世界トップクラスの透明性、 不動産投資の普及を促進

J リート市場 15 周年を迎えて
■ J リート市場 15周年を迎えて
世界トップクラスの透明性、
不動産投資の普及を促進
石澤 卓志
みずほ証券株式会社
市場情報戦略部
上級研究員
が知らない情報を知っていることがプロの証し」という
Jリートが不動産を
「身近な分野 」に変えた
意識が強く、一般の人にとって「近寄りがたい分野 」
だった。それがJリートの登場によって「身近な分野 」
に一変した。
Jリート市場の時価総額は、2016 年 4月に12 兆円
欲しかった情報が入手できるようになると、さらに詳
を超え、東証一部の不動産セクター( 同月末時点で
しく知りたくなってくる。この結果 、Jリートが契機となっ
13.4 兆円 )
に迫る規模となった。これまでの道のりは
て不動産にのめり込んだ人を、筆者は何人も知ってい
必ずしも平坦とは言えず、
リーマンショック直後の2008
る。ある信用金庫の理事は、休日ごとに、自分たちが
年 10月には1 法人が経営破綻するなど、苦難の時期
投資しているJリートの物件を見学することが趣味に
も長かった。しかし、この不況期の経験が、現在のJ
なった。お会いすると、とてもマニアックな質問を容赦
リート市場を支えている部分も大きいと思われる。
なく浴びせてくるため、筆者にとっては大変に手強い
Jリートが日本の不動産市場におよぼした影響につ
いては、様々な視点から評価が可能と思われるが、
顧客である。
会ったことのない学生からメールが舞い込んできた
筆者は特に「不動産データベースの整備 」に対する
こともある。「 Jリートのデータを分析して論文を書い
貢献を強調したい。
てみました。不動産が専門ではないのですが、間違
2000 年 11月の投信法改正によってJリート制度が
いはないでしょうか?」
創設された時点では、
まだバブル崩壊期のイメージが
Jリートの認識度も徐々に向上してきた。不動産証
強く、不動産投資に対する一般的なイメージは良好と
券化協会( ARES )
が、金融商品を保有する個人投
は言えなかった。このイメージを払拭する狙いもあり、
資家を対象に2014 年 12月に実施した調査によれば、
Jリートは、世界でもトップクラスの透明性を備えた不
Jリートの認知度(「 名称も内容も知っている」「 名称
動産関連商品となった。不動産関係者からは異論も
だけ知っている」回答の合計 )
は67.1%と比較的高
あると思われるが、従来の不動産業界には「他の人
い水準だった。この回答者には、Jリートには投資し
September-October 2016
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Special
ていない人が過半を占めるものの、その最大の理由は
スポンサーとなった商業施設特化型リートも上場した。
「 投資する資金がない」( 37.6%)
ためで、Jリートに
Jリートの運用対象は、オフィスビルや住宅など「日本
関心を有する個人投資家が44.7%(「 投資を具体的
の伝統的な不動産会社の得意分野 」からスタートし、
に考えている」「投資に興味をもっている」の合計 )
外資系企業などがプレイヤーに加わるに伴って、運用
を占めた。
対象の多様化が進行したと言える 。さらに、2014 年
ただし、上記は投資経験者を対象とする調査であ
には日本初のヘルスケア施設特化型リートが上場し、
る。日本には、そもそも投資経験者が少ないという問
インバウンド需要の高まりを背景にホテル系リートも増
題がある。筆者は大学の経済学部で不動産投資の
加した。2016 年には、世界的にも珍しい温泉特化型
講義を行ったことがあるが、
「 Jリートを知っています
のJリートも登場した。2016 年 6月に、第 1 号が上場
か」という問いかけに対して手を挙げた学生は半数
したインフラファンド市場は、Jリートとは別市場である
に満たなかった。
が、不動産投資の一分野と捉えることができる。
ARESなどが開催している個人投資家向けのJ
2016 年 7月末時点でJリートが保有する不動産は
リートセミナーは、ほぼ例外なく盛況と言える。しかし
3,315 物件・14.8 兆円となった( ARES 調べ )
。最近
集まってくるのは、既にJリートに投資しており、さらに
ではオフィスビル等の品薄が深刻化しており、従来の
詳しい情報を求めている「ディープな投資家 」が中
資産内容のままでは、Jリート市場の成長は20 兆円程
心で、
もともと投資に興味がない人はセミナーにやって
度でストップしてしまう可能性がある。しかし、さらに
こない。これは、Jリートの問題ではなく、資本市場全
運用対象が多様化すれば、Jリート市場の発展可能
体の問題と言える。
性は拡大する。今後数年以内には、病院がヘルスケ
筆者が在籍する、みずほ証券は投資教育に力を
