全文 - 産学官の道しるべ

2016
10
Journal of Industry-Academia-Government Collaboration
Vol.12 No.10 2016
特集
https://sangakukan.jp/journal/
大学発ベンチャー
産業構造変革の可能性
■
ファンペップ:人歴とベンチャー起業
■
アクセルスペース:将来性を信じて疑わず起業を選択
■
イーディーピー:日本発の技術で製造業ベンチャーを
■
コスメディ製薬:独創的経皮吸収システムの美容・医療への展開
■
ヘルスケアシステムズ:郵送検査キットでカラダを知って健康に!
■
アイキャット:歯科医療のトータルソリューションを目指して
■
ジーニアルライト:光の可能性を医療と未来の可能性に
■
メビオール:土のいらないアイメック®フィルム農法
貝に付ける
「アバロン・タグ®」
で
資源管理と産地証明
ものづくりドキュメンタリー番組
「超絶 凄ワザ!」
に見る産学連携と
イノベーション
巻 頭 言
北海道独自の産業クラスター形成に向けて
“考動”
します
髙橋賢友 ……… 3
特 集
大学発ベンチャー 産業構造変革の可能性
文部科学大臣賞にファンペップ、
経済産業大臣賞にアクセルスペース
人歴とベンチャー起業
株式会社アクセルスペース
コスメディ製薬株式会社
株式会社ヘルスケアシステムズ
株式会社アイキャット
神山文男 …… 12
郵送検査キットでカラダを知って健康に!
瀧本陽介 …… 14
歯科医療のトータルソリューションを目指して
─ニーズオリエンテッド ・ ベンチャーの挑戦─
ジーニアルライト株式会社
メビオール株式会社
藤森直治 …… 10
独創的経皮吸収システムの美容・医療への展開
中村友哉 ……… 8
株式会社イーディーピー
日本発の技術で製造業ベンチャーを
平井昭光 ……… 6
将来性を信じて疑わず起業を選択
朝賀克栄 ……… 4
株式会社ファンペップ
CONTENTS
大学発ベンチャー表彰 2016
西願雅也 …… 16
光の可能性を医療と未来の可能性に
下北 良 …… 18
土のいらないアイメック®フィルム農法
貝に付ける「アバロン・タグ®」
で資源管理と産地証明
森 有一 …… 20
山川 紘 / 池田吉用 …… 22
スマートフォン利用者に朗報
世界最高速!毎秒 56 ギガビットの無線伝送に成功
岡田健一 …… 26
九州における大学発ベンチャー支援ファンド「QB ファンド」
坂本 剛 …… 30
産連 PLUS +
ものづくりドキュメンタリー番組
「超絶凄ワザ!」に見る産学連携とイノベーション
…… 33
イベントレポート
イノベーション・ジャパン 2016 ~大学見本市&ビジネスマッチング~
JST フェア 2016―科学技術による未来の産業創造展―
政・経済界から相次ぎ視察 新元素発見日本の科学力示す基調講演も
第 14 回産学官連携功労者表彰~つなげるイノベーション大賞~
2
…… 35
内閣総理大臣賞に、電源を切っても記録を保持する磁気抵抗メモリー
…… 37
視点 / 編集後記
…… 39
Vol.12 No.10 2016
巻
頭
言
■北海道独自の産業クラスター
形成に向けて“考動”します
髙橋 賢友
たかはし けんゆう
公益財団法人北海道科学技術総合振興センター 理事長
北海道科学技術総合振興センター(以下「当センター」
)は、
「研究開発から事業化までの一貫し
た支援」を活動理念とし、関係機関との連携の下、科学技術の振興と技術シーズの事業化支援を通
じ、北海道産業の振興と活力ある地域経済の発展に取り組んでいる。2011 年に設立 10 周年を迎
え、10 年後の 2020 年を見据え策定した中期アクションプランの「2020 プラン」において、
「食」
「健康科学」「環境」の 3 分野に北海道独自の産業クラスターを形成するべく活動を行ってきた。
今後も引き続き、これらの分野における産業クラスターの形成や活性化に向けた取り組みを展開す
るとともに、道内産業のバランスのとれた発展のため、ものづくり産業分野における活動にも注力
していきたいと考えている。
具体的な取り組みとして、
「食」分野では、北海道が有する豊富な素材の安全性・機能性に関す
る科学的データの分析、
「北海道食品機能性表示制度(ヘルシー Do)
」* 1 の取得への対応、食品
試作・実証プラットフォームを活用した高付加価値商品開発に対する支援などを通じて、食関連産
業の振興を目指していきたい。
「健康科学」分野では、平成 24(2012)年度に 5 カ年計画でスタートした、産学官金連携によ
る地域イノベーション戦略推進事業「さっぽろヘルスイノベーション‘Smart-H’
」において、
「健
康科学・医療融合拠点の形成」に向けて取り組んできた研究開発の着実な成果創出を図るとともに、
拠点形成に向け次なる展開を図っていく。
また「環境」分野では、幌延地圏環境研究所における「地下微生物を活用した地層内未利用有機
物のバイオメタン化とバイオメタンを活用したエネルギー地産地消システム開発」
、グリーンケミ
カル研究所における「植物を用いた先端的で省エネルギーな高機能品生産技術」など、当センター
自らが、地域の産業発展・環境保全等に有用な研究開発を推進していきたい。
さらに「ものづくり」分野では、中小企業の行う新製品・新技術開発への支援から知的財産の活
用など、より高度な技術開発への挑戦や、ものづくり分野の人材育成など幅広い支援を行っていき
たい。
当センターは、今後も地域の方々と連携しながら、これらの取り組みを着実に実行し、北海道の産
業振興に努めるとともに、道内経済の活性化に向け、役割を大いに果たしていきたいと考えている。
* 1 北海道が 「北海道フード ・ コンプレックス国際戦略総合特区」 における国との協議を経て、2013 年 4 月 1 日から開始した制度。
加工食品に含まれる機能性成分に関する研究論文等について、委員会を設置の上、学識経験者の意見を聞いて審査し、「健康で
いられる体づくりに関する科学的な研究」が行われた事実を北海道が認定するもの。
Vol.12 No.10 2016
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特集
大学発ベンチャー 産業構造変革の可能性
大学発ベンチャー表彰 2016
文部科学大臣賞にファンペップ、
経済産業大臣賞にアクセルスペース
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)と国立研究開発法人新エネルギー・
朝賀 克栄
産業技術総合開発機構(NEDO)は「大学発ベンチャー表彰 2016」の受賞者を
あさか かつえい
決定した。表彰式は 8 月 25 日に東京ビッグサイトにおいて、田野瀬太道文部科
国立研究開発法人科学技
術振興機構産学共同開発
部起業支援室調査役
学大臣政務官、および井原巧経済産業大臣政務官の臨席の下で行われ、受賞者は
多数の参加者に祝福を受けた。
大学発ベンチャー表彰制度は 2014 年度に創設され、今回は第 3 回目となる。
大学等* 1 の成果を活用して起業した大学発ベンチャーのうち、今後の活躍が期
待される優れたベンチャーを表彰するとともに、特にその成長に寄与した大学や
企業等を併せて表彰することで、大学等における研究開発成果を用いた起業およ
び起業後の挑戦的な取り組みや、大学や企業等からの大学発ベンチャーへの支援
や協力がより一層促進されることを目指している。
今回の応募総数は 44 社。外部専門家で構成された選考委員会による書面選考、
面接選考を経て八つのベンチャーが受賞となった。
大学発ベンチャー表彰 2016 受賞者(敬称略)
【文部科学大臣賞】
ベンチャー:株式会社ファンペップ 代表取締役社長 平井昭光
支援大学等:大阪大学大学院医学系研究科 教授 森下竜一
支 援 企 業:塩野義製薬株式会社 代表取締役社長 手代木 功
【経済産業大臣賞】
ベンチャー:株式会社アクセルスペース 代表取締役 中村友哉
支援大学等:東京大学大学院工学系研究科 教授 中須賀真一
【科学技術振興機構理事長賞】
ベンチャー:株式会社イーディーピー 代表取締役社長 藤森直冶
支援大学等:国立研究開発法人産業技術総合研究所 茶谷原昭義
【新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長賞】
ベンチャー:コスメディ製薬株式会社 代表取締役 神山文男
支援大学等:京都薬科大学 薬剤学分野 教授 山本 昌
【日本ベンチャー学会会長賞】
ベンチャー:株式会社ヘルスケアシステムズ 代表取締役 瀧本陽介
支援大学等:名古屋大学 名誉教授 大澤俊彦
【大学発ベンチャー表彰特別賞】
ベンチャー:株式会社アイキャット 代表取締役 CEO 西願雅也
代表取締役 CTO 十河基文
支援大学等:大阪大学大学院歯学研究科 教授 前田芳信
支 援 企 業:株式会社産学連携研究所 代表取締役 隅田剣生
【大学発ベンチャー表彰特別賞】
ベンチャー:ジーニアルライト株式会社 代表取締役社長 下北 良
支援大学等:光産業創成大学院大学 学長 加藤義章
支 援 企 業:アルプス電気株式会社 代表取締役社長 栗山年弘
【大学発ベンチャー表彰特別賞】
ベンチャー:メビオール株式会社 代表取締役社長 森 有一
支援大学等:早稲田大学 財務部 資金運用・資金管理担当部長 鈴木嘉久
4
Vol.12 No.10 2016
* 1
国公私立大学、高等専門学
校、国公立試験研究機関、
国立研究開発法人、公益法
人などの非営利法人
特集
文部科学大臣賞に輝いたのは株式会社ファンペップ。経験豊かな人材でチーム
を結成し、大阪大学の機能性ペプチドというプラットフォームから抗菌ペプチド
や抗体誘導ペプチドなどの今までにない革新的な医薬品を実用化しつつある点が
評価された。今後複数のシーズの導出を実現し、大きく成長することが期待され
ている。
経済産業大臣賞に輝いたのは株式会社アクセルスペース。宇宙という難しいビ
ジネス領域において、技術を武器に専用衛星販売、JAXA への採用と着実に実績
を上げている点が評価された。AxelGlobe という非常にスケールの大きい構想
を実現し、全く新しい衛星画像ビジネスの創出により大きく成長することが期待
されている。
JST 理事長賞はダイヤモンドの大型単結晶という全く新しい市場を創出した株
式会社イーディーピーに、NEDO 理事長賞はマイクロニードルという侵襲性の
低い新しい投薬の方法で今後大きな成長が期待されるコスメディ製薬株式会社
に、それぞれ贈られた。
選考委員会の委員長である松田修一氏(早稲田大学名誉教授)は、今回の選考
について以下のように講評している。
受賞した 8 社とも、日本で生まれ世界で活躍するボーン・グローバル・ベン
チャーとして、日本の産業構造変革の担い手になる可能性を持っていると確信し
ている。
「技術に勝ってビジネスに負けた」といわれて久しい日本だが、大学や研究機関
の研究成果をもとに、大学発ベンチャーが大企業と Win-Win 連携で、新たな産
業構造を再構築していくことを審査委員会一同期待している。
大学発ベンチャーが創出され、成長し、社会にイノベーションをもたらすまで
の過程においては、産学官による息の長い支援が必要である。本表彰制度が、そ
うした支援体制のより一層の整備のための一助になれば幸いである。
今回受賞した 8 社が今後グローバルに発展して社会にイノベーションをもたら
すとともに、後に続く大学発ベンチャーのロールモデルとなることを期待したい。
Vol.12 No.10 2016
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特集
大学発ベンチャー 産業構造変革の可能性
株式会社ファンペップ
人歴とベンチャー起業
【大学発ベンチャー表彰 2016】文部科学大臣賞
経験豊かな人材でチームを結成し、大阪大学の機能性ペプチドというプラット
フォームから抗菌ペプチドや抗体誘導ペプチドなどの今までにない革新的な医
薬品を実用化しつつある。今後複数のシーズの導出を実現し、大きく成長する
ことを期待する。
平井 昭光
■会社の概要
ひらい あきみつ
