274 超臨界水中におけるポリエチレン分解挙動の解析 ReactionMechanismofPolyethyleneDecompositioninSupercriticalWater * 淳幸彦 * 武 立 花 晋 也*3 * 東北電力株式会社 弘 谷空谷 技 術 本 部 多大寺 機械事業本部 回分式試験装置を用いて超臨界水中でのポリエチレン分解反応を行い,分解反応機構及び超臨界水の溶媒作用につい て検討した.ポリエチレンの分解は,C−C結合のランダムな開裂による低分子化反応であー),反応初期の分解油はパラ フィンとオレフィンが主体であるが,反応の進行に伴ってオレフィンは重合し,芳香族化合物を生成した.また核磁気 共鳴分光分析(NMR)を用いた分解抽の解析により,C−C結合開裂時に超臨界水から水素が添加されていることを把握 した.さらに超臨界水によるコーキング抑制効果を反応速度解析により検討し,熱分解反応に比較してコーキング抑制 効果が高いことを確認した. Under supercriticalcondition,pOlyethylene(PE)decomposition experiments were conductedin a batch reactor,andthereactionmechanismandeffectsofsupercriticalwaterwereexamined.Accordingtoanalysi experimentaldata,themechanismofPEdecompositionisbasedonrandombreakageofcarbon−Carbon(C−C) bonding.DuringCCbreaking,PEmoleculesaredecomposedintosmalloilmoleculeswhichcontainparaffinsa Olefins,andthenaromaticcompoundsareproducedbypolymerizationofolefins.NMRmeasurementshowedtha hydrogenofH20isincorporatedintheproductsundersupercriticalconditionofwater.Afundamentalmodelof PEdecompositionisproposed,anditsperformanceisdiscussedbycomparingcalculationsandexperimentald Additionally,reaCtionratesofcokingareevaluatedasquitesmallcomparedto PEthermaldecomposition. への水分子からのプロトンの添加挙動を把握する試験では, 1.ま え が き 超臨界水として垂水を用い生成物中の重水素(D)分析を実施し 平成7年6月に制定された“容器包装リサイクル法”が, 平成12年度から全面施行されることから,容器包装廃棄物の 40wt%を占める廃プラスチックを再商品化するニーズがます ます高まっており,高炉処理を始めとして各種の方法が研究 されている(1).この中で油化は処理コストが高いという一般的 評価があるが,当社では超臨界水を利用して安価な処理を目 指している(2)(3)(4) た. 3.実験結果及び考察 3.1ポリエチレン分解挙動 超臨界水中でのポリエチレンの分解による生成物を分析す ることで分解挙動の把握を試みた.反応温度4750C,圧力25 MPaにおいて,反応時間を変化させたときの生成物の変化を 本報では,代表的なプラスチックであるポリエチレン(PE) GC−MSで捕えた.図1に測定結果であるトータルイオングロ に閲し,その超臨界水中における分解挙動について論ずる. マトグラム(TIC)を示す.反応時間が15minの場合,パラ ポリエチレンの分解生成物は赤外分光分析(FTIR)及び核 磁気共鳴分光分析(NMR)によって構造解析しその結果に基 フィンとオレフィンのピークのみが現れる規則的な組成分布 となった.このときのトータルイオンクロマトグラムのピー づき反応をモデル化した.また,超臨界水の作用についても クは一定間隔で規則的に現れ,同一炭素数のパラフィンとオ 解析を試み,溶媒である水から生成油へのプロトン導入及び レフィンが対になって存在した.しかし,反応時間が長くな コーキング抑制効果についても定量的な考察を行った. ると,低分子側にピークが移行するとともに複雑なピークが 現れ,パラフィン,オレフィンの規則的な分布は消滅し,分 2.超臨界水中ポリエチレン分解挙動の解析試験概要 解抽はパラフィン,オレフィン系でなく,主に芳香族化合物 実験は,まずポリエチレン及び所定量の水を回分式反応器 に仕込み,反応器(約34cm3)内部を窒素置換した後,密閉 へ変化していることが明らかになった.この芳香族化合物は, コーキングの原因となる化学種であり,これらがランダムに し,電気炉により所定の温度まで加熱されたすずi谷に浸i責し 結合することにより,不定形炭素が形成され,コーキングが た.