産業保健 - 独立行政法人 労働者健康安全機構

産業医・産業看護職・衛生管理者の情報ニーズに応える
2016.10
第
86
号
特集
産業保健スタッフが
知っておくべき
過重労働対策
労働衛生対策の基本
腰痛予防とその対策
中小企業の産業保健
辰巳化学株式会社
よりよい職場環境づくりを
推進し
﹁健康経営格付﹂
取得を実現
バックナンバーの閲覧と検索ができます。http://www.johas.go.jp/tabid/128/Default.aspx
「治療と職業生活の両立支援」が
本格的にスタート!
(独)
労働者健康安全機構(以下、機構)
は、産業保健総合支援セン
ター(以下、産保センター)における治療と職業生活の両立支援に
関する取組みを推進するため、8月8∼9日の2日間、都内にて
「両
立支援促進員会議」を開催し、全国の産保センターの両立支援促進
員や副所長など関係者約130人が集まった。会議に先立ち、機構の
亀澤典子産業保健担当理事は、治療と職業生活の両立支援に悩む事
業場への支援の必要性を訴えた上で、
「今回は、機構における両立
支援事業のキックオフ会議。疾病の治療を行う労災病院と事業場の支援を行う産保センターを有する当機構ならで
はの両立支援に取り組むためにも、この2日間で多くを学び、意見・情報交換をして、今後の業務に役立てていた
だきたい」
とあいさつをした。
1日目はまず、今年2月に厚労省が公表した「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」
(図1)や、機構の両立支援に関する事業内容の説明等が行われた。その後、産業保健ア
ドバイザーの飯島美世子氏が、両立支援促進員の具体的な活動の仕方やそのポイントを
指南し、企業用研修の教材例なども示した。また、中国労災病院治療就労両立支援部の
豊田章宏部長は、労災病院が現在取り組む治療就労両立支援モデル事業の解説や、医療
職側から実施している支援、両立支援促進員と今後どう連携していきたいか等を自身の
経験を踏まえて語った。さらに、産業保健アドバイザーの古山善一氏と菅野由喜子氏か
らは、職場における労務管理や活用できる助成金制度のポイントが伝えられた。2日目
は、産業医科大学産業医実務研修センターの柴田喜幸准教授が講師を務め、企業向け研
図1.事業場における治療と
職業生活の両立支援のための
ガイドライン
修の実施方法を、グループワークなども交えてより実践的に学んだ。
講師陣は皆共通して「両立支援促進員一人に任せるのではなく、他の職員や相談員、
労災病院、地域の病院など関係者全
◀医療側からの取組みに
ついて話す豊田部長
員を巻き込んだ体制の構築が不可
欠」であることを訴えており、機構
でも今後、労災病院と産保センター
の連携をより密接にし、事業場に対
する治療と職業生活の両立支援を強
▶具体的な活動法を指南する飯島氏
企業向け研修のコツを伝える
柴田准教授
化していく。
平成28年度(第21回)産業保健調査研究発表会のお知らせ
全国の産業保健総合支援センターが実施した産業保健に関する調査研究(16課題)について
発表が行われます。
日時:平成28年11月10日(木)13:30 ∼ 17:30、11月11日(金)9:30 ∼ 12:00
場所:大手町ファーストスクエアカンファレンス
(〒100-0004 東京都千代田区大手町1-5-1ファーストスクエアイーストタワー2階)
主催:独立行政法人 労働者健康安全機構
2016.10 第 86 号
C
O
N
T
E
N
T
S
産業保健
21
2016.10 第 86 号
特集 産業保健スタッフが
知っておくべき過重労働対策
2
1. 過労死等防止対策について ∼過重労働の撲滅、長時間労働の削減に向けて∼
厚生労働省 労働基準局 総務課 過労死等防止対策推進室
5
2. 過重労働が企業にもたらす問題
山田長伸 山田総合法律事務所
8
3. 産業保健スタッフによる過重労働対策
堀江正知、宮﨑洋介 産業医科大学 ストレス関連疾患予防センター
4. 企業事例
いきいきと働ける職場づくりへ働き方の改革に取り組み続ける
10
全日本空輸株式会社
労働衛生対策の基本
12
腰痛予防とその対策 岩崎明夫
産業保健活動総合支援事業の紹介 ❷
16
『若年労働者向けメンタルヘルス教育』活用のススメ
東京産業保健総合支援センター
産業保健スタッフ必携! おさえておきたい基本判例
25
地公災基金愛知県支部長(瑞鳳小学校教員)事件 木村恵子
18
いざ実践!ストレスチェック ❷ 吉野 聡
20
中小企業の産業保健
22
よりよい職場環境づくりを推進し「健康経営格付」取得を実現
辰巳化学株式会社
どう取り組む?治療と職業生活の両立支援 ❷
24
産保スタッフと人事部が連携して治療前からフル復帰までサポート
株式会社福屋
機構で取り組む研究紹介 ❷ 除染作業時における粉じん濃度測定 鷹屋光俊
26
情報スクランブル
27
新連載 データで読む産業保健 ❶ 頑張る高年齢労働者 東 敏昭
28
産業保健 Book Review
1. Dr. 山本流 ストレスチェック完全攻略!
29
2. 建設業におけるメンタルヘルス対策の進め方/
裁判例から学ぶ建設業のメンタルヘルス
2016.10 第 86 号
産業保健
21 1
特 集
産業保健スタッフが
知っておくべき
過重労働対策
長時間にわたる過重な労働は、労働者の脳・心臓疾患の発症リスクを高めてしまう
ことから、厚労省でも現在、違法な長時間労働に対する監督指導を強化しており、企業
にとって過重労働対策の強化、長時間労働の削減は喫緊の課題となっている。
本特集では過重・長時間労働対策について、今、産業保健スタッフに求められている
ことや、産業保健スタッフという立場から働きかけられること、さらに事業場と協力・
1
連携して進めていくべき具体的な取組みについて、各分野の専門家・実務家に解説して
特集
いただき、企業事例も紹介する。
●
過労死等防止対策について
∼過重労働の撲滅、長時間労働の削減に向けて∼
厚生労働省 労働基準局 総務課 過労死等防止対策推進室
1. はじめに
まりしている一方、パートタイム労働者の総実労働
「過 労 死 」は、 わ が 国 の み で な く、 国 際 的 に も
時間は横ばいから微減で推移している
(図1)
。
「karoshi」として知られるようになったが、平成26年
11月の過労死等防止対策推進法
(以下、法)
施行から1
2)年次有給休暇の取得状況
年半以上が経過した。施行以降、過労死等の防止のた
年次有給休暇の取得状況は、平成26年の取得率は
めの対策を効果的に推進するため、過労死等の防止の
47.6%と平成25年の48.8%を下回り、また、平成12年
ための対策に関する大綱
(以下、大綱)
を平成27年7月
以降50%を下回る水準で推移している。
24日の閣議決定を経て、策定されている。
本稿では、大綱の内容にも触れつつ、長時間労働の
削減および過重労働防止対策等について解説する。
<過労死等防止対策厚生労働省専用ホームページ>
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/
bunya/0000053725.html
3)
職場においてストレスを感じる労働者の状況
仕事や職業生活に関することで強い不安、悩み、
ストレスを感じている労働者の割合は、平成25年は
52.3%と平成24年調査の60.9%より低下しているもの
の、依然として半数を超えている。
2. 過労死等の現状
4)過労死等に係る労災補償の状況
1)労働時間等の状況
平成27年度の過労死等に係る労災補償は、脳・心
一般労働者の総実労働時間は2,000時間前後で高止
臓疾患の請求件数は795件(前年度比32件増加)
、支給
2 産業保健 21 2016.10 第 86 号
特集 産業保健スタッフが知っておくべき過重労働対策
図1. 一般労働者、パートタイム労働者の総実労働時間の推移
(時間)
2,200
2,045
(%)
35
2,050 2,026
2,036 2,038
2,010 2,009 2,026
2,024 2,040
2,000
2,017
1,800
1,400 14.4
1,200
25.3
20.3
19.5
1,600
14.5
14.4
15.0
15.6
21.1
2,030 2,018 2,021 2,026
1,976 2,009 2,006
2,028
2,017
一般労働者の総実労働時間 ( 左目盛 )
2,041 2,047 2,032
25.3
25.5
26.1
26.1
27.3
27.8
28.2
29.4
29.8
30.5
20
パートタイム労働者比率 ( 右目盛 )
15
1,168
1,105 1,093 1,084
1,068
1,096
1,150 1,139
1,154 1,141 1,151 1,150 1,140 1,138
1,128 1,111
1,082
1,090
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
10
5
パートタイム労働者の総実労働時間 ( 左目盛 )
800
平成 5
30
25
22.7
22.1
16.3
1,184 1,172 1,174 1,176
1,162
1,000
28.8
24
25
26
27
(年)
0
(資料出所)厚生労働省「毎月勤労統計調査」
(注)1.事業所規模 5 人以上
2.就業形態別総実労働時間の年換算値については、各月間平均値を 12 倍し、小数点以下第1位を四捨五入したもの。
決定件数は251件(同26件減少)
であり、精神障害の請
②啓発
求件数は1,515件(前年度比59件増加)
、支給決定件数
過労死等は職場において生じるものであることか
は472件(同25件減少)である(詳細は厚生労働省の
ら、その防止のためには、一般的な啓発に加えて、職
ホームページ1)を御覧いただきたい)
。
場の関係者に対する啓発が極めて重要である。特に、
3. 過労死等の防止のための
過重労働による健康障害の防止のためには、長時間労
働者に対する医師による面接指導やメンタルヘルス対
対策について
策等について、関係法令の理解促進およびその遵守の
1)大綱に求められる過労死対策について
ための啓発指導が必要である。毎年11月の過労死等防
過労死等は、要因が複雑で多岐にわたっており、
止啓発月間においては、集中的な周知・啓発を行うの
その発生要因等は明らかでない部分が少なくないた
で、当月間における各種取組みに御協力をお願いする。
め、過労死等の実態解明を行うための①調査研究等、
また、平成27年12月1日に施行された「ストレス
また、長時間労働を削減し、仕事と生活の調和(ワー
チェック制度」については、その普及啓発のため、産
ク・ライフ・バランスの確保)
を図るために、②啓発、
業保健総合支援センターにおける事業者向けの啓発セ
③相談体制の整備等、④民間団体の活動に対する支
ミナーや産業保健スタッフ向けの専門的な研修等の開
援 ── の4項目について取り組むことによって過労
催、小規模事業場に対しては費用助成や地域産業保健
死対策を進めていくことになっている。
センターにおける無料の面接指導を実施しているの
各項目について、特に産業保健スタッフにも留意
で、積極的な参加・活用をお願いしたい。
していただきたい内容について以下にお示ししたい。
③相談体制の整備等
①調査研究等
職場において、労使双方が過労死等の防止のための
過労死等は、要因が複雑で多岐にわたっており、
対策の重要性を認識し、労働者が過重労働や心理的負
その発生要因等は明らかでない部分が少なくないた
荷による自らの身体面、精神面の不調に気づくことが
め、実態解明のための調査研究を平成27年度よりさ
できるようにしていくとともに、上司、同僚も労働者
まざまな角度から開始しているところである。
の不調の兆候に気づき、産業保健スタッフ等につなぐ
調査結果については、厚生労働省のホームページ
「過労死等防止対策に関する調査研究について」 に
2)
ことができるようにしていくための環境づくりが必要
である。
適宜、更新して掲載しているので参考にしていただ
厚生労働省では、産業保健体制の充実・強化のため、
きたい。
産業医等相談に応じる者に対する研修を実施してい
2016.10 第 86 号
産業保健
21 3
る。また、職場のメンタルヘルスに関するさまざまな
このため、過労死等を職場や労働者のみの問題と
情報を提供し、職場のメンタルヘルス対策の促進を行
捉えるのではなく、国民一人ひとりが、ともに生活
うため、働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト
「こ
する社会の構成員として、さらには労働者を支える
3)
ころの耳」
を運営しており、事業者、産業医等の産
家族や友人として、自身にも関わることとして、過
業保健スタッフ、労働者やその家族に対して、ストレ
労死等を防止することの重要性について自覚し、こ
スチェック制度に関する資料のほか、メンタルヘルス
れに対する関心と理解を深めることが必要である。
対策に関する基礎知識、取組み事例等、職場のメンタ
理解を深めるためには、より多くの方々のお話し
ルヘルスに関するさまざまな情報提供を行うととも
を聴くことも有用であり、このシンポジウムの機会
に、労働者等を対象としたメール相談サービスを実施
を是非とも積極的に活用していただきたい。
しており、積極的な利用をお願いしたい。
なお、平成28年度のシンポジウムの開催日時等に
④民間団体の活動に対する支援
ついては、専用サイト4)にて確認していただきたい。
民間団体が取り組むシンポジウムやシンポジウム以
外の活動に対する支援を行うとともに民間団体の活動
の周知を行うこととしている。
4. 過労死等防止啓発月間および
過重労働解消キャンペーン
2) 各種媒体を活用した周知・啓発
駅などへのポスターの掲示、インターネットや新
聞広告を活用した周知啓発の取組みを広く行う予定
であり、過労死等の防止のためには、事業主はもち
ろん、それぞれの職場を実際に管理する立場にある
過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けること
上司も理解を深めることが重要であり、当該パンフ
のできる社会の実現に向け、国民一人ひとりがそれぞ
レット等を活用しながら所属事業場等においての周
れの立場から積極的に取り組むことが過労死等防止対
知をお願いしたい。
策には重要であるが、国民の間に広く過労死等を防止
3) 過重労働解消キャンペーン
することの重要性について自覚を促し、これに対する
関心と理解を深めるため、毎年11月を過労死等防止
11月の
「過重労働解消キャンペーン」
については、
啓発月間と定めており、併せて「過重労働解消キャン
①労使の主体的な取組みの促進を図るため、使用者
ペーン」
を行うこととしている。
団体や労働組合に対し、長時間労働削減に向けた取
最後に、これらの取組みについて説明したい。
組みの周知・啓発などの実施に関する協力要請
②過労死等を発生させた事業場等に対する重点監督
1)過労死等防止対策推進シンポジウムの開催
③全国一斉の無料電話相談「過重労働解消相談ダイヤ
民間団体の協力と参画を得て国の主催により全国
ル」
の設置
42都道府県で「過労死等防止対策推進シンポジウム」
④事業主、労務担当者等を対象に、自主的な過重労
を開催する予定である。このシンポジウムは、弁護士
働防止策を推進することを目的としたセミナーの実
や医師などさまざまな分野の有識者の講演と過労死に
施 ── 等を行う予定である(詳細は厚生労働省ホーム
より御家族を亡くされた御遺族の体験談などで構成す
ページ5)を御参照いただきたい)
。
るが、各会場において特色のあるものとする予定である。
過労死等には、労働時間や職場環境だけでなく、
その背景にある企業の経営状況やさまざまな商取引
上の慣行のほか、睡眠を含めた生活時間等、さまざ
まな要因が関係している。また、過労死等を防止す
るためには、職場のみでなく、職場以外においても、
周囲の
「支え」
が有効であることが少なくない。
4 産業保健 21 参考URL
1)
厚生労働省.
