一時差異等調整引当額(1)

Law, Accounting & Tax
投資法人の最新税務動向
新 連 載 第 1 回 一時差異等調整引当額(1)
山本 恭司
EY 税理士法人
エグゼクティブディレクター
税理士
古川 英章
EY 税理士法人
エグゼクティブディレクター
税理士
J リートの仕組みとして「収益の 90%超を分配すれば実質的に法人税がかからない」などと説明されるこ
とがあるが、現実には分配しない部分の利益は課税されるため、多くの投資法人が利益のほぼ 100%を分配
している。しかし 100%分配してもなお、税会不一致部分については課税され、さらに昨今の会計制度の変
革は著しく、税法との乖離は拡大しており、いつ分配金に大打撃を与えるような課税が発生するか、税の専門
家としては気が気ではなかった。しかし、業界の待望であった「税会不一致による二重課税の解消」を目的と
する一時差異等調整引当額制度が平成 27 年 4 月に導入されたことにより、ようやく落ち着きを取り戻したと
感じている。ただし、海外投資やインフラ投資など投資先の拡大につれ、現在の税制でカバーされているのか
も気になるところである。このたび本誌に連載させていただけることになったので、投資法人の最新の税務動
向をお伝えしたいと考えている。まずはじめに、一時差異等調整引当額による投資法人の税会不一致解消を
中心に解説したい。なお、初回記事の寄稿にあたり、最新の税務会計事例として取り上げた J リート運用会社
各位、特に野村不動産投資顧問株式会社並びにトップリート・アセットマネジメント株式会社には深く謝意を
申し添えたい。
る。会計上の費用のうちには、税務上の所得の計算
1. 税会不一致とは
税会不一致とは「 税務上の所得」と「 会計上の利
注1
「財税不一致 」と呼ぶこともあ
益 」との差をいい 、
上、損金算入が認められないものがあるため、一般
的には「 税務上の所得>会計上の利益 」となること
が多い。投資法人は導管性要件を満たした場合で
も、原則として利益の分配金しか損金算入できない
注1
ARES 平成 26 年度不動産証券化に関する税制改正要望 1 ビークルの「課税所得」は、会計上の利益に税務上の様々な修正を加えて算出されるた
め、必ずしも「会計上の利益」と一致しない(以下、この差異を「税会不一致」という。)。
September-October 2016
93
ため、税会不一致となる費用が発生すると、法人税
注2
等
が発生することになり、さらに利益が減少し、
計算に関する規則
(以下「計算規則」という。
)
第 2条
第 2 項第 30 号に規定されている。
分配金を減少させることになる。投資法人制度の開
始当初に考えられていた投資法人の税会不一致は次
30 一時差異等調整引当額 法第137条第1
項本文の規定により、利益を超えて投資主に
のようなものであった。
分配された金額
( 以下「 利益超過分配金額 」
① 住民税均等割
( 東京都区部に所在かつ出
資総額 50 億円超の場合は年121万円)
という。
)
のうち、次に掲げる額の合計額の範
囲内において、利益処分に充当するものをい
② 貸倒引当金繰入超過額、貸倒損失
う。
③ 交際費、延滞税・加算税等の社外流出項目
イ 所得超過税会不一致
( 益金の額から損
④ 資産に計上すべき修繕費注 3
金の額を控除して得た額が、収益等の
合計額から費用等の合計額を控除して
しかし、会計基準の国際化等々を理由とする変革
により、次々に投資法人の費用を増やす
(利益を減ら
得た額を超える場合における税会不一
致をいう。
)
す)
制度が設けられ 、一方で税法は課税の公平性の
ロ 純資産控除項目
( 第 39 条第1項第 2 号及
観点からそれらの損金性を認めていないため、税会
び第 3 号並びに同条第 2 項第 2 号及び第
不一致の対象が拡大することとなった。
4号に掲げる額の合計額が負となる場合
における当該合計額をいう。
)
⑤ 減損損失
ATAは利益超過分配ではあるものの、利益の配
⑥ 資産除去債務
(利息費用を含む)
注4
⑦ 定期借地権償却
当と同様に損金に算入されるため注 6 、ATAを分配
⑧ のれん償却
することで、法人税等の発生を軽減できることにな
る。この第 30 号における「税会不一致 」は、計算規
