【講演】 馬英九は察英文に勝てるか 一 一2 0 1 2年の総統選挙に向けて一一 野 鳥 白 剛 本日は「馬英九は察英文に勝てるか∼ 2 0 1 2年の総統選挙に向けて」とい うテーマでお話させていただきます。 2 0 0 8 年 5月の総統選で馬英九総統が誕生し,中台関係は劇的に改善しま した。そのことが,台湾の将来選択にどのように関わっており,同時に 2 0 1 2年に控えた総統選挙を前に,その展望について私なりの視点から議論 を進めていきます。 台湾問題は,常に国際関係と密接に関わっており,主なプレーヤーは米 国,日本,そして中国です。 2 0 0 8 年の国民党の政権復帰を境に何が変わっ たのかを説明しますと,その以前は,台湾と中国との関係は基本的に経済 だけでありまして,その分,米国とは武器供与を含めた安全保障上の協力, 日本とは経済・人的交流を中心に,台湾・米国・日本というトライアング ルを固めながら中国と向き合うというスタンスを貫いていました。つまり, 中国との間では明確な一線を引いていた,ということが言えます。一方, 2 0 0 8 年以降に起きたことは,台湾と中国との聞の距離がぐっと縮まり,台 湾と中国,米国,日本との関係は全方位外交の要素が強まりました。台湾 側では,米国,日本との関係を変更している認識はなく,中国との緊張を 緩和させただけだという考え方です。 しかし,米国,日本での受け取り方は微妙に違っていて,どうも台湾は 我々から離れていってしまうのではないかという印象が広がりました。日 (55) 本において馬英九は「親中」であるとか,「反日」であるとか,そういう 言論がかなりあちこちのメディアでも発表されました。米国においても, 台湾への武器供与を見直すべきである,といった意見が出ます。 しかし,中国との関係改善は,台湾の直面している環境下においては必 要不可欠な措置であった,としか言いようがありません O 台湾側の認識で は,日米との関係を犠牲にするつもりはないが,中国とは仲良くなる選択 肢以外にはなく,その点については「国家生存」という観点から,どうし ようもない,やらなければならない,という認識なのです。 では,その背景にある「中台関係の構造的変化」について検討してみま 。 す まずは経済ですが,従来の台湾の貿易構造は米欧日中のバランス型でし 年ほど前の米国との貿 0 た。行政院経済部の資料によりますと,いまから 2 易額割合は 30%を超えており,残りを欧州,日本,中国で、 15%ず、つ分けて 年,つまり李登輝政権の末期になりますと, 9 9 9 いる状況でした。それが 1 米国はわずかに減って 25%になり,欧州は 15%,日本は 10%で,中国との 貿易額が23%となって米国のそれに迫るようになりました。この頃は李登 輝が中国と台湾は特殊な国と国との関係だとするこ国論を発表して中台関 係が非常に緊張した時期なのですが,中国との貿易の増加トレンドは変わっ 年,つまり馬英九政権が誕生した直後の年にな 9 0 0 ていません O そして, 2 ると,米国は 11%とぐっと減りまして,日本は 7%とさらに減り,中国と は40%を超えるまでになっています。このことから分かるのは,台湾は貿易 年の聞に中国への経済的な依存度が 0 で生きているところですから,この 1 高まって, もはや中国抜きには生きていけなくなっている,ということです。 次は軍事です。ご存じのように中国は台湾の解放を掲げ,台湾は中国大 年 0 6 9 陸への反攻を掲げていたので,お互いの間での軍事的緊張は高く, 1 代まではお互いに弾を撃ち合っていたわけです。その後は中国が武力解放 から平和的統ーに路線を変換しまして,台湾もまた大陸反攻は事実上不可 (56) 能だというほど彼我の力の差は開いてしまったので,軍事的な衝突の可能 性は 1 9 8 0年代になると大幅に減少しました。 中国の軍事予算の拡張について皆さんもよくご存じですが,実は 9 0年代 の中盤までは,あの小さい台湾の国防予算が大きな中国よりも多かったの です。特に台湾は米国から最新鋭の F16などの戦闘機も購入するなどし て,台湾海峡の制空権をきっちりと握っていた。