平成27年度「過労死等の労災補償状況」
を公表.
2016.
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000128216.html
2)
厚生労働省.
過労死等防止対策に関する調査研究について.
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000105655.html
3)
厚生労働省.
こころの耳.
http://kokoro.mhlw.go.jp/
4)
厚生労働省.
過労死等防止対策推進シンポジウム開催予定一覧
https://www.p-unique.co.jp/karoushiboushisympo/
5)
厚生労働省.
過重労働解消キャンペーン
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/roudoukijun/
campaign.html
2016.10 第 86 号
2
特集
●
過重労働が企業にもたらす問題
山田総合法律事務所 弁護士 山田長伸
やまだ ひさのぶ ● 専門分野は労働関係等企業法務。大阪大学特任教授、大阪簡易裁判所司法委員、関西圏国家戦略特区雇用労働相談センター運営協議会会
長など歴任。主な著書に「判例から学ぶ従業員の健康管理と訴訟対策ハンドブック」(法研)など。
1. はじめに
的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損
なうことがないよう注意する義務」
(安全配慮義務)
法令遵守(コンプライアンス)
からCSR(企業の社
を負っており、この義務に違反して疾病の発症に至っ
会的責任)
、そして、健康経営 へ。最近20年間にお
た場合には、当該労働者に対して民事上の損害賠償
ける過重労働問題(具体的には、長時間労働等に起因
責任を負う。
するメンタルヘルス不調や脳・心臓疾患の発症にか
過重労働問題が法令遵守ないしリスクマネジメン
かる問題)
に対する企業の取組み方をスローガン的に
トの観点から本格的に議論される契機となった事件
いうならば、そのように表現し得る。
として、
電通事件を挙げることができる。この事件は、
すなわち、1990年代後半の時期においては、法令
長時間労働に起因してうつ病を発症し、自殺に至っ
遵守ないしリスクマネジメントの観点から取り組ま
た事案に関し、東京地裁が1996年3月に企業側に対
れていた過重労働問題が、2000年代に入ると、単に
して安全配慮義務(注意義務)違反があったとして、
法令遵守の観点のみならず、CSRの一環として議論
1億2,588万余円の賠償責任を認めたというものであ
されるようになり、さらに2010年代に入ると、CSR
る(ただし、同事件は、最終的には、最高裁判決を経
よりもさらに積極的にこれを捉え、企業戦略として
て、2000年8月、差戻審たる東京高裁において、企
の健康経営という観点から議論されるようになって
業側が1億6,800万円の支払義務を認める旨の和解が
きた。
成立し、結着をみた)
。
以下、過重労働問題に対する企業の取組み方の変
本来自分の健康は自分で守る必要がある(いわゆる
遷を、法令遵守、CSR、健康経営という3つの観点
自己保健義務)
と考えられてきた労働者の健康問題に
から簡単に整理してみたい。
ついて、企業側が、1億円を超える高額の賠償責任
2. 過重労働問題と法令遵守
を負わされるだけではなく、過重労働によって労働
過重労働にかかる法令遵守として実務上問題とな
な人材を失うとともに、社内のモラールの低下や対
るのは、労働基準法や労働安全衛生法といった公法
外的なイメージの低落など甚大な損失を被ることと
上の義務の遵守の場面よりも、安全配慮義務の遵守
なることを、電通事件は明らかにしたのである。
という民事(私法)
上の責任をめぐる場面においてで
その結果、1990年代後半以降、各企業とも、法令
ある(もとより安全配慮義務の具体的内容を検討する
遵守(安全配慮義務の遵守)
ないしリスクマネジメン
に際しては、労働安全衛生法等の諸規定を十分に斟
トの一環として正面から過重労働問題に取り組まざ
酌する必要がある)
。
るを得ない状況となった。
※
者の過労自殺を発生させるに至った場合には、貴重
すなわち、企業は、
「業務の遂行に伴う疲労や心理
2016.10 第 86 号
産業保健
21 5
3. 過重労働問題とCSR
4. 過重労働問題と健康経営
その後、2000年代に入ると、法令遵守の観点のみ
さらに近年、法令遵守やCSRの観点とは別に、企
ならず、CSRの観点から過重労働問題に取り組もう
業戦略としての「健康経営」
という観点から、過重労
という動きが出てきた。
働問題に取り組もうという議論が展開されている。
CSRとは、経済、社会の重要な構成要素となった
これは、従来過重労働問題ないし労働者の健康管
企業が、事業活動を展開するにあたり、社会的公正
理問題は、経営管理の本質と切り離して議論されて
や環境などに配慮しながら、消費者や取引先、ある
きたが、その両者を統合的に捉えようとするもので
いは地域社会といった利害関係者(ステークホル
ある。換言すれば、労働者の健康に対する取組みを、
ダー)
に対して責任ある行動を取るとともに、説明責
単なるコストとしてではなく、企業が成長するため
任を果たす必要があるという考え方であって、労働
(企業価値向上のため)の投資として位置づけ、経営
者も、利害関係者の1人と位置づけられるものであ
上の重要課題とするという考え方である。
る。
健康経営という観点からの議論は、すでに2006年
CSRについては、以前から議論は存在したものの、
にNPO法人健康経営研究会が立ち上げられ、かかる
特 に 日 本 経 団 連 が2003年 に「企 業 の 社 会 的 責 任
考え方が示されていたが、2012年より日本政策投資
(CSR)推進にあたっての基本的な考え方」を発表し、
銀行が健康経営に注力する企業に対して融資面で優
また、経済同友会も同年をもって「日本におけるCSR
遇措置を講じる「健康経営格付融資」
を開始し、また、
元年」
と位置づけたことから、以後、多くの企業にお
2015年より経済産業省と東京証券取引所が健康経営
いて、議論が深められることとなった。
に積極的に取り組む上場企業を「健康経営銘柄」
に選
そして、産業界だけではなく、政府においてもい
定するなど、この数年特に議論が活発化している。
ろいろな検討会が立ち上げられ、特に労働の分野に
なお、この健康経営の考え方においても、前述の
おいては、2004年6月に厚生労働省「労働における
法令遵守はその前提ないし重要な基本的要素を構成
CSRのあり方に関する研究会」の中間報告書が出さ
するものであって、健康経営の議論は、法令遵守の
れ、同中間報告書では、労働者の能力発揮のための
観点からの議論にとどまらず、そしてまた、CSRの
取組みが非常に重要であるとされた上、その取組み
観点からの議論よりも、さらに積極的な意味づけを
の1つとして、
「心身両面の健康確保対策及び労働災
行おうとするものである(CSRの議論も経営上の重要
害防止対策を行い、労働者が安心して働ける環境の
課題の1つとして位置づけるという意味では健康経
整備を図る」
ことが指摘された。
営と同様の立場と評価し得るが、その本質が文字ど
換 言 す れ ば、 過 重 労 働 問 題 は、 企 業 に と っ て、
おり「責任論」
にとどまっている点において、健康経
CSRの1つの柱として、取り組むべき課題とされた
営の考え方は、CSRの議論をさらに一歩押し進めた
のである。
ものと評価できる)
。
なお、このCSRと前述の法令遵守との関係をどの
近代組織論の祖と呼ばれるC・I・バーナードは、組
ように理解すべきかという点については、一般的に
織の3要素として、共通目的・貢献
(共働)
意欲・コミュ
は「法令遵守はCSRの前提となるものである」
と理解
ニケーションを掲げているが、かかる組織論から、
されている。要するに、過重労働問題に関しても、
過重労働問題に対する企業の取組み方を、法令遵守
CSRの議論は、法令遵守の観点からの議論にとどま
の立場と健康経営の立場で対比するならば、表1の
らず、より積極的な意味づけを行おうとするものと
とおり整理することができる。
評価できる。
すなわち、共通目的に関しては、法令遵守の立場
6 産業保健 21 2016.10 第 86 号
特集 産業保健スタッフが知っておくべき過重労働対策
図 1. 過重労働問題をめぐる法令遵守・CSR・
健康経営の関係
健康経営
共通目的
共働
(貢献)
意欲
コミュニケーション
法令遵守
健康経営
リスク回避
(賠償責任・生
企業価値向上と持続的成長
(生
産性低下・対外的な信用
産性向上・企業ブランド力向
低下)
上)
モラールの低下防止
労働意欲の向上
コミュニケーション不全
の解消
ポジティブ
表 1. 組織論からみた「法令遵守」と「健康経営」の比較
CSR
法令遵守
コミュニケーションの向上
からは、賠償責任の回避や生産性の低下の防止等の
方(労働者の健康を重視して労働負荷を軽減すること
「リスク回避」が挙げられるのに対し、健康経営の立
はコストがかかり、生産性を低下させてしまうとい
場からは、生産性の向上や企業ブランド力の向上等
う従前の見方を否定し、逆に、労働者の健康と生産
の「企業価値向上と持続的成長」
が挙げられる。また、
性の向上とは両立可能であり、むしろ両者には相互
貢献(共働)意欲とコミュニケーションに関しても、
作用があり、互いに強化し得るものであるという考
前者の立場からは、それぞれモラールの低下防止や
え方)
とも整合的である。
コミュニケーション不全の解消が挙げられるのに対
最後に、外食産業における過労死事案
(具体的には、
し、後者の立場からは、それぞれ労働意欲の向上、
入社4カ月の新入社員が過重労働により急性心機能
コミュニケーションの向上という、より積極的な意
不全で死亡したことに関し、会社法第429条に基づく
味づけがなされることになる。
役員の責任が問われた事案)
について、健康経営の考
5. 小括
え方に理解を示す裁判例(大阪高裁2011年5月25日
判決)
を紹介しておく。
以上のとおり、最近20年間における過重労働問題
「会社で稼動する労働者をいかに有効に活用し、そ
ないし労働者の健康管理問題に対する企業の取組み
の持てる力を最大限に引き出していくかという点が
方については、もっぱら法令遵守ないしリスクマネ
経営における最大の関心事の一つになっていると考
ジメントの観点からの取組みから、CSRの観点を加
えられるところ、自社の労働者の勤務実態について
味した取組みへ、そして、さらには健康経営の観点
……取締役らが極めて深い関心を寄せるであろうこ
をも加味した取組みへと、より積極的(ポジティブ)
とは当然のことであって、責任感のある誠実な経営
な捉え方へと移ってきている。これを図示するなら
者であれば、自社の労働者の至高の法益である生命・
ば、図1のとおりである。
健康を損なうことがないような体制を構築し、長時
このような過重労働問題に対する企業の取組み方
間勤務による過重労働を抑制する措置を採る義務が
の変化は、国際的潮流となっているポジティブなメ
あることは自明であ」
る。
ンタルヘルスへのアプローチやNIOSH(米国立労働
安全衛生研究所)
が提唱する「健康職場モデル」
の考え
2016.10 第 86 号
参考
※「健康経営」
は、
NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
産業保健
21 7
3
特集
●
産業保健スタッフによる過重労働対策
産業医科大学 ストレス関連疾患予防センター 堀江正知、宮﨑洋介
ほりえ せいち ● 産業医科大学ストレス関連疾患予防センター・センター長、同大学産業保健管理学研究室教授。専門は産業医学(熱中症予防、騒音障害防
止対策、過重労働対策、労働衛生関連法制度)、近著に「熱中症を防ごう」(中央労働災害防止協会)など。
みやざき ようすけ ● 産業医科大学ストレス関連疾患予防センター・助教。専門は精神保健学。
1. 循環器疾患予防の視点
の認定基準にも月単位の長時間労働が採用された。
近年、国際学術誌に、長時間労働は虚血性心疾患
た豊かな生活時間が犠牲になり、次に睡眠時間を削
を1.8倍に増加させるというメタアナリシス1)や脳血
らざるを得なくなり、嗜好品の摂取等による覚醒努
管障害との相関のほうが強いとする大規模研究2)が相
力が必要になる。業務の重圧や緊張感も相まって、
次いで公表された。循環器疾患の3大危険因子は、
心理的な負担も増大し、交感神経の緊張が続くと、
①高血圧、②喫煙、③脂質異常(LDLコレステロール
やがて動脈硬化や高血圧を招き、精神的な疲労も生
高値、HDLコレステロール低値、中性脂肪高値)
であ
じて、循環器疾患や精神疾患を生じやすくなると考
るが、④内臓肥満(メタボリックシンドローム)
、⑤
3)
えられる
(図1)
。
インスリン抵抗性・糖尿病、⑥慢性腎疾患(CKD)
も
産業保健スタッフは、労災認定基準と同等の水準
重視される。これらの背景要因として、過食、多量
で就業する者がいれば、循環器疾患の危険因子が少
飲酒、座位中心生活(運動不足)
、睡眠不足(5時間未
なくても、管理・監督者に対して労働時間の削減を
満)
