンドンからユーラシア大
たら、仕事の都合や資金繰りがつく限り、早く行
陸を横断し、オーストラリアまで渡り、最後は
くべきだ。勿論、恋愛経験の後の小説と同じく、
27 セントしか残らなかった極貧の新婚旅行であ
経験や知識があるほど、旅行で学ぶものも深くな
るが、旅行ガイドを出版する Lonely Planet 社を
るが、間に合わなくなりかねないからである。
設立し、成功したら、BBC Worldwide に売却し
た 200 億円ともいわれる資金を元手に慈善基金を
運営するという、見事な人生である。
【海外旅行の効用】
○そもそも見たいものが破壊されてしまうことがある
一番、行っておいてよかったと思うのはシリア
のパルミラ遺跡である。美しいベル神殿をはじ
め、イスラム国に無残にも破壊されてしまった
海外旅行が人生に与えてくれるものは多様かつ
し、今は危険でとても観光対象ではない。、シリ
無限だ。一番、自然なのは、見たい、知りたい、
アには現在、レベル 4 の待避勧告が出ており、人
聞きたい、感じたい、やりたい、という溢れ出る
質にならないためにも、渡航してはならない。当
好奇心の満足である。それは、大文明の遺跡であ
時、ダマスカスから足を伸ばすか迷ったし、実
っても、美しい自然であっても、憧れの芸術であ
際、ホムス経由で帰るカルナック・バスがエンコ
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ファイナンス 2016.11 番外講話
更に、海外旅行は人間を鍛えてくれる。勿論、
連載
していなかったし、真偽の確認が不十分で地球の
し、何キロも砂漠の中を歩かされたが、それでも
もう少し、タイミングの重要性を示す。ソ連時
本当に素晴らしい遺跡で行った甲斐があった。傍
代にモスクワのボリショイ・バレエとレニングラ
のイスラエルが支配するゴラン高原も中東の地政
ード(現セントペテレスブルグ)のキーロフ・バ
学的緊張を知るのに最適の場であり、私が旅行し
レエを観劇したが、ボリショイのフィーリン監督
た頃は南方を一望できる地理、ヨルダン川の元と
襲撃事件など、良くも悪しくも随分と変化してし
なる豊富な水源、そしてダン・キブツといった実
まっている。そもそもキーロフは 1992 年にマリ
効支配も目視できたが、今は退避勧告先だ。
ンスキーに名前が戻ってしまっているし、ボリシ
同じく、内戦前に訪れたイエメンの紀元前 10
ョイ劇場は 2005 年から 2011 年に改修・改築さ
世紀に遡るサヌア旧市街も極めて美しく、1,2
れている。因みに改修工事は曲者で、時々、その
階の窓がない数千の日干しレンガを積み上げただ
ために閉館してしまっていたり、別の劇場になっ
けの不思議な高層住宅と個性的なお店が並ぶ。し
てしまうことがある。英国のストラットフォー
かし、2015 年からの内戦でサウジアラビア主導
ド・アポン・エイボンの RSC(ロイヤル・シィ
連合軍の空爆で破壊されてしまい、入国も困難に
クスピア・カンパニー)には屡、訪れているが、
なっている。
直近に家族と行った時は、メインの劇場が改修中
連載
太古の技術水準にも感激した中国の万里の長城
だったため、暫定的なコートヤードで観劇するこ
は、最近、原形をとどめぬまでにコンクリートで
とになった。更にいうと、近年もパリ・オペラ座
塗り固められたそうで、戦争でなくてもいつ消え
やベルリン国立バレエでも発生したが、ストライ
るか判らない。
キで中止されてしまうこともある。これらは早く
番外講話
他方、間に合わなかったのはアフガニスタンの
行けというより、情報収集の重要性を示す話だ。
バーミヤーン遺跡で、2001 年、タリバンに爆破
自然破壊や地球環境問題も無視できない。進化
されてしまった。渡航を逡巡したことを悔やむ。
論への関心から、エクアドルのガラパゴス諸島に
ほぼ 10 年おきに 3 回訪れたが、3 回目は未だ有意
○その時しか見れないものもある
義だったものの、最近の話を聞くに、もう行く気
市場開放前のソ連、中国、キューバ、革命前の
になれない。3 回目に行った時、島に宿泊施設が
東欧や北アフリカを見ていたことは、現在との比
出来ていて驚いたが、その後、急に、人が持ち込
較においても大いに勉強になった。
む動物等で生態系が変わってしまっており、もは
特に、ルーマニアを訪れたのはチャウチェスク
や、ダーウィンが見た光景ではない。イタリアで
夫妻が処刑された直後であり、黒こげ、砲撃の穴
は 176 の運河が美しい水の都ヴェネツイアは、水
だらけのブカレストであった。共産党本部や救国
没する前にご覧になったほうがいいかもしれな
戦線協議会本部以上に、破壊された盗聴施設で無
い。米国イエローストーン国立公園の間欠泉オー
数の電話線が無残かつ不気味に晒されていたのが
ルド・フェイスフル・ガイザーは高さ 60m とい
印象的であった。部分自由化以前のキューバや中
う高さ以上に、68 分間隔に噴出するということ
国は、より純粋な共産主義の実像を直視できた機
で有名であり、そのように命名されたが、私が行
会であり、体制論を考える上で大きな影響を与え
った時は既に 90 分間隔であり、いずれ地下水枯
られた。今は社会全体に市場が歪んだ形で入り込
渇でみられなくなるかもしれない。既に渇水して
んでいるが、昔は、統制経済と闇経済が分裂共存
しまった河川、湖もあるので、地球環境を守ると
し、後者が市民によりレレバントなものとなって
ともに、早めに行った方が良いところが枚挙に暇
いた。この一年、G20 議長国の中国に 5 回行って
なし。
いるが、勿論、出張なので何も判らないものの、
とても同じ国とは思えない相違を実感する。
20 ファイナンス 2016.11
WLB 時代の若者への番外講話シリーズ①
バックパックで海外旅行をしよう
○季節的なタイミングも大事だ
1 年間の中でいつ行くかも大事である。音楽祭
たい。真剣にそうお願いした上で、死にそうな経
験を多々すると、現世で怖いものがなくなるとい
にぶつけていけば、勿論、楽しいがチケット入手
う効用があることも敢えて指摘しておく。
が困難だし、大変な混雑だ。オーストリアのザル
○ アパルトヘイト撤廃前の南アフリカを回って
ツブルグは音楽祭のピークというよりは前夜祭的
いた際、一人でソエトを、マンデラハウスなど
なシーズンに行った。至るところでモーツアルト
など、散策していたら、薄暗い時間となり、気
のイベントがある一方、そんなに混まず、欲しい
がついたら、十数人の黒人青年に囲まれ、うち
席は確保できたので、悪くない選択だったと思
少なくとも数人がナイフを持っていた。ナイフ
う。美しい装飾と華やかな雰囲気が楽しめる欧米
をいきなり振りかざしてきたので、交渉の余地
のクリスマス期も最高だが、やはり高いし混雑す
はない。服を含め全ての荷物を渡せば開放され
る。フランスのプロバンス地方を秋のオフシーズ
たかもしれないが、パスポートから全財産まで
ンにレンタカーで回ったことがある。博物館等は
携帯していたので、そうもいかない。動揺して
閉館してしまっていたが、道はすいているし、キ
いる間に囲みが狭まってきて戦うか逃げるか降
ャッスルホテルも格安だし、アビニオン橋を独占
参するか、恐らく 5 秒間か、必死で考えた。無
して写真を取れるし、得した気分だった。
事、帰国するには何も渡さずに逃げるしかない
判断であり、旅程に余裕があれば、スコールの雨
合を発しながらやって怯んだ隙に、囲みの合間
