共同体商標規則及び欧州連合商標指令の改正点

( 39 )
論
説
共同体商標規則及び欧州連合商標指令の改正点
榎本 可奈 *
事 務 局(訳)
2015 年 12 月 24 日,待望されていた EU 商標
立された,統一商標出願システム(共同体商標)
。
指令及び EU 商標規則の改正が欧州連合官報に公
現在,EU 商標は次の主要規定によって管理され
示された。EU 商標制度改革がもたらす変化は大
ている。
規模であり,共同体意匠及び国内商標の両方に影
響を与えることから,本稿では 2016 年 3 月 23
・指令 2008/95/EC(EU 商標指令)
:国内商標
日から施行されたこれらの変更点の概要を述べ,
は各構成国の知的財産官庁において同一の条
改正 EU 商標指令及び EU 商標規則の施行に対応
件で登録され,同一の保護を享受することを
するための,いくつかの実務的アドバイスを商標
確約する。
・ 指 令 207/2009/EC(CTM 規 則 )
:共同体商
所有者に紹介していく。
標の取得及び権利行使についての条件を成文
1.EU 商標制度改革の背景
法化したものである。
欧州連合域内において利用可能な商標出願シス
しかし,国内商標法制度が EU 商標指令に基づ
テムが複数存在しており(国内商標,共同体商標,
き最初に調和され,共同体商標システムが確立さ
そして EU 構成国を個別に指定又は欧州共同体す
れた後,世界的なビジネス環境が劇的に変化して
べてを指定する国際登録),更に「欧州連合」と
いるにもかかわらず,その規定条文に大規模な修
いう概念が抽象的であることから,商標所有者が
正が加えられることはなかった。更に,EU の各
欧州連合において商標保護を確保し,自身の商標
構成国の商標法制度において,方式要件及び手続
権を行使することは,戦略的に容易なものといえ
の多くが調和されていないことが長年の EU 商標
ない。
実務から明らかになり,EU 商標指令と共同体商
欧州連合は国家でもなければ地域でもなく,現
標規則との間に存在するいくつかの矛盾点も特定
状では 28 か国によって構成される連合組織であ
された。こうして商標制度の抜本的な改革が要求
る。これは以下のことを意味する。
されたのである。
EU 商標制度改革は,以下のことを目標として
いる。
・28 の異なる文化
・28 の異なる法制度
・現代のビジネス環境に適応させるための,現
・24 の異なる言語
行規定の近代化(新しいタイプの商標登録の
欧州連合の複雑な構成を考慮し,そして欧州法
の調和化の一環として,欧州の関係当局は以下を
実行してきた:(1)20 年以上にわたる,EU の各
構成国間の商標法の調和化。(2)約 20 年前に設
促進など)
・これまで調和されていなかった商標登録手続
* Partner, RGC Jenkins & Co.
AIPPI(2016)Vol.61 No.5
( 427 )
( 40 )
─ 共同体商標規則及び欧州連合商標指令の改正点 ─
の調和(商標出願日及びその他の方式要件の
商品及びサービス 3 区分を賄うことができなく
調和など)
なった。2016 年 3 月 23 日以降,EUIPO は 1 区
・ 商標所有者のための,偽造商品を排除する更
分につき 1 件分の手数料とする新たな手数料シス
に効率的な手段の提供(輸送中の商品に関す
テムを採用した(改正 EU 商標規則第 26 条 (2))。
電子手続による EU 商標の出願手数料は次のと
る明確な規定など)
・ 法的確実性の強化(保護の範囲及び制限に関
おりである。
する商標権の明確化など)
・ 商標所有者のための,更に柔軟かつ個別ニー
ズに合わせた商標手数料システムの提供
欧州議会及び欧州委員会と折衝した後,欧州理
事会は 2015 年 6 月 10 日に改正欧州商標指令及
び EU 商標規則の修正案を承認し,2015 年 12 月
༊ศᩘ
᪂ᡭᩘᩱ⥲㢠
㸦࣮ࣘࣟ㸧
ᚑ᮶ࡢᡭᩘᩱ⥲㢠
㸦࣮ࣘࣟ㸧
1
850
900
2
900
900
3
1050
900
4
1200
1050
㏣ຍࡢྛศ㢮
1 ༊ศ࡟ࡘ࠸࡚ 150 ㏣ຍ
1 ༊ศ࡟ࡘ࠸࡚ 150 ㏣ຍ
24 日付けの欧州連合官報において改正欧州意匠
指令及び EU 商標規則が公示された。
新手数料システムは,いわゆる「余分な」商標
登録,すなわち 3 区分についての登録がきわめて
・ 共同体商標規則に関する改正の大部分(改正
