企業価値評価

現代ファイナンス論講義ノート No.7
企業価値評価
蛭川雅之
2016 年 11 月 7 日
現代ファイナンス論講義ノート No.7
担当:蛭川雅之
1 なぜ企業価値を評価するのか?
• 企業価値の評価 (Valuation) は企業財務の重要な話題である。
• 経営上、自社のみならず他社の価値水準を知る必要がある。
– 理論株価の算出
– 不採算部門の売却(リストラ)
– 企業買収(M&A). . .
• 企業価値評価法には以下の方法がある。
– Discounted Cash Flow 法 (DCF Valuation)
– 類似企業比較法 (Relative Valuation)/マルティプル法
– 条件付請求権法 (Contingent Claim Valuation)/リアル・オプ
ション (Real Options)
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2 加重平均資本コスト
2.1 資金調達にかかるコスト
2016 年 11 月 7 日
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担当:蛭川雅之
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担当:蛭川雅之
• ファイナンス理論では、価値を生み出すものは投資プロジェクトで
ある。
– これは資産側(= 資金運用サイド)からの見方である。
• 一方、資金提供者に対するリターン(資本コスト)も考慮する必要
がある。
1. 負債コスト= 債権者が要求するリターン:
– 金利
2. 株主資本コスト= 株主が要求するリターン:
– 配当
– キャピタル・ゲイン(株式の値上がり益)
• 資本コストは負債コストと株主資本コストの加重平均で計算さ
れる。
– こ の よ う に 計 算 さ れ る 資 本 コ ス ト は加 重 平 均 資 本 コ ス ト
(Weighted Average Cost of Capital, WACC) と呼ばれる。
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3
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担当:蛭川雅之
2.2 加重平均資本コスト
結論 1 加重平均資本コスト (WACC) は以下のように計算される。
(
W ACC =
E
D+E
)
(
rE +
rE : 株主資本コスト
rD : 負債コスト
E : 株主資本(時価)
D : 負債(原則時価)
t : 実効税率
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D
D+E
)
rD (1 − t)
(1)
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• (1) の右辺を具体的にどのように計算するか?
1. 株主資本コスト · · · CAPM を利用して計算する(後述)。
2. 負債コスト · · · 企業が債権者に支払う金利(= 将来の調達
金利)
。
– 社債の流通利回りまたは格付けを基に推測する。
– 支払利息は税務上損金 ⇒ 節税効果のため実際の金利負担
は rD (1 − t)。
3. 株主資本(時価)· · · (株式時価総額) = (株価)×(発行済み株式数)。
4. 負債(原則時価)· · · 実務上有利子負債の簿価で代用すること
が多い。
5. 実効税率 · · · 限界税率(= 追加的に 1 円の課税所得が発生した
場合に支払う税額)。
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問題 2 ある企業の現在の株価は 3, 000 円、また、発行済み株式数は 25 万
株である。この企業は利率 4% の借入金が 2.5 億円あり、一方、株主は年
15% のリターンを求めているとする。税率が 35% であるとき、この企業
の WACC はいくらか。
解法 3 rE = 15%、rD = 4%、E = 3, 000×250, 000 = 7.5 億円、D = 2.5
億円、t = 35% を WACC の計算式に代入し、
(
)
7.5
(15%) +
2.5 + 7.5
= 11.25% + 0.65%
W ACC =
= 11.90%
を得る。¥
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(
2.5
2.5 + 7.5
)
(4%) (1 − 0.35)
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2.3 CAPM による株主資本コストの計算
• CAPM
E (rE ) − rf = β {E (rm ) − rf }
から、株主資本コストは
rE ≈ rf + β {E (rm ) − rf }
と推計される。
2016 年 11 月 7 日
7
(2)
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• (2) の右辺を具体的にどのように計算するか?
1. リスクフリー・レート(rf )
– 日本:10 年物国債流通利回り
– 米国:10 年物財務省証券流通利回り
2. マーケット・リスク・プレミアム(E (rm ) − rf )
– 日本:5.0∼5.5%
– 米国:7∼8%
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3. ベータ(β )· · · 対象企業の株式の超過収益率を市場インデッ
クスの超過収益率に回帰して得られる回帰係数の最小二乗推
定値。
– 係数推定値はサンプル期間に依存
∗ 最低 5 年間分のデータは必要。
– データの頻度:週次もしくは月次。
– 市場インデックス
∗ 日本:TOPIX
∗ 米国:S&P500
– β 値をロイターの国内株式情報
jp.reuters.com/investing/markets
等で調べることも可能。
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3 会計の基礎
3.1 財務諸表
• 企業価値評価はフリー・キャッシュ・フローを基に成り立つ。
• フリー・キャッシュ・フローを説明する前に主要な財務諸表につい
て復習する。
1. 貸借対照表
2. 損益計算書
3. キャッシュ・フロー計算書
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■貸借対照表
• 貸借対照表 (Balance Sheet, B/S) はある時点(決算日)における
企業の財産の状況を表す。
– 借方:資産 (Asset)· · · 企業が所有する財産【資金の使途】
– 貸方:負債 (Liabilities) +株主資本 (Shareholders’ Equity)· · ·
資産取得に要した調達資金【資金の源泉】
■損益計算書
• 損益計算書 (Profit and Loss Statement, P/L) は一定期間(事業
年度)における企業の営業成績を表す。
– 利益とキャッシュは一致しない!
