「グリーンリース」と 「不動産のESG投資」

Special
特
集
環 境 不 動 産 考 察
「グリーンリース」と
「不動産の ESG 投資」
堀江 隆一
CSR デザイン環境投資顧問株式会社
代表取締役社長
1.はじめに
~グリーンリースとESG 投資
「グリーンリース」
という言葉をご存知でしょうか。
「グ
リーン」は環境配慮 、
「リース」は不動産の賃貸借契
こうした背景の中、わが国でも、オーストラリア、英
国などグリーンリースが普及している国の事例を参考
とし、本年 2月に国土交通省の主導 、環境省・経済産
業省の協力の下 、
「グリーンリース・ガイド」が公表さ
。
れました(図表 2 )
約を指します。すなわち、
「グリーンリース」は、
「ビル
筆者は、国土交通省の環境不動産普及促進検討
オーナーとテナントが協働し、不動産の省エネなどの
委員会において、グリーンリース・ガイドの編纂に携
環境負荷の低減や執務環境の改善について契約や
わってきたため、本稿では、主にその内容を説明し、
覚書等によって自主的に取り決め、取り決め内容を実
グリーンリース普及のための政策も紹介します。
践すること」をいいます。ビルオーナーとテナント双方
また、昨秋 、年金積立金管理運用独立行政法人
が光熱費削減等の恩恵を受け、Win-Winの関係を
実現していくものです。
既存ビルの省エネ・環境性能を向上させるには、テ
図表1 建築・不動産部門からの CO2 排出量の推移
ナントの協力が不可欠で、グリーンリースは、そのため
の重要なツールと考えられています。2015 年 12月の
パリ協定において、産業革命前からの気温上昇を
2℃より十分に低く抑えることが、世界共通の目標とし
て掲げられました。わが国の温室効果ガス排出削減
目標は、2030 年度までに26%減( 2013 年度比 )
です
が、近年、CO2 排出量が増加傾向にある「業務その
他部門 」(オフィスなど)
および「 家庭部門 」では、
40%減とされており、建築物の省エネ・低炭素化には
。
高い期待が寄せられています(図表1 )
30
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
出典:環境省
●特集 環境不動産考察
( GPIF )
が、環境・社会・ガバナンス( ESG )
への配
でのグリーンリースへの言及
レームワーク」)
(図表 3 )
慮を投資に組み込む「 責任投資原則 」( PRI )
に
を踏まえて、
「 不動産のESG 投資 」におけるグリーン
署名して以来 、わが国においても、ESG 投資への注
リースの位置づけを考察します。
目が急速に高まっています。筆者は、PRIとその発足
最後に、今後 、日本でグリーンリースが普及していく
をサポートした国連環境計画金融イニシアティブ
ための課題と提案を述べることとします。
( UNEP FI )
にもアドバイザーなどとして関わってきた
ことから、
UNEP FI 、
PRIなどが共同で発行した「持
続可能な不動産投資~パリ協定を実行するための
行動フレームワーク」(「 持続可能な不動産投資フ
2.グリーンリースの対象と
そのメリット
グリーンリースの対象
図表2「グリーンリース・ガイド」
(左 )
と
「グリーンリース・リーフレット」
(右 )
図表3「持続可能な不動産投資~
パリ協定を実行するための
行動フレームワーク」
は、省エネルギー /CO2
排出削 減を中心に、節
水 、廃棄物の削減 、利用
者の快適性の向上なども
含まれます。ビルの用途
は、オフィスビルのほか、
商業施設や物流施設な
どでも適用することができ
ます。
ビルオーナーとテナント
にとって、グリーンリースの
出典:国土交通省・環境不動産ポータルサイト
図表4グリーンリースのメリット
出典:国連環境計画金融イニシアティブ
メリットは次のとおりです
。
(図表 4 )
まず、両者に共通する
メリットとしては、コスト削
減が考えられます。設備
機器の効率的な運用や
環境性能が高い設備の
導入により、光熱費や維
持管理コストを削減できま
す。
次にビルオーナーとして
は、ビルの環境性能の向
上に伴い、中長期的な資
産価値の維持・向上を期
待することができます。ま
出典:グリーンリース・ガイド
たテナントにとっては、適
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31
Special
切な照明や快適な空調設備などにより、執務環境改
。
ります(図表 6 )
善のメリットがあります。この点は、そのビルで働く従
