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2016 No.2
55
/55
2016 No.2
目
特集
次
中国経済・産業の構造変化がもたらす「脅威」と「機会」
-日本産業・企業はどう向き合うべきか-
Ⅰ.中国経済の現状と展望
1.中国経済(特別寄稿)
2020 年の中国経済の姿
-改革の痛みは残るが、景気腰折れは回避-
2.中国産業政策 -サプライサイド構造改革のめざす先-
1
11
Ⅱ.日本産業・企業への影響と取るべき事業戦略
1.産業総合 -中国経済・産業の構造変化にどう向き合うべきか-
18
2.石炭 -中国に起因する不確実性が世界の石炭市場に波及-
25
3.天然ガス・LNG -中国の需給動向がもたらす影響と日本の上流権益投資-
31
4.鉄鋼 -中国の供給過剰問題解決への道筋と日本企業の打ち手-
36
5.非鉄金属 -メタル価格低迷が日本企業の戦略転換を促す契機に-
41
6.石油 -中国企業との競争と協調の使い分け-
46
7.化学 -M&A で急速に産業構造を転換する可能性が高まる中国化学産業-
50
8.医薬品 -中国の台頭を踏まえた日本企業の選択肢-
55
9.自動車 -中国 NEV 規制がもたらす完成車メーカーの電動車戦略の変容-
59
10.工作機械 -時間的猶予を生かし、将来に向けた布石を打つ時-
67
11.ロボット -魅力的な市場は、同時に強力な競合企業を育て得る土壌-
74
12.医療機器 -国産化と地場企業台頭の動きを見据えた戦略策定の必要性-
80
13.重電
-中国企業の自国技術化を契機とした日系重電企業の戦略見直しの必要性-
86
14.鉄道システム
-失速する中国企業を尻目に日本企業が目指すべき戦略方向性-
91
15.民間航空機 -中国の台頭、残された時間は少ない-
96
16.エレクトロニクス -技術先進国を目指す中国企業との協働のあり方-
101
17.人工知能 -中国の取り組みの動向と日本の戦略方向性-
108
18.小売 -小型フォーマット+O2O 展開に中国企業との連携も戦略に-
115
19.食品 -拡大し続ける中国食品市場と台頭する中国企業への対応-
121
20.パーソナルケア -中国企業との連携・協業の可能性を探る-
127
21.医療・介護 -中国政府の施策を踏まえた日本企業の戦略方向性-
132
参考文献一覧
141
Ⅰ-1. 中国経済
Ⅰ. 中国経済の現状と展望
Ⅰ-1. 中国経済
(特別寄稿)
2020 年の中国経済の姿
-改革の痛みは残るが、景気腰折れは回避-
【要約】

2010 年代前半の減速要因となった過剰投資、過剰債務の重しは 2010 年代後半も残存し、投
資を中心に中国経済は引き続き自律的な回復力を欠く見込み。大規模景気刺激策への反省
や 2020 年代に潜在成長率の低下や少子高齢化が一段と進むことへの警戒感が、中国政府
が「サプライサイドの構造改革」を進める原動力となると予測、改革の痛みが意識されること
に。自律的な回復力の弱さの補完、改革の痛みの緩和を図りつつ、GDP 倍増目標を達成す
る必要があるため(2016~2020 年の年平均成長率+6.5%以上)、景気刺激策、とりわけ財政
政策への依存を大幅に下げることは難しい。ただし、2010 年代末には改革を通じた潜在的な
成長力の解放効果が徐々ではあるが出始めることが期待される。

リスクシナリオは、反発の強さから改革が停滞し、政府が景気刺激策への依存を更に強めてし
まい、生産性の低下から景気が腰折れし、長期低迷を余儀なくされるというシナリオ。

メインシナリオにおいても、2020 年時点で中国経済が過剰投資と過剰債務に起因する経済の
不安定さを完全に拭い切ることは難しいとみられるが、ハードランディングシナリオが現実化し
ない限り、世界経済における中国のプレゼンス拡大は 2020 年にかけて続く。投資主導から消
費主導への成長パターンの転換、消費構造の高度化、産業構造のサービス化、資本・技術
集約型への製造業のシフトという傾向も続く見込み。対外開放を含む参入規制緩和や中国
企業の対外進出の進展も見込まれる。
1.
中国経済の現状
(1)2 桁成長はすでに終焉
2010 年を最後に
2 桁成長は終焉、
経済は減速基調
中国の実質 GDP は 2010 年に前年比+10.6%と、3 年ぶりに 2 桁の伸びを記
録して以降、減速基調を辿っており、2015 年には同+6.9%にまで伸びが低下
している(【図表 1】)。2016 年 1~6 月期も同+6.7%と、経済の減速傾向が続い
ており、中国経済の先行きを懸念する声が強まっている。
振るわぬ輸出と
投資、業種別で
は第 2 次産業の
成長率が低下
景気減速の主因は、輸出と投資の伸びの鈍化である。個人消費は底堅さを
みせているものの、世界金融危機、中国国内の賃金上昇や人民元増価の影
響を受け、財・サービス輸出の伸びが落ちている。また、総固定資本形成の減
速も続いている。産業別にみると、金融業や卸・小売業などの第 3 次産業が
成長を支える一方、第 2 次産業の減速が顕著になっている。第 2 次産業の実
質 GDP 成長率は、2010 年時点では前年比+12.7%と高率であったが、2016
年 1~6 月期には同+6.1%に落ちている。
みずほ銀行 産業調査部
1
Ⅰ-1. 中国経済
(2)世界経済における中国のプレゼンスは依然拡大
世界の GDP に占
める中国のシェア
は引き続き拡大
他方で、中国の経済成長率が鈍化したとはいっても、世界平均と比べれば高
く、世界の GDP に占める中国のシェアは拡大し続けている。中国のシェアは
2010 年の 9.2%から 2015 年には 15.0%へと高まっている(世界第 1 位の米国
は 24.5%、中国は第 2 位、第 3 位の日本は 5.6%)1。
市場としての重
要性を一段と増
す中国
需要項目別にみると、すでに総固定資本形成の規模では、中国は米国を抜
いて世界第 1 位となっている(中国、米国の世界シェアはそれぞれ 24.4%、
16.9%、2014 年)2。個人消費、政府消費、財・サービス輸入でも、中国は世界
第 1 位の米国とのシェアの差を縮めている(中国の世界シェアはそれぞれ
8.8%、10.8%、9.5%、米国のシェアはそれぞれ 26.5%、19.6%、12.5%)。このよ
うに、市場としての中国の重要性は一段と増している。
【図表 1】 中国の実質 GDP 成長率(需要項目別寄与度)
(前年比、%)
20
個人消費
+政府消費
15
誤差脱漏
財・サービス輸入
10
在庫増減
政府消費
5
個人消費
財・サービス輸出
0
総固定資本形成
▲5
GDP
総固定資本形成
+在庫増減
▲ 10
10
12
14
純輸出
16 (年)
(出所)中国国家統計局、CEIC Data、United Nations, National Accounts Main Aggregates
Database よりみずほ総合研究所作成
(注 1)2016 年は、1~6 月期の数値。
(注 2)2010~2014 年の需要項目別寄与度は国連推計値。2015 年以降は、中国国家統計局
の公表値(2015 年以降の寄与度は、国連ほど細かい内訳が発表されていない)
2.
経済成長に対する下押し圧力は今後も残存
(1)過剰投資、過剰債務が経済の重しに
1
2
自律的回復力を
欠く状態からの早
期脱却は困難
ただし、中国経済は自律的な回復力を欠く状態にあり、短期間にその状況か
ら抜け出すことは困難であると考えられる。上述した投資や製造業の減速の
背後には過剰投資、過剰債務の問題があり、その解決に時間を要するからで
ある。
過剰投資の表れ
としての生産能
力過剰問題と住
宅在庫問題
リーマン・ショック後の 4 兆元の景気刺激策に代表される大規模景気対策を契
機に、中国では急激に資本ストックが積み上がってしまった。その表れが、生
産能力過剰問題である。中国国内のアンケート調査によると、製造業の設備
稼働率は 2007 年 8~9 月時点の 79%から 2015 年 8~9 月には 67%へと大き
IMF, World Economic Outlook Database, April 2016 Edition.
United Nations, National Accounts Main Aggregates Database.
みずほ銀行 産業調査部
2
Ⅰ-1. 中国経済
く落ちている3。中国人民銀行が大手工業企業 5,000 社へのアンケート調査を
基に発表している設備稼働率 DI は、2015 年 10~12 月期も悪化しており、低
稼働率の状態が続いている模様である。過剰投資のもう一つの表れは、住宅
在庫の積み上がりである。2015 年末現在、住宅在庫面積(仕掛在庫を含む)
の対販売面積比率は 3.5 倍に達している。その後、大都市などで住宅販売が
伸びて幾分在庫の削減が進んだものの、在庫水準は過去と比べ高水準で、
人口流入の少ない地方都市を中心に、在庫削減が必要な状況に変わりはな
い。
企業部門の過剰
債務とその不良
債権化の進展
資本ストックの拡大とともに企業債務も大きく膨らんだ。中国の非金融民間企
業部門(国有企業も含む)の債務残高の対 GDP 比率は、2008 年 9 月末時点
で 97.2%であったが、4 兆元の景気刺激策を契機に上昇傾向に転じ、2016 年
3 月末現在 169.1%に達している(【図表 2】)。日本の過去最高値(1994 年末
の 149.2%)を上回る水準である。中国では株式市場を通じた資金調達の割合
が当時の日本と比べて低いことを考慮しても、中国の企業部門の債務の規模
は大きいといわざるを得ない。その綻びが不良債権比率の上昇となって表れ
ており、2016 年 6 月末現在、要注意債権まで含めた不良債権比率は 5.8%に
高まっている。今後も、不良債権比率が上昇しやすい局面は続くとみられる。
例えば、IMF は、約 5 兆元の商業銀行の企業向け貸出が今後不良債権化す
るリスクがあるとの推計を発表している(対 GDP 比では約 7%の規模)4。特に
過剰投資業種である不動産、鉱業、鉄鋼といった業種、国有企業などで不良
債権が増えやすい状況にある。
過剰投資、過剰
債務の解消には
時間が必要
過剰投資、過剰債務を早期に解決することが望ましいが、急ぎすぎれば、金
融不安、雇用不安を引き起こし、景気を腰折れさせかねない。それゆえ、過剰
投資、過剰債務の解消には時間がかかる見込みであり、投資の自律的な回
復力が弱い状況が今後も続くことが予想される。
【図表 2】 債務残高の対 GDP 比率(日米中比較)
①非金融民間企業
②家計
③政府
(%)
250
(%)
250
(%)
250
200
200
200
150
150
日本
150
100
50
中国
日本
100
米国
米国
日本
100
50
米国
50
中国
0
0
91/3 97/3 03/3 09/3 15/3 91/3 97/3 03/3 09/3 15/3
(年/月)
(年/月)
中国
0
91/3 97/3 03/3 09/3 15/3
(年/月)
(出所)BIS Statistics Warehouse よりみずほ総合研究所作成
3
4
中国企业家调查系统「企业经营者对宏观形势及企业经营状况的判断、问题和建议-2015・中国企业经营者问卷跟踪调
查报告」『管理世界』2015 年 12 月。
IMF, Global Financial Stability Report: Potent Policies for a Successful Normalization, April 2016.
みずほ銀行 産業調査部
3
Ⅰ-1. 中国経済
(2)労働供給の制約の強まり
生産年齢人口の
減少傾向が持続
過剰投資、過剰債務に加え、今後の中国の経済成長を下押しする要因として、
生産年齢人口の減少があげられる。中国では定年退職年齢が男性で 60 歳、
女性で 50 歳(幹部は 55 歳)とされているため、15~59 歳を生産年齢人口と定
義すると、2012 年からすでに生産年齢人口の減少が始まっている 5。国連の
低位予測によると、2016~2020 年には年平均 0.3%、2020~2025 年には同
0.6%のペースで生産年齢人口が減る見通しである6。
労働投入制約が
今後も徐々に強
まる見込み
農村の余剰労働力の存在 7、定年延長が生産年齢人口の減少による労働投
入の減少を緩和する可能性があるため、労働投入制約が今後 5 年のうちに急
速に強まることはないだろう。ただし、農村の余剰労働力が漸減してきているう
え、定年延長を一気に行うことを中国政府も想定していないことなどから、労
働投入制約はゆっくりではあれど強まっていくことが想定される。
人口動態が投資
主導型 か ら消費
主導型への成長
転換を後押し
なお、生産年齢人口の減少に伴い、労働需給が相対的にタイトとなりやすい
状況となるため、労働分配率が以前よりも上昇しやすくなることが想定される。
それが投資主導型の成長から消費主導型の成長への転換を後押しする要因
となるだろう。
3.
腰折れ回避のための政策展開の見通し
(1)成長率維持の必要性
5
6
7
8
投資抑制の一方
で、一定程度の
成長率 維持 も必
要
経済への下押し圧力の主因である過剰投資、過剰債務問題の解消のために
は、投資の抑制や企業のリストラが必要であるということは中国政府もよく理解
している。一方で、中国政府は一定程度の成長率も維持しなければならない
ことも自覚している。
GDP 倍増計画達
成の必要性
第 1 に、2020 年までに GDP および 1 人当たり所得を 2010 年対比倍増させる
ことを公約として掲げているからである。その実現のためには、2016~2020 年
の年平均実質 GDP 成長率を+6.5%以上としなければならない。
雇用安定の必要
性
第 2 に、雇用の安定を図る上でも、+6%程度の成長率を保つことが望ましい。
年間 1,000 万人分の新規雇用を都市部で創出するという政府目標をある程度
余裕をもって達成するには、+6%程度の成長率が必要である8。更にリストラに
より失われる雇用があることも念頭に置くならば、+6.5%程度の成長率を保つ
方が安心感が増す。
金融安定の必要
性
第 3 に、金融の安定のためにも低成長は避けなければならない。中国人民銀
行が商業銀行主要 31 行を対象に実施したストレステストによると、実質 GDP
成長率が前年比+5%に下がると、中国政府が要求する自己資本比率(9.7%
超)を満たせない銀行が主要行でも 3 行出てくる(【図表 3】)。金融危機回避と
いう意味でも+6%台の成長を確保しておきたいと中国政府が考えても不思議
ではなかろう。
しかも、国際的に多用されているとおり 15~64 歳を生産年齢人口とみなしても、中国では 2014 年からすでに生産年齢人口が
減少し始めている。
United Nation, Probabilistic Population Projections based on the World Population Prospects: The 2015 Revision, 2015.
伊藤信悟「高度化が進む中国の個人消費 ~中国政府による爆買い・輸入抑制への備えが必要~」『みずほインサイト』2016 年
8 月 5 日。
伊藤信悟「2015 年の中国のマクロ経済運営 ~景気下支えを強めつつ成長率を+7.0%前後に誘導~」『みずほインサイト』2015
年 1 月 28 日。
みずほ銀行 産業調査部
4
Ⅰ-1. 中国経済
(2)穏健的金融政策と積極的財政政策の継続
輸出に成長のけ
ん引役は期待し
にくい
ただし、今後も英国の EU 離脱など、輸出環境に先行き不透明感があることを
考えると、成長のけん引役として輸出に多くは期待しにくい。また、自由貿易
協定の拡充、インフラ建設面などでの経済協力推進(「一帯一路」 9など)が図
られる見込みながら、交渉に時間がかかるうえ、速効性も期待しにくい。
金融・財政政策を
通じた成長の下
支えが続く見込
み
それゆえ、穏健的金融政策の下での適度かつ潤沢な流動性の供給、および、
積極的財政政策により成長を下支えするという構図が、今後も継続される可
能性が高いだろう。とりわけ財政政策が重視されることになるだろう。金融緩和
の景気浮揚効果が弱くなっているためである10。幸い中国には財政余力があ
る。中国の政府部門の債務残高は対 GDP 比で 45.1%(BIS ベース、2016 年 3
月末)とそれほど高くはないうえ(【図表 2】)、日本同様、中国も経常黒字国で
あり、海外資金に頼らずとも国内の余剰資金で国債を消化しやすい状況にあ
る。
【図表 3】 成長率による中国商業銀行の自己資本比率の変化
2015年末 1
実質
GDP
成長率
30
+6%
3
+5%
3
+4%
28
6
22
10
0
5
16
10
9.7%以下
20
9.7%超10.5%未満
30 (行)
10.5%以上
自己資本比率
(出所)中国人民银行金融稳定分析小组『中国金融稳定报告 2016』中国金融出版社、2016 年より
みずほ総合研究所作成
(注)主要 31 行を対象としたストレステスト
(3)「サプライサイドの構造改革」の推進
全面的な刺激策
の限界や弊害を
指導部も意識
他方で、中国政府は、金融・財政政策による需要の拡大に頼った成長維持の
限界や弊害も強く意識している。習近平国家主席が 2014 年 12 月開催の中央
経済工作会議で行った「全面的な刺激策の効果は明らかに低下している」と
の発言がその証左である11。また、習国家主席は、「前期の刺激策の消化期」
に中国はあるとの表現で、リーマン・ショック後の大規模景気対策が過剰投資、
過剰債務といった難題を残したことを示唆してもいる。
「サプライサイド
の構造改革」によ
り景気刺激策依
存体質を改善
それゆえ中国指導部は、金融・財政政策に過度に依存しなくても持続的に発
展できるような経済体質への変革を目指す「サプライサイドの構造改革」を「第
13 次五ヵ年計画」(2016~2020 年)の中核に位置付け、それに注力する姿勢
を示している。また、金融・財政政策の対象についても、「サプライサイドの構
造改革」への貢献という観点から選別していく方針である。
9
2013 年に習近平国家主席が提唱した「シルクロード経済ベルト」、「21 世紀の海のシルクロード」という対外交流強化策を指す。
「盛松成:货币政策有陷入流动性陷阱的倾向」『新浪财经』2016 年 7 月 6 日。
11
「中央经济工作会议在京举行」『新华网』2014 年 12 月 11 日。
10
みずほ銀行 産業調査部
5
Ⅰ-1. 中国経済
新たな成長のエ
ンジン創出
景気刺激策への依存体質から脱却するには、新たな成長のエンジンの創出と
ともに、既存産業・企業の競争力の強化が必要である。そのための重要施策
の一つが「中国製造 2025」であり、2025 年までに中国を「製造大国」から「世
界の製造強国の一員」へと導くことが企図されている12。次世代情報通信産業
や、高性能 NC 制御工作機械など 10 のハイテク産業の重点的な育成などが
その具体的な中身である。また、2025 年までに広範な領域におけるインター
ネットの応用を通じて経済・社会のイノベーションを活性化させることを狙った
「インターネット+行動計画」も今後の重要施策に位置付けられている。サー
ビス分野では、物流・流通やコンサルティングといった生産活動をサポートす
る専門サービスの発展促進、教育やヘルスケア、娯楽、スポーツなど生活関
連サービスの発展のための計画が次々と打ち出されている。
都市化の推進に
よる規模・集約の
経済の発揮
都市化の推進による規模の経済、集積の経済の発揮にも、一段と力が入れら
れる予定であり、その制約となっている戸籍問題、社会保障問題、農地請負
経営権の保護不足の問題などへの取り組みも進められている。
参入規制の緩和
参入規制の緩和も民間企業の潜在力の発揮という文脈で重視されており、参
入規制のネガティブリスト化などが進められている。また、イノベーション活性
化、生産性向上の観点から、対外開放が「第 13 次五ヵ年計画」の柱に据えら
れている。
生産能力過剰業
種のリストラ
加えて、生産能力過剰業種のリストラ、国有企業の改革も「サプライサイドの構
造改革」の重要な一環として位置付けられている。鉄鋼や石炭などを中心に、
今後 3~5 年の時間をかけて過剰設備の淘汰、合併などを通じた競争力強化、
不採算企業の清算などを進める方針が打ち出されている。
国有企業改革の
推進
国有企業改革に関しては、改革の方向性を示した「国有企業改革の深化に
関する指導意見」が 2015 年 9 月に発表されている。それに基づき国有企業の
競争力・収益力向上などを狙い、ガバナンスの改善、非国有資本の受け入れ
(「混合所有制」)、合併の推進などが図られ始めている。他方で、国有企業の
デフォルト容認による「暗黙の政府保証」の漸進的な除去、参入規制の緩和
による国有企業に対する保護の削減といった痛みを伴う改革も進められつつ
ある。
消費活性化策の
推進
投資主導型成長の限界を意識し、中国政府は消費活性化策に力を入れる動
きもみせている。中国政府は 2016 年の重点任務として潜在的な消費需要の
掘り起こしを掲げ、高齢者向けサービス、文化・教育・スポーツ産業の振興、
電子商取引や消費者金融の育成、旅行市場の整備などを図る方針を掲げて
いるが、これは 2016 年単年にとどまらず、今後の政策の潮流となる見込みで
ある。
(4)社会の安定維持に向けた施策の積極化
「小康社会の全
面的完成」に向け
た民生の改善努
力
12
2020 年に向けた習政権の国家目標は、「小康社会の全面的完成」である。つ
まり、GDP 倍増を実現するだけでなく、「全国民」が「安定し、やや余裕のある
経済水準」を享受できるようにするということである。それゆえ、民生の改善を
習政権は重視しており、雇用拡大・起業促進、教育・医療・社会保障の拡充、
その後、2035 年までに「世界の製造強国の中間レベル」、2049 年までに「世界の製造強国の上位レベル」にまで製造業を発展
させることが「中国製造 2025」の目標に据えられている(酒向浩二「2025 年の製造強国入りを目指す中国の新製造業振興策
-2015 年度中国商務部国際貿易経済合作研究院への委託調査-」『みずほリポート』2016 年 6 月 27 日)。
みずほ銀行 産業調査部
6
Ⅰ-1. 中国経済
農村・農業・農民の発展・所得向上などに力を注ぐ方針である。下水道など、
民生改善の観点からも都市インフラの改善に財政資金が投じられる見込みで
ある。
環境問題への配
慮も強化
4.
加えて、環境問題への取り組み強化を通じ、持続可能な社会の構築を図ると
ともに、環境・公害問題に対する国民の不満の解消を図る姿勢を強めている。
2020 年の中国経済の姿
(1)問われる「成長の形」
13
自律的な回復力
の弱さを景気刺
激策と改革で補
い、GDP 倍増計
画の達成を図る
以上を踏まえて今後の中国経済の先行きを展望したい。2020 年までは、
GDP・所得倍増という公約を前提に、2016~2020 年にかけての実質 GDP 成
長率を年平均+6.5%程度に保つという政策運営が図られると考えられる。過
剰投資・過剰債務を抱える状況が続くうえ、その早期解決はかえって雇用・金
融の安定を損なうリスクがあることから、2020 年にかけて漸進的にその解決を
図ることになるだろう。例えば、生産能力過剰業種の典型事例である鉄鋼業・
石炭業に関しても、上記のとおり 3~5 年の時間をかけて過剰設備の淘汰を進
めていくという方針を中国政府は打ち出している。過剰債務の削減に関しても、
中国人民銀行のチーフエコノミストらは 6~7 年の時間がかかるとの見通しを
発表している 13。それゆえ、投資を中心に中国経済は引き続き自律的回復力
を欠く可能性が高い。自律的な回復力の弱さを財政政策を中心とする景気刺
激策と「サプライサイドの構造改革」の組み合わせにより補い、経済の急減速
を避け、上記の成長率目標を果たすという展開になるだろう。
改革の 痛み から
景気刺激策への
依存度は大きく
は下げにくいが、
徐々に潜在的な
成長力が解放
焦点は、景気刺激策と「サプライサイドの構造改革」のどちらにより依存する形
で年平均+6.5%という成長率目標を達成するかである。ここ 2 年程度は試行に
充てられ、その後改革が本格化する領域も少なくないことから(国有企業改革
など)、2010 年代後半を通じて改革の痛みが意識されやすい時期となるだろう。
それゆえ景気刺激策への依存度の大幅な引き下げは難しいが、2020 年に近
づくにつれ、先行的な規制緩和分野などで「サプライサイドの構造改革」を通
じた潜在的な成長力の解放の効果が徐々に出始めることも期待される。
「中所得国の罠」
を回避するうえで
有利な条件を中
国は具備
なお、中国が「中所得国の罠」に嵌ることを懸念する声があるが、中国はそれ
を回避するうえで有利な条件を備えている。中国は同水準の発展段階の国・
地域と比べ、成長に有利な条件を備えているからである。世界経済フォーラム
の世界競争力指数をみると、中国は自らが属する「効率主導型発展段階」の
国・地域の平均値をすべての項目で上回っているだけでなく、その上の発展
段階に属する「効率主導型からイノベーション主導型への移行段階」の国々よ
りも高い項目が多い(【図表 4】)。先進国への移行上重要な「ビジネスの洗練
度」(例えば産業集積の厚み等)、「イノベーション」(例えば特許取得数や企
業の研究開発支出の対 GDP 比等)などでも高い評価を得ている。「技術の利
用しやすさ」では、「効率主導型からイノベーション主導型への移行段階」の
国・地域と比べて見劣りするが、「インターネット+行動計画」の下、低評価の主
因である IT 環境が改善される見込みであり、その格差も縮小していくだろう。
马骏、刘斌、贾彦东、李建强、陈辉、蒋贤锋、王伟斌「2016 年中国宏观经济预测(年中更新)」『中国人民银行工作论
文』No.2016/9、2016 年 6 月 8 日。
みずほ銀行 産業調査部
7
Ⅰ-1. 中国経済
2020 年代の構造
変化への危機感
が改革の背後に
上記のとおり、メインシナリオでは中国政府が 2010 年代後半に「サプライサイ
ドの構造改革」を前に進めると想定している。その理由は、2020 年代に潜在
成長力の低下や少子高齢化が進むことへの強い危機感が中国政府にあると
みているからである。
改革に成功して
も 2020 年代の年
平均成長率は+4
~5%に低下
中国が「中所得国の罠」に陥らなかったとしても、2020 年代に中国の実質
GDP 成長率は年平均+4~5%に低下する可能性が高い。実際、「中所得国の
罠」に陥らなかった韓国や台湾でも、成長率がその程度に鈍化したという先例
がある14。また、上述のとおり、生産年齢人口の減少ペースが 2020 年代に入る
と加速していくため、労働投入の制約は強まる。加えて、従属人口指数(15 歳
未満および 65 歳以上の人口÷15~64 歳の人口)の更なる上昇に伴う貯蓄率
の低下、資本蓄積に伴う限界生産性の低下の影響を受け、資本投入の伸び
が低下していくことも予想される。
【図表 4】 世界競争力指数からみた中国の成長の潜在力
評価項目
効率主導型
発展段階
中国
(7,589ドル)
制度
インフラ
マクロ経済環境
健康・初等教育
高等教育・職業訓練
財市場の効率性
労働市場の効率性
金融市場の効率性
技術の利用しやすさ
市場規模
ビジネスの洗練度
イノベーション
世界競争力指数全体
4.15
4.73
6.52
6.09
4.33
4.37
4.50
4.08
3.70
6.98
4.32
3.89
4.89
(3,000~8,999ドル)
3.71
3.80
4.56
5.48
4.11
4.24
3.94
3.87
3.68
3.75
3.81
3.16
4.07
効率主導型から
イノベーション主導型
への移行段階
(9,000~17,000ドル)
4.09
4.51
4.90
5.88
4.63
4.47
4.17
4.06
4.52
4.18
4.14
3.44
4.36
イノベーション主導型
発展段階
(17,000ドル超)
4.96
5.50
5.28
6.40
5.43
4.93
4.70
4.52
5.68
4.54
4.94
4.63
5.03
(出所)World Economic Forum, The Global Competitiveness Report 2015–2016, 2015 よりみずほ総合研究所作成
(注)( )内は 1 人当たり GDP(名目ドル建て、2014 年)。中国は同リポートで「効率主導型発展段階」と位置付けら
れている。各発展段階の網掛け部分は、中国の方が値が高く、好条件を備えていることを示す。
14
成長率低下と少
子高齢化に伴う
財政余力の低下
への危機感
しかも、財政余力が低下していくことが予測される。成長率の低下に伴い、財
政収入の伸びも弱まる一方、少子高齢化に伴って義務的支出が増加していく
ことが想定されるからである。こうした事態を念頭に置くならば、財政余力が今
あるからといって、財政政策に依拠した景気下支えを長期にわたって続ける
わけにはいかない。こうした危機感が中国指導部にはあるものと想定される。
リスクシナリオは
改革の不徹底に
よる成長率の大
幅低下
リスクシナリオは、こうした危機感があるにもかかわらず、改革への反発の強さ
から習政権が改革の手を緩め、景気刺激策への依存度を更に高めていくとい
うシナリオである。その場合には、過剰投資、過剰債務の解消が進まず、生産
性の低下から成長率の大幅な低下を余儀なくされ、長期にわたり低迷を余儀
なくされる恐れが高まるだろう。
伊藤信悟・小林公司・稲垣博史・三浦祐介・玉井芳野「中国・インド経済の中期展望 -発展段階に応じた課題の分析と政策
対応を踏まえた考察」『みずほリポート』2016 年 7 月 29 日。
みずほ銀行 産業調査部
8
Ⅰ-1. 中国経済
(2)世界経済における中国のプレゼンス拡大、産業・消費構造の高度化は続く
世界経済におけ
る中国のプレゼ
ンス拡大は持続
メインシナリオにおいても、2020 年時点で中国経済が過剰投資と過剰債務に
起因する経済の不安定さを完全に拭い切ることは難しいかもしれないが、ハ
ードランディングシナリオを前提としない限り、2010 年代後半にかけて世界経
済における中国のプレゼンスの拡大は続き、中国の市場としての重要性は増
すだろう。例えば、IMF は、中国が 2016~2020 年にかけて年平均+6.1%しか
成長できないと予測しているが、世界の GDP に占めるシェアは 2015 年の
15.0%から 2020 年には 17.7%に拡大するとの見通しを発表している15。
投資主 導か ら消
費主導への成長
パターンの緩や
かな変化が持続
公共投資による下支えは続くものの、過剰投資、過剰債務が重しとなり投資の
伸び鈍化が続く一方、個人消費は生産年齢人口の減少を背景とした労働需
給のタイト化の影響で投資と比べて底堅く推移しやすい。GDP に占める投資
のシェア漸減、個人消費のシェア漸増という 2010 年前半からの傾向が続くだ
ろう(【図表 5】)。
消費構造の高度
消費構造、産業
化
、産業構造の
構造の高度化も
サ
ー
進展 ビ ス 化 が 進
展
また、所得水準の向上を追い風とした消費構造の高度化も進むだろう。高額
消費の広がり、サービス消費の増加、自己実現消費の拡大などが想定される。
産業構造の高度化も進むと考えられる。中国の GDP に占めるサービス産業の
比率は 2015 年時点で 50.2%にとどまっているが(【図表 6】)、上述したサービ
ス消費の拡大のほか、企業が専業化を通じた経営効率化やイノベーション誘
発をより意識するなか、サード・パーティー・ロジスティクス(物流戦略立案・物
流業務包括受託業者)、各種コンサルティング業者などに業務を委託する動
きが広がっていくと予想されるからである。また、上述のとおり、政府もサービス
産業の発展を後押しする動きをみせている。ただし、サービス産業のうち、今
後も在庫調整圧力にさらされるであろう不動産業は強い成長を期待しにくい。
また、重工業・鉱業部門の過剰生産能力が重しとなるため、GDP に占める第 2
次産業のシェア漸減が進むと予想される。
【図表 5】 GDP に占める個人消費・投資のシェア
50
【図表 6】 GDP の業種別構成
(%)
(%)
60
45
50
40
35
40
30
個人消費
25
20
第1次産業
30
総固定資本形成
第2次産業
第3次産業
20
15
10
10
5
0
2001
03
05
07
09
11
13
0
15 (年)
2001
(出所)中国国家統計局、CEIC Data より
みずほ総合研究所作成
資本・技術集約
型への製造業の
シフト
15
03
05
07
09
11
13
15 (年)
(出所)中国国家統計局、CEIC Data より
みずほ総合研究所作成
製造業では、資本・技術集約型産業への移行が進むだろう。消費者の需要高
度化、少子高齢化に伴う賃金コストの更なる上昇への対応が不可避だからで
ある。所得水準と比較した場合のイノベーションの基盤の厚さ、政府によるイノ
ベーション促進や新興産業育成に対する資源投入の活発化もこうした動きを
IMF, World Economic Outlook Database, April 2016 Edition.
みずほ銀行 産業調査部
9
Ⅰ-1. 中国経済
サポートするだろう。中国企業のキャッチアップの動きには注視が必要であ
る。
参入規制の緩和
民営企業や外資系企業に対する参入規制の緩和も一定程度進められる可能
性が高い。上述のとおり、国有企業や生産能力過剰業種の立て直し、あるい
は、これらの企業や業種に代わる雇用や成長のエンジンの創出を行わなけれ
ば、経済・社会の不安定化につながる恐れがあるからである。むろん TPP に
相当するような高水準の開放が一気に実現する可能性は極めて低いが、参
入規制の緩和ペースは従来よりも加速することが見込まれる。焦点は、国産化
目標を立てているようなハイテク業種や、医療などのように市場としての有望
性が高い業種でどこまで開放が進むかだろう。
中国企業の対外
進出の加速
国内の開放を進める一方、中国企業の対外進出の動きが加速する可能性も
高い。①過剰生産能力の解消には時間を要すため、市場を海外に求める動
きが続く、②労働需給がタイトになりやすい状況のなか、賃金が底堅く推移す
る可能性が高く、低賃金の国・地域への輸出拠点の移転の動きが強まる、③
コスト競争力が低下するなか、技術・ノウハウの獲得を目的とした先進国企業
の買収の動きが強まることが想定されるからである。中国政府も「一帯一路」な
どを通じて企業の海外進出をサポートする動きを強めている。それが第三国・
地域における中国企業との競争を激化させる可能性がある一方、中国企業と
のアライアンスの契機となることも考えられよう。
みずほ総合研究所 調査本部アジア調査部
中国室 伊藤 信悟
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
10
Ⅰ-2. 中国産業政策
Ⅰ-2. 中国産業政策
-サプライサイド構造改革のめざす先-
【要約】
 第 13 次五ヵ年計画で進められている「サプライサイド構造改革」は、生産能力過剰問題など
「過去の負の遺産」解消と新産業の成長を同時並行で進める政策である。
 「過剰」問題が山積する分、新産業の成長には速度が求められ、政府は支援策を積極的に講
じている。近年増加する海外企業買収は、そのスピードアップの一手段である。

成長分野は、サービス業のノウハウなど中国にとって経験が浅い「軟実力(ソフトの力)」を問
われる局面が増える。その強化には、海外企業買収だけなく、民営企業の活用や国際市場
での経験が豊富な海外企業・国との連携・協業の必要性も拡大する可能性が高まろう。
1.
「サプライサイド構造改革」の実行
「5 大任務」は直
面する最重要課
題の明示
中国の経済政策を決める最高会議、「中央経済工作会議」が 2015 年 12 月下
旬に開かれ、2016 年の「5 大任務」を、1.生産能力過剰の解消、2.企業コスト
の軽減、3.不動産在庫の解消、4.有効な供給の拡大、5.金融リスクの予防・解
消、に定めた1。中国が今、直面する最優先課題を明確に示した形である。
「サプライサイド
構造改革」は過
去の清算と新エ
ンジン立ち上げ
の並行作業
これら「任務」の指し示すところは、「サプライサイド(供給側)構造改革」の実行
である。従来型製造業における供給体制の構造改革-特に鉄鋼、石炭、不
動産などの供給過剰の解消-を進めつつ、産業の高度化や新産業育成によ
って新たな「供給力」を獲得し軸足の移行を目指す。2 ケタ成長時代に後回し
にしてきた難題への対応と、新しい発展エンジンの立ち上げを両輪で走らせ
ているのが今の中国の姿である(【図表 1】)。
【図表 1】 サプライサイド(供給側)構造改革
供給過剰/淘汰領域
成長分野
• 生産・供給力が過剰
• 製造技術が遅れており環境負荷やエネル
ギー消費など、競争力が劣る
• 鉄鉱、石炭、セメント、電解アルミ、不動産など
• 製造業の高度化(ロボット分野など)
• 国民生活の質の向上/「小康」に資する領域
(医療・介護、農村振興関連など)
• 高質な商品/サービス・文化・体育事業など
実施
実施
生産量削減、事業整理、合併、破産など
研究開発・
イノベーション
企業買収
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
2016 年から始まった「第 13 次五ヵ年計画」(以下、「13・5」)は、その発展理念
を「創新(イノベーション)」、「協調」、「緑色(環境)」、「開放」、「共享(共有)」
に置き、「小康社会を全面的完成」させることを目指す 2。新しい発展エンジン
は、「中国製造 2025」や「インターネット+」のような先端産業の高度化に加え、
「協調」「共享」に示されるような格差是正、環境保護、文化事業など、社会の
安定と国民生活の質的向上に寄与する領域を含んでいる。
1
2
「中央经济工作会议提出 2016 年五大任务」(2015 年 12 月 22 日新華社報道)
「中华人民共和国国民经济和社会发展第十三个五年规划纲要」冒頭は、「13・5 は小康社会の全面的建設に向けた最終段階
である・・(中略)・・全面的に創新、協調、緑色、開放、共享を発展させ小康社会の全面的完成を確保しなければならない」と記
している。
みずほ銀行 産業調査部
11
Ⅰ-2. 中国産業政策
2.
「過剰」と向き合う
(1)政策実施状況
「過剰」解消は第
一の課題
「去産能」(=生産能力過剰の削減)は、「5 大任務」の第一に掲げられ、中国
政府が今、最も優先すべき課題と見做していることは間違いない。2013 年、国
務院は「生産能力の深刻な過剰と矛盾解消に関する国務院の指導意見」を
発表、鉄鋼、セメント、電解アルミ、板ガラス、船舶で生産設備稼働率が世界
の平均水準を下回りながらも設備投資が止まらない状況に危機感を持ち、設
備拡張の抑制、技術の立ち遅れた工場の淘汰、合併・再編などの対応策を固
めた。その後、該当産業での生産設備の新増設を厳禁する政策などを経て、
「13・5」初年度の 2016 年には、鉄鋼、石炭、非鉄金属産業での個別通達や削
減目標が出されている(【図表 2】)。
【図表 2】 生産能力過剰の解消に向けた主な政策
文書名
対象領域・方針

電力、石炭、鉄鋼、セメント、非鉄金属、コークス、製紙、製革、染
色
深刻な生産能力過剰の矛盾解消に関する国務
院の指導意見(国発[2013]41号)


鉄鋼、セメント、電解アルミ、板ガラス、船舶が対象
設備拡張の抑制、設備の立ち遅れた工場の淘汰、違反施設の整
理、合併・再編、海外市場の開拓などを定める
③
一部の生産能力の深刻な過剰業種の生産能力
置き換え工作をよく行うことに関する工業信息化
部の通知(工信部産業[2014]296号)


鉄鋼、電解アルミ、セメント、板ガラスが対象
生産設備の新増設を禁止
④
鉄鋼業界の過剰生産能力を解消し困難脱出と
発展の実現に関する国務院の意見 (国発
[2016]6号)


2016~2020年に粗鋼1~1.5億トン分の生産能力を削減
ゾンビ企業の処理を加速
⑤
石炭業界の過剰生産能力を解消し困難脱出と
発展の実現に関する国務院の意見(国発
[2016]7号)

2016年から3~5年の間に5億トン分の生産能力を撤退させ、5億ト
ン分を減産再編
⑥
良好な市場環境をつくり有色金属工業の構造調
整を促進し転換と増益を促すことに関する国務
院弁公庁の指導意見(国弁発[2016]42号)



非鉄金属の重点品種で需給均衡に
電解アルミの設備稼働率80%以上
航空、自動車、建築、電子等の領域での消費量拡大
⑦
工業企業の構造調整専門奨励補償資金管理弁
法(財建[2016]253号)

ゾンビ企業閉鎖、事業整理の伴う従業員保障金等の用途として
予算を確保(2年間で総額1,000億元)
①
遅れた生産設備を淘汰する工作を更に強化す
る国務院の通知(国発[2010]7号)
②
(出所)中華人民共和国中央人民政府発表よりみずほ銀行産業調査部作成
3
4
5
処理の手法は
「破産」も視野に
「去産能」の手法は、国有大手・宝鋼集団による武漢鋼鉄の吸収合併が発表
されたように、合併・事業再編が中心ではあるが、2016 年 3 月の第 12 期全国
人民代表大会(全人代)第 4 回会議で李克強首相は「債務の再編、破産清算
など」で「ゾンビ企業を処理」すると述べ、従来は事例の少ない「企業破産法」
適用も辞さない強い姿勢を示した。
国有「ゾンビ」の
削減目標も
経営が実質的に破たんしていながら政府補助金で生き永らえる、いわゆる「ゾ
ンビ企業」は、報道によると国内 A 株上場企業だけで鉄鋼、石炭、化学、セメ
ント、ガラス企業を中心に 144 社あり、うち 122 社が 2013~2015 年に受給した
補助金総額は 307 億元(約 4,700 億円)に上るという3。「ゾンビ企業」は国有企
業に最も多い4ことから 2015 年に本格化した国有企業改革5の文脈でも成果が
「長江商報」2016 年 4 月 18 日。
中国人民大学国家发展战略研究院「中国僵尸企业研究报告-现状、原因和对策」2016 年 7 月。
2016 年 3 月 14 日付 Mizuho Short Industry Focus Vol.145 「中国国有企業改革の現状 -改革は『民営化』なのか-」(権田理
恵)を参照。
みずほ銀行 産業調査部
12
Ⅰ-2. 中国産業政策
求められており、国有企業管轄当局である国有資産監督管理委員会は、「国
有ゾンビ企業 345 社の処理を 3 年以内に完了」、「中央政府系企業による鉄鋼、
石炭の生産能力を今後 2 年間で 10%、同 5 年以内に 15%削減」、「鉄鋼・石
炭専門企業は強化するが、異業種から参入している企業は撤退」などの方針
を発表6している。
(2)達成への長い道のり
困難な目標達成
また 2016 年 6 月、国家発展改革委員会・徐紹史主任は、最も過剰が深刻な
鉄鋼・石炭について、同年の削減目標を「石炭 2.8 億トン、対象人員数 70 万
人、鉄鋼 4,500 万トン、同 18 万人」と発表7、【図表 2】⑤などで定めている目標
を前倒しで実施する方針を示した。しかし 2016 年 7 月末現在、削減実績は石
炭 9,500 万トン、鉄鋼 2,126 万トンで、対年度目標の達成率はそれぞれ 38%、
47%と、相応に進捗しているものの遅れ気味である。しかも鉄鋼は価格上昇に
勢いづいた企業が、一旦操業停止した工場を再稼働させるなどして「鉄鋼 3
省」とよばれる河北、江蘇、山東で軒並み増産に転じる現象が起きた。
削 減 に向 けて 監
督・指導を強化
これに対し国務院は、目先の市況で目標達成が揺るがないよう、今後、立ち
入り検査の強化や電力・水道価格の差別化など各種措置を講じ、監督を強化
する方針である。石炭では中央政府系および地方政府系国有大手を中心に
11 月中の年度目標達成を目指し、鉄鋼では全国 28 省市区が実施計画と「達
成誓約書」を国務院に提出済みという8。
地方保護主義や
歴史遺留問題な
ど課題は山積
それでも「2015 年の石炭生産設備余剰は全国で 17 億トン分、石炭企業の
90%が赤字」と中央電視台が報じる 9ように事態は深刻である。内陸部や東北
地方など当該産業への依存度が高く代替産業の選択肢の少ない地域ほど、
ゾンビ企業の割合が高い上に10、「歴史遺留問題」11など問題が根深く、果断
にメスを入れにくい。地方政府系国有企業の場合、中央政府が政策を出して
も、直接のオーナーである地方政府が手を下さない限り改革は進まない。各
地政府がどこまで地元保護主義を捨て本腰を入れられるか、中央が影響力の
高い監督体制をいかに整えられるかが今後のカギの一つになるだろう。
人員問題に 1,000
億元の財政拠出
また難題の一つと言われているのが人員整理である。中央政府は 2016 年に
1,000 億元の財政支出を決め、主に鉄鋼・石炭産業の人員整理関連費に充
てている。しかし、国有企業において長年、「鉄飯碗」(=安定した職業)にい
た従業員が、職場離脱を拒む、新事業や独立採算など新しい発想に追い付
かない、など問題が山積し難航している模様である。一方、中央政府系国有
企業で石炭 1 位の神華集団など一部石炭企業では、業態を投資会社に転換
し、傘下に事業会社を置く再編を進め、生き残りを賭ける動きも出ている12。い
ずれにせよ「13・5」は、これらの産業にとって難局が続く時期となるだろう。
6
商務部 HP「国资委部署央企去产能工作」2016 年 7 月 9 日付。
世界経済フォーラム、夏季ダボス会議(2016 年 6 月)での発言。
8
「人民日報海外版」2016 年 8 月 1 日付、「21 世紀経済報道」2016 年 7 月 28 日付など。
9
CCTV 央視網「去产能 打响减量提质攻坚战」2016 年 8 月 4 日付。
10
前掲「中国僵尸企业研究报告-现状、原因和对策」はゾンビ企業に多い特徴として①西南・西北・東北地域に所在、②国有
企業・集体企業、③創立 30 年以上の歴史の長い企業-などの共通点を指摘している。
11
計画経済時代から続いている各種の過度な負担や非効率な形態。特に従業員家庭の衣食住・教育等すべてを会社が背負う
「企业办社会」など。
12 「
21 世紀経済報道」2016 年 8 月 29 日付。
7
みずほ銀行 産業調査部
13
Ⅰ-2. 中国産業政策
3.
「新たな供給力」に向けて
(1)成長分野と関連政策
一方、新たな供給力獲得を目指している領域についても、中国政府はすでに
多くの政策を発表しており、全体的な方向性は下記①~③に大別できる。
① 「中国製造 2025」、「インターネット+」に見られるような先端産業の高度化、
イノベーション。
② 「小康社会」に象徴される格差是正、農村発展、医療・介護など国民生
活の質的向上、社会の安定に資する領域。
③ 質の高い商品・サービスの供給、および文化・体育事業。
例えば、中国人観光客による日本での「爆買い」現象は、個人消費レベルに
おいて、国内供給力と消費者ニーズが合致せず消費が海外に流れてしまっ
た、③の弱みを端的に表す事例である。消費を経済発展の推進力にしたい中
国政府としては痛恨の極みであり、海外購入品の国内持ち込み税率を引き上
げたり、越境 EC へ関税を適用するなど「力技」も導入しつつ13、国内産業にお
ける供給力の強化を急いでいる。
成長分野は 3 領
域
これまで発表された主な政策と対象産業をまとめると【図表 3】のようになる。
【図表 3】 成長分野に関する主な振興政策と該当領域
政策
①先端産業・製造業のハイエンド化・イ
ノベーション、ベンチャー育成
②国民生活の向上・社会の安定に寄与
する産業(格差是正、農村振興、社会福
祉関連など)
③質の高い商品・サービスの供給力向
上/文化・体育事業
第18期中央委員会第3回全体会議(三
中全会、2013年)
新技術・イノベーションの発展/創業(ベ
ンチャー育成)奨励
農業・農村経営の現代化/中小都市開
発/教育・就業/養老介護・医療/食品・
医薬品/環境保護
民間文化企業の発展・開放/医療など
保険制度・市場の充実
「中国製造2025」(国発[2015]28号)
情報技術/工作機械・ロボット/航空宇
宙技術/海洋エンジニアリング・船舶/軌
道交通/新エネルギー車/電力装置・設
備/農業機械・設備/新素材/バイオ医
薬・医療機器
「“インターネット+”行動を積極推進する
こと関する国務院の指導意」(国発
[2015]40号)
ベンチャー創業・イノベーション/製造自
動化/人工知能
現代農業/スマートエネルギー/行政
サービス(医療・シルバーなど)/交通/
環境保護
金融/物流/Eコマース
「新しい消費で新しい供給の新エンジン
育成加速を積極的にリードすることに関
する国務院の指導意見」(国発[2015]66
号)
情報消費(自動化、ロボット、自動車、
小売り、旅行、文化、娯楽、農業、教育、
医療などをIoTでつなぐ)
エコ消費(空気清浄器、浄水器、エコ家
電、エコ建材など)/農村消費
サービス消費(教育、医療・健康、養老、
旅行、ゲーム・コンテンツなど文化)/ト
レンド消費/品質消費
農村消費拡大(Eコマースの活用)/農
村情報インフラ整備/住宅改善/自動車
関連消費(ピックアップトラックの都市走
行制限緩和、駐車場建設促進、アフ
ターサービス向上)/介護施設(医療と
介護の結合)/教育(職業学校での技術
訓練など)/地方での映画館建設/エコ
消費(家電、建材、暖房器具)
物流/3~4線級都市での流通拡大/旅
行/レジャー/ホームヘルパー/医療
サービスの多様化(リハビリ、終末医療、
ハイエンド医療、口腔、美容、漢方医療、
健康診断、医療ツーリズムなど)/教育
文化(コンテンツ、娯楽、博物館、スマー
トホーム、デジタル競技会開催、スポー
ツ)
「消費を促進し、転換とアップグレードを
導く行動方案」 (発改総合[2016]832
号)
「製造業とインターネットの融合の深化
を発展させることに関する国務院の指
導意見」(国発[2016]28号)
「インターネット+と中国製造2025の融合、
共同推進をめざす」
品種、品質、品牌(ブランド)の“三品”を
発展
(デザイン、ミドル~ハイエンド消費品、
スマート・健康消費品、民族特色消費
品)
「消費品工業“三品”プロジェクト行動の
展開と良好な市場環境をつくることに関
する国務院弁公庁の若干意見」(国弁
発[2016]40号)
「ハックラボを発展させ大衆イノベーショ
ンを推進することに関する国務院弁公
庁の指導意見」(国弁発[2015]9号)
IT/バイオ技術/ハイエンド装備製造/新
エネルギー
現代農業/省エネ・環境/医薬衛生
文化コンテンツ/現代サービス
13・5国家科学技術イノベーション計画
(国発[2016]43号)
情報技術、スマート製造、新素材、ク
リーンエネルギー、交通技術、海洋、衛
星、
農業技術、環境保護、資源再生、医療
健康、新型都市化、公共安全防災
食品製造、サービス業
「工業信息化部の中小企業発展計画
(2016-2020年)に関する通知」(工信部
規[2016]223号)
「中国製造2025」、「インターネット+」関
連領域のベンチャー企業育成支援
(出所)中華人民共和国中央人民政府発表よりみずほ銀行産業調査部作成
13
「关于调整进境物品进口税有关问题的通知」(税委会[2016]2 号)
、「我国将自 4 月 8 日起实施跨境电子商务零售进口税收
政策并调整行邮税政策」(2016 年 3 月 24 日財政部)
みずほ銀行 産業調査部
14
Ⅰ-2. 中国産業政策
(2)「開放」とネガティブリスト制
価格自由化や市
場開放で民間投
資促進を目指す
「市場化」(=市場原理に基づく経済発展)を掲げる習近平政権にとって、成
長分野における民間投資への期待は大きい14。上述①~③の領域において
はメインプレーヤーが民営企業である産業も多く、市場開放や制度づくりなど
民間投資促進の施策もスピードが求められている。例えば価格制度について
は「中共中央国務院の価格システム改革推進に関する若干意見」(2015 年 10
月)において、これまである程度コントロールされてきた分野の価格について
2017 年までの自由化をめざす方針を打ち出している15。
ネガティブリスト
制で市場参入
ルールを透明化
またネガティブリスト制度も策定中である。市場参入を禁止・制限する業種をま
とめたリスト(ネガティブリスト)を作成し、それ以外の領域での平等な参入を認
める同制度は、2016 年 3 月にはリスト草案と天津、上海、福建、広東の 4 省市
での試験導入を発表、2018 年の全国施行を目指している16。
外資への規制緩
和や法改正も
同制度は外資企業への適用も検討されている。現状、外資企業の参入可否
は「外商投資産業指導目録」で定められているが、これをネガティブリスト制に
統一する発想である 17。背景には、そもそも「外資企業」の定義が揺らぎつつ
ある現実がある。近年、急増する中国企業による海外買収は、従来の「外国か
らクロスボーダーで出資・設立された企業=外資企業」という単純な図式を困
難にしつつある。そこで、これまでの外資三法(「中外合資経営企業法」「外資
企業法」「中外合作経営企業法」)に代わる新しい「外国投資法」も制定作業
が進行中で、その趣旨は「海外の中国資本が中国国内に設立した企業」と
「外国企業が中国に投資・設立した企業」を統一的管理しつつ、外資に対す
る規制緩和などを目指すものとなっている18。
(3)活発な海外買収
成長速度を高め
るための手段とし
ての買収攻勢
成長分野の発展加速を補完する手段として現在、精力的に採られているのが
企業買収である。例えば家電大手・美的集団による独ロボット企業 KUKA 買
収の例は、「中国製造 2025」のロボット産業 19のロードマップの実現可能性を
高める効果をもたらすだろう。
「去産能」に伴う痛みが大きいほど、成長分野での発展加速が急がれる。買収
攻勢は製造業のほかにもホテルなどサービス業やサッカーチーム・映画など
文化・体育事業にも及び、まさに【図表 3】①~③の領域を広くカバーするもの
となっている。
14
中華人民共和国中央人民政府発表「民间投资增速回落:李克强为什么抓住这件事不放?」(2016 年 7 月 19 日)
「重点領域」として農産物、エネルギー、環境サービス、医療サービス、交通運輸サービスが挙げられている。
16
関連政策は「国务院关于促进市场公平竞争维护市场正常秩序的若干意见」(国发[2014]20 号)、「国务院关于实行市场
准入负面清单制度的意见」(国发[2015]55 号)、「国家发展改革委、商务部关于印发市场准入负面清单草案(试点版)
的通知」(发改经体[2016]442 号)など。対象となる領域は「草案」段階で計 328 業種、うち禁止類 96 業種、参入制限類 232
業種となっている。
17
「中共中央国务院关于构建开放型经济新体制的若干意见」(2015 年 5 月 5 日)。
18
「商务部就〈中华人民共和国外国投资法(草案征求意见稿)
〉公开征求意见」、「关于中华人民共和国外国投资法(草案
征求意见稿)的说明」(2015 年 1 月 19 日)
19
ロボットは 10 大領域の 1 つ。10 大領域は 1.次世代情報技術、2.工作機械・ロボット、3.航空・宇宙設備、4.海洋エンジニアリン
グ・ハイテク船舶、5.軌道交通設備、6.新エネルギー自動車、7.電力装置・設備、8.農業機械設備、9.新素材、10.バイオ医薬・
医療機器
15
みずほ銀行 産業調査部
15
Ⅰ-2. 中国産業政策
法整備も買収を
後押し
企業買収関連の法整備もこの動きを後押しする。当局への事前許認可の一
部不要化や資金調達の利便性向上などが進みつつあり、これが M&A の動き
に弾みをつける形となっている(【図表 4】)。
【図表 4】 M&A 促進に寄与する近年の主な政策
政策
概要
「企業のM&A再編市場環境をさ
らに優良化することに関する国務
院の意見」(国発[2014]14号)



M&A、企業再編に関わる許認可、行政手続きの簡略化
金融、税務、土地、雇用などの規定を整備しM&A、再編を促進する
M&Aを通じて国際競争力を有する大企業、大集団を育てるべく、成果を上げる
「境外投資項目核準と備案管理
弁法」(2014年4月、国家発展改
革員会令第9号)

中国側投資金額が10億米ドル未満の海外投資・買収案件は政府の事前批准取得不要
になる(危険・敏感地域、および敏感業種*は除く)
*敏感業種:電信インフラ、クロスボーダー水源開発、大規模都市開発、送電、電網、
新聞メディア
「境外投資管理弁法」(商務部令
2014年第3号)

海外投資・買収案件に関する手続き、管理方法を明確化
「商業銀行のM&A融資リスク管
理ガイドライン」(銀監発[2015]5
号)



融資期間を5年から7年に延長
融資上限を買収価額の50%から60%に引き上げ
担保の必要性を「強制」から「原則」に変更
「上場企業のM&A再編、現金配
当と株式買戻しを奨励する通知」
(証監発[2015]61号



