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金融テーマ解説
Financial Market Update
2016/09/27
チーフ・アナリスト
大槻 奈那
「管理変動相場」に向かう長期金利:
「勝ち組」はインフラ、商社等。金融には慎重スタンス
9 月 21 日に日銀が発表した金融施策では、インフレ実績値 2%達成までの緩和継続と、新たな長
期金利のコントロール策(長短金利操作付き量的・質的金融緩和)が発表された。
今回の政策は、恐らく近年の金融政策で最も難解なものとなってしまった。10 年国債のゼロ%誘
導など、金利操作の可能性は示したものの、利下げや購入資産拡大は示されなかったためだ。
これらを受け、本日(27 日)に行われた政策発表後初の 40 年国債入札では、応募者倍率(応募額
÷落札決定額。高いほど人気)は低下し、利回りは微妙に上昇した(図表 1)。
図表1:40年国債応札倍率、応募者利回りの推移
(倍)
応札倍率(左軸)
利回り(右軸)
(%)
4.0 3.69 3.73
2.0
1.76
今回
3.40
1.8
3.5
1.60
3.18
1.78
1.54
3.07
3.06
1.6
1.45
1.71
2.89
2.89
3.0
2.73
1.47
2.60
1.4
2.54 1.56 1.54
2.58
2.30
2.5
1.2
1.14
2.0
1.0
1.5
0.56
0.39
1.0
0.5
0.35
0.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
(出所)Bloombergよりマネックス証券作成
しかし、先週 20~21 日の日銀の金融政策決定会合後、国債先物市場のボラティリティは急速に低
下している(図表 2)。今後も、足元の混乱を飲み込んだ後は、短期と超長期金利が低下するとと
もに(図表 3)、変動幅が狭いレンジに固定化される「管理相場化」する可能性が高い。
-1Copyright (C) 2016 Monex, Inc. All rights reserved.
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図表2:国債先物ボラティリティ
(%)
7
6
5
4
3
2
9/27時点
1
1.98
0
2013
2014
2015
2016
(出所)Bloombergよりマネックス証券作成
図表3:日本国債のイールドカーブ
0.8
当面の予想カー
9/12
ブのイメージ
0.613
国債利回り、%
0.6
0.4
9/26
0.536
7/28
0.2
0.307
0.0
(0.2)
(0.4)
40Y
30Y
20Y
15Y
10Y
9Y
8Y
7Y
6Y
5Y
4Y
3Y
2Y
1Y
6M
3M
(Overnight)
(0.6)
国債の年限
(出所)Bloombergよりマネックス証券作成。イールドカーブ=年限別の債券利回りを
線で結んだもの。右肩上がりの傾斜が強いほど長期金利が短期に比べて高いことを示す
-2Copyright (C) 2016 Monex, Inc. All rights reserved.
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このような市場環境は、以下に示す通り、大手証券会社や銀行などにはネガティブである。一方、
運輸、総合商社、不動産、電力等は、長期・低利の借入の拡大で恩恵を受けるだろう(後掲図表 6)。
意外と割を食ってしまうのは、中小企業である。貸出金利が大企業と同じほぼゼロ金利に貼りつ
いてしまった場合、低リスクの大企業が選好されるためだ(後掲図表 7)。更に、ドイツ等欧州金
融機関の財務力への懸念などが再燃していることから、金融機関の株式や債券の動向には引き続
き注意が必要だろう。
次の注目ポイントとしては、日銀が 9 月 30 日に発表する 10 月の国債買入額(午後 5 時頃)で、
買入額をどの程度増減させるのかである。また、同日発表の日銀の独自補正によるインフレ指標
(生鮮食料品とエネルギー価格を除いたもの)も、日銀のインフレへの認識を図る指標として確
認したい。
【債券市場の“管理変動相場化”の影響】
1. 債券市場のボラティリティ低下:証券会社にマイナス影響
10 年国債金利をゼロ%程度にアンカーするという施策は、既に後退しかけていた債券市場の機能
を一層損ないかねない。
理論上、中央銀行は長期金利を直接コントロールすることは難しいとされていた。しかし、現在
の長期金利は、ファンダメンタルズ(インフレ率や将来の金利期待)以上に需給に左右されやす
い。このため、中央銀行の膨大な購入額に裏打ちされた価格調整力は(特に利回りを低下させる
方向については)極めて強いと思われる。
実質管理相場化する債券市場で、今後ボラティリティが低下した場合、金融機関の収益にはどの
程度マイナスとなりうるのか。債券トレーディング収益は、証券会社(251 社平均、2015 年 3 月
期、日本証券経済研究所)の純営業収益の 2 割程度(9,193 億円)を占めている。ボラリティが低
下するとこれが相当程度減少する可能性がある。
また、銀行については、国債等関係損益は 4,977 億円、業務粗利益の 5%、実質業務純益の 1 割程
度となっている(15/3 月期)。他の業務の規模が大きいため、影響度は証券会社ほどではないも
のの、それでも、利益の 1 割が影響を受ける可能性がある。
2. 短期金利の低下圧力:マイナス金利深堀り温存でも Tibor は下落開始
21 日の政策決定会合以降の日銀のさまざまなメッセージの発信で、市場は早くも今後のマイナス
金利の深堀りの可能性を織り込み始めた模様だ。
大手行の貸出の 5 割、
地銀の 2 割が連動する Tibor
(銀行間取引金利)は、22 日以降じわじわと低下し始めている(図表 4,5)。
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図表4:2000年以降のTibor金利(銀行間取引金利)
図表5:16/7月以降の3か月Tibor
(% )
0.061
1
0.9
6か月Tibor
0.060
0.8
3か月Tibor
0.060
0.7
9/22
0.06