業員の健康や生産性の向上にもつながります。
さらに、両者のメリットとして、省エネ法や東京都環
境確保条例などで求められる省エネや低炭素に貢
4.「運用改善のグリーンリース」と
「改修を伴うグリーンリース」
献するとともに、環境に配慮した企業として、企業の
グリーンリースには、上記で説明した「 改修を伴う
CSR 効果も期待できます。また、そもそもビルオーナー
グリーンリース」と、ビルの運用における省エネ・環境
とテナントに対話がない場合など、対話を始めるきっ
配慮面での幅広い協力を取り決める「運用改善のグ
かけとなり、両者の関係性の構築・深化
に役立ちます。
このように、グリーンリースは、ビル
図表5ビルオーナーとテナントの動機の不一致
オーナーとテナントの両者に、コスト削減
とそれ以上のメリットをもたらすものと期
待されます。
3.グリーンリースが
求められる理由
それでは、グリーンリースはなぜ重要
なのでしょうか。
昨今では、一般的に、新築時には比
較的環境性能が高いビルが建てられる
傾向にありますが、既存ビルについては
環境性能の低いまま放置されてしまい
がちです。既存ビルの改修投資が進ま
出典:グリーンリース・リーフレット
図表6グリーンリースの費用削減効果
ない原因については、ビルオーナーとテ
ナントの「 動機の不一致 」問題が、か
。
ねてより指摘されています(図表 5 )
このような問題を解消し、Win-Winの
関係を構築する取組がグリーンリースで
す。たとえば、改修後の省エネ効果の
一部をテナントがビルオーナーに対してグ
リーンリース料として還元することで、ビ
ルオーナーは改修投資に踏み切りやすく
なります。テナントとしても、グリーンリー
ス料の支払いを含めても改修前より光
熱費が下がるため、費用削減効果があ
32
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
出典:グリーンリース・リーフレット
●特集 環境不動産考察
リーンリース」があります(図表 7 )
。
標管理まで行えば、
より本格的と言えるでしょう。
主な流れとして、まず両者が協働して環境負荷の
なお、環境認証の取得に関する協力は、ビルオー
低減や執務環境の改善に取り組み、場合によっては
ナーとテナントの共通目標として、海外のグリーンリー
その取組が進展し、省エネ改修を行ってテナントがそ
スで取り上げられることが多い項目です。一方 、日本
のコスト分担をすることに合意することが想定されま
で使われる各種の環境認証・評価では、グリーンリー
す。この場合 、
「 改修を伴うグリーンリース」は「 運
用改善のグリーンリース」における協働関係をより具
図表7運用改善と改修のグリーンリース
体的に発展させた形と考えられます。また改修の効
果を高めるためには、運用改善の継続が重要なた
め、両者は一体的に捉えるとよいでしょう。
5.グリーンリースの手順
5-1.運用改善のグリーンリースの手順
グリーンリースの手順については、計画( PLAN )
→実行( DO )
→評価( CHECK )
→改善( ACT )
出典:グリーンリース・ガイド
図表8運用改善のグリーンリースの PDCA
のPDCAサイクルに沿って整理することができ、運用
改善のグリーンリースから、その手順を説明します
。
(図表 8 )
(1)
PLAN :グリーンリースの目的と対象の確認
「ビルの省エネを推進したい」、
「環境認証を取得
し、差別化を図りたい」、
「テナントからの執務環境改
善の要望に対応したい」など、グリーンリースに取り組
む目的に応じて、対象と契約の検討項目が決まってきま
す。たとえば、ビルの省エネ推進が目的であれば、エ
ネルギー消費量についての情報共有や目標設定、省
エネラベリングの取得などが、検討項目となるでしょう。
(2)
DO : 契約条項の検討と実践
出典:グリーンリース・ガイド
図表9運用改善のグリーンリースの取組項目例
運用改善のグリーンリースの契約条項としては、図
表 9に示した項目があげられます。
一般的には、
「 環境配慮や利用者の快適性向上
に関する協力」や、
「エネルギー消費量データなどの
共有 」が、まず取り組みやすい項目になろうかと思い
ます。「消費量削減や環境認証の取得などの共通目
標を設定 」し、
「省エネ・環境協議会の開催 」により目
出典:グリーンリース・ガイド
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Special
スの取組自体が、認証・評価の取得・向上に寄与します
。
(図表10 )