宿りで涼むのは悪くないが、旅程が崩壊するリス
を縫って全力疾走でわき目も振らず逃げた。
クも無視できない。雨季の後が一番、滝の水量が
20 分は走り続けただろうか、人通りのある大
豊かといったことも重要な観点である。高緯度の
通りに達して後ろを向くと追っ手はおらず何と
場合は、夏か冬で、白夜の明るさを経験したい
か生き延びた。ヨハネスブルグ全体も暗く危険
か、一日中真っ暗の独特の雰囲気を味わいたいか
な雰囲気であり、明るいケープタウンまで行っ
の選択となる。私は前者をアイスランドのレイキ
て漸く、少し、安心した思いがした。(教訓)
ャビクで一晩、公園に寝そべって過ごして楽し
当たり前だが、危ないところに一人で、特に暗
み、後者はロシアのムルマンスクでしみじみと味
い時間にいかない。そのためには、どこが危険
わった。未だソ連時代だったので、一層、なんと
かの情報収集を怠らないこと。また、地理の把
も言えない重い暗さに圧倒されつつ、しかし、軍
握は効率的な旅程のみならず安全にも重要であ
事的必要とはいえ、こんな極限的なところに都市
り、逃走に成功したのは、地図を暗記していた
を築いていることを目にして、多くを学んだ。
からで、もし道に迷うようなことがあれば帰国
【死にそうになったこともある、準
備と警戒は怠らず】
できなかったであろう。
○ インドのバラナシ(ベナレス)でガートを川
から見ようとガンジス川の筏に乗った。母なる
早く行け早く行けと、ちょっと、エンカレッジ
ガンガーはすべてを浄化する神聖な場である
する話に偏ったかもしれないので、具体的な旅行
が、神も仏もあったものではない、なんと、二
テーマに入る前に、私がこれまで直面した危機を
人の船頭さんが突然、追いはぎとなり、唯一の
幾つか話そう。これは真似するのではなく、反面
乗客である小生を囲んで、命が惜しければ全て
教師として、こうならないよう注意という趣旨で
の持ち物を出せと宣告してきた。筏の上なので
ある。バックパック自由旅行を推奨する以上、そ
逃げられない。とにかく、勘弁してくれと訴え
の危険もしっかり判ってもらい、安全にかかわる
つつ、大声で河岸の人たちに助けを乞うた。大
ようなリスクをミニマイズするように努めて頂き
騒ぎになってきたので、船頭達は、仕方なく岸
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ファイナンス 2016.11 番外講話
と判断し、少林寺拳法の下手な演武を大声の気
連載
雨季と乾季の選択も、気温とのセットで重要な
壁に戻り、その後、私と船頭達は村人の集団に
入る国境でも、同じコンパートメントで仲良く
村の集会場らしき場に連行された。お白洲みた
なったトルコ人青年が、目の前で、官憲に、引
いなところで、私はとにかく恥も外聞もなく、
きずられるように連衡されていった。
いかに自分が貧しい旅行者か、全力で自らの可
○ ザンビアとジンバブエの国境、ビクトリア滝
哀想さを訴えた。その後、村の幹部達の合議と
の検問の手前で突然、見知らぬ若い女性が結婚
なり、最後、村の長らしき長老がぼそっと何か
してくれと言ってきた。自分がもてるわけがな
告げたあと、私は解放され、一目散で逃げた。
いと冷静に判断して英語がわからないふりをし
恐らく、こんな貧しい客人を苛めたら村の恥だ
て逃げたら、背後で、その方が逮捕されてい
とでも判じてくれたのだろう。なお、救う仏も
た。おそらく偽装結婚で国境を越えようとして
あるもので、その後、知り合った仏教徒のイン
いたようだったが、巻きこまれるところだっ
ド人がシッダルタが悟りを開いたブッダガヤま
た。ちょうど、ザンビア側の町では、印僑を原
で連れて行ってくださり、マホーボディ寺院の
住民が襲撃し、黒焦げになった町を通過したの
悟りの菩提樹(実は、焼け残った根株に株分け
で、自分の危機感覚が研ぎ澄まされていてよか
して海外で生存していた樹を根付けしたもの)
ったのかもしれない。(教訓)突然、もてるよ
で反省するに、嫌いになりかけたインドがまた
うになるわけがないことを自覚しておくこと。
好きになった。因みに、このインド旅行はスタ
○ クーデターでブットー首相が解任された翌週
連載
ートから悲惨で、夜中にニューデリーに着いた
にパキスタンのカラチに飛んだ。そんな非常事
ら公共バスがなく、白タクに提携ホテルに連れ
態であるし、愚かなことに、日本人に観光ビザ
番外講話
て行かれ、タクシー代もホテル代も一銭も払わ
が必要になったらしいことを知らず、空港で不
ない交渉を成功させるのに大変苦労したし、帰
法入国のように拘束されてしまった。翌日は独
国は電車が 24 時間遅れて着いたカルカッタ
立記念日で領事館も開かないだろう。当方に非
(今はコルカタ)からで、刑事ドラマやダイハ
があるようだ。今回はとにかく泣き落としで、
ードのように反対車線を走ったり、病院構内を
偉大なモヘンジョダロを一目みるため、全財産
走り抜けたりして、ぎりぎり、飛行機に間に合
をはたいてここまで来たと訴えたら、なぜか、
った次第。
(教訓)逃げ場のないところに行く
お前は空港ホテルから出ないということで入国
場合はなおさら、事前チェックを怠らず、自信
させてやるが、本当に出ないかはお前次第だ、
がなければ、諦めること。万一、トラブルに巻
と告げられて釈放された。その後、空港ホテル
き込まれたら、現地人を味方につけること。
を抜け出してモへンジョダロに行くべく、ラル
○ ヨルダンのアンマンからぺトラ経由でアカバ
カナへの飛行機に乗ったら、なんと、失脚した
に向かう JET バスで隣り合わせたイラク在住の
ブットー首相がご一緒だった。オクスフォー
アイルランド人が、ラジオを聞きながら、どう
ド・ユニオンの議長に就任した初のアジア女性
も戦争のようだ、と不安そうに私に相談し、停
で親近感をもっていた(因みに、アウン・サ
留 所 で 突 然、 消 え て し ま っ た。 す な わ ち、
ン・スーチーもテレサ・メイもオクソニアンで
1990 年 8 月 2 日、湾岸戦争の契機となったイ
あるだけでなく、私と同じカレッジである)の
ラク軍のクウェート侵攻の時、私はヨルダンに
で、嫌な思いも忘れて、遺跡を楽しむことがで
いた。ヨルダンとイラクは特殊な関係にあった
きた。(教訓)ビザが必要になっていたとした
ので、彼は拘束された可能性がある。私は迂闊
ら 100%自分が悪い。時にビザ規制が変更にな
にも事態の深刻性に気づかず、そのままアカバ
ることもあるので、直前まで入国規則や安全情
でのスキューバダイビングに向かった。
報についてしっかりチェックすること。ビザは
トルコからユーゴスラビア(当時)に電車で
22 ファイナンス 2016.11
日本でしか入手困難な場合が多いし、仮に現地
WLB 時代の若者への番外講話シリーズ①
バックパックで海外旅行をしよう
で取るにしても大量の時間が無駄になるので、
よい。現地で信頼できる友人ができれば泊めて
日本で入手を徹底すべきである。
もらうのもひとつだが、これはリスクも高く、
○ 米国の国立公園をヘルツ社のレンタカーで回
ロサンゼルスで逃げ出したこともある。モロッ
っていたら、モニュメント・バレーとグラン
コのフェズでスーク(市場)が織りなすメディ
ド・キャニヨンの間の砂漠のようなところでエ
ナ(旧市街)を練り歩いていたら遅くなり、行
ンジンが止まってしまった。うんともすんとも
き先のマラケッシュ行きバスは朝4時発だった。
動かない。電話も水も食料も殆ど用意なく、だ