多数存在しているが,そのうち 2 区分は商標権者
EU 商標規則)は,改正規則の公示から 90
がほとんど関心がないという状況を削減すること
日後,すなわち 2016 年 3 月 23 日に施行さ
を意図している。
更に,商標出願手数料を支払うための(従来の)
れた。
・ 改正 EU 商標規則の公示日から 3 年以内に,
1 か月の猶予期間が廃止される。すなわち EU 商
EU 構成国は EU 商標指令に関する改正の大
標出願が誤って行われた場合,商標出願人は商標
部分を施行する。
出願手数料を失うことになる。EU 商標を出願し
2.共同体商標規則 207/2009/EC に関す
る改正の概要
ながら手数料の支払を遅らせ,それを取り下げた
後に商標出願人が追加費用を要さずに EU 商標を
再出願することは不可能になる。
更新手数料の支払額は大幅に減額される。新た
2.1.管理上の変更点
な更新手数料は次のとおりである。
2.1.1.CTM 及び CTM 官庁の新名称(改正 EU
༊ศᩘ
᪂ᡭᩘᩱ⥲㢠
㸦࣮ࣘࣟ㸧
ᚑ᮶ࡢᡭᩘᩱ⥲㢠
㸦࣮ࣘࣟ㸧
1
850
1350
2
900
1350
財産庁(European Union Intellectual Property
3
1050
1350
Office), 略 称「EUIPO」 又 は「 庁(Office)
」に
4
1200
1750
㏣ຍࡢྛศ㢮
1 ༊ศ࡟ࡘ࠸࡚ 150 ㏣ຍ
1 ༊ศ࡟ࡘ࠸࡚ 400 ㏣ຍ
商標規則第 1 条及び第 2 条)
CTM 官庁(OHIM)の名称が,欧州連合知的
変更された。
CTM(共同体商標)は,
欧州連合商標(European
Union Trade Mark)
,略称「EUTM(EU 商標)
」
実務上,2016 年 3 月 23 日より前に存続期間満
了となる EU 商標(CTM)登録は,2016 年 3 月
となった。
23 日以降に更新申請及び手数料支払を行う場合
2.1.2.EU 商標手数料
であっても,従来の手数料システムで定められた
最初の出願手数料(これまで EUR 900)は,
( 428 )
更新手数料を支払う。
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─ 共同体商標規則及び欧州連合商標指令の改正点 ─
2016 年 3 月 23 日以降に存続期間満了となる
( 41 )
商品/サービスを明確にすることができる。こ
EU 商標登録は,改正 EU 商標規則の施行前に
れに関して商標権者は 2016 年 9 月 24 日までに,
更新申請及び手数料支払が行われた場合であっ
この明確化を求める宣言書を EUIPO に提出する
ても,新たな更新手数料システムが適用される。
ことができる。
2016 年 3 月 23 日より前に従来の手数料システム
この変更に関する質問が多数寄せられているこ
に基づき更新手数料が支払われた場合,EUIPO
とから,
EUIPO は 2016 年 2 月 8 日に通達を行い,
は受領した手数料の超過額を返還する。
改正 EU 商標規則第 28 条に基づく手続及び範囲
2016 年 3 月 23 日以降,EU 商標の更新は EU
を,更に次のように明確化した。
商標の存続期間満了日までに申請しなければなら
ず,権利満了となる月の末日ではなくなる。
・ 宣言書の目的は,商品及び/又はサービスの
更に具体的なリストを包含させることによっ
2.2.EU 商標の出願及び手続上の変更点
て EU 商標(CTM)の範囲を拡大又は特定
することではない。商標権者が EU 商標登録
2.2.1.商品及びサービスの指定(改正 EU 商標規
則第 28 条)
の指定範囲を特定又は限定するよう希望する
のであれば,一部放棄(EU 商標(CTM)規
共同体商標システムが確立された後,庁は EU
商標出願において類見出し(Class Heading)の
指定を商標所有者に認めてきた。2012 年まで,
則第 50 条)申請によって実行可能である。
一部放棄請求に時期的な制限はない。
・ 宣言書の目的は,商標出願日における商標所
類見出しは,その区分に含まれるすべての商品及
有者の意思を明確にすることによって,類見
び/又はサービスを指定するものとみなされてい
出しの文字通りの意味では明確に指定されな
た。
い商品及び/又はサービスを包含させるこ
IP Translator 事 件(C-307/10,2012 年 6 月