などがあり、業務関連性の強い要因として、長時
指導すべきである。危険因子の多い者がその水準で
間労働、心理的ストレス、寒冷刺激、重量物運搬、
就業していれば、企業に対する法的リスクも高まっ
一酸化炭素や二硫化炭素へのばく露などがある。
ていることを認識させ、早急に長時間労働を解消す
産業保健スタッフは、これらの危険因子を1つで
るよう厳格に指導すべきである。
も減らすよう労働者と管理・監督者の双方に、受療、
禁煙、生活習慣の改善、職場・作業の改善について
3. 面接指導の視点
丁寧に助言・指導すべきである。
2002年に過重労働による循環器疾患の予防を目的
2. 労災防止の視点
とした総合対策(最新改正、平成28年4月1日付け基
病因の一部に仕事が関係する疾病をWHOは作業関
導等が義務化された。法令上は「申出」
の要件がある
連疾患(work-related disease)
と呼び、わが国ではそ
が、一定の時間外・休日労働時間に達した全員を対
の一部を業務上疾病として労災認定している。脳・
象とするほうが無難である。
心臓疾患の労災認定基準は、2001年に「時間外・休日
産業保健スタッフは、面接指導に備えて、人事部
労働時間が月45時間を超えて長くなるほど…発症と
門から労働者の時間外・休日労働時間、業務内容等
の関連性が強まる」
として、①月単位の長時間労働を
を記した文書を提出させる。また、健康診断やスト
要因に追加し、その際、②不規則勤務、③拘束時間、
レスチェックに関する記録があれば準備しておく。
④出張、⑤交替制・深夜勤務、⑥作業環境
(温度、騒音、
標準的な面接指導は、
(公財)
産業医学振興財団の「面
時差)
、⑦精神的緊張も考慮する基準に改正された。
4)
接指導チェックリスト・マニュアル」
に示されてお
実際に、直近1カ月の時間外労働が100時間未満の認
り、医師による意見書の例は、
「長時間労働者、高ス
定事例が3∼4割ある。また、2011年には精神障害
トレス者の面接指導に関する報告書・意見書作成マ
8 産業保健 21 一般に、労働時間が長くなると、趣味や会話といっ
発0401第72号)
が示され、2006年に医師による面接指
2016.10 第 86 号
特集 産業保健スタッフが知っておくべき過重労働対策
表1. 面接指導実施後の措置と指導(例)
図1. 過重労働による健康障害の発生機序
脳出血
特別の事情付き36協定の臨時的な運用
1
行政指針の普及
労働時間適正把握基準
(平成13年4月6日付け基発第339号)
労働時間等設定改善指針
(平成20年厚生労働省告示第108号)
時間外労働の適正な把握と制限
交替制や当番制の導入
業務量に応じた組織の要員数の見直し
2
拘束時間の削減
事業や工程の見直しによる効率化
休憩や食事時間の優先的な確保
管理職による定時退社の率先
特急利用による移動時間の短縮
精神障害
精神的疲労
心理的負担
業務過重感
生活の犠牲
心筋伷塞
動脈硬化・高血圧
交感神経の緊張
覚醒努力
睡眠不足
長時間労働
36協定の限度基準
(平成10年労働省告示第154号)
在宅勤務・テレワークの活用
職場のコミュニケーション促進
作業方法の再教育による不安解消
ストレスを感じる者から遠い席への変更
3
業務過重感の改善
ノー残業デー・ノー残業ウィークの設定
時差出勤や時間単位休暇の制度化
年次有給休暇の取得促進
記念日休暇の設定
ニュアル」 に示されている。問診票としてよく利用
5)
単身赴任者の帰省促進
されているのは、中央労働災害防止協会の「労働者の
疲労蓄積度チェックリスト」 である。実際に面接指
6)
高血圧・不整脈・血糖値の管理の徹底
4
健康障害の予防・
治療
抑うつ状態の治療
健康保持増進活動の推進
導で見つかる健康障害は循環器疾患よりもうつ状態
のほうが多く、その際は精神科医等との連携を図っ
二次健康診断等給付制度等の活用
重量物取扱い作業の機械化
5
職場環境の改善
騒音の低減
観葉植物の設置
て確実に治療に結びつける。面接指導後は、事業者
休憩室の改善
と労働者への措置や指導として、さまざまな行政指
ストレス・コーピングの指導
針の内容のほか過重労働の解消に向けた多彩なアイ
デアを提案する(表1)
。特に、中間管理職、裁量労
休日の過ごし方の指導
6
日常生活の改善
養育や介護の問題への対応
多額な債務の返済や借り換え
家族による協力の促進
働制対象者、二重就業者にも、
「睡眠は5時間以上取
り、実際に、フランスでは週35時間労働制を導入し
ること」
を指導する。指導内容に迷う場合は、上司に
てから出生率が上昇している。今後、わが国におい
「長時間労働が生じた原因」
と「長時間労働の見通し」
てもEU指令が規定している勤務間インターバル(連
を文書で提出するよう求め、その内容を参考にして
続11時間の休息期間)
制度のような健康や生活に配慮
具体的な措置を指導するとよい。そして、衛生委員
した新たな労働時間規制の普及などが期待される。
会でも過重労働の現状と改善策について意見を述べ
産業保健スタッフは、
「ワーク・ライフ・バランス
ることが望ましい。
の推進は、企業にとって有能な人材の確保・育成・
4. ワーク・ライフ・バランス
定着のための明日への投資である」という認識を広
の視点
近年、長時間労働の状況は「就業時間が週60時間以
上の労働者割合」
を指標に評価されている。2015年は
雇用者全体で8.2%(労働力調査、総務省統計局)と
2008年の10.0%よりは減少したが、男性に限ると
12.5%で、特に30 ∼ 40歳代で高い。健康日本21(第
二次)が目標とする2020年に5.0%を達成するには劇
的な改善が必要である。官民一体で推進されている
「仕事と生活の調和
(ワーク・ライフ・バランス)
憲章」
でも、育児や介護などとの両立支援が求められてお
2016.10 第 86 号
め、家庭生活や個別事情にも丁寧に対応しながら働
き方の改革を推進することが求められる。
参考文献
1)
Virtanen M, et al: Long working hours and coronary heart disease: a
systematic review and meta-analysis. Am J Epidemiol 2012;
176(7):586-596.
2)
Kivimaki M, et al: Long working hours and risk of coronary heart
disease and stroke: a systematic review and meta-analysis of
published and unpublished data for 603,838 individuals. Lancet
2015; 386(10005):1739-1746.
3) 堀江正知: 過重労働対策・面接指導のQ&A100 増補改訂, 産業医学振興財
団, 2015
4)
産業医学振興財団.
面接指導チェックリスト・マニュアル.
https://www.zsisz.or.jp/insurance/topics/checklist.html
5)
厚生労働省.
長時間労働者、
高ストレス者の面接指導に関する報告書・意見書
作成マニュアル.
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/manual.html
6)
中央労働災害防止協会.
労働者の疲労蓄積度チェックリスト.
http://www.jisha.or.jp/web_chk/td/ 産業保健
21 9
4
●
特集:企業事例
いきいきと働ける職場づくりへ
働き方の改革に取り組み続ける
全日本空輸株式会社
全日本空輸(株)
(以下、ANA)
ではここ数年、ICT
んでいくことを宣言したものです。当面、東京オリ
の活用をはじめ、テレワークやフレックスタイムの
ンピック・パラリンピックが開催される2020年に向
活用促進などに取り組むことにより、働き方の改革
けて、業務拡大が見込まれますが、一方で少子高齢
を進めてきた。それらの成果を踏まえつつ、
今年4月、
化が進んでいますので、限られた人材で4年後を迎
ANAグループトップのANAホールディングス(株)
片
えることになります。そうした中で、長時間労働へ
野坂真哉代表取締役社長が『ANAグループ健康経営
の対策もしっかりと行うことを含めて、この宣言が
宣言』
を行った。その具体的な取組みには、時間外労
グループ全体に発信されました」
。
働の抑制等の働き方の工夫も含まれている。
具体的には、①健康管理の取組み(健康管理や健康
また同社は、東京都が企業の働き方・休み方改善
診断体制、健康管理システム等の見直し)
、②疾病予
を目的に今年度から創設した『TOKYO働き方改革宣
防対策(がん予防対策、女性特有の疾病対策の充実
言企業』制度の第1弾宣言企業となり、
「一人ひとり
等)
、③メンタルヘルス対策(一次予防、再発防止へ
のワークとライフの調和を図り、社員の成長と豊か
の取組み強化等)
、④安全衛生活動(労働災害発生の
さの実感の両立を推進します」
という『働き方改革宣
根絶に向けて活動を展開)
の大きく4点の強化に取り
言』
を行い、時間外労働の抑制や年次有給休暇の積極
組むもので、人財戦略室労政部が事務局となり、関
的取得を目標に掲げている
(写真)
。
係部署と協力しながら進めていくという。
1. 快適な職場環境づくりが
企業活動の基盤
同部労政第一チームの岩崎章治リーダーは「昨年は
ダイバーシティ&インクルージョン宣言を行い、ま
同社はアジアを代表する航空会社として、国際線
の向上に取り組んでいます。働き方の改革について
は40都 市81路 線、 国 内 線 は49都 市112路 線 を 運 航
は、人事・IT・労政の3部署で、3年前から合同で
(2016年3月実績)し、従業員約13,000人が国内外の
進めています。健康経営宣言はそうした中で行われ
空港等で、運航乗務や客室乗務、航空機の整備など
たもので、ここで改めて従業員がいきいきと働ける
の多様な技術職や事務職に就いて働いている。
環境の構築を強化しようというものです。例えば、
ANA人財戦略室労政部労政第一チームの大西豊マ
長時間労働対策を含む働き方の改革についてはすで
ネジャーは、
『ANAグループ健康経営宣言』について
にいろいろな取組みを行っていますが、基本的なこ
次のように説明する。
「社員の安全と健康の確保、快
とから見つめ直し、そこから取組みを進めています」
適な職場環境づくりが企業活動の基盤であるとの考
と語る。
えのもとに制定したANAグループ労働安全衛生方針
2.
た、全社的に数年前からワーク・ライフ・バランス
て社員のQOLと企業価値の向上、健康で長く働くこ
管理職が改めて働き方を学び
長時間労働削減を推進
とのできる環境の整備に向けて一層積極的に取り組
これまでの同社の働き方改革では、仮想デスクトッ
に則り、今後も社員・会社・健康保険組合が一体となっ
10 産業保健 21 2016.10 第 86 号
特集 産業保健スタッフが知っておくべき過重労働対策
プを2013年に確立したことがよく知られている。仮
想デスクトップとは、クラウド管理されたパソコン
や携帯電話等の活用により、いつでもどこでも会社
のデスクと同じように仕事ができる働き方だ。
「移動
の多い業務が多数ありますので、大変便利になりま
した。しかし、
仕事が
『いつまでも』
にならないように、
これからワークルールを設定していきます」と岩崎
リーダー。
また、20年以上前から導入しているフレックスタ
イムは、時差通勤として利用されることが多かった
『TOKYO働き方改革宣言』宣言書手交の様子(右がANAの國分裕之
取締役執行役員)
ため、コアタイムをなくし業務の繁閑に合わせた活
用を改めて呼びかけている。さらに、時間と場所に
大西マネジャーは「従業員、管理職、経営者のそれ
とらわれない勤務として在宅勤務の促進にも数年前
ぞれが意識的に臨まなければ働き方改革は進みませ
から取り組んでおり、その活用効果を高めようと、
ん。そのためには、トップのリーダーシップが大切
現在約500人が最短30分単位での活用を試している
です。健康経営は、管理職を含めてグループ全員の
という。例えば、子どもが風邪を引いた場合、最初
健康を考えるものですし、全社が一体となって推進
の日は有給休暇で休み、症状が和らいだら翌日から
することを大事に進めています」
と強調した。
はテレワークで対応して何時間かを在宅勤務にする
広報部の堀井正一郎統括課長は「広報部でも今、年
などの活用ができる。
間の働き方改革の目標設定に取り組んでいます。有
「これまでこうした機器や制度の整備を行ってきま
給休暇の取得率アップやフレックスタイムの有効活
したが、これらを活かすためには、基本的なことで
用など、広報部には何が必要で何ができるのかを考
すが、管理職の理解が求められます。そこで今年は
えています」
と改革の現場の一端を語った。
管理職向けに、取組みの内容や関連法令、協定、必
ANAでは毎年『従業員満足度調査』を実施してい
要な知識などについて改めて学ぶ研修を開催してい
る。岩崎リーダーは「各部署の皆さんの協力を得なが
ます。また、30分単位のテレワークも必ず1度は体
ら、継続的な取組みとして、誰もがいきいきと働け
験してもらいます」
(岩崎リーダー)
。
て満足度が高まる職場づくりを進めていきたい。そ
3.
