Economic Indicators 定例経済指標レポート

BOJ Watching
日本銀行分析レポート
財政再建のためのマイナス金利
発表日:2016年10月19日(水)
~円資金運用は長い「冬の時代」か~
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生(℡:03-5221-5223)
9月の政策変更は、必ずしも金融機関の運用難を解消するものではないようだ。むしろ、長期金利
ゼロ・ターゲットは将来の国の利払費を極力抑え込んで、国債運用のインカムゲインを乏しくさせる
ものになるだろう。日銀が出口を探ろうとすれば、まず長期金利ターゲットを放棄して、政府に保有
国債を買入れてもらい、繰上げ償還することになろう。
本当の狙いは何処?
黒田総裁の任期は 2018 年4月。あと残り1年半を残して、総括的な検証を行った。筆者は、そこでイ
ールドカーブ・コントロールを打ち出した本当の狙いは、国の利払費を先々まで最小限に抑えることで
はないかと考えている。
建前は、長期、超長期の金利まで下がると金融機関の体力を奪うから、長期金利を0%にする目標
(金利ターゲット)を設けて、超長期金利のプラス金利を保証すると読める。しかし実際は、プラス金
利の超長期国債を金融機関が一斉に買いに来るからプラス金利であっても、金利水準はかなり低くなる
だろう。
2016 年度の 20・30・40 年債の市中消化額は、25.8 兆円。その金利が平均 0.5%だとすると、年間利
払費は 1,290 億円と計算できる。この利払費は、民間金融機関の金利収入でもあるから、今後も金融機
関の体力が奪われる状況は本質的に変
わらない(図表1)(注1)。
(図表1)利払費の見積り
(兆円)
2020 年度の利払費は、今後の金利水
3.5
準を短期・中長期をゼロ、超長期金利
3.0
が現状並みと仮定すると、現在の約 10
2.5
兆円(2016 年度予算ベース)から、
2.0
発行年限別にみた利払費
2.9
2.8
2.7
2015年度
2.7
2020年度
2025年度
1.6
5.7 兆円まで減少する可能性がある。
1.4
1.5
1.2
1.1
黒田総裁にすれば、自分の退任後、
1.0
長期、超長期金利まで低位に抑えるこ
0.5
とができて、政府の財政再建に大きな
メリットを残すことができる。これが、
後々、「黒田総裁の遺産」と言われる
0.0
0.3
0.2
0.0 0.0
5年以下
0.3 0.3
0.0
10年
20年
30年
40年
(注1)筆者試算。2017年度以降の発行額は2016年度と同じと仮定
ことだろう。
(注1) マイナス金利の考え方
10 年以下の金利がマイナス金利であっても、利払費はマイナスにならず、ゼロになると考えた。これはクーポン・レートが最低
0%とみるからである。政府が国債をマイナス金利で調達すると、国債で調達できる金額が大きくなる。借換えをする場合は、所
要の国債償還費が減少して、政府予算の国債費(利払費+国債償還費)も少なくなる。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調
査部が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更され
ることがあります。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
-1-
2020 年度以降の財政再建
将来の金利コストが累積的に軽減されるとすれば、2020 年度以降の財政再建のイメージも大きく変わ
ってくる。
従来は、2019 年 10 月に消費税率が予定通りに 10%に引き上げられることができて、ようやく基礎的
財政収支(国・地方のプライマリー・バランス)の赤字縮小に何とか目処がつくことが皆の念頭にあっ
た。あと少しで黒字化できるから、次は増えてい
(図表2)財政収支の改善段階
歳出
歳入
財政収支の黒字化③
く税収で、利払費を賄えばよい。具体的に、利払
国債
償還費
費に対応する国債発行は数年後は 10 兆円以上と
漸次増えていくとみられてきた。
少し丁寧に説明すると、プライマリー・バラン
国
債
費
スの黒字化は、政府債務の元本返済の増加ペース
国債残高の減少(ネッ
トの国債発行額のマ
イナス化)②
利払費
をゼロにして、国債発行額を金利分の借換えに限
プライマリー・バランス
の黒字化①
定するという意味合いである。この段階では、政
府債務残高は借換えのための金利分によって増加
が続く。その次の段階として、財政収支が金利分
をすべて賄えるくらいに改善すれば、はじめて政
府債務残高が減っていく(図表2)。
財政赤字
=国債発行額(グロス)
財務省の 2025 年度までの仮定計算(注2)によれ
ば、利払費の見通しは 2020~2025 年度まで約 15
~22 兆円に増えていくというものである(図表
(図表3)2025年度までの利払費の見通し
3)。この見通しによれば、政府債務残高を減ら
すまでの道のりは著しく遠いようにみえる。
21.9
(兆円)
20.5
19.1
20.0
おそらく、黒田総裁のお陰で、2020 年度以降、
17.6
16.2
利払費は、仮定計算よりも大きく減額されて、国
14.9
13.4
債発行額も同様に減るだろう。万一、プライマリ
12.1
10.0
ー・バランスが黒字化できなくても、2025 年度ま
10.8
10.0
での政府債務残高は増加ペースが著しく低下する
と予想される。逆に、財政再建に熱心な取組みを
2020~2025 年度にかけて時の政権が行えば、ネッ
トの国債発行額(新規国債発行額-償還額)をマ
0.0
2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023 2024 2025
イナスにすることも可能になるかもしれない。見
方を変えれば、黒田総裁は、プライマリー・バラ
(出所)財務省
ンスを黒字化した 2020 年度以降の財政再建を大
きく進めることに貢献したという評価ができる。
日銀の出口戦略
一方、9月の総括的な検証で日銀が政策の枠組みを変えたことで、日銀の出口戦略はますます描きに
(注2)
財務省のHPにある「国債整理基金の資金繰り状況等についての仮定計算」(2016 年2月分)より。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調
査部が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更され
ることがあります。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
-2-
くくなった。流通市場でマイナス金利になった国債を購入して、それらを償還時まで保有すると、巨大
な損失が生じる。しかも、政府が発行する国債は、市中消化された分を片端から購入する状況が半永久
的に続く。財政再建のために犠牲になるのは日銀である。
今後、年間 80 兆円の購入ペースが多少減ったとしても 2020 年度近くには、担保需要分や長期運用分
以外はすべて国債を日銀が抱え込むことになる。ならば、日銀が長期国債の保有を減額する出口戦略は
どのように展望されるのだろうか。
筆者の予想では、日銀の出口は政府が財政再建を果たした後になるとみる。プライマリー・バランス
が黒字化して、その後で国債発行額をネット減額できた位から、政府が日銀の保有国債を繰上げ償還す
ることができそうだ。政府が減額できる国債発行分を、日銀に対して保有国債の買入れに割り当てる。
つまり、日銀のバランスシートが小さくなるのは、そこからであろう。
しかし、長期金利のターゲットを0%に定めていると、日銀の保有国債は減らせない。だから、財政
再建の途上で長期金利ターゲットを停止する可能性がある(イールドカーブ・コントロールも停止)。
これは、事実上のテーパリングと言える。
視点を変えて、金融機関の金利収入はいつになれば大きく増えるのだろうか。国の利払費によって金
利収入をまかなうことは、先々、かなり難しいという予想は成り立つ。一方、企業・個人向けの貸出金
利に依存するのもまた不確実に思える。資金運用の「冬の時代」は、10 年以上先まで覚悟しなくてはい
けないのだろうか。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調
査部が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更され
ることがあります。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
-3-