藤戸レポート 「ダブル・ボトム」を形成した欧米長期金利 2016 年 10 月 17 日 欧米の長期金利が上昇傾向を強めている。FRB(米連邦準備制度理事 ECBのテーパリングは実現す 会)の「9 月利上げ観測」が高まった 9 月上旬にも同様な動きがあったが、 るのか? フィッシャーFRB 副議長の「利上げキャンペーン」の挫折と共に、再び低水 準のトレーディング・ゾーンに回帰した経緯があった。しかし、今回の長期金 利の上昇は、「本物かもしれない」と投資家は身構え始めている。トリガーと なったのは、「ECB(欧州中銀)、QE(量的緩和)テーパリングの必要性でコ ンセンサス形成」というブルームバーグの記事だ。同社は、「量的緩和プロ グラムの終了が決まれば、資産買い入れのテーパリング(段階的な縮小)が 必要になるとの非公式のコンセンサスが、政策担当者の間で形成された」と 報じている。現在は、月間 800 億ユーロの資産買入れを 2017 年 3 月まで 継続することが決定されているが、これを 100 億ユーロずつ段階的に逓減 させるというものだ。背景にあるのは、緊急危機対応として実施してきた超 緩和策だが、危機的状況の緩和に即した政策変更を行うべきとの考えだ。 例えば、ユーロ圏の CPI(消費者物価・総合・前年比)は、2015 年 1 月には ▲0.6%と、まさにデフレの状況であった。ところが、その後は紆余曲折を辿り ながらも、今年 9 月には+0.4%に浮上している(グラフ 1)。水準はまだ低い が、6 月から 4 ヵ月連続のプラス推移であり、足下の原油価格の上昇を加味 すれば、デフレ脱却の軌道に乗ったとの解釈も可能である。一方、Brexit(英 (グラフ1) ユーロ圏のCPI(前年比) 4ヵ月連続でプラス圏 ECB資産とユーロ圏のCPI(消費者物価) (%) 1.6 (10億ユーロ) 4,000 (出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成 量的緩和拡大 600億ユーロ/月 ⇒800億ユーロ/月 (2016/3) 1.2 量的緩和開始 600億ユーロ/月 資産買入 (2015/3) 0.8 3,600 3,200 0.4 2,800 0.0 2,400 -0.4 ユーロ圏CPI(左) ECB資産(右) 2,000 ▲0.6(2015/1) -0.8 2014 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 2015 2016 1,600 2016 年 10 月 17 日 ストラテジー マーケット分析 国の EU 離脱)リスクに身構えていた景気も、心理的な動揺が収まった後 は、しっかりした展開が続いている。マークイットのユーロ圏 PMI(購買担当 者景気指数・総合)は、9 月にやや鈍化したものの 52.6 と、依然景況判断 の分岐点である 50 を上回っている(グラフ 2)。8 月のユーロ圏鉱工業生産 指数は前年比+1.8%、小売売上高も鈍化傾向ではあるが同+0.6%をマーク している。IMF(国際通貨基金)の今年の成長予測を見ても、ユーロ圏は 1.7%と米国の 1.6%、日本 0.5%を凌駕している(グラフ 3)。もちらん、来年にな れば Brexit リスクが顕在化する恐れもあり、手放しで喜べるような状況では ない。ただし、「マイナス金利政策と月間 800 億ユーロの量的緩和まで必要 なのか?」と問われれば、「是正すべき」と考えるのも自然であろう。 (グラフ2) 景況判断の分岐点(50)を 上回っているユーロ圏PMI (グラフ3) 2016年のユーロ圏は 米国を上回る成長見通し 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 2 2016 年 10 月 17 日 ストラテジー マーケット分析 「低金利のリスク」を指摘する 各国中銀総裁 元来タカ派であるフィンランドのリイカネン中銀総裁は、「低金利に関連 するリスクを認識する必要がある」とし、ECBのプラート理事も「低金利環境 が有害な副作用を伴う可能性に注意すべき」と述べている。オランダのクノ ット中銀総裁は、「低金利は生命保険会社や年金基金にとって問題である ばかりでなく、銀行の収益性を圧迫している」とし、ビルロワドガロ仏中銀総 裁も、「長期のマイナス金利政策の影響に注視する必要がある」と異口同音 に述べている。こうした中銀総裁は、同時にECBメンバーでもあり、テーパリ ングが検討された可能性は高い。