2. 一時差異等調整引当額
一時差異等調整引当額(以下「 ATA
則第 2条第 2 項第 29 号において包括形式で定義さ
れており、これをまとめたのが次の算式である。
注5
」とい
う。)とは、利益超過分配の一種であり、投資法人の
注2
投資法人の所得に対して課される税金であり、現行税法下では、法人税、地方法人税、法人住民税(法人税割)
、法人事業税、地方法人特別税を指す。
注3
申告上自己否認するのではなく、後日の税務調査で発覚するリスクが高い項目として考えられていた。
注4
定期借地権償却が税会不一致であることは以前から知られていたが、投資法人に税負担が生じるという事実だけをもって取得を断念していたようで
ある。しかし最近では、税金を負担しても利回りが高ければ取得する価値ありとの判断により、投資法人が定借物件を取得する事例が増えている。
注5
Allowance for Temporary difference Adjustment の略
注6
投資法人の金銭の分配のうち出資等減少分配を除く額を損金の額に算入する(租税特別措置法第 67 条の 15 第 1 項、法人税法第 23 条第 1 項第 2
号)
。なお、出資等減少分配の定義については、次回解説する予定である。
94
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
3. ATAの分配事例
所得超過税会不一致=A-B
A 益金の額から損金の額を控除して得た額
(税務ベース)
=各事業年度における税務上の所得金額
(支払配当損金算入前、繰越欠損金控除前)
B 収益等の合計額から費用等の合計額を控除して得た額
(会計ベース)
=各事業年度の当期純利益
(税引後)
+交際費等のうち税務上損金不算入となるもの
+寄附金のうち税務上損金不算入となるもの
+法人税 、地方法人税 、法人住民税
この結果、交際費等、寄附金
(損金算入枠を超え
る部分に限る)、法人税、地方法人税、法人住民税
ATAは平成 27年 4月1日以後に開始する事業年
度から分配が可能となっており、上場リートにおい
ては、平成 28 年 8月末現在 8 社がATAの分配を公
表している。
ATAを行う主な理由
ATA分配額
所得超過
純資産
(百万円)
税会不一致 控除項目
野村不動産マスター 平成 28 年
6,137
○
○
ファンド投資法人 2月期
投資法人名
決算期
ケネディクス 商 業 平成 28 年
リート投資法人
3月期
4
○
トーセイ・リート
投資法人
平成 28 年
4月期
31
不一致に該当するため、ATAの分配によって法人税
トップリート
投資法人
平成 28 年
4月期
2,016
等の発生を軽減することが可能となる。
産業ファンド
投資法人
平成 28 年
6月期
405
○
インヴィンシブル
投資法人
平成 28 年
6月期
224
○
し、
「 当期未処分利益はあっても投信法上の利益で
スターアジア
不動産投資法人
平成 28 年
7月期
26
○
はないため利益の配当ができない」というジレンマ
福岡リート
投資法人
平成 28 年
8月期
1,660
を除く会計上の費用や損失はすべて所得超過税会
また、
「純資産控除項目」については、貸借対照表
にこれらの項目があると投信法上の利益
注7
が減少
注8
があった 。特に、金利スワップに関して特例処理
○
このうち2 社の事例を解説する。
① 野村不動産マスターファンド投資法人
( 平成 28
とは最近では珍しくない。
しかし、ATA制度の創設に合わせて純資産控除
○
(EY 税理士法人調べ)
の要件を満たせず、ヘッジ会計の原則的処理方法に
なる場合、繰延ヘッジ損益のマイナスが発生するこ
○
年2月期)
野村不動産マスターファンド投資法人
(以下
項目もATAの対象となったことから、ATAとして利
「NMF 」という。
)は平成 27年10月に野村不動
益超過分配することにより、損金算入が可能となっ
産系の上場リート3 社の新設合併により設立さ
た。
れた投資法人である。平成 22 年から平成 24 年
純資産控除項目
=①~④の合計額が負となる場合における当該合計額
①
②
③
④
評価・換算差額等
イ)
その他有価証券評価差額金
ロ)
繰延ヘッジ損益
新投資口予約権
新投資口申込証拠金
自己投資口
