新生ストラテジーノート 第 242 号 2016 年 11 月 10 日 調査部長 江川 由紀雄 [email protected] (03) 6880-6035 住宅金融支援機構・Ginnie Mae 日米住宅金融円卓会議からの示唆 住宅政策と住宅金融の関係、住宅金融における公的機関の役割について 住宅金融支援機構は、2016 年 10 月 17 日、東京都内で Ginnie Mae (米国政府抵当金庫) との第 2 回日米住宅金融円卓会議をホストとして開催 1した。同会議の初回会合 2は、昨年 8 月 27 日にワシントン DC で開催された 3。これらの会合は、住宅金融支援機構と Ginnie Mae が 2014 年 1 月に締結した “Memorandum of Understanding” 4と、それを契機に深まった両者 の交流を背景としている。 住宅金融支援機構と Ginnie Mae による第 2 回日米住宅金融円卓会議には、両機関の理事 長・総裁を含む幹部役職員を始め、政府関係者、研究者、資本市場関係者が参加し、いくつかの テーマに分けて、日米両国の参加者からプレゼンテーションと討論ならびに質疑応答が行われた。 会議のアジェンダとしてとりあげられたテーマは、大きく分けて、資本市場と MBS、リバースモーゲ ージ、マクロ経済であった。最後のセッションで報告を行った吉野直行 ADBI (アジア開発銀行研 究所)所長・Matthias Helbe ABDI リサーチエコノミスト両氏による論文を掲載する書籍は、会議 開催にあわせて出版 5された。同書の Chapter 4 は住宅金融支援機構の職員である小林正宏 氏による日本の住宅金融に関する論考となっている。円卓会議での報告・討論内容は必ずしも公 1 住宅金融支援機構 「第2回日米住宅金融円卓会議を開催しました」 2016 年 10 月 21 日 http://www.jhf.go.jp/topics/topics_20161018.html 2 Ginnie Mae, Inaugural Ginnie Mae and Japan Housing Finance Agency Roundtable Tackles Challenges Still Facing Housing Finance Industry, August 27, 2015 http://www.ginniemae.gov/newsroom/Pages/PressReleaseDispPage.aspx?ParamID =102 3 住宅金融支援機構 「米国政府抵当金庫(ジニーメイ)と共同で円卓会議を開催しました」 2015 年 9 月 3 日 http://www.jhf.go.jp/topics/topics_20150903.html 4 Ginnie Mae による公表文 http://ginniemae.gov/newsroom/Pages/PressReleaseDispPage.aspx?ParamID=85 住宅金融支援機構による公表文 http://www.jhf.go.jp/topics/topics_201401_gnma.html Yoshino, Helbe, et., al, The Housing Challenge in Emerging Asia: Options and Solutions, Brookings Institute, 2016 市販されている書籍であるが、ADB のウェブサイト上 5 で PDF ファイル形式で全文が無料で公開されている。 https://www.adb.org/publications/housing-challenge-emerging-asia-options-an d-solutions 1 1 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 表されている訳ではないこともあり、本稿では、会議における報告・討論内容自体には踏み込ま ずに、円卓会議のアジェンダに関連する筆者の雑感を記しておきたい。 Ginnie Mae の事業内容、住宅金融支援機構との共通点・相違点 Ginnie Mae (または、 Government National Mortgage Association)は、1968 年に Fannie Mae の政府からの分離独立と同時に連邦政府の一部門(a division)として設立された 都市住宅開発省(Department of Housing and Urban Development,. HUD)の監督下に置 かれている連邦政府機関である。株式会社形態の Fannie Mae および Freddie Mac とは違 い、 Ginnie Mae の債務は連邦政府の債務であり、Ginnie Mae が元利払いを保証する MBS は、米国連邦政府の信用力を背景にしたものと考えられている。 Ginnie Mae の現在の主たる業務は、 FHA (Federal Housing Administration)、 VA (Veterans Administration) 等による融資保険・保証が付された住宅ローン債権の証券化商 品(MBS)に対する保証を提供することである。 