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特集① 東日本大震災と原発事故 シリーズ 22 :核・原発と人権З1
特集にあたって
吉 村 良 一
福島第一原発事故から 5 年半が経過した.この
後数カ月の新たな状況をも踏まえて執筆したもの
間,避難地域指定の解除が進んでいる.政府は,
である.まず,井戸論文は,「原発と人権」集会
できるだけ早期に避難を終わらせることをもって,
の全体会報告を基礎に,福島事故後の司法の状況
この事故を「終結」させたいと考えているように
の全体像(原発差止訴訟・仮処分,被災者の救済
感じられる.他方で,この事故を「踏まえた」と
を求める訴訟,脱被ばくを求める訴訟)を描くと
される新規制基準によって原発の再稼働(新たな
ともに,特に,差止めに関して,差止めを認めた
原発推進政策)が進められている.しかし,事故
判決・決定と認めなかった判決・決定を分析し,
によって破壊された人々の生活の回復・再建が進
司法における福島事故後の変化を指摘している.
んでいると言える状況にはないことは,これまで
岩淵論文と中野論文は,同じく「原発と人権」
も,本誌の関連特集が明らかにしてきたところで
集会の「原発事故の救済と差止め」分科会におけ
ある.その結果,東電や国に対する損害賠償訴訟
る報告を基礎としている.この分科会は,原発被
が多数提起されている.また,原発再稼働の差止
害の救済(賠償)と差止めの課題を交流することを
めを求める訴訟・仮処分も多数提起され,再稼働
企図したものであり,両者の側面から様々な報告
や稼働中の原発の差止めを認める注目すべき判
がなされたが,両論文は,差止めに関して,福島
決・決定も生まれている.原発の再稼働・推進か
事故の教訓を踏まえて原発事故民事差止訴訟にお
脱原発か.「避難終了」政策か被害の完全救済と
ける判断枠組みはどうあるべきかを理論的に検討
生活の回復か.原発をめぐる動きは,事故後 5 年
し(岩淵論文),また,福島事故後における川内・
半を経過した今日,重大な岐路に直面している.
高浜仮処分決定を検討している(中野論文).
このような中,2016 年 3 月 19∼20 日,福島大
さらに,今回の特集では,マーシャル諸島の核
学において,「原発と人権」第 3 回全国研究・交
実験に対する補償の問題を扱う竹峰論文を掲載し
流集会が開かれた.この集会は,福島第一原発事
ている.本論文も,「原発と人権」集会における
故後 1 年の 2012 年 4 月に,原発問題に関心を持
分科会(「日本はなぜ核を手放せないのか」)での報
ち,様々な場において,関連する課題に取り組ん
告を基礎としたものである.本特集では,以上の
でいる市民・実務家・研究者等が一堂に会して研
ほか,放射能汚染からの回復過程に関する広島・
究と活動を交流するために開催されたものである.
長崎,人形峠,東海村の比較研究を行った藤川論
その後,2014 年には第 2 回集会が行われ,そし
文,「事例報告」として,避難指示区域外からの
て,今年の 3 月に,上述のように第 3 回が開催さ
避難者(いわゆる「自主避難者」)に対する応急仮
れ,事故後 5 年を経過した段階における到達点や
設住宅の打切り問題についての山川報告,チェル
課題が,様々な形で交流された(その概要は「法
ノブイリ事故 30 周年に関する尾崎報告を掲載し
と民主主義」508 号特集参照).
ている.いずれも,核・原発と人権にかかわる課
本特集の論文の大半は,上記集会の全体会や分
題に取り組んだものである.
科会での報告者が,そこでの報告をもとに,その
(よしむら りょういち)