政策転換は具現化しよう。 ドラギECB総裁は、「できることは何でもやる。私を信じて欲しい」とまで言 「個別行の問題に拘泥せず、 政策を正常化すべし」~バイ って、ユーロ危機を克服した。その成果は赫々たるものがある。その後に訪 れたデフレに対しても、追加緩和策を連発して蘇生への道筋をつけつつあ トマン独中銀総裁 る。伝統的な金融政策だけではなく、マイナス金利や量的緩和といった非 伝統的政策まで投入して、緩和策は拡大の一途を辿った。しかし、危機的 状況の逓減という環境変化があれば、今までの拡大路線に終止符を打つ のは当然だろう。既述のフィンランド、オランダはECB内でもタカ派で有名 だ。ウルトラ・タカ派のブンデスバンク(独連銀)・バイトマン総裁は言うまでも ないが、量的緩和策やマイナス金利政策の効果に最初から疑念を抱いて いた。直近のインタビューでも、「個々の金融機関が直面し得る問題に煩わ されることなく、ECBは環境が整い次第、政策を正常化させるべきだ」と述べ ている。前段の発言は、おそらくドイツ銀行やイタリアのモンテ・パスキ銀行 の問題が念頭にあるものと思われる。まさに当事者であるブンデスバンク総 裁が、個別行の問題に拘泥せずに「正常化すべし」と語っているのだ。注目 すべきは、ドイツ、オランダ、フィンランドといった財政健全なタカ派だけでは なく、中間派と目されるフランス・ビルロワドガロ総裁までが、マイナス金利の 弊害に言及している点だ。ドイツ銀行の問題は看過できないが、欧州主要 金融機関30社の信用リスクを表すCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)スプ レッド・インデックスは、100ベーシス・ポイント(bp)前後で安定推移してい る。2011年のユーロ危機に際しては350 bpを超える局面があっただけに、 今回のドイツ銀行問題はシステミック・リスクには発展しない可能性が高い (グラフ4)。となれば、ECBは必然的に「出口」に向かうことになる。テーパリン グは実現することになろう。 金利のダブル・ボトムを形成 このテーパリング報道を受けて、ドイツ10年国債利回りは、9/27の▲ 0.161%から10/12には0.074%とプラス圏に浮上した。7/6の最低利回り▲ 0.205%が「一番底」、9/27の▲0.161%が「二番底」で、パターン分析でもダブ ル・ボトムが形成された可能性が高まっている(グラフ5)。ユーロ圏の指標債 たるドイツ国債がこの展開となれば、各国の利回りが上昇するのは必然であ る。フランス10年国債は、9/28ボトム0.152%→10/12の0.370%、イタリア国債 も8/15ボトム1.033%→10/12の1.427%、ポルトガル国債も8/16ボトム2.673% →10/7の3.606%等、軒並み上昇している。日本の投資家の中でも、マイナ ス金利のドイツ国債を嫌って、少しでも利回りの高いユーロ圏の他の国に投 資する傾向が目立っていただけに、注意が必要である。一本調子の金利上 昇は想定し難いが、徐々に下値を切り上げるリスク・シナリオを頭の隅に置く 必要があろう。重要なのは、いったん金利がボトムアウトしたとなれば、上昇 ピッチの速さは別にしても、トレンドを形成することだ。 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 3 2016 年 10 月 17 日 ストラテジー マーケット分析 (グラフ4) システミック・リスクとは異なる ドイツ銀行問題 (bp) 欧州金融機関のCDSスプレッド 450.0 (出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成 ユーロ危機 400.0 欧州30金融機関CDSスプレッド ドイツ銀行CDSスプレッド 350.0 300.0 250.0 200.0 150.0 100.0 50.0 0.0 2011/1 (グラフ5) ユーロ圏の指標債 ドイツ国債利回りがダブル・ボトム 2011/11 2012/9 (%) 2013/6 2014/4 2015/1 2015/11 2016/8 ドイツ10年国債利回り推移 0.400 0.307 (4/27) (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 0.300 ECB 理事会 (9/7) 0.200 0.074 (10/12) 0.100 0.000 0.100 ▲0.161 (9/27) 0.200 ▲0.205 (7/6) 0.300 米金利も極めて緩慢な上昇か 4/1 4/28 5/25 6/21 7/18 8/12 9/8 10/5 欧州の長期金利上昇に触発されて、米国の長期金利も上昇に転じた。