株式会社ファンペップ(大阪府茨木市、以下「当社」
)の会社名の由来である
株式会社ファンペップ 代表取締役社長
機能性ペプチド(Functional Peptide)は、不思議な素材だと思う。カエルの
皮膚に存在し傷から身を守り、人間の体の中に存在しホルモンとして体の各部分
に情報を伝達する。低分子化合物、抗体、核酸とさま
ざまな素材が医薬品として用いられてきた中で、ペプ
チドも新たな可能性を有し、安全で人に優しい医薬品
抗菌作用
候補として今後重要になるであろう。
角質層
表皮
このようなペプチド技術に関する発見と、発明がな
された大阪大学の技術をベースに当社は設立された。
2013 年のことである。
そして、医薬品のみならず、医療機器および化粧品
線維芽細胞
増殖・遊走作用
血管新生作用
肉芽形成促進作用
への応用可能性も追求し、研究開発を重ね、2015 年
には塩野義製薬株式会社への導出が成功し(皮膚潰瘍
治療薬、図 1)
、その後も森下仁丹株式会社、株式会社
ファンケルなど多くの企業とペプチドの可能性を追求
線維芽細胞
図 1 機能性ペプチド SR-0379 の作用メカニズム
している(写真 1)
。
研究開発投資がかさむ医薬品の開発に、医療機器お
よび化粧品の事業を加え、ポートフォリオ化して、早
い時期からの製品化を達成し、知的財産の早期のマ
ネタイズを基礎に黒字経営を続けている。創薬ベン
チャーにおいては珍しい黒字経営の企業である。
在籍している役員・社員は 14 人と小さなベンチャー
ではあるが、それぞれの専門性が高く IPO(新規上
場)など経験豊富なメンバーで、透明性の高い、風通
しのいい社風の下、生き生きと仕事をしている。それ
が「ファンペップ」である。
6
Vol.12 No.10 2016
真皮
写真 1 森下仁丹との共同開発商品
特集
■産と官と学のケミストリー
ベンチャー企業は不思議な組織だと思う。株式会社であり、企業ではあるもの
の企業というよりはチームと言った方が良いような気もする。しかし仲間という
よりはもう少し機能的なつながりで、パートナーほどフラットでもない。そんな
不思議な組織、チームはさまざまなケミストリー(科学現象)を生み出す。いや、
ケミストリーによって育て上げられる。
最初の、かつ基礎となるケミストリーは、アカデミアとのケミストリーであ
る。サイエンティストは独自の生き方と discipline(規律)を持っており、当然
のことながらそのままではビジネスとなじむことはない。しかし、
「出口」
、
「実
用化」、「第三の使命」というキーワードを軸に、サイエンスとビジネスはマッチ
ングを模索し、化学反応を起こす。
次のケミストリーは、ベンチャーキャピタリストおよび投資家である。ここで
も化学反応が起きるが、そのベースにあるのは「信頼」である。うそをつかない、
裏切らない、という信頼の上に適切な技術評価が乗っかってくることとなる。
さらに、ディールなどの取引先とも化学反応が必要である。単にマッチングが
あるから、シナジーがあるから、というだけではディールはできない。そこに
は、データの持つ力もさることながら、お互いの「信頼」が何より大きい。また、
ディールを陣取り合戦ではなく、共同作業として取り組む姿勢が要求される。
大学発ベンチャーの場合には、大学との連携も大事である。大学では優秀な人
材がさまざまな役割を担って動いており、そのような大学の方々と「有機的に」
連携することが必須である。
結局のところ、自ら多様なケミストリーを生み出し、それを推進力として進ん
でいくのがベンチャー企業であると思われる。そして、ケミストリーを生み出す
ために必要なものは、チームメンバーそれぞれの「歴史」であろう。それが失敗
であれ成功であれ、
「歴史」と「人脈」を有するチームメンバーが必死に汗をかき、
前に進もうとするから周りの人々は助けてくれるのである。
特許証とピッチと出資だけではベンチャービジネスの成立は難しい。技術移転
もコンタクトスポーツ(格闘技やラグビーのような接触度合いの多いスポーツ)
だといわれるが、ベンチャービジネスも人のぶつかり合いである。致命的ではな
い失敗と苦労は、必ず報われるのが良いところで、その意味ではシリコンバレー
も日本も大差はない。当社の社歴は浅いが、それぞれの人歴は深く長い。今回の
大学発ベンチャー表彰 2016 の受賞会社の方々から話を聞いても、やはり似たと
ころはあるように思う。
これから、ベンチャーを含め起業経験のある人が多く輩出される時代となるだ
ろうし、私の友人にもベンチャーでの成功を経て、さらに起業に挑んでいる方々
もいる。官と学においては、ぜひこのような経験の豊富な方々へ厚い支援を行
い、さらなるベンチャービジネスの躍動、そして、日本発のイノベーションの実
現に向けて支援してほしい。また、産においても、温かい視線でベンチャービジ
ネスを見てほしい。
Vol.12 No.10 2016
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特集
大学発ベンチャー 産業構造変革の可能性
株式会社アクセルスペース
将来性を信じて疑わず起業を選択
【大学発ベンチャー表彰 2016】経済産業大臣賞
宇宙という難しいビジネス領域において、技術を武器に専用衛星販売、JAXA
への採用と着実に実績を上げている。AxelGlobe という非常にスケールの大き
い構想を実現し、全く新しい衛星画像ビジネスの創出により大きく成長するこ
とを期待する。
中村 友哉
■超小型人工衛星の事業化
なかむら ゆうや
株式会社アクセルスペース(東京都千代田区、以下「当社」
)は、主に超小型
株式会社アクセルスペース
代表取締役
の人工衛星を開発し、得られる情報を顧客に提供する、東京大学・東京工業大
学発のベンチャー企業である。2008 年の設立以来、株式会社ウェザーニュー
ズ向け北極海航路監視衛星 2 機、および内閣府最先端研究開発支援プログラム
(FIRST)の一環として、ビジネス実証用地球観測衛星 1 機の開発を進めてきた。
2 機はすでに打ち上げ、続く 1 機も 2016 年中に打ち上げの予定である。
最近では、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の技術実証用小
型衛星の受注や、
「福井県民衛星」計画の参画など、特殊なニーズに直接応える
ことのできる専用衛星案件は増加傾向にある。加えて、2015 年には大型資金調
達を行い、50 機の衛星を打ち上げ、世界全土を毎日撮影する新しいインフラを
構築する当社独自のプロジェクト AxelGlobe を展開している(写真 1)
。最初
の 3 機は 2017 年にも打ち上げの予定であり、その後、機数を増やし、2022 年
までに 50 機体制の完成を目指している。
AxelGlobe は、 過 去 と 今 日 の デ ー タ 比 較 に
よって、変化を知り、トレンドを知り、時には未
来予測にもつながる。農業、都市計画、災害監視
など応用先は幅広く、今後、パートナー企業との
利用実験をどんどん進めていく。また、爆発的な
普及を図るため、オープンプラットフォームを目
指す。具体的にはデータアクセスのための API
を公開し、外部ベンダーにも積極的なデータ活用
を促す。自社だけで全てを完結させるのではな
く、コミュニティーを通してプラットフォームを
拡大し、新しいエコシステムを構築することが目
的である。
写真 1 AxelGlobe を構成する超小型地球観測衛星「GRUS」
8
Vol.12 No.10 2016
特集
■信念からの起業
当社の創業者 3 人が大学時代に開発した超小型
衛星は、当時、世界初の成功だった。これを受け
て、世界中の大学で超小型衛星プロジェクトが活発
化した。しかし、卒業時点では超小型衛星は教育
ツールの位置付けを脱しておらず、宇宙業界関係者
からは無視されていた。そのような中、創業メン
バーは、この技術の将来性を信じて疑わず、社会に
利用を広げるための手段として起業を選んだ。起業
までの道のりは決して順風満帆ではなかったが、強
い信念があったからこそウェザーニューズとの出会
いがあり、世界初の民間商用超小型衛星プロジェク
トにつながったといえる(写真 2)。
写真 2 世界初の民間商用超小型衛星「WNISAT-1」と開発メンバー
■誰が大学発ベンチャーを経営すべきか
会社経営の経験などない大学発ベンチャーは、総じて苦戦するという話をよく
聞くが、大概の大学発ベンチャーは同じ境遇に置かれる。これに対する解としてよ
く挙げられるのが、外部から経営経験豊富な人材を連れてきて社長にすることであ
る。これは実際にうまくいく場合もあるが、私は創業者が経営を学び、不足を補
う人材を雇用する方が、成功確率は高いと思う。なぜなら、経営経験豊富であって
も、事業に対する強い熱意と深い理解がなければ、成功は難しいからである。大学
発ベンチャーが成功する確率を上げるためには、技術にほれ込み、実用化に向けて
不退転の決意で取り組む熱意を持った研究者(技術者)が、創業者として経営に取
り組むべきだと考える。ただし、経営経験者によるアドバイスは非常に有用であ
り、経営をサポートする意味で、メンターの紹介の仕組みが充実する。
■国が顧客になることの重要性
マーケットをこれから作っていかなければならないフロンティア分野では、国
自身がベンチャー企業の顧客として振る舞うことが有効と考える。
これまでは、助成金で中小企業の製品開発をサポートする施策が多かったよう
に思うが、そうではなく、米航空宇宙局(NASA)などのように中小企業から一
定程度サービスを購入する枠組みが必要である。これによって、ベンチャー企業
に最低限の売り上げが立つことになり、安定ユーザーの確保、会社としての信頼
性向上につながり、ひいては民間からの投資を引き出すことになる。
当社の場合、ウェザーニューズがリスクを取って最初の顧客になってくれな
かったとしたら起業すらできなかったわけで、チャレンジングな試みに真剣に応
えてくれる顧客(金を出す傍観者ではなく)の存在がいかに重要か、当事者とし
て身に染みて感じている。
Vol.12 No.10 2016
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特集
大学発ベンチャー 産業構造変革の可能性
株式会社イーディーピー
日本発の技術で製造業ベンチャーを
【大学発ベンチャー表彰 2016】科学技術振興機構理事長賞
産総研の技術をもとに材料メーカーとしてダイヤモンドの大型単結晶という全
く新しい市場を創出し、順調に成長している。半導体ウエハの量産を実現し、
大きく成長することを期待する。
■大型単結晶ダイヤモンドで新しい応用の創出
藤森 直治
ふじもり なおじ
株式会社イーディーピー(以下「当社」
)
(大阪府豊中市)は、国立研究開発法
人産業技術総合研究所(産総研)が開発した、大型単結晶ダイヤモンド製造技術
株式会社イーディーピー
代表取締役社長
を実用化した「産総研発ベンチャー 100 号」である。ダイヤモンドはさまざま
な優れた特性を有しており、宝石や精密切削工具素材だけでなく、半導体デバイ
ス、光学部品、ヒートシンクなどへの利用が期待されている。粒子状の結晶では
応用に限界があり、気相成長技術によって大型で板状の結晶を生産する当社の手
法は、ダイヤモンドの応用を広げる起爆剤となる。
ダイヤモンド単結晶は、単結晶を種として気相から成
長させることができることは知られていたが、大型品の
量産手法としては適用できない。イオン注入を使う手法
で成長した結晶を種結晶から分離するのが、産総研の技
術である。この技術によって、ダイヤモンド単結晶を安
価に量産できるようになった。そして、25 × 25mm の
モザイク結晶ウエハが実用化できた(写真 1)
。
当社の製品は既存市場である工具としての利用の
ほか、半導体デバイスの研究用基板、人工宝石製造用
の種結晶、さらに光学部品などに応用されている。ダ
イヤモンドの利用はその緒に就いたばかりであり、当
社はその発展に資する素材を提供していく。
写真 1 25 × 25mm モザイク結晶ウエハ
■製造業ベンチャーを日本で育てなくては!
