アジアにおける適正な国際資源循環の促進に向けて

vol.12 2016
社会動向レポート
アジアにおける適正な国際資源循環の促進に向けて
環境エネルギー第1部
コンサルタント 佐野 翔一
近年、国際資源循環に係る議論が国内外で活発に行われている。日本においては2000年代以
降、集中的な議論が数度にわたり行われてきた。本稿では過去の検討経緯を踏まえて現在の論点
を整理するとともに、今後、アジア地域における適正な国際資源循環を促進するにあたり、日本
に期待される役割を考察した。
性・3R の促進」が目標の一つとして掲げられ、
はじめに
その中で、電気電子機器廃棄物(E-waste)の管
近年、国際資源循環に関する議論が活発に行
(1)
の不適
理する能力を有しない国から必要な管理能力を
正な越境移動に伴い生じる環境汚染・周辺住民
有する国への有害廃棄物の輸出に関しては、関
への健康影響や、発展途上国等で発生した廃棄
係する国内・国際規制に従って行われる限り、
物等を先進国で二次原材料として活用するため
有害廃棄物を安全に管理する能力を有しない国
の輸出入の在り方である。国内では2015年9月
に能力開発のための時間的余地を与える等、環
から2016年3月にかけ、環境省大臣官房廃棄物・
境と資源効率・資源循環に寄与するものである
リサイクル対策部産業廃棄物課適正処理・不法
ことを認識する」としている。これらパブリッ
投棄対策室により「廃棄物等の越境移動等の適
クセクターの動向に加え、民間企業が海外から
正化に関する検討会」が計5回開催され、廃棄
の循環資源
物の越境移動に係る日本の制度的課題を中心に
(5)
われている。主な論点は、廃棄物等
(4)
れる
の調達を活発にする動きも見ら
。
論点整理が実施された。また、同検討会のとり
日本においては2000年代以降、こうした国
まとめを踏まえた議論が2016年5月から中央環
際資源循環に係る議論が複数回にわたり盛り上
境審議会循環型社会部会の下に設置された「廃
がりを見せてきた。現在の国内外の動向を理解
棄物処理制度専門委員会」で行われている。国
するためには、過去の検討経緯を理解した上で
外では、2015年12月に欧州委員会が「循環経
現在の論点を把握する必要がある。そこで、本
(2)
済(Circular Economy)政策パッケージ」
を
稿では当時の社会情勢を踏まえつつ国際資源循
打ち出し、その中で「EU 内での二次原材料の
環に係る過去の議論を振り返り、直近の議論に
越境移動の促進が不可欠」としている。また、
おける主な論点を整理し、その上でアジアでの
2016年5月の G7富山環境大臣会合のコミュニ
適正な国際資源循環を促進するために日本に期
ケ附属書として採択された富山物質循環フレー
待される役割について考察した。
(3)
ムワーク
1
理を例に挙げ、「特に廃棄物を環境上適正に管
において、
「グローバルな資源効率
アジアにおける適正な国際資源循環の促進に向けて 
1. 国際資源循環に係る過去の検討
キンググループ」が設置された。当時の日本で
は非鉄金属製錬業が循環資源から有用金属の回
図表1に本稿で着目した国際資源循環に係る
収を始めており、アジア各国で処理が困難な廃
国内の主な動向を示す。国際資源循環に係る
棄物を日本で引き受け、二次原材料として有効
議論はヨーロッパからアフリカへの有害廃棄
利用することが期待されていた。同ワーキング
物の越境移動に伴う環境汚染等の発生を契機
グループでは以下の3つの観点に関する問題点
とする。1980年代に OECD 及び国連環境計画
の把握及び対応策の検討が行われた。
(UNEP)にて有害廃棄物の越境移動の管理に
・アジア各国から日本という適正な資源循環
係る議論が行われ、1989年に「有害廃棄物の
・日本からアジア各国という適正な資源循環
国境を越える移動及びその処分の規制に関する
・アジア現地進出日系企業における適正な廃棄
バーゼル条約」
(以下、バーゼル条約)が採択
物処理・リサイクルの促進
された。日本では1992年にバーゼル条約の国
この検討成果は「持続可能なアジア循環型経
内担保法である「特定有害廃棄物等の輸出入等
済社会圏の実現に向けて」と題した報告書にま
の規制に関する法律」
(以下、バーゼル法)が
とめられた。同報告書においては、国際資源循
制定され、1993年に施行された。また、同時
環問題に係る中心的課題として、「国際資源循
期に「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」
(以
環問題においては、① 廃棄物等に係る不適正
下、廃棄物処理法)が改正され、現在に至るま
処理を如何にして根絶するか、という課題(汚
で続く廃棄物等の越境移動に係る制度体系が構
染性の問題)と、② 資源有効利用を如何にして
築された。この時点では国際資源循環の観点は
