日 米 - 東洋経済 ONLINE STORE

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34
2016
11/12
CONTENTS
1
日米関係の総点検
米国による戦後復興
ジャパンバッシングの時代
冷戦終結、
日米同盟の再強化
日本は
「属国」か
今だから考える
INTERVIEW│白井 聡 ●京都精華大学 専任講師/中山俊宏 ●慶応義塾大学 SFC教授
42 日本よ Gゼロ時代を生き残れ! イアン・ブレマー/丹羽宇一郎/シーラ・スミス
師を直撃 日米同盟は
「瀕死」
ですか?ジョセフ・ナイ●元米国防次官補
44 米国外交の軍
46
48
50
53
56
58
60
62
2
日米同盟の明日
【図解】同盟解体でかかるおカネ
自主防衛なら費用倍増
政府も司法も思考停止▶ 沖縄ありきの基地移転
プロの警鐘 1
中国とロシアはなぜトランプ支持か ● 佐藤 優
透ける2大政党制の限界▶ 米国政治の変質は決定的
激化する覇権争奪戦▶ 中国が試す日米の抑止力
米中が目を光らす▶日ロ接近の危うい綱渡り
プロの警鐘 2
PART
3
摩擦はなくなったが日本の存在感は低下 ● 大前研一
日米経済の焦点
米国に振り回される
「円」
「ミスター円」
の証言
66
68
■ 日本と米国は対等なパートナー
(→P32)
だと思いますか
対等だ
証言で学ぶ日米の70年
PART
プロの警鐘 3
アフロ、Getty Images
同 盟 の コ ス ト と リ タ ー ン
【図解】日米関係をめぐる3つの焦点
PART
米大統領選挙で見えたの
は超大国の変質だった。
日本はどう向き合うか。
日米関係の
大不安
【第 1特集】
1945∼68
1969∼88
1989∼現在
40
表紙から
INTERVIEW│
『合意なき為替介入は不可能』●榊原英資
核武装の誘惑断ち原子力の基盤守れ ● 寺島実郎
米国の腰砕けで混迷▶ TPP再起動の条件
14.2%
対等では
ない
どちらとも
いえない
66.1%
19.7%
イアン・ブレマー
42
国際政治学者
ユーラシア・グループ社長
「得意分野に集中
アジアの安定に寄与を」
ジョセフ・ナイ
44
元米国防次官補
ハーバード大学 特別功労教授
「日米関係は
多くの分野で前進した」
佐藤 優
作家
「北方領土交渉は
日米同盟の問題だ」
50
CONTENTS
2016 11/12
ニュース最前線
9 | 経 済 を 見 る 眼 |日本語の壁と大学ランキング/苅谷剛彦
11 | こ の 人 に 聞 く |碓井 稔 ● セイコーエプソン社長 |生産性向上には紙がいい
27 | 少 数 異 見 |誰が資本主義を滅ぼすか ウェルズ・ファーゴの教訓
この人に聞く
セイコーエプソン社長
碓井 稔
9
経済を見る眼
苅谷剛彦
72
73
104
106
108
110
111
112
113
116
125
126
|ニュース戦
11
18 結局は都民が負担?
