グローバルプライムオフィス 賃貸コスト調査

MARKET
グローバルプライムオフィス
賃貸コスト調査
(本稿は 2016 年 6 月に発刊された Global Prime Office Occupancy Costs の日本語抄訳)
貝畑 奈央子
CBRE リサーチ
アソシエイトディレクター
(ARES マスター M0801605)
CBRE では世界の126 マーケットを対象に半年ごとにプライムオフィス賃貸コスト
( プライムオフィス賃料に各地域の税
金、共益費などを加味したコスト)
を調査している。本調査で言うプライムオフィスは 、各都市のプライムオフィスエリアにお
いて、特に質の高いオフィスビル
( グレード A ビルのストックの中でも特に高い賃料が取れるビル)
が対象である。2016 年
第1四半期
( =1-3月期 )
の調査で、ドル建ての賃料でトップ50にランク入りしたマーケットのうち、アジア太平洋地域のマー
ケットが 20 、EMEA
( 欧州 、中東、アフリカ)
が 20 、米州が10となった。今回の調査では 、香港
( セントラル)
が世界で最も
オフィス賃貸コストが高いという結果となった。また、前回の調査同様、トップ10 のうち 7 マーケットをアジア地域の都市
が占めた。
図表1 地域別プライムオフィス賃貸コストの変動率
地域別動向
2016 年第1四半期の世界のプライ
グローバル
対前年同期比
2016年第1四半期
+2.4%
2015年第3四半期
+2.4%
地域別変動率
ムオフィス賃貸コストは対前年同期
。これ
比で 2.4% 上昇した
( 図表1 )
は半年前の前回調査
( 2015 年第 3 四
半期=7-9月期)
と同じ伸び率であ
る。2016 年に入ってから世界経済の
不透明感が高まっているものの、今
米州
対前年同期比
2016年第1四半期
2015年第3四半期
対前年同期比別
マーケッ
ト数
欧州・中東・アフリカ
アジア太平洋地域
+2.3%
+2.1%
+2.7%
+3.1%
+2.2%
+1.9%
25
4
10
30
15
11
17
6
10
上昇
横這い
低下
上昇
横這い
低下
上昇
横這い
低下
のところオフィス賃料は大きな影響
を受けていないようだ。
賃貸コスト上昇率
トップ5
地域別に見ると、アジア太平洋地
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
ダブリン
シアトル・ダウンタウン地区
11.4%
ストックフォルム
アトランタ・ダウンタウン地区
11.4%
バルセロナ
ニューヨーク・
ミッドタウン地区
前年同期比で 2.7% 上昇。前回調査
56
11.5%
アトランタ・郊外地区
域のプライムオフィス賃貸コストは対
の同1.9% と比べると上昇幅は0.8ポ
モンテレイ
10.5%
8.0%
ベルリン
ヨハネスブルグ
16.6%
13.6%
11.4%
9.5%
8.7%
19.5%
香港・西九龍地区
香港・セントラルCBD
14.2%
ニューデリー・CBD
11.1%
上海・浦東地区
10.9%
深圳
6.8%
5.3% 東京・丸の内 /大手町
出所:CBRE
イント拡大した。これは、同期間の
料を提示している。中国が資本市
以下、香港
( セントラル)、ロンドン
アジア太平洋地域のグレード A オ
場の自由化や海外不動産取得に対
( ウェストエンド)
以外に今回のプラ
フィス賃料の上昇率
( 1.6% )、ならび
する規制緩和などを進める中で、中
イムオフィス賃貸コストのトップ 10に
に世界全体の平均を上回るペースで
国本土の金融機関が海外事業拡大
ランク入りした各マーケットの特徴に
ある。一方、米州では対前年同期
の足掛かりとなるプライムオフィスビ
ついて述べる。
比 2.3% の上昇 、
EMEAでは同2.1%
ルを香港に求めていることが需要拡
の上昇となり、上昇幅は前回に比べ
大を牽引している。加えて、2014 年
てそれぞれ 0.8ポイント、0.1ポイント
11月にスタートした香港と上海の証
中国の国内金融機関の急成長に
縮小した。
券取引所の相互接続も、香港
( セン
伴い、プライムオフィススペースに対
トラル)でのオフィス需要拡大に拍
する需要は毎年拡大している。一
車をかけている。ただし、こうした
方、2009 年以降、プライムオフィス
オフィス賃貸コストの上昇の勢いは
の新規供給は非常に少ない。供給
2016年第1四半期のプライムオフィ
クオリティの高いスペースに限られて
過小の下、北京
( 金融街)