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■キャッシュ・フロー計算書
• キャッシュ・フロー計算書 (Cash Flow Statement, C/F) は一定期
間(事業年度)における企業活動のお金の流れを表す。
• “キャッシュは嘘をつかない。”
– 財務会計上の利益が各国の会計基準や企業個々の会計処理方法
で調整可能であるのに対し、キャッシュは調整できない。
• キャッシュ・フロー計算書は以下の3つの部分からなる。
1. 営業活動によるキャッシュ・フロー · · · 本業でどれだけキャッ
シュを生み出す能力を持っているか?
2. 投資活動によるキャッシュ・フロー · · · 何にいくら投資してい
るか?
3. 財務活動によるキャッシュ・フロー · · · 資金調達の状況はどの
ようなものか?
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3.2 フリー・キャッシュ・フロー
定義 4 フリー・キャッシュ・フロー (Free Cash Flow, FCF) とは、企業
が事業活動を行った後に資金提供者である株主と債権者に分配することが
できるキャッシュ・フローをさす。フリー・キャッシュ・フローは
F CF = EBIT (1 − t) + DA − CAP X − ∆W C
= (営業利益) {1 − (税率)}
+ (減価償却費・非現金費用)
− (設備投資)
− (運転資本増減額)
と計算される。
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• EBIT とは、Earnings Before Interest and Taxes(利払前税引前
当期純利益)の略語である。
– 営業利益とみなして差し支えない。
– EBIT (1 − t) = (営業利益) − (みなし法人税) を税引後営業利
益 (Net Operating Profit After Taxes, NOPAT) と呼ぶ。
• 運転資本 (Working Capital, WC) とは、キャッシュの回収と支払
のタイミングのズレを埋め合わせるために必要となる資金をさす。
– 運転資本は
W C = (現金を除く流動資産) − (有利子負債を除く流動負債)
= (売上債権:売掛金・受取手形) + (棚卸資産)
− (支払債務:買掛金・支払手形)
と計算される。
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■FCF を増加させるには. . .
1. N OP AT = EBIT (1 − t) ↗
• 営業利益の増加(⇐⇒ 収益増、費用減)
• 実効税率の減少
2. DA ↗
• 減価償却費計上のタイミング(⇒ 法人税支払への影響)
3. CAP X ↘
• 投資案件の厳選
4. ∆W C ↘
• 売上債権・棚卸資産の減少
• 支払債務の増加
5. W ACC ↘
• 財務破綻リスクを高めない範囲内での有利子負債比率の増加
2016 年 11 月 7 日
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4 企業価値評価
4.1 企業価値と会社価値
定義 5 企業価値 (Enterprise Value, EV) は
EV = (会社価値) + (純有利子負債)
と定義される。ただし、
(会社価値) = (株式時価総額) = (株価) × (発行済み株式数)
(純有利子負債) = (有利子負債) − (現金等価物)
である。
2016 年 11 月 7 日
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問題 6 XYZ 企業の現在の株価は 2, 500 円、また、発行済み株式数は 20
万株である。この企業の貸借対照表から、短期借入金、長期借入金および
現金残高がそれぞれ 150 百万円、80 百万円および 30 百万円であることも
わかっているとする。このとき、XYZ 企業の価値はいくらか。
解法 7
(株式時価総額) = 2, 500 円 × 20 万株 = 5 億円
(純有利子負債) = 150 百万円 + 80 百万円 − 30 百万円 = 2 億円
であるから、
EV = 5 億円 + 2 億円 = 7 億円
となる。¥
2016 年 11 月 7 日
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4.2 DCF 法
• 最も一般的な企業価値評価法である。
• 具体的な手順は以下の通りである。
1. FCF を予想する。
(a)最初の数期は FCF の各部分を個別に予想する。
(b)以降の FCF が一定の伸び率で永遠に成長し続けることを
仮定して、継続価値を評価する(これ以外の方法も可)。
2. 株主資本と有利子負債の時価総額を求める。
3. WACC を計算する。
– 未上場企業の β 値は後述のような方法で求める。
4. 各期の FCF および継続価値を WACC で割引き、これらを合
計して企業価値とする。
2016 年 11 月 7 日
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■未上場企業の β 値
• 業界の類似企業の β 値を利用し、資本構成の差異を調整する。
• 具体的な手順は以下の通りである。
1. 各類似企業について、
(3)または(4)を使って、負債(D)が
ある場合のレバード(Levered)β (= βL ) から株式(E )のみ
の場合のアンレバード(Unlevered)β (= βU ) を求める。
{
}
{
E
1
βU =
βL =
(1 − t) D + E
1 + (1 − t) D/E
)
(
)
(
1
E
βL =
βL
βU =
D+E
1 + D/E
}
βL (3)
(4)
2. 得られた βU の平均値を業界のアンレバード β とする。