膨らむ五輪費用の行方
中国動態
陳言
72
ニュース戦記
星浩
104
中 国 動 態
| フ ォ ー カ ス 政 治|17年本格化の改憲協議 首相が明言避ける理由/塩田 潮
|資源価格上昇と金融緩和退潮が株式への流れを誘発/重見吉徳
|
為 替 観 測
|1㌦=105円台回復も中期的な円高見通しは不変/門田真一郎
| マ ク ロ ウ ォ ッ チ |長時間残業の元凶 36協定が見直しへ
|
投 資 の 視 点
|IPO分析|ストライク 財務知識、ネットに強み
|ブックス &トレンズ|
『経済学者 日本の最貧困地域に挑む』を書いた鈴木 亘氏に聞く ほか
| Readers & Editors|読者の手紙、編集部から
90
|生 涯 現 役の人 生 学|心付けのこと/童門冬二
※今号は「知の技法 出世の作法」を休載します
株式観測
重見吉徳
世界中でロボット沸騰
増産急ぐ日本メーカー
22
続くタワマン狂騒曲
税見直しはどこまで
25
骨肉の争い決着せず
揺れる巨大財閥ロッテ
23
コンテナ船3社統合
同床異夢の船出に不安
困難極める
廃炉・汚染水対策
93
106
グローバルアイ
クリス・パッテン
110
ブックス&
トレンズ 『経済学者 日本の最貧困地域に挑む』
鈴木 亘
第4回
溶けた核燃料を原子炉から取り出す――。
40年ともそれ以上ともいわれる廃炉作業は完遂できるのか。
生涯現役の人生学
童門冬二
116
地下水の流入阻止に手間取る
96 「汚染水対策に全力 廃炉はまだ登山口」
126
PR
5 ビジネスアスペクト トムソン・ロイター・マーケッツ/今なぜ、機関投資家が「定量的
な分析」に注目するのか
12 インタラクション 公益財団法人全国法人会総連合
28 ヤフー 「Yahoo! DMP」の底力
74 残しておきたい 2016年、新作腕時計ファイル
114 ESG・CSV Trend 2016
122 HR SUMMIT 2016
図表作成:小堺賢吾
本誌の記事は「日経テレコン」
「G-Search」
「ELNET」
「FACTIVA」等のデータベースに収録されており、フリーキーワードで検索、購入できます。
都民ファーストを掲げ
る小池都知事は、開催
費と都民の負担をどこ
まで圧縮できるか
福島第一原発
| グ ロ ー バ ル ア イ|米国の次期大統領が持つべき「長崎の視点」/クリス・パッテン ほか
株 式 観 測
24
原発 最後の選択
|ポンドの急落が飛び火 人民元安の観測広がる/陳 言
|
ハロウィーン市場膨張
アンチを味方にできるか
緊 急 連 載
記 |内向き米大統領選の意味するもの/星 浩
| ゴ ル フ ざ ん ま い|アーノルド・パーマーをしのんで/青木 功
|
20
I NTERV IEW
OKI 執念の工場再生
深層リポート
98
増田尚宏 ● 東京電力ホールディングス常務執行役
沖電
気工
業
閉鎖の危機に瀕した工場が、他社工場を次々と買うまでに再生。
背景には、1人の男の執念があった。
102 「工場はもう後がない 命懸けでEMS育てた」
I NTERV IEW
清水光一郎 ● OKI 顧問
威となり又は世界の平和及び安全の
針﹂には、
﹁日本国が再び米国の脅
動が活発化した。
活を支え、労働運
軍需工場は閉鎖、厳しい経済統制が
財閥解体や農地改革などによる日
本の経済民主化が進められた一方、
し進めた。
東に東側陣営の脅威が広がった。
東が中華人民共和国を樹立する。極
党が内戦に勝利し、 年 月に毛沢
つの政府が成立。
安保条約制定の強行採決をするに当
まり評判がよくない。君の経歴に傷
たり、激しい安保闘争が巻き起こる
がつくといけないので、私だけが署
こととなる。
年4月に発効し、日本はようやく