上場企業に関するM&A奨励、関連行政手続きを簡素化
資金調達の支援方法を拡大
M&A融資、国内外銀シンジケートローンなどで上場企業が海外買収を行うことを支持
(出所)中華人民共和国中央人民政府発表よりみずほ銀行産業調査部作成
4.
20
21
問われる「ソフトの力」
発展の継続は「国体
維持」に不可欠
経済発展の維持、継続こそが国体維持(=共産党一党独裁体制の維持)の
ために不可欠、という強い認識を持つ習近平政権は 20、「発展」の評価軸その
ものを「量」から「質」に転換して「新常態」と呼び、高成長時代の「負の遺産」
を解消しつつ、新しい発展モデル構築を目指す努力に「13・5」で取り組む。こ
の両輪走行は当面続くことが予想され、特に「去産能」は、沿海部では比較的
進む可能性があるものの、内陸部や東北地方など問題が深刻な地域ほど社
会不安を招くリスクと表裏一体であり、慎重なかじ取りが求められる。
「成長分野」は政
策支援での後押
し
ゆえに伸びしろとしての成長分野の加速は不可欠かつ喫緊であり、補助金、
税制優遇など行政で可能な支援策はさまざまに講じられ、その後押しで参入
企業も増え、ある程度発展が進む可能性は高い。
下落傾向の民間
投資の復調がカ
ギ
だが、頼みとする民間投資は 2016 年 8 月現在、過去 10 年来初の減少となっ
ており、李克強首相の檄が発せられたばかりだ21。民間企業の積極姿勢を引
き出すために、ネガティブリスト制などの規制緩和、税制改革(営業税から増
値税への転換)、行政手続きの簡素化、社会保険料率引き下げなど企業の負
担を軽減する政策が次々打ち出されており、一定の効果をもたらすだろう。た
だ、これまで労せずアドバンテージを享受し続けてきた国有企業との平等な
競争環境が整うのか、「市場化」に対する信頼感をさらに高める手当てが必要
であるのも間違いない。
高まる海外戦略
の意味と役割
国内経済の復調への道のりに難問が山積する分、海外戦略の持つ意味は大
きい。その狙いは、海外企業買収などによって自社製品・ノウハウのレベルア
2013 年 11 月 12 日第 18 期中央委員会第 3 回全体会議(三中全会)「中共中央关于全面深化改革若干重大问题的决定」
中国中央政府 HP「民间投资增速回落:李克强为什么抓住这件事不放?」2016 年 7 月 19 日掲載。
みずほ銀行 産業調査部
16
Ⅰ-2. 中国産業政策
ップを図ることであると同時に、「走出去」「一帯一路」のように海外市場の獲得
そのものにかける期待も大きい22。
政府としては、今後も可能な限りの政策を打ち、成長分野の発展を支援する
だろう。政策の立案・立法過程の違いなどから、そのスピード感は日本人の想
像を上回るものであるのは間違いない。
そこで次に注目されるのは、これらの実行(実現)の行方である。
手段としての買
収への偏重は新
たなリスクも生む
例えば、発展加速手段としての海外企業買収は、規制緩和などで、より有効
な手段となりうる。だが過度にこの手法に偏れば、被買収側の国に警戒心を
抱かせ国際的な緊張をもたらしたり、買収によって中国企業自体が巨額な債
務を抱え込むという現実も看過できない。また買収行為そのものが成功しても、
次は、「その後のマネジメント」力を問われる段階に入る。大型買収案件ほど、
経営効率やガバナンス力の低さといった問題を抱える国有企業によるものが
多いだけに、買収先企業のさらなる技術革新や国際的なマネジメントを維持・
発展することができるのか、といった点にも関心が集まるだろう。
「ソフトの力」が問
われる機会が拡
大
一方、自主的な国内の取り組みを強化するにしても、そもそも成長分野は、総
じてサービス業や文化事業、また製造業においても R&D・イノベーションとい
った「ソフト」なノウハウをより多く必要とする領域が多い。先進国のイノベーシ
ョンの取り組みに目を転じても、産官学連携、オープンイノベーションなど広い
協働が不可欠となっている。
今後は、中国にとって、これまで経験の浅い「軟実力」(=ソフトの力)を問わ
れる局面が増えることは間違いなかろう。それは政策のレールを敷いただけで
直ちに上手く走れるという性質のものでもない。中国国内においても人工知能
(AI)のような次世代を担う産業で力をつけているのは百度(Baidu)、 阿里巴
巴(Alibaba)、騰訊(Tencent)など民営企業である。強い政治力によって急速
な発展を遂げてきた中国の次のステージは、国が民間のアイデアや力を柔軟
に取り込み政策に連携させる動きが必要となるだろう。同時に、中国国内で不
足するノウハウについては、国際市場において経験豊富な海外の企業・国と
も連携を図ることが求められるだろう。
みずほ銀行 産業調査部
香港調査チーム 権田 理恵
[email protected]
22
「中共中央国务院关于构建开放型经济新体制的若干意见」(2015 年 5 月 5 日)
みずほ銀行 産業調査部
17
Ⅱ−1. 産業総合
Ⅱ. 日本産業・企業への影響と取るべき事業戦略
Ⅱ−1. 産業総合 −中国経済・産業の構造変化にどう向き合うべきか−
【要約】

中国は世界経済成長への寄与度やグローバル市況に与える影響が大きく、また、中国経済・
産業に構造変化が起こっていることからも、日本産業・企業としても引き続き注目すべき国で
ある。

中国の構造変化が日本産業に影響を与える要因は、①過剰供給、②資源需要増大、③個人
消費の拡大と高度化、④新たな注力領域の広がり、⑤中国企業の台頭である。今後 5 年間を
展望すると、中国の経済・産業の構造変化は、「脅威」と「機会」の併存を日本産業・企業にも
たらすことになる。

斯かる状況下、日本企業には、①脅威にどう対応するか、②機会をいかに捕捉するか、を念
頭に置き、事業戦略を再整理することが求められる。具体的には、①の観点では、過剰供給
を前提とした事業戦略や安定調達を継続するための上流戦略、台頭する中国企業に対する
競争力に応じた戦略が求められる。一方、②の観点では、日本の経験・ノウハウを活かした戦
略や現地事情に即した事業体制構築が求められる。
1.
中国経済・産業の構造変化
中国の動向が世
界経済に与える
影響は大きい
中国は世界から投資を呼び込み、同国製造業は「世界の工場」と呼ばれるま
でに成長した。米国に次ぐ世界第 2 位の経済規模に達し、世界経済への影
響度は増している。成長率が鈍化傾向とは言え、主要先進国を大きく上回っ
ており、2020 年代半ばまでに中国の GDP 規模は米国を上回るとの見方もある。
また、大手インターネット企業の阿里巴巴(Alibaba)や百度(Baidu)を始め、
米国市場への上場を果たし、グローバル展開する中国企業が増加するなど、
中国は経済規模のみならず、産業競争力も高まりつつあると言える。
日本にとっての中国は、地理的な近さに加え、米国を上回る最大の貿易相手
国となるほどに経済的なつながりが増している。特に、近年では中国からの輸
入の内、食品や衣料品等の労働集約的製品の割合が低下し、スマートフォン
に代表されるデジタル化製品、部品の割合が高まるといった構造変化が見ら
れる。こうした貿易品目の変化からも中国経済・産業構造の変化を読み取るこ
とができよう。
中国内で構造転
換が起きているこ
とも注目度が高
い理由の一つ
他方、中国への注目度の高さは、成長率の低下とともに、経済・産業構造の
転換が必要な局面を迎えていることも大きな要因である。これまで投資・生産
量拡大を主眼とした成長で中国は鉱工業生産が世界一となったが、技術面
では主要先進国に及ばず、一部では行き過ぎた投資が過剰供給構造を生み
出してしまった。また、これまでの高成長による賃金上昇により、安価な労働
力に頼ることも難しい。今後は、量的拡大に依存した成長パターンから脱却し、
イノベーション力、生産性を高める投資の拡大、投資主導型から消費主導型
への転換が求められている。
みずほ銀行 産業調査部
18
Ⅱ−1. 産業総合
中国では産業構
造の転換を進 め
る動きが出始め
ている
中国で最も重要な経済政策方針である「第 13 次五ヵ年計画」においても、向
こう 5 年間でサプライサイドの構造改革により、産業構造を転換し持続可能な
経済成長を目指すことが掲げられた。中国政府が意図するところは、過剰供
給業種の再編・淘汰を推し進めることや、新産業の育成を通じ所得水準向上
に伴う個人消費の増加や生産性向上等に対応することにより、産業の新陳代
謝を促して経済成長の持続性を高めていくことである。そのために政府は研
究開発投資や中国企業の海外進出・海外企業買収を積極的に支援していく
と見られる。
日本企業には中
国経済・産業との
向き合い方を再
整理することが求
められる
中国経済の成長鈍化や中国政府主導による産業構造転換に向けた取組み
は、中国との経済的なつながりが強まった日本産業に対し大きな影響を及ぼ
すことが想定される中、日本企業には中国経済・産業との向き合い方を今一
度整理することが求められるのではないだろうか。
こうした問題意識の下、第Ⅱ部では、今後 5 年程度を展望し、各産業における
中国経済・産業の構造変化が日本産業・企業に与える影響を論じた上で、日
本企業の取るべき事業戦略の方向性を考察する。当然ながら、業界により影
響や論点は異なるところは多く、各業種における詳細は各章をご覧頂きたい
が、本章では次章以降に通底する要因を抽出し、その影響や戦略方向性に
ついて概括的に論じる。
2.
中国の構造変化が日本産業に与える影響
日本産業に影響
を与える 5 つの要
因
前述した中国経済・産業の構造変化は、現在及び将来において日本産業・
企業にどのような影響を与えるであろうか。本節では、重要な要因を 5 つ採り
上げ、その影響について考察する。
①過剰供給
まず、「過剰供給」が挙げられる。既に巷間言われて久しいところだが、素材を
中心とした業種(鉄鋼、非鉄、石油、石炭等)における過剰供給は中国国内市
場のみならず、海外への輸出を通じて、グローバルでの市況悪化をもたらして
いる。中国政府としても過剰供給の解消は喫緊の課題となっており、政府主
導での業界再編・淘汰が進められているものの、中央政府管轄の国有企業で
はない、地方政府所有企業や民間企業にまでは施策が十分に浸透していな
い。例えば、鉄鋼業界における過剰供給解消への取組みは、華東・華北地域
のように雇用問題からドラスティックな措置が難しい地域もあり、今後 5 年程度
での課題解決は困難な見込みである。斯かる中、日本産業・企業においては、
国内外の市況悪化に伴う厳しい事業環境の継続やアジアを中心としたグロー
バルでの更なる競争激化が想定される。
②資源需要増大
過剰供給の一方で、経済成長に伴い将来的に資源需要が更に増大する可
能性がある。このため、例えば食品業界では川上での買収が活発であり、ま
た、ガス・LNG 業界では将来的に中国が再び権益争いを再燃させる可能性
がある。食糧・エネルギー等の輸入依存度が高い日本にとっては、調達環境
悪化に伴う価格高騰につながるリスクがあるほか、原材料調達に支障が生じ
日本企業の事業展開に悪影響を及ぼすおそれもある。
③個人消費の拡
大と高度化
中国では、鈍化しているとは言え相対的に高い経済成長による所得水準の向
上や更なる都市化の進展により、個人消費の量的な拡大とともに、ニーズの
高度化や細分化が進展すると見込まれる。このため、需要増加が見込まれる
個人消費関連分野では、単純な量の増加のみならず、価格重視から品質重
みずほ銀行 産業調査部
19
Ⅱ−1. 産業総合
視といった消費者の嗜好の変化や EC 化の進展に伴う購買チャネルの変化へ
の対応も求められており、中国に進出している日本企業は事業戦略の見直し
が必要となるだろう。
④新たな注力 領
域の広がり
長年の「一人っ子政策」や成長重視による環境悪化の結果、今後の中国は、
高齢化・環境問題等の社会的問題への対応が急務になっている。また、競争
力を強化するための産業の高付加価値化や生産性向上等、日本をはじめと
する先進国が経験してきた課題にこれから本格的に向き合うこととなる。日本
企業は、課題先進国として国内で鍛え上げた製品・サービスや技術を活かし、
これらの課題に対するソリューションを提供することで、事業を拡大しうると考
えられる。高齢化に伴う医療・介護サービスの高度化・効率化ニーズの高まり
や、今後課せられる新エネ車の販売義務等は、日本産業にとってある意味で
好機とも言える。また、中国政府の掲げるハイエンド化推進や賃金上昇に伴う
コスト高への対応の必要性から、ロボット等の自動化設備や従来よりも高スペ
ックな工作機械の需要増加も見込まれよう。
⑤中国企業の台
頭
国内外での「中国企業の台頭」も、日本産業・企業に大きな影響をもたらし得
る要因である。これまでの中国企業が強みとしてきた安価な労働力によるコス
ト競争力は失われつつあるものの、巨大な母国市場に裏打ちされた規模の経
済性を享受できることは引き続き中国企業の強さの源泉であり、とりわけ参入
規制によって外資との競争を免れている分野では大きなアドバンテージと言
える。
更に今後は、中国企業が急速に技術面でキャッチアップを果たし、中国国内、
グローバルでの日本の地位を脅かすおそれもある。この背景には、産官学連
携・補助金等の政府の政策的支援があり、特に、「中国製造 2025」で重点産
業に据えるエレクトロニクスやロボット分野ではこうした動きが顕著になってき
ている。加えて、家電大手美的集団による独ロボットメーカーの KUKA 買収の
ように M&A を通じて先進的技術を取り込もうとする中国企業も現れている
(【図表 1、2】)。
【図表 1】 中国の対内外直接投資額の推移
【図表 2】 中国企業の海外 M&A 金額の推移
(億ドル)
(憶ド ル)
1,400
1,600
1,200
1,400
1,000
1,200
800
1,000
600
800
400
600
200
対内直接投資
400
対外直接投資
200
0
(CY)
0
(CY)
(出所)UNCTAD よりみずほ銀行産業調査部作成
(出所)Merger Market よりみずほ銀行産業調査部作成
また、規制面の自由度を活かし、中国では IoT 等の先端技術分野の産業化、
ビジネスモデル構築が日本を含む先進国の先を行く可能性もある。例えば、
日本でも官民一体となり実用化に向けた取組みが進められている自動運転分
みずほ銀行 産業調査部
20
Ⅱ−1. 産業総合
野では、百度(Baidu)が 2015 年に無人運転車の公道での走行実験を行うな
ど、実用化に向けた取組みを進めている。
つまり、日本にとっての中国企業は、これまで価格帯や品質で一定のすみ分
けが出来ていた関係から、向こう数年間で真正面から競合する関係になり得
ると認識すべきだろう。
中国経済・産業
の構造変化は日
本産業・企業にと
って脅威と機会
の併存をもたらす
3.
以上 5 つの要因は、「過剰供給」「資源需要増大」「中国企業の台頭」のように、
日本産業・企業に販売価格の低下や調達価格の高騰、競争激化等、ネガテ
ィブな影響をもたらす「脅威」と、「消費市場の拡大と高度化」「新たな注力領
域の広がり」のように、ビジネスチャンスの拡大等のポジティブな影響をもたら
す「機会」とに大別される。今後 5 年間を展望した場合、中国の経済・産業の
構造変化は、こうした脅威と機会の併存を、日本産業・企業にもたらすことに
なるであろう。
中国の構造変化を踏まえた日本企業の事業戦略
日本産業・企業
には、事業戦略
の再整理が求め
られる
中国の経済・産業の構造転換が、中国政府の目指す通りに進展するとは限ら
ないとは言え、先述した 5 つの要因は、いずれも不可逆的な動きであり、日本
企業は、脅威に対応しつつ、機会を着実に捕捉するべく事業戦略を検討す
べきであろう。本節では、日本企業の採るべき事業戦略の方向性について、
(1)脅威への対応、(2)機会の捕捉に分け、その要因毎に整理する(【図表
3】)。
【図表 3】 日本企業の事業戦略考察の枠組み
中国国内
中国国外
過剰供給
考察①
資源需要増大
脅威
日本企業は脅威にどう対応
するのか
中国企業の台頭
考察②
個人消費の拡大と高度化
日本企業が機会を捕捉する
ためにはどうすべきか
機会
新たな注力領域の広がり
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
(1)脅威への対応
過剰供給業種に
求められるのは、
高付加価値財の
提供による差別
化 と 特 定 事 業へ
のリソース配分
まず、過剰供給に対しては、短期間では解消しない可能性が高いことを前提
とした事業戦略を検討せざるを得ない。この問題が深刻な素材分野では、問
題の長期化により、将来にわたって汎用的な素材での収益性確保が困難とな
るため、川上から川下の各工程でいかに付加価値を向上させられるかがカギ
となる。高級鋼や新素材など日本の技術優位性を発揮できる高付加価値財を
提供したり、総花的に事業を展開するのではなく、その中の特定事業に経営
リソースを投入し生産性を向上させることで差別化を図り、採算悪化を防ぐ必
要があるだろう。
みずほ銀行 産業調査部
21
Ⅱ−1. 産業総合
資源需要増大が
見込まれる業種
では、安定調達
を継続するため
の上流戦略が求
められる
次に、資源確保の観点では、日本企業が安定的な調達を継続するために、
エネルギーの上流権益投資や食の上流ビジネスの強化が求められる。これに
は、一企業での取組みには、金額規模や収益変動の大きさ等から限界がある
場合も多く、事業会社と総合商社等との企業連合によるリスクシェアや、日本
政府による政策サポートが有効であろう。場合によっては GtoG 交渉による相
手国政府への働き掛けなども期待される。
台頭する中国 企
業に対し、日本企
業が取るべき戦
略は、競争優位
の持続性に応じ
て異なる
三点目として、台頭する中国企業に対する戦略方向性を取り上げる。あらゆる
産業分野で中国企業の競争力が高まっており、中国政府が「新興産業分野」
として産業育成・高度化に注力している分野もあるが、日本企業との競争格差
には大きなばらつきがあるのが実情と言える。よって、中国企業との現在の立
ち位置と今後の方向性、キャッチアップの難度など、競争優位の持続性に応
じて取るべき戦略は異なってくる。
競争力が相対的
に高い 分野 で は
中国企業に対す
る競争力格差の
見通しを念頭に
置き、事業戦略を
構築する必要 が
ある
まず、足下で日本企業が高い技術力を有するなど、競争力が相対的に高い
分野としては、バイオ医薬品、ロボット、工作機械、航空機などの「中国製造
2025」において重点産業とされる分野や、鉄道システム、医療機器が挙げら
れる。しかし、これらも中長期的に優位性を維持できるとは限らない。中国企
業の台頭に伴い、足下では中国企業との競合が生じていないか、それほど激
しくなくとも、向こう 5 年でその関係が変化する可能性がある業種も見受けられ
る。よって、日本企業としては、中国企業に対する競争力格差の見通しを念頭
に置いて事業戦略を構築する必要がある。
例えば、技術的なキャッチアップの難度が高く、日本企業が競争優位性を維
持することが可能な分野としては、他産業に比べ技術移転が進みにくく、先駆
者メリットが大きい工作機械や、中国企業の規模が小さく技術力も低い医薬品
などが挙げられる。こうした分野では、新規顧客獲得を企図したバリューチェ
ーンの見直しによる価格競争力の強化、顧客利便性の向上や、積極的な研
究開発投資により優位性の更なる拡大を図り、現在のビジネスモデルを発展
させることが求められる。
一方、中国企業の台頭が著しい分野や、中国政府の手厚い支援の下で急速
なキャッチアップが予想される分野、例えば、中国政府による国産化の動きが
進みつつある医療機器では、先手を打って第三国の市場を開拓し確固たる
地位を確立することによってグローバル競争を勝ち抜くための事業規模を確
保するという発想が必要と考えられる。更に、こうした分野では、中国企業との
win-win の協業関係を構築することも一案であり、具体的には、競争力の源泉
となるコア技術については開示しない一方、ノンコアな技術は敢えて開示する
などにより、中国企業に対してメリットを供与する代わりに豊富な資金力などを
活用するといった、メリハリを付けつつ協働する戦略が有効となろう。
但し、中国企業が M&A による非連続な成長や新たなビジネスモデルで中国
市場での圧倒的な優位性を築き、それをグローバルに展開することで日本企
業の競争優位が一瞬にして喪失してしまうリスクがあることには留意が必要で
あろう。よって、技術革新への対応や事業ポートフォリオの見直しによる選択と
集中といった経営努力を地道に続ける必要があることは言うまでもない。
みずほ銀行 産業調査部
22
Ⅱ−1. 産業総合
現在、競争力が
同程度か相対的
に低い分野で
は、中国企業と
の協業戦略を検
討する必要があ
る
一方、足下既に日本産業・企業の競争力が同程度か、相対的に低い分野とし
てエレクトロニクス(家電)に加え、パーソナルケアや食品(製造・販売)、小売
といった個人消費関連分野などが挙げられる。こうした分野では、既に中国国
内での競争環境は厳しく、日本企業が単独で中国市場を獲得するにはハー
ドルは高いため、中国企業との協業を念頭に置いた事業戦略が求められるだ
ろう。例えば、個人消費関連分野では、日本とは商慣習が異なり、そもそも日
本企業の中国内シェアが小さい上に、中国国内における EC 発展に伴う流通
チャネルの変化に対応していかなければならない。そのためには、地場の EC
事業者・専門店との連携により最終消費者との接点を確保し、ビジネスチャン
スを獲得していく取組みが必要となる。また、エレクトロニクス(家電)では長年
の実績を通じて築かれたブランド力と技術力を提供する代わりに、中国企業
のネットワークなどを活用することによって、中国国内のみならず、アジアを含
めたグローバル市場への販売強化につなげる等、第三国をも含めた協業が
戦略として有効と考えられる(【図表 4】)。
【図表 4】 中国の及ぼす脅威への対応の方向性
過剰供給
資源需要増大
脅威
相対的に
競争力が高い
分野
将来も競争優位が
見込まれる
将来において競争優
位が見込まれない
中国企業の台頭
競争力が同程
度か相対的に
低い分野
・ 鉄鋼
・ 非鉄(アルミ)
・ 石油
・ 化学(一部の個別製品)
・ 石炭
・高付加価値財の提供による
差別化
・特定事業への経営リソース投入
・ 天然ガス・LNG
・ 食品(調達・加工)
・商社とのアライアンス
・(日本政府によるサポート)
・ 医薬品
・ ロボット
・ 工作機械
・ エレクトロニクス(電子部品)
・バリューチェーンの見直し
・研究開発投資
・ 医療機器
・ 航空機
・ 鉄道システム
・第三国の開拓
・中国企業との協業
・ 重電
・ エレクトロニクス(家電)
・ 小売
・ 食品(製造・販売)
・ パーソナルケア
・中国企業との協業(国内、第三
国)
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
(2)機会の捕捉
日本企業にとっ
て中国市場の機
会捕捉は容易で
はない
成長率が鈍化するとは言え、中国経済が成長を続けることによって日本企業
にもたらされるビジネスチャンスは確実に存在する。勿論、素材汎用品など地
場企業のコスト競争力が優位な低付加価値財や事実上の参入規制のある分
野において、日本企業にとっての機会は小さいと言わざるを得ない。従って、
狙うべきは日本の技術・ノウハウを活かし、差別化できる分野であり、そうした
分野を能動的に切り開く取組みが期待される。
日本産業が狙う
べき分野①日本
の経験・ノウハウ
を発揮できる分
野
まず、高度成長期から成熟期に転じつつある中国は、日本を含む先進国が
辿ってきた成長過程を後追いしている部分も見られる。日本が経験から得ら
れた技術・ノウハウなどの蓄積を発揮できる分野は有望だろう。とりわけ、課題
先進国として培ったノウハウを活かせる医療・介護、製造の高度化という中国
の目指す方向性に対して、工作機械・エレクトロニクス(電子部品)などは特に
これまでの蓄積が大いに活かせる業種と考えられる。例えば、今後、高齢化、
社会保障制度の整備や規制緩和の動きが進むであろう医療・介護分野では、
産業界と医療界の連携に加え、先端 ICT 技術も活用することで、過度に財政
に依存することのない効率的なサービスの提供が求められる。
みずほ銀行 産業調査部
23
Ⅱ−1. 産業総合
日本産業が狙う
べき分野②現地
事情に即した事
業体制の構築が
必要な分野
一方、先進国でも米国の一部の州に留まっている新エネ車の販売義務導入
や、日本以上に広がる EC 消費市場など、日本が過去の経験から得られた技
術やノウハウでは対応することが困難な変化が見られる分野もある。これらに
対応する自動車、小売、パーソナルケア等の業種では、過去の蓄積を活かす
というよりも、むしろ現地事情に即した技術開発やビジネスモデル構築など新
たなチャレンジが求められる。更に言えば、グローバル市場に占める中国市
場の存在感の大きさゆえに、こうした取組みにより中国市場を捕捉できなけれ
ば、グローバルでの競争において不利な状況に陥るリスクもある。例えば、自
動車では環境規制の導入を好機と捉えて新エネ車の投入を積極的に推し進
めることが、量産による生産コスト低減を通じた価格競争力の強化につながり、
将来のグローバル新エネ車市場を獲得するための布石となるだろう。逆に言
えば、中国の新エネ車市場で覇権を握ることに失敗した場合は、グローバル
市場でも苦戦を強いられるおそれがあるということになる(【図表 5】)。
【図表 5】 中国のもたらす機会を捕捉するための方向性
新たな注力領域の
広がり
日本の経験・ノウハウを輸出できる分野
個人消費の拡大と
高度化
現地事情に即した対応が必要な分野
・ 医療・介護
・ 工作機械
・ エレクトロニクス(電子部品)
・ ロボット
・ 高付加価値な財・サービスの
提供(ハイエンドな製品、効率
的なサービスの提供等)
・ 自動車
・ 小売
・ 食品(製造・販売)
・ パーソナルケア
・ 新たなビジネスモデルの構築
や技術開発
機会
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
日本企業には、
中 国 企 業 と 協業
し、中国内外にお
けるプレゼンス向
上 を目 指す取組
みも必要
日本企業は、高度経済成長国から経済成熟国に至るまでに蓄積した確固た
る技術力や、環境問題、高齢化など先進国ならではの課題に対する解決力と
いった強みを保持しており、依然として多くの分野で、中国企業との競争に打
ち勝ち、中国内外で市場を獲得する余地は十分にある。しかしながら、中国
企業の M&A を活用した非連続な成長などによる中国企業の急速なキャッチ
アップや、EC や新エネ車市場といった新たな領域における先進国の先を行く
ような取組みにより、日本企業の優位性の維持が困難となる懸念はぬぐえな
い。こうした分野では中国企業との競争が今後ますます熾烈化するであろう。
日本企業は技術力や課題解決力による差別化等で競争を克服するのみなら
ず、これまで培ってきた技術やノウハウを敢えて提供することにより中国企業と
協業し、その豊富な資金力や広範なネットワークを活用することで中国内外の
市場におけるプレゼンス向上を目指すといった取組みも、場合によっては必
要となろう。
中国経済・産業における構造変化は、日本産業に様々な脅威と機会をもたら
す。日本企業には、機会を着実に自らのものとすることは勿論、今後ますます
強まるであろう脅威に対して耐え忍ぶだけではなく、これを逆手にとって機会
に変えるという、したたかな戦略が求められよう。
みずほ銀行 産業調査部
総括・海外チーム 木村 祐太
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
24
Ⅱ-2. 石炭
Ⅱ-2. 石炭 ―中国に起因する不確実性が世界の石炭市場に波及―
【要約】

中国は、エネルギー需要の拡大に伴い石炭消費が増加し、世界の石炭消費量・生産量の約半分
を構成している。結果、世界の石炭市場は、中国の需給動向による影響を大きく受け得る構造と
なっている。

2014 年、2015 年には、中国の石炭輸入量が前年比減少となり、アジアを中心とする世界の石炭需給
緩和の一因となった。代表的な石炭価格指標である豪州産一般炭スポット価格は、需給緩和を
受けて、2016 年上半期(1~6 月)まで下落傾向で推移し、石炭開発事業の採算が悪化した。今後
の石炭需給動向は、中国の政策運営等に起因する不確実性が存在し、注視が必要である。

他方、石炭消費量の略全量を輸入に依存する我が国では、引続き一定の石炭需要が見込まれて
おり、数量や品位に関わる安定調達が重要である。本邦企業による炭鉱権益の取得・保有は、
調達安定性確保の選択肢として意義が認められる。石炭価格が低水準で推移し、資源メジャー等
が資産売却方針を公表する中、日本企業が時宜を得た炭鉱投資を行う可能性に期待したい。
1.
中国石炭業界の注目すべき変化
(1)中国の石炭需給動向
中国は拡 大する
エネルギー需要
を石炭消費量の
増加により充足
中国では、これまで、経済成長に伴うエネルギー需要拡大により、石炭消費量
が増加した。特に、2000 年代の石炭消費量拡大が顕著であり、中国の石炭
消費量は 2000 年から 2010 年にかけての 10 年間で約 2.5 倍に拡大した。
中国の一次エネルギー消費量に占める石炭の比率は、2008 年以降、緩やかに
低下しているが、2015 年時点でなお、中国は一次エネルギー消費量の約 6 割
を石炭に依存している状況にある(【図表 1】)。
世界の石炭市場
は中国による影
響が大
石炭消費量・生産量の拡大に伴い、世界の石炭市場における中国の存在感が
増大した。2015 年は、中国が世界の石炭消費量・生産量のそれぞれ約半分、
輸入量の約 2 割を構成した(【図表 2】)。世界の石炭市場は、中国の需給動向に
よる影響を大きく受け得る構造になっていると言えよう。
【図表 1】 中国の一次エネルギー消費量の推移
(Mtoe)
4,000
3,500
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0
【図表 2】 世界の石炭消費量・生産量・輸入量・輸出量
(2015 年)
一次エネルギー消費量に占める
石炭比率(右軸)
100%
80%
60%
原子力
40%
再エネ
20%
天然ガス
0%
石油
(百万トン)
1,500
(百万トン)
8,000
6,000
4,000
その他
米国
インド
その他
その他
1,000
米国
インド
台湾
韓国
500
石炭
2,000
中国
中国
消費量
生産量
日本
南ア
コロンビア
ロシア
インド
ネシア
中国
0
0
(暦年)
(出所)BP, Statistical Review of World Energy 2016 より
みずほ銀行産業調査部作成
(注)Mtoe: Million tonnes oil equivalent(石油換算トン)
その他
インド
輸入量
豪州
輸出量
(出所)IEA, Coal Information 2016 よりみずほ銀行
産業調査部作成
(注)在庫増減、統計上の誤差脱漏のため、消費量
と生産量、輸入量と輸出量は一致しない
みずほ銀行 産業調査部
25
Ⅱ-2. 石炭
これまで拡大基調を継続してきた中国の石炭市場であるが、2014 年以降、
変調が看取される。
2014 年以降、中国
の石炭消費量・生
産量・輸入量が前
年比減少
2014 年、2015 年の中国の石炭需給は、2 年連続で石炭消費量・生産量ともに前
年を下回った。また、消費量の減少が、国内炭の減産を上回ったことから、中国の
石炭需給は緩和した。その結果、中国の石炭輸入量は、2014 年は前年対
比▲11%、2015 年は同▲30%の減少となり(【図表 3】)、2015 年は中国に代
わってインドが世界最大の石炭輸入国となった。2016 年に入り、月次の石炭輸
入量が前年同月比増加となる月も見られるが、中国の石炭輸入量減少が底
を打ったかどうか、見極めが必要である。
中国の 石炭輸入
量減 少 が 、 世 界
の石炭需給緩和・
価格下落に影響
2011 年以降、石炭価格は下落傾向で推移していた(【図表 4】)。石炭価格の
変動には複数の要素が影響しているものと考えられるが、中国の石炭輸入量
減少に伴う需給緩和が、2014 年から 2015 年にかけての石炭価格低迷の一因
となったものと思料される。
【図表 3】 中国の石炭需給の推移
(百万トン)
4,000
輸入量(右軸)
国内生産量
国内消費量
【図表 4】 豪州産一般炭スポット価格の推移
(USD/t)
200
(百万トン)
800
150
3,000
600
2,000
400
100
1,000
200
50
0
Argus API6 Index
(FOB Newcastle)
0
0
(週次)
(暦年)
(出所)IEA, Coal Information 各年版よりみずほ銀行
産業調査部作成
(出所)Argus Media Limited, Argus/ McCloskey’s Coal
Price Index Report よりみずほ銀行産業調査部作成
(2)中国の石炭政策動向
中国の 石炭需給
動向の 変化に は
政策が影響
近年、中国政府は、石炭に関連して、主として環境保護、国内の需給是正に
関わる政策を相次いで公表している(【図表 5】)。中国の石炭需給動向の
変化には、政策が影響していると考えられ、中央政府・省政府の動向には
引続き注視が必要である。以下では、石炭に関わる主な政策について言及する。
環境保護に関わる
規制が 中国の 石
炭消費量の 鈍化
の一因
中国政府は、都市部を中心に大気汚染が深刻化していることを踏まえ、環境
規制を強化している。例えば、2013 年 9 月に公表された「大気汚染防止行動
計画」では、大都市近郊での石炭消費、及び PM2.5 等の粒子状物質排出を
特に抑制する内容となっている。こうした環境保護に関わる政策が、中国の
石炭消費量の鈍化の要因のひとつと推察される。
中国国内の 石炭
需給是正には、過
剰生産能力の 削
減がポイント
また、中国で石炭消費量の減少に対して生産調整が進まず、需給が緩和して
いる。中国国内の石炭需給是正には、特に、需要を大幅に上回る石炭の
過剰生産能力の削減が焦点となっている。2016 年 4 月には、炭鉱稼働日数
規制が、従来の年間 330 日から 276 日以下に強化されており、規制が遵守
されれば、過剰生産の解消に寄与するものと見込まれる。
みずほ銀行 産業調査部
26
Ⅱ-2. 石炭
石炭輸入促進・輸
出抑制から輸入抑
制・輸出促進に方
針転換
加えて、石炭の輸出入に関わる政策にも変化が現れている。中国の石炭輸入量
が増加傾向にあった 2004~2012 年には、中国政府は、輸入促進・輸出抑制
を企図し、輸入関税撤廃、輸出関税導入等を実施した。一方、2013 年以降、
輸入関税の再導入や輸出関税の引下げにより、輸入抑制・輸出促進に方針
が転換された。中国の石炭輸出量は徐々に増加しつつあり、今後の推移には
留意が必要である。
【図表 5】 中国の主な石炭関連政策
時期
2013/8
主な狙い
需給是正(輸入抑制)
内容
・ 褐炭に対する輸入関税を復活
・ 「大気汚染防止行動計画」を公布
2013/9 環境保護
- 北京・天津・河北・長江デルタ・珠江デルタの石炭消費、
及び粒子状物質排出を特に抑制
2014/4 環境保護
・ 全人代で「環境保護法」改正案可決
2014/8 需給是正(国内生産抑制)
・ 主要石炭開発企業に対し減産を指示
環境保護
・ 「商品煤品質管理暫定弁法」を公布
2014/9 需給是正
- 大気汚染対策を目的として、国内炭・輸入炭を問わず石炭の
(低品位炭の生産・輸入抑制) 品質基準を引上げ
2014/9 国内産業保護
・ 石炭資源税を従量税から従価税に変更
2014/10 需給是正(輸入抑制)
・ 褐炭以外の石炭に対する輸入関税を再導入
2014/11 消費抑制・石炭依存度低減
2014/12 需給是正(輸出促進)
2015/6
環境保護
2016/2
2016/4
需給是正(国内生産抑制)
需給是正(国内生産抑制)
・ 「エネルギー発展戦略行動計画」を公表
- 2020年までのエネルギー政策の基本方針
- 「エネルギー消費革命」の標語の下、エネルギー消費の急拡大を
抑制する方針
・ 石炭輸出関税を引下げ
・ COP21約束草案を公表
- 2030年までに、GDPあたりCO2排出量を2005年対比▲60~▲65%
削減する目標
・ 3~5年かけて石炭生産能力を約▲5億トン削減する方針を公表
・ 炭鉱稼働日数規制を年間330日から276日以下に強化
(出所)JOGMEC「中国における脱石炭の動きと石炭需給及び石炭輸出入動向調査」等よりみずほ銀行産業調査部作成
(3)中国の主要石炭開発企業動向
中 国で は 中 小 規
模の 石炭生産者
が多数存在
中国では、国営企業である神華集団、中煤能源集団が企業別石炭生産量の
上位 2 社を構成している。中国政府は、「石炭産業第 12 次五ヵ年計画」の中で、
2015 年までに大型石炭開発企業(年産 1 億トン以上:10 社、年産 5,000 万トン
以上:10 社)を形成し、生産量シェアを 6 割以上とする方針を公表している。
しかしながら、2014 年の中国の原炭生産量に占める上位 10 社の構成比は
約 4 割に留まり、依然、中小の石炭開発事業者にシェアが分散している(【図
表 6】)。中小規模の石炭生産者が多数存在している状況が、これまで過剰
生産能力の削減が進展しなかった一因と考えられる。
中国の 石炭開発
企業の業績が悪化
また、中国の石炭開発企業の 2015 年 12 月期決算は、石炭価格の下落等に
よる業績悪化が顕著である。2015 年 12 月期には、最大手の神華集団は前年比
約▲5 割の減益、中煤能源集団は赤字転落となった(【図表 7】)。政策や生産
コストを踏まえて生産能力の削減が進捗するかどうかが、今後の中国の石炭需給
動向を左右する重要なポイントのひとつとなろう。
みずほ銀行 産業調査部
27
Ⅱ-2. 石炭
【図表 6】 中国の企業別石炭生産量
【図表 7】 神華集団・中煤能源集団の業績推移
(神華集団)
上位10社シェア
42%
当期損益
石炭生産量(右軸)
神華
12% 中煤
5%
大同煤鉱
(百万元)
70
4%
山東能源
60
中国の企業別
4%
50
原炭生産量
陝西煤業化工
その他
40
(2014年)
3%
58%
30
38億トン
山西焦煤 3%
20
兗鉱 3%
10
冀中能源 3%
0
山西潞安鉱業 河南煤業化工
3%
2%
(出所)JOGMEC「中国における脱石炭の動きと石炭需給
及び石炭輸出入動向調査」等よりみずほ銀行産
業調査部作成
2.
(中煤能源集団)
(百万トン)
350
300
250
200
150
100
50
0
当期損益
石炭生産量(右軸)
(百万元)
(百万トン)
15
150
10
100
5
50
0
0
▲5
(通期)
(通期)
(出所)IR 資料よりみずほ銀行産業調査部作成
中国の石炭需給動向が世界の石炭開発事業にもたらす影響
炭鉱の 淘汰が 進
んだ場合に は数
量・品位に関わる
安定調達が 一層
重要に
中国に起因する需給緩和を受けて 2016 年上半期(1~6 月)まで国際石炭市況
が軟調に推移したため、日系事業者を含め石炭開発企業の採算は厳しい状況と
なった。事業採算の悪化を踏まえて、日本の主たる石炭輸入相手国である豪州や
インドネシア等の産炭国では、資源メジャー等の石炭開発事業者により複数
鉱山の減産・休山・閉山や石炭資産売却の方針が公表されている。日本の
石炭調達の観点では、数量の確保に加えて、熱量、灰分、硫黄分等の品位が
環境規制や自社の発電所等に適合するかどうかが重要な要素となる。現状では、
調達に支障を来す状況ではないが、今後更なる炭鉱の淘汰が進んだ場合には、
数量・品位の両面に関わる安定調達が一層重要となろう。
中国が今後の石炭
市場の不確定要素
また、今後の世界の石炭市場を見通す上で、中国の石炭需給動向が大きな
不確定要素となっている。
中国の石炭需給は
緩やかに是正に向
かう可能性
中国の石炭需給は、石炭利用の継続と、過剰生産能力削減の進展を前提に、
緩やかに是正に向かうものと考えられる。石炭が大半を構成する中国のエネ
ルギー構造の転換は短期的には困難であり、中国の石炭消費が急減する
可能性は低いものと思料される。また、大手を含めた中国の石炭開発事業者
の採算が悪化していることを勘案すれば、生産コストに応じて、過剰生産能力
削減が徐々に進展する可能性がある。
中国の政策等によ
り需給見通しの前
提が大きく変わる
点には留意
一方、中国政府による政策等により、中国の石炭需給見通しの前提が大きく
変わり得る点には、留意が必要である。例えば、環境保護策が更に強化され
た場合の石炭需要鈍化や、雇用維持等のため産炭地での石炭産業保護策
が講じられた場合の過剰生産能力削減の遅れ等により、需給緩和が継続す
るリスクがある。政策を含めた中国の動向には引続き注視が必要である(【図
表 8】)。
みずほ銀行 産業調査部
28
Ⅱ-2. 石炭
【図表 8】 中国の石炭需給動向が世界の石炭開発事業にもたらす影響
【2014年~2015年頃】
【~2013年頃】
中国経済の成長
【経
済
情
勢
・政
策
】
【今後】
中国経済の成長鈍化
輸入促進・輸出
抑制
輸入抑制・輸出
促進
環境規制強化
過剰生産能力
削減
【石
石炭需要鈍化
中 炭 石炭需要拡大
需
大気汚染深刻化
国 要
】
【石
過剰生産能力
石炭生産拡大
炭
の増加
石炭開発企業
生
産
の採算悪化
】
【石 需給タイト化
需給緩和
炭
国内炭価格上昇
国内炭価格下落
需
給
石炭純輸入量増加
石炭純輸入量減少
】
需給タイト化
【
世 石
炭
界 需
給
】
需給緩和
国際石炭市況上昇
国際石炭市況下落
新規鉱山開発の促進
一部炭鉱の減産・休山・閉山
石炭開発企業の採算悪化
一定の成長率を維持
経済成長率の低下
高品位炭等の輸入
継続
(クリーンな)石炭利用
継続
過剰生産能力削減
の強化
輸入抑制・輸出促進
の強化
石炭需要の回復
石炭需要の減少
生産調整の進展
生産調整が難航
「脱石炭」の強化
国内炭鉱保護
需給是正
需給緩和の継続
国内炭価格上昇
国内炭価格低迷
純輸入量の回復
純輸入量が低位推移
需給是正
需給緩和の継続
国際石炭市況上昇
国際石炭市況低迷
因果関係
時系列
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
3.
日本の石炭調達戦略へのインプリケーション
世界の 石炭需要
は 中長期的に は
増加する見通し
世界の石炭需要は、国際エネルギー機関(IEA)による予測では、インド、東南
アジア等での消費拡大により、2040 年にかけて拡大する見通しである(【図表 9】)。
中国の今後の石炭需要は、IEA のベースケースである新政策シナリオ(New
Policies Scenario)では、2030 年頃まで 3,000Mtce 程度の需要が継続する
予測となっている。また、石炭価格は、IEA によれば、2040 年にかけて緩やかに
上昇すると想定されている。
日本では 今後も
一定の石炭需要
が見込まれる
日本では、石炭は、「エネルギー基本計画」の中で、温室効果ガス排出量が
大きいものの、経済性や安定供給性に優れたエネルギー源として位置付けられ
ており、環境負荷を低減しつつ活用される方向である。長期エネルギー需給
見通しでは、石炭が 2030 年度の一次エネルギー供給の 25%を占める目標で
あり、今後も一定の石炭需要が見込まれている(【図表 10】)。
みずほ銀行 産業調査部
29
Ⅱ-2. 石炭
【図表 10】 日本の一次エネルギー国内供給
【図表 9】 世界の石炭需要見通し(IEA)
(Mtce)
7,000
石炭
予測
世界
6,000
5,000
4,000
3,000
2,000
1,000
0
300
中国
OECD
石油
(石油換算百万KL)
600
43
43
500
64
23
128
110
400
200
インド
100
東南アジア
0
天然ガス
原子力
再エネ
目標
40
4
132
41
2
131
228
235
237
232
129
120
126
136
64-67
51-48
92
158
25%
123
(年度)
(暦年)
(出所)経済産業省「長期エネルギー需給見通し関連資料」より
みずほ銀行産業調査部作成
(出所)IEA, World Energy Outlook 2015 よりみずほ銀行
産業調査部作成
(注 1)Mtce: Million tonnes coal equivalent (1Mtce=0.7Mtoe)
(注 2)New Policies Scenario における予測
我が国にとり石炭
の質的・量的な安
定調達が重要
石炭輸入量の略全量を輸入に依存する我が国にとっては、石炭の数量・品位
を含めた調達の安定性を中長期的に維持することは重要である。中国の石炭
輸入量減少に端を発する炭鉱の淘汰や、将来的な世界の石炭需要拡大により、
質的・量的な安定調達の重要性が一層高まる可能性がある。
炭鉱投資は 調達
安定性確保の 重
要な手段
安定調達のため選択肢として、日本企業による炭鉱投資や、低品位炭の利用
拡大等による使用可能な石炭品位の拡充、輸入相手国の多様化等が考えら
れる。中でも、日本企業による炭鉱への投資は、エネルギーセキュリティの
確保に資することに加えて、石炭価格変動に対するナチュラルヘッジの効果が
期待できることから、調達安定性確保に向けた重要な手段となる。また、石炭
開発事業の採算は、中国の動向等により変化し得る点には留意が必要であるが、
IEA による中長期的な石炭価格上昇予測等を踏まえれば、徐々に改善に
向かう可能性もあろう。
日本企業に よ る
石炭権益の保有
や取得には意義
が認められる
商社、エネルギー企業、ユーティリティ企業等を含めた日本企業は、豪州、
インドネシア等を中心に炭鉱投資を実施してきた。本邦企業が炭鉱権益の
保有や取得を継続することは、中国等の不確実性によらず、我が国への石炭の
質的、及び量的な安定供給を確保するため、意義が認められる。
官民連携による時
宜を得た炭鉱権益
の取得に期待
石炭価格が低水準で推移し、資源メジャー等の石炭開発事業者が一部石炭
資産の売却方針を公表している現状は、炭鉱権益取得の好機となる可能性
がある。投資対象資産の選別や事業採算性の見極めには慎重な検討が必要
であるものの、日本企業が JOGMEC による出資・債務保証等の政策サポート
を活用しつつ、時宜を得て炭鉱権益を取得する可能性に期待したい。
みずほ銀行 産業調査部
資源・エネルギーチーム 藤江 瑞彦
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
30
Ⅱ-3. 天然ガス・LNG
Ⅱ-3. 天然ガス・LNG -中国の需給動向がもたらす影響と日本の上流権益投資-
【要約】

中国の天然ガス消費量は 2000 年代に大きく増加し、世界の中での天然ガス消費国としての
存在感を増している。国内生産量を大幅に上回る天然ガス消費量の拡大を背景に、中国は
2005 年頃から長期的に安定した供給の確保を企図して積極的な海外権益投資を行ってき
た。中国 3 大国営石油会社の海外進出の加速は、当時の鉱区入札・資産買収競争をいっそ
う厳しくした要因の 1 つとも指摘されている。

2014 年以降、中国の天然ガス消費量の伸びは減速しているが、この背景には、資源価格の
低迷、中国の経済成長の鈍化に加えて、中国政府のエネルギー政策の影響も大きい。今後
の世界およびアジアの天然ガス・LNG の需給動向を見通す上では、中国の需給動向・政策
動向も注視していく必要がある。

また、2014 年以降の資源価格が低迷し上流資源開発事業の収益を圧迫する厳しい事業環
境下、他の世界の上流開発企業同様、中国国営企業の海外権益投資も急減している。日本
企業には、これを買収コストの低下や有利な入札条件での資源獲得の好機ととらえ、政府支
援の活用や企業同士の協調等により、海外天然ガス資源及び LNG プロジェクトへの投資を
継続する戦略が期待される。
1.
中国天然ガス上流業界の注目すべき変化
(1)中国の天然ガス・LNG 需給動向
中国は世界の天
然ガス市場で
徐 々に 存在 感 を
増している
中国の天然ガス消費量は、BP 統計によれば、2000 年から 2015 年まで年率約
15%の高い伸び率で増加し(【図表 1】)、2015 年時点で中国は米国・ロシアに
次ぐ世界第 3 位の天然ガス消費国となった。
中国は、過去 15 年間の天然ガス消費量の増加に対し、国内天然ガス生産量
を大幅に拡大させたが、消費量増加ペースは生産量の伸びを上回り、2006
年以降、パイプラインや LNG 等による輸入も拡大した(【図表 2】)。中国は
2015 年時点で、日本、韓国に次ぐ世界第 3 位の LNG 輸入国となり、世界の
中での天然ガス・LNG 消費国としての存在感を増している。
【図表 1】 中国の天然ガス消費量の推移
(十億m3)
200
180
160
140
120
100
80
60
40
20
0
【図表 2】 2000 年以降の天然ガス消費量増加とその供給手段
(十億m3)
200
180
160
140
120
100
80
60
40
20
0
2000~2015年
年平均成長率
15%
20% ・・・パイプライン輸入
16% ・・・LNG輸入
65% ・・・国内生産量拡大
消費量
増加
(CY)
供給元
(出所)【図表 1、2】とも、BP, Statistical Review of World Energy 2016 よりみずほ銀行産業調査部作成
みずほ銀行 産業調査部
31
Ⅱ-3. 天然ガス・LNG
なお 2014 年、2015 年の中国の天然ガス消費量は前年比それぞれ+9.6%、
+4.7%と増加したが、前述の年平均成長率と比較すると減速傾向がみられる。
これは中国の経済成長率の低下に加え、国内天然ガスが原油と比較して硬
直的な統制価格となっていることから、より柔軟に国際価格に連動する原油価
格の下落によって、天然ガスの価格競争力が弱まったことが要因のひとつとし
て挙げられる。天然ガス消費量の減速に伴い、2015 年の天然ガスのパイプラ
イン輸入量は前年比+7%と増加ペースが鈍化し、LNG 輸入量は前年比▲
1.3%と 2006 年の輸入開始以来初めての減少となった。
(2)中国国営石油企業の海外権益投資動向の変化
国営企業の海外
上流権益投資が
急減
中国は前述のとおり、生産量を上回る消費量の増加に伴って天然ガス・LNG
の輸入量を大幅に増加させたが、同時に、長期的に安定した供給の確保を
企図して積極的な海外権益投資を行ってきた。2000~2001 年に相次いで国
外での IPO を果たし、資金力をつけた中国国営石油 3 社は、2005 年頃から
海外権益投資に積極的に取り組んでいる。国営石油 3 社による投資件数・金
額規模は急速に増加・拡大し、世界の主要な上流企業としての存在感も高ま
っている。3 社が特に活発に海外権益投資を始めた 2005 年以降は、資源価
格が上昇する中で日本を含む世界の他の上流企業が探鉱・生産・開発活動
を拡大した時期と重なり、中国国営 3 社の海外進出の加速は当時の鉱区入
札・資産買収競争をいっそう厳しくした要因の 1 つとも指摘されている。
一方、足下は資源価格低迷による大幅な減益を背景に上流企業は総じて投
資を抑制しており、中国の国営石油 3 社も同様に投資抑制方針に転じている。
国営石油 3 社の各上場子会社の上流投資額は、2015 年に前年比▲33%の
大幅な減少となり、2016 年も更に前年比 1 割程度、上流投資額を減少させる
計画となっている(【図表 3】)。このうち国外石油・天然ガス投資額の推移をみ
ると、中国企業の減速は更に顕著である。2009 年から 2013 年にかけては中
国石油化工(Sinopec)による Addax 買収や中国海洋石油(CNOOC)による
Nexen 買収等の大規模な上流資産・企業買収により、年間 150~300 億ドルの
国外石油・天然ガス投資を行ってきたが(【図表 4】)、2014 年以降は急減し、
2015 年には累計 30 億ドル弱程度まで縮小したとみられる。
【図表 3】 中国国営石油 3 社の上流投資額および計画
【図表 4】 中国の主要な海外権益・企業買収(2009~2013 年)
取得金額
ガス
(百万米ドル) 比率(%)
2013/11 PetroChina Petrobras(ブラジル)からペルーの権益を買収
2,600
57%
2013/9 CNPC
カザフスタン国営企業からカスピ海の権益8.33%を取得
5,400
0%
2013/8 SINOPEC Apache(米)からエジプトのガス田権益33.3%を取得
3,100
55%
2013/6 CNPC
Novatek(露)からYamal LNGプロジェクト権益20%を取得
1,005
97%
2013/3 CNPC
Eni(スペイン)からモザンビークのオフショア権益20%を買収
4,210
99%
2012/7 CNOOC カナダ資源会社Nexen Energyを買収
17,900
9%
2011/11 SINOPEC Galp Energia(ポルトガル)からブラジルの深海資産を買収
5,180
20%
2010/10 SINOPEC Repsol(スペイン)からブラジル資産を40%買収
7,100
25%
2010/3 PetroChina Shell(英蘭)と豪資源会社Arrow Energyを共同買収
3,901
100%
2010/3 CNOOC アルゼンチンの石油会社Bridasに50%出資
3,100
38%
2009/6 SINOPEC スイスの資源会社Addax Petroleumを買収
8,819
0%
2009/4 CNPC
カザフスタンの油田買収
3,300
40%
公表時期
(十億USドル)
80
70
60
▲33%
CNOOC Ltd
50
▲11%
40
Sinopec
30
Corp
20
PetroChina
10
0
2011 2012 2013 2014 2015 2016 (FY)
(出所)各社 IR 資料よりみずほ銀行産業調査部作成
(注)中国国営石油 3 社の各上場子会社の上流投資額
買い手
買収対象
(出所)各種記事、レポートよりみずほ銀行産業調査部作成
(注)「ガス比率」は、取得資産の埋蔵量に占める天然ガスの比率
みずほ銀行 産業調査部
32
Ⅱ-3. 天然ガス・LNG
国営企業の投資
動向には中国政
府の政 策動 向も
影響
中国勢の急激な海外投資減少の要因としては、他の多くの資源会社同様、
資源価格低迷によるキャッシュフローの減少で投資余力が縮小した影響が大
きいと考えられるが、加えて中国政府の国営石油会社に対する政策動向の変
化も影響している可能性がある。
2008 年から 2009 年にかけて世界的な金融危機と景気後退に伴って資源価
格が下落した時期には、世界の多くの上流企業が業績を悪化、投資を縮小さ
せる中、中国国営 3 社はこれを逆に海外資産買収を強化する好機と捉えて石
油・天然ガス事業の世界展開を推進した。中国政府も 2009 年の「今後 3 年間
の石油天然ガス発展計画」で、重要な国外エネルギー投資事業に対する利
子の補給、優遇金利の提供、産油国との外交関係強化等により、中国企業を
後押しし、企業の国外資源開発・買収を奨励した(【図表 5】)。
【図表 5】 「今後 3 年(2009~2011 年)の石油天然ガス業界発展計画」要旨
「今後3年(2009~2011年)の石油天然ガス業界発展計画」要旨
○石油・ガス産業の競争力強化
○石油・ガス産業の持続的発展
・積極的なエネルギー投資政策
・資源への投融資体制改革
・財政政策支援の拡大
・資源関連法制の確立加速
・国際エネルギー協力のための多面的なサポート
-海外資源開発・買収の奨励
-利子補給、優遇金利の提供等による海外の重要な投資への支援
-投資保護、二重課税の回避、司法協力等政府間協定等による海外資源開発投資環境の整備
-重要な産油国大使館へのエネルギー担当官配置、情報提供・意思の疎通の強化
・迅速なエネルギー統計システムの確立
(出所)中国石油新聞中心 2009 年 2 月 26 日等よりみずほ銀行産業調査部作成
これに対して、2014 年以降の油価低迷局面での国営石油会社を巡る中国の
政策動向をみると、国有企業改革の下での事業再編の動きが目立つ。これま
での国有企業を通じた海外の資源獲得推進から、現状国有企業がほぼ独占
している石油産業に対する民間企業の資本参加の促進を通じた国有企業改
革(「混合所有制」政策)へと政策の力点が移っているとすれば、中国国有企
業の海外投資抑制の姿勢は当面続く可能性も考え得る。
2.
中国の天然ガス需要動向、海外権益投資動向がもたらす影響
中国の天然ガス
消費量は拡大が
続く見通し
中国の天然ガス消費量は、中長期的には拡大傾向が継続していく見込みで
ある。深刻な大気汚染問題対策の観点から政府は、ガス供給設備の増強、天
然ガス輸入量の拡大、都市における天然ガスの使用率向上、北京、天津、河
北、山東、長江デルタ、珠江デルタなどの大気汚染抑制重点区域における天
然ガス発電事業の整備などを進め、民生用のエネルギーを中心に石炭から
天然ガスへの転換を推進している。中国における都市ガスの普及率は未だ
40%半ば程度であり、都市ガス向けの天然ガスの潜在需要は依然として大き
い。2014 年 11 月に中国国務院が公表した「エネルギー発展戦略行動計画
(2014~2020)」における目標値から試算される 2020 年の天然ガス消費量は
350Bcm 超に達する。IEA、EIA、IEEJ の各エネルギー研究機関の見通しに
みずほ銀行 産業調査部
33
Ⅱ-3. 天然ガス・LNG
おいても中国の 2020 年時点の天然ガス消費量は 258~315Bcm まで拡大す
ると予想されている(【図表 6】)。
中国の需給動向
はアジアの需給
バランス・市況に
影響大
経済成長の減速や国内天然ガス価格を含む政策動向の不確実性を背景に、
各機関の消費量の見通しには幅があるものの、IEA の中期天然ガス見通しに
よれば、今後 5 年間の中国の天然ガス消費量の増加量は、世界の増加量の 4
割弱、アジアの増加量の約 7 割を占めており、その需給動向が世界およびア
ジアの天然ガス市場に与える影響は小さくない(【図表 7】)。天然ガスの調達
の殆どを LNG 輸入に頼る日本の天然ガス需要家の観点からは、中国の需給
動向、特に中国政府のエネルギー政策動向は引き続き注視する必要がある。
【図表 6】 中国の天然ガス消費量長期見通し(IEA, IEEJ, EIA)
(Bcm)
(実績) (予測)
900
800
700
600
500
400
300
200
100
0
2000 2010 2015 2020 2030 2040
3.
その他
3,900
EIA
その他 中東
アジア
3,800
IEEJ
IEA
中国
3,700
OECD
3,600
3,500
3,400
3,555
+130
ASEAN
インド
3,896
NonOECD
アジア
3,300
(CY)
2015
(出所)IEA, Medium Term Natural Gas Outlook 2016
よりみずほ銀行産業調査部作成
(出所)IEA, World Energy Outlook 2015、IEEJ「アジア
/世界エネルギーアウトルック 2015」、EIA,
International Energy Outlook 2016 よりみずほ
銀行産業調査部作成
中国国有企業の
投資動向は、権
益獲得競争に影
響する可能性
【図表 7】 世界の天然ガス消費量中期見通し(IEA)
(Bcm)
4,000
天然ガス開発の側からは、現状投資を抑制している中国国営企業が再び海
外権益投資を活発化させる可能性について留意が必要である。需要拡大ペ
ース鈍化の可能性はあるものの、中長期的にみれば中国の天然ガス需要の
増加は継続する見通しで、それに見合う資源確保が必要になる状況に変わり
はない。そのため、将来再び中国企業が海外権益投資を積極化することも考
えうる。中国企業の積極投資が、即、権益確保を巡る競争の熾烈化につながる
ものではないものの、市況回復に伴う上流投資の活発化の中で、中国企業と
競合する可能性は否めない。
日本の天然ガス上流権益投資戦略へのインプリケーション
日本企業には政
府支援の活用や
企業同士の協調
等により安定した
海外天然ガス資
源投資の継続が
期待される
日本政府は「エネルギー基本計画」において、天然ガスを日本の一次エネル
ギー供給において今後役割が拡大していく重要なエネルギー源と位置付け
ている。天然ガスの国内需要の大部分を海外からの輸入に依存しており、そ
の安定的かつ低廉な供給の確保は引き続き重要である。日本政府もエネル
ギー投資の促進を企図し、JOGMEC 等を通じた海外権益や資源会社買収の
支援を強化する方針にある。
みずほ銀行 産業調査部
34
2021e
(CY)
Ⅱ-3. 天然ガス・LNG
上流開発企業は、資源価格が低迷し上流資源開発事業の収益を圧迫する厳
しい事業環境下にある。然しながら、将来中国勢を含む石油企業が再び投資
を活発化させ、権益確保を巡る競争の熾烈化、入札・落札やガス田資産買収
のコスト上昇をみる前に投資を行うことで、斯かる状況を、相対的に有利な条
件での権益確保の可能性がある好機、と捉えることもできるのではないだろう
か。上流開発企業のみならず、ユーティリティ企業等も含めた日本企業同士
の協調による投資や、上記のような政策サポートの活用などが、一社あたりの
投資負担の軽減や権益取得におけるリスクの分散化につながると考える。
日本企業には、海外企業や資源価格の短期的な動向に左右されることなく、
長期的な視点で権益投資を継続し、ガス田及び LNG プロジェクトへの投資を
通じて日本の海外資源確保に寄与すると同時に企業の成長性や国際的なプ
レゼンスおよび競争力の向上につなげていく戦略を期待したい。
みずほ銀行 産業調査部
資源・エネルギーチーム 井上 陽子
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
35
Ⅱ-4. 鉄鋼
Ⅱ-4. 鉄鋼 -中国の供給過剰問題解決への道筋と日本企業の打ち手-
【要約】