理科系の大学生への特別講義を依頼され、日本がどのように生き残っていくか
を議論し、私も一緒に考えてきた。資源が少ないわが国は、新しい輸出産業の育
成が絶対に必要というのが私の結論である。日本は、ソニー株式会社やホンダ
(本田技研工業株式会社)を代表とする輸出型製造業を育ててきたが、第 3 次産
業が主体となった今日でも、製造業は重要な稼ぎ手であり、安定した雇用を維持
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Vol.12 No.10 2016
特集
できる産業といえる。電機産業が海外勢にすっかり打ちのめされ、EMS(電子
機器受託製造サービス)
がスマートフォンの主要な作り手となっている状況だが、
新しい製造業をどう育てるかを真剣に取り組む必要があると考える。
当社のような材料を商品とする企業では、注文を取る前に生産設備を持ち、
生産管理や品質保証を含めた生産体制を整える必要がある。重い設備投資を行う
ために、最初からある程度の規模の資金調達が必要で、量産技術を作り、市場を
開拓し、事業化までの長期間を耐える企業の余力が必要である。工場を持たず
ファブレスでやればいいのでは、との考えもあるが、製品が独創的であるほど自
らが取り組む必要がある。
■還暦でベンチャーを立ち上げて
長年、企業において材料系の製品・研究開発や事業運営を行ってきたが、産総
研の私のユニットで開発した技術を核として、ダイヤモンド単結晶という特別な
材料の製造業ベンチャーを始めたのは、私が還暦の時であった。
ベンチャーは若者が夢を見て設立するものという固定的なイメージがあるが、
製造業、とりわけ当社のような材料を商品とする企業は、生産管理、労務管理、
市場状況の把握、流通経路、そして技術動向など企業を動かすために知らなくて
はならない知識がたくさんある。ここには、長期間このような業務に携わった経
験や、関連する人脈といった要素も重要である。還暦でこのような事業を始め
ることは、思い切った決断ではあったが、それまでの経験を生かすとの期待も
あった。
生産設備を確保するために設立当初から資金調達
に奔走した。この中で分かってきたことは、日本に
は製造業ベンチャーを支援する社会システムがほと
んどないことである。当社の工場は、生産設備だけ
でなく、ある程度の規模の工場やインフラが必要で
ある(写真 2)。利益が出るまでには幾多のバリアー
(障壁)があり、まともな姿になるまでに長期間支
援が必要と感じた。インキュベーション施設が十分
なものではなく、人材の確保も難しかった。幸い、
培ってきた人脈のおかげで、ベンチャーキャピタル
だけでなく多数の企業や個人から出資していただき、
当社は世界でも有数のダイヤモンド単結晶メーカー
写真 2 工場内の様子
としての製造設備を持つことができた。
日本を支える新しい製造業を作っていくには、独創的なベンチャーを支える社
会システムが必要だと痛感した。資金のみならず、企業運営全体を支えないと、
次の時代を担うような製造業はできない。私は自らのライフワークであるダイヤ
モンドの応用を手掛ける企業を持つという幸運に恵まれた。この経験を後進に伝
えていくことも、これまで支えていただいた方々への恩返しと考えている。
Vol.12 No.10 2016
11
特集
大学発ベンチャー 産業構造変革の可能性
コスメディ製薬株式会社
独創的経皮吸収システムの美容・医療への展開
【大学発ベンチャー表彰 2016】新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長賞
侵襲性の低い新しい投薬の方法として、高い社会貢献と広い応用が期待できる
技術である。化粧品分野で着実に成長を遂げており、今後医薬品分野への展開
により大きく成長することを期待する。
コスメディ製薬株式会社(京都府京都市、以下「当社」
)は、
「皮膚・貼る・吸収」
を全事業のキーワードとして、2001 年の創業時から現在まで、常に革新的商品
開発に挑戦してきた。創業時からの基幹技術である皮膚関連技術に基づくテープ
コスメディ製薬株式会社
代表取締役
医薬の開発、および近年の DDS(薬物送達システム)における大きなブレーク
スルー「貼る微細針」
、すなわち「マイクロニードル」の実用化まで、経皮吸収
の分野において常にイノベーションを志向している。特にマイクロニードルは、
皮膚に浸透できない薬物を貼るだけで、体内浸透させる革新的技術であり、当社
が世界に先駆けて実用化したオリジナル商品である。
■マイクロニードル医薬品への応用
マイクロニードル化粧品は、注射のみが体内導入可能な分子量数万から数百万
のヒアルロン酸を、当社独自の超微細加工技術により、長さ 200µm の針を数百
本から数千本が林立する微細針パッチに成型し、抗しわや美白など、アンチエイ
ジング用に推奨している。
マイクロニードル医薬品への応用展開に
関しては、産学連携により強力に推進してき
た。大阪大学大学院薬学研究科の中川晋作教
授と連携し、注射不要の破傷風、ジフテリア
などのマイクロニードルワクチンの研究をは
じめとして、インフルエンザワクチンの開発
は大阪大学医学部附属病院の臨床研究におい
て、注射と同等あるいはそれ以上との確認が
得られた。また、京都薬科大学の山本昌教授
写真 1 医療用マイクロニードル
(針長さ 800µm)
と連携し、自己投与可能な糖尿病、骨粗しょう症治療薬を目指している
(写真 1)
。
■自立的経営環境の整備で
ベンチャー企業の大半は、創業から成長期の期間において資金不足に陥る時
12
神山 文男
かみやま ふみお
Vol.12 No.10 2016
特集
期がある。当社もマイクロニードルをシード* 1 から量産化に発展させる段階で、
深刻な資金問題に直面した。しかしながら、幸い「皮膚・貼る・吸収」の経皮吸
*1
種子という意味合いの言葉
で、立ち上げ直後の状態。
収ノウハウを生かして、身近な化粧品、医療機器を開発し商品化することで、会
社の運営資金を獲得しつつ、身の丈に合った経営によって生き延びることができ
た。具体的には、医療用粘着剤技術を活用し、皮膚に優しく、かぶれにくい医療
用テープ、ドレッシングなどの付加価値の高い医療機器を開発した。また、経皮
製剤の設計技術を生かし、貼る化粧品、溶けるマスクなど、新しいコンセプトの
化粧品を美容業界に送り出した。
マイクロニードルも、本来医療用目的として開発をスタートしたものの、いち
早く美容目的展開できると思い付き、ニードルを超微細加工し、皮膚の角質層を
ターゲットにした化粧品に生まれ変わり、2008 年、世界で初めて製品化を実現
した(写真 2)。その当時、幾つかお誘いがあったベンチャーキャピ
タルの資金には依存せず、自社資金を元に、自律的経営を基本とする
道を歩んできた。
皮膚にこだわる革新的新製品を次々と開発・製品化し、その結果と
して、当社はリーマンショック不況を乗り越え、いち早く自立的な経
営環境の整備に成功することができた。このような経営基盤を整備す
ることにより、会社の運営が軌道に乗り、昨年、さらにマイクロニー
ドル医薬品の開発を促進させるため、国内外の大手製薬メーカーとの
連携に一歩進んだ。
写真 2 化粧品用マイクロニードル
■外部資源を最大に活用し成功
創業初期の家内工業的時代はさておき、多少なりとも進展すると、予期しな
かったさまざまな難問が降り掛かってきた。筆者は、他の 2 人の経営者と同様、
実験科学者であったので、企業活動の進展に伴う経営的諸問題(ファイナンス戦
略、人材確保・労務雇用対応、税務、GMP〔製造所における製造管理、品質管
理の基準〕製造体制樹立、マーケティング戦略など)に関して知識や実務経験が
乏しかった。これらの経営課題に対し、誤りなく適切に対応することにより、企
業の自主独立を確保しつつ、企業発展を図ることが最も深刻かつ切実であった。
克服のために、創業者らは経営セミナーなどを通じて勉強し、経営各方面にお
ける基本的知識を身に付けることにより、大局的判断力を養った。また、各分野
の専門家を、当時お世話になったクリエイション・コア京都御車(京都新事業創
出型事業施設)のインキュベーションマネージャーに紹介してもらい、当社の顧
問税理士、顧問弁理士、顧問弁護士、中小企業診断士として、各種具体的諸問題
に適切に対処・解決することにより、次第に企業として成長することができた。
創業以来、経営基盤の安定的発展に注力し、人々の QOL(生活の質)向上の
ため、新製品開発を進め、社会貢献に努めてきたことが当社の特徴である。
長期戦略としては、最先端のマイクロニードル医薬品の承認取得実現のため、
積極的に製薬メーカーと提携して医薬品開発を加速し、遠くない将来 IPO(新
規上場)を目指すことを視野に入れている。
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13
特集
大学発ベンチャー 産業構造変革の可能性
株式会社ヘルスケアシステムズ
郵送検査キットでカラダを知って健康に!
【大学発ベンチャー表彰 2016】日本ベンチャー学会会長賞
産学のネットワークを構築し、身近なテーマをうまく切り出すことで、バイオ
マーカー検査の一般消費者への浸透に成功している。今後、未病領域は重要に
なる領域であり、一層の成長を期待する。
株式会社ヘルスケアシステムズ(愛知県名古屋市、以下「当社」
)は、モノク
ローナル抗体
*1
作製技術と、産学連携で開発された新規検査システムをコア技
術とし、未病領域に特化した郵便検査事業を行う名古屋大学発のベンチャーであ
る。共同創業者の大澤俊彦名誉教授が 30 年以上にわたって開発してきたモノク
瀧本 陽介
たきもと ようすけ
株式会社ヘルスケアシス
テムズ 代表取締役
ローナル抗体と、専門分野である食品機能科学の知見を生かし、未病領域に特化
した検査サービスを開発してきた。
*1
■農学部発のベンチャーとして
野菜や大豆の摂取量を増やし塩分を減らす。聞けば簡単なことのようだが、食
生活の改善と継続は容易ではない。しかし日々の食生活は、健康に大きな影響を
与える。長野県の平均寿命が男女ともに全国 1 位となり、沖縄県男性の順位が
近年大きく低下したのは、食生活の変化によるところが大きいといわれている。
私たちは農学部発のベンチャーとして、このような身近な食生活に気付きを
持ってもらえる検査を開発し、行動変容につなげることを最大の目標とした。そ
こで、一般の方々が気軽に検査できるよう、自宅で採尿・採便し、当社に郵送す
ることで検査が受けられる郵送検査キット(写真 1)という形態をとっている。
現 在 4 商 品 あ り、 大 豆
の機能性や活性酸素によ
る酸化ストレス、食塩摂
取量、腸内フローラのバ
ランスなど、いずれも身
近な食材や健康テーマに
関係する検査となってい
る。事業はまだ緒に就い
たばかりだが、4 年間で
7 万人を超える方々を測
定し、今後の事業展開に
手応えを感じている。
14
Vol.12 No.10 2016
写真 1 郵送検査キット
単一の抗体産生細胞に由来
するクローンから作られて
いる抗体。特定の物質だけ
に結合するため、その抗原
抗体反応を利用して分析に
用いられる。
特集
■事業化できなかった苦しみの 4 年間
創業後間もなく、検査データの中に想定しない数値が出ていることが分かっ
た。大学のラボ環境では問題は生じていなかったが、顧客から送られてくる多様
な検体では、これまでと違う挙動を示す検体がまれにではあるが出てきた。幾つ
かの原因が考えられたが、解決には時間が必要であり、事業計画を大幅に見直さ
ざるを得なくなった。基礎研究の受託や、カシスなどの冷凍果実を輸入販売し
て、運転資金を確保しながら、課題を克服するための研究を続けた。当時はリー
マンショック直後で市場環境が悪く、銀行融資やベンチャーキャピタルからの投
資も見込めず、どうすれば研究資金を確保できるか本当に困ってしまった。名古
屋大学の産学連携担当や、入居するインキュベーション施設のマネージャーに相
談したところ、ハードルは高いが、国の委託研究へ応募してはどうかと勧められ
た。大学や共同開発パートナー、知人など多くの人に協力してもらって申請書を
作成し、幸運にも経済産業省の「平成 22 年度地域イノベーション創出研究開発
事業」に採択された。2 年間の開発期間では、風呂敷を広げず、事業化できるも
のに絞って集中的に研究を進めた。そして 2012 年、創業 4 年目にしてようや
く郵送検査事業を開始することができた。
■研究者視点から消費者目線へ
顧客に検査の意味をどうやって伝えるか。研究や診断のための検査であれば、
検査項目の科学的妥当性や測定精度データによって、研究者や医師に検査内容を
理解してもらえる。しかし私たちの検査は、一般消費者に向けて検査を提供しよ
うというものである。どうすれば検査の意味がきちんと伝わり、測ってみたいと
思ってもらえるか。研究中心でやってきた私たちにとって、これはとても難しい
ことだった。理解してくださる医師や雑誌編集者、企業のマーケティング担当
者、社員とその家族、そして検査を受けてくれた顧客に、学会や展示会を通じ
て、自分たちの検査内容と事業の目的を話し、少しずつ伝え方を学んでいった。
このときに直接の取引先や顧客だけでなく、マスメディアや医療機関といった幅
広い人たちに共感してもらえたことは、小さなベンチャー企業の製品を多くの人
に知ってもらう上で、とても大きな役割を果たした。その後、このつながりを通
じてテレビや雑誌などのマスメディアで多く紹介され、検査サービスを多くの人
に知ってもらうきっかけとなった。
未病検査は、検査を受けた人の生活習慣が変わるかどうかが、その実力といえ
る。検査結果を見ても食生活が何も変わらなければ、受けた意味はない。測って
みたいと思ってもらえて、検査結果を見て食生活が自然と変わるような検査を届
けるにはどうすればよいか。まだまだ改善すべき課題は多い。検査技術と検査項
目の研究開発を加速させることに加えて、伝える力を研鑽(けんさん)し、企業
理念である「検査研究を通じて健康を届ける」の実現に向かってこれからも歩み
続けていきたい。
