リサーチ TODAY 2016 年 11 月 14 日 世界的な潮流は財政重視、注目される「物価水準の財政理論」 常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創 下記の図表はCDSプレミアムの推移を示す。日本国債の信用リスクを示すCDSプレミアムは過去2年で 最も低い水準にある。安倍政権は2016年6月に消費増税先送りを決定したが、CDSプレミアムの上昇は 2014年の消費増税先送り時と異なり極めて限定的だった。今年6月の消費増税先送りに対し、これまでの ところ海外の主要格付け機関は静観の構えである。そのなかでFitchは格付けA格をネガティブとしたが、 Moody’sとS&Pは、それぞれA1、A+とA格の中のトップ水準で、見通しをステイブルと維持している。今回 の消費増税延期に対する評価として、Moody’sはリフレーションに対する政府の取り組みを評価するとのコ メントを発している。また、S&Pは消費増税の先送りが景気の下振れを抑える可能性があると、同じく政府の 対応を評価するコメントとなっている。海外格付け機関は、数年前まで日本の財政状況に対し厳しい姿勢 を示し、その結果A格まで格下げしてきたことを考えると、これは大きな見方の変化である。こうした見方の 変化の背景には、財政に関するグローバルな潮流変化があると考えられる。最近は、プリンストン大学の C.A.Sims氏を中心とした「物価水準の財政理論」(Fiscal Theory of Price Level:FTPL)に代表されるように、 物価水準に影響を与えるのは、金融政策以上に財政政策にあるとの考えが台頭し、財政政策の役割を再 認識する見方が世界的な潮流として強まっていることを我々は認識する必要がある。 ■図表:日米独CDSプレミアム推移 (bp) 増税先送り (2014年11月18日) 80 増税先送り (2016年6月1日) 70 60 日本 50 40 米国 30 20 ドイツ 10 1 2014年 4 7 10 1 2015 年 4 7 (注)5 年物 CDS (資料)Datastream よりみずほ総合研究所作成 1 10 1 2016年 4 7 10 (月) リサーチTODAY 2016 年 11 月 14 日 下記の図表は、リーマン・ショック以降のG20サミットにおける、財政政策の対応を振り返ったものだ。世 界的危機の後、財政重視に転じているが、その後、欧州債務危機や米国の格下げ等によってG20は緊縮 重視に転じた。しかし2013年以降、景気回復が世界的に緩慢なことから、G20は再び、財政の機動性を重 視するスタンスに変わりつつある。 ■図表:G20サミットにおける財政の評価推移 局 面 事 例 2009 年 4 月(ロンドン):成長回復のための財政重視 回復重視 2009 年 9 月(ピッツバーグ):財政刺激策の時期尚早な撤回を回避 2010 年 6 月(トロント):先進国は 2013 年までに赤字を半減に 緊縮重視 2010 年 11 月(ソウル):トロント・サミットの方針を踏襲 2011 年 11 月(カンヌ):先進国は財政健全化をコミット 2013 年 9 月(サンクトペテルブルグ):財政の機動的姿勢 機動性重視 2014 年 11 月(ブリスベーン):機動的に財政戦略を実施 2016 年 9 月(杭州):財政政策をより機動的に運営 (資料)外務省よりみずほ総合研究所作成 IMFの財政政策に関する最近の見解は下記の通りである。ここでのキーワードは「Fiscal Space」(財政を 発動する余地)の概念にあるが、こうした余力が乏しくても中期財政健全化計画を確約しながら短期的な政 策余地を作り出せるとある。こうした見方は、今日の安倍政権における「三本の矢」のなかでの財政重視の 対応をサポートするものである。米国の元財務長官サマーズ氏が唱える「長期停滞論」のなかの処方箋も 財政政策であり、先述のC.A.Sims氏を中心とした「物価水準の財政理論」(Fiscal Theory of Price Level: FTPL)でも、マクロ政策での財政が重視されている。今日の安倍政権における経済政策を見ると、金融政 策では、今年9月の総括的な検証以降、日銀は長期金利の水準を低位に抑える長期戦の対応に踏み出し た。財政政策については、上述のように国際的に財政が重視される潮流のなか、少なくとも緊縮によって回 復を妨げるもことを回避するといった姿勢が長期間貫かれると展望される。この延長線で、2019年の消費増 税が先送りされる可能性もあるだろう。また、米国のトランプ新政権も大規模な減税やインフラを中心に財 政拡大に軸足を移すと展望される。米国では、実現性には不確定な要素を伴うものの、1980年代にレーガ ンが登場した際に減税が大きな旗印になったように、米国も含め世界的な経済政策の潮流が、財政に軸 足を置くようになるという期待が生じやすい。また、こうした動きが米国以外の地域に波及していくことに注 目が必要だ。 ■図表:IMFの財政政策に関する最近の見解 日本とアメリカにおいては、信頼するに足る中期財政健全化計画の履行を確約すること によって、短期における政策余地(Fiscal Space)を作り出せるだろう。 過剰債務問題の恒久的な解決は、より高い中期成長なしには不可能である。 (資料)IMF 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 2
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