Ginnie Mae が保証する MBS の発行残高は、約 1.7 兆ドル(2016 年 6 月末)と、 Freddie Mac が発行する MBS の残高(同、約 1.8 兆ドル)と 拮抗しており、 Fannie Mae のそれ(約 2.9 兆ドル)よりは幾分小さい 6。 Ginnie Mae の主力事業である MBS の元利払いの保証は、住宅金融支援機構の証券化支援 事業における「保証型」と基本的には同じものである。もっとも、 Ginnie Mae は、連邦政府の別 の機関(FHA)等が融資保険等を付している住宅ローンを裏付けとする MBS を保証の対象として いる一方で、住宅金融支援機構の「保証型」にあっては、融資保険の提供と MBS の元利払いを保 証する者が共に住宅金融支援機構自身である点が異なる。住宅金融支援機構は、日本政府が 100%出資する独立行政法人であるが、その債務に政府保証が付されている訳ではない。 Ginnie Mae が元利払いを保証する MBS については、日本を含む米国外の投資家が多く参入し ているが、そのひとつの動機が、信用リスクとしては、アメリカ合衆国政府向けの与信と考えること ができ、米国債と同様にエクスポージャー管理を行うことが正当化されるということにあろう。 Ginnie Mae が保証する MBS の裏付資産となる住宅ローンのオリジネーターの業態は、2010 年頃までは圧倒的に銀行等の預金取扱金融機関であったが、近時では圧倒的に銀行ではない 業態(住宅ローン専門業者、家計管理サービス提供企業等)になっている。この点で、住宅金融支 援機構が今年取り扱いを再開した「保証型」では、銀行ではないモーゲージバンクが参入(正確に は再参入)したことを想起させる。住宅金融支援機構の「買取型」は、 Fannie Mae の主力事業 6 しばしば “agencies” とひとくくりに論じられることがあるが、 Fannie Mae および Freddie Mac との比較における Ginnie Mae の特徴については、たとえば、小林正宏「米国政府抵当金 庫(ジニーメイ)の最近の動向」, 季刊『住宅金融』2013 年冬号, 住宅金融支援機構, pp 66—73 を参照 http://www.jhf.go.jp/files/300127332.pdf 2 2 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 に酷似している。米国における近時の住宅ローンの証券化事情は、住宅ローンと債券市場を MBS という形で結ぶ形態として、「買取型」と「保証型」の使い分けについて考察する材料になり得 るように思える。 リバースモーゲージにおける政府または公的機関の役割 リバースモーゲージは、主に高齢者に対する住宅を担保としたローンであり、借手の死亡後に 返済が行われることを予定する住宅ローン商品である。米国では、1989 年から連邦政府機関で ある FHA のプログラムとして HECM (Home Equity Conversion Mortgage)が導入されてお り、 Ginnie Mae は、 HECM を裏付けとする MBS (HMBS)の元利払いの保証も行っている。 米国ではこうした連邦政府機関がリスクを負担する形でリバースモーゲージがいわば公的な制 度になっている現象がみられる一方で、日本では、1981 年に武蔵野市が導入した制度(2015 年に終了)、厚生労働省の指導の下に地方公共団体・社会福祉協議会が実施している生活支援 基金融資制度などの公的な主体による取り組み事例は見られるものの、大半は民間銀行が純粋 に営利事業としてリバースモーゲージを顧客に提供している。日本において現存するリバースモ ーゲージの大半は、民間の銀行が貸し出し、貸手となる銀行が自ら債権者として保有し続けてい るものと推測される。もっとも、日本におけるリバースモーゲージの取扱実績は、限定的な規模に 留まっていると認識してよいだろう。 米国の HECM では、現状は、借入残高が借入限度額(Maximum Claim Amout, MCA)の 98%に達した時点で、貸手(オリジネーター)は当該ローンを FHA に対して「プット」(譲渡する)権 利を有しており、大半のローンについてそうした「プット」が行使されている模様である。また、この 「プット」を義務化することも検討されている模様である。つまりは、多くの場合に、連邦政府機関 である FHA が HECM の借手―自ら所有し居住する住宅を担保にローンを借り入れた中高年お よび高齢者―に対する債権者になってしまうということを予定した公的な制度のように思える。 金融機関等の民間企業が債権者として債権回収を行う場合と、政府が市民から債権を回収す るのでは、その方針や手法や異なる可能性があろう。 リバースモーゲージの債権回収は、多くの場合に、借手の死亡後となり、相続人を相手に行う ことになる(相続人が担保物件に居住し続ける可能性もある)ことを踏まえ、日本においても、公的 な機関が果たせる役割について模索する価値があろう。 