0.059
0.6
0.059
0.5
0.4
0.058
0.3
0.058
0.2
0.057
9/27
0.05727%
0.1
0
2001
2003
2005
2007
2009
2011
2013
2015
(出所)Bloombergよりマネックス証券作成
(出所)Bloombergよりマネックス証券作成
これまでレポートしたように、マイナス金利深堀りの利益インパクトは、20bp の引き下げ(=政策
金利-0.3%)で、大手行で約 5%、地域銀行で 20%の減益である(9 月 13 日付レポートを参照)。
しかし、このまま Tibor の下落が続けば、マイナス金利の深堀りを待たずして銀行収益へのマイナ
ス影響が出始めるだろう。
3.超長期投融資の一層の拡大:インフラ、商社、不動産等では、疑似資本まで低利調達。でも銀
行のリスク管理には注意
2 月のマイナス金利導入以降、金利の“お得感”で、超長期の投融資が急増している。相対のロー
ンの統計は取れないが、下記図表 6 の通り 20 年以上の超長期債の発行は、マイナス金利導入後爆
発的に増加している。
図表6:20年以上の超長期債(除く金融)の発行額 (各年2/16-9/23)
12,000
億円
10,000
8,000
6,000
4,000
2,000
0
2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(出所)Bloombergよりマネックス証券作成
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更に銀行は、長期でかつ返済順位の低い「劣後ローン」の貸出も活発化している。例えば、出光
興産に対する 1,000 億円の期間 60 年の劣後ローン(16 年 3 月)、丸紅に対する 2,500 億円の永久
劣後ローン(16 年 8 月)や、JFE ホールディングスに対する 2,000 億円の期間 60 年の劣後ローン
(16 年 6 月)など、マイナス金利導入前ではあまり考えられなかったような条件のローンが実行
されている。
こうした劣後ローンや劣後債は、格付会社等には資本の一部にカウントしてもらえる。企業にとって
は、ROE を落とさず資本力が増強できることから株価にはプラスである。業種としては、インフラ
関連、商社、不動産等の調達が多い。
一方、金融機関のメリットには疑問もある。これまでのところ優良な企業向けが多いが、今後貸
出先のすそ野は広がるだろう。貸出先企業の範囲が広がると、20 年以上の長期のクレジット・リ
スクの予想は難しい。例えば、今から 20 年前、1995 年頃の銀行の大口貸出先の中には、その後市
場からの退出を余儀なくされた企業も多かったことは記憶に新しい。なお、金利が借入から 5~10
年後に上昇するという「ステップアップ」条項を設けて早期償還を促すようにしているが、通常
これは借入企業側のオプションである。
逆に、今後、長期金利が動かなくなり、更に、金利の先安感が生じれば、借入が先送りされる可
能性もある。これらの点から、ここまでの超長期投融資は、比較的優良な収益源と言えるとして
も、ここから更に無尽蔵に拡大できるものではない。
4.貸出金利の“ゼロ・フロア”
:中小企業が割を食う可能性
貸出金利の低下が続けば、貸出金利がマイナスにならない限り、ある時点から大企業も中小企業
もゼロ近傍の金利に貼り付くことになる(貸出金利のゼロ・フロア)。銀行から見ると、それな
らばリスクの低い大企業貸出を行った方が、リスクリターンが良いため、大企業貸出を選好しや
すくなる(図表 7)。
このため、中小企業は、大企業ほどの恩恵を受けない可能性がある。実際、大手行の最近の貸出
態度指数をみると、大企業に対する貸出については「慎重化」が止まっているのに対し、中小企
業向けの貸出については「慎重化」が続いている(図表 8)。
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図表7: マイナス金利導入前後の貸出金利
vs リスク
貸
出
金
利
マ イナス金利導入で貸出金
利低下
○
○○
同じゼロ近傍の金
利でも 、右側の企
業より は、リ スクが
低いので貸出がし
やすい
○ 高リ スク先は、まだリ ス
クを反映し た金利が取
れる
×
×
貸出リスク/
貸出金利がゼロ近
効率性
傍に貼り つき。
銀行は同じ金利な
らリ スクが低い、左
側の大企業貸出を
選好
大企業
個人貸し
中小企
業
( 住宅ローン、無担
保、 収益不動産投
資貸出等)
プロジェクト・
ファイナンス等
出所:マネックス証券作成
図表8:主要銀行の貸出態度指数
(%ポイント)
30
14/3
中小企業向け
13/4
大企業向け
異次元
25
8%へ
16/2
消費増税
マイナス金利
導入
緩和
積
極
的
20
15
10
慎
重
化
5
0
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
(出所)Bloombergよりマネックス証券作成
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まとめ
以上の点から、債券の管理変動相場化は、借入額の大きい、投資意欲の強い企業にとっては恩恵が見
込める。株式発行の代替として劣後債の発行も活発化しているので、ROE を落とさず資本が増強でき
る。一方、金融機関は受難が続く。金融機関への投資については、株式・債券ともに当面は慎重方針
で臨みたい。
当社は、本書の内容につき、その正確性や完全性について意見を表明し、また保証するものではござい
ません。記載した情報、予想及び判断は有価証券の購入、売却、デリバティブ取引、その他の取引を推
奨し、勧誘するものではございません。過去の実績や予想・意見は、将来の結果を保証するものではご
ざいません。
提供する情報等は作成時現在のものであり、今後予告なしに変更又は削除されることがございます。当
社は本書の内容に依拠してお客様が取った行動の結果に対し責任を負うものではございません。投資に
かかる最終決定は、お客様ご自身の判断と責任でなさるようお願いいたします。本書の内容に関する一
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