基礎数学演義2・第 3 回 (2016 年 10 月 7 日) §3. 述語論理 数学における定理や定義は“ すべての∼について…であるような―が存在する ”という形で 記述されることが少なくない。この節では、 “ すべての∼について… ”や“ …であるような―が 存在する ”という形をした命題について学ぶ。 ● 3 - 1 : 命題関数 x についての主張 (条件) P (x) が集合 X を定義域とする命題関数(propositional function) であるとは、P (x) における x のところに、X の元 x0 を代入して得られる主張 P (x0 ) が、す べての x0 ∈ X について命題となるときをいう。x をその命題関数の(X 内を動く)変数と呼 ぶ。変数 x は好きな文字に変えても構わない。 同じ主張であっても、定義域が異なっていれば、異なる命題関数と考える。これは、命題関 数を x についての主張 P (x) とその定義域 X との組 (P (x), X) として捉えるということで ある。 例 3 - 1 文字 x についての次の条件を考えよう。 P (x) : x + 3 < 7 (x + 3 は 7 より小さい) この P (x) は R を定義域とする命題関数と見ることができると同時に、Q を定義域とする命題 関数と見ることもできる。 ● 3 - 2 : 全称命題と存在命題 集合 X を定義域とする命題関数 P (x) が与えられたとき、次のような2つの命題を作るこ とができる。 1 すべての x ∈ X について P (x) である。 ● 2 ある x ∈ X について P (x) である。 ● 1 の形の命題を全称命題(universal proposition)といい、● 2 の形の命題を存在命題(exis● tential proposition)という。 全称命題は記号で ∀ x ∈ X, P (x) または P (x) for ∀ x ∈ X または P (x) for all x ∈ X のように書き表わす。これらの記号は、 “ 任意の x ∈ X に対して、P (x) である ”とか“ どのよ うな x ∈ X に対しても、P (x) である ”などとも読む。 全称命題「∀ x ∈ X, P (x)」が真であるのは、X のどのような元 x0 に対しても P (x0 ) が 真であるときであり、全称命題「∀ x ∈ X, P (x)」が偽であるのは、P (x0 ) が偽であるような x0 ∈ X が少なくとも1つ存在するときである。 一方、存在命題は記号で ∃ x ∈ X s.t. P (x) または P (x) for ∃ x ∈ X –9– または P (x) for some x ∈ X 基礎数学演義2・第 3 回 (2016 年 10 月 7 日) のように書き表わす。これらの記号は、 “ ある x ∈ X が存在して、P (x) である ”とか、 “ P (x) であるような x ∈ X が存在する ”などとも読む。 存在命題「∃ x ∈ X s.t. P (x)」が真であるのは、P (x0 ) が真であるような元 x0 ∈ X が少な くとも1つ存在するときであり、存在命題「∃ x ∈ X s.t. P (x)」が偽であるのは、X のどのよ うな元 x0 に対しても P (x0 ) が偽であるときである。 全称命題と存在命題の真偽は、定義域である集合 X に依存する、ということに注意する。 例 3- 2 P (n):n は素数である。 とおく。各自然数 n0 ∈ N について、P (n0 ) は命題となる。N の部分集合として、 A := { n ∈ N | n は偶数 }, B := {2, 3, 5, 7, 11, 13} を考える。 (1) 全称命題「∀ n ∈ A, P (n)」は偽であり、存在命題「∃ n ∈ A s.t. P (n)」は真である。 (2) 全称命題「∀ n ∈ B, P (n)」は真であり、存在命題「∃ n ∈ B s.t. P (n)」も真である。 解; (1) 4 は偶数なので集合 A に属しているが、素数ではないので、P (4) は偽である。したがっ て、全称命題「∀ n ∈ A, P (n)」は偽である。一方、2 ∈ A は素数なので、P (2) は真である。 したがって、存在命題「∃ n ∈ A s.t. P (n)」は真である。 (2) 集合 B は自然数 2, 3, 5, 7, 11, 13 からなっており、そのいずれも素数である。