Oct 21, 2016 No.2016-049 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 上席研究員 河合良介 03-3497-3655 [email protected] ベトナム経済:2016 年は年前半の農業セクターの不振などから 減速するも、2017 年は堅調な内需拡大をテコに再加速の見込み 2016 年 7~9 月期の実質 GDP 成長率は前年同期比+6.6%と、2015 年実績(+6.7%)並みに復調 した。ただ、1~9 月累計では同+5.9%と、年前半の天候不順による農業セクターの不振などから 低調であり、2016 年通年では政府の当初目標(+6.7%)を下回る 6%台前半の成長率にとどまる 見込み。2017 年に関しては、インフラ投資の拡大や金融緩和の継続などが景気を下支える中、 堅調な内需拡大をテコに 2016 年を上回る 6%台後半への加速が予想される。リスク要因として は、食料品価格高騰によるインフレ高進が消費を冷え込ませること、銀行の不良債権問題や国営 企業改革の遅れが成長の足かせとなること、さらに TPP の迷走がベトナム経済の生命線である FDI 流入の逆風となること、などを指摘できる。 2016 年前半は農業セクターの不振からやや低調となるも、足元では復調 ベトナム経済は、低インフレを背景とした個人消費の堅調な増加や、外資企業主導による投資・輸出の拡 大が高成長をけん引しており、2015 年通年の実質 GDP 成長率は+6.68%と、ASEAN 主要 6 か国の中で はトップの数値を記録した。2016 年 1~9 月累計の成長率は前年同期比+5.93%と、前年の同+6.50%を下 回る、やや低調な推移にとどまっているが、足元 2016 年 7~9 月期の実質 GDP 成長率は同+6.62%と、 前年の 7~9 月期(+6.87%)に近いペースにまで復調。同国の成長率は例年、年末にかけて高まる傾向が あり、その分を割り引いて見る必要があるものの、干ばつや塩害による農業セクターの不振から 5%台に とどまった 2016 年 1~3 月期(同+5.46%) 、4~6 月期(同+5.57%)と比べて着実に加速している。 7~9 月期について業種別の成長寄与度を見ると、 実質GDP(供給側)成長率の推移(前年同期比、寄与度、%) 衣料品や電子機器などの輸出が好調だった製造業 10 が同+2.75%Pt と全体をけん引した。また、個人 8 消費の堅調さを反映して卸・小売業(自動車販売 6 業を含む)が同+1.15%Pt となったほか、金融業 4 が同+0.60%Pt となるなど、サービス業全体(第 2 三次産業)で同+3.23%Pt の寄与となった。その 他 、 建 設 業 が 同 +0.62 % Pt 、 農 林 水 産 業 が 同 +0.35%Pt と、鉱業・採石が同▲0.46%Pt と 3 期 連続でマイナスとなったことを除けば、広範な産 業で回復の動きが続いている。 農林水産業 製造業 サービス業 鉱業 建設業 実質GDP成長率 0 ▲2 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 (出所)Genera l Sta ti s ti cs Of f i ce 〈CEIC〉 実際、鉱工業生産の動きを見ると、特に製造業は 7~9 月も前年同期比 10.7%増と、四半期ベースで 2013 年以降概ね 2 ケタのペースで増加を続けている。主要品目の動きを見ると、自動車(同 17.6%増) 、衣料 品(同 13.1%増) 、靴(同 11.0%増)など総じて堅調に推移しており、中でも家電製品(同 47.5%増)の 高い伸びが目立っている。テレビの組み立て台数は 1~9 月累計で前年同期比 79.5%増の 632.6 万台と、 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研 究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告 なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 2015 年通年での実績 542.5 万台をすでに上回っている。 しかしながら、これまでベトナム経済のけん引役を担ってきた携帯電話の生産台数が頭打ちとなっている 点はやや気掛かりである。1~9 月の累計生産台数は同 11.2%減の 1.5 億台にとどまっている。韓国サム スン電子が発火事故の頻発するスマートフォン主力機種の生産中止を決めた影響が大きいと見られ、2016 年通年でも、2015 年実績 2.3 億台はもちろん、2014 年の 1.8 億台をも下回る可能性が高い1。 テレビ組立台数(千台) 1,200 携帯電話の生産台数(百万台) 25 1-9累計| 年間計 2014|2,464 | 3,633 2015|3,524 | 5,425 2016|6,326 | - 1,000 800 20 15 600 1-9累計| 年間計 10 2014 |114.5 | 175.8 2015 |169.5 | 227.3 2016 |150.5 | - 400 5 200 0 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 (出所)Central Statistics Office 〈CEIC〉 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 (出所)Central Statistics Office 〈CEIC〉 けん引役のスマホが頭打ちとなるも輸出の拡大傾向は持続 7~9 月の輸出額(通関ベース、ドル)は前年同期 比 8.4%増と、前期(4~6 月)の同 5.1%増から加 通関輸出額の推移(前年同期比、%) 90 速した。