困ったなとブラブラしていると、モロッコ人の
んだん暗く、寒くなっていく。親切な車に最寄
青年が寄ってきて、困っているならうちにこい
りのケーンタという町(といっても何もない)
と言ってくれる。これはやばいかなと必死で計
のガソリンスタンドまで牽引してもらい、そこ
算したが、どうも悪人には見えない。着いてい
で代替車を深夜まで待って、事なきを得た。流
ってみると絨毯屋でご家族と一緒に手で夕食を
石にレンタカー屋も悪いと思ったのか、車がリ
頂き、早朝まで仮眠させてもらった。(教訓)
ンカーンコンチネンタルに出世していた。
(教
ただ、これは幸運だったからで、真似をしない
訓)先進国でも思わぬリスクに直面する。何も
いほうがいい。宿泊(ないし、代替手段)も昼
ないところを長区間、通るときは最低限の水と
のうちに確定させておくこと。駅等のコインロ
食料を携帯すること。
ッカーの場所、数や空き状況も確認しておくと
ラパスの月の谷などでも経験した。真っ暗とな
いい。荷物を監視しながらだと良質な睡眠が取
れないので、可能な限り預けた方がいい。
○ 格安チケットは乗りそこなうと紙切れに化
いつまで立ってもこない。一応、現地で時間を
す。ボリビアのラパスで本当に乗り遅れそうに
確認したのだが、ガセネタか、余り言葉が通じ
なった。滑走路で飛行機が扉も閉じて動き出さ
ず(よく我々も時々やってしまうように)とり
んとしている。もう帰国できなくなる。是非も
えず大丈夫と言われてしまったようだ。とにか
ない。とにかく滑走路というか駐機場を飛行機
く帰りのバスはもともとなかったことは間違い
めがけて全力疾走し、扉を開け、タラップもお
ないようだ。たまたまトラックのヒッチハイク
ろしてもらい、何とか乗せてもらった。機内ス
に成功したから帰れたが、数時間待ったと思
タッフと乗客の皆様に丁重にお詫びした。実
う。イスラエルのオリーブ山の麓にあるゲッセ
は、大昔、ベルギーのブラッセルでの乗り換え
マネの園からの帰りも足がなくなりヒッチハイ
で時差を間違えて、乗り過ごしてしまったこと
クだったが、運に頼るのは危険だ。(教訓)徒
もある。格安だったので、無効になってしまっ
歩で帰れないところに行く場合は、移動手段を
たことはいうまでもない。
(教訓)下手したら、
くどいまでも確認すること。また、ヒッチハイ
テロリストと間違えられてセキュリティに銃殺
クの習慣は国によって異なるので、簡単な現地
されていたかもしれない愚行である。絶対に真
語と共に、事前に勉強しておくとよい。
似しないように。国際便は定刻の 2 時間前に必
○ 寝るところがないこともある。安いところが
一杯であったり、時間の関係で一泊料金を払う
のはもったいない場合もある。欧州であれば夜
行列車で宿泊を兼ねるのが節約の基本である
し、先進国なら、バス停や駅で、荷物はロッカ
ず到着できるよう万全の準備をしよう。
【本編:きっかけは何でもいいん
だ。百人いれば百通り。
】
先ほど、動機は何でもいいと言った。その証拠
ーに放り込み、鍵と貴重品を下着に隠して、新
に、全くランダムに、この分野だとこんな感じと
聞紙を腹に巻きつつ、ベンチで寝るのも効率が
いうのを、私が滞在した場所の中から例示しよ
23
ファイナンス 2016.11 番外講話
り、温度もどんどん下がるのに、帰りのバスが
連載
○ 同様の、足がなくなる心細さは、ボリビアの
う。千箇所以上、紹介したいところがあるが、と
た。日本の温泉もそうだが、その地の伝統に心身
ても時間がないので、色々なジャンルで数箇所ず
を浸し、一体化するのがよい。一番変わった温泉
つ、特に行って見て面白かったところを示す。今
は前述したシリアのパルミラ遺跡の中にあるエフ
回示せなかった素晴らしいところも無数にあるの
カの泉。砂漠の真ん中での硫黄泉への入浴は素晴
で、ここに行ったらいいという趣旨ではないが、
らしい寛ぎとなった。いずれにせよ、温泉につい
皆さんのそれぞれの関心にひっかかって、自分も
ては第二回講話で話すので、これくらいにする。
どこかに行ってみようという気が少しでもしてく
れれば幸いである。ただ、冒頭の温泉とスポーツ
―日本でできないスポーツを―
については、それぞれ、第二回と第三回講話で扱
○スキューバダイビング
うので、全く簡単な触りだけにする。
―海外駐在中に飢えるのは温泉と日本食―
私はスキューバのライセンスをパラオで取っ
た。海や川、湖で泳げそうなところがあれば、可
能な限りスキューバ、無理でもシュノーケリン
温泉ソムリエマスターとして断言する。日本の
グ、海水浴に寄るようにしている。日本にない生
ような温泉は世界に存在しないし、圧倒的に世界
命に出会えるだけでなく、全くの別世界を経験で
一だ。それは泉質から浴場、環境、文化あらゆる
き、生命が海から誕生したとすれば、まさに、別
意味で、そして、その組み合わせでそうである。
の宇宙で生きる感覚を味わえる。紅海のアカバに
連載
海外に住んでいる時に日本食と並んで一番困るの
潜るときは、近眼の対応に困った。怪しげだが親
が温泉の欠如である。私の場合、禁断症状までは
切なショップのおじさんが眼鏡の柄を螺旋回しで
番外講話
いかないが、とにかく入浴したくなる。
外して、ウルトラセブンのウルトラアイみたいに
海外の場合、水着になってしまうだけでなく、
なったのをマスクの中に固定もせずに入れたら、
そもそも飲用だけのところもあって、注意が必要
見事に機能した。ここがこれまでで一番美しかっ
だ。英国に居たときは、バースに行っても入浴は
た海だ。有名なのはエジプト側からだが、ヨルダ
できなかったので(10 年前からスパ施設ができ
ン側のアカバからは客は私一人なので美しい大洋
たそうだが未だこちらには行っていない)
、世界
を独占する気分だった。逆に、豪州のグレートバ
最大の露天風呂といわれるアイスランドのブルー
リアリーフは人間が多く来すぎているからか、不
ラグーンまでいった。米国に住んでいる時は、海
自然さが残るものだ。勿論、エイジンコートリー
亀産卵を見られるトルチュゲロとセットでコスタ
フではなく、もっと遠くにいけば違うのだろう
リカのカリメリ火山の傍のタバコンに行く。川の
が、減圧症を避けるには、複数ダイブすると飛行
一部が温泉になっており、日本で言うとカムイワ
機搭乗まで 18 時間待たなくてはいけないので、
ッカの滝を雑にしたようなものだ。欧州大陸を旅
日程の制約のある我々は不利である。モルジブ、
行する時は、寄れる限り、多少迂回しても必ず温
フィリピンのセブは勿論、美しかったし、やは
泉地を入れてきた。優雅なブダペストのゲッレー
り、タツノオトシゴが見られたガラパゴスのよう
ルト、体が浮くオーストリアのバート・イッシュ
に、場所が違うと全く違うものが見られるのが醍
ルのカイザーテルメ(今はユーロテルメ)
、永田
醐味である。因みにモルジブは島とホテルリゾー
鉄山の一夕会の契機を生んだドイツのバーデン・
トがほぼアイデンティカルなので、ホテルが決ま
バーデン、ゲーテ、シラーからショパンまで愛し
らないとどの島に渡ればいいか判らない仕組みだ
たチェコのカルロヴィ・ヴァリ、いずれも、日本
ったが、ホテルの予約がうまく入らなくて難渋し
の温泉の伝統概念からは評価しがたいが、欧州の
たことがあった。他方、潜らなくても、楽しめ
歴史の中に身を浴すると、素晴らしい体験とな
る。ウエストバンクの死海には、その独特の浮く
る。文豪たちを思い浮かべながら町と共に楽しめ
感覚(目が潰れるほど塩度が高く、浮きすぎてと