つまり、命題 P (2), P (3), P (5), P (7), P (11), P (13) はいずれも真である。したがって、全称命題「∀ n ∈ B, P (n)」は真である。特に、B の元 2 について P (2) は真であるから、存在命題「∃ n ∈ □ B s.t. P (n)」も真である。 ● 3 - 3 : 「任意」と「存在」の両方を含む命題の意味の取り方とその真偽の判定 定義や定理における主張は、「任意」と「存在」の両方が含まれることが多い。そこで、「任 意」と「存在」が混在する命題の意味の取り方とその真偽の判定の仕方を練習しよう。 次の2つの命題を考える。 P : ∀ x ∈ [−1, 1], ∃ y ∈ R s.t. x2 + y 2 = 1. Q : ∃ y ∈ R s.t. ∀ x ∈ [−1, 1], x2 + y 2 = 1. P と Q の違いは ∀ と ∃ の順番だけであるが、それらが意味する内容は異なる。実際、P は 「任意の実数 x ∈ [−1, 1] に対して、 “ x2 + y 2 = 1 であるような実数 y が存在する ”」 ということを意味する命題であるが、Q は、 「“ 任意の実数 x ∈ [−1, 1] に対して、x2 + y 2 = 1 である ”ような実数 y が存在する」 – 10 – 基礎数学演義2・第 3 回 (2016 年 10 月 7 日) ということを意味する命題である (句読点とクォーテーションマークの位置に注意!)。違いは、 P における y は x ∈ [−1, 1] の選び方によって変わってもよいのに対し、Q における y は x に 無関係でなければならない所にある。 命題の主張を正しく読み取るためのポイントは、「左から順に読む」ということである。論 理記号を使って書かれた命題が、英語の文を記号化したものだからである。 最初に命題 P について説明する。 P : ∀ x ∈ [−1, 1], ∃y ∈ R ∥ 集合 [−1, 1] に 属するどのような 元 x に対しても ( ∥ 適当に実数 y を選べば x2 + y 2 = 1 s.t. ::::::: :::::::::::: ↑ ) y が上の条件を満たす 命題 P は“ ∀ x ∈ [−1, 1] ”で始まっているので、 “ 集合 [−1, 1] に属する任意の元 x に対し て ”、つまり、 “ 集合 [−1, 1] の中から元 x を任意にとったときに ” 「これこれしかじか」であ るということを主張する命題であることがわかる。その次に書かれている“ ∃ y ∈ R ”は、どう いうものかはわからないが何か実数 y が存在する、ということを意味している。そして、それ に続く“ s.t. ”=“ such that ”以下で、その実数 y の満たすべき条件が述べられている。今の場 合は“ x2 + y 2 = 1 ”と書かれているので、 “ ∃ y ∈ R s.t. x2 + y 2 = 1 ”で“ x2 + y 2 = 1 を満た すような実数 y が存在する ”という意味になる。結局、P は どのような x ∈ [−1, 1] に対しても“ x2 + y 2 = 1 を満たすような実数 y が存在する ” ということを意味する命題であることがわかる。 次に命題 Q について説明する。 Q : ∃y ∈ R ::::::: ( ∀ x ∈ [−1, 1], s.t. ∥ 適当に実数 y を選べば ↑ ) ( x2 + y 2 = 1 y が上の条件を満たす ∥ 集合 [−1, 1] に属するどのような元 x に対しても x2 + y 2 = 1 である ) 命題 Q は“ ∃ y ∈ R ”で始まっているので、どういうものかわからないがとにかく実数 y が 存在する、ということを主張していることがわかる。その次に“ s.t. ”とあるので、その実数 y というのは、 “ s.t. ”以下の条件を満たすものであることがわかる。今の場合、 “ s.t. ”以下には “ ∀ x ∈ [−1, 1], x2 + y 2 = 1 ” (=“ [−1, 1] に属するすべての x に対して x2 + y 2 = 1 である ”) と書かれているので、すべてをつなげて、Q は “ [−1, 1] に属するすべての x に対して x2 + y 2 = 1 である ”ような実数 y が存在する ということを主張する命題であることがわかる。 – 11 – 基礎数学演義2・第 3 回 (2016 年 10 月 7 日) 例 3 - 3 上で述べた2つの命題 P : ∀ x ∈ [−1, 1], ∃ y ∈ R s.t. x2 + y 2 = 1 Q : ∃ y ∈ R s.t. ∀ x ∈ [−1, 1], x2 + y 2 = 1 について、 P は真の命題である。一方、Q は偽の命題である。 解; P が真であることを示す。そのためには、x0 ∈ [−1, 1] を任意に1つ取ったときに、 ∃ y ∈ R s.t. x20 + y 2 = 1 が成り立つことを示せばよい。 √ x20 + y 2 = 1 を y に関して解くと、y = ± 1 − x20 である。そこで、 √ y0 := 1 − x20 とおくと、−1 ≤ x0 ≤ 1 により、y0 は実数になり、x20 + y02 = 1 を満たしていることがわかる。 よって、P は真の命題である。 Q が偽の命題であることを示す。そのためには、 ∀ x ∈ [−1, 1], x2 + y02 = 1 · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · (∗) を満たす y0 ∈ R が存在しないことを示せばよい。これを背理法で示そう。 (∗) を満たす y0 ∈ R が存在すると仮定する。すると、(∗) は x = 1 のときにも x = 0 のとき にも成り立つことになるので、12 + y02 = 1 と 02 + y02 = 1 が同時に成り立たなければならない。 12 + y02 = 1 を解くことにより y0 = 0 であることがわかる。一方、02 + y02 = 1 を解くこと により y0 = 1 かまたは y0 = −1 であることがわかる。y0 = 1 であっても y0 = −1 であって も 0 でないことには変わりがない。ここに、y0 = 0 であるということと y0 ̸= 0 であるという ことが同時に成立することになり、矛盾が生じた。よって、背理法の仮定は誤りであり、(∗) を 満たす y0 ∈ R は存在しないことがわかった。 □ 上の例でわかるように、順番を入れ換えてしまうと、まったく違った意味の命題になってし “ ∀ ”と“ ∃ ”が混在 まうので、“ ∀ ”と“ ∃ ”が混在する命題においてその順番が大切である。 する命題を読み書きするとき、∃ と ∀ の順番をむやみに入れ替えないように気をつけよう。 – 12 – 基礎数学演義2 第3回・ワークシート( 初 ・ 再 ) 学籍番号 2016 年 10 月 7 日 氏 名 Q1. 文字 x に関する条件 P (x):−7 ≤ x + 3 < 7 を考える。各実数 x0 ∈ R に対し、P (x0 ) は命題となる。 A = { x ∈ R | x > 0 } とおくとき、全称命題“ ∀ x ∈ A, P (x) ”と存在命題“ ∃ x ∈ A s.t. P (x) ” のそれぞれについて、真であるか偽であるかを判定せよ。 Q2. 次の記号化された 2 つの命題の主張を、論理記号 ∀, ∃, ⇒ および ∈, Z, R を用いずに文 章で書け。 (1) ∀ α ∈ R, ∃ n ∈ Z s.t. n ≤ α < n + 1. (2) ∃ n ∈ Z s.t. ∀ α ∈ R, n ≤ α < n + 1. Q3. 次の 2 つの命題 P, Q について以下の問いに答えよ。 P : ∀ a ∈ R, ∃ x ∈ R s.t. x2 + x + a = 0. Q : ∃ a, b ∈ R s.t. ∀ x ∈ R, ax + b = 2. (1) 命題 P, Q はどんな意味の命題か。∀, ∃, ⇒ などの論理記号を使わずに、それぞれを文 章に書き換えよ。 (2) 命題 P の真偽を判定せよ。 (3) 命題 Q の真偽を判定せよ。 基礎数学演義2・小テスト [第3回] 学籍番号 2016 年 10 月 7 日 氏 名 Q1. 集合 A = {{1}, {4}}, B = {{1, 4}} について A ⊂ B が成り立つか否かを、簡単な理由を つけて答えよ。 Q2. x に関する条件 P (x) : x が有理数ならば x > 0 である について考える。P (x0 ) が真となるような実数 x0 の全体からなる集合を求めよ。 Q3. 次の定理を「初期設定」「仮定」「結論」の 3 つの部分に分けよ。 定理 「x, y が |x| + |y| < 1 を満たす実数ならば、x2 + y 2 < 1 である」
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