Vol.12 No.10 2016
15
特集
大学発ベンチャー 産業構造変革の可能性
株式会社アイキャット
歯科医療のトータルソリューションを目指して
―ニーズオリエンテッド ・ ベンチャーの挑戦―
【大学発ベンチャー表彰 2016】大学発ベンチャー表彰特別賞
歯科インプラントのトータルソリューションの提供という新しいモデルの実現
により国内で順調に成長している。今後このパッケージの歯周病等への展開や
海外進出により、歯科医療のトータルソリューションを実現し、大きく成長す
ることを期待する。
西願 雅也
株式会社アイキャット(大阪府大阪市、以下「当社」
)は、大阪大学大学院歯
学研究科での研究成果を基に、歯科医が臨床の現場で直面するさまざまな問題を
ソリューションすべく 2003 年に設立された大学発ベンチャーである。
さいがん まさや
株式会社アイキャット
代表取締役 CEO
その出発点は、歯科インプラント治療の手術支援システム。従来、術者の経験
と勘に依存していたインプラント治療を、最先端の医療用画像処理技術と 3 次元
シミュレーションにより、精
度高く安心安全に実施可能な
治療へと進化させた。歯科医
目線で開発された高い機能
性とユーザビリティが評価さ
れ、 国 内 ト ッ プ シ ェ ア を 獲
得。以降、さらなるソリュー
ションを提供すべく、高画質
な 歯 科 用 CT 装 置 や、CAD
/ CAM を活用した高精度な
歯科技工物の製造 ・ 販売など、
事業拡大を続けている
(図 1)
。
図 1 歯科インプラント治療のトータルソリューション
■経営の特色
当社は、歯科医として技術シーズを生み出した十河基文(当社代表取締役
CTO)と、NEDO フェロー* 1 や TLO コーディネーターとして、大学研究者
の知的財産確保やベンチャー設立を支援してきた筆者の両名が代表者となり、互
いの得意分野を生かす「二人三脚経営」を実践し、強固な経営体制を築いている。
また、大学発ベンチャーにありがちな、優れた技術だが市場を模索しなければな
らないシーズオリエンテッドではなく、十河自身が臨床医として直面した課題を
解決するニーズオリエンテッド・ベンチャーであるため、高い市場性を持つ製品
開発が可能である。
16
Vol.12 No.10 2016
*1
国立研究開発法人新エネル
ギー・産業技術総合開発機構
(NEDO)が 2000 ~ 2010 年
度まで実施していた「産業
技術フェローシップ事業」
に採択された者の呼称。
特集
■ターニングポイント
創業 14 期目を迎えた当社が、七転び八起きで成長していく過程で、これまで
さまざまなターニングポイントがあった。その中でもインパクトの大きかったも
のを三つ挙げる。
一つ目は、海外製品の輸入販売である。何も無いところからソフトや医療機器
を自社開発し、構築したシステムをさらに拡充しようとする過程で、アウトプッ
トが思うように出ず、イライラを募らせた時期があった。気付けば、何から何ま
で自社でやらないと気が済まなくなっていたのである。リソースの限られたベン
チャーができることには限界がある。そこで、目を付けたのが優れた製品を持っ
ていても、日本に進出しあぐねている海外企業である。日本国内でのみ営業活動
をしていた当社が、島国根性を捨てて交渉したところ、瞬く間に複数の取り引き
が成立し、今では欠かすことのできない事業の柱の一つとなった。
シーズが自社に無ければ、外部から積極的に取り入れるという割り切りも重要
であることを痛感した転機である。
二つ目は、直販からディーラー販売への切り替えである。歯科医が設立したベ
ンチャーとして歯科医目線を重んじる当社は、創業以来、流通コストを極小化す
るため直販にこだわり、全国の歯科医院に直接営業活動を行ってきた。当然、ベ
ンチャーが販売までを一貫してやるには、効率的に営業可能な製品であることが
必要不可欠だが、当社のインプラント支援システムは、自社セミナーに集客し
て、その場でクロージングできる営業効率のいい理想的な商材であった。
しかし、大型医療機器である歯科用 CT 装置まで手掛けるようになり、様相
は一変した。納品まで、時間も労力も要する歯科用 CT 装置は、脆弱(ぜいじゃ
く)な自社の営業体制では手に負えなかったのである。そこで一念発起し、これ
まで、しのぎを削ってきた全国有数のディーラーに卸販売を持ち掛けたところ、
競合ディーラーに差別化できる商材を求めていた彼らのニーズと合致し、今や直
販時代を超える業績を上げることができるようになった。
製品特性によって最適な営業体制は異なり、時には昨日の敵を今日の友とす
る、逆転の発想も必要であることを学んだ転機である。
三つ目はこれまでに活用してきた助成金である。本来、企業の事業サイクル
は、既存事業で十分な収益を上げ、それを次期事業投資へと循環させるのが理想
である。しかし、やりたいことは次々浮かんでも、先立つものがないのがベン
チャーである。当社も例に漏れず、国内トップシェアは獲得していたものの、ま
だまだ十分な収益を生み出す体制が構築できていなかった。
そのような状況下、企業側の多様なニーズに合わせて企画された各省庁 ・ 自治
体によるさまざまな助成金に採択されたことが、新製品の開発や新規事業立ち上
げにつながる転機となったことは言うまでもない。
これらの転機を経ながら十数年ベンチャーを経営してきて、経営者としても、
企業としても、「単糸線を成さず」を日々痛感している。
ベンチャーは自分たちが何を成すかばかり考えがちだが、実のところ、外部の
力を上手く借りられるかどうかが生命線となるのではないだろうか。
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17
特集
大学発ベンチャー 産業構造変革の可能性
ジーニアルライト株式会社
光の可能性を医療と未来の可能性に
【大学発ベンチャー表彰 2016】大学発ベンチャー表彰特別賞
独自の技術で応用範囲の広いセンサーモジュールを開発し、支援企業との連携
により大きなニーズに構築しつつある。量産化、アプリケーションの実現を達
成し、大きく成長することを期待する。
■社会に価値を提供するための行動とは
ジーニアルライト株式会社(静岡県浜松市、以下「当社」
)は、強みである電
気回路設計技術力・光学設計技術力を軸に、医療機器の開発、民生用ヘルスケア
下北 良
しもきた りょう
ジーニアルライト株式会社
代表取締役社長
機器の開発設計・量産を行う、工場を持たないファブレス型製造業である。また、
第二種医療機器製造販売業許可(許可番号 22B2X10011)
、高度管理医療機器
等販売業許可(許可番号 浜健総 A 第 11-572 号)を取得し、医療機器製造も行っ
ている。
医療ネットワークを構築しながら光、電気、ソフトウエアなどをワンストップ
で開発・設計し、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保
等に関する法律〔旧薬事法〕
)による製造販売業認可を取得していることで、医
療機器申請や市場を鑑みた開発・設計が、開発段階から可能である。
研究開発から設計および量産試作・設計を社内で行いつつ、ファブレス体制を最
大限に活用し、月産数台の少量生産から、数百万台の大量生産まで対応可能な製造
企業との連携体制を構築することで、量による制限を設けないという特徴がある。
また、アナログ回路設計・マイコン設計の技術をベースに、光技術に特徴を持たせ
ることで、従来の光学機器とは差別化した製品開発ができる点が最大の強みである。
当社が現在開発している代表的な製品は、アルプス電気株式会社との業務提
携により開発した「⊿ Hb、oxyHb・deoxyHb 変化 * 1」
、脈拍を同時計測で
きる今までにないヘルスケアデバイスの「近赤外分光生体モジュールセンサ
(AGVS)」
(写真 1)や、透過光で生体内部を可視化する装置の「ジーニアルビュー
写真 1 AGVS(近赤外分光生体モジュールセンサ)
18
Vol.12 No.10 2016
写真 2 ジーニアルビューア(生体内部の可視化装置)
*1
⊿ Hb は動脈血と静脈血の変
化量、oxyHb は動脈血、de
oxyHb 静脈血を指す。
特集
ア」
(写真 2)などがある。現在も業種の垣根を越えて、社会が必要とするもの
づくりにチャレンジしている。
■自分の成長は会社の成長
当社はもともと、医療分野に特化した技術やネットワークを保持していたわけで
はない。創業者である私自身の、社会に対し自分が真に望むことを達成したいとい
う強い思いが軸となり、未知の分野である医療分野での事業構想を練り、それを実
現すべく行動に変えることができたからこそ、現在が存在するものと考えている。
2006 年当時、晝馬(ひるま)輝夫氏(現浜松ホトニクス株式会社会長)から
「君は企業家ではない、産業家である!できることではなく、真に望むことを求
めなさい」と助言をいただいた。その言葉を転機に『レーザーで脳外科手術を行
う、ボーンレーザー開発の事業計画』をプレゼンテーションし、晝馬氏個人から
2,500 万円の出資を得ることができ、その資金を元手に当社を設立した。
その後、現在に至るまでさまざまなことがあった。2,000 万円程度を自社持ち
出しで開発した仕様を他社に発注され、結果的に会社が倒産に追い込まれそうに
なったことや、資金不足になり日本政策金融公庫での初回融資が断られたことも
ある。しかし、そういった出来事が当社を強くした。売り上げの向上が必須条件
という状況下において、さまざまなステークホルダーを通じて、なりふり構わず
営業活動を行い、自社製品の開発だけでなく、受託による開発案件を探し、行動
し、提案を行うこともあった。その結果、現在のアルプス電気株式会社との、生
体内 Hb 変化計測できる、近赤外分光生体モジュールセンサ(AGVS)の開発に
つながっている。これは、今までにないヘルスケアデバイスである。
ベンチャー企業は、社会に価値を生み出すために必要な行動を起こさなければ
ならない。また、ベンチャー企業の経営者は「自分の成長=会社の成長」である
ことを自覚する必要がある。お金や販路も大切だが、プロダクトアウトではな
く、マーケットインを中心に、自分たちが社会に生み出す価値を考えていくこと
が大切である。従って、自社の強みを価値変換できる仕組みをつくることができ
れば、事業として成立することが分かってきた。お金につながるプロセスは、そ
の中で醸成されていくものだと考えている。
■成長スピードを高めるには
ベンチャー支援という言葉をよく聞くが、真のベンチャー支援とは、単なるお
金の工面や販路サポートをすることではないと考えている。サラリーマンが起業
家を支援するとなると、お金の工面や販路サポートなど一過性のサポートを考え
がちだが、当社は数多くの起業家に囲まれて成長することができた。そういった
起業家たちには、真に寄り添い、行動力を身につけるための環境を整えてくれる
支えがある。そういう効き目を持つ人たちがそばにいると、ベンチャー企業も成
長するスピードを高めることができると思っている。
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特集
大学発ベンチャー 産業構造変革の可能性
メビオール株式会社
土のいらないアイメック®フィルム農法
【大学発ベンチャー表彰 2016】大学発ベンチャー表彰特別賞
ハイドロゲルの技術をもとに栽培システムとしてパッケージ化できており、広く
普及が期待できる。食料問題、環境問題への寄与も大きく、今後の市場性も高い。
中国、ドバイに引き続き、広く海外に展開し、大きく成長することを期待する。
メビオール株式会社(神奈川県平塚市、以下「当社」
)は、医療分野で開発され
森 有一
た膜、ハイドロゲル技術を駆使して、土が不要で、水のロスが無く、かつ高品質
の作物を生産できる農業(アイメック ® * 1 あるいはフィルム農法)の開発・普及
を目的として 1995 年に設立された。アイメックは、土耕栽培の難しい土作りや
もり ゆういち
メビオール株式会社 代表取締役社長
水やり技術が不要で素人でも農業ができ、また大量の養液を循環・交換する水耕
栽培と比べてコストが安く、現在 150 以上の農場(総面積は約 10 万坪)で高糖
度・高栄養トマト(フルーツトマト)生産に採用されている。フルーツトマトは
最も人気の高い野菜だが、生産が難しく、従来は高価でマイナーな食材であった。
しかし、アイメックを採用した生産者(60%は非農業者)がフルーツトマトを安
定的に生産し始め、今までになかった高収益農業ビジネスが生まれつつある。
さらにアイメックでは不毛の地でも高品質の作物が生産できる。
①大津波被災地の陸前高田市(6,000 坪)でアイメックトマトが生産され、復
興モデルとなっている。
写真 1 ドバイ砂漠のアイメック®トマト農場
20
Vol.12 No.10 2016
*1
アイメック ® はメビオール
株式会社の登録商標。
特集
②土壌汚染が危惧される中国上海近郊(16,500 坪)で安全性・おいしさを担
保するアイメックトマトが生産され大好評である。
③ドバイの砂漠(1,200 坪)で生産したアイメックトマトは甘さ、収穫量共に
日本トマトを上回った。砂漠は晴天率・光量共に優れ、アイメックによって
好適な食糧生産基地に変わることが実証できた(写真 1)
。
世界のトマト生産量は日本の約 230 倍である。日本で生まれたフルーツトマ
トを寿司、和牛と同様に世界に展開していきたい。
■フロンティア技術とボーダーレス市場
経営とは人・物・金の三要素から事業を創り出すことだと思う。世の中には色々
な製品・技術(物)があふれていると同時に、色々な市場(金)も存在している。
従って、物と金の色々な組み合わせ(事業)が無限に存在している。人の役割は、
無限に存在する物と金の組み合わせの中から、今までは存在しなかったが、将来
は存在するべき組み合わせ(事業)を見つけ出すことだと考えている。私は東レ
株式会社、テルモ株式会社、W.R.Grace(WR グレース・アンド・カンパニー)
と、日米の企業を経験してきた。その間にさまざまな物と金を見てきた中で、フ