制海権についてはもとも と米軍の第七艦隊が抑えていますから中国は手出しができない。もちろん, 数でいえば人民解放軍の方が圧倒的に多いわけですが,こと質ということ になると,中台聞の軍事バランスは基本的に台湾が優勢でした。 ところが,中国の軍事費用がどんどん増えて台湾を完全に凌駕してしまっ たのが 1 9 9 0 年代終盤で,それ以降は次第に質の面でも台湾に追いついてき ています。現在の国防費で中国は台湾のおよそ 7倍以上の規模があります。 もちろん,そのすべてが台湾に向けられるわけではありませんが,中国は ロシア製の戦闘機や自主開発の戦闘機で次第に優れたものをどんどん配備 しています。台湾の方は予算が増えていないどころか減っているので,従 来の軍備の更新もままならない状況です。そういう意味で,台湾は中国に 対していざいったん何か起きたときにはまったく敵わないという事態も想 定しなければいけないほど,台湾海峡の軍事バランスは崩れつつあるわけ です。 これまで経済,軍事というこつの点について中台聞の構造的な変化を見 てきたわけですが,最後は最も大事な「民意」について説明してみます。 台湾のメーンストリームの民意は「現状維持」だと言われます。それは 間違っていないのですが,いま必要とされるのは台湾民意における「現状 維持」がどのような具体的なイメージを持って台湾社会で共有されている のかを詳細に見極めることです。 台湾の行政院大陸委員会の資料によれば,「永遠に現状維持」を支持す る人々は 2 0 0 0年の 1 3 . 5 %から 2 0 0 5年には 1 8 . 4 %になり, 2 0 0 9年には 3 0 . 5 % (57) 年間で倍増という数字で,かなりの変化だと言 0 になっています。これは 1 0年に 0 0 うことができます。そのかわりに何が減ったかといいますと, 2 9年には 8.1%になって 0 0 %いた「現状維持後に統一」のグループが 2 4 . 4 2 いる。統ーという問題について,台湾ではほぼコンセンサスができつつあっ て,台湾はどのような状況においても中国との統ーを望まないということ で世論が一致しているということを意味しています。では「現状維持後に 年もほぼ同じで 9 0 0 年も 2 5 0 0 年も 2 0 0 0 独立」したいのかというと,これは 2 3∼14%で変わっていない。つまり,統一しないからといって,独立をし 1 たいとも思わない。ずっとこのままでいいではないか,という考え方なわ けです。 この背後にあるのは,要するに,中国が大国となった現実を台湾社会は 受け入れたという事実です。そのうえで,台湾の生きる道は中国とつかず、 離れずにやっていくしかない,統一は嫌だけど,独立も無理なわけだから, ならば現状維持でいいではないか,という現実的な考え方が民意の中心な 0年には 0 0 わけです。ですから,「現状維持後に決定Jというグループが 2 %に減っています。こ 6 . 4 9年には 3 0 0 40%近くいて最大だったのですが, 2 れは「決定しないということを,台湾の人々は心の中で、決定しつつある」 という風に逆説的に読み解くことができます。 以前の台湾の現状維持は,どちらかというと消極的に現状維持を選んで いたのですが,最近では,積極的に,主体的に現状維持という選択を選ん でいるように思えます。 8 0 0 さて,こうした台湾における構造変化が起きたことを背景に,まず2 年に馬英九政権が誕生した要因を説明していきたいと思います。 台湾の民意というのは,もともと「山型民意」だと言われていました。 中央の山頂の部分は大きな「現状維持」によって占められており,その左 右に「独立」「統一」がそれぞれ存在している,という形です。これに対 し,台湾の二大政党である国民党と民進党というのは,国民党は統一,民 (58) 進党は独立をそれぞれ志向してしいて,その真ん中にある「現状維持」の 民意とのズレがあったわけです。そして,この真ん中にある人々はいわゆ る中間層と呼ばれるグループで, 2 0 0 0 年の選挙から,この中間層をどうやっ て取り込もうという争いが起きていました。 2 0 0 0年と 2 0 0 4 年の総統選では, 陳水肩がこの中間層の取り込みに成功しました。