19 日)における欧州連合司法裁判所の判決によっ
て庁の実務に進展があり,EU 商標(CTM)に
おける商品及びサービスの記載は,そこにリスト
アップされた文言を文字通りに指定するものと解
釈されるようになった。
今回,IP Translator 事件からもたらされた規
則が成文法化され,2016 年 3 月 23 日施行の改正
EU 商標規則では,類見出し及びその他の一般用
語を使用した場合,その文言が持つ文字通りの意
味によって明確に指定される,すべての商品及び
サービスを含むものと解釈される。これは 2012
年 6 月 22 日から 2016 年 3 月 23 日までに出願さ
れた EU 商標(CTM)登録にも適用される。
2012 年 6 月 22 日より前に出願された,類見
出し全体を指定する EU 商標(CTM)登録につ
いては,類見出しの文字通りの意味では明確に指
定されないと EUIPO がみなしているニース分類
のアルファベット順リストによる商品及び/又は
サービスを包含させることによって,商標の指定
とである。EUIPO は,類見出しの文字通り
の意味では明確に指定されないものとみなし
た,ニース分類第 8 版のアルファベット順リ
ストから引用した具体的な商品及びサービス
のリストを公表している。
・ 宣言書には次の商品及び/又はサービスだけ
を含まなければならない:(1)EU 商標出願
又は EU 商品/サービス指定が行われた時点
で有効であったニース分類の版における,問
題とされる分類のアルファベット順リストに
含まれているもの。
(2)類見出しによる包括
表示の文字通りの意味では明確に指定されな
いもの。
・ EUIPO が定める要件を充足しない宣言書に
ついては拒絶理由が提起され,商標権者は 2
か月以内に欠陥を是正する。
2.2.2.従来とは異なるタイプの商標(改正 EU 商
標規則第 4 条及び第 7 条)
改正 EU 商標規則第 4 条の規定によると,商標
AIPPI(2016)Vol.61 No.5
( 429 )
( 42 )
─ 共同体商標規則及び欧州連合商標指令の改正点 ─
の写実的表現物が不要となる。これによって,従
主張は EU 商標出願時に行わなければならない。
来とは異なるタイプの商標について EU 商標登録
ただし商標所有者は,引き続き出願日から 3 か月
を取得することが容易になるであろう。ただし,
以内に優先権書類を提出することができる。
保護が与えられる主題について第三者が明確かつ
正確に判断できる方法で,商標を登録簿に表示す
ることが要求される。なお従来の CTM 規則に関
する変更の大部分は 2016 年 3 月 23 日に施行さ
2.2.5.EU 商標調査報告書(改正 EU 商標規則第
38 条)
改 正 EU 商 標 規 則 第 38 条 の 規 定 に よ る と,
れたが,この点に関する変更は 2017 年 10 月 1
EUIPO は EU 商標調査報告書を自動的に送付し
日に施行される。
なくなる。商標所有者は EU 商標出願時に,EU
更に,改正 EU 商標規則第 4 条は,色彩及び音
が EU 商標として登録可能な標識であると明確に
商標調査報告書の送付を明確に請求しなければな
らない。
ただし,EU 商標調査報告書の送付が請求され
列挙している。
2016 年 3 月 23 日以降,一定形状の商品が EU
たのか否かと無関係に,EU 商標出願の公開時に,
商標として登録不可能となるだけでなく,商品の
EUIPO は公開 EU 商標出願の EU 商標調査報告
「その他の特徴」も登録不可能となる。改正 EU
書において引用された先行 EU 商標について,従
商標規則第 7 条は,登録されない商標として次を
来と同様に商標所有者に通知する。
列挙している。
2.3.EU 商標異議手続
・ 商品それ自体の性質の結果としての形状又は
2.3.1.国際登録の欧州連合指定についての異議
その他の特徴
・ 技術的結果を得るために必要な商品の形状又
申立期間(改正 EU 商標規則第 156 条)
従 来 の EU 商 標(IR) 出 願( 又 は CTM(IR)
はその他の特徴
・ 商品に実質的な価値を与える形状又はその他
出願)についての延長不可能な異議申立期間は,
EUIPO(OHIM)による公開日から 9 か月である。
の特徴
正確にいえば,EU 商標(IR)出願の公開から 6
識別性を獲得しているとの証拠に基づき,この