ロンティア技術とボーダーレス市場を組み合わせることによって、新しい事業を
創出するために当社を設立した。
太古から今日まで人類に食料を提供してきた農業は、人口の急増などに伴い、
より高い生産効率が求められている一方で、地球温暖化による水不足・土壌劣化
などにより、生産効率はむしろ低下しているともいえる。一方、人類に利便性を
提供してきた工業は、今日ますます発展しているように見える。この差は、土と
水しか使われていない農業に対し、工業では太古の石器から今日の半導体に至る
まで、絶えず基礎素材が進歩していることに起因していると考えている。よく言
われることわざ「破壊者は業界の外からやって来る」にならって、私どもは農業
界で長年使われてきた土と水を、工業で進歩してきた膜と、ハイドロゲルによっ
て置き換えるという冒険をしたところ、植物はそれに良く反応すると同時に、新
しい機能をも獲得したことには、正直驚き、無限の可能性が見えてきた。
先に述べたように、フルーツトマトという食材を通じて、農業が存在しなかっ
た不毛の地を経済的に活性化することによって、大きな社会問題になっている
難民、テロなどの解決の糸口としていきたい。一方、農業の工業化技術として、
LED と水耕栽培を組み合わせた植物工場が注目を集めている。植物工場にフィ
ルム農法を組み合わせることにより、生産物の安全性と栄養価が向上するという
知見を得ている。本技術の究極的な狙いは、今後老齢化に伴って費用負担が飛躍
的に増大するタンパク製剤の生産を目的とした組み換え体植物の生産と考えて
いる。
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21
貝に付ける「アバロン・タグ ®」で
資源管理と産地証明
■アバロン・タグ ® とは
「アバロン・タグ ®」は、ステンレス製の貝類用金属製標識である。これをアワ
ビやサザエ、養殖中のホタテガイやカキ、アコヤガイなどの貝殻の縁に挟み込む
と、約 20 日で標識の裏面(短辺)が貝殻構造内に取り込まれ、貝殻から取り外
せなくなる。標識の表面(長辺)は貝殻上部に露出しているので、刻印(番号・
記号・バーコード・図形など)を施すことによって名札(タグ)として取り付け
山川 紘
やまかわ ひろし
ることができる(写真 1)
。このよう
なタグは個体の識別性を格段に高め、
東京海洋大学産学・地域
連携推進機構客員教授
種苗放流効果の検証や産地証明、養殖
貝の漁場別管理や餌料などによる生産
履歴の管理など、さまざまな場面でト
レーサビリティ(履歴の追跡)を可能
にし、密漁の抑止に活用できる。
写真 1 アバロン・タグ ® と一体化したアワビ稚貝
■「密漁が激しく、困っている」
アバロン・タグ ® の研究開発が始められたきっかけは、東京海洋大学(以下「本
学」)産学・地域連携推進機構に設置している技術相談受付サービス「海の技術
相談室」に寄せられた漁業者の声からである。相談内容は「沿岸のアワビ資源に
対して組織による大規模な密漁が激しく、大変困っている」というものだった。
本学は国内唯一の海洋系大学である。海洋系の学部や学科を持つ大学の多くは
地域と連携した研究を推進する傾向にあるが、本学は東京に立地していることを
重視しており、地域連携の分野は全国の水産・海洋地域であると定義し、広域の
地域連携・産学連携に対応するため水産海洋プラットフォーム事業(2008 年度
文部科学省産学官連携戦略展開事業採択)を展開してきた。現在に至るまで、全
国の水産海洋関連の地域や事業者、漁業者からの技術相談に対応している。その
数は、「海の技術相談室」に寄せられるものだけでも年間約 250 件、教員への直
接のコンタクトや現場相談もあるので、現実にはさらに多い。
■アワビの種苗放流事業と資源量評価
アワビの資源量の維持・増大を目的に、各地の水産試験場や水産振興公社、自
治体による種苗放流事業(種苗の生産と放流事業の効果判定)が行われている。
放流のために生産した種苗は漁業協同組合が有償で購入するが、資源管理を目的
とする場合は、自治体が離島振興基金などを活用して一部を補助している。各地
の水産試験場では、種苗放流事業の効果を検証するため、資源量や放流種苗の回
22
Vol.12 No.10 2016
池田 吉用
いけだ よしちか
東京海洋大学産学・地域
連携推進機構URA
収率の評価を行っている。評価は、放流した海域で採捕されたアワビの中に、種
苗放流された稚貝の割合を求め基本的データとしている。種苗放流されたアワビ
稚貝は、生産の過程で給餌された海藻や配合飼料の影響で貝殻の一部が鮮やかな
緑色となる「グリーンマーク」を作るので、これを放流稚貝から成長したアワビ
かどうかを判断する目印にしてきた。しかし、グリーンマークだけでは、その種
苗が「いつ・どこで・誰が」放流したものかまでは知ることができないし、多年
度にわたって放流を続けているため、それぞれの年の放流効果を判別することは
難しい。その点、アバロン・タグ ® が装着されたアワビであれば、刻印から「い
つ・どこで・誰が・どの放流事業で」という情報まで明確に示すことができる。
それならばもっと情報を高度化できる IC タグなど、現代的な手法があるのでは
ないか、との声はよく聞かれる。
沿岸の岩礁地帯に放流したアワビが採捕できる大きさまで成長するには 3、4 年
以上かかるため、タグは長期の耐塩・耐水性能が求められる。アワビの特性上、貝
殻ごと加熱するなどの調理方法が採られることもあり、樹脂材料の使用は難しい。
そして放流種苗を全数漁獲や回収、再利用はできないためコストも最小限にしなけ
ればならない。また、IC タグも魅力的ではあるものの、アバロン・タグ ® のコス
トは一個当り 10 円を目指しているのに対し、IC チップの単価は 2000 年以降も
100 円以下を実現できていない。IC タグは水揚げ以降の国内外の流通段階では適
用される余地があるが、現時点で放流事業などに活用するのは現実味がない。
タグによって個体識別されたアワビ群を漁場に放流することで、放流事業の効
果を知ることができる(図 1)。アバロン・タグ ® の利点は、アワビのような巻
貝に限らず、ホタテガイやアコヤガイにも装着でき、タグで識別できることであ
る。また、タグの材質もステンレス材料の硬度と金属探知機との反応を勘案し工
夫した。貝殻には、成長とともにゴカイ類、フジツボ類などの付着生物やアオサ
などの海藻類も大量に着生してくるが、このタグは付着物を除去しなくても、服
地の検針機のような簡易金属探知機や大型の盤上金属探知機に反応させれば、現
場でも確実に放流種苗を判別できる。
図 1 アバロン・タグ ® の普及状況
Vol.12 No.10 2016
23
全国の年間の放流種苗や養殖種苗の生産数量は、1,500 万~ 2,000 万個体と
見られる。これらの種苗が漁獲物として 3、4 年後に回収される割合は、5 ~
15%前後である。漁業公社などで販売される種苗の価格は、1 個体当たり 70 ~
90 円なので、アバロン・タグ ® が 1 個当たり 10 円程度であっても、そのタグ
の 90%が回収されないと、タグ代は生産者にとってかなりのコストになる。漁
業協同組合による放流個体数は、水揚げ価格を考慮して決定されるので、5 万~
10 万個体が平均的な値である。種苗単価から見て、放流事業自体に多大な経費
が投入されているため、タグの普及は放流種苗自体の回収率を画期的に高める研
究が焦眉(しょうび)の課題である。
■アワビ漁業・流通の課題
アバロン・タグ ® は、漁業者からの密漁対策の相談から生まれた。これには、
アワビなどの貝類の漁業や漁業権の現状が関係している。魚介類は、養殖のよう
に区画管理されたものであれば所有権が認定されるが、いったん自然水域に放流
した種苗になると、漁業法上は誰の所有権もない「無主物」と判断されてしまう。
ところが水産有用種には、アワビのように種苗放流という公益事業によって資源
量が維持されているものが数多くある。放流や、そのための種苗生産は公的予算
や漁業協同組合の予算、漁業者をはじめとする多くの関係者の努力の結集である
のにもかかわらず、密漁行為は所有権の侵害ではなく、自然保護上の違反として
扱われる。密漁は膨大な利益を上げながら、罰則が軽微で再犯性が極めて高く、
社会悪への資金源にもなってしまっている。
当初は、この卑劣な行為を予防するため、アワビにタグを取り付けて「いつ・ど
こで・誰が・どの放流事業で」放流したアワビであるかを明示することで所有権を
主張できるようにし、密漁が窃盗犯罪として厳罰化されることを期待していた。し
かし、法的解釈を一般の取り締まりに拡大して法令化することがなかなか難しいら
しく、アバロン・タグ ® の効果は、科学的な効果を除けば、社会的には警察への捜
査資料の提供と、漁業者の資源管理手法、事業効果、それに密漁に対する心理的抑
止効果を期待できる程度にとどまっている。今後、アバロン・タグ ® の普及が進
み、このような現状が打開できることを期待している。なお、近年は関係者の努力
もあって、アバロン・タグ ® の開発当時に比べれば、密漁行為が厳罰化されるよう
になってきている。密漁被害はまだまだ絶えないが、本学では管理生産された種苗
に対する放流後の所有権の在り方を社会や漁業関係者に訴えるべく活動を続けて
おり、各地の漁協に支援者が増大している。
視点を変えると、アバロン・タグ ® を付けた漁獲物は、高付加価値化にも役
立つ側面がある。アワビ類が食品流通に乗る場合には、タグによって産地証明、
食品としての安全性を担保するトレーサビリティとして管理することが可能であ
る。放流アワビだけでなく、養殖されている貝類にタグを付けた場合には、養殖
履歴や餌料成分(フィッシュミールなど)の履歴、水質汚染度など飼育環境の特
性、HACCP * 1 対応の有無などを記録として追跡できる。さらに、IC タグを併
用して流通のポイントごとの経緯をフォローすると、流通速度や価格の変遷など
24
Vol.12 No.10 2016
* 1
Hazard Analysis Critical
ControlPoint.
食 品 の 製 造・ 加 工 工 程 の
あらゆる段階で発生する
恐れのある微生物汚染な
どの危害をあらかじめ分析
(Hazard Analysis) し、 そ
の結果に基づいて、製造工
程のどの段階でどのような
対策を講じればより安全な
製品を得ることができるか
という重要管理点(Critical
Control Point)を定め、こ
れを連続的に監視すること
により製品の安全を確保す
る衛生管理の手法。
の追跡が可能となる利点がある。
■普及と展開
アバロン・タグ ® の基になった研究開発成果は、2002 年に出願し権利化さ
れている(特許第 3962808 号)。その特許を基に民間企業と共に製品化して、
2004 年度から水産試験場、漁業協同組合、養殖アワビ事業者向けに販売を開始
した。2000 年ごろまではテープ、ペンキ、ビニール被覆の銅線、樹脂板(水中
セメントやドリルでビス止め)などを標識にしていた状況から比較すると、タグ
の形状の規格化や、取り付け情報を一元化したこの技術は画期的であった。製品
化にあたって、隘路(あいろ)であったことは、製品化するための初期投資とな
る金型の制作費用が高価なことである。開発当初は高圧プレスで番号を刻印して
いたが、レーザーで刻印する段階にまで商品の品質向上を図ってきた。好意ある
製造企業各社の協力なくして製品化はできなかった。その後、普及に向けた試行
錯誤の中、販売体制の改良や製造企業の変更を経て、現在はテーピングサービス
会社の株式会社イー・ピー・アイ(京都府京都市)が製造販売を行い、年間約
10 万個を出荷し、これまでの総販売個数は 244 万個を上回った。
このタグの開発事業を普及できたポイントは、製品の注文を大学内に設立した
特定非営利活動法人海事・水産振興会* 2 が取り継ぐ体制にしたことである。こ
れにより、利用者の声が開発を担当した研究者に届きやすくなり、アバロン・タ
グ ® の改良はもちろん、各地のアワビ漁業の諸課題について、地域と大学の共
* 2
ア バ ロ ン・ タ グ ® は NPO
法人海事・水産振興会の登
録商標。
同研究を促進することができた。大学を核とした漁業関係者、自治体、民間企
業、研究者が協働体制で課題解決へ取り組み、アワビの増産を目的とする諸々の
知財、稚貝保育礁や小型漁礁、アワビ用養殖飼料、高付加価値化技術の開発、海
士・海女漁業の健康管理のための潜水特性調査などとも連携し発展していること
から、大学の研究成果が全国的な漁業者の振興につながっていっていることが実
感できる。この研究開発サイクルは、本学にとって理想的な産学・地域連携研究
成果のモデルケースとなっている。2016 年度からはこうした地域との関係性を
変えることなく、販売効率を高めるためにイー・ピー・アイに販売製造体制を一
元化することとなった。
アバロン・タグ ® の販売を開始して 10 年以上が経過した。アワビ漁業に関連
する課題はいまだに解決されていないものも多く、新たな問題も出てきている。
沿岸域の漁業の現場では、過疎・高齢化が進んだ。アワビ漁業のような沿岸の採
貝漁業は、漁業者にとって肉体的負担が比較的小さく、高齢者が地域経済に貢献
できる就業形態としても重要と考えており、今後もアワビ資源の維持・増大を期
待したい。また本学でも研究者らが産地の声に耳を傾け、現場の人材育成を心掛
けながら地域に貢献できれば幸いである。
●参考文献
1.山川紘 . ステンレススチール標識および IC 標識を利用したアワビの情報管理技術 . ブレインテクノニュー
ス .2006,no.113,p.32-37.
2.Tanaka, E.; Yamakawa, H.; Yamada, S.; Nonaka, M.; Hasegawa, A. A method for estimating
mortalityrateanddevers'sightingratefortaggedabalones.NipponSuisanGakkaishi,1991,
vol.57,p.189-194.