契約形態としては、賃貸借契約の本文や特約条
項への記載 、または覚書の締結のいずれでも、基本
5-2.改修を伴うグリーンリースの手順
次に、改修を伴うグリーンリースの手順を、同様に
。
PDCAに沿って説明します(図表11 )
(1)
PLAN : 案件選定と削減効果シミュレーション
的な効力に変わりはありません。グリーンリース・ガイド
「改修を伴うグリーンリース」の第一歩は、対象とな
には契約の雛型や、契約条項に関するQ&Aも添付
る案件( 物件 、テナント、設備 )
の選定です。検討を
されていますので、ぜひご参照ください。
始める状況としては、次のような場合が考えられます。
テナントとの交渉を経て、グリーンリース契約が締結
された後は、契約条項を実践することになります。た
とえばエネルギー消費量データなどの共有について
は、エネルギー消費量などを「見える化 」するシステ
• 設備の更新期ではないが、最新設備と比べると省
エネ性能が劣っている場合
• 設備更新に伴い、標準的な設備よりも省エネ性能
が高い設備を導入する場合
ムを導入できれば理想的ですが、テナントとの協議会
の場で報告する、エレベーターホールに掲示するなど
の方法によっても行うことができます。
図表10 環境認証におけるグリーンリースの評価
(3)
CHECK : 協議会による進捗状況モニタリング
データ・情報の共有や、目標に対する進捗状況の
確認のために、
ビルオーナー、テナント、
ビル管理会社
が参加する「省エネ・環境協議会 」などを設置し、定
期的に話し合いの場を持つとよいでしょう。協議会に
おいては、エネルギー消費量などの情報共有ととも
に、削減目標や環境認証取得といった目標に対する
進捗状況をお互いに確認し、目標達成のために必要
な対策を話し合います。
出典:グリーンリース・ガイドを元に筆者が作成
図表11 改修を伴うグリーンリースの PDCA
(4)
ACT : 契約条項の見直し
ビルオーナーとテナントの話し合いの結果に応じ、グ
リーンリース契約の内容について見直しを行っていき
ます。たとえば、省エネについて話し合う中で、テナン
ト専用部の照明や空調の改修について合意がなされ
るかもしれません。この場合には、
「 改修を伴うグリー
ンリース」の検討に進むことになります。
また、環境認証の取得を目指す過程で、省エネだ
けでなく、節水や廃棄物削減 、利用者の快適性の向
上を追加していくこともあるでしょう。
出典:グリーンリース・ガイド
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ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
●特集 環境不動産考察
• 「 運用改善のグリーンリース」の取組の結果 、設
図表12 投資回収年数のシミュレーション方法
備改修に合意した場合
年間エネルギー消費削減量 (kWh) × エネルギー料金単価(円)
上記にあてはまるような案件を選定したら、改修前
=年間省エネ金額(円)
後のエネルギー消費量削減効果と、テナントの分担
割合に応じたビルオーナーの投資回収期間のシミュ
レーションを行います。
たとえば、照明の改修の場合には、1 台あたりの消
費電力( W )
と台数 、年間の点灯時間がわかれば、
初期投資金額(円)×(1-テナントのコスト分担割合(%)
)
年間省エネ金額(円)
= 投資回収年数(年)
出典:グリーンリース・ガイド
図表13 グリーンリース料の設定方法
設定方法
改修前後における年間電力消費量の削減幅は比較
的簡単に計算することができます。年間エネルギー
消費削減量がわかれば、次の算式で、投資回収年
。
数の簡易シミュレーションが可能です(図表12 )
定額制
削減連動制
従量制
(2)
DO : 契約内容の検討と実践
一定額とする方法
(㎡あたり月〇円)
改修前の電力使用実績を基準とし、改修後の電力
使用実績の削減分の一定割合とする方法
(削減された電力料金の〇%相当額)
実際の電力使用実績に応じた金額とする方法
(1kWh あたり〇円)
出典:グリーンリース・ガイドを元に筆者が作成
次に、シミュレーションの結果を元に、グリーンリース
料の設定方法や設定期間についてテナントと話し合
い、契約を締結するプロセスに入ります。
(4)
ACT : 運用改善の継続
しっかりしたシミュレーションを行った上で設備改修
グリーンリース料の設定方法としては、図表13に示
を行えば、概ね当初想定どおりの省エネ効果を得られ
したいくつかの方法が考えられます。いずれの方法