陳水肩が民主化運動の立 役者だったという清新なイメージがあり,一方で腐敗した国民党, しかも 中国大陸に戻りたがって台湾をないがしろにしている国民党のような政党 は問題だという認識が広がり,中間層は民進党になびいたわけです。 しかし,政権についた民進党の陳水肩に金銭スキャンダルや過激な独立 志向などの問題が出てきて,中間層はこのままでは望んでいる「現状維持」 が危うくなるのではないか,という危機感を抱くようになります。 2 0 0 8 年 の総統選に出馬した馬英九は,中国との和解を掲げて陳水肩の強硬路線を 批判しながら選挙運動を戦いました。その結果は,皆さんもご存じのよう に国民党自身が驚くような圧倒的な勝利となったわけです。 馬英九が具体的に打ち出した政策ですが,最も代表的なものは「三不政 策」でした。「三つのノ一政策」とも日本語で言いますが,「統一せず,独 立せず,武力行使せず」というものです。この三つのノーは,それぞれの 相手にアピールするポイントが異なって設定されています。 中国に対しては,もちろん「独立せず」です。そして,米国や日本には 「統一せず」。なぜなら中国と関係が改善すれば当然,反動として台湾が 中国に飲み込まれることを心配する見方が出てくるからです。そして「武 力行使せず」は世界に対するメッセージです。台湾世論に対しても,現状 維持が主流なのですから,この三不政策は格好のメッセージとなったわけ です。この三不政策が新しかったところは,従来の国民党の主張から「統 一せず」の方に一歩踏み込んで語ったことでした。国民党はもともと正式 名称が中国国民党というぐらいですから,非常に中国志向の強い政党でし たが,台湾の民意は年をおうごとに「中国人」ではなく「台湾人」という (59) 風に自分のアイデンティティを位置づけるようになっています。逆に,統 ーという主張は台湾では完全にマーケットを失いました。国民党としては 中国とのつながり,中国ルーツの部分を断ち切らないと,台湾において選 挙に勝てなくなってしまう。そういう危機感をもとに,「統一せず」とはっ きりと打ち出したわけです。 もちろん中国の方は将来的に台湾を必ず統一する,祖国に台湾を復帰さ せる,という意思を崩していません o 憲法にも台湾は中国の不可分の領土 だとうたっているわけで,それを完全に否定してしまっては,対話の土台 がなくなってしまう。 そこで馬英九は「一つの中国」という原則については放棄しない,とい 2年コンセンサス」です。これは, う立場を打ち出しました。これが「 9 2年に中台間で対話が行われたとき,お互いに一つの中国という立場 9 9 1 に立って,その内実については言い争いをしない,つまり一つの中国が中 国の言う「中華人民共和国Jなのか,台湾の言う「中華民国」なのかをい まあえて議論することはやめましょう,というコンセンサスなわけです。 2年以降はほとんど忘れられていた古証文なのですが,馬英九はこの 9 9 1 年コンセンサスを持ち出してきて,中国との対話の基盤としました。中 2 9 国もこの点については受け入れて,台湾が独立の道を歩まないことに, 年コンセンサス」によっても二重のカ 2 「三つのノー」だけではなく,「9 ギがかけられた,という安心感を得たわけです。 年以降の中台関係の変容と推移について話を進めましょ 8 0 0 それでは, 2 。 つ まず馬英九総統が就任すぐに着手したことが中台関係の改善であったこ とは言うまでもありません。最大の選挙公約であり,最大の政策であった 年ほどの経験を積んできたな 0 わけです。本当に,このときは記者として 2 かでも,かなり驚いたことが起きたわけです。というのも,昨日までは基 年 5月の馬 8 0 0 本的に敵だったわけです,台湾にとって中国は。それが, 2 (60) 総統就任を境に,「友」になってしまうわけですから。昨日の敵は今日の 友といいますが,それにしても外交というのは普通,ゆっくりと時とかけ て関係が変わっていくものだと思っていたのですが,そのスピードには大 変驚かされました。 1 0年ぶりに中台間の対話を復活させ,その年の夏には中台直航便のフラ イトが始まりました。