フ ェデラルファンド・レート(短期の政策金利)先物は、11月利上げ確率17.1%・ 12月確率65.9%(10/13時点)であり、最大の政治イベントたる米大統領選挙 がある11月は無理にしても、投資家は12月利上げを受容しつつある。過去 の利上げは、同指数が70%を超えて実施されるケースが多かっただけに(グラ フ6)、ひとまず利上げに向けて市場の体制が整いつつあるのかもしれない。 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 4 2016 年 10 月 17 日 ストラテジー マーケット分析 (グラフ6) 2015年は利上げ前日に 確率78%まで上昇 2015年・2016年の利上げ確率とNYダウの推移 260.0 (ドル) 20,000 (出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成 240.0 NYダウ(右) 利上げ開 始(12/16) 220.0 19,000 200.0 18,000 180.0 17,000 160.0 140.0 16,000 (%) 120.0 利上げ確率 (2015/12) 78.0% (12/15) 100.0 利上げ確率 (2016/12) 15,000 80.0 14,000 60.0 40.0 13,000 20.0 0.0 2015/6 2015/8 2015/11 2016/2 2016/4 2016/7 2016/10 12,000 ただし、12月になって利上げに踏み切るだけのマクロ環境となっているか否 かは、また別の話だ。雇用については、ほぼ「完全雇用」と形容されることが 多くなっている。しかし、LMCI(労働市場情勢指数。19の雇用関係指標で 算出)は9月も▲2.2となり、これで今年になっての9ヵ月間で、プラスになっ たのは7月0.8の1回限りだ。非農業部門雇用者数や失業率といった主要項 目だけではなく、詳細に他の項目をチェックすれば、緩慢な賃金上昇や高 水準のパートタイム労働者数といった、従来の景気回復局面とは異なった 内容に気づくことだろう。これに、自動車販売の翳りや個人消費の伸び悩 み、低水準の設備投資、といった状況を加味すると、急速な長期金利の上 昇は想定し難い。ただし、今年7/6に1.318%にまで低下した米10年国債利 回りが、オーバーシュートであったことは否定できない。今後は極めて緩慢 な上昇ながら、水準を徐々に切り上げて行くことを想定するべきであろう(グ ラフ7)。今年の夏は、世界的にボンド・マーケットが異常な状況に陥っていた のだ。「イールドがマイナスになったので超長期債を買う」というスタンスは、 リスクを軽視した蛮行だった。 アナリストの甘い業績見通し さて、欧米の長期金利が底打ちから緩慢なピッチでの上昇となれば、焦 点は企業業績に移行する。もし、良好な企業業績となれば、いわば「順な金 利上昇」として正当化される。金利上昇によるマイナス効果は、利益の拡大 で相殺されるはずだ。つまり、金利上昇下でも、ファンダメンタルズの裏付け があれば、株価はネガティブには反応しないことになる。ところが、業績が冴 えない中での金利上昇となれば、これは株価に最悪の環境だ。トムソン・ロ イターによると、7~9月期のS&P500種ベースの利益は前年比▲0.8%と減益 予想である。しかし、業種ごとの内訳をみると、エネルギーが▲70.3%と足を 引っ張っており、S&Pの主要11業種で見ると、電気通信サービス▲3.9%、資 本財▲2.9%の計3業種を除いて、他の8業種は全て増益予想となっている 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 5 2016 年 10 月 17 日 ストラテジー マーケット分析 (グラフ7) 労働市場情勢指数は低迷 米長期金利の上昇は緩やか (P) LMCI(労働市場情勢指数)と米長期金利 (%) 18.0 3.500 (出所) BloombergのデータをもとにMUMSS作成 16.0 3.000 14.0 米10年国債利回り(右) 12.0 2.500 10.0 8.0 2.000 6.0 1.500 4.0 1.318(7/6) 2.0 1.000 0.0 LMCI(労働市場情勢指数・左) -2.0 0.500 -4.0 -6.0 2014/1 0.000 2014/6 2014/11 2015/5 2015/10 2016/4 2016/9 (10/12時点)。