世論調査の新時代に向けて

世論調査の新時代に向けて
―― niconico ネット世論調査の有効性と活用の考察 ――
杉本 誠司
株式会社ドワンゴ
1
ニコニコ動画を活用した niconico ネット
世論調査の概要
1.1 niconico ネット世論調査開始の背景
1.2 niconico ネット世論調査の実施概要
1.3 niconico ネット世論調査の課題
2
従来の報道機関による世論調査の課題
2.1 RDD 調査手法の課題
2.2 世論調査が向かうべき方向性
3
世論調査を比較・評価する
3.1 メディア各社の世論調査との比較・評価
3.2 ネットの特性を加味した評価の提案
3.3 国政選挙当確予測における調査の活用
4
これからの世論調査に向けて
1
ニコニコ動画を活用した
niconico ネット世論調査の概要
1.1 niconico ネット世論調査開始の背景
ニコニコ動画あるいはniconicoというキーワードは社会的に一般化を果
たして久しく,すでにサービス開始から 9 年が経過しようとしている。2015
年 8 月に発表された直近の総登録会員数は 5,000 万人を突破,年代別シェ
アは 10 代~ 40 代を中心に置き,月間ユニークユーザー数においてもその
数は 873 万人を数える。さらに,この 873 万人の 1 日あたりの平均滞在時
間が 100 分を超えている状況を評価するならば,大型メディアというより
は日本における若年層の大規模な生活空間が切り取られて存在している場
所ともいえるだろう。では,なぜこれだけの人間,とくに若年層がニコニ
コ動画に集まるのか。それには理由がある。ニコニコ動画は「動画」とい
う名称でありながらも,実際には投稿動画やライブストリーミング動画を
視聴しながら,リアルタイムもしくはタイムシフトで表示される画面上の
テキスト(コメント)によって視聴者同士,時にコンテンツ出演者と視聴
者がコミュニケーションをおこなう機能に核を置いた「コミュニティサー
ビス」であることに起因する。これらのコミュニティはお互いの日常生活
上のプロファイルを超えてコンテンツのジャンルやテーマ,価値によって
構成され,自由闊達な発言が交わされる。現代社会のしがらみとストレス
に満ちた日常生活を考えればこそ,この空間への依存的な滞在が長時間化
するのも無理はない。また,リアルな生活プロファイルにとらわれず,ネ
ット上での非対面,非接触なコミュニケーションにも抵抗なく没入してい
く利用者が,ネットネイティブでもある 40 代もしくは 30 代以前の若年層
であることには納得がいくことであろう。
こうしたコミュニケーションを主眼とした背景をもとに,動画視聴をベ
ースにしたコミュニケーション以外にも利用動機を活性化させるべく,ニ
コニコ動画上ではさまざまな利用者参加型の企画が投入されてきた。2008
196 放送メディア研究 No.13 2016
年からは,動画視聴中に割り込みで時刻をお知らせする「時報」や,割り
込みでオンラインミニゲームが開始され,ゲーム終了後に参加した利用者
のゲームスコアが順位として表示される「ニコ割ゲーム」などである。ゲ
ームの参加者は数万人規模となり,ときには 10 万人を超えることもあった。
これらの時期と並行して,ニコニコ動画上では政治・社会系のコンテン
目前に控えた状態のニコニコ動画では,より社会的な関心を促進させるた
め,ネットやニコニコを代表的に形容するサブカルチャーとは対極といえ
るコンテンツの導入を積極的におこなった。政治を担う国会議員や政党が,
マスコミの編集型報道との差別化や独自の情報発信によるオウンメディア
化,若年層の取り込みといった新しい価値に理解を示して積極的に参加を
始めたのもこの頃である。小沢一郎氏や小池百合子氏など政治を代表する
顔ぶれが新興ネットメディアであるニコニコ動画の企画に参加,出演した
事実はニュースとしてマスメディアでも報道され,ニコニコ動画における
政治・社会系コンテンツはインターネット利用者だけでなくマスメディア
利用者にも急速に認知されていった。
ニコニコ動画上では先述した割り込み機能を応用して,2008 年 7 月より
「ニコ割アンケート」として,利用者の大規模意識調査を開始している(第
一回「社会問題について」参加者 86,225 人,2008 年 7 月 29 日実施)。以
後,ニコ割アンケート機能は,ネット利用者層による新たな社会意思を抽
出する意識調査として定着している。ニコニコ動画の政治・社会系コンテ
ンツと同期しながら「niconico ネット世論調査(内閣支持率調査)
」とし
