新生ストラテジーノート 第 241 号

新生ストラテジーノート 第 241 号
2016 年 11 月 9 日
調査部長 江川 由紀雄
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金融機関の負債性証券の信用リスク、日本の銀行持株会社の場合
信用リスクの相対的な高低を考えてみる
銀行持株会社が「TLAC 適格」として発行する無担保社債と、その銀行子会社がバーゼル3導
入前に過去に発行した従来型劣後債とでは、どちらの信用リスクが高いのだろうか。何れも、格付
会社からは格付けを取得しており、両者を同じ水準にしている格付会社と銀行劣後債の方を 1 ノ
ッチ低く格付けしている格付会社に分かれる。ところが、格付けの序列を逆にしている(銀行劣後
債の方を高く格付けしている)格付会社は見かけない。このような格付けの高低は両者の信用リ
スクの相対的な優劣関係を正しく表現できているだろうか。
本邦の銀行持株会社の TLAC 適格無担保社債と銀行の従来型劣後債(破産、民事再生、会社
更生等の法的倒産手続開始時に他の債権に後れるとするいわゆる「劣後特約」のみを付した無
担保社債)は、極めて類似している。類似点は、デフォルトの発生が発行体に法的倒産手続きが
開始された時点以外に想像し難いことと、銀行の一般債権者よりは破綻時の債権回収において
相応に劣後するであろう点である。
果たして、持株会社の TLAC 適格社債とその子会社になる銀行の従来型劣後債とでは、どちら
の信用リスクが高いのだろうか。本稿ではこの問題の考え方について、筆者なりの整理を試みた
い。
格付会社の格付けの高低関係の背後にある考え方
格付会社の格付けを見る限り、銀行持株会社の TLAC 適格社債とその子会社になる銀行の従
来型劣後債については、日本のメガバンクグループに関しては、両者ともに同水準か、または、銀
行の劣後債の方が1ノッチ低い格付けになっている。
格付会社は、銀行の債務については、いわゆる無担保シニア債と従来型劣後債との間に典型
的には 1 ノッチの格付けの格差を設ける。従来型劣後債のように、劣後事由が法的倒産手続きだ
けと約定されており、利息の繰り延べ等は合意されておらず、期限の利益の喪失事由はいわゆる
無担保シニア債と同じものであれば、デフォルトするときは、無担保シニア債も従来型劣後債も同
時にデフォルトすると考えられる。片方がデフォルトしもう片方がデフォルトしないという状況を想
像することは難しい。デフォルトする原因が法的倒産手続きにある場合は、劣後債の劣後特約が
発動される。法的倒産手続きに至らないデフォルト(たとえば、長期間にわたる支払債務の不履行
状態の継続や私的整理)は想定し難い。銀行の無担保シニア債と従来型劣後債の格付けの差異
はこうしたこと―デフォルトする可能性はほぼ同じでも、デフォルト時の回収率に顕著な差異が生
じるから―で説明できる。
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銀行の格付け(発行体格付け、無担保シニア債の格付け)と、その親会社の銀行持株会社の
格付けとでは、同水準にしている格付会社と持株会社を 1 ノッチ低く格付けしている格付会社が
ある。銀行持株会社は収益事業を行う訳ではなく、主要な銀行子会社の株主の立場で利益の配
当を受け、市場から調達した資金を子会社に転貸して、子会社から元利払いを受けられる立場に
過ぎない。持株会社と収益事業を行う子会社のこうした関係を踏まえれば、そこには構造的劣後
構造が見られる。このため、持株会社の方が信用力に劣る(信用リスクが高い)と考えることには
合理性がある。
こうした構造劣後は各格付会社共に認めるところではあろうが、これに起因する信用力の差異
を 1 ノッチの格付け格差として表現するか否かの点において、格付会社によるばらつきがみられ
るというだけのことである。また、各格付会社とも、筆者の知る限り、現時点では、「TLAC 適格」と
称される本邦銀行持株会社の無担保社債の格付けは、当該持株会社の発行体格付けと同水準
にしている。
格付会社の格付けで見ると、銀行持株会社の TLAC 適格無担保社債と、同社の子会社となる
銀行の従来型劣後債とが、同水準かまたは後者が 1 ノッチ低くなっているのは、こうした考え方に
基づくものであろう。
デフォルトする状況を具体的に想像してみる
銀行持株会社にとって、主要な子会社である銀行は、連結ベースでみて、資産負債の大半を占