のことが、会社全体の成長につながっていくと思い
働き方改革を
会社の成長へつなげる
ます」
と意欲を示した。
また、産業保健スタッフと連携し、過重労働につ
「また、資料の簡素化や会議・定例報告を減らすこ
いてきめ細かく把握に努め、産業医の面談について
と等にも取り組んでおり、今後は、業務の棚卸しを
も対象を広くするなど強化をしたいという。
考えています。モデル部署を作り、働き方改革を拡
「健康経営と働き方改革は1つのパッケージだと思
大していきたい。斬新な取組みではなく、どこでも
います。部内の厚生チームと連携をとりながら、ベー
やっていることを今一度行う。まだこれからだと思っ
シックなことにも新たなことにも積極的に取り組ん
ています」
と岩崎リーダーは取組みの現在を話した。
でいきます」
と大西マネジャーは今後を語った。
なかには「もっと働きたい」
、
「業務が多くて帰れな
い」
という声もあり、反発もあるという。しかし働き
方改革は、労働組合とも協力して進めているもので
あり、今後も丁寧に意図を説明しながら進めていき
たいとしている。
2016.10 第 86 号
会社概要
全日本空輸株式会社 事業内容:航空輸送事業等
設 立:1952 年
従 業 員:12,859 人(2016 年3月)
所 在 地:東京都港区
産業保健
21 11
労働衛生対策の基本 ⑩
腰痛予防とその対策
産業医科大学 産業生態科学研究所 作業関連疾患予防学研究室 非常勤助教 岩崎明夫
いわさき あきお●産業医科大学産業生態科学研究所作業関連疾患予防学研究室非常勤助教。専門は作業関連疾患予防学。主に過重労働対策、メンタルヘルス
対策、海外渡航者健康管理対策、両立支援の分野で活躍。
腰痛は長い間、労働災害の原因の第1位を占め続けており、産業保健上の古くて新しい課題です。
腰痛自体が死亡災害等の重大災害に直接的にはつながりにくいことや腰痛の原因が多様で複合的な
要因であるため、対策が進みにくいこと、介護・福祉など新たな負担職種が増えていること等があ
ります。平成25年には19年ぶりに国は「職場における腰痛予防対策指針」(以下、腰痛予防対策指針)
を改定し、要因別、作業態様別の対策のあり方、リスクアセスメントやマネジメントシステムの活
用等、より多面的な対策を示しました。本稿では、腰痛対策の重要性とその進め方のポイントにつ
いて解説します。
1. 労働災害における腰痛の現状
の保健衛生業、小売業等の商業、道路貨物運送業等
の運輸交通業の3つが多くを占めています。特に、
二足歩行をする人間にとって腰痛はよく見られる
高齢化社会を迎えて介護労働者の負担感は強く、自
症状のひとつであるといわれており、その原因は多
動化・省力化の推進等、総合的な改善が必要とされ
様です。医療機関に受診した腰痛患者のうち、腰椎
ています。
椎間板ヘルニアに代表されるような原因が特定でき
る腰痛は全体の2割弱とされ、8割以上は原因を特
2. 腰痛の要因と対策のあり方
定しきれない非特異的な腰痛となっています。これ
腰痛の要因として、表1のように「動作要因」「環
らの腰痛に対しては、職場の腰痛の要因に対して、
境要因」「個人的要因」「心理・社会的要因」の大き
適切なリスクアセスメントの実施とマネジメントシ
く4つに分類して挙げられています。
ステムを通した改善活動を行い、腰痛の要因への対
「動作要因」においては、重量物や人の抱え上げと
策を確実に実施していくことが求められます。
いった人力による作業の腰部への過度の負担や繰り
労働災害の観点からは、腰痛は休業4日以上の業
返しの負担、立位や座位等の同じ姿勢を長時間継続
務上災害において第1位の原因であり、全体の約6
すること、おじぎ姿勢やうっちゃり姿勢等の前傾姿
割を占めています。その内訳は、業務上の負傷によ
勢やひねり後屈姿勢の繰り返し、予期しない負荷も
る災害性腰痛が約9割、重量物を取り扱う業務や腰
含めて急な持ち上げ等による急激な腰部への負担等
部に過度の負担を与える不自然な作業姿勢で行う業
が指摘されています。
「環境要因」においては、車両
務、その他腰部に負担のかかる業務による非災害性
系建設機械の粗大な振動や長時間の車両運転による
腰痛が約1割となっています。
振動、寒冷な環境による腰部への負担や多湿な環境
業種別では、介護・看護等を行う社会福祉施設等
による疲労しやすさ、滑りやすい床面や段差がある
12 産業保健 21 2016.10 第 86 号
表1. 腰痛の要因
1.動作要因
(イ)重量物の取扱い
(ロ)人力による人の抱上げ作業
得にくいこと、上司・同僚等の職場内の相互支援の
不足、対人トラブル、労働者の能力と適性に応じた
(ハ)長時間の静的作業姿勢
(拘束姿勢)
職務内容かどうか等が指摘されています。
(ニ)不自然な姿勢
これらの原因からわかるように、腰痛の要因は実
(ホ)急激または不用意な動作
に多様であり、職場により重要なポイントは異なっ
2.環境要因
ていること、さらにそれらの要因が複合的に絡み
(イ)振動
合っていることも指摘されています。このため、職
(ロ)温度等
(ハ)床面の状態
(ニ)照明
(ホ)作業空間・設備の配置
場における腰痛予防対策として重要な点は、例えば
腰痛予防体操の導入といった特定の対策のみに特化
するだけではなく、総合的な観点で各々の職場の腰
(ヘ)勤務条件等
痛予防のリスクアセスメントを行い、毎年の労働衛
3.個人的要因
生計画においてPDCA(Plan−Do−Check−Act)サ
(イ)年齢差や性差
イクルを回しながらマネジメントシステムを活用し
(ロ)体格
た継続的な改善活動に取り組んでいくことにありま
(ハ)筋力等
す。作業ごとに分けてリスクアセスメントを実施す
(ニ)既往症および基礎疾患
4.心理・社会的要因
(イ)仕事の満足感や働きがい
(ロ)職場内での上司・同僚からの支援状況
ることにより、職場や業務の特徴に沿った腰痛の要
因やリスクの大きさを把握し、作業環境の改善、作
業自体や時間管理の改善、健康管理の実施、腰痛予
(ハ)職場内外での対人トラブル
防教育を導入することが望ましいでしょう。
(ニ)労働者の能力と適性の程度
3. 作業態様別の腰痛への対策
腰痛の要因は多岐に渡りますが、同様に業種や職
種により、腰痛の要因と対策は大きく異なります。
床面によるスリップ・転倒、照明に十分な照度がな
表2のように、腰痛予防対策指針では業務上腰痛の
く暗い環境下での転倒や踏み外し、作業空間や設備
発生が多い5つの作業態様に合わせて、対策を示し
等の配置が不適切なために不自然な姿勢を取らざる
ています。
を得ない場合や転倒しやすい場合、休養・仮眠が適
重量物取扱い作業においては、人力による重量物
切でないことや勤務の過重性、施設や設備が適切に
取扱いの制限(男性で体重の40%以下、女性では24%
使用できない、一人勤務が多い等の勤務条件による
以下)、動力装置や昇降装置の導入やコンベヤ・台
負担等が指摘されています。
「個人的要因」において
車の活用等の自動化・省力化の推進、荷物を取り扱
は、年齢・性別・体格・筋力・バランス等は個人差
いやすく梱包することやバランス・重量を明示して
や性差があり、一般に女性は男性より筋肉量が少な
おくこと、作業姿勢や動作では急激な身体の動き、
いこともあるため同じ作業でも負担度が強いこと、
前屈やひねり等の不自然な姿勢、急な重心の移動等
体格と作業台や作業空間の配置等のバランスが不適
は避けること等が指摘されています。立ち作業にお
切であることから来る負担、既往症や基礎疾患とし
いては、作業機器や作業台を作業者の体格に合わせ
て腰痛を起こす疾患、血管性疾患、婦人科疾患、泌
前かがみや伸びを要する不自然な姿勢を取らずに作
尿器系疾患等の影響が指摘されています。
「心理・
業できるようにすること、長時間連続の立ち作業を
社会的要因」においては、仕事満足度・やりがいが
避けるため座位作業や他の作業を組み合わせるこ
2016.10 第 86 号
産業保健
21 13
表2. 作業態様別の対策
1.重量物取扱い作業
② リスクの評価(見積もり)
:介護作業者の腰痛予
① 自動化・省力化の推進
防 対 策 チ ェ ッ ク リ ス ト の 活 用、 ア ク シ ョ ン
② 人力による重量物取扱いの制限
チェックリストの活用
③ 荷姿の改善・重量物の明示等
④ 適切な作業姿勢・動作
2.立ち作業
③ リスクの回避・低減措置の検討及び実施:介護・
看護の対象者の残存機能の活用、福祉用具の利
用、抱え上げや不自然な姿勢の回避、実施体制
① 作業機器及び作業台の配置
の整備、作業標準の策定、休息と作業の組合せ
② 他作業との組合せ
の改善、作業環境の整備、健康管理の実施、研
③ 椅子の配置
修の実施
④ 片足置き台の使用
⑤ 小休止・休息
3.座り作業
(椅子、床)
④ リスクの再評価、対策の見直し及び実施継続
5.車両運転等の作業
① 腰痛の発生に関与する要因の把握:作業姿勢・
① 椅子の改善
動作、振動曝露及び曝露時間、座席及び操作装
② 机・作業台の改善
置等の配置、荷物の積み卸し作業、作業場の環
③ 作業姿勢等
境、組織体制、心理・社会的要因
④ 床の座作業の改善
4.福祉・医療分野等における介護・看護作業
② リスクの評価(見積もり)
:アクションチェック
リストの活用、作業ごとのリスクアセスメント
① 腰痛の発生に関与する要因の把握:介護・看
③ リスクの回避・低減措置の検討及び実施:運転
護の対象者の要因、労働者の要因、福祉用具
座席の改善、車両運転等の時間管理、荷物の積
の利用、作業姿勢・動作の要因、作業環境の
み卸し作業の改善、構内作業場の環境の改善
要因、組織体制、心理・社会的要因
④ リスクの再評価、対策の見直し及び実施継続
と、椅子を配置することで姿勢を変えたり小休止を
においては、介護の対象者の残存機能を活用し手す
取ることを可能にすること、片足置き台を用いて姿
りや作業者を掴むことができれば作業者の腰部への
勢に変化をつけること、適宜小休止を取ること等が
負担が減ること、移乗介助ではスライディングボー
指摘されています。座り作業には腰掛け作業(椅子)
ド・シート等の活用とそれに合わせた車椅子やリフ
と座作業(床)
があり、事務作業からコンベヤ等のラ
トを配備し、それら福祉用具の種類や個数を適切に
イン作業まで幅広く行われています。腰掛け作業に
配備すること、作業姿勢や動作の見直しとして、抱
おいては、作業者の体格に合わせて調節ができる椅
え上げでは可能な限り垂直方向から水平方向への移
子の活用、机や作業台においても高さや角度、椅子
動とすることや不自然な姿勢を取ることを避け、
との距離が調節できること、作業姿勢や作業域にお
ベッドや作業台の高さの調節や十分な介助スペース
いて前屈み姿勢は避け、作業対象物を肘の周辺に置
の確保、介護の対象者に近づきなるべく正面から相
いて不自然な姿勢を避けること等が指摘されていま
対できること、実施体制として作業負担が特定の作
す。また座作業においては、直接床面に座る作業は
業者に集中しないことや複数体制で実施できるよう
股関節等に過度の負担がかかるため極力避けるこ
にすること、作業ごとに作業手順、利用する福祉用
と、やむを得ない場合でも長時間の座作業は避け適
具、人数、役割分担等を明記した作業標準を策定し
宜姿勢を変えられるようにすること、あぐら作業で
て周知実施すること、作業環境の整備として温湿度
は座布団等で臀部を高くして座ること等が指摘され
環境の調整、段差の解消、作業空間の確保、休憩室
ています。福祉・医療分野における介護・看護作業
や仮眠室の確保、訪問介護における各家庭の協力、
14 産業保健 21 2016.10 第 86 号
さらに健康管理や衛生教育の実施等が指摘されてい
適切に行うこと、積荷の積み下ろし作業は重量物取
ます(コラム参照)
。車両運転等の作業においては、
扱いに準拠すること、構内作業場は段差をなくし照
車両系建設機械、フォークリフト、乗用型農業機械
明を確保することで環境の改善を図ること等が指摘
等による粗大な振動とトラック・バス・タクシー等
されています。
の長時間拘束姿勢下での車両運転業務の振動が腰部
介護・看護作業や車両運転等の作業においては、
への負担となります。対策としては、運転座席の角
特に腰痛の要因となる作業が多く混在しているた
度の調整や腰背部を的確に支えるもの、運転時の振
め、一連の作業のリスクアセスメントを行い、その
動を吸収するもの、そのためのクッションの活用等
結果をもとに改善計画を立案・実施し再評価する一
による改善、総走行距離や一連続運転時間等の車両
連のPDCAサイクルとマネジメントシステムの活用
運転の時間管理を適切に行い、小休止や仮眠などを
が有用です。
介護・看護労働の腰痛対策とチェックリストの活用
コラム
近年、介護・看護労働の需要増大とともに、福祉・
しょう。
医療分野における腰痛災害は増加傾向にあります。こ
また、介護・看護作業におけるアクションチェック
のため、厚生労働省では平成19年に「社会福祉事業に
リスト例が公表されています。アクションチェックリ
従事する者の確保を図るための措置に関する基本的指
ストは、介護・看護作業の現場での対策状況をチェッ
針」
(新人材確保指針) を策定し、平成25年の腰痛予
クするためのリストであり、職場を巡視してアクショ
防対策指針の改定2)では、作業態様別の具体例として
ンチェックリストの各項目の状況を確認し、改善する
介護・看護労働における腰痛予防を取り上げています。
か、対策を採用するか等を決めていきます。職場によ
ここでは介護作業者の腰痛対策として、腰痛予防指針
り状況はさまざまであるため、アクションチェックリ
にあるリスクアセスメントとアクションチェックリス
ストを例にして各々の職場に合わせたアクション
トについて紹介します。
チェックリストを作成することがよいでしょう。これ
1)
リスクアセスメントに用いるのは「介護作業者の腰
らを通して、職場内の整理整頓、危険予知(KY活動)
、
痛予防対策チェックリスト」 です。このチェックリス
重量物の明示等の危険の「見える化」
、職場の安全意識
トの目的は、介護作業における腰痛の原因を洗い出し、
の啓発、雇入時教育の実施、安全推進者の配置等を進
リスク低減対策のための優先度を決定することです。
めましょう。
チェックリストの記入は、介護作業に従事する作業者
さらに、介護・看護作業における腰痛予防対策に焦
本人が行うことで、自分自身の作業内容や作業環境に
点を当てた研修も中央労働災害防止協会や各地の産業
おける腰痛リスクを明確化することができます。また、
保健総合支援センター等で実施しています4)。
3)
チェックリストは職場全体で実施することで、リスク
に対して職場で共通認識を持つことにもつながりま
す。優先度の決定と対策の実施については、具体的な
例も示されています。チェックリストは、介助作業の
種類と内容、リスクの見積もりから構成されており、
それぞれにおいてリスクの要因例とリスク低減のため
の対策例が示されており、介護職場ですぐに活用でき
ます。ただし、職場により作業環境等は異なることか
ら、それぞれの職場に合わせて利用することがよいで
2016.10 第 86 号
参考URL
1)
厚生労働省:厚生労働省告示 第289号「社会福祉事業に従事する者の
確保を図るための措置に関する基本的指針」
(新人材確保指針)
.
