魔法少女育成計画 -Genocide Side- ID:103318

魔法少女育成計画 ─Genocide Side─
∈(・ω・)∋
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小説の作者、
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じます。
︻あらすじ︼
普通の女子高生、笹井七琴は、ひょんなことから魔法少女﹁ジェノ
サイダー冬子﹂となった。
﹃なんでも開け閉めできる魔法の鍵﹄を持つ彼女が頼まれたのは、
とある魔法少女の封印を解くことだった││││
│││││││││││││
2015年冬コミで頒布した魔法少女育成計画の二次創作小説で
す。
原作のキャラは出てきません。オリジナルのキャラクターのみ登
場します。
この作品の大本はやる夫スレ﹁やる夫は魔法少女育成計画に参加す
るよ﹂の続編である、
﹁できない子は魔法少女育成計画に巻き込まれるよ﹂が元ネタになり
ます。
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pixiv:http://www.pixiv.net/nov
el/show.php
?
目 次 ◇ 第一章 ジェノサイダー冬子 ◇ │││││││││││
◇ 第二章 魔法少女育成計画 ◇ │││││││││││
◇ 第三章 真紅と竜 ◇ ││││││││││││││││
◇ 第四章 信頼の楔 ◇ ││││││││││││││││
◇ 第五章 ジェノサイド・サイド ◇ ││││││││││
◇ エピローグ ◇ │││││││││││││││││││
1
28
67
159 126 99
◇ 第一章 ジェノサイダー冬子 ◇
前代未聞の大事件が起きてしまった。封印指定の魔法少女を収め
シ ロ ク ロー ム
たクリスタルが、保管されていた場所から消え失せているという報告
を受けて、魔法少女、白黒有無は頭を抱えていた。
﹂
﹁何故よりによって、プリンセス・ルージュとドラゴンハートなのであ
るか⋮⋮
二つのクリスタルは白黒有無の派閥が管理していたので、当然その
責任は白黒有無が負うことになる。
あの二人が解き放たれたとしたら、四年前と同等か、それ以上の被
害は避けられない。そしてその解決のためには、違う派閥の魔法少女
に頭を下げて、戦力を乞う必要が出てくる。
﹁ど、どうなさいますか、白黒有無様﹂
どくゆきひめ
側に控えていた、黒いゴシックロリータドレスに身を包んだ、美し
い銀髪の魔法少女、毒雪姫は、そんな主人の様子を心配そうに見守っ
ていた。
﹁誰の仕業かは検討がつくのである⋮⋮、我々が困って喜ぶ者も、助け
を求めさせて足元を見るつもりの者も、どちらも、な﹂
﹁み、身内の仕業なのでしょうか﹂
﹁でなければ、奴らのクリスタルを盗んだりなどするまいよ、封印は厳
﹂
重に施してあるが⋮⋮我々に被害を与えるつもりなら、解放の術もわ
きまえているのであろうな﹂
﹁ど、どうすればよいのでしょう、総員で、動きますか
何かが起こる前に、なるべく穏便に、少ない被害で、方をつけなけ
を全て動かしたら、敵対勢力に現状を把握されかねない。
だが、そのキャリア故に疎むものも居るし、敵も多い。派閥の戦力
大出世と言っていい。
有な役職に付いている。人間が魔法少女になった例としては、異例の
白黒有無は、その特異な魔法故に、魔法の国で﹃裁判官﹄という稀
何としても処理しなければ。﹂
﹁⋮⋮ならんのである、その動きは、どうあっても外にバレる。内々で
?
1
!
ればならない。
﹁⋮⋮封印が開放されたら、場所はわかるであるな
結界の用意を
するのである。絶対に逃がしてはならない。二日以内に、処理するの
である﹂
﹁は、はい、かしこまりました。でも、我々二人だけで、なんとかなる
でしょうか﹂
心配そうに問う毒雪姫は、ドラゴンハートとプリンセス・ルージュ
の最悪の魔法を知っている。
彼女も決して弱い魔法少女ではないが、あの二人と正面から真っ向
勝負で勝てる確率はゼロだ。いわんや、白黒有無は戦闘向きの魔法少
女ではない。
だが、それ自体は大したことはない、というふうに、白黒有無は自
然に言った。
﹁現地の魔法少女に協力させるのである、どのような場所であれ、連中
が暴れられるほどの街ならば、少なくても四、五人はいるであろう﹂
﹁あ、なるほど。それなら、被害は確かに、抑えられますね﹂
勿論それは、人助けが主な仕事だと教えられている魔法少女たち
を、否応無しに命がけの戦いに巻き込むという、一方的かつ身勝手な
決定なのだが、二人はそれを気にする素振りも、考慮することもしな
かった。
﹁追跡を進めさせよ、場所を確認次第、結界を展開、包囲し、再封印す
るのである﹂
﹁か、かしこまりました﹂
言いつけられた仕事をこなすため、慌てて部屋を出て行く毒雪姫。
白黒有無は、その背中を見送って、深く、深く、ふかぁく、ため息
を吐いた。
白黒有無は面倒事が嫌いだ。だから、今回の件はものすごく不愉快
だった。プリンセス・ルージュ。ドラゴンハート。この両名とまとも
に戦って勝てる魔法少女など存在しない。
人柱が必要だ。全てを丸く収めるためには、正面切ってまともに戦
い、犠牲を生じた上で勝つしか無い。しかし、自分の派閥の犠牲を産
2
?
めば、付け入る隙を与えることになる。対応に当たる現地の魔法少女
には、頑張ってもらわねばならない。自分もできる限り力になろう。
それがせめてもの彼女達への誠実な態度だろう。
さ さ い な こ と
全く大変な大仕事だ、これから寝る間もないほど忙しくなる。
◇◇◇
ごく一般的な女子高生である笹井七琴は、この日もだらだらとベッ
ドに転がりながら、スマートフォンのアプリ、
﹃魔法少女育成計画﹄を
起動して、日課のクエストに勤しんでいた。
時間か金をかければ誰でも強くなれるようにする、というのが昨今
のソーシャルゲームの開発事情であるらしく、現代の暇人たちはスマ
ホ片手に今日も通勤通学の最中に、電子のガチャを回しては一喜一憂
している。
そこを行くと何百何千人という人間にゲロみたいに金銭を吐き出
させている各種売れ筋のソーシャルゲームと比べれば、﹃魔法少女育
成計画﹄は非情に良心的で親切設計だといえる、なにせ課金要素が今
どき珍しく一切ない。強さに要求されるのは純粋なプレイ時間のみ
であり、七琴のような部活もやってなければ目立った趣味のない女子
高生でもそこそこの成果を出す事ができる。
﹃魔法少女育成計画﹄とは文字通り魔法少女を育てて遊ぶゲームで
あり、一人一つ、固有の魔法が与えられる。バランスを開発側がどう
とっているか分からないが、能力が被った、という話は一切聞かない
お き ま ま り
し、ゲームが致命的に狂ってしまうような能力は今まで出てきていな
いらしい。
元々は友人の沖間真里が、友人招待の特典目当てで七琴を誘ったも
のだが、今となっては七琴の方がヘビーユーザーだ。
七琴の魔法少女は﹁どんな鍵でも開け閉め出来る﹂という能力を
持っている。ダンジョンの宝箱や扉など、わざわざ鍵を探して来る必
要もないという便利キャラだ。
友人から誘われて以来、ちまちまとプレイし続け、のめり込むほど
ではないにせよ、朝起きてちょっと起動して、夜時間がある時はゲー
ム 内 チ ャ ッ ト で 過 ご し て ⋮⋮ と い う の が 彼 女 の 日 課 に な っ て い た。
3
日常の一部になっていた。
今日もダンジョンを一つ攻略し、
﹃お疲れー、早かったねえ﹄とスマ
ホに入力すると、
﹃なっちゃん、私よりレベル高いね、後から始めたの
に⋮⋮﹄と返信が届く。
﹃いやいや、真里さんのおかげですとも。いい能力教えてくれてあり
がとね﹄
︶﹄
﹃戦闘に直接関係無いから、人気無いんだよね。ローグ系の魔法って。
一人いるとすごい助かるんだけど﹄
﹃それ込みでいいように利用しようとしてたな貴様︵`Д
﹃えへっ︵*^^*︶﹄
﹃あ、そうだ、明日ノート見せて。﹄
﹃このアプリのせいかぁ
﹄
﹄
﹃魔法少女育成計画やってる﹄
段、授業中何してるの
﹃なっちゃん、毎回のことながら、生物として全く進歩がないね。普
´
︵*
ω
*︶﹄
﹃私のキャラのレベルが上がったおかげでいい目を見てるんだから、
その分は還元すべきじゃないかね
︵゜│゜︶﹄
´
´
﹂
﹂
﹄
おめでとうございます
!
あなたは本物の魔法少女として選ばれました
﹁⋮⋮は
﹂
!
﹃魔法少女育成計画よりお知らせ︵重大︶
で泣きを見るのは自分なので、しぶしぶ手に取って、通知を見る。
間限定クエストのような、逃してはならない物のお知らせだったら後
放り投げたものをまた取りに行くのは精神的に非情に手間だが、時
﹁んぇ
かっくらうか、と立ち上がった所で、ぴこーん、とアラームがなった。
一時間程度だべったところでスマホを投げ出し、さーて風呂でも
なっていたのは間違いない。
寝るだけになった七琴にとって、一人暮らしの寂しさを癒やす要因に
毒にも薬にもならないやり取りをするのが、食事も風呂も終えて、
﹃ほんっとうに図々しい
?
4
?
!?
!
﹁おめでとうございますぽん
!
?
!
?
﹁うおぁ
﹂
﹂
拍手だぽん
素で漏れでた言葉と同時に、背後から声が聞こえた。
﹁あなたは魔法少女に選ばれましたぽん
よろしくぽん
僕は君の
﹂
?
で言ってきた。
﹁ほらほら、笑顔、忘れてるぽん
魔法少女、嬉しくないぽん
たいな空飛ぶ球体としか形容出来ない存在が、ノイズ混じりの高い声
やって現れたかはわからない。虫みたいな羽の生えた、まんじゅうみ
そ い つ は、い き な り 現 れ た。振 り 向 い た ら そ こ に 居 た の で、ど う
担当のフェロだぽん
!
!
、ふりふりひらひら
?
ないわけではない。
﹁魔法少女って言った
魔法少女ってあれ
こういったシチュエーションに対して、適切な対処を日々想像してい
展開に圧倒されっぱなしではあるが、七琴もまた、現代っ子である。
?
﹂
?
﹂
?
!?
しい。
﹂
﹁⋮⋮やだ、ただでさえ超絶美少女だった私が更に美少女に
﹁頭大丈夫ぽん
﹂
ラと光っていて、肌に一切の不純物も凹凸もなく、何より誰より愛ら
い方ではない七琴よりなお、小さく、まつげの長い大きな瞳はキラキ
ボットの様な機械のパーツに覆われている。身長は、女子としては高
小さなツインテールを金属質のパーツが包み込んでいて、手足はロ
なんとまあ、見たことのない美少女が立っていた。
そう言われるがまま、部屋に備え付けの鏡を見てみると、そこには
だぽん、ほら、鏡を見てみるぽん
少女育成計画は、魔法少女の資質がある少女を探しだすためのアプリ
﹁色々と偏見があるみたいだけど、大筋では間違ってないぽん。魔法
ビーム撃ったりする奴
な服きてかわいー杖もってくるくる回ってピシっと決めポーズして
?
よ私﹂
!
七琴の手をすり抜けて逃げ惑う球体は、なかなか捕まらなかった。
﹁魔法少女失格だぽんこいつ
﹂
﹁今夜は変な生き物の煮込みかー、まあゲテモノ食いも嫌いじゃない
?
5
!
!
!?
﹂
愛も夢もハートもキュートもね
魔法少女舐めてんのかぽん
﹁何で君が魔法少女になれたぽん
えぽん
!?
!?
﹂
?
﹁はい
﹂
﹁魔法少女は魔法が使えるぽん、当然ぽん
﹂
﹁ちっ﹂
﹁今マスコットの前で舌打ちしたぽん⋮⋮
﹂
﹁悪用禁止だぽん、もしバレたら魔法少女の能力と記憶は回収だぽん
﹁ほへー、リアルで使えるなら便利だなー、これ﹂
同じ魔法でないと絶対に開けられない、とあった。
と言うと閉じて、
﹁ガチャリ﹂と言うと閉まる。魔法で鍵をかけたら、
鍵を﹁開けたり閉めたり出来るもの﹂にたいして向けて、
﹁ガチャン﹂
﹃魔法の鍵で何でも開け閉めできるよ﹄、というのが七琴の魔法で、
る。
早速タップしてみると、可愛らしい字体で魔法の説明が書かれてい
が新たに追加されていた。
スマホの、アプリの画面を見ると、
﹃魔法少女マニュアル﹄という頁
﹁あ、これにマニュアル載ってるぽん、よく見るぽん﹂
は、多少なりとも七琴を高揚させた。
ゲームの中で散々使い倒していた能力が目の前にある、という事実
﹁⋮⋮マジか﹂
いる、銀色のチェーンがついた、赤い石のついた鍵であった。
そう言って示されたのは、魔法少女となった七琴の首にかけられて
閉めできる魔法の鍵﹄だぽん、ほら﹂
君の魔法は﹃何でも開け
﹁そうだぽん、使える魔法もおんなじだぽん﹂
ルは私のアバターのやつだよね
﹁で、私、よくわかんないけど魔法少女になったわけだ。このビジュア
た小さく愛らしい指でぽりぽりとかいて、七琴は言った。
小さなぷにぷにとした、ものすごく柔らかくて温かい頬を、これま
﹁いやこの状況で私が文句言われる筋合いは無いと思うけども⋮⋮﹂
!
?
そうそう上手くは行かないのが世の中というものらしい。
6
?
?
?
それはさておき、姿見の前でくるくると回ってみる。よくよく耳を
﹂
澄ませてみると、声も普段のものとは違い、まさに﹁鈴のなるような﹂
という形容がぴったりなほどよく通る。
﹁魔法少女は人助けするものぽん、いいぽん
らしい。
﹂
﹁で、いくらもらえるの
﹁え
﹂
れてはいけない﹄
﹃魔法少女は人助けをしなければならない﹄とのこと
フェロがざっと一通り説明するには、﹃魔法少女であることを知ら
?
じゃないよね
﹂
﹁魔法少女の力を使えるぽん、それでいいぽん
﹂
とか、そーいうお仕事なのは理解したけど、え、まさかボランティア
﹁いや、ゴミ拾いとか迷子を保護するとか酔っぱらいをお家に届ける
?
﹁わー
待つぽん待つぽん
﹂
落ち着くぽん
実際には、お金を
は即決で、アプリのアンインストールボタンをタップしかける。
の上で私用の時間をタダ働きに費やす余裕などあるわけもない、決断
不思議な力とかわいい容姿は大変魅力的ではあるが、来年受験の身
﹁この仕事やめます、今までありがとうございました﹂
?
?
﹂
!
ある。
﹂
﹁そんなこと無いぽん
﹁はい
早速お願いしたい仕事があるんだぽん
は分からないが、ビジュアル的には大きなお友達が喜びそうな感じで
とはいえ、一部は肌が透ける素材でできている。防御力がいかほどか
ぴっちりとしたスーツに包まれているし、要所要所は色が付いている
今の七琴の姿は愛らしい魔法少女ではあるのだが、幼く小さな体は
に恥ずかしいし﹂
﹁いやー、でもバイトの領域でなさそうだし、この衣装で外出るの普通
!
いぽん
﹂
﹂
﹁君の魔法だけが頼りだぽん、お礼もちゃんと出すぽん、お願いできな
!
﹁お礼って言ったって⋮⋮いくら出るの
?
?
7
?
もらえる魔法少女もいるぽん
!
!
!
?
﹁即金で五十万用意してるぽん﹂
﹂
﹁何でもお申し付けください﹂
﹁金に屈服するの速いぽん
魔法少女は愛に溢れてないとダメだぽん
﹂
後理由が
﹁うっせぇな五十万あったら今年の固定資産税払えるんだよ
﹁言葉遣い
﹂
!
なかなか無くてございますわよ
﹂
﹂
?
カートもなく、レオタードの様な形状の衣服を身に着けている。膝か
だった。上半身はかっちりとしたスーツを着ているが、下半身はス
その待ち合わせ場所で待っていたのは、眼鏡をかけた金髪の少女
を魔法少女に選んだようですわね
﹁約束の時間から一時間オーバー、フェロは全く、とんでもない粗忽者
は、魔法少女の身体能力故か。
隠し、街灯も少ないので殆ど暗闇だ。にも関わらず視界が良好なの
ればあるのは畑と森と山である。背の高い木々が星明かりすら覆い
ピッチで復興の進んだ駅前は栄えているが、しかし都市部から逆走す
市内の外れも外れの山中だった。東京に近く、四年前の事件以降、急
夜八時を回って駆りだされた﹃お仕事﹄の為に指定されたのは、C
﹁遅い、ですわ﹂
◇◇◇
サイダー冬子という名前が刻まれていた。
スマホのアプリ画面には、もはや七琴本人となった││││ジェノ
﹁⋮⋮魔法少女ネーム、もうちょっと考えればよかったなあ﹂
かし、今更ながらにこう思う。
こうして、七琴は魔法少女としての活動の一歩目を踏み出した。し
!
?
﹁とってつけすぎててどうしようもねえぽん
﹂
﹁騒がしくてございますわ、このご時世、学生が大金を得られる機会は
生々しすぎぽん
!
!?
魔法少女としての心構えが足りてないと│││
ら下はプロペラのついた機械がすっぽりと足を覆っており││しか
しそれ以上に。
﹂
﹁聞いていますの
│ひにゃあ
?
8
!
!
!?
﹂
﹁あ、すっごいモノホンだこれ﹂
﹁何しますのいきなりっ
七琴もといジェノサイダー冬子が手を伸ばした先は、少女の頭に付
いている特徴的なパーツ、犬の耳だった。ふにふにと柔らかく、ふか
ふかと毛が高く、ぽかぽかと温かいのが手に伝わってくる。ついで
﹂
に、尻と背中の境界あたりから、ぴょろんと尻尾が生えていた。
ほんっとうに失礼ですわね
﹁いや、際どいコスプレだなと思って﹂
﹁じっまっえっでっすっのっ
!
⋮⋮﹂
﹁その格好寒くないですか
﹂
?
顔をしていた。
﹁で、あなたのお名前は
﹂
﹁ジェノサイダー冬子です﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁素敵な名前じゃないですか
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮さて、フェロからお話は聞いていますわね
﹂
突っ込むかどうか数秒考えて、諦めることにしたらしい。
﹁ちなみにマジで何にも聞いてないんですけど﹂
その言葉にゆめのんは、え、と声を上げた。
﹁そう言われても⋮⋮いきなり強制的にさせられただけだし﹂
!?
?
﹁あんたほんっとうに何のための魔法少女になったんですの
﹂
胸を張るゆめのんに、ジェノサイダー冬子は﹃はあ﹄、と気の抜けた
すの。敬意を持って、先輩とお呼びなさい
女ですわ。あなたの教育と、ノウハウを教えるようにと言われていま
﹁⋮⋮とにかく、私の名前はゆめのん、この区域で活動している魔法少
ていた。
肩で息をし始めた少女を、冬子は面白いおもちゃを見つけた顔で見
!
?
﹁話を聞きなさいですのぉーっ
﹂
パンツ丸出しですけど﹂
﹁言っておきますけれど、私はあなたの先輩ですの、もう少し敬って
可愛さがある。
腕を組んで頬をふくらませる姿も、魔法少女だけあって嫌味のない
!
?
9
!
?
﹂
﹁ちょ、ちょっと待って下さいな、あなた、試験に合格したんじゃない
んですの
﹂
私だって他の候補生としのぎを削って、才能を認
﹁へ、魔法少女になるのって試験とかあるんですか﹂
﹁ありますわよ
められて魔法少女になったんですもの
﹂
!?
﹂
何様ですの
﹁オーディション先輩って誰ですの
﹁面白っ﹂
﹁あなた今私を評しましたの
﹁どうでもよくないですのよーっ
﹂
﹂
﹁まあどうでもいいことは置いといて、結局何するんです
!?
!?
﹁開けてほしいもの
﹂
て欲しい物があるのだとか﹂
日はあなたの魔法の試運転をする、と聞いていますの。何でも、開け
﹁もう⋮⋮本当は色々と教えなきゃ行けないことがありますけど、今
?
!?
魂からの叫び声を上げるゆめのん。
!
﹂
﹁まあまあ、落ち着いてくださいよ先輩。オーディション先輩﹂
冬子を見つめていた。
初の強気はどこへやら、眉を思い切り顰めてじぃっとジェのサイダー
ありえませんのありえませんの、と繰り返すゆめのんの表情は、最
﹁何で芸能界で例えたんですの
ションに応募した感じで、私は町中でスカウトされたと﹂
﹁はー、じゃあまああれですかね、芸能界で例えると先輩はオーディ
!
!
わ
﹂
﹁魔法少女の基本は奉仕の心ですの
見返りを求めちゃ行けません
﹁はあ、まあ、もらえるものもらえるならやりますけども﹂
の、他の魔法少女じゃにっちもさっちもいかないらしくて﹂
うですわね。それで、何やらこじ開けてほしいものがあるそうです
﹁あなたの魔法は聞いていますわ、色んな物を開け閉め出来る鍵だそ
オウム返しに問い返すと、ええ、とゆめのんは頷いた。
?
﹁話をきけええええええええええ
﹂
!
!
10
?
﹁今私すっげぇ早口言葉みたいな事いっちゃいましたね、ははっ﹂
!
﹁先輩、キャラ作り剥がれてますよ﹂
そうこうしているうちに、木々をかき分け、開けた場所にたどり着
いた。街から数キロ程度しか離れていないのに、文明から隔離された
がごとくの明かりのなさだ。木々に遮られて、月明かりすら届かな
い。
﹁さて、ここから少し移動しますわよ﹂
﹁ここから、って、ワープでもするんですか。ちょっとワクワクしてき
ました﹂
﹂
﹁そんな訳ありませんのっ、飛んでいくんですわ﹂
﹁⋮⋮飛ぶ
﹁それが私の﹃魔法﹄ですの。いいから、捕まってないと落ちますわよ﹂
﹂
いうやいなや、ゆめのんはジェノサイダー冬子の後ろにさっと回り
そっち系
!?
こむと、脇を通して体をぐっと抱きかかえた。
さては百合
!?
いいからっ、暴れたらほんっとうに落ちま
﹁え、や、ちょ、なにすんの
﹁断じて違いますのっ
すからねっ﹂
!?
た││││瞬間。
!?
降ろさないで落ちたら死ぬぅっ
﹂
﹁だから暴れるなって言ってますの
﹂
﹁飛んでる飛んでる飛んでる高い高い高いごめんなさいおろしていや
ものなんですからっ﹂
﹁だから動かないでくださいましっ、私の魔法は本来自分が飛ぶ為の
ル近い高さまで浮かんでいた。
感に襲われ、恐る恐る目を開けた時、街を見下ろせる程の、百メート
瞬きの間にはもう、全身を冷たい風が撫で回す感触と、猛烈な浮遊
﹁ひ、きゃああああああああああああああああ
﹂
ゆめのんの足についたプロペラ状のパーツが、音を立てて回り始め
!
﹁あ、あと、先輩、さ、寒いんですけど⋮⋮﹂
験の高さは根源的な恐怖を呼び起こす。
サイダー冬子の体はいうほど不安定でもなかったのだが、しかし未体
魔法少女の膂力でがっしりと体を抱きしめられているため、ジェノ
!
!
11
?
﹁少し我慢しなさいな、もう﹂
ゆめのんの魔法は﹃空を自由に飛べる﹄と言うものらしい、一人で
な ら 文 字 通 り 自 由 に、三 次 元 を あ ら ゆ る 軌 道 で 飛 び 回 れ る の だ が
⋮⋮。
﹂
﹁速度は落としてあげますから。本気を出せば最高時速三百六十キロ
ですのよ
﹁いやマジ勘弁してくださいそれは怖すぎて気絶します﹂
﹂
目をぎゅうっと閉じて、ジェノサイダー冬子は体を震わせた。
﹁ていうか、これ下から見たらわかりません⋮⋮
めんですわ﹂
﹁落としたことあるんですか
﹂
﹁その感じで掴んでてくださいまし、もう二度と誰かを落とすのはご
ぎゅうっとつかむ以外、ジェノサイダー冬子に為す術はなかった。
耳を切る音がする。なまじ状況が見えないだけに、体に回された手を
まぶたの裏の暗闇の中、体がブランと吊り下げられて、轟々と風が
﹁この時間帯でこの高度なら、そうそうわかりませんわよ﹂
?
﹁そこまでするほどに
﹂
﹁開けなかったら手を離しますわよ﹂
﹁やだやだ怖い暴れちゃう絶対暴れるから無理だからぁっ
﹂
﹁冗談ですの。あ、それより、ちょっと目を開けてごらんなさいな﹂
!?
!
ふふん、と得意気に、ゆめのんが鼻を鳴らす。
に、ただ綺麗だと思った。。
その区域だけが光の粒の絨毯の様にばぁっと散らばっていて、純粋
い。空の上から、駅前の、ビルや店が立ち並ぶ都市部が広がっていた。
いつの間にか、山の上から街が見える場所まで移動していたらし
の景色に塗りつぶされた。
確かに高度があって、恐怖を感じたが、しかしそれは一瞬で目の前
﹁⋮⋮わあ﹂
ジェノサイダー恐る恐る目を開けた。
で凍える、というほどでもないのだが、それでも寒いものは寒い││
外気の冷たさを感じながら││魔法少女の体は頑丈らしく、そこま
!?
12
?
﹁どうですの
この景色、私専用ですのよ
﹁⋮⋮あ、いや、ホント綺麗﹂
﹁だったら、よかったですわ﹂
﹂
瓦礫の撤
?
てますの。だから、後輩のあなたにもそうあって欲しいと思います
り及ぶところじゃありませんけれども、私は、本気で、真面目にやっ
﹁あなたがどんな経緯で、何のつもりで魔法少女になったかは、私の知
かった。
れなかった。彼女は純粋に、本心からそれを言っているのだろうとわ
表情は伺えなかった。それでも、照れや気負いと言ったものは感じら
後ろから抱きかかえられているジェノサイダー冬子に、ゆめのんの
が、私の誇りですの﹂
大好きですし、この街と人々を守るために魔法少女をやっているの
﹁だから、この街に、またこうやって明かりが灯っているのを見るのが
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
して﹂
去に、人助けに、空を飛び回って怪我人を探して、何度も何度も通報
戻したくて、魔法少女になって、色々やったんですのよ
﹁建物がグシャグシャに潰れて、瓦礫だらけで、この街を少しでも元に
ゆめのんもまた、視線を街の光に向けていた。
すの﹂
興してくれたな、って。私は、あの災害の後、魔法少女になったんで
﹁あの光を見てると、思いますの。四年前の災害から、ここまでよく復
こほん、と咳払いして、ゆめのんは照れくさそうに言った。
﹁あなたに身の上話をしても仕方ないですけど﹂
位置に居る恐怖も消えていた。
の間も、視線はそこから外れることはなかった。いつの間にか、高い
ゆるやかに移動を再開し、少しずつ街の景色が遠ざかっていく。そ
?
﹂
し、そう指導しますわ。嫌だというのなら、言ってくださいまし﹂
﹁⋮⋮嫌って言ったらどうなるんです
﹂
﹁ここで腕を離しますの﹂
﹁選択肢がないっ
!
?
13
?
﹁冗談ですわ﹂
生殺与奪の権利を握っているからか、くすっと笑って、ゆめのんは
続けた。
﹁そんなこと言わないように、びしばし指導しますわよ、初めての後輩
ですもの。まずは、与えられた仕事から、ですわ﹂
﹁⋮⋮はーい﹂
なんて真面目な先輩だ、と、ジェノサイダー冬子は思った。とても
じゃないが肌に合わないが、仲良くはしたいと思った。
◇◇◇
魔法少女に善悪があるとすれば、それは他人のために、人助けの
る
る
る
ツールとして魔法を使うか、あるいは自分の私利私欲の為に魔法を使
うかのどちらかだろう。その基準で判断すると、流流流は間違いなく
悪の魔法少女に分類される。
実際の所、魔法少女を作り出す﹃魔法の国﹄という奴は、自分たち
で生み出しておきながら、そこまで真剣に魔法少女の管理をしている
わけでもない。裏でコソコソやっていても、上手く処理すればバレな
いし、バレたらバレたで、三回程追手を始末したら、音沙汰も無くなっ
た。何か準備をしているのか、諦めたのかはわからないが、この界隈
もいろいろ物騒で、流流流にかまっている暇など無いのかもしれな
い。
流流流は魔法少女になったその日から、人間を超越した身体能力と
魔法という異能を、如何に自分のために使えるかを考えて生きてき
た。結果として、固定住居や学生生活といった、健全な社会への適性
は失ってしまったが、代わりに普通に働くだけでは決して手に入らな
い現金や、裏社会でそこそこの地位と、悪い連中からの仕事は舞い込
むようになった。
﹁で、ここか﹂
そんな流流流に依頼が来たのが数日前、古ぼけてもう誰も使ってい
ない、心霊スポットにでもなりそうな廃ビルの三階に、安置されてい
るという﹃それ﹄を、流流流の魔法で解放して欲しい、との事だった。
14
黒いセーラー服状のコスチュームに身を包んだ流流流は、魔法少女
らしい可愛さと愛らしさを兼ね備えているものの、その眼光は修羅場
をくぐり抜けてきた者特有のギラついた物に満ちている。
夜八時を回るか回らないかの時間帯、明かりもない、ホコリっぽい
空間に、光源無しで踏み込んで、衣装が汚れるのも気にせず、目的に
たどり着く。
椅子も机も撤去された、薄汚れた何もない部屋には、果たしてそこ
には、両手で包めるぐらいの大きさの、八面体の、蒼く鈍く輝く箱が、
ごろりと転がっていた。
﹁⋮⋮なんかヤなモンが封印されてる感じ満々だなあ、おい﹂
見かけに反して、高い可愛い声でつぶやきながら、その八角形を手
にとった。見かけより随分と重く、手にのしかかってくる重量感があ
る。
﹁何をやらかしてこんなになったかは知らねえけど、まあ俺も仕事だ
し、さっさとやりますかね﹂
プリーツスカートのポケットから、太いペンを取り出す。﹃魔法の
国の日用品﹄の一つで、以前、他の魔法少女から奪い取ったものだっ
た。
流流流の魔法は﹃線を引いた部分を切断できる﹄という物だ。自分
の手で引いたなら、直線でも曲線でも、そのラインにそってあらゆる
ものを切断できる。﹃どんなものにでも書く事ができる﹄このペンは、
流流流の魔法と非情に相性がいい。そのまま八面体の表面に一本、無
造作に線をすっと引くと、パリン、と何かが割れる音がした。それを
指定された回数、八十二回繰り返す。
﹁ホイ、終わりっと﹂
最後の一回を終えて、八面体を床に放り投げると、パリン、と呆気
無く割れて、破片が飛び散った。
﹁わぷっ﹂
その一瞬後には、ごうっ、と大きな音を立てて、風がうずまき、室
内の積もりに積もったホコリを巻き上げる。顔からどばっとそれを
食らって、流流流は咳込んだ。
15
﹁げほっ、げほっ、あーしまった、扉の外から投げりゃよかった⋮⋮﹂
手でホコリを払って、目を開けると、果たしてそこには、一人の魔
法少女が立っていた。
真紅のドレスを身に纏う、可愛さよりも、より苛烈に、より鮮烈に、
見るものを嫌でも己の存在を刻めるかるが如き、絶対の真紅。
その紅色を際立たせる、黄金のような金髪が、窓から差し込む申し
﹂
訳程度の月明かりを浴びて、キラキラと光っていた。
﹁⋮⋮ふむ
﹂
?
﹂
見ない顔だな。新しい魔法少女
?
けだ、細けぇ事は知らねえよ﹂
?
﹁あん
﹂
も大事だからな。ところで、そこの﹂
﹁まあよい、ならばまずは街へ繰り出すとしよう、うん、情報は何より
納得いっていない、と言った風で眉を顰め、魔法少女は続けた。
いよ。﹂
ここまでだ。これ以上お前が何しようが俺は知らねえしどうでもい
﹁何するつもりなんだお前⋮⋮細かいことは知らねえし、俺の仕事は
﹁仕事と言ったか、余を解放するのに、貴様一人で止められると
﹂
﹁あー⋮⋮、悪いが、俺は仕事を頼まれてアンタを封印から解放しただ
れが当たり前のように、極めて尊大に声をかけてきた。
その想像はまもなく的中し、流流流に気づいたその魔法少女は、そ
か
﹁そこの、状況を説明せよ。うん
た。この魔法少女と関わるのは、絶対にヤバイ。
余、と来た。一人称が余、と来た。これはヤバイと流流流は直感し
﹁確か余は⋮⋮うむむ
いった風に顎に手を当てた。
その魔法少女は小首をかしげて、現状をよく理解できていないと
?
﹂
?
の間にか振るわれていた。
戦闘馴れした流流流ですら捉えきれない速度の、赤い剣閃が、いつ
﹁余の前で頭が高いな
魔法少女は、花の咲くような、可憐な笑顔で言った。
?
16
?
◇◇◇
﹁先輩、これなんです
﹂
礼儀をわきまえていない後輩だが、そこは自分がこれから教育して
いけばいい。大事なのはコミュニケーションを取ることであり、積み
重ねていくことだ。実際、魔法少女は実際の年齢が外見からは把握で
きないので、もしかしたら自分より年上の可能性もあるし︵多分年下
だとは思うが︶、口の聞き方なんてのに一々目くじらを立てていたら、
話など進まないというものだ。
そんなわけで、ジェノサイダー冬子が、先輩への尊敬とか目上の人
への態度だとかを欠片も含まない、雑な敬語を使おうとも、ゆめのん
は大人の精神でそれを受け入れる。
移動を初めて三十分程度で、四年前の災害で崩落して以来、放置さ
れていた、壊れたボーリング場にたどり着いた。
﹁何かを封印している⋮⋮と聞いていますわ。それをあなたの魔法で
開けて欲しいと﹂
ゆめのんの手には、八面体の、蒼く光る結晶体が握られていた。丁
﹂
大
度両手に包み込めるサイズで、昔のロボットアニメに出てきた、ビー
ムを撃つ奴みたいな形と言うとわかりやすいか。
﹁えー、わざわざ封印してるもんこじ開けていいんですかね
﹁マスコットが指示したのですから、問題無いと思いますわよ
ろな応用ができそうだ。﹃魔法の国﹄には太古の魔法で封印された宝
その点、ジェノサイダー冬子の魔法は、聞いているだけでもいろい
ない、という都合上、明るい内にホイホイ空をとべるものでもない。
金銭を貰えるようなものでは決して無い。人に正体がバレては行け
ゆめのん自身は自分の魔法に不満も抱いていないが、そう言った、
はまさしく夢と言っていいだろう。
なれば、もはや貴族だ。人類を超越した異能でもって口に糊出来るの
に稀だ。選ばれた魔法少女の特権と言っていい。定期的な収入とも
⋮⋮魔法少女が、
﹃魔法の国﹄から直々にサラリーを貰えるのは非情
﹁まあお金貰えるんでやるなって言われてもやるんですけど﹂
方、何かのマジックアイテムとか、そういうものかと思いますけど﹂
?
?
17
?
箱等があると聞くし、封印の解除ができるならば施錠もできる。
しかし、その感情を表に出すのは、
﹃先輩﹄としての自分を見せた後
﹂
では、いかにも恥ずかしい事だ。努めて冷静に、羨んだり妬んだりし
ていないと、態度で示さねばならない。
﹁⋮⋮あの、なんかすっげぇ目で見てますけど、どうかしました
﹁べ、別になんでもありませんわっ﹂
⋮⋮示さねばならない。
な手順を踏む魔法なんですの
﹂
﹁それより、ちゃっちゃと封印を解除してしまいましょう、なにか複雑
?
﹂
﹁先輩、まさか私の事⋮⋮﹂
﹁なにもしないから速く解放しなさいですわ
!
八面体が割れると同時に、ぶわっと勢い良く風が広がった。
﹁きゃっ﹂
﹁ひえっ﹂
の結界と九個の拘束が、一瞬で解き放たれた。
も中身を外に出さないよう、厳重に解かされた五十二の封印と二十三
と、ジェノサイダー冬子が言うと、次の瞬間、決して、何があって
﹁ガチャリ﹂
成された錠前が、浮き上がるようにして現れた。
やり取りもそこそこに、八面体の表面に鍵を向けると、光の粒で構
﹁へーい﹂
﹂
﹁ええ、場合によっては所有者が亡くなっても使えるとか﹂
﹁へー、そうなんですか
に依存する魔法少女の魔法は、他の人でも使えますから﹂
﹁お手軽ですわね⋮⋮その鍵、絶対になくしちゃダメですわよ。もの
ネックレス、その先端にある、古ぼけた金色の鍵がちゃりンと揺れた。
ジェノサイダー冬子が首から下げている、銀のチェーンで繋がれた
﹁いや、これ向けてガチャリだけでいいんですけど﹂
?
あら
﹂
?
18
?
そして、一人の魔法少女が、呆けた様な表情で、その場に立ってい
あら
?
た。
﹁⋮⋮あら
?
頬に手を当てて周囲を見回し、釈然としない様子の魔法少女││外
見の、常人離れした美しさはどう見ても魔法少女だ││は、紫を基調
としたワンピース状の衣装を身にまとっていた。スカートの裾は短
く、頭部には天使の輪の様に、機械のリングが浮いていた。しかし、そ
れより目につくのは、片手で保持している薙刀のような武器だろう。
あれが魔法少女の固有武装だとすれば、相当に物騒な存在ということ
になる。
﹁⋮⋮えーっと、お仕事終わりでいいんですかね、先輩﹂
﹂
でも、一体何
ジ ェ ノ サ イ ダ ー 冬 子 は そ ん な 中 で も マ イ ペ ー ス に ゆ め の ん に 向
かって声をかけてきた。
﹁封印されていたのは魔法少女だった⋮⋮んですの
で⋮⋮﹂
﹁どもー、初めましてー﹂
﹁人が考えてるのに何でノータイムで行動しますのぉっ
考え込んでいる魔法少女に、ジェノサイダー冬子は気安く声をか
け、応じるように、こちらを向いた。
﹂
それで、軍隊
今回は、手足を折らなくても良いのかしら
﹁ああ、どうも、ええと、こんばんは、の時間かしら
はどこ
?
