日銀の長期金利ターゲットと「犬の躾」

リサーチ TODAY
2016 年 9 月 27 日
日銀の長期金利ターゲットと「犬の躾」
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
日本銀行は9月21日に注目されていた総括的な検証を発表するとともに、「長短金利操作付き量的・質
的金融緩和」を発表して、長期金利ターゲッティングに事実上転じる新たな第一歩を踏み出した1。日銀の
総括的な検証に関し、みずほ総合研究所は既に『緊急リポート』を発表し2、さらに、9月16日のTODAYで
「日本版ペギング」として金利ターゲットについての議論を行ってきた3。今回の検証の結果及び決定された
「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」は、概ねこれらの当社のリポートに沿ったものだった。先のリポー
トでは量から金利ターゲットへの転換を主眼に掲げていたが、正直申し上げると9月の決定会合では、ここ
までの合意形成は困難と思っていた。しかし、長期金利の操作も含めた決定が行われたのは、日銀に金融
緩和の持続性に対する強い危機意識があったと考えられる。今回発表された総括検証には、国債の買切
りに関する制約の議論は描かれていない。しかし、今回の議論の行間に時間的限界が意識されていたこと
は明らかだ。下記の図表は『緊急リポート』で示した、2020年までを視野に入れた金融政策を巡るスケジュ
ールである。たとえ2018年が日銀の現総裁の任期であるとしても、2020年程度までを視野に入れた持続性
のある金融政策が必要との認識が政治的に一層高まっていることを重視する必要がある。
■図表:金融政策を巡るスケジュール
2016年
2017年
2018年
2019年
国内政治・経済日程等
海外政治・経済日程等
・3月:白井委員任期満了
・6月:石田委員任期満了
・7月:参議院選挙
・10~12月:イタリア国民投票
・11月:米大統領選挙
・7月:木内委員、佐藤委員任期満了 ・3月:オランダ下院選挙
・4~5月:仏大統領選挙
・9月前後独議会選挙
・3月:岩田・中曽副総裁任期満了
・4月:黒田総裁任期満了
・9月:自民党総裁選
・12月:衆議院議員任期満了
・2月:イエレンFRB議長任期満了
・5月:イタリア総選挙
・11月:米中間選挙
・春頃:統一地方選挙
・夏頃:参議院選挙
・消費増税(10月)
・10月:ドラギECB総裁任期満了
・7月:東京オリンピック開催
2020年
(資料)みずほ総合研究所作成
マイナス金利政策は為替介入のように円安を狙ったものだったが、米国の為替政策がドル高容認から転
換したために、マイナス金利政策の為替への有効性は低下した。しかも、国債買入れ持続性への懸念が
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2016 年 9 月 27 日
強まるなかで「金利」にも「量」にも限界が表面化し、新たな枠組みへの転換が求められた。下記の図表は、
日銀以外の民間投資家の国債保有残高を試算したものだが、担保需要を100兆円程度とすると、2018年
にはこれまでの金融政策が限界に来る可能性が高かった。従って、2020年までの持久戦に耐えうる金融政
策の枠組みを構築する上で「量(国債買入れ)」の拡大からの転換が不可避であった。国債買入れ額を年
間80兆円増加させるペースから、20~30兆円程度まで減少させないと持続性のある対応にはならないと当
社は『緊急レポート』で試算した。ただし、日銀が国債購入の増額幅を減少させれば、これは市場からみる
と「日本版のテイパリング」になるので、金利上昇やそれに伴う急激な円高が生じかねない。従って「量」の
減額を行いつつ、緩和姿勢の継続を示すために、長期金利のターゲットを行うのは日銀の必然だったとい
えよう。
■図表:日銀以外の民間投資家の国債保有残高
600
(兆円)
全体
500
400
残存10年以下
300
200
推計担保需要
残存5年以下
100
国債買入れ
困難化
0
2016
2017
2018
2019
2020 (暦年)
(注)日本銀行の国債買入れは年間 80 兆円増額ペースで想定。国債発行額は 2016 年度計画ベース。
(資料)みずほ総合研究所作成
ただし、長期金利ターゲットへの課題も多い。今回、筆者が懐かしく感じたのは「指値オペ」であった。こう
したオペは1980年代後半、短期金融市場が自由化されるなか、日銀が一定の水準を示唆する観点で用い
られたものだったが、その年限が長期金利の分野にまで拡張されることとなる。当社は「日本版ペギング」を
米国の1940年代の事例と関連させて紹介してきた。当時の経験を振り返れば、中央銀行が一定の水準を
掲げそれに強いコミットの姿勢を示すと、市場は自然にその水準に収れんした。すなわち、掲げた水準を
上回ると中央銀行が介入するという認識が市場にシェアされると、中央銀行が大量の国債を購入しなくても
金利が安定することになる。こうした状況を筆者はよく「犬の躾」に例えて議論してきた。すなわち、犬を躾け
る際に、越えてはいけない柵を設け、このラインを越えると鞭で打つような躾を繰り返すと、柵を取り外しても
犬はそれより先に行かなくなってしまう。同様に、今後の長期金利の安定も、市場との対話のなかで行われ
ることになる。いずれにしても、日銀は世界の中央銀行のフロントランナーとして長期金利のターゲットに踏
み出した。これは、今後ECBやFRBにも影響を与えることになるだろう。
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野口雄裕 「緩和長期化に踏み込む日銀」 (みずほ総合研究所 『みずほインサイト』 2016 年 9 月 23 日)
「日銀総括的検証は、事実上の金融政策枠組み転換」 (みずほ総合研究所 『緊急リポート』 2016 年 9 月 8 日)
「日銀は量から金利ターゲットに、日本版ペギングも」 (みずほ総合研究所 『リサーチ TODAY』 2016 年 9 月 16 日)
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