て 2008 年 8 月より開始,2008 年 12 月より月例調査として継続的に実施さ
れ,2015 年 8 月現在での実施回数は累計 76 回に及んでいる。
1.2 niconico ネット世論調査の実施概要
ニコ割アンケートを活用した「niconico ネット世論調査(内閣支持率調
査)
」は,動画視聴中のニコニコ動画利用者を対象に実施されており,内閣
第 2 章 世論形成をめぐる困難 197
世論調査の新時代に向けて
ツが積極的に取り上げられはじめた。当時すでに 1,000 万人の会員登録を
図 1 niconico ネット世論調査集計方法
図 2 niconico ネット世論調査「結果全容」画面イメージ
198 放送メディア研究 No.13 2016
支持率,政党支持率を定例調査項目とし,その他,政治・社会に関する時
事調査について合計 12 問程度の設問に関する回答を「総合」結果として集
計している。調査実施に際しては組織回答や事前認識による偏りの発生を
考慮して実施予告等はおこなわず,対象ユーザーに対して一斉に開始を告
知,実施する。参加を承諾した利用者は比較的ストレスを感じにくい 300
果は,一斉調査終了後約 5 分後に自動集計され,
「結果全容」としてニコニ
コ動画内に掲載される。この集計に際しては,主に政治・社会の問題を取
り扱っているため,
「総合」結果では 20 代から 40 代の有権者の意見を抽出
し,回答者分布の偏りに対して人口統計データによる「重みづけ」補正も
おこなっている。なお,50 代以上は回答者が少ないため上記補正をおこな
った際に重みが付きすぎることから,
「総合」結果に対する集計対象からは
除外している。
1.3 niconico ネット世論調査の課題
新聞社などマスコミ各社の実施している世論調査についていえば,通常,
全有権者の数を調査母数として定義し,中心極限定理を基礎として,調査
結果が± 5% の誤差範囲となる統計処理に基づき,人口分布に準じて抽出
された,おおよそ 1,000 ~ 2,000 人程度の抜き取り標本に対して面接や電
話による聞き取り調査をおこなう,
「無作為標本抽出」による調査となって
いる。これに対し,前項での解説のとおり,niconico ネット世論調査は能
動的なアクセス行為によって成立するネット利用環境で実施されているこ
とから,限定的な対象による「有意抽出」特性を含有した(偏った)サン
プルとして認識されることがある。また,収集された回答については 20 歳
以上 50 歳未満の年代に限定して集計し,その年代の範囲の回答全体を集計
対象として,人口統計情報によって偏差補正をかけている点など,サンプ
ルの抽出に対する基本概念の設計が従来の調査手法の構造とは違うことか
ら,
「若年層インターネット利用者の大規模意識調査」として区別されるこ
第 2 章 世論形成をめぐる困難 199
世論調査の新時代に向けて
秒という設定時間に所定の設問に回答をおこない調査を終了する。調査結
とも多い。
とはいえ,我が国のインターネット利用者の数はすでに 1 億人を超え,
82.8% の普及率に達している(総務省「平成 26 年度版通信白書」)。5,000
万人を超えるニコニコ動画登録会員のうち,実質稼働している利用者
(Monthly Active User)は 2015 年 6 月現在で 873 万人となっているが,会
員構成比率から勘案すると 20 代利用者で 354 万人(20 代全体の 40.6%),
30 代利用者で 206 万人(30 代全体の 23.6%)に達しており,各年代の人
口と対比して必ずしも限定的とはいえないかもしれない。あくまでも帰納
的な考察であるがゆえに単純な正当化は避けるが,次項で触れていく従来
型世論調査における課題を鑑みればこそ,niconico ネット世論調査の課題
をどのような方向で解釈あるいは解決し,部分的にせよ効果的な計測情報
として活用していくのかという考察につなげていきたい。
2
従来の報道機関による世論調査の課題
2.1 RDD 調査手法の課題
現在,マスコミが実施している世論調査はコンピュータシステムよって
無作為抽出された電話番号に聞き取り調査をかける RDD(Random Digit
Dialing)方式が主流となっているが,この RDD 方式による世論調査につ
いても現在の社会構造と対比してみると,さまざまな課題が見えてくる。
RDD の電話調査は固定電話を通しての聞き取りとなるが,2015 年 7 月
に総務省より発表された平成 26 年度「情報通信動向調査(世帯編)
」によ
れば,固定電話の保有状況は世帯全体では 75.7% となり前年比では 3.4 ポ