高成長を続けてきた中国の内需は頭打ちとなり、約 4 億トンもの過剰設備能力を抱える。国外
に流れ出る安価な中国鋼材は、世界各国の製鉄所の稼働低下や閉鎖を引き起こしており、
中国の供給過剰問題は、世界の鉄鋼産業にとって最も深刻な問題といえる。

国内の環境問題と国外の貿易摩擦問題という内憂外患を抱える中国鉄鋼産業は、その事業
モデルの見直しを迫られつつある。中国企業が産業の転換を図り、海外先進企業の買収によ
り産業の高度化を実現すれば、日本の鉄鋼メーカーが有する圧倒的な優位性が損なわれる
可能性も想定し得る。

日系鉄鋼メーカーとしては、幅広い戦略オプションを持ち得ている間に、需給緩和時におい
ても販売量シェアを失わないための顧客基盤と、顧客ニーズにいち早く対応するための顧客
接点の強化に向けて、攻めの戦略を打っていくことが競争力維持への道筋になろう。
1.
深刻な中国の供給過剰問題
中国の鉄鋼内需
は 2013 年で頭打
ちとなり、過剰設
備能力は既に約
4 億トン
中国の供給過剰問題は、世界の鉄鋼産業が抱える、何よりも深刻な問題とい
えよう。
中国から放出さ
れる安価な中国
鋼材は、各国の
鉄鋼産業を脅か
す
内需の鈍化により余剰となる製品は国外へ向かう。中国は 2005 年に鉄鋼の
純輸出国に転じ、2015 年の総輸出量は 1 億トン超と、日本の総生産量と同水
準、中国を除く世界の総需要の 1 割に匹敵する。
供給過剰問題が深刻さを増した最大の要因は、中国国内需要の鈍化である。
2001 年から 2013 年まで、中国の内需は年率約 13%で成長し、2013 年の粗鋼
換算見掛消費量は 7 億 6,575 万トンと、世界全体の 46%を占めた。しかし、
2014 年は 7 億 4,038 万トンと内需は減少に転じ、2013 年をピークに頭打ちと
なった。一方の設備能力は、リーマン・ショック時の政府による 4 兆元の財政投
資で、需要拡大を見越した能力増強に拍車がかかり、粗鋼生産能力で 11 億ト
ンを超えている。つまり、既に約 4 億トンもの過剰設備能力を抱えており、この
まま内需が縮小すれば、過剰能力はますます拡大することになる。
国外へ大量に放出される安価な中国鋼材は、世界各国の鉄鋼産業を脅かし
ている。東南アジアでは圧延工程のみ行う単圧メーカーが中国産のビレット
(半製品)を大量に輸入していることにより、上工程を担う現地の電炉の稼働
率が著しく低下した。中国鋼材は遠く米州・欧州にも流れており、複数の製鉄
所が閉鎖に追い込まれている。欧州では印タタ製鉄が不採算の英国事業売
却を検討したが、英国事業の業績悪化の背景には、中国からの輸入材との競
合がある。英国の EU 離脱可能性が高まったことからタタ製鉄の英国事業のみ
の売却は困難となり、オランダ事業も含めた欧州事業全体の再編に繋がる見
通しである。
雇用創出力の大きい鉄鋼産業の低迷は各国経済への影響も大きいため、
OECD 理事会や G20 会合等、国際会議の場でもたびたびこの問題が取り上
げられている。世界の鉄鋼産業にとって目下最大の関心事であるばかりでな
く、世界の政治経済にとっても重要な問題であるといえる。
みずほ銀行 産業調査部
36
Ⅱ-4. 鉄鋼
2.
中国鉄鋼産業の特徴
中国の鉄鋼産業
は寡占化が進ん
でいない
中国鉄鋼産業の特徴として、まず企業数が非常に多いことが挙げられる。粗
鋼生産量で中国最大規模の河鋼集団ですら国内シェアわずか 6%と、殆ど寡
占化が進んでいない。業界団体である中国鉄鋼工業協会の会員高炉メーカ
ーは約 100 社であるが、これ以外に約 400 社の非会員高炉企業が存在すると
みられている。生産量では民営企業が中国全体の約半分を占める一方、企
業数では国有企業をはるかに上回っているとされ、一部に大規模民営企業は
存在するものの、概ね、大規模な国有企業と小規模な民営企業という構図と
なっている。
競争力に 劣る中
規模高炉、小型
で非効率なミニ高
炉が無数に存在
次に特徴的なのは高炉設備能力の分布である。中国の高炉の設備能力の分
布をみると、年産 500 万トン以上の大規模高炉が合計約 4 億トン存在する一
方で、比較的競争力に劣る 250 万~500 万トン程度の中規模高炉約 2 億トン
あるほか、更に小型で非効率ないわゆる「ミニ高炉」が無数に存在し、合計約
3 億トンにも上ると推察される。ミニ高炉はその実態を正確には把握されておら
ず、政府によるコントロールも困難であることが推察される。
粗鋼生産におけ
る電炉の割合が
極めて低い
最後に、粗鋼生産における電炉の割合が極めて低いことが挙げられる。中国
では電炉の割合は 6.1%に過ぎず、世界平均の 25.1%、日本の 22.9%との比
較においても極めて低い。一般的に電炉は高炉よりも設備容量が小さく小回
りが利くため、ASEAN の多くの国々がいまだ高炉を持たないように、新興国の
発展段階において近年はまず電炉から徐々に発展する場合が多い。しかし、
中国では急激な需要の拡大から高炉が急速に立ち上がり、一気に供給過剰
に陥ってしまった。日本では電炉で主に生産される建材向け棒鋼類も中国で
は高炉が担っていると考えられる。また、小回りが利くという電炉の利点も、中
国ではミニ高炉との競合で発揮しづらい状況にある(【図表 1、2】)。
【図表 1】 中国の炉別生産量
1,000
(百万トン)
900
電炉
高炉
電炉比率(右軸)
【図表 2】 各国の電炉生産比率
60,000
20.0%
(千トン)
70.0%
電炉生産量
18.0%
800
16.0%
700
14.0%
600
12.0%
500
10.0%
400
8.0%
300
6.0%
200
4.0%
100
2.0%
0
0.0%
50,000
62.7%
電炉比率(右軸)
50.0%
40,000
40.0%
30,000
30.0%
20,000
29.0%
29.6%
22.9%
10,000
0
(CY)
6.1%
中国
0.0%
日本
米国
ロシア
ドイツ
過剰設備能力削減の道筋
中央政府は 1~
1.5 億トンの粗鋼
生産能力削減を
発表
中国国務院は 2016 年 2 月の「鉄鋼産業の過剰生産能力解消に関する意見
書」の中で、2016 年から 5 年間で粗鋼生産能力を 1~1.5 億トン削減するとの
方針を示した。リストラの過程でトータル 50 万人発生するとされる失業者の職
業訓練等のために補助金・奨励金を賄う基金を創設するなど、過剰能力解消
みずほ銀行 産業調査部
37
20.0%
10.0%
(出所)【図表 1、2】とも、World Steel Association 資料よりみずほ銀行産業調査部作成
3.
60.0%
Ⅱ-4. 鉄鋼
の実現に向けて従来にない踏み込んだ内容であると評価する声がある一方
で、中央政府と、地域の GDP、雇用、税収を重要視する地方政府との間の利
害不一致から、掛け声倒れに終わるのではないかとの指摘もある。そこで、今
後中国において過剰設備の削減が進展する道筋について考えてみたい。
中国鉄鋼業は外
部的課題を抱え
る
中国鉄鋼業は、業界内の供給過剰問題以外にも外部的な課題を抱えており、
これまでの事業モデルを見直さなければならない状況になりつつある。
鉄鋼生産で使用
される石炭が大
気汚染の原因に
まずは環境問題である。2015 年には中国の約 8 割の都市において PM2.5 の
平均濃度が基準限度を超過しており、大気汚染問題は引き続き深刻な状況
にある。北京に隣接し、中国の粗鋼の 2 割強を生産する河北省には特に大気
汚染が深刻な都市が集中しており、鉄鋼生産で大量に使用される石炭が、大
気汚染の原因の一端であるとされている。いまだ重要行事期間中は大気汚染
対策のため近郊の鉄鋼生産を中止させている中国政府の行動からも、鉄鋼
業が問題視されていることがわかる。
中国鋼材に対す
るアンチダンピン
グ等の保護貿易
の動き
次に貿易摩擦問題である。中国からの安価な製品の流入に対し、世界各国
は相次いでアンチダンピングやセーフガードを発動し、中国製品に対して高
い輸入関税を課している。2016 年に入ってからは、ベトナムがセーフガードを
発動し、ビレットに対して一律 23.3%の輸入関税を適用したほか、米国が中国
の冷延鋼板に対して 265.79%のアンチダンピング税を課すことを決定した。世
界的に保護貿易の動きが強まっており、内需の縮小を輸出で補うという中国
鉄鋼産業のこれまでの事業モデルの継続性が今後危ぶまれる可能性もある。
内憂外患と海外
からの厳しい批
判が構造改革を
進める動機に
このように、中国の鉄鋼産業は、国内の環境問題と国外との貿易摩擦問題と
いう、「内憂外患」を抱える。これに過剰供給に対する海外からの厳しい非難
の声が加わり、中国政府として鉄鋼産業の構造改革を本気で推進していく動
機はある。
構造改革に向け
た歩みを進展さ
せる動き
実際に、中国の国家発展改革委員会によれば、2016 年中に計画している
4,500 万トンの能力削減のうち、47%までを 7 月末までに完了したとされる。ま
た、各地方政府から 2020 年までの能力削減計画が公表され、補助金が奏功
して地方政府からの協力も得られているように見える。
大気汚染対策と
して鉄鋼のリサイ
クル推進を掲げ
る
また、より対策が難しい中小規模民営企業が運営するミニ高炉に関しては、
電炉への転換という処方箋が考えられる。中国政府は、設備能力削減方針の
ほかに、2013 年の「大気汚染対策行動計画」の中で鉄鋼の循環再生比率の
向上を掲げている。既に述べたように、中国はスクラップを原料とする電炉の
割合が極めて低いが、電炉の活用を拡大させることで、大気汚染対策、CO2
発生抑制、資源の再利用等、環境対策に効果が期待できる。
中国には既に大
量のスクラップが
存在
現在、中国には約 70 億トンの鉄鋼が蓄積しているとされる。これは日本の鉄
鋼蓄積量の 5 倍にあたる量である。2014 年に製鋼に使用された市中スクラッ
プ(老廃スクラップと加工工程で発生するスクラップの合計)は 3,670 万トンと、
前年末の鉄鋼蓄積量に対してわずか 0.6%に過ぎないが、これ以外に約
6,000 万トンの未回収スクラップが存在するといわれる。現在中国はスクラップ
を年間約 200 万トン輸入しているが、未回収スクラップを考慮すれば、実際に
はスクラップを国内で充分に自給できている状況といえる(【図表 3、4】)。
みずほ銀行 産業調査部
38
Ⅱ-4. 鉄鋼
【図表 3】 中国の鉄鋼蓄積量と市中スクラップ回収率
(百万トン)
8,000
2.5%
鉄鋼蓄積量
市中スクラップ回収率(右軸)
7,000
2.2%
2.0%
2.0%
6,000
【図表 4】 中国のスクラップ需給
120,000
100,000
(千トン)
輸入スクラップ
自家スクラップ
加工・老廃スクラップ
高炉スクラップ使用量
電炉スクラップ使用量
80,000
5,000
1.3%
4,000
3,000
1.5%
1.4%
60,000
1.2%
1.0%
0.9%
40,000
0.7%
2,000
0.6%
0.5%
20,000
1,000
0
0.0%
2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014
(出所)鉄源協会資料よりみずほ銀行産業調査部作成
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
0
(CY)
(出所)World Steel Dynamics 資料よりみずほ銀行産業調査部作成
ミニ高炉を電炉
に置き換えつつ
能力を削減する
道筋はつけられ
る
これまで中国で電炉の活用が進んでこなかったのは、電力不足、スクラップ回
収システムの未整備、鉄鉱石に対して高いスクラップ価格等、様々な要因が
挙げられるため、電炉の活用推進には、スクラップ回収・利用に対するインセ
ンティブ付与等の政策的な後押しは不可欠であろう。しかし一旦システムが整
備されれば、スクラップの需給が緩み価格が下がることで、経済合理性のもと
でミニ高炉を内需捕捉型の電炉に置き換えつつトータルの能力削減を進める
道筋をつけられる可能性がある。これは、中国鉄鋼産業が抱える環境、貿易、
そして構造改革を妨げる雇用の問題も併せて解決する方策である。
市場の適正化を
図るには相当の
時間を要するこ
とは避けられな
い
しかし、日本においても 1980 年代から高炉設備能力を 5,500 万トン程度削減
するためにおよそ 20 年の年月を要したが、中国での余剰設備は 4 億トンという
桁ちがいの規模である。また、鋼材市況が好転した 2016 年 3~6 月には、政
府による能力削減が進捗する中においても、中国では日次ベースで過去最
高水準の生産がなされた。中国の鉄鋼産業の構造改革を進め、市場の適正
化を図るには、政府の強いリーダーシップが求められるとともに、相当の時間
を要することは避けられないだろう。
4.
(CY)
日本企業への影響と戦略方向性
輸出価格への影
響のほか、今後
保護貿 易策によ
り輸出量に影響
する可能性
世界的に需給が緩む中で、世界の鋼材価格には強い下方圧力がかかってお
り、日本の鉄鋼メーカー各社とも収益の悪化を免れていない。また、各国が発
動するセーフガードや一部のアンチダンピングは日本の鋼材も対象となって
おり、中国の過剰供給を発端とする保護貿易の動きが、日本から各国への輸
出量にも悪影響を及ぼしてくる可能性がある。
顧客との強固な
リレーションによ
り、影響は比較
的軽微
しかし、日本国内への中国鋼材の流入が限定的という点からは、日本の鉄鋼
産業への影響は比較的軽微といってよい。機能、品質、デリバリーの各面に
おいて高い水準を求めてきた結果、国内の需要産業との強固なリレーション
を構築できていることがその要因として大きい。輸出に関しても、中国鋼材に
対して技術優位性のある高級鋼材を、海外に製造拠点を移した日系顧客向
けに販売する戦略が今のところは中心となっていることから、中国鋼材との直
みずほ銀行 産業調査部
39
Ⅱ-4. 鉄鋼
接の競合により大きく量を減らす状況には至っていない。かかる差別化可能
な技術力の習得自体が、需要産業との連携の賜物であるといえる。
顧客基盤と顧客
接点の確保を重
視すべき
このような世界的な需給環境に左右されにくい事業基盤を維持していくため
には、下工程の強化によって顧客とのリレーションを強めていくという現状の戦
略を更に強化していくことが、非常に重要となる。現状、粗鋼生産量の世界シ
ェアは収益性のサクセスファクターではなく、むしろ需給緩和時においても販
売量シェアを失わないための顧客基盤の確保、あるいは顧客ニーズにいち早
く対応するための顧客接点の確保を、より重視すべきと考える。具体的には、
各地域における最終需要家にアクセスを持つ鉄鋼メーカーや金属加工メーカ
ーなどの買収が考えられる。下工程のグローバル展開により、粗鋼生産量シ
ェアよりも鋼材販売量シェアの拡大を目指す先に、顧客基盤を持たずに過剰
能力を抱える中国を始めとする上工程ミルの付加価値を落とし退出へ至らせ
る「寡占化」の道が拓けるだろう。その過程で、鉄源の安定調達に必要な上工
程設備を順次取り込んでいくのである。
中国企業による
欧米先進企業の
買 収 は今 後起 こ
り得る脅威
しかし、裏を返せば、顧客基盤の確保は中国企業にとってこそ急務ともいえる。
日本の鉄鋼メーカーが今後起こり得る脅威として想定すべきは、中国の大規
模高炉メーカーによる欧米先進企業の買収である。他産業に目を転じれば、
2016 年に入ってから中国化工集団によるスイス農薬メーカーSyngenta の買収、
美的集団による独ロボットメーカーKUKA の買収と、狙いは個々に異なるもの
の、中国企業による業界キープレイヤーに対する大規模な M&A の表明が相
次いでいる。いずれの案件も業界地図を一変する大型買収である。鉄鋼産業
で見れば、2016 年 9 月に発表された宝鋼集団と武漢鋼鉄集団の統合は、過
剰供給問題解消よりもむしろ国際競争力を高めるための布石と考えられる。
国内再編により資金力を備えた中国鉄鋼企業が、例えば欧米においてプレス
部品等の分野における基幹自動車部品サプライヤーを取り込めば、日系鉄
鋼メーカーの成長戦略の選択肢が狭まるばかりか、次世代自動車の素材開
発においても中国企業に主導権を奪われかねない。
日本メーカーが
幅広い戦略オプ
ションを持ち得て
いる間に攻めの
一手を打つ必要
中国企業が国内の供給過剰問題の解消に向けた産業の転換を図り、海外先
進企業の買収により産業の高度化を実現すれば、日本の鉄鋼メーカーが長
い年月をかけて構築してきた競争力の源泉である高い技術力と強固な顧客
基盤という、現在の中国企業に対する圧倒的な優位性が損なわれることにな
るかもしれない。日本の鉄鋼メーカーが優位な立場を保ち、幅広い戦略オプ
ションを持ち得ている間に、攻めの戦略を打つことが、日本の鉄鋼産業の競
争力を維持する道筋となろう。
みずほ銀行 産業調査部
素材チーム 大野 真紀子
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
40
Ⅱ-5. 非鉄金属
Ⅱ-5. 非鉄金属 -メタル価格低迷が日本企業の戦略転換を促す契機に-
【要約】

中国の需要の減速や供給過剰の影響によるメタル価格の低迷は、過去 10 年続いた中国の
爆発的な需要拡大に変わる需要牽引役が見つからないことから当面続く。

日本企業に対する影響はバリューチェーンの機能毎に異なる。資源事業については収益の
低下、製錬事業については、製錬マージンの頭打ちと中国への輸出減少リスクが想定され、
事業環境は厳しくなる方向。金属加工事業については、中国製加工品との競争による価格低
下リスクがある一方で、中国が製造強国を目指す中で自動車の環境規制強化に伴う高機能
製品需要の拡大が想定され、日本企業が持つテクノロジーを活かす機会も想定される。

日本企業は真に強みを持つ事業へ集中していく必要がある。日系製錬企業の戦略の方向性
としては大きく 2 つ、自山鉱比率 100%を目指し銅地金供給で稼ぐ方向と、金属加工事業をコ
アとして稼ぐ方向がある。日系アルミ圧延企業は、製錬事業からは撤退しており寧ろ追い風の
ポジションにある。自動車のアルミパネル材需要を取り込むために、接合も含めた自動車の量
産に関するソリューション提案力の強化が求められている。
1.
非鉄金属業界における中国の供給過剰の状況
非鉄金属産業においても、中国の供給過剰がメタル価格の低迷を引き起こし
ている。中国はもはや生産、消費において世界で圧倒的首位のポジションに
あることから、中国の需給バランスの悪化が世界の需給バランス悪化をダイレ
クトに引き起こす構造となっている。中でもアルミニウムが代表的であるが、中
国を除いた世界で如何に生産量削減を努力したとしてもグローバル需給をコ
ントロールできない状況が続いている(【図表 1】)。アルミ価格安とドル高によ
る相対的なコスト高に見舞われる米国では、2015 年 1 月時点で 8 工場あった
製錬所のうち、現在では 2 工場が継続しているのみで、第二次世界大戦以来
最低水準の稼働状況となっている(【図表 2】)。
アルミをはじめと
して中国の供給
過剰により価格
は低下
【図表 1】 グローバルアルミ需給バランス推移と予測
(百万t)
3.0
供給超
2.0
工場名
1.2
0.8
1.0
【図表 2】 米国内アルミ製錬所の削減閉鎖状況(2015 年)
0.6
1.0
0.0
▲ 1.0
▲ 2.0
▲ 3.0
▲ 0.2
需要超
14
15
除く中国
16e
中国
17e
18e (CY)
世界計
企業
形態
Ferndale Intalco
アルコア
全面削減
Warrick
アルコア
閉鎖
Wenatchee
アルコア
全面削減
Hawesville
センチュリー
一部削減
Mount Holly
センチュリー
一部削減
Ravenswood
センチュリー
閉鎖
Columbia Falls
グレンコア
閉鎖
New Madrid
ノランダ
全面閉鎖
(出所)IAI 資料よりみずほ銀行産業調査部作成
(出所)軽金属工業新聞社「日刊軽金属」より
みずほ銀行産業調査部作成
みずほ銀行 産業調査部
41
Ⅱ-5. 非鉄金属
銅については、中国がまだ需要超過の状況にあることもあり、グローバル需給
はほぼ均衡している。然しながら、グローバル需要成長に占める中国の比率
が大きいこともあり(【図表 3】)、中国の需要成長の鈍化懸念がメタル価格への
下押し圧力になっている(【図表 4】)。
中国需要成長の
鈍化懸 念か ら銅
の価格は下落
【図表 3】 グローバル銅需要成長率推移
($/t)
8.6%
10%
【図表 4】 銅、アルミ LME 価格推移
10,000
($/t)
8%
8,000
6%
8,062
6,000
0.7%
2%
2,000
1,629
1,500
銅LME価格
(スポット価格)
アルミLME価格
(スポット)、右軸
4,000
2,000
0%
1,000
4,865
500
(出所)World Bureau of Metal Statistics, World Metal
Statistics よりみずほ銀行産業調査部作成
2016/3
2015/5
2015/10
世界計
2014/7
15 (CY)
2014/12
中国
14
2014/2
13
2013/9
除く中国
12
2013/4
11
2012/1
10
0
2012/6
0
-2%
2012/11
4%
4.5%
3.0% 2.9% 2.8%
2,500
2,151
(年/月)
(出所)IMF, Primary commodity Prices より
みずほ銀行産業調査部作成
今後の中国の動向を踏まえれば、両メタルの需給動向は以下のような方向感
となろう。
アルミは需要の
伸びは堅調も中
国の供給過剰が
解消しない
アルミニウムは、需要の伸び自体は今後も相対的に底堅いであろう。インフラ・
建材向けは中国の減速の影響が避けられないものの、アルミ缶材や包装用
箔など個人消費にリンクした需要が見込まれるほか、また、軽量という特性を
活かした自動車のアルミ化需要や、資源のボトルネックが小さく相対的に価格
が安いことを活かした電線などの銅からの代替需要なども想定される。課題は
生産能力の削減の行方と言える。中国は 2015 年、リーマンショック時に匹敵
する減産規模となる 400 万 t もの高コスト電解炉を休止したが、内陸部では増
産したため、需給バランスの改善効果は限定的であったと見られる。中国国
務院は非鉄金属産業の構造調整のためのガイドラインを公表、アルミ製錬業
の稼働率 80%以上の維持を謳っており、新規製錬能力の抑制について厳格
な方針で臨むとしている。然しながら、設備の廃棄は現地の経済や雇用への
影響も大きく、直ぐに解決する状況にはないと推察される。
銅の需要は、イン
フラ依存率が高く
成長率は低調に
留まる
銅については、需要のおよそ 6 割が電線、2 割強が屋根材や配管であるため、
不動産やインフラ関連投資の動向に大きく左右される。中国は、「第 13 次五ヵ
年計画」で、鉄道網整備、地下鉄の新増設、電気自動車や新エネルギーの
導入などを掲げていることから、不動産以外の分野に関する銅需要はまだ見
込めるものの、経済構造が投資から消費主導型にシフトしていく中では不動
産関連投資の大幅な伸びは期待できず、全体として今までのような高成長は
望めないだろう。
両メタル共、この 10 年の中国の爆発的な需要拡大に変わる需要牽引役が見
つからないことから、当面は価格の大幅な上昇が見込みにくいと考えられる。
みずほ銀行 産業調査部
42
Ⅱ-5. 非鉄金属
2.
日本の非鉄金属産業に与える影響
バリューチェーン
毎に影響が異な
る
非鉄金属産業は、鉄を除く各メタルにおいて、資源採掘から製錬、金属圧延
加工に至るバリューチェーンに携わっているため、バリューチェーンの機能毎
に影響は大きく異なる。以下、バリューチェーンの機能毎に想定される影響を
考察する。
川上の資源事業
ではメタル価格低
迷が収益に直結
する
川上の資源事業の収益は、メタル価格-製錬マージン(加工賃)で決定され
るため、メタル価格の低迷が収益低下に直結する。銅、亜鉛、鉛、ニッケルな
どのメタルを主力とする日系製錬企業は、資源事業で赤字を計上するに至っ
ている。稼働率向上や効率化推進といったコスト削減努力は続けられている
が、資源事業の収益力を取り戻すためにはメタル価格の回復が必要不可欠
であり、そのためには中長期目線で、メタル価格回復期に収益を稼ぐという財
務体力も求められている。
川中の製錬事業
における論点は、
製錬マージンと中
国 の 輸 入 ポテ ン
シャルの二つ
川中の製錬事業については、論点が二つある。一つ目は、資源会社との交渉
で決まる日系製錬企業の製錬マージンに対する中国の影響と、二つ目は、今
や日系製錬企業の生産する地金の大口販売先としての中国の輸入ポテンシ
ャルである。
一つ目の製錬マージンに対する中国の影響について述べると、製錬マージン
は鉱石の売り手である鉱山企業と鉱石の買い手である製錬企業の交渉により
決まるものであるが、中国が銅鉱石(銅精鉱)の購買量を年々拡大してきたた
めに、日系製錬企業のバイイングパワーは弱くなる方向にある。輸入銅精鉱
のマーケットに占める日本の購買量は、1995 年にはおよそ半分の 45%のシェ
アであったが、2009 年には最大購買者のポジションを中国に奪われ、2015 年
には逆に中国がおよそ半分の 49%を買い占めるポジションとなる一方で日系
製錬企業のシェアは 18%まで低下している(【図表 5】)。日本の銅製錬企業は、
内需低迷を主因として生産量が頭打ちの状況にあることから、今後も鉱山会
社に対する交渉力を高めていくことは難しいだろう(【図表 6】)。
【図表 5】 銅精鉱の輸入マーケット推移
(千t)
8,000
6,000
6,761
45%
49%
2,168
3,330
18%
121
965
1,214
4,000
2,000
0 6%
95
00
05
その他
日本
中国比率(右軸)
10
【図表 6】 日本の銅地金出荷推移
(千t)
80%
2,000
60%
1,600 1,417
40%
1,200
30%
800
20%
20%
0%
(CY)
15
中国
日本比率(右軸)
400
0
50%
1,456 40%
37%
19%
10%
0%
05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 (CY)
輸出
内需
輸出比率(右軸)
(出所)経済産業省「非鉄金属等需給動態統計」より
みずほ銀行産業調査部作成
(出所)World Bureau of Metal Statistics, World Metal
Statistics よりみずほ銀行産業調査部作成
みずほ銀行 産業調査部
43
Ⅱ-5. 非鉄金属
二つ目の大口販売先としての中国の輸入ポテンシャルについては、理論上は
中国の需要超過の状況が続く限り日本が輸出を続けることが可能と考えられ
るが、いつまで需要超過の状態が続くのかが問題であろう。日系製錬企業は
これまで銅地金の内需低迷に伴い、輸出を拡大することで合計出荷量を維持
してきた。今までは中国の需要が年率 2 桁を超す勢いで増加していたため、
中国における生産の拡大が続いても需給ギャップが縮小せず、結果として、
日系製錬企業の輸出拡大を可能にした。今後は、中国の需要拡大ペースの
鈍化が避けられない一方、生産については、2016 年にも 2 つの製錬所の新
規稼働が見込まれているなど拡大の方向にあることから、中国の需給ギャップ
は次第に縮小していく可能性が高い。そうなれば中国への輸出余地は減少し
ていくと考えられる。
川下の金属加工
事業では、中国
製加工品との価
格競争の一方
で 、テ ク ノロ ジ ー
を活かす 事業機
会は増加
3.
川下の金属加工事業は、基本的にはメタル価格の変動がパススルーされるロ
ールマージン(加工賃)商売であるため、メタル価格の低迷は直接的には影
響しない。日系アルミ圧延企業は、日系製錬企業とは異なり上流の製錬から
は撤退しているために、メタル価格の変動の影響は限定的と言える。銅やア
ルミともに問題は、中国製加工製品との競争ということになるが、現状では一
部の汎用品を除き輸入の脅威は小さいと言える。影響が大きいと考えられる
のは日系非鉄金属企業が海外需要の取込を図る際に中国製加工品との価
格競争に巻き込まれるリスクであろう。他方、中国は、「中国製造 2025」で謳わ
れているように、「製造大国」から「製造強国」への転換を目指しており、環境
規制に伴う自動車のアルミ化や EV 化などに伴う高機能非鉄金属製品のマー
ケット拡大が想定される。日系非鉄金属企業の持つテクノロジーを活かせる事
業機会が増えるというプラスの影響も予想される。
日本企業がとるべき事業戦略へのインプリケーション
日系非鉄金属企
川下の金属加工
業は強みを活か
事業では、中国
せる分野へ経営
加工品との価格
資競争と、一方でテ
源を集中し収
益力を強
化すべ
クノロジを活かす
きタイミング
事業機会
2000 年代初頭から続いた中国の爆発的な需要が牽引する数量拡大と価格上
昇を前提とした非鉄金属産業の成長フェーズは終焉し、新たなフェーズへ移
行したと考えた方が良いだろう。中国の過剰生産に伴うメタル価格の低迷をは
じめとする厳しい事業環境を踏まえれば、非鉄金属企業が従来より展開して
きた多角化事業の全てで稼いでいくには無理がある。強みを活かせる分野へ
限られた経営資源を集中し収益力を強化すべきタイミングと考える。
非鉄製錬企業の
方向性①自山鉱
比率 100%を目指
し銅地金供給で
稼ぐ方向
非鉄製錬企業については、各社各様に資源・製錬・金属加工まで垂直統合
的に手掛けているが、大きくは 2 つの方向性を追求していくことが考えられる。
1 つ目の方向性は、銅地金の供給で徹底的に稼ぐということである。具体的に
は、自山鉱比率 100%を目指し銅地金供給における付加価値をバリューチェ
ーン一貫で全て取り込むということである。日本の製錬企業はカスタムスメルタ
ー(鉱石を買い製錬し地金を販売するモデル)という独自のモデルをコア事業
としているが、銅地金を供給することに占める製錬プロセスの付加価値が低下
する一方、資源の確保が益々難しくなる状況にある。この傾向は今後も続くと
見られることから、付加価値を確保し続けるために「製錬業」から「銅のサプラ
イヤー(資源まで確保)」へとシフトする必要がある。自山鉱比率の向上は大手
製錬企業が過去より目標としてきた戦略であるが、メタル価格が低迷する昨今
の事業環境下においても、引続き追求していくことが重要であり、寧ろ資源を
安く確保できる今こそ好機とも言える。「銅のサプライヤー」のビジネスは、
LME 価格全体の変動リスクを負うため、製錬マージン(加工賃)を収益源とす
る「製錬業」よりもリスクは高いと考えられるが、そのリスクを背負い、銅を供給
みずほ銀行 産業調査部
44
Ⅱ-5. 非鉄金属
することが付加価値の源泉であり、リスクを背負うことができない者は銅の供給
に関する付加価値を取り込めなくなる可能性も想定しなければならない。
非鉄製錬企業の
方向性②金属加
工事業をコアとし
て稼ぐ方向
2 つ目の方向性は、金属加工で徹底的に稼ぐということである。金属加工事業
がユーザーとするのは、技術革新によりマーケットが大きく変動し且つグロー
バルに展開するエレクトロニクスや自動車であることから、R&D を強化すること
で常に求められる製品を開発し続け、且つグローバルにデリバリーしていく体
制が求められている。斯様な事業環境下で中国メーカー等との競争にも打ち
勝ち、中国も含めたマーケットの拡大を捕捉していくためには、金属加工事業
を川上の地金を消費する事業として位置付けるのでは無く、川下金属加工事
業をコア事業として位置付け、不足する技術・エリアの獲得を目指し経営資源
を積極的に投入していく必要がある。金属加工を主軸として稼ぐ戦略を選択
するならば、収益のボラティリティを高めてしまうため資源事業は必ずしも必要
では無く、製錬事業についても量の拡販により稼ぐ事業では無く、自社の金
属加工材料の原料供給事業と位置付け、難リサイクル材の処理等を前提とす
るリサイクル製錬によりマージンを確保していくことが有効であろう。
アルミ圧延企業
には寧ろ追い風。
自動車のアルミ
化需要の取込が
最優先事項
アルミ圧延企業については、既に製錬事業から撤退していることから、必然的
に金属加工事業で徹底的に稼ぐという戦略になる。過去のアルミニウム価格
上昇期においては、資源・製錬・圧延加工まで一貫で手掛けるグローバルア
ルミメジャーに比べコスト競争力に劣ると言われてきたが、昨今の事業環境に
おいては、寧ろ自動車用アルミ材料などの高機能圧延品に特化できる有利な
ポジションと言える。自動車のアルミ化需要の取込が最優先事項であるが、グ
ローバルデリバリーの強化を進めつつ、如何に部材プラスアルファの付加価
値を提供できるかが重要であり、マルチマテリアル構造を前提とした接合も含
めた自動車の量産に関するソリューション提案力強化が求められている。
みずほ銀行 産業調査部
素材チーム 佐野 雄一
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
45
Ⅱ-6. 石油
Ⅱ-6. 石油 -中国企業との競争と協調の使い分け-
【要約】

中国での需要成長の鈍化と Teapot Refinery の増加に伴う供給過剰の拡大により、アジア市
場の需給バランス悪化と精製マージン低下が見込まれ、日本の国内マージン是正への影響
が懸念される。

中国の設備能力削減に向け、日本企業の課題への先行的な取り組みや技術力が評価され
ることが期待されるが、中国企業が欧州企業の買収等、大胆且つ迅速な戦略を実行する可
能性も否定できず、日本企業は中国企業との協調か競争の選択を迫られる。

日本企業によるアジア製油所プロジェクトへの共同参画等のアライアンス余地はあるものの、
先ずは国内事業のキャッシュカウ化や事業ポートフォリオ転換等の着実な実行が求められる。
1.
中国石油精製産業の注目すべき変化
中国の石油製品
の需要は世界最
大の増加、日本
は世界最大の減
少
日本の石油製品需要は 2000 年以降世界で最も減少し、2015 年にはインドに
抜かれ、世界第 4 位に転落した。燃費改善や燃料転換、或いは少子高齢化
等の構造的な要因は不可逆であり、今後も年率▲2%程度で減少する見込み
である。一方、需要が最も拡大しているのは中国であり、その増加幅も圧倒的
な存在感を示している(【図表 1】)。
Teapot Refinery
の増加が顕著と
なり、過剰能力の
削減は困難に
日本の石油精製産業は 1980 年頃から供給過剰に直面してきたが、中国にお
いても需要伸長の一方で、供給過剰が徐々に顕在化している。加えて、長き
に亘って国営企業(中国石油化工集団、中国石油天然気集団)による独占状
態であった供給サイドに変化が生じていることには留意が必要である。規制緩
和が行われた 2015 年頃より独立系小型製油所(Teapot Refinery)が増加し、
その存在感は徐々に高まっている。少数の国営企業が市場を支配している状
況であれば、政府方針に沿ったコントロールは一定程度可能であるものの、
Teapot Refinery の存在は鉄鋼業界におけるミニ高炉と同様に、過剰生産能力
の解消が極めて難しいものとなる可能性を示唆している(【図表 2】)。
【図表 1】 主要国の石油製品需要増減(2000⇒2015 年)
8,000
【図表 2】 日本と中国の石油精製市場比較
(thousand b/d)
7,000
6,000
原油調達
原油の輸入依存度は略100%
原油の輸入依存度は60%程度
輸入依存度が上昇傾向
石油製品需要
世界4位:400万b/d
1999年をピークに減少傾向
世界2位:1,200万b/d
増加見込みだが鈍化傾向
設備能力
稼働率80%程度
政府主導で過剰能力を削減
稼働率70%程度
供給過剰が継続
石油製品価格
市場連動価格
政府の規制で市場連動が
できない
競争環境
大手5社が存在。縮小する
市場に対してプレイヤー過多
(大手2社に集約見込み)
国有企業2社による寡占も
独立系のTeapotも存在感を示す
5,000
4,000
3,000
2,000
1,000
0
-1,000
(出所)BP 統計よりみずほ銀行産業調査部作成
Italy
Japan
Germany
US
France
UK
Spain
Taiwan
Mexico
Canada
South Korea
Iran
Indonesia
Russia
Thailand
Singapore
India
Brazil
China
Saudi Arabia
-2,000
(出所)各種公表資料よりみずほ銀行産業調査部作成
みずほ銀行 産業調査部
46
Ⅱ-6. 石油
国営企業以外の
能力シェアは 3 割
であるが、過剰生
産と市場の攪乱
要因に
Teapot Refinery は中国における小規模民間製油所の総称であり、その稼働
率は 50%程度(国営企業は 70~80%)と低い一方で、設備能力に占める比率
は 3 割程度まで高まっている。その伸長の背景には、国営企業が独占してい
た輸入原油の調達を一定の条件を満たした独立系民間企業にも認めることと
した 2015 年の規制緩和が指摘される。本来の政策目的としては、国営企業に
よる独占状態の緩和と、国産原油のみに限られていた民間製油所に原料調
達の自由化を認めることによって、製油所間の競争を促し、中国全体の製油
所競争力の底上げを図るものであった。しかしながら、精製設備能力が小さく
固定費負担が比較的軽い Teapot Refinery は、輸入原油のスポット調達と製品
市況との裁定機会に着目した機動的な生産を行い、低稼働率での運営を可
能としており、過剰生産能力の増加と市場の攪乱要因となっている。
過剰能力が輸出
に向かう構図は
他の素材産業と
同様
中国においても、燃費改善や少子高齢化に伴い、内需の拡大ペースが鈍化
しており、供給過剰幅(設備能力-原油処理量)は 2010 年頃より拡大し、
2015 年には日本の需要規模に匹敵する 360 万 b/d に達した(【図表 3】)。この
余剰能力は海外に向かっており、石油製品輸出量は増加している(【図表 4】)。
輸出を行う国営企業への補助金等に加えて、小型製油所の閉鎖も難しいと見
られる。数年前にも需給適正化を企図して、4 万 b/d 以下の製油所を閉鎖する
政策を発表したものの、各製油所は能力を増強して閉鎖を免れている。
Teapot Refinery は、シャドーバンキングを活用しているとも言われており、需給
バランスの適正化は困難を伴うことが見込まれる。
【図表 3】 中国の石油製品需給の推移
15,000
余剰
原油処理量
【図表 4】 石油製品輸出量の推移
設備能力
2,000
China
Taiwan
Japan
Korea
India
(thousand b/d)
(thousand b/d)
1,800
1,600
1,400
10,000
1,200
1,000
800
5,000
3,602
600
400
200
0
(出所)BP 統計よりみずほ銀行産業調査部作成
2.
(出所)JODI 統計よりみずほ銀行産業調査部作成
中国の供給過剰が日本の石油産業に与える影響
日本か ら の輸出
は低マージンとな
り、消滅する可能
性も
中国の石油精製能力の世界シェアは 15%程度であり、50%を占める鉄鋼のよ
うな量的インパクトはないものの、石油製品の太宗を占める燃料油は汎用品
であり、鉄鋼のような製品差別化は困難であるため、中国からの輸出玉の増
加はアジア市場の需給バランスに大きく影響し、マージン低下に繋がる。もっ
とも、足下の日本の輸出割合は 1 割程度であり、輸出に依存しているわけで
はないが、資源を持たず、アジア各国のように競争力の高い大規模製油所を
持たない以上、内需減少を輸出で補う戦略は現実的ではない(【図表 5】)。
みずほ銀行 産業調査部
47
16/02
15/07
14/12
14/05
13/10
13/03
12/08
12/01
11/06
10/11
10/04
09/09
09/02
08/07
07/12
07/05
06/10
06/03
(CY)
05/08
05/01
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
0
Ⅱ-6. 石油
一方、中国から日本への輸入が増加するリスクは、備蓄義務(販売量の 70 日
分以上)が輸入障壁となり限定的と考えられる。備蓄するための大規模な石油
製品タンクの新規建設は消防法上困難なため、現在保有している石油元売
企業や大手商社以外の参入は難しく、M&A や備蓄義務制度の変更がない
限り、この構図に変化はない。一方で、石油元売再編とアジア需給バランス悪
化は、石油精製製品の内外価格差の拡大を示唆しており、輸入玉や業転玉
による裁定機会は増加することは指摘しておきたい。
輸入のリスクは
限定的だが、業
転玉の問題は解
消されず
【図表 5】 各国の石油製品輸出入依存度(2015 年)
輸入
23%
輸出
8%
輸入
31%
輸出
25%
輸入
8%
輸出
7%
輸入
22%
輸出
輸入
11%
輸出
23%
輸出
33%
輸入
28%
ネット
輸入
66%
生産
内需
93%
77%
生産
生産
69%
内需
75%
92%
内需
91%
生産
78%
89%
内需
71%
内需
68%
内需
100%
内需
96%
生産
生産
72%
生産
34%
Japan
Taiwan
China
Korea
India
Indonesia
Vietnam
(出所)JODI、BP 統計よりみずほ銀行産業調査部作成
(注)在庫変動の影響で左側と右側は一致しない場合あり
3.
日本企業がとるべき事業戦略へのインプリケーション
同質の課題への
対処スピードや
手段が異なる可
能性
日本企業の事業戦略を考えるうえで、考慮すべき点は、中国石油産業が直面
している課題は日本が取り組んできたものと同質である一方で、企業規模の
違いもさることながら、その戦略実行の決断スピードは極めて速いものとなる
可能性を踏まえて、中国企業との協調と競争をどう使い分けるか、である。
中国石油産業の
取り得る戦略は 3
点
中国石油産業が取り得る中期的な戦略は、①需要の拡大策、②設備能力の
削減、③海外展開の強化、の 3 点が想定される。
中国の需要拡大
は困難
先ず、需要拡大は困難である。経済成長の成熟化に従い、インフラ投資は減
少し、燃費改善等によって、燃料油需要の鈍化が見込まれ、内需拡大は限定
的である一方、能力不足のアジア各国の自給化進展に伴い、現在注力して
いる輸出需要の取り込みも持続可能なものではない。
中国の能力削減
にむけ日本企業
の貢献は期待で
きるも、日本との
違いには留意が
必要
次に、設備能力の削減は、日本における政府主導の能力削減の実績やその
効果を踏まえれば、有効な施策である。日本企業及び政策当局が官民連携
で需給バランス適正化に向けた取り組みを共有することは、一定の貢献や評
価を受けることが期待される。但し、場合によっては能力削減だけに留まらず、
国営企業 2 社の大合同や欧米企業との連携或いは買収を迅速に進めること
により、中国メジャー企業が誕生することも考えられ、互いの価値観や経済合
理性が異なることには留意が必要である。
みずほ銀行 産業調査部
48
Ⅱ-6. 石油
最後に、中国企業による海外展開は、最も可能性が高く、日本企業にとって
は警戒すべき点である。既に資源開発では、原油価格下落による痛手はある
ものの、積極的に権益確保を実行している。今後対象となるのは、高度化や
多様化が進展している欧米企業と、製油所建設と既存製油所の高度化に取り
組む ASEAN 国営企業である。
中国が海外展開
を加速する可能
性は極めて高い
中国製油所の高度化や多様化のためには、欧米企業を買収する戦略がシン
プル且つ有効であり、ガバナンスが明確な欧米企業の場合、経済合理性を高
める株主提案さえすれば、買収は困難ではない。エネルギー安全保障の観
点から本社所在地政府による横槍が入ることも想定されるが、多くの企業は多
国籍化しており、一国政府の意向だけが障害になるとは限らない。同様のこと
は ASEAN 国営企業にも言える。エネルギー安全保障の観点から消費地精
製主義(国内製油所で国内向け石油製品を生産)を採用しているものの、イン
ドネシアやベトナム等の能力不足の国や製油所高度化に課題を有する国も
存在する。技術と資金を提供することにより、各国の製油所を J/V 化して傘下
に入れ、販売を含めて市場支配を強める戦略の蓋然性は高い。
アジア製油所プ
ロジェクトにおけ
るアライアンス
一方、日本企業は製油所の高度化対応が進展しており、その技術や資金調
達能力は、アジア企業からパートナーとして求められているが、リスクとリター
ンのバランスから参画できるプロジェクトは限られる。その意味では、リスク分
担の観点から、アジア各国の製油所プロジェクトにおける中国企業とのアライ
アンスは有効な選択肢と考えられる(【図表 6】)。
中国企業との競
争と協調のため
には、国内事業
の強化が前提
メガ化或いはメジャー化することが予想される中国企業に対し、競争と協調を
使い分けるうえでは、国内事業の強化が前提となる。2017 年 3 月末の第二次
高度化法の対応期限に対し、制度上の数値をクリアすることのみならず、中期
的な戦略を実行するべきである。輸出を前提としない、或いは化学シフトを進
めた国内完結型コンビナートへの再構築、電力・ガス等を含めた総合エネル
ギー企業化へのポートフォリオ転換等を着実に進めることが求められる。
【図表 6】 中国石油精製産業の方向性と日本企業の協業の可能性
中国石油精製業の
戦略方向性
中国国内の
供給過剰解消
中国国外での
成長戦略
需要拡大
能力削減
内需拡大
輸出拡大
設備廃棄
石化シフト
△
△
○
○
(日本企業の取るべき戦略)
日本の技術・ノウハウの共有
海外インフラ投資
△
海外展開/M&A
○
製油所プロジェクトに
おけるアライアンス
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
みずほ銀行 産業調査部
素材チーム 大村 定雄
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
49
Ⅱ-7. 化学
Ⅱ-7. 化学 -M&A で急速に産業構造を転換する可能性が高まる中国化学産業-
【要約】

中国の石油化学産業は、エチレン換算ベースでは供給不足であるものの、自給化が進展し
ており、供給不足は縮小傾向にある。加えて、個別製品では供給過剰問題が顕在化してお
り、日本企業に大きな影響を与えている。

中国化学企業の構造転換は着実に進展する見込みであり、政策当局の支援を得て、再編や
M&A が迅速に進展する可能性が高く、機能性化学事業においても一気呵成にグローバルト
ップに躍り出る可能性がある。

グローバル競争に耐えられる企業規模の確保、模倣困難な独自のビジネスモデルの構築或
いは中国企業の懐に飛び込む協業等が戦略として考えられ、その実行力が問われている。
1.
中国化学産業における供給能力の拡大
石油化学製品全
体でみれば供給
不足であるが
徐々に自給化に
向かう
中国の石油化学製品需給(エチレン換算)は、1,400 万トンの大幅な供給不足
にあり、中東や日本を含むアジア各国からの輸入に依存している(【図表 1】)。
政策当局及び各社は、石油化学製品の自給化を推進しており、豊富な石炭
を原料とする CTO(Coal to Olefins)やナフサクラッカーの新設が進むことが見
込まれ、需要成長率を 3%程度と仮定した場合、2020 年には供給不足幅は
1,000 万トンまで縮小する見込みである。なお、中国のエチレン換算需要は
2009 年の大規模財政出動に伴って、それまでの成長トレンドラインから大幅
に上方乖離(2015 年時点で+800 万トン)しており、2020 年までゼロ成長となっ
たとしても不思議ではない水準となっている。
中国向け輸出が
減少すれば、国
内生産設備は停
止を余儀なくされ
る
中国の輸入ポジションが 2020 年までに 400 万トン縮小する一方、北米、中東
及びアジア各国では更なる供給能力拡大が計画されており、コスト競争力に
劣るうえに、低付加価値の生エチレンやモノマーが中心である日本からの輸
出は締め出される可能性が高い。足下の中国への輸出(年間 120 万トン程
度)が困難となれば、国内エチレン設備の稼働率は 80%を割り込み、複数の
設備停止が避けられない。
既に過剰能力が
問題となっている
製品が出てきて
いる
上述の通り、エチレン換算では供給不足であるものの、個別の石油化学製品
では既に過剰能力に陥っており、日本企業にも多大な影響を与えている。
2005 年には、石炭を活用したアセチレン・カーバイド法によって、塩化ビニル
樹脂が大幅な過剰能力となり、続いてポリウレタン原料の TDI や MDI、高純
度テレフタル酸が供給過剰となった。近年ではカプロラクタムやフェノールも
中国の生産能力拡大に伴う需給バランスの悪化に伴い、アジア市況が大きく
崩れている。
ライセンス供与や
流出によって、数
年のうちに供給
過剰に
これらの石油化学製品は、製造技術(ライセンス)が一部の先進国企業に独
占乃至寡占されていたために、秩序ある能力拡大と需給バランスの適正化が
図られてきた。各プレイヤーは価格形成力を有し、高収益事業且つコア事業
と位置付けてきたが、ライセンス供与や流出によって、中国企業の急速な能力
拡大を招き、数年のうちに供給過剰となった(【図表 2】)。
みずほ銀行 産業調査部
50
Ⅱ-7. 化学
技術の優位性だ
けでは、模倣リス
クが存在
これに伴い、日本企業はかつてのコア事業の大幅なリストラクチャリングや事
業撤退、或いは事業戦略の変更を余儀なくされている。ライセンスに依拠した
事業であっても、中国企業が参入すると、一気にコモディティ化が進展するリ
スクが極めて大きい。ライセンスの入手は欧米企業のリストラクチャリングに伴う
スピンオフや M&A が契機となる場合もあり、『自社が頑張って守っても、誰か
が供与する』可能性は否めない。一旦コモディティ化が進展すれば、投資競
争に打ち勝つ Kick Out 戦略か、加工によって付加価値を高める川下強化戦
略か、或いは早期に見切りを付ける EXIT 戦略となる。需給バランスに配慮し
て投資に躊躇すれば縮小均衡に陥り、撤退を余儀なくされる。
【図表 1】 主要国・地域のエチレン換算需給
(万トン)
5,000
【図表 2】 中国が既に自給化している石油化学製品
(例)
生産能力(2014年実績⇒2020年予測)
需要(2014年実績⇒2020年予測)
製品
生産能力-需要(2014年実績⇒2020年予測)
4,000
塩化ビニル樹脂
3,000
・1990年代後半に自給化
中国生産能力
の変化
アジア市況の
下落率
(2011-15年)
1.6倍
▲17%
(2010-14年)
2,000
高純度テレフタル酸
・ポリエステル原料
・2010年に自給化
1,000
カプロラクタム
・ナイロン原料
0
・2014年に自給化
-1,000
フェノール
-2,000
中国
中国 その他ア
その他アジア 米国
米国
・合成樹脂原料
・2014年に自給化
中東 中東
2.5倍
(2010-14年)
3.1倍
(2010-14年)
2.0倍
(2011-14年)
▲50%
▲51%
▲44%
ジア
(出所)経済産業省「世界の石油化学製品の今後の需給
動向」よりみずほ銀行産業調査部作成
2.
(出所)重化学工業通信社「化学品ハンドブック」、IHS より
みずほ銀行産業調査部作成
機能性化学品にシフトする中国化学産業の構造転換
中国の機能性化
学品市場は今後
大きく拡大する
「中国製造 2025」でロードマップが示されたように、製造業の高度化や第三次
産業の伸長に伴い、中国の機能性化学品市場は、年率 7%程度の高い伸び
が予想され、2020 年には世界最大の市場となる見込みである(【図表 3】)。
中国企業は機能
性化学品事業を
強化
中国石油化工集団(Sinopec)を始めとする中国企業も、需要成長の成熟化と
競争激化によって低収益化する石油化学事業から、機能性化学事業へのシ
フトを鮮明にしつつある。但し、原料や規模の強みよりも、R&D 投資やユーザ
ーとなる川下産業との連携や技術サービスを伴った肌理細かい対応が求めら
れる機能性化学事業は参入障壁も高い。従って、各企業の自助努力や内部
成長よりも、政策当局による資金支援や国営企業による先進国企業の買収等
を最大限活用して、短期間で追い付き、追い越す戦略となりつつある。
設備投資や研究
開発に政府によ
るバックアップ
政策当局による支援事例として、中国初のシリコンウエハ事業化に挑む上海
新昇半導体が挙げられる。半導体材料であるシリコンウエハは高清浄度・高
平坦度・品質安定性・コスト競争力を実現する高い製造技術が求められ、巨
額の設備投資負担が必要となる(標準的な 300mm・月産 10 万枚で投資額は
500 億円)。同社は政府や上海市から補助金として 200 億円を得ることにより、
みずほ銀行 産業調査部
51
Ⅱ-7. 化学
パイロット設備建設に速やかに着工しており、官民連携の取り組みが積極的
に行われている。
M&A で 技 術 ・ 製
品を獲得し一気
に業界のメインプ
レイヤーに躍り出
てくる例も
また、国有企業である中国化工集団(ChemChina)の M&A 戦略は文字通り欧
米先進国企業の技術や製品を買い漁るものである。豊富な資金力を以って、
高い valuation も辞さず、一気呵成に海外進出とトップシェアの事業ポジション
を獲得している。近年では、Pirelli(伊・タイヤ世界 5 位、買収総額 88 億ドル)
や Syngenta(瑞・農薬世界 1 位、同 459 億ドル)等の大型案件を成立させてい
る(【図表 4】)。Syngenta 買収は中国企業が世界トップクラスの農薬と遺伝子
組み換え種子に関する製品、技術及び研究開発体制を手に入れたことを意
味し、アジアにおける農薬・種子を巡る事業環境を一変させる可能性があり、
日本企業への影響は極めて大きい。このように、短期間で中国企業が日本企
業を抜き去るのみならず、アジアにおける事業環境そのものを主導して変えて
しまうリスクを認識しなければならない状況となってきている。
【図表 3】 機能性化学品市場の拡大と国・地域別シェア
7,000
(億ドル)
【図表 4】 中国化学企業による M&A(金額ベース)
1,000
7%
6,000
日本、8%
15%
その他世界、13%
4,000
年
買収企業
800
2010
Adama(ジェネリック農薬)
2011
Eikem(シリコン)
2015
Pirelli(高級タイヤ)
2016
アジア(除く中国)、14%
Syngenta(農薬・種子)
3,000
西欧、18%
700
600
16%
<ChemChinaの代表的な買収案件>
900
9%
5,000
(億ドル)
ADAMA(100%子会社)
500
KraussMaffei (成形機)
25
23
88
459
14
10
400
25%
2,000
金額(億ドル)
300
北米、25%
200
1,000
29%
中国、23%
100
0
0
2014年推定
2020年予測
2009CY
(出所)IHS よりみずほ銀行産業調査部推定
3.
2010CY
2011CY
2012CY
2013CY
2014CY
2015CY
2016/8
(出所)Merger Market よりみずほ銀行産業調査部作成
日本企業の事業戦略へのインプリケーション
規模と収益で欧
米企業に伍する
巨大企業の誕生
も
「第 13 次五ヵ年計画」が終了する 2020 年までに、中国化学企業はドラスティ
ックな構造転換を迅速に進める蓋然性が極めて高くなってきたと考えるべきで
ある。経済成長の鈍化を甘受する一方で、製造業の強化と産業の高度化を着
実に進める方針であり、国有企業改革の先には、中国石油化工集団
(Sinopec)、中国石油集団(CNPC)或いは中国化工集団(ChemChina)の大
合同すら否定できず、成長するアジア市場の中心に、規模と収益性を兼ね備
えたメガ化学企業が誕生することも想定しなければならない。
中国企業の後塵
を拝し、追いかけ
る立場となりかね
ない
これまで、規模は劣るものの、技術や製品で一日の長があった日本企業は中
国を市場として捉え、その成長の果実の一部を享受し、パートナーとして重宝
される存在であった。しかし今後は、中国企業の後塵を拝し、成長市場から締
め出され、追いかける立場となりかねない(【図表 5】)。
みずほ銀行 産業調査部
52
Ⅱ-7. 化学
【図表 5】 中国化学産業の戦略と日本企業への影響
低
付加価値
(
事
業
領
域
と
展
開
の
方
向
性
高
石油化学製品
機能性化学品、ライフサイエンス
自給化(生産拡大)
強化(M&Aや国の支援)
機能性化学品へシフト
)
る(
想
影
定
響
さ
) れ
需給および市況の悪化で
リストラや撤退、戦略変更を迫られる可能性
中国企業の後塵を拝し
成長市場から締め出されてしまう懸念
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
1
日本が躊躇して
きた企業再編・
M&A 等を果敢に
実行
国内過当競争、小さい企業規模、プレイヤー数の多さ、或いは総花的な事業
展開等の課題を指摘されて久しいが、日本企業が躊躇してきた、企業再編に
よる規模拡大、M&A による迅速な事業ポートフォリオ転換、積極的な研究開
発や設備投資による事業の拡大等を果敢に実行する中国企業の動向を踏ま
えて、日本企業が取りうる事業戦略は次の 3 点に集約される。
異なる戦略に基
づく事業の「相互
片寄せ」によって
トップ企業を生み
出す
先ず、グローバル競争に勝ち抜くために必要となる事業毎のクリティカルマス
を確保することである。クロスボーダーに展開される事業に必要となるヒト・モ
ノ・カネのリソースが大きくなるなかで、規模を追いかけることは避けられない。
総花的な事業展開で規模を誇るのではなく、事業を絞り込み、リソースを集中
投入する事業ポートフォリオに転換する必要がある。同質の事業戦略で同じタ
ーゲット市場を掲げる状況から脱却し、異なる事業戦略と異なるコアコンピタン
スと異なるコア事業を設定することにより、事業を「相互に片寄せ」するような再
編と M&A が行われ、特定事業におけるトップ企業が複数生み出されることが
期待される。
模倣困難な独自
ビジネスモデル
の構築
次に、模倣困難な独自のビジネスモデルを構築するということである。競合企
業が模倣すれば、コンフリクトやトレードオフが生じるモデルが考えられる。例
えば、原料に強みを有する、或いは一貫生産モデルは、原料の呪縛があると
考えることもでき、逆に日本企業は、原料に強みがないがゆえにあらゆる素材
を使いこなす(マルチマテリアルの)ビジネスモデルを確立する余地がある 1。
市場ニーズに対して金属・樹脂・繊維等を用いて、加工技術を以ってソリュー
ションを提供することが差別化要素となり得る。高収益且つ参入障壁の高いニ
ッチ市場を積み上げることで一定の規模を有するという選択肢が考えられる。
特定の原料・素材に強みを持つ中国企業が、日本企業と同じマルチマテリアルのビジネスモデルを実行しようとすれば、自社の
強みを活かせなくなる(コンフリクト)ため、その強みを捨てることを迫られる(トレードオフ)。
みずほ銀行 産業調査部
53
Ⅱ-7. 化学
潜在的な 競合で
ある中国企業と
早期に協業関係
を構築することも
一つの選択肢
最後に、中国企業との協業に当たっては、『追い付かれるとコンペティターで
あるが、協業すればパートナー』と考えるべきである。技術流出等を恐れて協
業に及び腰だが、成長市場は見逃せない、というスタンスではなく、求められ
る間に相手の懐に飛び込んで、共に成長するアプローチも一考に値する。日
中企業が互いの強み(例えば、中国企業の製造・販売面での、日本企業の技
術・製品面での強み)を持ち寄って協業することが、中国市場をいち早く獲得
する上で有効である。技術の流出懸念に対しては、特許など知的財産権のマ
ネジメント(知財の公開・秘匿・権利化の使い分け)が一層重要となろう。
みずほ銀行 産業調査部
素材チーム 相浜 豊
國府田 武文
[email protected]
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
54
Ⅱ-8. 医薬品
Ⅱ-8. 医薬品 -中国の台頭を踏まえた日本企業の選択肢-
【要約】