ゆめのんをみた、悔しいが、全く同意権だった。
あなたたち、
﹃魔法の国﹄の魔法少女じゃない││││のか
﹁んん
まあ、いいわ、せっかく自由になれたのなら、それな
?
と っ て も 助 か っ た わ、封 印 さ れ て る
?
間って、自意識とかぐちゃぐちゃになっちゃうし、時間間隔もよくわ
あ な た た ち、あ り が と う ね
りに動かせてもらいましょう、行きたい所も会いたい人も居るし⋮⋮
﹁ふうん⋮⋮
厳密にはニュアンスが違うが、やったこととしてはそうである。
印解けって言われただけなんで⋮⋮﹂
﹁⋮⋮えーっと、よくわかんないですけど、私達はただここに来て、封
騒なことをしてくるものだから﹂
いつもいつも、あの人達、私を封印から出す時は、ほら、物
しら
?
19
!?
?
?
ジェノサイダー冬子が﹃うっわ、ハードなの来たなあ﹄という顔で
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
?
?
からないし、大変なのよ﹂
﹁はあ⋮⋮お疲れ様です﹂
悪戯っ子の様に楽しそうに、魔法少女はウインクした。とても可愛
らしい、人懐っこい笑顔だった。
﹁何かお礼をしなくちゃ⋮⋮あ、ごめんなさいね、自己紹介を忘れてい
たわ。﹂
﹂
ジェノサイダー冬子に向けて、武器を持っていない手を差し出す魔
法少女は、自らの名前を告げた。
﹁私、ドラゴンハート、って言うの、よろしくね
子を掴むと、全速力で飛行していた。
﹂
ドラゴンハート、ですって││││
何してんですか
気では居られなかった。致命的な失敗を犯したという自覚が、彼女の
悲鳴を上げる後輩を無視して、ゆめのんは上空へ飛び上がった。正
﹁ひきゃああああああああああああああああああ
﹂
次の瞬間、ゆめのんは弾かれたように飛び出し、ジェノサイダー冬
?
!?
なり、重さを思い出したかのように傾いて、その勢いのままに落下を
始めた。
﹁え││││﹂
足のプロペラが停止して、体が浮力を失い、飛翔の勢いのまま、や
がて木々をへし折って、地面に激突した。ゆめのんの意識は、そこで
断絶した。
◇◇◇
﹁あら、あら﹂
自分の名前を聞いた瞬間、逃走を図った魔法少女を見るに、ドラゴ
ンハートという名前を持つ魔法少女がどういった存在であるかは、知
識として知っていたのだろう。
﹁でも、そんなことされたら、ねえ、追いかけたくなっちゃうのが、人
20
中にあった。
﹁な、なんなんですか先輩
﹁いいから逃げるんですのっ
そんな、馬鹿なっ、だって﹂
!?
その言葉の続きを言うことは出来なかった。がくんっ、と体がいき
!
!?
情よね
﹂
空を飛ぶ魔法か、あの速度は確かになかなか驚異的だし、瞬発力も
﹂
かなりのものだった。とはいえ、しかし、だからといえども。
﹁まさか、逃げられる、なんて思ってないわよね
そこで初めて、ジェノサイダー冬子は、笹井七琴は、誰に抱きかか
いる。全身を打ち付けて、肉が割れて、血がこぼれ出ている。
足がねじ曲がって、へし折れている。全身に木の枝が突き刺さって
のは、血まみれで倒れているゆめのんの姿だった。
苦言を呈そうと体を起こし、抗議しようとして、視界に入ってきた
﹁な⋮⋮っに、するんですか、せんぱ││││﹂
即死だろう。
面に体を何度もぶつけた。魔法少女の肉体でなかったら、間違いなく
思ったら、そのまま勢いよく自由落下して、森を突き抜けて、枝と地
くまでには、全てが急展開過ぎた。抱きかかえられて飛び上がったと
かしながら状況は性急で、ジェノサイダー冬子の意識が現状に追いつ
よく分からないがまずいことをしたのだろう、という気はする。し
◇◇◇
浮力を失い、落下していった。
ドラゴンハートが呟くと同時、視界から消えかけていた魔法少女は
?
何して││││﹂
えられていて、落下の時に誰を下敷きにしたのかを理解した。
﹁せんぱ⋮⋮い
﹁っ
﹂
﹁あら、思ったより近かったわねえ﹂
?
うことかドラゴンハートだった。悠々と草木をかき分けて、追いつい
﹂
?
てきたのだろう。
﹁ダメよ、夜間飛行は⋮⋮ふふ、危ないものね
﹁⋮⋮えっと、その﹂
七琴は、じり、と後ずさった。
﹂
?
あなた、医療系の魔法少女じゃないでしょ
﹁先輩、治療したいんで⋮⋮いいですか
﹁治療って、何をするの
?
21
?
ゆめのんに手を伸ばそうとしたその時、背後から現れたのは、あろ
!?
う﹂
ふふ、一人なんて退屈だもの、ね、いいで
尋常でない出血量のゆめのんを見て尚、ドラゴンハートに一切動揺
はなかった。
﹂
﹁それより、お話しない
しょう
﹂
?
﹂
!
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁あらあら、どう
助かりそう
﹂
もうすぐ死のうとしているだけだと、理解せざるを得なかった。
んでいないだけだ。
ただ魔法少女の肉体が、常人より頑丈だからだが、それはただ単に死
近くで見れば見るほど、ただの悲劇でしか無い。生きているのは、
た。
ゆめのんに駆け寄って、改めてその惨状を見て、う、と喉が詰まっ
りはないんですよねえ⋮⋮
﹁その程度の情報が命取りになるような殺伐とした世界で生きるつも
迂闊に個人情報を漏らすのは、命取りよ
﹁あら、ダメよ。魔法少女は外見じゃ年齢はわからないんだから⋮⋮
﹁⋮⋮お話って言っても、その、無趣味な女子高生なもので﹂
的までに愛らしい。
両手を合わせてお願いする仕草まで、なんとも、どこまでも、致命
?
?
﹂
?
﹁っ、先輩
﹂
んが血を吐いた。
激情に任せて怒鳴りつけようとした、その瞬間、かはっ、とゆめの
﹁少し黙っ││││﹂
理ね、そう思っちゃったのね
﹁まあ、青い顔しちゃって、ふふ、そうね、もうこれじゃあ、絶対に無
なかった、。
気軽に聞いてくるドラゴンハートの言葉に、もうなにか返す余裕も
?
細かな傷はあるが、目立つ大きな傷は殆ど無い。折れていたはずの足
止まっていた一気に呼吸を初めて、荒くなる。血が止まっていた。
﹁かはっ、あ、は、ぁ⋮⋮﹂
!?
22
?
は、赤黒い内出血を残すものの、ちゃんとした位置にある。意識はま
だ失っているようだったが、
﹃今すぐにでも死にそう﹄という状態では
なくなっていた。
﹁ふふ、はい、治った﹂
﹁⋮⋮今、何したんですか、あなた﹂
﹁ドラゴンハート、よ、お嬢さん。ふふ、花の女子高生かあ、いいなあ。
私にもあったのよねえ、学生時代﹂
くすくす微笑むドラゴンハート。
﹂
﹁情けは人のためならず⋮⋮じゃないけれど、本当にダメだって思っ
ちゃったのね。さあ、これでゆっくりお話できるかしら
﹁あなたにはものすごく言われたくないわね﹂
﹁えーっと⋮⋮口に出すと結構きついですね﹂
ここがどこで、あな
﹂
﹂
私のドラゴン
ハートって名前は、結構格好いいと思うんだけど、どう思う
からないけど、それが最近のトレンドなのかしら
﹁それと、すっごい名前ね⋮⋮うーん、どれぐらい封印されてたかはわ
﹁ちっ﹂
﹁口を挟む暇も与えずに押し切ろうとしないで頂戴﹂
ケーお疲れさようなら﹂
頼まれたのでお金目当てやりました、今は反省してます。よしオッ
﹁私の名前はジェノサイダー冬子で、解放した理由はよく知りません、
たが誰で、なんで私が解放されたのか⋮⋮教えてくれない
れたと思ったら、いきなりこんな所だし、ね
﹁いきなり逃げちゃうんだもの⋮⋮状況が全然わからないの。解放さ
えずは、何故か、大丈夫になっている。
ちらりと横目でゆめのんを見ると、未だ呼吸は荒いものの、とりあ
?
﹁一応補足しておきますと⋮⋮マスコットキャラ に仕事を頼まれ
を思わせる、自然さと優雅さがある。
こに普通の男性がいたら、思わず見惚れてしまうだろう、育ちの良さ
ラゴンハートの癖らしい。その仕草自体はとても似合っているし、こ
ふむん、と顎に手を当て、また小首を傾げた。どうやら、これがド
?
?
たんですよね、んで先輩と合流して、なんか封印解けって言われて、
?
23
?
?
私を んん⋮⋮ねえ、冬子ちゃん
やったらお姉さんが出てきたんで﹂
﹁マスコットが
あなたは
それなりに有名人のつもりなんだけれども﹂
?
ら逃げられなかったんだけれど﹂
﹂
﹁⋮⋮つまり、私は、指名手配犯を檻から出しちゃった、的な
﹁うん、その認識で合っているわよ
?
向にまずくてとても危なくて危険らしい。
﹂
﹁私が関わったことは黙っておいて貰えると⋮⋮﹂
﹁保身に走った
﹂
﹁今すぐ魔法少女やめればなかったことになりませんかね
﹁いやあ、難しいんじゃないかしらあ⋮⋮
きた。
︵⋮⋮あ、これ、もしかしてダメな奴
︶
﹂
にこ、と邪気のない、やわらかな笑顔を浮かべて、一歩、近寄って
も。ありがとう、とっても助かったわ﹂
﹁マスコットが動いてるって事は、うん、なんとなく状況はつかめたか
両手で構えていた。
そう言うと、片手で保持していた薙刀状の武器を││いつの間にか
いのよね。ほら、自由に動ける時間も増えるわけだし﹂
﹁まあ、私としても、封印が解けてるのはバレてないほうが、都合がい
に、さすがの極悪人も、つつ、と冷や汗を流した。
すさまじい身代わりの速さで、自分の立ち位置を確保し始めた少女
?
?
成る程、とジェノサイダー冬子は納得した。状況はかなりやばい方
?
﹂
存在で、何をしでかしたか知ってたから、逃げようとしたのね。だか
﹁私はね、とっても悪い、極悪人、なの。そっちの子は、私がどういう
ドラゴンハートは楽しそうに言った。
存在が、まさか居るとは思っていなかった。ナイショ話を囁く様に、
人差し指を立てて、口の前に当てる、という動作が、現実で似合う
﹁あら、本当に新人さんなのねえ﹂
﹁すいません、魔法少女歴数時間なもので﹂
私の名前、知らない
?
その笑顔から友好を読み取れれば、どれほど良いだろうか。
?
24
?
?
!?
確信した。今、この場から、どうやったって逃げることは出来ない。
ドラゴンハートがどういう人間か││││魔法少女かは、会話の中で
察することはできた。
先輩を叩き落としたのは、この女だ。他者に危害を加える事に、徹
底して容赦のない、自称の通りの極悪人だ。
︵じゃあ、このままさようなら、っては、ならないよね︶
本人が言ったその通り、ドラゴンハートが危険で、野放しにしては
ならないのであれば、何らかの対処がなされるのだろう。その情報は
なるべく広まらない方がいいし、その情報はなるべく知っている者が
少ないほうがいい。
だから、話も終わって状況の把握が済んだ今、この場でジェノサイ
ダー冬子を活かしておく理由は、もう全く持って存在しないのだ。
︵⋮⋮⋮⋮︶
笹井七琴には、得意分野というものがない。スポーツはそんなに得
25
意ではないし、勉強は平均値だし、背は普通だし胸も普通だし、しい
て言うなら誰からも愛される愛嬌のある性格と究極すぎる美少女
フェイスぐらいのものだ。。そんな自分が、唯一自分で自覚して、振り
かざせる武器は、個性は、たった一つ。図々しい事、だ。
︵⋮⋮黙ってやられるぐらいなら︶
図々しく行ってやるか、と、思った。
情報はおおまかに得ることが出来たし、ドラゴンハートに、目の前
の魔法少女を始末しない理由は、一切なくなった。とは言え、永劫に
続く、退屈極まりないあの封印から、解放してくれた相手ではあるこ
﹂
とだし、せめて楽に始末してあげよう、ぐらいの慈悲は与えるつもり
だった。
﹁⋮⋮あの﹂
﹁あら、なあに
耳を傾けることにした。
白い。きっと、記憶に残る命乞いを聞かせてくれるだろう、と思って、
上げた。この魔法少女は、自分が見てきた娘達の中でも、ひときわ面
武器を構えたドラゴンハートを見て尚、ジェノサイダー冬子は声を
?
﹂
﹁えーっとですね、自分から言うのは、結構言い難いことなんですけ
ど﹂
﹁うんうん﹂
﹂
﹁助けてあげたの私なんで何かお礼してもらえません
﹁うんうん⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮うん
?
あら
ええっと
﹂
命乞いを聞くはずだったドラゴンハートは、思わず聞き返してし
?
?
まった。
﹁うん、あれ
?
﹂
﹁図々しい、とはよく言われます﹂
どっちかっていうと、と続けた。
﹁んー、そうですね﹂
﹁⋮⋮あなた、変わってる、って言われない
﹂
は割りとガチで言っているのが目でわかった。
だというのになぜ、自分が押されているのだろう、あと、胸の下り
人。罪に溺れて罰を切り捨てる不浄者。
おかしい、私は災厄の魔法少女ドラゴンハート、泣く子も黙る極悪
脊髄反射で一歩飛び退いて、体をギュッと抱いてしまった。
﹁
よ﹂
しょう、そのでっかいおっぱいさわらせてくれるだけでもいいです
礼貰わないと割に合わないんじゃないかと思うんですけどどうで
くわからんピカピカの中で一生を終えて居たと思うと、ほら、何かお
﹁私が出してあげなかったら、あのままずっとボーリング場の中でよ
?
﹂
そうね、そ
助けてくれたんだもの、お礼をしなきゃ、ふふふふ、い
!
﹁はー、面白い⋮⋮アナタみたいな魔法少女は、本当、はじめてぇ⋮⋮﹂
かにドラゴンハートの方だ。
とは正論だ、限りなく彼女が正しい。頭を下げて何かを乞うのは、確
久々に、心から、腹を抱えて笑った気がする。成る程、言ってるこ
けないわよ、ねぇ あは、あはははははっ
うよねっ
﹁ふ、ふふふ⋮⋮プ、アハハハ、あははははははははっ
あまりにしれ、っと言うものだから、もう我慢できなかった。
?
!
!
26
!?
呼吸を整えて、はぁ、と息を大きく吐き出す。その動作に、目の前
の少女の全身が緊張に包まれたのがわかった。
﹁⋮⋮でもねえ、それこそ私、今何も持ってないのよねぇ。おっぱい
﹂
は、ふふ、触らせてあげられないし﹂
﹁そこをなんとか﹂
﹁食い下がる所なの
脊髄反射でツッコミを入れてしまった、危ない危ない、と自制する。
﹁申し訳ないけれど、渡せるものがないから││││﹂
そういえば、封印から出てきたばかりで、慣らし運転もまだだった
な、と想い出す。軽くかがんで、笑顔を向けて。
﹁││踏み倒しちゃうわ﹂
高く高く跳躍して、木々をかき分け、森を超えて、ドラゴンハート
はその場から消え去った。
27
!?
どうした
食わんのか
﹂
◇ 第二章 魔法少女育成計画 ◇
﹁うん
?
たったそれだけの理由で、二十人以上は居たであろう、満席の客達
その返答に、案内役が疑問を持つ暇もなかった。
しかし、彼女の答えは﹃嫌だ﹄、の一言だった。
う。
赤い暴君の呟きに、その担当は極めて誠実に対応したと言えるだろ
ますか﹂
﹁申し訳ありません、この時間帯は家族連れの方も多くて、ご了承願え
﹁うむ、騒がしいな﹂
入った瞬間に終わりを告げた。
家族連れで賑やかだった、日常のあるべき姿は、この魔法少女が
たすら食事を作らされているであろうコックだけだ。
ば、生きているのは彼女達以外、それと給仕役のウェイトレスと、ひ
正確に言うと、今は流流流達しか居ない。もっと厳密に言うなら
は居た。
駅から少し離れたビルの二階に入っているファミレスに、流流流達
よ﹂
﹁⋮⋮つーか、どっちにしろ食えたもんじゃねえよなあ、こんな所で
に戻っていった。
と青い顔で、アルバイトだろう少女は、ガタガタと震えながら厨房
﹁は、はい﹂
平らげた皿を放り投げるように、ウェイトレスに渡す。
ぞ、うむ。これ、給餌、おわかりだ、急げよ﹂
﹁ふむ、まあ確かに拾い物であるからな、大事にするのは良いことだ
﹁生憎、命の大切さを噛み締めてる所でな、腹一杯なんだよ﹂
た。
切り分けては齧り付く真紅の魔法少女に、流流流はダルそうに返し
鉄板の上でじゅうじゅう音を立てる、安っぽいステーキを、大きく
?
をあっという間に、お行儀よく静かな、二度と音を立てる事のない物
28
?
体に変えてしまった。
シートを飛び出して、テーブルの上や天井や、壁にベッタリと体の
パーツが張り付いているのは、少々お行儀が悪いと言えるが。
﹁臭すぎてグロすぎて吐きそうだぜ、おい。お前はよく食えるな、プリ
ンセス・ルージュ﹂
真紅の魔法少女││プリンセス・ルージュの名前を呼ぶと、うむ、と
大仰に頷く。
﹁血の匂いはいいぞ、食欲をそそる。それに、装飾は赤いほうが良い。
余のイメージカラーであるからな。﹂
﹁⋮⋮つーか、俺ら魔法少女はそんな飲んだり食ったりしなくていい
食べないと元気がでぬぞ 朝昼夜しっかり食べね
だろ、変身中は﹂
﹁む、そうか
ば﹂
﹁では、ます腹ごしらえといこう。腹が減っては戦も出来んしな。そ
だった。
る、所謂﹃戦闘型﹄の魔法少女である流流流が、知覚を許さない速度
ぎて一切見えなかった。裏社会でそれなりに生きて、荒事に精通す
腕が動いて、剣が構えられて、刃が喉元に届くまでの動きが、速す
細な気まぐれに感謝するしか無い。
その動作が終わるまで、知覚すら出来なかった身としては、その些
﹁││││っ﹂
るか。うむ、余はやさしいな﹂
﹁おお、しかし余を解放した功績もある事だし、多少の無礼は許すとす
センチ手前でピタリと止まった。
プリンセス・ルージュが流流流目掛けて振るった剣は、その首の数
ら、流流流はどうしてこうなったかを振り返った。
フォークを咥えてきょとんとするプリンセス・ルージュを見なが
?
この、案内せよ。余に名前を名乗っても良いぞ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
29
?
気まぐれで生かされているのが嫌でも理解出来て、逆らう選択肢を
流流流
与えられていないことが嫌でも理解させられて、流流流は大きなため
息を吐いた。
﹁流流流、魔法少女だ。﹂
﹁むう、変わった名前だのう。余の方がずっと格好いいな﹂
自身に満ち溢れた笑みで、真紅の暴君は名乗った。
﹁プリンセス・ルージュ。忘れず刻め、貴様の主の名前ぞ
よ﹂
そんなこんなで、付き人Aとしてこの大暴君と行動をしてみたが
⋮⋮。
真っ赤なドレスが、人智を超えた美しさである所の魔法少女に、尋
常でないほどよく映える。そんな状態でうろつけば、人目につくのは
当然で、実際、誰もがプリンセス・ルージュを見ては、衣装の異様さ
を差し引いても、感嘆の声を漏らしたものだ。
とりあえずそんな視線を避けたいのと、本人が空腹だというので店
に入ってみたら、これである。
︵こりゃ封印もされるわ⋮⋮飯食う度に殺してたんじゃたまらねえっ
ての︶
それにしても、客の首を刈り取る作業中のプリンセス・ルージュの
楽しそうなこと。
子供をかばう母親などは、率先して殺して、その目玉を子供に飲み
込ませる徹底具合だ。
﹂
30
?
そのさなかの笑顔は、今こうして食事に舌鼓をうっている時よりは
るかに輝いていた。
﹁あー⋮⋮どうすっかな、マジで﹂
﹁む、どうした、デザート食べたいのか
﹂
﹁ちげーよ、っつーか口﹂
﹁む
?
口にベッタリとステーキのソースをつけたまま、首を傾げるその様
?
子供かてめぇは
﹂
に、流流流はイライラしながら、備え付けのナプキンを手にとった。
﹁べったりくっついてんだよ拭け
﹁⋮⋮ふむ﹂
﹁ご、ごめんなさいごめんなさい
片付け﹂
﹁もう良い、出るか﹂
申し訳ありません
す、すぐに
セス・ルージュのドレスの裾に、ほんの少し引っかかった。
シャリと落ちた。氷と、オレンジジュースが床に飛び散って、プリン
たものだといえる。手にした飲み物が手から滑って、グラスが床にガ
元々、限界だったのだろう。むしろ二十分近く、よくもまあ頑張っ
﹁失礼し⋮⋮あっ﹂
﹁うむ、苦しゅうないぞ﹂
ているのがありありと見て取れた。
のだろう。なんとか暴君の些細な気まぐれに触れないようにと務め
生かされているのは、ただこの役目があるからなのだと理解している
目の端に涙を貯めこんで、憔悴しきっている少女は、しかし自分が
戻ってきた。
そうこうしているうちに、皿に次の料理を載せたウェイトレスが
﹁⋮⋮お、おまたせしまし、た⋮⋮﹂
話ではあったのだが。
て、口出しせざるを得ない流流流に取っては、情けなくもありがたい
ナーの悪さと言ったものが目立つし、そういった細かい点が気になっ
法少女離れしているからこそ、余計に所作の不器用さや、テーブルマ
ゴリに入れてくださっているようだ。見た目が、そんじょそこらの魔
生かしておくらしい。流流流は多少の無礼を働いても、命を許すカテ
危険人物ではあるが、とりあえず殺さないと判断した相手はそこそこ
⋮⋮道中会話をしてわかったのは、何を考えているかはわからない
﹁そりゃどうも﹂
﹁むむむ、余の身だしなみを整えたわけだし⋮⋮許そう﹂
むうっと頬を膨らませた。
強引に口元を拭うと、んむ、と逆らいはしなかったものの、すぐに
!
!
31
!
!
立ち上がった時点で、もう剣を振りぬき終えている、やっぱり流流
流に、その速度は追いきれなかった。
幸いなことに、ウェイトレスはもう怯えることはなくなっていたの
だが。
﹁⋮⋮っておいおい、出るんじゃねえよ、厨房にまだ一人⋮⋮あーもう
﹂
調理を担当しているアルバイトもいたはずなのだが、プリンセス・
ルージュの意識にはもうそんな存在は無いらしい。しかし、だから自
分が始末しに行くのも抵抗がある。
︵⋮⋮ ど ー せ こ の 規 模 な ら、ど う あ っ て も バ レ る ん だ し ⋮⋮ 運 が 良
かったな、ったく︶
﹁流流流、どうした、早く着いてまいれ、余を案内せよ﹂
﹁つーかここ、お前の地元じゃねえのかよ﹂
厨房の方角をちらりと見てから、結局後始末する事なく、流流流は
その後を追った。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
厨房で調理を続けていたのは、高校生のアルバイトだった。二人が
立ち去るまで、辛抱強く息を潜めて待っていた。
︵⋮⋮⋮⋮あかん︶
まさか、そのアルバイトが、たった一人の生き残りが、魔法少女で
︶
あるとは、さすがに彼女達にも、想像することは出来なかった。
︵なんで、こんなところにおるん、プリンセス・ルージュ⋮⋮
◇◇◇
の頃の思い出と、不思議な力と愛らしいもう一つの体と名前を手に入
ンルからは卒業してしまっているので、大体は戸惑うが、しかし子供
殆どの娘は、このぐらいの年齢になると、もう魔法少女というジャ
得られるものだ。
な反応をするかというと、これはなかなか多種多様なリアクションが
現役バリバリJC、もとい女子中学生が魔法少女になった時、どん
!
32
!
れて、きゃいきゃい喜ぶのが普通である。
そこを行くと、魔法少女ラブリー・チャーミーは、その名前と反し
﹂
て全くラブリーでも無いしチャーミングもへったくれもなかった。
﹁⋮⋮うっわ、マジで
やだ、超可愛い
これ、私
わぁーっ
﹂
!
た。
﹁ウッソ、マジ
!?
﹁魔 法 少 女 ピ ン キ ー ピ ン キ ー レ ッ ツ 参 上 デ ー ス
☆﹂
き ゃ る ん っ
!
弦矢弓子こと、ユミコエルは、マントに眼鏡、それに仙人が持って
つ る や ゆ み こ
﹁ふふ、これでやっとダモコホペナ神の巫女になれるのね﹂
の魔法少女だ。悪魔の翼と尻尾が生えている。
四人の教官役の魔法少女、ストロベリー・ベルは小悪魔の様な外見
り一層輝いている気がしなくもない。
望できる。特に駅前は新しい建物で溢れかえっているので、夜景はよ
集合場所として指定されている、ビルの屋上からは、街の景色が一
助けをしよーっ﹂
変わらず、魔法少女としての自覚を忘れず、こっそりささやかに、人
﹁⋮⋮ってなわけで、今日が卒業試験です。と言っても、いつもどおり
功した。これが、大体四ヶ月以内に起きたことの全てである。
稼ぎ、他の参加者を無事蹴落とし、見事四人で試験に受かることに成
う値が増えていく。彼女達は力を合わせて効率よくキャンディーを
人助けをすると、与えられた端末の﹃マジカルキャンディー﹄とい
あざといロールプレイ、というかキャラになりきる奴も居る。
!
自分の脳内設定と勝手に紐つけて祈りを捧げている奴もいるし。
形態なのですね﹂
﹁これもラモコスソ神の導き⋮⋮選ばれた戦士のみに与えられた戦闘
飛び跳ねている同い年の姿があるし、
そんなチャーミーの真横では、手鏡に映る超絶美少女の姿を見て、
!
な手足も全部ひっくるめて﹃マジかよ﹄という感想しか出てこなかっ
リアルでかなりドン引きした。フリフリの衣装も可愛い顔も、小さ
?
いるような樹の枝みたいな杖を持っている魔法少女だ。日頃から妄
33
!?
想力逞しい娘なのだが、魔法少女になって以降は、脳内の神様から力
を授かったという設定らしく、日々感謝の祈りを捧げている。ただ、
毎回呼んでいる神様の名前が変わる。
﹁そんなんなりたくないけど、資格剥奪の危機からおさらばってのは
くもきり かすみ
嬉しいわね。﹂
雲 霧 霞こと、シンデレラ・ブーケは、頭からつま先まで真っ白で、
至る所に白い花の装飾を纏う魔法少女である。名前の通り、シンデレ
ラのドレスを着ているようで、歩く度に割れそうな、ガラスの靴がか
しゃんかしゃんと音を鳴らす。身長低目な魔法少女たちの中でも、ひ
ときわ小さくお姫様然としている。
﹁クックック⋮⋮他の八人は随分と軟弱だったデスね、精々あの世で
あ た た か な こ
悔やむがいいデス﹂
阿多田香奈子 こ と、ピ ン キ ー ピ ン キ ー は、学 生 服 を 可 愛 く ド レ ス
アップしたようなビジュアルで、長いツインテールが特徴的な魔法少
34
女である。香奈子本人は、この状況をたいへん楽しんでいるようで、
こ こ ろ み る の
キャラ作りに最も精力的に勤しんでいると言える。
﹁いや、死んでないし。殺すなし﹂
そして、ラブリー・チャーミーこと心美流乃は、この怒涛の展開に、
溜息をつくことしか出来ない。
事の始まりは香奈子がプレイしていたゲームを皆で始めたことが
﹄とか言われて、試験官の魔法少女が派遣されてき
きっかけだった。アプリ﹃魔法少女育成計画﹄のプレイ中、
﹃魔法少女
に選ばれました
迷子の子供の声を、親の元に伝える、といった作業もホイホイとこ
出来る。
ちろん、周囲の人間の思考を読み取り、それを他者に伝達することが
法は﹃テレパシーを操る﹄と言うもので、自分の考えていることはも
また厄介なことに、流乃の変身した姿、ラブリー・チャーミーの魔
た為、いやいや付き合わされてしまった。
先したかった流乃であるが、香奈子、弓子の二人が異様に乗り気だっ
中間試験と期末試験の時期でも人助けを要求されたし、私生活を優
て、てんやわんやになったものだ。
!
なせてしまうため、キャンディー稼ぎの主力は自然チャーミーとなっ
た。
一番乗り気じゃない私が、なんで一番働かされているんだ、と心の
底から思った。
﹁はいはい、ただ、いつも通りってのもつまらないし⋮⋮そだ、チーム
分けしよっか。二組に分かれて、キャンディーの多かった方の勝ち
で﹂
﹁ストロベル先生、一々面倒くさい条件足すのマジでやめて﹂
チャーミーはげんなりした顔をしたが、テンションバカのピンキー
と、イベント好きのブーケはそんなことは知ったこっちゃねえと言わ
﹂
負けたほうが焼き肉奢りでどうデス
流乃ちゃん、私と組もう
楽しそうデス
んばかりに手を上げた。馬鹿共め。
﹂
﹁いえーい
か
﹂
﹂
﹁でも、確かにチャーミーが入ったほうが有利かあ、うーん⋮⋮三対一
目元を抑えていた。
ピンキー、ブーケ、ユミコエルが綺麗に声を揃えた。チャーミーは
﹁えー﹂﹁えー﹂﹁えー﹂
ないとダメって言ったでしょ。﹂
﹁こら、変身中は魔法少女の名前で呼びなさいっ、名前はちゃんと隠さ
﹁流乃、コマソテペロネ神が私と組むようにって﹂
﹁さんせー
!
﹁私に死ぬほどメリットないからやめてよ
﹂
ケにしよっか、チーム分け﹂
﹂
﹁いやっほおおおうデス
﹁えー
!
からは抗議の声が上がった。
約束を与えられたピンキーは飛び跳ねたが、当然の如くあまりの二人
チャーミーとコンビ、つまり勝利確定、すなわち焼き肉と言う名の
﹁横暴反対﹂
!
35
!
!
!
!
﹁あはは、冗談冗談、じゃ、ピンキーとチャーミー、ユミコエルとブー
!
?
﹁勿論、ちゃんとハンデつけるよ、チャーミー達は、ブーケ達の二倍、
﹂
キャンディを集める事。制限時間は今から二時間半、オッケー
可愛い魔法少女には可愛い魔法が似合うっ
私の魔法に関してはこう、
?
なるよ、保証する﹂
﹁⋮⋮あ、あの、センセ
チャーミー
分にはノータイムで複数人に知らせられるわけだし、すっごい頼りに
﹁要するに、考え方次第って事。チャーミーのテレパスは、自分で使う
その死に方は凄く嫌だ。
﹁私それ絶対食らいたくないです﹂
に追い込んで仕留めるっていう技だったんだけど﹂
﹁そいつが編み出したのが、質問漬けにして答えさせ続けて、呼吸困難
ストロベリー・ベルは笑いながら言う。
になんでも答えさせる﹄って魔法を持ってる魔法少女がいたんだ﹂
用力でいえばナンバーワンだよ、チャーミー。私の先輩にもね、
﹃質問
﹁確かに二人のもすごいけど、魔法っていうのは使い方次第だから、応
かせることが出来る。
何かを言ってから、
﹃お願い ﹄と一言添えると、何でもいうことを聞
シンデレラ・ブーケは﹃お願い﹄を聞いてもらえる魔法で、相手に
ものだってぶち砕くことが出来る。
コントロールできる。どんな重い物も持ち上げられるし、どんな硬い
ユミコエルの魔法は﹃超怪力﹄で、望むだけのパワーを自由自在に
ていうかー﹂
﹁ふふん、やっぱりー
﹁私の魔法はロモコタペラ神の加護だから。強くて当然﹂
ては得意げだった。蹴り飛ばしたくなった。
ジト目で二人を見てやると、ユミコエルは得意げで、ブーケに至っ
んだけどなあ。ていうか、ブーケの魔法が最強だと思うんだけど﹂
﹁んー⋮⋮私はユミコ⋮⋮エルとかのほうが、わかりやすくて好きな
んだから﹂
チャーミー、ホントに君の魔法は、現代の魔法少女事情にピッタリな
﹁こ こ ま で の 君 た ち の ス コ ア を 見 る 限 り、こ れ で 五 分 ぐ ら い だ よ。
﹂
﹁あんまりオッケーじゃないんですけど⋮⋮ペナルティ重くない
?
?
36
?
?
?
何かコメントないデスかね
﹂
﹁むっきいいいいいいいいいいいいいいっ
﹂
教え子にフォローはないデスか
﹂
﹁じゃ、オチも付いた所で、勝負スタートといこうか
﹁センセ
﹁私ハンデ扱いデスか
﹂
ていうか放置デスか
﹂
﹁ハンデ付きなら余裕だし。ピンキー居る分有利だし﹂
!
!
﹁よーし、負けないからね流⋮⋮チャーミー
! !?
﹂
﹁私、アンタの魔法だけはいらない。役に立たないし﹂
手を上げた。しかしチャーミーは無常に言い放つ。
微妙に話題から置いてけぼりにされていたピンキーが、おずおずと
?
!?
﹂
!?
﹁了解デスっ
﹂
母さんは改札のとこにいる﹂
﹁んー⋮⋮あ、迷子みっけ。駅の北口、ワッフル屋さんがあるとこ。お
から、目的の物をより分けていく。
波紋が広がり、様々なものにぶつかり、波紋が返って来る。その中
ている、自分の魔法のイメージである。
水面に、大きな石を投げ入れる。というのが、チャーミーが認識し
﹁まあ⋮⋮家族みたいなものですから﹂
同じように笑いを返した
ストロベリー・ベルが笑って言うと、チャーミーはため息を吐いて、
﹁ふふ、アンタたち、ホント仲いいね﹂
中を見られる可能性を、全く考慮していない。
伝ってホイホイ降りるユミコエルとシンデレラ・ブーケ。スカートの
各々散開していく。魔法少女の身体能力に物を言わせて、雨樋を
﹁チャーミーイイイ、乗り気じゃなかったはずでは
﹁ピンキー、急いでよ、置いていかれちゃうでしょ﹂
!?
﹁ラジャーデス
﹂
﹁東口に定期券落とした人がいる、駅員さんの所に届いてるみたい﹂
!
﹁何か彼氏が二股してて泣いてる女の人が⋮⋮﹂
!
37
!?
﹁それはちょっとどうしようもないデス⋮⋮﹂
周囲で何か困っている人がいれば、チャーミーはそれを読み取っ
て、ピンキーに伝える。ピンキーは風の如く駆けつけては直接解決し
てぱぱっと去っていく。
そんな事を二十分も続けて、チャーミーはんー、と唸った。
﹁⋮⋮⋮⋮っと、この辺ではもう、なんか困ってる人は居ないかも。あ
のネーチャン引っ掛けたいなーとか思ってるおっさんぐらいこれ援
交の現場じゃ⋮⋮﹂
﹂
﹁そういう生々しいのは受信しなくていーデス 霞⋮⋮じゃなかっ
た、ブーケ達はどんな感じデス
取れた。
﹁んと、難航してるみたい。なんか伝えとく
﹂
ける。思いの外、困っている人が見つからず、焦っている感情が読み
テレパシーの受信範囲を少し広げて、良く知った思考の波長を見つ
!
力だとは思うのだが⋮⋮。
﹁⋮⋮やっぱさ、電話とかラインでよくない
に返って来るもんデスよ﹂
﹁え、それってそういう意味なの
︶を替える為、人混みをなるべく避けて移動していく。二
とだと思ってた﹂
狩場︵
甘やかすと為にならないってこ
﹁情けは人の為ならずというじゃないデスか。人の為に尽くすと自分
いし。今回は焼き肉だけどさ﹂
﹁ボランティアに使えても意味ないじゃん、自分が得するわけじゃな
﹁そんな事ないデスよ、実際こうやって役立ってるじゃないデスか﹂
あ﹂
って思うんだけどな
頭に直接、こちらの意志や感情を伝えることが出来る。確かに便利な
こちらから意思を伝えることも可能なチャーミーの魔法は、相手の
﹁らじゃ。 ⋮⋮⋮⋮あ、怒った﹂
﹁こっちはキャンディ五十超えたー、って煽っとくデス﹂
?
?
コエル達ほど不自然なビジュアルではないのだが、チャーミーの髪の
38
?
?
人の魔法少女としての姿は、学生服をモチーフにしているため、ユミ
?
毛は真っ赤だし、ピンキーのツインテールは異様に長く、やはり人目
を引く。
別にそれ自体は問題ないのだが、外見は︵実年齢もだが︶十代半ば
﹂
の女子なのだから、警察に捕まったら、もう立派に補導の対象である。
﹁この姿だと戸籍ないデスし、捕まったらアウアウデスよ
﹁本体の方がバレても、家に迷惑かかっちゃうじゃん﹂
﹁⋮⋮後一年、かあ﹂
か、どうしようもなくイライラして、そのイライラを、出会って十八ヶ
どうしてここまで笑っていられるのか、前向きに生きて行けるの
香奈子が、流乃はものすごく嫌いだった。
施設の年下の子供たちをグイグイ引っ張っていくリーダー役だった
てこんなところに居るはずなのに、いつも笑顔でハキハキしていて、
自分と同じで、親を亡くして、親戚からも疎まれて、実質捨てられ
流乃に、無理矢理色んな事をさせてきたのが香奈子だった。
ず、心を空っぽにしたまま、能動的なことを何もしようとしなかった
特に香奈子と流乃は仲が悪かった方で、どんなことにも興味を抱け
呼び合うまでに一年かかった。
反発と喧嘩を繰り返し、拳を交え、舌戦を尽くし、お互いが名前で
強要されて、うまくいくはずなど当然なかった。
会った。心身共に傷を負っている上に、見知らぬ他人との共同生活を
失った、当時まだ年齢一桁の少女達は、児童養護施設に預けられて出
四年前の大災害で、家族を失い、家を失い、生活を失い、身寄りを
年で、全員が同じ場所に住んでいて、全員が生活を共有している。
心美流乃、阿多田香奈子、雲霧霞、弦矢弓子の四人は、全員が同い
﹁うん、わかってるけど⋮⋮やっぱ、目の前にあるとさ﹂
﹁そ、そう暗い顔しちゃダメデスよ
﹂
ピンキーが何気なく呟いた言葉に、チャーミーは視線を曇らせた。
デスねー﹂
﹁デスねー、後一年で卒業なのに、立つ鳥跡を濁しまくりはちょっと嫌
!