める存在になっている。銀行持株会社がその主要な子会社である銀行の存在なしに単独の事業
体として経営されることは想定し難い。役職員の兼務も多く見られ、ほとんど一体として経営され
ていると言ってよい。銀行持株会社自身は銀行業務を行っていない。その事業の制約が緩和され
るといっても、銀行子会社の存在に依存しない収益事業は考え難い。収益力や財務健全性を評
価する観点からは、持株会社とその銀行子会社とを区別して考える必然性に乏しい。しかし、一
体経営されているとはいえ、あくまで別の法人である。
金融庁が 2016 年 4 月 15 日に公表した本邦 G-SIBs (現状は、メガ3グループのみ)の TLAC
の扱い方の方針を明らかにした「金融システムの安定に資する総損失吸収力(TLAC)に係る枠
組み整備の方針について」 1と題する文書では、G-SIBs の処理について、銀行持株会社に対する
特定 2 号措置と特定管理を命ずる処分(預金保険法 126 条の 5)を行い、持株会社の「システム
上重要な取引に係る事業等」(主要子会社の株式を含む)を特定継承金融機関等に譲渡させ、事
業等を譲渡した後の持株会社を法的倒産手続きの下で処理する手順が唯一の例として示されて
いる。この処理手順では、銀行は、デフォルトを発生させることなく、営業を継続することが想定さ
れているものと思われる。また、銀行持株会社の TLAC 適格無担保社債を含む様々な持株会社
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http://www.fsa.go.jp/news/27/ginkou/20160415-3.html
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の負債は、最終的には法的倒産手続きによって処理されるのであるから、それはデフォルトする
ことになり、破産債権なり更生債権なり再生債権として一定の手続きの下で弁済・配当を受けるこ
とになろう。持株会社にめぼしい資産がない状態での法的倒産手続きになることから、満額の弁
済がなされる状況は考えにくいだろう。
つまり、金融庁の「金融システムの安定に資する総損失吸収力(TLAC)に係る枠組み整備の
方針について」(2016 年 4 月)に示されている唯一の本邦 G-SIBs 破綻処理の流れでは、銀行
持株会社の TLAC 適格無担保社債はデフォルトし、法的倒産手続きに取り込まれるいっぽうで、
銀行の従来型劣後債はデフォルトするようには思えない。これとは逆に、銀行の従来型劣後債が
デフォルトし、持株会社の TLAC 適格無担保社債がデフォルトしないような状況は、筆者は容易に
は想像できない。
こうしたことから、持株会社の TLAC 適格社債とその子会社になる銀行の従来型劣後債とでは、
どちらの信用リスクが高いのかという疑問に筆者なりの回答を用意すれば、本邦メガバンクグル
ープ(本邦 G-SIBs と同義である)を前提とすれば、前者がデフォルトし後者はデフォルトしない
状況は想定し得るものの、その逆は想像できないことから、格付会社の格付けの序列とは異なる
結果になってしまうが、持株会社の TLAC 適格社債の方が信用リスクが高いと考えるべきではな
いかということになる。なお、これは、あくまで筆者の思考の一端を紹介したものに過ぎず、これと
は異なる見解もあり得る。また、言うまでもないが、ここで紹介した筆者の考え方は、銀行グルー
プの破綻・再生処理を巡る法制度や銀行監督当局の姿勢を材料にしていることから、国や時代が
異なれば、異なる結論に至ることがあり得る。
ややこしくなった銀行・銀行持株会社の負債性証券の体系
金融機関が発行するハイブリッド証券(または、バンク・キャピタル証券)を含む負債性証券がこ
こ数年で多様化した。今年に入ってからは本邦銀行持株会社が「TLAC 適格」と説明して無担保
社債を発行する事例が出現し始めた。TLAC 適格社債は、劣後特約等のハイブリッド証券に特有
の特約が付されていない社債であるが、FSB および BCBS の方針に則り、破綻時に一定の損失吸
収の役割を期待されるものである。単純な無担保社債だからといって、「シニア債」と呼ぶことは躊
躇されるような社債である。
かつては法的倒産時劣後特約を付した無担保社債(便宜的に、従来型劣後債と呼ぶ)が自己
資本比率規制上、 Tier 2 に算入できていたが、日本においては、国際統一基準行は 2013 年 3
月 31 日から、国内基準行については 2014 年 3 月 31 日からは、従来型劣後債を発行しても自