のプライム
ス賃貸コストのトップ 10を構成する
おり、上昇のペースは今後鈍化し始
オフィス賃料は今後も上昇傾向が続
マーケットは2015 年第3四半期の前
める可能性が高いと CBRE では予
くと予想される。
。
回調査と変わっていない
( 図表 2 )
想している。
マーケット別動向
第 3 位:北京( 金融街 )
第 4 位:北京( CBD )
ただし、前回調査で1位だったロン
ドン
( ウェストエンド)
は今回調査で
ロンドン( ウェストエンド )では
グローバル企業が多く集積してい
は 2 位に後退した。一方、香港
(セ
引き続き堅調なテナント需要がみら
るエリアであるが、世界経済の弱さ
ントラル)は対前年同期比で14.2%
れるものの、EU 離脱に関する英国
を背景に、その多くはコスト意識が
上昇し、プライムオフィス賃貸コスト
民投票以前からやや鈍化傾向にあ
高く、中国の国内企業と比べてオ
は1平方フィート当たり290 米ドル/
り、そのことがオフィス賃貸コストの
フィスの移転や拡張に慎重である。
年で1位となった。上昇率で見ると、
上昇率にも影響したと考えられる。
にもかかわらず賃料が上昇している
香港
( セントラル)は1位の香港
(西
九龍)
( 19.5% )、2 位のダ ブ リン
のは、2011年以降、オフィスの新規
世界でプライムオフィス賃貸コスト
供給が限られていることが要因であ
が 1平方フィート当たり200 米ドル/
る。今後 2020 年までの間には複数
年を超えるマーケットは香港
( セント
の供給が予定されており、これによ
香港( セントラル )のプライムオ
ラル)
とロンドン
( ウェストエンド)
の
り需給緩和が期待される。ただし、
フィス賃貸コストが 2 桁台の伸びを
み。2 都市のオフィス賃貸コストが他
国内企業の需要は強く、好立地の一
示した要因として、新規供給の不足
のマーケットに抜きんでている要因
部の物件では竣工前に高額で成約
により空室率が極めて低いこと、一
は2 つ考えられる。1つ目は、いずれ
に至るケースもあるようだ。
等地の優良オフィスビルに対する中
もグローバル都市として揺るぎない
国本土企業からの需要が引き続き
地位を確立していること。2 つ目は、
旺盛であることの2点が挙げられる。
いずれの都市も長期に亘る経済成長
香港の中心部へのアクセスが良
によりオフィス需要が拡大している一
く、香港
( セントラル)
よりもオフィス
2016 年第1四半期の香港
( セント
方、新規の開発に対して一定の制限
賃料が低いため、クオリティと利便
ラル)
のプライムオフィスの空室率は
があるため、その旺盛な需要の受け
性の両方の要素を求めるコスト意識
1.2% であった。プライムスペースの
皿となるオフィスの新規供給が十分
の高いテナントに人気がある。2018
不足を背景に、オーナーは強気の賃
とは言えない、ということである。
年に広深港高速鉄道
( 中国の広州市
( 16.6% )
に次ぐ大きさである。
第 5 位:香港( 西九龍 )
September-October 2016
57
MARKET
第 10 位:上海( 浦東 )
から深圳市を経由して香港の西九龍
テナントの動きは活発で、限定的な
総駅に至る高速鉄道)
の完成が予定
供給を背景に賃料の上昇が続いて
オフィス需要の牽引役は国内の金
されており、当該エリアの利便性はさ
いる。当該地では米国史上最大級
融サービス会社である。当該セク
らに高まることが期待される。
のハドソン・ヤード再開発プロジェク
ターのオフィス需要は力強い一方、
トやマンハッタン・ウエスト複合開発
供給は限られているため、過去1年
プロジェクトにおいてオフィスビルを
の間はオーナー主導のマーケットが
2015 年第 3 四半期の前回調査か
含む複数の開発が進行中で、今後ま
続いている。当該エリアは国内外の
ら1つ順位を上げて第 6 位となった。
とまった供給が予定されている。セ
テナントに人気が高く、今後も定常
セクターを問わず、国内企業の立地
クターにかかわらずテナントのオフィ
的に浦西を上回る賃料を維持してゆ
改善や、優良オフィスビルへの移転
ス需要は旺盛で、竣工前のリーシン
くものと考えられる。
ニーズがオフィス需要の大半を占め
グは順調に進んでいるようだ。
第 6 位:東京( 丸の内・大手町 )
ている。
第 7 位:ニューデリー
(コノートプレース CBD )
フロントオフィススペースを求める
順位
現地通貨
面積単位
マーケット(国)
香港・セントラル
(香港)