問題となるのは、日米問わず、アナリストの予想が甘い点だ。 例えば、1年前の10月の予想では、この7~9月期の見通しは+14.3%の大 増益になるはずであった。これが▲0.8%見通しに下方修正されているわけ だから、一言で言えば「あてにならない」。10~12月+8.2%、来年1~3月期 +14.5%見通しも、眉唾物の気配が漂う(グラフ8)。 (グラフ8) 楽観見通しの米企業業績 S&P500の企業業績見通し(前年同期比) (%) 20.0 14.8 14.5 15.0 12.2 10.0 8.2 5.0 0.0 -0.8 -0.8 -2.1 -2.9 -5.0 -5.0 (出所)トムソン・ロイターのデータよりMUMSS作成 -10.0 15/3Q 15/4Q 16/1Q 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 6 16/2Q 16/3Q 16/4Q 17/1Q 17/2Q 17/3Q 2016 年 10 月 17 日 ストラテジー マーケット分析 米決算は不吉なスタート (グラフ9) 決算悪でアルコア急落 NYダウも200ドル安(10/11) 投資家が業績に注目している中で、決算発表の先陣を切ったのは恒例 通りアルコアだった。ところが、EPS、売り上げともにコンセンサスを下回った 上に、発表された企業分割の先行き不透明感で株価は大きく崩れた。金属 加工事業の新生アルコアと、航空機や自動車部材のアルコニックに分離す るというものだが、投資家は不安感の方が先に立ったようだ。アルコアの株 価は、10/10の引値31.5ドルから発表後には27.9ドルまで売り込まれて引け た。1日で▲11.4%の下落だが、翌日も▲2.8%と下げ止まっていない。トムソ ン・ロイターの集計では、素材が+6.3%と主要業種の中で最も高い増益率 を見込んでいただけに、「ゲートが開いた途端の落馬」の印象が残った。ま た同日には、遺伝子解析ツール開発を主とするバイオ関連のイルミナが、 従来の予想を大きく下回る暫定売上高を発表し、株価は10/11に▲24.8%、 10/12も▲2.0%の惨状である。昨年ベストパフォーマーの一つであったバイ オ・医薬品の株価は、今年に入って冴えないものが多い。大きな背景には、 ヒラリー・クリントン大統領候補が、「米国の薬価は高過ぎる」と繰り返し指摘 していることがある。「まさかのトランプ大統領」が無いとすれば、来期以降の 収益環境は悪化する可能性が高い。ナスダック100指数の年初来騰落率 (10/12時点)を見ると、ワースト・ランキングでは、①アレクション▲37.7%、③ バーテックス▲36.3%、⑤マイラン▲31.4%、⑥リジェネロン▲31.2%、⑧イルミ ナ▲29.0%、⑨ギリアド▲27.8%と、バイオ関連株は軒並み安になっている。 特にマイランは、急性アレルギー反応薬「エピペン」の薬価を5倍に引き上 げたため、クリントン候補に非常に厳しく批判されていた。政治が、そのまま 株価に反映された典型的な例であろう。こうした要因が加わったこともある が、10/11には、10年国債利回りが1.779%まで上昇する局面があっただけ に、「金利上昇下の業績下振れ」を嫌気して、ダウ工業株30種平均は200ド ル安となった。まだ決算発表は始まったばかりだが、不吉なスタートと言える かもしれない(グラフ9)。 NYダウとアルコアの株価推移 (ドル) (ドル) 19,000 46.0 18,500 42.0 NYダウ(左) 18,000 38.0 17,500 32.1 (10/7) 34.0 17,000 30.0 16,500 アルコア(右) 26.2 (10/13) 16,000 26.0 (出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成 15,500 22.0 4/1 4/28 5/25 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 7 6/22 7/20 8/16 9/13 10/10 2016 年 10 月 17 日 ストラテジー マーケット分析 薄商いの17,000円大台回復 (グラフ10) 東証一部売買代金 10月以降2兆円割れ続く この欧米の金利上昇は、為替面では金利格差の拡大から円安に作用す る。