までの間に行われた投資法人の合併事例 9 件
はすべて、合併に伴い損益計算書上特別利益と
して「負ののれん発生益 」を計上し、利益超過
税会不一致
( 左上の算式ではA<B )
の状態で
あっため、その後の事業年度において一時的に
所得超過税会不一致が発生しても、内部留保
( 負ののれんを原資とする利益)を利益分配に
充当することで課税の軽減が可能であった。し
注7
投信法上の利益=貸借対照表上の純資産額が出資総額等(出資総額及び出資剰余金の額)の合計額を上回る場合において、当該純資産額から当
該出資総額等の合計額を控除して得た額(投信法第 136 条第 1 項)
注8
投信法上の利益を超えて金銭分配しても「利益超過分配」となり、税務上は損金に算入されなかった。
September-October 2016
95
かし、NMFはNAV倍率が 1倍を超える投資法
い等々の理由により、設立第1期は所得超過
人が合併する初のケースであり、合併に伴い
税会不一致となった。また金利スワップの一部
778 億円の
(正の)
のれんが発生している。会計
は、ヘッジ会計における特例処理の要件を満
上、のれんは20 年以内で均等償却による費用
たさず、原則的処理方法を適用したことから、
処理が求められ 、一方税務上は適格合併であ
時価評価額
(繰延ヘッジ損益)
が純資産の部に
ることからその償却費は損金として認められな
計上されている。
貸借対照表
(抜粋)
(単位:百万円)
純資産の部
投資主資本
出資総額
剰余金
出資剰余金
当期未処分利益
評価・換算差額等
繰延ヘッジ損益
純資産合計
161,120
315,299
4,048
△ 2,867
477,601
金銭の分配に係る計算書
(要約)
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
分配金の額の
算出方法
損益計算書
(抜粋)
(単位:百万円)
営業費用
減損損失
合併関連費用
のれん償却費
当期未処分利益
(単位:百万円)
当期未処分利益
利益超過分配金加算額
うち一時差異等調整引当額 うちその他の出資剰余金控除額
分配金の額
(1 口当たり 2,219 円)
うち利益分配金
(1 口当たり 317 円)
うち一時差異等調整引当額 (1 口当たり 1,649 円)
うちその他の利益超過分配金 (1 口当たり 253 円)
次期繰越利益
***
79
2,590
1,622
***
4,048
4,048
4,048
7,079
6,137
941
8,259
1,179
6,137
941
2,869
2,869
(略)
また、本投資法人は、規約に定める分配の方針に従い、
本合併により生じたのれんの償却費等の合併に係る費用や
純資産控除項目(以下、本合併により生じたのれんの償却費
等の合併に係る費用と併せて、「合併費用等」といいます。)
が分配金に与える影響を考慮して、合併費用等に相当する金
額として本投資法人が決定する金額による利益超過分配を
行います。なお、利益超過分配の実施にあたり、各期の一
時差異等調整引当額の分配金が合併費用等の額に満たない
場合には、その他の利益超過分配を併せて行います。
当期については、のれん償却費 1,622 百万円、本合併に
伴う資産運用会社に対する報酬額 2,590 百万円及び繰延
ヘッジ損失 2,867 百万円の合計額である 7,079 百万円の
利益超過分配を実施することとしました。
(略)
一時差異等調整引当額の引当て及び戻入れに関する注記
1. 引当ての発生事由、発生した資産等及び引当額
(単位:百万円)
発生した資産等
のれん
土地、建物等
土地、建物等
繰延ヘッジ損益
増加小計
建 物、 建 物 附 属
設備等
引当ての発生事由
のれんの償却の発生
合併関連費用の発生
減損損失の発生
当期末金利スワップ評価損の発生
減価償却不足相当分の発生
投資法人債発行費償却不足相当分
投資法人債発行費
の発生
合併時金利スワップ評 価損償却相
前受収益等
当分の発生
その他
-
減少小計
合計
一時差異等
調整引当額
1,622
2,638
79
2,867
7,207
△ 790
△ 97
△ 172
△ 10
△ 1,070
6,137
2. 戻入れの具体的な方法
(1)のれん償却費
原則、戻し入れしません。
(2)合併関連費用