中国は世界第 2 位の市場であり今後も成長が見込まれるとともに、先進国型の市場構造に移
行している。欧米企業は中国への積極的な研究開発投資を行う等、中国市場のプレゼンスが
向上している。

中国企業は再編による規模の拡大、海外からのライセンスインや海外企業の買収により技術
力も向上しており、日本企業の相対的なプレゼンスは低下している。また、今後の中国企業に
よる欧米大手企業買収の可能性も否定できない。

かかる状況下、日本企業には①中国市場への集中的なリソース投下、②グローバル化に向
けた国内再編、③日本市場堅持に向けた国内回帰の選択肢が考えられる。
1.
中国医薬品産業の注目すべき変化
世界第 2 位の市
場に成長、先進
国型の構造に
徐々にシフト
中国医薬品市場は 2015 年に約 730 億ドルと、日本市場を上回る世界第 2 位
の市場規模となっている。近年は 2 桁の成長率で推移していたが、医療費抑
制策等を受け 2015 年の成長率は 3.6%に鈍化した(【図表 1】)。しかしながら、
依然として医薬品へのアクセスが不十分であること、1 人当たり医療支出が未
だ低水準にあること等を鑑みれば、今後も中国市場は拡大する見込みである。
加えて、抗生物質等が中心の所謂発展途上国型から、糖尿病やがん等の先
進国型へ市場構造が徐々に移行している。
中国企業の競争
力向上に 向けた
施 策 が 進め ら れ
る
行政面では中国企業の競争力強化に向けた施策が進められている。まず、イ
ノベーションを促進していくため、「中国製造 2025」でバイオ医薬分野を重点
分野に指定するとともに、地方政府を通じた産業振興ファンドの創設や研究
者の開発インセンティブを高める制度の導入等により、高付加価値分野の発
展を支援している。一方、約 6 千社が乱立する中国医薬品企業の統合に向け
た施策も進められている。具体的には、2015 年の自由薬価制度への移行や、
審査承認制度、品質管理規定の厳格化による競争力の低い企業の淘汰を促
す制度変更が挙げられる(【図表 2】)。
【図表 1】 中国医薬品市場規模推移
市場規模
($mm)
80,000
71,009
35.7%
70,000
60,000
【図表 2】 政策動向
前年比(右軸)
40%
73,566
35%
63,120
30%
54,592
50,000
25%
40,238
40,000
20%
15.6%
30,000
15%
12.5%
20,000
10%
10,000
5%
3.6%
0
0%
2011
2012
2013
2014
2015
イノベーションの促進
 「中国製造2025」の10大産業の一つとして
バイオ医薬を指定
 「国家創新駆動発展戦略要綱」戦略任務と
して健康技術を指定
 地方でのバイオ産業ファンド創設
 医薬品市販承認取得者制度の試験導入
企業間競争の促進
 自由薬価制度導入
 審査制度改革
 品質管理規定の見直し
(CY)
(出所)IMS Health Analytics Link よりみずほ銀行産業調査部作成
(出所)各種公表資料よりみずほ銀行産業調査部作成
(注)Copyright2016 IMS Health、無断転載禁止
みずほ銀行 産業調査部
55
Ⅱ-8. 医薬品
中国企業の変化
①新薬・バイオ分
野への取組強化
以上のような市場構造の変化や政府による施策を受け、中国企業の動きにも
変化がみられる。まず、抗体医薬品等に代表されるバイオ医薬品や新薬とい
った付加価値の高い分野の強化である。中国では低分子薬のジェネリック薬
を扱う企業が 9 割以上を占めると言われているが、一部の企業は高付加価値
分野に力を入れることで他社との差別化を図っている。【図表 3】の通り、中国
企業が AstraZeneca や富士フイルム等から中国内での販売権を相次いで獲
得している他、バイオシミラーやデジタル錠剤といった先進国でも導入過程に
ある分野にもアプローチしている。また、江蘇恒瑞医薬が米国 MD アンダーソ
ンとがん免疫分野で共同研究開発契約を結ぶなど、中国企業と米国アカデミ
アとの結びつきも強まりつつある。
中国企業の変化
②国内外 M&A の
増加
2 つ目の変化は中国企業による国内外 M&A の増加である。国内 M&A では、
約 6 千社が乱立する中国企業間の再編の動きが顕著であり、10 億ドル超の
大型買収も複数行われている。また、中国企業の特色としてグループ内に複
数の製造子会社、流通・小売子会社を有していることが挙げられるが、輔仁薬
業や上海現代製薬の事例に見られるように、大手医薬品集団の製造子会社
の統合も進められている。このような中国企業間での再編に加え、中国企業
による海外企業の買収も増えている。これらの買収は海外での販路獲得は当
然ながら、バイオ医薬品や注射剤といった、海外企業が持つ技術の獲得を目
的としている点が特徴的である。
【図表 3】 近年の中国企業による取組
形態
ライセンス
イン
金額
内容
($mm)
310 降圧薬の中国での権利を取得
時期
企業名
対象先
2016年2月
康哲薬業
AstraZeneca
2016年2月
康哲薬業
AstraZeneca
2016年2月
ハルビン誉衝薬業
Proteus Digital Health
2016年5月
長春長生生物科技
ジーンテクノサイエンス
n.a. バイオシミラーの中国での権利を取得
2016年7月
浙江海正薬業
富士フイルムHD
n.a. 抗インフルエンザウイルス薬の中国での権利を取得
2016年7月
湖南方盛製薬
Lipo Medics
2015年5月
牡丹江友搏薬業
九芝堂
江蘇九九久科技
陝西必康製薬
買収 2015年7月
(国内) 2015年12月
190 心疾患治療薬の米国外での権利を取得
25 デジタル錠剤を手掛けるProteusに約2%出資
10 Lipoに30%出資。Lipo製品の中国での権利を取得
1,064 漢方薬メーカーの九芝堂を買収
1,146 医薬品メーカーの陝西必康製薬を買収
輔仁薬業
開封製薬
1,211 親会社輔仁薬業集団の製薬子会社の集約
2016年3月
上海現代製薬
国薬控股 他
1,189 親会社中国医薬集団の製薬子会社の集約
2015年8月
海普瑞薬業
Cytovance Biologics
人福医薬集団
Epic Pharma
上海復星医薬集団
Gland Pharma
買収
2016年3月
(海外)
2016年7月
206 バイオ医薬品製造受託企業Cytovanceを買収
529 麻酔鎮痛薬や徐放性製剤に強みを持つEpicを買収
1,260 注射剤後発薬等を米国に輸出するGlandを買収
(出所)各社 IR 資料よりみずほ銀行産業調査部作成
2.
日本の医薬品産業に与える影響
中国医薬品市場の拡大や疾患構造の先進国型への変化、中国企業の新薬
開発への取組や海外への展開を企図した M&A 等が進むにつれ、日本市場、
日本企業双方のプレゼンスが低下している。
欧米大手は中国
に積極的に投資
し、研究開発拠
点としての位置
付けに
中国医薬品産業の変化を受け、欧米大手企業は中国市場への投資を積極
化している。例えば、Novartis は上海に米国・スイスに次ぐ 3 か所目のグロー
バル R&D センターを設置しアジア地域に多い疾患研究を始め、Pfizer は同
社としてアジア初となるバイオ医薬品技術センターに 3 億 5 千万ドルを投じる
みずほ銀行 産業調査部
56
Ⅱ-8. 医薬品
計画を立てている。こうした欧米企業単独での投資に加えて、中国企業との
共同研究事例も増加している。Eli Lilly は、中国信達生物製薬(Innovent
Biologics)と抗体医薬の開発で提携し、総額約 10 億ドルを支払う契約を締結
した。また、米国 BrainXell は北海銀河生物産業投資と再生医療分野での共
同研究を開始している(【図表 4】)。このように、中国は製造・販売拠点として
の位置付けに加えて研究開発拠点としての位置付けに変わりつつある。
【図表 4】 欧米企業による中国での R&D の取組
時期
企業名
2015年7月
BrainXell
(米)
2015年10月
2015年12月
2016年4月
投資額
($mm)
非公表
Eli Lilly
(米)
Astrazeneca
(英)
Juno
Therapeutics(米)
2016年6月
Novartis
(スイス)
2016年6月
Pfizer
(米)
1,000超
150超
非公表
1,000
350
内容
北海銀河生物産業投資と再生医療分野での共
同研究契約を締結
信達生物製薬と癌免疫療法で提携。Lilly社から
Innovent社に最大10億ドル超が支払われる
薬明康徳新薬開発と中国向け製剤を共同開
発。英国、スウェーデンと並ぶグローバルR&D拠
点を設立予定
薬明康徳新薬開発と上海市にがん免疫療法の
開発等を行うJVを設立
スイス、米国に続く3か所目のグローバルR&D拠
点。中国を含むアジア地域で多い疾患の新薬
開発に取り組む
アジア初となるバイオ医薬品技術センターを浙
江省杭州市の杭州経済技術開発区で着工
(出所)各社 IR 資料よりみずほ銀行産業調査部作成
有望な新薬パイ
プラインが買収さ
れ、日本企業の
成長機会が減少
日本企業のプレゼンスについても低下している。確かに創薬力という観点で
見れば、世界の売上高上位製品の多くが日米欧等先進国を起源としている
様に、現時点での中国企業の創薬力は依然として低い水準にあるかも知れな
い。しかしながら、現在の創薬の大部分をベンチャーが担っており、大手企業
は有望ベンチャーを買収することで新薬パイプラインを獲得していることを踏
まえれば、資金力のある中国企業が先進国の有望ベンチャーを買収すること
で急速に力をつけることも想定される。翻せば、日本企業の将来の成長ドライ
バーとなり得るシーズの獲得が困難になり、徐々に日本企業のプレゼンスが
低下することを意味する。
中国企業による
欧米大手企業の
買収の 可能 性も
否定できない
また、中国企業が欧米大手企業を買収することも想定される。世界の医薬品
業界においては選択と集中が進められており、大胆な事業ポートフォリオの交
換が行われている。過去 2 年間を振り返っても、2014 年 4 月に発表された
Novartis のワクチン事業と GSK の抗がん剤事業の交換に始まり、最近では
2015 年 12 月に発表された Sanofi の動物薬事業と Boehringer Ingelheim の大
衆薬事業の交換等、グローバルでの主要企業の顔ぶれが大きく変わる再編
が行われている。また、2016 年 5 月には Bayer が種子大手 Monsanto の買収
を仕掛けていることを発表しており、買収を機に医薬事業を切り出す可能性が
ありえること、Pfizer が新薬事業と既存薬事業分離の是非を 2016 年内に判断
するとしている等、今後も医薬品業界においては大型再編の可能性が残され
ている。このような再編に中国企業が関与してくることは 中国化工集団の
Syngenta 買収の事例からも十分に想定され、もし実現すれば日本のトップ企
業を凌ぐ規模の中国企業が即座に誕生することになる。さらに、そうした中国
企業が買収企業の日本事業を梃子に日本への本格的な展開を進めれば、日
本企業はマザーマーケットである日本市場でさえもプレゼンス低下を余儀なく
されるであろう。
みずほ銀行 産業調査部
57
Ⅱ-8. 医薬品
3.
日本企業がとり得る選択肢
かかる状況下、日本企業、特に新薬メーカーがとり得る選択肢について考察
したい。
①成長する中国
市場への注力:リ
ソースを集中投
入し、中国企業と
の協業・有望企
業への投資を積
極的に実施すべ
き
第一の選択肢は、世界第 2 位の市場規模となり今後も成長が見込まれる中国
市場への注力である。中国は規模こそ世界第 2 位の市場になったものの、中
国企業は現時点では小規模で技術力も低く、欧米等の先進国市場に比べれ
ば競争環境は激しくない。従って、日本企業は欧米市場にのみ目を囚われる
のではなく、今後の有望市場としての中国に改めて向き合っていくことが求め
られる。ただし、欧米企業も中国事業を強化しているため、中国市場への注力
を選択する際にはヒト・モノ・カネ全てのリソースを集中的に投入していくことが
必要であろう。従来の製造・販売拠点としての位置付けに留まらず、研究開発
拠点としての投資も求められるであろうし、中国企業との協業、あるいは中国
の有望な技術やベンチャーに早い段階で投資をしていくことも求められるであ
ろう。
②グローバル競
争に向け た国内
再編:継続的な
新薬創出には事
業規模の拡大が
不可欠。再編も
選択肢に
第二の選択肢は、グローバルで競争していくための国内再編である。新薬メ
ーカーには革新的な新薬を創出していくことが求められるが、近年バイオ医
薬品や再生医療等、多様なアプローチでの研究開発が不可欠となっており、
求められる研究開発資金は増大している。日本企業各社は注力する疾患領
域を絞り込み、オープンイノベーションの取組も含めて創薬の効率化を図って
いるが、これらの取組には限界がある。加えて、医薬品業界の M&A は大型
化し有望なシーズを獲得するには多額の資金が必要となっており、今後の中
国企業の台頭も踏まえればこの流れはさらに加速していくことが考えられる。
従って、継続して新薬を創出し、グローバルで競争していくには一定の事業
規模が必要になるため、日本企業には再編を通じた規模拡大が求められよ
う。
③国内市場の堅
持:国内での研
究開発に注力し、
海外はライセンス
ビジネスで稼ぐと
いう割り切りも必
要
第三の選択肢は、日本市場でのポジション堅持である。規模では中国に抜か
れたものの、日本は依然として世界第 3 位の市場であり、高齢化に伴い安定
的に成長している市場である。また、日本企業が最もリソースを投じており、企
業規模に関わらず海外企業との競争優位性がある市場でもある。従って、敢
えて負担が大きくリスクもある海外展開を考えるのではなく、優位性のある日
本市場に拘る選択肢も考えられるであろう。幸いながら、政府は国内でのイノ
ベーション創出に向けて産官学連携を推進し、バイオベンチャーの育成に力
を入れ始めたところである。こうしたアカデミア、ベンチャーとの協業を含めて
国内事業にリソースを集中投入し、海外に関してはライセンスビジネスで稼ぐ
という割り切りも求められるであろう。
みずほ銀行 産業調査部
素材チーム 戸塚 隆行
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
58
Ⅱ-9. 自動車
Ⅱ-9. 自動車 -中国 NEV 規制がもたらす完成車メーカーの電動車戦略の変容-
【要約】

2009 年に世界最大の自動車市場となった中国において、2018 年を目処に NEV(New
Energy Vehicle)規制を導入する動きが具体化している。完成車メーカーに対して、EV、
PHEV などの「新エネ車」の生産、輸入を一定の割合で義務付けるもので、2016 年 8 月には、
中国政府より同規制に関する意見募集稿が発表された。

NEV 規制の導入に伴い、完成車メーカーは中国における商品・技術戦略を見直し、新エネ
車投入を急速に拡大する必要に迫られることになる。

一方、新エネ車需要の下支えの鍵となる補助金政策においては、中資系電池メーカーの保
護策とも取れる運用が懸念される状況にあり、今後の調達戦略への影響も懸念される。

日系完成車メーカーは中国市場における戦い方の変容を迫られる。規制動向を見極め、果
断に新エネ車を投入することが、成長を続ける世界最大の市場の果実を享受する上で必要と
なろう。
1.はじめに
中国市場は一国
として世界最大
の市場に成長
2000 年の自動車工場出荷台数が 2,089 千台に過ぎなかった中国自動車市場
は、その後 15 年間で平均年率 17.9%に及ぶ伸びを見せ、2015 年の自動車工
場出荷台数は 24,503 千台となった。2009 年には米国を抜き、世界最大の自
動車市場を擁している。
今後も成長が見込まれる中国自動車市場は、中資系のみならず世界各国の
自動車関連企業にとって、販売台数の拡大を目指す上での主戦場となって
いる。
中国政府は自動
車の電動化を積
極的に推進し、更
なる大型規制
“NEV 規制”の導
入を検討中
一方、自動車の普及に伴う環境問題が深刻化する中、中国政府は予て自動
車の電動化を推進している。中国では、低公害車、ハイブリッド車などを「省エ
ネ車」、プラグインハイブリッド車(PHEV)、電気自動車(EV)、燃料電池車
(FCV)を「新エネ車」(New Energy Vehicle、“NEV”)とし、それらの普及を促
進している。2012 年 7 月には、「2015 年までに累積 50 万台1、2020 年までに
累積 500 万台の NEV 生産を目指す」とした「省エネ・新エネ自動車産業発展
計画」が公表されている。
また、完成車メーカー毎に課される企業平均燃費規制(Corporate Average
Fuel Consumption、CAFC)も、2020 年には 5L/100Km(約 20Km/L)という、先
進国同等水準までの厳格化が計画されている。
これに加えて足下検討されているのが、完成車メーカーに EV、PHEV の生産
を義務付ける「新エネ車クレジット管理規則」(通称「NEV 規制」)である。本規
則については、2018 年の導入を目指して 2016 年 8 月 11 日に意見募集稿が
発表された。
1
2015 年までの累積 NEV 生産台数については、一部で 50 万台を達成したとする資料も見られるものの、多くの資料では 50 万
台に肉迫したものの、未達成に終わったとされている。
みずほ銀行 産業調査部
59
Ⅱ-9. 自動車
本稿では NEV 規制の概要と、同規制が中国自動車産業や各完成車メーカ
ーに与える影響について概観したい。
2.NEV 規制の概要と影響度
(1)NEV 規制概要
2016 年 8 月 11 日に公表された NEV 規制の意見募集稿の骨子は以下の通り
となっている(【図表 1】)。
意見募集稿が 8
月 11 日に公表さ
れた
【図表 1】 NEV 規制の意見募集の骨子
項目
概要
1.政策目的
 自動車の温室効果ガスの排出を制御・管理する
 新エネ車の普及促進を図る
2.規制対象
(1) 一定以上の規模のエンジン車の生産・輸入を手掛けている企業
(2) (エンジン車の生産・輸入は(1)の水準に達しないものの)
一定以上の規模の新エネ車の生産・輸入を手掛けている企業で
クレジット売買に参加を希望する企業
3.要求クレジット数
 2.(1)の企業に対して生産と販売量に応じて新エネ車のクレジット数量を決める
 エンジン車の生産台数や車種構成、年度毎の新エネ車の要求比率により算出
4.取得クレジット数
 新エネ車の生産・輸入台数と車種構成によって算出する
 具体的な計算方法は別途制定される
5.クレジット売買
 2.(1)(2)の企業
 政府が授権した機関(企業等も含む)
6.導入時期
 2017年試行、2018年正式実施
7.罰則
 未達成企業には過去1年の平均クレジット売買価格の3~5倍の罰金を課すと同時に、
未達分を翌年度の生産・獲得クレジットから控除する
(出所)中華人民共和国国家発展改革委員会資料よりみずほ銀行産業調査部作成
クレジット売買が
可能な点に特徴
がある
NEV 規制は、完成車メーカーに対して、各社の中国での生産・輸入台数のう
ち新エネ車が占める割合(以下、「義務比率」)を規定するものであり、生産・
輸入台数の多いメーカーに対してはより厳格に、少ないメーカーに対しては
緩やかに、段階を設けながら適用を行うことが想定される。
義務比率の達成度合いはクレジットとして管理され、各完成車メーカーは義務
比率に応じたクレジットの納付を求められるほか、余剰または不足のクレジット
を売買することができる。生産・輸入義務を達成できなかった完成車メーカー
は罰金を支払うか、他の完成車メーカーからクレジットを購入することになる。
クレジット売買に参加可能な企業には、政府が授権した機関、一定規模のエ
ンジン車の生産・輸入を手掛ける企業に加え、一定規模の新エネ車の生産・
輸入を手掛けている企業が含まれる。比較的小規模な新エネ車ベンチャー等
にもクレジット売却による収益機会を与えることが意図されていると見られる。
規制の詳細は意
見聴取を経て決
定される
規制の対象となる生産台数・輸入台数の基準、義務比率の水準、クレジットの
算出方法など、具体的な内容は今後関係当事者の意見も聴取の上決定され
る見通しである。
(2)NEV 規制の論点
NEV 規制の内容についてはいくつかの論点が含まれており、今般の意見募
集、集約を経てどのような内容になるかが注目される。
みずほ銀行 産業調査部
60
Ⅱ-9. 自動車
①規制は生産台
数基準となるか、
意見募集稿では規制対象への該当有無、クレジット数の算出等を輸入・生産
台数を基準に行うとしている。
販売台数基準と
なるか
中国の新エネ車を巡っては、補助金を受給したクルマを解体して電池等主要
部品を別のクルマに移植して再度補助金を受給するといった不正が広く報じ
られた。単に生産すれば足りるという点で、生産台数基準での規制は、販売
台数等を基準とする規制よりも不正が生じやすいと考えられる。
不正への対策として、補助金受給基準や生産ライセンス発給要件の厳格化
が進められているが、NEV 規制の適用基準について、販売(登録)台数を基
準とするなど、更に踏み込んだ対策がなされるか、今後の動向が注目される。
②低速 EV はクレ
ジット獲得の対象
となるか
中国では農村部を中心に 2010 年頃から、最高時速 50~70Km、航続距離 60
~100Km の簡易的な EV である「低速 EV」が拡がりを見せている。NEV 規制
の原型となった米国 ZEV 規制(後述)においては一定の基準を満たす低速
EV2に対してクレジットを付与している。従来低速 EV は一部地方政府が奨励
しているものの、中央政府は特段の奨励を行って来ておらず、何らかの変更
がなされるのかが注目される。
③ CAFC 規 制 と
NEV 規制は統合
されるか
意見募集稿発表以前から中国では、企業平均燃費規制と NEV 規制を一体
的な運用とするべきか否かが議論されて来た。
燃費規制と NEV 規制では完成車メーカー側の対応策がそれぞれ異なる。
CAFC 規制で求められるのは企業平均燃費を一定以下にすることであり、小
型車種のみの生産・販売を行っている完成車メーカーであれば、必ずしも電
動車を投入する必要はないところ、NEV 規制においては所定の比率で新エ
ネ車を販売することが求められる。二つの規制が併存することで、規制対象と
なる完成車メーカーはより厳しい規制対応を強いられることになる。
④一部都市先行
か全土一斉導入
か
NEV 規制の導入を巡っては、従来、より自動車保有台数が多く、大気汚染も
深刻な都市部で優先的に導入されることが予想されたが、今回の意見募集稿
には特段の記載が見られない。
但し、自動車生産、輸入が行われている都市は全体から見れば少数であり、
生産・輸入台数を基準とした規制を一部都市のみで導入しても規制の効果は
著しく限定されるため、全土一斉導入に至る可能性が高いと考えられよう。
(3)NEV 規制の新エネ車普及への影響
NEV 規制の導入
に伴い新エネ車
は急激に増加す
る見通し
2
3
現在の公表内容を踏まえ、中国で NEV 規制が導入された場合の影響の算出
を試みた。各完成車メーカーを中国国内販売台数の規模に応じて、50 万台
超、10 万台超 50 万台未満、10 万台以下に三区分し、生産・輸入義務比率を
それぞれ 5%、3%、対象外とするなどいくつかの仮定の下に 3 試算を行った
(【図表 2】)。
米国においては Neighborhood Electric Vehicle(NEV)と呼ばれるが本稿では New Energy Vehicle との混同を避けるため、低速
EV と総称する。
適用基準の閾値については FOURIN 世界自動車技術調査月報 2016 年 1 月号に記載の水準を用いた。また、規制適用の基
準判定については、意見募集稿上、生産・輸入台数等に基づいて行うとされているが、数値の入手性の観点、及び中国からの
自動車輸出台数が僅少であることを踏まえ、販売台数に基づき行った。
みずほ銀行 産業調査部
61
Ⅱ-9. 自動車
その結果、仮に中国の自動車販売台数が 2015 年水準4に留まったとしても
1,138 千台もの新エネ車の生産・輸入が義務付けられることになる。
【図表 2】 試算結果概要
50万台<2015年販売台数
生産・輸入
義務比率
5%
10万台<2015年販売台数≦50万台
3%
2015年販売台数≦10万台
対象外
適用基準
対象メーカー数
対象メーカー
販売台数
生産・輸入
義務台数
17社
20,495千台
1,025千台
14社
3,751千台
113千台
合計
1,138千台
(出所)IHS Automotive の販売台数統計に基づきみずほ銀行産業調査部作成
中国における 2015 年の新エネ車生産台数が 331 千台に過ぎないことを勘案
すると、今後 2 年で急速な新エネ車の投入拡大が実現されない限り、市場全
体が大幅なクレジット不足に陥ることが見込まれる(【図表 3】)。この結果、クレ
ジット購入によって規制対応を行うことは困難になることから、完成車メーカー
各社は、大幅な商品戦略の見直しを余儀なくされるものと考えられる。
350
(千台)
【図表 3】中国新エネ車台数推移
300
PHEV
250
200
150
EV
100
50
0
2010
2011
2012
2013
2014
2015
(CY)
(出所)CAAM よりみずほ銀行産業調査部作成
(4)米国 ZEV 規制の評価と中国 NEV 規制
ZEV 規制は米国
10 州で採用
4
5
6
NEV 規制の設計に当たり、中国当局は同種の規制として先行する米国 ZEV
規制(Zero Emission Vehicle)の研究を進めて来た5。米国 ZEV 規制は 1990
年代にカリフォルニア州で導入され、現在 10 州6が同規制を採用している。
なお、NEV 規制が本格実施される 2018 年の当行予想は 26,663 千台であり、各社の販売台数が 2015 年から 2018 年まで同率
で増加した場合、生産・輸入義務台数は 1,249 千台となる。
例えば国家科学技術委員会の外郭団体である自動車技術研究センター(CATARC:China Automotive Technology &Research
Center)はカリフォルニア大学デービス校と ZEV 規制に関する共同研究機関 China-U.S.ZEV Policy Lab を 2014 年に立ち上げ、
共同研究を進めている。
カリフォルニア州の他、メイン州、マサチューセッツ州、バーモント州、ニューヨーク州、コネティカット州、ロードアイランド州、ニュ
ージャージー州、オレゴン州、メリーランド州の 9 州。他に ZEV 規制に一部準拠した環境規制を導入している州も存在する。
みずほ銀行 産業調査部
62
Ⅱ-9. 自動車
クレジット売買の
存在により財政
出 動 を 伴 わず に
完成車メーカー
にインセンティブ
付けを行うことが
可能に
従来の罰金のみに依存した規制の枠組みとは異なり、米国 ZEV 規制におい
ては、規制水準を超過達成したメーカーは、クレジットが不足するメーカーに
対してクレジットを売却し、対価を得ることが可能である。こうしたクレジット売買
の枠組み 7を取り入れることによって、規制対応が可能な企業に対して、単に
規制水準を達成する以上の研究・開発リソースを投入するインセンティブを与
え、また、政府による補助金などの財政支出を伴わずメーカー間の所得移転
により ZEV の生産コストを実質的に引き下げ、その普及を促すことができる。
また、米 Tesla Motors のように EV に注力するベンチャーは獲得したクレジット
を売却することで事業拡大に結び付けることが可能になり、産業振興策として
も機能していると評価できよう。
なお、中国 NEV 規制においては、罰金が過去1年の平均クレジット売買価格
の 3~5 倍の水準で変動するとされている。つまり、罰金額はクレジット相場に
よって変動すること、および倍率が掛かることから、罰金額の上限の予測、ひ
いては罰金が業績に及ぼす影響の予測が困難となり、クレジット獲得のインセ
ンティブがより強く働く設計とされている。
3.NEV 規制導入の影響
(1)NEV 規制導入に向けた完成車メーカーの動向
①既往メーカーの EV、PHEV の投入積極化
完成車メーカー
各社が積極投入
の動きを見せ始
めている
NEV 規制の影響として、各完成車メーカーによる EV、PHEV 投入が積極化
するものと見込まれる。中国市場を得意とするフォルクスワーゲンは 2016 年 6
月に発表したグループ戦略において、2025 年までに EV を 30 車種以上投入
し、全世界での電動車の販売台数を 2~3 百万台とするとした8。従来、既往エ
ンジンのダウンサイジング技術を推進してきた同社が EV に大きく舵を切った
のは本件規制によるところも大きいと見られる。
また、2016 年 4 月の北京モーターショーでは多数の新エネ車が発表・展示さ
れ、積極的な車種投入計画を表明する中資系メーカーも現れている(【図表
4】)。
7
8
一部の州では各完成車メーカーのクレジット残高、売買の状況をインターネット上に開示している。
本件の詳細については 2016 年 7 月 28 日付 Mizuho Short Industry Focus 第 151 号「フォルクスワーゲンの新グループ戦略
“TOGETHER-STRATEGY 2025”について ~当社史上最大の変革を標榜~」をご参照頂きたい。
みずほ銀行 産業調査部
63
Ⅱ-9. 自動車
【図表 4】 中資系メーカーによる主な新エネ車投入拡大計画
企業名
計画
吉利汽車
 2020年までに生産・販売車種の9割を電動車にする計画
(EV35%、HEV・PHEV65%)
 現在はEVのみでHEV、PHEVの投入も積極化する方針
江淮汽車(JAC)
 2025年迄に30%を新エネ車にする
 従来はEVのみであったが2016年~2017年にPHEV を投入する方針
BYD
 EVバスの生産能力を拡大するとともに、PHEVのラインナッ プを拡充し、
2016年中に主要車型全てで新エネ車をラインナッ プする方針
奇瑞汽車
 2020年に新エネ車を20万台とする
 大型車をPHEV化、小型車をEV化する方針
上海汽車
 小型EVと中大型PHEVを投入済
 今後PHEV、EVの更なる展開を加え、FCV投入を計画
力帆汽車
 2020年迄に20モデルのEV、PHEV を投入し、新エネ車販売50万台を目指す
(出所)各種報道よりみずほ銀行産業調査部作成
②相次ぐ EV ベンチャーの参入
他方、中資系 EV ベンチャーが相次いで立ち上げられ、活発な活動を見せて
いる(【図表 5】)。多くは高所得者層を狙って販売を拡大、クレジット売却によ
って投資を回収しながら、量産に堪え得る事業規模の確立を展望しているも
のと見られる。これは、走行性能や高級感で訴求する Model S で市場参入を
果たし、クレジット売買も活用しながら業容を拡大し、低価格モデルである
Model3 で量販ビジネスの展開を企図している Tesla を参考にしていると見られ
る。
EV ベンチャーが
多数出現し、スー
パーカーを入り口
とした事業拡大を
狙う
【図表 5】 中資系 EV ベンチャー各社動向
企業名
概要
主な出資者
NEXT EV
■ 中国上海を本拠とし、欧州・米国に拠点を展開
■ Formula E(電気自動車によるフォーミュラカーレース)に参戦
■ マツダの元開発本部長、Cisco、Motorolaの元CTOのほか、
Italdesign Giujiaro、BMW、Tesla出身者も在籍
■ 2016年4月に江淮汽車への電動車生産委託につき合意するとともに、
南京にモーター等主要部品の生産工場を着工
■ 2017年末より量産モデルを投入予定
■ 市販車一号として電動スーパーカーの発売を検討している
Tencent
Hill House Capital
Future Mobility
■
■
■
■
■
Tencent
FoxConn
Le Eco
■ 2014年12月にEV製造計画を発表
■ GM、日産、トヨタ、VWの各中国合弁企業から経営陣を招聘
■ 北京モーターショーでコンセプトカーLeSeeを発表
(自動運転機能を備えた電気自動車)
LeTV
(中国の動画配信企業)
Faraday Future
■ 米ネバダ州で総工費10億ドルの向上を設立すると発表
■ 2016年1月、CESにて一人乗りコンセプトカーを発表
■ 電池容量に応じて可変するプラットフォームを採用
Le Eco
atieva
■ オラクルやテスラの出身者が2007年に設立、本社は米カリフォルニア
■ 2014年に北汽集団が筆頭株主となった
■ 2018年にはスーパーカー、2020~21年にはクロスオーバー車を
デビューさせる計画
■ 米国での生産立地建設を模索
北汽集団
Le Eco
三井物産
研究開発拠点は中国・深セン
パワトレ・自動運転の拠点は欧州・シリコンバレーに所在
Tesla出身者を二名
BMWからi3、i8の中核メンバーが移籍
初の量産モデルとなるスーパーカーを2018年に投入予定
(出所)各種報道、各社開示資料よりみずほ銀行産業調査部作成
みずほ銀行 産業調査部
64
Ⅱ-9. 自動車
(2)NEV 規制と産業政策による戦略への影響
①NEV 普及と補助金政策
電動車普及に果
たす補助金の役
割は依然大きい
新エネ車の供給を義務付ける NEV 規制が導入される一方、ユーザーから見
た新エネ車は既往エンジン車との車両価格差が大きく、燃費改善によるメリッ
トでは価格差を補填できない。このため、購買意欲を高めるためには補助金・
税制優遇といった購入支援策が不可欠となる。
新エネ車に関する購入補助金は 2015 年に一旦廃止とされたものの、2016 年
以降も実質的に継続された。現時点では 2020 年迄に段階的に水準を引き下
げ、解消するとされている。但し、今後の普及状況に応じて 2021 年以降も継
続される可能性がある。
補助金受給対象
となる車種の選
定が保護主義的
なものとなる懸念
がある
現在、中国で新エネ車向けの補助金受給対象となるのは「新エネ車製品目
録」に掲載されている車種となる。加えて 2016 年 5 月には「新エネ車製品目
録」に掲載されるためには、該当車種に搭載される電池を供給する事業者が
「自動車駆動用電池規範条件 適合企業目録」(以下「電池企業目録」)に掲
載されていることが要件となる可能性が報じられた。
仮に、この要件が実現に至った場合、現在電池企業目録に掲載されている企
業は中資系のみ 9であり、完成車が補助金を受給するためには中資系メーカ
ーの電池を搭載することが条件となる。今後電池企業目録への掲載に向けた
外資系電池メーカーの働き掛けは継続されると見込まれるが、中資系電池メ
ーカーが優先的に電池企業目録に掲載される状況は当面継続することが想
定され10、電池企業目録への掲載を要件とするか否かと併せ、動向が注目さ
れる。
②完成車メーカーの事業戦略の変容
外資系完成車メ
ーカーの中国戦
略は変容を余儀
なくされる
以上で概観した NEV 規制と自国企業を優遇する産業政策の組み合わせによ
り、完成車メーカーの事業戦略はどのように変容するだろうか。
まずは、商品戦略の見直しが必要となるだろう。他の新興国市場とは異なり、
中国市場は中・大型車の人気が高い。また、環境規制の体系も、企業平均燃
費をベースとしたオーソドックスなものが採用されて来たことから、外資系完成
車メーカーにとっては、母国市場向けの車種ラインナップを相似形で中国市
場にも活用できる状況にあった。
NEV 規制の導入により、他の市場と比べて圧倒的多数の EV、PHEV の販売
を義務付けられることになり、中国市場独自の商品投入が必要となるだろう。
9
電池企業目録に掲載されるための要件として、100 名以上の研究開発人員の確保、開発情報データベースの構築など一定以
上の規模の研究開発を中国国内で行うことが求められており、例えば外資系企業が単に生産を行うことのみを目的として設立し
た現地法人がこれらの要件を満たすのは困難と見られる。
10
保護的な政策の一例として、近時中国における EV バスの生産拡大によって、車載用電池需要が堅調に推移しているところ、
2016 年 1 月、中国政府は三元系正極材を用いたリチウムイオン電池の EV バスでの使用を奨励しないとの方針を打ち出した。
中国市場に積極進出の方針を打ち出している韓国 LG 化学、韓国 Samsung SDI は三元系正極材を活用しており、韓国政府か
ら中国政府へも再考の申し入れが行われているが実現に至っていない。
みずほ銀行 産業調査部
65
Ⅱ-9. 自動車
また、技術開発の戦略も変える必要がある。既存エンジン技術やハイブリッド
技術に強く、中資系完成車メーカーの追随を許さなかった外資系メーカーの
技術面でのアドバンテージは減殺され、未だ技術的に発展段階にある電動
技術で中資系メーカーと向き合うことになる。
加えて、現行のままの補助金政策が維持され、更には前述の保護主義的な
運用が現実となった場合、電池調達の選択肢は限定されることから、中国で
の電池調達戦略についても抜本的に見直す必要に迫られることになり得る。
従って、各完成車メーカーの中国戦略はより中国に固有のものとなることから、
中国市場に注力する大規模メーカーは、従来の路線を大きく変更することを
余儀なくされると見られる。
4.終わりに
日系完成車メー
カーにおいても影
響は不可避
NEV 規制の導入により、日系完成車メーカーもまた、中国市場における戦略
の再検討を迫られることになろう。急速な新エネ車の投入拡大は、従来必ずし
も日系完成車メーカーが得意として来なかった中国市場に、更なる経営資源
を投入することに繫がる。他方、クレジット購入による規制対応は困難となる可
能性があること、新エネ車投入、クレジット購入とも不首尾となり罰金支払いを
余儀なくされれば、業績への影響は事前に予測不能であることは、前述の通
りである。
新エネ車の投入
を果断に進める
ことが求められる
それでもなお、世界最大の中国市場においてプレゼンスを向上し、市場成長
の果実を享受するためには、規制対応の王道である新エネ車の投入を果断
に進めることが求められよう。日系完成車メーカーのグローバル展開を支えて
きた技術力を活かした新たなモデルの開発、投入が期待される。他方、NEV
規制が導入される 2018 年時点を想定すると、残された時間はあまりにも少な
い。従って、合弁先を含む中資系完成車メーカーから短期的に新エネ車の融
通を受けるなど、新モデルの開発・投入までのタイムラグを埋めるための急場
の策についても同時並行的に進める必要がある。
みずほ銀行 産業調査部
自動車・機械チーム 竹田 真宣
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
66
Ⅱ-10. 工作機械
Ⅱ-10. 工作機械 -時間的猶予を生かし、将来に向けた布石を打つ時-
【要約】

中国は工作機械の販売額、生産額ともに世界トップである。しかし、中国国内生産は非 NC 機
が大半を占めており、高性能な工作機械は先進国からの輸入に依存している。中国の技術
水準は先進国と比較し 20 年は遅れているとも言われ、依然、技術格差がある。

中国政府は「中国製造 2025」や「第 13 次五ヵ年計画」において、工作機械産業の振興を強調
し、中国工作機械メーカーも多額の研究開発費をかけ、先進国へのキャッチアップを目指し
ている。しかし、中国工作機械メーカーは依然、技術の蓄積が不足しているほか、中小企業
が中心であり、大手 2 社も財務余力が乏しい。工作機械産業全体に高度化を支える基盤はで
きておらず、少なくとも今後数年間での工作機械産業の高度化は困難であろう。

日系工作機械メーカーは、中国工作機械メーカーが技術的にキャッチアップするまでの時間
的猶予を生かし、バリューチェーンの見直しを通じて、中国で拡大する新規顧客の獲得を着
実に進めることが重要であろう。
1.
中国における工作機械産業の現状
(1)工作機械「大国」ではあるが、工作機械「強国」ではない
中国工作機械産
業は販売額、生
産額ともに世界ト
ップ
中国工作機械産業は 2015 年の販売額、生産額ともに世界トップである(【図
表 1、2】)。販売額は 2002 年に、生産額は 2009 年に世界最大へ成長した後、
その地位を維持している。足下は過剰設備解消に向けた設備投資抑制の後
退局面であり、販売額、生産額はともに縮小しているものの、依然として世界
の工作機械市場における存在感は大きく、工作機械「大国」であると言える。
【図表 1】 世界の工作機械販売額
(億ドル)
1,000
900
800
700
その他
600
韓国
500
イタリア
400
ドイツ
300
日本
200
30% 30% 29% 27% 中国
100
28%
0
2011 2012 2013 2014 2015 (CY)
【図表 2】 世界の工作機械生産額
(億ドル)
1,000
900
800
700
その他
600
500
韓国
ドイツ
400
日本
アメリカ
300
200 46% 46%
中国
42% 36%
35%
100
0
2011 2012 2013 2014 2015 (CY)
(出所)【図表 1、2】とも、Gardner Business Media, Inc 資料よりみずほ銀行産業調査部作成
(注)【図表 1、2】とも、切削、成形の合計数値
性能の高い工作
機械は先進国か
らの輸入に依存
一方、中国の工作機械販売額の 3 割超は輸入製品が占めており、大幅な輸
入超過の状態にある(【図表 3】)。主たる原因として中国工作機械メーカーの
みずほ銀行 産業調査部
67
Ⅱ-10. 工作機械
技術は発展途上にあり、主に NC 装置1を搭載した性能の高い工作機械(以下、
「NC 機」)を、日本、ドイツといった先進国からの輸入に頼らざるを得ないこと
が挙げられる。中国の NC 機の輸出は輸出総額の 3 割に留まり、価格に関し
ても輸出単価は輸入単価の 3 分の 1 以下であり、低価格機が中心である(【図
表 4】)。
【図表 3】 中国の工作機械輸出入状況①
(億ドル)
200
輸入
輸入依存度
【図表 4】 中国の工作機械輸出入状況②
輸出
輸出割合
40%
150
30%
100
20%
50
10%
0
2011
2012
2013
2014
2015
NC機
非NC機
2015年中国の輸入
単価
輸入総額に
(ドル) 占める割合
124,385
77%
55,148
23%
2015年中国の輸出
単価
輸出総額に
(ドル) 占める割合
36,587
31%
183
69%
輸入と輸出の価格差
NC機は3倍以上
非NC機は数百倍
0%
(CY)
(出所)日本工作機械工業会「工作機械統計要覧 2016」より
みずほ銀行産業調査部作成
(注)非 NC 機に未分類機を含む
(出所)Gardner Business Media, Inc 資料より
みずほ銀行産業調査部作成
NC 比率は 3 割程
度に留まる
工作機械産業高度化のメルクマールである NC 比率(台数ベース)は生産台
数の 3 割程度であり、同比率が 9 割超の日本や 9 割程度のドイツと比較する
と依然低い水準に留まっている(【図表 5】)。NC 比率は 2000 年から 2010 年
にかけて上昇しているが、この間には中国工作機械メーカーによるドイツを中
心とした先進国メーカーの買収も見受けられた。
需要家産業側の
技術水準も課題
しかし、2010 年以降はそういった動きも見られず、NC 比率はほぼ横ばい推移
している。NC 比率の上昇が鈍化した原因として、量の拡大が優先され、技術
力向上に対する取り組みが不足していたことが挙げられる。但し、工作機械産
業は需要家である自動車、電気機械、航空機といった産業の最終製品メーカ
ーや部品サプライヤーの要求をクリアする過程で技術水準が高まるという面が
少なくない。こうした特性を踏まえると、工作機械メーカーの技術水準もさるこ
とながら、工作機械の需要家産業、特に自動車産業の技術水準も無視できな
い課題である。
【図表 5】 中国の工作機械における NC 比率(台数ベース)
うちNC機台数
(%)
35
30
25
20
15
10
5
0
(CY)
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
(万台) 金属切削工作機械生産台数
140
120
NC比率(台数ベース)
100
80
60
40
20
0
(出所)中国産業信息資料よりみずほ銀行産業調査部作成
1
NC(Numerical Control)装置は、工作機械に実装する数値制御装置であり、人間による操作や機械的な仕掛けではなく、数値
データを与え制御を行う
みずほ銀行 産業調査部
68
Ⅱ-10. 工作機械
先進国との技術
差は大きい
また、NC 機は加工プログラムに従って工作機械の動きをコンピューター制御
するため、非 NC 機と求められる技術が異なり、両機の間には技術的な断絶
があると言える。NC 機の性能は、NC 装置以外にも、NC 装置の指令を受け動
作するサーボモーター等の関連部品、摩擦熱、熱変位といった加工データの
蓄積、データを踏まえた改善により向上する。中国工作機械メーカーは、これ
らの関連部品の開発、加工データやそれに基づく経験の蓄積が不足している
ため、先進国工作機械メーカーと比較し、技術水準が 20 年遅れているとも言
われる。
工作機械「強国」
とは言えない
このように、低価格機が生産の大半を占め、先進国メーカーとの技術格差が
あり、工作機械「大国」ではあるが工作機械「強国」ではないというのが、現在
の中国工作機械業界の姿である。
(2)中国工作機械メーカーの現状
2
3
4
中国の工作機械
メーカーは中小
企業中心
中国における工作機械メーカーは 740 社2あり(2015 年 10 月時点)、大手 10
社のシェアは 3 割弱3と、中小企業が大半を占め、かつ寡占化は進んでいない。
大手 10 社の中でも先進国大手と売上規模で比肩できるのは瀋陽機床集団、
大連機床集団のみであり、3 番手以下の企業と数倍の売上規模差がある。
大手 2 社は NC 機
の生産は多い
が、技術水準は
日系メーカーに
及んでいない
上記大手 2 社の生産機種は NC 機が売上高の 6~7 割を占めており、中国全
体の NC 比率が 3 割であることと比較すると高水準と言える。但し、工作機械
は NC 装置を含む各種部品をサプライヤーから購入し組み立てることで、見た
目を似せた機械を製造することは比較的容易であり、NC 機であっても必ずし
も精度、速度、剛性といった性能が高いとは限らない。関係者へのヒアリング
によれば、中国工作機械大手であっても NC 機は低性能であり、日系工作機
械メーカーの技術水準には至っていない。
大手 2 社は技術
力向上に必要な
投資資金が確保
できない可能性
中国大手 2 社4の収益状況を日系大手工作機械メーカーと比較すると、利益
率は継続的に低い(【図表 6】)。足下、中国大手 2 社の研究開発費は日系大
手 2 社よりも多いが、利益率の低さを踏まえると、今後の設備投資や研究開発
費の捻出に課題がある(【図表 7】)。一方、日系大手工作機械メーカーは、
NC 性能向上、IoT を活用した自社工場の生産効率化等、IT 関連技術を中心
とした設備投資や研究開発による競争力強化を図っている。こういった投資は
一定の資金力が必要となる反面、規模の経済が働きやすいが、大手 2 社は今
後の投資資金余力に課題があるほか、大手 2 社以下の中国工作機械メーカ
ーは売上規模が小さいため、規模の経済を働かせにくく、特に IT 関連技術に
必要な投資が十分に出来ない可能性がある。
切削の工作機械メーカー、かつ年間販売収入が 2 千万元以上に限る
「中国機床工具工業年鑑」(各年版)、各所資料よりみずほ銀行産業調査部が推計
瀋陽機床集団はデータがないため、中核子会社である瀋陽機床のデータを採用
みずほ銀行 産業調査部
69
Ⅱ-10. 工作機械
【図表 6】 売上高当期純利益率の比較
DMG森精機
大連機床
オークマ
瀋陽機床
10.0%
5.0%
0.0%
2010 2011 2012 2013 2014 2015 (FY)
-5.0%
【図表 7】 研究開発費の比較
売上高
DMG森精機
(15/3期)
オークマ
(16/3期)
大連機床集団
(14/12期)
瀋陽機床
(15/12期)
(ご参考)
DMG森精機
(15/12期)
-10.0%
当期
純利益
研究
開発費
対売上
比率
1,747億円
152億円
39億円
2.21%
1,835億円
137億円
20億円
1.10%
165億元
5.2億元 3.2億元
(3,194億円)
(100億円) (63億円)
64億元
▲6.4億元 3.6億元
(1,172億円) (▲117億円) (67億円)
3,184億円
290億円
84億円
(出所)【図表 6、7】とも、各社 IR 資料、大連機床集団「2015 年度第三期短期融資券募集説明資料」より
みずほ銀行産業調査部作成
(注 1)DMG 森精機は 2015/12 期に持分法適用関連会社である独 DMG MORI SEIKI GESELLSCHAFT 社を
買収。その影響が大きいため、2015/12 期は参考として表記
(注 2)【図表 7】は、大連機床は 1 元=19.34 円(2014 年 12 月末時点)、瀋陽機床は 1 元=18.34 円(2015 年
12 月末時点)の数値で換算
2.
中国における工作機械産業の今後の方向性
(1)中国政府が示す方向性
中国政府は工作
機械産業の振興
姿勢を示している
「中国製造 2025」において、工作機械産業は重点分野5の 1 つに指定されて
おり、特に重要な産業として産業振興を目指す姿勢が示されている。具体的
には、NC 工作機械の開発のほか、NC 装置、サーボモーター、ボールねじと
いった主要部品、ソフトウェアの開発強化を目指している。2016 年 3 月の全人
代で採択された「第 13 次五ヵ年計画」においても工作機械産業の振興に関し
ては、「中国製造 2025」の内容を踏襲している。
「中国製造 2025」
の原則は オーガ
ニックでの産業高
度化
但し、「中国製造 2025」における原則として、企業主体による産業高度化が掲
げられている。政府は産業高度化に向けた計画策定、支援策の実施、環境
整備というサポート色を強める方針である。これは市場経済下で企業の競争
力を高める狙いがあると考えられ、必要があれば適宜、政府主導の施策が実
施されることが見込まれる。
(2)「中国製造 2025」を通じて工作機械産業の高度化は可能か
中国工作機械産
業のオーガニック
な高度化は困難
中国の工作機械産業の強みは国内に巨大な需要を抱えていることである。し
かし、前述のとおり、中国工作機械メーカーの技術蓄積は不足しているほか、
中小企業が中心であり、大手 2 社についても業績は芳しくなく投資資金余力
に課題がある。したがって、工作機械産業内に産業高度化を支える基盤はで
きておらず、オーガニックに産業高度化を達成することは困難であると考えら
れる。
以上を踏まえると、「中国製造 2025」をはじめ、工作機械産業を高度化する必
要性は強く認識されているものの、現段階で高度化を支える産業基盤は出来
ておらず、また具体的な施策もなく、産業高度化の明確な道筋が見えていな
5
次世代情報通信技術、高機能 NC 工作機械とロボット、航空・宇宙設備、海洋建設機械・ハイテク船舶、先進軌道交通整備、省
エネ・新エネルギー自動車、電力設備、農業用機械設備、新材料、バイオ医療・高性能医療機器
みずほ銀行 産業調査部
70
1.96%
5.71%
2.65%
Ⅱ-10. 工作機械
い状態と言える。
「中国製造 2025」
での具体的数値
目標が足枷とな
る可能性
このような中で、「中国製造 2025」においては工作機械以外の製造業振興の
観点も含めた具体的な数値目標が設けられている。主要工程における NC 機
導入比率6もその 1 つである。これは、先進国が NC 機、特に中価格~高価格
機において競争優位な現状を踏まえると、むしろ先進国メーカーの工作機械
導入を後押しすることとなるだろう。
産業高度化は現
段階の評価とし
て相応の年数を
要する
今後打ち出される施策の内容や、自動車産業を中心とした需要家産業の高
度化がどのように図られるかによる影響も小さくないが、現段階の評価として
「中国製造 2025」の枠組みの中で中国工作機械産業が先進国レベルの高度
化を達成するためには相応の年数を要するであろう。
競争力の高い個
別企業は存在す
るため留意が必
要
但し、留意点を 3 点挙げておきたい。1 点目は中国工作機械メーカーの中に
も高い技術力を持つ企業や競争力を高めている企業が存在することである。
例えば、北京機床研究所は国立研究所を前身とし、1991 年に国家科学委員
会によって「中国十大科学研究院」の 1 つに認定されるなど高い技術力を有
するほか、2003 年からファナックと NC 装置の技術提携をしている。また貿易
特化指数に着目すると、マシニングセンタに関してはほぼ完全な輸入依存状
態である一方で、NC 旋盤の貿易特化指数はマイナス圏ではあるが着実に国
際競争力を高めている(【図表 8】)。今後、一部の優良企業が積極的な研究
開発やユーザーとのすり合わせによる経験蓄積により、例外的に技術力を高
める可能性には留意したい。
【図表 8】 機種別の貿易特化指数
工作機械合計
NC旋盤
NC工作機
研削盤、仕上機
MC
0.00
2010
2011
2012
2013
2014
2015
(CY)
-0.25
-0.50
-0.75
-1.00
(出所)日本工作機械工業会「工作機械統計要覧 2016」よりみずほ銀行産業調査部作成
(注 1)MC はマシニングセンタ
(注 2)貿易特化指数は、輸出額から輸入額を差し引いた純輸出額(純輸入額)を、輸出額と
輸入額を足した総貿易額で割った数値。1 に近づくほど輸出競争力が強く、-1 に近
づくほど輸出競争力が弱い
政府主導による
競争力強化の動
きは注視が必要
6
2 点目は政府主導による競争力強化である。例えば、李克強首相は 2015 年
12 月の国務院常務会議において 3 期連続赤字企業をゾンビ企業と定義し、
厳格に対処する旨の発言をしており、国内再編により巨大企業が誕生する可
能性がある。また、「中国製造 2025」において工作機械を含む重要製品、設
備でのイノベーションを起こすための施策実施が示唆されており、注視する必
要がある。
一定規模以上の工業企業における重要な生産工程での NC 機導入比率に対して数値目標を設定したものであり、2015 年 33%、
2020 年 50%、2025 年 64%
みずほ銀行 産業調査部
71
Ⅱ-10. 工作機械
クロスボーダー
M&A による技術
移転の可能性は
限定的
3.
3 点目は、クロスボーダーM&A によって先進国メーカーが買収されることで技
術移転が進む可能性である。但し、工作機械産業に関してはワッセナー・アレ
ンジメント7や NSG8といった国際的枠組みを踏まえ、技術移転に対し厳しい規
制が参加各国で整備されているため、他産業と比較すると技術移転は進みに
くい特性がある。
中国の環境変化を踏まえた日系工作機械メーカーの取るべき戦略
日系工作機械メ
ーカーは新規需
要の取り込みが
重要
工作機械は、使用者の製造する製品の品質やオペレーションに直結するた
め、他社製品へのスイッチングコストが高く、先行者メリットが大きい。したがっ
て、顧客基盤を確保することが重要である。日系工作機械メーカーは中国工
作機械メーカーに対して技術的優位である現状を生かし、中長期的な視点か
ら新規顧客を獲得するための戦略が重要となろう。
但し、NC 機への買い換えを見越して、非 NC 機の市場シェアを獲得する意味
は小さい。前述のとおり、NC 機は非 NC 機と技術的な相違が大きいため、スイ
ッチングコストは必ず高くなり、非 NC 機での顧客獲得が NC 機での顧客獲得
に必ずしも結び付かないためである。まさに今、「中国製造 2025」に後押しさ
れる形で NC 機へのシフトが進み、新規顧客の獲得が容易なタイミングであり、
日系工作機械メーカーにとって中国における NC 機の新規需要を取り込むこ
とが重要である。
バリューチェーン
の見直しによる
競争力強化が必
要
新規需要を取り込むためには中国工作機械需要家にとっての価値を高める
必要がある。既に高い技術力を有する日系工作機械メーカーは、必要な性能
を確保しながらも価格競争力や顧客利便性に主眼を置き、バリューチェーン
の見直しを進めるべきであろう(【図表 9】)。
【図表 9】 中国におけるバリューチェーンの見直し
企画・設計
受注・販売
・必要機能の絞り込み
・部品のユニット化
・安価な部品の使用
・アフターメンテナンスでの
顧客要望を踏まえた
製品開発
・ターンキーでの提案
生産
保守
・現地生産拡大
・グローバル生産体制
構築と生産地域選択
による為替影響の緩和
・IoTを活用した工場の
生産性向上
・オンラインや電話での
サポートサービスの充実
・中国現地企業との協業
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
価格競争力強化
のため、機能絞り
込み、部品のユ
ニット化、安価な
部品の使用が必
要
7
8
まずは価格競争力を強化する方法を挙げる。「企画・設計」段階においては、
ユーザーに必要な機能のみとする機能の絞り込み、部品のユニット化による
部品の共通化・点数の削減、ならびに、部品を安価な中国・台湾製等で代替
することが考えられる。これは組立期間の短縮や部品調達期間の短縮につな
がり、後述の顧客利便性の向上にもつながり得る。「生産」段階においては現
地生産拡大、グローバルな生産体制構築と生産地域選択による為替影響の
緩和、IoT を活用した工場内生産効率向上が考えられる。なお、「企画・設計」
段階で留意すべきはブランドイメージである。性能を落としたサブブランドの販
通常兵器及び関連汎用品・技術の輸出を管理する国際的な紳士協定。共産圏への軍事技術・戦略物資の輸出を規制する委
員会(ココム)が東西冷戦終結により解散。その後、同様の内容を協議する機関として発足
Nuclear Suppliers Group の略。原子力関連資機材・技術の輸出を管理する紳士協定。1974 年のインド核実験を契機に発足
みずほ銀行 産業調査部
72
Ⅱ-10. 工作機械
売は既存顧客の持つブランドイメージを傷つける恐れがあり、販売地域を限
定することやサブブランドであることを強調する等、既存製品との棲み分けを
顧客に対してアピールしていくことが必要となろう。
エンジニアリング
も含めた提案や
アフターメンテナ
ンスの拡充が重
要
次に顧客利便性を向上する方法を挙げる。「企画・設計」段階においては、ア
フターメンテナンスでの顧客要望を踏まえた製品開発が考えられる。「受注・
販売」段階においては、ターンキーでの提案拡充が有効であろう。中国や新
興国ではエンジニアが不足しており、工作機械が使用されるラインの構築を
含めた提案が受注の鍵となる。「保守」段階においては、NC 機に不慣れな顧
客をサポートするためにオンラインや電話でのサポートサービスの充実が有効
であろう。例えば、ヤマザキマザックは中国において工作機械の状態を遠隔
監視する「マザ・ケアー」を提供している。携帯電話網を利用し、不具合をオン
ラインサポートセンターに自動で通知するほか、ネットワークを通じて工場外か
ら問題を分析し、解決策を利用者に連絡する等、効率的に修繕する体制を整
えている。そのほか、中国現地企業との協業によるサポート、メンテナンス体
制の整備も有効であろう。但し、技術流出を抑制するためにも優先的にオンラ
インや電話でのサポート体制を整えるとともに、現地企業任せにしないという
姿勢が大切と考える。
日本の工作機械生産額は 1982 年以来 27 年間、世界トップであったが、中国
をはじめとする新興国の需要および生産拡大に伴い、その座を中国に譲るこ
ととなった。しかし、長年の研鑽を経て培われた日本の技術はすぐに陳腐化
するものではなく、現在も高い競争力を有している。一方、中国もそのことを認
識し、日本を含めた先進国に追いつくために産業高度化を実現しようとしてい
る。日系工作機械メーカーは、技術的優位性から得られた時間的猶予を生か
し、将来にわたって中国成長の果実が得られるよう、着実に中国における新
規顧客を取り込むべきであろう。日系工作機械メーカーのチャンス獲得に期
待したい。
みずほ銀行 産業調査部
自動車・機械チーム 大西 智敦
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
73
Ⅱ-11. ロボット
Ⅱ-11. ロボット -魅力的な市場は、同時に強力な競合企業を育て得る土壌-
【要約】