反応圧力としては水の臨界圧力以上の25MPaを基準条 生じるものと考えられる. 件とし,反応温度(450∼5000C)と反応時間をパラメータとし 以上の結果から,超臨界水中でのポリエチレンの分解反応 て実験を行った.反応終了後,反応生成物はガスクロマトグ として,まずC−C結合が開裂し,パラフィンとオレフィンを ラフ(GC),ガスクロマトグラフ.質量分析計(GC−MS)に 生成し,そのうち,分子中に二重結合を持つ反応性の高いオ よ()成分の同定・定量を行い,FT−IR及びNMRにより生成 レフィンは,更に反応して安定な芳香族化合物を形成すると 物質の構造解析を実施した.超臨界水の作用すなわち生成物 いう一連の分解反応を想定することができる. *1プラント事業センタープロジェクト部主幹 *2広島研究所実験課化学プラントチーム *3広島研究所化学プラント研究推進室 *4研究開発センターエネルギー・環境グループ 三菱重工技報 Vol.37 No.5(2000−9) 275 ︵−︶ 図3に生成拍のNMRスペクトルを示す.図中の上段は純 世 水を用いて得られた分解油,下段は重水を用いた場合の分解 潔 油それぞれの2H(D)シグナルを示す.末端メチル基(−CH3) 及び内部メナレン基(一CH2−)のシグナルは,それぞれ0.88 0 10 20 30 40 50 60 70 ppm,1.26ppmに生じる.純水処理でDシグナルは検知され ︵−︶ ないが,重水処理では強いピークが生じており,分解抽中に 堪 重水素が取込まれていることが確認できた. 恨 図4に反応温度475じC,溶媒質量比5(水/PE=5)にお 0 10 20 ける重水素添加率と反応時間の関係を示す.反応温度が475 30 40 50 60 70 ︵−︶ 0Cで一定の場合は,反応時間が長くなるにつれ重水素添加率 は上昇することが分かる. 堪 これに対し,反応途中に温度を3650Cに下げて15min反応 潔 0 10 させた場合の添加率は,4750C,15minのときに比べて変化し 20 30 40 50 60 ないことが分かった.重水素添加率は,開裂頻度を考慮して 70 計算した添加率と良好な相関関係が得られた.また,分解温 保持時間(min) 度以下(3650C)にて重水素添加が進行しないことを考え併せ 図1 分解物GCTMSスペクトルの時間変化 PE分解反応時間により分解物の低分子化が進 れば,分解生成物への重水素の添加は,C−C結合開裂時に生 む様子を示す. じると推測できる. GCrMStotalionchromatogramsofproducts 4.ポリエチレンの分解反応速度解析と反応モデル化 4.1分解モデルの設定 3,2 オレフィン成分の挙動 ポリエチレン分解反応はこれまでの検討により,巨視的な 主反応経路“ポリエチレン→パラフィン・オレフィン→芳香 分解生成抽に含まれるオレフィンの挙動をFT−IRを用いて 解析した.図2(a)に分解抽の赤外吸収(IR)スペクトルを示 す.オレフィンの面外変角振動(905cm1)及び芳香族のC= ︵−︶ C伸縮振動(1600cm ̄1)について,吸光度と反応時間の関係 健 を図2(b)に示す.これより反応温度が450ロCの場合,反応時 潔 間30minまでオレフィンは増加するが,その後減少していく ことが分かる.さらに反応温度が高くなると,オレフィン濃 8 度が最大となる点は反応時間が短くなる方へシフトする.そ 6 2 0 4 2 0 ︵−︶堪 4 れと同時に,芳香族化合物の生成も速くなることが分かる. 無 これらオレフィンと芳香族化合物の生成挙動を併せて考える と,オレフィンは芳香族化合物生成過程における反応中間物 質であると考えられる. 6 3.3 超臨界水から生成油への水素添加 化学シフト(ppm) 超臨界水中からの分解生成物への水素供給挙動は反応機構 図3 プロトンNMR測定結果 水分子から 重水素が分解生成物に取込まれることを確 を説明する上で重要である(5).反応溶媒として重水を用いるこ 認できた. とにより,超臨界水の反応への関与について検討した. 2H−NMR spectra of PE decomposed product 波 数(cm ̄1) 4000 3000 2000 1500 1000 500 0.15 5 2 ▲U 20 40 60 80 100 5 0 0.0375 .〇 〇. 〇 〇 0.075 5 7 ︵−︶ 堪米蜜 ︵−︶ 堪岩窟 0.1125 0 20 40 60 80 100 反応時間(min) 反応時間(min) (b)吸光度と反応時間の関係 (a)赤外線吸収スペクトル 図2 分解物IRスペクトルの時間変化 PE分解により生成したオレフィンから芳 香族類が生成する機構が推定できる.