24 ファイナンス 2016.11
WLB 時代の若者への番外講話シリーズ①
バックパックで海外旅行をしよう
ても泳げない)が忘れられなかったので再度行っ
アスペン、バンフ、ウィスラー・ブラッコム、ベ
たし、キューバのベラデロ、イスラエルのテルア
イル、いずれも巨大で、日本最大のものの数十倍
ビブ、ケニアのモンバサ・ディアナビーチ等、旅
の規模で、何よりもロングランが楽しい。ベイル
程では想定していなくても、突然、入水できるチ
のパウダースノーと街の活気も素晴らしい。景色
ャンスを掴めたことがあったので、嵩張らない海
でいうとレイク・タホのヘブンリーから見下ろす
水パンツを常備しておいて損はない。温泉で必要
風景も最高だ。ただ、それでも私が世界で一番好
なこともあるし、運動着やパジャマの代わりにも
きなのは八甲田。スポーツについては第三回講話
なる。バルバドス等、海のリゾートに行くときは
で扱うのでこれくらいにしておこう。
それが目的なので当たり前だが、想定外に泳げた
時の喜びは計り知れない。
○スキー
―余りに距離も財布も遠かった芸術が余り
に身近に―
先にバレエ、ソ連時代のボリショイとキーロフ
だ。全く、スケールも雪質も日本列島と異なる。
一般に海外がいいのは、歌舞伎座の一幕見席のよ
一番、好きなのはスイスのツェルマットである。
うな天井桟敷、立見席、当日券の世界が充実して
雪は良いし、マッターホルンをはじめ景色は最高
おり、予約なしで安価で観劇できる可能性が日本
だし、街も楽しい。夏を含め三回訪れたが全く飽
より遥かに高いことである。TKTS を多用してニ
きない。面白いのはスキーを履いたまま国境を越
ューヨークのブロードウェイ、そして、ロンドン
えてイタリアのチェルビナまでいけるところで、
のウエストエンドには数十回通っている。オフ・
亡命気分だ。中欧だと、2 回冬季オリンピックを
ブロードウェイも楽しいが、アンドリュー・ロイ
ホストしたオーストリアのインスブルックも思い
ド・ウェバーのキャッツやオペラ座の怪人等々を
出深い。氷河で一年中滑れるシュトゥーバイヤー
劇団四季も含め、日英米で比較するのも面白い。
は余りに有名だが、文字通り、氷のような雪面
日本の猫の方が可愛らしく思えるのは日本人だか
で、当時未熟な技術だった私は優雅な滑りをみせ
らか。因みに、ロイド・ウェバーはオックスフォ
る現地の子供たちを羨ましく思ったものだ。街も
ード大学出身であるが、オックスフォードのシェ
美しく、ハプスブルク帝国時代の歴史に溢れ、飽
ルドニアン劇場で上演されたエビータは最悪で、
きることはない。
やはり、芸術の市場は厳しい。
先ほど、至る所に泳げる、潜れる機会があると
6 年住んだワシントン DC にはケネディ・セン
いう話をしたが、スキーも諦めることはない。一
ターがあるが、ニューヨークのリンカーン・セン
筆書きで世界一周旅行の最中、夏の北半球から冬
ターとは全く違う。メット(メトロポリタン・オ
のニュージーランドはクライストチャーチに飛ん
ペラ)とワシントン・ナショナル・オペラ、ニュ
だので、軽装備だったが、近くにマウント・ハッ
ーヨーク・フィルと NSO(ナショナル・シンフ
トスキー場があると知った。聞くと何でもレンタ
ォニーオーケストラ)は比較のしようもない。た
ルできるそうだ。意を決して殆ど手ぶらで登り、
だ、地元の人々は愛しているし、愛着があると更
板からグローブまで借りて楽しんだ。正直、雪質
に楽しめる。それぞれの街で誇りある現地の方と
は最適ではなかったが、思いがけない機会に得し
一緒に味わえばいいと思う。コツは、着いた街で
た気分だ。自由旅行の醍醐味のひとつはこの想定
真っ先にインフォメーションセンターに行き、地
外の体験ができることである。
図を入手したり、宿泊先をアドバイスしてもらう
余りの広大さとダイナミックさに感嘆し、何日
際に、併せて、その街のイベントのパンフをもら
かかっても制覇できないのが北米のスキー場だ。
い、気になったら、その場で予約の仕方等を聞く
25
ファイナンス 2016.11 番外講話
の話をした。これはダフ屋で高く買わされたが、
連載
スポーツでもうひとつだけあげると、スキー
ことだ。大抵、無料の資料があるし、そこでチケ
スウェーデンのウプサラ大学で、北欧最古、植物
ットを買えることもある。バックパックの時は町
学のリンネや摂氏のセルシウスを輩出している。
に着く直後にコンサート等の情報をインフォメー
冬はすることがないから研究に集中できたそうだ
ションセンターで聞く習慣をもっており、オラン
が、学問ができそうな空間にうっとりした。
飛び込みで楽しんだことが無数にある。欧米で
アメリカ史まで様々な世界が濃厚に無料で楽しめ
は、寄付や自治体補助のおかげでとにかく安いの
るワシントン DC のスミソニアンだ。スミソニア
で、得した気分にもなる。ひとつ注意が必要なの
ンではないが隣のやはり無料のナショナル・ギャ
は服装だ。欧州ではオペラやクラシックコンサー
ラリーと併せ、軽く 1 週間以上、飽きずに過ごせ
トは大人の世界で、余りにカジュアルだと断られ
る。ベン・スティラーのナイトミュージアム 1、
たり、居心地が悪いリスクがある。荷物に余裕が
2 を見た後、ニューヨークのアメリカ自然史博物
あるなら、防寒も含め、汎用性のあるジャケット
館とこのスミソニアンを再び見ると、更に楽しめ
とタイを備えておくのが一つだが、普通、バック
た。去る 2016 年 9 月にはアフリカ系米国人歴史
パッカーは持ち歩かない。その時は、比較的まし
文化博物館も新設されている。旅行のトランジッ
な服装をワンセット持つと共に、現地でジャケッ
トのハブとなるパリに行く度に寄っていたルーブ
トとタイを借りることを試みるのもいい。多くの
ルも無限に見るものがあるが、これも、私のよう
な俗物は、ダ・ヴィンチ・コードを観た後、更に
高級レストランでは貸してくれる。
番外講話
博物館でハイエスト・バリューは航空宇宙から
連載
ダのコンセルトヘボウ等々、当初の予定はなく、
だ。ドイツのベルリンフィルハーモニーで思い切
美術は、芸術家の人生等、事前に知識があった
って、何枚もの関門を突破して突入したら、東洋
方が深い鑑賞ができることは当然であるが、自分
人初のコンマス(コンサートマスター)になって
の感性、直感も大切にしたい。自宅の居間にボッ
未だ 3 年目位の安永徹先生に出くわした。動揺し
シェの快楽の園を飾っている。これは、スペイン
つつ、どれだけ感動し音楽を愛しているか話した
に最初に訪れた時に、プラドで、ゴヤの着衣のマ
ら、一言も自分で弾くとは言ってないのに、どう
ハやベラスケスの女官達などよりも、更にはプラ
も、私を音楽に志して、弟子入りしようとする学
ド別館(居間はソフィア王妃芸術センターに移
生と勘違いされてかどうか、そのまま、ベルリン
設)のゲルニカよりも、素直にこれに運命の出会
市内をドライブして下さった。緊張と恐縮で生き
いをしたからである。別にボッシェが目的でなか
た心地がしなかったが、一生、尊敬申し上げる存
ったのだから、自由旅行は面白い。
本当に好きなら、楽屋を攻撃することも選択肢
面白く鑑賞できた。
在となり、7 年前に定年まで何年も残して退団さ
やはり、美術となると、ミケランジェロ最後の
れた時は驚いた。なお、私はバイオリン全く弾け
審判等のシスティナ礼拝堂を擁するバチカンを含
ない。安永先生、本当にごめんなさい。
め、イタリアが圧倒的だが、気をつけないといけ