テナント、特に銀行や金融サービス
1
会社、エンジニアリング会社の動き
2
ロンドン-セントラル・
182.42 GBP sq. ft. p.a.
ウェストエンド(イギリス)
が活発。一方、ここ2 年間はオフィ
3
北京・金融街(中国)
スの新規供給がないため、賃料は上
4
北京・CBD(中国)
5
香港・西九龍(香港)
昇基調を維持している。
187.59 HKD sq. ft. p.m.
対前年 米ドル / 対前年
<参考>
同期比 スクウェアフィート/ 同期比
円/坪/月
(%)
(%)
年
14.2
290.21
14.1
96,350
1.4
262.29
-1.8
87,100
0
188.07
-4
62,450
1,051 RMB sq. m. p.m.
0.8
181.60
-3.2
60,300
116.03 HKD sq. ft. p.m.
19.5
179.49
19.5
59,600
1,089 RMB sq. m. p.m.
東京・丸の内 / 大手町
6
(日本)
53,460 JPY tsubo p.m.
5.3
160.47
12.4
53,460
7
ニューデリー・
コノートプレース CBD
(インド)
826.87 INR sq. ft. p.m.
0.9
149.71
-4.9
49,700
8
ロンドン-セントラル・
シティ(イギリス)
101.11 GBP sq. ft. p.a.
5.2
145.38
1.9
48,300
の中心となるオフィスエリア。セント
9
ニューヨーク・
ミッ
ドタウン・
マンハッタン(米国)
136.71 US$ sq. ft. p.a.
8
136.71
8
45,400
ラル
( シティ)
はウェストエンドほど供
10
上海・浦東(中国)
769 RMB sq. m. p.m.
10.9
132.78
6.5
44,100
11
モスクワ(ロシア)
1,313 US$ sq. m. p.a.
-4.8
121.94
-4.8
40,500
12
サンフランシスコ・
CBD(アメリカ)
120.48 US$ sq. m. p.a.
5.3
120.48
5.3
40,000
13
上海・浦西(中国)
617.46 RMB sq. m. p.m.
0.7
106.65
-3.3
35,400
1,001 EUR sq. m. p.a.
0
105.99
6.1
35,200
103.75 US$ sq. ft. p.a.
3.8
103.75
3.8
34,450
97.38 US$ sq. ft. p.a.
4.7
97.38
4.7
32,350
0.8
96.43
-2.3
32,000
第 8 位:ロンドン-セントラル
( シティ)
世界の金融ハブとしてのロンドン
給は限定的ではないものの、タイト
な 需 給 が 続 いている。 リーマン
ショック後に統廃合を経た金融機関
は現在勢いを取り戻しており、オフィ
ス需要の拡大を牽引している。中長
イル・ド・フランス
14
(フランス)
15
ボストン・CBD
(アメリカ)
期的には英国の EU 離脱問題の動
16
サンフランシスコ・
半島地区(アメリカ)
向が懸念されるものの、足元では賃
17
ソウル・CBD(韓国)
98,887
料の上昇基調は続いている
18
深圳(中国)
549.29 RMB sq. m. p.m.
6.8
94.87
2.6
31,500
19
ムンバイ・バンドラ
地区(インド)
523.53 INR sq. ft. p.m.
-1.1
94.79
-6.8
31,500
-13.8
94.47
-12.2
31,350
第 9 位:ニューヨーク
(ミッドタウン・マンハッタン)
前回調査から1つ順位を上げた。
58
図表 2 プライムオフィス賃貸コスト 世界上位 20マーケット
( 1平方フィート当たりコスト/年 、共益費・税込み)
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
20 シンガポール
KRW sq. m.
p.m.
