ITU-R SG3の活動概要及び雑音・電離圏伝搬 - ITU-AJ

スポットライト
ITU-R SG3の活動概要及び雑音・電離圏伝搬
情報通信研究機構 電磁波研究所 宇宙環境研究室長
NTTアドバンステクノロジ株式会社 先端プロダクツ事業本部 環境ビジネスユニット EMCセンタ
いし い
たか べ
まもる
石井 守
まさ し
高部 政志
1.はじめに
算方法を共通化することにより、周波数有効利用をグロー
ITU-Rのうち電波伝搬を担当するSG3は基本的に1年に
バルに実現する基本的な役割を担っている。具体的には、
1度の関連会合並びに2年に1度のSG3会合を行っており、
Pシリーズ勧告の策定、ハンドブックの作成、具体的な業
2016年度は6月20日から7月1日の日程でスイス・ジュネーブ
務における標準化を担当するSG4、5、6の活動に対する伝
のITU本部において開催された。本稿においては、SG3の
搬情報の提供を主な目的としている。伝搬モデルは伝搬
活動概要と近年の動向について、特にWP3L(電離圏伝搬・
データを基にしており、根拠データの信頼性が重要である
雑音)を中心に紹介する。なお、最近検討が活発に行わ
ため、データバンクを設け、標準化したフォーマットで蓄
れている5Gをはじめとする3K、3Mについては本号におい
積している(図1)
。
てNTT佐々木氏により詳細に紹介されることとなっている。
図2は、近年のSG3関連WPの入力文書数の変遷である。
2008年以降の期間を通して3M(ポイント・ポイント伝搬、
2.SG3の構成と近年の動向
地球宇宙間伝搬)の入力が群を抜いている。我が国の寄
SG3は電波伝搬を担務し、各種無線システムの標準化検
与が顕著なのは3K(ポイント・エリア伝搬)であり、今年
討に必要な伝搬特性のモデル化や様々なパラメータの計
度のSG3会合では3K副議長としてNTTの山田渉氏が選出
■図1.SG3の構成
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■図2.SG3関連WPの入力文書数の変遷
されるなど高いアクティビティを示している。一方、3Lは
雑音データの収集・蓄積のため、測定法をSG1 WP1Cに提
2010年に電波雑音がカテゴリとして追加されたものの、入
案するとともに、WP3Lではデータバンク書式の提案や、
力文書数としては変化が少なく、特に最近は低迷している
屋内及び屋外の電波雑音実測結果の報告・データバンク
のが現状である。
入力を行うなどの寄与を継続的に実施してきている。
3.3Lの動向
(1)電波雑音
屋内での電波雑音の測定法は、電波雑音測定を長年実
施しているドイツと我が国で共同提案を行い、2016年6月
のSG1会合において新勧告案が合意され、2016年9月に勧
電波雑音とは、
「時間的に変化する無線周波数帯の電磁
告SM.2093“Methods for measurements of indoor radio
気現象で、情報を明らかに伝達せず、所望信号に重畳し
environment”として発行に至っている。この勧告では、
たり結合されたりするもの(勧告V.573での定義)
」で発生
施設内の多地点でデータ取得を行う方法や、多地点での
源が特定できないものを指す。勧告P.372では、人工雑音
取得データを基に、測定結果を強度とその強度を超える面
(Man-made Noise)
と雷などによる大気雑音
(Atmospheric
積割合として表現する手法等が規定されており、今後この
Noise)
、銀河雑音(Galactic Noise)等に分類している。
手法で取得された各国の電波雑音データがWP3Lに入力さ
電波雑音に関連する所掌勧告として代表的なものは勧
れることが期待される(図3)
。
告P.372-12“Radio noise”である。勧告P.372は長い歴史
2013年度から2016年度の会合では、この方法で取得し
を有し、無線システムの外部雑音に関する技術基準として
た我が国の電波雑音データに適した新たな電波雑音データ
様々な文献や調査活動などで引用されている。しかし、人
バンク書式の追加を提案するとともに、屋内での電波雑音
工電波雑音に関する基本特性は、1970年代の実測結果が
特性に関する報告を行ってきている。一方、屋外での電波
元となっており、長らく改訂されていない。一方で、近年