―目的なくても癒しの場、美術館―
ないのは開館時間と待ち時間である。フィレンツ
ェでボッティチェッリのプリマヴェーラなどのウ
旅で疲れたら、美術館や博物館、大学でボーッ
フィツイや、アカデミアなど、多くの美術館を一
とするのがいい。大学キャンパスは無料だし、若
日で梯子するのは甘い。大変な行列だし、私が学
者が多くて元気が出るし、気軽に友達を作れる
生時代に行った頃は昼過ぎに閉館(今は夕方まで
し、特に本屋や図書館はその国の学問のファッシ
やっているし、予約システムも存在)してしまっ
ョンが垣間見えて面白い。市場開放前の中国等で
た。主目的が美術館、博物館なら、時間はいくら
購入した近代経済学の本は、よく読めないが、数
あっても無駄にはならないので、待ち時間も勘案
式で水準が判るので捨てていない。渋かったのは
して余裕ある旅程にした方がいいだろう。また、
26 ファイナンス 2016.11
WLB 時代の若者への番外講話シリーズ①
バックパックで海外旅行をしよう
美術館や博物館の中には、ロシアのレニングラー
いずれも流石という迫力だった。イグアス滝(ア
ド(サンクト・ペテルスブルグ)にあるロシア・
ル ゼ ン チ ン、 ブ ラ ジ ル と パ ラ グ ア イ ) は 幅 約
バロック様式のエルミタージュ美術館、中国、紫
4km、最大落差 80m、とにかく大きく、悪魔の
禁城の故宮博物院のように、収蔵品のみならず、
のど笛はすさまじい。ビクトリア滝(ジンバブエ
建築物自体が大変、興味深いことがある。ベルト
とザンビア)は幅 1.7km、最大落さ 150m で、そ
リッチのラスト・エンペラーでも広大さが表現さ
のパワーに、視覚的にも、聴覚的にも圧倒され
れたが、72 万 km と世界最大の宮殿で、今なお
る。私が行ったのは 10 月だが、流量が毎分 5 億
9000 の部屋が残っている。美術館については、
リットルになる雨季が終わる 3 月下旬であれば、
無数の優れた書物があるのでここではこれ以上、
もっと凄いらしい。いずれの滝もお勧めはヘリコ
触れないが、最後に一つだけ。もし、カドバッジ
プター観覧。高価であるが、ここまで来る機会費
ョが好きなら、マルタのセントジョン大聖堂に行
用を考えると、乗らないと損だと思う。
2
くと良い。マルタは青の洞窟や遺跡のハイポジウ
ムなど様々な見所があるが、芸術もなかなか素晴
らしかった。マルタにはシシリーのエトナ山とセ
ットで訪れると効率的である。
いよいよ遺跡の話をする。私の世界旅行の最た
る動機のひとつだったので、本気で話せば何十時
間にもなるため、何とか絞り込んで、ここは大陸
別に紹介する。
連載
―大自然に身を置いて心の洗濯―
―偉大な遺跡に圧倒されて歴史を実感―
大自然ということでは、エクアドルのガラパゴ
○ラテンアメリカ
論に関心があることと、ノースセイマー島のフリ
まずはラ米。マヤ・アステカ、インカ文明の凄
ゲートバード(アメリカ軍艦鳥)やブルーフッテ
さに圧倒されると共に、これを卑怯な暴力で破壊
ッドブービー(アオアシカツオドリ)
、プラザ島
したコルテス、ピサロに怒りを禁じえない。ペル
のランドイグアナが好きで会いたくなるためであ
ーのマチュピチュは標高 2430m で私も高山病に
る。上陸が制限されており、クルーズ船から島へ
なりかけたが、インカ帝国が育んだ奇跡とも言え
出撃する方法であったが、3 回目に行った時には
る偉大な構造に覚醒する。何よりも全く接合剤な
フィンチベイホテルという陸上宿泊施設や小さな
しに切石を隙間なく積み上げる石造技術は現代人
商店街までできていて驚愕した。未だ、最後に訪
には不可能とされる。段々畑まであって極めて高
問した時は良く、既に述べたように、海でタツノ
度な技術と計画が窺い知れる。同じペルーのナス
オトシゴ等々、変わったものが沢山見られたので
カ は こ れ ま で 見 た 中 で 最 も 不 思 議 な 存 在。
大満足であったが、ここ数年でかなり汚染が酷く
450km2 に 700 以上の地上絵が散らばる。夏至と
なっており、更に入島制限を厳しくしているが、
冬至の時の太陽の位置を示すコンドルや蜘蛛、更
自然が元戻りになるにはかなりかかると聞く。も
には宇宙人みたいな面白い絵が散在する。何のた
ともと家畜の導入と外来種の繁殖で生態系が乱
めなのかについては、天文歴説、水乞宗教儀式
れ、ガラパゴスゾウガメも危機に瀕し、様々な保
説、宇宙との通信説、宇宙人の滑走路説等々、
護活動が行われてはいたが、普通の商活動まで持
色々あるが、未だ判らない。宇宙人説も馬鹿にし
ち込んではいけないと思う。
ていたが、現場で見ると、そうかも、という気に
いくら眺めていても飽きないのは滝である。日
させるくらい、不思議だ。実は、絵を見つけるの
本の滝が一番好きだが、イグアス、ビクトリア、
は簡単ではない。幅 30cm 深さ 10~30㎝しかな
ナイアガラの世界の三大滝は、ナイアガラ滝(カ
く、一定の角度からでないとよく見えない。セス
ナダ、アメリカ)はかなり規模的に劣るものの、
ナで空中から観覧するが、かなり激しい飛行で、
27
ファイナンス 2016.11 番外講話
ス諸島にほぼ 10 年おきに 3 回訪れている。進化
隣り合わせた米国人の婦人は酔ってしまって殆ど
のドームなどでは靴を脱ぐ。エルサレムまで行け
窓を見る余裕がなかったようで気の毒だった。メ
ば、イエスが生まれた生誕教会のあるベツレヘム
キシコも見所が多い。4 世紀のテオティワカンの
はすぐであるし、死海で浮遊浴をするなら、マサ
死者の大通り沿いにある太陽のピラミッドは夏至
ダにも足を延ばされたい。ここで、起源 70 年に
の日にピラミッド真正面に太陽が沈むという、天
ローマ軍に追いつけられた最後のユダヤ人が籠城
文学と幾何学の粋だ。しかも、高さは余りない
し、最後殆どが自決し、2000 年もの流浪の歴史
が、縦横 225m と 222m のところ、実は有名なク
が始まる。世界史の最も重要な場の一つだと思う
フ王が 230m 四方なので、相当に大きく、世界 3
と脳裏を年表が駆け巡った。
番目の規模と聞いた。チチェン・イツアは 4 世紀
チュニジアのカルタゴはショッキングだ。紀元
からのマヤ文明と 10 世紀のトルテカ文明が並存
前 3 世紀に絶頂期を迎えるフェニキア人は通商国
し、後者の代表のエルカスティーリョは 365 段の
家として商業と海運で地中海の覇権を獲得してい
階段を始め、暦の算術が詰まっているし、私は確
ったが、第一次、第二次ポエニ戦争で負けて、膨
認できなかったが、春分と秋分の時に蛇が浮かび
大な賠償金を支払い、復興しても第三次ポエニ戦
上がるそうだ。傍にカラコルといわれる天文台も
争で完全に滅ぼされた。そして、実は、遺跡にも
あり天文学の水準の高さが伺われる。隣のウシュ
カルタゴ時代のものは征服したローマに上書きさ
マルは 7 世紀マヤ文明。私が行った頃は魔法使い
れて殆ど残っていないし、是非見たかった円形の
連載
のピラミッドの光と音のショーはなかなか楽しめ
軍港の面影も殆どないのだ。目にしたものはロー
たし、118 段の階段を登れたが、現在、登頂は禁
マにすぎない。しかし、これ以上に、歴史の恐ろ
番外講話
止になっているそうだ。
しさと民族の存続の困難を語るものはない。平和
ボケしている日本人に是非、見てもらいたい。シ
○中東
リアのパルミラはイスラム国にかなり破壊された
次は、中東。世界でもっとも心がアップリフト
(昨年、駐日シリア臨時大使から写真で説明を受