独立国家としての主権を回復した。
「もはや戦後ではない」
目覚ましい経済復興
日本経済はデトロイト銀行頭取・
ドッジによる緊縮財政を中心とした
経 済 安 定 政 策﹁ド ッ ジ・ ラ イ ン﹂
︵ 年︶で、一時は深刻な不況に陥
1月、天皇が神格化否定の詔勅
(「人間宣言」
)
5月、日本国憲法施行
1月、ロイヤル米陸軍長官が
対日占領政策の転換を演説
3月、GHQ顧問の米ドッジ公使
が緊縮財政による日本経済再建を
要求(ドッジ・ライン)
6月、朝鮮半島の北緯 度線で
戦闘が開始(朝鮮戦争)
9月、
サンフランシスコ講和条約、
日米安全保障条約に調印
月、朝鮮戦争特需によって
神武景気が発生( 年6月まで)
7月、経済白書で「もはや『戦後 』
ではない」と記述
月、日ソ共同宣言に調印、
国交を回復したが北方領土問題は
先送りされた
1月、新日米安保条約・協定に
調印。以後、 年安保闘争へ
月、東京オリンピック開催
2月、米機が北ベトナムを爆撃
(北爆の開始)
庁エコノミストの後藤譽之助が 年
急拡大する。その目覚ましさは、官
その後も、繊維産業や造船業、鉄
鋼業が政府主導の税制優遇策などで
を受け、工業生産や個人消費は戦前
った。だが、朝鮮戦争特需の追い風
度の経済白書に﹁もはや戦後ではな
い﹂と記すほどだった。
﹁もはや戦後ではない﹂は時代の
高揚感を示したフレーズと解釈され
ることが多いが、実は当時、戦後の
復興需要という成長エンジンがなく
なり、
﹁この先は厳しい時代になる﹂
と、警鐘を鳴らしたものだった。
だが、そんな懸念をよそに、日本
は 年の東京オリンピック景気やい
ざなぎ景気などを経て、 年にはつ
いにGNP︵国民総生産︶で西ドイ
ツを抜き世界2位の経済大国となっ
ていく。
34
2016.11.12 週刊東洋経済
大テーマで読む戦後史入門
脅威とならざることを確実にするこ
と﹂と明記されている。
自由主義陣営の東
米英を中心とした
だが、ソ連主導
の社会主義陣営と
証言で学ぶ日米の 年
在の日米関係が決定付けられ
たのは、1945年8月の敗
西対立︵冷戦︶が
激化すると、米国
続き、日本の鉱工業生産額は戦前の
米国のロイヤル陸軍長官は、 年
1月の演説で﹁日本を極東における
た池田勇人蔵相に、
「この条約はあ
PART
現
戦時にさかのぼる。8月 日に日本
極東の防波堤へ
占領政策を転換
3分の1以下にまで落ち込んだ。
全体主義の防波堤にする﹂とし、G
た。 だが、60 年に岸信介内閣が新
45 年 8月、愛機バター
ン号から厚木飛行場に
降り立ったマッカーサー
はポツダム宣言を受諾。日本を占領
転換点を迎える。
の対日占領政策は
不作による極度の食糧不足に加
え、過剰な通貨供給がハイパーイン
HQの非軍事化政策が日本を過度に
このとき、吉田首相は唯一同行し
48
の単独占領であった。
フレを引き起こし、戦後の日本経済
弱体化させていると批判した。
く、当初、国民の関心は高くなかっ
49
したのは連合国軍だが、実質は米国
朝鮮半島では
年夏に米ソ両国が
GHQ︵連合国軍総司令部︶のマ
ッカーサー元帥は、接収した皇居前
の第一生命館の執務室に陣取り、日
南北を分断して二
はどん底に落ちる。闇市が国民の生
治が終結したのは、 年9月、サン
て、 旧安保条約締結の扱いは小さ
使としてひっそりと署名に臨んだ。
50
米国の占領政策の目的は明確だっ
た。米国務省が9月 日に発表した
本の民主化と非軍事化を徹底して推
朝鮮戦争が勃発すると、東アジアに
フランシスコで﹁日本国との平和条
スの一室で、吉田首相が首席全権大
51
﹁降伏後における米国の初期対日方
おける日本の戦略的価値は一気に高
約︵サンフランシスコ講和条約︶
﹂