ドル/円相場は、10/13に1ドル=104.64円まで円安に振れる局面があっ た。円高に苦しむ輸出産業にとっては朗報であるし、日経平均とドル/円相 場の高い相関性からも、歓迎する気持ちは分かる。しかし、「金利上昇下の 業績不安」で米国株が大幅安している状況にもかかわらず、「円安」を唯一 最大の材料として買い向かうのは賛成し難い。兜町やメディアでも、「1ヵ月 ぶりの17,000円台」と興奮する声が出ていた。しかし、この17,000円奪回が、 極めて薄商いの中で形成されていることに注目しなければならない。10/3 ~13の東証一部売買代金は、一度として2兆円を超えていない。1日当たり の平均売買代金は、僅か1兆8,037億円だ(グラフ10)。 (億円) 日経平均と東証1部売買金額 (円) 80,000 19,000 (出所) AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成 70,000 18,000 17074 (10/11) 日経平均(右) 60,000 17,000 50,000 16,000 40,000 15,000 14864(6/24) 東証1部売買金額(左) 30,000 14,000 20,000 13,000 10,000 12,000 2/1 怪しい株高のメカニズム 3/3 4/5 5/11 6/10 7/12 8/15 9/14 10/19 幾度か指摘したが、出来高・売買代金等の市場エネルギーの拡大を伴う 株高であるならば、上昇の持続性、即ちトレンドの形成が期待できる。ところ が、薄商い下の上昇となれば、「訳有りの仕掛け」、端的に言えばヘッジファ ンドの暗躍を疑わなければならない。特に怪しいのは、朝方に株式相場の 寄り付きが近くなると、なぜか為替が円安方向に動き始めることだ。そして、 ザラ場中はドル/円相場と株価の日中足が、ほとんど相似形を描くようにな る。海外でも、米国株大幅安にもかかわらず、円安を唯一最大の材料にし て、CME(シカゴ・マーカンタイル取引所)の日経平均先物が大幅高すると いう演出だ。ベテランの刑事ならば、「怪しいホシ」の暗躍を疑う状況証拠は 揃っている。あとは具体的な「証拠」を集めてみよう。10/11の日経平均は 164円高で、大引けは17,024円だった。メディアが、「1ヵ月ぶりの17,000円 台」と報じ、兜町筋からは鼻息の荒いコメントが出ていた日だ。しかし、大幅 高にもかかわらず、東証一部の売買代金1兆8,771億円に過ぎなかった。こ の日の日経平均の上昇率は+0.98%だったが、TOPIXは僅か+0.42%と圧倒 的に日経平均主導の展開だった。しかも、日経平均の上昇寄与度を見ると、 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 8 2016 年 10 月 17 日 ストラテジー マーケット分析 ①ソフトバンクG27.0円、②ファナック21.6円、③ファーストリテイリング16.1 円、④KDDI 13.8円で、この4銘柄で78.5円に達する。つまり日経平均164円 高の内、5割近くはこの4銘柄の寄与となる。薄商いの大幅高で、かつ特定 の値嵩株の上昇寄与が顕著な何とも胡散臭い上昇である(グラフ11)。 (グラフ11) 日経平均への寄与 上位4銘柄で約5割 日経平均への寄与度(10/11時点) ソフトバンクG 27.0 ファナック 21.6 ファーストリテイ 16.1 KDDI ダイキン 8.1 エーザイ 7.3 京セラ 6.4 日東電工 5.9 テルモ デンソー 中外製薬 0.0 10/11の日経平均 前日比(+164円) 13.8 4.2 3.6 (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 2.9 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 30.0 (円) 欧州系A証券の不可解な先物 トレード 日経平均先物の手口を洗うと、欧州系A証券が、売り▲6,100枚・買い 12,507枚、差引6,407枚の圧倒的な買い越しだった(10/11)。このA証券は、 5月上旬までは、ほとんど日経平均先物の手口がなく、兜町ではTOPIXタイ プの裁定業者との認識が一般的だった。