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スマートフォン利用者に朗報
世界最高速!毎秒56ギガビットの
無線伝送に成功
■増える無線技術の重要性
スマートフォンなどの通信や電力伝送のみならず、IoT(モノのインターネッ
ト)や自動運転技術など、無線技術を基盤としたデータ収集システムや、センシ
ングシステムとしての技術の展開が望まれている。伝送速度の向上や低消費電力
化により、次世代無線 LAN や第 5 世代 (5G) 携帯電話の実用化が進み、VR(仮
想現実)
・AR(拡張現実)端末の無線化や、IoT や小型衛星などのセンサー端末
の爆発的普及が期待される。
そのような理由から、東京工業大学においては、ミリ波無線技術や IoT 向け
無線技術を中心とした研究開発を行っている。
ミ リ 波 無 線 技 術 の 研 究 開 発 は、 ① 60GHz 帯 を 用 い る 次 世 代 無 線 LAN
(IEEE802.11ad/ay、WiGig) や 次 世 代 版 TransferJet(IEEE802.15.3e) の
無線回路技術、② 100GHz 帯によるバックホール向け 100Gbps 超高速無線機
技術などである。また、IoT で必須となる無線センサーノードにおいて、バッ
テリーレス動作を実現するための IoT 向け無線技術では、①ノーマリーオフ
無線技術によるインフラ向けのサブ GHz 帯無線機、②ノーマリーオフ化した
Bluetooth 無線機技術などである。
■ミリ波を用いた超高速無線通信
ミリ波とは、電波のうち 30 ~ 300GHz の周波数帯のもので、波長が 10 ~
1mm の範囲であることからミリ波と呼ばれる。30GHz 以下のマイクロ波帯に比
べると非常に幅広い周波数帯域が利用できることから、高速な無線通信の実現に
ミリ波帯の利用の期待が大きい。特に、60GHz 帯は 9GHz 近い周波数帯域を利
用可能で、アンテナ 1 本当たり 40Gbps 以上の無線通信速度の実現が可能であ
る。一般的な 4.7GB(ギガバイト)の DVD データなら、わずか 0.9 秒ほどで転
送可能である。Bluetooth(1Mbps)を用いると 673 分を要し、実に 4 万倍以
上の高速化が実現可能である。また、アンテナを複数用いる MIMO 技術と組み
合わせることで 300Gbps 以上の無線通信速度を実現できる可能性がある。
60GHz 帯を用いるミリ波無線通信の中でも、主に 2 種類の用途が想定される。
従来の無線 LAN を置き換えるものと、Suica のような近接無線通信(NFC)を
高速化するものである。Wi-Fi として知られる 2.4GHz 帯や 5GHz 帯を用いる
無線 LAN に加えて、第三の Wi-Fi 用の周波数帯として急速に 60GHz 帯の研究
開発が進められてきた。60GHz 帯ミリ波無線機について、長らくパナソニック
株式会社と共同研究を行い、60GHz 帯 Wi-Fi である WiGig(IEEE802.11ad)
に準拠するチップセットの商品化に、同社が世界で初めて成功した。
NFC 技術では、424kbps の通信速度が上限で、主に短いタグデータの読み
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岡田 健一
おかだ けんいち
東京工業大学 工学院 電気
電子系 准教授
取りなどが想定され、大容量データを瞬時に転送することを可能とするのが、
60GHz 帯を用いる次世代版 TransferJet 技術である。日本の企業が中心となっ
て標準規格化(IEEE802.15.3e)および無線機の研究開発が進められている。この
60GHz 帯を用いる、次世代版 TransferJet 技術の研究開発を、2007 年からソニー
株式会社および日本無線株式会社と共同で進めている。
■失敗の連続だったミリ波帯無線機設計
2007 年に始まったミリ波無線機の研究プロジェクトでは、CMOS 集積回路
による高周波回路設計の経験者が不在で、それまでのマイクロ波帯の設計技術の
延長で対応可能であると安易に考えていた中での開始であった。
2008 年度中には各部回路ブロックの基礎技術を確立し、2010 年度中には
60GHz 帯ミリ波無線機のプロトタイプが完成する計画であった。結果として
は、プロジェクト前半部分は大失敗で、苦い経験をした(図 1)
。
一般的なマイクロ波帯 CMOS 高周波回路の設計においては、製造会社から提
供されたトランジスタや、受動素子の回路シミュレーションモデルを用いた設計
が行われる。2007 年には、当時利用が可能であった最小寸法 90nm の CMOS
集積回路技術を利用した。
まずは簡単な増幅器や発振器についての検討を行い、回路シミュレーターや電
磁界シミュレーターを用いた回路設計を行った。その回路図を基に、集積回路製
造のためのマスクパターンの原型となる詳細なレイアウト図を作成した。設計し
た回路定数に合わせてトランジスタの構造を描画し、それぞれの部品間の配線を
丹念に接続していく。ミリ波帯の回路では、この部品間の配線が回路特性に非常
に大きな影響を与えるため、その長さや曲げ方なども回路シミュレーションを通
して一つずつ決めていく根気のいる作業が必要である。
図 1 ミリ波プロジェクトで試作したチップの顕微鏡写真
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無事に期日までにレイアウト図が完成すれば、製造会社に電子データとして提
出する。3 カ月ほどで実際の半導体チップとして納品され、その後、研究室で測
定を行う。単純な増幅器を作っても、利得が 20dB ほどになるはずの増幅器が、
− 10dB ほどの減衰器となるなど、測定結果がシミュレーションと大幅にずれ
る状況が続いた。程なくして、増幅器が発振していることを発見し、その当時考
える限りの改良を重ねた結果、設計の精度は上がっていくが、それでも増幅器の
三つに一つは目標に達しない。測定結果は失敗の連続だった。
根本的な原因が解明できないまま 2008 年度に入り、本番である最小寸法
65nm の CMOS 集積回路技術によるチップ試作を行った。丹念に設計し直し、
製造技術が変われば状況が好転するのではないかと根拠のない期待があったが、
数回の試作を経て、いよいよ困り果てた。
ミリ波の無線機を構成するには、20 を超える回路ブロックを組み合わせる必
要があり、その一つ一つの成功確度は 99% 以上に上げておく必要がある。一つ
の失敗でも無線機全体が動作不全を起こすのである。あと 2 年ほどでミリ波の
無線機が完成するとはとても思えず、当時は暗澹(あんたん)たる気持ちであっ
たことを今でもよく覚えている。
そこで、他人が用意した回路シミュレーションモデルやシミュレーター、測定
装置を含め、全てを疑うことから始めた。まずは、製造会社から提供されていた
シミュレーションモデルが正しいかの検証から始めると、やはりミリ波帯で、わ
ずかなズレがあることが分かった。トランジスタ、キャパシタ、インダクタなど
の回路部品はあらかじめ測定をして、十分に信頼のできるシミュレーションモデ
ルを作成した。また、測定用のプローブ自体の S パラメータ測定も行い、回路
シミュレーションに含めた。
次に、電磁界シミュレーターの回路部品間の接続のための伝送線路配線につい
ても、一つずつ構造の最適化を行い配線の太さや密度調整のためのダミーパター
ンの配置までを精緻に決めていき、最終的には測定結果を元に回路シミュレー
ションのためのモデルを作成した。トランジスタやキャパシタも、その構造によ
り特性に大きな差があることが分かり、多数の構造を調査し、測定と理論の両面
から最適な構造を決めていった。
最後に測定結果の再精査だが、そもそもミリ波帯においては実測値ですらも十
分な確度が得られているか確かではなく、これが最大の問題であった。何も頼る
データがなく、複数のデータから確かだと思われる測定方法を選定していく必要
があった。測定用のプローブの選定や、測定のためのパッド構造の最適化、パッ
ドや引き出し線部分を測定結果から差し引き、トランジスタ自体の特性を取り出
す演算処理など、具体的な改善点には枚挙にいとまがない。
いかにミリ波帯の高周波回路設計が通常の高周波回路設計と異なるかは、大失
敗をしなければ実感できないものであった。最終的には、設計効率も考慮に入れ
て設計環境を構築した。
トランジスタ、容量、伝送線路などの部品を実測し、それぞれレイアウト図に
対応した回路シミュレーション用のモデルを作成し、ミリ波帯回路設計が可能な
独自の設計環境の構築を行った。ミリ波設計の基盤技術が整ったことで、その後
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Vol.12 No.10 2016
は順調に研究が進んだ。
2011 年にはミリ波帯ダイレクトコンバージョ
ン型無線機により世界で始めて 16QAM(カム)
の無線通信を実現し、2012 年には 60GHz に
規定される 4 チャネル全てで 16QAM の無線
通信が可能となった。2014 年には注入同期に
よる低位相雑音化により 28Gbps の無線通信
速度を達成した。64QAM の実現も世界初で
あった。2016 年には送受信機を 2 系統搭載し、
無線伝送速度は 42Gbps に達した(図 2)。
■ 100Gbps への挑戦
図 2 2016 年には送受信機を 2 系統搭載し、無線伝送速度は 42Gbps に
次に着手したのが、100GHz 帯のミリ波を
用いて 100Gbps の無線通信速度を実現する無
線機の研究開発で、携帯電話の基地局間などの
大容量無線装置の実現を目指した。通常、携帯
電話の基地局間ネットワークには光ファイバー
が用いられるが、都市部の過密地域や、河川や
山間に挟まれた地域、災害時などで光ファイ
バーの敷設が困難な地域や状況において、柔軟
かつ大容量な無線ネットワークの構築を可能と
することを目指している。
60GHz 帯 の 9GHz 帯 域 幅 で は 単 一 回 線 に
よ る 100Gbps の 実 現 に は や や 不 足 な の で、
図 3 100GHz 帯ミリ波無線機
100GHz 帯を用いて 60GHz 帯のものと同じ最小寸法 65nm の無線機を CMOS 集
積回路技術により製造した(図 3)
。この無線機の研究開発は意外に順調で、1 年
かからずにプロトタイプを作成でき、当初目標の 100Gbps には届いていないが
56Gbps の無線通信速度を達成した。近年、CMOS 技術を用いた超高速無線機が
多く報告されているが、その中でもこの 56Gbps が現在、世界最速のものである。
CMOS チップを測定用基板に実装するに当たりやや苦労もあった。一般的な
同軸ケーブルなどで測定可能なのは 67GHz までであり、それ以上の周波数につ
いては特殊な同軸ケーブルが用いられるほかは、一般には導波管による接続が行
われる。導波管による 100GHz 帯の実装技術は簡単なものではなく、株式会社
富士通研究所にインターンシップで学生を派遣し、共同での開発を行った。同社
とはそれ以外にも測定やモデリングも含め、長年共同研究を行っている。集積回
路技術や高周波技術では地道な技術の積み重ねが肝要であり、産学連携が果たす
役割は非常に大きい。
今後、まずは 2020 年の東京オリンピック・パラリンピックまでに実用化を
目指し、また、現在力を入れている IoT 向けの極低消費電力無線機についても、
産学連携を通して早期の実用化を目指していきたい。
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九州における大学発ベンチャー支援ファンド
「QB ファンド」
■ QB ファンド設立のきっかけ
2004 年に民間企業から九州大学知的財産本部に移り 6 年の間、研究成果の事
業化支援および大学発ベンチャー支援業務に関わってきた。また、2010 年から
は、九州大学の特定関連企業である株式会社産学連携機構九州(九大 TLO)の
代表取締役を 4 年間務め、大学と TLO の立場で、研究成果の事業化支援、大学
発ベンチャー支援を 10 年間行ってきた。
坂本 剛
さかもと つよし
地域と連携した大学発ベンチャー支援ネットワークの形成、ビジネスプラン作
成セミナーの開催、メンタリングなどさまざまな取り組みを行ってきたが、どう
してもサポートできなかったことが、創業前後の資金的な支援、いわゆる「リス
QB キャピタル合同会社
代表パートナー
クマネーの供給」だった。
他方、九州地域の大学では、中央に比べ技術系やシード・アーリー段階* 1 へ
リスクマネーを供給する投資家やベンチャーキャピタル(VC)の数が圧倒的に
少ない。従って、基礎的な発明と事業化の間にあるといわれるギャップ
(死の谷)
を越えることができずに、成長できない大学発ベンチャーや、そもそも創業に至
らない有望な技術シーズが数多く存在していることを実感していた。
そこで、産学連携分野における経験やノウハウを生かし、これらの課題を解決
したいと考え、九州地域の大学の研究成果を活用した大学発ベンチャーをメイン
にハンズオン支援(現場に出て活動しながら行う支援)するファンド「QB 第一
号投資事業有限責任組合 (QB ファンド )」の設立に至った。
■ QB ファンドの概要
QB ファンドは、2015 年 9 月 16 日に設立された。ファンド規模は、31 億
3640 万円である(図 1)。設立に当たり、大学や TLO の立場でのベンチャー支
援経験はあったものの、投資経験がほとんどなかったため、15 年以上にわたる
国内外のスタートアップ企業の発掘、投資やハンズオン支援の経験のあった本藤
孝氏を共同パートナーに迎え、運営母体となる QB キャピタル合同会社を 2014
年 4 月 16 日に設立した。
GP(無限責任組合員)は、QB キャピタル合同会社および関係者で構成され
る LLP(有限責任事業組合)が務める。また、LP(有限責任組合員)は、西日
本シティ銀行を筆頭に、独立行政法人中小企業基盤整備機構、九州地域の 11 事
業会社(個人を含む)である。
投資分野は、バイオ・医療機器、素材・ナノテク、半導体、情報通信・ソフト
ウエア、環境エネルギー、デジタルコンテンツ、医療・健康維持サービスなど、
大学発技術が強みを持つ事業分野を想定している。また、九州大学など九州地域
における大学の研究成果の事業化を目指す大学発ベンチャー、九州地域の大学と
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*1
会社設立前の準備期(シー
ドステージ)と、会社設立
直後の最初期(アーリース
テージ)を指す。
図1 QB ファンドの概要
共同研究などを実施しているベンチャー、大学関係者(教職員、学生、OB など)
が起業に関与したベンチャーをメインの投資対象としている。
出資形態は、1社当たり 3,000 万円から 2 億円程度のエクイティ投資を行うと
ともに、事業化プロジェクト段階から、POC(Proof of Concept)や事業化を
見極めるため、100 万〜 500 万円程度のプロジェクト投資(プレ投資)機能、つ
まり「事業化の卵を生み出す機能」を持ち合わせていることが特徴の一つである。
このような出資以外にも、総務省「ICT イノベーション創出チャレンジプロ
グラム(I-Challenge!)