(反応温度450CC,反応圧力25MPa,溶 比 水/PE=5) Infraredspectra and spectraanalysISOfPEdecomposition 三菱重工技報 Vol.37 No.5(20009) 276 PARA2→el(PARAl)+e2(OLEFl) 柁=毎[PARA2] (5) 健Y 鼎 雁 首 嘲 642 ︵ま︶ また,生成オレフィンの低分子化反応及び速度式について も,これと全く同様の考えに基づき定義した. さらに,生成したオレフィンは,重合反応性を有し,単環 芳香族化合物を生成するが,そのときの反応速度は,オレフ ィン濃度の2乗に比例するため,速度式は式(6)で与えられ る. (OLEFl,OLEF2,OLEF3,OLEF4,OLEF5)→(AROM) 0 筍=島[OLEF]2 10 20 30 40 (6) 以上の並列・逐次反応を計算するために各反応の反応速度 反応時間(min) 定数ゑを決定する必要があるが,超臨界水中での炭化水素の 図4 重水素導入率の測定結果と推算値との比較 分解反応は基本的には熱分解反応であることから,本計算に 重水素導入率は計算値とほぼ一致した. Relation between reaction time and deuter− ium additiontoproducts 必要な反応速度定数は熱分解の値を引用した. オレフィン重合反応の反応速度定数毎についても同様に文 献値を引用し,その反応速度定数には,超臨界水の溶媒作用 族’’を設定できることが明らかとなった.ポリエチレンの分 を考慮するために係数′を掛けることで,超臨界水中でのオ 解生成物の炭素数分布は,GC−MSの結果よりおおむね1∼34 レフィンの重合反応速度定数とした. 程度であり分解生成物も多岐にわたる.ここでは簡易的に分 ゑ6=′×ち (7) これらの速度式を同時に解くことで,超臨界水中でのポリ 解生成物を一定の炭素数ごとに分けた要素(1∼5)として エチレン分解反応に閲し各成分濃度の経時変化すなわち分解 取扱った. 炭素数分布 1∼6:PARAl,OLEFl,→要素1 挙動を予測した. 炭素数分布 7∼13:PARA2,OLEF2,→要素2 4,2 ポリエチレン分解モデルによる解析結果 炭素数分布14∼20:PARA3,OLEF3,→要素3 前節で設定した反応モデルに基づく解析結果をここで論ず 炭素数分布 21∼27:PARA4,OLEF4,→要素4 る.図5に反応温度における各要素(炭素数分布で分けた要 炭素数分布 28∼34:PARA5,OLEF5,→要素5 素1∼5)のオレフィン及び芳香族類の経時変化を示す.こ ここで, の図より,反応温度が異なってもオレフィン成分の挙動は大 PARA:パラフィン きく変らないが,分子量が大きい成分ほど最大濃度へ短時間 OLEF:オレフィン で達し,その後,減少する挙動をとることが分かる.これは, GC−MSの結果から,ポ))エチレン分解反応の初期反応は, 分子量の大きい成分は,さらに分解して低分子化され,より CC結合のランダムな開裂による分解であり,比較的均一な 小さい分子量の成分となるためである.また,オレフィンの 生成物分布を与える.分解反応速度は,単純な次数で示すこ 重合反応による芳香族化合物の生成速度は反応温度の上昇に とはできないが,一般に1次反応を仮定することができる. よー)増大する.この反応モデルを検証し反応速度定数を適正 そこで,ポリエチレン分子の初期の低分子化反応を式(1)のよ 化するために,実験結果との整合イヒを試みた.図6には芳香 うに設定した. 族化合物の指標物質として選定したトルエンの生成挙動に関 PE→al(PARAl,PARA2,PARA3,PARA4,PARA5) +a2(OLEFl,OLEF2,OLEF3,OLEF4,OLEF5) れ=烏.[PE] []:モル濃度 (1) する実験結果と,モデルに基づく計算結果を示す.実験では オレフィンから芳香族化合物が生成する場合,トルエンが多 く生成することをGC−MS分析により確認しており,これを C−C結合のランダム分解により生成したパラフィンのうち 指標物質とした.実験結果と計算で求められた芳香族成分の 分子量の大きな成分は,さらに分解が進行し,低分子のパラ 挙動にはそれぞれの反応温度において良い相関があった.こ フィン,オレフィンとなる.よって生成パラフィンの低分子 れより本反応速度論解析によってポリエチレンがパラフィン, 化反応及び速度式は次の式(2)−(5)のように表すことができ オレフィンに分解し,さらに反応性の高いオレフィンから芳 る. 香族を生成するという一連の分解反応機構を解明できたと考 PARA5→bl(PARAl,PARA2,PARA3,PARA4) える. 十b2(OLEFl,OLEF2,OLEF3,OLEF4) 4.3 コーキング抑制効果の定量化 乃=烏[PARA5] 超臨界水によるコーキング抑制効果を,生成オレフィンの PARA4→Cl(PARAl,PARA2,PARA3) +c2(OLEFl,OLEF2,OLEF3) 巧=烏[PARA4] PARA3→dl(PARAl,PARA2)+d2(OLEFl,OLEF2) ち=包[PARA3] (2) 芳香族への重合反応から検討した.