ると思われますが、最新設備の導入効果をさらに高
にしても、グリーンリース料は、仮に省エネ効果が当初
めるためには、運用改善を継続することも大切です。
予想を下回った場合でも、テナントにメリットが残る水
「 改修を伴うグリーンリース」を実施した後に「 運用
準に設定するとよいでしょう。また、グリーンリース料
改善のグリーンリース」を継続することで、改修効果
の設定期間については、設備の陳腐化を考慮する
が最大限に発揮されると考えられます。
と、耐用年数よりは短い5~ 10 年程度が妥当と思わ
れます。
グリーンリース料の設定方法 、設定期間について
6.グリーンリースの取組事例
合意ができたら、契約を締結します。契約締結後は、
グリーンリースは、2005 年にオーストラリアで実践さ
通常の改修と同様に改修工事を行い、改修後には、
れたのが最初と言われており、その後 、各国に広まっ
合意したグリーンリース料の支払いが始まります。
ています。近年は、日本でもグリーンリースの取組事
例が出てきています。
(3)
CHECK : テナントへの削減実績フィードバック
グリーンリース開始後には、当初の削減効果シミュ
レーションどおりの省エネ効果が出ているかどうかを確
6-1. 海外の取組事例
(1)
オーストラリア
認しましょう。月々の実際のエネルギー消費量や削減
オーストラリアの大手不動産会社であるインベスタ
幅を、事前のシミュレーション結果と比較した形でテナ
社では、
2005 年以来グリーンリースを推進しています。
ントにフィードバックすることで、テナントの納得感が得
同社は、オフィスビル運営の基本的な目的には、快適
やすくなります。
性や環境パフォーマンスの向上まで含まれると考えて
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Special
おり、賃貸借契約には環境上の目標や協調を求める
ギー消費状況に関する情報交換や、省エネ改修工
条項が必ず組み込まれています。最近では、テナント
事を行う際のビルオーナーのテナント専用部への立ち
が得ている利益の範囲で、ビルオーナーがテナントか
入りの権利などです。
ら設備投資分を回収することを認める「改修を伴うグ
リーンリース」を含むように発展しています。
ジョーンズラングラサール社( JLL )が毎年公表し
ている「 JLL 不動産サステナビリティ透明度インデッ
また同社は、メルボルン市 、シドニー市 、ニューサウ
クス」では、37か国中フランスが首位に位置付けられ
スウェールズ州政府などと共に、業界全体へのグリー
ており、その理由の1つに、グリーンリースの義務化政
ンリースの普及に努めました。これが、2010 年のオー
策が挙げられています。
ストラリア連邦政府によるグリーンリース契約書ひな型
の策定につながり(図表14 )、その後 、政府機関がテ
ナントとして入居する際には、環境認証(省エネラベリ
ング)
の取得・維持などを内容とするグリーンリース契
約の締結が義務づけられています。
6-2. 国内の取組事例
わが国でも、ここ数年「改修を伴うグリーンリース」
の事例がいくつか見られるようになりました。
その先駆けと言えるのが、2011 年の瀬川ビル( ㈱
昌平不動産総合研究所が保有 )
におけるビルオー
(2)
英国
英国では、同国最大の年金基金であるハーミーズ
ナー・テナント間の協定締結と省エネ改修の実践例で
す。テナント専用部(店舗 )
の照明のLED 化に際し、
などにより、建物からのCO2 排出量削減を目指すベ
ビルオーナーが初期投資費用を全額負担する代わり
ター・ビルディング・パートナーシップ( BBP )
が2007 年
に、テナントが改修メリットの一部を6 年間にわたって
に立ち上げられ、大手不動産運用会社など計 25 社
がメンバーとして参加しています。BBPが作成したグ
図表14 オーストラリアのグリーンリース・ガイド
に記載されたグリー
リーンリース・ツールキット(図表15 )
ンリースのひな型には、
• 環境パフォーマンスの向上についての協力
• エネルギー消費量・水消費量などのデータ共有
• ビル管理委員会による目標設定とモニタリング
• エネルギー、水 、廃棄物などに関する具体的な対
策の実行に関する協力
などが含まれています。これらは運用改善が中心
出典:グリーンリース・ガイド
図表15 英国 BBP のグリーンリース・ガイド
ですが、
「 改修を伴うグリーンリース」は、
「 環境パ
フォーマンスの向上についての協力」や「 具体的な
対策の実行に関する協力」の一形態とされています。
(3)
フランス