中国は、工業化と人口減少対応の両立のため、産業用ロボット(以下、ロボット)利用を含む自
動化が強く求められる市場である。

中国のロボットユーザーは、これまで日系を含む海外からの輸入に依存していたが、「中国製
造 2025」では、ロボットおよびそのコアパーツ企業の育成と国産化を目指している。

2016 年 7 月、エレクトロニクス大手美的集団(Midea Group)による、ドイツのロボット企業
KUKA の TOB が成立した。この効果は、中国製造 2025 の目標達成を後押しするにとどまら
ないだろう。コアパーツ、ロボット本体に加え、ユーザーとの共同開発までを垂直統合的に実
現するポテンシャルを有し、ユーザーに対してターンキー型のロボット生産システムを提供し
得る企業の誕生と評価でき、世界のロボット産業における中国の地位を大きく向上させ得る。

これまで、システムインテグレート能力の高いユーザーとの関係を築いてきた日系ロボットメー
カーは、必ずしもターンキー型のシステム提供を得意としていない。日系ロボットメーカーに
は、各々のターゲット市場に応じ、SIer(システムインテグレーター)の育成によるターンキー型
のシステム提供能力向上、機械学習技術の応用など、自社の優位性を最大限に発揮しグロ
ーバルプレゼンスを維持・向上する取組みが求められる。
1.
高まるロボット活用ニーズと「中国製造 2025」による国産化施策
中国におけるロ
ボット需要の高ま
りを想定
「製造大国」中国において、ロボット活用ニーズは長期的に高まり続けることが
想定される。かつて安価で豊富な労働力を強みとしていた中国の製造業は、
人口オーナス期への突入を背景に、その強みに依存する成長モデルが描き
難くなりつつある。
労働力減少下で
生産性の向上を
狙い得る手法
労働力減少下で工業化と省人化を両立し、かつ生産性の向上を狙い得る手
法として、工場の自動化、とりわけ人の代替としてのロボット導入が課題となる。
中国の製造業におけるロボットの利用比率は相対的に低いことから(【図表
1】)、ロボット導入による省人化と生産性向上のポテンシャルは大きいと考えら
れ、ロボットによる人代替は、自動化推進の有力な手段として期待されてい
る。
【図表 1】 従業員 1 万人あたりのロボット利用台数(2014 年)
(台)
500
400
300
200
100
0
韓
国
日
本
ド
イ
ツ
ス
ゥ
ェ
ー
デ
ン
デ
ン
マ
ー
ク
ベ
ル
ギ
ー
米
国
台
湾
イ
タ
リ
ア
ス
ペ
イ
ン
フ
ラ
ン
ス
カ
ナ
ダ
タ
イ
イ
ン
ド
ネ
シ
ア
マ
レ
ー
シ
ア
中
国
フ
ィ
リ
ピ
ン
(出所)IFR, World Robotics 2015 よりみずほ銀行産業調査部作成
みずほ銀行 産業調査部
74
Ⅱ-11. ロボット
現在、供給は国
外に依存
このように、中国はロボット需要の高まりが想定される一方、足下の供給面は、
欧州および日本を中心とする海外ロボットメーカーに依存している。
量の面では、CRIA(中国ロボット産業連盟)によれば、2014 年の国内需要 57
千台のうち、中資系メーカー製は 17 千台と、約 3 割にとどまる。質の面では、
中資系ロボットメーカーは、欧州・日系メーカーとの比較において、ハードウエ
ア・インテグレーション等、ロボットの総合的な技術力に未だ課題があるとされ、
グローバルで存在感を発揮する企業は未だない。さらに、ロボットの性能を決
定するコアパーツ1は、概ね全量を海外調達に依存している模様である。
「中国製造 2025」
では内需・国産
化双方の大幅な
増加が謳われる
このような環境のもと、ロードマップ「中国製造 2025」では、「重点推進 10 大施
策」の 2 番目に、工作機械と並んでロボットが掲げられ、ロボット内需・国産化
率双方の増加が謳われている。ロボットの国産化率目標は、2020 年に 5 割
(75 千台相当)、2025 年に 7 割(182 千台相当)と、現状の 3 割対比で極めて
高い。また、現在は殆ど国産化がなされていないとみられるロボットのコアパー
ツも、2020 年に国産化率 5 割、2030 年までに 8 割と、同じく非常に高い目標
を掲げている(【図表 2】)。
【図表 2】 中国製造 2025 におけるロボットの目標
ロボットの
国内販売台数
ロボットの
国産化率
コアパーツの
国産化率
2014年実績
2020年
2025年
2030年
57千台
150千台
260千台
400千台
約30%
(17千台)
N.A
(僅少)
50%
(75千台)
70%
(182千台)
70%
(280千台)
50%
‐
80%
(出所)中国製造 2025 重点領域技術路線図よりみずほ銀行産業調査部作成
美 的 集 団 の
KUKA 買 収 は 国
産化を後押し
2.
いずれも自国企業の育成のみで達成するのは容易ならざる水準と考えられる
が、少なくともロボットの国産化率目標については、それを大きく後押しし得る
企業買収が行われた。美的集団による KUKA 買収である。
美的集団による KUKA 買収
(1)ロボット事業に必要な要素
1
ロ ボッ ト メ ー カ ー
のバリューチェー
ンの要素を整理
2016 年 7 月、中国の総合家電メーカー美的集団による、ドイツのロボットメー
カーKUKA の TOB が成立した。この評価に先立ち、ロボットの開発・設計生
産・販売・アフターサービスに必要な要素を整理する(【図表 3】)。
開発ではユーザ
ーの参画
ロボットは、ユーザーの生産ラインに組み込まれた段階で「完成品」となる性格
から、その開発にはユーザーの参画が不可欠である。参画形態は、開発段階
における直接の参画から、導入後のフィードバックなどの間接的参画まで
様々である。参画の効果も、大手ユーザー向けにハードウエアをカスタマイズ
するケース、多様なユーザーに対応可能なロボットシステム一式の開発・ブラ
ッシュアップに活用するケースのように、ユーザーの性格やロボットの利用目
的によって異なるが、ユーザーとのコミュニケーションの質と量が、広い意味で
の「ロボットの競争力」を左右する。
減速機、サーボモーター、コントローラー等
みずほ銀行 産業調査部
75
Ⅱ-11. ロボット
設計・生産ではイ
ンテグレーション
能力とコスト競争
力
ロボットの設計・生産には、コアパーツを含めた適切なインテグレーション能力
に加え、コスト競争力が重視される。とりわけ単純労働力の代替を用途とする
ロボットの場合は、ユーザーにとって人件費よりも安価であることが必須である
ため、設計・生産段階における各種のコスト削減技術が競争力を左右する。
販売ではラインビ
ルド能力
ロボットの販売には、ユーザーの生産ラインへの組み込み(以下、ラインビルド)
能力が求められる。ラインビルドとは、ロボット本体を、生産ラインの前後工程
や同じ場所で用いられる他の機器類との関係も考慮し、必要な治具類を用い
て配置していくことである。ラインビルドの担い手は、SIer 2もしくはロボットメー
カーである。求められる水準は、ユーザーにより大きく異なる。日系大手自動
車メーカーのように、ユーザー側がラインビルド能力を有している場合は、ほと
んど必要とされないこともある。一方、新興国メーカー等の新規参入ユーザー
の場合、通常のラインビルドの範囲を超え、ターンキー 3での納入が求められ
るケースが多い。
アフターサービス
で は ユ ーザ ー 対
応のネットワーク
ロボット販売後のアフターサービスには、メンテナンス・サービスネットワークが
求められる。特に、ターンキーで納入したユーザーの場合は、ユーザー側に
運用・メンテナンスノウハウが乏しいため、より必要性が高いとされる。
【図表 3】 ロボット開発・設計生産・販売・アフターサービスに必要な要素
要素
ユーザーが
ラインビルド能力までを
持つ大手企業の場合
ユーザーが
ロボット利用に不慣れな
産業や中小企業の場合
開発
設計生産
販売
アフターサービス
ユーザーの参画
インテグレーション能力
コスト競争力
ラインビルド能力
メンテナンス・
サービスネットワーク
カスタマイズ要請など
直接的参画を含む
多様な参画形態
カスタマイズ対応と
コスト競争力の両立
ほぼ不要
必要
導入後のフィードバック 労働力代替目的に叶う 通常のラインビルドを
など間接的参画中心
コスト競争力重視
超えたターンキー要請
相対的に手厚く必要
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
(2)美的集団による KUKA 買収
総合家電メーカ
ーの美的集団
2
3
4
美的集団は、エアコン、各種白物家電を業とする総合家電メーカーである。単
年度売上高は 222 億ドル(2015 年)、中国国内のほか、ベトナム、インド、ブラ
ジル等 6 カ国に生産拠点を有している4。「生産のスマート化」を掲げ、ロボット
活用を標榜するとともに、2015 年には日系ロボットメーカーの安川電機とロボ
ット関連事業で提携し、その後産業用ロボット・サービスロボットそれぞれの分
野で合弁会社を設立した。また、ドイツのロボットメーカーKUKA の株式を段
階的に取得し、2016 年 2 月には、10%超を保有していた。
エスアイヤー(「システムインテグレーター」の略称)
生産システム一式をインテグレーションした状態で納入すること(ユーザーは、「鍵を回すだけで」システムが動く)
進出先国企業との合弁も含む
みずほ銀行 産業調査部
76
Ⅱ-11. ロボット
産業用ロボットで
世 界 四 強 の
KUKA
KUKA は、産業用ロボットにおける世界四大メーカー 5の一つである。ユーザ
ー業界は、自動車・航空機・金属加工・電気・食品など幅広く、地域では北米、
欧州をはじめとする世界 39 カ国に販売・サービス等の拠点を有する。中国で
は、2014 年に年間 5 千台の生産能力を有する拠点を開設している。
TOB が成立し持
株比率は約 86%
2016 年 5 月、美的集団は KUKA に対する TOB の計画を明らかにし、保有比
率 30%超を目指すとした。この TOB に、KUKA の筆頭株主であったフォイト
社ほか多数の株主が応じ、美的集団の持株比率は、当初の目標を大幅に上
回る 94.5%となっている6。
KUKA の 技 術 を
家電製造に活
用、経営独立性
は維持
美的集団は、KUKA のロボット技術を自社の家電製造に活用するとしている。
また、報道によれば、Investment Agreement の内容には、KUKA の経営独立
性の尊重と、KUKA の中国での研究開発への資金支援が含まれているとのこ
とである。
(3)美的集団による KUKA 買収への評価
中国製造 2025 と
親和的な買収
この買収は、あくまで美的集団という民間企業によるものだが、中国製造 2025
と親和的であり、その実現を大きく後押しし得ると評価できよう。
家電産業は最大
級の潜在ロボット
ユーザー
美的集団の主力事業である家電産業は、自動車産業との比較において、未
だ組立・検査工程の多くを人力に依存し、ロボット化は進んでいない。世界最
大級の総合家電メーカーである美的集団は、すなわち、ロボット産業にとって
最大級の潜在ユーザーである。
「世界最大級の潜在ユーザーが、世界最大級のロボットメーカーを買収したう
えで、研究開発への資金支援を行い、人力に頼る生産ラインのロボット化を共
同で進める。」これが、美的集団による KUKA 買収の直接的な意味合いであ
る。
5
6
数万台規模の需
要創出と国産化
の可能性も
美的集団の従業員数は 10 万人を超える。ロボットで代替可能な作業に従事
する人数は明らかではないものの、同社のみで数万台規模のロボット需要の
創出と国産化を図り得るかもしれない。さらに、コアパーツにおいても、KUKA
が設計・製造ノウハウを持つ範囲での国産化は有り得よう。その意味で、美的
集団の KUKA 買収は、中国製造 2025 を大きく後押しし得ると考えられる。
ロボットシステム
の開発・SIer の育
成にも有利
さらに、「世界最大級の潜在ユーザーを得た世界最大級のロボットメーカー」
は、潜在ユーザーを多く抱える家電産業に向けたロボットシステムの開発と
SIer の育成において、最も有利な立ち位置にあると言えよう。自社で開発した
ロボットシステムを、自社の海外生産拠点のみならず、中国内外の家電メーカ
ーに外販することで、シェア拡大とスケールメリットによるコスト削減も図り得る
だろう。
シナジーを大い
に発揮し得る可
能性
もとより、現在は TOB が成立したばかりの段階である。美的集団と KUKA の今
後の研究開発・販売の方向性は未だ明確ではない。しかしながら、両社のシ
ナジーが上述のように発揮された場合、家電分野における世界的な成功をお
さめ、かつ、その収益を他の分野向けのロボットにも再投資し得る、強力なプ
レイヤーが出現する可能性は念頭に置く必要があろう。
KUKA(ドイツ)のほか、ファナック(日本)、安川電機(日本)、ABB(スイス)
2016 年 8 月 8 日時点、報道による
みずほ銀行 産業調査部
77
Ⅱ-11. ロボット
3.
中国市場と企業の変化に対して日系ロボットメーカーの取り得る方策
日系ロボットメー
カーが取り得る方
策を検討
これまで述べてきた、中国の市場成長と「中国製造 2025」の方向性、美的‐
KUKA の出現が、中国および世界のロボット産業に与え得る影響を考察し
(【図表 4】)、日系ロボットメーカーの取り得る方策を検討する。
中国市場は拡
大、企業間競争
は激化
中国のロボット市場は、製造業は現時点で自動化率が低く、「中国製造 2025」
によるロボット導入目標の後押しも相まって、拡大が期待できる。
一方、中国市場における競合は、全体に激しくなり得る。家電分野での美的‐
KUKA 出現に加え、自動車等の既存市場においても、KUKA が先に述べた
上海の生産拠点等を活用し、中国市場への注力度を高める可能性も指摘で
きよう。さらに、美的‐KUKA による、家電以外の市場に向けた(もしくは分野を
問わず人の代替が可能な)ロボットの開発・国産化の可能性も否定できない。
中国以外の市場
においては長期
的な競争激化の
可能性
中国以外の市場においては、短期的な競合激化は殆ど想定できない。むしろ
中資系メーカーからの購買を回避するとの意味で、KUKA のシェアは一時的
に低下する可能性すらあるだろう。しかしながら、美的‐KUKA のロボットシス
テム開発と SIer の育成が成功し、新興国市場やロボット化が進んでいなかっ
た分野への応用が始まったならば、世界的な競合は激しくなるだろう。
【図表 4】 中国市場・競合の変化とグローバル市場への影響可能性
中国
市場
既存市場
(ユーザー:自動車等)
競合
中国以外
競合
【波及可能性】
KUKAの注力
【長期的な
波及可能性】
【激化】
美的-KUKA
の出現
【中期的な
波及可能性】
【波及可能性】
美的-KUKAの
共同開発等
【長期的な
波及可能性】
【拡大】
新規市場
(ユーザー:家電)
、
産業高度化
ロボット導入
目標
新規市場
(ユーザー:家電以外)
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
現在の主力市場
の自動車では、
短期的競争激化
は想定せず
このように考えると、日系ロボットメーカーの現在の主力市場である自動車産
業においては、短期的には世界的な競合激化は想定し難い。自動車産業に
対しては、今後の増加が想定される新興国市場におけるターンキーニーズへ
の対応と、長期的な KUKA の企業体力向上に伴うグローバルでの競争力向
上に備え、ターンキーニーズに応え得るシステム化と SIer の育成を早期に行う
ことが重要となるだろう。
競争激化が想定
される人力代替
分野、方向性は
スケールメリット
かニッチトップ
一方、今後の市場ポテンシャルが期待される、家電等のエレクトロニクス産業
をはじめ人力代替ニーズが存在する分野においては、中国を起点に大いに
競合激化が想定される。この分野を狙う日系メーカーは、スケールメリットもしく
はニッチトップのいずれかの方向性の選択を迫られよう。
みずほ銀行 産業調査部
78
Ⅱ-11. ロボット
スケールメリット
獲得のためには
従来と大きく異な
る取組みが必要
スケールメリットを志向する場合は、より早期に世界的なシェアを獲得すべく、
汎用的で安価なロボットシステムをいち早く開発・拡販することが重要になる。
この場合、KUKA を得た美的集団よりも迅速な開発・拡販を行うためには、製
品開発におけるユーザーとのコミュニケーションや、販売手法を従来と大きく
変化させる必要があるだろう。
例えば、製品開発に資する多種多様な業種のユーザーとの個別具体的なコミ
ュニケーション・フィードバックを、ロボットと機械学習を組み合わせて自動化
することが考えられる。想定される効果は、ユーザーにとってはロボット利用効
率の向上であり、メーカーにとっては、より汎用的なハードウエア・ソフトウエア
の開発に役立つ可能性のある情報が、迅速に収集できることである。
販売手法においては、拡販のボトルネックとなり得る SIer やサービス網の不足
をカバーすることが重要となる。設置やアフターサービスの省力化に資するよ
うに、設計・製造の段階において、例えばロボットシステムをモジュール化し、
設置を簡易にするとともに、故障発生部位を簡易に交換できるような仕組みが
考えられるだろう。いずれも、新たな技術や設計思想の変化によるコスト増と
の兼ね合いではあるが、新たな分野で早期にロボットを拡販するには、ここに
挙げたものに限らず、従来と大きく異なる取組みが求められよう。目指す姿に
応じ、オーガニックな取組みに加えて、ICT 企業など異分野との連携やユー
ザーを含めたオープンイノベーションの仕組みも必要となるかもしれない。
ニッチトップには
見極めと特化の
取組み
ニッチトップを志向する場合は、開発設計・販売手法は大きく変化させずに、
特定の分野やユーザーに徹底的に特化することで、限定された領域におい
て、汎用的なロボットの追随を許さないユーザーメリットを実現することが重要
になる。多種多様なユーザー分野の全てにおいて、汎用的なロボットが有効と
は限らないだろう。自社の得意分野や、既存のユーザーの周辺領域などを見
極め、特化する取組みが求められる。
各社の特長を生
かした取組みに
期待
これまで世界で存在感を発揮し続けてきた日系ロボットメーカーが、今後の環
境変化の可能性を見極め、それぞれの狙いを各社各様に、あるいは共同して
実現していくことを期待したい。
みずほ銀行 産業調査部
自動車・機械チーム 藤田 公子
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
79
Ⅱ-12. 医療機器
Ⅱ-12. 医療機器 -国産化と地場企業台頭の動きを見据えた戦略策定の必要性-
【要約】

中資系医療機器メーカーは、国内外の同業者の買収・戦略的提携等により近年、技術力、製
品開発力を向上させており、新興国その他の海外市場へも積極的な製品輸出を行っている。
足元では中国政府が医療機器国産化の動きを強化し、中資系企業の台頭を後押ししてい
る。

国産化の対象となった医療機器については、輸入品から国産品への買い替えが進み、一部
外資系企業の業績に影響を与えつつある。今後、国産化の対象が更に拡大する可能性もあ
り、注意を要する。

日本企業は今後の中国政府の動きを注視しつつ既存事業を進めると共に、医療 IT を活用し
サービスと一体化させたビジネスモデルの構築に向けて、有力な医療・医薬集団、中資系企
業との提携を検討する必要がある。同時に、中国市場における将来的な事業環境悪化に備
え、中国以外の新興国市場開拓も急ぐ必要がある。
1.
中国医療機器産業の注目すべき変化
中国の医療機器市場は、政府が推進する医療インフラ整備と、高齢化の進展
による需要増に伴い拡大を続けている。中国政府の統計によれば、近年は年
20%前後の高成長率で拡大し、2015 年の市場規模は 3,080 億元(1 ドル=6.70
元換算で約 460 億米ドル)とされる。すでに日本を上回り、米国に次ぐ世界 2
位の市場規模になっている可能性が高い1。英調査会社 Espicom 社によれば、
中国では今後も 2020 年にかけて年平均 8~9%の市場拡大が見込まれる
(【図表 1】)。
中国医療機器市
場は今 後 も年 8
~9%の成長が見
込まれる。
【図表 1】 中国の医療機器市場規模推移
(億元)
市場規模(左軸)
前年比伸び率(右軸)
3,500
60%
3,080
3,000
2,556
2,500
2,120
2,000
1,700
1,470
1,500
40%
30%
1,260
20%
1,000
500
50%
179 207
247 295
353
434
535
659
812
10%
0
0%
2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015
(出所)中国医薬物資協会医療器械分会資料よりみずほ銀行産業調査部作成
1
(年)
厚生労働省薬事工業生産動態統計」によれば、2014 年の日本の医療機器市場規模(生産+輸入-輸出)は約 2.8 兆円(100
円=6.49 元換算で約 1,800 億元)。
みずほ銀行 産業調査部
80
Ⅱ-12. 医療機器
医療機器分野で
注目す べ き変化
は、(1)中資系医
療機器メーカー
の台頭と(2)国産
化の動き
中国に拠点を有する日系医療機器メーカーの数は約 40 社に上る2。近年は、
多くの日系企業が成長市場である中国の需要を取り込み、毎年 20%超の売
上増を享受してきた。しかしながら、中国は医療機器の流通ネットワークや医
療サービスの運営が地域・省で異なることも多く、事業展開が容易な市場とは
いいがたい。加えて、2014 年には、医療機器の法規制が改訂され、医療機器
の承認取得に要する期間が長期化している事例もあるなど、外資系企業にと
ってのビジネス環境は、やや厳しくなっている。更に、近年注目すべき変化と
して、(1)中資系医療機器メーカーの台頭、(2)医療機器の国産化の動きとい
う二点が挙げられる。
国内外の医療機
器メーカーとの提
携・買収により、
中資系企業の技
術力は向上
中国医療機器市場では外資系メーカーからの輸入品が市場の大半を占めて
きた3。中資系企業と先進国メーカーの技術レベルには大きな格差があるとさ
れ、主としてハイエンドで高価な輸入医療機器が大規模病院(三級病院)で
使用されてきた。しかし、近年、中資系企業の技術力は急速に向上しており、
大規模病院(三級病院)でも国産品を調達する事例が増えている。この背景
には、中国政府による先進的医療機器開発への補助金投入や医療機器国
産化の奨励、優秀国産医療機器の認定(後述)などの後押しもさることながら、
国内外の医療機器メーカーの買収・提携を通じて、中資系企業が技術力・製
品開発力を向上させていることがある。
中資系企業がミド
ル~ローエンド製
品だけでなく、ハ
イエンド製品を開
発する動きも
中 国 最 大 の 医 療 機 器 メ ー カ ー で あ る 深 圳 邁 瑞 生 物 医 療 電 子 ( Mindray
Medical International、以下深圳邁瑞と記載)は、2008 年に米 Datascope 社よ
り生体モニタリング事業を買収したのに続き、2013 年に米超音波機器メーカ
ーである Zonare Medical Systems を買収し、先進国の技術を内部に取り込ん
できた。その間、中国国内の医療機器メーカーも複数買収している。2014 年
の事業規模は 13 億米ドルに達しており、足下では、従来のミドル~ローエン
ド製品だけでなくハイエンド製品の開発製造も行っている。画像診断機器メー
カーである東軟医療系統(Neusoft Medical Systems、以下東軟医療と記載)
も、2015 年に国産初となるハイエンドの 128 スライスヘリカル CT 装置を開発し、
欧州の医療機器認証である CE マークを取得した。更に、同じく画像診断機
器メーカーの上海聯影医療科技(United Imaging Healthcare、以下上海聯影
と記載)は当社が開発した PET-CT の日本での認証を取得し、営業活動を行
っている。販売実績はないものの、品質については一定の評価を得ている模
様である。
足下では 主要な
中資系企業であ
る深圳邁瑞と深
圳邁瑞が製品開
発力強化に向け
提携
個々の企業が技術力を向上させ事業規模を拡大しているだけではない。近
年、先端的な医療機器開発のスピードアップに向け、中国国内の主要な医療
機器メーカー同士が提携する動きも出ている。2016 年 5 月、上記上海聯影と
深圳邁瑞が戦略的に提携したのに続き、同 7 月、上海聯影は国内医療機器メ
ーカーである深圳市尚栄医療(Shenzehn Glory Medical) との提携も発表し
た。両社は MRI、CT 等画像診断機器の共同開発に加え、地域画像診断セン
ターへの投資を行っていく予定である。
これらの中資系企業は、海外展開も積極的に推進している。深圳邁瑞は欧米
市場向けだけでなく、ASEAN、アフリカ、南米に複数の拠点を置いて事業を
2
3
㈱ワールド・ビジネス・アソシエイツ「海外における医療ニーズ等及び国内企業の海外進出状況等及び分析業務報告書」(2015
年 3 月)より
日本貿易振興機構「中国の医療機器市場調査(基礎データ収集)2014 年 3 月」では、中国市場の 7 割を輸入設備が占めるとさ
れる。
みずほ銀行 産業調査部
81
Ⅱ-12. 医療機器
展開しており、当社売上高(2014 年)の約 6 割を海外売上高が占める。前述の
東軟医療も画像診断機器を世界約 100 カ国に輸出している。
二点目の変化として挙げられるのは、2014 年より開始された医療機器の国産
化の動きである(【図表 2】)。同年 5 月、国家衛生計画生育委員会が、国内医
療機器産業育成における支援対象の第一弾として、デジタル X 線画像診断
装置、カラードップラー超音波診断装置、生化学自動分析装置等を選定した。
また、同委員会と工業情報省が、公営の大手病院(三級病院)を中心に医療
機器の国産品導入を推進していく方針を表明している。一年後の 2015 年 5
月には、上記 3 製品分野に関して、ハイスペック製品からロースペック製品ま
でを広くカバーする形で、国内企業 27 社 97 品目が優秀国産品として認定さ
れた。2015 年 7 月には、第二弾として MRI、X 線 CT 診断装置、血液透析装
置ほか 7 分野が指定され、2016 年 3 月、指定分野に関し優秀国産品のリスト
が公布された。更に 2016 年 4 月、第三弾として、がん治療装置、人工血管、
人工骨、心電計等の 10 項目が選抜され、現在、優秀国産品の選定プロセス
が進んでいるところである。
中国政府が医療
機器の国産化を
推進。対象製品
数と製品分野が
拡大する傾向
【図表 2】 中国における医療機器「国産化」の動き
項目選抜
第一回
第二回
第三回
2014年5月
デジタルX線撮影装置
カラードップラー超音波診断装置
生化学自動分析装置
2015年7月
磁気共鳴画像診断機器(MRI)
X線CT診断機器
全自動血球分析機器
血液透析装置
人工呼吸器
麻酔機器
全自動散薬分包機
2016年4月
医療用直線加速器
高密度焦点式超音波がん治療システム
ガンマナイフ
人工血管
人工骨
血管造影装置
化学発光免疫分析装置
ELISA装置
心電図検査装置
消毒設備
優秀国産品企業・製品の選定
2015年5月
診断・検査装置
27社97品目を認定
2016年3月
診断・検査装置
153品目を認定
治療機器
その他
現在
治療機器
選定中
診断・検査装置
その他
(出所)国家衛生計画生育委員会 HP よりみずほ銀行産業調査部作成
2.
中国企業の台頭及び中国政府の国産化政策が日本の医療機器メーカーに与える影響
ローエンド製品だ
けでなくハイエン
ド製品分野でも
中資系企業との
競争が激化する
可能性
4
ミドル~ローエンド製品は従来より中資系企業が一定のシェアを有しており、
更にシェアを拡大する傾向にある。中資系企業でも加工が可能なステントは、
市場の 8 割を中国産製品が占めており4、注入・穿刺器具、血管処置用チュー
ブなどのディスポーザブル製品については、山東威高集団医用高分子製品
(Shanghai Weigao Group Medical Polymer Company Ltd.)が高いシェアを有
しているとみられる。更に今後は、上述した中資系医療機器メーカー同士の
提携により、ディスポーザブル製品だけでなく、画像診断機器などの大型装
(出所)日本貿易振興機構「中国の医療機器市場調査(基礎データ収集)2014 年 3 月」。
みずほ銀行 産業調査部
82
Ⅱ-12. 医療機器
置かつハイエンド製品についても、中資系企業の製品開発力が向上し、将来
的に外資系企業の脅威になることが懸念される。
新興国市場にお
ける医療 機器輸
入元国別ランキ
ングでは、多くの
国で日本が中国
に劣後
また、中国の医療機器は、急速に新興国市場でのプレゼンスを高めつつある。
医療機器輸入国ランキングをみると、インド、マレーシア、ブラジル、メキシコ、
南アフリカ等新興国の多くで、中国からの輸入が日本を上回っている(【図表
3)。中国からの輸入品の一部には外資系医療機器メーカーの中国生産品も
含まれるとみられるものの、Made in China の医療機器が新興国で存在感を
高めていることには注意を要する。このような現状を鑑みると、中国市場で日
本企業の主要製品が国産化の対象となり、事業が減速した時点で、次の新興
国展開を検討するのでは、既に中資系企業にシェアを奪われ市場開拓が立
ち行かなくなる可能性が高い。
【図表 3】 新興国における医療機器輸入元国別ランキング
インド
マレーシア
タイ
医療機器市場規模
(US$million/2014)
インドネシア シンガポール
ベトナム
フィリピン
3,354
1,471
1,071
607
526
749
289
輸入国データ年
2014
2014
2014
2014
2014
2013
2013
1位
米国
米国
米国
シンガポール
米国
中国
中国
2位
ドイツ
シンガポール
日本
中国
ドイツ
日本
シンガポール
3位
中国
中国
ドイツ
米国
中国
米国
米国
4位
日本
ドイツ
中国
日本
メキシコ
シンガポール
日本
5位
アイルランド
日本
スイス
ドイツ
日本
ドイツ
ドイツ
チリ
ペルー
南アフリカ
ブラジル
メキシコ
医療機器市場規模
(US$million/2014)
ベネズエラ アルゼンチン
5,633
4,036
829
730
718
346
1,182
輸入国データ年
2014
2014
2014
2014
2014
2014
2013
1位
米国
米国
米国
米国
米国
米国
米国
2位
ドイツ
中国
中国
ドイツ
ドイツ
中国
ドイツ
3位
中国
ドイツ
ドイツ
中国
中国
ドイツ
中国
4位
スイス
日本
ブラジル
ブラジル
メキシコ
日本
スイス
5位
日本
スイス
パナマ
オランダ
ブラジル
韓国
日本
(出所)JETRO「南アフリカ医療機器市場の展望」「中南米の医療機器市場」、Espicom, Medical
Device Report 2016、Espicom, Worldwide Medical Device Forecasts to 2020 をもとに
みずほ銀行産業調査部作成
国産化の動きの
中で、公立病院
を 中 心に国 産 品
への買い替えが
進み、外資系企
業の業績に影響
を与えている
中国政府による国産化政策については、足下では、第一弾として優秀国産品
がリストアップされた三製品(デジタル X 線画像診断装置、カラードップラー超
音波診断装置、生化学自動分析装置)を中心に、公立病院5の医療機器調達
に向けた入札で、ハイエンド製品からローエンド製品まで国産品への買い替
えが進み、日系を含めた外資系医療機器メーカーの製品購入が見送られる
事態が生じている。
特に、国産化第一弾の対象製品が診断・検査装置であったのに対し、第二弾、
第三弾では、血液透析装置、麻酔機器、人工呼吸器、がん治療システム、人
工血管などの治療機器が含まれ、対象製品数も増加している。同様の動きが
今後も継続し、国産化の対象製品が更に拡大する可能性も否定できないた
め、日本企業は中国政府の動向を注視しつつ今後の事業戦略を策定する必
要がある。
5
公立病院数は全体の 5 割強を占めているが、病床数、診療延べ人数でみると公立病院がそれぞれ全体の 8 割強、9 割を占め
る。
みずほ銀行 産業調査部
83
Ⅱ-12. 医療機器
3.
日本企業がとるべき事業戦略へのインプリケーション
中資系企業との
合弁会社設立で
は、投資回収で
きるか不明、かつ
技術流出のおそ
れあり
中国政府が推進する医療機器の国産化への対抗策の一つとして考えられる
のが、中資系企業との合弁会社の設立、または日本企業の中国現法におけ
る中国資本受け入れである。しかし、これまでのところ、国産品の定義は明示
されておらず、合弁会社を設立したとしても投資回収ができるかは不明である
上、技術流出により将来的に競争力が低下するおそれは否定できない。そこ
で、日本企業が今後とるべき戦略について、医療機器単体からサービス分野
へ事業内容を拡充する方向で考察したい。
機器単体売りの
ビジネスモデル
から、IT を活用し
たサービス一体
型ビジネスモデ
ルへの移行の必
要性
現在、ヘルスケア業界では、医療費抑制・医療サービスの効率化に向けて、
これまでの中心分野であった診断・治療に加え、予防、予後・在宅といった周
辺分野が注目されるようになり、各分野を支える基盤としての医療 IT の重要
性が高まっている(【図表 4】)。医療機器についても、従来の機器単体売りの
ビジネスモデルから、医療 IT を活用しサービスと一体化させたビジネスモデ
ルへの移行が進みつつある。具体的には、インターネットを通じた医療機器の
精度管理、メンテナンスサービスや、画像診断機器に関して、過去の診断・治
験データを AI 等で分析し、診断内容や治療法の候補を提示するサービス、
更には、スマート手術室にみられるように、複数の医療機器をシステム連携
(IoT)することにより、手術の現場で複数かつリアルタイムの診断結果と照合し
つつ精度の高い治療を行う取組みなどが挙げられる。
中国政 府 も医療
の IT 化を促進中
中国でも 2012 年以降、政府が多様な医療関連政策を打ち出した結果、医療
の IT 化が促進されている。足下では寧夏、雲南などの五省区で遠隔医療が
試験実施されている他、2020 年までに全国の人口情報、健康データ、病歴の
データベースが構築される予定である。このような流れを踏まえると、今後医
療機器メーカーには、異業種企業とも連携しつつ、IT を活用したサービス事
業の拡充に向け、事業基盤を構築していくことが求められる。
【図表 4】 ヘルスケア市場における医療 IT の重要性の高まり
予防
診断
治療
予後
既存メディカル領域
病院
画像診断
投薬
体外検査
放射線治療
医療費削減
QOL向上
医療費削減
病床不足対策
QOL向上
遠隔医療・在宅介護
施設
在宅
医療費削減
医療アクセスの改善
QOL向上
医療情報システム
画像診断システム
遠隔医療
医療データ分析
医療IT
医療効率化を支える土台としての
医療ITの重要性は高まる
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
実際、足下では、日本企業を含む外資系医療機器メーカーが有力な医薬・
医療集団や中資系企業と連携して、サービス事業を拡充する動きがみられる。
2015 年 9 月、シーメンスの中国法人である西門子医学診断産品(上海)は、
広州医薬集団の傘下企業と、体外診断設備及び画像診断機器を用いた健
康診断サービスを行う合弁会社を設立した。中長期的には遠隔医療の展開
も視野に入れている。また、2016 年 5 月、日立ハイテクノロジーズの子会社で
ある日立ハイテク上海と、大手医療機器販売代理店の上海日和貿易有限公
みずほ銀行 産業調査部
84
Ⅱ-12. 医療機器
司が、中国における体外診断検査機器・試薬の販売及びサービス事業を行う
合弁会社を設立すると発表した。機器販売にとどまらず、検査サービスまでワ
ンストップで対応できる体制を展開する。
有力なパートナ
ーの数は限られ
るため、提携プロ
セスを迅速に進
める必要あり
特に IT やサービス事業においては、地場に根差した中資系企業が一定のネ
ットワークやノウハウを有しているとみられるため、製造分野での提携と異なり、
日系企業からの一方的な技術流出の懸念は小さい。他方、サービス事業の
拡充を志向する場合、提携パートナーとして事業シナジーが期待される有力
な医療・医薬集団や中資系企業の数は限られている。欧米企業との争奪戦に
なる可能性も高いことから、日本企業に時間的猶予はない。候補先を絞って
アプローチする等、提携に向けたプロセスを迅速に推進する必要がある。
中国に代 わる新
興国市 場開 拓も
喫緊の課題
中国での事業継続を前提とした上述のアプローチに加え、今後、医療機器国
産化の動きが加速し、将来的に中国での事業環境が悪化する可能性を見据
え、中国に代わる将来の成長市場としての新興国開拓を進めることも、日本企
業の喫緊の課題である。日本企業は、中資系企業が新興国市場でプレゼン
スを高めつつあることに危機感を抱きつつ、日本から距離的に近い ASEAN
だけでなく、中南米、アフリカなども海外新規市場のターゲットに加え、販路獲
得と輸出拡大に注力していくべきと考える。
期待される日本
政府の支援策
なお、新興国市場開拓は中堅中小企業が中心の日本の医療機器メーカーに
とって費用負担が大きい。日系企業が提携を強化し相互の情報・販売チャネ
ルを活用しあうことも新興国展開強化の一つの選択肢であろう。他方、近年、
厚労省は、韓国、ブラジル、インドと医薬品医療機器規制に関する覚書を締
結し、日本で認証を得た医療機器の現地での早期承認を促す基盤整備を進
めている。このような動きに加え、各国市場、販売代理店等の情報提供や、医
療機器関連の ODA 案件の積極的獲得など、日本政府の更なる支援も期待し
たい。
みずほ銀行 産業調査部
テレコム・メディア・テクノロジーチーム 大竹 真由美
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
85
Ⅱ-13. 重電
Ⅱ-13. 重電
-中国企業の自国技術化を契機とした日系重電企業の戦略見直しの必要性-
【要約】

中国企業は海外から技術を導入し、高効率石炭火力発電や原子力発電用の発電機器を製
造してきた。機器製造経験を積み重ね、技術開発を進めた結果、中国企業はこれらの発電に
おける最新技術の自国技術化を達成しつつある。

石炭火力発電では、中国国内の新設抑制方針より、中国企業は生産設備の稼働維持を企図
した安値輸出を増やす可能性がある。また、原子力発電では、中国政府のトップセールスとフ
ァイナンスにより最新自国炉型の輸出が促進されるだろう。その結果、第三国市場において、
中国企業は日系重電企業のコンペティターとなり得ると考えられる。

斯かる中、日系重電企業には機器の技術力のみに頼らず、中国企業との協業またはターゲッ
ト国の囲い込みという新たな戦略立案が求められる。
1.はじめに
日本政府が進め
る高効率石炭火
力、原子力発電
分野において、中
国企業が競合と
なりつつある
日系重電企業は、中国企業の自国技術化を契機として、中国企業をコンペテ
ィターとして意識せざるを得なくなる。本稿では、日本政府が「インフラシステ
ム輸出戦略」1において、「先進的な低炭素技術の海外展開支援」2として推進
する高効率石炭火力発電、および原子力発電を対象に中国企業の動向を論
じ、日系企業はどのように中国企業と向き合うべきか、日系企業としてどのよう
な戦略を採るべきかについて以下考察していく。
2.中国石炭火力発電の新規抑制と中国企業の動向
中国の発電は石
炭火力の比率が
高いが、長期的
には抑制に舵を
切る
中国における電力供給構成をみると、石炭火力は全体の 72%を占める重要
な電源である。一方、2013 年頃から深刻な大気汚染が国内外で大きく取り上
げられ、その一因に石炭火力が挙げられていることから、中国政府は石炭火
力への依存度抑制に舵を切り、2030 年に石炭火力の発電電力量比率を 60%
に抑制する方針を出した(【図表 1】)。
【図表 1】 電源種別 発電電力量(kWh)構成の長期予想
再エネ他
4.4%
原子力
3.5%
再エネ他
9.7%
水力
17.8%
水力
16.4%
2015 年
原子力
8.0%
天然ガス
5.8%
天然ガス
2.5%
石炭火力
71.8%
2030 年
石炭火力
60.1%
(出所)IEA, World Energy Outlook 2015 よりみずほ銀行産業調査部作成
(注)中国政府方針を反映
1
2
内閣官房長官を議長とし、外務大臣、経済産業大臣、国土交通大臣等を構成員とする経協インフラ戦略会議において 2013 年
5 月に定められた取組方針
前述の「インフラシステム輸出戦略」の具体的施策の一つ。具体的には、日本の先進的な低炭素技術を活用し、インフラ海外展
開を促し、地球温暖化対策における国際標準の獲得につなげるということ
みずほ銀行 産業調査部
86
Ⅱ-13. 重電
石炭火力発電の
新設計画はほぼ
停止される見通し
それ故、中国政府は 2014 年には「石炭火力発電の省エネと汚染物質排出量
削減のために設備を向上させるための改造行動計画(2014~2020 年)」を策
定し、東部沿岸部の石炭火力発電所の新設を原則禁止した。さらに、2016 年
3 月には中国全土における石炭火力発電所の新設抑制を命じる通知を出し
た。この通知により、実質的に 2018 年まで、中国全土の石炭火力の新設計画
は、ほぼ停止される見通しとなった。
生産設備の稼働
維持を企図し、安
値で輸出を仕掛
ける可能性あり
ここで、国内市場の新設抑制による影響を、ボイラー出荷実績で検証してみる。
2004 年、2008 年は、中国重電上位 3 社(上海電気、哈爾濱電気、東方電気)
グループの出荷数合計は 200 基を超えていたが、2010 年以降、ピークから半
減した状況が続いている(【図表 2】)。今後更なる国内受注減少が予想され、
その場合、中国企業が生産設備の稼働維持を企図して、安値で輸出を仕掛
ける可能性がある。
【図表 2】 石炭火力用ボイラー国内出荷実績推移
(単位:基)
350
上海電気グループ
300
哈爾濱電気グループ
東方電気グループ
237
250
218
187
200
139
150
87
100
50
154
139
90
70
84
77
82
2012
2013
60
74
42
0
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2014
2015
(年)
(出所)McCoyPowerReport よりみずほ銀行産業調査部作成
(注)重電上位 3 社のグループ子会社がボイラー製造を担う
日本・欧州企業
から導入した技
術をベースに、高
効率石炭火力発
電分野の自国技
術化に成功
3
4
中国企業は 2000 年代より日本・欧州企業から超々臨界圧(USC)発電技術3を
導入し、USC 用発電機器(ボイラー・蒸気タービン)を製造してきた。USC 用発
電機器は日本・欧州企業に知的財産権があり、中国企業から第三国への輸
出には制限がかかった状況である。しかしながら、今般、中国企業が二段再
熱式 USC4を開発したことで、自国技術として第三国に輸出することが可能と
なった。従って、高効率石炭火力発電分野において、日系重電企業は、中国
企業をコンペティターとして意識せざるを得なくなるだろう。
超々臨界圧(Ultra Super Critical):蒸気圧力が 22.1MPa 以上且つ蒸気温度が 566℃を超える発電方式
二段再熱式 USC:USC にて発電した後の蒸気を再び過熱することで USC 比 2%程度発電効率が上がるといわれている発電方
式。2015 年 7 月から中国の安源発電所にて試運転始まる
みずほ銀行 産業調査部
87
Ⅱ-13. 重電
3.中国原子力発電の推進と中国企業の動向
原子力発電は重
点開発項目の一
つ且つ戦略輸出
製品に位置づけ
られる
原子力発電は、「中国製造 2025」の行動綱領の中で重点的な開発項目の一
つに位置づけられている。さらに、2016 年に中国政府は「原子力緊急対策白
書」を発表し、一帯一路戦略の一環として原子力発電の輸出を強化すること、
および、2030 年までに世界シェアを高める戦略輸出製品であることを明確に
打ち出した。
中国は建設中基
数が世界で最も
多い、原子力発
電の成長市場
そして、積極的な海外展開に加えて、国内の原子力発電の新設も積極的に
計画されている。建設中 20 基は世界で最も多く、中国は世界で最も原子力発
電が成長している市場である(【図表 3】)。
【図表 3】 世界の原子力発電建設中(上位 7 ヶ国)
中国
20
ロシア
7
インド
5
UAE
4
米国
4
韓国
3
パキスタン
3
0
5
10
15
25 単位(基)
20
(出所)International Atomic Energy Agency PRIS 公表資料より
みずほ銀行産業調査部作成
中国政府と中国
国営企業による
自国炉型開発が
進む
現在建設中の原子炉の太宗を占める欧州・米国の技術提供を受けた炉につ
いても、圧力容器、蒸気発生器、タービン発電機の内製化が進められており、
内製化率は 70~80%に達するといわれている。また、中国政府ならびに中国
国営企業は、欧州・米国から導入してきた技術もベースに、「CAP1400」と「華
龍一号」の開発を進めてきた(【図表 4】)。「CAP1400」の開発は難航している
ものの、「華龍一号」は 2015 年に初号機の建設が始まっており5、炉型の開発
に進展がみられる。
【図表 4】 中国原子力発電開発
中国国営企業
技術提供
国家電力投資集団公司
(国電投)
ウエスチングハウス
(WEC)
CAP1000(第3世代)
知的財産権はWEC
CAP1400(第3世代)
知的財産権は国電投
広東核電集団
(CGN)
AREVA
CPR1000(第2.5世代)
国外建設にAREVA社の同意必要
中国核工業集団公司
(CNNC)
改良型
ACPR1000+
(第3世代)
独自開発
ACP1000
(第3世代)
備考
「華龍一号」に設計一本化
合弁会社「華龍公司」設立
知的財産権は華龍公司
開発難航
計画遅延
初号機
建設開始
(出所)China Nuclear Energy Association 公表資料よりみずほ銀行産業調査部作成
5
CNNC が 2015 年 5 月に「華龍一号」の初の実証炉となる福清原子力発電所 5 号機の建設工事開始を正式に発表
みずほ銀行 産業調査部
88
Ⅱ-13. 重電
「華龍一号」は真
に技術を確立し
たとはいえない
原子力発電の炉型開発は、計画通りに運転を開始し、且つ数年間順調に稼
働して、真に成功したといえる。現在建設中の「華龍一号」の初号機は、今後
5 年以内に中国国内で運転を開始する。つまり、「華龍一号」が真に開発に成
功したか否かという評価には、まだ 5 年~10 年の時間を要するといえる。
ファイナンスとの
セット提案が差別
化要素に
一方、世界的な安全規制強化の影響もあり、原子力発電の 1 プラントあたりの
イニシャルコストは 1 兆円~2 兆円と高額である。それ故、その導入に際して、
ファイナンスとのセットセールスに魅力を感じる国は多く、差別化要素になり得
る。例えば、イギリス政府は、中国国営企業による出資を前提に、新設するブ
ラッドウェル原発への「華龍一号」の導入を受け入れたものと推測される6。
日系重電企業
は、中国企業と
同様に政府によ
るトップセールス
とフ ァイナンスを
梃子にした第三
国市場への参入
は難しい
「華龍一号」の開発に真に成功した場合、日系重電企業が属する各陣営 7は
難しい局面を迎えるだろう。なぜならば、日系重電企業が属する各陣営はそ
れぞれ独自に経営し、独自に資金調達をしているため、中国企業と同様な政
府によるトップセールスとファイナンスを梃子にした第三国市場への参入は難
しいからである(【図表 5】)。
【図表 5】 原子力発電輸出における競争軸
日系企業
中国企業
現在~5年後
現在
5年後
欧米企業技術
華龍一号
開発成功
技術レベル
自国技術
欧米企業との合弁開発
国内市場
2009年以降
新規運転開始なし
毎年5~6基運転開始
海外市場
EPC実績なし
機器輸出のみ
EPC実績なし
建設のみ
ファイナンス
民間企業につき
限界あり
国営企業+国営金融機関+国策支援
ファイナンス丸抱え可能
(自国技術は限定的)
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
4.日系重電企業の採るべき戦略の方向性
斯かる状況において、日系重電企業の採るべき戦略の方向性としては、一つ
には中国企業との協業、他方にはターゲット国の囲い込みが挙げられる。
IGCC における中
国企業との協業
は有望であり、コ
スト削減、中国の
ネットワーク活
用、ファイナンス
機能を利用した
受注拡大に期待
6
7
8
まず、中国企業との協業戦略は、原子力発電では国家安全保障の関係から
難しいものの、高効率石炭火力発電の最先端技術である石炭ガス化火力発
電8(IGCC)が選択肢として考えられる。IGCC のメリットは、USC 対比発電効率
が高く、環境性能が高いこと、加えて、低品質な石炭にも対応可能な点である。
他方、課題はイニシャルコストであり、USC よりも 1.5 倍~1.2 倍高いといわれて
いる。IGCC は使用する機器が多く、イニシャルコストが高止まりする要因とな
っている。コストが高いために受注が拡大せず、受注が拡大しない為、イニシ
ャルコスト削減は難しいという悪循環に陥っている。こうした悪循環を断たない
限り、石炭火力導入ニーズはあるものの、IGCC は普及しない。中長期的には、
中国企業が安価な国産 USC または USC よりも発電効率の低い発電形態で市
2015 年 10 月 21 日英中首脳会談合意事項
各陣営とは、日立製作所-GE(合弁事業化)、三菱重工業-AREVA(中型炉開発を合弁事業化)、東芝-WEC を指す
石炭ガス化火力発電(Integrated coal Gasification Combined Cycle):最初に石炭をガス化し、そのガスを利用しガスタービンを
動かして発電し、次に、ガスタービンの排熱を利用して蒸気をつくり、蒸気タービンを回して発電するという、2 段階の発電プロセ
スによる複合発電方式
みずほ銀行 産業調査部
89
Ⅱ-13. 重電
場を席巻し、日本政府と日系重電企業が輸出を狙う IGCC は殆ど輸出できな
い事態が考えられる。こうした事態を防ぐには、IGCC のグローバルな普及に
中国企業を巻き込む、つまり日系重電企業が中国企業との戦略的な協業に
踏み切ることが選択肢の一つとして考えられる。例えば、日系重電企業がプラ
ントのエンジニアリングと主機(ガスタービン、蒸気タービン、石炭ガス化炉)製
造を担い、中国企業が補機(微粉炭供給設備、スラグ処理設備、チャー回収・
供給設備等)の供給と建設を担うという方法があるだろう。中国企業との戦略
的な協業により、IGCC のイニシャルコストの削減に加えて、中国のネットワー
クや中国のファイナンス機能を利用した輸出が可能となり、受注拡大が期待で
きる。
一定の条件を満
たす国を対象に、
地場企業との協
業、地場企業の
育成により、強固
な関係を構築す
る
次に、ターゲット国の囲い込み戦略として、既に日系重電企業がチャネルを持
っている国、ないし今後電力需要が拡大する国を選定し、協業を通じた地場
企業の育成により、相手国との強固な関係を構築し、事実上、他国企業の参
入を防ぐことである。囲い込みの方法として、相手国のインフラ整備計画を支
援する「ストラテジスト機能」、利害関係人との合意形成を支援する「スポークス
パーソン機能」の活用も考えられる 9。中国企業は自国生産を最も優先するこ
とから、地場企業との協業や育成には積極的ではない傾向にある。実際に、
火力発電では、通常現地雇用が一般的な建設労働者でさえ中国から派遣し
ていることからも、地場企業との関係構築には積極的ではない姿勢が窺える。
斯かる中、中国企業との差別化という観点から、同戦略が選択肢の一つとして
考えられる。日系重電企業にとって参考になる事例として、Siemens のイラン
MAPNA 社との提携が挙げられる。本提携では、Siemens は MAPNA 社に対
しガスタービンの技術供与と EPC の共同受託を確約している。これは、
Siemens がイランのガス火力案件の囲い込みを狙った戦略と推測される。また、
原子力発電では、既に日系重電企業が手掛けているエネルギーミックス計画
の立案サポートや大学寄付講座等の人材教育に加えて、地場企業の育成と
いう観点から、原子力燃料棒、キャスクといった原子力発電の運転に必要な
機器の製造技術を地場企業に移転するということが考えられるだろう。
日本が「インフラシステム輸出戦略」において掲げた高効率石炭火力、原子
力発電の両分野において、中国企業の自国技術化の進展により、中国企業
が強力な競合相手となる中で、日系重電企業には、機器の技術差別化のみ
に頼らない新たな戦略立案が求められる。
みずほ銀行 産業調査部
自動車・機械チーム 田村 多恵
[email protected]
9
詳細については、2016 年 3 月 1 日付みずほ産業調査 Vol.54 世界の潮流と日本産業の将来像 -グローバル社会のパラダイ
ムシフトと日本の針路- 「Ⅱ-2. インフラの需要主体のニーズの変化と日系企業が磨くべき差別化要素」ご参照
みずほ銀行 産業調査部
90
Ⅱ-14. 鉄道システム
Ⅱ-14. 鉄道システム -失速する中国企業を尻目に日本企業が目指すべき戦略方向性-
【要約】