促進するか、という課題(資源性の問題)の両
有害廃棄物の越境移動に伴う汚染の管理に集中
立をいかに図っていくかが中心的な課題とな
していた。
る。」と述べられており、現在の国際資源循環
バーゼル法の施行後おおよそ10年が経過し
た2004年、産業構造審議会環境部会廃棄物リ
サイクル小委員会のもとに「国際資源循環ワー
に係る検討のベースとなっている「汚染性」、
「資
源性」という概念が提示された。
翌2005年には中央環境審議会廃棄物・リサ
図表1 本稿で着目した国際資源循環に係る日本国内の主な動向
(資料)各種資料よりみずほ情報総研作成
2
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イクル部会のもとに「国際循環型社会形成と環
がある」とし、具体的なアプローチとして以下
境保全に関する専門委員会」が設置された。同
の ① ~ ③ を示している。
専門委員会ではアジア各国における急速な経済
① 廃棄物の国内処理の原則等に即し、各国の
発展に伴う廃棄物問題の顕在化及び国境を越え
国内における廃棄物の適正処分や3R の推進
たリユースやリサイクルに伴う輸入国における
の能力の向上が最優先の課題である。
環境汚染の懸念を背景として、日本の循環型社
② ①と合わせて、循環資源の不法な輸出入の
会作りの経験を各国に発信するとともに、アジ
防止等を図っていくことが不可欠である。
ア地域内での環境保全上適正な資源循環を確保
③ ① 、② の取組が確実に行われ、国外でよ
するための具体的な方策の検討が行われた。
(6)
同専門委員会の中間報告概要版
では、国
り環境負荷の低減や資源の有効利用に資する
場合には、循環資源の国際的な移動を円滑化
際的な循環型社会に向けた基本的な考え方とし
していくことも重要である。
て「循環資源の国際的な移動については、これ
すなわち、国際資源循環に関する優先順位を
に含まれる有害性等の環境負荷や資源としての
明確にし、また、国際資源循環が国内資源循環
有用性といった性質に即して、その是非を考え
を補完するものとの位置づけを明確にしたと言
るべきであり、循環資源の内容や検討範囲等を
える。同検討成果は平成18年版の循環型社会
明確にした上で、環境汚染の防止は資源有効利
白書にも掲載された。(図表 2)
用の前提であるという確固たる方針で臨む必要
また、上記のアプローチにおける具体的な取
図表2 国際的な循環型社会のイメージ
それぞれ循環資源の性質に
即して対応
国内循環
国内処理能力向上
優先の原則
国内循環
国際循環
(各国の循環を補完)
国境
○ 有害物の管理も含め、東アジア地
域全体の環境負荷を低減
国境における適切な管理
○ 先進国では、優れた技術を活用し
て、他国ではリサイクルできない
循環資源の有効活用
循環資源の適性かつ円滑な
国際移動の確保に向けて
○ 有害性などそれぞれの循環資源の特性を踏
まえて、移動先で環境負荷を発生させるリ
スクを的確に評価できる体制・情報を整備
○ 経済的・政治的に十分な力を持たない特定
の途上国や地域に有害廃棄物が集中するよ
うな状況を防止
(7)
(資料)平成18年版循環型社会白書
3
○ 途上国では、労働集約的なリサイ
クルについては、低コストでリサ
イクル
アジアにおける適正な国際資源循環の促進に向けて 
組みとして、アジア各国における適正処理の実
汚染性の観点が資源性と並び重要視されてお
現を目的とした政策対話や計画策定の支援、循
り、特に日本からの不適正輸出の防止に向けて
環的利用・処分の能力の向上などが挙げられて
の制度的対応が図られてきた。
いる。加えて、循環資源の国際移動の現状把握・
また、この間に日本はインドネシア、フィリ
分析の高度化やアジア共通の有害廃棄物のデー
ピン、タイ、ベトナム等における3R 国家戦略
タベースの構築などのデータ整備に係る内容に
策定支援、アジア太平洋3R 推進フォーラム
ついても言及されている。
の開催、各種実現可能性調査(FS) 等の各種
(9)
(10)
前述のように国際資源循環における基本的な
取組を通じて、アジア各国の適正処理や3R 推
考えやアプローチの具体化に係る検討は進んだ
進に必要な能力の向上に貢献し、同時に日本の
ものの、バーゼル法の承認が不要なリユース目
民間事業者の海外展開を支援してきた。
的で輸出された電気・電子機器等が、相手国の
税関においてリユースに適さないと判断され、
2. 直近の検討における主要な論点
日本にシップバック(返送)される事例や、途
1993年のバーゼル法の施行から20年以上経
上国における E-waste の環境上不適正な処理に
過し、施行当初と比べ社会情勢は大きく変化し
よる環境汚染の懸念の指摘などが発生した。こ
た。しかしながら、バーゼル法は制定以来大き
うした状況を受け、環境省廃棄物・リサイクル