フランスでは、国のCO2 排出削減目標を達成する
ための政策の一環として、2012 年以降 、2000㎡超の
小売・オフィススペースの賃貸借には、グリーンリース
契約が義務付けられています。契約内容は、エネル
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ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
出典:グリーンリース・ガイド
●特集 環境不動産考察
「 節電対策費 」としてビルオーナーに支払い、ビル
務用ビル等における省 CO2 促進事業 」注 1 や、東京都
オーナーの投資回収に充当する仕組みです。
の「グリーンリース普及促進事業 」注 2 では、主として
この他、2012 年以降 、グローバル・ワン不動産投資
改修を伴うグリーンリースについて、契約締結のため
法人 、ケネディクス・オフィス投資法人 、大和証券オ
の調査費用と設備改修費用に対する補助金・助成金
フィス法人などがグリーンリースを実施 、公表していま
を交付することとなっています。
す。図表16に示したとおり、LED 照明導入に伴う実
国の事業では、調査費用に係る補助率は1/2 以
例は複数出てきているものの、空調機器については、
内 、上限は50 万円で、グリーンリース契約を締結する
削減効果の試算が複雑であるため、事例が少ない
ことが要件です。また、設備改修費用に係る補助率
のが現状です。
は1/2 以内 、上限は5,000 万円で、グリーンリース契
また、わが国においては、
「 運用改善のグリーン
リース」の公表事例はまだ少ないですが、不動産運
用会社の一部では、標準的な賃貸借契約の中にグ
約を締結することとCO2 排出量を15%以上削減する
図表16 「改修を伴うグリーンリース」の実例
リーンリース条項を組み込む動きが出ており、グリーン
リース・ガイドでも契約条項例が紹介されています。
7.国・自治体によるグリーンリース
普及のための施策
グリーンリース・ガイドでは、運用改善によって生じる
メリットをビルオーナーとテナント、省エネ専門事業者
の3 者で分け合う、環境省の「エコチューニング事
業 」の仕組みも紹介しています。同事業では、専門
技術を有するエコチューニング事業者が、設備機器・
出典:グリーンリース・ガイド、各社資料を元に筆者が作成
図表17 エコチューニングの仕組み
システムの適切な運用改善を行うことにより、CO2 や
光熱費の削減を実現します。エコチューニング事業
者への支払いは、主に水光熱費の削減額から支払
われるため、ビルオーナー・テナントにとって初期投資
は必要なく、両者とエコチューニング事業者を含めた
3 者間でのWin-Winを目指すビジネスモデルとなって
。
います(図表17 )
また、環境省と国土交通省の連携事業である「業
出典:グリーンリース・ガイド
注1
環境省等「業務用ビル等における省 CO2 促進事業」(平成 28 年度)
https://www.env.go.jp/guide/budget/h28/h28-gaiyo-2/019.pdf
注2
東京都「グリーンリース普及促進事業」
http://www8.kankyo.metro.tokyo.jp/ondanka/news/20160303/pdf/2016_shiensaku.pdf P.18
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Special
ことが要件とされています。平成 28 年度~ 30 年度
の事業期間内に、グリーンリース契約等を用いた取組
を250 件以上実施し、こうした取組を一般化させるこ
とを狙っています。平成 28 年度事業については、既
に一次募集 、二次募集を行っていますが、今後も追
加の募集があるものと思われます。
東京都の事業は、募集期間が平成 28 年度~ 30
図表18 「不動産の ESG 投資 」の手法
手法
実例
「ポジティブ・スクリーニング」
環境不動産を選択して投資
(1)選別
(スクリーニング)「ネガティブ・スクリーニング」
環境性能が低い不動産を投資から除外
「省エネ改修投資」
既存ビルの省エネ改修を行い環境性能を向上
(2)関与
(エンゲージメント) 「グリーンリース」
ビルオーナーがテナントと協働で環境配慮に取組
年度、交付期間は平成 28 年度~ 32 年度までで、今
「GRESB」
(3)統合
投資判断から投資後のモニタリングまで一貫して
(インテグレーション)
ESGを組み込み