10.6 SGD sq. ft. p.m.
注 :データは 2016 年第 1 四半期時点。1 米ドル= 112 円
sq. ft. :スクウェアフィート sq.m:スクウェアメーター(㎡)
p.m.:月あたり p.a.:年あたり
出 所:CBRE
126マーケットのうち、オ
ランキングの動向
図表 3 ランキングが3 つ以上上がった*1 マーケット
前回調査からの
ランキング上昇幅
フィス賃貸コストが対前
年同期比で10% 以上上
メルボルン(オーストラリア)* 2
12
ワシントン DC・郊外(アメリカ)
11
ヘルシンキ(フィンランド)
9
図表 3 は半年前の前回調査
( 2015
昇したマーケットが 11
年第3四半期)
から3つ以上ランキン
あった一方、6マーケット
バンクーバー・郊外(カナダ)
8
グが上がった22 マーケットのリスト
では 2 桁台の下落がみら
アトランタ・CBD(アメリカ)
7
である。ランキングが上がった22
れ 、世界のマーケットの
アデレード(オーストラリア)
7
ジャカルタ(インドネシア)* 2
6
マーケットのうち、41% はアジア太
トレンドは一様ではない。
キャンベラ(オーストラリア)* 2
6
深圳(中国)* 2
5
ストックフォルム(スウェーデン)
5
マドリッド(スペイン)
5
ボストン・郊外(アメリカ)
5
オークランド(ニュージーランド)* 2
5
ブダペスト(ハンガリー)
5
平洋地域のマーケットが占めた。こ
のことは、中国経済の成長鈍化にも
とはいえ、全体的に見
関わらず、同地域は引き続き成長を
れば、世界経済は今後も
遂げていることを物語っている。ま
個人消費と企業の設備
た、ランキングが上がったマーケット
投資に牽引されて緩やか
の大半( 72% )は世界的に見て必ず
な成長を続けると予想さ
しも主要都市ということではない。
れる。これに伴い、プラ
これは、伝統的なオフィスマーケット
イムオフィスの主要な借
で賃料上昇が続く中、コスト意識の
り手であるサービスセク
高い企業が、より賃貸コストに割安
ターも、アジア太平洋地
感のあるマーケットでオフィスを探し
域を中心に更なる拡大を
ているということを示唆している。
続けるだろう。同地域で
*2
ソウル・CBD(韓国)* 2
4
シドニー(オーストラリア)
4
テルアビブ(イスラエル)
4
ロサンジェルス・CBD(アメリカ)
4
ヨーテボリ(スウェーデン)
4
マルセイユ(フランス)
4
ベルリン(ドイツ)
4
バンコク(タイ)
4
*2
*2
* 1 前回調査(2015 年第 3 四半期)との比較
* 2 アジア太平洋地域のマーケット
出所:CBRE
は特に中間層の台頭が著
今後の見通し
しい。特に年金や保険商品に対す
れに伴い、プライムオフィス賃貸コス
る彼らの需要が拡大している同地域
トは今後も緩やかな上昇を続けるで
世界のプライムオフィス賃貸コスト
では、その需要拡大を成長機会と捉
あろう。
は前年同期と比べて2.4% 上昇した。
えているサービスセクターがオフィス
ただし 、今回の調査で対象とした
需要を牽引していくとみられる。こ
かいはた なおこ
地銀シンクタンクを経て 2002 年、生駒データサービスシステム(現シービーアールイー)入社。外資系
クライアント向けにオフィスを中心とした事業用不動産に関するコンサルティング業務に従事。2009 年
より、アウトバウンドコンサルティング業務を立ち上げ、中国・東南アジアを担当。大手デベロッパー、商社、
ゼネコンなどの各セクターに係る海外事業に対してアドバイザリーを提供。2014 年 7 月にコンサルティ
ングからリサーチに異動し、より幅広いクライアントに対して国内外のマーケットインサイトを発信。不
動産証券化マスター。
September-October 2016
59