Economic Trends マクロ経済分析レポート 「0%長期金利」で財政はどうなるか 発表日:2016年10月3日(月) ~政府中長期試算をベースにしたシミュレーション~ 担当 第一生命経済研究所 経済調査部 副主任エコノミスト 星野 卓也 TEL:03-5221-4547 (要旨) ○日本銀行の長期金利ターゲットが継続した場合、利払費の減少を通じて財政赤字縮減要因となることが 見込まれる。政府の公表している財政試算に日銀の金融政策を織り込むと、物価が2%に達して長期金 利ターゲットが終了する経済再生ケース(高成長シナリオ)よりも、長期金利ゼロが継続するベースラ インケース(低成長シナリオ)の方が、将来の財政収支が改善するという試算結果となる。試算終点の 2024 年度時点では、金利前提の変更によって 12 兆円程度(GDP 比 2.0%pt)の財政赤字が圧縮される。 ○一方、ストック指標の公債等残高GDP比は金利修正前後で大きく変わらず、高成長シナリオの方が明 確に低下する。次の中長期試算において、日本銀行の緩和政策が織り込まれ、本稿試算に近い結果が公 表されるかは不透明ではある。財政目標の基準指標に関する議論が再燃する可能性もあるとみられ、来 年初にも見込まれる中長期試算の改定には注目しておきたいと考えている。 ○日銀緩和を中長期財政試算に反映してみる 日本銀行は9月の総括的検証を経て、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入を決定した。主軸 に据えられているのは、物価目標の達成まで 10 年債利回りに操作目標を設ける「長期金利ターゲット」の導 入である(現在の目標値はゼロ%)。 この政策で、実際に物価上昇が達成されるのかどうか、という点については市場でも様々に意見が分かれ ているところではある。しかし、少なくとも 10 年債利回りが長期間に亘って抑制されれば、利払費の縮減を 通じて財政面への影響は確実に生じてくるだろう。以下では、政府の財政見通しである「中長期の経済財政 に関する試算(2016 年7月公表)」をベースに、今回の新・日銀スキームの織り込みを試みた。 ○低成長シナリオの方が財政収支が改善? 具体的には、以下の2つの要素を前提に簡易的なシミュレーションを行った。①2016 年度以降の長期金利 を0%に固定、②物価上昇率が2%に達した翌年以降の長期金利は7月試算公表値と同値(長期金利ターゲ ットの中止を想定)。政府は2種類のシナリオを公表しているが、経済再生ケース(高成長シナリオ)では、 CPI上昇率は 2018 年度に2%に達するため、19 年度以降の長期金利は公表値と同値となるi。一方、ベー スラインシナリオ(低成長シナリオ)では、試算期間終点の 2024 年度までCPI上昇率は2%に達しないた め、長期金利は 2016 年度以降ゼロ%が続く。なお、償還、借換が行われる債券から順次低金利の影響が波及 してくるため、金利低下の影響は利払費に漸進的に及ぶ。長期に亘って低金利が続く場合、低金利で発行さ れる債券の増加を通じて、その影響は徐々に大きくなっていく。なお、実際には金利の変化によって名目G DP、それを通じて基礎的財政収支などその他の値にも影響が及ぶと考えられるが、今回の試算ではその点 は考慮していない。あくまで長期金利の変化による利払費の変化のみを反映させた試算である。 結果を資料2に示した。「経済再生ケース」の場合には長期金利ゼロの期間が2年間にとどまることもあ り、各年度の財政収支のGDP比は+0.2%pt~+0.5%pt 改善する程度である。しかし、長期金利ゼロが続 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 1 く「ベースラインケース」の場合には、試算期間の 2024 年度時点では金利修正によって 11.8 兆円(GDP 比で 2.0%pt)財政赤字が縮小する。その結果「経済再生ケース」で示される財政収支よりも、長期金利ゼ ロの継続を前提とした「ベースラインケース」の方が、財政収支の赤字幅が小さくなるという結果となった。 資料1.長期金利の前提(左:ベースラインケース、右:経済再生ケース) (%) (%) 5 5 4.5 4.5 4 4 ベースライン (7月公表値) 3 3 2.5 2.5 2 2 1.5 ベースライン (長期金利ゼロ 反映) 2024 2023 2022 2021 2020 2019 2018 2014 2024 2023 2022 2021 2020 2019 2018 0 2017 0 2016 0.5 2015 0.5 2014 経済再生 (長期金利 ゼロ反映) 1 2017 1 2016 1.5 経済再生 (7月公表 値) 3.5 2015 3.5 (出所)内閣府「中長期の経済財政に関する試算」 資料2.