制度設計(メカニズムデザイン)・市場設計(マーケットデザイン)の ご利益:マッチング理論を例にして 制度を「うまく」つくって,「望ましい」結果を達成したい! 本日の授業内容は 坂井豊貴(2013)『マーケットデザイン』ちくま新書 の第二章「両想いの実現」 の簡単な紹介. ・人と人あるいは人と組織との「望ましい」組合せとは? ・「望ましい」組合せを達成する方法は? 1 本日は,ゼミの配属の問題, つまり学生と教員との組合せの問題を考える. 3人の学生:学生1,2,3 4人の教員:教員4,5,6,7 ・ゼミは必修ではない. ・各教員の受入れ学生数は多くても1名(誰も受入れなくてもよい). よって, ・どのゼミにも属さない学生が出てくることを許す. 学生の教員に対する希望順位と,教員の学生に対する希望順位とは, 次の表で表せるとする. 2 学生の希望順位 1位 2位 3位 4位 5位 学生1 4 5 7 0 6 学生2 5 6 4 0 7 ここで,「0」は「ゼミに 学生3 4 7 0 6 5 入らない」を意味する. 教員の希望順位 1位 2位 3位 4位 教員4 3 2 1 0 教員5 3 1 2 0 教員6 3 1 0 2 ここで,「0」は「学生を受入れ 教員7 1 2 0 3 ない」を意味する. 3 ●神戸大学経済学部のゼミ配属方式(のイメージ) 学生には2回の応募機会がある.(実際の方式では3回.) 【応募1回目】 ・各学生は,教員1人に応募する(ゼミに入らない「0」でも可). ・各教員は,応募者がいる場合には,その中から学生1人を受入れる (学生を受入れない「0」でも可). (実際の方式では定員未充足の場合は受入れなければなりません.) 【応募2回目】 ・1回目でゼミが決まらなかった各学生は,1回目で受入れ学生が 誰もいなかった教員1人に応募する(ゼミに入らない「0」でも可). ・各教員は,応募者がいる場合には,その中から学生1人を受入れる (学生を受入れない「0」でも可). 4 学生と教員が,希望順位に 素直に行動すると... 【応募1回目】 ・学生1と学生3が教員4に応募し, 教員4は学生3を受入れる. ・学生2は教員5に応募し, 教員5は学生2を受入れる. 【応募2回目】 ・学生1が教員7に応募し, 教員7は学生1を受入れる. 最終的に,(学生1,教員7),(学生2,教員5),(学生3,教員4)の組が でき,教員6はゼミ生なし.このような組合せのことをマッチングとよぶ. 5 ◆神戸大学経済学部のマッチング方式の問題点 問題点1.「抜け駆け」が生じる. ・学生1は教員7と組になっているが, 学生1は,教員7よりも,教員5の方が好ましい. ・教員5は学生2と組になっているが, 教員5は,学生2よりも,学生1の方が好ましい. → 学生1と教員5とで「抜け駆け」が生じる. 「抜け駆け」が生じるマッチングでは, ①そのようなマッチングを阻止する動きが起こる可能性がある; ②「両想い」の組合せをつくることに失敗している. 「抜け駆け」が生じないマッチングのことを安定的なマッチングという. 6 問題点2.希望順位について「戦略的操作」が生じる. 学生1が,学生3との競合を避けるために,自分の希望順位があたかも 以下の嘘の希望順位であるように振る舞うことで得をする. 1位 2位 3位 4位 5位 学生1の本当の希望順位 4 5 7 0 6 学生1の嘘の希望順位 5 4 7 0 6 【応募1回目】 ・学生1と学生2が教員5に応募し, 教員5は学生1を受入れる. 学生1は,本当のことをいうと教員7と組になり, 上の嘘をつくと教員5と組になる. よって,嘘をつくことで(本当の希望順位で見て)得をしている. 7 希望順位について「戦略的操作」が生じるマッチング方式では, ①各学生の意思決定(どのような希望順位で振る舞うか)が複雑になる; ②戦略的操作の結果,本当の希望順位で見て,「両想い」でない 組合せが生じる可能性がある. 希望順位について「戦略的操作」が生じないことを「耐戦略性」という. ↓ ・耐戦略性を満たし, ・学生・教員がどのような希望順位を持つ場合にも 安定的なマッチングを達成する マッチング方式を設計する. 8 ●受入保留方式(ゲール=シャプリー・アルゴリズム) Gale, D. and L. S. Shapley (1962) “College Admissions and the Stability of Marriage,” American Mathematical Monthly, Vol. 69, pp. 9-15. 