項目
戻入れの方法
建物等
減価償却及び売却等の時点において、それぞれ
対応すべき金額を戻し入れる予定です。
土地
売却等の時点において、対応すべき金額を戻し
入れる予定です。
信託建物等
減価償却及び売却等の時点において、それぞれ
対応すべき金額を戻し入れる予定です。
信託土地
借地権
信託借地権
売却等の時点において、対応すべき金額を戻し
入れる予定です。
償還等の時点において、対応すべき金額を戻し
投資有価証券 入れる予定です。
(3)減損損失 該当物件の売却等の時点において、対応すべき金額を戻
し入れる予定です。
(4)繰延ヘッジ損益
ヘッジ手段であるデリバティブ取引の時価の変動に応じ
て戻し入れる予定です。
96
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
ハ)一時差異等調整引当額
( ATA )
イ)
分配総額
NMFの分配方針は、金銭の分配に係る計算書に
おける「 分配金の額の算出方法」の通りであるが、
これをまとめると次のようになる。
NMFの利益超過分配額は、
「 分配金の額の算出
方法」
記載の通り7,079百万円である。これは左のイ
( 分配総額 )
からロ
( 利益分配金)
を控除した額と一
致する。
分配総額 =当期未処分利益+合併に係る費用
前頁の注記によれば、ATA6,137 百万円の内訳
=4,048百万円+
( P/Lのれん償却
は、所得超過税会不一致が 3,270百万円、純資産控
費1,622百万円+P/L合併関連
除項目
(繰延ヘッジ損益)
が 2,867 百万円である。イ
費用2,590百万円)
=8,260百万円
注9
( 分配総額 )の計算において、合併に係る費用は合
併関連費用2,590百万円+のれん償却費1,622百万
円=4,212百万円であり、所得超過税会不一致 3,270
ロ)
利益分配金
利益分配金は「 投信法上の利益 」の額までしか
分配できない。投信法上の利益は、次の計算式で
百万円との差額が 942百万円については、主に減価
償却費等を原因とする税会不一致等であると説明さ
れている注 12。
算出される注 7。
利益=B/S 純資産額-
(出資総額及び出資剰余金
の合計額 )
これをNMFに当てはめると、1,181百万円となる注10。
なお、減価償却費を原因とする税会不一致
( 税務
上の減算項目)が発生する理由は、次のように考え
られる。
すなわち、当期未処分利益は4,048百万円あるも
のの、繰延ヘッジ損失 2,867 百万円により「 見かけ
法人税法上、減価償却費の損金算入は損金経
上は利益だが投信法上の利益ではない」部分が生
理を要件とされ 、減価償却超過額については加
じるため、1,181百万円を超えて金銭分配を行うと
算するものの、償却不足額については減算しな
「利益超過分配 」となる。なお、金銭の分配に係る
い
( 切捨てとなる)
。しかし、適格合併の場合、
計算書の「Ⅳ 次期繰越利益 」の2,869百万円のう
合併存続法人が消滅法人の減価償却資産の簿
ち2,867 百万円については、翌期以降に繰延ヘッジ
価を減額して受け入れたときには、その減額部
損失が減少した場合には、利益としてリリースされ
分は存続法人の過年度償却超過額とみなされ 、
ることになる注 11。
合併後に減価償却不足が発生した場合には、
注9
合計額は 8,260 百万円であるが、これを発行済投資口総数 3,722,010 口で除して得た 1 口当たり分配金の額 2,219 円に再度発行済投資口総数を乗
じているため、実際の分配金総額は 8,259 百万円となる。
注 10
1 口当たりの分配金は円単位のため、実際の利益分配金の総額は 1,179 百万円となる。
注 11
実際には ATA の戻入れに使用されるため分配はできない。なお、ATA の戻入れについては、次回解説する予定である。
注 12
NMF の平成 28 年 4 月 5 日付プレスリリース『平成 28 年 2 月期(第 1 期)の運用状況の予想の修正に関するお知らせ』の P4 前提条件に「減価償
却費等を原因とする税会不一致等 942 百万円」と記載あり。
September-October 2016
97
その不足額は減算される注 13。
ニ)その他の利益超過分配
(例)