過去に中国政府及び中国企業が落札した海外鉄道インフラ案件について、足下で納入製品
の品質不良や受注契約後の諸手続の不手際等による納期遅延が散見されるなど、中国企業
の実力が露呈しつつある。

鉄道需要国に日本企業の実力を再評価する動きがみられる一方、今後、中国企業は中国政
府と一体となってキャッチアップすることが想定されることから、日本企業は猶予期間を得たに
過ぎない状況にある。

日本企業には今後の海外鉄道インフラ案件において、自身が競争力を有する分野で中国企
業と協調する、あるいは、「鉄道+α」の総合的な提案により中国企業との差別化を図ることが
求められよう。
1.
中国企業の台頭と現状
鉄道システムに
おいて中国を見
る諸外国の目
が厳しさを増す
状況
近時、中国政府及び中国企業は一帯一路政策の下、資金力とコスト競争力を
背景に沿線国の鉄道インフラ輸出を進めている。日本との関係においても、
2015 年にインドネシアの高速鉄道案件受注を巡って争い、中国が落札したこ
とは記憶に新しい。然しながら、足下では中国政府及び中国企業が落札した
案件において、納入製品の品質不良や受注契約後の諸手続の不手際等に
よる納期遅延が散見されるなど、中国を見る諸外国の目は厳しくなっている。
国営企業同士の
切磋琢磨による
技術力強化を企
図した北車と南
車の分社化
中国の鉄道システム業界の歴史を辿れば、1949 年の中華人民共和国成立後、
国鉄線の管轄官庁である鉄道部が鉄道の建設・運行を手掛けることに加え、
車両製造も担ったことに端を発する。車両製造部門は 1958 年に鉄道部機車
車両工業に改組し、改革開放政策の流れの中で 1986 年には中国鉄路機車
車両工業となり、鉄道部から分離された。2000 年には国営企業同士の切磋琢
磨による技術力強化を企図して、中国鉄路機車車両工業が中国北車股份有
限公司(北車)と中国南車份有限公司(南車)に分社化された。
温州市鉄道衝突
脱 線 事故 を境 に
北車と南車は輸
出に注力すること
に
また、「第 10 次五ヵ年計画(2001 年~2005 年)」において、中国経済の活性化
を志向するにあたり、鉄道は交通体系の中心と位置付けられ、特に高速鉄道
を中心に整備が進められた。当初、鉄道部、北車、南車は共同で高速車両の
開発を手掛けていたが、性能試験の結果は芳しくなかった。そのため、2003
年に技術移転による将来の国産化を条件に、中国政府は日欧企業から高速
車両を輸入することを決定した。本決定を皮切りに中国において高速鉄道網
の整備が進んだが、2011 年に発生した温州市鉄道衝突脱線事故を境に、中
国政府は施策の大幅な見直しを迫られることになった。本事故を受けて、中
国における高速鉄道網の整備のペースが鈍化した結果、北車と南車は中国
内需への対応に加え、輸出にも注力することとなった(【図表 1】)。
みずほ銀行 産業調査部
91
Ⅱ-14. 鉄道システム
【図表 1】 中国鉄道向け固定資産投資額と営業距離の推移
(1万km)
12
(1億元)
9,000
8,000
10
7,000
6,000
8
5,000
6
4,000
3,000
4
2,000
2
1,000
0
(CY) 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014
鉄道向け固定資産投資額(左軸)
0
営業距離(右軸)
(出所)National Bureau of Statistics of China, China Statistical Yearbook 2015 よりみずほ銀行産業調査部作成
1
海外案件におけ
る中国企業同士
の競争を 是正す
ることを企図した
中車の設立
北車と南車はそれぞれ独自に輸出を推進し、特に日欧企業が手薄なアフリカ
を中心に、貨車など高度な技術が不要でコスト競争力を活かせる案件にフォ
ーカスして受注を拡大した。その後、両社は都市内交通向け車両や、技術難
易度の高い高速鉄道車両の輸出も手掛けるようになり、海外案件で両社が競
合するケースが散見されるようになった1。このような中国企業同士の不毛な競
争を是正すべく、2015 年に国務院が中心となって北車と南車を統合し、中国
中車股份有限公司(中車)が発足した。
車両のみならず
中国は運行・建
設・信号について
も海 外案 件の取
込を推進
現在、中車のみならず、鉄道運行を手掛ける中国鉄路総公司(中国鉄路)、
鉄道建設を手掛ける中国鉄建股份有限公司(中国鉄建)や中国中鉄股份有
限公司(中国中鉄)、鉄道信号・運行管理システムを手掛ける中国鉄路通信
信号股份有限公司(中国通号)など、多くの中国企業が海外鉄道インフラ案
件の取込を図っている。然しながら、足下では中国企業が安値受注した案件
で失速が目立つ。
足下において中
国政府及び中国
企業が受注した
海外案件で不芳
事例が散見され
る状況
2016 年 1 月、冒頭に例示したインドネシア高速鉄道案件の起工式が開かれた。
然しながら、事業権の開始時期を巡って中国政府とインドネシア政府の交渉
が紛糾した結果、起工式は当初予定からずれ込んだ。更に、起工式後に提
出した中国側の書類不備で土地収用や建設許可の手続が進まず、工事が一
部の整地作業に留まるなど、計画通りの完工が危惧されている。足下におい
てこのような不芳事例が散見され、同年 3 月には、タイで計画していた長距離
鉄道事業で融資や建設費を巡って中国政府とタイ政府の意見が折り合わず、
タイ政府は距離を従来計画の 3 分の 1 以下に縮小すると発表した。続く同年 6
月には、米国のロサンゼルス-ラスベガス間を結ぶ高速鉄道の建設を計画し
ている米国企業の Xpress West が、パートナーである中国鉄路の契約履行能
力を問題視し、同社との合弁を解消すると発表した。直近では同年 7 月に、シ
ンガポールの地下鉄運行会社である SMRT が中車製の地下鉄車両に欠陥が
あったとして、修理のために製造元の中車に送り返すことを発表するなど、中
国企業の実力が露呈しつつある(【図表 2】)。
日欧企業は高速鉄道車両の中国鉄道車両メーカーによる国産化にあたり、第三国への輸出禁止を契約に盛り込んでいたが、
中国側は日欧企業から供与された技術を吸収・発展させることで独自技術を確立したと主張するなど、知的財産の所在につい
て双方で意見の食い違いが生じている。
みずほ銀行 産業調査部
92
Ⅱ-14. 鉄道システム
【図表 2】 中国政府及び中国企業の海外鉄道インフラ案件における不芳事例
事象発生時期
事象発生国
2016年1月
インドネシア
中国側の主体
鉄道種類
事象
中国側の原因
鉄道工事の遅延
契約書作成能力
タイ政府が鉄道計画を縮小
コストプランニング能力
中国政府
高速鉄道
2016年3月
タイ
2016年6月
米国
中国鉄路
2016年7月
シンガポール
中車
地下鉄
米国企業が合弁を解消
契約履行能力
車両の欠陥が発覚
技術力
(出所)各所報道等よりみずほ銀行産業調査部作成
2.
中国企業の動向に伴う競争環境の変化
足下における中
国政府及び中国
企業の対応を受
け、日本企業の
実力が再評価
前述のような、足下における中国政府及び中国企業の対応を受け、2016 年 5
月にインドネシア政府が日本政府に対して、ジャワ島横断鉄道の建設を要請
した旨の報道がなされるなど、日本企業の実力を再評価する動きもみられる。
目先は海外鉄道インフラ案件で鉄道需要国の政府が日本企業に発注するイ
ンセンティブが高まると推察される一方、中国企業も巻き返しを図るべく中国
政府と一体となって技術力や契約履行能力の向上を推進すると想定される。
第 13 次五ヵ年計
画の推進による
鉄道分野の技術
革新と中国の異
業種企業による
鉄道市場参入の
可能性
実際に、2015 年 5 月、国務院通達の形で発表された「中国製造 2025」におい
て、鉄道は先進的軌道交通設備として 10 大重点分野の一つに掲げられた。
鉄道は 2016 年 3 月に中国政府が発表した「第 13 次五ヵ年計画(2016 年~
2020 年)」においても言及されており、同計画では 2016 年に鉄道向けの投資
を 8,000 億元実施して中国の高速鉄道網を整備することに加え、先進的な技
術の開発も同時並行的に進めるとしている。このように鉄道分野を強化する動
きは中国政府や中国の既存企業に留まらない。同年 6 月、電池に関する技術
に強みを有する中国自動車メーカーである比亜迪股份有限公司(BYD)が、
電動モノレールの製造・建設を中国の複数の市政府と協議していることを発
表した。今後、中国の異業種企業が中国の鉄道市場に参入し、中国における
鉄道システム技術の底上げに一役買うだけでなく、トラックレコードを積み上げ
ることで海外鉄道インフラ案件に参入する可能性も否定できない。
中国企業による
国内外企業の買
収を通した競争
力強化の可能性
継続的な海外鉄道インフラ案件の受注獲得を図るにあたり、中国企業は一帯
一路政策の下、鉄道に関する中国規格を沿線国に導入することで、中国以外
の企業が沿線国に容易に参入するのを防ぐデジュール化戦略を推進していく
とみられる。また、中国規格が通用し難い欧米市場においては、資金力を背
景に中国企業が国内外の有力企業を買収し、競争力を強化することで市場
参入することも考え得る。例えば、電機品や信号・運行管理システムの海外規
格を有する企業や、欧米市場にプレゼンスを有する企業など、技術補完及び
地域補完を企図した中国企業による M&A が想定されよう。
3.
日本企業に求められる戦略方向性
中国企業がキャ
ッチアップするま
での猶予期間を
日本企業が得た
に過ぎないのが
現状
このように、今次五ヵ年計画の終了時には中国企業が技術力を増すとみられ、
これまで日本企業がベンダーとして参画していた中国内の鉄道インフラ案件
は、日本企業を排して中国企業のみで手掛けられるようになることが考えられ
る。加えて、中国の異業種企業が海外鉄道インフラ案件に参入することで、日
本企業を取り巻く競争環境は更なる激化が予想される。日本企業は海外で技
術力が再評価されている現状に安穏とせず、中国企業がキャッチアップする
までの猶予期間を得たに過ぎないと客観的に捉え、中国企業に先んじて次な
る一手を講じていくことが求められる(【図表 3】)。
みずほ銀行 産業調査部
93
Ⅱ-14. 鉄道システム
【図表 3】 中国企業の動向に伴う競争環境の変化と日本企業への影響
現在(2016年)
プレイヤー
日本企業
中
国
企
業
競争優位性
技
術
力
競争市場
契
約
履
行
能
力
既
存
企
業
異
業
種
企
業
将来(2020年)
技
術
力
プレイヤー
競争優位性
ス
ト
ラ
テ
ジ
ス
ト
機
能
日本企業
グ
ロ
ー
バ
ル
コ
ス
ト
競
争
力
資
金
力
中国・既存企業による
第13次五ヵ年計画を
通した技術革新
+
中国・異業種企業による
鉄道市場への参入
(中国→グローバル)
+
中国企業による
国内外企業の買収を
通した競争力強化
中
国
中国政府
中
国
企
業
既
存
企
業
異
業
種
企
業
技
術
力
競争市場
契
約
履
行
能
力
コ
ス
ト
競
争
力
資
金
力
ス
ポ
ー
ク
ス
パ
ー
ソ
ン
機
能
グ
ロ
ー
バ
ル
競争
激化
中国政府
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
2
日本企業が採り
得る戦略は中国
企業と協調する
か差別化を図る
かの 2 点
本命題に対して想定し得る解として、①中国企業と協調して名より実を取る戦
略と、②「鉄道+α」の総合的な提案により中国企業との差別化を図る戦略の 2
点が挙げられる。②を戦略の主軸とするも、立案から遂行までに時間を要する
とみられることから、即効性のある①を併用していくことが重要と考えられる。
中国政府が推進
する海外鉄道イ
ンフラ案件におい
て競争力を有す
る分野で日本企
業が参画
まず、①について、中国政府及び中国企業は鉄道インフラの輸出を推進する
ものの、鉄道システムを構成する各種機器についてはグローバルプレゼンス
を有するには至っていないのが現状である。他方、日本企業は省エネ性能に
優れる電機品メーカーが多く、中国政府が推進する海外鉄道インフラ案件に
このような日本企業がコンソーシアムの一員として参加することが考えられる。
本戦略の採用にあたり、中国企業への技術流出の懸念があることや、中国企
業が技術力を向上することで日本企業との協業が不要となるリスクを孕んでい
ることに留意する必要はあるが、目先は中国企業を上手く活用することでトッ
プラインを維持・向上させていくことが日本企業に求められよう。
過密化する都市
機能の分散に資
する提案の実施
次に、②について、コスト低減、新たなファイナンススキームの立案、鉄道シス
テムにおける技術力向上といった従来型の提案内容をブラッシュアップするこ
とに加え、鉄道需要国の政府が仕様書に明示しない潜在的な課題を把握し、
解決策まで織り込んだ提案を実施することが重要となる2。鉄道需要国の政府
は鉄道を建設して終わりではなく、鉄道の建設を奇貨として人流・物流を変え、
沿線開発や都市整備を進めることで、人口増加により過密化する都市機能の
分散を企図しているとみられる。このような課題を解決する上で、参考になる
のが日本の民営鉄道会社のビジネスモデルである。
鉄道需要国の政府において、鉄道に留まらない自国の潜在的な課題に対する解決策を立案するストラテジスト機能や、鉄道整
備計画の実現に向けて利害関係者の合意形成を得るべく説明を行うスポークスパーソン機能を如何に補完するかが論点になり
つつある。詳細については、2016 年 3 月 1 日付みずほ産業調査 Vol.54 世界の潮流と日本産業の将来像 -グローバル社会
のパラダイムシフトと日本の針路- 「Ⅱ-2.インフラの需要主体のニーズの変化と日系企業が磨くべき差別化要素」ご参照。
みずほ銀行 産業調査部
94
Ⅱ-14. 鉄道システム
日本の民営鉄道
会社との連携に
よる提案力強化
これまで日本の民営鉄道会社は鉄道の敷設や運営に留まらず、沿線開発や
都市整備を通して都心と郊外という都市の在り方を形作ると共に、効率的な大
量輸送網を構築してきた。鉄道インフラ案件の受注獲得にあたり、日本の鉄
道システム企業が日本の民営鉄道会社と組んで、鉄道需要国に対して上記
のノウハウを活かした解決策を織り込んだ提案を実施することは有益であると
思われる。
日本政府主導に
よる日本企業同
士の連携推進
また、日本企業は沿線開発や都市整備に加えて、鉄道需要国の政府や企業
と提携関係を結び、産業政策の企画立案・推進も含めたコンサルティングや
事業運営など事業の具体化に協力することで、中国企業との更なる差別化を
図ることが可能になるとみられる。然しながら、経営資源が限られる中、日本企
業 1 社だけで上記に資する提案を立案・推進するのは難儀であることから、日
本政府が旗振り役となって、日本企業同士の連携を推進していくことが期待さ
れる。
「鉄道+α 」の総
合的な提 案がマ
レーシア- シンガ
ポール高速鉄道
案件を受注する
鍵に
足下ではインドネシアに続き、2017 年に入札が予定されているマレーシア-
シンガポールを結ぶ高速鉄道案件の受注を巡って、日中間で競争が再燃し
ている。同じ轍を踏まないために、日本政府及び日本企業はマレーシア政府
とシンガポール政府のニーズを的確に把握し、現地における沿線開発、産業
振興、雇用創出等も視野に入れた「鉄道+α」の総合的な提案を実施すること
が、受注獲得にあたっての鍵になるとみられる。本案件は日本企業が今後の
海外鉄道インフラ案件の受注を占うにあたっての試金石となろう(【図表 4】)。
【図表 4】 中国企業の動向を踏まえた日本企業の戦略方向性
日本企業の
戦略方向性
中国企業と協調して名より実を取る戦略
「鉄道+α 」の総合的な提案により
中国企業との差別化を図る戦略
アクション
プラン
・中国政府及び中国企業が推進する海外鉄道インフラ案件
において、日本企業がコンソーシアムの一員として参画
例:日本企業が競争力を有する電機品分野での参画
・人口増加により過密化する都市機能の分散に資する提案
例:沿線の開発・整備及び産業政策の企画立案・推進に
あたっての各種コンサルティング・事業運営
着眼点
・中国企業は鉄道システムを構成する各種機器について
グローバルプレゼンスを有するに至っていない状況
・鉄道需要国における鉄道建設を奇貨とした潜在的ニーズ
留意点
・中国企業への技術流出懸念あり
・中国企業が独自に技術力を向上させるか、グローバル
プレゼンスを有する企業を買収することで、日本企業との
協業が不要となるリスクあり
・経営資源に限りがある中、日本企業1社だけで「+α 」の
総合的な提案を実施するのは難儀
→日本政府による政策的なサポートが重要に
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
みずほ銀行 産業調査部
自動車・機械チーム 仲谷 能一
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
95
Ⅱ-15. 民間航空機
Ⅱ-15. 民間航空機 -中国の台頭、残された時間は少ない-
【要約】

中国は、長期的に発展が見込まれる一大航空旅客需要地であり、民間航空機の有力な市場
である。生産面では、これまでも国産旅客機の開発が行われてきたが、「中国製造 2025」にお
ける航空宇宙産業の位置付けは高く、さらなる振興策が想定される。

2016 年 7 月の報道によれば、中国は、ロシアと 280 席クラスの旅客機の共同開発を行う方針
を固めたとのことである。これが実現した場合、米 Boeing・欧 Airbus の寡占市場への明確な
参入になるとともに、中国の航空機産業を大きく発展させる機会となり得る。

航空機産業の集積・振興には、完成機の開発・生産のみならず、MRO(修理・整備)や国際
線空港が不可欠であるが、2016 年に入り、空港の国際線化の方向性や、エアラインを傘下に
持つ海航集団による MRO 大手の SR Technics の買収に見られるように、産業全体が着々と
底上げされつつある。

日本は、米 Boeing の新機材開発の機会を捉え、これまでよりも踏み込んだ立ち位置を取って
いくことが検討に値しよう。例えば開発費と機材販売リスクを分担するかわりに、日系航空機産
業の飛躍的な発展に資する生産分担や認証の取得、ビジネスモデル構築の余地を創出する
ことを検討すべき時期ではないだろうか。
1.
中国における航空旅客需要の増加と航空機産業の現状
アジア最大の航
空機市場、今後
も成長が期待
中国は、現在、アジア最大の民間航空機市場であり、今後もその位置付けは
向上していくと予想されている。日本航空機開発協会の予測によれば、2035
年には中国の RPK1は、北米全体を上回り、欧州全体に比肩する水準となる
見通しである(【図表 1】)。
。
(単位)10億人km
【図表 1】 地域別 RPK 予測
3,324
3,299
3,500
2015年実績
2,989
3,000
2,762
2035年予測
2,500
2,082
2,000
1,898
1,500
1,000
500
0
北米
欧州
アジア太平洋
(除く中国)
中国
中東
その他
(出所)日本航空機開発協会データよりみずほ銀行産業調査部作成
一方、供給面は
欧米の寡占企業
に依存
1
2
一方、航空機産業は米 Boeing、欧 Airbus の二大企業による寡占市場であり、
中国の民間航空機も、ほぼ全機が両社製である。2015 年末時点において、
中国で運航されているジェット輸送機 22,881 機のうち、95%超にあたる 2,751
機が米 Boeing もしくは欧 Airbus 製である。
有償旅客キロ(旅客数×飛行距離の積)。航空機需要の前提となる。
ワイドボディ(二通路機)、ナローボディ(単通路機)、リージョナルジェット(座席数 100 席未満の単通路ジェット機)の合計
みずほ銀行 産業調査部
96
Ⅱ-15. 民間航空機
民間航空機の参
入障壁は高く、国
家 レベ ルの 支 援
が必須
民間航空機産業の参入障壁は大変高い。その要因は、高度な設計・生産・統
合等の技術が要求されるのみならず、1 兆円規模とされる高額な開発費、既
に寡占状態である市場、長期にわたる開発期間と投資回収期間などが複合
的に生み出しており、参入には、事実上国家レベルの支援が欠かせない3。
中国は国産機を
開発、但し運航
は事実上国内限
定
中国は、かねて旅客機の国産化を目指し、2000 年にリージョナルジェット ARJ
の開発を始め、2009 年にはナローボディ C919 の開発を発表した。ARJ21 は、
約 15 年にわたる開発期間を経て、2015 年に商業運航を開始した。C919 は、
現在開発中であり、報道によれば 2016 年中に初飛行(試験飛行)を予定して
いる。いずれの旅客機も、現段階で FAA4、EASA5の型式証明を取得していな
いため、用途は基本的に国内向けとなる。
中国製造 2025 に
おける重点分野
に
このような環境のもと、ロードマップ「中国製造 2025」では、「重点推進 10 大施
策」において、情報技術、工作機械・ロボットに続く 3 番目に「航空・宇宙設備」
が掲げられ、「航空設備の分野において、大型飛行機の研究開発を加速させ、
ワイドボディ機の研究開発を適切なタイミングで開始」の旨が示され、産業振
興の方向性が示されていた。
2.
進展する中国の航空関連産業振興策
(1)ロシアとのワイドボディ完成機の共同開発
ロシアと中国がワ
イドボディ機を共
同開発予定との
報道
かかる中、近時(2016 年 6~7 月)の各種報道によれば、中国の国有企業であ
る中国商用飛機(以下 COMAC)と、ロシアの国有企業である United Aircraft
Corporation(以下 UAC)とは、座席数 280 席程度、航続距離 12 千キロメート
ル程度のワイドボディ航空機を共同開発し、2022 年から 2025 年を上市の目途
としているとのことである。開発設計・生産拠点は、ともに COMAC の本部があ
る上海に設置する方向とされている。
共同開発を予定している航空機のスペックは、米 Boeing のワイドボディ航空
機 B787 と欧 Airbus のワイドボディ航空機 A350、すなわち主要機材に近似し
ている(【図表 2】)。また、航続距離の 12 千キロメートルは、太平洋横断を十分
に行える距離であり、国際線に用いることを想定した機体と考えられる。
【図表 2】 B787、A350 と共同開発検討中機材の諸元(スペック)比較
B787シリーズ
A350シリーズ
米Boeing
欧Airbus
座席数
242-330席
280-366席
280席
航続距離
11.9-14.1
千km
14.0-15.1
千km
12千km
上市時期
2011年
2014年
2022-25年
1,142機
(2015年末)
777機
(2015年末)
-
開発主体
(参考)受注残+
累計販売機数
*検討中機材
中COMAC
露UAC
(出所)日本航空機開発協会データ、検討中機材は報道等よりみずほ銀行産業調査部作成
3
4
5
詳細は、2015 年 6 月 10 日付みずほ産業調査 Vol.50 欧州の競争力の源泉を探る -今、課題と向き合う欧州から学ぶべきこと
は何か-「Ⅱ‐1‐7. 航空機 -民間航空機産業の成長要因」ご参照
Federal Aviation Administration(米国連邦航空局)。同局の型式証明のない航空機は、輸出・国際線運航は、ごく一部の例外
を除き、事実上不可能。
European Aviation Safety Agency(欧州航空安全機関)。型式証明の意義は FAA と同様。
みずほ銀行 産業調査部
97
Ⅱ-15. 民間航空機
開国際線用途への
発が実現した
場型式証明取得に
合、影響は大
きく
3点
は、ロシアのノウ
ハウも活用し得る
この機体の開発と事業化には非常に高いハードルがある。開発の面では、とり
わけ国際線就航の前提と なる FAA、EASA の型式 証明 が挙げられる。
COMAC の航空機は、未だいずれの型式証明も取得していない。しかしなが
ら、UAC 傘下の AVPK Sukhoi(以下スホーイ)社が開発したリージョナルジェ
ット機 SSJ は、2012 年に EASA の型式証明を取得している。UAC との共同開
発により、そのノウハウを活用することは、単独開発よりも型式証明の取得に近
付き得るとは言えよう。
事業化の面では、とりわけ、未だ飛行実績のない機体を購買するユーザーの
獲得が挙げられる。この点については、世界最大規模の航空機需要が見込ま
れる中国が自ら国産化方針を示し、ARJ と C919 を通じて実績を作りつつある
ことが、ワイドボディ共同開発機の販売にとってアドバンテージとなり得よう。
このように考えると、共同開発機が型式証明を取得し、一定の機数の販売が
実現する可能性は否定できない。その場合、考慮すべき点は主に 3 つある。
一つ目は寡占構
造の変化の可能
性
一つ目は、世界的な寡占構造の変化の可能性である。共同開発機が実際に
就航し、飛行実績のある機体として認知され信頼を獲得していくことは、長期
的には中資系以外のエアラインが購買を検討する契機となり得るだろう。
二つ目は完成機
のノウハウ蓄積
二つ目は、中国国内での完成機の開発・設計・生産ノウハウの蓄積である。中
国は、2000 年頃の ARJ に始まり、2009 年の C919、そしてこのワイドボディ機と、
約 20 年の間に 3 回の、異なる機種の開発経験を積むことになる。
これは、新機種の開発経験の回数という意味では、米 Boeing や欧 Airbus と
遜色ない。Boeing の現在の最新機種である B787 は、その前の B777 から約
15 年後に開発されている。Airbus も、最新機種 A350 とその前の A380 の上
市時期には、約 8 年の隔たりがある。
三 つ目 は 産 業 ク
ラスター形成の
促進
三つ目は、中国における航空機産業クラスター形成の促進である。中国は、
先に述べた ARJ が量産段階に入ったことに加えて、C919 の上市、そしてワイ
ドボディ機の開発を控えている。これらが成功裏に量産段階に入った場合、
大きな産業集積効果があるだろう。
民間航空機を構成するシステムは、大きく「機体」「エンジン」「装備品(機体構
造部とエンジンを除く全て。内装、飛行システム、電源システムなどが含まれ
る)」に分かれており、それぞれ世界的な寡占構造となっている。このうち、直
接的な産業集積は、「機体」分野において最初に発達するだろう。当面はエン
ジンと装備品の大半は外国製が採用されるとみられ、これらの全てがただちに
国産化されるわけではない。但し、時間軸は長いが、この完成機が商業的に
成功した場合、「強い完成機メーカーとの装備品共同開発」といった産業集積
手法が考えられることには留意が必要である。
(2)航空関連産業クラスター全体の振興
完成機以外の振
興も進む
さらに、近時の中国企業の動向には、完成機以外にも航空関連産業全体の
振興につながり得るものが複数ある。
産業クラスターの強化に資する航空関連事業の一つとして、MRO(修理・整
備)がある。MRO に有利な立地は、一般に、国際線が多数就航する空港近
隣である。これまで中国の空港はもっぱら国内線の増加に対応して増設され
みずほ銀行 産業調査部
98
Ⅱ-15. 民間航空機
てきたが、2016 年に入り、報道によれば、中国の空港運営会社等は国際線の
就航・取込みに対して意欲的な姿勢のコメントをしている。また 2016 年 7 月、
エアラインを傘下に持つ海航集団は、MRO(修理・整備)大手のスイス企業
SR Technics を買収した。これらは「航空機製造業」の動向ではないものの、広
い意味で航空機産業を底上げし、振興につながるものと評価できるだろう
(【図表 3】)。
【図表 3】 航空関連産業の振興につながる中国の動向
素材・部品
ボリューム増加
認証取得能力
向上
Tier1
Airbus機組立・
Boeing艤装での
経験蓄積
完成機
エアライン
ARJ/CRJに続く
大型機の開発
国際線運航
MRO集積
インフラ
金融
世界トップ20に入
国際線空港整備 るリース会社が複
数存在(注)
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
(注)2015 年 2 月 26 日付みずほ産業調査 Vol.49 特集:2015 年の日本産業動向 -中国経済・中国企業の動向
を踏まえた日本産業のあるべき戦略- 「航空機」ご参照
3.
日本の航空関連産業成長に向けた提言
-米 Boeing との新機種共同開発と誘致により、真の成長を
中国の航空関連
産業は長期的に
強大になり得る
現在、中国には、欧 Airbus の組立工場があり、米 Boeing の艤装工場が予定
され、国産航空機 ARJ と C919 を中心とする産業集積が整いつつある。加えて
本稿で述べたロシアとの共同開発や MRO、国際空港の増加は、航空関連産
業へ多数の企業参入を誘引し、強い産業クラスターの形成に資するだろう。
このような中国の動向からは、拡大する航空需要を商機とし関連産業全体の
振興につなげるため、自国に不足する要素を、国際共同開発やクロスボーダ
ーM&A も含め、様々な手段を通じて果敢に取り込む姿が見えてくる。
日本の強みを最
大限商機とする
ため、Boeing との
完成機共同開発
が検討に値する
翻って日本の航空関連産業は、2018 年に国産航空機 MRJ の納入を控え、ま
た米 Boeing 社の航空機 B777X の機体部品製造が始まる。これらをもって、
航空機産業を成長産業と期待する向きもある。
しかし、真に日本の強みである開発設計・生産技術、米 Boeing 社の長年のパ
ートナーとして培ったノウハウ、そして MRJ で得る完成機事業の経験を最大限
に商機に活かすためには、MRJ の派生機種の開発・生産に用いることに加え、
米 Boeing 社と完成機を共同開発しその生産の経験を積むことで、同社が寡
占する市場を間接的に取込むことが有効と考えられる。
具体的には、2016 年中にも開発決定の可能性があるとされる米 Boeing の新
型機開発の機会を捉え、日本が RRSP6として新型機の開発設計に大きく関与
することが検討に値しよう。
輸出型基幹産業
の創出を期待
6
7
開発設計への大きな関与を通じて、認証取得機能の強化、豊富な民生技術
を持つ他産業企業の誘引、産業クラスターの形成を図るとともに、生産機能の
日本への誘致をも行うことで、対内直接投資を活用した巨大な輸出型基幹産
業の創出が期待できる7。
Risk and Revenue Sharing Partner(航空機の設計・開発を、資金面を含めて分担し、航空機の売れ行きに応じた収益分配を受
ける立場)
2016 年 3 月 1 日付みずほ産業調査 Vol.54 世界の潮流と日本産業の将来像 -グローバル社会のパラダイムシフトと日本の針
路- 「Column3 民間航空機産業の成長戦略 -対内直接投資を活用した基幹産業創出と地方創生-」ご参照
みずほ銀行 産業調査部
99
Ⅱ-15. 民間航空機
日本の航空機産業にとってのリスクシナリオは、中国が、米国と東南アジアの
中間地点という立地優位を最大限に活用し、国際線空港を中心に、本稿で述
べた各種の事業に加え、米 Boeing の組立工程の誘致を含む強い産業クラス
ターを形成することだと考える。この場合、日本に巨大な輸出型産業集積を作
ることは極めて困難となろう。
航空機産業は先行投資型であり、新型機の共同開発が実際に巨大な輸出型
基幹産業として実を結ぶのは、少なくとも 10 年以上、数十年単位の期間を要
するだろう。しかし、成長への打ち手に残された時間は短い。数十年の未来を
見据え、この数年間の施策を決定することが求められる。米 Boeing の新型機
開発への RRSP としての関与と、それを通じた航空機産業の輸出型基幹産業
への育成について、大いに検討すべき時期ではないだろうか。
みずほ銀行 産業調査部
自動車・機械チーム 藤田 公子
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
100
Ⅱ-16. エレクトロニクス
Ⅱ-16. エレクトロニクス -技術先進国を目指す中国企業との協働のあり方-
【要約】

近年デジタルプロダクツ分野での中国勢の躍進が目立つ。しかし、付加価値の高い技術の内
製化はできておらず、コアコンポーネントは輸入に依存しているため大幅な貿易赤字となって
いる。加えて、経済の成熟化とともに人件費が高騰し、ビジネスモデルの転換が必要な時期
に来ているとの認識の下、技術立国を目指している中国は様々な政策を打ち出し、豊富な資
金力を活かして①M&A、②設備投資、③中国内再編、④産官学連携で活発な動きを見せて
いる。

このような豊富な資金力を活かした中国の大胆な取組は、日本企業にとって大きな脅威となる
であろう。製品・部品別に見てみると、完成品では日本と中国の棲み分けがある程度進展して
おり、半製品・部品では中国の強みが活かせる市場規模の大きい領域を強化していることが
確認できる。中国の目指している方向性を踏まえれば、中国が狙ってくる領域は①技術の高
い領域、②市場規模が大きい領域と考えられる。また、日本企業は、中国企業にとって技術
的ハードルが高く、これまで参入できていなかった領域でも、中国企業が M&A によって一気
に技術と市場を獲得されることも想定しなければならない。

技術力に課題がある中国企業にとっては日本企業の技術力等は魅力的である一方、日本企
業としては、中国企業のコスト優位性や資金力を活用すれば、強みを更に強化してグローバ
ル市場への販売強化につなげることができるであろう。中国企業との協働のあり方について、
日本企業は、①技術の成熟度がどの段階にあるのか、②技術の中で強みとなる部分がどこな
のかを見極める必要がある。
1.
中国エレクトロニクス業界の注目すべき変化
近年、デジタルプロダクツ分野で中国勢が躍進している。例えば、スマートフ
ォンの 2015 年メーカー別シェアではトップ 10 のうち 7 社が中国企業で、華為
技術(Huawei)が 3 位、聯想集団(Lenovo)が 4 位となった。また、小米
(Xiaomi)や広東欧珀移動通信(OPPO)のように参入から数年でトップ 10 に入
った中国企業も出ている(【図表 1】)。
中国企業の躍進
【図表 1】 スマートフォン上位 10 社メーカーシェアの推移
順位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
合計
2011CY
Apple(米)
Samsung(韓)
Nokia(フィンランド)
BlackBerry(加)
HTC(台)
Sony(日)
19%
19%
18%
11%
9%
4%
LG Electronics(韓) 4%
Motorola(米)
4%
Huawei(中)
3%
ZTE(中)
2%
93%
2012CY
2013CY
Samsung(韓) 30% Samsung(韓) 31%
Apple(米)
19% Apple(米)
16%
Nokia(フィンランド) 6% Huawei(中)
5%
BlackBerry(加)
5% LG Electronics(韓) 5%
HTC(台)
5% Lenovo(中)
5%
Huawei(中)
4% ZTE(中)
4%
ZTE(中)
4% Sony(日)
4%
LG Electronics(韓) 4% Yulong(中)
3%
Sony(日)
4% Nokia(フィンランド) 3%
Lenovo(中)
3% HTC(台)
2%
84%
78%
2014CY
Samsung(韓)
Apple(米)
Huawei(中)
25%
15%
5%
LG Electronics(韓) 5%
Lenovo(中)
5%
Xiaomi(中)
5%
ZTE(中)
3%
Sony(日)
3%
TCL Communication(中) 3%
Yulong(中)
3%
72%
2015CY
Samsung(韓)
Apple(米)
Huawei(中)
Lenovo(中)
Xiaomi(中)
22%
16%
7%
5%
5%
LG Electronics(韓) 4%
ZTE(中)
4%
TCL Communication(中) 3%
OPPO(中)
3%
2%
BBK※(中)
71%
※BBK Communication Equipment
(出所)Gartner "Market Share: Final PCs, Ultramobiles and Mobile Phones, All Countries, 2Q16" 15 August 2016
(世界市場における対エンドユーザー販売台数ベース)よりみずほ銀行産業調査部作成
(注)白抜きが中国企業
みずほ銀行 産業調査部
101
Ⅱ-16. エレクトロニクス
躍進要因はコスト
優位性。コアコン
ポーネントは輸入
に依存
躍進の要因のひとつとしては、リファレンスデザイン1の活用や、安価な人件費
等製造コストの優位性が挙げられる。これによって、巨大母国市場でのスマー
トフォンの普及期に、消費者が求める必要なスペックを持つ機種を廉価に提
供できた。一方で、付加価値の高い技術の内製化は未だできておらず、IC2の
ようなコアコンポーネントは輸入に頼っている。例えば、2015 年の IC 輸入額は
2,307 億ドルに対して輸出額は 693 億ドルに留まり、貿易赤字は 1,613 億ドル
に達している(【図表 2】)。
【図表 2】 中国の IC 輸出入額
(億ドル)
(億ドル)
3,000
1,650
2,500
1,600
2,000
1,550
1,500
1,500
1,000
1,450
500
1,400
0
2011
輸出額
2012
2013
輸入額
2014
1,350
2015 (CY)
貿易赤字(右軸)
(出所)税関総署資料よりみずほ銀行産業調査部作成
1
2
3
4
中国もビジネスモ
デル転換が必要
な時期に来てお
り、技術立国に向
けた政策を打ち
出している
中国政府は、経済の成熟化とともに人件費が高騰し、ビジネスモデルの転換
が必要な時期に来ているとの認識の下、真の技術立国に向けて技術力を向
上させる政策を打ち出している。2014 年には、1,600 億ドルを超える貿易赤字
の削減と、技術力向上による技術先進国入りを目標に「国家 IC 産業発展推
進要綱」を発表し、1,387 億元(約 2 兆 1,374 億円)規模の「国家集積回路産業
投資ファンド」(大基金)を設立した。大基金は、精華大学傘下で実質国有企
業の半導体・IT 大手である紫光集団(Uni Group)に 5 年間で 100 億元(約
1,541 億円)の資本注入をする戦略的協力協定を締結したほか、半導体ファウ
ンドリの中芯国際集成電路製造(SMIC)に 31 億元(約 478 億円)出資し、28
ナノメートルプロセス開発資金を提供している。2015 年に発表された「中国製
造 2025」3には、中国の製造業における中長期的ロードマップが示され、世界
の製造強国の一員になることが明記されている。
産業競争力強化
と技術先進国入
りを目指す、中国
の 4 つの活発な
動き
産業競争力を高めて技術先進国入りすることでハイエンド技術の対外依存度
を下げ、貿易赤字解消を目指すという取組は、IC のみならず、リチウムイオン
電池における業界規範条件4や、医療機器における国産化推進策などでも見
ることができる。こうした政府の方針実現のため、中国企業・政府は以下の通り
①M&A、②設備投資、③中国内再編、④産官学連携で活発な動きを見せて
いる。
参照設計。半導体メーカーが応用製品メーカーに提供する製品の設計図。
Integrated Circuit。集積回路。
詳細はみずほリポート 2016 年 6 月 27 日号「2025 年の製造強国入りを目指す中国の新製造業振興策」」を参照。
2015 年 9 月に中国は、「リチウムイオン電池業界規範条件」を公布し、全てのリチウムイオン電池メーカーに対して参入条件や
安全性に関する要件を定めた。
みずほ銀行 産業調査部
102
Ⅱ-16. エレクトロニクス
5
6
7
①M&A による技
術やノウハウ、販
売網獲得の動き
紫 光 集 団 は 、 2015 年 に 米 国 の 半 導 体 メ モ リ 開 発 製 造 企 業 の Micron
Technology と HDD 製造企業の Western Digital (WD)、更には台湾の半導体
ファウンドリの台湾集積回路製造(TSMC) 5 と半導体設計企業の聯發科技
(Media Tek)、半導体パッケージング・検査企業の矽品精密工業(SPIL)6に対
してそれぞれ買収提案を行った(但し、いずれも最終契約には至らなかった)。
また、SMIC は 2016 年 6 月に伊 LFoundry の 70%の株式を取得した。
LFoundry は、自動車やセキュリティ、産業関連分野に注力しており、SMIC は、
この買収によって自社にはない顧客市場を開拓する足掛かりを得た。白物家
電でも、海爾集団(Haier Group)が米 GE の家電事業を 56 億ドルで買収し、
米国の販売網を得た。このように中国企業は、資金力を後ろ盾に積極的な
M&A 提案を続けており、結実する事例も出始めている。
②圧倒的な資金
力を背景とした大
型設備投資
紫光集団は 2016 年に半導体工場の建設に 300 億ドルを投資する予定である。
また、湖北省政府によって設立された半導体ファウンドリである武漢新芯集成
電路(XMC)は、米半導体設計企業 Cypress Semiconductor と共同で 240 億ド
ルを投資し、武漢市に 3D NAND 工場を建設中である。これらの中国勢の投
資金額は、Samsung が 2016 年から 2017 年に 3D NAND 工場に投資する総
額 25 兆ウォン(約 2 兆 2,800 億円)をも上回っており、投資規模の大きさが窺
える。また、中国液晶パネル最大手である北京東方科技集団(BOE)は 2016
年からの 3 年間で 2 兆円の投資を実施する。10.5 世代の最先端工場を合肥
市に建設するほか、四川省成都市や福建省福州市にも液晶パネル工場を建
設する計画である。BOE は、北京市政府の後ろ盾により資金調達に不安はな
く、大量生産でコストを下げ、競合他社を振り落とす戦略を採っている。
③中国内再編に
よる圧倒的規模
の企業づくり
2016 年 7 月、前述の紫光集団と XMC が統合し、持株会社「長江存儲科技
(YRST7)」が設立された。中国半導体企業同士の大型統合は初であり、前掲
の大基金も出資している。紫光集団の投資余力と Cypress の技術供与に裏打
ちされるであろう XMC の技術力を結集させ、圧倒的な規模の企業を作り、早
期に技術力の向上を果たしたい中国政府の思惑を見ることができる。また、中
国エアコン最大手の格力電器(Gree)は 2016 年 8 月、電気自動車(EV)やリ
チウムイオン電池の製造を手掛ける珠海銀隆新能源(Yinlong Group)を 130
億元(約 2,003 億円)で買収すると発表した。中国の家電市場も成長鈍化が見
込まれることから、今後成長が期待される EV 事業への参入を企図したもので
ある。このような国内再編事例も出始めている。
④産官学連携に
よる資金と人材
の有効活用
2016 年 7 月末に中国政府主導で 27 の研究機関、大学、完成品メーカー、半
導体メーカーが、国家規模でのアーキテクチャ、半導体チップ、ソフトウエア、
最終製品、システム、IT(情報技術)サービスの一貫した垂直統合型のエコシ
ステムを構築し、中国 IC 産業に急速な成長をもたらすことを目的として、高端
芯片連盟(HECA)を結成した。主な顔ぶれは、中国科学院微電子研究所
(IECAS)、工業信息部電信研究院(CAICT)、精華大学、北京大学、Lenovo、
Huawei、中興通訊(ZTE)、紫光集団、YRST、SMIC 等である。中国が技術に
立脚した製造強国を目指すべく、産官学が一丸となって研究開発に資金と人
材を投入する取組と言えよう。
Taiwan Semiconductor Manufacturing Company
Siliconware Precision Industries
Yangtze River Storage Technology
みずほ銀行 産業調査部
103
Ⅱ-16. エレクトロニクス
中国政府の政策と中国企業の動きが日本企業に与える影響
2.
コスト競争力と資
金力は中国の大
きな強みであり、
日本企業にとっ
ては大きな脅威
中国企業はこれまで、巨大な母国市場に裏打ちされたスケールメリット、並び
に労働集約型生産体制によるコスト競争力を活かした戦略で成長してきた。
足下では、産官学が一体となり、豊富な資金力を活かして買収や設備投資、
研究開発を行い、技術先進国を目指して技術力を向上させてきている。この
ような豊富な資金力を活かした大胆な取組は、日本企業にとって大きな脅威
となるであろう。では中国が狙ってくる領域は具体的にどこであろうか。
完成品はすみ分
けが進展
【図表 3】は、製品・部品別のグローバル市場規模(金額)、市場規模の年平均
成長率(CAGR)、日本企業のシェアの関係をグラフ化したものである。左図の
完成品では、複合機等市場規模が小さく、成長率の低い領域において日本
企業のシェアが高く、逆に市場規模が大きい領域ほど日本企業のシェアが低
い。この領域は、中国企業が躍進した領域であるが、日本企業もグローバル
ベースでは脱力している領域とも言えることから、エレクトロニクス業界の完成
品では、日本企業と中国企業の棲み分けがある程度進んでいると言えよう。
半製品・部品で
は市場規模が大
きい領域を強化
している
半製品・部品に関しては、コンデンサやモーター等市場規模の小さい領域で
日本企業のシェアが高い一方、中国が強化中の ASSP 8、DRAM、大型液晶
パネル等は市場規模が比較的大きい、もしくは高成長の領域である。この状
況を踏まえると、今後市場規模が相応に大きく、成長率も高い領域の中で日
本企業に相応のシェアがある分野、例えば二次電池等も強化してくる可能性
がありえるのではないだろうか。
【図表 3】 日本企業のシェアと市場年平均成長率と市場規模の関係図(左図:完成品、右図:半製品・部品)
100%
70%
デジタルカメラ
60%
80%
日本のシェアが
高い領域
日本企業シェア
日本企業シェア
60%
40%
20%
TV
PC
コンデンサ
50%
複合機
中国が躍進
棲み分けが進展
モータ
中小型液晶パネル
40%
30%
Discrete
日本のシェアが
高い領域
20%
コネクタ
NAND
Microcomponent
二次電池
10%
白物家電
0%
大型液晶パネル
スマートフォン
ASSP
狙ってくる領域 DRAM
0%
中国強化領域
中国強化領域
-6%
-20%
-30%
-20%
-10%
PCB
0%
10%
20%
30%
CAGR('11-'15)
-4%
-10%
-2%
0%
2%
4%
6%
8%
10%
12%
CAGR('11-'15)
(出所)各種資料よりみずほ銀行産業調査部作成
(注 1)バブルの大きさは市場規模
(注 2)PCB は Printed Circuit Board の略。プリント基板。電子部品を固定して配線するための基盤部品。
中国の狙いは、
高 い 技 術 を 求め
られ、市場規模
が大きい領域。
M&A で技術と市
場を獲得されるこ
とも想定すべき
8
中国の目指している方向性とこれまでの勝ちパターンを踏まえると、中国は市
場規模が大きい領域で技術力を高めることを目指す可能性が高い。また、日
本企業は、中国企業にとって技術的ハードルが高く、これまで参入できていな
かった領域でも、中国企業が M&A によって一気に技術と市場を獲得すること
も想定しなければならない。これは、美的集団(Midea Group)の独 KUKA 買
Application Specific Standard Product。特定用途向け専用標準 IC。標準 IC として複数顧客を対象に出荷されるもの
みずほ銀行 産業調査部
104
Ⅱ-16. エレクトロニクス
収9や前述の買収事例を見ても明らかと言えよう。では、中国企業が脅威となり
うる領域では日本企業は、中国企業とどのように向き合っていけばよいのだろ
うか。
3.
日本企業がとるべき事業戦略へのインプリケーション
日本企業にとって、中国企業に技術力とブランド力がそれほど備わっていな
い領域であれば、互いの強みを活かした形での win-win の関係を構築できる
可能性があろう。例えば、技術力に課題がある中国にとっては、日本企業の
技術力だけでなく、製品の品質・信頼性、それを背景に長年の実績を通じて
築かれた日本企業のブランド力も魅力的であろう。一方、日本企業としては、
中国企業の豊富な資金力やコスト優位性を活用すれば、コスト競争力や技術
力をさらに高め、巨大な母国市場である中国を含むグローバル市場への販売
強化につながると思われる(【図表 4】)。
中国企業と補完
関係を構築
【図表 4】 日本企業と中国企業の相互補完イメージ
資金力(政府のサポート)
技術力
品質・信頼性
補完関係
ブランド力
コスト競争力
巨大な母国市場
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
中国との協働の
あり方を段階別
に考察
技術先進国入りを目指している中国企業と日本企業の協働の具体的なあり方
について、技術の成熟度を①初期段階、②中期段階、③後期段階に分類し、
それぞれ事例を基に仮説を述べたい(【図表 5】)。
【図表 5】 中国企業との協業事例
・・・日本企業が担当
基礎技術
製品開発
生産設計
・・・中国企業が担当
初期段階
サイノキング
テクノロジー
工場設立資金
開発・設計。生産技術も供与
製品製造
中国合肥市
ダイキン工業
コア技術非開示
量産・スケールメリットを活用
安価な製品開発
低コストで調達・製造
業務用は対象外
中期段階
格力電器
東芝
生産
組立加工
白物家電の開発と製造。
研究開発資金サポート
製品販売
高価格帯販売
普及価格帯販売
グローバル
後期段階
美的集団
販売・
サービス
部品調達先の共通化
販売に挑戦
(出所)各種報道資料等よりみずほ銀行産業調査部作成
9
本稿「Ⅱ-11. ロボット -魅力的な市場は、同時に強力な競合企業を育て得る土壌-」を参照
みずほ銀行 産業調査部
105
Ⅱ-16. エレクトロニクス
①初期段階:次
世代技術の開発
資金を中国から
得て開発に特化
技術の成熟度が初期段階にある事例として、エルピーダメモリ元社長の坂本
幸雄氏が 2016 年に設立したサイノキングテクノロジー(以下、「サイノ社」)を採
り上げる。サイノ社は日本・台湾・中国の技術者集団で、省電力の次世代メモ
リの設計開発に特化し、製造は行わない。各種報道によると、中国の合肥市
が製造会社を設立し、生産設備に係る資金等も全て負担するという。製造に
係るノウハウ不足については、サイノ社側が全面的にバックアップするという枠
組みである。サイノ社にとっては、多額の資金負担をすることなく、技術開発に
集中でき、合肥市にとっては、雇用創出と、最新技術を手に入れられることが
メリットとしてあげられよう。本事例は、中国がキャッチアップしてくる前に提携
し、技術と製品設計の強みを活かす協働の仕方として、今後の動向が注目さ
れる事例だろう。この枠組みの場合、日本企業には現状の技術を更に上回る
次世代技術を常に開発し続けることが求められるが、成熟分野ではなく、技術
革新が期待できる分野であればサイノ社のケースのような中国企業・政府との
協働は十分可能と考えられる。
②中期段階:コア
技術をブラックボ
ックス化し、中国
のコスト競争力を
活用して中国市
場を攻略
技術の成熟度が中期段階にある事例として、2008 年に合意したダイキン工業
(以下、「ダイキン」)と格力電器(以下、「格力」)の事例を採り上げる。ダイキン
は中国政府の省エネ推進策に応え、格力が抱える技術的課題を解決しつつ、
インバータエアコンを巨大な中国市場で普及させることに成功した(中国エア
コン販売でのインバータエアコンの普及率:2009 年 7%⇒2012 年 55%)。具
体的には、ダイキンがインバータ技術を格力に提供する一方、格力は安価な
製品を製造できるノウハウを活用して低価格のインバータエアコンを開発し、
両社で製造・販売をした。ダイキンは、格力との共同開発では、温度制御技術、
気流制御技術、室外機と室内機の通信技術、製品設計する上での設計図面
など、基本技術を全て開示している。但し、ダイキンが長年の積み重ねで構築
してきた省エネ競争のコアとなる圧縮機モーターを最適制御するためのイン
バータソフトウェアの技術はブラックボックス化した。このように、ダイキン・格力
の事例は、自社のコア技術を開示せずに中国企業のコスト競争力を最大限
活用しつつ巨大な中国市場を活かした好事例であり、ブラックボックス化でき
る技術を見極めれば有効な手段と言える。例えば、今後中国勢の攻勢が強ま
る可能性のある前述の二次電池は、この段階に当てはまると考えられ、電極
等一部技術をブラックボックス化し、巨大な中国市場を活かすという戦略が想
定される。
③後期段階:マジ
ョリティに拘らず
ブランド料を得な
がら脱力
技術の成熟度が後期段階を迎えた分野での事例として、2016 年 6 月、美的
集団による東芝の白物家電事業(東芝ライフスタイル、以下、「TLSC」)買収が
注目される。美的集団が TLSC の株式の 80.1%を取得し、東芝は残りの 19.9%
の保有を維持する(8 年後に美的集団がコール、東芝がプットできるオプショ
ン契約を締結)。TLSC は、東芝ブランドの名の下、社名を維持して、冷蔵庫、
洗濯機、掃除機やその他の小型家電など、白物家電の開発・製造・販売を継
続する。日本国内市場は成熟していて今後大きな台数成長が見込めないが、
東芝はブランドと人材、コア技術を利用してブランド料を得ながら、脱力するこ
とができる。美的集団としては、アジアを含めた海外への進出にはブランドと
技術力が必要であり、東芝ブランドを残し自主経営に委ねることで日本企業
の技術力とブランド力を取り込もうとしている。このように東芝・美的の事例は、
マジョリティに拘らず win-win の関係を構築して事業成長を目指そうという枠
組みであり、技術が成熟している後期段階では有効な選択肢のひとつとなりう
るだろう。また、事業売却で得た資金を別の事業に投下することもできるので
みずほ銀行 産業調査部
106
Ⅱ-16. エレクトロニクス
ポートフォリオ戦略上も有効であろう。
技術の成熟度の
段階を見極めた
対応が必要
以上、技術の成熟度の段階ごとに中国企業との協働事例を交えて見てきたが、
日本企業にとって大切なのは、①各事業の技術の成熟度が現状どの段階に
あるのか、②技術の中で強みとなる部分、すみ分けが可能となる部分がどこな
のか、ということを見極めて、中国企業との協働のあり方を検討することである。
単純に今ある技術全てを守るということではなく、段階に応じて選択と集中を
使い分け、メリハリをつけた事業戦略を策定していくべきであろう。
みずほ銀行 産業調査部
テレコム・メディア・テクノロジーチーム 鈴木 勝
折田 夏樹
篠原 弘俊
益子 博行
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
107
Ⅱ-17. 人工知能
Ⅱ-17. 人工知能 -中国の取り組みの動向と日本の戦略方向性-
【要約】

中国は人工知能(以下、AI)3 ヵ年計画を発表し、AI の国際競争に本格的に“参戦”する。本
計画は、2018 年までに、世界水準の技術と産業を育成し、1,000 億元級の市場創出を目指す
ものである。

AI の関連分野における実績や、先行的な取り組みを進める大手インターネット企業を有する
中国において、今後、政府がトップダウンの政策運営を進め、中国における AI の技術開発・
市場開拓が加速すれば、日本の製品・サービスの相対的な競争力が低下する可能性が懸念
される。

