新・地方自治ニュース 2016 No.13 (2016 年 10 月 10 日) プライマリ・ケアと地域メッシュ情報の集積 自治体経営において、根幹となるのが地域への観察である。観察とは、注意深く知覚することであ り、地域のメッシュ情報(細かい網目情報)を得て、そこに潜む住民意識や住民行動を認識・蓄積す ることにある。こうした点は、経済産業活動だけでなく、公立病院の経営をはじめとして地方財政に 大きな影響を与える医療に関する計画策定とその実施においても不可欠である。 たとえば、医療計画は、日常の生活圏において必要とされる通常の医療の確保のため政府が作成す る整備計画であり、地域医療の効率化・体系化を図ること等を目的として医療法で根拠づけられてい る。この医療計画の体系に基づき、地域に医療を提供する体制の確保を明確化するため、地方自治体 でつくる計画が地域保健医療計画(以下「地域医療計画」)である。同計画でとくに重視される五疾 病(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病、精神疾患)・五事業(救急医療、災害時における医療、 へき地の医療、周産期医療、小児医療)についての充実が義務となっている。五疾病・五事業は、医 療連携に関して特に重要な範囲とされ、確実に医療計画を策定し実行することで地域での継続的な医 療提供の実現を目的としている。このため、計画の策定に関しては、地域の医療提供の現状を踏まえ、 今後の医療需要の推移等「地域の実情」に応じた内容とすることが必要となっている。地域の実情を 認識するためには、医療に関する恒常的なメッシュ情報の把握とそれを通じた観察がスタートライン となる。地域のメッシュ情報としては、地域金融機関の融資・経営指導等を通じた企業・商店等をめ ぐる情報が代表的である。しかし、そうした経済金融分野だけでなく、医療等の分野でも重要な課題 となっている。 ただし、観察を通じて地方自治体が地域の医療の実情を把握することは、極めて難しい状況にある。 実情の把握の前提として、「いかなる範囲と質」で把握し観察するのかを明確にする必要があること による。たとえば、病院の入院患者情報はもちろんのこと、入院から外来へと治療あるいは介護に移 行した患者のデータの把握も重要な課題となる。なぜならば、医療や介護の提供を施設から地域、あ るいはコミュニティ、家族へと機能を移行する流れの中で、外来へと治療を移行させた患者の医療・ 介護等の質など、体系的かつ継続的に着目し、情報として集積・共有することが地域医療の質及び機 能向上には大前提となるからである。 たとえば、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病、精神疾患の四疾病は、保健統計等で疾病別、都道府県 別のデータが把握されており、基幹統計である患者調査のデータに基づく分析が可能である。しかし、 外来へと移行した患者に対する治療の質等に関するデータは、精神疾患に関する三カ月以内再入院率 等限られた公式統計による情報に依存する現状にある。外来中の患者に関するデータが少ない背景に は、諸外国のようなプライマリ・ケアの機能が依然として相対的に不足している点がある。日本では、 専門ごとの縦割りで医療サービスの入口が無数に存在する「病院医療重視のフリーアクセス型」方式 となっている。フリーアクセス型は、膨大・複雑な医療制度の中で患者の選択が自由に展開されるこ とで、患者と医療機関双方に負担が大きくなりやすい。世界保健機関(World Health Organization: WHO)もプライマリ・ケアを重視する姿勢となっており、総合診療を中心としたプライマリ・ケア 重視の潮流が高まっている。プライマリ・ケアは、健康指標の改善、医療費の減少と患者満足度の向 上、費用対効果の改善、診療の継続性・包括性の向上、不正医療の是正等の効果が期待される。外来 患者等に関するデータ不足に対し、たとえば、栃木県では既存の県民健康・栄養調査における質問で 糖尿病の外来治療中における治療中断率に関する県内データを取得するほか、広島県呉市の国保医療 費適正化の取組は、被保険者の健康に関するデータを電子データ化するとともに、データに基づいた 健康指導によって被保険者の重篤化を防ぐための入院以外のデータ蓄積等先行的に取り組んできた。 健康診断による予防領域の充実も含め、情報化において地域の実情に合わせたデータを独自に取得、 取得したデータを分析し医療行政に反映する取組みが一段と重要となっている。健康診断受診率向上 においても、健康診断の種類別受診率の違い等に着目・分析し、住民の意識を掘り起こす等の取組み が重要となる。 © 2016 FUJITSU RESEARCH INSTITUTE
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