日本銀行の長期金利0%ターゲットを反映した財政収支(左)、公債等残高(右)のGDP比の試算 (名目GDP 比・%) 205 (名目GDP 比・%) 0 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023 2024 -1 ベースライン 7月時点 -2 200 ベースライン 7月時点 195 190 -3 ベースライン 長期金利ゼロ 反映 -4 経済再生 7月 時点 175 ベースライン 長期金利ゼロ 反映 185 180 -5 経済再生 7月 時点 170 経済再生 長期 金利ゼロ反映 165 -6 -7 経済再生 長期 金利ゼロ反映 160 155 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023 2024 (出所)内閣府「中長期の経済財政に関する試算」をベースに第一生命経済研究所試算。 (注)シミュレーションの前提:経済再生ケースは 2016・17・18 年度まで長期金利 0%。消費者物価上昇率が2%に達した翌 年の 2019 年度以降の長期金利は政府試算公表値と同値。ベースラインケースでは 2016 年度以降の長期金利はすべて 0%。基 礎的財政収支は政府試算公表値と同値。中長期試算の利払費と名目長期金利、公債等残高の関係を基に、金利変化時の純利払 費(基礎的財政収支と財政収支の差分)を算出(10 年以外の年限の金利は具体的に設定していない)。具体的には、実効純利 払費率(t期)=純利払費(t期)/公債等残高(t-1期)とし、実効純利払費率(t期)=α×実効純利払費率(t-1期) +β×名目長期金利(t期)を、2017-2024 年度の内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(経済再生ケース)の値を基に 推計。推計結果は以下の通り。()内はt値。α=0.883(13.65)、β=0.105(4.108) adjR*R=0.988、D.W.=0.345。実 際の利払費は発行する債券の年限などによっても上下するため、試算結果は一定の幅を持ってみる必要がある。 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2 ○来年の新試算の結果に注目 実際にこうした試算が公表された場合、その解釈は複雑だ。少なくとも財政収支のみをみて、“低成長下 で長期に亘って金融緩和を続けた方が財政には良い”とするのはあまりに短絡的だろう。資料2右図で示し たように、ストック指標の公債等残高GDP比で見た場合、分母の名目GDP改善によって数値全体により 大きな押し下げ圧力が掛かるため、高成長シナリオの方が明確な低下をみせる。またそもそもとして、こう した金利の抑制によってもたらされる財政収支の改善は、本来民間部門が得るはずだった金利収入の政府へ の移転によるものとも解釈できる。金利ターゲット政策の長期化する低成長シナリオ自体が、民間部門の損 失を生んでいる点で資源配分を歪めているとの批判もあろう。 解釈が複雑になる中で、基礎的財政収支や財政収支、公債等残高GDP比といったさまざまな財政指標を 複合的に見て、財政の良し悪しを判断すべき、との論調が再び強まることにはなるかもしれない。現在の財 政再建計画は「基礎的財政収支の黒字化」を第一義的な目標としているが、過去にはストック指標も基礎的 財政収支同様に重視すべき、との論調が強まった経緯がある。資料2右図でも示しているように、ストック 指標の方が名目GDPの増加が目に見える形で指標の改善に繋がることから、経済成長の効果をより強く反 映する「成長重視」型指標の性格を有しているii。 実際の中長期試算において、日本銀行の緩和政策が織り込まれ、本稿試算に近い結果が公表されるかどう かは不透明だ。ただ、中長期試算は政府の財政見通しに対する公式見解を示す性格も有しているため、財政 政策の方向性に影響を与えうることは確かである。次回の中長期試算は、通例に従えば来年1-2月に公表 される。普段は基礎的財政収支の試算に注目が集まるが、今回の日銀の金融政策をどう反映させるのかも含 め、財政収支にも注目しておきたいと考えている。 以上 i このため、長期金利は 2018 年度から 19 年度に 0%から 2.7%に急上昇する。実際にはこうした事態を避けるた め、出口の際には長期金利目標値の緩やかな引き上げなど、何らかの激変緩和措置が検討されることも想定される が、そうした点は今回の試算では勘案していない。 ii 弊著 Economic Trends「債務残高GDP比目標」で何が変わるのか~“成長重視”へのレジームチェンジ?~」 (2015 年 2 月 5 日発行)(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/rashinban/pdf/et14_229.pdf)でも解説し ています。 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3
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