鬱陶しいのよ 黙っててよ
!
月目に思い切りぶつけた。
﹁ヘラヘラ笑ってんじゃないわよ
!
39
!
!
何でそんなに無神経なの
じゃん
﹂
﹂
誰にも話せない、私達だけの秘密にしよ
﹂
﹁こうやって魔法少女してる事自体、お別れへのステップ、って感じ
い格好をして、益もない人助けに励んでいる。
⋮⋮それに賛同して、こんな時間、こんな場所で、こんな恥ずかし
うよ。だから、魔法少女になりたい
がってられる気がしない
れになっちゃうけどさ、こういう特別な力があればさ、ずーっと繋
﹁もうすぐ私たちは施設出ないといけないし、進路によっては離れ離
てきたのがきっかけだし、いざ実際に試験が始まった時も、
今こうして魔法少女をやっているのも、香奈子がアプリを持ち出し
ようになった。
騒動になったのだが、それをきっかけに、話して、遊んで、笑い合う
当時はその返答が出来る事にも腹がたって、結果的に殴り合いの大
﹁だって誰かが笑ってないと、皆くらーいまんまじゃん﹂
対して、香奈子は笑顔を崩さず、一切怒らず、こう返してきた。
全に嫉妬その物であったことを、今となっては否定のしようもない。
半ば八つ当たりだし、嫉妬が十二分に込められていたどころか、完
!
あったっけ﹂
じゃないデスか。なんだったら、施設出たらルームシェアすりゃいい
デスよ﹂
﹁バイトオッケーで近所の高校
てるわけ
﹂
﹁い、いや、だって、まだ一年後の話だし⋮⋮何よ、香奈子は言う程見
てないんデスか﹂
﹁いくつかあるデスよ、っていうか、なんで学区内の高校ぐらい確認し
?
その辺り狙わないと、ろくな大
?
ピンキーピンキーとなった香奈子は、徹底して自分にロールプレイ
﹁う⋮⋮﹂
学行けないデスから﹂
金出る所もいくつかあるんデスよ
﹁後一年しかないんデスから、そりゃあ見てるデスよ。私立でも奨学
?
40
!
?
﹁それこそ卒業試験って感じデスけどー、今生の別れでもなし、いー
?
を課している。語尾はデス、ポーズは可愛く、決め台詞はビシっと徹
底的に、だ。一見ふざけているように見えるが、一番現実を見据えて
いるのも、また香奈子だ。流乃なんかより、よっぽど先のことを考え
て動いている。
﹁流乃が難しいこと考えれないのはよーくわかってるから、大丈夫デ
ていうか、その⋮⋮香奈子は、どこ行くつもり
ス。ちゃんと行けそうな高校ピックアップしておいてあげるデスか
ら﹂
﹂
﹁余計なお世話よっ
なの
補欠合格できるかどうか⋮⋮ぐらいの私立デス﹂
!
﹁うー⋮⋮﹂
勉強見るデスよ
﹂
デスし、気持ちは嬉しいデスけど、もしその気があるなら、今度から
﹁ふふ、照れてる照れてるデス。冗談デスよ、流石にそこまでじゃない
てしまった。
⋮⋮本音では行きたいと思っていたのだが、先手を打たれて潰され
﹁アンタと同じ所に行きたいなんて言ってないでしょーっ
﹂
たら、今から三百六十五日二十四時間徹底的に勉強漬けしてようやく
﹁えーっと、流乃が﹃わ、私も同じ所に行きたい﹄とか言い出すんだっ
!
むむ、と唸って、魔法を使う。
﹂
﹁この時間帯だと迷子も少ないから⋮⋮⋮⋮あ
﹁お、ヒットしたデスか
?
﹁え⋮⋮なにこれ、誰が⋮⋮いや、何、死ん⋮⋮﹂
ピクリ、とチャーミーの眉が上がった。
?
﹂
下手がすぎる誤魔化しをすると、ピンキーはぷっと吹き出した。む
がなきゃ﹂
﹁⋮⋮そ、そろそろ、テレパシーで探ってみるわ。キャンディもっと稼
だった。
チャーミーのその姿は、鏡で見ればとてもラブリーでチャーミング
わ ず 頬 を 膨 ら ま せ て し ま っ た。皮 肉 な こ と に、魔 法 少 女 ラ ブ リ ー・
今日もまた、香奈子にしてやられた、という悔しさが湧いてきて、思
?
41
?
﹁⋮⋮流乃
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮いや﹂
テレパシーの魔法が、声を伝えてきた。
魔法の範囲内の中で、より大きく、より強い感情を、
﹃受信﹄してい
たチャーミーの頭の中に、直接、それが叩きこまれた。
││││助けて誰か痛い嫌あああああ誰か嫌逃げ痛いて助け死あ
ああああお母さ痛い痛い痛い痛いぎゃあ助けひいいいああああああ
ギャ何でどうし助け痛い痛い痛い痛い痛い腕が目が何でこんな嫌助
﹂
けこの子だけはお願ああああああああ嫌だああああああああ
﹁あ、あああああああああああああああああああっ
者の思考を読み取り、受け入れられる魔法であるが故に、全てがまる
怖が。それをどうにもできない悔恨が。そのまま死に至る絶望が、他
首を跳ねられた時の痛みが。それを目の前で見たしまった時の恐
髄に、情け容赦なく叩きこまれた。
る慟哭が、致命的な絶望が、問答無用で、ラブリー・チャーミーの脳
無数の人間の、苦痛を訴える感情が、助けを求める声が、溢れかえ
!?
変身解いて
速く
﹂
で自分の感情であるかのように、頭の中を埋め尽くした。
﹁流乃ッ
!
!
それでも、流乃の頭の中に、その言葉は入ってこない。
あらゆる負の感情の中、全ての感情が、一斉にそれを伝えてきた。
﹃││││真紅い﹄
視界が真っ赤に塗りつぶされて、流乃の意識は途絶えた。
◇◇◇
ピンキーピンキーこと阿多田香奈子は、自分の事を、打算と計算で
動いている人間だ、と評価している。情けは人の為ならず、というの
はまさしく香奈子の主義であり、他人に親切に振るまい、時に手助け
し、側で支えてやることは、信用と信頼を生み出し、その貯金はやが
て自分の役に立つ。
魔法少女になるために力を費やしているのも、特別な力は、上手く
42
?
ピンキー、香奈子が肩を掴んで、何かを叫んでいる。
!
使えば将来の役に立つし、共有の秘密はお互いの繋がりと連帯感を、
より強くすると思ったからだ。
目先のメリットに溺れない。
実際、ユミコエルやシンデレラ・ブーケ、ラブリー・チャーミー達
の様な、目に見えて派手な魔法ではないが、ピンキーは自身のそれは
最高に便利なものだと信じてやまない。
﹁んもー⋮⋮何か刃傷沙汰でもあったんデスかね、気絶するほど頭に
情報が叩き込まれるくらいの﹂
気絶して、変身の解けた流乃を一人担いで歩くぐらいは、魔法少女
の身体能力なら訳はない。やはり往来を歩くと目立つので、人気のな
表通りを歩けば良いではな
い裏路地をひっそりと行く事になっているが。
﹁おい、何故こんな暗い所を通るのだ
いか﹂
﹂
﹁お前自分の格好もう一度鏡でみてから言ってみろや、その真っ赤な
?
⋮⋮人気がないと思った矢先に、会話が聞こえてきた。ピンキーか
ら見て正面、ビルとビルの隙間から、二人の少女が現れた。
一見、黒を基調にした学生服を着ているが、自分もそうだからわ
かった。あれは魔法少女の衣装だ。細部にフリルやリボンがあしら
われていて、下手なコスプレにすら見えるが、それを着ている少女の
顔立ちの隙の無さといったら、魔法少女以外の何物でもない。
そしてその後ろから歩いてきたのは、これはもう間違いなく、考え
る間もなく魔法少女だ。美しすぎる。目鼻立ちが恐ろしいほど整っ
ているのに、背は低く、パッチリと開いた長いまつげが、見ている者
に、これが美しいということだと強制的に認識させる。
加えて、大きく広がったスカートは真紅に染まっている。前から見
ると、前面部がシースルーになっていて、下着のようなものがはっき
りと見えるのだが、こんなデザイン、魔法少女以外ではありえない。
⋮⋮問題は、自分たちが全く認識していない魔法少女と、こんな所
43
ドレスを見てな
﹂
﹁かっこいいであろう
!
﹂
﹁目立つつってんだよ
!
!
でいきなりエンゲージしてしまったことであり、ピンキーは厄介事の
﹂
気配を本能で感じ取った。
﹁あん
また、相手方も誰か居るとは思っていなかったのか、黒い方の魔法
少女が、眉をしかめてこちらを見てきた。
﹁む、何だ、急に止まるでない。余の歩みを止めると殺すぞ﹂
﹂
﹁さくさく殺しすぎ何だよお前はよ﹂
﹁それで、どうした
り、死体が見つかれば存在が露見するからであり、存在が露見したら
理由は単純で、処理する能力がなければ死体は見つかるからであ
人と言うのは、なるべく、極力、犯すべきではない禁忌だ。
しかしながら、裏の世界で暗躍を続ける、悪の魔法少女に取って殺
えているからなのだろう。
れと、
﹃助けられた﹄という事実に対して、一応の評価めいたものを与
流流流が生意気な口を叩いても、生かされているのは単純に気まぐ
対であり基準なのだろう。
渉の余地無く殺す。それが彼女の中では当然でありルールであり絶
とにかくすぐ殺す。プリンセス・ルージュは気に食わない相手を交
直感して、次の瞬き程の時間で、赤い剣が振りぬかれていた。
なんかヤバイ、と直感した。
︵あ││││︶
黒い少女の静止を聞かず、ずんずんと前へ歩み出る。
﹁あ、おい﹂
の意味を込めた荒い息が吐かれた。
だが、こちらを視認した赤の瞳は、すぅ、と細まり、ふん、と侮蔑
込む、身長差があるらしく、見えていなかったようだ。
ひょい、と赤い魔法少女が、黒い魔法少女の背中からこちらを覗き
?
魔法の国も黙っていないからである。
44
?
殺さないに越したことはないのだが、コイツはガンガン殺す。
プリンセス・ルージュが前に出た時点で、おそらくは﹃歩みを止め
た﹄という理由で、目の前の少女は殺されるだろう、と流流流は半ば
諦めた気持ちで眺めていた。
︵この街にゃ長居できねーが⋮⋮コイツと行動し続けるのはマイナス
でしかねえんだよな、とは言え、逃げようとしたら俺も殺されるだろ
うし、くっそ、面倒くせえ︶
風をきる音が聞こえて、プリンセス・ルージュは剣を振るっていた。
相変わらず、いつの間にか握っていて、それを行使する瞬間が見えな
︶
い。何らかの魔法を使っているのではなく、単純にその動作を行う体
のスペックが高すぎて、素早すぎるのだ。
︵まあ、苦しんで死ぬよかマシだろ││││ん
しかし、流流流の眼前に飛び込んできたのは、首を跳ねられた少女
の姿ではなかった。
高速のプリンセス・ルージュの剣閃より尚速く、少女は頭を、深く
ささ、どうぞどうぞ、お通
進んでください、と、プリンセス・ルージュに道を示した。
一方で、プリンセス・ルージュは、首を跳ね飛ばすつもりではなっ
と納得行かなそうな顔をしている。
た自分の剣が、当たらなかった事が不思議なのか、首をしきりにかし
げて、むむむ
可無く触れたな
﹄と首を飛ばされるかと一瞬背筋が凍ったが、特に
ルージュの手を引いて︵無意識に手を取ってしまった瞬間、
﹃余に許
﹁むう﹂
﹁⋮⋮オイ、いいから行こうぜ。下手に殺すと面倒なんだよ、マジで﹂
?
騒動を起こさないのが一番なのだ。
のが正解なのだ。それが流流流の哲学である。長生きするためには、
騒動を起こした場所には、居続けないのが正解なのだ。居座らない
抵抗はなかった︶、この場を離れようとする。
?
45
?
深く下げていた││││俗にいう、土下座の姿勢をとっていた。
﹂
﹁いやいやいや、本当に申し訳ないデス
りください
!
頭を下げて、剣を避けて、そのままへこへこと媚び諂って、どうぞ
!
だが、暴君はその哲学を真正面から踏みにじるのが、どうにもお好
きらしい。
﹂
﹁いや、やはり殺そう、余は一度決めたことを曲げるのは嫌いだ﹂
﹁ふあ││││
は、二度目の奇跡的な回避を、遂げられない事を意味している。
!
﹂
﹂
ピンキー、チャーミー﹂
﹁す、ストロベルせんせぇぇぇぇっ
﹁大丈夫
後の少女にほほえみかけた。
い、悪魔の羽と尻尾を携えた││││は、そんな相手を無視して、背
一方、その場に現れた新たな魔法少女││││仮装とは到底思えな
れるのが大嫌いなのだ。
間違いなく怒っている。何よりも、自分がしようとしたことを阻害さ
ルージュが剣を構え直し問いかける。あからさまに不機嫌そうで、
﹁何者だ
右に分かれて飛び退いた。
に突っ込んできた。反射的に、流流流とプリンセス・ルージュは、左
まさにその直後、横合いから﹃何か﹄が、二人の間に割りこむよう
﹁ちょおおおおっと、待ったあああああああああああああああっ
﹂
再度振り上げられた剣に、少女が硬直する。そしてその体の停止
!?
﹂
!
私は見たこと無いんだけど﹂
﹂
ス・ルージュが応じる。ふうん、と﹃ストロベル先生﹄とやらは頷い
小悪魔モチーフの魔法少女の問いかけに、マジギレ直前のプリンセ
﹁誰が余に口を利いて良いと言った
│アンタたち、何処の魔法少女
﹁こっちの様子見に来たら、間一髪ドンピシャだったみたいね│││
やらの後ろに隠れる。
ヒョイッと再び少女を背負い直し、そそくさと﹃ストロベル先生﹄と
﹁おっと﹂
﹁こらこらこら、ちゃんと抱えてなさい
背負っていた少女を放り投げてしがみついた。
魔法少女だ││が、目の端からじゃばじゃば涙を流して、小さな腰に、
だばぁ、と、ピンキーと呼ばれた少女││││コイツもよく見たら
!
?
?
46
?
?
た。
﹂
﹁ピンキー、チャーミー連れて逃げて。私も後から行く。ブーケ達に
も連絡取って、集まるように伝えて﹂
﹁お、オッケーデス、ストロベル先生は⋮⋮
﹁悪い魔法少女を退治してから行くわ、こういうのもお仕事だからね﹂
そこで初めて、
﹃ストロベル先生﹄はプリンセス・ルージュに視線を
向けた。睨みつけた。
圧倒的存在感を有し、それを振りかざすのをためらわないプリンセ
ス・ルージュは、恐らく、誰かに無視をされる、といった体験など、無
いのだろう。皆無なのだろう。不機嫌を通り越して、大激怒と言った
有様だ、もう何時襲いかかってもおかしくない。
だが⋮⋮
︵悪魔の羽と尻尾、ピンクの髪の魔法少女⋮⋮⋮⋮アイツ、ストロベ
リー・ベルか︶
その名前に聞き覚えがあった。武闘派揃いで有名な、
﹃魔王塾﹄とい
う派閥がある。とある事件でトップが死んで、空中分解したらしいが
││││その中でも、ひときわ対人戦に特化しているらしい、凄腕の
魔法少女の噂を、聞いたことがあった。
︵先生、ってことは、今は新人魔法少女の教育役でもやってんのか。ん
で、こいつらは研修中、と︶
となると、ルージュの攻撃を回避できたのも、何らかの魔法による
ものだろうか。目を向けてみると、しかし先生を残して、そそくさと
退散していく後ろ姿が目に入った。 魔法の国とダイレクトに繋がっているのであれば、自分たちの所在
と所業が明らかになるだろう││逃がすべきではなかったかもしれ
ない。
しかし、今となっては後の祭りだし、何よりストロベリー・ベルは
追いかけさせてはくれないだろう。
︵つーか、コイツがここでこのお姫様をぶっ飛ばしてくれりゃ、俺も逃
げられるしな︶
プリンセス・ルージュの魔法は未だわからない、ストロベリー・ベ
47
?
ルとどちらが強いのかも。どう転んでもいいように、用意を整えてお
くべきだ。
真紅の魔法少女に対するストロベリー・ベルの感想は、
﹃どっかで見
たことあるような気がする﹄、程度の認識だった。
所属していた派閥のトップ、ストロベリー・ベルの師匠が、任務先
で死亡してからおおよそ半年、後始末や事後処理と言った、頭を使う
仕事を出来る魔法少女が、
﹃魔王塾﹄にはほとんど居なかった││││
戦闘能力に特化しすぎていて、その他の面はかなり蔑ろだったので、
その負債はストロベリー・ベルに全面的にのしかかって来て、担当と
なった地区の、過去の事件の記録など、詳しく見ている暇がなかった
というのが大きな所だが。
48
新たな身の振り方として始めた先生役というのは、なかなかどうし
て楽しかった。とある一人の魔法少女の暴走から、魔法少女の選抜試
験はより管理が厳しく、より適切に行われることが義務付けられ、監
督役に置かれる魔法少女も、実績と経験のある、信頼できる者に任さ
れることになった。
実績と言うと、ほとんど血なまぐさい戦闘経験が主だったし、改め
ストロベルは人の気持ちがよく分かる
て新人に何かを教えるなんて、どうしたらいいんだろう、と友人に相
談してみた所。
﹁うん、向いてると思うよ
結果として選抜した四人は、強い絆で結ばれていて、お互いのこと
からだ。
正であるか、それを隠されていたとして、見抜けるかどうかが問題だ
に力を持っている者を生み出せば新たな問題が起こる。全員品行方
なり、出来ることなら全員を魔法少女にしてあげたかったが、無差別
最終的には両手の指では足りないぐらいの少女を試験することに
と、しれっと言われて、やってみる気になった。
魔法少女だからね。珍しく﹂
?
を信用しあい、また、魔法を正しく使う││││少しぐらいなら、自
分の為に、人生を楽にするために使ってもいい、と教えた││││才
能をしっかり持っている。自分が守るべき存在だ。
だから⋮⋮目の前の魔法少女を、許す訳にはいかない。その力を望
むがままに振るい、傷つけることをためらわない、存在してはいけな
い魔法少女。
﹁名前、聞いといてあげるわ。今降参するなら穏便に済ませてあげる。
なるべくなら殺さないようにしてあげるけど、保証はできない。私、
やること過激なのよね﹂
あえて挑発的に言ってやると、わかりやすいように、怒りに火がつ
いたのだろう。赤い方の魔法少女が、自前の武器を片手に、背後の魔
法少女に﹁手を出すな﹂と告げた。
﹁この無礼者は余が殺す。プリンセス・ルージュが、生存を許さぬ﹂
﹁ヘイヘイ、ご自由に﹂
んできた。
うん、可
が、ストロベリー・ベルはその寸前に、背後に向かって跳躍してい
た。背中の翼はほとんど飾りだが、それでも羽ばたかせれば風を巻き
起こせるし、その風圧で移動をブースト出来る。
﹁暴力反対││││それじゃ、アンタは撃退だ﹂
瞬間、追撃を行おうとしたプリンセス・ルージュが、眉を顰めて動
きを止めた。
自身の手を見つめて、開いたり握ったりしている。が、恐らくその
﹂
違和感に気づいているのだろう。
﹁どこ││見てんのよっ
!
49
﹁へえ、プリンセス・ルージュっていうんだ、可愛い名前だこと。牢屋
﹂
につながれるプリンセスってのも、悪くないんじゃない
愛いかもよ
?
激昂というにはあまりに冷淡すぎる声、同時に、首狙いの一撃が飛
﹁││││愚弄するな﹂
気づいた時、眼前に、もう赤い刃が迫っていた。
﹁余を││││﹂
?
その隙を、ストロベリー・ベルは見逃さない。両足で跳躍し翼で勢
いをつけて、思い切り腹へ蹴りを叩きつけた。さすがの反射神経で身
構えるプリンセス・ルージュだが、到底避けきれるものでもない。攻
防の間にも、その動きは目に見えて鈍っていく、というより、散漫で、
緩慢で、違和感の大きい物になっていく。
ストロベリー・ベルは﹃自分の感覚を他人と共有する﹄という魔法
の持ち主だ。視界内に納めていれば、自分の感じている五感を、そっ
くりそのまま上書きすることが出来る。
今、プ リ ン セ ス・ル ー ジ ュ は 触 覚 を 上 書 き さ れ て い る。ス ト ロ ベ
リー・ベルは両手を開いている、その感覚が伝わっているのだ。
︵私は剣を握ってない。だからアンタも剣を上手く扱えない。︶
実際に持っているのに、手に剣を握った感触がない。自分の動作と
感覚が剥離している。動かしているのに感覚がない、どころか、違う
感覚を与えられては、どんな魔法少女だって、まともに動くことはで
﹂
﹂
その軌道はあからさまに正確さを欠いている、避ける事など容易い。
それこそ、目を閉じていても。
﹁片目を閉じていても││││ねっ
﹁遅いっての
﹂
﹁むう、貴様││││﹂
しだされることになる。
ロベリー・ベルの視界で││││つまり、自分が眼前に居る光景が映
次いで、視覚を共有する。プリンセス・ルージュからすれば、スト
!
ベルが顎に叩き込んだ蹴りを、プリンセス・ルージュは避けることす
こうなればもはや、満足に体を動かせない。事実、ストロベリー・
!
50
きない。歩いている感覚も、立っている感覚も、全てが自分のもので
﹂
はない、という徹底的な﹁矛盾﹂の押し付け。
﹁そお⋮⋮⋮⋮らっ
﹁ぬあっ
鋭い爪の生えた貫手を、蹴りも交えて急所目掛けて叩き込む。
そんな状態で、連続攻撃を叩きこまれて、防御しきれる訳がない。
!
爪が腹をかすめて、血が飛び散った時、暴れるように剣を振るうが、
!
らできなかった。
﹁がっ、ぐっ、ごっ﹂
﹁もうちょっとかわいい悲鳴あげなさいよ││││魔法少女なんだか
ら﹂
その勢いのまま、顔面に、爪を貫手を放つ││││勢いの乗ったそ
﹂
れは、直撃すれば致命傷たる一撃だった。
﹁⋮⋮がぁっ
それでも、身体能力面で、プリンセス・ルージュは魔法少女の中で
もトップクラスだったようだ。とっさに首を動かして、顔面に穴が空
くのは免れた。
免れただけで││││勝てはしなかった。
ズレた軌跡をそのまま横にスライドして、ブツッ、と太いものを裂
き断つ感触が、鈍く伝わってきた。
その瞬間、魔法を解除して、感覚を戻してやる││││与えたダ
﹂
メージ全てが、プリンセス・ルージュの知覚域に入った。
﹁か、は、が││││││││
﹁残念、よけきれてないわね﹂
﹂
闘 能 力 を 奪 わ れ て 居 た よ う だ っ た。傍 か ら 見 て い て 露 骨 に 動 き が
どんな仕組みかは分からないが、プリンセス・ルージュは完全に戦
﹁⋮⋮成る程、こりゃ強えや﹂
ベリー・ベルは流流流に問いかけた。
腕を素早く払って、赤い雫を振り切ると、にこ、と笑って、ストロ
﹁で、あなたは私と戦うかしら
ジュの体から、生命維持を許さない、命の雫が溢れ落ちていく。
口の様に、ドバドバと鮮血の柱を吹き上げているプリンセス・ルー
魔法少女といえど大量出血すれば死ぬ。今まさに、ひねり過ぎた蛇
ぶち切った。
首筋、頸動脈を、ストロベリー・ベルの爪は的確に捉えた。捉えて、
!
?
51
!
そういう輩は苦手なんだけどな
鈍っていく様は、一周回って滑稽ですらあった。
︵身体能力を奪う魔法、か何かか
⋮⋮︶
スカートのポケットの中の、
﹁何にでも書けるペン﹂を取り出そうと
した。
直後、手の中から感覚が失せた。布地の中に手を入れているのに、
空気に触れている手の感触。ハッとして見やれば、ストロベリー・ベ
ルは両手をパーに広げていた。
﹁私とまともにやり合おうとは、思わないほうがいいよ、これは警告。
向かってくるなら、マジの本気で徹底的に、私容赦しないから﹂
﹁⋮⋮みてーだな﹂
感覚が失せているので、握れているかどうかもわからない。それで
もおおよそ当たりをつけて、ポケットから手を引き抜いた。ぽろり、
﹂
とペンがこぼれ落ちて、ちっ、と舌打ちした。
﹁で、降参した場合、俺はどうなるんだ
人にしてよね。アタシは捕まえるだけ。オッケー
﹂
﹁とりあえず魔法の国に連絡する事になると思うけど、申し開きは役
?
﹁ちと考えてる﹂
﹁それなら、戦ってここで死ぬ
﹂
﹁⋮⋮実質死刑か封印刑みたいなもんなんだよなあ﹂
?
﹂
﹁ふむ、なかなか面白い魔法であったな﹂
﹁
何事もなかったかのように、それが当然であるかのように。当たり
前であるかのように。平気な顔で、平然とした様子で、平常のまま、プ
リンセス・ルージュは立ち上がっていた。
首の傷も、流血の後もない。美しき真紅の最悪、プリンセス・ルー
ジュはありのままの姿で立っていた。
今度はストロベリー・ベルが舌打ちをする番だったし、流流流は呆
れたように言った。
52
?
冷や汗と共に、何か手を打とうと思った││││所で。
?
流流流も、ストロベリー・ベルも目を見開いた。
!?
何の話だ
﹂
﹁そのスペックで治癒系の魔法は反則だろ、おい﹂
﹁む
﹂
!
﹂
?
﹂
!
﹂
余は怒ったぞ、下民﹂
?
がった頭を片手で掴みあげて、手近な壁に叩きつけた。
?
繰り返すが、魔法少女の肉体は頑丈だ。頑丈だから、なかなか死な
顔をしている、ほれ、お前も見てみろ﹂
﹁全く、不愉快であったな。まあ、多少は溜飲が下ったぞ。うん、良い
かりにその体を放り投げた。
やがて、ストロベリー・ベルの体が動かなると、疲れたと言わんば
くまで只管に。
何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返し繰り返し、壁に穴が空
﹁余の、体に、傷を、与えた、罪を、くれてやろう、うん
﹂
自分がされたのと同じように、顎を蹴りあげて、その反動で浮き上
その行動を、暴君は許さなかった。
ストロベリー・ベルが何かしようとした。
﹁││││││ッ
﹁小癪な真似をしてくれたものだな、うん
トロベリー・ベルは、回避しきれなかった。
のプリンセス・ルージュの斬撃を、相手が十全でないことが前提のス
小さく可愛げのある右腕が、肩の付け根から斬り飛ばされた。十全
﹁きゃ、ああ、あああああっ
ロベリー・ベルが吐き出す番になった。
││││停止する事なく、剣が振りぬかれて、今度の鮮血は、スト
﹁余が自由に動けぬわけがない﹂
動が││││
同時に魔法が発動したのだろう、再び、プリンセス・ルージュの挙
ストロベリー・ベルが、再び爪を立てて跳びかかった。
﹁どんだけ傲慢なのよっ
﹁余が死ぬ訳がないだろう。余は王であるぞ
い、憎悪と殺意の炎が。ギラギラ光っていた。
どうしようもない程にブチ切れていて、瞳の中に言い逃れできな
プリンセス・ルージュは笑っていた。笑っていたが、怒っていた。
?
!
53
?
ない。
コンクリートの壁に、顔面を、尋常でない膂力で何度もたたきつけ
られて、鼻が潰れて、歯がへし折れて、凹凸が消えて、平坦になって、
パーツの行方がわからなくなっても、死なない。
﹁おっと、懺悔の言葉を聞いていなかったな、口を開くことを許そう。﹂
人相のわからなくなった顔に、自らの顔を近づけて、プリンセス・
ルージュは笑っていた。楽しそうに楽しそうに笑っていた。
﹁⋮⋮⋮⋮ね﹂
潰れた口から、かすれた声で、ストロベリー・ベルは、絞りだすよ
聞こえんぞ、ほれ、もっと大きな声で言わぬか﹂
うに言った。
﹁む
﹁⋮⋮⋮⋮死ね、ばーか﹂
ストロベリー・ベルは、屈しなかった。
ぐちゃぐちゃに顔が潰れても、屈しなかった。
残っていた左腕の爪を立てて、動かそうとした、努力をした。
その前に、プリンセス・ルージュの剣が、ストロベリー・ベルの心
臓を貫いて、潰していた。
﹁││││不愉快であるな﹂
びくんっ、と体を跳ねさせて、絶命したストロベリー・ベルから、剣
﹂
とプリンセス・ルージュが声を上げた。
そいつまだ死んでねえ
を引き抜こうとして││││
﹁⋮⋮待て
流流流が叫んだ。ん
﹁⋮⋮へへ﹂
!
の切断、顔面の破損、そして心臓が裂けた苦痛。
ストロベリー・ベルがプリンセス・ルージュに共有したのは、右腕
も、痛みも含まれている。
覚、それらを自由に相手に上書きできる。そして、その中には、痛覚
ストロベリー・ベルの魔法は、感覚の共有だ。触覚嗅覚味覚聴覚視
法少女のままだった。死の直前で生きていた。
女は、変身が解除されて、元の人間の姿に戻る。だが、まだ彼女は、魔
その瞬間、ストロベリー・ベルの魔法が発動した。死亡した魔法少
?
!
54
?
致命傷の感覚を、致命傷として叩き返す。死の間際に使えるたった
﹂
一回の切り札。
﹁││││
今度こそ、プリンセス・ルージュが絶叫を上げた。
魔法少女も傷つけば死ぬ││││出血多量で死に、心臓が潰れれば
死に、脳が破損すれば死に││││限界を超えた痛みを与えられた
ら、ショック死する。
今度こそ、ストロベリー・ベルは力尽きた。小柄な小悪魔の体は、恐
﹂
らく成人女性であろう、顔が潰れて、心臓に穴の空いた、スーツを着
た女性に変化していた。
﹁お、おい、ルージュ⋮⋮
上げた。
﹁何を呆けた顔をしている
と﹂
て飛び散った。
肉と骨が、驚く程あっさり潰れて、ぐちゃりぐちゃりと、音を立て
魔法少女の全力で、踏みつけた。
そのまま、足を上げて、元ストロベリー・ベルの体を、踏みつけた。
言ったであろう、余が死ぬわけは無い
何事もなかったかのように、再び立ち上がった。くは、と笑い声を
た。
恐る恐る手を伸ばした││││が、それは何にも触れることはなかっ
重なるようにして、倒れこんだプリンセス・ルージュに、流流流が
?
?
下民が、下民が、下民がっ
下民風情がっ
﹁だが││││痛かったな、うん、痛かったぞ。なかなかに効いた、褒
美をやろうか、ええ
﹂
?
!
肉体の自動再生みたいな
流流流はその様を、呆然と眺めていた。
﹁⋮⋮お前の魔法、治癒系じゃねえのか
もんだと思ってたが⋮⋮﹂
に目を向けて、暴君は笑った。
はぁ、はぁ、と荒い息を上げて、ようやく気が済んだのか、流流流
?
55
!
怒りのままに、人間が肉片になるまで、足を動かし続ける。
!
﹁そのような瑣末な物が、余の魔法であるわけがあるまい﹂
傲慢に、笑う。
﹁余の魔法は余が余であるための魔法よ、余はな、流流流よ﹂
傲慢に、言い切る。
﹁最強なのだ﹂
◇◇◇
十一月の終わり際というのは立派に冬と言っていい。いくらイル
ミネーションで彩られていようと、寒いものは寒いし、冷えるものは
冷える。
身を刺すような冷たさを、それでも大して苦ではないのは、魔法少
女の身体能力の高さの一つである。
﹁なーんかさー、皆幸せそうよねー﹂
雲霧霞こと、シンデレラ・ブーケは、噴水に腰掛けて、道行く人々
をボーッと眺めていた。
﹁困ってる人なんて全然居ないしさー、ほんっと私達って流乃に依存
してたのね﹂
﹁ブーケ、名前で呼ばない﹂
﹁っと、ごめんごめん⋮⋮アンタはなんて呼べばいいのよ、魔法少女で
も普通でも対して変わんないし﹂
弦矢弓子こと、ユミコエルは、退屈そうなブーケの隣で、きょろきょ
ろと、何かしらキャンディーが稼げそうな対象が居ないかを探してい
た。
彼女達のそばを通りかかった人間は、その飛び抜けた容姿に一瞬目
を留めては、綺麗だとか、可愛いだとか、隣人と話ながら通り過ぎて
いく。
ユミコエルは大きなマントで体を隠している為、露出している面立
ち以外は人目を引かないのだが、、シンデレラ・ブーケは、名前の通り
56
シンデレラを少女に仕立てあげたような外見で、それこそ絵本の世界
待ち合わせ
﹂
からお姫様が飛び出してきたかのようで、大変目立つ。
﹁ねえ君達、何してんの
?
なりノーである。
﹁さっきからずっといるじゃん、なあ、一緒に遊ばね
﹂
飯奢るよ
﹂
?
が許される容姿だと思ってるわけ
まして私を
頼んで
何、最近の芸人
はいきなり出張サービスで体を張ってボケてくれるわけ
?
てめぇもっかい言ってみろコラ
いたし、ごく自然な流れとして、
﹁あぁ
﹁殺すぞコラ、あぁ
﹂
﹁う わ、語 彙 す っ く な。今 後 の 人 生 大 丈 夫
﹂
あっち行ってよ、うっさいから﹂
﹁このガキ⋮⋮
﹂
﹂
ているし、言われた方もその程度のことを理解できる脳味噌を持って
当たり前のことではあるが、ブーケの言動は真正面から喧嘩を売っ
﹁何もそこまで煽らなくても⋮⋮﹂
か知らないけど﹂
ないからさっさと巣に戻りなさい。こんな都会にゴリラの巣がある
?
?
凸凹クレーターフェイスのスカタン共。自分が女の子に声かけるの
﹁ナンパするならもうちょっと顔面偏差値上げてから来なさいよこの
た。
ブーケは、露骨に無視をして、それからしっしと手で払う仕草をし
﹁あ
﹁はぁぁぁぁぁぁー⋮⋮どうしてこんなんばっかなのかなあ﹂
?
品顔面崩壊と言った具合で、誘われて嬉しいタイプかと言われるとか
三人組の、チャラチャラした男たちだった。右から順番に不細工下
居ない連中が寄ってくる。
なもので、一箇所にずうっととどまっていれば、こういう呼んでも
?
あ ー、も う い い か ら、
﹁暇そうにしてっから声かけてやったのによぉ
!
?
!?
が幼い少女であろうとも、大の男と殴り合って負けはしない。
57
?
魔法少女の身体能力は、常人のそれを遥かに凌駕する。たとえ外見
!
!
!?
﹂﹁ダッシャァー
﹂
が、シンデレラ・ブーケに至っては、そんなことをする必要すらな
い。
﹁お願い、目の前から消えて﹂
﹂﹁てめぇ覚えてろよ
すると、殺気立っていた男達は、その怒りの形相のまま
﹁ち、仕方ねえな
!
居ないわね⋮⋮﹂
﹁探しまわるしか無いんじゃない
﹂
﹁そうそう上手くは行かないってことよね、ていうか、本当に迷子とか
て現金を頂いた所で、後々問題になるのは目に見えている。
ける為、仮に見知らぬ人に﹃お財布の中身全部頂戴、お願いッ﹄と言っ
いの記憶は消えるわけではなく、一定期間を過ぎると魔法の効果も解
せ、とかいう﹃お願い﹄では、魔法は効果を発揮しない。また、お願
お願いを聞いてもらえないことがあった。自殺しろ、とか、誰かを殺
キー主導の実験の結果︶、その対象の倫理観から大きく外れる行動は、
ただし、無制限に何でもかんでも出来るわけではないようで︵ピン
出来る。
口から﹃お願い﹄と告げるだけで、その要求を相手に飲ませることが
シンデレラ・ブーケの魔法は﹃お願いを聞いてもらう﹄事だ、その
﹁そーねー、これを色々悪用できたら人生楽しいんでしょうけどねー﹂
﹁何度見ても、何十回見ても、便利だね、﹃お願い﹄の魔法﹂
お願い通りに、二人を置いてその場を去っていった。
!
﹁本音は
﹂
﹁私の理性はまじめにやるべきだって言ってるんだけど﹂
ラしてましょうよめんどいし﹂
﹁つまり無理ゲーって事│、だったらもう下手に仕事するよりダラダ
﹁確かに﹂
判断できないじゃない﹂
﹁仮に探しまわったとして、歩いてる子供が迷子かどうかなんて、私達
?
て言ってる﹂
﹁よし、そうしよう﹂
58
!
﹁トモコロペナ神はファミレスにでも入っていちごパフェ食べたいっ
?
﹂
ぴょいっと立ち上がるブーケのスカートが、ふわりと揺れた。
﹁そうしようって⋮⋮お仕事は
﹁サボりバックレ逃亡上等﹂
﹁⋮⋮えー﹂
﹂
サボって食べるスイー
?
﹁⋮⋮あった、パフェフェアやってた﹂
﹁いいね最高、いこいこ﹂
?