受入保留方式のポイント 応募の各回において,「受入れ」ではなく,「仮受入れ」を行う. 以下では,各ステップにおいて,学生に応募先を表明させたり, 教員に仮受入れする学生を表明させているように話を構成している. しかし,実際は,予め学生と教員の希望順位を提出させておけば, 後は受入保留方式で自動的に処理することが可能である. 9 【ステップ1】 ・各学生は,希望順位が1位の教員に応募する(ゼミに入らない「0」でも 可). ・各教員は,応募者がいる場合には,その中から最も希望順位の高い 学生1人を仮受入れする(学生を受入れない「0」でも可). ・学生1と学生3は教員4に応募し, 教員4は学生3を仮受入れする. 学生1は仮受入れを拒否される. ・学生2は教員5に応募し, 教員5は学生2を仮受入れする. 10 【ステップ2】破線(赤色) ・前回のステップで仮受入れを拒否された各学生は,これまでに 仮受入れを拒否されていない中で希望順位が最も高い教員に応募する (ゼミに入らない「0」でも可). ・各教員は,仮受入れ中の学生と新たな応募者(ただし,それらがいる 場合)の中から,最も希望順位の高い学生1人を仮受入れする (学生を受入れない「0」でも可). ・学生1は教員5に応募し, 教員5は学生1と仮受入れ中の学生2の中から 学生1を新たに仮受入れする. 学生2は仮受入れを拒否される(解かれる). 11 【ステップ3】一点鎖線(青色) これ以降のステップはステップ2と同様. ・学生2は教員6に応募し, 教員6は学生2の仮受入れを拒否する. 【ステップ4】点線(緑色) ・学生2は教員4に応募し, 教員4は学生2と仮受入れ中の学生3から 学生3を継続して仮受入れする. 学生2は仮受入れを拒否される. 12 【ステップ5】長破線(紫色) ・学生2は,教員7にはまだ仮受入れを 拒否されていないが,教員7よりも ゼミに入らない「0」の方がよいので, ゼミに入らない. 仮受入れを拒否された(つまり,新たに 応募する)学生がいないので,プロセスは終わり. 最終的に, ・(学生1,教員5),(学生3,教員4)の組ができ, ・学生2はゼミに入らず, ・教員6と教員7はゼミ生なし. 13 ◆受入保留方式で得られるマッチングは安定的である. p. 13で得られたマッチングは,抜け駆けが生じないので,安定的である. 学生の希望順位 1位 2位 3位 4位 5位 学生1 4 ⑤ 7 0 6 学生2 5 6 4 ⓪ 7 学生3 ④ 7 0 6 5 教員の希望順位 ○で囲まれた番号は, 1位 2位 3位 4位 教員4 ③ 2 1 0 p. 13 で得られたマッチングで 教員5 3 ① 2 0 できた組での相手を表してい 教員6 3 1 ⓪ 2 る(ただし,0は誰とも組に 教員7 1 2 ⓪ 3 なっていない状態を表す). 14 学生側から見て,抜け駆けの相手を探そうとしても,見つからない. ・学生1にとって組になっている教員5よりも好ましいのは教員4だけだが, 教員4にとっては,学生1よりも,組になっている学生3が好ましい. ・学生2にとってゼミに入らないよりも好ましいのは教員4・5・6だが, 教員4にとっては,学生2よりも,組になっている学生3が好ましく, 教育5にとっては,学生2よりも,組になっている学生1が好ましく, 教員6にとっては,学生2よりも,ゼミ生なしが好ましい. ・学生3にとって教員4は最も好ましい. 学生側から見て抜け駆けの相手が見つからないということは, 教員側から見ても抜け駆けの相手を見つけることはできない. 注意.受入保留方式において,教員が応募する(学生を勧誘する) 場合に得られるマッチングも安定的である. 15 ◆受入保留方式は,応募する側には希望順位について「戦略的操作」が 生じない,つまり(応募側の)片側耐戦略性を満たす. (教員が学生を勧誘する場合も同様.) 例えば,p. 13 で得られたマッチングを見ると, 神戸大学経済学部のマッチング方式において, 嘘の希望順位であるように振る舞うことで得をした学生1は, 受入保留方式で教員5の希望順位を2位としても, 教員5と組になれるので,嘘をつく必要がなくなっている. 注意.応募される側には「戦略的操作」が生じうる. つまり,受入保留方式は両側耐戦略性を満たさない. 