2007.
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/
seikatsuhogo/fukusijinzai/
2)
厚生労働省:職場における腰痛予防対策指針.
2013.
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/youtsuushishin.html
3)
厚生労働省.
介護作業者の腰痛予防対策チェックリスト.
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/dl/checklist_a.pdf
4)
中央労働災害防止協会.
保健衛生業
(医療保健業看護従事者、社会福
祉・介護事業の介護従事者、社会福祉・介護事業の事業者)
向け腰痛予
防対策講習会.
http://www.jisha.or.jp/seminar/health/h3700_youtsu.html
産業保健
21 15
産業保健活動
総合支援事業の紹介
2
『若年労働者向けメンタルヘルス
教育』
活用のススメ
● 東京産業保健総合支援センター
わが国の自殺者数は、平成10年以降、14年連続で
3万人を超える状態が続いていたが、平成24年以降
は3万人を下回り、昨年は24,025人となった。全体的
には減少傾向にある自殺者数だが、15 ∼ 39歳の若い
世代に目を向けてみると、死因の第1位が自殺となっ
ており、例えば20 ∼ 24歳で亡くなった人のうち約半
分
(50.8%)
は自殺という深刻な数字も出ている1)。
こうした背景を踏まえ、
(独)労働者健康安全機構
では、今年4月より『若年労働者向けメンタルヘルス
写真1. グループごとにストレス要因について話し合う
教育』
を開始。全国の産業保健総合支援センター(以
深瀬氏はまず、職場のメンタルヘルスを取り巻く
下、産保)
に申し込みのあった事業場にメンタルヘル
状況を説明した後、セルフケアの考え方やメンタル
ス対策促進員が訪問し、若年者を対象にセルフケア
ヘルスの基礎知識について解説。その後、4∼6人
を促進する教育を実施している(1事業場1回限り、
のグループを作り、
「自分にとってどんなことがスト
無料)
。
レスになりますか?またストレスによってどんな反
今回は、東京産保のメンタルヘルス対策促進員で
応が起きますか?話し合ってみてください」と促した
臨床心理士の深瀬砂織氏がいすゞライネックス株式
(写真1)
。講話を聞くだけではなく、短い時間では
会社で行ったセルフケア研修の様子をレポートする。
あるが人と話し合うことで参加者の緊張もほぐれ、
1. 心身の健康を全員で考え、
和やかな雰囲気で教育が進むようになった。各グルー
対策も実践
プから「通勤時間や環境の変化、温度変化などがスト
レスになる」
、
「ストレスによって暴飲・暴食、肩こり、
いすゞライネックス株式会社にて行われたセルフ
偏頭痛等が起こる」などのストレス要因や症状が発表
ケア研修には18名が参加。4月に新卒で入社した社
されると、深瀬氏は「ストレスの感じ方や反応は人そ
員7名と、昨年の春以降に中途で入社した社員を中
れぞれで個人差が大きいものです。自分にとっては
心としたメンバー構成であった。同社では、以前に
大したことではないと感じられても、別の人にとっ
も管理監督者向けのラインケア教育を実施する際に
てはそれがつらくて仕方ないということがあります」
東京産保を活用しており、その際に深瀬氏が講師を
と語りかけた。
務めた経緯があったため、今回も深瀬氏が担当する
また、睡眠の重要性や快眠のポイントについても
ことになったそうだ。
解説を行った上で、ストレスのコントロールや対処
16 産業保健 21 2016.10 第 86 号
い社会人生活の中で、自分のことはもちろん、家族
や将来は部下とも関わっていくことになります。そ
ういう中で、今日伝えたセルフケアの方法を、少し
ずつでも日々実践して積み重ねてもらえるとうれし
いですね」
と語る。
また深瀬氏は、日頃からたくさんの企業へ訪問し
てさまざまな方を対象にメンタルヘルスの研修を
行っていることから、
「企業や職種によっても違いま
写真2. ストレッチや腹式呼吸でリラックス
すが、受講者の年齢層が若くなるにつれて、淡々と
方法について説明。ストレスに感じることを人に話
しているというか、アッサリとしている方が多いよ
すことや書き出すことで客観的になれるなど、いく
うに感じます。最近の若い世代の特徴なのかもしれ
つかの方法を例示しながら、
「さまざまなコーピング
ません。人間関係の築き方も浅いように感じられる
方法を試しながら、自身に合った方法で行っていき
ので、周囲の人が変化に気づきにくいことがあるか
ましょう」
と勧めた。
もしれませんね」と分析した上で、
「本事業を通じて
教育の後半では、心と体が一体であることを踏ま
セルフケアの重要性やポイントをしっかり伝えて、
え、ストレッチや腹式呼吸を全員で実践(写真2)
。
若年者のメンタルヘルス不調の予防だけでなく、モ
皆で体を軽く動かすことで参加者の表情も明るく
チベーションの向上や職場環境の改善に寄与してい
なった。さらに、自分自身を見つめる時間を持つこ
きたいです」
と促進員としての思いを教えてくれた。
とや、ストレッチ等の軽い運動などを毎日継続的に
『若年労働者向けメンタルヘルス教育』は、事業場
行うことで、ちょっとした変化に気づくことができ
の人数に関係なく、全国の産業保健総合支援セン
るようになり、ストレスの早期対処ができるように
ターで申し込みを受け付けている。新入社員研修や
なることが伝えられた。
若年者向けの研修を行う際には、ぜひご活用いただ
2. セルフケアの重要性を伝えて若者
きたい。
のメンタルヘルス不調を防ぎたい
講師を務めた深瀬氏は、
「若い皆さんは、今後の長
参考文献
1)厚生労働省:平成28年度版自殺対策白書.
http://www.mhlw.go.jp/toukei_
hakusho/hakusho/
活用事業場の声
いすゞライネックス株式会社 事業管理室 ●
阿部義也さん、後藤理沙さん
産保を活用するようになったきっかけは、神奈川の
前ラインケア教育をお願いした際も深瀬先生にご担当
事業場で社内の分煙化に取り組む際に、測定機器の貸
いただいたことから、今回もお世話になりました。
し出し機関を探していたところ、神奈川産保でお借り
今日は、配属直前の新入社員にセルフケアを学んで
できることを知り、お願いしたのがきっかけです。普
もらいましたので、仕事面や生活面で活かしてもらい
段は本社勤務のため、その後は東京産保で開催されて
たいと考えています。また、今後職位が上がった際に
いる研修に参加するようになり、その中でメンタルヘ
はラインケアについても学ぶことになりますが、その
ルス対策促進員の方による訪問教育を知りました。以
際にもセルフケアの知識は活きてくると思います。
2016.10 第 86 号
産業保健
21 17
産業保健スタッフ必携! おさえておきたい基本判例 25
過重労働がなくとも治療機会の喪失による傷病の重篤化についても公務起因性
が肯定し得るとした最高裁判例
地公災基金愛知県支部長
(瑞鳳小学校教員)
事件
名古屋高裁(差戻審) 平成10年3月31日判決(労判739号71頁)
最高裁第3小法廷 平成8年3月5日判決(本判決)(労判689号16頁)
名古屋高裁 平成3年10月30日判決(労判602号29頁)
名古屋地裁 平成元年12月22日判決(労判557号47頁)
安西法律事務所 弁護士 木村恵子
きむら けいこ● 安西法律事務所 所属。専門は労働法関係。近著は
「労働法実務 Q&A800 問(共著・労務行政研究所編)」など。
本件は、小学校教諭Aがポートボールの審判中に特発性脳内出血で倒れ死亡したのは公務に起因
するとして、遺族が、Aの死につき公務災害の認定を求めた事案である。本件で、最高裁は、公務
起因性の判断に際しては、疾病発症自体に公務起因性が認められずとも、発症後の過重な公務が自
然的経過を超えて傷病を増悪させたり、治療機会を喪失させたことにより重篤化させた可能性をも
審理判断すべきとした。差戻審では公務起因性が否定されたが、公務と傷病との相当因果関係の判
断に
「治療機会の喪失」
という要素を導入したと評価される判例の一つである。
1. 事案の概要
を訴え普通の健康状態では考え難い行動をとるとと
1)
当事者
もに、同僚教諭らに、同日午後のポートボールの試
(1)
訴えた側(X)
訴えた(原告・被控訴人・上告人)
のは、Aの遺族である妻
(X)
である。
(2)
訴えられた側
(Y)
訴えられた
(被告・控訴人・被
上告人)
のは、地方公務員災害補償基金支部長(Y)
で
合の審判の交代を依頼したが聞き入れられなかった。
止むを得ずAが審判をしたが、その最中に倒れ意識
不明となり、11月9日死亡した。
(3)特発性脳内出血は、明らかな原因のない脳内出
ある1)。
血の総称であるが、最近では、脳内微小血管に先天
2)
Xの請求の根拠
的な血管腫様奇形等が存在し、その血管が破裂して
Xは、Aの死亡は公務に起因するとして、地方公務
発症すると考えられており、破裂した箇所から微量
員災害補償保険法に基づく遺族補償および葬儀料を支
の血液が徐々に浸出し、血腫量がある程度増大した
給しないとしたYの公務外認定処分の取消を求めた。
段階で頭痛等の初期症状が出現し、出血量の増大に
3)
事実関係の概要
(認定された事実関係)
伴い、意識障害等に至るとされている。
(1)Aは、学級担任の他に学年主任その他校務分掌
上の職務の責任者であるとともに、昭和53年10月に
2. 1審判決要旨
は球技大会を目指したポートボールの練習において
1審は、Aが、自己の学級担任に加え多数の責任
中心的立場で生徒を指導していた。同月には1泊2
者的立場にあったこと、ポートボールの指導、修学
日の修学旅行が実施され、その準備、引率等の職務
旅行にかかる職務、
「子どもの本について語る会」等
も熱心に遂行していた。また、自主的な研究会であ
の準備等が重なり疲労が蓄積していたところ、発症
る「子どもの本について語る会」
の準備、児童活動の
当日のポートボールの審判をしたことによる負荷が
指導等も行っていた。
加わったことが素因等に作用し、脳内微小血管の破
(2)同月28日、Aは、出勤後まもない頃から頭痛等
18 産業保健 21 裂を生じさせたとして公務起因性を認めた。
2016.10 第 86 号
3.