く掲載された講和条約の陰に隠れ
中国でも中国共産
まった。日本の再軍備をタブーとし
が調印されたときだ。
﹁二つの中国﹂
当時の新聞紙面では、1面に大き
コ郊外にある下士官用のクラブハウ
8月、
ポツダム宣言を日本が受諾。
マッカーサー元帥が厚木に到着
てきたGHQは方針を変更し、同7
で招かれなかった中国や署名を拒否
的に、旧安保条約はサンフランシス
54
同年3月に来日した米国務省の外
交政策立案者ケナンは、帰国後、日
本の公職追放や戦後賠償の中止など
月に朝鮮半島に出動させた駐日米軍
せ続けるための条約だったといえる。
56
をトルーマン大統領に進言。米国本
土では日本の経済、軍事力を再強化
った。事実上、日本を米国に隷属さ
ハウスで調印した講和条約とは対照
57
1945~1968
したソ連などを除き カ国が署名。
世界中に報道され華やかなオペラ
12
1
10
に代わる、治安維持のための武装部
で、出動義務がない片務的なものだ
10
し西側陣営に加えようという考えが
隊創設を日本に要望する。
保条約」と呼ばれる。
60
主流派となっていった。
持に必要な場合」と極めてあいまい
60
吉田茂首相は巨額の財政負担とな
る再軍備に消極的だったが、GHQ
の「新安保条約」に対して、
「旧安
64
からの指示を受け、同年8月に7万
5000人の﹁警察予備隊﹂
︵後の
本の防衛は「極東の平和と安全の維
65
64
サンフランシスコ
講和条約で再出発
約)
」の調印に向かった。60年発効
48
64年の東京五輪では
「新・三種の神器」
の1つカラーテレビが売れた
陸上自衛隊︶が組織された。
を定めていた。一方、米軍による日
6年間に及んだ連合国軍の日本統
との間の安全保障条約(日米安保条
10
49
46
基地方式」と「在日米軍駐留の延長」
51
の経済を上回る水準に回復した。
56
10
約となる「日本国とアメリカ合衆国
70
米国による
戦後復興
1945
TOPICS 1
47
48
14
全国どこにでも基地を作れる「全土
49
Bettmann
サンフランシスコ講和条約
に調印する吉田茂首相。戦
後6年で主権を回復した
旧安保条約は、米軍が望めば日本
印された同日夕刻、今度は2国間条
52
22
た。サンフランシスコ講和条約が調
年6月、米ソの代理戦争として
ることは許さなかったという。
Bettmann
週刊東洋経済 2016.11.12
35
名する」と言い、署名の場に同席す
とって慌ただしい一日だっ
38
日米関係の総点検
51年9月8日は吉田茂首相に
TOPICS 3
49
KPS
TOPICS 2
50
米国隷属を決めた旧安保
19
68
1
特集/日米関係の大不安
福 島 第一原 発
廃炉・汚染水対策
最難関の作業が、
﹁燃料デブリ﹂の
所の廃炉を実現するうえで、
る。どちらを採用するにせよ、燃料
ない﹁気中工法﹂が検討されてい
り出す﹁冠水工法﹂および水を張ら
燃料デブリ取り出し作業に際して
は、格納容器に水を張ったうえで取
燃料デブリがあるのは1∼3号
機。圧力抑制室に注ぎ込むべき水中
必要になるという。
に圧力抑制室の脚部の補強も併せて
込むことや、その重量を支えるため
圧力抑制室にセメント系材料を注ぎ
め、遠隔操作のできるロボットに頼
放射線量が極めて高い空間であるた
そこで重要な役割を担うのが、格
納容器の内部調査だ。しかしそこは
まってくる﹂という。
京電力・福島第一原子力発電
取り出しだ。メルトダウン︵炉心溶
デブリに水をかけることが必要だ。
不分離性コンクリートの量は、1号
計画されている。一つは2号機の格
年初めには、格納容器内部の調
査のために二つのロボットの投入が
東
融︶した核燃料が冷えて固まったも