されるのがエルサレム(イスラエル、パレスチ
けたが悲しい惨状であった)し、戦争中で今はみ
ナ)である。最初は 1 人で、次に妻と行ったが、
られないと既に述べたので、紹介しても虚しい
娘を一番連れて行きたいところのひとつである。
が、シリア砂漠の真ん中に紀元前一世紀頃のシル
いうまでもなく、ユダヤ教、キリスト教、イスラ
クロードの中継都市が突如、浮かび上がり、高い
ム教の聖地。ローマに破壊されたヘロデ時代の神
芸術性を示す列柱が並ぶ 1km 以上の大通り、ロ
殿の残骸である嘆きの壁(西の壁)
、イエスが十
ーマ軍が荘厳さに敬意を払って破壊しなかった西
字架を背負って歩いたビア・ドロローサ(悲しみ
アジア式のベル神殿、バールシャミン神殿等々が
の道)と磔にされたゴルゴダの丘に建つ聖墳墓教
並び立つ。パルミラ最大、最古のベル神殿の破壊
会、モハメットが天使を従えて昇天した岩を擁す
のみならず、野外劇場を公開処刑場に使ったイス
る岩のドームやエル・アクサ・モスクのある神殿
ラム国の狂気は許されない。エフカの泉という温
の丘、いずれも多くの人間にとって最も崇高な存
泉の存在は既に述べた。隣国ヨルダンのぺトラは
在だ。更に、聖ヤコブ大聖堂が美しいアルメニア
岩の裂け目の細道からいきなりバラ色の美しく精
人地区もある。多様な宗教と民族が最も大切なも
緻な宝物殿等が出てくるのが壮観であったが、こ
のを抱えながら並存する、まさに世界の平和の鍵
れはエピソードがあるので後述する。
となる地である。なお、嘆きの壁や神殿の丘では
ピラミッドといえば、月並みだが、エジプトが
ノースリーブやショートパンツは禁止。嘆きの壁
圧倒する。ギザのクフ、カフラー、メンカウラー
は頭を出してはいけないが、入口でキッパ(小さ
の三大ピラミッドは紀元前 2500 年頃といわれる
な帽子)を借りて着用して入れてもらえたし、岩
が、現代文明で建設することは不可能だろう。最
28 ファイナンス 2016.11
WLB 時代の若者への番外講話シリーズ①
バックパックで海外旅行をしよう
大のクフ王は 230m 四方、平均 2.5t の石灰岩 250
もらった。お釈迦さまがインド・クシナガラのサ
万個からなる真正ピラミッド、つまり正確に四面
ーラの林で入滅し、マッラ族に火葬されたのは諸
は東西南北を向く。10 万人が 30 年かけたといわ
説ある中、恐らく紀元前 400~500 年ごろであろ
れるが、一体、どうやって石を積み上げたのか、
うが、キャンディに仏歯が齎されたのは 1590 年
斜道を工夫したと考えるしかないが未だ通説がな
と比較的最近である。その後キャンディを占領し
い。カイロから夜行列車でルクソールに向かう
たポルトガル人が破壊しようとしたが、偽物で欺
時、生水を飲んだせいか、下痢に苦しめられた
いて守られたといわれる。因みにキャンディはも
が、エジプトまで来れば絶対に訪れるべきだ。ナ
ともとカンダ(山の意味)だったそうで、僕もカ
イル川東岸のカルナック神殿と、一部しか残って
ンダだというので多少、泳げた。ダンブラの石窟
いないもののスフィンクスが並ぶ参道で繋がれた
寺院も、とりわけマハー・ラージャ・ヴィハーラ
ルクソール神殿、西岸には、呪いで有名なツタン
の 56 体の仏像と一面を埋める仏教と歴史にかか
カーメンの墓もある王家の谷などがある。
る壁画が大変な迫力だ。それ以上に、シギリヤ・
ヤ・ソフィア大聖堂やブルー・モスクが美しい。
180m の岩山の頂上の城塞の中腹に描かれたフレ
前者はもともと東方正教会の総主教座だったのが
スコ画であるシギリヤレディは独特の素晴らしい
イスラム教のモスクになったもの、後者は 6 基の
不思議な妖艶さをもつ美を表現している。カーシ
ミナレットをもち、世界一美しいと言われるモス
ャバという狂気の王が殺戮してしまった自分の父
クだ。ただ、可能であれば、カッパドキアに足を
の鎮魂のために描かせたといわれているが、もと
伸ばされたい。もともと凝灰岩が侵食されてでき
もとの 500 体の殆ど風化してしまい 18 体しか残
たキノコ型の奇岩を見に行ったのだが、そこにあ
っていないそうなので、早く行ったほうがいい。
る深さ 150m、地下 8 階に及ぶカイマクル等の修
カンボジアのアンコール・ワットはこれまで見
道士の地下都市は本当に一見の価値がある。キリ
た中で最も精緻な表現力を感じた遺跡の一つであ
スト教徒が迫害を逃れるべく奇岩を掘削して洞窟
る。1100 年台に作られた水堀に囲まれ 2km2 の
住居を作ったのだが、規模と機能性が凄まじい。
三重の回廊で、壮大な寺院以上に都城全体が表現
するヒンドゥー宇宙観に圧倒される。メール山を
○アジア
中心に、長い壁が精巧な神話の浮彫でびっしり埋
アジアに移る。先にパキスタンのモへンジョダ
め尽くされ、全く見ていて飽きることはない。隣
ロに触れたが、極めて高度な上下水道システムに
のアンコール・トムも素晴らしく、プノンペンま
驚愕した。末端の排水管から本管の系統的な下水
で行けば必ず足を伸ばすべきだ。同様の遺跡とし
ネットワーク、更には掃除のためのマンホールま
て、インドネシアのボルボドールがある。こちら
で整備され、160t を貯えられる大浴場まである。
は 7 世紀頃に作られた曼荼羅を表現した 120m 四
碁盤の目の極めて精緻な都市計画も素晴らしく、
方の世界最大の仏教遺跡であり、内部空間がない
紀元前 2000 年頃のインダス文明の高い水準を物
ことで有名である。5km の回廊の壁には 1460 面
語る。また、インドのブッダガヤやバラナシは既
の仏教の説話の浮彫りがあり、見ながら登ってい
に触れたが、仏教、ヒンズー教、イスラム教とい
くとブッダの生涯と説教が判り、大乗仏教の宇宙
った宗教関係の遺跡を語ろう。
観を示すとされる。そもそも双方とも偉大すぎて
スリランカの小乗仏教の遺産は枚挙に暇ない。
比較のしようがないが、ボルボドールの方が規模
キャンディのダラダー・マーリガーワ寺院には仏
において壮大であるものの、芸術的精緻さにおい
陀の犬歯があるとされるが、拝観は駄目だといわ
てとりわけアンコール・ワットに魅了される。
れ、結構もめた。仏教徒を強調して何とか入れて
規模というと、やはり中国。先に故宮に触れた
29
ファイナンス 2016.11 番外講話
ロック(獅子の山)が一番、印象的だった。標高
連載
トルコはアクセスの容易なイスタンブールのア
が、 万 里 の 長 城 も 想 像 を 絶 す る も の だ っ た。
然環境での大変な難工事であったことは有名であ
8852km のほんの一部が残っているだけなのに壮
るが、私が現場で驚いたのは、高度な工夫と技術
大であり、これを紀元前 7 世紀に作ろうとした発
である。中央はガツン湖であるが、海抜 26 メー
想だけでも驚嘆に値する。
トルなので、上り下りが必要となるところ、いく
つも閘門(キャナルロック)を設置し、そこで船
○欧州
の水位を上下させるだけでなく、電気機関車が船
わざと欧州を割愛したわけではない。私が訪れ
を牽引するところまである。なお、ガンボアリゾ
た国数では欧州が最多になるし、勿論、我々の現
ートに泊まったら、ガツン湖での釣りができて、
代文明の基礎を構築したギリシャのアテネ・アク
だぼハゼみたいのが沢山釣れた。ただ、至る所に
ロポリスのパルテノン神殿や、イタリアのロー
ワニがいるのでお気をつけて。先に話したムルマ
マ・コロッセウムなど、欧州の遺跡も偉大であ
ンスクも究極の人工都市だ。軍事目的とはいえ、