日本の方向性として、産業政策面では、中国の動向を踏まえ、重点取り組み分野の選定とと
もに、必要な規制改革・資金支援等の早期実行が求められる。企業では、フォロワーとしての
中国の動向を踏まえて、AI を活用した製品・サービスの付加価値向上や業務プロセスの改善
を早期に進める必要がある。また中国が抱える様々な社会的課題に対して、AI ソリューション
の共同開発や顧客開拓での連携等、中国企業との協業による収益機会の創出に向けた取り
組みも期待される。
1.
中国の AI の取り組みの現状
(1)次世代の成長の原動力として「AI3 ヵ年計画」を発表
中国は、AI の研
究・産業に関する
3 ヵ年計画を制定
中国は、労働・資本投入の量的拡大に依存した従来の経済発展パターンの
限界に加えて、急速な経済発展の負の側面としてインフラ・環境問題等の社
会的課題の顕在化にも直面している。中国の近年の国家政策では、こうした
状況を打開するため、AI が次世代の成長の原動力の一つに位置付けられ、
技術開発の強化や産業化といった取り組みの必要性が強調されてきた(【図
表 1】)。
斯かる中、2016 年 5 月に国家発展改革委員会より、「インターネットプラス
AI3 年行動実施方案」(“互联网+”人工智能三年行动实施方案、以下、「3 ヵ
年計画」)が発表され、2018 年までに、中国の AI 技術・産業を世界水準に引
き上げるとともに、重点領域において世界トップクラスの中核企業を育成する
こと等により、1,000 億元(約 1.5 兆円)級の AI 活用市場1の創出を目指す計画
が示された。
【図表 1】 AI の取り組みの必要性を掲げる近年の中国の国家政策
公布年月
公布機関
2015年5月 国務院
施策
中国製造2025
2015年7月 国務院
『互聯網+(インターネットプラス)』行動の積極的推進に関する
指導意見
2016年3月 工業化情報部ほか
ロボット産業発展計画(2016~2020)
2016年5月 国務院
製造業とインターネットの融合発展の深化に関する指導的意見
2016年5月 国家発展改革委員会ほか インターネットプラス AI3年行動実施方案
(出所)各種公開資料よりみずほ銀行産業調査部作成
1
AI のサプライヤーの売上だけでなく、AI の導入企業によるコスト削減・売上増を含む市場規模
みずほ銀行 産業調査部
108
Ⅱ-17. 人工知能
3 ヵ年計画では、AI に関する技術開発、応用分野(重点分野、端末製品のス
マート化)、計画実行のための支援措置の 3 点について、取り組みの方向性
が提示された(【図表 2】)。それぞれの内容を見ると、ディープラーニングや脳
型コンピューティング2といった先端技術の開発、スマートホーム、自動運転、
ロボットといった産業分野での応用、技術標準化や人材育成等についての支
援が掲げられている。こうした方向性は、米国や日本の政府・企業の取り組み
との一致も多く、本計画は、世界の潮流を的確に捉えた内容だと言えよう。た
だし、現時点では個別テーマの実現に向けたロードマップ・施策の提示はなく、
取り組みのコンセプトの提示に留まっている。また、今回の 3 ヵ年計画は、
2016 年 3 月に Google 傘下の Deep Mind が開発した AI「Alpha Go」が人間の
囲碁プロ棋士に勝利した 3ニュースを契機として、先行する米国に対する“出
遅れ感”が国内で認識された結果、急ピッチで策定されたという見方がある。
このような観点で、中国における AI の取り組みは、緒に就いたばかりの状況と
言えよう。
AI3 ヵ年計画はコ
ンセプトの提示に
留まるが、今後
強力に推進され
る見込み
しかしながら、2016 年 3 月に発表された「第 13 次五ヵ年計画」(2016 年~2020
年)において、AI は重要項目にも掲げられていることから、今回の 3 ヵ年計画
は、今後、国家をあげて強力に推進されると考えられる。
【図表 2】 「インターネットプラス AI3 年行動実施方案」の概要
計画概要および実施目標
2018年までに、中国のAIの産業体系・サービス体系・標準化体系の基礎を構築し、技術と産業を世界水準に引き上げるとともに、
AIの重点領域において、世界トップクラスの中核企業を育成すること等により、1,000億元級のAI活用市場を創出する
取り組み内容
項目
主なポイント
コア技術の研究開発と
産業応用
AI産業の育成・発展
開発リソースのオープン化・
プラットフォーム化
重点分野における
製品開発
端末製品のスマート化
・文書、音声、画像、動画、地図等、AIの訓練用ビッグデータのプラットフォーム形成によるAI開発コストの低減
・コンピューティングリソースやアルゴリズムのオープン・プラットフォーム化
・スマートホーム(ホームエンターテイメント、エネルギー管理、ホームセキュリティ等)
AI活用による製品・サービスの ・自動運転(クルーズコントロール、自動駐車システム等)
スマート化の促進
・無人システム(飛行機、船舶等、各種産業機械・機器の無人化、物流、農業、測量、電力配線、保安、救急等での活用)
・公共安全(治安維持、災害予知等)
端末製品*のスマート化の促進 ・クラウド連携、カスタマイゼーション等の導入による端末製品のスマート化
*
・ウエアラブル端末の医療・ヘルスケア、労働、人身安全等での活用促進、ビジネスモデル等の変革
移動端末、ウェアラブルデバイス、バー
チャルリアリティ端末、ロボット等
・産業用ロボット、特殊ロボット、サービスロボット等の開発強化、活用促進
資金支援
計画実行のための
支援措置
・産学連携の促進:国家工程実験室、国家工程(技術)研究中心等の設立
・ディープラーニング技術や脳型コンピューティングの研究開発等
・AI領域のチップ、センサー、OS、ミドルウェア等、各種ハードウェア・ソフトウェアの技術開発等
・中央政府予算の活用、ベンチャー企業投資・創業投資、適格企業による社債発行の認可等、資金チャネルの多様化
技術標準化
・ネットワークセキュリティ、プライバシー保護等に関する技術の標準化等
知的財産権の
保護強化・活用促進
・AIの基礎技術、応用アプリケーションに関する知的財産の保護強化等
人材育成
・高等教育の充実化、産学官連携、養成基地の設立等による人材育成
・国内人材の海外派遣によるトップ人材の育成等
国際協力
・有力企業による海外市場開拓支援、海外企業との連携等による海外市場開拓支援等
・国内外のイノベーション資源の融合による国際競争力の獲得
・業界団体/連盟のプラットフォーム化による、AIベンチャー企業に対する国際協力・海外の技術紹介等のサービス提供
組織連携
・「インターネット+」政策連絡会議制度を利用し、領域横断的な専門家・中核企業による定期連絡会議体制の整備
・中央政府、地方政府、研究機関、産業等の連携促進
(出所)「“互联网+”人工智能三年行动实施方案」よりみずほ銀行産業調査部作成
2
3
情報科学と脳科学の最先端の知見を融合した新しい情報処理技術
AI 研究者の間では、技術的な難しさから、こうした成果をあげるには「あと 10 年はかかる」と見られていた
みずほ銀行 産業調査部
109
Ⅱ-17. 人工知能
(2)AI の関連分野における実績
3 ヵ年計画の策定
は自信の表れか
国家的な AI の対応方針を打ち出し、“スタートライン”に立った中国だが、世
界が凌ぎを削る AI の研究開発に関して「3 年で世界水準」、AI の応用によっ
て「1,000 億元の市場創出」という短期間での意欲的な目標を掲げている。こう
した目標設定の背景には、国内の取り組みを鼓舞する狙いがあるだろうが、
中国は、近年 AI の関連分野において後述のような優れた実績をあげており、
そうした実績に基づく “自信”があるとも考えられる。
世界のスパコンラ
ンキングでは、中
国の「国産機」が
首位を獲得
まず、スーパーコンピュータ(以下、「スパコン」)の開発競争での中国の躍進
は目覚ましいものがある。世界では、スパコンを活用した脳構造の解析や脳
型コンピューティング等の研究が活発に行われており、こうした研究成果が AI
の高度化をもたらす可能性がある。斯かる中、2016 年 6 月に発表されたスパコ
ンの演算性能ランキング「TOP500」では、中国の国家並列計算機工学技術研
究センターが開発した「神威太湖之光」が世界首位に立ち、中国が 7 期連続
となる世界一を獲得した。コア部品は外国製を採用した過去 6 期の優勝マシ
ン「天河二号」と異なり、今回は中国製のチップを使った“国産機”ながら、5 位
となった日本の「京」の約 9 倍もの演算性能を記録しており、大規模なスパコン
投資を進めてきた中国の技術力が示されたと言えよう。
プログラミングコ
ンテストでも中国
が高い 存在 感を
発揮
また、世界的に AI 技術者の人材不足が叫ばれる中、中国は、AI 分野に取り
組み得る人材の“裾野の広さ”がある。例えば、プログラミングは AI の実装に
求められるスキルであるが、これを用いた問題解決能力を競う国際大学対抗
プログラミングコンテスト(ICPC)では、世界中の強豪校が集まる中、上海交通
大学、浙江大学といった中国の大学が度々、米国のトップクラスの大学に勝る
上位に入賞している。また世界大学評価機関の英クアクアレリ・シモンズが公
表する世界大学ランキングでは、コンピュータサイエンス部門のトップ 20 に中
国の大学が 3 校ランクイン4するなど、AI 技術者の適性を持つ人材プールを有
していると言えよう。
(3)産業界における AI の取り組みの加速
4
大手インターネッ
ト系企業が AI に
積極投資
3 ヵ年計画の最終的な目標は、AI 活用市場の創出であるが、AI 活用への取り
組みをいち早く進めてきたのが BAT と称される大手インターネット企業の百度
(Baidu)、阿里巴巴(Alibaba)、腾讯(Tencent)の 3 社であり、今後、政策的な
産業育成の中核企業になると想定される。BAT は、今や世界の時価総額ラン
キングでもトップクラスに入る企業であり、各社は、豊富な資金力を背景に AI
研究組織の設立や外部企業との協業、ベンチャー企業に対する出資・M&A
等を行い、自社のネットサービスの高度化だけでなく、自動運転等の AI を活
用した新規事業の育成に取り組んでいる。
百度は、中国企
業の AI 投資をリ
ードする
その中でも、ネット広告を収益基盤とする検索サービスで約 70%の国内シェア
を持ち「中国の Google」と称される百度は、活発な AI 投資を進める代表的企
業である。2013 年に北京で IDL(Institute of Deep Learning)という研究施設を
設立したほか、2014 年にはシリコンバレーに SVAIL(Silicon Valley AI Lab)と
いう AI 研究所を開設し、約 300 億円を投入して 200 名規模の研究体制を整
備すると発表した。また、AI 研究の統括者として、グーグルのディープラーニ
ング研究プロジェクト「Google Brain」を立ち上げたスタンフォード大学の Ng 准
日本の最高位は 21 位の東京大学
みずほ銀行 産業調査部
110
Ⅱ-17. 人工知能
教授を招聘した。
百度は AI を活用
したエコシステム
の形成を目指す
2.
百度の研究内容は、画像認識、音声認識、自然言語処理、ロボティクス、ビッ
グデータ分析等の多岐に渡り、同社の検索エンジン、地図情報サービス、
PC・スマホ向けアプリといったコアビジネスの精緻化やパーソナライゼーション
等の実現に活用されているほか、同社が新たな事業の柱にすべく独 BMW と
連携して取り組む自動運転技術の開発にも活用されている。数ある百度の AI
技術の中でも、同社は音声認識で Google や Microsoft に精度で勝ることを自
負しており、聞き分けが難しいとされる中国語の認識でも人間を上回る精度を
記録したと発表している。この技術を活用して、2015 年には、音声型パーソナ
ルアシスタントの Siri(アップル)、Cortana(マイクロソフト)、Google Now(グー
グル)を迎え撃つ Duer を発表し、同社の様々なサービスとの連携を図ってい
る。将来的には、スマートフォン、ウェアラブル端末、自動車、ロボット等、様々
なデバイスを音声インタフェースで操作・対話可能にすることを目指すなど、
Google さながらに、自社を中心に据えたエコシステムの形成を展望している。
中国の取り組みが日本産業に与える影響
中国のトップダウ
ンの実行力は、
日本にとっての
脅威に
先述の通り、今回の 3 ヵ年計画は、取り組み概要の提示に留まることから、現
時点において、日本の特定の産業や研究分野に対する影響を判断するのは
早計という見方もあろう。しかしながら、産業育成に対して政府が強いイニシア
ティブをとる中国では、今後、規制緩和や研究開発費の助成、技術の標準化
といったトップダウンの取り組みが早期に実行されると想定される。AI 関連分
野での実績や、BAT のような大手の取り組み状況も踏まえると、中国の AI 産
業は想定以上のスピードで発展する可能性がある。
自動運転の分野
では、規制面で
の自由度が有利
に働く可能性
例えば、3 ヵ年計画の重点分野に掲げられた自動運転に関しては、Google 等
が技術面で先行する中、中国は規制面での自由度が産業化に向けた後押し
となっているといえよう。日米欧と異なり、道路交通に関する国際条約「ジュネ
ーブ道路交通条約」に非加盟の中国では、当該条約の定める無人走行に関
する制限を受けないことから、百度が 2015 年には無人運転車の公道での走
行実験を行っている。こうした規制面の有利性に加えて、2016 年中にも、通信
規格等の技術的な基準や都市や幹線道路での走行に関するガイドライン等
のロードマップの草案が公表されるという報道があり、自動運転の開発を進め
る BAT や地場自動車メーカーが今後、実用化に向けた取り組みを加速させる
可能性が考えられよう。
海外企業との連
携によって、中国
の AI 産業の底上
げも図られる
また 3 ヵ年計画の中では、海外企業との連携方針も示されており、対中投資の
促進や第三国市場の開拓に資する政府支援によって、AI の技術・市場の底
上げが図られよう。米 Dell は、中国市場の発展性や研究リソースに対する期
待から、2015 年以降の 5 年間で 1,250 億ドルに及ぶ中国への投資計画を発
表し、その一環として、先端テクノロジーのベンチャー企業への投資や現地で
の AI 研究等を行う方針を示した。研究面では、国務院直轄の科学技術研究
機関である中国科学院と共同研究室を設立し、認知機能シミュレーションや
ブレインコンピュータインタフェースといった新たなコンピューティングアーキテ
クチャの研究と応用に取り組む方針である。
AI の進化による
製品のコモディテ
ィ化の可能性も
今後、グローバルにあらゆる産業で AI の活用が想定される中、上述のような
取り組みによって中国の技術開発・市場開拓が加速すれば、日本の製品・サ
ービスの相対的な存在感が低下する可能性が懸念される。一例として、AI の
みずほ銀行 産業調査部
111
Ⅱ-17. 人工知能
進化によって、ものづくりの分野における最終製品のコモディティ化が想定以
上に進展する可能性が考えられる。AI の進化の観点では、囲碁のプログラム
について、ディープラーニングと強化学習 5の融合により、研究者の予想を超
えるスピードで画期的な成果がもたらされたことが記憶に新しいが、ロボット分
野においても、同様の手法を用いた“運動能力の向上”(制御の高度化)が期
待されている。これは、センサーで認識した情報をもとに、ロボットが試行錯誤
しながら、複雑なタスクを自律的・効率的に学習していくシステムであり、ロボッ
トの性能に大きく影響する制御プログラミングの自動化・省力化を実現するも
のである。このような先進的な AI を中国企業が実用化し、熟練技術者による
高度な加工や緻密な品質管理といった“匠の技術”が代替可能になった場合、
ものづくりの分野では、中国製品との品質・性能差の縮小が想定以上のスピ
ードで進行し、その結果として、最終製品のコモディティ化が進む可能性があ
るのではないか。企業の中期経営計画の策定や事業・製品ポートフォリオの
見直しにあたっては、こうした可能性を踏まえた上で、注力・脱力領域の選定
が必要となろう。
3.
日本の取り組み方向性
(1)産業政策の方向性
日本では AI の社
会実装の実現・
促進のため、3 省
連携が始まった
日本は、2015 年 6 月の「『日本再興戦略』改訂 2015」において、AI を重要な
取り組み項目に位置付け、関係省庁において、対応方向性の検討が進めら
れてきた。そして今年度に入り、政府主導の取り組みが“一段進んだ”ところで
あり、AI の国際競争で伍していくには、今後の舵取りが重要となる。
国内では 2016 年 4 月に経済産業省、総務省、文部科学省の 3 省と経済界、
大学等で構成する「人工知能技術戦略会議」が立ち上がった。同会議傘下の
「研究連携会議」では次世代 AI の研究開発目標の策定、「産業連携会議」で
は産業化計画の策定に向け、目下、産学官一体となって取り組んでいる。「産
業連携会議」では、①2030 年までの産業化ロードマップ策定と規制改革分析、
②人材育成、③データ共有枠組み・AI 汎用オープンツールの整備、④ベン
チャー育成についての各項目に対応する 4 つのタスクフォースを設置し、必
要な対応の検討を進める予定である。
4 つのタスクフォースの中でも、優先順位が最も高く設定されている①産業化
ロードマップの策定では、重点取り組み分野の検討も進められる予定である。
この点、日本は、米国のみならず先述の中国の動向も踏まえた上で、AI の国
際競争をリードしていくために、どのような視点で重点分野の見極めを行うべ
きだろうか。
重点分野選定の
視点は、実世界
の 「デ ー タ 量」 の
優位性
5
6
まず、インターネット上のサービスや、パソコンやスマートフォン等を通じて収
集されるデータを対象とした AI の活用は、大量のデータを有する Google、
Facebook、Amazon 等のプラットフォーマーが有利であり、当該領域での競争
は困難を極めるだろう。一方、産業機器の稼働データや監視カメラの映像等、
実世界のデータを対象とした AI の活用については、IoT/CPS6の活用進展に
よって、データの収集・蓄積がこれから本格化する領域であり、こうしたデータ
の発生源となるデバイスのメーカーが集積している日本にはチャンスがあると
コンピュータに対して、目標とする最適な行動を正解として与えずに、各行動にプラスとマイナスの報酬を与えることで、最も多く
の報酬が得られそうな行動をコンピュータが学習し、最適な行動を獲得する機械学習手法の一種
Cyber-Physical System; 実世界と仮想世界の融合(インターネット化以外も含む)による価値創造
みずほ銀行 産業調査部
112
Ⅱ-17. 人工知能
言えるのではないか。その上で、特に重点的に取り組むべき分野は、AI が創
出する付加価値の源泉である「データの量」の優位性がある分野だと考える。
即ち、日本企業のグローバルシェアが高い製品・機器であり、自動車、ロボット、
FA・工作機械、医療機器等、日本のものづくりの強みが維持・発揮されている
領域において AI を活用することで、製品・機器の自律的な制御や、稼働の最
適化、予知保全といった付加価値機能・サービスを実現する取り組みに注力
すべきと考える。しかしながら、こうした領域に対して、「製造強国」を目指す中
国も照準を定めていることから、日本は、中国に先んじて、研究開発費助成や
ベンチャー企業への出資を含む資金支援や規制改革の実行により AI 開発・
活用を促進し、上記製品領域の強みの維持・強化を図るべきだろう。
(2)日本企業の取り組み方向性
フォロワーとして
の中国の動向を
踏まえ、日本企
業は更なる取り
組みの加速が求
められる
前項で述べたように、実世界のデータを対象とした AI 活用では、日本にもチ
ャンスがある。しかしこうしたチャンスを掴み、我が国の AI 産業の競争力に繋
げるためには、前述の産業政策の策定に加えて、各企業による主体的な取り
組みが不可欠である。
昨今、日本でも、AI の研究開発に関する専門組織を新設する企業や、AI 企
業とユーザー企業の協業等が散見されるが、AI の取り組みで先行する米国
のみならず、フォロワーとしての中国の動向を踏まえると、日本企業は AI を活
用した製品・サービスの付加価値向上や業務プロセスの改善等への取り組み
を一層加速させる必要がある。
AI の活用にあたっては、①AI の用途(の発掘・発見)、 AI 活用の両輪と言
える②データ、③アルゴリズム、そしてそうしたプロセスを推進していく④人材、
という 4 点について考慮が必要である。概括すると、企業は、まず自社に関連
するバリューチェーンを俯瞰し、AI を活用し得る領域を特定した上で、AI の学
習に求められるデータを収集し、アルゴリズムについては、必要に応じて社外
のリソースも活用しながら、用途に沿った AI の開発に取り組む必要がある。AI
は実用化するまでのプロセスが長く、試行錯誤による地道な取り組みが求めら
れることから、素早い着手が求められる7。
先行的な知見や
技術の 提供によ
り、中国企業との
協業の可能性も
一方、今回の 3 ヵ年計画では、海外企業との連携による技術開発や産業化の
取り組みも掲げられており、中国企業との競争だけでなく、収益機会の創出に
向けた取り組みで協業するという選択肢も取り得るのではないだろうか。
近年、中国において対応が急務となっている高齢化や環境問題等の社会的
課題に対しては、高度経済成長期を経て経済成熟国に至るまでの日本の経
験やノウハウを武器に、先行的な知見や技術を蓄積し、これを提供することに
より、中国側をリードする形で AI 分野の連携を深めていく取り組みが考えられ
よう。
例えば、高齢化に対するソリューション提供の分野において、世界にも類を見
ない超高齢社会を迎えた日本には、既に高齢者の生活習慣や健康・医療等
に関する膨大な事例や研究成果等が存在しており、AI 活用のために必要な
データを収集するための環境が十分に整っている。
7
AI の活用プロセスに関する考察は、2016 年 5 月 10 日付 MIZUHO Research & Analysis no.1 グローバル経済の中長期展望と
日本産業の将来像 -パラダイムシフトと日本の針路- 「Column3. 人工知能(AI)の活用進展に向けたユーザー企業の取り
組み」を参照されたい
みずほ銀行 産業調査部
113
Ⅱ-17. 人工知能
日本企業はこのような環境を活かし、デジタル化によるデータ収集・活用にい
ち早く取り組み、高齢者に関する「データの量」で優位に立つことで、日本市
場の立ち上げと並行して、中国の文化や商慣習に精通した現地企業とソリュ
ーション開発や顧客開拓に関して連携できると考える。また、電力、食糧、環
境等の課題についても、中国企業との協業が期待される(【図表 3】)。加えて、
中国の規制面の自由度を勘案すると、日本での事業化に先行して、実証実
験を中国で行うことも一案となろう。
今後中国では、社会的課題解決に向けたトップダウンでの取り組みが進展す
ることで、AI を活用する新たな市場が早期に、且つ大規模に立ち上がる可能
性が想定される。そうした中、本戦略の採用にあたっては知財・技術流出に留
意が必要であるものの、新たな有望市場の獲得につなげるという観点では日
本企業がいち早く取り組む意義は大きいと言えよう。
【図表 3】 社会的課題の解決に資する AI ソリューション(例)
社会的課題
高齢化の進展による医療費の膨張
電力消費量の増大による電力供給量不足
人口増加に伴う食糧問題
大気汚染(PM2.5、SOX等)、水質汚染等の環
境汚染
AIを活用したソリューション(例)
 バイタルデータ(体温、血圧、脈拍、活動量等)、生活習慣(食事、運動
量、睡眠時間等)、遺伝子情報、疾病・診断データ等の分析による予防
医療の推進
 家庭や企業の電力需要予測、再生可能エネルギーの発電量予測、ス
マートグリッド(スマートメーター等のICT を活用した次世代送電網)によ
る電力需給の最適化
 農作物の生育環境(温度・湿度・水量等)に関するデータの収集・分析
による収穫量の最適化
 センサーネットワークの分析による予報情報の算出、 汚染源の特定
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
米国が先行する世界の AI 開発競争は、中国の国家的な取り組みの開始によ
って、今後更に激しさを増すことが想定される。我が国においても政府・企業
で AI の活用に向けた取り組みが始まりつつあるが、こうした取り組みの一層の
加速により、日本が世界をリードしていくことを期待したい。
みずほ銀行 産業調査部
テレコム・メディア・テクノロジーチーム 高野 結衣
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
114
Ⅱ-18. 小売
Ⅱ-18. 小売 -小型フォーマット+O2O 展開に中国企業との連携も戦略に-
【要約】
 中国小売市場では、流通チャネルの変化(EC 化の進展と小型フォーマット業態の成長)、及
び消費者層の変化(新中産階級の台頭、ライフスタイルの都市化)が進行している。
 都市部ではショートタイム・ワンストップショッピングのニーズが強まり、コンビニエンスストアはじ
め、こうしたニーズの充足に強みを持つ日系小売企業には事業拡大の機会となろう。
 但し、急速な EC 化が進展する中国で、日系小売企業が実店舗での展開を志向するには、製
造小売業やコンビニエンスストアのような、中国小売市場での同質化構造から一線を画すビジ
ネスモデルを持つ必要がある。さらに、O2O 対応の深化にも取り組む必要がある。
 今後、中国企業との提携によってウェブチャネル・物流・決済をはじめとする機能を補完し、競
争力のあるビジネスモデルを構築することが、競争力向上のための有効な手段となろう。
中国社会・経済の注目すべき変化
1.
中国社会・経済の注目すべき変化急速な少子高齢化や生産年齢人口の減
少を背景として、中国の GDP 成長率は低下傾向にあり、直近 2014 年の前年
比伸び率は+8.2%となった。2016 年からスタートした「第 13 次五ヵ年計画(以
下、「13・5」)」では、社会の成熟化を前提に、成長率 6.5%程度で内需主導の
安定成長(新常態)を目指すとしている。社会消費品小売総額も、2014 年に
は 2.7 兆人民元(前年比+12.0%)と成長率は高水準ながらも鈍化傾向にある
(【図表 1】)。
「 新 常 態」 下 、 安
定成長を 目指す
中国
(1)流通チャネルの変化: EC 化/大型店の衰退と小型店の成長
2つのチャネルシ
フト①急速な EC
化と②小型店トレ
ンド
中国小売市場では、流通チャネルのシフトと新たな消費者層の出現の二点に
おいて変化が起きている。このうち前者のチャネルシフトついては①EC 化の
急速な進展と、②コンビニエンスストア(以下、「CVS」)をはじめとした小型フォ
ーマット業態の堅実な成長が進行している。
EC は実店舗と並
ぶ流通インフラと
して発展
近年、EC チャネルは急速に普及し、実店舗と並ぶ主要な購買チャネルとなっ
た。2014 年の EC 売上高は社会消費品小売総額の 10.3%を占め、連鎖百強
(チェーンストア上位 100 社)売上高合計を超えた(【図表 2】)。
【図表 1】 GDP と社会消費品小売総額の推移
(億元)
700,000
社会消費品小売総額
GDP
GDP成長率
社会消費品小売総額伸び率
(右目盛)
(右目盛)
【図表 2】 連鎖百強・EC 売上高・ブロードバンド普及率の推移
(%)
25.0%
連鎖百強売上高合計
(億元)
30,000
ブロードバンド普及率
EC売上高合計
(右目盛)
27,900
(%)
60.0%
22.7%
600,000
25,000
18.8%
500,000
18.2%
15.9%
42.1%
38.3%
20,000
18.3%
14.5%
400,000
15,000
12.0%
10.4%
300,000
9.3%
10.2%
10.0%
8.2%
200,000
5.0%
18,700
10,000
13,678
28.9%
11,988
22.6%
20,400
18,851
40.0%
30.0%
13,040
20.0%
7,846
4,610
5,000
10.0%
2,630
100,000
1,281
0
0
(CY)
50.0%
21,440
16,600
16,507
34.3%
15.0%
13.2%
47.9%
45.8%
20.0%
18.5%
18.5%
0.0%
2008
2009
2010
2011
2012
2013
(CY)
0.0%
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2014
(出所)中国国家統計局資料よりみずほ銀行産業調査部作成
(出所)中国連鎖経営協会資料よりみずほ銀行産業調査部作成
みずほ銀行 産業調査部
115
Ⅱ-18. 小売
背景として、インターネット普及率の急速な高まり、オンライン決済の多様化、
地域によっては実店舗自体が少なく買い回りに課題があることの他、政策誘
導も大きな役割を果たしている。中国商務部は 2015 年 5 月に「インターネット
+流通」行動政策を策定し、EC チャネルを都市部のみならず農村部の流通
インフラとして位置付けたことから、今後も EC チャネルの成長が見込まれる。
総じて EC に対して苦戦している実店舗であるが、百貨店や超市(スーパーマ
ーケット)はじめ大規模店舗に対して、小型フォーマットは堅実に成長している
(【図表 3】)。2015 年の百貨店、超市の成長率はそれぞれ前年比+4.1%、▲
0.7%と低下傾向にある一方、CVS は前年比+9.8%と高い成長を続けている。
背景には、単身世帯や核家族、共働き夫婦のみ世帯の増加などによって、料
理をしない、買物に時間をかけない、買物の時間を選ばないなど、生活スタイ
ルが変化し、ワンストップ・ショートタイムショッピングのニーズが高まっているこ
とが考えられる(【図表 4】)。
大型店は成長鈍
化。特に都市部
では小型店にトレ
ンドシフト
【図表 3】 CVS・超市(SM)・百貨店の前年比成長率
(%)
超市(SM)
百貨店
12.0%
10.0%
8.0%
【図表 4】 都市化率の増加と世帯構成の変化
CVS
(%)
単身世帯
二人世帯
三人世帯
都市化率
(右目盛)
35.0%
56.0%
9.8%
9.6%
9.5%
8.5%
(%)
30.0%
54.0%
25.0%
52.0%
20.0%
50.0%
15.0%
48.0%
10.0%
46.0%
5.0%
44.0%
7.8%
6.5%
6.0%
4.1%
4.0%
2.7%
2.0%
-0.7%
0.0%
2013
2014
2015
0.0%
-2.0%
(CY)
(CY)
(出所)中国連鎖経営協会資料よりみずほ銀行産業調査部作成
42.0%
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
(出所)中国国家統計局資料よりみずほ銀行産業調査部作成
(注)都市化率=人口に占める都市人口の割合
(2)新たな消費者層の出現:新中産階級の台頭
都市部の「新中
産階級」が消費
者層として存在
感が高まる
新たな消費者層の出現という視点からは、新中産階級が台頭し、消費の主流
になることが挙げられる。この層は「80 后」や「90 后」と表現され、質の高い教
育を受け、多くが一級・二級都市に在住し、スマートデバイスを使いこなすな
ど、情報感度が高いと言われる。また、消費意欲が旺盛で、国内の商品に飽
き足らず海外からの輸入品に対する需要があり、モノ消費だけでなく海外旅
行も含めたサービス支出への関心も高い。この層は、ほかの先進国の同世代
とも似た消費志向性を持ち、2014 年には 2.7 億人とすでに人口の 24.4%を占
めるが、2020 年には 3.4 億人と人口の約 30%まで拡大し、消費者層として存
在感がさらに高まると予想される(【図表 5】)。
【図表 5】 2014 年の人口構成比
60-64
55-59
50-54
45-49
40-44
年
齢 35-39
階 30-34
級 25-29
20-24
15-19
10‐14
男性
女性
2014 年:2.7 億人
0
20,000
40,000
60,000
80,000
100,000
2020 年:3.4 億人
120,000
人口(単位:人)
(出所)中国国家統計局資料よりみずほ銀行産業調査部作成
みずほ銀行 産業調査部
116
Ⅱ-18. 小売
2.
チャネルシフトと社会動態の変化が日系小売企業に与える影響
日系小売企業の中国展開を振り返ると、百貨店、GMS、CVS が出店を行って
きたが、近年は専門小売も出店を積極化している(【図表 6】)。これまでの中
国内のシェアでは、GMS はじめ大型店舗中心とする各社のシェアは他の外
資系などの後塵を拝している(【図表 7】)。一方で、CVS は店舗数で相対的に
相応のプレゼンスを有している1。こうした中、今後の日系小売企業のシェア拡
大に向けて、中国社会・経済の変化を踏まえたポイントとして 3 点挙げる。
【図表 6】 主要日系小売企業の中国展開状況
2012年2月期
海外店舗数
GMS
CVS
うち、中国
69
百貨店
2016年2月期
%
海外店舗数
45
65.2%
うち、中国
95
%
60
63.2%
37
5
13.5%
34
6
17.6%
43,039
1,385
3.2%
49,583
4,428
8.9%
761
505
66.4%
1,774
1,107
62.4%
専門小売
(出所)各社決算説明資料よりみずほ銀行産業調査部作成
(注)GMSはイオン、イトーヨーカドー、百貨店は高島屋、三越、伊勢丹、
CVSはセブンイレブン、ローソン、ファミリーマート、ミニストップ、
専門小売はニトリと良品計画、ファーストリテイリング、ハニーズの各社合計
【図表 7】 中国小売業上位 10 社および日系 2 社
2015年
No
販売額
社名
主な業態
国籍
US$ mn
1
China Resources Enterprise Ltd/華潤創業
SM
中国
25,994
2
Auchan Group SA/大潤發
SM
フランス
15,675
3
GOME Electrical Appliances Holding Ltd/国美電器
家電量販店
香港
13,245
4
Suning Appliance Co Ltd/蘇寧電器
家電量販店
中国
13,107
5
Wal-Mart Stores Inc/ウォルマート
SM
米国
11,371
6
Bailian Group Co Ltd/百联集团
SM、CVS、百貨店
中国
10,094
7
Yonghui Superstores Group/永輝超市
SM、CVS
中国
6,829
8
Belle International Holdings Ltd/百麗国際
アパレル
香港
6,777
9
Carrefour SA/カルフール
SM
フランス
5,906
10 Bright Food (Group) Co Ltd/光明食品集団
百貨店、SM、CVS
中国
5,068
41 Seven & I Holdings Co Ltd/セブン・アンド・アイ
SM、CVS
日本
1,777
51 AEON Group/イオン
SM
日本
1,099
(出所)Euromonitorよりみずほ銀行産業調査部作成
都市への新中産
階級の蓄積は小
型フォーマットに
強みを 持 つ小売
企業にプレゼン
ス向上の機会
1
2
まず、新中産階級の都市への蓄積は、小型フォーマット業態に強みを生かし
た進出の機会となりうるであろう。「13・5」では都市化が推進されており、今後、
常住人口ベースの都市化率は 2015 年の 56.1%から 2020 年には 60%まで上
昇する見込みである。この都市への人口集中の過程で、都市型のライフスタイ
ルの消費者層である新中産階級がさらに厚みを増すだろう。そのため、CVS
のような小型フォーマット業態に強みを持ち、さらに機動的な MD 2 、商品開
発・管理に強みを持つ日系小売企業にとっては機会として捉えられよう。
中国内の CVS 店舗数ランキングでは、ファミリーマート 1,501 店 9 位、ローソン 652 店 19 位、セブンイレブン 192 店舗 44 位
(2015 年中国連鎖経営協会)
マーチャンダイジングの略。商品の企画、仕入、販売形態を決定する一連のプロセスを指す。
みずほ銀行 産業調査部
117
Ⅱ-18. 小売
EC 化・M コマース
化の進展に対応
して O2O の強化
が必要に
次に、EC 化の進展は、店舗型小売業にとって O2O3対応の必要性が高まるこ
とを意味する。スマートデバイスの利用環境がさらに整備され、モバイルブロ
ードバンドの普及率は 2015 年の 57%から 2020 年には 85%となる見込みであ
る。2015 年現在、すでにインターネットユーザーの 60%がオンラインショッピン
グを利用している(【図表 8】)。さらに、スマートデバイスを介した購買行動によ
って M コマース化4が進むことが想定され、クーポンなどによる販促や店舗の
受け取り拠点化による来店動機付けなど実店舗とウェブとの連携による利便
性向上や販売機会の創出が必須となるであろう。
【図表 8】 オンラインショッピング利用状況
(億人)
オンラインショッピング利用者規模
インターネットユーザーに占める割合
5.0
4.5
55.7%
4.0
48.9%
3.5
3.0
42.9%
60.0%
4.1
3.6
60.0%
50.0%
3
37.8%
40.0%
2.4
2.5
2.0
(%)
70.0%
(右目盛)
30.0%
1.9
1.5
20.0%
1.0
10.0%
0.5
0.0
(CY)
0.0%
2011
2012
2013
2014
2015
(出所)中国互聯網絡信息中心資料よりみずほ銀行産業調査部作成
インバウンドを契
機とした継続的な
需要取り込みも
商機に
3.
3
4
5
6
さらに、情報感度が高く、ニーズも多様化した新中産階級を中心として、訪日
観光を契機として日本ブランドに対する関心が強まり、帰国後も継続的に利
用・購買したいという需要も伸びが見込まれている。越境 EC5および中国での
実店舗展開などをチャネルとして、この需要を継続的に獲得するための仕組
み作りに取り組む(=自らアウトバウンドに取り組む)ことが商機となろう。
日本企業がとるべき事業戦略へのインプリケーション
収益化に導くビジ
ネスモデルがそ
もそも必要
日系小売企業が中国を有望な市場として出店を強化している一方、各社とも
収益化が課題になっている 6。継続的に差別化可能なビジネスを展開するに
は、そもそも中国小売業の構造的な課題を踏まえ、解決可能なビジネスモデ
ルを展開する必要がある。
SPA や CVS のよ
うに、MD を独自
で展開するモデ
ルが成功例
まず中国の小売業の商習慣を鑑みると、構造的に同質化競争に陥りやすい
環境にある。業態を問わず多くの小売各社がメーカーをテナントとして導入し、
リベートとして「入場料」収入を得ている。これは、中国の消費者がメーカーブ
ランドを信頼する消費文化が背景にあるためとされる。このため、独自の仕入
れや売り場づくりによる差別化よりもテナントに依存し、収益改善を図る戦略が
広まり、次第にこの場所貸し依存による同質化に陥るようになった。
On line to Off line の略。ウェブと実店舗を融合したマーケティングの取り組みを指す。
モバイルコマースの略。主にスマートフォンなどでのアプリケーションを使った情報収集、購買行動を指す。
越境 EC による日本から中国への 2015 年暦年での販売額は 7,956 億円と、同時期の中国人旅行者による日本国内での消費額
(買物代、8,089 億円)とほぼ同規模。今後、越境 EC における中国向け販売額は 2019 年には 2.3 兆円まで成長すると見込まれ
る(経済産業省)。
2016 年 2~3 月期で中国事業の損益を開示しているイオン、セブン・アンド・アイ HLD、高島屋、三越伊勢丹 HLD、ローソン、ミ
ニストップのうち、単年度で黒字化しているのは伊勢丹の天津および成都のみ。
みずほ銀行 産業調査部
118
Ⅱ-18. 小売
こうした同質化構造に一線を画すビジネスモデルが、製造小売業(以下、SPA)
であろう。すでに日系小売業ではファーストリテイリング、ニトリや良品計画がこ
の形態で中国展開を加速させている。メーカーへの依存度を下げ、さらに情
報感度の高い新中産階級に対して、機動的な商品開発・マーケティングを独
自で展開可能な SPA は、特に有効な展開モデルだと考えられる。
もう一つは CVS のように、顧客のニーズを起点とする MD を実現する強みを
持つモデルである。業態開発力、商品開発・管理、MD 展開に強みを持ち、
FC 化を進めることで収益化を図ることができる。現状、CVS 各社の中国事業
の損益に課題があるのは、FC 比率がまだ 30%~50%程度の水準であるため
と指摘されている。国内で培った MD と小型フォーマットの優位性をさらに訴
求することで、FC 比率を向上させ、収益化を目指すことが有効であろう。
SPA と CVS はイ
ンバウンド消費の
継続的な取り込
みにおいても有
利なポジション
また、インバウンドを契機とした需要の継続的な取り込みの上でも SPA と CVS
はその強みを活かせよう。旅行者が帰国した後も利用できる越境 EC は有効
な手段であるものの、独自の MD に強みを持たない小売企業にとっては、EC
上での差別化が困難である。しかし、SPA は商品企画・製造の強みを活かし、
変化する訪日客の消費志向を捉えつつ、越境 EC でもマーケットインでのアプ
ローチが可能である。また、中国への出店においても、CVS はすでに日本国
内で業態として浸透しており、中国人旅行者が日本滞在時にブランドを認知
し、信頼性を高める機会となる。今後、中国内での店舗展開においても、PB
商品販売や越境 EC の受け取り拠点化など日本ブランドを活かした取り組み
が想定される。
都市型小型フォ
ーマット+O2O の
構築に向けて、
中国企業との協
業は選択肢
また今後、都市型小型フォーマットモデルに O2O まで含めたビジネスモデル
を強化するため、中国企業との連携も選択肢と考える。O2O を実現するため
には、商品・顧客体験(チャネル)・物流・決済の 4 つが主要な機能と考えられ
るが、中国企業と外資系企業との提携によって経営資源を補完し、これを実
現しようとしているケースとして、2016 年 6 月に発表された Walmart と京東集
団7の包括提携が先行事例として参考になるだろう(【図表 9】)。
【図表 9】 ウォルマート・京東集団の提携におけるシナジー創出のポイント
商品
(幅広さ・価格)
顧客体験
実店舗
• Web:JD.com
• 宅配および小売外
食と連携したO2Oシ
ステム「京東到家」
京
東
集
団
ウ
ォ
ル
マ
ー
ト
の日
差系
別小
化売
要企
因業
物流
ウェブ
• すでに中国内の実
店舗で人気のある
輸入商品(食品・雑
貨・インテリア)
• 大型フォーマット
• 地方/都市
(Walmart、Sam’s
Club)
• 決済システム
「京東銭包」
「京東支付」
• Web:一号店
商品および小型フォーマット業態で
日系小売業も付加価値を提供できる
• CVS、SPA企業
→顧客起点でマーケッ
トインを実現する
商品開発力
決済
• 中国内約6,000カ所
の自社配送ポイント
• クラウド物流システ
ム「達達」
→当日・翌日配送
中国企業とのアライアンスで補完する領域
• 小型フォーマット
• 都市中心の立地
→業態開発、店舗マネ
ジメント、商品管理
など
-
-
-
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
7
京東集団(JD ドットコム):中国のインターネット通販大手。中国内で直販モデルの「京東商城(JD.com)」を運営。越境 EC では
「京東全球購(JD.worldwide)」を運営。
みずほ銀行 産業調査部
119
Ⅱ-18. 小売
この提携ではウォルマートの輸入商材や地方も含めた大型フォーマット中心
の店舗網と、京東集団のウェブチャネル・物流・決済との機能補完を目指して
いる。これにより、輸入商品をウェブから注文・決済まで行い、リアル店舗で受
け取るようなシームレスにサービスを受けることができるようになる。これに対し
て、日系小売企業は顧客起点でマーケットインを実現する商品開発力や小型
フォーマットでの業態開発の強みを持ち、中国企業に対して差別化力を訴求
できよう。特に都市での小商圏スモールフォーマットの強みを活かし、増加が
見込まれる都市の新中産階級のライフスタイルを捉えたサービス開発には、
越境 EC プラットフォーマーと連携した店舗への送客や、一人世帯の即食ニー
ズに対応した商品開発とモバイル経由での注文・宅配を組み合わせるなど、
中国企業との相互補完によるアライアンスは O2O を構築し、日系小売企業の
競争力を向上させる選択肢の一つとなるのではないだろうか。
みずほ銀行 産業調査部
流通・食品チーム 中川 朗
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
120
Ⅱ-19. 食品
Ⅱ-19. 食品 -拡大し続ける中国食品市場と台頭する中国企業への対応-
【要約】

世界最大の人口を有する中国の食品市場は、所得の向上やライフスタイルの変化をドライバ
ーに、今後も拡大する見通しである。

拡大する中国食品市場を前に、日本企業への影響を整理すると、肉や魚といった「原料調
達・加工事業」と、飲料・菓子・調味料等に代表される「製造・販売事業」とで大きく異なる。

中国における「食の需要」の量的拡大を満たすため、中国企業は中国国外において、食の上
流を押さえる動きを活発化している。「原料調達・加工事業」を行う日本企業にとってはまさに
新たな脅威であり、これまで以上に総合商社等との連携を通じた食資源の安定調達が重要
になる。

一方、中国国内においては、新たな食のニーズである「安心・安全・健康」といった、「食の需
要」の高度化が進み、「製造・販売事業」を行う日本企業にとっては大きなチャンスが訪れてい
る。新たな消費者ニーズを捉えることに先行して成功した日本企業は、地道な消費者へのコ
ンタクトを通じた市場の創造を行ってきた。外資系企業は、①M&A 戦略の活用、②EC 化へ
の対応、③ローカルに根差した対応をいち早く行い成功してきた。このような成功した企業の
事例を参考にしつつ、新たな事業戦略を展開することが重要といえよう。
1.
中国の食品市場と足下における二つの動き
中国の経済発展による所得増加を通じて、中国の食品市場は引き続き拡大
が見込まれる。2010 年から 2015 年までの CAGR が 8.2%であるのに対し、
2015 年から 2020 年までの CAGR(見込)が 10.5%と、高い成長率は今後も継
続する見通しである(【図表 1】)。これは、東部沿海部を中心としてきた所得の
向上や、ライフスタイルの変化の流れが内陸の農村部にも波及しつつあること
が背景にある(【図表 2】)。この流れを受けて、生鮮食品から加工食品へのシ
フト、調理食品におけるラインナップの拡大、冷凍食品等即食性の高い食品
へのニーズ拡大といった動きが今後も益々高まっていくことが予想され、中国
食品市場の拡大をけん引していくだろう。
中国の食品市場
は今後も拡大し
ていく
【図表 1】 中国における加工食品・飲料市場規模推移
2015-2020
CAGR:10.5%
(USDbn)
飲料(除くアルコール)
1,000
810
加工食品
800
600
479
400
200
1,000
900
2010-2015
CAGR:8.2%
アルコール
168 175 184 200
225 253
289
328 359
524 550
120
571
607
663
731
北部・北東部
80
南部
60
中部
南西部
40
北西部
20
2020(e)
2019(e)
2018(e)
2017(e)
2015
2016(e)
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
100
410
0
2001
東部
(CY)
0
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016(e)
2017(e)
2018(e)
2019(e)
2020(e)
1,200
【図表 2】 中国のエリア別加工食品市場規模推移
(USDbn)
(CY)
(出所)Euromonitor よりみずほ銀行産業調査部作成
(注)数値は名目値、2016 年以降は Euromonitor による予測
(出所)Euromonitor よりみずほ銀行産業調査部作成
(注)数値は名目値、2016 年以降は Euromonitor による予測
みずほ銀行 産業調査部
121
Ⅱ-19. 食品
このように、右肩上がりで需要が伸びている中国の食品市場において、足下
では異なる二つの大きな動きが見受けられる。一点目は、中国国内の「食の
需要」の量的拡大を満たすため、中国国外において中国企業が食の上流を
押さえる動きを活発化している点である。そして二点目は、中国国内における
「食の需要」の高度化が進んでいる点があげられる。
足下の中国食品
市場では異なる
二つの大きな動
きが見受けられ
る
(1)中国企業による中国国外での食の川上アプローチが進む
中国における食
の安全保障問題
が再燃している
アースポリシー研究所のレスター・R・ブラウン所長は、約 20 年前の著書『だれ
が中国を養うのか?』において、「構造的な食糧不足の拡大によって、中国の
食料輸入が急増し、世界の食料需給が逼迫する」との仮説を示したが、この
仮説が足下で再燃し始めている。中国における中長期的な食の安全保障を
策定した「国家食糧安全保障計画」では、食の自給率について当初は 95%と
いう水準を目標に定めていたが、同水準の維持が難しくなった結果、2013 年
以降、中国政府は適切な輸入による食の確保を行うとの基本方針に転換し
た。
中国企業は中国
国外における「食
の川上に対する
アプローチ」を積
極的に展開
このように、食の安全保障に対する危機意識が高まっている状況下、中国企
業は食の川上に対するアプローチをグローバルに展開し始めている。例えば、
2013 年には、世界最大の米国豚肉加工業者である Smithfield Foods が双匯
国際(現:萬州国際)に 47 億ドルで買収された。(当時としては中国企業による
米国企業の過去最大の買収案件)同様の事例はその後も数多く見受けられ、
直近においてもそのペースは衰えていない(【図表 3】)。
【図表 3】 中国企業による「食の川上」に対する主な買収・出資事例
時期(年)
2010
買収企業
被買収企業
内容
出資比率
金額
光明乳業(光明食品集団)
シンレイ・ミルク(NZ酪農大手シンレイ社の粉ミルク等製造子会社)
買収
51%
NZD82mn(約52億円)
2012
上海鵬欣集団
クラファー・ファームズの16か所の酪農農場(NZ)
買収
-
NZD200mn超(約129億円超)
2013
双匯国際(現:萬州国際)
スミスフィールド・フーズ(世界最大の米豚肉加工業者)
買収
-
USD4,700m(約4581億円)
2013
新希望六和(新希望集団)
キルコイ(豪牛肉加工業者)
買収
過半数
未公表
2013
上海梅林正広和(光明食品集団)
シルバー・ファーン・ファームズ(NZ食肉最大手)
株式50%取得
50%
NZD311m(約249億円)
未公表
2014
中糧集団
ニデラ(蘭穀物商社)
子会社化
51%(*)
2016
新希望集団
東南アジアの水産養殖事業
買収検討
-
-
買収
-
AUD280mn(約227億円)
2016
月亮湖投資公司
ヴァン・ディーメンズ・ランド(豪最大級の酪農場)
(*)出資比率を100%に引き上げる旨を発表済み(2016年8月)
(出所)各種公表情報よりみずほ銀行産業調査部作成
(2)中国国内における「食の需要」の高度化
1
中国国内では
「食の需要」の高
度化が進む
都市部・農村部ともに所得の拡大が進む中、生活の質に対する関心が高まっ
ている。JETRO の中国における食品の消費者意識アンケート調査(2013 年)
によれば、「安全性の高さ」「健康によい」といった項目が「経済的・リーズナブ
ルな値段」といった項目を大きく上回っていることからも分かるように、「食の安
心・安全」に対する注目がより一層高まる等、中国国内における「食の需要」の
高度化が進んでいる。
政府も対応して
いるが、食の問
題は止まらない
中国の食品安全に関する高まりは、2000 年代の残留農薬事件、人毛醤油事
件1、メラミン混入粉ミルク事件等の報道を受けて急速に高まったとされ、中国
政府としても、2003 年に「食品安心工程」や「食品安全行動計画」を公表し、
2009 年には食品安全法を施行する等、積極的な取り組みを行っている。しか
毛髪から抽出したアミノ酸を、醤油の製造に使ったとされる事件
みずほ銀行 産業調査部
122
Ⅱ-19. 食品
し、2010 年代に入っても、地溝油事件2や痩肉精事件3、注水肉事件4が続く等、
食の安心・安全を脅かす事件が後を絶たず、今後も「食の安心・安全」に対す
る注目はますます高まることになるだろう。
中国食品市場における新たな動きが日本産業・企業に与える影響
2.
このような、中国食品市場における新たな二つの動きが、日本企業にどのよう
な影響を与えるかについて整理したい。日本企業の事業領域は、①穀物や
肉・魚等の原料を調達し、一次加工を施す「原料調達・加工事業」と、②加工
食品のブランド開発・製造・販売を行う「製造・販売事業」とに大別される。中
国企業による中国国外での食の川上アプローチを強化する動きは、日本企
業の原料調達・加工事業にとって大きな脅威となり、中国国内における「食の
需要」の高度化は、日本企業の製造・販売事業にとり新しいビジネスチャンス
になり得る。
日本企業におけ
る「原料調達・加
工事業」と「製造・
販売事業」とでは
影響が異なる
(1)「原料調達・加工事業」:中国企業の川上投資強化は新たな脅威に
前述の通り、中国の食市場の拡大自体が世界の食料需給を逼迫させる可能
性があるが、中国企業の食の川上ビジネス強化の動きも加わると、品目によっ
ては我が国の需給環境や日本企業の原料調達にも大きな影響を与えかねな
い。例えば、豚肉を例にとると、日本の 2015 年の自給率(カロリーベース・飼
料自給率考慮せず)は 51%であるが、中国における産業構造が第一次産業
から第二次・第三次産業へとシフトしている中、中国の自給率が低下して輸入
依存度が高まることになれば、日本の主な輸入国と中国の主な輸入国が大き
く重複しているため、日本の需給に影響を与える可能性は否定できない。
(【図表 4、5】)。この点は、日本企業にとってみると、買い負け懸念の顕在化
により豚肉の安定調達に支障をきたす虞があり、日本企業の事業運営に大き
な影響を与える可能性があるといえよう。
豚肉を例にとる
と、我が国の需
給だけでなく、日
本企業の原料調
達に影響を与え
る可能性も
【図表
5】 日本と中国における豚肉の主な輸入国
2011-2015平均
【図表 4】 日本の豚肉自給率の推移
100%
その他
メキシコ
14%
7%
(11万t)
米国
(6万t)
37%
スペイン
日本 (29万t)
6%
(79 万 t)
(4万t)
デンマーク
カナダ
16%
20%
(12万t)
(16万t)
90%
80%
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
2014年
2011年
2008年
2005年
2002年
1999年
1996年
1993年
1990年
1987年
1984年
1981年
1978年
1975年
1972年
1969年
1966年
1963年
1960年
0%
(出所)農林水産省「食料需給表」よりみずほ銀行産業調査部作成
2
3
4
ドイツ
19%
(11万t)
中国
(58 万 t)
スペイン
14%
(8万t)
カナダ
10%
(6万t)
デンマーク
11%
(6万t)
(出所)UN Comtrade よりみずほ銀行産業調査部作成
(注)数値は 2011 年から 2015 年の平均値
排水溝等にたまった浮遊物に簡単な加工処理を施して食用の油として販売した事件
脂身肉が多いとされる豚に対して、有毒な化学薬品を投与して赤身肉に変化させて製造・販売した事件
食肉の売買にあたり、不衛生な水を注入して重量をごまかして販売したとされる事件
みずほ銀行 産業調査部
123
米国
27%
(16万t)
その他
19%
(11万t)
Ⅱ-19. 食品
(2)「製造・販売事業」:安心・安全・健康ニーズの高まりが新たな事業機会を創出
中国国内では健
康食品分野に関
する市場の拡大
が顕著
JETRO の健康食品調査(2016 年)によれば、2010 年~2014 年までの過去 5
年間における中国の健康食品市場は、年平均 30%以上の成長を示し、2014
年には 3,000 億元に達したとされる(【図表 6】)。また、「2012 年中国都市部住
民健康白書」によれば、家計収入が高ければ高いほど健康関連支出が高くな
るという結果が示されており、今後も中国における所得の増加が、健康食品市
場の拡大に寄与するものと考える。
日本企業にとっ
ては、「安心・安
全・健康」を梃子
にビジネスを取り
込むチャンス
これまで、日本企業は中国において食のプレミアム戦略をとり、主として高所
得者層にターゲットを絞って現地企業との差別化を図っていたものの、一部の
成功事例を除いて苦戦を強いられてきた。しかしながら、足下における中国の
「食の需要」の高度化は、日本企業にとってこれまでの劣勢を挽回する機会と
なり得る。日本の食品産業の強みである「安心・安全・健康」を梃子に所得の
ピラミッドの幅広い層へターゲットを拡大することで、ビジネスチャンスを一層
拡大していくことが可能となろう(【図表 7】)。
【図表 6】 中国における健康食品市場の推移
【図表 7】 中国の「安心・安全・健康」ビジネスにおけるターゲット
(億元)
3,000
普通健康食品
これまでの
食のプレミアム戦略
安心・安全・健康ビジネス
におけるターゲット
2,500
保健食品※
2,000
高所得者
1,500
※保健食品とは、
特定保健機能を
有する食品や、
一定程度のビタミ
ン・ミネラル等の補
給を目的とした食
品を表す
1,000
500
中所得者層を中心に
対象先が拡大
高所得者
中所得者
中所得者
0
2010年
2011年
2012年
2013年
低所得者
2014年
(出所)JETRO「健康食品調査」よりみずほ銀行産業調査部作成
3.
低所得者
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
日本企業の取るべき事業戦略
(1)「原料調達・加工事業」:食資源の安定調達に資する総合商社等との連携
単独でグローバ
ルな食資源の安
定調達網 を有す
る日本企業は限
定的
中国企業の食の川上における存在感が高まる中、日本企業の調達において、
今まで以上に総合商社等との連携が重要となる。日本企業の中で、単独でグ
ローバルな食資源の安定調達網を有する企業は限られており、調達環境が
益々厳しくなることが想定される環境下では、多くの企業が原料の安定調達
力を補完するために、他社との連携を行う必要性が高まるだろう。
食肉業界では、
日本企業が原料
調達力を 強化す
るため総合商社
との連携を深め
ている
食肉業界を例にとると、日本の大手食肉メーカーは、グローバルベースでの
食肉調達力強化を主な目的として、総合商社との連携を深めている。例えば、
業界 2 位の伊藤ハム米久は三菱商事と、業界 3 位のプリマハムは伊藤忠商事
と提携している他、足下ではスターゼンや滝沢ハム等が原料調達力を強化す
るために、総合商社の出資を受け入れる動きも出てきている。
中国企業への対
応にはメーカーと
商社が一体とな
った川上戦略の
展開が重要に
このように、中国企業が中国国外において旺盛な国内需要を背景に競争力
を高めている状況に対抗するためには、総合商社等の有する原料調達網の
活用、共同投資によるリスク分散や投資余力確保等、メーカーと商社が一体と
なった川上戦略の展開がより一層重要となってくるといえよう。
みずほ銀行 産業調査部
124
Ⅱ-19. 食品
(2)「製造・販売事業」:先行して成功している企業の事例を踏まえた目指すべき方策
新たなニーズへ
・・・・・・・・
の対応方法とは
拡大する中国の食品市場に対して、これまで多くの日本企業は苦戦してきた
が、一部には苦戦しながらも一定の成功を収めている事例も見受けられる。ま
た、外資系企業の中にも中国マーケットで高いシェアを獲得している事例もあ
る。日本企業が海外展開を行う上で、進出先の流通網を押さえることが重要
であることに変わりはないが、これからの中国国内での新たな機会である、「安
心・安全・健康」といったビジネスチャンスに対応する観点から、先行して成功
を収めている日本企業や外資系企業の成功事例も踏まえた上で、日本企業
が取るべき方策を考えてみたい。
「安心・安全・健
康」ビジネスを先
行して成功させた
キユーピー、ハウ
ス食品、ヤクルト
の事例
「安心・安全・健康」分野で先行する日本企業の事例として、まず、キユーピー
の事例があげられる。生野菜を食べる文化がなかった中国において、都市部
における食の西洋化や健康志向を機会と捉え、同社は「果物×スイートマヨネ
ーズの提案」「外食チェーンへの売り込み」「低カロリーマヨネーズのセールス」
等を行ってマヨネーズという新たな商品を浸透させ、北京では 85%、上海では
60%のシェアを確保するに至っている。次に、ハウス食品は中国で日本式カレ
ーライスを「栄養価の高い人民食」として普及させることを展望し、市場をゼロ
から開拓すべく、20 万回以上もの試食会を開催した他、日本の大手外食チェ
ーンの壱番屋と提携する等、外食を切り口とした展開も行った。乳酸菌飲料
大手のヤクルトは、「乳酸菌飲料を飲んで健康になる」という概念を持たない
中国人消費者に対し、ヤクルトの効能を丁寧に伝えるため、中国でもヤクルト
レディによる地道な訪問販売を行い続けた。その結果、2002 年に約 5 万本だ
った一日あたりの販売本数が、足下では約 500 万本を超え、事業規模を約
100 倍に拡大することに成功している。
成功している日
本企業は地道な
コンタクトを行っ
た
このように、地道かつ丁寧に消費者へのコンタクトを継続し、新たなマーケット
を作ってきた市場創造型の日本企業の成功事例は、これからの中国における
新しい「安心・安全・健康」ビジネスの獲得を目指す上で参考になるであろう。
積極的な M&A 戦
略によって市場を
獲得した外資系
企業の事例
一方、中国食品市場で成功を収めている外資系企業の戦略は、日本企業の
成功事例とは様相を異にする。まず一点目として、「積極的な M&A 展開」に
より、ローカルブランドを起点として市場を獲得した点があげられる。例えば、
仏乳飲料大手の Danone は 1990 年代後半における中国の外資規制緩和以
降、立て続けに買収を行い、地場企業の買収を通じて Danone ブランドを浸透
させた。また、スイス食品大手の Nestlé も、中国のスープ・ブイヨン市場におい
て、太太楽や四川豪吉集団に対し買収や出資を行い、中国での確固たる地
位を築いた。このような M&A による事業拡大スキームは、主に中国を日本へ
の開発輸入拠点として捉えてきたこと、中国国内市場においてはローカルブ
ランドの取込みよりも自社ブランドの展開を優先してきたこと等から、今まで日
本企業が選択してこなかった方法であるが、これからの新しいビジネスチャン
スを獲得する上では、ローカルブランドを起点に日本企業の強みである安心・
安全・健康といった高い付加価値を加えて、従前より広いターゲット顧客層へ
拡販していく、という戦略も一つの有効な選択肢となろう。
食の流通構造を
変える可能性の
ある「中国の食の
EC 化」
二点目は、「e-commerce(以下、EC)化への対応」である。中国は既に世界一
位の EC 人口を抱える国であるため、中国の新しい食ビジネスを獲得する上で
は見過ごせないチャネルと言える。例えば、米国菓子大手の The Hershey
Company は、EC チャネルにおいて 12 サイトを展開し、2014 年の中国 EC ビ
みずほ銀行 産業調査部
125
Ⅱ-19. 食品
ジネスが、前年比 60%拡大したと発表している。また、Nestlé は阿里巴巴集団
との提携を通じ、天猫モールにおいてこれまで中国の実店舗に置いてなかっ
た 67 ものブランドを一気に展開し、売上の拡大を実現した。日本企業は、日
本をはるかに上回るスピードで拡大する中国の食の EC ビジネスへの対応に
現状出遅れているものの、中国においては、食の市場獲得には食の流通を
確保することが重要であり、トラディショナルトレード 5からモダントレード 6への
移行を見極めることが肝要とされるこれまでの原則を越えて、EC を通じて一気
に食の市場を獲得できる可能性もあり、EC チャネルへの戦略的対応は喫緊
の課題といえよう(【図表 8】)。
【図表 8】 加工食品の販売チャネルにおける eCommerce の割合
(%)
6
5.1%
5
France
4
Japan
3
USA
Germany
2
China
1
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
0
(CY)
(出所)Euromonitor よりみずほ銀行産業調査部作成
ローカルに根差し
た対応も忘れて
はならない
三点目として、「ローカルに根差した対応」があげられる。近年の中国におい
ては、豊かになると共に、過体重や脂肪症といった「肥満」に関する問題が増
え始めており、この機を上手く捉えた Nestlé は、機能性食品や低カロリーのイ
ンスタント食品等への取り組みを強化している。また、同社は中国の伝統的な
食品や漢方等を用いた「地場に根差した健康的な食の研究開発」にも注力し
ている。健康分野に対する意識が高い日本のマーケットでノウハウを蓄積して
きた日本企業にとって、味の現地化だけでなく原料の現地化に取り組んでい
る Nestlé の事例は示唆に富む。トクホ・機能性表示食品開発で培った商品開
発力と現地原料とを組み合わせる等、日本企業ならではの商品開発による市
場獲得に期待したい。
先行する企業の
事例を踏まえた
事業戦略の構築
が求められる
中国という巨大マーケットに「安全・安心・健康」という新たなビジネスニーズが
拡大してきた中、同分野に強みを持つ日本企業にとっては、まさに千載一遇
のチャンスが訪れている。「地道なアプローチによる市場の創造」「積極的な
M&A 戦略」「食の EC 化」「ローカルに根差した対応」といった、先行する日本
企業や外資系企業の事例を踏まえて新たな事業戦略を構築する必要がある
のではないだろうか。
みずほ銀行 産業調査部
流通・食品チーム 田中 秀侑
穂苅 由紀
大沼 洋平
[email protected]
5
6
小さな個人店や市場等の伝統的な小売・流通構造をさす
スーパーマーケット、コンビニエンスストア等の近代的な小売・流通構造をさす
みずほ銀行 産業調査部
126
Ⅱ-20. パーソナルケア
Ⅱ-20. パーソナルケア -中国企業との連携・協業の可能性を探る-
【要約】