16 ●受入保留方式の拡張版 ここまで,一対一のマッチングを考えてきた. でも,通常は教員(ゼミ)の受入れ学生数は複数では? → 一対多のマッチングを考えなければならない → 教員の受入れ学生数を増やして,受入保留方式を適用する 6人の学生:学生1,2,3,4,5,6 2人の教員(ゼミ):教員7,8 各教員の受入れ学生数は2名まで(誰も受入れなくてもよい)とする. 学生の教員に対する希望順位と,教員の学生に対する希望順位は, 次の表で表せるとする. 17 学生の希望順位 1位 2位 3位 学生1 7 8 0 前と同様に,「0」は 学生2 8 7 0 「ゼミに入らない」 学生3 7 0 8 あるいは 学生4 7 0 8 「(順位が0より低い)学生を 学生5 7 8 0 受入れない」 学生6 8 7 0 ことを意味する. 教員の希望順位 1位 2位 3位 4位 5位 6位 7位 教員7 3 2 6 4 5 0 1 教員8 3 1 6 5 4 0 2 18 【ステップ1】 ・学生1,3,4,5は教員7に応募し, 教員7は学生3,4を仮受入れする. 学生1,5は仮受入れを拒否される. ・学生2,6は教員8に応募し, 教員8は学生6を仮受入れする. 学生2は仮受入れを拒否される. 19 【ステップ2】破線(赤色) ・学生1,5は教員8に応募し, 教員8は,学生1,5と 仮受入れ中の学生6の中から, 学生6の仮受入れを継続し, 学生1を新たに仮受入れする. 学生5は仮受入れを拒否される. ・学生2は教員7に応募し, 教員7は,学生2と 仮受入れ中の学生3,4の中から, 学生3の仮受入れを継続し, 学生2を新たに仮受入れする. 学生4は仮受入れを拒否される(解かれる). 20 【ステップ3】一点鎖線(青色) ・学生4は,教員8にはまだ仮受入れを 拒否されていないが,教員8よりも ゼミに入らない「0」の方がよいので, ゼミに入らない. ・学生5は,既に教員7・8に仮受入れを 拒否されているので, ゼミに入らない「0」を選ぶしかない. 仮受入れを拒否された(つまり, 新たに応募する)学生がいないので, プロセスは終わり. 最終的に, ・(学生2・3,教員7),(学生1・6,教員8)の組ができ, ・学生4と学生5はゼミに入らない. 21 ◆受入保留方式の拡張版で得られるマッチングも安定的である. 学生の希望順位 p. 21で得られたマッチングは,抜け駆 1位 2位 3位 けが生じないので,安定的である. 学生1 7 ⑧ 0 学生2 8 ⑦ 0 (簡単なので)教員側から抜け駆けの 学生3 ⑦ 0 8 学生4 7 ⓪ 8 学生5 7 8 ⓪ 学生6 ⑧ 7 0 可能性をみてみる. ・教員7は抜け駆けしたいと思わない. ・教員8は学生3と抜け駆けしたいが, 学生3は組になっている教員7がよい. 研究室が持つ希望順位 1位 2位 3位 4位 5位 6位 7位 教員7 ③ ② 6 4 5 0 1 教員8 3 ① ⑥ 5 4 0 2 22 ◆受入保留方式の拡張版は, ・応募する側が学生の場合には,学生側の片側耐戦略性を満たす; ・応募する側が(複数の学生と組になる可能性のある)教員の場合には, 「戦略的操作」が生じうる,つまり教員側の片側耐戦略性を満たさない. ◆受入保留方式の拡張版は,研修医と病院のマッチング(日本でも 2004 年に導入)や学校選択の問題に応用されている. ●練習問題(坂井(2013)pp. 112-115 より) 学生の希望順位 1位 2位 3位 4位 5位 学生1 6 5 4 0 7 状況は p. 2 と同じ. 学生2 5 7 6 4 0 学生と教員の 学生3 5 4 0 7 6 希望順位が異なる. 23 【問題】これらの希望順位のも 教員の希望順位 1位 2位 3位 4位 と,受入保留方式を用いた場 教員4 1 2 0 3 合に得られるマッチングにつ 教員5 1 2 3 0 いて,学生側から応募する場 教員6 3 2 1 0 合と,教員側から勧誘する場 教員7 3 0 1 2 合のそれぞれについて考えな さい. 【答え】 ・学生側から応募する場合には,(学生1,教員6),(学生2,教員5)の 組ができ,学生3はゼミに入らず,教員4と教員7はゼミ生なし. ・教員側から応募する場合には,(学生1,教員5),(学生2,教員6)の 組ができ,学生3はゼミに入らず,教員4と教員7はゼミ生なし. (これから,一般に,安定なマッチングは1つとは限らないことが分かる.) 24
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