オレフィンの重合反応に よる不定形炭素の生成がコーキングの原因となるが,この重 合反応速度は4.2節の式(7)に基づき以下のように定義した. γ=′×も×[OLEF]2 (8) 速度式中の係数/が1であれば反応速度は熱分解反応時の 三菱重工技報 Vol.37 No.5(2000−9) 277 ′ ′ ′ ′ ノ ′ ′ ′ ′ 4 2 ∩− ロ ノ 0 4 20 0 ′ 47/ ノ′ ノ′ ′□ 40 450℃ 60 80 100 反応時間(mln) 4 2 ∩︶ 図6 コーキング挙動の推算結果と実測データの比 較 2 100 反応推算線は実測値と良い一致を示してい る. Calculations and observations of coking behavior 0 20 40 60 80 500℃′′ 6 hUOO 6 ︵c■∈・一〇∈︶堪蛸吸盤脚酔 6 ︵c∈二〇∈︶世禦∧†トユセ 0 0 ′ ′ ′ ′ ○□△:実測値 0 6 4 2 nD 髄鞘糾昏埜空 0 0 O 0 0 0 100 0.8 0 ︵c■∈・一〇∈∈︶ ︵c■∈二〇∈︶似感で∵八 \ 妄 20 40 60 80 溶媒質量比:水/PE=5 ′′ 20 40 60 80 100 反応時間(min) 反応時間(min) 痛恨趣鰯凄面 重合反応速度に等しいことになる.これに対し,アレニウス プロットは図7に示すとおりである.図中に超臨界水の重合 (コーキング)反応を重ねて示したが,一律に反応速度定数 ︵TS・LJO∈・C∈¢■OLX︶ 図5 分解によるオレフィン,芳香族類の挙動推算結果 反応モデルによ りポリエチレン分解反応を推算可能とした. Calculations of olefins and aromatics behavior は低下し,係数′は0.03と定めることができた.これは,超 0.00125 0.0013 0.00135 0.0014 0.00145 0.0015 臨界反応場では物質の拡散性が著しく向上するため,同一温 1/T(1/K) 度の熱分解反応場と比較してコーキングが著しく起り難くな 図7 コーキング反応のアレニウスプロット 超臨 界水中での反応の方が熱分解反応に比べコーキン るためと考えられる. 記号説明 グが起りにくい. ArrheniusplotsofPEdecomposition [PARAi]:i要素パラフィン濃度(mol・mr3) [OLEFi]:i要素オレフィン濃度(mol・m ̄3) (2)超臨界永によるコーキング抑制効果は,超臨界水が存在 f:炭素数分布による要素番号 することでオレフィンの再結合を防止し,コーキングの核 ち:要素番号ノの熱分解反応速度定数(s1) 烏♪:熱分解反応のオレフィン重合反応速度定 となる芳香族化を抑制するためであると考えられる.また, その抑制効果は溶媒質量比が5(水/PE=5)の場合でコ 数(m3・mOl1・S▲1) ーキング速度が約3/100倍に低減されることを把握した. ′:オレフィン重合反応の抑制係数(−) (3)NMR等による解析から,C−C結合開裂時に生じたラジ 5.ま と め カルへ,超臨界水からの水素が添加することを把握した. 本試験で得られた知見を以下にまとめる. (4)反応速度解析に基づいて設定した反応モデルでポリエチ (1)超臨界水中におけるポリエチレンの分解反応機構は,パ レン分解反応を計算した結果は実験結果と良い一致を示し ラフィン,オレフィンへの分解反応と,それに続くオレフ た. ィンの芳香族生成反応である. 参 考 (山 村田勝英ほか,高密度ポリエチレンの熱分解,日本化学 会誌 Vol.12(1973)p.2414∼2420 (2)守谷武彦ほか,CharacteristicsofPolyethyleneCrack− ing in Supercritical Water Compared to Thermal 文 献 (4)Yamasaki,N.,Recycling Possibilities of Organic Waste by Hydrothermalprocess,Sekiyu Gakkaishi, 41,175181(1998) (5)Nakahara,M.etal.,13CNMREvidenceforHydro− Cracking,Polymer Degradation and Stability Vol. gen Supply by Water for Polymer Crackingin 65(1999)p.373 SupercriticalWater,Chemistry Letters,163− (3)守谷武彦ほか,Investigationofthe Basic Hydrother− 164(1997) malCracking Conditions of PolyethyleneinSuper− CriticalWater,資源と素材 Vol−115(1999)p.245 三菱重工技報 Vol.37 No.5(2000−9)
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