己資本比率規制上、 Tier 2 などの自己資本に算入することができなくなったものの、既に発行
していたものは、経過措置として最長約 9 年間にわたり自己資本への算入が認められる。
バーゼル3への移行後(日本においては、国際統一基準行について 2013 年 3 月 31 日から)
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は、劣後債を自己資本に算入するには、最低でも、 PONV 2 発生時に強制的に株式に転換され
るか債務免除となる(つまり、消滅する)特約が付されている必要がある。バーゼル3下で Tier 2
に算入できる劣後債等を市場関係者は “B3T2” 3 と呼ぶ。本邦メガバンクグループについては、
持株会社が発行体となるか、海外に所在する特別目的会社が発行体となり持株会社が保証する
形で、2014 年 3 月に発行が始まった。また、発行体が Tier 2 ではなく、「その他 Tier 1」に算
入できる “AT1” と呼ばれる永久劣後債が、本邦メガバンクグループの銀行持株会社を発行体と
して 2015 年 3 月から発行が始まった。これの特徴は、発行体の CET1 (普通株式等 Tier 1)
比率が 5.25%を下回ると発動する債務免除特約が付されていること(本邦銀行持株会社の
“AT1” 適格永久劣後債は、いったん債務免除特約が発動されても、 CET1 比率が回復すれば、
復活する特約も付すという慣行が固まりつつあるように思える)と、利払いを見送ってもそれは期
限の利益喪失事由にはならない(極論すれば、利払いは、あたかも株式の配当のように、発行体
の任意という位置づけ)ということである。更に今年に入ってからは、本邦メガバンクグループの銀
行持株会社が「TLAC 適格」と説明して無担保社債を発行する事例がみられるようになった。
今年(2016 年)に入ってからは、日本のメガバンクグループの銀行持株会社が無担保社債を
「TLAC 適格」として発行を開始している。金融庁は、2016 年 4 月 15 日に発表した「金融システ
ムの安定に資する総損失吸収力(TLAC)に係る枠組み整備の方針について」と題する文書で本
邦における TLAC に係る枠組みについては、主に銀行持株会社の自己資本比率規制に係る金融
庁告示を改正することで実現する方針を明らかにしている。
(調査部長 江川 由紀雄)
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“PONV” は、“point of non-viability” の略語であり、日本語の文献では「実質破綻時」等と
訳出される事例を多く見た。何をもって PONV とするかは、銀行破綻・再生処理に関する法制度
および銀行監督当局の姿勢と密接に関係し、それは当然ながら、国により時期により異なる。本
邦メガバンクグループの持株会社が発行または保証する “PONV” トリガーの債務免除特約きの
“B3T2” は、預金保険法 126 条の 2 の 1 項 2 号に定める措置(特定 2 号措置)に関する政府に
よる認定などを “PONV” としている。
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“B3T2” は “Basel 3 eligible Tier 2”の略語。
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名称
:新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.)
金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号
所在地
:〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目4番3号
日本橋室町野村ビル
Tel : 03-6880-6000(代表)
加入協会 :日本証券業協会 一般社団法人金融先物取引業協会
一般社団法人日本投資顧問業協会
一般社団法人第二種金融商品取引業協会
資本金
:87.5 億円
主な事業 :金融商品取引業
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合があります。
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