雑音データは、2010年度から2012年度にSG3電波雑音デー
は人工雑音源となる電気電子機器の種類や密度が増加し、
タバンクに入力している。勧告P.372の第11版以降には、
またスマートデバイスやIoTなどの普及により無線システ
これらのデータがTable 4の”Outdoor man-made noise
ムの利用シーンも大きく変化しているため、これらの現状
measurements in Japan”として反映されている(表1)
。
に合わせて同勧告の改訂が望まれる状況となっている。
一方、WP3Lでは、有線通信と無線通信との共存及び電
このような背景から、我が国では近年、屋内環境の電波
磁界の人体ばく露についての検討も行っている。ITU-T等
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■図3.「屋内電波環境」の測定法の概要
■表1.勧告P.372に反映された我が国の電波雑音特性
で検討が進められている広帯域有線通信システムからの
検討が行われたが、現時点では具体的な活動は計画され
漏えい電磁界が、無線通信へ影響を与えることが懸念さ
ていない。
れることから、近年これらの影響の検討・評価方法に関す
電波雑音に関する今後の課題としては、勧告P.372にお
る情報提供を求めるリエゾン文書が、1A等から3Lに入力
ける電波雑音特性の最新化が挙げられる。屋外雑音につ
されている。しかしながら3Lには、この問題に対処するた
いては、既に電波雑音データバンクに我が国を始めとした
めの情報が不足していることから、会合参加者に対し、検
各国から多数の実測データが入力されているが、勧告P.372
討に必要な情報の入力が呼びかけられている。さらに、
の人工電波雑音特性の見直しにはLF-HF帯のデータが不
2016年のSG3関連会合では、
「電磁界の人体ばく露」に関
足している。屋内の電波環境については、我が国から多数
するリエゾン文書が3Lに入力されたことから、3Lとしてこ
の実測データが提出されデータバンクへの入力が承認され
の課題に対してどのような情報が提供できるかについての
ている。また、屋内の電波雑音強度は勧告P.372に示され
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る屋外の人工電波雑音強度よりも明確に大きいことが示さ
り、少しずつ衛星測位関連の入力文書が増えつつある。
れており、3Lでは、これらを基に勧告P.372の改訂または
現在大きな課題となっているのが、ハンドブック“The
新勧告・レポートの策定などを進めるべきとの認識が共有
ionosphere and its effects on radiowave propagation”の
されている。
改定である。現在の版は1998年に編集されたものであり、
もう一つの課題は、電波雑音の評価項目及び評価方法
衛星測位に関する記述がほとんどないほか、多くの記述が
に関する検討である。SG3ではこれまで、電波雑音として
古いものとなっているため、これまでの寄与文書を基にし
主に白色ガウス雑音(White Gaussian Noise)をデータ蓄
た改定が必要となっている。
積の対象としてきたが、無線システムのデジタル化推進に
我が国では近年、長波の電界強度の減衰についての入
伴い、インパルス性雑音(Impulsive Noise)の評価の重
力を活発に行っている。これは時刻標準電波に関わるもの
要性が高まっている。また近年は、無線システムと電波雑
であり、我が国においては情報通信研究機構が福島県お
音の発生源が近接する状況下での無線利用の頻度が増大
おたかどや山及び佐賀・福岡県はがね山からそれぞれ
していることから、発生源が特定できる場合の不要電波の
60kHz、40kHzを送信している。近年、近隣諸国が時刻標
扱い等、電波雑音特性の定量化方法の再検討が必要とさ
準電波の出力に意欲的であり、ITUにおける標準化が必要
れている。これらの要求に適合する電波雑音の分析方法
な状況となっている。
や統計的特性の表し方について、電波雑音の測定法を所
長波の長距離伝搬における減衰曲線については、P.684-6
掌するSG1 WP1Cと協調して検討を進めることが必要と
に記載されており、我が国はこの改定に大きく貢献してき
なっている。
た。長距離伝搬では経度方向と緯度方向で特性が異なる