世界第 2 位の規模に成長した中国化粧品市場では、①消費の質的向上、②化粧品流通のチ
ャネルシフト、③中国企業及び韓国企業の躍進という 3 つの変化が起きている。

こうした中国市場の構造変化は、中国での苦戦が続く日本企業にとって事業機会の拡大が期
待できるものの、現在直面している課題をより深刻化させる一面も内包している。

事業機会の拡大を見据えて日本企業としての強みを活かす戦略に加え、これまで風評悪化や
ブランドイメージの毀損などを懸念して避け続けてきた中国企業との連携・協業の道を探って
いくことも、中国戦略における一つの選択肢として受け入れていくべきではないだろうか。
1.
中国パーソナルケア産業の注目すべき変化
本稿では、中国パーソナルケア産業の中でもとりわけ成長率の高い化粧品に
着目し、中国市場の変化を踏まえた日本企業の中国戦略に対するインプリケ
ーションについて考察したい。中国化粧品市場は、2000 年代後半から急速な
成長を遂げ、2013 年以降は日本を抜いて世界第 2 位の市場規模となるなど、
グローバル市場において徐々に存在感を高めている(【図表 1】)。
化粧品産業にお
い て 徐々に 存 在
感を高めている
中国市場
【図表 1】 化粧品市場規模 上位 10 カ国の変化(左:2010 年、右:2015 年)
11.6
Germany
United Kingdom
11.5
Germany
10.9
10.3
France
7.0
Italy
5.9
Spain
0
9.0
South Korea
8.6
Russia
9.7
France
9.4
United Kingdom
17.3
Brazil
21.2
Brazil
25.6
Japan
22.0
China
38.4
China
33.2
Japan
49.7
USA
38.2
USA
20
40
Mexico
6.1
Italy
6.0
60
billion USD
0
20
40
60
billion USD
(出所)Euromonitor よりみずほ銀行産業調査部作成
(注)対象品目:Skin Care、Hair Care、Fragarances、Colour Cosmetics
消費の質的向上
により、高価格帯
化粧品及び輸入
化粧品の需要が
増加
こうした市場成長が続くなか、中国では①消費者、②流通チャネル、③競争
環境という 3 つの点で変化が生まれている。まず、消費者の変化として挙げら
れるのが、消費の質的向上である。中国化粧品市場が成長期に突入した
2000 年代後半は、消費者が価格を重視する傾向が強く、低~中価格帯の製
品・ブランド群がその高成長を牽引していた。その後、消費者の所得水準向
上に伴う化粧文化の浸透や、インターネットやスマートフォンの普及により豊
富な製品情報を得られるようになったことで、機能性や品質といった付加価値
を求める消費へのシフトが進み、高価格帯製品・ブランドに対する需要が徐々
に高まっている(【図表 2】)。こうした消費の質的向上は、輸入化粧品に対する
需要の高まりにも繋がっており、韓国や日本、フランスといった化粧品産業が
発展した国からの輸入量が年々増加している(【図表 3】)。
みずほ銀行 産業調査部
127
Ⅱ-20. パーソナルケア
【図表 3】 中国の国別化粧品輸入量
【図表 2】 高価格帯市場 vs 低価格帯市場
CAGR 6.3%
25
25
20
20
フランス
タイ
USA
15
CAGR 7.6%
10
10
5
5
0
(出所)Euromonitor よりみずほ銀行産業調査部作成
(注)CAGR:2013~2015 の 3 年間
(CY)
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
0
(CY)
2004
15
日本
30
2003
30
韓国
(百万kg)
35
Mass
2002
Premium
2001
35
2000
billion USD
(出所)UN Comtrade よりみずほ銀行産業調査部作成
化粧品流通のチ
ャネルシフト
次に挙げられるのが、流通チャネルの変化である。淘宝網や京東集団など有
力な EC 事業者の誕生や越境 EC の登場により、化粧品流通においても EC
チャネルを活用する企業が増えている。既に中国における化粧品の EC 化率
は 18.5%と、日本の 8.2%と比べても高い水準にある(【図表 4】)。その一方で、
化粧品流通の主力チャネルであった百貨店の構成比は 2001 年から 2015 年
の間で半減しており、チャネルシフトが着実に進んでいる。
中国企業の台頭
と韓国企業の躍
進で、競争環境
は激化
3 つ目に挙げられる変化は、中国及び韓国企業の躍進による競争環境の変
化である。中国化粧品市場における企業シェアをみると、約 10 年の間で中国
及び韓国企業のシェアが高まっており、競争環境は激化している(【図表 5】)。
この内、中国企業がプレゼンスを高めつつある背景として、ブランド力や製品
開発力など着実に実力をつけてきていることが挙げられる。また、韓国系企業
については政府による輸出促進策やコンテンツ産業と一体となったプロモー
ションが功を奏し、中国のみならずアジア全域でプレゼンスを高めることに成
功している。
【図表 4】 中国化粧品の流通チャネル (CY)
Distribution Channels
Department Stores
2001
47.3%
Hypermarkets
8.3%
Supermarkets
5.2%
Independent Small Grocers
14.3%
Beauty Specialist Retailers
3.5%
Drugstores
3.6%
Internet Retailing
0.1%
Others
17.7%
TOTAL
100.0%
【図表 5】 中国化粧品市場の企業シェア (CY)
Company
2015
23.8%
2006
L'Oréal Groupe(仏)
Procter & Gamble(米)
16.5% 10.9%
14.8% Mary Kay(米)
5.8% Shiseido(日)
0.7%
12.2%
2.3%
4.2%
4.0%
4.0%
Estée Lauder Cos(米)
0.9%
2.5%
Unilever Group(英・蘭)
2.8%
2.5%
AmorePacific Corp(韓)
0.6%
2.5%
0.4%
2.3%
0.0%
2.2%
1.0%
2.0%
2.9%
2.0%
0.9%
1.8%
7.7% Jala (Group) Co Ltd(中)
18.5% Shanghai Pehchaolin Daily Chemical(中)
Shanghai Jahwa United(中)
16.5%
2015
7.6% 11.5%
Amway Corp(米)
100.0% LVMH Moët Hennessy Louis Vuitton(仏)
(出所)【図表 4、5】とも、Euromonitor よりみずほ銀行産業調査部作成
みずほ銀行 産業調査部
128
Ⅱ-20. パーソナルケア
2.
中国市場における構造変化が日本のパーソナルケア産業にもたらす影響
外資系企業や中
国企業の後塵を
拝する日本企業
の中国展開
日本企業は、1980 年代から中国市場への進出を果たしている。その殆どが、
主に高価格帯製品を市場に投入し、沿岸部の百貨店や化粧品専門店を中心
に地道な販路開拓を行いながら、高品質・高付加価値という日本ブランドの高
級なイメージを中国人消費者に対して醸成するという取組みであった。しかし
ながら、2000 年代後半以降にみられた中国市場の急成長は低価格帯製品が
牽引したものであり、この領域に投入可能な製品・ブランドを持たなかった日
本企業は、市場の変化に対応できず、外資系企業や中国企業の後塵を拝す
る状況に陥った。また、百貨店や専門店チャネルは出店コストや人件費など
が高く不採算に陥りやすいため、こうした高コストチャネルに依存していること
も、日本企業の中国事業苦戦の一因である。加えて、中国市場における日本
企業の販売不振は、現地生産拠点の稼働率低下にも繋がっている。
中国市場の構造
変化は、日本企
業に事業機会の
拡大をもたらす
苦戦が続く日本企業にとって、足下でみられる中国市場の構造変化は、事業
機会の拡大に繋がるチャンスといえる。中国における消費の質的向上は、日
本製化粧品の輸出機会拡大や訪日中国人観光客によるインバウンド需要の
更なる増加などをもたらし、「Made in Japan」製品の代名詞ともいえる高品質・
高機能という付加価値を競争力の源泉とする日本の化粧品企業にとって有利
となるだろう。また、EC チャネルの台頭により、これまでよりもコストを抑えつつ、
広範な顧客層にアプローチしていくことも可能となる。
同時に、現在日
本企業が直面し
ている課題が一
層深刻化するリ
スクも
しかし、中国市場の構造変化自体が、不採算チャネルへの対応や現地生産
拠点の稼働率向上など、現在日本企業が直面している課題の本質的な解決
に繋がるわけではない(【図表 6】)。むしろ、今後数年の間で解決策を見出さ
なければ、現状よりも更に深刻な状況に陥ってしまう可能性が高い。
【図表 6】 中国市場の変化が日本企業にもたらす影響
中国市場の変化
日本企業にもたらす影響
消費の質的向上
 日本製化粧品の輸出機会拡大
 インバウンド需要の更なる増加
事業機会の拡大
 コストを抑えた広範な顧客層へのアプローチ実現
チャネルシフト
 現地生産ブランドの低迷
 現地工場稼働率の低下
中国企業の台頭
韓国企業の躍進
課題の深刻化
 百貨店チャネルにおける販売不振
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
3.
日本企業の中国戦略に対するインプリケーション
中国本土では積
極性に欠ける日
本企業の戦略
日本企業による現在の中国戦略は、中国市場における事業機会の拡大を見
据え、越境 EC などを活用した輸出強化や訪日中国人観光客を中心とするイ
ンバウンド消費への対応など、日本を起点に「Made in Japan」化粧品としての
強みを活かすものである。その一方で、中国本土における戦略は、不採算と
なっている百貨店・専門店からの一部撤退や中国展開ブランドの絞り込みな
ど、積極的にシェアを取りに行く内容とは言い難い。また、カウンセリングによ
って機能や品質を消費者に伝えるという、日本企業がこれまで培ってきた販
みずほ銀行 産業調査部
129
Ⅱ-20. パーソナルケア
売スタイルを踏まえると、顧客との直接的な接点を持つことができる百貨店や
専門店チャネルからの完全なる撤退という方針を取ることもできず、打ち手に
欠ける状況が続いている。
中国企業との連
携は、日本企業
が直面する課題
の打開策となる
可能性
こうしたなか、近年台頭しつつある中国企業との連携・協業の道を模索するこ
とで、新たな中国戦略の絵姿を描くことがその打開策として考えられる。日本
の化粧品メーカーによる中国企業との連携は、これまで販路開拓を目的とし
た川下(卸・小売)企業との代理店契約にとどまってきた。また、「安心・安全」
という信頼感を醸成してきた日本企業は、同業他社との連携に対しても、製造
や品質に関する風評悪化やブランドイメージの毀損に繋がることを懸念し、消
極的な姿勢を取り続けている。しかしながら、日本企業が現在直面している課
題と向き合っていく上では、中国企業との連携という選択肢も検討する必要が
ある。
川下企業と製販
一体となった取組
みの検討
まず、化粧品専門店チャネルを例に、川下企業との連携の方向性についてみ
ていきたい。「嬌蘭佳人」や「億莎」など急速にチェーン化を推し進めている中
国の化粧品専門店は、沿岸都市部のみならず中小都市や農村部まで広域な
店舗網を形成している。その広域店舗網と成長性に着目し、一部の中資系化
粧品メーカーでは、特に百強連鎖店と呼ばれる上位 100 社の化粧品専門店
企業を対象として、代理店を介さない直接取引を進めながら、共同販促の強
化や販売員の育成、利益配分の見直しなどに取り組んでいる。こうした製販
連携は、化粧品メーカーに対して自社ブランドの店頭取扱の強化や消費者提
案力の向上という効果をもたらす一方、専門店に対しても魅力的な売場づくり
やマージンの改善といった一定の効果をもたらすなど、win-win の関係を築く
ことに成功している。製販一体となった取り組みにより、中資系化粧品メーカ
ーは徐々に外資系ブランドから棚を奪いながらプレゼンスの向上に繋げてい
る。顧客との直接的な接点を有する小売企業との一歩踏み込んだ連携手法
は、カウンセリング販売という強みを活かしていく上でも、日本企業にとって見
習うべき戦略の一つといえるだろう。
R&D 強化を進め
る中資系化粧品
メーカーにとっ
て、日本企業の
技術力は魅力的
な要素
また、同業他社との連携の道についても、今後は検討すべき事項の一つとい
える。足下の中資系化粧品メーカーの戦略をみると、消費の変化を踏まえ、主
力の低価格帯領域から品質・機能性を訴求する高価格帯領域へと事業領域
の拡大を図ろうとしている。例えば、高価格帯ブランド「伯薬集」を展開する上
海家化は R&D 投資を強化しており、「サイエンス」や「イノベーション」を重視
した製品開発を進めている。また、自然派化粧品ブランド「自然堂」を展開す
る伽藍集団は、上海に研究開発センターを設立してパッケージデザインや処
方開発などの研究に取り組んでいる。このような技術力や研究開発力の強化
を進める中国企業からみると、日本企業が強みとする高い技術力や処方開発
力は非常に魅力的なものとして捉えられるだろう。そのため、例えば中国企業
の製品を日本企業が OEM 生産することにより、中国企業にとっては多少製造
コストが高くなったとしても独自の技術力では困難な高品質の製品を提供でき
るようになる一方、日本企業にとっては、現地生産拠点の稼働率低下に歯止
めをかけられる可能性がある。また、マーケティングという観点においても、中
国企業との協業の道を探っていくべきとみる。例えば日本市場では、日本企
業が欧米ブランドの日本市場向け製品を共同開発する、あるいは欧米企業が
日本企業の持つカウンセリング販売ノウハウを活用するといった協業事例が
みられる。同様の取組みを日本企業が中国市場で実践していくことで、日々
変化する中国の消費者嗜好や製品トレンドをタイムリーに把握し、市場に即し
みずほ銀行 産業調査部
130
Ⅱ-20. パーソナルケア
た製品・ブランドの投入に繋げられるかもしれない。以上のような対応がなされ
なければ、日本企業は中国企業に対するブランドや現地生産工場の売却な
どといった撤退シナリオの選択を迫られることになるだろう。
直面している課
題と向き合う上
で、中国企業との
連携・協業の道を
探ることも必要
今後の中国化粧品市場は、日本企業にとって事業機会の拡大に繋がる可能
性が高く、日系各社が進めているような日本を起点とする戦略が有効だろう。
同時に、深刻化が懸念される課題と向き合っていくことも求められる。その方
策として、不採算チャネルからの撤退や事業縮小を行うことも選択肢の一つで
はあるが、中国企業との関係の在り方を見直しながら新たな中国戦略の方向
性を探っていくことも必要である(【図表 7】)。たしかに、ブランドビジネスが根
幹にある化粧品産業において、風評悪化やブランドイメージの毀損は避けな
くてはならない事象であるものの、連携による効果も期待されることから、着実
に実力をつけ始めている現在の中国企業は、組み方次第では日本企業にと
って心強いパートナーとなる可能性を秘めている。むしろ、こうした連携・協業
の在り方は、日本企業の有する技術力やノウハウ、あるいはブランドに対して
中国企業が魅力的と捉えている今だからこそ、取り得る選択肢ともいえよう。日
本企業が今後更なる変化を遂げようとしている中国市場を攻略していくために
は、これまでの消極的な姿勢を見直し、中国企業との協業の道を探っていくこ
とも、中国戦略における一つの解として受け入れていくべきものである。
【図表 7】 中国企業との連携・協業による課題への対応
日本企業の課題
中国企業との連携・協業の方向性
 現地生産ブ ラ ン ドの低迷
マーケテ ィングの協業
 現地工場稼働率の低下
同業他社のOEM受託
 百貨店チャ ネルにおける販売不振
川下(卸・小売)企業との販促連携
撤退・事業縮小以外の打ち手として検討すべき
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
みずほ銀行 産業調査部
流通・食品チーム 松藤 希代子
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
131
Ⅱ-21. 医療・介護
Ⅱ-21. 医療・介護 -中国政府の施策を踏まえた日本企業の戦略方向性-
【要約】

中国の高齢者数は 2020 年には 1.7 億人に、2050 年には 3.7 億人に達すると予想されており、
医療費の更なる増加が懸念されている。

中国政府は社会保障制度や医療・介護サービス提供体制の整備に向け、民間資本や外資
の活用、病院間の情報共有に向けた ICT 化推進、介護保険制度の試行などを進める見通し
であり、これらの施策は日本企業が中国へ進出する上での大きなチャンスとなる。

進出に際しては、医療サービス分野では日系医療事業者が関与しやすい仕組みの構築、介
護サービス分野では公的保険に依存しないビジネスモデルの構築などの工夫が必要。
1.
中国の医療・介護産業の注目すべき変化
中国政府は社会
保障制度や医
療・介護サービス
提供体制の整備
に向けた様々な
施策を打ち出して
いる
中国の高齢者数は増加を続けており、2020 年には 1.7 億人に、2050 年には
3.7 億人に達すると予測されている(【図表 1】)。中国では、経済成長や医療ア
クセス向上に向けた政策等の要因により、医療費は 2014 年時点で 3.5 兆元に
達しているが(【図表 2】)、今後、高齢化の進展や経済成長に伴う生活習慣病
の増加などにより、更なる増加が見込まれている。一方、1970 年代後半から
30 年以上続いた一人っ子政策等の影響により今後高齢化が急激に進む中で、
社会保障制度や医療・介護サービスの提供体制の整備が追い付いておらず、
足下で中国政府はその解決に向けた様々な施策を打ち出している。
【図表 2】 中国の医療費の推移
【図表 1】 中国の人口・年齢構成
(兆元)
45.0(%) 4.0
20.0 (億人)
3.5
総人口
65歳以上人口
15歳未満割合
65歳以上割合
18.0
16.0
40.0
35.0
14.0
3.0
2.4
30.0
12.0
2.0
25.0
2.0
10.0
1.8
20.0
8.0
1.5
15.0
6.0
3.7 10.0
4.0
2.0
3.2
2.8
0.9
1.7
1.0
0.8
0.9
1.0
1.2
5.0
0.0
0.0
(CY)
0.0
(CY)
(出所)中国統計年鑑 2015、UN, World Population Prospects The 2015 Revision よりみずほ銀行産業調査部作成
医療インフラの量
的整備が進む
が、都市―農村
間の格差の問題
が顕在化
中国の医療サービス分野については 2009 年頃より改革が進められており、公
的医療保険制度や医療提供体制の整備が推進されてきた。その結果、皆保
険はほぼ達成し、2014 年の人口千人あたり病床数は 4.55 床(OECD 平均
4.74 床)と量的な整備は大きく進展した。しかし、医師は人口千人あたり 2.04
みずほ銀行 産業調査部
132
Ⅱ-21. 医療・介護
人(同 3.22 人)、看護職員は 2.19 人(同 9.42 人)と、依然水準は低い。さらに
これらの医療資源は都市部のハイエンド病院(三級病院)に偏在しているため、
よりレベルの高い医療を求めて三級病院に患者が集中するなど、医療提供体
制が非効率となっている。加えて、都市部と農村部で公的医療保険制度の内
容が異なるなど、都市―農村間の格差等の問題が顕在化している。
医療サービス分
野で注目すべき
変化は、病院経
営への民間資
本・外資の活用
医療サービス分野で注目すべき変化は、中国政府が農村部の基層医療機関
1
の整備に政府財源を集中させる一方で、公立病院の経営改善や先進的な
医療ニーズについては、民間資本や外資を活用する方向で施策を進めてい
る点である(【図表 3】)。2015 年 3 月には「中国医療衛生サービス計画概要
(2015~2020)」を公表し、都市部の三級病院に偏在する医療資源の最適配
置に向け、地域ごとの公立病院の整備基準を設けるとともに、公立病院の機
能を補完するべく、外資を含む民間病院の開設を容易にする制度整備等を
推進している。
分級診療制度の
構築に伴う ICT 化
にも注目すべき
さらに、2015 年 9 月公布の「分級診療制度設立に関する指導意見」において、
都市部の三級病院と、地方の県級病院、基層医療機関の間の役割明確化と
連携を図る「分級診療制度」を 2020 年までに構築することが掲げられている。
具体的には、基層医療機関の設備・人材を強化するとともに、初診の患者は
基層医療機関で受け、転院や検査の必要な患者の受け皿として県級病院を
機能させることにより、三級病院の患者分散を図るものである。そのために中
国政府は、全ての三級・二級病院、80%以上の農村部の基層医療機関をカ
バーする医療衛生情報システムを 2017 年を目途に整備し、病院間の情報共
有や遠隔医療の活用も進めようとしている。2016 年 3 月に公表された「第 13
次五ヵ年計画(2016~2020)」(以下、「13・5」)では、これらの取組の深化を目
指している。その際、情報システムの整備や遠隔医療の活用等の ICT 化は、
プライマリケアの充実と病院の機能分化・連携の基盤となり必須であるが、公
立病院主体で国家の強制力の強い中国であれば、日本の事業者の想像を上
回るスピードで整備が進んでいく可能性が想定される。
【図表 3】 中国の医療提供体制のイメージ
現状
三級病院
過度な患者集中
将来像(理想)
①経営効率化や専門医療ニーズへの対応に
民間資本・外資のノウハウを活用
三級病院
高度医療
転院
二級病院
県級病院
十分活用されず
一級病院
基層医療機関
②地方の県級病院を増強し、
基層医療機関の受け皿として整備
③政府財源を投入し、設備・人材を増強
少ない患者
情
報
連
携
二級病院
県級病院
入院・検査
一級病院
基層医療機関
転院
一次診療(初診)
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
(注)面積の大きさは患者数を表す
1
都市部の社区衛生服務中心、農村部の衛生院、門診部等、公立の診療所(2015 年時点で約 92 万か所)
みずほ銀行 産業調査部
133
Ⅱ-21. 医療・介護
介護サービス分
野で注目すべき
変化は、介護保
険の構築・試行
の方針が明示さ
れた点
介護サービス分野で注目すべき変化は、介護保険の構築・試行の方針が明
示された点である。介護サービスの基盤整備は、国務院など関連行政機関に
よって取り組まれ、先駆的な各都市で注目すべき施策が散発的に発表されて
きたが2、全国共通の公的介護保険は導入されていなかった。かかる中、人力
資源社会保険部は 2016 年 6 月に「長期介護保険制度パイロットプロジェクト
展開に関する指導意見」(以下、「指導意見」)を公布し、青島、上海、重慶な
ど 15 都市を介護保険試行のモデル地域に指定した(【図表 4】)。今後 1~2
年で各モデル地域が介護保険制度を試行、それを踏まえ、「13・5」終了の
2020 年までに基本的な制度の枠組み(基金制度、サービス対象者・保険加入
者の確定、給付方法、要介護認定、サービス提供機関の管理・評価制度など)
を構築する方向である。
当面は重度者優
先など限定的な
内容となる模様、
将来は地域の実
情に合わせた多
様な介護保険制
度の整備が進む
可能性
しかし、「指導意見」では「日常生活に全面的な介助を必要とする」重度の要
介護者をサービスの重点対象と定めており、40 歳以上から広く徴収した保険
料と税を財源とし、軽度者への予防から重度者への看取りまで広く多様なサ
ービスを提供する日本の介護保険制度と比べ、当面その内容は限定的となる
模様である。また、「指導意見」が抽象的な記述に留まり、具体的な内容は地
域の医療保険財政や実情などに合わせて策定されるため、当面は保険制度
に地域差が生じる点も留意を要する。「13・5」終了以降については、試行期間
の継続、農村部での保険試行、全国共通の保険制度の導入などいくつかの
シナリオが想定できるものの、そもそも中国の都市間及び都市と農村間にお
いて、財政状況や介護以外の医療、年金、失業、労災、出産など社会保険制
度の状況、医療機関の基盤整備などについて格差が大きい。そのため、地域
の実情に合わせた多様な介護保険制度の整備が進む可能性が高いと考える。
【図表 4】 中国で試行される介護保険の指定地域と概要
指定都市(15)
サービス対象者、内容
・河北省承徳市、吉林省長春市、黒龍江省チチハル市、上海市
江蘇省南通市、同蘇州市、浙江省寧波市、安徽省安慶市
江西省上饒市、山東省青島市、湖北省荊門市、広東省広州市
重慶市、四川省成都市、新疆生産建設兵団石河子市
・要介護者
・重度者の生活介護及び基本生活に密接な医療介護の費用は重点的に給付
・地域はその医療保険基金の負担能力に応じて重点対象や内容を決定
・経済発展の状況に応じた調整も可能
加入対象者
・試行段階では都市従業員基本医療保険の加入者
・地域の実情に合わせて、対象を段階的に拡大させる方向
財源
・都市従業員基本医療保険の医療基金、個人口座を活用
・段階的に多様な資金調達システムの構築を図る
サービス費用に対する
保険の給付率
今後のスケジュール
その他
・概ね自己負担率30%前後
・今後1~2年でテストモデルを構築
・「13・5」の期間内に基本的な生活介護や医療費用を保障する政策的な枠組みを構築
・従業員確保に資する就業支援政策、教育制度との連携を推奨
・在宅介護やコミュニティサービス(社区)利用を誘導
・多層的な介護制度の構築を推奨:
(例)民間保険商品の開発推進、低所得者支援の慈善団体への補助金支給など
(出所)人力资源社会保障部办公厅「关于开展长期护理保险制度试点的指导意见」より
みずほ銀行産業調査部作成
(注)吉林省と山東省は重点地域に指定される
2
山東省青島市は 2015 年 1 月に医療保険基金を財源とした介護保険に近い「医療護理保険管理弁法」を施行、医療・介護施設
及び在宅医療・介護サービス費用の 40~90%を支給、同省煙台市は 228 ヶ所介護施設の医療連携を推進、2015 年上半期に医
療機関併設が 5 ヶ所、医務室設置が 86 ヶ所等を整備。また、北京市は 2015 年 10 月に公設民営で入居一時金 10 万元(≒150
万円)を要する 650 床規模の養老院を開設。
みずほ銀行 産業調査部
134
Ⅱ-21. 医療・介護
2.
日本産業にもたらす影響について
医療の高度化に
向け、民間資本、
外資への病院経
営開放がすすめ
られており、日本
企業にとって進
出のチャンス
前述の通り、医療サービス分野においては、地方の基層医療機関の拡充に
向け政府財源を集中投下し、都市部の三級病院と地方の県級病院、基層医
療機関を結ぶ医療衛生情報システムの構築を進める方向性にある。ただし、
これらは地場事業者を中心に進められており、公立病院整備において日本企
業が参画する余地はあまり大きくないものと見られる。むしろ日本企業のビジ
ネスチャンスは、市場開放が進められている民間病院市場において拡大する
と想定される。近年、大規模な医療集団や医薬集団が公立病院を買収したり、
病院を新設する動きが活発化しているが、2015 年 6 月に公布された「民間医
療事業を促進し発展させることに関する若干の政策措置」では、公立病院医
師の民間病院を含む多拠点就業の許可や民間病院の税制優遇等の推進施
策が明示され、こうした流れがさらに加速されると考えられる。並行して、外資
開放についても、従来は合弁・合作でしか認められなかった外資系医療機関
の設立について一部地域で規制緩和が実現し、2014 年 7 月には北京市、天
津市、上海市など 7 省市で外資 100%での設立が認められ、諸外国の事業者
による病院の設立申請が相次いでいる(【図表 5】)。日本企業においても、こう
した規制緩和の動きはチャンスと捉えられる。
【図表 5】 中国における外資独資病院の概要
禾新医院
医
所在地
資本
開設時期
希瑪林順潮眼科医院
阿特蒙医院(Artemed)
ソウル大学婦産医院
上海永遠幸婦科医院
上海
シンセン
上海自貿区
北京国際医療サービス区
上海自貿区
台湾資本
香港資本
ドイツ資本
韓国資本
日本資本
2012 年 6 月 26 日
2013 年 3 月 21 日
2016 年末(予定)
未開示
眼科、医学検査科、医学画 医療画像・第三者診断・医療
像科、麻酔科、中医眼科
研修等医療センター7 と入院
等、入院部、外来部門
センター4 等計画
未開示
内科、外科、婦人科、不妊
症、麻酔科、医学影像科、
医学検査科等
運営項目
医療保険、医療サービス、
健康管理を中心
備考
2014 年 1 月、香港・マカオ・台湾事業者(資本)は中国に 独 Artemed グループと Silver 韓亜大投証券、ソウル大学 上海永遠幸婦科医院有限
おける地級市以上の都市に独資医院の設立認可
Mountain、上海外高橋(集団) 医院の合弁。ソウル大学が 公司(2015/5 設立)が経営
有限公司傘下企業が調印
病院を運営管理
予定
未開示
(出所)現地報道等よりみずほ銀行産業調査部作成
外資のノウハウ
を取り入れようと
する中国民間病
院に対し、商社等
の日本 企業 も関
心を寄せている
中国で台頭する民間病院事業者には、ICT 化や物品管理、集中購買等の病
院オペレーションの効率化・高度化や、増加するがん・脳血管疾患・心臓病等
に関わる高度医療、高齢化に伴い増加する糖尿病や認知症の治療、リハビリ
テーション、介護等、中国国内でのノウハウの少ない分野を中心に、積極的に
外資のノウハウを取り入れようとの機運がある。日本企業においても商社等を
中心に拡大する中国の民間医療市場への期待は高く、その足掛かりとして、
プラットフォームである「病院事業」に関心を寄せる動きがみられる(【図表
6】)。
【図表 6】 日系商社における中国医療市場参入に向けた動向
三井物産
当社が出資するアジア最大の病院経営会社 IHH ヘルスケアは、上海弘信医療投資有限公司
と合弁会社を設立し病院や医療関連施設の経営を公表。
2016 年 7 月にはコロンビア・アジア(インド・アセアンで約 30 病院を運営)に出資。同グループ
は中国で病院を建設中(上海、無錫、常州ほか)
三菱商事
日本トリム、一般社団法人 Medical Excellence Japan による慢性疾患専門病院を北京にて計
画中。今後 5 年間で 10 病院の展開を計画。当社は糖尿病の予防食開発等で参画予定
伊藤忠商事
資本業務提携する中国最大の国有複合企業 CITIC と、中国国内で医療・健康事業の共同展
開を検討
(出所)三井物産プレスリリース、日本経済新聞 2016 年 4 月 26 日付朝刊、2016 年 8 月 2 日付朝刊より
みずほ銀行産業調査部作成
みずほ銀行 産業調査部
135
Ⅱ-21. 医療・介護
試行される介護
保険制度の内容
が限定的となるこ
とから、日本の介
護事業者におい
ては進出すべき
かどうか模索が
続く見通し
介護サービス分野に関しては、地理的・文化的な近接性や実績のある日本の
介護事業者の参入が期待されてきたが、日本の介護保険制度を基盤とした
事業モデルに慣れた日本の介護事業者は、保険制度のない中国で自らマネ
タイズ可能な事業モデルを構築する負担から、概して進出には消極的であっ
た。今後は、介護保険導入に加え、家族介護から外部サービスへの移行推進
や、介護事業者の認知度の向上による需要の拡大など、事業環境は改善が
進む見込みである。しかし、前述のとおり、中国で試行される介護保険は、そ
の対象が重度の要介護者中心であるなど、当面限定的な内容となる見通しで
あることから、介護保険への依存度の高い日本の介護事業者においては、進
出するべきかどうかの模索が続くことが予想される。
「人材不足」は日
本と同様大きな
問題に
また、「人材不足」については、日本と同様に大きな問題となっている。中国は
従前よりマンツーマンの在宅介護を推進しており、「13・5」でも在宅サービス中
心での展開が示されている中、相当数の人材確保が必要である。一方、介護
スタッフの賃金は低位で離職率も高いなど、日本と同様の問題を抱えている。
参入に際しては、適切な人材の採用・育成と定着率の向上についても注力す
る必要がある。
3.
3
日本企業の事業戦略へのインプリケーション
病院経営に外資
が参入するに
は、医療事業者
との連携が必須
まず、医療サービス分野においては、病院経営に外資が参入するには、合
弁・独資とも、「医療衛生分野への直接・間接的な投資や管理の経験」や「世
界の先進的な医療やサービスの提供」等が要件とされる。しかし、日本国内で
は株式会社による病院経営が認められておらず、病院経営管理の経験を有
する日本企業は少ないため3、中国の病院事業に参入する際には、医療事業
者との連携が必須となる。
日系医療事業者
との連携には、日
系医療事業者が
関与しやすいよう
な役割分担の確
立が必要
日本企業にとっては、先進的医療のノウハウに長けた日系医療事業者との連
携がポイントとなるが、その場合には役割分担を工夫する必要がある。日系医
療事業者は非営利かつ中小事業者が中心であり、その多くが「ヒト」「カネ」の
余力が乏しく、2025 年に向け日本の医療需要が増加を続ける中にあって海
外へ進出するインセンティブも低い。しかし、日系医療事業者の一部には
2025 年以降の日本の医療需要がピークアウトしていくことを見越し、将来に向
け海外事業に期待を寄せる声もある。そうした日系医療事業者には、「ヒト」
「カネ」の負担が少なく、かつ相応の経済的メリットが想定可能な参画スキーム
を検討する必要がある。例えば、日本に人材を受け入れて行う教育支援や技
術指導、遠隔画像診断、遠隔病理診断や遠隔教育等、日本に居ながらにし
て事業に参画しフィーを得るビジネスモデルが考えられるのではないか。こう
したプラットフォームを日本企業が構築し、日系医療事業者が技術提供すると
いう役割分担が想定される(【図表 7】)。
福利厚生目的等で医療法施行前から企業病院を運営する企業や、医療サービス以外の病院運営を受託する企業等が存在
みずほ銀行 産業調査部
136
Ⅱ-21. 医療・介護
【図表 7】 中国病院事業における役割分担のイメージ
中資系医療集団等
病院経営
医療サービス
医師・看護師等
日本企業
合弁
出資・ファイナンス
病院経営
周辺サービス 等
日系医療事業者
技術提供
医療スタッフの教育
遠隔画像診断
遠隔病理診断 等
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
4
民間病院には差
別化に向 けた専
門医療サービス
導入ニーズあり
中国の民間病院においては、他院との差別化を狙った専門医療サービスの
導入ニーズが想定される。具体的には、高度な医療機器の導入や、診断セン
ター、透析センター、リハビリ・介護等のサービスメニューの拡大等が挙げられ
る。海外展開の余力が小さい日系医療事業者については、現地医療事業者
と連携し、人的・資金的投資負担の比較的少ない専門医療センターを検討す
べきと考える。特に診断センターは、治療ではないため医療リスクの低い事業
であり、日本からの遠隔読影の活用も想定可能であるとともに、日本へのイン
バウンドの初期診断、治療後フォロー拠点としても活用可能であることから、
検討する価値は大きい。その際、日系医療機器メーカーや商社等との連携も、
リスクや資金負担を軽減する観点から選択肢となり得るものと考えられる。
特定の疾病に特
化したバリューチ
ェーン構築も有効
な戦略
また、病院をプラットフォームとし、特定の疾病に特化した展開も有効な戦略
の一つと考えられる。例えば、透析分野の先行事例として人工腎臓大手の独
フレゼニウスの展開が注目される。同社は中国国内で 50 以上の透析センター
を自ら運営するとともに、2015 年に上海に研究拠点を開設し、中国をはじめと
するアジアの透析マーケットの成長を見据え、透析医療におけるバリューチェ
ーンを構築している。【図表 6】で挙げた日本トリムによる慢性疾患専門病院構
想も類似の展開と想定される。
医療周辺サービ
スの場合は、三
級病院の経営効
率化ニーズ対応
が有望分野
一方、これまで述べた医療サービスではなく、医療周辺領域のサービスへの
参入を図る場合、まずは三級病院をターゲットとすべきと考える。周辺サービ
スでマネタイズするには相応の事業規模が必要であるが、三級病院は事業規
模が大きく、将来的に分級診療体制が構築されれば、連携先病院への波及
も期待されるからである。三級病院は、ICT 化や物品管理、集中購買等の経
営効率化ニーズを抱えているが、SPD 4事業最大手である三菱商事が、2013
年に中国最大の医薬卸である国薬控股と合弁で医薬材料流通会社を設立し、
中国全土に病院顧客網を有する国薬控股と同事業を展開しており、事業モ
デルの一例として注目される。
産業界と医療界
が連携し、成長
著しい中国の医
療サービス市場
参入への布石
を打つべき
中国で拡大するビジネスチャンスを前に、前述したように本格的に海外進出を
検討している事業者が少ないことは、日本の医療業界全体にとっての課題と
言えよう。成長著しい中国の医療サービス市場において、民間開放が今まさ
に進み、有力な医療集団・医薬集団が育ちつつあり、諸外国の医療事業者の
注目が集まっている中、5~10 年後に進出を検討するのではすでに遅すぎる
と考えられるからである。産業界と医療界が互いに不足する部分を補い、将来
SPD(Supply Processing&Distribution)は院内の医療用医薬品や医療材料等の物品に関し、購買・配送・管理等を一括して提
供するサービス
みずほ銀行 産業調査部
137
Ⅱ-21. 医療・介護
の市場獲得に向け、今から布石を打っておく必要があろう。
MEJ フォーラムに
は、日系企業と
医療事業者との
結節点としての
機能が期待され
る
この突破口になり得る取組みが進みつつある。日本政府が推進する医療の国
際展開の主翼を担う一般社団法人 Medical Excellence JAPAN(MEJ)では、
2016 年 6 月に医療国際展開協力フォーラム(MEJ フォーラム)を設立した(【図
表 8】)。医療の国際展開に関心を持つ医療者を組織化し、単一病院では負
担の大きい継続的医師派遣や技術協力等の取組みを MEJ がコーディネート
し複数の医療者で支えようという取組である。医療事業者が積極的に参画し、
MEJ フォーラムが産業界と医療界の結節点として有効に機能することで、産
官医の連携による日本の医療輸出を実現し、成長著しい中国の病院市場に
おいて日本がプレゼンスを発揮していくことを期待したい。
【図表 8】 MEJ フォーラムのイメージ
MEJ
【正会員企業】
 医療機器メーカー
 医療IT
医工連携
 医療コンサル
 商社
 金融
 旅行会社 等
(2016年7月現在52社)
海外
 政府
 医療機関
医療国際展開協力
フォーラム
(MEJフォーラム)
海外進出
 医療機関
 医療者
 医療関連団体
 学会 等
渡航受診
 医師
 看護師
 技師
 患者
 医学会
 教育機関
(出所)MEJ 資料をもとにみずほ銀行産業調査部作成
介護分野は、介
護保険に依存し
ないビジネスモデ
ルでの構築が必
要
一方、介護サービス分野については、介護保険に依存しすぎないビジネスモ
デルの構築が必要となろう。日本の介護業界では、介護を本業としない異業
種大手企業の介護事業強化や新規参入が活発化している。最近の事例では、
損保ジャパン日本興亜ホールディングスによるワタミの介護、メッセージの買
収、ローソンによる「ケア拠点併設型コンビニ」、更には綜合警備保障による介
護事業者 4 社の買収などが挙げられる。このような異業種大手企業は、利用
者の健康状態や家族介護の状況、所得水準などに応じ、保険内の介護サー
ビスと自社の既存サービスを組み合わせて提供することができる。中国で介護
事業を展開する際にも、各地域で整備される介護保険制度に合わせ、保険
内外サービスを組み合わせて展開することで、介護保険制度の急変リスクを
一定程度軽減し事業継続性を高めることが出来る。国内トッププレイヤーであ
るニチイ学館は中国で 2012 年の家事代行事業に続き 2016 年に本格的な在
宅介護事業への参入を発表しているが、日本で蓄積した保険内外サービス
の一体提供を中国で展開し、自立支援に資する在宅介護のモデルケースと
なることを期待したい。
在宅サービスの
展開には ICT 活
用による効率化
や省力化が必須
「13・5」では施設介護ではなく在宅介護サービスの提供を重視する方向性が
示されている。在宅サービスは施設サービスと比較し、人材や採算の確保が
大きな課題となるため、ICT 活用による効率化や省力化が必須となる。容態変
化への対応にも迅速かつ適切にサービスを提供することが可能となる。現在
の日本の介護保険制度下では ICT 化による効率化や省力化を評価する報酬
がなく、事業者の取組みも限定的であるが、今後は ICT 化及び介護ロボットの
報酬上の評価導入などが進められる方向にある。かかる中、ヘルスケアのイン
みずほ銀行 産業調査部
138
Ⅱ-21. 医療・介護
フラ整備を急速に進める必要がある中国の先進的な都市では、スマートシテ
ィ推進の一環として遠隔医療/クラウド病院を構築したり5、介護分野での ICT
化に積極的である(【図表 9】)6。日本の介護事業者がこれを好機と捉え、先進
的な地方政府と介護×ICT のパイロット事業に取り組み、労働集約型の介護
とは異なる介護インフラやサービス提供のモデルを構築、日本へ展開するリバ
ースイノベーションの実現に繋げられないだろうか。
【図表 9】 介護×ICT のパイロット事業(イメージ)
医療
医療情報
(薬歴、病歴)
ICT関連機器
介護
健康管理
生活情報
宅配
(バイタル、行動様式など)
個人情報
インフラ
=
共通システム
(家族、緊急連絡先など)
家事代行
Internet
見守り
警備
地方政府
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
「人材の還流」
が、日中両国の
人材不足解消や
人材育成に寄与
することを期待し
たい
前述の人材不足については、日本政府が 2016 年 7 月に示した「アジア健康
構想に向けた基本方針」 7で打ち出された「人材の還流」の仕組みに注目した
い。この仕組みの下では、外国人留学生を日本で研修・活用することで、日本
国内での人材不足を補う。また、帰国後は日本企業が進出する先での中核
的人材として就労のオファーを可能とする(【図表 10】)。介護スタッフの低位
な賃金水準や離職率の高さなどの解決に取り組みつつ、この施策が日中両
国の人材不足解消や日本の事業者が中国進出を図る上での基幹人材の育
成に寄与することを期待したい8。
【図表 10】 「人材の還流」のイメージ
①留学生を増やす
②中核的な存在となり活躍
③帰国
④日本企業が進出する際
就労をオファー
医学部
専門学校等
(出所)内閣官房「アジア健康構想推進会議」資料よりみずほ銀行産業調査部作成
最後に
5
6
7
8
「13・5」で中国が目指す高齢化対応は、過度に財政に依存しない効率的な医
療・介護サービス提供体制の構築と予防産業の促進であり、日本の政策とま
さに目線を同じくするものである。日本企業や日系医療・介護事業者が地方
政府および現地の優良なパートナーと連携構築を進め、日本の実績と中国の
先進的な取組を兼ね備えたグッドプラクティスの担い手となることを期待したい。
中長期的にはその成功モデルが国内のヘルスケア・社会保障関連の財政の
寧波市は、「熙康中国(Xikang IT 企業「東軟集団」の子会社」と PPP(Public-Private-Partnership)で地域の医療機関 100 医院と
薬局 68 店舗を連携したシステムを開発、住民は専用アプリによって、自宅での受診と近隣薬局での薬の受取が可能。
北京市海淀区では介護度の認定等に AI を活用するとの情報がある。
アジアにおける Universal Health Care(全ての人が適切な予防・治療・リハビリ等のサービスを支払い可能な費用で受けられる
状態)と健康長寿社会の実現を目指した日本の介護システム・産業の輸出の支援を発表。
実現には「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律案」など一連の法案成立が必要。
みずほ銀行 産業調査部
139
Ⅱ-21. 医療・介護
健全化と関連産業の発展に活かされ、同時に高齢化が進む他のアジア諸国
への展開にも繋がるであろう。
みずほ銀行 産業調査部
公共・社会インフラ室 吉田 篤弘
稲垣 良子
高杉 周子
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
140
【参考文献一覧】
<Ⅰ.中国経済の現状と展望>
9.自動車 -中国 NEV 規制がもたらす完成車メーカーの
電動車戦略の変容-
1.中国経済(特別寄稿)
2020 年の中国経済の姿
-改革の痛みは残るが、景気腰折れは回避-
FOURIN「中国自動車調査月報」
FOURIN「世界自動車技術調査月報」
FOURIN「2025 年中国乗用車市場展望」
伊藤信悟「2015 年の中国のマクロ経済運営~景気下支えを強めつつ成長率
を+7.0%前後に誘導~」『みずほインサイト』(2015)みずほ総合研究所
伊藤信悟「高度化が進む中国の個人消費~中国政府による爆買い・輸入抑
制への備えが必要~」『みずほインサイト』(2016)みずほ総合研究所
伊藤信悟・小林公司・稲垣博史・三浦祐介・玉井芳野「中国・インド経済の中
期展望-発展段階に応じた課題の分析と政策対応を踏まえた考察」『みずほ
リポート』(2016)みずほ総合研究所
酒向浩二「2025 年の製造強国入りを目指す中国の新製造業振興策-2015
年度中国商務部国際貿易経済合作研究院への委託調査-」『みずほリポー
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IMF, Global Financial Stability Report: Potent Policies for a Successful
Normalization, April 2016
World Economic Forum, The Global Competitiveness Report 2015–2016, 2015
马骏、刘斌、贾彦东、李建强、陈辉、蒋贤锋、王伟斌「2016 年中国宏观经济
预测(年中更新)」『中国人民银行工作论文 No.2016/9』(2016)
中国企业家调查系统「企业经营者对宏观形势及企业经营状况的判断、问
题和建议-2015・中国企业经营者问卷跟踪调查报告」『管理世界』(2015)
中国人民银行金融稳定分析小组「中国金融稳定报告 2016」(2016)中国金
融出版社
10.工作機械 -時間的猶予を生かし、
将来に向けた布石を打つ時-
(社)日本工作機械工業会「工作機械統計要覧(各年版)」
(社)日本工作機械工業会「工作機械産業ビジョン 2020」
㈱日本経済新聞社「日本経済新聞」
㈱日本経済新聞社「日経産業新聞」
11.ロボット -魅力的な市場は、同時に強力な競合企業を
育て得る土壌-
International Federation of Robotics, World Robotics Industrial Robots 2015
(一社)日本ロボット工業会「ロボット」(2012 年 3 月号-2016 年 5 月号)
㈱日本経済新聞社「日本経済新聞」
㈱日本経済新聞社「日経産業新聞」
㈱日刊工業新聞社「日刊工業新聞」
12.医療機器 -国産化と地場企業台頭の動きを見据えた
戦略策定の必要性-
<Ⅱ.日本産業・企業への影響と取るべき事業戦略>
2.石炭 -中国に起因する不確実性が世界の石炭市場に波及-
International Energy Agency, Coal Information
International Energy Agency, World Energy Outlook 2015
経済産業省「エネルギー基本計画」
経済産業省「長期エネルギー需給見通し」
中国海関総署「中国海関統計」
(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構「中国における脱石炭の動きと石炭需
給及び石炭輸出入動向調査」
Argus Media Limited, Argus/ McCloskey’s Coal Price Index Report
BP, Statistical Review of World Energy 2016
Espicom, Worldwide Medical Devices Forecasts to 2020(2015)
岩倉俊介「Mizuho Industry Focus Vol.174 中国ヘルスケア産業において取り
得る事業戦略とは~コスト抑制と価格是正を目指す枠組み作りでのビジネス
機会」『Mizuho Industry Focus』(2015)みずほ銀行
(独)日本貿易振興機構「中南米の医療機器市場」(2015)
(独)日本貿易振興機構「南アフリカの医療機器産業の展望」(2015)
㈱ワールド・ビジネス・アソシエイツ「海外における医療ニーズ等及び国内企
業の海外進出状況等及び分析業務報告書」(厚生労働省医政局総務化医療
国際展開推進室受託事業)(2015)
(独)日本貿易振興機構「中国の医療機器市場調査」(2014)
13.重電 -中国企業の自国技術化を契機とした日系重電企業の
戦略見直しの必要性-
3.天然ガス・LNG -中国の需給動向がもたらす影響と
日本の上流権益投資-
中国石油新聞 2009 年 2 月 16 日
(http://news.cnpc.com.cn/system/2009/02/16/001222882.shtml)
劉家敏「エネルギー発展戦略行動計画 (2014~2020 年)」『みずほ中国政策
ブリーフィング』(2015)みずほ総合研究所
㈱東西貿易通信社「中国の石油産業と石油化学工業 2015 年版」
経済産業省「長期エネルギー需給見通し」
(一財)石油エネルギー技術センター「中国国営石油会社の海外事業展開」
(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構「中国国有石油企業の対外投資トレ
ンド 2016」
(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構「中国:国をあげて石油資源調達へ」
4.鉄鋼 -中国の供給過剰問題解決への道筋と
日本企業の打ち手-
World Steel Association, Steel Statistical Year Book 2015
日本鉄源協会「鉄源年報」
McCoy Power Report(http://mccoypower.net/)
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International Atomic Energy Agency(https://www.iaea.org/)
日本電気協会新聞部「電気新聞」
14.鉄道システム -失速する中国企業を尻目に日本企業が
目指すべき戦略方向性-
「みずほ産業調査 Vol.54 世界の潮流と日本産業の将来像–グローバル社会
のパラダイムシフトと日本の針路–」『みずほ産業調査』(2016)みずほ銀行
日本機械輸出組合「中国プラント企業のアフリカ等途上国インフラ受注戦略
及び中国政府等の企業支援制度の実態調査報告書(平成 28 年 3 月)」
(社)海外鉄道技術協力協会「世界の鉄道」
National Bureau of Statistics of China, China Statistical Yearbook 2015
㈱日本経済新聞社「日本経済新聞」
㈱日本経済新聞社「日経産業新聞」
㈱日刊工業新聞社「日刊工業新聞」
15.民間航空機 -中国の台頭、残された時間は少ない-
6.石油 -中国企業との競争と協調の使い分け-
石油エネルギー技術センター(JPEC)「JPEC レポート」
(一社)日本航空宇宙工業会「平成 28 年版 世界の航空宇宙工業」
(一社)日本航空宇宙工業会「平成 28 年版 日本の航空宇宙工業」
㈱日本経済新聞社「日本経済新聞」
㈱日本経済新聞社「日経産業新聞」
㈱日刊工業新聞社「日刊工業新聞」
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【参考文献一覧】
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18.小売 -小型フォーマット+O2O 展開に中国企業との
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胡鞍鋼「清華大学国情研究院 中国『第 13 次 5 ヵ年計画』-中国および世界
への影響」 BBL セミナー資料(2016 年 3 月 18 日)独立行政法人 経済産
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瑞穂投資諮詢(上海)有限公司「中国産業概観」(2016 年 3 月)
川端基夫「アジア市場を拓く:小売国際化の 100 年と市場グローバル化」(2011)
関西学院大学研究叢書
経済産業省「平成 27 年度我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤
整備(電子商取引に関する市場調査)」
19. 食品 -拡大し続ける中国食品市場と
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㈱日本経済新聞社「日本経済新聞」
㈱日本経済新聞社「日経産業新聞」
(独)日本貿易振興機構「日本食品に対する海外消費者意識アンケート調査」
(独)日本貿易振興機構「健康食品調査(中国)」
(独)農畜産業振興機構「畜産の情報 2016 年 6 月号」
㈱農林中金総合研究所「農林金融 2015 年 2 月号・2014 年 2 月号」
農林水産省(http://www.maff.go.jp/)
UN Comtrade(http://comtrade.un.org)
中国保健協会(http://www.chc.org.cn/)
中国国家統計局(http://www.stats.gov.cn/)
レスター・R・ブラウン「だれが中国を養うのか?」(1995)ダイヤモンド社
ピーター・D・ピーダーセン「レジリエント・カンパニー」(2015)東洋経済新報社
フリードヘルム・シュヴァルツ「知られざる競争優位」(2016)ダイヤモンド社
柴田明夫「中国のブタが世界を動かす」(2014)毎日新聞社
20.パーソナルケア -中国企業との連携・協業の可能性を探る-
㈱国際商業出版 「国際商業」
上海家化集団(http://www.jahwa.com.cn/en/)
伽藍集団(http://www.jala.com.cn/en/index.html)
21.医療・介護 -中国政府の施策を踏まえた日本企業の
戦略方向性-
岩倉俊介「Mizuho Industry Focus Vol.174 中国ヘルスケア産業において取り
得る事業戦略とは~コスト抑制と価格是正を目指す枠組み作りでのビジネス
機会」『Mizuho Industry Focus』(2015)みずほ銀行
Clearstate, Understanding China's Emerging Private Healthcare Market
(2016)
久保英也「中国における医療保障改革」 (2014)ミネルヴァ書房
「平成 27 年度老人保健事業推進費等補助金老人保健健康増進等事業介護
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2016 No.2
平成 28 年 9 月 29 日発行
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