ところが、9月の声を聞くと、日経 平均先物で数千枚単位の売買が目立つようになってきた。特に、9/14~16 の3日間で合計▲1万1,349枚の大口売りを見せて、俄に兜町の注目を集め た。日経平均は9/14に114円安、15日に209円安と、日銀のETF買いが常 態化する中では、比較的まとまった下げだった。おそらく、大口の顧客オー ダーを受注できるようになったものと思われる。問題になるのは、これだけの 大口売 りを見せたにもかかわ らず 、週末 10/7の日経平均建 玉残高 は 26,770枚で、前週末の23,450枚から増加していたことだ(グラフ12)。日中の 手口で1万枚以上の売り越しだったにもかかわらず、建玉残高がプラスとな れば、ナイト・トレードで激しい反対売買を行っているか、他証券への大口ク ロスを振っていることになる。実態は不明だが、日中の大口商いで敢えて株 価インパクトを大きくする意向があるとしか思われない。つまり、閉塞感の強 い相場に、ボラティリティの上昇を企図しているのだ。 魑魅魍魎の目覚め 記憶の良い方は、昨年11月の戻り相場を想起されたことだろう。昨年夏 から秋にかけてチャイナショックで急落した日経平均は、9/29安値16,901円 から12/1高値20,012円まで鋭角的な戻りを見せた。その時の主役になって いたのが、米系B証券の大口先物買いだった。このB証券は、昨年11/9の週 には、日経平均先物で11,312枚、TOPIX先物で18,232枚(日中手口)、当時 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 9 2016 年 10 月 17 日 ストラテジー マーケット分析 (グラフ12) 欧州系証券 先物の大口売りでも 買いポジション増加 欧州系証券の先物売買とポジション推移 (枚) 12,000 (枚) 35,000 (出所) AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成 10,000 30,000 日経平均先物 ポジション(右) 8,000 25,000 6,000 20,000 4,000 15,000 2,000 10,000 0 5,000 -2,000 日経平均先物 売買枚数(差し引き・左) -4,000 -5,000 -6,000 -8,000 0 8/19 8/26 9/2 9/9 9/16 9/27 10/4 10/12 -10,000 の金額ベースでは5,000億円超となる圧倒的な買い越しだった。これは新 聞でも大々的に報道された。ところが、週末の建玉残高を見ると、僅か4分 の1しか買いポジションが増加していなかった。同様に欧州系のC証券やD 証券も、日中手口は大幅買い越しながら、建玉残高では売り越しという奇怪 な状況だった。当時の当レポートでは、「ヘッジファンドの台所事情による 『意図有りの株高』で、期間限定の株高と解釈すべき」と書いた(詳細は昨 年11/24号参照)。その後、日経平均が2/12安値14,865円まで急落したの は御存知の通りだ。当時は、世界最大級のヘッジファンドの介在が兜町の 噂となっていた。今回は、さすがに当時とはスケール感が違うが、手法は全 く同様である。あくまでも状況証拠の積み上げに過ぎないが、本気で日本 株に強気ならば、何もこんな複雑なスキームを使う必要はない。一部では、 10/11のA証券の大口先物買いは、「現物売り・先物買いの売り裁定残高を 積んだ」との観測もあるが、それでは値嵩株の一斉大幅上昇が説明できな い。やはり、音無しだった魑魅魍魎が、決算接近で暗躍していると見るのが 妥当であろう。 当面は、為替の円安傾向を最大の材料としたリバウンド傾向が続く可能 ボブ・ディランがノーベル文学賞 性も否定できない。しかし、長期金利の上昇傾向に投資家の目が注がれ、 を受賞しても売り上がる 企業業績が期待したほどのものでなければ、グローバルにエクイティのウェ イトを削る動きが顕在化しよう。そして、ヘッジファンドのアンワインド(ポジシ ョンの巻き戻し)は、ラブ・ストーリーのように「突然に」始まる。こうした状況を 考えれば、日経平均の「3月・月中平均16,897円」以上に買い上がる行為に はリスクがつきまとう。むしろ、日経平均の17,000円前後からは、売り上がる スタンスを採りたい(グラフ13)。既に、短期トレーディングの必須アイテムであ るストキャスティックスは、10/11のファースト88.6、スロウ89.1でピークアウト し、緩やかな下降トレンドにある(グラフ14)。