住宅政策と住宅金融との関係 吉野直行 ADBI 所長・慶應義塾大学名誉教授、 Matthias Helbe 氏(Research Economist, ADBI)らのの共著による論文 7では、住宅金融が十分に普及していない国・地域で住宅取得者が 7 前出(脚注 5 と同じ) The Housing Challenge in Emerging Asia の Chapter 1 および 3 3 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 容易に住宅ローンを借りられるような政策を検討する際には、同時に、住宅の供給を増やさなけ れば、住宅バブルが生じる危険性を指摘している。 住宅金融支援機構は、日本の国土交通省住宅局と共に、ミミャンマー連邦共和国建設省都市・ 住宅開発局及びミャンマー連邦共和国建設住宅開発銀行との間で 2016 年 9 月に住宅金融に関 する協力意図表明文書(Letter of Intent)を締結 8しており、ミャンマーの関係者との交流を持っ て い る 模 様 で あ る 。 ま た 、 住 宅 金 融 支 援 機 構 は 、 タ イ の SMC ( Secondary Mortgage Corporation, บรรษัทตลาดรองสินเชื่อที่อยูอ่ าศัย)との協力関係も築いている 9。こうした協力関係を通じて、 日本における住宅金融のノウハウがアジアに移植されていくことが期待されるが、住宅金融だけ を充実させることには危険を伴うことを認識すべきなのであろう。住宅金融は、住宅を取得したい と考える一般国民が、その願望を叶えることを支援するひとつのツールに過ぎない。住宅金融の みを充実することは適切ではないであろう。住宅供給の量と質、そして、国民の所得水準との対 比における住宅価格の水準調整といったことを同時に検討し政策として実行することが望ましい のであろう。住宅金融を巡る制度やビジネス慣行と住宅政策は密接に連携せねばならないように 思える。 (調査部長 江川 由紀雄) 4 Chapter 2 を参照。 https://www.adb.org/publications/housing-challenge-emerging-asia-options-a 8 nd-solutions 住宅金融支援機構 「ミャンマー連邦共和国建設住宅開発銀行等との間の住宅金融に関する 覚書の締結について」 2016 年 9 月 5 日 http://www.jhf.go.jp/topics/topics_20160905.html 9 住宅金融支援機構 「タイ王国 SMC(第二次抵当公社)と協力覚書(Memorandum of Cooperation : MOC)を締結しました。」 2015 年 2 月 5 日 http://www.jhf.go.jp/topics/topics_201402_smcthailand.html 4 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 5 名称 :新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.) 金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号 所在地 :〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目4番3号 日本橋室町野村ビル Tel : 03-6880-6000(代表) 加入協会 :日本証券業協会 一般社団法人金融先物取引業協会 一般社団法人日本投資顧問業協会 一般社団法人第二種金融商品取引業協会 資本金 :87.5 億円 主な事業 :金融商品取引業 本書に含まれる情報は、新生証券株式会社(以下、弊社)が信頼できると考える情報源より取得されたものですが、弊社 はその正確さについて意見を表明し、または保証するものではありません。情報は不完全または省略されたものである ことがあります。本書は、有価証券の購入、売却その他の取引を推奨し、または勧誘するものではありません。本書は、 特定の商品やサービスの勧誘・提供を行う目的で作成されたものではありません。本書で言及されている投資手法や取 引については、所定の手数料や諸経費等をご負担いただく場合があります。また、これらの投資手法や取引について は、金融市場や経済環境の変化もしくは価格の変動等により、損失が生じるおそれがあります。本書に含まれる予想及 び意見は、本書作成時における弊社の判断に基づくものであり、予告なしに変更されることがあります。弊社またはその 関連会社は、本書で取り扱われている有価証券またはその派生証券を自己勘定で保有し、または自己勘定で取引する ことがあります。弊社は、法律で許容される範囲において、本書の発表前に、そこに含まれる情報に基づいて取引を行う ことがあります。弊社は本書の内容に依拠して読者が取った行動の結果に対し責任を負うものではありません。本書は 限られた読者のために提供されたものであり、弊社の書面による了解なしに複製することはできません。 信用格付に関連する注意 本書は、金融商品取引契約の締結の勧誘を目的としたものではありません。本書で言及ま たは参照する信用格付には、金融商品取引法第 66 条の 27 の登録を受けていない者による無登録格付が含まれる場 合があります。 5 著作権表示 © 2016 Shinsei Securities Co., Ltd. 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