な変更が行われていない。一方、欧州やアジア
対策部適正処理・不法投棄対策室により2009
各国では越境移動管理に係る国内制度の見直し
年に「使用済みブラウン管テレビの輸出時に
が行われてきた。そうした中、日本においては、
おける中古品判断基準」が策定された。また、
国内で発生した使用済み家電等の不適正な輸出
2012年度に開催された「使用済み電気・電子
に伴う環境汚染の懸念、国内で処理されるべ
機器輸出時判断基準及び金属スクラップ有害特
き廃棄物等の海外流出(使用済み鉛蓄電池等)、
性分析手法等検討会」、2013年度に開催された
非鉄金属の原料となる電子部品スクラップの輸
「使用済み電気・電子機器の輸出時における中
入手続きに時間がかかり諸外国と比べて循環資
古品判断基準等検討会」での検討を経て、ブラ
源の獲得競争において国内の事業者が不利な条
ウン管テレビ以外の各種の使用済み電気・電子
件に置かれている等の問題が顕在化した。そこ
機器を対象とした「使用済み電気・電子機器の
で、前述の「廃棄物等の越境移動等の適正化に
中古品判断基準」が策定された。この基準は実
関する検討会」が2015年に設置され、廃棄物
際にはリユースに適さない使用済み電気・電子
等の越境移動に係る様々な主体の意見や諸外国
機器が中古品と偽って輸出されることのないよ
の動向を踏まえて、国内の法制度や前述の個々
う、リユース目的での輸出と客観的に判断され
の問題に対する今後の対応についての論点整理
る基準( ① 年式・外観、② 正常作動性、③ 梱
が行われた。
包・積載状態、④ 中古取引の事実関係、⑤ 中
論点整理に際しては、国内外の法制度やその
古市場、の五項目によって構成)を示すことに
実施状況、使用済み鉛蓄電池等の特定の循環資
より、輸出者によるバーゼル法に基づく輸出の
源に係る過去及び現在の状況、処理施設の整備
承認を要しないことの証明を容易にすることを
状況等に関する調査が行われた。法制度につい
(8)
ては欧州と日本の比較を詳細に行っており、課
目的としたものである
。
このように、2010年代になっても引き続き
題が深堀されている。一方で、処理施設の整備
4
vol.12 2016
状況については循環資源の調達先、輸出先とな
本の廃棄物等の越境移動を管理する法律である
るアジアの情報の整理がなされているものの、
バーゼル法及び廃棄物処理法に規制の「すきま」
事例ベースでの情報に留まっており、実態が十
が存在しており(図表3)、不適正な越境移動を
分に明らかになっていない。
防止するためにすきまの解消が必要であること
(11)
同検討会の報告書
が示されている。前述の個々の問題に関しては、
では、廃棄物等の越境
移動の適正化に関する基本的考え方を、「廃棄
不適正な輸出の防止に向けた取り締まり現場で
物等の潜在的な汚染性と資源性に着目し、前者
の対応強化、バーゼル法における国内処理原則
の顕在化を抑え、後者の顕在化を促進する」と
具体化による鉛蓄電池等の国内での継続的・安
している。これは、2004年に開催された国際
定的なリサイクル処理の確保、環境汚染等のリ
資源循環ワーキンググループの考えを踏襲して
スクが低い特定有害廃棄物等の輸入手続きの簡
いる。
素化による諸外国と対等な競争条件の確保等が
方向性として示されている。
国内の法制度の基本的枠組みに関しては、日
図表3 バーゼル法及び廃棄物処理法の対象となる廃棄物等の範囲と規制対象
(11)
(資料)廃棄物等の越境移動等の適正化に関する検討会 報告書
5
アジアにおける適正な国際資源循環の促進に向けて 
また、2016年から行われている「廃棄物処
把握を困難にしている。
理制度専門委員会」では前述の検討会報告書を
こうした状況を打破し、正確なデータに基づ
踏まえた検討が行われており、今後の廃棄物処
いて適切に管理された国際資源循環を実現する
理に係る制度見直しについて想定される主な
ためには、日本がアジア各国を主導し、廃棄物
論点(案)の一つとして、「廃棄物等の越境移動
等のフローに関する統計やその運用方法の整備
(12)
の適正化に向けた対応」が挙げられている
。
を推進することが必要ではないだろうか。
こうした統計の整備は適正な国際資源循環を
今後、輸出入規制の是正に向けた検討が進むと
期待される。
実現するためだけではなく、日本あるいはアジ
3. 適正な国際資源循環の促進に向け日
本に期待される役割
ア各国の総合的な循環政策を議論する上での土
直近の検討では廃棄物等の越境移動の適正化
廃棄物・リサイクルに係る技術や規制だけでな
に向け、
汚染性・資源性という従来の観点をベー
く、これらの導入を検討する上での土台となっ
スとして広く論点が抽出され、現在進行形で制
た廃棄物等のフローに関する統計の整備・管理
度の見直しに係る議論が行われている。今後は、