」1 次提案審査委員会(2015 年〜)
、国立研究開発法人
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「研究開発型ベンチャー支
援事業に関するベンチャーキャピタル等の認定(認定 VC)
」
(2016 年〜)など、
大学発ベンチャー支援に関するメニューを拡充しているところである。
■第 3 世代有機 EL 発光材料の実用化に投資実行
QB ファンド設立以来、九州関連の大学発ベンチャー、技術シーズの事業化を
検討している研究者などから、さまざまな案件の相談を受けている。
そのような状況の中、2016 年 2 月に福岡県福岡市の株式会社 Kyulux
(キュー
ラックス・代表取締役 佐保井久理須、安達淳治)に投資を実行した。
Kyulux は、九州大学安達千波矢主幹教授(最先端有機光エレクトロニクス研
究センター・センター長)のグループが開発に成功した「第 3 世代有機 EL 発光
材料の実用化」を目指し、設立された九州大学発の技術開発型ベンチャーである。
今回のファイナンス(シリーズ A)で、QB ファンドをはじめ、複数のベンチャー
キャピタル、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)
、事業会社などから総
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額 15 億円の資金を調達し、第 3 世代有機 EL 発光材料の実用化を加速させて
いる。
また出資だけでなく QB ファンドとして、筆者自身が社外取締役に就任する
ことにより Kyulux の経営に参画し、ハンズオン支援を行っていく予定である。
■やるかやらないか、100 の議論より一つの行動が大切
前職の九大 TLO 代表取締役を退任するに当たり、幸いにも大学に戻る、企
業からのお誘いなど、さまざまな選択肢があった。そのような状況の中、次
のキャリアとして「リスクが高い」「実現が難しい」と言われた、九州の大学
発ベンチャーに特化したファンドの設立を選択したのは「やるかやらないか」
「100 の議論より一つの行動が大切」という思いがあったからだ。ただ、言うは
やすしで、実際のところ当初予定していたファンド設立時期が大幅に遅れ、約
8 カ月もの間、無報酬で立ち上げ準備をすることになった。その間、プライベー
トでは娘の高校受験も重なり、金銭的にも精神的にもつらい時期が続いたが、な
んとか昨年秋にファンドレイズ(資金集め)することができた。
産学連携分野では、起業家教育、アントレプレナーシップの涵養(かんよう)
・
重要性がうたわれ、大学発ベンチャーの創出、学生起業を促進する動きがある一
方、議論にとどまり、なかなか行動を起こせない事例を九州では目の当たりにす
ることが多い。
リスクテイクし、果敢にチャレンジする起業家や研究者に寄り添う支援を行う
ためにも、自らリスクテイカーとなることが重要だと感じ、今回のファンド設
立に至った。今後、九州地域から QB ファンドを活用した大学発ベンチャーや、
地域イノベーションが数多く創出されるよう期待している。
32
Vol.12 No.10 2016
ものづくりドキュメンタリー番組
「超絶 凄ワザ!」に見る
産学連携とイノベーション
企業の技術者や大学の研究者らが、これまでにない品質のものづくりに挑戦
し、その完成度を競う「超絶 凄ワザ!」
(NHK名古屋放送局制作)は、日本の
ものづくりの奥深さに迫るドキュメンタリー番組だ。番組から出された技術的な
「お題」に対し、技術力の極限をどこまで高めることができるかを、大学や企業
などの技術者集団が競い合う。
ものづくりに対し社会が求めるものは
過去の放送では、東京電機大学岩瀬研究室と自転車製造販売会社の有限会社今
野製作所が、低速度でも安定して走れる自転車を開発。幅 50cm、全長 50m の
直線コースで、時速 10km でスタートした後、ペダルをこがずハンドル操作も
しない状態で、コースから外れずに走行できた距離を競った。そのほか、岐阜大
学工学部とワイヤーロープの製造を手掛ける大阪コートロープ株式会社が、しな
やかで引っ張りに強いロープを開発し強度を競うなど、多くの対決が繰り広げら
れてきた。
時には、対決ではなく両者が協力しあう共同開発もある。
「折れない赤鉛筆を
作って」という視聴者のリクエストを受け、芯の折れにくい赤鉛筆と、それに対
応した鉛筆削り器を開発し、ペンケースに入れた赤鉛筆を 150cm の高さから落
とす強度試験を行った。
「どんなテーマが求められ、どんなジャンルならその技
術が革新的に進化していくのか、社会は何を求めているのかを意識しながら制作
しています」とチーフ・プロデューサーの北川朗氏。まさに産学連携やイノベー
ションに通じる。
写真 1 収録風景
Vol.12 No.10 2016
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産学連携に携わる方々には釈迦(しゃか)に説法だが、
地域の町工場の技術者で、大学と共同で事業を進めたこ
とのない方のためにあえて説明すると、産学連携は対決
ではないが、大学や研究機関と企業が連携し、新しい技
術の研究開発や新事業を作り出すことである。イノベー
ションは、新しい技術の研究開発や新事業の創出を目的
に、大学や研究機関と民間企業が連携することをいう。
さらにオープンイノベーションとは、自社だけでなく他
社や大学、地方自治体、社会起業家などが持つ技術やア
イデア、サービスなどを組み合わせ、革新的なビジネス
モデルや研究成果、製品開発、サービス開発につなげる
写真 2 金属製コースター
イノベーションの方法論である。
金属表面加工技術で、「めざせ!低摩擦」
9 月某日、愛知県内の特設スタジオで収録された「めざせ低摩擦、究極のす
べーる BAR(バー)対決」
(11 月 12 日・19 日、午後 8 時 15 分放送予定)では、
長さ 15 mのステンレス製バーカウンターの上を、それぞれの出演者チームが独
自に用意した金属製コースターを、どれだけ長く滑らせることができるかを競う
(写真 1、2)
。
1 回目の対決は、金属コースターに油などの潤滑液を塗って低摩擦を競う。こ
れは、金属の表面加工技術と使用する潤滑液の効果が試される。2 回目は潤滑液
を付けず、金属コースターの低摩擦を競った。
この難題に挑んだのは、国立研究開発法人物質・材料研究機構の機能性材料研
究拠点を率いる大橋直樹拠点長、同分離機能材料グループの佐光貞樹氏、同電子
セラミックスグループの山本悟氏。対する企業チームは、スーパーフォーミュラ
やスーパーGTに参戦するマシンに採用されるなど、金属表面処理では高い技術
力を誇る株式会社不二 WPC。同社の製品は、ナカジマレーシングの中嶋悟監督
(元 F1 レーサー)からの信頼も厚い。今回の金属製コースターを設計開発した
リーダーの矢追和之氏は「無理とか、違う、からスタートしたが、やったことが
ないから新たな発見の連続で大変だった」と、1カ月間というわずかな開発期間
での苦労を語ってくれた。
放送前ということもあり、残念ながら勝敗の詳細(表面加工方法や、使用した
油など)は控えるが、それぞれの視点から異なる発想ではじき出された技術は見
ものだ。番組 MC の千原ジュニアさんも「日本のものづくりを支える研究者や
技術者は、とにかくすごいですよね。誇りに思いますよ」と話した。NHK アナ
ウンサーの池田伸子さんの進行と、千原さんの視聴者を代弁するような素朴な質
問が、技術的な難しい話を分かりやすく伝えるのに役立っている。
産学連携をサポートする小誌としては、産学連携で製品開発を行う意識の無
かった町工場などの経営者や技術者にとって、
「超絶 凄ワザ!」が産学連携の門
を叩くヒントになればと願っている。
(取材・構成:本誌編集長 山口泰博)
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Vol.12 No.10 2016
イベント
レポート
イノベーション・ジャパン2016 ~大学見本市&ビジネスマッチング~
JSTフェア2016 ― 科学技術による未来の産業創造展 ―
政・経済界から相次ぎ視察
新元素発見 日本の科学力示す基調講演も
東京都江東区有明の東京ビッグサイトで 8 月 25 日・26 日、
「イノベーション・
ジャパン 2016 ~大学見本市&ビジネスマッチング~」* 1、2(国立研究開発法人
科学技術振興機構= JST、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機
構= NEDO 主催、文部科学省、経済産業省共催)と、
「JST フェア 2016―科学
技術による未来の産業創造展―」* 3(JST 主催、文部科学省後援)が開催された。
いずれも入場無料で、両会場は自由に行き来が可能。
西 1 ホールを会場に開催された、イノベーション・ジャパンは、今回で 13 回
目。国内最大級の産学マッチングイベントで、JST と NEDO の共通展示「大学
発ベンチャーゾーン」を加え、全国から 500 を超える大学やベンチャー・中小
企業などが出展した。
大学見本市として多くの大学などが出展する JST ゾーンでは、超スマート社会
や情報通信、環境保全・浄化、低炭素・エネルギーなど 11 のエリアに分けられ、
来場者は思い思いのブースに足を運び、熱心に説明に聞き入っていた(写真 1)
。
このほか、研究者による 232 件のショートプレゼンも実施された。ビジネスマッ
チングを中心にした NEDO ゾーンでは、エネルギーやマテリアル・ナノテクノ
●概要
イ ノ ベ ー シ ョ ン・ ジ ャ パ ン
2016 ~大学見本市&ビジネス
マッチング~
会期:2016 年 8 月 25 日(木)
~ 26 日(金)
会場:東 京 ビ ッ グ サ イ ト 西 1
ホール(東京都江東区)
主催:科学技術振興機構、新エ
ネルギー・産業技術総合
開発機構
共催:文部科学省、経済産業省
入場料:無料
URL:h ttp://www.ij2016.
com/
JST フェア 2016―科学技術に
よる未来の産業創造展―
会期:2016 年 8 月 25 日(木)
~ 26 日(金)
会場:東 京 ビ ッ グ サ イ ト 西 2
ホール
主催:科学技術振興機構
後援:文部科学省
入場料:無料
URL:http://www.jst.go.jp/
tt/jstfair/
ロジー、情報・通信、ロボットなど 9 のエリアに分かれて展示が行われた。また、
NEDO プレゼンスペースでは、製品や研究成果がスライドで説明され、多くの来
場者が目当てのプログラムを目指し、その説明に耳を傾けていた(写真 2)
。
一方、西 2 ホールの JST フェア会場では、科学技術イノベー
ションの総合的な推進機関として、卓越した研究成果を新たな産
業創造に結び付けるための活動を推進してきた JST が、産業創
造を目指し各種支援事業の紹介や、その事業成果を展示・発表し
た。また、宇宙航空研究開発機構、海洋研究開発機構、産業技
術総合研究所、情報通信研究機構をはじめ、JST と関わりのある
12 の国立研究開発法人等も事業・成果展示を実施。JST がこと
し設立 20 周年を迎えた節目に、これまで生み出されてきた研究
開発成果を年代別に振り返る記念展示も行われ、事業の変遷を伝
写真 1 JST ゾーン 大学見本市エリア
えた(写真 3)
。
ひときわ目を引いたのは東京藝術大学が出展する COI * 4 ゾー
ンだ。「感動」を創造する芸術と科学技術による共感覚イノベー
ションとして、文化共有研究分野から、戦禍を受け破壊された文
化財の新たな保存修復技術研究の成果として、アフガニスタン・
バーミヤン東大仏天井壁画「天翔る太陽神」と、焼損した「法隆
寺・金堂壁画」の高精細復元作品(クローン文化財)などを出展
し、来場者は天井ギリギリの壁画を見上げていた(写真 4)
。
そのほか、大学等における、研究開発成果を用いた起業および
起業後の取り組みで顕著な実績を挙げた機関を表彰する、
「大学
写真 2 オ ー プ ン イ ノ ベ ー シ ョ ン 推 進 に 欠 か せ な い
「ベンチャー企業の成長要因」に焦点を当てた
NEDO セミナー
Vol.12 No.10 2016
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* 1
大学見本市とは
全国の大学等の技術シーズを一
堂に集めて企業へ紹介し、産学
連携の推進・技術移転のきっか
けとなる場を JST が提供する
ことにより、産業活動が活性化
されることを目指している。新
技術の展示会を柱としており、
研究シーズと産業界をマッチン
グさせるイベントとしては国内
最大規模である。
* 2
写真 3 JST20周年記念展示
写真 4 東京藝術大学のアフガニスタン・バーミヤン
東大仏天井壁画「天翔る太陽神」
発ベンチャー表彰 2016」(今月号の特集を参照)
、文部科学省主催の「産学官に
よる未来創造対話 2016」がレセプションホールで同時開催された。
JST フェアのセミナー会場で行われた、日本初の原子番号 113 を発見した理
化学研究所の森本幸司氏による基調講演は、関心が高く早くから満席となり、
「日本初、原子番号 113“ニホニウム”の発見と、新元素がもたらす未来の産業
創造への展望」と題し、壇上に立った森本氏は、
「113 番新元素を発見し命名権
を獲得し、提案中の『nihonium(ニホニウム)、Nh』が認められれば、欧米
以外の研究グループが発見した元素の名前が元素周期表に刻まれるのは科学史上
初めて」と話した(写真 5)。
ビジネスマッチングとは
NEDO 事業に関わる大学・公
的試験研究機関、支援先ベン
チャー企業等の研究成果の実用
化・事業化を支援するマッチン
グイベントである。日本の産業
競争力強化を目的としたイベン
トである。
* 3
JST フェアとは
JST は、わが国の科学技術イノ
ベーション政策の中枢的な推進
