新生ストラテジーノート 第 240 号 2016 年 11 月 8 日 調査部長 江川 由紀雄 [email protected] (03) 6880-6035 コールできる債券につき発行体が繰上げ償還を見送る事象について 市場はご都合主義だという事実の再確認 永久劣後債や一部の優先株式・劣後特約等が付されている長期債・超長期債は、発行体が特 定の日に任意に償還できる特約(債券を繰上げ償還できるという意味におけるコールオプション) を予め合意していることが一般的である。金融機関が資本政策目的に発行する劣後債等は、典 型的には、発行から数年経過後の利払日・利率をリセットする日等をコールできる日として定めて おき、最初に到来するコール可能日に繰上げ償還してしまうという慣行が定着 1していた。こうした 債券等につき、最初にコール可能になる日にコールしなかった事例としては、Deutsche Bank AG が従来型(バーゼル2型) Tier 2 劣後債につき、2009 年 1 月に到来するコール可能日に コールしないことを 2008 年 12 月に明らかにした事例がある 2。これはリーマンショック直後の事 象であった。 英大手行 Standard Chartered PLC は 2016 年 11 月 1 日に、2006 年に発行した優先株 式(preference shares)が 2017 年 1 月に最初のコール可能日を迎えるところ、コールしないと 発表 3した。対象となる同社の優先株式の価格は急落し、それとの連想で、他の発行体によるコ ール可能な永久劣後債等の価格も下落した 4。更に 11 月 4 日には、ドイツの Commerzbank 1 最初にコールできる日に繰上げ償還してしまう慣行または暗黙の了解の存在については、これ を “convention” と呼ぶ報道事例を参照。 IFR 記事 Reuters (IFR), Legacy Tier 1 in cross-hairs as StanChart breaks with convention, November 4, 2016 http://www.reuters.com/article/banks-bonds-standard-chartered-idUSL8N1D55R W 2 報道例として、 Financial Times, Deutsche Bank decides not to repay €1bn bond, December 18, 2008 https://www.ft.com/content/0ae474aa-cc6e-11dd-acbd-000077b07658 3 会社発表 Standard Chartered PLC, “the Group does not plan to exercise its option in January 2017 to redeem the $750 million 6.409 per cent non-cumulative redeemable preference shares that were issued in 2006”, Q3 Interim Management Statement, 1 November 2016 https://www.sc.com/en/news-and-media/news/global/01-11-2016-Q3-IMS-201 6.html 4 会社はこれを “preference shares” と呼んでいるが、予定配当率が予め合意されており、額 面による償還が約定されている等、債券と同様の特徴を有するためか、多くの報道記事では “bonds”、 “notes” と呼ばれている。報道事例として、 Bloomberg, Standard Chartered 1 1 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 AG の CFO が 2017 年 6 月に最初のコール可能日を迎える旧型(バーゼル2対応型)永久劣 後債をコールしないと発言したことが報道された 5。なお、この Bloomberg による報道記事では、 CFO の発言につき、会社の確認は取れていないと述べている。 Standard Chartered が 2017 年 1 月の償還を見送ると発表した “preference shares” の そ の 次 の 償 還 可 能 日 は 10 年 置 い た 2027 年 1 月 と 約 定 さ れ て い る い っ ぽ う で 、 Commerzbank の永久劣後債は、毎年 6 月末日にコール可能とされているようである。いずれ も、つい最近までは、市場参加者は、最初にコール可能になる日に償還されるものとの前提で価 格評価を行っていたため、大幅な価格下落につながった。こうした現象については、多くの報道記 事や評論が見られる。市場関係者にとって相応にショッキングな出来事であったことは想像に難く ない。 なぜ価格が下落したかというと、投資家の観点からは、来年満額で償還されるという前提で価 格形成と流通市場での取引が行われた方が、再来年や 11 年後に償還されるよりは有利な状況 にあるからであろう。これは、裏返せば、発行体にとっては、既発の優先株式や永久劣後債を償 還した上で新たな資金・資本調達をするよりも、既発の永久劣後債等を償還しない方が有利な状 況にあるということに他ならない。 そもそもコールオプションは、発行体の任意で行使可能な権利である。最初にコール可能な日 に繰上げ償還してしまうことが長年にわたり慣行として定着していたとしても、コールしない方が得 だと発行体が判断すれば、繰上げ償還が見送られることはあり得るべき事象であろう。 繰上げ償還の見送りは常に市場から非難される訳ではない 永久劣後債や優先株式とはやや異質だが、パススルー型のモーゲージ債・証券化商品等には、 「クリーンアップコール」と呼ばれる発行体の任意による繰上げ償還特約が付されていることがあ る。住宅ローンを裏付けとするパススルー型の商品では、裏付資産の残高が僅少になってから以 降も、長年にわたり、毎月、残高を管理し、利払いや償還の事務負担が続くことになるが、主にそ うした事務負担から解放されることを意図したオプションである。 