り、感動させるものである。また、百数十年を経
よくこんなとこまで開発したと思わせる。
ペイン・バルセロナのサグラダ・ファミリア聖堂
―家庭向けはレンタカーでのドライブ旅行―
は進行中の最も偉大なプロジェクトの一つといえ
これまで、夜行列車やヒッチハイクの活用も想
る。既にアール・ヌーヴォーの最大傑作である
定したバックパッカー向けの話を中心にしてき
連載
し、数少なく完成している生誕のファサードなど
た。しかし、家族旅行や大切なパートナーとの旅
は見てて決して飽きない。バルセロナには同じく
には向かないかもしれない。私も結婚してからは
番外講話
ても未完成で 2256 年完成予定といわれるが、ス
アントニ・ガウディによるカサ・ミラ、カサ・パ
一度もハードなバックパック旅行はしていない。
トリョやグエル邸・グエル公園などがある。スペ
寧ろ、家族だとレンタカーの方が機動的なだけで
インを最初に回ったのは 1992 年バルセロナオリ
なく、人数が多いと運賃がかえって安いこともあ
ンピックの前であるが、その後、バルセロナを州
る。車中泊というバッファーもできる。自分の楽
都とするカタルーニャの独立運動が燃え上がり、
しかった経験からお薦めを数か所あげよう。
昨年のカタルーニャ自治州議会選挙で独立派が過
半数を占めた。スコットランド等、独立運動のあ
○アメリカ国立公園
る地域、或は、フランス・ドイツ国境のアルザ
まず、月並みだが、やはり、アメリカ中西部の
ス・ロレーヌのような歴史的係争地を訪れること
国立公園巡りは、バスよりもレンタカーの方が遥
は大変、勉強になる。欧州議会や ENA を擁する
かに効率的だ。梯子をするのに最も効率的である
ストラスブールはカテドラルなどが美しく、そし
し、中もイエローストーン国立公園だけで四国の
て歴史を感じさせる街だ。ただ、欧州は多くの読
半分位と雄大だ。そのイエローストーン、ガイザ
者が既に行ったことがあるだろうし、他大陸に比
ー・ベイスンにある間欠泉オールドフェイスフル
べると、若干、歴史が浅いところがあるので、こ
は既に述べたが、他にも、極めて美しいミネル
の辺でやめておこう。
バ・スプリングや、温泉に含まれる石灰分が凝固
―最近の人工物でも見所が―
し幾重にも重なったテラスマウンテンがみられる
マンモス・ホット・スプリング、流紋岩と上記が
別に太古のものでない人工物の世界でも見に行
溶解、沸騰するマッドポットなどがみられるファ
くに値するものも多い。まずはパナマのパナマ運
ウンテン・ペイント・ポット、グランド・プリズ
河だ。今やパナマ文書の方が有名になってしまっ
マティック・スプリング、加えてバファロー、コ
たかもしれないが、スエズ運河と並んで、世界の
ヨーテからブルームースまで色々な野生動物と多
物流のみならず地政学を大きく変えた。厳しい自
彩でユニークな経験ができる。その南には追加料
30 ファイナンス 2016.11
WLB 時代の若者への番外講話シリーズ①
バックパックで海外旅行をしよう
金なし、同じ入場券で入れるグランド・テートン
ーフドームから樹齢 2000 年の巨大セコイアの林
国立公園が隣接しており、レンタカーの効率が早
まで、サンフランシスコから僅か車で 5 時間の便
速に発揮される。ティートン山脈、ジェニー湖の
利なところにこれだけ雄大な自然があることに羨
眺望は勿論、美しいが、スネーク川でのゴムボー
ましく思った。
トでのホワイトウォーター・ラフティングは初心
者でも楽しめた。ここからは、シェーン・カム・
○南フランス
ルトレイクシティ、キャニオンランヅ国立公園経
もレンタカードライブが最適だ。バカンス後、ク
由でアーチーズ国立公園へ向かった。200 以上の
リスマス前という閑散期に回った。シーズンオフ
不思議な自然の石の橋が散在するが、デリケイ
のため、少なからずの施設が閉館してしまってい
ト・アーチは人生で見た中で最も美しいもののひ
たが、逆に道も宿もすいていた。前者はジャン・
とつだ。園内で 5km も遠く 150m の標高差とか
コクトーのマントン、カジノとオペラハウスのモ
なり厳しい歩道を、夕暮れになりそうだったので
ナコ、ニーチェの道があるエズ、鷲の巣村のサ
妻と文字通り、全力疾走して向かったかいがあっ
ン・ポール・ド・ヴァンス、訪問時にルノワール
た。夕焼けの中に神様の悪戯のごとく不思議で美
の最後の家は閉館だったが、素敵なシャトーホテ
しい形状が浮かび上がるのだ。ここからはモニュ
ルに安く泊まれたカーニュ・シュル・メール等々、
メント・バレー・ナホボ族公園が近かった。ジョ
素晴らしい街が並ぶ。シャガールやマチスの美術
ン・フォードの様々な撮影現場が拝めた。その先
館のあるニースも楽しかったが、その中心の遊歩
のケーンタ付近でついにエンジンが完全停止し、
道プロムナード・デ・ザングレであのような許し
Jct160 & 163 まで牽引して深夜まで代替車を待
がたいテロの惨事がおこり、悲しみに暮れる。
った悲劇は既に述べた。朝 3 時過ぎに到着したグ
プロバンスの方は、セザンヌが愛したエクス・
ラ ン ド キ ャ ニ オ ン 国 立 公 園 は 長 さ 450km、 幅
アン・プロバンスを拠点に回るのが効率的だっ
16km の谷であるだけでなく、1700m の標高差
た。ドーデのアルルの女達に惹かれるアルル、シ
に 20 億年前の先カンブリア紀から 11 の地層が露
ャトーを中心に最高の景観のコルド、そこからす
出する。未だ 20 歳の時に、奮発してヘリコプタ
ぐのセナンク修道院、ノストラダムスが晩年を過
ーに乗って下から崖を見上げて感激したことを覚
ごし博物館もあるサロン・ド・プロバンス、ポ
えており、二回目も散財して乗った。次のブライ
ン・ヂュ・ガール水道橋などなど飽きることはな
スキャニオンは幾つかのビューポイントから標高
い。法王庁宮殿の残るアビニオンでは当然にアビ
差 650m のブライス渓谷にある極めて多彩で精緻
ニオン橋の歌で有名なサン・ベネセ橋を渡った
な土柱群が織りなす幻想的な風景に感動すること
が、これもオフシーズンのおかげで、橋梁を独占
が中心となる。インスピレーション・ポイントで
して踊り?放題だった。因みに欧州の町の橋は美
は太陽光の加減で土柱のオレンジ色が輝くことに
しく、このアビニオンの他にも、チェコ・プラハ
驚愕した。バージン川の川歩きができるザ・ナロ
のモルダウ川にかかり、欄干に聖像が 30 体並ぶ
ーズが素敵なザイオン国立公園、カジノのラスベ
カレル橋、イタリア・フィレンツエのアルノ川に
ガスを経て、デスバレー国立公園に向かう。ここ
かかる二重構造のベッキオ橋、同じくイタリア・
では、観ればその通り、悪魔のゴルフ場や西半球
ベネチアの大運河にかかるリアルト橋が特に素晴
で最も低いマイナス 85.5m のバッドウォーター
らしい。
を見る。そして通常、フィニッシュは西端のヨセ
ミテ国立公園となる。世界最大の花崗岩一枚岩の
エル・キャピタン、落差 740m のヨセミテ滝、ハ
○ザルツカンマーグートなど
欧州ドライブではイギリスもいい。バイブリ
31
ファイナンス 2016.11 番外講話
南フランスのコート・ダジュールとプロバンス
連載
バックのアンテロープ・フラッツ・ロードからソ
ー、ボートン・オン・ザ・ウォーター、バーフォ
―悲惨な歴史に喝目して教訓を得るべく―
ードを回れるコッツウェルズ、或は、ウインダミ
人類の歴史の汚点に向き合って教訓を得るのも
ア湖など自然が凄いレークディストリクトなどが