拒絶理由を克服することは不可能である。「香り」
商標に関しては,
「その他の特徴」に基づく拒絶
か月経過後,ようやく 3 か月の異議申立期間が開
始する。
2016 年 3 月 23 日 以 降, 改 正 EU 商 標 規 則 第
156 条に基づき,このような EU 商標(IR)出願
理由が提起されることが予測される。
については,EUIPO による EU 商標(IR)出願
2.2.3.EU 国内商標官庁(改正 EU 商標規則第 25
条)
の公開から 1 か月後に,3 か月の異議申立期間が
開始する。これによって異議申立期間は,EU 商
改正 EU 商標規則第 25 条に基づき,商標所有
標(IR)出願の公開から実質的に 4 か月となる。
者は EU 国内商標官庁を通じて EU 商標出願を行
うことができなくなる。EU 商標出願は EUIPO
2.3.2.EU 商標異議手続における使用証明(改正
EU 商標規則第 42 条)
に直接行わなければならない。
異議申立期間中,異議申立人が先行する登録商
2.2.4.優先権主張(改正 EU 商標規則第 30 条)
標権に依拠する場合,異議の対象である EU 商標
現行の CTM 施行規則 6 の規定によると,EU
(CTM)出願の公開日の 5 年以上前に先行商標権
商標出願日から 2 か月以内に優先権の宣言書を提
が付与されたものであれば,その先行商標の登録
出可能であるが,2017 年 10 月 1 日以降,優先権
商品又はサービスに関して真正使用の証明を求め
( 430 )
AIPPI(2016)Vol.61 No.5
─ 共同体商標規則及び欧州連合商標指令の改正点 ─
( 43 )
2.4.3.EU 商標の効力の制限(改正 EU 商標規則
られる可能性がある。
2016 年 3 月 23 日以降,異議申立人は,異議の
対象である EU 商標出願の出願日(又は優先日)
第 12 条)
ある者が自身の氏名を使用していることを主張
の 5 年以上前に登録が付与された場合に限り,自
して商標権侵害の判断を回避するよう試みること
身の登録商標の真正使用を証明しなければならな
は個人だけに適用され,従来のように企業には適
い。
用されない(改正 EU 商標規則第 12 条 (1))。
ここで,たとえば 2016 年 3 月 16 日に(優先
更に,EU 商標権者のブランド商品及び/又は
権を主張せず)EU 商標(CTM)を出願し,2016
サービスを特定する目的で第三者が登録 EU 商標
年 4 月 20 日に公開された状況を想定してみる。
を使用する行為は,その第三者の使用が公正かつ
従来であれば先行商標権者(異議申立人)は,
(EU
誠実であれば,商標権の侵害を構成しない(改正
商標(CTM)出願公開日の 5 年前である)2011
EU 商標規則第 12 条 (2))
。
年 4 月 20 日以前に自身の先行商標登録が付与さ
れた場合,商標の使用を証明しなければならな
かった。2016 年 3 月 23 日以降,
この基準日は
(EU
2.4.4.侵害訴訟手続における抗弁
改正 EU 商標規則第 99 条 (3) の規定によると,
商標出願日の 5 年前である)2011 年 3 月 16 日と
EU 商標を基礎とする商標権侵害訴訟において被
なる。
告は,EU 商標権者が(侵害)訴訟の提起日前 5
この使用証明に関する新規則は,先行(EU 国
年間に欧州連合域内において,その登録対象であ
内商標又は EU 商標)登録を基礎として,EU 商
る商品及び/又はサービスに関して自己の商標を
標登録に対して提起する無効手続にも適用される
使用していた旨を証明するよう要求することがで
きる。先行商標の真正使用(又は不使用の正当な
(改正 EU 商標規則第 57 条 (2))
。
理由)が証明されない場合,商標権侵害訴訟は認
2.4.商標権侵害と侵害に対する抗弁
められない。
改正 EU 商標規則第 13 条 (a) の規定によると,
2.4.1.包装又はその他の手段の使用に関する予
先行 EU 商標権者が,たとえば同意,黙認又は所
備的行為を禁止する権利(改正 EU 商標規
定期間の不使用などの理由によって後発 EU 商標
則第 9 条 (a))
登録を取り消すことができなかった場合,先行
改正 EU 商標規則第 9 条 (a) に基づき,包装,
EU 商標権者は,後発 EU 商標登録の対象である
ラベル,タグ,証明書若しくは真正品であること