(以下「 OPD 注 14 」という。)
会計上
税務上
(帳簿上)
(適格合併)
「 分配金の額の算出方法」において、
「 各期の一
時差異等調整引当額の分配金が合併費用等の額に
土地の受入価額
200
300
満たない場合には、その他の利益超過分配を併せ
建物の受入価額
300
400
て行います。
」とあり、ATAは6,137 百万円であるこ
500
(時価)
700
(簿価引継ぎ)
とから、OPDは 7,079百万円との差額 942百万円と
合計
減価償却費
6
8
(減価償却限度額 )
なる注 15。これは、上記ハの「 減価償却費等を原因
とする税会不一致等」である942百万円と一致する。
なお、
OPDに関しては分配額に上限が設けられて
上記例の場合、税務上の減価償却限度額と比
おり、一般社団法人投資信託協会『 不動産投資信
較して帳簿上の減価償却費が 2 不足しているた
託及び不動産投資法人に関する規則 』第 43 条によ
め、所得計算上 2 が減算される。
り、クローズド・エンド型の投資法人は、減価償却累
計額の前期比増加額の 60%相当額が限度とされて
いる注 16。
第1期
(平成 28 年2月期 )
分配金の内訳
(単位:百万円)
941
2,590
その他の利益超過分配金
(OPD)
合併関連費用
所得超過税会不一致
1,622
のれん償却費
3,270
一時差異等調整積立額
(ATA)
6,137
2,867
繰延ヘッジ損益 2,867
繰延ヘッジ損益
純資産控除項目
4,048
4,048
1,179
当期利益
投信法上の利益
(損益計算書) (利益分配額)
1,179
1,179
分配総額
(利益超過分配含む)
分配総額
(種類別)
利益分配金
税務上の所得
(配当損金算入前)
(注)第 1 期『決算説明資料』より引用(一部加筆)。なお、端数処理の関係でそれぞれの合計額は一致しない。
注 13
法人税法施行令第 61 条の 4 第 1 号
注 14
Optimal Payable Distribution の略。一般に OPD は利益超過分配全体を指すが、本稿では ATA と区別するために「その他の利益超過分配」を OPD と
呼ぶことにする。
注 15
1 口当たりの分配金は円単位のため、実際の OPD の総額は 941 百万円となる。
注 16
一方、ATA の分配に上限はない(同規則第 42 条第 2 項(1))。
98
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
イ)減損損失と一時差異等調整引当額
( ATA )
② トップリート投資法人
(平成 28 年 4月期)
トップリート投資法人
( 以下「 TOP 」という。
)
下の注記によれば、
TOP が計上した減損損失には
は、平成 28 年9月1日にNMFと合併したが、
2 種類あり、一つは翌期の売却により確定した売却
合併前の平成 28 年 4月期においてATAを分配
損を当期に計上するための減損損失
(181百万円)
、
も
すると共に損失処理
( 無償減資による欠損填
う一つは時価の下落に伴い発生した評価損を当期
補)を行った。この損失処理注 17 を行う必要性
に計上するための減損損失
( 5,274百万円)
である。
についても併せて解説する。
この2 つの減損損失の計上により、当期未処理損
失は 3,575百万円となり、投信法上の利益はないた
め注 18 、利益の分配はできない。もちろん利益超過
貸借対照表
(抜粋)
(単位:百万円)
純資産の部
投資主資本
出資総額
剰余金
圧縮積立金
当期未処理損失
評価・換算差額等
繰延ヘッジ損益
純資産合計
損益計算書
(抜粋)
91,143
136
△ 3,575
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
Ⅵ
5,456
△ 3,640
0
△ 65
△ 3,576
0
△ 3,575
用途
商業施設 ※ 1
(単位:百万円)
1,815
※ 2.減損損失
本投資法人は以下の資産グループについて減損損失を計上して
います。
(単位:百万円)
△ 32
87,670
経常利益 特別損失 減損損失※ 2
税引前当期純損失
法人税、住民税及び事業税
法人税等調整額
当期純損失
前期繰越利益
当期未処理損失