米国の Fannie Mae が発行する住宅ローン債権を裏付けとするパススルー型のモーゲージ 債には、残高(ファクター)が当初の 10%に達した以降、任意に繰上げ償還できる “cleanup call” Decision Not to Redeem Bonds Roils Market, 1 November 2016, http://www.bloomberg.com/news/articles/2016-11-01/standard-chartered-bond s-drop-as-bank-says-it-won-t-redeem-them 5 Bloomberg, Commerzbank's Callable Bonds Drop as CFO Said No Need to Redeem, 4 November 2016 updated on 7 November 2016 http://www.bloombergquint.com/onweb/2016/11/04/commerzbank-s-callablebonds-drop-as-cfo-said-no-need-to-redeem 2 2 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 オプションが付されていた。 Fannie Mae は、2002 年 4 月に、既にコール可能な状態になってい たモーゲージ債約 15 億ドルを繰上げ償還すると発表したところ、モーゲージ債の市場価格が大 幅に下落し、市場参加者から批判を浴びたため、前言を撤回し、コールしないことにした経緯があ る 6。これ以降、Fannie Mae は、残高が当初の 1%に達するか、裏付けとなる住宅ローンが 1 件だけになったものを「クリーンアップコール」の対象とし、繰上げ償還する運用を続けている模様 である。 この Fannie Mae を巡る 2002 年の騒動は、発行時よりも大幅に市場金利が低くなっている 局面では、過去に発行された高水準のクーポンの債券は償還されずに市場に残存した方が市場 参加者にとって得であるということが背景にある。 Fannie Mae がクリーンアップコールの実施を 発表した直後の報道記事を読むと、クリーンアップコールは投資家から GSE (政府が支援する企 業)への所得移転だと指摘するような批判的な論調も見られる。 繰上げ償還の見送りは、常に市場から批判される訳ではない。市場参加者にとって都合が良 い場合は、歓迎されることすら考えられるであろう。けっきょくのところ、市場慣行を破る発行体も 勝手だが、市場参加者も勝手である。その時点での金銭的な損得が重要な判断基準となる。 発行体の任意による繰上げ償還オプションは、行使するか否か、行使できる複数の日のうちい つ行使するかは、本来は発行体の自由である。投資家や市場の仲介機関は、発行体がいつ償還 するかを予想し、そうした予想に基づく価格形成を行ってきたところ、その予想が外れる(市場参 加者の勝手な期待が裏切られると表現してもよい)ことも起き得るということであろう。コール可能 な日にコールされるか否かで価格評価が大きく異なることになる債券等については、このことを明 確に認識せねばならないのだろう。 本稿では、具体的な外国の金融機関および有価証券について言及したが、本稿はこれらにつ いての投資判断を行うものではない。新生証券調査部は本稿で言及した金融機関をリサーチの 対象としておらず、これらの金融機関が発行する有価証券について何らの推奨も行わない。 (調査部長 江川 由紀雄) 6 一連の騒動とその顛末を説明した報道事例として、 Wall Street Journal, Fannie to Rescind 'Cleanup Call' That Angered Securities Investors, April 15, 2002 http://www.wsj.com/articles/SB1018818141554473520 他の報道事例として National Mortgage News, Fannie Rescinds Clean-Up Calls, April 15, 2002 http://www.nationalmortgagenews.com/dailybriefing/2002_72/-396263-1.html 3 3 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 4 名称 :新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.) 金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号 所在地 :〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目4番3号 日本橋室町野村ビル Tel : 03-6880-6000(代表) 加入協会 :日本証券業協会 一般社団法人金融先物取引業協会 一般社団法人日本投資顧問業協会 一般社団法人第二種金融商品取引業協会 資本金 :87.5 億円 主な事業 :金融商品取引業 本書に含まれる情報は、新生証券株式会社(以下、弊社)が信頼できると考える情報源より取得されたものですが、弊社 はその正確さについて意見を表明し、または保証するものではありません。情報は不完全または省略されたものである ことがあります。本書は、有価証券の購入、売却その他の取引を推奨し、または勧誘するものではありません。本書は、 特定の商品やサービスの勧誘・提供を行う目的で作成されたものではありません。本書で言及されている投資手法や取 引については、所定の手数料や諸経費等をご負担いただく場合があります。また、これらの投資手法や取引について は、金融市場や経済環境の変化もしくは価格の変動等により、損失が生じるおそれがあります。本書に含まれる予想及 び意見は、本書作成時における弊社の判断に基づくものであり、予告なしに変更されることがあります。弊社またはその 関連会社は、本書で取り扱われている有価証券またはその派生証券を自己勘定で保有し、または自己勘定で取引する ことがあります。弊社は、法律で許容される範囲において、本書の発表前に、そこに含まれる情報に基づいて取引を行う ことがあります。弊社は本書の内容に依拠して読者が取った行動の結果に対し責任を負うものではありません。本書は 限られた読者のために提供されたものであり、弊社の書面による了解なしに複製することはできません。 信用格付に関連する注意 本書は、金融商品取引契約の締結の勧誘を目的としたものではありません。本書で言及ま たは参照する信用格付には、金融商品取引法第 66 条の 27 の登録を受けていない者による無登録格付が含まれる場 合があります。 4 著作権表示 © 2016 Shinsei Securities Co., Ltd. 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