商品及び/又はサービスについて,その使用を禁
を示す特徴に登録商標(又はそれに類似する標章)
止することができない。
を付す行為,又はその包装等を販売,保管若しく
は輸入する行為は,EU 商標の権利侵害とされる。
2.5.EU 商標の移転(改正 EU 商標規則第 18 条)
改正 EU 商標規則第 18 条の規定によると,代
2.4.2.輸送中の商品
(改正 EU 商標規則第 9 条 (4))
理店又は代理業者が許可を得ずに取得した EU 商
欧州連合域内を輸送中の商品は EU 税関当局に
標登録に関して,裁判所に提訴するのではなく,
よる押収の対象とされる。これによって偽造商品
その EU 商標登録の移転を EUIPO 取消部に請求
が欧州連合を通過するときに,その押収及び破棄
することが可能となる。
が可能となる。ただし,輸送中の商品が最終仕向
地において適法に販売可能なものであれば,この
新規定は適用されない。
AIPPI(2016)Vol.61 No.5
( 431 )
( 44 )
─ 共同体商標規則及び欧州連合商標指令の改正点 ─
3.欧州連合商標指令 2008/95/EC におけ
る変更点の概要
3.1.3.拒絶又は無効の絶対的理由に関するその
他の変更点(改正 EU 商標指令第 4 条)
EU のすべての国内商標官庁は,原産地名称,
EU 商標制度改革の精神を尊重し,EU 諸国で
地理的表示,ワインに関する伝統的用語,伝統的
異なる商標法制度と EU 商標システムとの調和化
特産品保護産品若しくは植物品種と同一又は類似
を更に進める目的で,改正 EU 商標規則に盛り込
の商標がクレームされている場合,審査段階又は
まれた変更点の大部分が改正 EU 商標指令に取り
異議手続のいずれかにおいて,その国内商標出願
入れられている。更に,改正 EU 商標指令には,
の拒絶を可能としなければならない(改正 EU 商
EU の各構成国の商標法制度に適用される具体的
標指令第 4 条 (i-l))
。
EU のすべての国内商標官庁は,識別力が欠如
な変更点が数多く含まれている。
している,説明的である又は一般名称である商標
3.1.欧州連合における各国内商標の出願及び手
続上の変更点
であっても,使用を通じて識別力を獲得できるこ
とを認めなければならない(EU 商標指令第 4 条
(4))
。
3.1.1.商品及びサービスの指定(改正 EU 商標指
3.1.4.時間的枠組み
令第 39 条)
EU 商標指令の改正と併せて, IP Translator
欧州連合の各国内商標の出願及び手続における
事件における欧州連合司法裁判所の判決から引き
変更点は,EU 商標指令における変更点の大部分
出された規則が成文法化され,改正 EU 商標指令
に関して,改正 EU 商標指令の施行から 3 年以内,
に盛り込まれた。したがって類見出し及びその他
すなわち 2019 年 1 月までに導入しなければなら
の一般用語を使用した場合には,その文言が持つ
ない。
文字通りの意味によって明確に指定される,すべ
ての商品及びサービスを含むものと解釈される。
3.2.EU の各構成国における異議手続
ただし,改正 EU 商標規則と異なり,IP Translator
EU のすべての国内商標官庁は,効率的かつ迅
事件判決前に出願され,類見出しをクレームして
速な行政上の異議手続を提供しなければならない
いる EU 国内商標登録について,その指定商品/
サービスの文字通りの意味を明確化する宣言書の
(改正 EU 商標指令第 43 条)
。
現在のところ,すべてではないが,ほとんどの
EU 構成国は異議手続を国内商標官庁に提起する
提出は不可能である。
ことを認めている(イタリアは 2011 年に行政上
3.1.2.従来とは異なるタイプの商標(改正 EU 商
標指令第 3 条及び第 4 条)
の異議手続を導入した)
。しかしその一方で,そ
れぞれの具体的な規定の大部分が調和されていな
改正 EU 商標指令第 3 条には,写実的表現物の
い。そこで改正 EU 商標指令は,EU 商標(CTM)
要件廃止,そして色彩及び音を特に導入したこと
の異議手続に適用される現行規定を,次のように
に関して同様の変更点が盛り込まれている。
国内商標に取り入れている。
更 に 改 正 EU 商 標 指 令 第 4 条 (e) で は, 改 正
EU 商標規則と同様に,形状に加えて「その他の