金銭の分配に係る計算書
(要約)
損益計算書に関する注記
商業施設 ※ 2
場所
種類
信託土地
千葉県柏市
信託建物等
信託土地
千葉県習志野市
信託建物等
減損損失
29
151
3,529
1,745
※ 1 上記商業施設の名称はコジマ×ビックカメラ柏店です。
※ 2 上記商業施設の名称はイトーヨーカドー東習志野店です。
減損損失の算定にあたっては、それぞれの物件ごとに 1 つの資
産グループとしています。その結果、売却を予定している固定資産
グループ 1 件について、当期において帳簿価額を回収可能価額ま
で減額し、当該減少額を減損損失(181 百万円)として特別損失
に計上しました。
(略)
また、一棟借りのテナントにより賃貸借契約の解約通知を受領
した固定資産グループ 1 件について、当期において帳簿価額を回
収可能価額まで減額し、当該減少額を減損損失(5,274 百万円)
として特別損失に計上しました。
(略)
一時差異等調整引当額の引当て及び戻入れに関する注記
1. 引当ての発生事由、発生した資産等及び引当額
(単位:百万円)
(単位:百万円)
当期未処理損失
圧縮積立金取崩額
損失処理額
利益超過分配金加算額
分配金の額
一時差異等調整引当額(1 口当たり 11,460 円)
次期繰越利益
△ 3,575
136
3,439
2,016
2,016
0
発生した資産等
引当ての発生事由
信託不動産等
減損損失の発生
一時差異等調整引当額
2,016
2. 戻入れの具体的な方法
減損損失
該当物件の減価償却及び売却等の時点において、それぞれ
対応すべき金額を戻し入れる予定です。
分配金の額の
(略)当期未処理損失に、出資総額等から控除した当期計
算出方法
上の減損損失相当額及び圧縮積立金取崩額を加算した額
を超えない額で、発行済投資口数 176,000 口の整数倍
の最大値となる 2,016 百万円を、一時差異等調整引当額
の分配として、本投資法人規約第 34 条の(2)に定める
利益を超えた金銭の分配を行うことといたしました。なお、
当期未処理損失については、投資信託及び投資法人に関
する法律第 136 条第 2 項に従い、出資総額等から控除す
ることにより処理しています。
注 17
イオンリート投資法人の平成 28 年 7 月期についても同様の損失処理が公表されている。
注 18
87,670 百万円- 91,143 百万円=△ 3,472 百万円(投信法第 136 条第 2 項に規定する「投信法上の損失」)
September-October 2016
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分配は可能なので、ATAの分配を考える。
ATAの限度額は次の計算となる。
損失処理を行わない場合
損失処理を行う場合
平成 28 年10月期
( 合併しな 損失処理
( 無償減資による
い前提 )の予想利益は約18 欠損填補)
を行うことにより
A:所得超過税会不一致=減損損失 5,456百万円
+圧縮積立金取崩額
136百万円
=5,592百万円
B:純資産控除項目
=繰延ヘッジ損失
32百万円
ATAの限度額=A+B =5,624百万円
億円であるが、前期繰越損 会計上の損 失 34 億円が穴
失 34 億円の穴埋めに使用さ 埋めされ 、平成 28 年10月期
れて分配には使えない。
に発生する当期純利益約18
利益超過分配は可能である 億円は全額配当に回せるた
が、ATAの範囲である「 所 め注 19 、課税の軽減が可能と
得超過税会不一致 」は単年 なる。
度利益の比較であり、平成
28 年10月期には税会不一致
が発生しないためATAを分
配できない。またOPDを分
ATAの分配の目的が法人税等の課税の軽減なの
で、税務上の所得まで分配すれば足りるはずであ
り、金銭の分配に係る計算書における「分配金の額
の算出方法」に基づけば次の計算となる。
配しても損金算入されない
ため、法人税等の課税を軽
減できない。
この損失処理の規定は投信法第136 条第 2 項に
あり、会計上の欠損を資本の取崩し
( 無償減資)に
当期未処 理 損 失△ 3,575百 万円+減 損 損 失
よって穴埋めする処理である。
5,456百万円+圧縮積立金取崩額136百万円
=2,017 百万円