ゴキと音を立てて変質していく。細く小さなそれは、数秒で、ずらり
たった一人の生き残り││││魔法少女カニバリアの右腕が、ゴキ
﹁⋮⋮ホント、嫌な魔法、やね﹂
う。
すれば、次のシフトのアルバイトがやってきて、事情が露見してしま
がっている。入り口に営業停止中の張り紙をしているが、後三十分も
臓物と肉片溢れる店内は、両手の指を倍にしても足りない死体が転
をお願い﹄だった。
事情を上役の魔法少女に説明して最初に言われたことは﹃証拠隠滅
◇◇◇
魔法は、上手に使わなきゃ。と、悪戯を企む少女の笑みで返した。
﹁私がお願いすれば、一発でしょ﹂
せめてもの抵抗と言わんばかりに、不安げにユミコエルが言った。
﹁このビジュアルで、お店に入れてもらえるかな
﹂
﹁はい決定、確か、あっちのビルの二階にマニーズあったよね﹂
言い返せないユミコエルを、ブーケはグイグイ押し切っていく。
﹁むう⋮⋮﹂
ツ、美味しいよ
いが丁度いいの。パフェ食べたいでしょ
﹁本当に真面目なんだから、弓子⋮⋮エルは。手なんて、軽く抜くぐら
うに笑った。
ジト目で睨むユミコエルに対して、ブーケはきゃらきゃらと楽しそ
?
と牙の生えそろった、巨大な顎を持つ、化物の口に変化していた。
59
?
ファンタジーに出てくる、竜の口がそのまま生えてきたかのよう
な、これがカニバリアの魔法である。
体の一部を﹃なんでも食べられる化物の口﹄に変えることが出来、こ
の牙の前では石でも岩でも金属でも、問答無用で咀嚼して噛み砕き、
カニバリアの栄養となる。
今しがた、死んだ直後の人間の死体など、少女の認識と自我が拒否
することを除けば、新鮮で美味しそうな生肉の陳列に他ならない。
︵⋮⋮⋮⋮嫌だ、嫌だ、本当に、嫌だ︶
一度﹃口﹄を出してしまうと、もう自分の意志を抑えることが難し
い。鼻が血の匂いを吸い込んで、ぐるると腹が鳴った。グロテスクな
死体の山が、ご馳走の盛られた皿に見えて仕方ない。がちっ、がちっ、
と、顎が牙を鳴らして、主たる魔法少女に、速く食わせろとせっつい
てくる。
﹁⋮⋮いいよ、お食べ﹂
なのよっ﹂
﹁今日定休日だったっけなあ⋮⋮、ん
﹂
ユミコエルは片眉をピクリと当てて、ぴとっと閉じた扉に耳を当て
?
60
││││││ゴギャルアァアアアアアアアアアアアアアアアアア
ア
﹂
?
﹁えー、駅の方行かないとないじゃん、めんどいー、もう、なんで休み
﹁別のとこ探す
﹁⋮⋮もう完全にパフェ食べるテンションなんだけど﹂
業停止﹄とデカデカと書かれている。
ファミレスのカーテンは完全に締め切られており、入り口には﹃営
伝わってくる生肉の味を、どうにか意識しないようにした。
る音が響き始めた。
歓喜の咆哮をあげて、ジャリジャリ、パキパキと、硬い物を咀嚼す
!!!
た。
﹁つめひゃっ
﹂
﹁何してんのよ⋮⋮﹂
﹂
﹁こ、この時期のガラス冷たい
ら⋮⋮﹂
﹁変な音ぉ
﹁⋮⋮何か動いてる
﹂
じゃなくて、なんか変な音がしたか
ジャリッ、ジャリッ、バキッ、ズルッ、ゴギュッ、グブッ
ブーケもユミコエルに習って、二人で顔を合わせて、耳を澄ます。
優れていた。
るが、二人のそれは、ガラス戸の向こうの小さな音を拾える程度には
魔法少女の五感は、通常の人間のそれよりも鋭い。勿論個人差はあ
!
!
小さな鼻が動いた。
﹁⋮⋮鉄臭い﹂
﹁扉の匂いじゃなくて
﹂
﹂
?
し、と反論する。
﹁でも、魔法少女はいるじゃない
?
中に入る
﹂
?
﹁プレデターとか出てきたら、立ち直れないかも﹂
﹁じゃ⋮⋮どうする
だって﹃ありえるわけがない﹄とは言い切れない。
現在進行形で魔法少女である自分たちを見つめ返すと、どんなこと
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹂
ユミコエルの一言を、ブーケは苦笑いで切り捨てようとした。しか
﹁⋮⋮いや、そんなわけ無いでしょ、ホラー映画じゃないんだし﹂
﹁⋮⋮中に化物がいたりして
ら響く謎の音が気になってしまう。
しばし、無言で見つめ合う。なまじ会話が止まっただけ、扉の奥か
﹁違う、奥から⋮⋮後、生臭い感じも﹂
?
自然、声のトーンも小さくなる。更に、ひくひくと、ユミコエルの
﹁ていうか、すごい生々しいんだけど⋮⋮﹂
?
?
61
?
﹁言葉が通じなかったら、私の魔法意味ないし⋮⋮そしたら、アンタが
倒してよ、一発でしょ﹂
﹁うう⋮⋮﹂
軽く、音がたたない程度に扉を引いてみたが、やはりと言うかなん
というか、鍵がしっかりかかっていた。
﹁⋮⋮セレモパロ神様、お力添えを﹂
ユミコエルは、自前の杖、仙人が持っているような、先端が丸い、乾
いた樹の枝のようなそれの、細い先端で、鍵を小さく、なるべく音を
立てないように、とん、と叩く。
すると、まるでゼリーに爪楊枝を刺したかのような、そんな容易さ
で、ずぶ、と金属製の錠の中に、杖の先端が沈み込んでしまった。そ
のまま静かにグリグリと動かすと、鍵はその機能を完全に失ってし
まった。
﹁さっすが、力自慢﹂
﹂
なかった。豚の内臓を詰め込んだ鍋を、ずうっと火にかけ続けたよう
な、熱気の篭った生肉の臭いだった。
店内は薄暗い、明かりが完全に落ちている。そして、より明白に、何
62
﹁あんまり嬉しくないんけどなあ⋮⋮﹂
簡単に言うと、とんでもないパワーを出す事ができるのが、ユミコ
エルの魔法である。理屈上、力づくで破壊できないものは彼女にはな
い。
また、変身した時に持っている杖を仲介すると、そのパワーを一点
に集中したり、逆に拡散することも出来る。細い方の先端に、何十ト
ン、何百トンという力を込めて、文字通り力づくで、錠前を破壊した
のだ。
﹂
﹁もっと、レーザーとかビームとか出したいよね⋮⋮﹂
﹁マジカルデイジーみたいな
﹁っぐ⋮⋮
軽口を叩きつつ、ゆっくりと扉を開く。
﹁そうそう、ああいうのがいい﹂
?
直後、猛烈な臭気が二人の鼻を吐いた。鉄臭い、生臭いどころじゃ
!?
かが動いて、ぐちゃぐちゃと粘膜をすり合わす音を立てながら、蠢い
︶
ている気配がした。
︵誰かいる⋮⋮
﹂
だが、それ以上に。
!?
なっていた。
︶
!
︵魔法⋮⋮少女
︶
︵そんな可愛いもんじゃないじゃん⋮⋮
の⋮⋮
なにこれ、どうなってん
その作業を、転がっている死体の数だけ、何回も何回も繰り返し行
じゅるりとつかって、零さず舐めとる。
骨を砕き肉を砕き臓物を砕き飲み干して、流れた血液は長い舌を
た。
右腕から化物を生やした誰かが、その、人間の死体を貪り食ってい
︵な、何あれ⋮⋮何っ
︶
と視覚のすべてが、現実だと伝えて来た。
それでも、死体は死体で、悍ましいほどに血が流れ出ていて、臭い
というのもある。
ざっているので、脳が人間と認識できず、逆に生々しさが消えていた、
た か ら だ っ た。無 数 の 死 体 が 折 り 重 な っ て、バ ラ バ ラ に さ れ て、混
悲鳴を挙げなかったのは、単純にその光景が、現実離れしすぎてい
﹁⋮⋮⋮⋮
だスペースを抜けて││││死体の山を見つけた。
ユミコエルが先行し、待ち人数が多い時に利用する、椅子のならん
?
?
は小声でやり取りする。
︶
︵逃げよう、ストロベル先生呼んでこよう、あれ、私達じゃ無理だって︶
︵⋮⋮でも、魔法少女なら、私、なんとか出来るかも
?
相手は作業に夢中なのか、こちらに気づいている様子はない。不意
打ちは出来るかもしれない。
霞ちゃん︶
︵私の﹃お願い﹄なら、耳にさえ入れば︶
︵⋮⋮本気
?
63
!?
急激に収縮する心臓を、なんとか落ち着かせようとしながら、二人
!?
︵本気。 ⋮⋮もし、もしもだよ このまま、逃がしちゃったら、ア
た日が、無いわけがない。
︶
の日、もしかしたら何か出来たかも知れない。そんな夢想をしなかっ
だ。魔法少女なら、力があったなら、きっと四年前、家族を失ったあ
あれらは、弓子達の過去だ。家族がいて、失った、自分たちの幻影
ちゃになって丸まっていた。
死 体 の 中 に、家 族 が あ っ た。母 親 と 父 親 と 子 供 が 居 た。ぐ ち ゃ ぐ
ているのは、きっと今弓子が感じているのと同じ理由だ。
でも、そんな彼女が、今この時、無謀に、危機に立ち向かおうとし
分よりずっと、上手く生きるすべを知っている。
たことを、手を抜いたり、サボろうという発想なんて出てこない。自
霞が、少し苦手だった。弓子には、例えば今みたいに、やれと言われ
いつも四人で一緒にいるが、弓子は、どちらかと言えば要領のいい
んな、賢しく、小賢しい女の子だ。
く立ちまわって、上手くやりくりして、手を汚さずに、得を得る。そ
ブーケは、雲霧霞は、こんな正義感を出すような少女ではない。上手
ぐ、と杖を握りしめて、ユミコエルは覚悟を決めた。シンデレラ・
ペキペキ、と、骨を噛み砕く音が、耳朶を打つ。
︵じゃなきゃ、魔法少女になった意味なんて、ないじゃん︶
怖いけれど、それでも、やる。
︵でも⋮⋮私達しか出来ないよ、弓子︶
ニングポイントに居ることが、怖い。
明確に、目の前に、死が迫っているかも知れない、その致命的なター
時より、もっともっと怖い。
ていた。ユミコエルも、気持ちは同じだ。四年前、家族を失ったあの
恐怖と嫌悪感に支配されていた、歯の根がカチカチと鳴って、怯え
││いない。
そういうシンデレラ・ブーケの表情は、勇気や使命感に満ち溢れて
そっちのほうが、怖くない
イツ、証拠を全部食べて、またこの街の何処かに逃げるって事じゃん。
?
失ったものは取り戻せないが、これから失わない為に、自分たちは
64
?
魔法少女になったのだ。だから、あの化物は倒さねばならない。もし
逃したら、誰かが、きっと理不尽に、自分たちと同じように、家族を、
︶
︶
そしてそれ以上のものを、失うかもしれないから。
︵⋮⋮分かった、やろう、なんていう
︵抵抗するな、大人しくしろ、お願い。でどう
︶
︵うん、じゃあ、私が囮に、なるから︶
︵⋮⋮大丈夫
ア
﹂
﹂し││
﹂
!?
﹁けはっ
﹂
脳を突き抜けていった。﹃お願い﹄を言い切る前に、かき消された。
ブーケの命令何て、問題にならないぐらいの大声が、耳から入って
咆哮をあげていた。
そのはずだったのに、その魔法少女の右腕が、大きな顎の右腕が、大
﹁∼∼∼∼∼∼っ
﹂
﹁るな、大﹁ゴギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
も逆らえない。
ケの魔法はそういう魔法だ。キーワードさえ言うことができれば、誰
ほんの一秒、言葉を言い切れば勝てる筈だった。シンデレラ・ブー
﹁抵抗す││﹂
あげていた。
にはもう、ユミコエルは杖を振りかぶり、シンデレラ・ブーケが声を
そこで初めて、
﹃食事﹄に集中していた敵が、こちらを見た。その時
﹁っ
化物の魔法少女が背を向けた瞬間、ユミコエルが駈け出した。
?
?
︵私の方が頑丈、だし、お願いね、霞︶
?
!?
くなっていた。
?
めてきた。叫んでから、ユミコエルを仕留めて、それこそ一秒以下の
そして、いまだ戸惑うブーケに、暴食の魔法少女は素早く距離を詰
﹁あ、やっ、あ
﹂
コエルの鳩尾に、つま先の先端が深々と突き刺さって、呼吸ができな
驚き、身を竦めた、その一瞬でもう、距離を詰められていた。ユミ
!
65
!
!
早業だった。
﹁い││││﹂
﹁ごめんね﹂
すとん、と首筋を叩かれて、シンデレラ・ブーケも意識を失った。
事後処理をしていたら、魔法少女が飛び込んできた。それも見覚え
のない二人組だ。一人が先行して、もう一人は背後から何かを言おう
としていたので││││カニバリアの経験則が、﹃あの魔法少女の魔
法は、言葉に強制力をもたせるタイプだな﹄と告げた。
これはもう、単純に、シンデレラ・ブーケ達が知り得ない情報なの
で、彼女達の責任では全く無く、カニバリアの師匠と呼べる魔法少女
が、まさしく言葉によって発動する魔法の持ち主であり、本人から、自
分みたいな魔法少女の対抗策を教えられていただけの話である。
要するに、聞かなければいいし、喋らせなければ良いのだ││顎と
舌と、声帯を持つカニバリアの捕食機関は、その外見にそぐわぬ大声
量を持っていた。
とは言え、彼女達の行動はきっと正義感だったのだろうと思うし、
自分がこの現場を見て、
﹃私がやったんじゃありません﹄と言われて信
じる訳がないので、むしろ魔法少女としては明らかに正しい。間違っ
ているのは自分の方だ。
﹁さぁて、どうしよっかなあ⋮⋮﹂
とりあえず手早く気絶させた結果、二人の魔法少女は人間の姿に
戻っていた。十代半ば、中学生ぐらいの面立ちに見える、まだ幼いと
言っていい年齢だ。
﹁とりあえず、ここに置いとくわけにも行かんし⋮⋮マリアちゃんと
こ、連れてこかな。﹂
辛い仕事を終えた後の厄介事に、カニバリアは頭を抱えた。
66
◇ 第三章 真紅と竜 ◇
失ってばかりの人生だった、と今更になって思う。大事にしていた
物も、大事にしていこうと思っていた物も、自分と関係ない所で潰え
﹂
て、手放してしまった。
﹁嫌、やぁ⋮⋮
何でこんな事になるのだろう、どうして、思い通りに行かないのだ
せんぱーい﹂
ろう。人生を捧げようとした全てが、指の隙間からこぼれ落ちていく
のだろう。
﹂
﹁嫌⋮⋮嫌、です、嫌⋮⋮﹂
﹁⋮⋮せんぱーい
﹁嫌だって⋮⋮﹂
﹁せんぱーい、起きてください、大丈夫ですか
﹂
﹁私は⋮⋮私⋮⋮は⋮⋮っ﹂
﹁えい﹂
﹁私は⋮⋮ひぇあっ
?
?
一体何が⋮⋮﹂
!?
﹁あなた何しましたの
﹂
﹁先輩、やっぱりおっぱいそんなに大きくないですね⋮⋮はあ﹂
﹁痛っ、くあ⋮⋮なんですの
て、直後、全身を猛烈な痛みが襲った。
ゆめのんは飛び起きた。飛び起きて、自分の体を反射的に抱きしめ
!?
﹂
﹁落下⋮⋮そうだ、私、逃げようとして⋮⋮ド、ドラゴンハートは
﹂
く介護してあげてたんじゃないですか、もう二十二時回ってますよ
﹁何って、私を巻き込んで落下して、ボッコボコに傷ついた先輩を手厚
るのは気のせいだろうか。
たった今、胸を何かに掴まれたような感触が、じんわりと残ってい
!?
﹁あなたほんっとうに何してますの
﹂
﹁まさかとは思いますけど、あなた、変身前は男性だったりしませんわ
じぃっと目を細めて、ゆめのんが警戒心に満ちた表情をする。
!?
67
!
﹁私がお礼をするかおっぱいを触らせるかを要求したら逃げました﹂
!?
?
よね⋮⋮
﹂
﹂
たんですが﹂
!
ないじゃないですか﹂
仮にするとし
変身前ならそこそこありますわ
﹁ぜぇええったいに言いませんわよ
﹂
身前の体形に左右されませんわ
よ
!
じゃあ解いてくださいよ﹂
!
もう、気絶している間に、変身
﹁人前で変身前の姿を晒せるわけありませんのよっ
﹁え、マジですか
それに、魔法少女の外見は変
の貧乳で良ければ好きなだけ触りなさい﹄って言ってくれるかもしれ
﹁私の話を聞いた先輩が、もしかしたら﹃なんて可哀想なのかしら、こ
﹁何でゴリ推してくるんですのよ
﹂
﹁いや、ぜひとも言いたくなったんで聞いてくださいよ、私には兄が居
ジェノサイダー冬子の手で。
ハートから、逃げ延びる事はできたようだ⋮⋮悔しいことに、この
体 の 痛 み も あ っ て、げ ん な り と す る。な ん に せ よ、あ の ド ラ ゴ ン
﹁すっごく知りたくないから、いいですわ﹂
⋮⋮﹂
﹁そ れ を 語 る と、私 の つ ら い 過 去 に 結 構 触 れ る 羽 目 に な る ん で す が
うして人の胸に執着しますの﹂
﹁極小数ですけど、居る事は居るらしいですわよ⋮⋮って、あなた、ど
か
﹁いや、現役の女子高生ですけど、え、魔法少女って男もなれるんです
?
!
だった。
外というかなんというか、グミみたいなグニッとした感触が帰って来
さいが、確かに肌に張り付くように存在しており、触ろうとすると意
ゆめのんの目についたのは、お腹や肩にある、光の錠前だった。小
﹁⋮⋮って、あら
﹂
回復力だ、じきに治るだろうが、それでも半日は掛かりそうな感覚
痛む体をおして立ち上がる、全身の擦り傷や切り傷は、魔法少女の
が解けなくてよかったですわ⋮⋮﹂
てもあなたの前ではごめんですわ
!
?
?
68
?
!
た。
あ、こ、これ、あなたが⋮⋮
﹂
﹁あ、触らないほうがいいですよ、私の魔法で傷口閉じたんで﹂
﹁へ
﹂
!
知りたくありませんで
家お金結構ありますよ﹂
私に自宅の所在がバレてしまいますの
﹁⋮⋮何かするんですか
のよ
﹁だから魔法少女は本体の情報を隠さないと行けないって言ってます
﹁いや、別にいいですけど﹂
きませんわよね、あなたのご自宅ですし﹂
﹁んん⋮⋮だったら、行ってみても⋮⋮あ、でも、私が行くわけにも行
﹁一応、仕事が終わったら家に戻って来いとは言われてたんですが﹂
に呼んでも出てきてくれないんですのよね⋮⋮﹂
﹁ですわね、フェロに確認が取れればよいのですけど、あの子、基本的
ヤバイ感じでしたよね﹂
﹁まあ、お礼はいいんですけど、この後どうしましょう、あれ、かなり
﹁お、落ち着きませんけど⋮⋮ありがとうございますわ﹂
止血と言える。
の鍵が無い限りは、錠が外れることはないのだから、ある意味完璧な
覚なのだろうか、確かに出血は止まっているし、ジェノサイダー冬子
大きな傷なら、
﹃閉じ﹄てしまえば、丁度針で縫うのと同じような感
け閉め﹄出来るみたいですね、私の魔法﹂
﹁試したら出来たんで結果オーライって感じなんですけど、傷口も﹃開
?
﹁何でそこで貯蓄の情報をバラすんですの
!?
?
何もしませんけど、知られないにこしたことはありませ
﹂
したわよ
んのっ
!
﹁あなた⋮⋮私を信用していいんですのね
﹂
の為に最も合理的な方法であることは確かだ。
ても、フェロの機能は役に立つ、どちらにせよ接触せねばならず、そ
復活は、ある種、災害そのものだ。他の魔法少女と合流するにあたっ
んー、と顎に手を当てて、しばし考える。確かにドラゴンハートの
しいんですから、交渉はお任せしたいんですけど﹂
﹁そうは言っても非常事態ですし、フェロに関しては先輩のほうが詳
!
?
69
!?
!?
﹁この超短期間で百パーセントの信頼を寄せるには全く至ってないで
すが、まあこの際仕方ないかと﹂
﹁そこまであけすけでいてくれると、逆になんだかまあいいかって気
﹂
その怪我で﹂
が し て き ま す わ ⋮⋮ も う い い で す わ、あ な た の 家 に 行 き ま し ょ う。
どっちですの
﹁先輩、飛べるんですか
﹁皮肉なことに、あなたのおかげである程度は動けますわ。そもそも、
﹂
体調や怪我に関係なく、飛行できるのが私の魔法ですから﹂
﹁めっちゃ落下してたじゃないですか﹂
﹁あれはドラゴンハートのせいですのっ
ていた。
﹁これポリスメン案件では
﹂
扉がぶっ壊されていた。厳密に言うと、錠の部分が完全に破壊され
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
関の前にたどり着いた。
なかったので、屋上に降り立ってから、七琴の魔法で鍵を開けて、玄
も行かず、さりとてふたりとも変身を解除して、というわけにも行か
魔法少女の格好で管理人の目があるオートロックを抜けるわけに
る。
十五分程度の場所にある、十階建てマンションの八階の三号室であ
今更だが、ジェノサイダー冬子こと、笹井七琴の家は、駅から徒歩
!
かに今回の件と関係ある感じですし、いいや、中にはいらないと分か
﹁⋮⋮でも、このタイミングで私の家がこんなになってるのって、明ら
再度、沈黙が二人を包み込む。
ラに普通に映ってないのに何時戻ってきたって話に﹂
﹁⋮⋮正規ルート通って来なかったのかなり失敗ですよね、監視カメ
﹁というか、中に入らないほうが賢明な気もしますわね⋮⋮﹂
?
70
?
?
んないし﹂
﹁少しは警戒しなさいですわ
﹂
ゆめのんの静止虚しく、七琴は破壊された扉を開けた。当たり前だ
が、鍵は機能いしていなかった。
幸いというべきか、部屋が荒らされた形跡はなかった。通帳も、タ
ンス預金も無事だった。私物がなくなっているとか、奇妙な書き置き
があるとかもなかった。
ただ、マスコットであるフェロが、完全に、バラバラに分解されて、
リビングの床に転がっているだけだった。
﹁⋮⋮もーかなり厄い展開になってきましたね﹂
﹁な、なんでフェロが⋮⋮﹂
﹁この場合、私は誰から報酬を受け取ればいいんですかね﹂
﹁⋮⋮さあ。魔法の国の役場が対応してくれるかどうかは、微妙なと
ころだと思いますわよ⋮⋮﹂
◇◇◇
﹁どぞ、高い紅茶ですが﹂
﹁粗 茶 と 言 わ れ て れ ば あ る 程 度 緊 張 し な く て 澄 ん だ の で す け れ ど も
﹂
﹂
色々ありすぎたし、色々やり過ぎたし、というのもあるが。
﹂
何度いえばわかるんですの
﹁ていうか変身解いていいですか
﹁だーーめーでーすーのー
!?
?
﹁い つ 敵 が 襲 っ て く る か わ か ら な い 状 態 で 変 身 を 解 く の は 愚 策 で す
いうのは﹂
いですかね、いっそここらでふたりとも変身を解いて親睦を深めると
﹁っても、もう先輩には住所も割れたわけだし、いい加減いいんじゃな
!
のっ 不意打ちを受けても魔法少女の体なら対応できるんですか
ら
﹂
!
71
!
と り あ え ず フ ェ ロ の 残 骸 を 片 付 け た 後、一 息 入 れ る こ と に し た。
!
﹁あ、なるほど﹂
!
自宅にまで何者かが押し入ってきたような状況故に、その説明には
﹂
一理ある。と、七琴も納得し、高い紅茶をそのままズルズルとすすっ
た。
﹁⋮⋮あ、美味しい⋮⋮その、ところで、ご両親はお仕事ですの
﹂
﹁あれ、言いませんでしたっけ、私一人暮らしなんで﹂
﹁このマンションにですの
面に叩き落とされた顔して﹂
﹁何ですか先輩、そんな飛行に特化した魔法少女がトンボみたいに地
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
持ち家っていうのかな﹂
﹁いや、固定資産税以外は特には。持ち家なんで、ん、マンションって
﹁お家賃も高いでしょうに⋮⋮﹂
はあるだろう。
こうしてお茶を飲んでいるリビングの広さも軽く見積もって十五畳
室内を捜索した際、少なくとも部屋数は三つはあったはずだし、今
?
﹂
そうではなくて、えーっと⋮⋮その、結構お嬢様なんですわね、
﹁悪かったですわよ申し訳なかったですわよ私がへなちょこでしたわ
よ
驚きましたわ⋮⋮﹂
﹁いやあ、そうでもないですよ。ほとんど親の遺産ですし﹂
﹁これ以上私の失言深度を高めていくのやめて欲しいですのよ
頭を抱えるゆめのんを、七琴は面白そうに眺めていた。
﹂
ですけど、時々寂しいんで、遊びに来てもいいですよ
﹁私の事は信用しきっていないはずでは⋮⋮
﹂
?
と嫌いじゃないですよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹂
﹁リアクションくっそ面白いですし﹂
﹁そんなこったろうと思いましたわ
﹂
﹂
﹁友達っていうのは、なっていく物じゃないですか、先輩。私先輩のこ
?
﹁そろそろジェノサイダーさんとか呼んでくれてもいいですよ
﹁せめて冬子さんにさせてくださいまし
!
?
!
72
!?
﹁まー色々あって、現役JK華と夢の一人暮らしってことです。気楽
!?
!
し ま す わ よ お 話 を
﹁駄弁ってないで今後のことを考えましょうよ、どうするんです一体﹂
﹁じ ゃ あ 真 面 目 に 話 し て 良 い ん で す の ね
﹂
!
﹁他の⋮⋮全部で何人いるんです
﹂
﹁とにかく、一旦、この街の他の魔法少女と連絡を取りますわ﹂
が。
紅茶を一息で飲み干し、ゆめのんは言った。大分肩で息をしていた
!?
指定された。
﹂
﹁で、他の魔法少女ってどんなのなんです
﹁ええとまあ、個性的な二人ですわよ
?
﹂
﹁なんっでそんなに胸に執着するんですのって何回言わせるんですの
﹁私はおっぱいの大きさを聞いたんですが⋮⋮﹂
?
﹂
│を操作して、メールを送る。直ぐに返事が帰って来て、合流場所が
各魔法少女に与えられる魔法の端末││七琴は持っていないが│
わ、災厄の魔法少女、なんて呼ばれてるほどですし﹂
﹁⋮⋮ええ、本当に危険ですわよ。二度と近づかないほうがいいです
りましたけど﹂
﹁先輩、名前聞いた瞬間ガン逃げでしたもんね、いや、ヤバイのはわか
明しますわ、あのドラゴンハートという魔法少女の事も﹂
だったんですけれども⋮⋮とにかく、皆と合流出来てから、事情を説
﹁街の大きさと比べたら、むしろ今まで三人でやってたのが厳しい方
﹁想像以上に数多くてびっくりしました﹂
いますの﹂
が一人、試験が終わっているなら、あと三人か四人ぐらいは居ると思
﹁私を入れて三人、それと、新しい魔法少女の選抜試験の為に、教官役
?
あなたが魔法少女として活動していく
﹁あれは四年前の話なんですけど⋮⋮﹂
﹁語らなくていいですわっ
﹂
?
﹁あなたほど面白い魔法少女ネームを私は知りませんが⋮⋮カニバリ
﹁仕方ないですね⋮⋮どんな面白魔法少女ネームなんです
なら、お世話になる二人ですわよ、名前ぐらいは覚えておきなさいな﹂
!
73
!
!
アと、夢姫マリア、優秀な魔法少女ですわ﹂
﹂
その名前に、二名の内、後者の方に、七琴はえ
﹁今、夢姫マリアっていいました
◇◇◇
と反応した。
中に試験中の魔法少女と邂逅、奇襲されたので返り討ちにして、気絶
プリンセス・ルージュを発見、大量の犠牲者を確認、更には証拠隠滅
ほぼ同タイミングで、カニバリア、同じ地域で活動する魔法少女が
らないな、という内容であった。
マリアの立場からすると、ああ命を賭けてでもなんとかしなければな
ぞ考慮する価値も理由も意味もないという内容だったし、実際に夢姫
だった。側近を伴い現れて早々、彼女が告げたのは、貴様の私生活何
チャイムを鳴らしたのは、魔法の国からやってきた裁判官、白黒有無
夜の二十二時を回り、もうそろそろ寝ようかという時間になって、
ンセス・ルージュを再封印するのである﹂
﹁というわけで、この街を結界によって封鎖、ドラゴンハート及びプリ
ない。
ので、彼女が声を上げても無意味だったし、とり合ってくれる人もい
いた。﹃決まり﹄ではなく、
﹃そういうもの﹄という認識による扱いな
あった際の責任も自動的に夢姫マリアが背負わされる流れになって
魔法少女たちの連絡や仲介も夢姫マリアに押し付けられるし、何か
故に、魔法の国の上役から指示は夢姫マリアの元に飛んで来るし、
る。
リアとしては短めではあれど、地域内では最古参の魔法少女といえ
その時、とある事情により魔法少女の﹃一新﹄が行われた為に、キャ
係ない、たんなるアクセサリだが。
な、魔法のカエルのぬいぐるみを抱いている。本人の魔法とは全く関
女となった。振り回せば武器にもなるし、盾にすればそれなりに頑丈
夢姫マリアは四年前、この街で行われた魔法少女選抜試験で魔法少
?
させたからとりあえず連れてくると連絡があった。
74
?
当然もうてんやわんやの大慌てだ。
﹁ち、手際の悪い⋮⋮﹂
と手伝いもしない、銀髪の魔法少女、毒雪姫に言われた時は真剣に
ぶち殺してやろうかと思った。
﹁すまんなあ、手間かけてもうて﹂
それから十分後、少女二人を担いで現れたカニバリアに労われて、
やっと笑顔を取り戻せた。
﹁証拠隠滅風景見られてもうて⋮⋮まあ、私が私を見ても、私が化物や
んねえ⋮⋮﹂
﹁それはそのぅ⋮⋮ご、ごめんね、カニバリアちゃん﹂
﹂
﹁ええって、起きた後、ちゃんと納得してくれるかだけが心配やけど
⋮⋮ゆめのんは
﹁これから連絡取る所⋮⋮って、あ、丁度来た﹂
夢姫マリアの魔法の端末に、ゆめのんからメールが届いた。新人魔
法少女を一人ともなってこちらに向かうこと。ドラゴンハートが復
活してしまったことが書かれていた。
﹁⋮⋮⋮⋮ドラゴンハートも、やっぱり蘇ってる﹂
﹂
﹁一体何があってどうなったらこうなるのかはわからんけどな⋮⋮上
役が来てるってことは、本気なんやろ、増援はあるん
その笑顔に強がりが含まれていないといえば嘘になるし、その笑顔
だけやもん、任せといて﹂
﹁大丈夫や、今回は、私も居るよ。戦闘向きの魔法少女は、ここじゃ私
﹁あ⋮⋮﹂
が、優しくなでる。
ぽむ、とその小さな頭を、魔法少女としては体の大きいカニバリア
そう言って、拳を握る夢姫マリアの腕は、小さく震えていた。
﹁だ、だから、私達が頑張らないと﹂
てもおかしくないってのに﹂
﹁⋮⋮のんきなもんやなあ、たった今からでも、あの大災害が再び起き
飲んでる﹂
﹁魔法少女が集まったら話をするって言ってた、今はリビングでお茶
?
75
?
の裏に恐怖が無いといえば嘘になる。それでも精一杯。カニバリア
は言い切った。
﹁プリンセス・ルージュとドラゴンハート⋮⋮あの二人は、私が倒す
よ﹂
◇◇◇
炎に囲まれる、という状況に放り込まれる以上の地獄を、弦矢弓子
は知らなかった。空気は熱され、目を開けているだけでも眼球が砂の
ように乾いていき、息を吸うだけでも、熱が肺を焼きつくす。その上、
視界はゆらゆらと歪み、自分が今、何処に居るのかわからない。やけ
﹂
になって炎の向こう側に行こうとしても、その先がまた火の海でない
お母さん
保証はない。
﹁お父さん
﹁嫌だよ、嫌だ、こんなの、嫌だ﹂
叫んだ。
﹁嫌あああああああああああああっ
﹂
幼かった弓子は最後まで見ていることは出来なかった。
だ。弓子を逃がして、潰れてしまった。潰れたまま、焼かれていった。
両親を呼ぶが、応えはない。それはわかっている、二人は瓦礫の下
!
横から、雲霧霞の声がした。視界に入った彼女を見て、ようやく、弓
﹁⋮⋮おはよ、やな夢見てたみたいね﹂
た。
思い出した。飛び起きて、周囲を見合わす。見覚えのない場所だっ
﹁確か⋮⋮試験が⋮⋮っ、そうだ、霞⋮っ﹂
乱する頭に止まれと命令した。
で、今日は何があったんだったかと、一日の記憶を振り返ろうと、混
こうして地獄の記憶がよみがえる。大体は嫌なことがあった日の事
と喉が引きつり、呼吸が荒い。あれから四年経つのに、未だに、時折
弦矢弓子は目を見開いて、それが夢だったと自覚した。はっ、はっ、
!
76
!
子は安堵の息を吐いた。
﹂
そして、ようやく自分が薄っぺらい布団の上に居ることに気づき、
﹂
とりあえず死んではいないらしいことを実感する。
﹁⋮⋮私、なにか言ってた
﹁おとうさーん、おかあさーん、って。いつも通りよ﹂
﹁そ、そんないつもいつもじゃないし⋮⋮そんで、ここどこ
﹁わかんない。私も目が覚めたのはついさっきだし。理想的な展開と
してはあの直後ストロベル先生が助けてくれて、今はどっかの秘密の
セーフティハウスの中とかなんだけど﹂
﹁それも、なさそうだけどねえ⋮⋮流乃がいればなあ﹂
ヒソヒソと話す二人がいる、その部屋の、横開き扉が、ガラッと開
﹂﹂
いた。右腕を化物に変化させていた、あの異形の魔法少女だった。
﹁あ、起きとった﹂
﹁﹁きゃああああああああああああああああああああああああ
﹁あのお店に居た人を、皆殺しにした、危険な魔法少女が居るの。証拠
ように言われ、今は正座して話を聞いている。
弓子はユミコエルに、霞はシンデレラ・ブーケに、それぞれ変身する
カニバリアと名乗った魔法少女は、申し訳無さそうに頭を下げた。
ん﹂
﹁せやから、信じてもらえるとは思わへんけど、私が殺したんやないね
﹁はい、白黒有無様﹂
﹁よい、とにかく数が揃うまで待つのである﹂
﹁⋮⋮騒がしい、手際が悪い、これだから下界の魔法少女は﹂
がって逃げ出した。
弓子と霞は、手を合わせて全力で悲鳴を上げて、その場から飛び上
!?
隠滅をお願いしたのは、私だから⋮⋮ごめんなさい、責めるなら、私
にしてください﹂
77
?
?
付き添うように現れた、夢姫マリアと名乗る魔法少女は、深々と頭
を下げて来た、ここまで言われた上で、自分達は生きているという事
情もあり、とりあえず話ができている、という現状だった。
﹁そうは言うけどさ⋮⋮死体を消しちゃう権利だってアンタたちには
ないんじゃないの﹂
﹁その通りよ、だけど、どうしても放置出来へんのよ。魔法の国は、な
るべく魔法少女が事件を起こす事を嫌うんや、私達も下っ端やから、
上の命令には逆らえへん﹂
二人の顔は未だ不満気だったが、そこを言及しても仕方ないと思っ
たのか、ユミコエルが手を上げた。
ああ、ストリベリー・ベルさん
﹂
﹁あの、友達と⋮⋮先生に連絡を取りたいんですけど﹂
﹁先生
﹁知ってるんですか
﹂
その名前に反応したのは、夢姫マリアだった。
?
﹁⋮⋮ほんっとうに誤解だったわけ
﹂
わった後、ユミコエル達は彼女に紹介される予定だったらしい。
たちのトップというか管理職のような立場らしく、本来は試験が終
申し訳無さそうに笑う夢姫マリアだが、聞けば、この街の魔法少女
ないでくれると、嬉しいです﹂
んと、ピンキーピンキーさんのことも知ってます、ですから、警戒し
し⋮⋮残り二人の、試験合格の魔法少女⋮⋮ラブリー・チャーミーさ
﹁あなた達の試験官、ですよね。この街に来た時、一度挨拶されました
?
﹂
﹁違う、私は殺してへんよ﹂
をつかない、というお願いを。
﹃お願い﹄の魔法が発動し、カニバリアはその﹃お願い﹄を聞いた。嘘
はっ、とユミコエルと、夢姫マリアが、シンデレラ・ブーケを見た。
いのね
﹁⋮⋮嘘つかないで答えて、お願い。本当にあなたがやったんじゃな
﹁信じて、っていうのも難しいかもやけど⋮⋮﹂
たように笑うだけだった。
未だ疑わしそうなシンデレラ・ブーケの目線に、カニバリアは困っ
?
78
?
?