イント減少している。とくに若年層の世帯主での世帯においては20代世帯
11.9%,30 代世帯 50% と低い比率が目立っている。加えて,近年の携帯電
話の普及は単に保有率を下げているだけでなく,固定電話の利用や,ひい
ては在宅率すらも低下させる要因になっている可能性がある。
RDD 調査手法は統計処理に基づく無作為抽出によって必要となる標本
200 放送メディア研究 No.13 2016
数をあらかじめ設定して調査をおこなうこともあり,人口全体の比率で考
えるならば,必要標本全体数を 1,000(人)とした場合,20 代標本数は 100
人(10%),30 代は 120 人(12%)となる。この程度の数であれば比較的
容易に調査も可能とも思われるが,実際の調査実態を見てみると,朝日新
聞社の「朝日 RDD」定例世論調査の標本内訳では 2012 年 5 月〜 2015 年
満たす標本比率 10% に対して 3 割程度しか収集できていない。また,30
代の割合は平均 9.6% となり,こちらも実際の人口統計における比率を下
回っている。反対に 50 代以上の標本についてみると,その標本比率は各
年代合計で平均 71.5% を占め,人口統計における実比率である 46% を大
きく上回ってしまっている。このように,世論調査手法においても社会環
境の変化に伴い,若年層の意見が反映されづらく,高齢層の意見が強調さ
れる可能性を含んでいる。
2.2 世論調査が向かうべき方向性
世論調査は重要な政治課題に対する国民動向を把握する科学的調査とし
て,終戦直後よりマスコミ(新聞社)が始めたものである。戦後日本の民
主政治を担う象徴として機能し,ときには「動態的な国民投票の代用」と
さえ言わしめた。これは松本正生が「
『世論調査』のゆくえ」
(2003)の一
節で論じたものであるが,こうした比喩を踏襲して,いつしか世論調査の
結果はある種の審判結果を示すような含みをもってマスコミから我々に伝
えられるようになった。とはいえ,世論調査に際して収集されるのは設問・
課題に対する現段階の意見であって,実際の投票行動を前提とした意見で
はない。時の政権が内閣支持率を意識して政権運営を行ってきたことは否
定するべきものではないが,内閣支持率がどんなに上下落しようとも内閣
総理大臣の選出ならびに内閣組閣が国民の直接的な投票行為によって決ま
る仕組みがこの国にないことは事実であり,内閣支持率の低下をもって辞
職や総選挙などの短絡的な結果論に結び付けるマスコミの報道姿勢はむし
第 2 章 世論形成をめぐる困難 201
世論調査の新時代に向けて
5 月までの 3 年間,20 代の全標本における割合は平均 3.3% と必要条件を
ろ誤解を与えかねないのではないかという懸念はある。同時に,こうした
報道をもって選挙のタイミングを計測している関係者の存在をうかがえれ
ばこそ,現在の世論調査は当事者である国民に向けてというよりは,マス
コミや選挙あるいは政治運営の関係者のために機能してはいないだろうか。
同時に,課題は調査結果の公表方法にもあるのかもしれない。調査によ
って得られた数値は調査結果自体さまざまな切り口での解釈や分析が可能
であるにも関わらず,新聞紙面の見出しや記事中に断片的に取り込まれ発
信されていく。限定された紙面を使った掲載(伝達)といった都合を考え
る必要はあるが,一般的な紙面上で読者が科学的に集計されたデータのマ
トリックスといった調査本来の全体像を俯瞰で見る機会はほぼないといえ
るのも事実である。
超高齢社会に入った現在の我が国においては,社会的生産性を担う年齢
層が有権者の過半数を占める時代は終わりを告げている。有権者の投票権
割り当て数という理屈で考えれば,世論調査のロジックとは人口統計から
得られた統計処理に基づく国民動向の把握という理解は正しいが,言い換
えれば世論調査とは人口平均値を抽出した結果として高齢者層の意見を厚
く反映した社会調査となってしまっている。平均値からは見えてこない特
性の理解と多様性を受け入れる現在の社会であればこそ,国民全体を母集
団とした平均的意識の抽出のみをもって世論調査と評するだけでなく,各
年層別のサンプル調査を加えることで,さまざまな角度からの世論との動
きや課題が見えてくるのではないだろうか。これは,従来の世論調査を否
定するものではない。包括的な平均指標を示す従来型世論調査に対して,
niconico ネット世論調査のような手法によって得られる特徴的なデータ
は,若年層などの特定世代要素を厚く反映していることから,少数世代の
情報の補完や考察を加えることができる。両者の融合は現代社会における