機関として、科学技術イノベー
ションの創生やイノベーション
基盤の形成、科学技術政策の
提言活動などに取り組んできた。
ことしは 20 周年の節目にあた
り、JST 支援の大学、企業等か
ら「未来の産業創造」を目指し
た約 280 の研究開発成果を展示
し、革新的基礎研究、製品化事
例など分かりやすく紹介した。
* 4
センター・オブ・イノベーショ
ンプログラム
http://www.jst.go.jp/coi/
理化学研究所 仁科加速器研究センター 超重元素研究グループ
超重元素分析装置開発チーム チームリーダー 森本幸司氏
写真 5 JST フェアセミナー会場で行われた基調講演
連日の炎天下の中、鶴保庸介内閣府特命担当大臣、馳浩前文部科学大臣、野間
口有三菱電機株式会社特別顧問 ( 元産業技術総合研究所理事長 ) など、多くの国
会議員・経済界からの会場視察が相次ぎ、イノベーション・ジャパンの来場者
は延べ 20,576 人、JST フェアは 16,238 人、両会場合わせて 36,814 人が訪れ、
盛況のうちに閉会した。
(取材・構成:本誌編集長 山口泰博)
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Vol.12 No.10 2016
イベント
レポート
第 14 回 産学官連携功労者表彰~つなげるイノベーション大賞~
内閣総理大臣賞に、電源を切っても
記録を保持する磁気抵抗メモリー
産学官連携活動において大きな成果を収め、先導的な取り組みを行い、多大な
貢献をした企業や大学、公的研究機関などに贈られる「第 14 回産学官連携功労
者表彰~つなげるイノベーション大賞~」の表彰式(主催内閣府、各省など)が
8 月 26 日、東京都江東区の東京ビッグサイトで行われた。
2016 年 2 月 18 日から公募を開始し、3 月 17 日までに応募のあった中から、
①企業と大学等との共同研究・受託研究等による成果事例、②企業や大学等の
研究成果である特許・ノウハウを第三者へ技術移転を行い製品化した成果事例、
③大学等の研究開発成果を活用したベンチャー創出等の成果事例、④地域活性化
●概要
第 14 回 産学官連携功労者表彰
~つなげるイノベーション大賞
~表彰式
会期:2016 年 8 月 26 日(金)
会場:東 京 ビ ッ グ サ イ ト 会 議
棟レセプションホールA
(東京都江東区)
主催:内閣府、総務省、文部科
学省、厚生労働省、農林
水産省、経済産業省、国
土交通省、環境省、一般
社団法人日本経済団体連
合会、日本学術会議
に資する産学官連携による成果事例、⑤その他産学官連携による優れた成果事例
であるかどうかを厳正に審査し、14 の事例に対して贈られた(受賞者一覧参照)
。
内閣総理大臣賞に輝いた東北大学教授・遠藤哲郎氏、東京エレクトロン株式会
社常務執行役員・鄭基市氏、キーサイト・テクノロジー・インターナショナル合
同会社執行役員・山本正樹氏には、主催の鶴保庸介内閣府科学技術政策特命担当
大臣から、賞状と盾が贈られた(写真 1)。
電源を切っても記録を保持する磁気抵抗メモリー「MRAM」の研究開発拠点
を構築し、国内外の企業と産学連携し実用化につなげ、電子機器の省電力化を大
きく向上させたことなどが評価された。遠藤教授は「思い付いたアイデアを JST
の支援で革新的基盤技術群の構築へと発展させ、企業の方から声を掛けていただ
き産学連携研究が始まりました。思考も文化も異なる材料から、システムまでの
研究者や企業群に対して共有できる目標を設定し、世界最高峰の産学連携コン
ソーシアム実現に向けたコンセンサスを形成することを大事にしてきました。受
賞を通じて、次世代を担う学生や若手研究者が集積エレクトロニクス技術分野と
産学連携活動に夢と希望を持ち、本分野の発展に貢献できれば大変うれしく思い
ます」と、受賞の経緯と喜びを語った。
また、特定非営利活動法人産学連携学会の会
長としても産学連携に尽力してきた山形大学教
授の小野浩幸氏も、山形大学を中心に県内 12 の
金融機関が学金連携拠点を形成し、地域のニー
ズを把握するなどの経営支援を行うシステムを
構築したことが評価され、特別賞を受賞した。
小野教授は「大学と地域金融機関との連携とい
う地域密着型の草の根活動にスポットライトを
当てていただき感謝しています。この活動を支
えてくれた金融機関やプラットフォームに関与
する皆さまのおかげです。100 人の意識ある普
通の人々が集うことで、数人の卓越したスキル
を持つコーディネーター以上に、大きな成果を
写真 1 鶴保庸介大臣から賞状を受け取る遠藤哲郎教授
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第 14 回 産学官連携功労者表彰~つなげるイノベーション大賞~ 受賞者一覧
賞名
事例名
(敬称略)
受賞者名
高性能不揮発性メモリとその評 ○遠藤哲郎 東北大学 国際集積エレクトロニクス研究開発センター センター長・工学
内閣総理大臣賞
科学技術政策担当大臣賞
総務大臣賞
価・製造装置の開発、及び、国
研究科 教授
際産学連携集積エレクトロニク ○鄭 基市 東京エレクトロン株式会社 常務執行役員 ス研究開発拠点の構築
○山本正樹 キーサイト・テクノロジー・インターナショナル合同会社 執行役員 医工連携による高機能人工関節
○中島義雄 帝人ナカシマメディカル株式会社 代表取締役会長 ○京都大学 大学院工学研究科 機械理工学専攻 医療工学分野
と手術支援システムの開発
○岡山県工業技術センター
「DAEDALUS」の開発に係る産
学官連携
○井上大介 情報通信研究機構 サイバーセキュリティ研究所 サイバーセキュリティ研究室
室長
○吉岡克成 横浜国立大学 大学院環境情報研究院 / 先端科学高等研究院 准教授
○国峯泰裕 株式会社クルウィット 代表取締役 文部科学大臣賞
産学官連携による革新的超省エ ○牧野彰宏 東北大学 金属材料研究所 教授 東北大学リサーチプロフェッサー
ネ 軟 磁 性 材 料(NANOMET®) ○梅原潤一 東北大学 金属材料研究所 特任教授(客員)
の開発と工業化
○野村 剛 東北大学 未来科学技術共同研究センター 特任教授(客員)
厚生労働大臣賞
重症心不全に対する再生医療製
○澤 芳樹 大阪大学 大学院医学系研究科 教授 品 - 自己筋芽細胞シート「ハー
○宮川 繁 大阪大学 大学院医学系研究科 特任教授 トシート ®」- の開発に係る産学
○鮫島 正 テルモ株式会社 執行役員 官連携
農林水産大臣賞
海藻の高速攪拌塩漬法および装 ○石村眞一 石村工業株式会社 代表取締役社長 置の開発
○小野寺宗仲 岩手県水産技術センター 利用加工部 主査専門研究員 経済産業大臣賞
○成松 久 産業技術総合研究所 創薬基盤研究部門 総括研究主幹
世界初・糖鎖を使った肝線維化 ○久野 敦 産業技術総合研究所 創薬基盤研究部門 上級主任研究員
診断システムの実用化
○高浜洋一 シスメックス株式会社 ICH ビジネスユニット 免疫・生化学プロダクトエン
ジニアリング本部長 経済産業大臣賞
○永石博志 産業技術総合研究所 北海道センター イノベーションコーディネータ
シャーベット状海水氷製氷機の ○稲田孝明 産業技術総合研究所 省エネルギー研究部門 主任研究員
開発
○佐藤 厚 株式会社ニッコー 代表取締役
○吉岡武也 北海道立工業技術センター 研究開発部 研究主幹 国土交通大臣賞
○田島正喜 九州大学 水素エネルギー国際研究センター 客員教授 下水汚泥消化ガスからの水素ス ○髙島宗一郎 福岡市 市長 テーション開発
○宮島秀樹 三菱化工機株式会社 エネルギープロジェクト室 担当部長 ○中川浩司 豊田通商株式会社 新規事業開発部 部長 環境大臣賞
日本経済団体連合会会長賞
日本学術会議会長賞
スラッジ再生セメントと産業副
○閑田徹志 鹿島建設株式会社 技術研究所 主席研究員 産物混和材を併用したクリン
○大川 憲 三和石産株式会社 テスティング事業部 課長 カーフリーコンクリート製品の
○笠井哲郎 学校法人東海大学 工学部 土木工学科 教授 開発研究
「マイクロ波を利用した製造プロ ○塚原保徳 大阪大学 大学院工学研究科 マイクロ波化学共同研究講座 特任准教授 セス」の開発に係る産学官連携
○吉野 巌 マイクロ波化学株式会社 代表取締役社長 ○山下 潤 京都大学 iPS 細胞研究所 教授 ヒト iPS 細胞由来心血管系細胞
○田畑泰彦 京都大学 再生医科学研究所 教授 三種混合多層体の開発
○角田健治 iHeart Japan 株式会社 代表取締役
産学官連携功労者
選考委員会特別賞
○小野浩幸 山形大学 学術研究院(大学院理工学研究科)教授 山形発 地域からイノベーショ
○米沢信用金庫
ンを起こす学金連携システム
○株式会社荘内銀行
産学官連携功労者
選考委員会特別賞
○湯村守雄 産業技術総合研究所 ナノチューブ実用化研究センター 首席研究員
○畠 賢治 産業技術総合研究所 ナノチューブ実用化研究センター 研究センター長
カーボンナノチューブ研究開発
○友納茂樹 産業技術総合研究所 ナノチューブ実用化研究センター 招聘研究員
に於ける産官学連携
○上野光保 技術研究組合単層 CNT 融合新材料研究開発機構 CNT 事業部長補佐 ○荒川公平 日本ゼオン株式会社 特別経営技監 実現できるシステムを作ることができるのではないかと考え、この活動を始めま
した。10 年が経過した現在も道半ばですが、受賞を糧として、完成に向け一層
精進していきたい」と話した。
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Vol.12 No.10 2016
(取材・構成:本誌編集長 山口泰博)
視点
台風シーズンに思う
異文化コミュニケーション
秋は台風シーズンである。今年も毎週のように日
去る 8 月 21 日、わが娘が女子を出産した。「孫」
本列島を直撃し、甚大な被害が出ている。台風 10 号
という演歌の一節に「孫という名の宝もの」というく
は、岩手県や北海道などに死者を出す深刻な爪痕を残
だりがあったように記憶している。確かに“かわゆい”。
した。被災された皆さまには、衷心(ちゅうしん)よ
文句なく“かわゆい”。
りお悔やみとお見舞いを申し上げる。
真のイノベーションは、異文化のコミュニケーショ
全国のリンゴ生産量の半数以上を占める青森県、
ン(衝突)からしか生まれないというのが私の持論だ
特に津軽地域は、台風情報に神経をとがらせる。リン
が、男と女の場合、これが実に的確に現れる。男から
ゴの生産は機械化が難しく、1 年中何らかの作業があ
見ると、エイリアンとしか映らない女の論理・美意識・
る。手塩にかけたリンゴの収穫時期は、残念ながら台
価値観(当然、女から見る男も同様)。この異生物同
風シーズンと重なってしまう。台風の進路をコント
士がコミュニケートすると、単独では決して生み出し
ロールすることもできず、防風ネットを園地設置して
得ない、新たな価値(宝物)が創造される。文句なく
いるが、おのずと限界がある。
“かわゆい”子どもが誕生し、夫婦や家族、親子の“愛”
落下した果実は全く商品価値がなく、販売価格が
が生まれる。
収入に直結する。ジュース用果実の市場価格は 10 分
産学連携もしかり。近ごろ、
「学」に対する物分かり
の 1 程度になり、台風で傷ついたリンゴは加工用リ
が良すぎる「産」が増え過ぎていないか。
「産」にすり
ンゴとなる。
寄る「学」が目に余らないか。時間軸が全く異なり、そ
少子高齢化が極端に進む農地では、加工用リンゴ
もそも目指すものが根本的に違う「産」と「学」のコミュ
の省力化・機械化に期待するニーズは高い。だが、加
ニケート(衝突)から、新たな価値を創造することが、
工用リンゴの取引価格が満足できる収入でなければ、
産学連携の妙ではなかったか。早く成果が欲しいのは
市場は成り立たない。作業の機械化・市場メカニズム
分かる。
「子は鎹(かすがい)
」ということも理解できる。
の改革・付加価値の高い商品開発など、大学・研究機
お互いの人生観を変え、それぞれの存在意義までも問
関に寄せられる期待は非常に大きい。
い直すようなイノベーティブな“愛”は、時間をかけ、
差異を乗り越えて育むものではないだろうか。
上平 好弘 弘前大学 研究推進部 地域連携コーディネーター
土居 修身 愛媛大学 社会連携推進機構
知的財産センター長、教授
編 集後記
イノベーション・ジャパンと JST フェアが終わった。大学や公的研究機関などから創出された研究成果の社会還
元、技術移転促進や実用化に向けた産学連携のマッチング支援が目的なのだが、小誌にとっては、産学連携事例とし
て、既に製品として世に出ているものや今後市場へと打って出そうな研究など、イチオシの研究情報をピンポイント
で、視覚的に垣間見ることのできる「宝の山」だった。仕事をしながらでは、全ブースを回り、話を聞くことができ
ないのが残念である。気になるブースから「これは」と思うパンフレットを持ち帰り調べている。編集部のイノベー
ション・ジャパンはまだ終わらない。
産学官連携ジャーナル(月刊)
2016 年 10 月号
2016 年 10 月 15 日発行
PRINT ISSN 2186 - 2621
ONLINE ISSN 1880 - 4128
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本誌編集長 山口泰博
編集・発行
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編集責任者
野長瀬 裕二
摂南大学 経済学部 教授
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東京都千代田区五番町 7
K’s 五番町
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Vol.12 No.10 2016
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