はっきりとそう言われ、ようやくブーケは、はぁ、と、こわばって
いた体の力を抜いた。
﹁⋮⋮そっか、ブーケの前だと嘘つけないんだ﹂
﹁ちゃんと話ができればね。分かった、信じるわよ﹂
﹁⋮⋮あ、あまり、その魔法、お互いの間で使わないでね。その⋮⋮洗
脳系の魔法って、色々軋轢を生んじゃうから﹂
﹁ピンキーピンキーにも言われてる、大丈夫よ。でも、今のはどうして
も必要だったでしょ﹂
﹂
悪びれずふん、と鼻息を鳴らすブーケに、夢姫マリアは、苦笑する
しかなかった。
﹁⋮⋮あ、ブーケ、ピンキーから連絡来てる﹂
﹁え、嘘、流ぅー、じゃなくて、チャーミーは
﹁⋮⋮なんか気絶してる、今何処に居るんだって﹂
ユミコエルが魔法の端末に送られてきたショートメッセージを読
みながら、夢姫マリアに問いかけた。夢姫マリアは頷いた。
﹁ここを教えてあげてください、どっちにしても、この街にいる魔法少
女には、集まってもらわないといけませんから﹂
気絶した流乃を抱えたピンキーピンキーが現れたのは、それから二
十分後の事だった。
◇◇◇
マリアちゃん﹂
﹁所で、ゆめのんが連れてくるっていう、新人の魔法少女のこと、なん
か聞いとる
は私も聞いてない。フェロがスカウトしたのかも﹂
﹁そのフェロは今なにしてるん⋮⋮非常事態やってのに﹂
﹁連絡、無いんだよね⋮⋮どうしたんだろ﹂
﹁実 は あ の 二 人 の ど っ ち か と 内 通 し て た、と か や と 最 悪 な ん や け ど
⋮⋮﹂
﹁フェロは、事件の後に私のところに派遣されたマスコットだもん、多
分大丈夫⋮⋮だと思う﹂
79
?
﹁ううん⋮⋮ストリベリー・ベルさんが試験して、合格だした四人以外
?
そんなことを話していると、玄関からこんこんこん、こここん、と
小刻みにノックをする音がした。このリズムがこの部屋に入るため
の符丁であり、ただインターホンを押すだけだと、誰も出てこない、と
いう仕組みになっている。
﹁噂をすれば、だね﹂
︶
玄関に向かって歩き出す夢姫マリア、鉄製の扉の向こうから、話し
声が聞こえてきた。
︵出てくるの遅いですね︶
︵あなたは気が短すぎですわ
﹂
︶
!?
﹂
!?
﹂
だから、毎日一緒にクエストをこなしているジェノサイダー冬子の
のものが適用される。
そして魔法少女のビジュアルは、大体においてゲーム内のアバター
元々はアプリにドハマリしたユーザーなのだ。
アプリだ。ゲームとしても出来が良く、ジェノサイダー冬子、七琴は
魔法少女育成計画は、魔法少女の適性がある人間を選び出すための
﹁え、な⋮⋮な、なっちゃん
﹁やっぱ真里ちゃんだ、ちーっす﹂
ジェノサイダー冬子はその魔法少女を知っている。
な態度。
カエルのぬいぐるみ、はかなげな瞳、ジャージのような意匠、臆病
夢姫マリアはその魔法少女を知っている。
ツインテール、ボディスーツ、手足の装甲、小さな体。
﹁え⋮⋮あ﹂
ているゆめのんの姿があった。
あっさりと開いたその向こうに、ジェノサイダー冬子と、大慌てし
﹁ああああああああ
﹁ちぃーす、おじゃましまーす﹂
夢姫マリアが手を付ける前に、扉の鍵が勝手に回った。
﹁
︵何してますのー
︵いいや開けちゃいましょう、ガチャリ︶
!
?
80
!?
﹂
姿と名前を、夢姫マリアは知っているし、夢姫マリアの姿と名前を、
﹂
ジェノサイダー冬子は知っている。
﹁知り合い⋮⋮でしたの
﹁そりゃ、クラス一緒だもん﹂
﹁リアル情報を晒すなとあれほどぉーっ
﹁あ﹂
めていた。
﹁真里ちゃん
﹂
﹂
残酷な事実を告げる様に、魔法少女の整った顔が霞むぐらい、顔を歪
一方で、夢姫マリアは、つらそうな顔をしていた。辛い後悔を抱え、
一緒に魔法少女に成れて、嬉しいんだけど⋮⋮﹂
﹁え、えと、なっちゃん、じゃない、ジェノサイダー冬子さん、その、
ノサイダー冬子は笑った。
耳と尻尾を立てて怒鳴るゆめのんに頭をぺしぺしたたかれて、ジェ
!
?
立ち、そこから左回りに夢姫マリア、カニバリア、ユミコエル、ピン
そんなに広くもないテーブルの上座に白黒有無、その横に毒雪姫が
がに窮屈だし狭い。
い。しかし、いくら小柄な魔法少女とはいえ、十人も集まれば、さす
部屋の広さとしては七琴の自宅のほうが大きいが、それでも相当広
らしい。
少女たちに与えたもので、名義上の持ち主は、この場の誰も知らない
少し離れたマンションの一室で、魔法の国が四年前に買い上げて魔法
夢姫マリア達、C市の魔法少女たちが使うセーフハウスは、駅から
◇◇◇
﹁ごめん⋮⋮とんでもないことに、巻き込んじゃうかも知れないの﹂
た。
小首を傾げたジェノサイダー冬子に、沖田真里、夢姫マリアは言っ
﹁だから名前を
?
キーピンキー、ラブリー・チャーミー、シンデレラ・ブーケ、ジェノ
81
!
サイダー冬子、ゆめのん、と着席しており、人口密度は過去最大だろ
う、立ち上がるのすら、少々億劫だし、椅子の数も足りないので、ジェ
ノサイダー冬子にはホコリまみれのパイプ椅子が提供された。
﹁ようやく揃ったのですか、管理体制が甘いですね、夢姫マリア。自分
﹂
が魔法少女であり、魔法の国からこの場を貸し与えられているという
自覚がないのですか
そうして早々に始まったのが、毒雪姫という名前らしい魔法少女の
嫌味だった。
基本的に、容姿が整っている⋮⋮と言うより、どう控えめに表現し
た所で、魔法少女というのは美少女だ。おおよそ人間が持つ美醜に纏
わる悩みなど、一切合切関係ない、極上の外見をしている。
その中でも、この毒雪姫という少女は、別格の美しさだった。絹糸
を束ねたような銀髪と、濃い血液のような赤い瞳、豪奢なフリルをあ
しらう黒いドレス、どれもが一段階上の美しさを際立たせている。そ
んな少女の口から吐かれる嫌味なのだから、堪ったものではない。
︵なんか無駄に偉そうで腹たちますね︶
︶
︵そういう冗談は絶対に口走っちゃいけませんわよ私と違って本気で
洒落になりませんから
ある﹂
﹁それって偉いの
﹂
﹁頼むから黙っててくださいまし
あ、申し訳ありません続きを﹂
﹁さて、お集まりの諸君、吾輩の名前は白黒有無、魔法の国の裁判官で
ふん、と鼻を鳴らし、まあいいでしょう、と毒雪姫。
な謝罪は後にさせてください﹂
﹁ごめんなさい、毒雪姫さん⋮⋮でも、事態は急を要しますから、正式
睨みが飛ぶ。
そういったひそひそ話も当然叱責の対象らしく、きっ、と毒雪姫の
!
いた。
﹁⋮⋮コホン、とにかく、吾輩らが地上にやってきたのには理由があ
る。諸君らには、その解決に尽力してもらいたい﹂
82
?
口を挟んだ冬子を、毒雪姫が明らかにド級の殺意を込めた睨みが貫
!
?
﹄という顔をしていたし、
反応は様々だった。夢姫マリア、カニバリア、ゆめのんは神妙な顔
でそれを受け入れたし、新人四人組は﹃は
﹂
ジェノサイダー冬子は誰に報酬を請求すればいいのかを考えていた。
﹁理由、というのは⋮⋮やはりプリンセス・ルージュでしょうか
夢姫マリアが言うと、毒雪姫が頷いた。
法少女と、なんかスケバン刑事みたいな魔法少女デスか
﹂
﹁⋮⋮えーっと、それってもしかして、こう、ド派手な赤いドレスの魔
ました﹂
﹁それに、ドラゴンハートもです。両名を封印した宝珠が持ちだされ
?
さいませ
白黒有無様、良いでしょうか
﹂
﹁頼むからちょっと言葉を選んで空気を呼んでついでに黙っててくだ
いです﹂
﹁あ、先輩⋮⋮。初めて名前で呼んでくれましたね⋮⋮ちょっと嬉し
﹁待ってください冬子さん、私が説明しますわ﹂
﹁先輩﹂
ラゴンハートも恐らく既に解放されている疑いが⋮⋮﹂
の虐殺、今この瞬間にも何か仕出かしてもおかしくない。そして、ド
﹁プリンセス・ルージュは既に活動が確認されているのである、一般人
と判断したのか、言葉を飲み込み、肯定した。
うと口をパクパクさせたが、言っていること自体は間違っていないの
毒雪姫の顔が魔法少女のそれとは思えないほど歪み、何かを怒鳴ろ
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ええ、そうです﹂
少女だよね﹂
﹁なんか機械の輪っかが頭についてるめっちゃおっぱい大っきい魔法
しません、ドラゴンハートは⋮⋮﹂
﹁赤いドレスがプリンセス・ルージュです、もう片方の方は特徴と合致
ながら、ピンキーが手を上げた。
真横にいる、まだ体調の回復しきっていないチャーミーの肩を支え
?
た顔で毒雪姫がゆめのんを睨みつけたが、その続きは白黒有無が制
し、続きを促した。
83
?
!
何てめぇ白黒有無様の言葉を遮ってるんだコラ、という殺意に満ち
!
﹁ドラゴンハートは⋮⋮もう解放されていますの、私達はその現場に
立ち会いましたわ﹂
マスコット、フェロの手によってジェノサイダー冬子が魔法少女と
なったこと、その魔法で封印珠を解放したこと、ドラゴンハートはそ
の後、どこかへ行ったこと。マスコットは、戻ってきた時、跡形もな
く分解され殺されていたこと。
ゆめのんは、なるべく穏便に、できるだけ自分たちに責任はなく、マ
スコットの判断が誤っており、なにか連絡に不備があったのではない
かという自らの希望を、言葉に出さずとも言動の端々から伺える形で
説明した。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
白黒有無の表情が、露骨に悪くなったし、毒雪姫の形相はもう般若
か何かと言った具合だった。緊張に震えるゆめのんの真横で、ジェノ
サイダー冬子は頷いた。
返す事で粉々にした。
﹂
って、話した感じ、ヤバイ奴だったって感じでし
﹁そんな事言ったって、やれって言われたからやったまでだし、確かに
ドラゴンハート
﹁黙ってなさい香奈子⋮⋮﹂
﹁あの人私達の言いたいことガンガンいうデスね﹂
すよ現代っ子ですもん﹂
呼び出されてあまつさえ手伝えとか命令形で言われても普通に嫌で
たけど、だからなんだってんですか。そんなんで日付変わった時間に
?
﹂
84
﹁大変なことになりましたな﹂
﹁貴様のせいだろうがッ
﹂
!
話を聞いてくださいまし
!
﹁な、なっちゃん落ち着いて
﹁そうですわ
﹂ り、殴りかからんばかりだった。冬子は目を細めて睨み返した。
もはや悪鬼羅刹という表現すら生ぬるい、毒雪姫は冬子に掴みかか
!
宥めようとする夢姫マリアとゆめのんの静止を、しかし冬子は煽り
!
ピンキーがぼそっと呟いて、チャーミーがたしなめる。
﹁貴様⋮⋮
!
﹁待て、毒雪姫。ジェノサイダー冬子とやら、こちらも事情の説明の途
中である、まずは話をすべて聞いて欲しい。こちらとしては、両者の
現状が分っただけ収穫でもある﹂
そう白黒有無が言うと、毒雪姫は怒り収まらぬままに、冬子から手
を離した。
﹁プリンセス・ルージュ、ドラゴンハート、この二人の魔法少女の誕生
は、四年前に遡る。諸君らにも決して無関係な話ではないのだ、むし
﹂
﹂
ろ、場合によっては、最も直接的な被害者は諸君らと言って良いのだ
から﹂
﹁⋮⋮どういう意味
﹁⋮⋮待って、四年前って言った
シンデレラ・ブーケが疑問を持った様に呟き、ピンキーピンキーは、
キャラ作りを忘れて、青い顔をした。
﹁そう、四年前だ。この街が、大きな災害に見舞われたのも、四年前で
あるな﹂
白黒有無は、その予想を肯定した。
﹁四年前、この街で行われた﹃魔法少女選抜試験﹄、そこで生まれた魔
法少女が、災厄の魔法少女プリンセス・ルージュと、最悪の魔法少女
ドラゴンハート、この二人の争いによって、人々は死に、街は焼かれ
たのだよ。たった二人の魔法少女の、戦いによってな﹂
四年前、街で行われた試験に参加した魔法少女は十二人。
変身した状態で一堂が介し、試験の説明の最中に、最初に首を跳ね
られたのは、試験官役の魔法少女だった。
赤き暴君、プリンセス・ルージュはその場で魔法少女たちの支配を
宣言し、それに反抗したのがドラゴンハートだった。巻き添えを喰っ
た他の魔法少女たちの中で、まず二人に意見した者が殺され、最終的
に、プリンセス・ルージュとドラゴンハート、どちらかに着いて、戦
うことになった。そうならざるを得なかった。
85
?
?
恐怖に駆られた魔法少女同士の戦闘が、無差別に、秩序なく、市街
地で行われた結果、被害は大きく広がった。時間帯が夜だったのも災
いした。
災害、という形で収まったのは、魔法の国が証拠隠滅に尽力し、記
憶の改竄や情報の編纂を行った結果に過ぎない。
﹁最終的に、魔法の国で最も力ある魔法少女が、二人が戦っている一瞬
の隙をついて封印した。殺害など到底ままならぬ、彼奴らの魔法は、
勝負して勝てるという話ではない故な﹂
その話をされて、全員が沈黙していた。夢姫マリアとカニバリア、
ゆめのんは、その名前と所業を知っていた。 ﹁⋮⋮何、それ﹂
あの日、皆死んじゃったのは
あんた達のせいって
だが、知らなかった者達の反応は、顕著だった。
﹂
﹁じゃあ、何
事
!
らなかったってことでしょ
﹂
﹁諸君らもまた魔法少女であるはずだが
が﹂
望んでなった身であろう
﹁アンタ達が魔法少女なんてものを作ろうとしなきゃ、あんな事にな
それが最悪の才能を持っていた、という話である﹂
﹁我々の所為というのは暴論であろう、魔法少女の中にも悪は生ずる。
ピンキー、三人も、言いたいことは同じだろう。
コエル、そして、あらゆる感情を飲み込んで、無表情になったピンキー
顔を真っ青にしているラブリー・チャーミーと、怒りで拳を握るユミ
立ち上がり怒鳴ったのは、シンデレラ・ブーケだった。口元を抑え、
?
より我々が諸君らに協力を求めるのは、再度同じ悲劇を繰り返さぬた
人、カニバリア、夢姫マリア、ゆめのんはその力を大いに振るった。何
﹁それに、復興に尽力したのもまた魔法少女である。事件後、そこの三
しかし、白黒有無は淡々と、事務的に続ける。
言うべき言葉が多すぎて、出力できない空気の塊だった。
あ、う、とシンデレラ・ブーケの口から漏れるのは、怒りのあまり、
聞いている全員が、あんまりないい草だ、と思っただろう。
?
!?
86
!?
それを使うべきは今だと理解して欲しいのである﹂
めである。諸君らには、その時にはなかったチカラがあるはずであろ
う
ブーケの頭の中に堪忍袋というものがあったとして、それは尾が切
れたという段階ではなかった。爆発した。今まさに飛びかからんと
身構えた瞬間、毒雪姫が主を守るために身構え││││
﹁落ち着くデス﹂
何で止めるのよ
﹂
と、ブーケの服の裾を、ピンキーピンキーがつまんだ。
﹁香奈子
!
﹂
!
﹂
?
﹂
﹁⋮⋮そんで、二人がヤバイってのはまあよくわかったんですけど、具
座って、黙りこんだ。
弱々しく微笑んでみせたチャーミー、ブーケは涙を拭って、椅子に
体隠しましょう、って、ね
﹁⋮⋮ブーケ、名前、ダメだよ、ストロベル先生、言ってたじゃん、正
﹁⋮⋮流乃﹂
もないよ、あんなの。止めなきゃダメだ、絶対﹂
私、その声聞いちゃったよ、全部受信しちゃった、怖かった、とんで
﹁あんなこと⋮⋮ダメだよ、もう、何人も殺されちゃってるんでしょ、
しい声で追従した。
血の気の色が引いて、息を荒くしたラブリー・チャーミーが、弱々
﹁⋮⋮私も、香奈子の言うとおりだと思う﹂
﹁それは││﹂
ルージュとドラゴンハートをぶっ倒すことデス、違うデスか
カー訴える訳にも行かないデス。私達がすべきことは、プリンセス・
﹁言い方はむかつくデスけど、包丁で人を殺した奴が居た所で、メー
動じず、冷静に行った。
全員の視線が、ピンキーピンキーに集中した。彼女はそれでも全く
今は座るデスよ、シンデレラ・ブーケ﹂
境遇は変わらないし私達がやるべきことも変わらないデス、だから、
﹁ここでこの人達をぶん殴っても私達の家族は帰ってこないし私達の
﹁香奈子
﹁建設的じゃないからデス、いいから座るデスよ、話の途中デス﹂
!
?
87
?
体的にどうヤバイんですか
﹂
﹂
﹂
?
を持つ﹂
﹁⋮⋮えーっと
つまりどういう
﹁プリンセス・ルージュは﹃己の望むがままに振る舞える﹄という魔法
暴君を災厄足らせる所以。
﹁否である。彼奴らの魔法はより最悪だ。より害悪だ﹂
デスか
﹁その言い方だと、
﹃魔法を無効化する魔法﹄を使うって訳でもないん
ジェノサイダー冬子はゆめのんをみて、ゆめのんは目を逸らした。
る﹂
﹁二人に共通する最大の特徴は、魔法を実質的に無効化する点、であ
白黒有無は、うむ、と頷き。
切るんだ﹄という視線を向けてきたが無視した。
ジェノサイダー冬子が、話の続きを促す。毒雪姫が﹃何で貴様が仕
?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮は
﹂
いれば、プリンセス・ルージュは死なないのだ﹂
ス・ルージュにて傷を与えられぬ。﹃自分が死ぬわけがない﹄と思って
魔法は通じぬ、﹃自分が怪我などするわけがない﹄と思えばプリンセ
﹁つまり﹃自分に魔法など通じない﹄と思えばプリンセス・ルージュに
首を傾げたジェノサイダー冬子同様、数人が疑問符を浮かべた。
?
﹂
!
その期待を見事に裏切り、魔法は不発に追い込まれた、という事か。
判断した。
ゆめのんは、自分の魔法ならば、この場から離脱して逃げられる、と
﹁要所要所でうるっさいですわ⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮先輩が落とされた理由わかりましたね﹂
間、彼奴から逃走の術がなくなるのだ﹂
する攻撃は全て奴に通じぬし、﹃これならば逃げられる﹄と望んだ瞬
る﹄という魔法を持つ。﹃ドラゴンハートに対して有効である﹄と期待
﹁そしてドラゴンハートはその対極にして同質、﹃他者の期待を裏切
であるようだった。
素の反応しかする事しか出来ず、他の魔法少女たちも、やはり同様
?
88
?
﹁⋮⋮じゃあ、その二人はどうやって封印できたんデス
戦っても勝てないデスよね﹂
真里ちゃん
目を閉じた。
﹁
﹂
まともに
びくっ、と、名指しされた夢姫マリアが竦み上がり、カニバリアは
なあ、夢姫マリア、カニバリア﹂
﹁だから、二人は各々魔法少女を配下に置いて、恐怖で支配したのだ。
なる。
ぶつかり合えばゼロになり、お互い、魔法抜きで殴りあうしかなく
ば、ドラゴンハートの魔法は﹁他者に働くマイナス﹂だ。
マイナス。プリンセス・ルージュの魔法が﹁自身に働くプラス﹂なら
﹃己の望むがままに振る舞う﹄、
﹃他人の期待を否定する﹄。プラスと
ら﹂
せ、対峙すればお互いの魔法がお互いの魔法を無効化しあうのだか
﹁然り。だが、この二人は対極で、相反するが故に天敵なのだ。なに
?
両者が相対した時のみ、お互いの魔法が無効化さ
と、いいながらテーブルの上に置かれたのは、冬子にとっては見覚
に、これを﹂
れる、こちらの攻撃行動が、当たる余地が出てくる。前回はその瞬間
﹁話を続けるぞ
﹁⋮⋮デスデス、仲間割れしても仕方ないデス﹂
もりや﹂
かも知れへんけど、その分は今回、命がけで償うし、なんでもするつ
強制されとった。戦って、壊して、傷つけたよ。言い訳にしかならん
ルージュの、マリアちゃんはドラゴンハートの。本心やなかったし、
﹁確かに、私達は、あの二人の配下にされとったよ。私はプリンセス・
が、カニバリアが静止するように手を差し出す。
そ の 言 葉 に 最 も 過 敏 に 反 応 し た の は、や は り 新 人 の 四 人 だ っ た。
﹁⋮⋮っ﹂
﹁私は⋮⋮ドラゴンハートの配下の魔法少女だったの﹂
泣きそうな顔で、言う。
﹁ん、その、私は⋮⋮私は﹂
?
?
89
?
えのある、両手で包めるサイズの八面体の結晶だった。
﹁直にぶつけ、封印したのであるな﹂
﹁⋮⋮今回も二人を戦わせて、不意打ちかませってこと
﹁そうです。それがあなた達の役割です﹂
﹂
ユミコエルの問に答えたのは、白黒有無ではなく、毒雪姫だった。
﹁ちょ、ちょっとまって、私達、その、プリンセスなんたらと、ドラゴ
ンなんたらと、戦う⋮⋮んだよね、大丈夫、なのかな﹂
それに、﹃大丈夫、安全だよ﹄と答えられる者は、もはや誰もいなかっ
た。
数 十 秒 沈 黙 が 続 き、や が て、そ の 静 寂 を 破 っ た の は、ラ ブ リ ー・
チャーミーだった。
﹁⋮⋮ねえ、ピンキー。言ったよね、私が気絶してる間、変な魔法少女
に襲われて、ストロベル先生が助けてくれたって﹂
﹁⋮⋮デス﹂
﹁その魔法少女が、プリンセス・ルージュって奴だったとしてさ、スト
ロベル先生、勝てるの、かな、そんな奴に﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ピンキーピンキーは、静かに魔法の端末を見た。もう何回もコール
魔法少女は、強く、優しく、そして自分たちを導いてくれた恩人だっ
た。魔法少女としての規範を彼女から学び、強さと、ほんのちょっと
のズルの仕方を、茶目っ気のある可愛い笑顔で確かに教えてもらっ
た。
そんな人が、もういないのだと、自分たちの手から、またすり抜け
て、同じ原因に奪われたという事実が、四人に事実としてのしかかっ
た。
﹁現在、この街を覆うように、対魔法結界を展開している。諸君らも、
90
?
している。ストロベリー・ベルからの反応は、ずっと前から、無かっ
﹂
?
ユミコエルとブーケが、体を震わせた。ストロベリー・ベルという
?
た。
﹂
だって、ストロベル先生だよ
﹁え、嘘でしょ
?
もう⋮⋮
﹁殺され⋮⋮た
?
四年前も出張って
⋮⋮効果は二日、もう一日半か。その間に、なんとしても
街から出ようとすれば、結界に押しつぶされて圧死する故、決して近
づくな
彼奴らを再封印せねばならない﹂
﹁えーっと、外から増援は呼べないんですかね
きた超強い魔法少女とかに﹂
﹁無理である。この場にいる魔法少女のみで対処する﹂
﹁⋮⋮あ、そうですか﹂
既に逃げ道が塞がれている、という情報まで付け加えられてしまっ
た。
具 体 的 に 上 空 何
﹁さて、質問がなければ説明は終わるのであるが﹂
﹁⋮⋮ あ の、結 界 っ て ど こ か ら ど こ ま で で す の
メートルとか⋮⋮﹂
﹁え、あ、はい、了解です﹂
じよ。汝に選択をつきつけるが、良いな
﹂
ジェノサイダー冬子であったか。我が言葉に﹃了解﹄と、ただ一言応
﹁吾輩の魔法は口で説明するのが難しい故に、実演といこう、そこの、
が、それぞれ一つずつ並んでいた。
数分で戻ってくると、手元にはトレイと、お茶と牛乳が入ったカップ
白黒有無が促すと、毒雪姫は一つ頷いて、キッチンに戻っていった。
﹁後で端末に送るのである。では、契約といこう﹂
?
呼ばれて、冬子は思わず返事をしてしまった。
オーディエンス気分で、何すんだろうとボーッと見てたら名指しで
?
﹂
﹁では、烏龍茶と牛乳、どちらか片方を選ぶが良い﹂
﹁⋮⋮えーっと、じゃあ牛乳
﹁
﹂
﹁よろしい、では、烏龍茶を飲んでみよ﹂
?
で、体が固まった。
﹁ど、どうしましたの
冬子さん﹂
飲もうとしても、手を動かすことが出来ず、口を近づけることも出
﹁あ、いや、なんか体が動かなくて﹂
?
91
?
?
疑問を浮かべて、烏龍茶に手にとり、口にふくもうとして││そこ
?
来ない。テーブルに下ろす分には自由だが、体がその行動を拒絶する
かのように、冬子は烏龍茶を手に取ることが出来なかった。
﹁吾輩の魔法は﹃選択肢を選ばせる﹄魔法である、手順を踏み、了承し
た対象に選択肢を与え、選んだ方を順守させる。牛乳と烏龍茶のう
ち、牛乳を選んだ君は、烏龍茶を飲む事は出来ないのである﹂
牛乳は、普通に飲むことができた。そして、再び烏龍茶を手に取る
と、これもまた飲むことができた、一度選んだ選択肢を達成すれば、問
題ないらしい。
﹁はー⋮⋮そりゃなかなかすごい魔法ですね﹂
冬子は関心したように頷いて、おっと、とスマホを取り出した。
﹁あ、そうデス、忘れてたデス﹂
ピンキーも同じく、ポケットからスマホを取り出す。二人の行動
冬子さん
﹂
に、その場にいる全員が何だこいつら、と目を向けた。
﹁⋮⋮あの、なにしてるんですの
﹂
﹁後にしなさああああああああああああああああああああああああい
手慣れた手つきでスマホの画面を操作する二人に。
﹁同じくデス﹂
﹁いや、日付変わったんでログインボーナスもらっとこうと思って﹂
?
﹁りょ、了解です﹂
﹁はーいデス﹂
ゲームの話ですの
状況聞いてましたの
!?
﹂
?
﹁了解です﹂
﹁はい、ですわ﹂
﹁わかりました﹂
﹁オッケーや﹂
﹁はい﹂
﹁はー
の魔法で縛らせてもらう。諸君に選択肢を与える、良いな
﹁この戦い、万が一、敵につくものが居るのが最悪であるが故に、吾輩
ていた白黒有無は、大きなため息を吐いた。
全員の白けた視線を受けて、流石に萎縮する二人。騒ぎを横目に見
﹁や、やーデスよお姉さん、そうムキにならず⋮⋮﹂
﹂
﹁はぁ、はぁ、何考えてますのあなた達、このタイミングでログイン
ボーナス
!?
﹁す、すいませんって、癖になっててつい﹂
!?
92
?
ゆめのんの、激怒の絶叫が、室内に響き渡った。
!
い﹂﹁はーいデス﹂﹁は、はいっ﹂﹁了承﹂
各々、相槌を打ち、選択肢が提示された。
﹁選べ、ドラゴンハートとプリンセス・ルージュと徹頭徹尾敵対し、そ
の生命を賭けて封印に全力を尽くすか、この場で死ぬかを﹂
どちらを選ぶかは、あまりに明白だった。
◇◇◇
﹁電車に乗ってたら一発でお陀仏だったな﹂
﹂
と、流流流は二十四時間営業のハンバーガーショップの椅子にもた
れかかりながら、ため息を吐いた。
﹁その結界とやらは余を殺せるというのか
﹁お前がどんなすごい魔法少女でも意味ねえんだよ。なんせ﹃魔法﹄そ
の物を拒絶する結界だからな。念のため、県境行ってよかったぜ﹂
隔離結界は、その範囲内に立ち入った、魔法と関連する物体のみを
正確に押し潰し破壊する、変身前の魔法少女でも例外ではなく、恐ら
くはこの街を取り囲む形で展開されている。空も地面も逃げ場はな
い。維持し続けるのにもコストがかかるため、長くて二日程度だろ
う、とあたりは付いているが。
﹁つまり奴さんは俺ら、っつーかお前が動き出してるのを察したわけ
だ、いよいよ持って本格的な戦争だな、こりゃ﹂
﹁は、造作も無いわ。余が全て蹂躙してくれる﹂
四 つ 目 の 照 り 焼 き チ キ ン バ ー ガ ー を 頬 張 り な が ら、プ リ ン セ ス・
ルージュは宣言した。流流流と二人以外は誰もいない。ファミレス
と同じく、プリンセス・ルージュが虐殺した││のではなく、場末過
ぎて客足がなく、更に無駄に高さのある四階のテラスにまで階段で登
る物好きが居ないのである。設備が古く監視カメラも無い為、魔法少
女同士の密談には向いている、一種の穴場と言えた。
﹁⋮⋮なあ、ルージュさんよ﹂
さめたポテトを適当につまみながら、流流流は半目で問いかけた。
﹁アンタがつえーのは分った、魔法は規格外、スペックも高え、封印さ
93
?
﹂
れた理由も察しはつく。そんで、じゃあ解放された今、何をするのが
目的だ
﹂
﹁ふむ、そうだな、とりあえず余に逆らうものは皆殺す。そして余に従
﹂
うもののみで王国を作る。何か問題があるか
﹁ありすぎて話になんねえんだよなあ⋮⋮
?
﹁余が、逃げるだと
﹂
たこらさっさ逃げるべきだってのはわかってるか
﹂
最適な行動は、結界が消えるまで戦わずに隠れきって、この街からす
﹁じゃあ一番の家来として進言させてもらうけどよ、俺らが取るべき
﹁せっかく余の一番の家来にしてやったのに、何が不満だと言うんだ﹂
頭を抱える流流流を見て、ルージュはむう、と唸った。
!
?
﹁死にたいのか
﹂
い、相変わらずの早業だった。
瞬間、赤い剣が首元に添えられていた。何時抜刀したかわからな
れてたんだからな﹂
え。それでもお前は一度負けたんだ。何せがっつりきっちり封印さ
ねえよ。俺じゃ逆立ちしても勝てねえし、勝てる奴が思い浮かばね
﹁逃げるってのは立派な選択肢なんだよ、いいか、お前は強い、間違い
うな魔法少女でも、なかった。
を、流流流は感じ取った。しかし、そこですいませんと頭を下げるよ
食事をしてご機嫌だった暴君の機嫌が、一瞬で最低値に下がったの
?
前回と同じよう
?
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
にお前を封印する対策を立ててねえわけがねえだろうが﹂
知ってる連中が、結界張って、待ち構えてんだぜ
からな、お前を解放してから半日も立ってねえのに、お前の魔法を
は、結局自分の生存率を高める事だ。俺は楽観的じゃいられねえ質だ
てーと俺はお前に従うしかねえ訳だが、その場合でも俺がやるべき事
﹁俺はお前から逃げられねえ、そうしたらお前は俺を殺すからだ。っ
だった。
そ れ で も 尚、流 流 流 は 怯 ま な か っ た。半 分 は 諦 め で、半 分 は 意 地
﹁死にたくねえから言ってんだよ、よーく聞けわがままお姫様﹂
?
94
?
余に説教するな、という理由で首を跳ねられても、おかしくない。
そういう女だ。
﹁だったら撤退は選択肢としてありなんだよ、一度連中の射程から離
れられれば、補足は難しい。何かおっぱじめるにしても、ここでやん
のは早過ぎる。だから逃げたほうがいいってんだ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮余に意見を許した覚えは﹂
﹁無いなら俺は何れ巻き添え喰って死ぬだろうから、今すぐここで殺
されても変わんねえんだよ、だったら命がけで意見の一つも言ってや
らあ﹂
体感的には数分だったが、実際は十秒程度だったのだろう。二人の
にらみ合いは、やがて、ルージュが先に剣を収める事で終わった。
﹁生意気な奴だ。以前は余に物申す様な輩は居なかった﹂
﹁そりゃ逆らったら首が飛ぶもんなあ﹂
﹁貴様の首が飛んでいないのは余の恩人だからだぞ﹂
﹂
﹁これが俺の本体だ⋮⋮っつーか、俺は魔法少女の姿でうろつかない
95
﹁へいへいありがとうございますっと、そんで、俺の意見は聞き入れて
貰えるのかよ、ルージュさんよ﹂
﹁正直気に食わぬ。余に逆らうものは殺す、これは決定事項だ。コソ
コソ逃げ隠れするのは性に合わん﹂
﹁だったら、せめて目立たない努力しようぜ。そのドレスと金髪と、極
﹂
めつけにその剣だろ、昼間外に出たら一瞬でおまわりに捕まるぜ、そ
の場合どうする
﹁殺す﹂
﹁だよなあ﹂
﹁
は大人びている風貌だったが、その本体は本物の成人だった。
くあり、大人物のスーツに見を包んでいる。流流流も魔法少女にして
の高い、二十歳半ばぐらいの女性の姿になっていた。百八十センチ近
流流流の体がふわ、と一瞬、淡い光りに包まれて、次の瞬間には、背
あー、と面倒くさそうに頭を掻いて、流流流は決断した。
?
さすがのプリンセス・ルージュも、目を見開いてぽかんとした。
!?
事のほうが多い﹂
﹂
﹁な、何故だ この体は、魔法少女の体は、最強ではないか。魔法少
女故に最強なのではないか。貴様も追われている身なのであろう
﹁だから変身を解くんだよ。戦闘慣れしてる魔法少女ほど、変身を解
除するって発想がねえんだ。奇襲や不意打ちに対応できるように、い
つでも魔法を使えるように、ってな。まさか自分たちが戦おうとして
る相手が、無防備でいるだなんて思いもしねえ。こっちの本体を知ら
れてないかぎり、これ以上のステルスはねえよ﹂
さいれん しずか
その声も一段階低く、どこか威圧感がある。切れ長の瞳も合わさっ
て、流流流⋮⋮本名、 彩 恋 静は、怖がられる事が多かった。
﹁ましてお前は絶対暴君、最強の魔法少女だ。変身を解除する理由が
ね え。相 手 も 相 手 で、お 前 の 性 格 は わ か っ て る だ ろ う か ら な。だ か
ら、お前が変身を解除したら、もう誰もお前を見つけられねえよ、外
も歩けるし、なんならゲーセンなりホテルなり、ネカフェなりに引き
こもっててもいいしな﹂
暴君と呼ばれた少女は、その称号が似つかわしくないほどに、ぽ
かーんとしていた。そんなことは考えたことも、考慮したことも、発
想したことさえ無い、という顔だった。
﹂
﹁ついでに、変身を解除したお前を、俺が殺して自由になるって企んで
る可能性もあるわけだが、どうする
﹁⋮⋮ふむ﹂
﹁⋮⋮これ、で、いい
おねえ、ちゃん﹂
かーんと顎を開きっぱなしにする羽目になった。
静は、つまんでいたポテトをぽろりと落として、今度は自分がぽ
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ふ、と暴君の体が輝いて、真紅の意匠が消え去った。
﹁あんだよ﹂
﹁流流流よ﹂
ガーの欠片を口に詰め込んで、プリンセス・ルージュは言った。
考える素振りを見せて、おもむろにトレイに乗っていたハンバー
?
真紅の暴君の姿は、袖の余ったパジャマに、ボロボロの絵本を掻き
?
96
?
?
あ か ひ し ゅ き
抱いている、小さな女の子になっていた。
プリンセス・ルージュの本体、赤緋朱姫は、まだ九歳の、子供だっ
た。
◇◇◇
日付が変わってから三十分を回った頃、C市の外れ、隣県との境界
で、ドラゴンハートは自分の折れた右手の小指を見つめていた。
﹁ふうん、結界があったのね、行動が早いわねえ﹂
迂闊に踏み入れてしまったのは自分のミスだ。なまじ、肉体の強度
が他の魔法少女より強いため、ここまで影響を受けなかったらしい。
ふふ﹂
﹁つまり、追手はいるし、敵はいるし、戦わなきゃいけない、って事よ
ね
ドラゴンハートは、反骨心の魔法少女だ。プリンセス・ルージュの
ような傲慢では断じて無いと思っているが、自分を押さえつける存在
を許さない。生かしてはおけない、存在する事が許せない
幼少期からその傾向があったものの、それをなすだけの力がなかっ
た。親に逆らい殴られて、教師に逆らい叱られて、大人に逆らい怒ら
れて、社会に逆らい淘汰された。
か弱い一人の女では、理不尽だと感じた事に、何か一矢報いること
すら難しく、その有様は他者から否定され続け、ドラゴンハートは歪
んでしまったのだと、自己分析する。
魔法少女になれて、本当に良かった。この力を得ることができて、
本当に良かった。
思う存分、逆らえる。
プリンセス・ルージュは、そんなドラゴンハートにとっては、まさ
に天敵だった。他者を押し付け、従わせる事こそを美徳とする、暴君
との決着は、未だついていない。
期待してるわ、うふふ﹂
﹁今度あったら、フフ、殺し合いをしましょうね、プリンセス・ルー
ジュ。あなたもきっといるんでしょう
踵を翻して、市街地へ向かう。奴が居るのなら、きっと騒ぎが起き
?
97
?