さまざまな課題抽出と解決がより具体的に実行される世論調査の機能進化
を意味している。世論調査における多様性の受け入れこそは,これまでの
マスメディア環境とネット環境が,それぞれの強みを生かしながら役割分
202 放送メディア研究 No.13 2016
担をおこない,あらゆる世代を巻き込む新しい時代の調査環境の実現を意
味する。そうあってこそ,新しい時代の「社会の鏡」として機能するので
はないだろうか。
3
世論調査を比較・評価する
次に,niconico ネット世論調査と,報道機関で実施されている従来の世
論調査の結果と経年比較し,いくつかの切り口でそれぞれの調査から得ら
れる情報を掘り下げてみる。もちろん,本稿でこれまでに解説したとおり,
niconico ネット世論調査と従来の世論調査では調査手法,集計など前提条
件の違いから,統計処理一般のアプローチという視点で比較分析すること
自体やや乱暴と思えるが,双方の課題を越えた有効性の発掘という視点か
ら,その可能性を考察してみたい。
図 3,図 4,図 5 に記しているのは,niconico ネット世論調査(総合)と
朝日新聞,毎日新聞,産経新聞,読売新聞,ならびに NHK,時事通信社が
毎月を基本に実施している定例世論調査から得られた「内閣支持率」につ
いて,2008 年 9 月から 2015 年 8 月までの約 7 年間の回答の値の経年動向
をグラフ化し重ね合わせたものである。
niconico ネット世論調査から得られた数値については,2008 年の開始
時期より 2009 年までの旧自民党政権時代や,2012 年までの民主党政権時
代は,従来の報道機関による世論調査結果とは平均値と比較して約 10 から
50 ポイントの大きな乖離がみられ,インターネット利用者の特徴的な偏っ
た意見として区別されてきた。しかし,2012 年 12 月の解散総選挙によっ
て政権与党が再び自民党となった時期からは平均値と比較して約 1.5 から
15ポイントの乖離に収まるようになった。そもそも両者の平均値が接近す
ることが解ではないが,要因として考えられるのは,2009 年に旧政権から
新政権に乗り換えた社会意思が,最終的な消去法的な選択肢として 2012
第 2 章 世論形成をめぐる困難 203
世論調査の新時代に向けて
3.1 メディア各社の世論調査との比較・評価
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204 放送メディア研究 No.13 2016
朝日新聞
毎日新聞
産経新聞
NHK
時事通信
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朝日新聞
毎日新聞
産経新聞
NHK
時事通信
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図 4 内閣支持率経年比較グラフ:支持しない(不支持)
読売新聞
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図 3 内閣支持率経年比較グラフ:支持する(支持)
読売新聞
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毎日新聞
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図 5 内閣支持率経年比較グラフ:判断保留
*
「どちらともいえない」「わからない」「答えない」を含む
年の自民党安倍政権に至ったという展開や,安倍政権後のアベノミクスに
よる株価上昇などの「わかりやすい」代表的施策の成果をもって,これま
でと比較しても多数の安定した「強い支持」層となって顕在化し,従来調
査,ネット調査を問わず一定の社会意思として成立していることがうかが
える。もちろんインターネットをとりまく環境が近年劇的に変化している
点にも要因はあることが考えられ,2008 年の経年グラフの計測当初から比
べても,現在のネット環境は比べようもないくらい我々の日常生活圏内に
進出している。同時にマスメディアの情報も確実にネット環境に入り込ん
できており,niconico ネット世論調査における意思決定の大きな選択肢と
して機能していることも事実であろう。2012 年以降の従来調査,ネット調
査の値が近づいていることについては,安倍政権の誕生の背景とともに情
報メディア環境の変化などの複数要因が生み出した情報多様化社会の産物
ともいえるかもしれない。仮に,政権の交代や,政策の失敗などにより再
第 2 章 世論形成をめぐる困難 205