大切な経験だ。その観点からは、やはり、ポーラ
お薦めであるが、日本でもポッター人気もあって
ンドのクラッカウが最も重い。150 万人が殺戮さ
良く知られているので今日は割愛し、オーストリ
れたアウシュビッツとビルケナウの強制収容所を
アのザルツブルグ周辺のドライブを紹介する。ザ
目に辺りにし、戦慄が走る。こんなことがありえ
ルツブルグ自身も音楽祭は素晴らしいし、多くの
るのか。人の狂気。堪らない思いがこみ上げた。
モーツアルト関連、水の公園ヘルブルン宮殿、サ
是非、観るべきだ。スピルバーグのシンドラーの
ウンドオブミュージックのミラベル公園と余りに
リストやベニーニのライフイズビューティフルを
楽しい都市だが、車ですぐの近郊にも、きよしこ
観た後であれば別の視角ももてる。実は、より直
の夜教会のあるオーベルンドルフやヒットラーの
截なのは、カンボジアのプノンペン近郊チョウ
山荘があったイーグルズネスト(ケールシュタイ
ン・エクのエクスターミネーションキャンプ、セ
ンハウス)がある。しかし、何よりもザルツカン
キュリティー21 だった。骸骨が積み上がり、血
マーグート一周が最高だ。サンクト・ヴォルフガ
糊の床が残り、まさにキリング・フィールドその
ングはオペレッタ白馬亭で知られるヴォルフガン
ものだ。付言すると、これは宗教の多元性問題が
グ湖畔の景勝地。ゴーザウ湖の静かな湖水面に氷
あるので、批判的に述べるわけではないが、ネパ
連載
河を抱くダッハシュタインを映す風景、高い湖畔
ールを旅行した際、カトマンドゥ近郊のダクシン
の町サンクト・ギルゲン、そして、水切り立った
カリ寺院が偶々、生贄祭りだった。ここには獰猛
番外講話
山に囲まれたハルシュタット湖の西岸にあるハル
な女神が祭られており、願いごとが叶えられた人
シュタットは本当に美しいだけでなく、岩塩が採
達は、感謝のため鶏や山羊の首を斬首して、生け
れたため先史時代から商都だったそうだ。次の温
贄に供することとされており、周囲は生臭い匂い
泉編で触れるバート・イッシュルのカイザーテル
が支配し、像は動物の血で染められた。これもシ
メ温泉(今はユーロテルメ)は岩塩で有名な温泉
ョッキングな経験だった。
保養地であるが、入浴すると、少し浮揚感があ
り、なめると死海程ではもちろんないが、少し塩
辛かった。ここではフランツ・ヨーゼフ皇帝の別
荘、カイザーヴィラも見られる。
―食事と酒―
うまいものをというのも、極めて自然かつ強力
な旅行のインセンティヴである。これを話し始め
ると数時間は必要だ。私はどこでも、現地で一番
○ノバスコシアとPEI
普通に食べられている食事と酒、それから、手が
北東カナダもレンタカードライブが最も有効な
出る範囲で、現地で上等なものも飲食するように
場所の一つ。ノバスコシアのケープ・ブルトン・
してきた。中東へ行けばアラクを嗜むといったこ
ハイランド国立公園のキャボット・トレイルを中
とは基本である。ただ、財務省・金融庁には私を
心とするドライブは最高の眺望であるし、スカイ
遥かに超える酒飲みが少なくないので、ここでは
ラインなどいくつかのトレイルも楽しめる。そし
余り語らず、アイルランドのダブリンにあるギネ
て、シャーロットタウン、キャベンデッシュ、モ
スの工場では何杯でもタダで飲めたこと、ハバナ
ンゴメリーの赤毛のアンのグリーンゲイブルズの
でキューバ人と飲んだキューバリブレは何とも言
あるセントローレンス湾に浮かぶプリンスエドワ
えないうまさがあったことだけ話しておく。
ード島は箱庭のごとし。
【先入観は持たないほうが】
最後に、旅行は先入観を持たない方が多くの驚
32 ファイナンス 2016.11
WLB 時代の若者への番外講話シリーズ①
バックパックで海外旅行をしよう
きと刺激で楽しいし、がっかりしなくても済むこ
とへの天罰にすぎないが、余計な期待がないほう
とを注意喚起しておこう。不適切な情報でこうだ
が良かったかもしれない。ただ、カサブランカは
ろうと思っていたために、違和感をもったり、ち
余りに西欧化、近代化されており、一応、旧市街
ょっと期待はずれになったものを紹介するが、誤
のメディナは残っているが何か人工的な感があ
った先入観がマイナスのベクトルをもっただけで
る。イメージにあうスークを求めて回ると、観光
あり、いずれも、行って本当に良かったと思うお
慣れし過ぎたマラケッシュよりフェズが良かっ
勧めのところであることはお断りしておく。
た。
あと二つだけ例をあげると、スイスのマイエン
アーズロック(ウルル山)
。これはバックパック
フェルトはヨハンナ・スピリのアルプスの少女ハ
ではなく、新婚旅行で豪州を回ったときに訪れ
イジの舞台だが、現地にはそんな面影は殆どな
た。高さ 348m の世界で二番目に大きい一枚岩で
い。また、野生応物を観に、ケニアのモンバサか
あり、もともとは海底にあったこともあり地質学
ら、シンバ国立保護区やツァボイースト国立公園
的にも重要であるし、アボリジニの聖地としても
のサファリに出撃したが、期待した肉食動物は余
余りに有名である。日本では、セカチュー(世界
り見られずちょっとがっかりした。密猟者がレン
の中心で、愛をさけぶ)にも出てきた。唯一の問
ジャーより金持ちで強いという説明を受けたが、
題は、この山が時々刻々、虹色に変化すると宣伝
素直に見れば、他に滅多にみれないものが無数に
されていたのだが、何時間待ってもそんな色彩に
見れたわけで、無意味な期待はもたない方が正し
はならない。風に打たれながら待ちぼうけをくら
かったと思う。
ただ、前述したアウシュビッツや、イスラエル
極めて美しい風景であり、虹色という先入観は不
のヤド・バシェムにある諸国民の中の正義の人の
要だったと思う。
確認には、しっかりした予備知識があった方がよ
ヨルダンのぺトラのエル・カズネ(宝物殿)も
いことはいうまでもない。
ちょっと予想と違った。高さ 60m くらいの岩の
というわけで、是非、バックアップで突っ込
狭い裂け目のシーク 1.5km を抜けるとどーんと
め、といいつつ、こんなに危険なこともあると注
出てくる。高さ 30m でコリント式の美しい円柱
意し、あらゆる楽しみがある、といいつつ、がっ
で飾られ、驚愕するほど荘厳であるし、赤色砂岩
かりも、と告白した。しかし、若い読者が、これ
のバラ色と地層が織りなす模様が美しい。では何
で、今よりはちょっと外向的な好奇心に従い、適
が問題か。奥行きがないのだ。『インディジョー
切なリスクを取り、バックパックの海外旅行には
ンズ最後の聖戦』では神秘の世界が深く深く連な
ばたいて頂ければ幸いである。絶対に後悔はしな
る。これを期待しつつ、分を弁えず勝手に自分を
い。
ハリソン・フォードに重ね合わせた自分が愚かに
過ぎるというだけなのだが、極めて素晴らしい遺
跡を素直に感動するには余計な先入観だった。
映画でいえば、モロッコのカサブランカも困っ
た。イングリッド・バーグマンのファンだったの
で、映画『カサブランカ』のリックの店などを探
し回ったが、徒労に終わった。ハイアット・リー
ジェンシーホテル等に映画の場面を再現したよう
な店があるが、映画の世界とは全く違う。これも
分を弁えず勝手に自分をボギーに重ね合わせたこ
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ファイナンス 2016.11 番外講話
った感じだ。もともと、そんなことがなくても、
連載
まず、地球の臍といわれるオーストラリアのエ