その際、格納容器からの水漏れを防
2、3号機ではそれぞれ約1500
機で約800立方㍍、規模の大きい
らざるをえない。
ので、極めて高い放射線量を持つ。
ぐことが重要になる。
開発センターだ。福島第一原発にあ
原子力研究開発機構の 葉遠隔技術
IRIDの桑原浩久・開発計画部
長によれば、現在、最も効果的な方
究開発機構︵IRID︶だ。
などが参画して結成した国際廃炉研
各社や原子炉メーカー、原子力機構
そのための補修・止水技術の開発
を進めてきたのが、東電などの電力
らない。
所で被曝を避けつつ進めなければな
規模な土木工事を放射線量の高い場
0立方㍍が必要になる。こうした大
㍍、2、3号機でそれぞれ約150
材 料 は、1号 機 で 約1800立 方
立方㍍に達する。脚部補強のための
の映像を圧力容器の真下からとらえ
に入り込み、溶け落ちた燃料デブリ
ガイドパイプを通じて格納容器内部
の貫通孔から、直径わずか ㌢㍍の
リロボット、右㌻下写真︶
。作業用
遠隔操作調査ロボット﹂
︵通称サソ
納容器下部に投入する﹁クローラ型
︵ ㌻図︶の実物大模型︵ ㌻中段
大な試験施設︵ ㌻下写真︶
、日本
ートする。 ㍍ほどの高さがある巨
る﹁圧 力 抑 制 室﹂ や﹁ベ ン ト 管﹂
法として検討されている﹁ベント管
ることが目標だ。
の 月、福島県 葉町の施設でスタ
その燃料デブリの取り出しに向け
て重要な一歩となる実証試験が、こ
夜を徹して進められた凍土壁の
冷却材充塡作業
(上左)
。
東芝・
IRID が開発したサソリロボッ
ト
(下)
は年明けにも原子炉格納
容器内に投入される
写真︶が据え付けられている。
ならない﹂という。
格納容器と圧力抑制室をつなぐ︶ベ
ント管8本をすべて封止しなければ
順をチェックする﹁施工性確認試
﹁サソリロボットは2台のカメラ
を搭載し、狭い空間であってもいろ
いろな場所を見ることができる。積
ベント管の直径は約2㍍。封止に
用いられる予定のセメント系材料
リの取り出し作業に着手するのは2
必要だともいわれている。燃料デブ
燃料デブリそのものを撮影したい﹂
作業が可能。このロボットを使って
るため、格納容器内で 時間以上の
算放射線量1000 まで対応でき
立方
021年の予定。それに先立つ 年
積もられている。量そのものは多く
について取り出すための工法を決め
当部長︶
︵開発に従事した東芝の安田年廣担
は、ベント管1本につき約
㍍。ベント管は各号機に8本ずつあ
圧力抑制室やベント管の近辺には、
る計画になっている。
支援機構﹂
︵NDF︶の福田俊彦執
蔽による線量低減作業に手間取った
の放射線量が極めて高く、除染や遮
予定していた格納容器の入り口部分
サソリロボットの投入は実は計画
より1年以上も遅れている。投入を
作業が難しい。遠隔装置を用いてベ
ないが、放射線量が高い場所なので
行役員によれば、
﹁燃料デブリが原
ためだ。新たな遮蔽設備を設置する
明した。
なければならない。
子炉内のどのあたりに存在するかに
ことで、ようやく投入のメドが立っ
これらの穴をふさぐとともに、圧
力抑制室やベント管をセメントなど
しかもベント管に材料を詰め込む
だけでは、格納容器の水張りは困難
よって、具体的な取り出し方針が決
で封止することが、格納容器底部に
溶け落ちたとみられる燃料デブリを
とされる。中心直径が ㍍ほどある
ント管に穴を開け、止水材を注入し
いくつもの漏水箇所のあることが判
燃料デブリを冷却するために注入
された水は、格納容器の下部からベ
ント管を伝って、圧力抑制室に流れ
夏ごろには、1∼3号機のそれぞれ
福島第一原発の廃炉作業には、
年から 年、いやそれ以上の歳月が
10