るだろう。
98
◇ 第四章 信頼の楔 ◇
深夜一時過ぎ、魔法少女達は行動を開始した。二組に別れ、市内を
捜索。ラブリー・チャーミーのテレパシーによって探査を行い、連絡
はこまめに取り合う。
一人一つずつ封印珠を持たされた。起動させてぶつければ、魔法少
女を封印することが出来るらしい。
﹁問題は、どうぶつけるかって事なんだけどねー﹂
ジ ェ ノ サ イ ダ ー 冬 子、ゆ め の ん、夢 姫 マ リ ア、そ し て ラ ブ リ ー・
チャーミーが、グループとして分けられた。
ゆめのんは空から偵察を行い、チャーミーはテレパシーで敵の位置
﹂
を探る。冬子と夢姫マリアは、その護衛だ。
﹁⋮⋮あの、お二人って、友達なんですか
チャーミーが、恐る恐ると言った風に声を上げた。仲の良い三人か
ら引き離されて、見知らぬ連中と組まされたのだから、無理も無いだ
ろうが。
﹁え、あ、うん、リア友。ショッピングモールあるじゃん、あの側にあ
る高校で﹂
﹁なっちゃんじゃなかった冬子ちゃんそういうの教えちゃダメだって
﹂
ぷっと吹き出してしまった。
﹁私達も先生によく言われてました、魔法少女の本体の情報は、秘密に
しておきなさい、迂闊に名前で呼び合うのは言語道断だー、って﹂
﹂
﹁うん、本当にね⋮⋮変身を解いた魔法少女って、一番無防備だから﹂
﹁そういうもんなの
﹁ふーん⋮⋮﹂
いけど、人間は体をバラバラにされたら死んじゃうから﹂
ん。体をばらばらにされても再生できる魔法少女は居るかもしれな
﹁そうだよ、どんな魔法があったって、変身してなければ使えないも
?
99
?
慌てて静止する夢姫マリアと、懲りない冬子、そんな二人を見て、
﹁おおっと﹂
!
﹁⋮⋮なんか、魔法少女って思ってたのと違います、ね。最初は、なん
かその、もっと可愛くて、夢とか一杯で、怪我とか、痛い思いをする
とか、そういうのとは、無縁だと思ってました、私﹂
目を伏せたチャーミーの、絞りだすような声。
﹁ストロベル先生が死んじゃったなんて、思いたくない⋮⋮私達の誰
かが死んじゃうなんて、思いたくないです、何で、こんなことに巻き
込まれちゃったんだろ⋮⋮﹂
﹁大丈夫、若人よ﹂
ジェノサイダー冬子、笹井七琴が掲げる目標は、その名前の通り、
﹁些細な事は気にしない﹂だ。
﹁なんとかなる時はなるし、なんとかならない時はならない、それでも
最善は尽くそう。人生とはそういうもんだ。うん﹂
﹁かなりぶん投げたね、冬子ちゃん⋮⋮﹂
﹁それを言うなら、私が一番自由意志に関係なく巻き込まれてる訳だ
100
し﹂
そうこうしていると、プルルルルル、とプロペラの回転音が頭上か
ら響いてきた。足に着けた飛行ユニットを駆使して、空を飛び回って
いたゆめのんが、ようやく戻ってきた。
﹁戻りましたわ⋮⋮駄目ですわね、ドラゴンハートはともかく、プリン
セス・ルージュは目立ちますから、すぐ見つかると思ったのですけれ
ど﹂
結界に触れない範囲で、上空からの捜索。ゆめのんは目と耳が良い
魔法少女であり、上空三百メートルからでも、地上の人間の判別がで
きる⋮⋮とは本人の談だが、不発だったようだ。
んん、話
﹁先輩、お疲れ様でーす、どれ、おっぱいは凝ってませんか﹂
﹁何かにつけて人の胸に触ろうとしないでくださいまし
のんとチャーミーも、似たようなものだ。
夢姫マリアは、それこそ苦虫を噛み潰したような顔で言った。ゆめ
﹁起こしてもらわないと⋮⋮困るんですけどね﹂
すわね﹂
通りなら、なにか騒動を起こすと思っていたのですが⋮⋮甘かったで
!
何せ、今回の作戦の前提はドラゴンハートとプリンセス・ルージュ
をぶつけ合わせて、その隙を突くという物なのだから、暴れさせない
事には始まらないのである。
当然、その際に出る犠牲や被害は避けられない。避けたくても、避
けようがない。
絶対無敵の二人の魔法少女と真っ向勝負をしても、勝ち目など無い
のだから。
﹂
﹁って感じなわけですけど、本当にそうですかねえ﹂
﹁はい
自分たちが行うのは、無辜の犠牲を生む非道。そう思っていた一堂
に、ジェノサイダー冬子はあっけらかんと言ってみせた。
﹁いや、本当に無敵なのかなーって﹂
﹁今更何言ってますの⋮⋮どう考えたって、戦えないでしょう﹂
﹁そーかなぁ⋮⋮だって﹂
﹂
その続きを言う前に、チャーミーが顔をばっと上げた。
﹁っ、見つけた、プリンセス・ルージュ
全員の視線が集中した。
◇◇◇
ア先輩の仕業デスか
﹂
﹁あー、じゃあ新聞に載ってた、一晩で急に消えた瓦礫の謎はカニバリ
興味深げに聞き返す、といった構図だった。
に、ユミコエルとブーケが、苦笑しながら聞き、ピンキーは対照的に、
と、努めて明るく話すカニバリアの話を、初対面の印象が印象だけ
﹁瓦礫の処理とか、そういうのは私の仕事やったんよ﹂
に急行できるよう、準備を整えていた。
分けられた彼女達は、ラブリー・チャーミー達が敵を発見次第、即座
新人三人を引率するのは、魔法少女カニバリア。戦闘部隊として組
ユミコエル、ピンキーピンキー、シンデレラ・ブーケ。
!
﹁うん、ビル三個分食べちゃった、あんまり美味しくなかったけど⋮⋮
!
101
?
あ、あと、先輩はやめて、ちょい恥ずかしい﹂
﹁じゃあ普通に呼ぶデスけど⋮⋮やっぱ味って感じるんデス
﹂
﹁そうだね、大理石は歯ごたえがあっておせんべいみたいなんだけど、
コンクリートとかゴムタイヤとか、人工物は苦かったりジャリジャリ
するんだよね﹂
﹁はー、かっけー魔法デスね、こういう派手なのも悪くなかったデス
よ﹂
﹁ま、ピンキーの魔法、地味だもんね﹂
﹁うん、ホント地味、微妙すぎ﹂
ユミコエルとブーケが追随し、ピンキーがコケた。
﹁ここぞとばかりに言いたい放題デスねてめえら⋮⋮﹂
﹁あはは、でも、そういう魔法こそ、いろんな使いみちがあるものだよ。
私は﹃食べる﹄しかできないけど、皆の魔法は色々できそうで、ちょっ
と羨ましいかも﹂
﹁でも、私達の魔法、プリンセス・ルージュとか、ドラゴンハートに、
通じるのかな⋮⋮﹂
ユミコエルが、ぼそりと呟いた。メンバーの中では、カニバリアに
次いで直接的な戦闘力を持つ魔法の保有者であり、戦いになった場合
は最前線を張る事を考えれば、無理も無いが。
﹁まー、手立てはなくはないデスよ﹂
自分の長いツインテールをつまんで、無駄にくるくる回しながら、
ピンキーピンキーは、いつもと全く変わらぬ口調と調子で、簡単に
﹂
言った。
﹁へ
﹂
よ。例えばプリンセス・ルージュの魔法は、話を聞いてる限りじゃ穴
だらけデス﹂
﹁どういう意味
﹁自分の望むがままに振る舞えるー、っていうことは、自分のイメージ
知っているだけに、カニバリアも、興味深げに首を傾げた。
面子の中ではベテランであり⋮⋮なまじ、プリンセス・ルージュを
?
102
?
﹁別に究極生物と戦う訳じゃないデスし、弱点だって有ると思うデス
?
が元になってるわけじゃないデスか。逆に言うなら、自分に自信がな
くなったら、
﹃私じゃこんなこと出来ない﹄なんて思っちゃったら、も
﹂
う絶対できなくなっちゃうデスよ、思い込みを実現させる魔法なんデ
スから﹂
﹁⋮⋮ネガティブなイメージを植え付ければいいってこと
﹁一つの手段としてはそうデス、あとはデスね、人間、どうあがいても
二つのことを同時に考えるのは無理デスから、﹃自分が死なない﹄と
思ってる間は死なないかも知れないデスけど、その間は﹃封印されな
い﹄とは思って居られないわけデスよ。この封印珠デスけど⋮⋮﹂
魔法少女たちに与えられた八面体の水晶は、手に持って、
﹃封印した
い﹄と強く思って投げつけた、魔法の影響下にあるものを封印する道
具だ。一度発動してしまえば一瞬だし、魔法その物を封じる力がある
ので、どんな魔法でも逃げられない、らしい。当たれば、の話だが。
﹁ある意味、当てられたら勝ちのリーサルウェポンデス。そんでもっ
て、コイツを当てる隙が絶対に無いか、と言われたら、そんなことは
﹂
無いと思うんデスよね。少なくともプリンセス・ルージュは、チャン
スはあると思うデス﹂
﹁⋮⋮ドラゴンハートは
互角なんじゃないの
﹂
言ったら、断然、間違いなく、ドラゴンハートなんデスよねー⋮⋮﹂
﹁え、そうなの
﹂
?
よ﹂
者の方が強いに決まってるデス。スカラとスクルトぐらい違うデス
分以外の全員が対象デス、数字だけ見たら一対無限デスよ、そりゃ後
﹁単純に効果範囲の違いデスよ。ルージュは自分一人でドラゴンは自
悪だった。けど、ピンキーピンキーはそう思わないの
﹁あの二人の戦いを側でみた身からすると、差異なんて無い、平等に最
?
﹂
103
?
﹁そっちは正直、お手上げデス。ぶっちゃけた話、どっちが強いかって
ユミコエルが尋ねると、ピンキーは両手を上げた。
?
ブーケの疑問に、カニバリアも頷く。
?
﹁⋮⋮や、まあ、そうかもしれないけど、現実問題としては互角だった
わけでしょ
?
﹁タイマンで外部要因がなきゃ引き分けると思うデスけど、もしもイ
レギュラーがあったらわかんないデスよ。効果範囲が広いってこと
は、敵が多けりゃ多いほど強いって事デスから││││││﹂
﹁成る程、そういう見方もあるわけね﹂
﹂
聞き慣れない声だった。聞いたことのない声だった。
﹁
いつの間にか、魔法少女達の中に、もう一人、紛れ込んでいた。紫
紺の頭髪、やわらかな笑顔、胸を強調したワンピースは、太ももをむ
き出しにするタイトな短さ。
天使の輪っかのように、機械仕掛けの円盤が頭の上に浮いていて、
﹂
片手には、鉈と薙刀を足して二つで割ったような武器を持っている。
﹁ドラゴン、ハー││││
﹁いつの間に⋮⋮どうやって
﹂
確かに敵意を感じ取っていた。
姉さんに見えるだろう。だが、その視界に収められた魔法少女達は、
瞳を細めた、穏やかな笑み。何も知らない人間が見たら、優しいお
﹁あらあら、そんな目で見られると、ぞくぞくしちゃうわね。ふふ﹂
も倒れることなく、きっ、と突如現れた乱入者を睨みつける。
足で地面をこすりながら、五メートル以上も吹き飛ばされ、それで
﹁ひっ﹂﹁嫌っ﹂
﹁ぎっ﹂
た。
カニバリアが、その名前を呼ぶ前に、鳩尾に武器の柄が叩きこまれ
!?
に下がった。
﹁あら、あなた達が教えてくれたんじゃないの
?
カニバリアの異形の腕を目にして尚、ドラゴンハートは一切動揺し
いけれど﹂
まあ、どちらでもい
く。合わせるようにユミコエルも杖を握り、ブーケとピンキーが後方
バリアの右腕がギチギチと音を上げて、巨大な化物の口に変貌してい
はない様な街中だ。それでも、手加減している余裕は当然無い、カニ
朝早く、まだ人気がないとはいえ、誰かが通りかかってもおかしく
!
104
!?
なかった。
﹁さて、早速だけど、私、困っているのよね
﹂
﹁よ、四年前
﹂
街の外に出ようとした
魔法少女四人を前にしているとは思えないぐらい、自然な笑顔で。
るいものね。お互い、傷付け合って、殺しあっての私達ですもの﹂
﹁なんだ、やっぱりあの子も居るのね。そうよねえ、私だけ、なんてず
カニバリアの答えに、ドラゴンハートはあら、と頬に手を当てた。
わけにはいかんのや﹂
﹁⋮⋮出来へんよ、あんたとプリンセス・ルージュは、この街から出す
ら
ら結界があって。お願いしたら解除したり、ふふ、してくれるのかし
?
﹁四年前、あなた達の戦いで、街が、あんなになったって、本当なの
別にあなたの家族を直接
本当に、あなたが、私のお母さんを、お父さんを⋮⋮﹂
うーん、そうねえ、ごめんなさい
?
でも。
﹁私って言う人間は、だからなあに
﹁∼∼∼っ﹂
って言っちゃうのよねえ﹂
とか居るものね、沢山死んじゃったみたい﹂
手にかけた記憶はないけれど、色々壊しちゃったし、建物の中には人
﹁ん
!
緊張から震える体を押さえつけて、ユミコエルが悲鳴の様に叫ぶ。
!
﹂
冗談にならない程似合っていた。
﹁蹂躙してあげるから﹂
砕けた。
渡った。ユミコエルが全力を足元を踏み抜いて││││地面が割れ
ゴギィッ、と、人間の体から出るようなものではない轟音が響き
﹁ああああああああああああああっ
﹂
挑発的に、あざとく、人差し指を唇の前に当てがった。その仕草は、
い
ぱり駄目よね。うん、やーめた、謝らないから、かかっていらっしゃ
﹁謝って欲しいなら、ええと、謝るけれど、誠意が篭ってないと、やっ
ぐらりと視界が揺れた、頭に血が昇るのを感じた。
?
!
105
?
?
?
﹁あ、あら
﹂
﹁つぁっ
﹂
﹂
ひゅんひゅんひゅん、と、細いものが素早く風を斬る音がした。
える大顎が迫り来る。
すかさずカニバリアの右腕が飛び込んだ。開けば二メートルを超
﹁っ
女は、実にあっさり体勢を崩してしまう。
ぎった。その余波はドラゴンハートの足元にも及び、油断していた彼
砕け散り、その下にある土が飛び散って、埋め込まれた配管を引きち
る。地面に敷かれたタイルが砕け散り、その下にあるコンクリートが
それは、大地という広大なものにぶち込んでも、同様に効果を発揮す
ユミコエルの魔法││││物体に対して、任意の力で破壊を行える
?
散った。
?
携を、事も無げにしのいで見せた。
!
﹁あら、結構器用なのねえ
﹂
﹁昨日、沢山食べたもんでな⋮⋮
﹂
位がボコボコと泡立って、新たな大顎を創りだした。
苦痛混じり咆哮と共に、カニバリアが右腕を掲げる。切断された部
﹁が、ああああああああああああああっ
﹂
そのまま割れた地面に突き立てて、杖代わりにする。不意打ちの連
﹁よく切れるでしょう
魔法の国の日用品﹂
う。赤い線が生えて、カニバリアの腕の化物が三分割され、血が飛び
不安定な足場で、躓きながら、それでも何の問題もなく武器を振る
!
﹁
﹂
あらあら、そういう魔法
﹂
背後にいたシンデレラ・ブーケが叫ぶように吠えた。
﹁お願い、抵抗しないでっ
生出来る。四十人分の人肉を、再構築出来る。
だけの材料を、その内部に蓄えていた。腕を根本から断たれても、再
ぎる分は﹃貯蓄﹄されていく。人間四十人分を平らげた大顎は、それ
カニバリアの顎で喰らったものは、全て彼女の栄養となり、過剰す
!
?
!
?
106
!
ドラゴンハートは一瞬だけぴたりと静止して、すぐに動き出す。肉
?
﹂
を断たれ、削がれながら、カニバリアが応戦する。
﹁駄目、やっぱり、私の魔法通じないよ香奈子
﹂
ダー、阿多田香奈子に戻っていた。
!
叫ぶと同時に、駆け出す。ドラゴンハートとカニバリアの、いわば
﹁││││ユミコエル、おもいっきりぶっこむデス
﹂
少女ピンキーピンキーではなく、四人組の中で、最もお調子者なリー
シンデレラ・ブーケの持つ封印珠を手にとって、その瞬間は、魔法
﹁大丈夫、任せて、霞。これ、借りるね﹂
自身の腕を掴むブーケの手を解いて、ピンキーピンキーは笑った。
﹁⋮⋮香奈子
﹁こりゃ、覚悟決めるデスかね⋮⋮﹂
強さだった。
絶対に勝てない。それが魔法少女ドラゴンハートの、理不尽なまでの
それが、どれだけ絶望的な事か。期待をする限り、希望を抱く限り、
﹁通じたらいいな、って思った時点でダメ、って事デスね﹂
!
﹂
即死攻撃の応酬に混ざれなかったユミコエルが、はっと顔を上げた。
﹂
﹁大丈夫デス、全力でぶん殴るデス
﹁っ、わかったっ
!
出せる。
!
ぶった。
ればその肉体を粉々に吹き飛ばす程の力を込めて、杖を全力で振りか
掛けて武器を突き立てよう、という所で、乱入した。背後から、当た
ドラゴンハートが再度、カニバリアの右腕を両断して、その喉元目
﹁喰らええええええええええっ
﹂
魔法の力で全力で地面を蹴り飛ばせば、その分早く、勢い良く走り
は杖を振りかぶって、ドラゴンハート向けて踏み出した。
きっと作戦を思いついたのだ、そのために必要なのだ。ユミコエル
の無い妄信というべきか、誰にもわからない。
されていた認識だった。それを経験から来る信頼と呼ぶべきか、根拠
を演じる事があっても、それは、少女たちの間で、無意識の内に共有
どんな時でも、香奈子という少女は間違えない、お調子者で、道化
!
107
?
﹁不意打ちの相談をするなら││││﹂
﹂
そのユミコエルの腹に、長柄の武器の石突が突き刺さった。
﹁きゃ、ひっ﹂
﹁せめて聞こえないようにしなさい││││なっ
﹂
例え期待を裏切る魔法であっても、関係ない。
﹁計画、通り、デス、よ﹂
紙一重で回避する事が出来る。
験豊富な魔法少女ですら、見切れないような斬撃であったとしても、
飛行機の操縦だって、問題なく出来るだろう。それが例えば、戦闘経
一切の訓練なしでも、綱渡りも、ジャグリングも、やろうと思えば
い。
も、自分の行動する限りにおいては、彼女はあらゆる﹃ミス﹄をしな
ピンキーピンキーの魔法は、﹃失敗しない魔法﹄だ。どんな行為で
立っていた。
いつの間にか、ユミコエルが居るべき位置に、ピンキーピンキーが
﹁││││覚悟決めた、デスからね﹂
ラゴンハートは、笑みを崩して、少しだけ驚いていた。
予定調和の攻撃が、予定通りに決まった。そのはずだったのに、ド
﹁
き、貫通して、血が飛び散った。
何の躊躇もなく、心臓目掛けて突き立てられた。肉を貫き、骨を砕
﹁ばいばい﹂
く、白刃が光った。
バリアより、地面を砕く程度の力を持っているユミコエルを処理すべ
に、ドラゴンハートが武器を構え直す。まだ腕の再生していないカニ
呼吸が一時的に停止したユミコエルが、再び肺をふくらませる前
で、適当過ぎた。
た封印珠を、ヒョイッと避けて見せた。作戦と言うには余りにお粗末
そして、顔目掛けて飛んできた││││ピンキーピンキーが投擲し
!
プリンセス・ルージュとドラゴンハートの魔法が相殺しあうよう
に。
108
!
﹂
ピンキーピンキーとドラゴンハートの魔法も、また相殺しあうの
だ。
﹁香奈子ぉっ
ピンキーに突き飛ばされたユミコエルが、立ち上がって、駆け寄る
﹂
時間はもう無い。
﹁あら、あら
長柄の武器で串刺しにされたピンキーピンキーは、しかし、笑みを
崩さなかった。右手でぐいっと柄を掴んで、離さない。
﹁ドラゴンハート、お前が奪った物、全部、返してもらう、私達は、こ
こから、始めるんだ、だから⋮⋮﹂
反対の左手には、自分に与えられた封印珠が握られていた。ユミコ
エルを助ける為に飛び込んで、武器を体で貫かせて、抜けなくして、コ
イ ツ を 叩 き 込 む。全 部 考 え た 通 り だ。期 待 通 り だ。例 え ど れ だ け 否
定されても、ピンキーピンキーは絶対に、失敗しないのだから。
損傷しても動けるのが、魔法少女のいい所だ。致命傷でも生きてい
られる。死ぬ直前で動かせる。そんな体の制御だって、絶対に失敗し
てなるものか
八面体を、ドラゴンハートの体目掛けて投げつけようとした。ピン
キーピンキーが行う限り、その投擲は外れない。この距離で、このタ
イミングなら、もう避ける暇は無い。
﹁ふふ、駄目よ、七十点だわ﹂
その動作を、ドラゴンハートは許さなかった。手をひねって、武器
を一瞬で回転させて、下から上に切り上げた。
左右真っ二つに裂けた魔法少女は、もう魔法少女ではなく、阿多田
香奈子と言う少女の死骸になっていた。
最後の最後で、失敗した。
ドラゴンハートの魔法は﹃期待を裏切る﹄魔法であり、ピンキーピ
ンキーの魔法は﹃失敗しない﹄魔法である。
プラスマイナスで考えるならば、プラスとマイナスで打ち消し合
109
!
?
!
う。ピンキーピンキーの期待が裏切られても、失敗しない魔法がそれ
を補ってくれる筈だった。
もしも、この場に、誰も居なければ。一対一で、タイマンだったな
ら、勝負は相打ちに終わっていたかもしれない。
カニバリアが、ユミコエルが、シンデレラ・ブーケが、命がけのピ
ンキーの行動に、もしかして勝てるかも知れないという期待を抱かな
ければ。
あるいは、ピンキーピンキーに死なないで欲しいという願いを抱か
なければ。
天秤は釣り合ったままだった││││ピンキーの期待ではなく、周
りの魔法少女たちの期待を、ドラゴンハートは裏切った。掴んで離さ
ないはずのドラゴンハートの獲物を手放してしまった。
﹁残念、惜しかったわね。あなた、プリンセス・ルージュの次に、怖かっ
﹂
呼吸の戻らないユミコエルを、ピンキーと同じように、両断しようと
、助けてえっ
!
した。
﹂
﹁い、嫌ぁ、お願い、助けて、弓子を殺さないで
﹁
!
できなかった。﹃お願い﹄が、通じた。
ブーケの悲鳴は、もはや反射的に零れた物だった。何の計算も何の
打算もない、ただ、友達が目の前で死んだショックと、殺されそうな
現実から、目を背けたいだけの言葉だった。
110
たわ﹂
﹂
返り血は称賛である、と言わんばかりに、体を宿敵と同じ真紅に染
めて、災厄の魔法少女は微笑んだ。
﹁││││逃げろおおおおおおおおおおおっ
ブーケが我にかえる。
﹁だぁめ、逃がすと思う
﹂
カ ニ バ リ ア が 咆 哮 し、唖 然 と し て い た ユ ミ コ エ ル と シ ン デ レ ラ・
!
その一瞬を、その隙を、見逃す様な魔法少女では、当然ない。まだ
?
ドラゴンハートは、そのお願いを聞き入れてしまった。続ける事が
!
﹁ひ、う、うううっ
﹂
這いずるユミコエルを、ブーケが引きずる。カニバリアがそれを手
伝い、離れていく。
魔法は十全に発動し、ドラゴンハートは、惨めに逃げ延びようとす
る三人の背中を見送る事しか出来なかった。
﹁ふうん、あの子も危ないかも﹂
それでも勝者は、ドラゴンハートだ。挑むものを蹂躙し尽くして、
排除した。
ちらりと横目で、両断された少女の死体を見る。血と内臓が支えを
失って、割れた石畳の隙間に染みこんでいった。
﹁⋮⋮本当に。正直、ひやっとしたかも﹂
傍らに転がっていた封印珠を掴みあげて、ドラゴンハートはくすっ
と笑った。
◇◇◇
何 か を 食 べ よ う と す る 度、こ ち ら の 顔 を チ ラ チ ラ と 伺 っ て く る。
はぁ、と聞こえるように溜息を吐くと、ビクリと震え上がって顔を伏
せる。
果たして、これが本当に、あのプリンセス・ルージュなのか。全く
別の入れ替わりの魔法を使われたと言われたほうがまだ納得がいく。
ビジネスホテルの一室で、ルームサービスの朝食を食べながら、流
流流は首をひねっていた。
﹁あ、あの、るるる、おねえちゃん﹂
﹂
﹁⋮⋮この姿の時は静でいい、しずかさんと呼べ﹂
﹂
﹁⋮⋮しずか、さん。なんで、叩かない、の
﹁⋮⋮は
?
た。
﹂
111
!
予想だにしてなかった質問に、流流流は顎がはずれるほど口を開い
?
﹁なんか俺に殴られるような事したのかよ、お前﹂
﹁⋮⋮
?
﹁何でそこで首を傾げんだよ⋮⋮﹂
とは言え、想像はつく。プリンセス・ルージュの人間体││﹁しゅ
き、九歳﹂と自己紹介は出来た││の着ていたパジャマが、余りに擦
り切れてボロボロだったので、適当な店舗から﹃調達﹄して着替えさ
せた時、服の下はそれはもう無残なものだった。
痣と傷と火傷に塗れていて、朱姫という少女がどんな生活をしてい
たか、容易に想像出来るというものだ。
﹁だって、わたし、ごはん、たべてる﹂
﹁飯は誰だって喰っていいんだよ⋮⋮いや、金出してんのは俺だけど。
あれは、プリンセス・ルージュがやったんだよ
﹂
つーかお前、昨日ファミレスでさんざやらかしたじゃねえか﹂
﹁⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
だろうか、というか。
﹁お前が二度と変身しなきゃ、世界は平和なんじゃねえか⋮⋮
?
﹁う、う⋮⋮
﹂
﹁怪我したのはお前だろ﹂
﹁ひ、う、ご、ごめんなさい⋮⋮﹂
﹁あー、馬鹿、何やってんだ、水飲め水﹂
朱姫。
コーンスープを飲もうとして、舌をやけどしたのか、口元を抑える
﹁あひゅっ﹂
﹂
た。自我が確立する前に魔法少女になると、こういった影響が出るの
妙な話だが、
﹃子供の魔法少女﹄という奴に、流流流は初めて遭遇し
か。
ジュの存在は認識しているが、それを自分だとは想っていない⋮⋮の
くとも、本人はその言葉に何の疑問もないらしい。プリンセス・ルー
嘘偽りのない瞳、というのはこういうモノを言うのだろうか、少な
?
存外、素直に従う物だ。そのさまを見ていると、嫌でも思い出す。
﹁う、うん⋮⋮ふー、ふー﹂
して喰え。ふーふーしろ、ふーふー﹂
﹁⋮⋮はぁ、いいや、とりあえず、謝んなくていいから。ちゃんと冷ま
?
112
?
﹂
﹁ふー⋮⋮⋮⋮ぱく﹂
﹁旨いか
﹁う、うん、おいし⋮⋮﹂
ようやく朱姫が笑った。
﹁そっか、良かったな、あかり﹂
それを見て、どこか気が緩んだのだろう、気が付くと、言ってはな
﹂
らない言葉を口にしていた。
﹁⋮⋮あか、り
まった。
﹁あかり⋮⋮って、誰⋮⋮
﹂
﹁突っ込んでくるなお前⋮⋮俺のガキだよ﹂
﹁しずかさん、の⋮⋮いまは、どこにいるの
?
?
﹁でも、のんびり監視って訳にも⋮⋮﹂
特に言及しなかったので、フィクションの中だけの存在のようだ。
何も言われたり渡されたりもしていないし、夢姫マリアもゆめのんも
いの魔法のような都合のいいものがあるのだが、白黒有無からは特に
漫画やアニメだと、こういう異能力バトル作品という奴では、人払
﹁ここ、乗り込んで戦闘になったら普通に人死にでますよね﹂
にプリンセス・ルージュが居る、とチャーミー。
全国に展開している、どこにでも有るビジネスホテルの一室。そこ
ルージュ﹄って声が﹂
﹁このホテルの中、です。三十分前、五階の部屋から、﹃プリンセス・
◇◇◇
プを冷まし始めた。
それ以上は、尋ねて来なかった。ふー、ふー、と、またコーンスー
﹁天国﹂
﹂
手で顔を抑えて、やらかした、と静は唸った。つい、思い出してし
﹁⋮⋮何でもねえ、気にすんな﹂
?
既に深夜遅くとなった今は、人通りが殆ど無い、皆無と言っていい。
113
?
四年前の件が記憶に新しいこの街では、それこそ駅の周辺ですら明か
りが消える。
チャーミーさん﹂
しかし、人々が活動し始めたら、もう魔法少女達の戦闘は、誤魔化
せない。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ど、どうしたの
﹁⋮⋮見てます、こっちを﹂
チャーミーが顔を上げた、通常なら見えなくても、魔法少女の視力
降りてきます
﹂
ならばはっきり見える。客室の五階の窓、カーテンの隙間から、誰か
がこちらを見ている。
﹁⋮⋮見つかった事が、見つかりました
!
も﹄ってなんですの
﹂
﹁ど う に も こ う に も ⋮⋮ そ う だ、さ っ き 言 っ て た﹃な ん と か な る か
﹁ありゃ、どうしましょう、まだドラゴンハートはいないわけですが﹂
!
せん先輩、えへ﹂
﹁思わせぶりな事を言ってる場合じゃないですのよ本当に
﹁⋮⋮あー、くそ、探知系の魔法少女がいんのか﹂
﹂
?
﹂
?
こった﹂
﹁じゃ、じゃあ、どうする
やっつける
﹂
﹁ああ、わり、こりゃ俺が間違ってた見てえだな、しっかし行動の速い
﹁み、みつかっちゃった、の
けた容姿の少女が四人、並んでいた。
カーテンの隙間から覗く地上には、明らかに人間ではない、ずば抜
!
﹁んー、いや、今んとこは現実的じゃないんで忘れてください、すいま
!?
◇◇◇
﹁う、うん、しずかさんの、言うとおりで⋮⋮いい﹂
るばかりだった。
参れ、口答えは許さん﹄で話が進みそうなものだが、朱姫は首を傾げ
これがプリンセス・ルージュならば、
﹃では余が始末するからついて
﹁俺が決めていいなら俺が決めるけど、お前はそれでいいのかよ﹂
?
114
?
﹂
ホテルから出てきたのは、黒い制服をモチーフにした魔法少女だっ
﹂
た。傍らに小さな女の子を抱きかかえている。
﹁っ、プリンセス・ルージュじゃない⋮⋮
ゆめのんが身構え、怪訝そうな顔をする。
﹁よお、てめえらは、あれか 魔法の国の刺客、でいいんだよな
﹁わざわざ言うと思ってんのか
﹂
﹁プ、プリンセス・ルージュはどこですか﹂
ス・ルージュの関係者であることが、これではっきりした。
黒い魔法少女、流流流は努めて高圧的に言った。彼女がプリンセ
?
?
﹂
?
だ﹂
﹁代理││ですって
﹂
死体の山を作りやがるからな、俺がわざわざ代理で出てきてやってん
﹁うちのご主人様は気が短くていけねえ、下手に彷徨かせるとすぐに
か、魔法の媒体か
子供の首元に、ペンのようなものを近づける││││何かの武器
﹁おっと、下手に動くなよ、ガキの命はねえぞ
夢姫マリアの問いに、流流流は鼻で笑い飛ばす。
?
だ。単刀直入に言うぜ。結界を解け、俺らを見逃せ。そうすりゃ、こ
﹂
の街で暴れないでおいてやる﹂
﹁
﹃戦闘を回避する﹄、犠牲を最小限で済ませる交渉だった。
﹂
﹁悪い話じゃねえだろ、手付金はこのガキの命だ。街の平和を守るの
が、魔法少女の仕事だろ
﹁っ、おやめなさい
﹂
分の魔法を見せつけて、改めてペンを、子供の首元にあてがう。
と、コンクリートで出来た壁が、すぱ、と深い傷を残して、切れた。自
片手に握ったペンで、壁にす、と落書きのように線を引いた。する
?
そりゃヒデェもんだぜ。エグいもんだぜ。何人死ぬかわからねえ│
﹁プリンセス・ルージュを暴れさせてみろよ、この程度じゃ済まねえ、
!
115
?
﹁ああ、俺は流流流、文字通り流れの魔法少女で、今はお姫様の下働き
?
それはある意味で、あくまで自分たちのみに限定するなら││││
!
│││わかるだろ
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹂
︶
︵けど、やるしか││││︶
?
﹁あん
﹂
ジェノサイダー冬子が、そんなゆめのんの思考を遮った。
﹁あの、ちょっといいですか
﹂
の犠牲の上に成り立つ、最悪のシナリオ。
ジュをおびき寄せ、暴れさせて、ドラゴンハートを釣り上げる。大量
の少女を取り戻して、目の前の魔法少女を撃破し、プリンセス・ルー
この時点で、ゆめのんたちに残された選択肢は一つしか無い。人質
ませんもの⋮⋮
︵まさか、プリンセス・ルージュ側がこんな交渉をしてくるなんて思い
口を開くことさえ出来はしない。
複雑な手順を踏む分、その効果は絶大だ。交渉に応じるかどうか、
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ラゴンハートの両名に対して、敵対以外の選択肢を選べない。
べない。白黒有無の魔法によって、そもそもプリンセス・ルージュ、ド
彼女達が約束を守る保証はないし、何より、ゆめのん達はそれを選
︵けれども││││︶
交渉なのだろう。
だが、
﹃街を守る﹄と言う観点だけ見れば、彼女の言うとおり、最良の
何故、プリンセス・ルージュの配下が犠牲を慮るのかはわからない、
?
﹁見りゃわかるけどよ、何だ、お前がリーダーか
証ってあります
﹂
﹂
﹁いえ、下っ端なんですけど、その条件、あなた達が飲んでくれる保
?
﹁まあそれは確かに⋮⋮﹂
な話してねえよ、最初から殺すだけだろ﹂
﹁そりゃ、口約束しかできねえが、破るつもりならそもそもこんな面倒
?
116
!
﹁あ、ども、私ジェノサイダー冬子と申します、魔法少女です﹂
?
﹁ちょっと待ちなさいですの
﹂
話をガンガンすすめる二人に、ゆめのんが叫んだ。
﹂
﹂
何で交渉出来てますの
﹁何ですか先輩、今大事な話してるんですけど﹂
﹁あなたが一番問題なんですのよ
﹁あ、私、あの魔法効いてないんで﹂
私は会話する事すら出来なかったのに。
!
﹁はあああああああああああああああああああ
﹁えっ
﹂
!?
﹂
!
!
も声を上げた。
﹁ちょちょちょ、なんでですの
﹂
!?
﹁ろ⋮⋮録音
﹂
﹃了解です﹄﹃了解です﹄﹃了解です﹄﹃了解です﹄
画面をタッチすると、スマホから大音量で音声が流れる。
で、わざわざ別に持ち直しているのだが。
た。変身していると、身につけていたものはどこかに消えてしまうの
ジェノサイダー冬子は、持っていたポーチから、スマホを取り出し
すの
あなたもあの場に居たじゃないで
これには、推移を見守っていた夢姫マリアとラブリー・チャーミー
﹁嘘
!?
﹂
?
﹁案外バレませんでしたね、堂々とやってたからですか﹂
﹁あ、あの一瞬で、そんな事⋮⋮
たし、ゆめのん達も、開いた口がふさがらなかった。
流流流は、彼女達が何を話しているのかわからずぽかーんとしてい
無いじゃないですか﹂
ンストレーション見せられて、はいわかりましたって受けられるわけ
﹁なので、私は最初の返事をしてないんですよ、ていうか、あんなデモ
を選ぶこと﹄だ。
﹃魔法の影響下に入る事を了承すること﹄、そして﹃提示された選択肢
白黒有無の魔法は、二段階の工程を経て効果を発揮する。一つは
てるんですか﹂
﹁ですよ、私が何のためにあのタイミングでスマホ持ちだしたと思っ
?
117
!?
!
で、と仕切り直すように、流流流と向かい合う。
﹁色々あって、こっちで話ができるのが私だけなんですけど││││
今すぐ結界を解くのは無理です﹂
﹁へえ、つまり名前の通り、虐殺大歓迎ってか﹂
﹁いや、仮にあなた達を見逃しても、今度はドラゴンハートも逃げられ
るようになっちゃうんで﹂
﹂
その名前が出た時、ぴくり、と、流流流に腕に抱えられていた少女
が動いた。
﹁ドラゴンハート⋮⋮
﹂ その女の子がプリンセス・ルージュで
!
だ。
体がすくんで、動かない。
思念そのものだ。
ミーがまさしく、数時間前に読み取った、無数の命を死に追いやった
一瞬で現れた死の権化、圧倒的にして明確な殺意。それは、チャー
﹁ひっ﹂
﹁もう良い、この場で果てよ﹂
真紅の剣をスラリと構え、殺意に満ちた形相で笑む。
覚ましてしまった。
ドラゴンハートという言葉その物が、プリンセス・ルージュを呼び
拾い上げられる。
チャーミーのテレパシーは、思念が強ければ強いほど、その感覚に
に居た。
真紅の暴君、プリンセス・ルージュは、いつの間にか流流流の真横
﹁余の心を覗き見たか
無礼であるな﹂
ふわっと光って、一瞬で変身する。どんな魔法少女でもそれは共通
◇◇◇
す
﹁││││離れて冬子さん
流流流が片眉を上げた、その時、ラブリー・チャーミーが叫んだ。
?
?
118
!
﹁待てよ、ルージュ。交渉は俺にさせるつったろが﹂
その凶行を止めたのは、他でもない、プリンセス・ルージュの配下、
流流流だった。
﹁むう、しかし余に無礼を働いたのだ、一人ぐらい良いではないか﹂
﹁一人殺したら交渉にならねえんだよ⋮⋮一人ぐらいっつーなら、一
人ぐらい殺さないでおけ、そっちのほうが面倒くさくねえ﹂
﹁むむむ﹂
そのやり取りはある種滑稽で、冬子たちからしてみれば、とても自
分たちの命がかかったやり取りだとは思えない。しかし、一番驚愕し
そ
ているのは、この暴君と対峙したことのある夢姫マリアだろう。
真里ちゃん﹂
﹁ありえない⋮⋮どうして⋮⋮﹂
﹁どったの
﹁⋮⋮プリンセス・ルージュが自分の会話を止められた、んだよ
んな事したら、手下だって、部下だって、殺されちゃうよ⋮⋮それで、
死んじゃった子だって、いたのに﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふうん﹂
そんな間にも、流流流とプリンセス・ルージュのやり取りは続いて
いた。
﹁で、ドラゴンハートって誰だよ﹂
﹁この世に最も存在していてはならぬ者だ、余が必ずこの手で殺す。
こればかりは貴様にも止めさせんぞ。流流流、貴様は人死を嫌うよう
だが、余の我慢と許容は無限ではないのだ﹂
﹂
﹁人死が嫌いなんじゃなくて、面倒事が嫌いなんだよ⋮⋮おい、ジェノ
サイダー﹂
﹁冬子までつけてくれません
なんなのか、俺はよく知らねえが、プリンセス・ルージュはどうあっ
﹁妥協点を探り合ってこその交渉だろ。そのドラゴンハートって奴が
﹁続けられるんですか﹂
﹁⋮⋮ジェノサイダー冬子、交渉の続きと行こうぜ﹂
?
