日銀はいつもフロントランナー、今回も先頭

リサーチ TODAY
2016 年 10 月 24 日
日銀はいつもフロントランナー、今回も先頭
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
日本銀行は9月21日に注目されていた総括的検証を発表するとともに、「長短金利操作付き量的・質的
金融緩和」を発表し、事実上、長期金利ターゲッティングに転じる新たな第一歩を踏み出した。これは、世
界に先駆けて新たなフロンティアに踏み入れたことを意味する。ただし、こうした先駆的な動きは今回が初
めてではない。下記の図表は日米欧の中央銀行が非伝統的金融政策とされる「ゼロ金利」・「量的緩和」・
「マイナス金利」をいつから始めたかをまとめたものだ。「ゼロ金利」・「量的緩和」という政策は日銀が初めて
導入したものであり、今回「長期金利ターゲット」がさらに加わったことになる。筆者もBOJウォッチャーの一
人として日銀の金融政策を1990年代から見続けてきたが、先述の「ゼロ金利」・「量的緩和」は、当初、日本
固有の対応と意識していた。しかし、2008年以降の世界的な金融危機への対処の過程で、欧米の中央銀
行も日銀の後を追うような恰好になった。今後、「長期金利ターゲット」を他の中央銀行が追うかどうかはま
だ判断が難しい。米国は既に政策金利を引き上げ、出口に向かう状況にあるため、「長期金利ターゲット」
の次元ではない。もちろん、米国の景気が腰折れすれば追加的金融緩和がありうるが、その場合は金利引
き下げ・量的緩和等で対処可能であり、米国は最も追加策の余地を有している。日米の金融政策余地を比
較からは、ドル安のリスクが秘められていることに留意が必要だ。一方、欧州は「量的緩和」の限界を意識
する段階であるため、日本と類似した限界への不安を共有する。そのため、次にありうる選択肢は欧州の
「長期金利ターゲット」だ。ただし、欧州の場合はどこの国の「長期金利をターゲット」にするかという技術的
難点があろう。
■図表:日米欧の金融政策の導入
政策
日本銀行
ゼロ金利
1999 年 2 月
量的緩和
2001 年 3 月
マイナス金利
2016 年 1 月
長期金利ターゲット
2016 年 9 月
ECB
2016 年 3 月
2009 年 5 月
2014 年 6 月
FRB
2008 年 12 月
2009 年 3 月
備考
日銀が最初
日銀が最初
日銀が最初
(資料)みずほ総合研究所作成
筆者は9月16日のTODAYで「日本版ペギング」として金利ターゲットについての議論を行ったが1、そもそ
も「ペギング」とは米国の1940年代から1951年のFRBと財務省のアコード政策までの時期に、中央銀行と
FRBが暗黙裡のコミットメントで長期金利の天井を2.5%とするコンセンサスのもとで長期金利を安定させた
ことを指す。筆者も著作等を通じ過去20年近く問題意識をもって取り組んできたのがこのテーマだったが2、
実際に日本で行われ始めたことを感慨深く思っている。次ページの図表は、今回のイールドカーブのコント
ロールのイメージである。イールドカーブのなかで、起点となる政策金利のマイナスと、10年国債の金利を
「ゼロ%程度」とする2点をベースにしたコントロールである。10年ゾーンについては、米国の「ペギング」の
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2016 年 10 月 24 日
ような厳格な釘付けではなく、「▲0.1~0%」程度を想定していると考えられる。従って、その水準から長期
金利が離れそうな状況になれば、日銀は国債購入のオペの額を増減して対応したり、場合によっては「指
し値オペ」によって具体的な水準を示すと考えられる。こうした状況は「犬の躾」に例えられる。すなわち、犬
を躾ける際、越えてはいけない柵をまず設け、そのラインを越えると鞭で打つような躾を繰り返すと、柵を取
り外しても犬はそれより先に行かなくなってしまう。同様に、今後の長期金利の安定も、市場との対話のなか
で次第に効果が浸透すると展望される。
■図表:日銀のイールドカーブ・コントロールのイメージ
(%)
0.8
量的緩和(国債購入)
オーバーシュート型
コミットメント(時間軸)
0.6
0.4
政策金利
「▲0.1%」
0.2
長期金利操作目標
「ゼロ%程度」
0.0
-0.2
-0.4
ターゲット(指値オペも)
マイナス金利
-0.6
0
5
10
15
20
25
30 (残存年数)
(資料) みずほ総合研究所作成
今後、先に想定したレンジよりも上回ることと下回ることの両方の可能性に対処した方策が考えられる。
上回れば、オペを増額したり、指し値オペで行き過ぎを示すことが基本だ。同様に、下回ればオペを減額
したり、指し値オペで水準を示すことが考えられる。今後を展望すれば、円高が進行した場合を中心に、想
定レンジを下回る可能性の方が大きいだろう。ただし、日銀の意思が一度明示された以上、市場の動きは
低下し、まるで「犬が馴らされる」ように安定に向かうのではないか。短期的には、長期金利が固定相場化し、
長期金利の価格発見機能が失われる、さながら「生体反応」が低下する可能性がある。
ただし、問題があるとすれば、将来的にインフレが上昇し、出口に向かう場合である。長期金利に上昇圧
力が掛かるなか、これを固定化すると益々インフレ圧力が掛かりやすくなるからだ。こうした事例は、米国が
「ペギング」を行った1940年代後半にも顕現化した。今回、日銀はオーバーシュート型コミットメントで時間
軸政策を強化したが、マイナス金利にコミットしなかったのは、出口の不安も視野に含んだからだろう。こうし
た対応策については、依然として課題が多く日銀も完全なシナリオを描く段階にはないだろう。ただし、日
銀の本音は、むしろこうした問題に悩むような局面に早くなって欲しいというものではないか。これはすなわ
ち、インフレ率の改善等の環境が良い方向に向かっていることを意味するからだ。今日の真の問題は、環
境が好転しないなか「永遠のゼロ」が続く怖さにある。
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「日銀は量から金利ターゲットに、日本版ペギングも」(みずほ総合研究所 『リサーチ TODAY』 2016 年 9 月 16 日)
ペギングについては、『国債暴落』 (高田創著 2014 年 中央公論新社)を参照いただきたい。
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