2審判決の要旨
意識障害に至るまでの時間がかなりかかるところ、出
血の態様、程度が血管破裂後に当人が安静にしている
2審は、Aが倒れた当日の状況から、Aの脳内出血
か、肉体的精神的負荷がかかった状態にあるのかに
の発症は審判開始前であったとし、審判としての活動
よって影響を受け得ることを否定できない。
を公務起因性判断の要因から除外するとともに、
「子
(4)そうすると、出血開始時期が審判をする以前で
どもの本について語る会」
にかかる活動も、
「公務」
に
あったとしても、審判をする負担やこれによる血圧の
は当たらないとした。
一過性の上昇等が出血の態様、程度に影響を及ぼす可
その上で、Aの当日午前中までの公務遂行状況およ
能性も否定できない。また、直ちに診察、手術を受け
びこれによりもたらされたと考えられる精神的肉体
れば死亡するに至らなかった可能性も否定しがたい。
的負荷の程度では、これが相対的に有力な原因となっ
(5)
結局、出血開始後の公務の遂行がその後の症状の
てAの脳内微小血管の先天的奇形が自然的経過を超
自然的経過を超える増悪の原因となったことにより②、
えて破裂したとは認め難い①として、1審判決を取り
又はその間の治療の機会が奪われたことにより死亡の
消し、Xの請求を棄却した。
原因となった重篤な血腫が形成された可能性③も否定
4. 本判決(最高裁判決)の要旨
(1)
本判決も、Aの脳内出血は、ポートボールの試合
し去ることは許されず、これらの可能性の有無につい
て審理判断を尽くさないまま死亡と公務との因果関係
の判断にあたって出血開始後の公務は無関係であると
の審判中ではなく、それ以前の遅くとも、当日の午前
したのは早計に失する。
中に起こったと推認し、前記2審判決の下線①部分の
5. 差戻審判決の要旨
判断については、是認するに足りるとした。
(2)
ただし、2審判決が、Aの死亡の公務上外の認定
差戻審では、医学的経験則等に基づき、前記最高裁
をするにあたって、当日の午後の審判を行ったことに
判決の下線②は、審判による負荷が死亡原因となった
よる負荷をAの死と無関係としたことは、以下の理由
血腫の増大等を引き起こしたと認めることはできず、
から、直ちに是認することができないとし、原判決を
また、前記下線③も、Aが審判等の公務に従事してい
破棄・差し戻した。
たことにより診察、治療の機会を喪失し、死亡に至っ
(3)
特発性脳内出血は、出血開始から血腫が拡大して
たと認められないとして公務起因性を否定した。
ワンポイント 解 説
治療機会の喪失と傷病の増悪
相当因果関係が認められることを明らかにした。
傷病の中には、発症後に時間的経過を経て重篤
治療機会の喪失の傷病への影響については、地公
化するケースもあることから、本判決は、
(ア)
傷病
災基金東京支部長(町田高校)
事件(最高裁平成8年
の発症それ自体が過重な公務に起因すると認めら
1月23日第3小法廷判決)においても、同様の立場
れる場合
(前記下線①参照)
のみならず、
(イ)
傷病発
から、前日に狭心症を発症し病院に運ばれながら、
症自体に公務起因性が認められなくとも、i) 発症後
翌日、病院から勤務先に戻り公務に従事し、心筋梗
の過重な公務が傷病の自然的経過を超えて増悪さ
塞を発症した事案につき公務起因性を認めている。
せた場合(前記下線②参照)
、または、ii) 発症後の
治療機会の喪失による傷病重篤化を招来しないた
公務従事による治療機会の喪失により傷病を増悪さ
めにも、体調不良の場合にも業務に従事せざるを得
せた場合(前記下線③)
も、公務と傷病発症との間に
ないような職場環境等は改めるべきであろう。
1)地方公務員の災害補償については、地方公務員災害補償保険法に基づき、公務に起因する死傷病に対して地方公務員災害補償基金による補償がなされており、
公務上か否かの判断は、同基金の各都道府県支部長が決定をすることとなっている。この決定に不服がある場合には、支部審査会に審査請求をすることができ、
さらに支部審査会の採決に不服がある場合は、本部審査会に再審査請求をすることも、また、裁判所に基金の支部長がなした処分(決定)に対する取消請求を
することもできる。再審査請求の採決に不服がある場合も、取消請求をすることができる。取消請求をする場合には、公務外との決定をした基金の支部長を相
手に提訴することとなる。
2016.10 第 86 号
産業保健
21 19
いざ
ストレスチェック 2
吉野 聡
よしの さとし● 筑波大学医学医療系助教などを経て、現在は吉野聡産業医事務所代表、新宿ゲートウェイクリニック院長。近
著に、『早わかりストレスチェック制度』、『「職場のメンタルヘルス」を強化する』(ダイヤモンド社)などがある。
ストレスチェック実施後の問題点(個別対応について)
50人以上の事業場では、本年11月30日までに初回のストレスチェックを実施しなければならないため、す
でに初回のストレスチェックを終えられている事業場も少なくないと思われます。そこで、今回はストレス
チェック実施後に発生する具体的な問題点として、個人結果への対応に関し現場で困っていると思われる出
来事を取り上げ、対策を紹介します。
困った出来事
1
高ストレス者に対する面接指導を申し込む労働者がほとんどいない
今回のストレスチェック制度においては、ストレ
スの高い労働者から申出があった場合、医師による
面接指導を行うことが事業者に義務づけられていま
す。
表 1. ストレスチェック制度で定める医師による面接指導と
通常の産業保健活動の相談との違い
医師による面接指導
(面接指導)
通常の産業保健活動
の相談
(相談)
法律上の実施義務あり
実施義務
法律上の実施義務あり
医師のみ
実施者
産業保健スタッフ全般
(医師、保健師、看護師、
心理職等)
高 ス ト レ ス 者 の う ち、
実施者により面接指導
が必要と判断された者
対象者
全労働者
しかしながら、実際に高ストレス者に対し面接指
導の案内を行っても、申出を行わない者が大半で、
ほとんどこの面接指導の制度が利用されていないと
いうご相談を多くいただきます。実際に、私の産業
医先の事業場でも、高ストレス者で面接指導の案内
事業者に提供される
を行った者のうち、申出をした者の割合が10%以下
という事業場も少なくありません。
これにはさまざまな理由が考えられます。例えば、
日頃から産業医や保健師などの産業保健スタッフに
ストレスチェック結 本人の同意なく事業者
果の事業者への提供 に提供されない
医師は面接指導報告書
原則として、本人の同
面接結果の事業者へ
を作成し、事業者は医師
意なく事業者に提供さ
の報告
に対する意見聴取を行う
れない
あり
労基署への件数報告
なし
気軽に相談ができる雰囲気の事業場では、改まって
面接指導の申出といった手続きなどは踏まずに、
「高
ク結果が事業者に提供されることになってしまうた
ストレスという結果だったんだけど、大丈夫かな?」
め、高ストレスであり面接指導が必要であると評価
と直接産業保健スタッフに声をかけて相談につなが
されても、実際に申出をすることを躊躇する労働者
ることもあります。また、労働者自身が忙しくてス
も多いことが推測されます。
トレスチェックの結果をしっかりと確認していな
このことは、今回の制度の制約上致し方ない部分
かったり面接指導の案内を見逃していたりすること
ではありますので、医師の面接指導の申出を増やす
もあるでしょう。実際に、ストレス結果通知後に2
ような強引な取組みをすることは得策ではありませ
週間程度待っても面接指導の申出がない労働者に対
ん。今回の制度では医師による面接指導の人数を増
し、実施者(もしくは実施事務従事者)
から再度面接
やすことが目的なのではなく、高ストレス者が放置
指導の勧奨を行うと、その時点で申出をされるケー
されることなく、早期の段階で相談につなげ、適切
スも少なくありません。
な対応を講じることで、メンタルヘルス不調を未然
また、今回の制度では、医師による面接指導を希
に防止することが目的となります。そのため、医師
望する旨を事業者に申し出た場合、ストレスチェッ
による面接指導の申出という正式な手続き以外でも、
20 産業保健 21 2016.10 第 86 号
日常的な産業保健活動の中での相談につなげたり、
なお、今回の制度においては、医師による面接指
ときには社内では相談のハードルが高そうなケース
導と通常の産業保健活動の相談との整理がうまくな
に関して外部の相談機関につなげたりすることが重
されていない事業場も散見されますので、その違い
要になります。
について左の表1にまとめておきます。
困った出来事
2
ストレスチェック結果がセルフケアにうまく活用されていない
ストレスチェックを実施して、その結果を個々の
アが行われてこそ、制度が効果的に活用されたとい
労働者に通知したものの、これで終わりにしてしまっ
えるわけです。
てよいのかという話を耳にします。確かに、50人以
実際にセルフケアに関しては、事業場ごとにさま
上の事業場ではストレスチェックの実施が義務化さ
ざまな取組みをされていることと思いますが、費用
れたわけですから、実施をすれば法律上の義務を果
的な問題もあり、十分な取組みができない事業場も
たしたことになるのかもしれません。しかし、スト
少なくありません。また、
社内の相談体制があっても、
レスチェック結果を確認することにより自らのスト
やはり社内で相談することに抵抗感を感じる労働者
レスの状況に気づき、ストレスが心身の健康に悪影
も多くいます。そこで、以下に無料で活用できるお
響を及ぼしていることが推測される場合には、それ
勧めセルフケアコンテンツをご紹介しますので、ぜひ、
を解消するための具体的な行動につなげるセルフケ
事業場で広く普及啓発をし、活用を試みてください。
①セルフケア教育
今回のストレスチェック制度において厚生労働
・ e-ラーニングで学ぶ「15分でわかるセルフケア」
省が推奨する職業性ストレス簡易調査票(57項目)
(厚生労働省 こころの耳)
をWEBで回答することができます。ストレスケア
http://kokoro.mhlw.go.jp/e-learning/
に対するアドバイスも充実しています。
selfcare/
③外部機関への相談
ストレスへの気づきと対処および自発的な健康
・働く人の「こころの耳電話相談」
相談といった基礎知識を15分間程度で学ぶことが
(厚生労働省 こころの耳)
できます。最後にクイズも用意されており、セル
電話:0120-565-455
フケアの理解度をチェックできます。
働く人のメンタルヘルス不調や過重労働による
②定期的なストレスチェック
健康障害などの相談に対応しており、フリーダイ
・労働者の疲労蓄積度チェックリスト
ヤルで相談できるため通信費も含めて無料で相談
(中央労働災害防止協会)
することができます。
http://www.jisha.or.jp/web_chk/td/
・働く人の
「こころの耳メール相談」
疲労の蓄積度についてセルフチェックするため
(厚生労働省 こころの耳)
のツールです。
労働者本人が回答する
「労働者用」
と、
http://kokoro.mhlw.go.jp/mail-soudan/
家族が見て疲労蓄積度を判断する「家族用」
が用意
心身の不調や不安・悩み等メンタルヘルスに関
されています。
する相談をメールで行うことができます。対面や
・5分でできる職場のストレスセルフチェック
電話などは敷居が高いと感じる場合など、気軽に
(厚生労働省 こころの耳)
相談することができます。
http://kokoro.mhlw.go.jp/check/
2016.10 第 86 号
産業保健
21 21
よりよい職場環境づくりを
推進し﹁健康経営格付﹂
取得を実現
中小企業の産業保健
第 10 回
医薬品の製造・販売を行う辰巳化学株式会社は昨年12
月、ジェネリック医薬品需要の増加を視野において、白山
市の松任第一工場敷地内に新たな製剤工場を建設した。
次世代高効率工場との評価が高い新工場は生産体制拡張
を実現するとともに、300名を収容する食堂を完備、ゆと
りのスペースとして中庭が作られ、
「お客様には安全・安心
を、働く仲間にはより良い環境を」という経営理念のもと、
いきいき働ける環 境 づくりも積極的に進められている。
1941年の創業以来、75年にわたり医薬品の生産を通して
地域の健康促進に貢献してきた同社は、今年4月、株式
会社日本政策投資銀行
(以下、DBJ)が展開する
「健康経営
格付」を取得した。DBJの「BCM(事業継続管理)格付」を
取得したのが2年前であり、着実に格付けのランクがアッ
プしている。その過程には、従業員の健康配慮への地道
な取組みがあった。
「健康経営格付」取得で「健康経営」推進
辰巳化学株式会社
「松任第一工場には320名ほどの従業員が働いています
が、その半数が女性です。ジェネリック医薬品の製造・販
売を通じてお客様に安全と安心をお届けする会社だからこ
そ、従業員が明るく働ける環境づくりを常に目指してきまし
た。育児休暇制度も定着して、女性従業員が働きやすい
環境も整備されつつあります。その背景には会社のトップ
が、従業員の健康づくりこそ企業におけるリスクマネジメン
トとして必要であるということを提唱し続けてきたことがあ
ります。
『健康経営格付』についても現社長が積極的に情
報を集めトップダウンで周知されました。私たち産業保健ス
タッフはその方針に沿って活動を進めてきました」と、小林
正俊松任第一工場部長は語る。産業保健スタッフは、労
働安全・衛生の部門も含めると5∼6人の担当者がいるが、
従業員の健康管理に関しては小林部長に加えて工場の衛
生管理者、本社業務部の穴田道子さんと、さらに「健康経
営格付」取得に経理担当者として携わった越山博教さんが
いる。産業医や県の産業保健総合支援センターの協力を得
ながらチームワークで一つひとつの課題をクリアしてきた。
「健 康 経 営 格 付」やDBJの 存 在については 本 誌77号
工場内に設置されたデジタルサイネージで情報伝達
22 産業保健 21 (2014年7月)ですでに紹介していることもあり詳細には触
2016.10 第 86 号
れないが、一言でいえば従業員の健康に配慮した取
チェック』や、腰痛体操のお知らせなど、健康情報の
組みを評価し、融資の際に金利の優遇などが受けら
提供に使っていますが、今後は映像でしか伝えられな
れる制度である。制度の性格上審査は厳しく、120の
いような、見て楽しく明るい情報をたくさん紹介してい
審査項目があり、半日かけてのヒアリングが行われる。
きたい。今回の格付けでは、このデジタルサイネージ
同社は1・2年目では地震や津波などの有事に備えた
の活用も評価されました。同じく『安全衛生委員会で
在庫確保などの事業継続について監査を実施してい
の周知等により、管理職に部下の労働時間に配慮す
る点を評価されDBJの「BCM格付」を取得、今年度は
る動機づけを行っていることに加え、すべての過重労
さらに健康に配慮した取組みの評価が加わり、
「健康
働者に産業医面談を実施』していることも評価してい
経営格付」
を取得した。県下初の快挙である。
ただきました。客観的に評価されることで、改善点や
「私は経理担当者として
『健康経営格付』
取得に関わ
新しく着手することなどが次第に明らかになってくるか
りました。数多い審査項目の回答を準備するのは正
ら不思議です」と小林部長が続けた。
直大変でしたが、回答を考える中で、新たな気づきも
たくさんありました。健康に関する諸課題の達成度を
今後の課題
数値で検証することで見えてきたこともたくさんありま
「私は経理担当者という立場から、
『健康経営格付』
す」と越山さん。
のランクアップを目指していこうと思います。もっと積
多彩な取組みを展開
極的に自分からアイデアを出していきたい」と越山さ
ん。穴田さんはやはり女性にこだわる。女性の育児休
「今回の格付けの評価の一つにも挙げられています
暇制度は100%活用されており、何よりも前の職場に
が、定期健診の事後措置として保健指導をきめ細か
復帰する率が高い。そのことが社風になるようきめ細
く実施してきました。合わせて、年齢にかかわらず血
やかな対応をさらに進めていこうと考えている。自身
液検査を実施するなど成人病の予防対策にも取り組
がかつていた職場で苦労したことが原点になっている
んでいます。また、女性従業員が半数近くを占めるこ
穴田さんにとって、育児休暇取得者の職場復帰率が
とから、
女性が安心して働ける職場づくりが課題となっ
高いことは自分の喜びでもある。一方、男性の育児
ており、その一環として女性特有の
『がん』
の早期発見
休暇取得者はまだまだ数えるほどだが、対象となる人
のためにがん検診受診率の向上を目指しています。会
が100%取得することを願い、今年度2人目となる育
社で受診料を負担し、検診にかかる時間も出張扱い
児休暇取得の男性従業員に密かにエールを送る。
にしているので、本当は100%受診してほしいのです
「もともとはコンプライアンス重視の立場から『健康
が、今のところ1割ほどでしょうか。女性のがん検診
経営』を進めてきました。EHS(環境・労働安全衛生)