方法についても、人的支援などを通じて日本が
制度の見直しに加え、廃棄物等の汚染性の顕在
アジア各国へ展開していくことを期待したい。
化を防ぎ、資源性の顕在化の促進に資する「適
正な国際資源循環」を実現するために、対象と
台にもなりうる。日本がこれまでに培ってきた
注
(1)
する廃棄物等の種類別にどこからどこへどの程
度移動させるべきか、定量的な議論が求められ
るだろう。
その際に問題となるのが廃棄物等のフロー
データの不足だと考えられる。適正な国際資源
循環を実現するためには、適正に処理・リサイ
(2)
クルできる国や地域に適量の廃棄物等を越境移
動させる必要がある。そのためには、各国にお
ける廃棄物等の発生量、越境移動量、適正処理
量、不適正処理量等を越境移動に係る規制とと
(3)
もに定量的に把握する必要がある。
しかしながら、前述の通り、アジア各国にお
ける処理の実態は情報が限定的である。また、
前述の FS 調査等では日本の事業者が独自に情
報を収集しているものの、処理施設数や施設の
稼働状況等は時々刻々と変化しており、正確か
つ連続的なデータの把握は十分にできていな
い。また、廃棄物の回収・再利用においてイン
フォーマルセクターが多分に関与していること
が、廃棄物の発生や処理に係るフローデータの
(4)
(5)
廃 棄 物 等 と は、 次 に 掲 げ る も の を い う。
① 廃棄物、② 一度使用され、若しくは使
用されずに収集され、若しくは廃棄された
物品(現に使用されているものを除く。)又
は製品の製造、加工、修理若しくは販売、
エネルギーの供給、土木建築に関する工事、
農畜産物の生産その他の人の活動に伴い副
次的に得られた物品。
European Commission(2015)Closing the
loop - An EU action plan for the Circular
Economy
http://eur-lex.europa.eu/resource.html?uri
=cellar:8a8ef5e8-99a0-11e5-b3b7-01aa75
ed71a1.0012.02/DOC_1&format=PDF
外務省 富山物質循環フレームワーク(仮訳)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/
page4_001562.html
廃棄物等のうち有用なものを指す。
たとえば三菱マテリアル株式会社が E-waste
中の基板類の金銀滓の集荷体制増強に向け
て、2014年に米国三菱マテリアル社内に
リサイクル事業部門を新設している。また、
2016年にはオランダに新会社を設立して
いる。(三菱マテリアル株式会社プレスリ
リース)
http://www.mmc.co.jp/corporate/ja/news/
press/2014/14-0630.html、
https://www.mmc.co.jp/corporate/ja/news/
press/2016/16-0704.html)
6
vol.12 2016
国際循環型社会形成と環境保全に関する専
門委員会 中間報告概要版
https://www.env.go.jp/recycle/3r/approach/
03b.pdf
(7) 平成18年版循環型社会白書
http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/
junkan/h18/
(8) 環境省報道発表資料
(2013年9月20日)使用
済み電気・電子機器の輸出時における中古
品判断基準について(お知らせ)
www.env.go.jp/press/17151.html
(9) 日本の提唱により、アジアでの3R の推進
に向け各国政府、国際機関、援助機関、民
間セクター、研究機関、NGO 等を含む幅
広い関係者の協力の基盤となるものとし
て、平成21年に設立された。同フォーラム
のもとで、3R に関するハイレベルの政策
対話の促進、各国における3R プロジェク
ト実施への支援の促進、3R 推進に役立つ
情報の共有、関係者のネットワーク化等を
進めることになっている。
https://www.env.go.jp/recycle/3r/
(10) たとえば、我が国循環産業の戦略的国際展
開・育成事業、インフラシステム輸出促進
調査等事業などが挙げられる。
(11) 廃棄物等の越境移動等の適正化に関する検
討会 報告書
http://www.env.go.jp/press/102431.html
(12) 廃棄物処理制度専門委員会
(第1回)資料4
http://www.env.go.jp/press/y0310-01/
mat04.pdf
(6)
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