119
?
?
てもやる気みたいだが、お前らもそいつの処理に手間取ってんだろ
﹂
?
ならば、提示できる材料は存在する。
﹂
﹁俺らがドラゴンハートを始末する、代わりに結界を解け。これでど
うだ
◇◇◇
ある意味で、理想通りの展開と言える││││二人を争わせて、そ
﹂
の隙を突くのが目的なのだから。
﹁⋮⋮本気で言ってます
﹁舐めるなよ、愚民が﹂
だろ
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁それとも、俺らと何としてでも事を構えたい理由が、あるか
?
﹂
!
て││││﹂
法少女になったのかわかりませんもの
冬子さん 交渉したっ
﹁私には許せませんわ、見逃せと言われて、見逃すのなら、どうして魔
﹁そりゃ俺に言われてもな、当事者じゃねえし﹂
壊して、殺して、蹂躙したのが誰だったか
﹁あるか、ですって⋮⋮よくも言えたものですわね。四年前、この街を
だった。
理由なら、ある。明確に存在する。代わりに答えたのは、ゆめのん
冬子は黙り込んで、考えた。
﹂
らんらしい。なら、お前らは余計な手出しをしなきゃいい、損は無い
﹁だ、そうだ。どっちにしてもドラゴンハートって奴は殺さなきゃな
息を吐いた。
貴様を立ててやっているのだぞ、とつなげ、流流流が疲れた様子で
来は無意味と知れ﹂
嘆き悶え苦しみながら死なねばならぬ。このような交渉その物が、本
﹁あ奴だけは余が消さねばならぬ。余という存在に逆らった事を悔み
冬子の問に、答えたのはプリンセス・ルージュだ。
?
﹁分かりました、それでいいです﹂
!
!
120
?
?
遮るように、冬子が言った。チャーミーが﹁えっ﹂と声を漏らし、夢
﹂
姫マリアが目を伏せて、ゆめのんが怒りの余り、怒鳴った。
﹁冬子さんっ
﹁まー、落ち着いてくださいって、先輩﹂
プリンセス・ルージュは
﹂
﹂
﹁落ち着いてなんて居られませんの、あなたは何も失ってないから、そ
んな事が言えるんですわ
﹁⋮⋮何ですって
﹁先輩、魔法少女ってなんですかね﹂
!
!
﹂
?
つまり。
うか戦わないか選べ﹄だけでいいと思いません
﹂
だったから、思わず対策しましたけど、あれ、戦わせるだけなら﹃戦
る 必 要 な い じ ゃ な い で す か。何 言 わ れ る か 分 か ん な い 質 悪 い 魔 法
きたんですよね、魔法でわざわざ縛り付けて。でも、別にそこまです
﹁んで、何をしたかって言うと、まあ﹃戦うか死ぬか選べ﹄って言って
﹁なっちゃん、それはそうかもだけど⋮⋮﹂
きたんです﹂
なかったですよ。﹃命がけで戦え﹄って言う決定事項だけ押し付けて
飲み込んじゃいましたけど、最初から私たちに、選択肢なんて与えて
前たちにも戦う理由がある﹄みたいな感じで言ってきたし、皆普通に
﹁あの魔法の国から来た人達に言われたから、ですよね。なんか、
﹃お
﹁何で⋮⋮って﹂
ルージュと戦わないと行けないんです
辺は細かく言えはしないんですけど、私達、そもそも何でプリンセス・
﹁別に私は高尚な心持ちで魔法少女になったわけじゃないんで、その
?
﹁あの人達は味方でもなんでも無くて、私達は捨て石どころか、死んで
絶句するゆめのんを、ジェノサイダー冬子はそれ以上見なかった。
﹁な⋮⋮﹂
ように﹂
ですよ。四年前、ドラゴンハートとプリンセス・ルージュがそうした
た、白黒有無という魔法少女に、暴力と魔法で強引に支配されてるん
﹁今、私達は結局の所、魔法の国とか言うよくわからんところから来
?
121
!
も全然構わない、鉄砲玉扱いなんですよ。どっちが悪でどっちが善だ
先輩﹂
か、わからないじゃないですか。だったら、誰も死なない選択肢を選
ぶべきです。被害が少ない方を選ぶべきだと思いません
今度こそ、ゆめのんは戦慄した。ジェノサイダー冬子に、恐怖を覚
えた。
魔法少女に、今日なったばかりの少女のはずなのに、化物相手に、自
分や他人の命を天秤にかけて、実に合理的に思考を進めていく。
﹁だから、この交渉を受けるべきです││││幸い、魔法じゃ﹃倒せな
かったら死ぬ﹄とは言われてないわけですし﹂
﹁意外と話がわかる奴で、助かるぜ、ジェノサイダー﹂
流流流は笑い、冬子は無表情のままだった。
﹁だが、それで正解だぜ。本当、人死は無え方がいい﹂
面倒だからな、と続けた。
﹁って事で、ルージュ、ドラゴンハートとやらは、思い切りやっていい
とよ﹂
﹂
﹁ふむ││だが、別に頼まれなくても余はドラゴンハートを殺す。で
あれば、こやつらと取引することなど無いのではないか
﹁雑魚を寛大な心で見逃してやるのも、女王様の器じゃねえか﹂
﹁成る程、一理あるようなないような││まあ良いか。言うまでもな
いことではあるが、愚民どもよ﹂
﹂
踵を返し歩き出すプリンセス・ルージュは、冬子達を見回し傲慢に
告げた。
﹁余とドラゴンハートの戦いに立ち入ったその時は、殺すぞ
﹁あとは寝て待ってー、というわけにも行かないですかね﹂
いう点で、明確な分岐点を乗り越えた気分だった。
なかったら、この場で返り討ちにあっていたことを考えると、生死と
一斉に息を吐きだした。下手をすれば││冬子が逃げ道を作ってい
プリンセス・ルージュ達が立ち去って、残された四人の魔法少女は、
?
122
?
?
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮あの、先輩、そんなめっちゃ睨まれると怖いんですけど﹂
納得も釈然もしていないようで、ゆめのんは冬子を睨み続けてい
た。
チャーミーはへたり込んだままだし、夢姫マリアは未だ戸惑いを隠
﹂
﹂
とりあ
せず、しきりに﹃そんなわけ無い、そんなわけ⋮⋮﹄と呟いていた。
﹁⋮⋮あの、ラブリーさん、、まー、りあちゃん﹂
﹁は、はい⋮⋮﹂
﹁え、あ、な、何、なっちゃん﹂
﹁ちょっと先輩と話あるから、先に戻っててもらっていい
冬子が言うと、夢姫マリアは慌てて
﹂
﹁私は心地よく無いのですけれども
﹁良かった、心地よい先輩のツッコミが戻ってきた⋮⋮﹂
﹁何で連呼しますの
﹁先輩と二人きりになりたいの、二人きりに⋮⋮そう、二人きりに
﹁え、えと、端末で連絡するんじゃ⋮⋮ダメ、かな
﹂
えず見つけたけど逃がしちゃったー、って報告しないとだし﹂
?
﹁⋮⋮それで、一体話ってなんですの
﹂
は、わざわざ二人の時間を作った冬子を、怪訝そうな目でみた。
肩を預けあって、二人の魔法少女が去っていく。残されたゆめのん
﹁え、あ、その、ごめんなさい⋮⋮﹂
し、連れてく﹂
﹁わかった、一旦戻るね、チャーミーさん、腰抜けちゃってるみたいだ
!
?
あはは、と二人のやり取りを見て、苦笑いするマリア。
!?
ただ、私も結構真面目な話でして﹂
﹁見逃してもらう、って表現のほうが正しい感じもするんですけどね、
となんて出来ません⋮⋮見逃す事が、どれほど悔しいか﹂
﹁納得も、出来てないんですのよ。私、プリンセス・ルージュを許すこ
その声からは、遊びが消えていた。
﹁本気で怒りますわよ﹂
﹁ええ、私が何でおっぱいに執着するかという話なんですけども⋮⋮﹂
?
123
!
冬子は、ホテルの外観を彩る、花壇の縁に腰掛けて、夜空を見上げ
た。
上空から見た、この街の光と比べたら、全然星は見えなかった。
﹁私が何で一人暮らししてるかって言うと、まあ、私にはですね、年齢
﹂
の離れた兄が一人居たんですけど﹂
﹁あら、そうなんですの
﹂
﹁高校進学をきっかけに、この街に戻ってきました。結構復興してて
人の死の上で、優雅に一人暮らししてます、と。
もー、って感じで、実は私、めっちゃお金持ちなんですよね﹂
ど、そ れ も 去 年、大 往 生 で 亡 く な っ て、ま た そ の 遺 産 と 生 命 保 険
でもまだ小学生だったんで、母方の祖母の所に引き取られたんですけ
﹁両親と兄の生命保険の受け取り人は私だったし、貯金も相続したし、
両親の遺産がある、と言っていたのを思い出したのか。
﹁⋮⋮⋮⋮あ﹂
うです﹂
﹁丁度、あの災害の日でした。全員、建物に潰されて、死んじゃったそ
その結果は言うまでもなかった。
りました﹂
て、ウニといくらと穴子を山程持って帰って来い、って言って、見送
﹁風邪引きながら、私も完全に気分が寿司だったんで、我慢出来なく
﹁え、ええ、その⋮⋮じゃあ、延期すればよかったじゃありませんの﹂
﹁大事な話なんですってば﹂
﹁⋮⋮⋮⋮え、あ、はい、ご、ごめんなさい、ぼうっとしてましたの﹂
﹁⋮⋮先輩
ゆめのんが、目を見開いた。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮え﹂
ちゃいまして、家にお留守番になったんですよ﹂
で、お祝いにお寿司食べに行こうってなった時、私おたふく風邪引い
かったんですよね、よっしゃーこれでおまわりさんだーって。そん
﹁そうなんです。そりゃもう出来のいい人で、なんと公務員試験に受
?
驚きました。マンション買って、バイトもせずにだらだらゲームし
124
?
て、そんな風に過ごしてました﹂
﹁⋮⋮⋮⋮じゃあ、あなたも、失ったんですのね、四年前の、あの日に﹂
﹁なので、プリンセス・ルージュとドラゴンハートに対して、思うとこ
ろがあるかないかというと、ありますよ﹂
ちゃり、と自分の魔法の象徴である鍵を手にとって、弄ぶ。
﹁ただ、それ以上に死にたくないし││││あんな連中、それこそ災害
なんて正義漢っぽいです
みたいなものじゃないですか。だったら、やり過ごすのも手だと思う
んですよね、同じ犠牲を出さないために
けど、私には合いません﹂
﹁⋮⋮その、申し訳ありませんわ。失ったことがない、なんて、私、な
んて事を⋮⋮﹂
とい
﹁この心の傷は先輩のおっぱいを触る以外じゃ癒せそうにありません
ね⋮⋮﹂
﹂
﹁人が真剣に謝ってるのに何でそっちの方向に戻すんですの
うか、胸は全く関係無いじゃありませんの、この話
!
んめっちゃおっぱい大きかったんですよ﹂
﹂
!
てるかは、わかんないんですけどね﹂
﹁⋮⋮あ﹂
﹁という訳で、あのおっぱいを忘れられないわけです﹂
﹁⋮⋮そーですの﹂
なんだか肩の力が抜けて、ゆめのんは小さく笑った。
﹂
﹁冬子さん﹂
﹁はい
﹁そのお姉さん、この件が終わったら、探してみたらいかがですの
﹁兄のお祝いに、一緒について行ったんで││││その人も、今どうし
﹁やられた方はそれ、すっごい恥ずかしいですわよ⋮⋮
﹁一緒にお風呂入って事あるごとに揉むのが大好きでした﹂
﹁は、半端無く取ってつけたような理由ですわねえ
﹂
私も義理のお姉さんだーって結構なついてたんですけど、そのお姉さ
﹁いえ、兄には彼女が居て、もう家にもちょこちょこ遊びに来てたし、
!
!
125
!
案外、元気にしていると思いますわよ、きっと﹂
?
?
◇ 第五章 ジェノサイド・サイド ◇
何か成果はありましたか﹂
セーフハウスに戻ったチャーミーと夢姫マリアを、意外なことに出
迎えする者がいた。
﹁もう戻ったのですか
毒雪姫は、全く表情を動かさずに告げてきた。ねぎらいの言葉ひと
つなかった。
﹁あ、その、申し訳ありません、プリンセス・ルージュと遭遇は出来た
のですけど、その⋮⋮﹂
一人、選択肢の魔法から逃れ、交渉をした、とは、白黒有無のシン
パであるこの魔法少女には、とても言えない。
﹂
﹁⋮⋮はあ、全く。あちらはあちらで問題外、こちらはこちらで役立た
ず。困ったものですね﹂
まあ期待はしていませんでしたが、と高圧的に続けた。
﹁あちら、って、その、かな││ピンキー達は何かあったんですか
だそうです﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮え
﹂
﹁ドラゴンハートと交戦し、ピンキーピンキーが死亡しました。敗走
帰って来た。
ラブリー・チャーミーが尋ねると、余りにしれっと、簡単に答えが
?
なことは、と思っていた。
脊髄反射で、魔法を発動する。ピンキーピンキーという個人目掛け
て、思念を飛ばす。だが、何もかえって来なかった。それどころか、思
念を、誰も受け取ってくれなかった。
﹂
石を投げても、波紋が返ってこない。その人物は、もうどこにも居
ない。
﹁香奈子っ、香奈子ぉ、嘘、でしょ⋮⋮何で、何でよぉっ
﹁チャーミー⋮⋮さん﹂
てしまった。
ぼろっと、涙が溢れてきた。何より明確に、その﹃死﹄を感じ取っ
!
126
?
想定外だった││あり得ると覚悟していたはずなのに、まさかそん
?
心の何処かで、きっと、いつもの日常に戻れると信じていた。困難
を乗り越えて、元の暮らしに戻れると。そんなものは幻想だった。巻
き込まれた時点で、そんな未来はもう、もうありえなかったのだ。
自信家で、頭が良くて、いつも先を見据えていて、自分よりずっと
大人で、誰よりも皆のことを考えていた、阿多田香奈子という少女が、
もうこの世に存在しない事が、もしかしたら、家族が死んだあの日よ
りも、ずっとずっと悲しかったかもしれない。
そんなチャーミーを前にして。
﹁申し訳ありませんが、代わりの戦力は用意できません﹂
それだけだった。労いも、謝罪もなかった。
﹁被害が戦闘向きの魔法少女でなくて幸いでした、大した損傷ではな
いでしょう。時間がないので、早く作戦を再開してください。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮あ、あんた、何言ってんの﹂
ラブリー・チャーミーが顔を上げた。目は見開かれ、表情という表
さに毒雪姫が証明したからだ。
私達のことなんて、こいつらは、どうでもよかったのだ。
﹂
謝ってよ 香奈子に
先生に
!
捨て駒。捨て石。鉄砲玉。死んでも何にも、なりはしない。
謝りなさいよ
!
!
!
﹁お、落ち着いてください、チャーミーさん
﹁離してよ
!
127
情が消えた、怒りと敵意に染まりきった、そんな顔だった。
﹁死んじゃったのに、香奈子が⋮⋮何でそんなこと、言えるわけ⋮⋮﹂
﹁何故、と言われても﹂
私たちを巻き込んだんじゃない
﹂
何で
香 奈 子 が 何 の た め に 戦 っ た と
当然、という風情で、毒雪姫が返す。
﹁駒が一つ減っただけですから﹂
﹂
﹁ふ ざ け る な あ あ あ あ あ あ あ あ っ
思ってるのよ
﹁アンタ達が 勝手に
毒雪姫の細い腕を掴んで、食って掛かって、咆哮した。
!
そんな言い方されなきゃいけないのよ
!
感情が爆発したのは、冬子の言ったそれが真実であった事を、今ま
!
!
!
!
皆に⋮⋮あ、ぐっ、ぁ⋮⋮っ﹂
!
最後まで、その不満不平をぶち撒け続ける事はできなかった。
毒雪姫の腕を掴んでいた、ラブリー・チャーミーの腕が、ずるりと
落ちた。その時には、もう魔法少女の姿はなかった。ただの女子中学
生に戻っていた。
心美流乃は、死んでいた。目と鼻と口から、ぶくぶくと血を出して
死んでいた。ぷすぷすっ、と、血管が、弱々しく破れて、出来損ない
のポンプみたいに血を吹き出した。
その死体を、汚いものを見る顔で、嫌悪感をむき出しにして、ぱっ
ぱと服の汚れを払って、毒雪姫は心底嫌そうに言った。
﹁いい加減にしろ、下民共が﹂
﹁ど、毒雪姫さん、な、何を⋮⋮ひぐっ﹂
夢姫マリアもまた、言葉を続けられなかった、肺がぎゅうっとし
まって、内臓の中を焼けた針でかき混ぜられたような、異常な痛みが
襲った。
﹁本来ならば薄汚れた貴様ら下民共などと会話すらしたくないのだ、
それを白黒有無様が必要だというから、我慢してやっていたというの
に、立場をわきまえない発言をよく出来たものだな﹂
毒雪姫の魔法は、
﹃気体を自由に操る﹄事が出来る。酸素の濃度や圧
力を自在に変化させることもできるし、肺から空気を絞りだす事も、
持ち歩いている小型のガスボンベから吹き出す毒ガスを、特定の相手
だけに吸わせることも出来る。
﹁貴様らの代わりなどいくらでもいるのだ、ゴミ共が。消耗品が何の
権利を主張する。ただ言われた通りに働いていればいいのだ、誰が意
見することを許した、厚かましい。恥を知れ﹂
指をぱちんと鳴らすと、気体が正常に戻り、げほげほと、夢姫マリ
アは咳込んだ。
﹁そのゴミは処分しておけ、私は忙しいのだ﹂
そして、自分が殺害した少女の遺体には目もくれず、再びキッチン
に向かっていった。
128
﹂
﹁白黒有無様、お茶が入りました﹂
﹁うむ。時に、進捗はどうだ
⋮⋮その﹂
﹂
何か問題が生じるのであるか
?
﹂
くに値すると思われたからだ。
﹁それがどうした
つまり、ただそれだけだ。
﹁吾輩は、吾輩の命令を聞かぬ側近はいらぬのだが
毒雪姫よ﹂
彼女がこの地位に居るのも、ひとえにその美しさは、側に置いてお
世の男達を纏めて虜にできるだろう。
魔法少女の中でも、際立って美しく愛らしい。その笑みと言ったら、
冷や汗を自覚しながら、はにかんだ笑顔。毒雪姫のビジュアルは、
﹁さ、流石に勝てないのでは⋮⋮し、死んでしまうかもしれません﹂
﹁ん
﹂
﹁わ、私がドラゴンハートとプリンセス・ルージュを、ですか、それは
その魔法、役立ててはどうだ
﹁そもそも、お前は昨日からお茶を淹れてばかりではないか。少しは
﹁⋮⋮は﹂
姫、そなたも加勢に向かえ﹂
﹁やはり外様の魔法少女ではその程度だろう。仕方あるまいな。毒雪
お茶をすすって一息つきながら、白黒有無。
﹁芳しくありません、勘違いし、逆上する者も居る始末です﹂
?
?
身を着飾る、装飾品ぐらいには思っていたのだろう。いざとなった
ていたのだろう。
確かに大事なのだろう、確かに重用したのだろう、確かに気に入っ
自分は寵愛を受けていて、大切にされているのだと思っていた。
法少女だと思っていた。
ていた。そして白黒有無の側に仕える己は、上等で上質で、高位の魔
毒雪姫は、他の魔法少女たちを、下賤で不快な、下々の民だと思っ
まった。
その時、初めて毒雪姫は自覚した。気づいてしまった。理解してし
?
?
129
?
ら、場合によっては、時間が来たら、取り替えれば良い程度の。
つまり、本質的には、今自分たちが使い捨てている魔法少女たちと、
自分は同じカテゴリに居るのだと。
﹁⋮⋮⋮⋮か、畏まりました、白黒有無様﹂
ならば、存在価値を示さねば、使えることをアピールせねば、毒雪
姫に待っているのは、破滅だけだ。
◇◇◇
まだふらふらする、気分が悪い。それこそ、プリンセス・ルージュ
やドラゴンハートでなければ、抵抗の余地すら無い。
醜く変り果てたラブリー・チャーミーだった遺体を、なんとか寝袋
に詰め込んで、風呂場へと移動させた。他の新人たちには、なんとい
えば良いのだろう。
﹁あ、うん⋮⋮待ってる、ね﹂
何
なっちゃん﹂
そのままの口ぶりで、端末越しに聞かれた。
なっちゃん﹂
﹃フェロにドラゴンハートの封印を解くように、って言ったの、真里
ちゃんだよね﹄
﹁⋮⋮な、何言ってるの
?
130
作業の合間に、玄関の扉が開いて、閉まる音がした。出て行くとす
﹂
れば毒雪姫か。何かあったのだろうか。
﹁⋮⋮あれ、なっちゃん
子⋮⋮笹井七琴からだった。
今何処にいるの
?
﹃まだホテルの前、これから、そっち戻るよ﹄
﹁もしもし、なっちゃん
﹂
暗い気分でいると、魔法の端末に通信が入った。ジェノサイダー冬
?
?
﹃そうだ、真里ちゃん、一個確認しておきたかったんだけどさ﹄
﹁ん⋮⋮
?
普段と変わらぬ、笹井七琴という、いつもあっけらかんとした少女、
?
﹃そもそも私の家を知ってる人間、って時点で、もう真里ちゃんしか居
ないんだけどさ。考えてみたら最初からだったんだなー、って﹄
責める口調ではなかった。罵倒でもなかった。それはただの事実
確認だった。
﹃私を魔法少女育成計画に勧誘したのは真里ちゃんだし、私にお勧め
おかしいよ、ね、何があったの
﹂
の魔法を教えてくれたのも真里ちゃん。こんなお誂え向きの魔法、そ
どうしたの
りゃ狙って作らなきゃ出てこないよね﹄
﹁な、なっちゃん
?
少女を続けてたら、何をするだろう﹄
?
例えば、どんな複雑な封印も、
﹃ご主人様を助けようと、するんじゃない
を掻き集めようとするんじゃない
その為に必要なパーツ
﹃じゃあ、そんな魔法少女が、
﹁被害者﹂として保護されて、今も魔法
おかしくないと思うんだ﹄
﹃心から心酔して、心から陶酔して、心から仕えた魔法少女が居ても、
分には誰より便りになるボスだもん﹄
﹃私はそうは思えないんだよね、だって、逆らえば勝てないけど、従う
から憧れる様な人間は、本当に居なかったのかな﹄
﹃あれだけ強力で、あれだけ眩しくて、あれだけ鮮烈な魔法少女に、心
な﹄
ちを強引に従わせた⋮⋮らしいけどさ。全員が全員、そうだったのか
﹃ドラゴンハートとプリンセス・ルージュは、恐怖と暴力で魔法少女た
を裏切った。
ないで欲しいと願い、まるでドラゴンハートの様に、七琴はその期待
心臓が高鳴っていた。爆発しそうだった。どうか、その続きを言わ
どくん、どくん、どくん。
えたかったの﹄
とって、大事な友だちだから。でも、私はわかってるよ、って事を伝
﹃や、別に私はだから怒るとかじゃないんだよね、真里ちゃんは私に
?
た﹄
﹃誰がドラゴンハートを私に解放させたんだろうって、ずっと考えて
一発で解けちゃう様な魔法少女とか﹄
?
131
?
﹃破 壊 を 撒 き 散 ら す 災 厄 の 魔 法 少 女、ド ラ ゴ ン ハ ー ト を 解 放 す る メ
リットがあるのは、もうその存在その物を求めている人間しか居ない
んだよ﹄
﹃四年前、その配下として、本当に心からドラゴンハートを想う忠臣が
いたなら﹄
﹃プリンセス・ルージュの居ない世界でなら、絶対無敵で最強の魔法少
﹄
女になれるドラゴンハートを解放させるために、なんでもするんじゃ
ない
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹃だから、真里ちゃん。私は別にそれを責めない。何を信じてるかは
人それぞれだし﹄
だけど。
﹃私は、プリンセス・ルージュもドラゴンハートも許さない。真里ちゃ
んがドラゴンハートにつくなら、私と戦うなら﹄
その時は。
﹃思い切り喧嘩しようね、じゃ、そっちも頑張って﹄
一方的に通話が切れた。
夢姫マリアは、魔法の端末を耳に当てたまま、無言で立ち尽くして
いた。
◇◇◇
白黒有無は、すでに見切りをつけていた。この街の魔法少女は、思
いの外使えない。新人ばかりなのもマイナスだ、手駒の質が足りなけ
れば、完璧な作戦も綻びが出る。このままでは全員消費しても、再封
印の目はなさそうだ。
となれば、新しい策を講じなければならない。余り他所の派閥に借
りは作りたくないが、友好関係にあるグループから、結界が解け次第、
武闘派の魔法少女を派遣してもらうしか無いか。
﹁やれやれ、できればやりたくなかったのであるがな⋮⋮特に博愛天
使メフィスあたりは、高価な服をねだって来る故なあ﹂
132
?
白黒有無がこの街の魔法少女を戦わせたのは、自分が損を背負いた
くなかったからだ。
戦闘の報酬に、服やら宝石やらを買わされて、財布が痛むのを嫌
がったからだ。
しかしことがここまで来ては、もうそのデメリットは飲み込むしか
あるまい。なんとも億劫な事だが、道具の使いみちを誤った己の判断
ミスだと思うしか無い。
失敗を受け入れてこそ成長がある。白黒有無は前向きにそう考え
た。
そう考えたのが、彼女の最後の思考になった。
音もなく青い光が広がって、白黒有無を包み込み、ほんの瞬きの間
に、誰もいなくなっていた。
椅子の上にころりと八面体が転がって、中に何かが入ってることを
示すかのように、ぼんやりと光っていた。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
封印珠を投げつけた夢姫マリアは、無言でそれを拾い上げると、ゴ
ミ箱に放り込んだ。
◇◇◇
ピンキーピンキーの死亡が、ユミコエルとシンデレラ・ブーケに与
えた衝撃は計り知れない。内心、最も頼りにしていた存在が、あっけ
なく殺されたという現実に、ついこの間まで普通の少女で、異能を手
にしてからも、遊びの延長で魔法少女をしていた彼女達に、それを受
け止めきれというのは余りに酷だ
ばらばらに分かれてしまったことが、災いした。気がつけば、雲霧
霞は、カニバリアともユミコエルともはぐれてしまった。
﹁はっ、はっ、はっ﹂
カンカンカン、と夜の街に、ブーケの意匠であるガラスの靴はよく
響いた。一般人のそれと比べれば、勿論魔法少女の速度は圧倒的では
あるが、それでも、こんなヒールでは、到底長く走れない。
133
﹁みぃ、つけ、た﹂
何とかして逃げ切って、もう一度仲間と合流したい。
そ ん な 淡 い 期 待 を、あ っ さ り と 裏 切 ら れ た。ブ ー ケ が 走 っ て、曲
﹂
がった角の先に、ドラゴンハートが立っていた。
﹁ひっ、あっ
﹂
﹁ふふふ、ダメよ、途中で逃げるなんて。ねえ、聞きたいことがあるん
だけど。答えてくれたら、見逃してあげてもいいのよ
感じる。
シャーが、遠くから少しずつ、じわりじわりと近寄ってきているのを
ド ラ ゴ ン ハ ー ト も 追 撃 を 辞 め た わ け で は な い。強 大 な プ レ ッ
︵あかん、近づいとる⋮⋮︶
◇◇◇
期待は、儚く裏切られた。
﹁だぁめ﹂
﹁お、お願い、助けて││││﹂
シンデレラ・ブーケの最後の言葉は、懇願だった。
﹁や、やめ、いやっ﹂
﹁じゃあ、他の子に聞きましょうか﹂
た。
答えるつもりは、無いらしい、と判断して、まあいいか、と結論し
質問に答えろ﹄という交渉をする選択肢を、最初から奪われていた。
ブーケはそれに応じることが出来なかった。﹃見逃してあげるから
﹁⋮⋮⋮⋮ぐっ、ひぐっ﹂
程度の認識をしていた。
だろうが、それでも、
﹃見逃す﹄という行為をしてあげてもいいかな、
んな瑣末な魔法少女、放っておいてもどうでもいい、というのが本音
あるいはそれは、ドラゴンハートの本心だった。というよりも、こ
?
︵⋮⋮私が再生できるのは、右腕だけ。どんな期待も、計算も、抱いた
時点で勝てない⋮⋮︶
134
!
戦闘向けの能力を持っていながら、戦闘とはとんと縁がなかった、
とカニバリアは思う。あの友人が生きていたら、なんというだろう
か。
﹁⋮⋮困ったら、笑って笑顔で、なんとかしい、やね﹂
とても笑ってはいられないが、そうするしか無い。
﹁はは、ほんま、参ったなあ﹂
呟くと同時、ころん、と何かがカニバリアの足元に転がってきた。
横目で見て、一瞬で、頑張って作った笑顔が凍りついた。
少女の首だった。それが雲霧霞という少女のものであることなど、
﹂
当然、カニバリアに知る由はない。
﹁楽しそうね、いいことあった
﹁⋮⋮よう、わかったね﹂
強がってそう返すのが精一杯だった。ドラゴンハートに、追いつか
れた。
﹁私ね、鼻がいいのよ。あなた、凄い血の臭がするんだもの、ドブ臭い、
臓物の臭いも﹂
しかし一番の理由は、単純だ。
﹁見つからないでくれ、って期待しちゃう子を、見つけちゃうのよね﹂
﹁⋮⋮せやね、ほんま、勘弁して欲しかったわ﹂
右腕を再生できるのは、あと十回もない。大きな口を作れば作るほ
ど、材料は減っていくし、体力回復にも使いすぎた。
﹁素敵な顔、とってもいい顔、私、そういう顔している子、大好きよ﹂
蹂躙するのが、とっても好き。
﹁さ、教えてちょうだい。結界を張っているのはだあれ そっちの
子は、教えてくれなかったのよねえ﹂
来へん。殺されてもや﹂
﹁⋮⋮結界は、魔法の国側から作っとる、やから、私らにはどうにも出
異形化させながら応じる。
転がった首を見て、小さく笑う。あざ笑う。カニバリアは、右手を
?
﹂
135
?
﹁あら、そうなの、んー、それじゃ困るわねえ。どれ位持つものなのか
しら
?
﹂
﹁⋮⋮どこに行く気なん
﹁ん
﹂
なんてなかったのよ
﹂
﹂
﹁あら、酷い言い方ね。そもそも、私は、殺したり壊したりするつもり
いに
こで何するつもりなん。今度は、誰を傷つけるん。また、四年前みた
﹁結界消えて、自由に動けるようになって、どこに行くつもりなん。ど
?
ト。
生きている限り、破滅を産み続ける、災厄の魔法少女、ドラゴンハー
﹁私、この力が大好きなんですもの﹂
しくその通りだ。
ピンキーピンキーは言っていた。﹃効果範囲が段違いだ﹄と。まさ
﹁けど、仕方ないじゃない﹂
からだ。
にと望む願いを、ドラゴンハートがその場にいた事で、裏切り続けた
家族に助かって欲しいという願いを、これ以上被害が増えないよう
ドラゴンハートが居たからだ。
るほどの大災害に発展したのか。その理由は、明白だ。
それが何故、大量の死者を出し、多くの建物が崩壊し、歴史上に残
といえど、規模でいえば、そんなものだ。
いくらなんでも。最終的には、たった二人の戦いだ。魔法少女同士
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ね、困ったことに﹂
日々を信じて生きている、無辜の民の期待を裏切り続けちゃうのよ
﹁この私、ドラゴンハートは、こうしてただ生きているだけで、平和な
何よりも。
││﹂
﹁ただ、プリンセス・ルージュの言いなりになるのは、嫌だったし││
しいことに。それが本心であると分った。そういう口調だった。
困ったように微笑む、その笑顔が優しすぎて、皮肉なことに、恐ろ
?
﹁でもね、魔法の国に睨まれっぱなしっていうのも嫌なの、だから、別
136
?
?
の町で、別の場所で、今度はもっとちゃんと力を蓄えようと思うのよ﹂
﹁⋮⋮させへん﹂
グルル、と右腕の獣が吠えた。
﹁アンタ、生きてたらあかん、アンタだけは、駄目や﹂
﹁あらあら、そんなに期待されると⋮⋮裏切りたくなっちゃうわ﹂
﹂
すぱん、と大顎の一部が、いつの間にか、苦もなく切断されていた。
﹁ぐっ
﹂
﹁大きいだけじゃ、的よねえ、噛みつかれたら、痛そうだけど﹂
即死は免れなさそうだけど。
﹁当たらなくちゃ、意味ないわよね
﹁││││喰い殺すッ
﹂
それでも││││││
武器に、追いつけない。
きの出来ないカニバリアに、鋭く、速く攻め立てるドラゴンハートの
圧倒的だった。どんなに破壊力が大きくても、大振りで、細かい動
?
で、首を跳ねられかけた。
﹄
真っ先に悲鳴を上げたのは彼女で、その声がうるさかったという理由
その刃は、真里の首元にも届こうとしていた。試験官が殺されて、
散らかして、あっという間に蹂躙した。
真っ赤な暴君が、そんな儚い夢や希望や妄想を、踏みにじって食い
その期待は、全員集合してから、ほんの数秒で裏切られた。
ができると小躍りしたほどだ。
同じ魔法少女として集められた人たちが居ると知った時は、友だち
なんて素晴らしいんだろう﹄だった。
魔法少女になった沖田真里が、最初に思ったことは、
﹃魔法少女って
◇◇◇
ドラゴンハートは、嘲笑した。
カニバリアは、再度右腕を再生させた。
!
﹃あら、あら、あなた少し、横暴じゃなくて
?
137
!
その攻撃を受け止めて、立ちふさがったのが、ドラゴンハートだっ
た。
気に喰わないわね﹄
﹃余に歯向かうか、無礼者が﹄ ﹃何様のつもり
﹃││死ね﹄
﹃あなたが﹄
二人の戦闘はあっという間に戦争になった。半強制的に、その場に
居た魔法少女達は、どちらにつくかを選ばされた││どちらに付けば
助かるのかを選ばされた。
恐怖と我が身惜しさで、従った。
ただ一人、真理だけが違っていた。
あの赤い暴君に、心から震えがった恐怖の塊に、ただ一人、立ちふ
さがったその姿に、真理は憧れてしまった。焦がれてしまった。
最悪と災厄、両極の存在の片割れは、真理にとっては、憧憬の対象
になってしまった。
それが恐怖心を紛らわすための錯覚だったのか、今となってはわか
らない。
真理はドラゴンハートの下に付き、そして彼女が消えたその日、い
つかもう一度その姿を見ようと決意した。
◇◇◇
信じられなかった。あの戦いの時、ドラゴンハートは、配下の魔法
少女を、終始駒として使いきった。情けも慈悲もなく、勝利のための
パーツとして浪費した。真理が生き残ったのは、たまたま使う順番が
後回しになって、使われずに終わっただけだ。
それは、あの暴君も同じはずだった。彼女達の戦いは、鮮血と流血
にまみれた戦いは、結局のところ、プリンセス・ルージュとドラゴン
ハート、二人だけの戦いだったはずなのだ。
だから、信じられなかった。プリンセス・ルージュの傍らに居た魔
法少女、流流流は、事もあろうに暴君に意見し、口答えし、言葉を遮
138
?
り、行動を指示したのだ。
それは、駒のあり方ではない、側近だ。信頼できる部下に対する待
遇だ。対等ならずとも肩を並べ、同等でなくても認めている相手にし
か、しない行為だ。
そんなことをするはずがない、だって、ドラゴンハートはそうしな
かった。
ドラゴンハートの対極であるプリンセス・ルージュが見せたその人
間性と呼ぶべきものを、どうして受け入れられるだろう。
ああ、ドラゴンハートがもしも、自分をああやって遇してくれたら。
どんなことだってするのに、と、憧れずにはいられなかった。
夢姫マリアが、ドラゴンハートの隣に立つのには、示すしか無い。
どれだけ己が、すべてを捧げる覚悟があるのかを。
﹂
例え命を捨ててでも。夢姫マリアと言う存在が、どれだけ心から
思っているかを。
﹁ドラゴンハート様
﹄であり、そして﹃何
カニバリアの大顎の前に飛び込んできた夢姫マリアに、ドラゴン
ハートは目を見開いた。浮かんだ疑問は、
﹃誰
﹄だった。
?
ステップを軽く踏むだけで、射程外ギリギリに避けて、武器を振る
い、肉を削る。
ただそれだけの作業を繰り返すだけで、カニバリアは死ぬ、そのは
ずだった。
ありえないことが起こった。ドラゴンハートの足が絡んで、もつれ
て、躓いた。
彼女にとって、夢姫マリアはただの敵の一人だ。乱入者の一人だ。
だから、その場に現れた彼女も当たり前のように魔法の対象だった。
ドラゴンハートは、誰も信用していなかった。誰も信用していな
かった、想像もしていなかった。
本気で、自分を信じている誰かがいると、想像していなかった。心
139
!
今までそうしてきたように、簡単に避けられるはずの攻撃だった。
﹁あっ﹂
?