世論調査の新時代に向けて
40
び政治の不安定な時期となった場合,現状のように調査値と平均値が接近
した状態が続くかは不明であるが,これまでの経年の状況を理解すること
で世論調査の解釈における新しい姿が見えてくる。
そうした意味で,図 5 の「判断保留」データは今後の世論調査を考察す
るうえで重要視すべき要素といえる。この「判断保留」層の扱い方次第で
世論調査の「支持」
「不支持」の数値は大きく影響を受けるのである。一般
的に RDD や面接の場合には口頭諮問の形をとるため,内閣支持率につい
ても「現○○内閣を支持しますか?」という聞き口になり,支持なのか不
支持なのかという二者択一が印象として示される。回答者が主体的に「わ
からない」という意思表示をした場合になって,はじめて判断保留という
選択肢が開かれるものが多い。機関によっては判断保留者に対して「どち
らかといえば支持なのか不支持なのか」という重ね聞きをもってグルーピ
ングをおこなう場合もあり,従来の世論調査が基本的に同じアプローチを
おこなっているにもかかわらず,各機関の結果に差が生じる要因ともなっ
ている。これは図 5 の「判断保留」で各機関の値にかなりのバラつきがあ
る様子をもって知ることができる。対して niconico 世論調査の場合にはテ
キスト表示によって設問回答が提供され,回答は「支持」「不支持」「どち
らともいえない」の三者択一となる。最初から判断保留という選択肢が示
されているため,政治的帰属意識の「弱い支持」や「弱い不支持」の行き
場として機能し,いずれの調査結果と比較してもその割合は顕著に高い値
を示している。
このように,「判断保留」層を顕在するカテゴリーとして扱うかどうか
によって調査結果の数値は変化する可能性がある。マスメディアが世論調
査結果を報じる際,現内閣が支持されているのか,されていないのか,と
いう世論の意思を簡潔に分かりやすく伝達させることを追求すれば,おの
ずと「判断保留」という意思は除外すべき対象となり得るだろう。しかし,
「決めかねる」
という意思がどのようなボリュームで存在しているかという
情報は,現政権が積極的に選択されてこなかったからこそ,むしろ正確に
206 放送メディア研究 No.13 2016
把握すべき要素と考えられる。
3.2 ネットの特性を加味した評価の提案
報道機関の従来の世論調査とniconicoネット世論調査を経年で比較して
みると,とくに支持,不支持において各政権によって差はあるものの,お
クスには相応に反応していることが分かる。niconico ネット世論調査の値
が20代から40代までの若年層が対象であり,
トピックスの情報の取得元が
主にネットで,さらにその情報がさまざまなコミュニティサービスなどの
ネットソーシャル環境の中で議論される様を経て各員に支持や不支持,あ
るいは判断保留という形で再格納されるプロセスを踏まえるならば,従来
世論調査と比較して値が上下に振れることも充分にあり得るだろう。今後
の政治施策の中心的対象者となるのは若年層であることを考えれば,ネッ
トを活用した調査こそ,今後の中核有権層の意識を高精度で抽出できる方
法として評価したい。
同様に,従来世論調査と同じレベルでネット調査を活用することも考察
してみたい。内閣支持率を構成する「支持,不支持」という指標にも強い
弱いというレベルが存在することは先に触れたとおりであるが,niconico
ネット世論調査の場合には「どちらともいえない」という判断保留選択を
もって弱い意思を取り込んでしまう傾向がある。ただ,この「どちらとも
いえない」が回答の公平選択肢として提示されることこそが niconico ネッ
ト世論調査の特徴のひとつでもある。そこで,niconico ネット世論調査の
特徴を活かしつつ,係数補正をおこなって,従来世論調査の見え方に近づ
けてみるという活用方法についても検討をおこないたい。具体的には,内
閣支持率と同様に継続的に質問している政党支持率(支持政党)の推移や
ニコニコ動画サービス内における政党別の支持動向を視聴数やコメント数,
内容から,政党別の政治的帰属意識を係数化して,内閣支持率などに重み
づけをするなど,
「どちらともいえない」に含まれる「弱い」意思層を「支
第 2 章 世論形成をめぐる困難 207
世論調査の新時代に向けて
およそ同じトレンドで推移しており,同時期の政権動向に関連するトピッ
持」「不支持」に再配分し,
係数補正版のネット世論調査の結果を抽出する
ことで,従来の世論調査と同等のレベルで「平均的」な国民の動向を推測
することは充分に可能と考える。係数補正の算出方法については継続的な