中台間でそれまでは一本も直航便がなくて,台湾か ら中国大陸に行くには香港や済州島を経由しないと行くことができません でした。その直航便は,現在では何と週に 3 0 0便にまで増えています。 3 0 0 便というのはすごい数ですね。 その直航便に乗って台湾に来たのが中国人観光客でした。人数には一日 3千人という上限を設けていますが, 3千人という数字自体がかなり大き いもので,台湾経済,特に観光業に対しては大きな経済的メリットをもた らしました。日本人が台湾の外国人観光客ではナンバーワンだったのです が 。 2 0 1 0 年の外国人観光客では中国人がトップに立ちました。 2 0 0 8 年の年 末には通信,通商,通航の自由化が実現しました。これは「三通」と呼ば れるものですが, もともと通信,通商などはほとんど実現していたのです が,通航も自由化することによって,中国にとって郵小平時代以来の長年 の悲願である三通が実現したのです。 中台経済関係の強化の締めくくりとして 2 0 1 0年に発効したのが中台経済 協力枠組み協定,いわゆる ECFAです。中国と台湾との間で FTAを結ん だと理解すればいいのですが,中台間というのはお互いの主権を認めてい ませんから,本来は FTAのような重要な協定は結ぶことができませんが, そこは民間というクッションを一枚噛ませることでうまくルールを作って 締結にこぎつけました。これは,中国市場に対するアクセスを求める台湾 企業の要望に基づいて中国側に台湾側が強くお願いをしていたものだと理 解されています。しかし,私の見方では,これこそがまさに中国の戦略な のです。経済によって台湾を徐々に絡め取っていく,中国から離れられな (61) くしていく,そういう戦略があって,台湾がうまく乗ってくれたという風 に中国側は受け止め,大変喜びました。 この中国人観光客や ECFAは,中国にとっては将来的な統ーを目指す という思惑のある措置だったとはいえ,台湾にとって非常に有り難かった のも事実です。アジアの四つの小龍と呼ばれた台湾も,韓国やシンガポー ルにかなり水を空けられています。物価でも所得でもかつては格下だった 香港の 3分の 2ぐらいになりました。台湾人は他人との比較が好きな人々 なのですが,あちこちで「アジアの四つの小龍でかつてはトップだったの が,いまはビりになってしまった」という嘆き節を聞かされます。そして, その最大の戦犯として認定されているのが,民進党の陳水扇政権の 8年間 だったのです。 実際のところ,台湾経済の成長の鈍化が完全に民進党政権の責任かとい うと必ずしもそうとは言い切れないところもあるのですが,少なくとも馬 英九政権は「陳水肩政権の経済無策が台湾経済の失速を招いた」と批判し て当選しており,経済で成果を示さないわけにいかないのです。ところが 年に起きて台湾経済 8 0 0 タイミングが悪かったのは, リーマンショックが2 も大きな影響を受け,悪条件のなかで経済再建を目指さなくてはならなかっ たことです。 そんなピンチの馬英九に対し,中国はここぞとばかりに台湾経済を刺激 するようなプレゼントを贈り続けました。中国はこれを「台湾人民に対す る善意」ということで盛んに宣伝しました。 中台関係で最も重要なポイントは,台湾人の対中感情をどうやってマイ ナスからプラスに変えていくかということです。台湾研究の大家である早 稲田大学の若林正丈教授は中台関係について「結び、つく経済,離れる心」 という絶妙の表現をされました。その言葉通り,中台関係というのはすで 0年代後半から,中国の世界の工場化に伴って台湾企業の中国進出が 9 9 に1 猛烈な勢いで進み,経済的には年を追うごとに近づいていました。しかし, (62) 一方で台湾人の対中感情はいくら中国が豊かになろうともそれに比例して 良くなるということはなく,逆に自分と中国は違う,台湾人は中国人では ない,という人々が次第に増えています。この矛盾したトレンドこそが台 湾問題のキーポイントであり,中国の指導者もこの点についての解決策, 打開策を見つけようと必死になっています。 その意味で,この 3年の間,中国が台湾に対して示した限りない善意, 次から次へのプレゼン卜を贈ったことは,中国がなんとか台湾の心は中国 から離れていくことを食い止めるための打った手だったわけで,懸命に 「あしながおじさん」を演じていたわけです。 