品目別には、電話及び同部品(2015 年輸 80 出シェア 18.9%)が同 4.3%減と、前述のようにサ 60 ムスンが不具合を起こしたスマホ主力機種の回収 40 を進めたことから、同カテゴリーは四半期ベースで 50 30 20 10 縫製・服飾(同シェア 14.1%)が同 5.0%増、コン ▲ 10 増と、サムスンの特殊要因を除けば総じて堅調な推 輸出合計 縫製・服飾 電話・同部品 コンピュータ・電子部品 70 2011 年以降初となる前年割れを記録した。ただ、 ピュータ・電子部品(同シェア 9.6%)が同 25.7% (108%) 0 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 2013 2014 2015 2016 (出所)General Statistics Office 〈CEIC〉 移が続いている。 他方、7~9 月の輸入額(通関ベース、ドル)も同 5.4%増と、前期(4~6 月)の同 2.6%増と比べて伸び が高まった。品目別には、機械及び部品(2015 年輸入シェア 16.7%)が同 2.8%増、コンピュータ・電気 機器(同シェア 14.0%)が同 23.8%増と、石油製品(同シェア 3.2%)を除けば、輸出増と内需拡大を反 映して軒並み増加した。 7~9 月の貿易収支(通関ベース)は 10.4 億ドルの黒字と、輸出の伸び(+8.4%)が輸入の伸び(+5.4%) を上回った結果、前期の 2.2 億ドルから黒字幅が大きく拡大している。 韓国サムスン電子は 10 月 11 日、発火事故が相次いだ新型スマートフォン「ギャラクシーノート 7(Galaxy Note 7)」の生産・ 販売打ち切りを発表。同社はベトナム国内 2 工場で携帯電話及び付属品を製造しており、輸出額はベトナムの輸出総額の 20%を 占める。同機種の生産・販売中止の影響はベトナム経済に大きな影響を及ぼすことが懸念されている。 2 1 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 内需の堅調な拡大が景気を下支え インフレ鎮静化に伴う実質購買力の向上を背景とした個人消費の堅調な拡大は、引き続き高成長を支える 要因となっている。個人消費の動きに関して小売販売(ホテル・レストラン、サービス・旅行を含む)を 見ると、7~9 月は前年同期比 9.9%増と、10%前後の堅調な拡大を続けている。内訳を見ると、物販(同 10.0%増) 、ホテル・レストラン(同 10.3%増) 、サービス・旅行(同 8.9%増)と、モノとサービスの消 費がバランス良く増加している様子が確認できる。また、新車販売台数(乗用車、トラックの合計)は、 2016 年に入って頭打ちの兆候も見られたが、足元では再び増勢を強めている。当社試算による季節調整 値では、直近 9 月は年率換算ベースで 28.5 万台と、1~9 月平均の同 26.3 万台を上回るハイペースを記録。 2016 年通年では 2015 年実績の 20.9 万台を上回ることは間違いない。 小売販売の推移(前年同月比、寄与度、%) 自動車販売台数の推移(季節調整済年率換算、万台) 30 30 サービス・旅行 ホテル・レストラン 物販 合計 25 20 25 20 15 15 10 10 5 5 0 -5 2012 2013 2014 2015 0 2012/01 2016 (出所)Genera l Statistics Office 〈CEIC〉 2013/01 2014/01 2015/01 2016/01 (出所)Central Statistics Office 〈CEIC〉 固定資産投資に関しても、 前述の GDP 統計における建設業の動きを見ると、7~9 月期は前年同期比+9.5% と高成長。政府によるインフラ投資への支援もあって、堅調な拡大を続けている。 海外からの直接投資(FDI)も底堅く推移している。1~9 月累計の FDI(登録ベース)は 112 億ドルと、 前年同期の 110 億ドルとほぼ同水準に達している。業種別に見ると、製造業が 79 億ドルと、前年同期の 59 億ドルから拡大する一方で、 不動産業は 98 億ドルと、前年の 154 億ドルから縮小した点が特徴である。 国別には、韓国が 456 億円と、前年の 198 億円から 2 倍以上に、シンガポールが 125 億ドルと、前年の 37 億ドルから 3 倍以上に、それぞれ拡大した点が特筆できる。 インフレ率は足元落ち着いているものの、先行きの食料品価格上昇には要注意 直近 9 月の消費者物価指数(総合)の上昇率は前年 消費者物価指数の推移(前年同月比、%) 同月比+3.3%と、教育サービスの急上昇(前月 6.0 +4.7%から今月+11.9%へ)を主因に、前月の+2.6% 5.0 と比べて伸びが大きく高まった。年初 1 月には同 4.0 +0.8%と 1%割れだったものが、干ばつや塩害に伴 3.0 う食料品価格の上昇を反映して春先から上昇基調 2.0 を強めており、3%台乗せは 2014 年 10 月以来の高 1.0 総合 コア 0.0 い水準となった。 -1.0 2014/01 今のところ政府目標(+5.0%)を下回っているうえ 2014/07 2015/01 2015/07 2016/01 2016/07 (出所)General Statistics Office 〈CEIC〉 食料品を除くコアについては 2%割り込む低水準で安定推移しており、高インフレに悩まされた数年前の 3 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 状況とは大きく異なるものの、物価下落に伴う家計の実質購買力向上が消費拡大の原動力となっているだ けに、原油価格が底打ちから上昇傾向に転じつつある中、食料品価格を左右する天候要因や農産品の作付 状況には十分な注意を払う必要があろう。 