秋から募集を開始する予定です。調査費用は助成
出典:図表作成は筆者
率 1/2 、上 限 100 万 円、設 備 改 修 費 用は助 成 率
1/2 、上限 4,000 万円( 調査費含む)
で、グリーンリー
動産への直接投資家が行うべきこととして説明されて
ス契約を締結して設備改修を実施することと改修後
いるテナントとの協働は、以下のとおりです( 訳は筆
の低炭素ベンチマークがA2 以上( 7 段階中、上位 3
者 、一部抜粋 )
。
つ目以上 )
を見込めることが要件とされています。
環境目標を達成するために、ESG・気候リスク管理の協働
8.「不動産のESG投資」における
グリーンリースの位置づけ
プログラムに合意する方法を見出すよう、テナントに働きか
では、これまで見てきたグリーンリースは、不動産投
• 運用に関するデータを共有し、また、ビルオーナーに不
資運用にESG への配慮を組み込む「不動産のESG
動産運用費用の削減を図るインセンティブを与え、
「グ
投資 」と、
どのように関係するのでしょうか。
リーンリース」の主要な契約要素に賃貸借契約条項が
ESG 投資には、一般的に(1)選別(スクリーニン
ける。
整合するよう、テナントと協働する。
グ)、
(2)
関与(エンゲージメント)、
(3)
統合(インテ
グレーション)
の手法があります。これを不動産投資
• 協働のために、
「 環境不動産・運用協議会 」
( 協議
にあてはめると、それぞれ、
(1)
投資対象のビルを環
会 )の設立を検討する。 協議会において、ビルオー
境不動産であるか否かによって選別する手法、
(2)
ナーやテナントから提案される目標や目的を議論し、そ
既存ビルに積極的に働きかけ、環境性能を向上させ
れに沿った計画を立案・実行し、進捗状況をモニタリン
るように運用・改修していく手法 、
(3)
不動産投資運
グすることができる。
用のプロセス全体にESG 配慮を組み込む手法と理
。
解することができます(図表18 )
協議会は、グリーンリース戦略の実行に役に立つ。特
に、テナントに運用費用の節減をもたらし、その節減効
グリーンリースは、
(2)
の関与の実例として、ビル
果がサービス手数料を介してテナントからビルオーナー
オーナー( 直接投資家 )
がテナントと協働し、ビルの
に還元される可能性があるような資本プロジェクトに際
環境性能の向上を図っていく取組と位置付けられま
し、テナントの同意が必須または望まれる場合に助けと
す。前出の「 持続可能な不動産投資フレームワー
なる。
ク」では、グリーンリースは、サプライチェーンの統合
38
(ステークホルダーへの関与と同義 )
の中で、
「テナン
このように、
「 持続可能な不動産投資フレームワー
トとの協働 」と題して大きく取り上げられています。不
ク」では、エネルギーなどの運用データの共有や、運
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
●特集 環境不動産考察
用協議会の設置 、および「 改修を伴うグリーンリー
ス」に言及し、環境配慮に向けたビルオーナーとテナ
図表19 グローバル不動産サステナビリティ・ベンチマーク
( GRESB )
ントの動機を一致させるために、グリーンリースを必要
不可欠なものと位置づけています。
また、
(3)
の統合の観点では、GRESB(グローバ
ル不動産サステナビリティ・ベンチマーク、
「グレス
ビー」と読む)
という指標が、年金基金などの機関投
。
資家の間で広く活用されています(図表19 )
GRESBは、機関投資家が不動産投資を行う際 、
投資先の不動産会社やファンドが、ESGを推進する
出典:GRESB
図表 20 米国のグリーンリース表彰制度
体制や方針を持っているか、またその方針を実践し
ているかを測る指標で、不動産会社・ファンドへの年
次調査に基づいています。前出の図表10 で示したと
おり、GRESBの評価項目には、グリーンリース契約の
締結やテナントとの協働(データの共有 、協議会の設
置など)
が含まれています。グリーンリースは、機関投
資家による不動産会社・ファンドの選定・評価指標に組
込まれているため、ESG 投資の呼び込みにも寄与し
出典:米国エネルギー省
ます。
いは表彰制度などが検討されるべきと考えています。
9.終わりに
~グリーンリース普及のため
の課題と提案
グリーンリースは、このように政府の省エネ・気候変
例えば、米国エネルギー省は、グリーンリースの普及
に貢献したテナントをビルオーナー・仲介事業者と共
に、毎年「グリーンリース・
リーダー」