研究課題とするため,本稿でこれ以上の議論を深めることは避けるが,内
閣支持率とともに経年で質問をおこなっている政党支持率の値や,次項で
触れる 2013 年の参議院選挙や 2014 年の衆議院選挙における,niconico ネ
ット世論調査をベースにした当確議席予測の結果をもって,係数抽出の手
法の体系化は大いに期待できると考える。
3.3 国政選挙当確予測における調査の活用
さ ら に niconico ネ ッ ト 世 論 調 査 の 強 み を も う ひ と つ 紹 介 し た い。
niconico ネット世論調査では,2013 年の参議院選挙や 2014 年の衆議院解
散総選挙と連続しておこなわれた国政選挙の際,選挙期間中や投票日の変
則的な期間調査などを経て独自の分析をおこない,投開票日 20 時の投票締
め切りのタイミングで全議席に対する当選予測を発表している。的中率を
見てみると,2013 年の参議院選挙では 121 議席中 118 議席が一致,的中
率は 97.52%となった。2014 年の衆議院解散総選挙では,小選挙区で 295
議席中 277 議席(的中率:93.89%)
,⽐例区は 180 議席中 175 議席(的中
率:97.22%)が実際の当選結果と一致し,全体の的中率は 475 議席中 452
議席一致で 95.15% に達している。主要報道機関となる新聞社各社も事前
に世論調査をもとに独自の取材情報を加味して当落予想(情勢分析)を発
表しているが,単純に両者の結果を比較しても niconico ネット世論調査を
ベースにした当確予測に優勢が見られる。新聞社の当落予想にいたる分析
処理はもちろん,ネット世論調査においても当確予測を最終的に判断して
いるプロセスについては各々の企業ノウハウでもあるため公表されてはい
ないものの,
「当たる」ものが正しいという見地に立つのであれば,前項で
も触れた補正や分析処理のプロセスをきっかけとして係数抽出の方法が体
系化されていけば,定型のネット世論調査に係数処理をおこなうことによ
208 放送メディア研究 No.13 2016
って,従来調査と同等の活用が現実味を帯びてくるのである。
4
これからの世論調査に向けて
niconico ネット世論調査をはじめ,インターネットを活用した世論動向
いるし,活用に向けた研究もまだまだ充分とはいえない。とはいえ,ネッ
ト環境は,もはやその普及率をもってしても有権者の生活圏内に入り込ん
でいる。とくに若年層に対する影響力が絶対的優位性を持っているのは明
確であり,有権者予備軍である未成年を含めて,十分なサンプルデータを
効率的に入手しようとすればネット以外の選択肢はないといっても過言で
はない。従来調査の限界や課題を知ればこそ,どのようにネットが活用で
きるのかという議論を積極的に進めるべき段階に入っているのではないだ
ろうか。
前項の考察では,従来調査とネット調査のどちらかの手法を取捨選択す
るという考え方ではなく,それぞれ長所と短所があることを踏まえて,長
所を抽出して活用することや,長所同士を融合させることで新しい解を導
き出すハイブリッドな方法の検討を主に論じたものであった。国民平均値
視点の世論調査は主たる観測値として今後も我々に提供され続けるであろ
うし,その精度をより向上させるためにもここまでで論じた手法の融合の
実現が待ち望まれる。
反面,このネット調査による結果も独立した観測値にほかならないこと
も事実であり,従来世論調査に加えてネット調査の結果もひとつの評価軸
として総合判断をおこなうような分析方法にも着目していきたい。電話調
査とネット調査の違いが明確になるほど,より多面的な世論の動向が我々
に提供されることになるとは理解してはどうか。多様性と取捨選択の時代
であればこそ,電話とネットという環境の違いが生み出すそれぞれの動向
を対比することで見えてくることもある。あるいは,年代別,とくに若年
第 2 章 世論形成をめぐる困難 209
世論調査の新時代に向けて
の把握は,現段階においても環境の特性なども手伝い課題が多いとされて
層の詳細な動向が個別集計されることで,これからの時代を担う年齢層の
意向をうかがい知ることができるようになり,
「これから」の課題が浮き彫
りとなって,未来にむけた考察をめぐらせるきっかけが生まれる。ネット
調査の可能性を追求することこそが,世論調査の新時代を予見させるので
ある。
世論調査において,もはや従来メディアとネットメディアの違いをネガ
ティブに意識する時代は終わりを告げようとしている。むしろ,互いの長
所,短所を知ればこそ,連携や融合,そして独立の必要性を具体化するタ