・ EU 国内商標異議手続では,複数の先行商標
特徴」も不登録商標のリストに追加することに
権に依拠することが可能になる(改正 EU 商
よって,登録されない商標の定義を拡大している。
標指令第 43 条 (2))
。たとえば現状のフラン
スにおける異議申立は,1 件の先行商標権を
基礎とすることだけが認められており,複数
の先行商標権を基礎として異議申立を行う場
( 432 )
AIPPI(2016)Vol.61 No.5
─ 共同体商標規則及び欧州連合商標指令の改正点 ─
合には,複数件の異議申立を行わなければな
( 45 )
商標所有者にとって大きな負担となっていた。
ただし各国内商標官庁は,この変更点を 7 年
らない。
・ EU のすべての国内商標官庁は,名声を得て
いる先行商標を基礎とする異議申立を認めな
以内に施行することになっており,したがって
2023 年 1 月までに施行すれば良い。
ければならない(改正 EU 商標指令第 43 条
(1))
。この規定は現行の EU 商標指令に選択
3.3.2.悪意による登録(改正 EU 商標指令第 45
条 (3)(b))
肢として既に含まれているが,これが義務化
EU のすべての国内商標官庁において,悪意に
される。
・ EU のすべての国内商標官庁は,両当事者の
よる場合を無効理由としなければならない。更に
共同請求に基づき,少なくとも 2 か月のクー
各国内商標官庁は,既に悪意による場合が異議理
リングオフ期間を規定しなければならない
由とされていなければ,これを異議理由として導
入する選択肢も有する(改正 EU 商標指令第 43
(改正 EU 商標指令第 43 条 (3))
。
・ 異議申立を受けた EU 国内商標出願(又は登
録)の所有者は,先行商標が登録後 5 年の猶
条)
。
この変更点は,改正指令の施行から 3 年以内,
予期間を経過している場合,その先行商標の
すなわち 2019 年 1 月までに導入しなければなら
使用証明を要求することができる(改正 EU
ない。
商標指令第 44 条)
。
改正 EU 商標規則と同様に,異議申立人は,
異議の対象である国内商標出願の出願日(又
3.3.3.EU 国内商標の取消及び無効手続における
使用証明
は優先日)の 5 年以上前に登録が付与された
無効手続についても国内商標の異議手続と同様
場合に限り,自身の登録商標の真正使用を証
の変更点が反映され,無効手続の対象とされた
明しなければならない。
EU 国内登録商標権者は,先行商標が登録後 5 年
の猶予期間を経過している場合,その先行商標の
これらの変更点は,改正指令の施行から 3 年以
使用証明を要求することができる。また同様に,
内,すなわち 2019 年 1 月までに導入しなければ
商標権者は,無効手続の対象である国内商標登録
ならない。
の出願日(又は優先日)の 5 年以上前に登録が付
与された場合に限り,自身の登録商標の真正使用
3.3.取消及び無効手続
を証明しなければならない(改正 EU 商標指令第
46 条)
。
3.3.1.国内商標の取消及び無効手続(改正 EU 商
標指令第 45 条)
取消手続に関して,EU のすべての国内商標官
庁は,登録商標の(5 年の)不使用,誤認を生じ
もっとも,EU のすべての国内商標官庁は,行
させる使用,又は登録商標が一般名称になったこ
政上の商標取消及び無効手続を導入しなければな
とを理由とする,商標登録の取消を規定しなけれ
らない。
ばならない(改正 EU 商標指令第 19 条,第 20 条
これは大きな変更点であり,現状で取消及び無
及び第 35 条)
。
効手続を国内裁判所に提起しなければならない商
標官庁,具体的にはベネルクス,フランス,イタ
3.4.商標権侵害と侵害に対する抗弁
リア,スペインの商標官庁に影響を与えることに
調和の目的で,改正 EU 商標規則に盛り込まれ
なる。このように国内商標法制度が各国で異なる
た商標権侵害手続の変更点すべてが改正 EU 商標
状況は,欧州連合域内における訴訟手続費用が高
指令に取り入れられている。
額であることから,世界規模で商標権を行使する
AIPPI(2016)Vol.61 No.5
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─ 共同体商標規則及び欧州連合商標指令の改正点 ─
3.4.1.包装又はその他の手段の使用に関する予
行商標権者が,たとえば同意,黙認又は所定期間