は年齢で区切られていることもあり、対象者にはその
を推進する体制づくりもこの春には整備されたことか
都度手紙を書いて知らせています。従業員の皆さんに
ら、当社の産業保健活動は進化していくと考えます。
健康の大切さに気づいてもらうこと、これが私たち産
目標はずばり現在の評価からのランクアップ。みんな
業保健スタッフの役割だと信じて、これからも発信し
で知恵を出し合い行動あるのみです」
。力強い小林部
続けていきます」と穴田さんは胸を張った。
長の声に2人が大きくうなずいた。
「従業員の健康の大切さへの気づきを高めるために
も丁寧に情報を知らせることが大切だと私も考えます。
半年前には情報通信システム『デジタルサイネージ』
(電
子掲示板)を導入しました(写真)
。工場で月1回開か
れる安全衛生委員会での発言がきっかけとなり実現し
たものですが、活用方法は自在で、現在は『ストレス
2016.10 第 86 号
会社概要
辰巳化学株式会社 事業内容:医療用医薬品の製造・販売
設 立:1941年
従 業 員:410人
所 在 地:石川県金沢市
産業保健
21 23
組む? 治療と職業生活の両立支援 第2回
どう取り
産保スタッフと人事部が連携して
治療前からフル復帰までサポート
株式会社福屋
1. 仕事を続けられる体制をつくる
添って面談を重ね、一人ひとりの状況に応じてきめ
治療と職業生活の両立支援の進展を探る本コー
治療のための休職から職場復帰への準備、復職後の
ナー第2回は、事業場における事例として、百貨店
『福
治療との両立や働き方への配慮などについて、罹患
屋』
を営む広島市の(株)福屋の取組みを紹介する。
した従業員の意向を踏まえつつ、産業スタッフ・人
『福屋』
は、広島県初の百貨店として1929年に開店。
事部・従業員の三者が一体となって最善の道を探り
1945年8月には広島に投下された原子爆弾により町
プランを立て、短縮勤務からフル復帰まで支える、
とともに廃墟と化すが、翌年2月には部分的に営業
③罹患した従業員の意向を尊重しながら、家族にも
を再開し、1953年6月に全館を復旧。
「いつの時代に
面談に加わってもらったり、産保スタッフが主治医
おいても、お客様の幸福に寄与し得る百貨店であり
から治療と職業生活の両立について配慮すべき点な
続けます」を企業理念に掲げ、2014年10月、創業85
どを聞く機会を設けていることなどが特徴である。
周年を迎えた。現在、八丁堀本店、広島駅前店をは
こうした支援を行うようになったきっかけは、10
じめ、広島県内外に12店舗を構える。
年ほど前、当初はメンタルヘルスケアとして、看護
従業員数は約1,000人、その8割近くが女性であり、
師が常駐する従業員のための相談窓口を開設したこ
早くからワーク・ライフ・バランスの実現に注力し、
とだった。従業員食堂などに相談窓口の利用を周知
労働時間の短縮や育児サークルの開催などに取り組
する掲示を行うと、徐々に相談者が増え、すると5
んできて成果を上げていることでも知られる。
年ほど前から、メンタルヘルスだけでなく、他の病
人事部の中下都貴子係長は「何かがあるから仕事を
気の相談も受けるようになり、次第に治療と職業生
諦めるのではなく、何かがあっても退職しないでい
活の両立支援が大事な取組みになっていった。初め
られる体制を整える、そう考える社風です」
と自社を
は産保スタッフだけで取り組んでいたが、やがて人
語る。治療と職業生活の両立支援も、こうした中で
事部と連携するようになり、現在の体制になった。
取組みが始まり、体制が固められてきた。
3. 両立支援の大きな効果
2. 相談窓口を開設
細かく支える、②産保スタッフと人事部が連携し、
福屋の産保スタッフは産業医4人、看護師3人、
同社の治療と職業生活の両立支援は、産業保健ス
そして今年7月から加わった保健師の齊藤愛子さん
タッフ(以下、産保スタッフ)
が「相談窓口」
で従業員
の計8人が、本店と駅前店の保健室業務と相談窓口、
から相談を受けることから始まり、①相談者に寄り
他店舗の巡回に当たっている。
24 産業保健 21 2016.10 第 86 号
リアの長い吉川厚子看護師は、
「職場復帰にあたって
は、人事・労務の理解と支えが必要です。この支援
ができているのは、人事部との連携体制ができたか
らで、連携の必要性に気づき、動いていただき、会
社の理解もあることが大きかったと感じています」
と会社の理解と連携の重要性を強調。また、人事部
の2人はこの支援のために心理相談員の資格を取得
し、さらに勉強を重ねていて「頼もしいです」と吉川
保健室での面談の様子
(女性従業員とその配偶者の話を聞く 本看護
師
(左)
と後神人事次長)
看護師。
この両立支援の取組みに尽力し、今もけん引して
いる後神了太郎人事次長は、
「産保スタッフと人事部
現在の治療と職業生活の両立支援は、看護師・保
が毎月会議を開き、チームとして取り組んできたこ
健師4人と人事部から2人の計6人で取り組んでい
とで会社の理解が深まった」
と振り返る。
ることに加え、産業医も常時相談に応じている。
後神人事次長は、両立支援の面談に人事のスタッ
本店の保健室と相談窓口を担当する
フとして入るとき、その従業員に「辞めないで会社に
本奈美看護
師は、月にのべ20 ∼ 30人の従業員から相談を受けて
おってね、復帰する気持ちがある限り支えますから」
いるという。なかには重い病に罹ったという相談も
と声をかけ、会社の諸制度を説明し、また、復職へ
あり、これまで何人もの両立支援の力になってきた。
の道筋を示し、職場の上司に状況を伝え、さらに復
「置かれた立場や状況はみな違いますから、その人に
職後も産保スタッフとともに見守り続けている。中
適した支援になるよう、細やかな対応をしているこ
下人事係長も、本人が不安なく治療に専念できるよ
とが当社の支援のよい点だと思います。面談の回数
うにと勉強を重ね、面談に臨んでいる。
は多いです。でも、雑談も多いんです。最初のうち
これまで、がんに罹患した26人の支援を行い、病
は緊張されていますから、いろいろな話をしながら
状などからやむなく退職した人もいるが、23人が復
把握していきます。復職前には、
ご本人の了解を得て、
職した。後神人事次長は「復職した従業員がもし全員
主治医に話を聞きに行くこともあります。これまで
辞めていたらと思うとぞっとします。全員が大事な
10回ほど行きましたが、先生方は快く応じてくださ
人材ですから。同じ人はいませんし、育てるとした
います。今後もいまのようにみんなで丁寧な支援を
ら20年かかります。復職後、責任者として頑張って
続けていきたいと思います」
と 本看護師は話す。
いる方もいますし、今度は支える側になりますといっ
また、広島駅前店を担当する住岡香苗看護師も、
て自分の経験を周囲に伝えて協力してくれる方もい
多くの相談を受けて力になっている。
「入院中などで
ます」
と取組みの効果を静かに語った。
面談ができない時期も、社内報を送るなどしてこち
今後も、産保スタッフと人事部の連携により親身
らから連絡するようにします。それが職場復帰への
に支援を続けながら、がん検診の受診向上を図る取
大きな勇気になるという従業員もいます。何らかの
組みをさらに厚くしていくことなどを検討している。
かたちでつながりを持ちながら支えていくことが大
事だと感じています」
と支援を通しての実感を語る。
こうした支援を行うようになってから、治療のた
めに休職しても、ほとんどの従業員が戻ってきてい
るという。福屋の産保スタッフとしてもっともキャ
2016.10 第 86 号
会社概要
株式会社福屋 事業内容:百貨店事業
設 立:1929年
従 業 員:920人(2016年1月現在)
所 在 地:広島県広島市
産業保健
21 25
機構で取り組む研究紹介
2
除染作業時における
粉じん濃度測定
労働安全衛生総合研究所 研究推進・国際センター ●
写真1. 除染作業における現場調査、○印は作業者の
体に付けた粉じん計
鷹屋光俊
写真2. 模擬除染作業と測定
現在、東日本大震災に伴う原子力発電所事故によ
防するための測定に用いられるため、じん肺の原因
る汚染を取り除く除染作業が行われている。除染作
となる、肺胞に到達する吸入性粉じんを測定するよ
業時に作業者の被ばくによる健康障害を防止するた
うに設計されている。一方内部被ばくリスクを評価
めに、
「東日本大震災により生じた放射性物質により
するためにはより大きい「インハラブル粉じん(100μm
汚染された土壌等を除染するための業務等に係る電
以下の粒径を持つ呼吸により体内に入る粉じん)
」の
離放射線障害防止規則」
(除染電離則)
が定められた。
濃度測定を行う必要がある。そこで、土壌由来のイ
作業者の放射線へのばく露には、外部から来る放射
ンハラブル粉じん濃度が粉じん計で測定可能か、そ
線による外部被ばくと、放射性物質で汚染された粉
の際の粉じん計の結果を質量濃度に換算するための、
じんを呼吸により体内に取り込むことによる内部被
質量濃度変換係数(K値)はどの程度の値になるかに
ばくがある。このうち内部被ばくの対策は、除染作
ついて検討を行った。
業により取り除く土壌の比放射能と、作業によって
われわれは、除染現場での測定(写真1)
を行うと
発生する粉じんの濃度の2つの指標により、作業の
ともに、データの再現性を得るために、放射性物質
被ばくリスクをクラス分けし、リスクに応じた対策
に汚染されていない場所での模擬実験を、独立行政
をとることとされている。労働安全衛生総合研究所
法人農業・食品産業技術総合研究機構(当時)
の協力
は、このうち、除染作業中の粉じん濃度測定方法に
を得て同機構の圃場内で実施した。加えて、関東地
ついて厚生労働省の依頼により検討を行った。
方の実際の田畑、学校の運動場を模した山土などさ
粉じん濃度測定は、実際に空気中の粉じんを捕集
まざまな土質の土壌を対象に実施した(写真2)
。そ
しその質量を秤量する方法と、粉じん計を用いる方
の結果、粉じん計を使用して除染作業時における粉
法がある。質量濃度測定は、正確だが時間を要する
じん発生リスクの評価は可能であるとの結論に至り、
ため、測定者自身の被ばくリスクを少なくするため
その際に使用するK値(0.15 mg/m3/cpm)
、粉じん計
に、簡易的に測定できる粉じん計による測定の可否
の位置や測定時間などについて提案を行った。この
が検討対象となった。粉じん計は、元々じん肺を予
研究結果は、現場での測定に用いられている。
26 産業保健 21
2016.10 第 86 号
厚生労働省から
漫画:久保 久男
安全衛生厚労大臣表彰中央表彰式を挙行
厚生労働省は6月30日、都内
にて、
「安 全衛生に係る優良事
業場、団体又は功労者に対する
厚生労働大臣表彰」中央表彰式
を開催した。同表彰は、他の模
範と認められる優良な事業場や
団体、そして地域や関係事業場
表彰状を受け取る角田名誉教授
(右)
等の安 全衛生水準の向上発展
中央表彰式では、優良賞と功
に多大な貢献をした功労者など
労賞の受賞者が表彰され、功労
が対象とされている。本年度は、
賞を受賞した杏林大学の角田透
優良賞(10事業場)、奨励賞
(11
名誉教授(東京産業保健総合支
事業場)
、功労賞(2名)
、功績
援センター相談員)も、とかしき
賞(25名)
、安全衛生推進賞(9
なおみ厚生労働副大臣(当時)か
名)
、善行賞(1名)の21事業場
ら賞状を受け取った(他の4賞は
および37名が受賞した。
都道府県労働局長が伝達)。
厚生労働省から
過労死等の労災補償、
請求増加も支給決定件数は減少
厚生労働省は6月24日、平
件増)
、うち未遂を含む自殺件
成27年度の「過労死等の労災補
数は199件(同:14件減)で、支
償状況」を取りまとめた。脳・
給決定件数は 472件(同:25件
心臓疾患に関する事案の労災
減)と、ともに請求件数は増え
補償状況については、請求件
たものの支給件数は減少した。
数が795件で(前年度比:32件
年 齢 別 の 請 求 件 数 を 見 る と、
増)
、支給決定件数は251件
(同:
脳・ 心 臓 疾 患 で は50 ∼ 59歳、
26件減)
、精神障害に関する事
精神障害では40 ∼ 49歳がもっ
案の労災補償状況については、
とも多く、働きざかり世代の
請求件数が1,515件で(同:59
請求が目立っている。
労働者健康安全機構から
全国で治療と職業生活の両立支援に関する相談やセミナーを実施
労働者健康安全機構は8月4
表した。具体的には、治療と職
を全国の産保センターで実施することとし
日、事業場における治療と職業
業生活の両立支援に関するセミ
ている。
生活の両立支援を全国の産業保
ナー・研修会の開催や、企業に
お問い合わせは、全国の産保センター
健総合支援センター(以下、産
対する個別訪問支援の実施、事
(裏表紙参照)
または、当機構の産業保健・
保センター)で推進することを公
業場からの相談対応などの支援
賃金援護部
(電話:044-431-8660)
まで。
2016.10 第 86 号
産業保健
21 27
新連載 データで読む
産業保健 第1回
頑張る高年齢労働者
「産業保健21」編集委員、産業医科大学 学長 ●
東 敏昭
総務省統計局労働力調査の平成28年(2016年)
4月
の増加、失業率の低下もあるが、大きく寄与してい
分の公表データによると、就業者数は6,396万人で、
るのが生産年齢人口の枠外にある65歳以上の高年齢
前年同月に比べ54万人増え17カ月連続の増加となり、
者の就業数の増加である。1975年の240万人から一
雇用者数も5,679万人、前年同月に比べ101万人増で
貫して増加し、1995年で440万人、2015年には720万
40カ月連続の増加だという(図表1)
。完全失業者数
人となっている。
は224万人だが、前年同月に比べ10万人減で71カ月
人口の高齢化に見合った変化、人出不足への対応、
連続減少し、完全失業率(季節調整値)
は3.2%と非正
年金制度の見直し、将来への不安や収入確保の必要
規雇用の増加はあるも、低い率となっている。
性など事情はさまざまと考えられるが、高年齢労働
日本の生産年齢人口は1970年代に7,000万人を超
者の就労ではより産業保健の役割は大きくなる。筋
え、1990年代の8,700万人でピークを迎え、2015年は
骨格系や認知能力など個人の特性にあわせた適正配
7,700万人弱となり、
1,000万人減少している。一方で、
置、持病を抱えながらの就労では、治療と就業の両
就労人口(労働力人口)
は、1975年の5,200万人が1995
立支援が不可欠となる。快適職場志向、社会心理学
年には6,500万人弱になり、ピークを迎える。その後、
的対応などの産業保健の役割も不可欠と思われる。
2013年までの景気後退もあり、減少傾向にあったも
何より、仕事を持つことは最大の健康維持・増進要
のが、景気回復により増加に転じたこともあるが、
因でもあり、健康寿命の延伸につながる。産業保健
やや長期にみれば6,400万人と100万人程度の減少に
のすそ野は広がり、課題への対応は大きな社会への
とどまり、横ばい状態といってよい。女性の就労率
貢献につながると考える。
図表 1. 生産年齢人口と労働力<就労者>人口の推移(万人)
7,000
800
65 歳以上
6,000
600
15 ∼ 65 歳
5,000
4,000
1975
年
1980
1985
1990
1995
2000
2005
2010
2015
400
200
1975
1980
1985
1990
1995
2000
2005
2010
2015
生産年齢人口
7,581
7,884
8,224
8,590
8,717
8,627
8,407
8,103
7,682
就労者数 総数
5,196
5,507
5,808
6,205
6,461
6,430
6,334
6,294
6,371
15 ∼ 65歳
4,952
5,232
5,509
5,864
6,020
5,950
5,847
5,726
5,652
242
275
298
340
441
481
487
561
720
65歳以上
総務省統計局労働力調査(基本集計:http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/tsuki/)
(2016 年 5 月 31 日公表)付表他
編集委員(五十音順・敬称略)
委員長
相澤好治 北里大学名誉教授
河野啓子 学校法人暁学園四日市看護医療大学名誉学長
石渡弘一 神奈川産業保健総合支援センター所長
武田康久 厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課長
小川康恭 前独立行政法人労働安全衛生総合研究所理事長
浜口伝博 ファームアンドブレイン社代表/産業医
加藤隆康 株式会社グッドライフデザイン技術顧問
東 敏昭 学校法人産業医科大学学長
亀澤典子 独立行政法人労働者健康安全機構産業保健担当理事
松本吉郎 公益社団法人日本医師会常任理事
28 産業保健 21 2016.10 第 86 号
産業保健
●
Book Review
Dr. 山本流 ストレスチェック
完全攻略!