これを発行済投資口総数 176,000 口で除した
1口当たりATAは11,460 円
投資信託及び投資法人に関する法律
(利益及び損失の処理 )
第136 条 投資法人は、第131条第 2 項の承
認を受けた金銭の分配に係る計算書に基づ
なお、既に
「投信法上の損失 」
の状態であるため、
き、利益
( 貸借対照表上の純資産額が出資
圧縮積立金を取り崩さずともATAの分配
(利益超過
総額等の合計額を上回る場合において、当
分配)
は可能であるが、下記の損失処理を行うため
該純資産額から当該出資総額等の合計額を
に取り崩したものと考えられる。
控除して得た額をいう。
)の全部又は一部を
出資総額に組み入れることができる。
ロ)
損失処理
(無償減資による欠損填補)
2 投資法人は、前項の金銭の分配に係る計
減損損失が発生した平成 28 年 4月期だけを考え
算書に基づき、内閣府令で定めるところによ
れば損失処理は必要ないが、翌事業年度の分配を
り、損失
( 出資総額等の合計額が貸借対照
考えると、次の理由により、損失処理が必要となる。
表上の純資産額を上回る場合において、当
該出資総額等の合計額から当該純資産額を
控除して得た額をいう。
)の全部又は一部を
出資総額等から控除することができる。
注 19
厳密に言えば、「ATA のうち税会不一致の解消に対応する部分」の戻入れが優先される。
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ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
この規定はARESの要望 注 20 に基づき、平成 25
法人株式又は出資以外の資産
( 当該株主等に対す
年 6月19日公布
( 平成 26 年 4月1日施行)の投信法
る剰余金の配当等として交付される金銭及び合併
改正時に新設されたもので、
「 金銭の分配に係る計
に反対する株主等に対するその買取請求に基づく
算書に基づき」とされていることから、この損失処
対価として交付される金銭を除く。
)
が交付されてい
理は損失発生事業年度の金銭の分配に係る計算書
ないこと注 21 」とあり、剰余金の配当等以外の合併
上で行う必要がある。
交付金
( すなわち利益超過分配に相当する金銭 )
は
分配できないことから、平成 28 年 4月期の損失処
なお、TOPは NMFとの合併に伴い、利益の分
理を行ったものと考えられる注 22。
配ではなく、平成 28 年 8月期を最終営業期間とす
る合併交付金を分配することになったが、法人税法
※本稿で使用した資料等は公表されているものを元にして
の適格合併の要件に「 被合併法人の株主等に合併
おります。
注 20
ARES 平成 25 年度制度改善要望 4. 投資法人における「減資」制度の導入
注 21
法人税法第 2 条第 12 号の 8
注 22
投資法人の合併交付金(利益の配当として交付された金銭に限る。)は税務上の「配当等の額」に含まれ、最終営業期間の損金に算入できる(租
税特別措置法施行令第 39 条の 32 の 3 第 1 項)。
やまもと きょうじ
ふるかわ ひであき
税理士
EY 税理士法人 グローバルコンプライア
ンスアンドレポーティンググループ 不動
産チーム エグゼクティブディレクター
第一勧業銀行を経て 1992 年太田昭和
アーンストアンドヤング(現 EY 税理士法
人)に入社。2001 年の J リート創設当
初から税務実務に携わり、現在は EY 税
理士法人における投資法人分野の責任者。
ARES、投信協会等を通じて投資法人の
税制改正要望及び制度改善要望の提言に
関与している。
税理士
EY 税理士法人 グローバルコンプライア
ンスアンドレポーティンググループ 不動
産チーム エグゼクティブディレクター
大手外資系税理士法人および米国系大手
ノンバンクを経て、2014 年 EY 税理士
法人に入社。国内外の事業法人、金融機
関、REIT、投資ファンド向けに不動産・イ
ンフラ・大型動産に関連する税務アドバイ
スおよびコンプライアンス業務を提供。J
リートについては 2001 年の創設時より
税務実務に関与している。
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