として表彰しており
( 図表 20 )、このような制度は日本でも応用できそうで
す。
動対策の一環として、また、投資家によるESG 投資
2つ目は、省エネ技術を理解できる現場の人材で
の機運の高まりもあり、わが国でも普及の兆しを見せ
す。特に中小ビルにおいては、ビルオーナー側に、省
つつあります。最後に、グリーンリースをさらに普及さ
エネ改修や設備の運用改善を理解できる人材が不足
せていくための課題と、その克服のための提案を3つ
していると言われており、前述の「エコチューニング」
挙げたいと思います。
の仕組みのように、ビルオーナー、テナントだけでなく、
1つ目は、テナント向けインセンティブです。ビルオー
専門技術を有する第三者が介在することにより、グ
ナー向けには、前述のグリーンリースに関する補助
リーンリースの実現が可能になることも多いと思われま
金・助成金を始め、省エネ改修に伴う様々なインセン
す。
ティブが用意されています。これに対し、テナント向け
3つ目は、空調改修による省エネ効果の適切な試
のインセンティブは現状ほとんどなく、環境不動産に入
算です。前述したとおり、改修を伴うグリーンリースの
居するテナントへの事業者税の減税や補助金 、ある
実例は照明改修のケースが多く、空調改修は、その
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39
Special
省エネ効果の算定が困難なため、ほとんど例があり
ス・ガイドの策定とBELSの導入などの政策効果によ
ません。空調改修についても合理的な予測を可能に
り、2016 年に初めて「透明度が高い」最上位 4か国
するエネルギー・マネジメント・システムの導入が一般
の1つにランクインしています。
化すれば、
ビルオーナー・テナント間で適切なメリット配
グリーンリースは、ビルオーナーとテナントが協働し
分を図ることができ、グリーンリースの実践に大きく資
て既存ビルの環境性能を向上させる手法として、ま
するものと考えられます。
た、
「 不動産のESG 投資 」を実践する手法として重
要であり、国際的な調査における日本市場の評価向
前述のとおり、JLL 不動産サステナビリティ透明度
上にも貢献しています。今後 、上記の課題を乗り越
インデックスでは、グリーンリースの義務化政策を推進
え、グリーンリースに取り組む方々が増えていくことを
しているフランスが首位ですが、日本も、グリーンリー
期待しています。
参考文献
国土交通省環境不動産普及促進検討委員会 、
「グリーンリース・ガイド」、2016 年 2 月
国連環境計画金融イニシアティブ , 責任投資原則 等 、
「持続可能な不動産投資~パリ協定を実行するための行動フレームワーク」、2016 年 2 月
◦堀江隆一 、
『「責任投資原則 」が加速する「不動産の ESG 投資 」』、
(一社 )環境不動産普及促進機構「 RE-SEED 」Vol.6 、2016 年 3 月
◦堀江隆一 、
『ビルオーナーとテナントの Win-Win 関係の契約~「グリーンリース」の基礎知識 』、オーム社「設備と管理 」 2016 年 1 月号
◦
◦
◦
JLL Global Real Estate Transparency Index 2016
http://www.jll.com/greti/transparency/sustainability
ほりえ りゅういち
不動産投資運用への ESG 組込みに係る支援業務や、環境不動産に関
する公的な調査業務を行う CSR デザイン環境投資顧問株式会社の代
表取締役社長。以前は、日本興業銀行、メリルリンチ証券に勤務後、
ドイツ証券ではマネージング・ディレクターとして再生可能エネル
ギーファンドなどを含むストラクチャード・ファイナンス業務を統
括。東京大学法学部卒、カリフォルニア大学バークレー校経営学修士
(MBA)
、桜美林大学大学院非常勤講師、LEED AP、CASBEE 不動
産評価員、
国土交通省「環境不動産普及促進検討委員会」WG 長(2013
年度~ 2015 年度)
、国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)
不動産 WG アドバイザー、責任投資原則(PRI)日本ネットワーク不
動産 WG 議長、GRESB ベンチマーク委員会委員など。
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ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33