もう一度90オーバーを目指す可 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 10 2016 年 10 月 17 日 ストラテジー マーケット分析 (グラフ13) 「3月・月中平均16,897円」 以上は戻り売りゾーン 日経平均と3月の月中平均 (円) 20,000 (出所) AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成 3月・月中平均 (16,897円) 19,000 日経平均 17613 (4/25) 18,000 17251 (5/31) 16938 (7/21) 17,000 17156 (9/5) 17074 (10/11) 16,000 15,000 14864 (6/24) 14865 (2/12) 14,000 13,000 1/4 (グラフ14) ストキャスティックスに ピークアウトのサイン 2/2 3/2 3/31 4/28 6/1 6/29 7/28 8/26 9/27 日経平均とストキャスティクス 350.0 (円) (出所) AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成 17,613 (4/25) 300.0 17,251 (5/31) 16,938 (7/21) 17,156 (9/5) 19,000 18,000 17,074 (10/11) 17,000 250.0 16,000 200.0 日経平均(右) 15,000 150.0 ストキャ・ファースト(左) (%) 14,000 ストキャ・スロウ(左) 100.0 13,000 50.0 12,000 0.0 11,000 3/1 3/30 4/27 5/31 6/28 7/27 8/25 9/26 能性も全否定はしないが、もしあったとしても、そこは格好の利喰い場となろ う。ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞する時代だ。「トランプ大統領」誕 生の可能性も、無視できるほど低くはない。何が起こるか分からない時代だ が、もし私が現役ファンドマネージャーならば、この水準からは売り上がる。 ファーストリテイリングとソフトバンクGで水膨れした日経平均に、これ以上何 を望むのか? 藤戸 則弘 投資情報部長 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 11 【重要な注意事項】 (本資料使用上の留意点について) ・ 本資料は当社が信頼できると考える情報ベンダーから取得したデータをもとに作成されておりますが、機械作業 上データに誤りが発生する可能性があります。当社はその正確性、完全性を保証するものではありません。ここに 示したすべての内容は、当社の現時点での判断を示しているに過ぎません。本資料は、お客様への情報提供の みを目的としたものであり、特定の有価証券の売買あるいは特定の証券取引の勧誘を目的としたものではありま せん。本資料にて言及されている投資やサービスはお客様に適切なものであるとは限りません。また、投資等に 関するアドバイスを含んでおりません。当社は、本資料の論旨と一致しない他のレポートを発行している、或いは 今後発行する可能性があります。本資料でインターネットのアドレス等を記載している場合がありますが、当社自 身のアドレスが記載されている場合を除き、アドレス等の内容について当社は一切責任を負いません。本資料の 利用に際してはお客様御自身でご判断くださいますようお願い申し上げます。 (利益相反情報について) ・ 当社および関係会社の役職員は、本資料に記載された証券について、ポジションを保有している場合がありま す。当社および関係会社は、本資料に記載された証券、同証券に基づくオプション、先物その他の金融派生商品 について、買いまたは売りのポジションを有している場合があり、今後自己勘定で売買を行うことがあります。また、 当社および関係会社は、本資料に記載された会社に対して、引受等の投資銀行業務、その他サービスを提供 し、かつ同サービスの勧誘を行う場合があります。 ・ 当社の役員(会社法に規定する取締役、執行役、監査役又はこれらに準ずる者をいう。)が、以下の会社の役員を 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