それでは, 2 0 1 2年の台湾総統選がどのような展望を持っかという話をさ せていただきます。次の総統選は,国民党は馬英九が再選に向けて出馬し, 民進党は初の女性候補で,初の女性党首でもある察英文が立つことになっ ています。この二人は,かなり現段階ではいい勝負になるのではないか, 少なくとも 2 0 0 8 年のような一方的な結果にはならないという見方でおおか た一致しています。個人的に注目していただいきたいポイントがあります。 それはこの二人が非常によく似ている,という点です。 年齢も共に 5 0 歳代で余り変わりません。性格もよく似ています。よく言 えば生真面目,悪く言えば融通がきかない。例えば,二人ともマスコミの 間では同じあだ名を持っています。「馬更正」「察更正」といいます。これ は何かというと,新聞やテレビが彼らのことを報道したとき,ちょっとし た間違いでも訂正要求をしてくるのです。これは私も経験がありまして, 察英文が2 0 0 8年に党主席に就任した直後,彼女にインタビューしたのです が,その時に中国語で翻訳しにくい言い回しを日本語に意訳したとき, 「こんなことを言っていない,訂正してほしい」と文句をつけてきました。 普通は政治家というものはこの程度では何も言わないもので,聞に入って いた民進党の幹部も非常に困惑していました。取材されるたびに記事に文 句をつけてくるので,「更正」つまり,訂正さんというあだ名になってし (63) まったのです。 何より 2人が似ているのは経歴です。どちらも台湾の最高学府,台湾大 学でその最難関である法学部の出身。馬英九は米国に留学し,ハーバード で法学博士を取得します。一方,察英文もマスターは米国で取ったあと, 英国の名門,ロンド・スクール・オプ・エコノミクスで法学博士を取得し ました。馬英九は台湾に帰った後,当時の蒋経国のもとで英語秘書を務め 年に台北市長に 8 9 9 て能力を認められ,若くして法務大臣などを経験し, 1 年に総統になっています。察英文も帰国後大学で教鞭を取った 8 0 0 当選, 2 後,当時の李登輝総統のブレーンとして総統府の政策スタッフとして重用 され,李登輝の有名な「二国論」の立案など重要政策の決定に関わりまし た。民進党の陳水肩政権でも大陸委員会の主任,行政院副院長と出世を重 年から党主席になりました。 8 0 0 , 2 ね まさに二人は,戦後台湾の理想的なエリート人生を歩み,総統候補とし て相まみえているわけで,非常によく似た,同質性の高い二人の戦いになっ ています。 最後に台湾が今後どのような道を歩むかについてお話したいと思います。 年以内に 6つの可能性があるという仮説を私 0 台湾の将来については, 3 年というのは,おおよそ私が残りの人生で目撃できる 0 は立てています。 3 かどうかの時間です。その六つは,「中国化」「マカオ化」「香港化」「フィ ンランド化」「中華民国台湾化J「台湾共和国化」です。 まず中国化ですが,これは要するに中国に併合されるということです。 この確率は,現状においては極めて低いと言わざるを得ません。可能性は 5%以下です。台湾の民意が統ーということに非常に強い拒否反応を持っ ているからです。以前は台湾,つまり中華民国による統ーという意味も含 以 めて統ーへの支持者が半分ぐらいいたと言われていますが,いまは 5% 下になっています。 同様に「台湾共和国化」,つまり独立ですが, この確率も高くありませ (64) んo なぜなら,国際情勢が台湾の独立に対して非常に厳しい立場を取って いるからです。中国に対する経済的な依存はアフリカや東南アジアの発展 途上国だけではなく,米国や日本でさえも相当程度に進み,中国の顔色を うかがわざるを得ない状、況になっています。もし,自由に選べるという状 況になれば,台湾の社会は間違いなく独立を選択するでしょう。しかし, そうしたことが起きる可能性は国際環境から考えて現段階では極めて非現 実的です。ですから,可能性は 10%以下です。統ーよりも可能性が高いの は,台湾において住民の意思は本質的に統ーよりも独立に向いているとい うことを考慮したものです。 