ことから、経度方向を測定するために日本郵船の米国西海
(2)電離圏伝搬
岸便、緯度方向を測定するために南極観測船しらせにそ
電離圏伝搬が大きく関係する周波数帯は主にHF、VHF
れぞれ受信機を設置し測定も行った(図4)
。図5は2013 ~
よりも低い領域であり、通信の主流が高周波数帯に移行し
2014年に南極観測船しらせに搭載した長波受信機で計測し
ている現在、そのアクティビティは下がっていると言わざ
た電界強度の変動である。これらのデータより太陽活動度
るを得ない。しかしながら、例えば衛星測位精度が電離圏
による分類を行い経験式を抽出、提案を行った(図6)
。さ
擾乱によって悪化することはよく知られているところであ
らに2015年にはこれらのデータをデータバンクに登録した。
■図4.長波電界強度測定を行った南極観測船しらせの航跡(ITU-R SG3L/116, 2015より)
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■図5.図4で示された軌跡上における日本の時刻標準電波強度の変化(上:40kHz、下:60kHz;ITU-R SG3L/116, 2015より)
我が国の活動としてもう一つの代表的なものは、衛星測
位データを用いた電離圏全電子数に関する寄与文書の入
力である。GPS等衛星測位に使われるL帯の電波は電離圏
で遅延し、これが想定モデルと大きく異なる場合には誤差
の原因となる。電離圏擾乱の際には最大70m程度の誤差が
あると考えられる。この遅延は電波の周波数に依存するた
め、異なる複数周波数の電波を受信することにより電離圏
遅延の効果はキャンセルすることができ、さらに衛星から
受信機までの経路上の全電子数が推定できる。我が国を
はじめ欧米等には衛星測位受信機網が整備されており、こ
れにより電離圏全電子数の2次元マップが得られる。この
情報は、これまでイオノゾンデ等で非常に疎にしか得られな
かった電離圏情報を水平面で得ることを可能にし、2000年代
以降、電離圏研究が飛躍的に進むこととなった。
衛星測位データから電離圏全電子数を推定するために
は、
各衛星及び受信機内のバイアスを推定する必要がある。
この推定法には複数あり、それぞれ長所、短所があること
から、利用の目的に応じて使い分ける必要がある。2013年
に我が国が入力した寄与文書では、バイアス推定の代表
的な手法とその特徴について紹介し、利用目的に合った手
法を選択する指針とした。
■図6.観測より経験的に得られた長波の減衰曲線
(ITU-R P.684-6より)
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また、衛星測位データによる全電子数推定は電離圏の2次
元分布を得るのに有効であるが、そのためには地上のでき
4.おわりに
るだけ多くの観測点のデータを収集する必要がある。しか
ITU-R SG3は各種無線システムの標準化検討に必要な
しながら、衛星測位データは国によっては軍事データと規
伝搬特性のモデル化や様々なパラメータの計算方法を共
定されることから取得が難しいことがある。この問題を回
通化することにより、周波数有効利用をグローバルに実現
避し、できるだけ多くの観測データを収集するために、位
する基本的な役割を担っている。3Kについての日本の寄
置情報を全電子数情報に置き換えたフォーマットを構築し
与は非常に高い一方、3Mに対する対応は世界的な趨勢に
た。これはGPSの標準フォーマットであるRINEXに対して、
比較して低く、今後の健闘が必要と考えられる。3Lにつ
“GTEX”と呼んでいる(表2)
。我が国ではGTEXを全電
いては、電波雑音に対する我が国の寄与は高い一方、電
子数標準フォーマットの一つとして2015年に提案し、ESA
離圏伝搬については近年寄与文書数が減っており、各国
から提案された電離圏擾乱を表すフォーマット
“SCINTEX”
の取組みの活性化が必要と思われる。
(2016年7月26日 ITU-R研究会より)
と並び、P.311 Table Xに記載された。
■表2.GTECフォーマットの1例
GPSの標準フォーマット(RINEX)に準拠しており、1受信機に対して1ファイルとする。
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