対ドル・ドンレートはこの半年余りの間、実勢レートで 22,300 ドン/ドル前後の狭いレンジにとどまる など極めて安定した推移を見せている。通貨安定の背景には、経常収支の黒字幅拡大と外貨準備高の水準 回復がある。4~6 月の経常収支は 22 億ドルの黒字と、前年同期の 6.9 億ドルと比べて大きく増加。また、 6 月末の外貨準備高は 350 億ドルと、3 月末の 316 億ドルから約 1 割、水準を盛り返した。輸入金額に対 する比率は 2.4 か月分と、適正水準の目安とされる 3 か月分をなお下回ってはいるものの、2015 年 12 月 末の 2.0 か月分をボトムに持ち直している。 対ドル ドンレートの推移(ドン/ドル) 2013/01/02 20,500 2014/01/02 2015/01/02 2016/01/02 外貨準備高(左、百万ドル)、同輸入比率(右、月数) 40,000 4.0 35,000 3.5 外貨準備高 30,000 21,000 21,500 22,000 22,500 23,000 (出所)General Statistics Office 〈CEIC〉 3.0 輸入比率 25,000 実勢レート 基準レート 上下限 2.5 20,000 2.0 15,000 1.5 10,000 1.0 5,000 0.5 0 0.0 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 1Q 3Q 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 (出所)Genera l Sta ti s ti cs Of f i ce 〈CEIC〉 2016 年の成長率は 2015 年実績を下回る公算大だが、2017 年には再加速する見込み 以上、見てきたように、これまでベトナム経済は、外資企業主導によるスマホなど電子機器の生産・輸出 の増加と FDI の活発な流入、さらにはインフレの落ち着きを背景とした個人消費の拡大など旺盛な内需 に支えられ、ASEAN 中でも相対的に高い成長率を誇ってきた。 ただし、2016 年に関しては、干ばつ・塩害などの天候不順による農産物の生産減、さらには原油等鉱物 性燃料の生産減などから、2015 年実績+6.68%を下回るペースへの減速は必至の状況である。フック首相 は 10 月 3 日の政府定例会合で、2016 年の成長率について+6.3~6.5%を達成するため全力を尽くすよう 閣僚らに指示したと報じられており、政府は事実上、当初目標(+6.7%)を引き下げた2。 先行きに関しては、政府主導によるインフラ投資の拡大や、中銀による緩和的な金融政策の継続3などが 景気を下支える中、前年の農業セクターと鉱業セクターの落ち込みの反動もあって、2017 年は堅調な内 需拡大をテコに 2016 年を上回るペースに再加速することが予想される。政府は 2017 年の成長率目標を +6.7%に設定している。また、ベトナムでは人口ボーナス期が続くことから当面旺盛な内需の拡大が期待 でき、特にモータリゼーションは本格化する局面に入っており、自動車販売台数のさらなる増加が見込ま れる。 リスク要因としては、以下の 4 点を指摘できる。第 1 に、天候不順による不作から食料品価格が高騰し、 2 国家金融監督委員会(NFSC)の予測は+6.3~6.4%程度。 政策金利であるリファイナンス金利は、2012 年 2 月の 15.0%をピークに利下げ局面にあり、2014 年 3 月以来、6.5%で据え置 かれている。 4 3 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 インフレ高進につながることである。内需の堅調な拡大には物価の安定が必須条件である。また、第 2 に は、銀行の不良債権問題が本質的に解決されていないことである。金融セクターの機能不全は景気回復の 足かせとなる。中銀傘下の VAMC(ベトナム資産管理会社)が銀行から不良債権の引き取りを進めており、 見掛け上の不良債権比率は上昇していないが、VAMC に移管された不良債権の回収・売却は進んでいない 様子である4。 さらに、第 3 として、国営企業改革が遅々として進んでいないことである。非効率な国営企業は経済の健 全な発展の阻害要因となり得る。政府は国営企業の民営化や保有株式の一部売却の方針を打ち出している が、売却実績はなかなか伸びておらず、本腰を入れているとは到底思えない状況である。そして、第 4 は、 TPP の行方である。これまで外資企業は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)を視野に、特に繊維分野で は原料から完成品まで一貫生産体制を確立すべく、ベトナムに対して戦略的に FDI を拡大してきた。し かしながら、米大統領選では民主・共和両党の候補とも TPP 反対の姿勢を示しており、発効の行方すら 不透明な情勢となっている。ベトナムの生命線である FDI には強烈な逆風となりかねず、TPP 批准を巡 る国際的な動向には注視が必要である。 ベトナム中銀(SBV)は 2013 年 7 月、VAMC を設置し、全ての銀行に対して、一定の不良債権を、特別債と引き替えに、5 年または 10 年の期限付きで VAMC に移管させることを義務付けている。 5 4
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