から自分を助けようと、生きていて欲しいと、憧れ、尊敬し、依存し、
想っている誰かが居るのだと、考えたこともなかった。
﹂
夢姫マリアは、ドラゴンハートの命を望んだ。そして、その期待は
裏切られた。
﹁││││っ
逆らう事しか考えてなかった。逆らう事だけしか見ていなかった。
周りにあるもの全ては、いつか打ち砕く対象だ。だから││││
﹂
彼女にとって、忠臣たろうと望む夢姫マリアの願望は、理解できな
い恐怖以外の何物でもなかった。
﹁来るんじゃ、ない││││来ないで
﹂
何故夢姫マリアが、と思う暇もなく、ただ倒せたのだ、という結果
ぶし、飲み込んでいく。
腕は、反射的な咀嚼を繰り返す。ぐちゃぐちゃと音を立てて、すりつ
夢姫マリアと、ドラゴンハート。二人を噛み砕いたカニバリアの片
﹁∼∼∼∼∼∼っ﹂
女は、ほとんど同じタイミングで、意識が断絶した。
しゃぐっ、と肉と骨と神経を纏めて喰いちぎられて、二人の魔法少
!
ドラゴンハートに、私⋮⋮⋮⋮あ⋮⋮
を受け止めきれず、呆然としていた。
﹁か、った⋮⋮
?
トの武器、魔法の国の日用品、薙刀と鉈を足して二で割ったような武
器。
右腕の化物を貫いて、そのままカニバリアの心臓を破壊していた。
倒せてしまった事を受け入れてしまった、死ぬ覚悟で、助からない
覚悟でいたカニバリアは、生きて帰れるのだ、という期待を抱いてし
まった。
死んでも、ドラゴンハートは、期待を裏切り続けた。
140
!
ぞぶ、と、その細い体の中心に、刃が刺さっていた。ドラゴンハー
?
喰われながら殺して、殺しながら喰われていった。
上半身を失った死体が二つと、心臓に穴を開けた死体が一つ。
戦いの末に残ったものは、それが全てだった。
◇◇◇
毒雪姫は結局、ドラゴンハートと対峙出来なかった。そんな恐ろし
い事、考えるだけで怖気が走る。しかし、何か戦果を立てなければ、次
はない。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
しばらくどうしたものかと、かつんかつん、と足音がした。びくっ
と震え、目を向けると、魔法少女が歩いてきた。マントに、古風な杖
を持った出で立ちの少女。ユミコエルだ。
﹁ああ、ちょうど、いいところに﹂
﹂
!
141
逃げ延びていた魔法少女がいた、そうだ、この魔法少女を監督して
いたことにしよう。彼女を補助し、しかし破れた、必死に戦ったが、し
かしかなわなかった。そんな筋書きを考えた。
この期に及んでも、毒雪姫は、ユミコエルの事を見ていなかった。
自分の振る舞いが間違っているとも思っていないし、下界の魔法少
女たちが、自分たちに従うのは当然だと思っていた。自分が装飾品だ
と知って尚、自分は選ばれていると思っていた。
何をしたかを覚えてなど居なかった。ラブリー・チャーミーが、心
美流乃が、死の直前に抱いた怒りを、仲間たちに伝えていたことを、知
りもしなかった。
だから、ユミコエルの、血走った目にも、怒りの余り、震える体も、
杖をぐっと握りしめた拳も、見ていなかった。
﹁いいですか、あなたはこれから﹂
﹁あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ っ
﹂
﹁ぎ、いぃ、あ、あがっ
ゴガッ、と鈍い音がして、顔面の骨が砕け散った。
!
返せっ
﹁お前のっ、お前がっ、お前がああっ
返してっ
!
流乃
!
返 せ え え え え え え え え え え
返 せ ぇ っ
香 奈 子 を っ
をっ
!
て、そのまま寝てしまった。
だった少女の絵本を真っ二つに破いて、スマートフォンを投げつけ
あ る 日、母 親 は 酒 に 酔 っ て、朱 姫 に 暴 力 を 振 る っ た。お 気 に 入 り
でも出来るそのお姫様は、朱姫の憧れになっていった。
ている時間に、その物語を読み進めていった。自由に振る舞う、なん
ろくに文字も読めなかった朱緋は、それでも毎日少しずつ、日ので
う教訓を与えるためのお話だった。
国民達に殺されてしまい、
﹃わがままを言うのは良くありません﹄とい
が、際限なく、望むがままに振る舞い続け、最後は圧政を強いられた
おひめさま﹄と言う絵本だった。どんなわがままでも許されるお姫様
そんなある日、何かの気まぐれで、母親が買い与えたのが、
﹃あかい
朱姫の世界には、暗闇と、食べて寝るだけの生活が全てだった。
結局、冷凍食品を与えて、部屋に閉じ込められて、物心ついた時の
縁者も居らず、施設に預けるには、高いプライドが邪魔をしていた。
手間がかかるだけの娘を邪魔だと思っていたが、さりとて頼れる親類
赤緋朱姫は、育児放棄された子供だった。男に逃げられた母親は、
◇◇◇
さいという言葉は、出てこなかった。
こんなになるまで殴られ続けても、結局、彼女の口から、ごめんな
なっていた。
毒雪姫だった魔法少女は、ピンク色の、ぐしゃぐしゃの、肉の塊に
耳に入らなかった。
助けて、やめて、と言う声が聞こえてきた気がしたが、そんなものは
を調整して、骨と肉を別々に砕きながら、ずっとずっと、殴り続けた。
杖を振り上げて、振り下ろした。何度も何度も、繰り返した。威力
﹂
えっ
!
!
絵本の続きを読めなくなって、そのお姫様が、最後には死んでしま
142
!
!
うということを知らないまま、なんとなく、投げつけられた端末に触
れてみた、自分の記憶にある母親は、いつもその端末をいじっていた
からだ。
画面にズラッと並んだボタンの一つを適当に押して、起動したアプ
リは、魔法少女育成計画という名前だった。起動音とBGMが鳴り響
き、その音で母親は目を覚ました。
子供が勝手にスマホに触っている事に腹を立てて、灰皿を掴んで襲
﹄
いかかってきた。頭に向かって、振り下ろそうとした、その時、プリ
ンセス・ルージュは生まれた。
﹃おめでとうございます、貴女は魔法少女に選ばれました
赤緋朱姫が最初に殺したのは、自分の母親だった。
わがままで、乱暴で、横暴で、傲慢な母親と、わがままで、乱暴で、
横暴で、傲慢なお姫様。
人格形成の参考となる、朱姫の知る全て。その振る舞い全てが、プ
リンセル・ルージュと言う存在の根幹だった。
◇◇◇
ドラゴンハート、カニバリア、夢姫マリア、シンデレラ・ブーケ。
おい﹂
四人分の死体が転がっており、暴君が断罪すべき存在は、もうどこ
にも居なかった。
﹁⋮⋮どうなったらこんな死に方できんだ
無残な殺し合いの果てに、何も残っていない。
﹂
﹁この場合、交渉はどうなんだかなあ、ドラゴンハートが死んだから、
クリアでいいのかも知れねえけど﹂
﹁ふざけるな、余手ずから殺せずして何の意味がある
す器じゃなかったってことだ﹂
﹁前向きに考えろや、ここでおっ死んだってことは、つまり、お前が殺
と頭を掻いた。
怒りに任せて剣を振り下ろすプリンセス・ルージュ、流流流はあー、
!
143
!
流流流が嫌そうに、臓物やら、何やらを撒き散らかした死体を見た。
?
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
納得行かない、という風情だった。怒りに任せて、何故か転がって
いた首を、グシャリと踏みつけて、脳漿と血が飛び散った。
まあ、無理も無い。プリンセス・ルージュのドラゴンハートへの執
﹂
着は、並々外れていた。どこかで機嫌を取らなければ、新しい死者が
出そうだ││││││。
そう思った時、グラッ、と地面が揺れた。
﹁お、何だ、地震││││﹂
﹁あああああああああああああああああああああああっ
メギメギメギメギメギ、と音を立てて、街路樹が、槍の様に、二人
のもとに飛んできた。
香奈子が死んだ。流乃が死んだ。霞が死んだ。
弦矢弓子には、もう何も残っていなかった。
何が悪かったのか、何が原因なのか。もう全部ぐちゃぐちゃになっ
ていて、よくわからない。
毒雪姫を殴り殺して、ただ彷徨っていたユミコエルの目に飛び込ん
できたのは、赤い服の魔法少女が、見覚えのある顔││││恐怖と涙
に歪み、絶命した霞の首││││を、踏みつけたのを見たからだ。
もう限界だった。理性も何もかも吹き飛んで、怒りと衝動に任せ
て、襲いかかった。手近に生えていた街路樹を引き抜いて、殺すつも
りで投げつけた。
﹁││││にしやがる。コラ﹂
命中したと思ったそれは、流流流の眼前で、石にぶつかった水の流
れのように、二つに裂けた。
﹂
﹁お前たちが、お前たちが、お前たちがあああああああああああああ
あっ
されるままに、杖を持って振りかぶって││││
144
!
けれど、もうそんなものに恐怖など感じなかった。衝動に突き動か
!
﹁ガチャン﹂
﹂
声が聞こえると同時に、視界が、真っ暗になった。
◇◇◇
﹁ユミコエルさんっ
ゆめのんがユミコエルの体を抑えつけ、ジェノサイダー冬子が﹃瞼﹄
に向けて魔法を使用した。
﹁何、これ、いやっ﹂
﹁はいはい、落ち着いて。ガチャリ﹂
もう一度解錠することで、魔法で閉められた瞳が開く。
﹁人体にも有効ってことは、こういうふうにも使えるんですよねー、今
更だけど﹂
どこかとぼけた様子でそう言って、冬子は片手を上げた。
﹁ども﹂
﹁気軽に挨拶││││されてもなあ。殺す気で来られた以上、流石に
見逃すってわけにも行かねえぜ﹂
その言葉に応じる様に、プリンセス・ルージュも刃を構えた。暴君
の怒りは既に頂点に達していた。ただでさえ不機嫌な所に、余計な
茶々を入れた無礼者を、生かしておくなど、彼女の倫理ではありえな
い。
﹁良い。もう良い﹂
プリンセス・ルージュとなった朱姫の言動や思考は、もはや九歳時
のそれとは大きく剥離している。読めない漢字も理解できるし、難し
い言葉もスラスラと使う。﹃己の望むがままに振る舞う﹄魔法の力に
よって、朱姫の﹃お姫様とはこういうものだ﹄というイメージが投影
されている存在、それが赤き暴君、プリンセス・ルージュの正体だ。
理想の具現化であるが故に誰よりも強く、妄想の具現化である故に
145
!
誰より圧倒的。
余は
﹁流流流の進言を聞き入れて、見逃してやっても良いと、慈悲をくれて
やったつもりだったのだがな。これは一体どういうことか
という明確な意思。
﹁⋮⋮やっぱ駄目ですかね﹂
﹁口を利いて良いと誰が言った
﹂
もはや聞く耳もなく、もはや交渉の余地もない。
いた。
あとは作戦通りに
﹂
ジェノサイダー冬子の問いかけに、目の据わったユミコエルが、頷
﹁││││ユミコエルちゃん、あの黒い方、足止めできる
﹂
明確な殺意、圧倒的な敵意。逃がすつもりも生かすつもりもない、
受け入れたが││││こうも愚かであっては﹂
絆されすぎていたようだ、我が臣下は心優しく、余は寛大にもそれを
?
!
﹁倒しちゃっても、いいんですよね、あいつら﹂
﹂
﹁出来るならそれが最高││││先輩
﹁っ、死なないでくださいましね
!
結界があるってのに﹂
きく回転させて、空へ飛んでいき、夜の空に紛れて、すぐに見えなく
なった。
﹁⋮⋮おいおい、どこに逃げようってんだ
﹁魔法の国、です﹂
魔法の国の住人が、本来取りうるはずのない、自爆攻撃。
?
暴君が、動いた。気づいたら、ジェノサイダー冬子の眼前にいた。
﹁ならば、貴様を始末して、今の下民も始末すればよいのであろう
﹂
が内側に向かって圧縮されて、魔法少女は全員潰れておしまいです﹂
﹁先輩が魔法の国に行って、承認されたらゲームオーバーです。結界
﹁⋮⋮⋮⋮おい、てめえまさか﹂
て﹂
よ、結界なんて便利なもんがあるなら、そいつで倒せばいいじゃんっ
﹁本当の本当に最終手段なんですけどね、私、最初から思ってたんです
ジェノサイダー冬子は、なるべく平静に努めて返した。
?
146
?
?
プリンセス・ルージュ達が反応する前に、ゆめのんはプロペラを大
!
﹁ああああっ
﹂
﹂
ほぼ同時に、ユミコエルが流流流に躍りかかった。ちっ、と舌打ち
をして、それぞれ交戦が始まる。
﹁そもそも、最初から、貴様は不愉快だった
﹁そりゃ、どうもっ﹂
││されない。
﹁││││何故斬れぬッ
﹂
足が﹃ガチャン﹄、斬られ、切断││││
剣が振るわれる度、冬子の体に赤い線が走った。腕が﹃ガチャン﹄、
プリンセス・ルージュの一刀を、避けられる道理も、理由もない。
合いの喧嘩もしたことはない。
皆無である。人生で格闘技などという物に触れたことはないし、殴り
当たり前だが、ジェノサイダー冬子こと、笹井七琴に戦闘経験など
!
ままだ。
﹁⋮⋮なんだ、それは
﹂
と、声が響いた。冬子の首は落ちていない。赤い線が走って、その
﹁ガチャン﹂
て、転げ落ちるはずだった。
怒りに任せて、横薙ぎに剣が振るわれた。首をするっと通り抜け
!
その動きを目で追うことも、冬子には出来なかった。
﹁ならば、刺し貫いてやろう﹂
斬るのは止めた、と暴君は告げた。
﹁面妖だな、愚民﹂
を対象に﹃閉め﹄て、繋いでいるのだ、などと。
彼女は切断されていないのではなく、された直後に傷口を、体全体
ジュは知らないし、知っていたとしても想像もつかないだろう。
ちゃりちゃりと、鍵を回転させる。冬子の魔法を、プリンセス・ルー
ね﹂
﹁えーっとまあ、自分でも正直、ここまでやるかって感じなんですけど
いていた。
よくよく見ると、冬子の体のいたるところに、白い粒子の錠前がつ
?
147
!
線ではなく、点の動きで。
心臓目掛けて、刃が迫り││││││冬子の胸に、真紅の先端が触
れた時、プリンセス・ルージュの手に持つ剣が消滅した。
﹁な││││﹂
さすがのプリンセス・ルージュも、動揺した。己の攻撃は、己が思
う限り必殺となる、それが暴君の魔法なのに。
﹁なんてことはないですよ││││﹂
貫かれたはずの胸には、とあるものが収められていた。
封印珠、魔法に関するものを封印するための道具。
プリンセス・ルージュの魔法は、自分にしか作用しない。彼女の行
う攻撃は、等しく確かに必殺だが、彼女の無敵性は、たとえ自前のも
のであっても、武器には影響しないのだ。
愛刀が失せた、その隙に、冬子は動いた。中身の入ったままの封印
珠をそのまま手にとって、向かってくるプリンセス・ルージュに押し
﹂
148
付けた。
﹁ガチャリッ
﹁││││種は割れた﹂
と、プリンセス・ルージュに叩きこむ││││
中身を吐き出したばかりの封印珠をキャッチして、そのまま拳ご
そして、動揺している間は、暴君は無敵ではない。
何だコイツは、と動揺した。
ことがなかった。
斬られても貫かれても全く動じず戦闘を続けるような存在を、見た
の脅威でもないはずの魔法少女。
も彼女は、こんな存在にあったことはなかった。瑣末で、矮小で、何
プリンセス・ルージュは圧倒的だ。無敵の存在だ。絶対だ。それで
きで精一杯だった。
自身に向けられた刃を、しかし直前でかわし切る。けれど、その動
﹁くっ││││﹂
に、八面体が割れて、中からプリンセス・ルージュの刃が現れた。
鍵を向けて、言葉を叫ぶ。ドラゴンハートを解き放った時のよう
!
プリンセス・ルージュの脅威は、魔法の強さと、肉体強度の高さで
ある。
﹁がっ、ぐっ﹂
動揺を誘い、隙を突いて、思考を縛り、仕掛けた不意打ちは、それ
でも、暴君の反射神経に届かなかった。攻撃速度に届かなかった。
封印珠を受け止めると同時に、剣を放り投げて、その手で冬子の首
を鷲掴みにした。
﹂
﹁余を見縊るなよ。余を舐めるなよ。貴様がガチャガチャ言うのが魔
法の発動条件だな
だったら喋らせなければいい、喉を完全に締められて、かひゅっ、と
冬子の口からかすれた空気が漏れた。
足が地面につかず、バタバタともがく。カシャリ、と腰のかばんに
納めていたスマートフォンが、転がり落ちた。
頼みの綱の封印珠は、プリンセス・ルージュの手の中。
奇策の不意打ちは、通じなかった。
﹂
﹁余に剣を捨てさせた事は、見事だったぞ、褒美をくれてやる﹂
めきっ、と、頚椎が音を立てた。
﹁このまま砕いてやろう、光栄であろう
﹁
﹂
と、声がした。
﹃ガチャリ﹄
の、一瞬前。
ジェノサイダー冬子の、笹井七琴の意識が途切れる。断絶する。そ
?
動した。
完全に勝ったと想っていたから、プリンセス・ルージュは確認して
いなかった。ジェノサイダー冬子の鍵を握った手は、終始、彼女が手
にしていた封印珠に向けられていた。
149
?
それはジェノサイダー冬子の声で、その言葉を鍵として、魔法が発
!?
﹁ぐっ﹂
と、冬子は笑おうとして、失敗した。
冬子の魔法の鍵は、閉めたり開けたりしたいものに対して向けて、
﹃ガチャン﹄﹃ガチャリ﹄という彼女の声で発動する。
例えばそれが、録音された物であっても、冬子が鍵を握っていれば
問題なく。
わざと放り出したスマートフォンの画面が、音声を流し続けてい
た。
強制的に封印珠が開かれて、接していた存在││││││青い光が
走り、プリンセス・ルージュをその中に取り込もうとする。
プリンセス・ルージュとドラゴンハート。両者の決定的な違いは、
魔法の効果範囲だ。
プリンセス・ルージュの行動は誰にも阻害できないが。プリンセ
ス・ルージュは、敵対者の狙いを、奇策を、期待を、無条件でぶち抜
﹂
﹂
は鍵を向けて叫んでいた。八面体の中心に、白い粒子の﹃錠前﹄が生
まれ、魔法によって﹃閉じ﹄られる。
封印以上の完全な封印││││外部からの干渉を完全に遮断する
防壁。
ころり、と、齎した被害と、その存在感と比べれば、余りに呆気無
く、封印珠は地面に転がった。
﹁げほっ、げほっ、は、はぁ⋮⋮か、勝った⋮⋮っ﹂
転がりながら、冬子は呟いた。狙い通りに、期待通りに。
150
けるわけではないのだ。
﹁余が、封印されるなど
﹁ガ││││チャンッ
ありえぬ、と言い切る前に。
!
封印が始まったその瞬間、かすれきった声で、ジェノサイダー冬子
!
◇◇◇
﹁⋮⋮よく頑張ったじゃねえか、と言っておこう﹂
﹂
だが、勝利の高揚は、その一言で断たれた。
﹁あぐっ⋮⋮ああ、あああっ、があっ
﹁ひきゃっ﹂
﹂
﹂
?
それは見逃していいのかよ﹂
交渉を持ちかけられた時か
い ま す し。正 直 も う、命 が け の 戦 い は 嫌 で す。普 通 に 帰 っ て お 風 呂
ら感じてましたけど、あなたは理性的に、損得勘定ができる人だと思
﹁喧嘩両成敗、って事でどうですかね
俺もお前らを結構傷つけたぜ
﹁ははっ、そうか、俺はもうコイツと関わらなくていいのか⋮⋮でも、
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
て事か。確かに、敵対する理由はねえな﹂
﹁なるほどな、確かに、考えてみりゃ、これで厄介な上司とおさらばっ
渡して⋮⋮くれませんか﹂
﹁後はそいつを海にでも沈めて、全部終わりでいいじゃないですか。
制されていただけだ。従わされていただけだ。
流流流は望んでプリンセス・ルージュの元に居たわけではない。強
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
たはもう、自由何じゃないですか
﹁プリンセス・ルージュは封印した⋮⋮私の魔法でがっつりと。あな
ふらふらとよろめきながらも、冬子は立ち上がった。
﹁あ
﹁⋮⋮もういいんじゃないですかね、流流流さん﹂
手にとって、そのまま軽く弄ぶ。
イダー冬子とユミコエルは、流流流の行動を止められない、封印珠を
いいながらも、この場の勝者は明らかだった。満身創痍のジェノサ
いや、驚いた。あいつは最強だと思ってたからな﹂
﹁正直な所、ルージュの奴にマジで当てられるとは思ってなかったよ、
きれず、悲鳴が漏れ出ていた。
と、右腕が断たれていた。絶え間なく血が流れ、蹲って、痛みを堪え
冬子の真横に吹っ飛んできたのは、ユミコエルだった。自慢の杖
!
?
?
151
?
入ってご飯食べて寝たいんですよ﹂
﹂
ユミコエルの転がっていた腕を拾い上げ、
﹁ごめんね﹂
﹁あぎ、ああ、あっ
断面を無理やりくっつけて、ガチャン、と呟く。乱暴だが、白い錠
前が浮かび上がり、切断された腕が強制的にくっついた。神経が通う
ほど治療出来るかどうかは、魔法少女の自己治癒力にかけるしか無
い。
﹁お前の魔法は、鍵か﹂
﹁ええまあ、開けたり閉めたり出来ます、何でも。封印したり、解いた
りも﹂
﹁通常の封印の上から、さらに魔法で封印ね。手が込んでやがる﹂
八面体の中には、何かが封印されていることを示す光が確かに存在
している。
流流流は、はっ、と笑った。
﹁ジェノサイダー冬子、お前はすげーよ、この最強の魔法少女を、やり
くるめやがった。実質お前の勝ちだ、賞賛物だぜ﹂
﹁お褒めの預り光栄ですけど⋮⋮嫌な予感しかしないんですよね﹂
流 流 流 は 笑 い、冬 子 も 笑 っ た。片 方 は 自 嘲 の 笑 み で、片 方 は 苦 笑
だった。
﹁頭もよく回る、きっちり計算ずくで倒しに来た、って感じだ。ルー
﹂
ジュをなんとかできれば、俺のことは交渉でなんとか出来ると思って
たんだろ
けるペン﹄。
そのペンは実体がないものにも、書こうと思えば書くことが出来
る。例えば、魔法で出来た、実在しているかどうかも定かではない、粒
子の集まりにでも。
﹁俺 も 不 合 理 だ と は 思 う ぜ、コ イ ツ に つ い て い く 義 理 な ん か こ れ っ
ぽっちもねえし、正義と悪がどっちかっていえば、間違いなくプリン
セス・ルージュは邪悪だよ。極悪と言っていい。存在してちゃ行けね
152
!
ポケットから、ペンを取り出す。魔法の国の日用品。﹃何にでも書
?
えだろう﹂
ペンを、白い錠前にあてがう。
﹁一人ぐらい、コイツの味方が居てもいいだろ、同じ最悪に堕ちてやる
奴がいたってな﹂
音もなく、錠前に線が引かれた。縦方向にすぱっと、あっけなく、
ジェノサイダー冬子が閉じた、魔法の錠前が、流流流の魔法によって
切断された。
﹁そん⋮⋮な⋮⋮﹂
ユミコエルは絶望した。ここまで頑張って、何人も死んで、やっと、
あの化物に勝てたのに。
﹁ラスボスの前に、雑魚を掃除しておくべきだったな、ジェノサイダー
冬子﹂
もう一筆、封印珠に線が入る。パキン、と音がして、その表面が割
れた。
﹂
そんな周囲の空気を全く無視して、ジェノサイダー冬子は、ペタン
153
﹁手間かけさせんじゃねえよ、お姫様﹂
ぽいっと地面に、二つに割れかけた八面体が放り投げられた。
ま た 現 れ る。赤 き 暴 君 が。絶 対 の 絶 望 が。今 度 こ そ 殺 さ れ る。家
族の敵も、仲間の無念も晴らすことも出来ないまま殺される。
痛みと悔しさで、目に涙が滲んだ。全身から力が抜けて、心がへし
折れた。
﹁⋮⋮よし、勝った﹂
﹂
⋮⋮側にいる、ジェノサイダー冬子の声を聞くまでは。
◇◇◇
﹁⋮⋮え
﹁⋮⋮あん
疑問が声になって、ついで、流流流が声を上げた。
?
﹁⋮⋮⋮⋮はぁ∼っ、上手く行ったぁ∼﹂
?
と座り込んだ。安堵と安心に満ちた、安らかな顔で。
﹁⋮⋮何で﹂
﹂
ユミコエルと流流流が、同じ意味合いの言葉を紡ぐ。
﹁⋮⋮ルージュが出てこねえ⋮⋮
﹂
なんです。プリンセス・ルージュは自分が封印されるわけがないだな
﹁私達がプリンセス・ルージュを封印できたのは、滅茶苦茶簡単な理由
アが﹃ありえない﹄と言い切った程、一人の人間として側に置いた。
女の側にいることを許した。許して、信頼して、信用した。夢姫マリ
プリンセス・ルージュを解放したのは流流流だ。だから、暴君は彼
うだろうということ﹂
うこと。もう一つは、プリンセス・ルージュもあなたを仲間として扱
﹁一つは、あなたはプリンセス・ルージュの仲間として動くだろうとい
ない。その理由は推し量れないが、わかることは二つある。
付き従う理由が恐怖でないのなら、それは自分の意志でしかありえ
きた時点で、恐怖で支配されてるって感じじゃなかったですから﹂
時から、何で感情移入したかは知らないですけど、私たちに交渉して
﹁絶対に、あなたはプリンセス・ルージュを助けると思ってました。何
だ。
錠がなければ鍵は回せないが、錠が壊れても鍵は閉まったままなの
させる為のツールであって、封印そのものではない。
方だ。鍵の開け閉めをした際に出現する錠前は、鍵を開け閉めを機能
何でも開け閉め出来る魔法の鍵。その魔法の本体は、もちろん鍵の
﹁んな⋮⋮っ
私が閉めた物が開く時は、私が鍵を使った時だけです﹂
じゃないんですよ、物理的な鍵じゃなくて、魔法で閉じてるんです。
﹁錠前はあくまで私の使う魔法の鍵の受け皿であって、封印そのもの
冬子。
しれっと、自身の鍵のチェーンを指に引っ掛けて、くるくると回す
﹁そりゃそうですよ、だって封印されてますもん、私の魔法で﹂
!?
んて思ってなかったんです。封印されてもあなたが助けてくれると
思ってたんですよ﹂
154
!
プリンセス・ルージュは暴君だ。人とは支配し、蹂躙し、征服する
ものだ。その彼女が、暴力以外の理由で、助け、導き、肩を預けた相
手。信じる事を知った相手。
己の望むがままに振る舞うのが彼女の魔法だ。だから人に頼れば
頼るほど弱くなる。
世界中、たった一人、自分自身にしか作用しない魔法。
効果範囲が、ドラゴンハートとは、決定的に違うのだ。
﹁⋮⋮だったら今すぐ解放しろ、じゃなかったら殺す﹂
目を血走らせた流流流が、ペンを持って迫り来る。
﹂
﹁無理です﹂
﹁あぁ
﹁言ったじゃないですか、錠前は封印を開けるために必要な、魔法の鍵
の受け皿ですから。封印を解くための鍵を、刺す場所がないんです﹂
何でも切断してしまう流流流の魔法で、破壊された錠前は、もう誰
にも元に戻せない。
ジェノサイダー冬子ですら、もうその封印を解けないのだ。
﹁これで完全に封印完了、私達の勝ちです﹂
﹂
すぅ、と大きく息を大きく吸い込んで、叫んだ。
﹁ざまあみろ、ばあああああああああああかっ
﹁⋮⋮結局、こんなもんか、俺の人生は﹂
のなら、悪く無いとすら思った。
中が敵に回っても、守るだけの価値があると感じた。そのために死ぬ
かつて亡くした娘と、重ね合わせるのには、十分すぎた。例え世界
解できず、死という概念の重さと意味を知らない、小さな子供。
入するのに十分な存在だった。善悪の区別なく、殺す事で死ぬ事を理
それでも、流流流にとって、彩恋静にとって、赤緋紅姫は、感情移
かっている。
まだ幼かったから、など何の言い訳にもならない。そんな事はわ
!
155
!?
前向きに、生きる目的を見つけようとすること事態が、おこがまし
かったのかも知れない。ジェノサイダー冬子の言葉を借りるなら、流
流流が居た所為で、プリンセス・ルージュは負けたのだ。
﹁は、笑えるぜ、本当によ﹂
だったら最後の最後まで、邪悪で在り続けてやろう。せめて一矢報
いてやろう。プリンセス・ルージュも、ドラゴンハートも、この街の
魔法少女も、全員死んで終わりにしよう。
﹁⋮⋮ちなみに、それを宣言した後、俺から逃げる策は考えてたのか
﹂
﹁いいえ、さっぱり﹂
﹁そうかよ﹂
流流流が﹃なんでも書けるペン﹄片手に、ジェノサイダー冬子に歩
み寄った。
﹂
﹁││││倒す策は講じてますけど﹂
﹁││││何
向きじゃないわきゃないんですよね﹂
﹁空を時速三百六十キロで自由に飛び回れる魔法なんて││││戦闘
ける。
にさらされたように、ゆめのんが触れている物体は、慣性の影響を受
ただし、彼女と一緒に飛行するものはその限りではない。冬子が風
移動できる。
気温も、風も、重力も、摩擦も、慣性さえも無視して、自由に空中を
ゆめのんの魔法は、飛行だ。自分が飛行する限りにおいてならば、
ゴキリ、と人体から聞こえてはいけない音がした。
国の行き方とか、知らないですし﹂
﹁すいません、作戦って嘘でした⋮⋮ハッタリです、そもそも、魔法の
掴んだ。掴んで、そのまま横にスライドした。
時速三百六十キロの速度で落下してきたゆめのんが、流流流の頭を
﹁な││││﹂
にや、と冬子が笑い、二人の上を、黒い影が覆った。
?
流流流がジェノサイダー冬子を殺そうとした時が、最高の不意打ち
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?
のタイミング。
﹁ま っ た く も う ⋮⋮ 最 初 か ら 最 後 ま で、無 茶 な 人 で す わ ね、あ な た
はっ﹂
人の命を初めて奪って、手に感触を残しながら、それでもゆめのん
は、強がって笑った。
﹁でも、なんとかなったじゃないですか、お疲れ様です、先輩﹂
冬子はへへ、と笑い返した。
﹂
ギリギリの綱渡りだが、上手く行った。なんとかなった。そう思っ
た。
﹁││││冬子さん
最初から最後まで、徹底して気を張り詰め続け、警戒し、ひたすら
油断をしなかった、笹井七琴は、ここで初めて、油断した。全て、上
手く行ったと思った。
首がほぼ反転したまま、流流流はそれでも、起き上がった。
﹁││││││﹂
声なき声を上げて、
﹃何にでも書けるペン﹄が振るわれた。避けるこ
とも防ぐことも、知覚することも出来なかった。
ぷしゅ、と肉が切れる音がして、ぶちゅ、と血が飛び出る音がして、
どさり、と流流流が倒れた。そこに居たのは、もう魔法少女ではなく、
首のねじ切れかかった、成人女性だった。
◇◇◇
﹁まったく、もう﹂
この言葉を、少なくともジェノサイダー冬子に出会ってからは、言
い続けた気がする。
﹂
﹁手間のかかる人、なんですから﹂
﹁せん││ぱい⋮⋮
すぐに鍵で傷を﹃閉め﹄ようとして、無理だとわかった。腹の横半
分がバッサリ裂けて、どろりと、てらてらと赤黒く光る内臓が、こぼ
れ出て、ちぎれていた。
157
!
?
ルージュの攻撃に対応できたのは、それの攻撃が、余りに尖すぎた
からだ。
こんなものは、もう、どうしようもない。
﹁素 っ 頓 狂 な こ と ば か り 言 っ て、側 の 人 の こ と な ん て、考 え な い で
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮なんで、私を庇ったんですか、先輩﹂
生意気な、今日出会ったばっかりの、目の上のたんこぶだったろう
に。
﹂
﹁⋮⋮ずっと、後悔してたから、です、わ﹂
﹁⋮⋮後悔
﹁探して、上げればよかった、魔法少女に、なって、街の為に、なんて
言って⋮⋮ただ、会うのが、怖かった、から⋮⋮﹂
その瞳は、もう冬子を見ていなかった、遠い何処かを見ていた。
何も、見えていないのかもしれない。
﹁⋮⋮⋮⋮だから、これで、よか﹂
魔法少女ゆめのんは、もう居ない。人間の姿になって、冷たくなっ
て、石畳の上に転がっていた。
本人の言うとおり、魔法少女ゆめのんより、ずっと発育のいい体
だった。左手の薬指に、白いリングが嵌っていた。
﹁⋮⋮⋮⋮何で﹂
﹂
見覚えのある、姿だった。七琴の知っている、大好きな人。会いた
かったけれど、会えないと思ってた人。
﹁⋮⋮言って、くださいよ、お姉さん⋮⋮
最後に、守り切った。
魔法少女ゆめのんは、将来を誓い合った、大事な人の妹を、最後の
?
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?
◇ エピローグ ◇
一年前、商店街が吹き飛び、多数の死者が出た。当時から数えて四
年前の災害の再来だ、と騒ぎ立てる者もいた。
加えて猟奇的な死に方をした少女の死体が、一日で七つも八つも見
つかったのら、それは大きな事件にもなる。マスコミが熱烈な報道は
半年にも及び、C市は不吉にも不幸にも、災厄都市等というあだ名を
冠されることになった。
マスコットも管理役だった魔法少女も居らず、また魔法の国から
やってきた連中は、保身の為に誰にも何も伝えていなかった為、誰も
隠蔽などという小賢しい事をしてくれなかったのが一番の問題だろ
﹂
う。時間が経つにつれて、少しずつ過去になっていく。
﹁で、お墓参りは今日だっけ
﹂
目玉焼きの乗ったトーストを、ザクザクとかじりながら、七琴は同
居人に尋ねた。
﹁うん、七琴さんは
子が答えた。
児童養護施設を出て、仮住まいを探していた彼女に、
﹃部屋空いてる
しおいでよ、家賃安くするよ﹄と誘ったのは、七琴だった。ついでに
家事もやってもらうことにした。
﹁しんみりするの嫌いなんだよねー、ていうか、真里ちゃんお姉さんパ
パママ兄さんで回るとこ多すぎ、一箇所に固まってくれ﹂
﹁それはいくらなんでも⋮⋮﹂
横暴が過ぎる事を言いつつ、香ばしく焼けたパンを詰め込んでい
く。そもそも施設では、独り立ちをしやすくするため、家事はひと通
り仕込まれたというが、以前の七琴の散らかしたら散らかしたまま
で、週二でホームヘルパーを呼ぶような自堕落な生活と比べたら、格
段の進歩である。
﹁ま、しんみりしたのは嫌いだし、気が向いたら行くよ。お仕事もある
しね﹂
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?
キッチンで、自分の分の皿にも同じ物を乗せながら││││弦矢弓
?
笹井七琴こと、ジェノサイダー冬子。弦矢弓子こと、ユミコエル。
﹂
この街の魔法少女は、たった二人しか居ない。たった二人で、守っ
ている。
﹂
﹁⋮⋮あの、七琴さん﹂
﹁ん
﹁なんで⋮⋮魔法少女を続けようと思ったんですか
弓子は、何も出来なかった自分が悔しかったから。今度は誰かを助
けたいと思ったから。そんな感傷が、今の彼女の動力源だ。
それでも、弓子が知る七琴という少女は、合理的で、損得勘定が上
手く、打算で動く。まるで、彼女の親友だった少女、阿多田香奈子の
ように。
﹁損得で言ったら、その⋮⋮損、ですよね﹂
﹁ま、そうだよね、別になにか貰えるわけじゃないし﹂
﹁なら、なんで⋮⋮﹂
弓子の問に、七琴は笑って答えた。
﹂
﹁まだ終わってないから﹂
﹁⋮⋮え
ことだから﹂
しかし。
?
﹂
必ず責任を取らせてやるという、果てしないまでの怒りと決意。
ただ、その原動力は、意志だ。
理的で、損得勘定で、打算で動いていた。
終わってなんて、居ない。なんてことはなかった。笹井七琴は、合
は、まだ誰も取っていない。
誰かが居て、何かをした。何かを企んで、悲劇が起きた。その責任
せたの
ちゃんはどうやって魔法の国からドラゴンハートの封印珠を持ち出
﹁じ ゃ あ プ リ ン セ ス・ル ー ジ ュ は 誰 が 解 放 し た の
そ も そ も 真 里
に、私を利用した、それはいいんだ。終わったことだし、わかってた
自分が心酔した魔法少女だったから。もう一度支配してもらうため
﹁ドラゴンハートを解放したのは、真里ちゃんだった。動機は、それが
?
?
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?
?
﹁まだ終わってないから││終わるまでは、魔法少女で居るよ﹂
弓子の背筋に、冷たいものが走った。
ジェノサイダー冬子は、笹井七琴は、一年前のあの日、何をどこか
ら、どこまで考えていたのだろう、彼女の視界には何が見えていて、彼
女の頭は何を想っていたのだろう。
彼女は知らない。阿多田香奈子をして、絶対に対処できないと言わ
せた魔法少女、ドラゴンハート、その無敵の魔法の弱点を、七琴は、親
友と引き換えに的確に突いて仕留めた事を。
﹁そんなに、怖がらなくていいよ﹂
そんな内心を見透かしたように、七琴は笑った。
﹁少なくとも、先輩に││ゆめのんに対して恥ずかしいことは、絶対に
しないから﹂
悲劇も、惨劇も、喜劇も、絶望も、絶叫も、慟哭も、嗚咽も。
全てを飲み下し、全てを終わらせ、失い、傷つき、手に入れたはず
のものをまた失った魔法少女、ジェノサイダー冬子が、生まれ、育ち、
完成した物語はここで幕を閉じる。
﹁まだ、終わってない﹂
少女の物語だけが、続いていく。
魔法少女育成計画 │Genocide Side│ 終
魔法少女育成計画 │Suicide Side│ へ続く
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