備的行為を禁止する権利(改正 EU 商標指
の不使用などの理由によって後発の国内商標登録
令第 11 条)
を取り消すことができなかった場合,先行商標権
改正 EU 商標指令第 11 条に基づき,包装,ラ
者は,後発の国内商標登録の対象である商品及び
ベル,タグ,証明書若しくは真正品であることを
/又はサービスについて,その使用を禁止するこ
示す特徴に登録商標(又はそれに類似する標章)
とができない。
を付す行為,又はその包装等を販売,保管若しく
は輸入する行為は,欧州連合における国内商標の
3.5.代理店又は代理業者による国内商標登録
改正 EU 商標指令第 13 条の規定によると,代
権利侵害とされる。
理店又は代理業者が許可を得ずに取得した国内商
3.4.2.輸送中の商品
(改正 EU 商標指令第 10 条 (4))
標登録の移転を請求することが可能となる。
欧州連合域内を輸送中の商品は EU 税関当局に
よる押収の対象とされる。これによって偽造商品
3.6.財産権の対象としての国内商標
が欧州連合を通過するときに,その押収及び破棄
財産権の対象としての EU 商標(CTM)に関
が可能となる。ただし,通過中の商品が最終仕向
して,現行の EU 商標(CTM)規則に含まれて
地において適法に販売可能なものであれば,この
いる規定は,すべて改正 EU 商標指令に取り入れ
新規定は適用されない。
られた。したがって次が適用される。
3.4.3.欧州連合における国内商標の効力の制限
(改正 EU 商標指令第 14 条)
・ 事業全体の移転には,別段の明確な同意がな
い限り,又は商標の移転が明確に意図されて
ある者が自身の氏名を使用していることを主張
して商標権侵害の判断を回避するよう試みること
は個人だけに適用され,現在のように企業には適
用されない(改正 EU 商標指令第 14 条 (1))
。
いない限り,国内商標の移転が含まれる(改
正 EU 商標指令第 22 条)
。
・ 国内商標は担保権の対象とすることもできる
(改正 EU 商標指令第 23 条)
。
更に,国内商標権者のブランド商品及び/又は
サービスを特定する目的で第三者が欧州連合にお
いて登録国内商標を使用する行為は,その第三者
の使用が公正かつ誠実であれば,商標権の侵害を
構成しない(改正 EU 商標指令第 14 条 (2))
。
3.7.ライセンシーの権利(改正 EU 商標指令第
25 条)
商標ライセンシーの権利が拡張され,一定の状
況においてライセンシーが商標権侵害訴訟を提起
する権利,及び勝訴した場合には損害賠償を受け
3.4.4.侵害訴訟手続における抗弁
る権利が認められる。
改正 EU 商標指令第 17 条の規定によると,欧
州連合における国内商標を基礎とする商標権侵害
4.おわりに
訴訟において被告は,商標権者が(侵害)訴訟の
提起日前 5 年間に欧州連合域内において,その登
EU 商標規則及び EU 商標指令の両方が大幅に
録対象である商品及び/又はサービスに関して自
改正されたことによって,
(1)EU の構成国間に
己の商標を使用していた旨を証明するよう要求す
おける各商標法制度の間,そして他方,
(2)EU
ることができる。先行商標の真正使用(又は不使
商標指令と EU 商標(CTM)システムとの間に
用の正当な理由)が証明されない場合,商標権侵
おける,数多くの手続上の相違点が是正された。
害訴訟は認められない。
EU 商標指令に適用された変更点の大部分を,
改正 EU 商標指令第 18 条の規定によると,先
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これから EU の各構成国の国内商標法に取り入れ
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る必要があり,それにはある程度の時間を要する
が(大部分の変更点については 2019 年 1 月,行
政上の取消手続の導入については 2023 年)
,これ
まで異なっていた商標法制度が全域でハーモナイ
ズされることによって,法的確実性が著しく向上
し,欧州連合において商標所有者が自身の商標権
を行使するための有効なツールが提供されるもの
と確信する。
(原稿受領日 平成 28 年 3 月 2 日)
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