廃炉作業の技術戦略プラン策定を
担当する﹁原子力損害賠償・廃炉等
17
10
10
時事
困難極める
4
本誌:岡田広行
最後の
選択
17
止水﹂を成功させるには、
﹁
︵原子炉
炉作業で必要になる補修や止水の手
ここに東電や原子炉メーカー、原
子力機構などの技術者が集まり、廃
92
るため、1機につき計 立方㍍と見
験﹂に着手する。
30
92
40
込んでいる。東電が調べたところ、
40
調査用のロボットを
格納容器内に投入
11
92
取り出すうえで不可欠の工程だ。
80
35
90
2016.11.12 週刊東洋経済
週刊東洋経済 2016.11.12
91
提供:東京電力
原発
溶けた核燃料を原子炉から取り出
す──40年ともそれ以上ともいわ
れる廃炉作業は完遂できるのか。
緊急連載
原発 最後の選択
埼
玉県本庄市。桑畑に囲まれた
こ の 地 に O K I︵沖 電 気 工
業、以下沖電気︶の本庄工場が出現
したのは1962年のことだ。沖電
気は国産初の電話機を開発・製造し
た老舗メーカーである。本庄工場は
日本電信電話公社︵電電公社︶の時
代から、交換機や伝送装置をNTT
に納め続けてきた。
交換機や伝送装置は、日立製作
所、日 本 電 気︵N E C︶
、富 士 通、
そして沖電気という電電ファミリー
4社がNTTと共同開発していた。
NTT向けの機器や装置はこの電電
4社の寡占である。世の中から電話
がなくなりでもしないかぎり、本庄
工場は安泰だと思われていた。石橋
をたたいて渡るがごとく、決して間
に徹していればよかった。
違いのない堅実で緻密なモノづくり
本庄工場の増設工事は6期を数
え、2001年には敷地面積 万平
の 年の頃である。清水がトップに
質トップになったのは、ちょうどこ
清水光一郎が、本庄生産センタ製
造技術部長、すなわち製造現場の実
も、海外勢にかないそうにない。
ゼロからルーターの開発を始めて
従来型の電子交換機だった。今さら
本庄工場の主力製品は新ノードなど
信効率の面で歯が立たない。そして
外大手の通信機器﹁ルーター﹂に通
ードはインターネットを経由する海
ことが目に見えていたからだ。新ノ
外勢の通信機器に取って代わられる
ド﹂は、米シスコシステムズなど海
った。NTTの最新交換機﹁新ノー
が伝えてきた。タイミングは最悪だ
も装置や機器を調達する﹂とNTT
だ。
﹁これからは電電4社以外から
そんなとき、激震が走る。NTT
の調達方針の大転換が起こったの
た。
従業員がモノづくりに汗を流してい
で達していた。ここで約700人の
方㍍、建屋面積5・2万平方㍍にま
13
しかし、沖電気のアトランタやフ
ロリダの米国工場を 年、中国の協
「清水、やめとけ。
沖電気には無理だよ」
られたような工場﹂だった。
場は、誰が見ても﹁閉鎖を宿命づけ
は、工場はもたない。当時の本庄工
下に落ち込む。生産量が半減して
き、本庄の生産量は3年後に半分以
勢のルーターに取って代わられてい
本庄工場は閉鎖するしかない。海外
築すること。それができなければ、
本庄に乗り込んだ清水の役割は、
沖電気のモノづくりを再考し、再構
た。
半分に絞る大リストラを断行してい
なった年に沖電気は本庄の従業員を
01
わば外から見てきた清水に、本庄工
力工場を3年半担当し、沖電気をい
10
本誌:山田雄一郎
OKI
98
2016.11.12 週刊東洋経済
週刊東洋経済 2016.11.12
99
執念の工場再生
閉鎖の危機に瀕した工場が、他社工場を次々と買う
までに再生。背景には、1人の男の執念があった。
業
沖電気工
深層リポート
OKI 執念の工場再生
正門から見た本庄工場。
15 年前は取り潰され
て当然と思われていた
撮影:尾形文繁