次はマカオ化です。つまり一国二制度のもとで,中国の傘下に入るとい うことです。なぜ香港化と区別しているかといいますと,どちらも制度的 には 5 0 年間不変をうたっていますが,その内実は大きく異なるからです。 マカオの政治体制において,いわゆる民主派,つまり自由経済と民主主義 を中国と対立してでも守っていこうという勢力は極めて小さい。そのため, マカオは 1 9 9 9 年に中国にポルトガルから返還された時点、からすでにほぼ中 国の一部として機能しているわけです。一方,香港においては常に民主派 勢力の活発な活動の基盤があり,中国の政治状況に対する批判的な言論が アクティプに存在しています。そのため,中国政府としては常に香港の政 治状況を丁寧にケアし,制度的には民主派の勢力が議会で伸びないような 制度設計を心がけないといけません o この点で,香港とマカオは違ってい るわけです。いまの台湾の世論から判断すると,仮に一国二制度を受け入 れたとしても,マカオのように従順になるはずはなく, 5%以下の確率し かありません。一方,香港化する確率はマカオより高くて 10%ぐらいある と見ていいのではないでしょうか。 一方,フィンランド化ですが,これは最近ホットな話題なのですが,台 湾の急速な対中接近を見た米国の研究者などが,かつてソ連の衛星国となっ ていたフィンランドにように,国家として一応は存続しながらも完全に従 (65) 属する形になって自主性を喪失するという事態が,台湾においても起きる のではないかと指摘しているのです。また,目下のところ,中国にとって の短期的,中的目標は,このフィンランド化ではないでしょうか。なぜな ら,台湾はいかなる形式においても中国との国家的統合になるような措置 は当面は絶対受け入れないからです。そのため,中国は当面は経済的な台 湾の取り込みを進めながら徐々に台湾内において「親中」グループを育て ていき,中国との敵対は決して得策ではない,という世論を作りあげてい くということに専念していくのではないでしょうか。これは意外に可能性 が高いかも知れません o 私は 30%ぐらいの確率で起きるのではないかと考 えています。 そして,最後が中華民国台湾化です。これは,現在の台湾が中華民国と いう国名を持ち,憲法も持っているという状況において,中国とは一線を 画しながら,独立も統一も起きないということを指しています。これが, 馬英九政権の目指している路線です。 中華民国という政治体制を変えないで,いろいろな手をつかいながら, だましだまし中国とうまくやっていく,それが馬英九の政治・外交の中心 路線です。中華民国という体制を維持している限り,それが例え中華民国 であろうと「一つの中国」という枠組みにとどまっているということで, 台湾が独立を目指しているという中国の最大の懸念を払拭することができ ます。一方で,台湾内部に対しては,中国とは統一はしないで中華民国で あることを貫く姿勢をアピールすることができる一石二鳥の考え方である わけです。 私は,当面の中台関係は,この中華民国台湾化,つまり中華民国が大陸 の政権であることを捨てて台湾だけの政治体制に姿を変えながら,そのま ま生き残っていくこの形が最も確率的に高いのではないかと思っています。 ですから 40%と見ています。それは,現状維持を求める台湾の民意,世界 各国の立場にも合致するからです。 (66) もちろん中国もパカではありませんから,馬英九の考え方が実は統ーを できるだけ回避しようと意図していることは十分に理解しています。その ため,中国内では,一部に馬英九は事実上の台湾独立派ではないか,ある いは,国家分裂を狙っているのではないか,という疑いを持って批判的に 見ている人はいます。しかし,現時点で馬英九,つまり国民党以外に中国 が組める相手も台湾にはいません o 2 0 1 2 年の選挙において馬英九政権の延 長は中国にとっても重要な政策目標ですから,さまざまな手段を講じてな んとか馬英九が当選するように陰でサポートをしてくるのではないでしょ うか。(終) (朝日新聞国際編集部次長) (67)
© Copyright 2024 ExpyDoc