3. このアンレバード β を(3)または(4)を使って未上場企業の
レバード β に変換する。
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4.3 Adjusted Present Value (APV) 法
• ベンチャー企業の価値を評価する場合、割引率に WACC を使用す
るのは問題がある。
– ハイブリッド証券(劣後債、永久債、優先株式、優先証券など
資本と負債の性格を併せ持った証券)を発行して資金調達する
可能性がある。
– 資本構成が時々刻々変化する。
– タックス・シールド (Tax Shield) が時々刻々変化する。
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• APV 法では企業価値を以下のように計算する。
EV = (1. 100% 株式調達を仮定した場合の企業価値)
+ (2. 負債調達による税金控除額の現在価値合計)
− (3. 期待倒産コスト)
1. 100% 株式調達を仮定した場合の企業価値は、各期の FCF および
継続価値をアンレバード株主資本コスト
rU ≈ rf + βU {E (rm ) − rf }
= (リスクフリー・レート)
+ (業界のアンレバードβ) × (マーケット・リスク・プレミアム)
で割引いた現在価値の合計である。
• FCF は負債調達の影響を受けないため、アンレバード・キャッ
シュ・フローと呼ばれることがある。
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2. 負債調達による税金控除額とは、支払利息による税金控除額をさす。
• 各期の税金控除額および控除額の継続価値には以下のいずれか
の割引率を用いる。
(a)リスクフリー・レート
– 借入時点でキャッシュ・フローが確定しており、物価
変動の影響も受けないことを根拠とする。
(b)アンレバード株主資本コスト
– FCF と税金控除額の市場リスクが同程度であると仮
定している。
3. 期待倒産コストは算定が困難であるため、多くの場合 0 と仮定さ
れる。
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4.4 経済的付加価値と市場付加価値
• 企業業績を損益計算書に基づいて評価するだけでは不十分である。
– 損益計算書は債権者に対するコスト(=支払利息)を考慮する
が、株主に対するコスト(=配当)を反映しない。
定義 8 経済的付加価値 (Economic Value Added, EVA) は
EV A = EBIT (1 − t) − (資本コスト)
= N OP AT − (投下資本) × W ACC
と定義される。ただし、
(投下資本) = (有利子負債) + (株主資本(簿価))
である。
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(5)
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• EVA が伝えるメッセージは単純である。
– 企業は資本コストを上回る税引後営業利益を生み出すことがで
きれば、その価値を高めることができる。
• EVA を高めるには. . .
1. N OP AT = EBIT (1 − t) ↗
2. 投下資本 ↘
3. W ACC ↘
• EVA は投下資本利益率 (Return On Invested Capital, ROIC) を
用いて、以下のように書き換えられる。
EV A = (ROIC − W ACC) × (投下資本)
{
}
N OP AT
=
− W ACC × (投下資本)
(投下資本)
– EVA を高めるには、WACC を上回る ROIC をもたらす事業
にのみ投資することが重要である。
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定義 9 市場付加価値 (Market Value Added, MVA) は(T 期末までの)
将来にわたる EVA の現在価値の合計
MV A =
T
∑
t=1
EV At
t
(1 + W ACC)
と定義される。
結論 10 MVA と NPV の計算結果は一致する。
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4.5 類似企業比較法(マルティプル法)
• ベンチャー・キャピタルがベンチャー企業の価値評価をする場合な
どスピードが求められる状況で利用される。
• ベンチマークとなる上場企業の財務指標から評価倍率(= マルティ
プル)を求め、企業価値を推定する。
• 具体的な手順は以下の通りである。
1. 評価対象企業に類似する上場企業を複数選ぶ。
2. 各類似企業の企業価値を算出し、その企業価値が財務指標の何
倍に相当するかを計算する。
3. 評価対象企業の財務指標にマルティプルを乗じて得られた値を
評価対象企業の価値とする。
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■マルティプルの計算例
1. EBITDA 倍率:
(EBIT DA 倍率) =
(企業価値)
(株式時価総額) + (純有利子負債)
=
EBIT DA
(営業利益) + (減価償却費)
2. 株価収益率 (Price Earnings Ratio, PER):
P ER =
(株価)
(1株当たり税引後当期純利益)
=
(株式時価総額)
(税引後当期純利益)
3. 株価純資産倍率 (Price Book-value Ratio, PBR):
(株式時価総額)
=
P BR =
(1株当たり純資産)
(純資産)
(株価)
4. トービンの Q(Tobin’s Q):
(株式時価総額) + (純有利子負債)
=
Q=
(固定資本ストックの時価総額)
(機械・設備等の再取得価額)
(企業価値)
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