イミングでもある。2016年7月には次の国政選挙となる参議院選挙が控え
ている。選挙権年齢が 18 歳に引き下げられて初の国政選挙という,これか
らの若年層と政治の関わり合いを示す象徴的な機会でもある。試験的であ
るにせよ,こうした絶好の機会にこそ,従来の報道機関による世論調査と
ネット世論調査の垣根を越えて,新しい時代の「社会の鏡」創りに向かっ
て足を踏み出さなければならない。
文献
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朝日新聞(2008-2015)『朝日 R D D 全国世論調査』朝日新聞社
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朝日新聞(2012-2015)『J o u r n a l i s m 朝日新聞全国世論調査詳報』朝日新聞出版
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,〈小公共圏〉,
〈間メディア性〉」
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ケーション研究』N o .77
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N H K 放 送 文 化 研 究 所(2008-2015)『 政 治 意 識 月 例 調 査 』h t t p s : / / w w w. n h k . o r. j p / b u n k e n /
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井田正道(2009)「55 年体制期の政治意識に関する一考察̶年齢階層と政党支持について」『政経論
叢』第 78 巻 1・2 号
井田正道(2010)
「政党支持なし層に関する一考察̶リーナーの性格を中心に」
『政経論叢』第 79 巻
1・2 号
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時事通信(2008-2015)『時事世論調査特報』時事通信社
毎日新聞(2008-2015)『全国世論調査』毎日新聞社
松本正生(2003)『
「世論調査」のゆくえ』中央公論社
ニコニコアンケート(2008-2015)『内閣支持率調査』h t t p s : / / e n q u e t e . n i c o v i d e o . j p /
産経新聞(2008-2015)『産経・F N N 合同世論調査』産経新聞社
佐藤寧(2012)「電話(R D D)調査の課題」株式会社日経リサーチ世論調査室
総務省(2014)
『平成 26 年版 情報通信白書』h t t p : / / w w w. s o u m u . g o . j p / j o h o t s u s i n t o k e i /
w h i t e p a p e r / j a / h26/ p d f / i n d e x . h t m l
210 放送メディア研究 No.13 2016
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総 務 省(2014)『 平 成 26 年 版 情 報 通 信 動 向 調 査( 世 帯 編 )』h t t p : / / w w w. s o u m u . g o . j p /
j o h o t s u s i n t o k e i / s t a t i s t i c s / s t a t i s t i c s05. h t m l
谷岡一郎(2000)『「社会調査のウソ」リサーチ・リテラシーのすすめ』文藝春秋
読売新聞(2008-2015)『電話全国世論調査』読売新聞社
読売新聞(2012-2015)『読売クォータリー 読売全国世論調査』読売新聞社
吉田貴文(2008)『世論調査と政治̶数字はどこまで信用できるのか』講談社新書
世論調査の新時代に向けて
杉本誠司
すぎもと・せいじ
1967 年東京生まれ。株式会社ドワンゴ 経営企画部
広報部長。
民間気象情報会社ウェザーニューズなどを経て,
2003 年株式会社ドワンゴに入社,モバイル向けのビ
ジネスツールや電子書籍サイトなどの新規事業を担
当。2007 年 12 月株式会社ニワンゴ社長就任,動画サ
イト「n i c o n i c o(ニコニコ動画)」の運営指揮にあ
たる。
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