著著:山本晴義 発行:日本医事新報社 定価:
(3,200円+税)
労働者のストレスチェッ
生は、早くからこのような活動を行っており、
「メ
ク制度が始まった。産業保
ンタルろうさい」というインターネットを用いた勤
健の現場では、心身のスト
労者のためのメンタルサポートシステムを開発し
レス反応のみでなく仕事の負担や対人関係、上司・
事
て、広く活用しておられる。また、15年間にわたり
同僚の支援などの職場環境の評価も行いながら、高
全国の労働者のストレスや悩みを聴くメール相談を
ストレス者の選定と面談および職場環境の改善に取
行っており、年間8,000件もの相談を引き受けている。
り組まなければならなくなった。産業保健スタッフ
その豊富な経験を本書により共有することができれ
のなかには、不安や恐れを抱いている者も少なくな
ば、
新しい制度を恐れることはない。先生はいう。
「労
いと聞く。しかし、考え方を180度転換させると、
働者が倒れて初めて手を打つのではなく、労働者を
これまで対症療法に終始し隔靴掻痒の感のあった産
倒れさせないために産業医は存在するのです」
。
業保健活動が、一次予防を目的として職場環境に介
まさに至言である。
入し健康職場を目指すことが可能となる、極めてや
りがいのある活動へと変わるのである。山本晴義先
下光輝一(公益財団法人健康・体力づくり事業財団
理事長、東京医科大学名誉教授)
建
建設業におけるメンタルヘルス対策の進め方
監修:小山文彦 執筆:田村和佳子 定価:1,800円 発行:建設業労働災害防止協会
裁判例から学ぶ
建設業のメンタルヘルス
監修:藤川久昭 執筆:田村和佳子 定価:1,200円
発行:建設業労働災害防止協会
建設現場では一定の工期の間、複数の事業者が
が労働者一人ひとりにその
混在し、労働者の入れ替わりも激しいという特徴
日の睡眠と食事と体調につ
があるので、メンタルヘルス対策をどうやって進
いて3つだけ問いかけをす
めるか、誰の目にも難しそうに見える。ところが
る方法は魅力的な発想である。日ごろ安全につい
その特徴を逆手に取って、建設業ならではの斬新
ての問いかけが実践されているので、この簡単な
な方法を編み出し、実施マニュアルとしてまとめ
健康KYを追加しても負担は少なく、現場で十分
たものがここで紹介する2冊の本である。
やっていけることが確かめられている。その他、
「建設業におけるメンタルヘルス対策の進め方」
小規模事業場でもすぐに実施できる多くの対策の
の基本戦略は、建設現場に定着し、毎朝行われて
コツが満載されている。
「裁判例から学ぶ建設業の
いる安全ミーティングの場で、メンタルヘルスを
メンタルヘルス」からも学べることが多いので、2
主目的とする健康KYを行い、また無記名ストレス
冊とも建設業に限らず、すべての業種の関係者に
チェックを工期中に複数回、安全朝礼の中で実施
手に取っていただけることを願っている。
するというものである。現場で監督者(主に職長)
2016.10 第 86 号
櫻井治彦(慶應義塾大学名誉教授)
産業保健
21 29
産業保健
産業保健総合支援センター 一覧
北海道
1 番地 プレスト 1・7 ビル2F
FAX:011-242-7702
〒 030-0862 青森市古川 2-20-3
TEL:017-731-3661
朝日生命青森ビル8F
FAX:017-731-3660
〒 020-0045 盛岡市盛岡駅西通 2-9-1
TEL:019-621-5366 マリオス 14 F
FAX:019-621-5367
〒 980-6015 仙台市青葉区中央 4-6-1
TEL:022-267-4229 住友生命仙台中央ビル 15 F
FAX:022-267-4283
〒 010-0874 秋田市千秋久保田町 6-6
TEL:018-884-7771
秋田県総合保健センター 4 F
FAX:018-884-7781
〒 990-0047 山形市旅篭町 3-1-4
TEL:023-624-5188
食糧会館 4 F
FAX:023-624-5250
〒 960-8031 福島市栄町 6-6
TEL:024-526-0526
NBFユニックスビル 10 F
FAX:024-526-0528
〒 310-0021 水戸市南町 3-4-10
TEL:029-300-1221
水戸FFセンタービル 8 F
FAX:029-227-1335
〒 320-0811 宇都宮市大通り 1-4-24
TEL:028-643-0685
MSC ビル 4 F
FAX:028-643-0695
〒 371-0022 前橋市千代田町 1-7-4
TEL:027-233-0026
群馬メディカルセンタービル 2 F
FAX:027-233-9966
〒 330-0063 さいたま市浦和区高砂 2-2-3
TEL:048-829-2661
さいたま浦和ビルディング 6 F
FAX:048-829-2660
〒 260-0013 千葉市中央区中央 3-3-8
TEL:043-202-3639
オーク千葉中央ビル 8 F
FAX:043-202-3638
〒 102-0075 千代田区三番町 6-14
TEL:03-5211-4480
日本生命三番町ビル 3 F
FAX:03-5211-4485
〒 221-0835 横浜市神奈川区
TEL:045-410-1160
滋 賀
京 都
大 阪
〒 520-0047 大津市浜大津 1-2-22
TEL:077-510-0770
大津商中日生ビル 8 F
FAX:077-510-0775
〒 604-8186 京都市中京区車屋町通御池下ル
TEL:075-212-2600
梅屋町 361-1 アーバネックス御池ビル東館 5F
FAX:075-212-2700
〒 540-0033 大阪市中央区石町 2-5-3
TEL:06-6944-1191 エル・おおさか南館 9 F
FAX:06-6944-1192
〒 651-0087 神戸市中央区御幸通 6-1-20
TEL:078-230-0283 21
年 月 日発行︵季刊︶
岩 手
TEL:011-242-7701
平成
青 森
〒 060-0001 札幌市中央区北1条 西7丁目
28
10
1
宮 城
茨 城
群 馬
埼 玉
千 葉
東 京
神奈川
鶴屋町 3-29-1 第 6 安田ビル 3 F
FAX:045-410-1161
〒 951-8055 新潟市中央区礎町通二ノ町
TEL:025-227-4411
2077 朝日生命新潟万代橋ビル 6 F
FAX:025-227-4412
〒 930-0856 富山市牛島新町 5-5
TEL:076-444-6866
インテックビル(タワー 111)4 F
FAX:076-444-6799
〒 920-0031 金沢市広岡 3-1-1
TEL:076-265-3888
金沢パークビル 9 F
FAX:076-265-3887
〒 910-0006 福井市中央 1-3-1
TEL:0776-27-6395
加藤ビル 7 F
FAX:0776-27-6397
〒 400-0031 甲府市丸の内 2-32-11
TEL:055-220-7020
島 根
岡 山
広 島
山 口
徳 島
香 川
愛 媛
TEL:0742-25-3100 奈良交通第 3 ビル 3 F
FAX:0742-25-3101
22
〒 640-8137 和歌山市吹上 2-1-22
TEL:073-421-8990 2
和歌山県日赤会館 7 F
FAX:073-421-8991
〒 680-0846 鳥取市扇町 115-1
TEL:0857-25-3431 鳥取駅前第一生命ビルディング6F
FAX:0857-25-3432
〒 690-0003 松江市朝日町 477-17
TEL:0852-59-5801 明治安田生命松江駅前ビル7F
FAX:0852-59-5881
〒 700-0907 岡山市北区下石井 2-1-3
TEL:086-212-1222 岡山第一生命ビルディング12F
FAX:086-212-1223
〒 730-0011 広島市中区基町 11-13
TEL:082-224-1361 合人社広島紙屋町アネクス5F
FAX:082-224-1371
〒 753-0051 山口市旭通り 2-9-19
TEL:083-933-0105 山口建設ビル 4 F
FAX:083-933-0106
〒 770-0847 徳島市幸町 3-61
TEL:088-656-0330 徳島県医師会館 3 F
FAX:088-656-0550
〒 760-0025 高松市古新町 2-3
TEL:087-826-3850 三井住友海上高松ビル 4 F
FAX:087-826-3830
〒 790-0011 松山市千舟町 4-5-4
TEL:089-915-1911 松山千舟 454 ビル 2 F
FAX:089-915-1922
〒 780-0870 高知市本町 4-1-8
TEL:088-826-6155 高知フコク生命ビル 7 F
FAX:088-826-6151
〒 812-0016 福岡市博多区博多駅南 2-9-30
TEL:092-414-5264 86
神奈川県川崎市中原区木月住吉町 ・
編集・ ] 独立行政法人
[
発
行 労働者健康安全機構 TEL044・431・8660
労 働 調 査 会 東京都豊島区北大塚 ・ ・
[制
作]
TEL03・3918・5517
栃 木
鳥 取
〒 630-8115 奈良市大宮町 1-1-32
号
福 島
和歌山
FAX:078-230-0284
号通巻第
山 形
奈 良
ジイテックスアセントビル 8 F
巻第
秋 田
兵 庫
2
4
5
新 潟
富 山
石 川
山 梨
長 野
岐 阜
福 岡
佐 賀
長 崎
熊 本
福岡県メディカルセンタービル 1 F
〒 840-0816 佐賀市駅南本町 6-4
TEL:0952-41-1888 佐賀中央第一生命ビル4F
FAX:0952-41-1887
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TEL:095-865-7797 建友社ビル 3 F
FAX:095-848-1177
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TEL:096-353-5480 住友生命熊本ビル 3 F
FAX:096-359-6506
〒 870-0046 大分市荷揚町 3-1
TEL:097-573-8070 いちご・みらい信金ビル 6 F
FAX:097-573-8074
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TEL:099-252-8002 中央ビル 4 F
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三重県医師会館 5 F
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1
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大 分
1
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