アリートの運用対象に加わり、さらに、
トランクルーム中
入れており、高校生などを対象とした講座や、20 代~
心の物流施設系リートや、学校リート、劇場リートなど
30 代の投資家候補を想定したラジオ番組の提供など
が誕生する可能性もある。これに、コンセッション(公
も行っている。これらの場で、筆者がJリートについて
共施設等運営権 )
を運用対象とするインフラファンドを
説明する機会も増えている。このような活動が、10 年
加えると、不動産関連の金融商品の市場規模は100
後にJリートの投資家層の拡大につながれば、存外
兆円を超える可能性がある。
の喜びと言える。
不動産投資市場は
100 兆円規模に拡大する可能性も
このように、筆者はJリート市場の将来を概ね楽観
的に見ているが、その一方で問題点も少なくないと感
15 年間の歴史の中で、Jリートのプレイヤーや資産
じている。特に「利益相反 」への対応は、Jリート市
内容も変化してきた。Jリートの運用対象は、2005 年
場が拡大する中で、以前よりも後退したように感じられ
~ 2012 年前半に、オフィスビルが運用対象の60%近
る。
くを占め、次いで商業施設が20%前後 、住宅が20%
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「利益相反 」への対応は後退か
初期のJリート市場では、Jリートの独立性が重視さ
弱という構成比の状態が続いた(取得価格ベース)
。
れ、投資法人の名称にもスポンサー名を冠しないもの
2012 年後半から、外資系企業などがスポンサーと
が多かった。しかし最近は、スポンサー企業との「距
なった、資産規模の大きい物流施設系リートが相次
離 」が近いJリートが増えた。Jリートは公募の金融
いで上場し、2013 年後半には、初めて小売事業者が
商品なので、スポンサーのブランド力を活用すること
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
J リート市場 15 周年を迎えて
は、幅広い投資家から支持を得るために有効と言え
材料に取り上げることが難しい。このような記事では、
る。しかし、Jリートが行った不動産取引の一部には、
Jリートが鑑定評価額から大きく乖離しない価格で不
スポンサーが自社保有物件の「出口」として、やや
動産を購入し、一定水準の投資利回りを確保してい
恣意的にJリートを利用したと感じられる例も出始めて
ることは、触れられない場合が多い。自戒を含めて言
いる。
えば、Jリート各社 、また不動産関係者は、より詳細な
前述した通り、Jリートには「ディープな投資家 」が
多いため、
「スポンサー寄り」の取引は、すぐに見破
られてしまうようだ。特に外国人投資家は、
「 利益相
情報開示に努め、誤解を解くように努める必要がある
と思われる。
いまやJリートは、国内の法人としては最大の不動
反 」問題に敏感に反応する傾向がある。このため、
産の「買い手 」である。Jリートが取得する資産には
問題視される取引が多いJリートは、投資家からの評
優良物件や大規模ビルが多く、その点でもJリートは
価も概ね低いように思われる。
前述とやや矛盾するが、Jリートの「 情報量の多
「目立つ存在 」と言える。東京駅前の大手町 1 丁目
の交差点に立つと、目に入ってくる建物のほとんどは、
さ」が、誤解につながる場合もある。たとえば、地価
現在 Jリートが保有するビルか、かつて保有していた
上昇が報道されると、その記事の解説部分には「 J
ビルである。不動産を保有することには、都市活動
リートが盛んに不動産を購入したことが地価を押し上
の基盤を担う主体として「社会的な責任 」が伴う。J
げた」と記述されることが多い。実は筆者も、同様の
リートは、これまでその責任を果たしてきたと思われる
解説をしたことがある。Jリート以外が当事者となった
し、今後は、さらに重くなる責任を果たす義務がある
不動産取引は、ほとんど公表されないので、説明の
と言える。
いしざわ たかし
1981 年慶應義塾大学法学部卒 、日本長期信用銀行入行。調査部
などを経て長銀総合研究所主任研究員。1998 年第一勧銀総合研
究所上席主任研究員。2001 年みずほ証券に転じチーフ不動産ア
ナ リ ス ト。2014 年 7 月 か ら 上 級 研 究 員。 主 な 著 書 に「 東 京 圏
2000 年のオフィスビル 」(東洋経済新報社 1987 年 )、
「ウォー
ターフロントの再生 」( 東洋経済新報社 1987 年 )、
「 東京問題の
経済学(共著 )」(東京大学出版会 1995 年 、日本不動産学会著作
賞受賞 )など。国土交通省など省庁 、団体の委員歴多数。
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