第二前提条件 - みずほ銀行

会社の子会社(上場
免税特典の享受のための
2016年12月31日までの
準備作業
会 社が 6 5%以 上 の
ドイツから日本への配当の場合、
「(現
議決権出資比率を有
行の)
日独租税条約」
での15%の軽減税
している場合)
も、
「適
率を享受する場合でも、
日本の親会社は、
格者」
と見なされる。
さ
そのための軽 減 税 率 適 用申請を行い、
らに、
この「 適格者基
3年間有効の「(15%)軽減税率適用査
準」が満たされない場
定書」
を取得している。まだ不明確なとこ
年1月1日以降に過年度分の利益もまと
合でも、受取配当所得に関して、
「 同等受
ろもあるが、2017年1月1日以降も有効な
めて配当するという場合でも、前提条件
益者基準」
または「能動事業活動基準」
「(15%)軽減税率適用査定書 」がある
(第一前提条件と第二前提条件)
を満た
のどちらかを満たした場合には、免税の特
場合でも、2017年1月1日以降に免税(0
している限りにおいて、免税の特典を享
典の享受が認められる。他方で、
「 同等
%)
を享受しようとすると、新たに「免税適
受することに問題はない。また、3月決算
受益者基準」
も「能動事業活動基準」
も
用査定書」
を取得しなければならないと考
の会社で毎年その夏か秋(7~11月頃)
満たされない場合でも、最後に、
その受取
えられる。そして、2017年1月1日の適用
に配当をしているが、2016年3月期から
配当所得に関して、納税義務者側からの
開始の直後に直ちに配当して免税を享受
の配当については、2016年の夏か秋(7
申請に基づき、管轄の税務当局が審査し
しようという場合、
「(新)
日独租税条約」
~11月頃)
ではなく、数ヵ月か半年繰り延
て、個別の特典享受が認められる道も残
の発効後に、管轄であるボンの「連邦中
べして、2017年1~3月に行う場合でも、
されている。
央税務局」
とコンタクトを取り、特典制限
上)条件も満たしてい
図表2. 想定される問題ケース
日本
ドイツ
税務署
適格者(?)
配当源泉税(?)
配当
日本親会社
ドイツ子会社
出資
(25%以上・18ヵ月以上)
るという前提で、上場
同様に免税の特典を享受することができ
条項の充足のためのものも含めて「必要
る。いずれにせよ、配当は出資者総会の
日系企業と特典制限条項
書類」
ならびに必要となる情報を確認する
配当決議をもとにして行われるが、配当決
日本の親会社がドイツからの配当受取
とともに、
できる限り速やかに申請を行い、
議書のドラフトは、必ず会計士・税理士等
時に配当源泉税の免税の特典を享受で
できれば2016年12月31日までに、新たな
にレヴューしてもらうことが勧められよう。
きるかは、出資比率と出資持分保有期間
「免税適用査定書」取得しておく必要が
に関する前提条件(「第一前提条件」)
を
特典制限条項(第21条)の
新たな導入とその内容
(「第二前提条件」)
ある。
充足していることに加えて、
この「特典制
限条項」の規定:適格者であるかまたはそ
れに相当する基準を満たしているか
(「第
今回の「(新)
日独租税条約」には、
これ
二前提条件」)
も考慮されなくてはいけな
までにはなかった「特典制限条項」
( 第21
い。他方で、
この「特典制限条項」に関わ
条)
が新たに導入された。この「特典制限
る
「第二前提条件」は、
ドイツに現地法人
条項」は、配当時の免税のみに関わるも
を有している大多数の日本の親会社は、
のではないが、
かなり込み入ったルールに
上場会社かその日本に位置する直接の
なっている。大まかに言うと、法人企業の
子会社であることから、前提条件の充足
場合、
まずは、
「適格者基準」が満たされ
は大きな問題にならないと考えられる。ま
ている必要がある。日本の親会社がドイツ
た、
オーナー会社の場合でも、
日本での資
の子会社から配当を受ける場合、
その日
本関係に特別に複雑なスキームを組み込
本の親会社が、
ドイツの税務当局から
「適
んでいるのではない限り、大きな問題には
格者」
と認められるかどうかが問題になる
ならないであろう。
しかしながら、
「免税適
(第1項)。株式が証券取引所で通常に
用査定書」の申請時に、必ずその「第二
売買されている上場会社は
「適格者」
と見
前提条件」
も充足していることを明確にし
なされる。あるいは、保有期間(12ヵ月以
なくてはいけない。
池田 良一氏プロフィール
プライスウォーターハウスクーパース
(デュッ
セルドルフ)勤務。1985年以来ドイツ在住。
1993年、プライスウォーターハウス
(現:プライ
スウォーターハウスクーパース)
・デュッセルド
ルフ事務所に入社。以来、デュッセルドルフ
地区を中心に在独の日系企業の会計・経理・
税務・会社法・人事問題を中心に、個々の専
門分野を超えた包括的なソリューションを提
供するビジネス・コンサルタント活動を展開。
著書:
『ドイツ進出企業の会計・税務・会社法・経営』
(税務経理協会 2010年、2014年改訂版公
刊)
、
『 欧州ビジネスのためのEU税制―付加
価値税・移転価格税制・PE問題―』
(税務経
理協会 2013年)
、
『ドイツ進出企業の税制と
実務』
(税務経理協会 2016年)
mizuho global news | 2016 SEP&OCT vol.87 1 7
世界の石油需給と原油価格動向
みずほ銀行 産業調査部 藤江 瑞彦
需給緩和を主因として下落した
原油価格は足元では上昇基調
で推移
2016年6月のWTI平均48.9米ドルに対し、
の石油需給見通しを試算すると、
石油需要が
生産コスト要因が42.3米ドル、需給バラン
増加基調を継続する中、
米国を中心とする非
ス要因が▲9.8米ドル、
投機・地政学要因が
OPECの石油生産量が前年対比減少に転じ
原油価格が
16.3米ドルとなり、
需給の緩和が2014年夏
ることにより、
2017年にかけて石油需給は是
2014年夏場
場以降の油価下落の一因となったことを示唆
正される見通しとなっている
(図表2)
。
以降に急落し
している。
また、
原油の生産コストは、
事業者
世界の石油需要は、
堅調な増加が継続し
て約2年が経
のコスト削減の取り組み等の結果、
低下傾向
ている。特に2015年の世界の石油消費量
過した。2014
で推移し、需給緩和の継続とあわせて原油
は、油価下落にともなう需要喚起もあり、前
年 7月には1
価格低下に影響したと考えられる。
(同+1.9%)
と、
2010
年対比+180万b/d*2
バレルあたり
以下では、
原油価格の変動要因の1つと
年以来の高い伸びとなった。
また、
IEAによれ
100米ドル前
なっている、
世界の需給動向とその見通しに
ば、
世界の石油消費量は、
2016年に+140
後で推移して
ついて言及する。
万b/d、
2017年に+130万b/dと、
引き続き+
100万b/dを超える増加が予想されている。
下落した。WTIは2015年6月には、
60米ドル
世界の石油供給過剰は徐々に
是正に向かう見通し
を超える水準まで値を戻す局面があったもの
世界の石油需給は、
2014年第1四半期
国、
2015年はOPECの増産により、
石油需
の、
その後再び下落に転じ、
2016年1月には
(1〜3月)
以降、
石油生産が需要を上回り、
要の増加を上回るペースで拡大した。2014
26米ドル台と2003年5月以来となる低価格
2016年に入ってからも供給過剰が継続して
年にかけて世界の石油供給拡大をけん引し
を記録した。
その後、
原油価格は上昇に転じ、
いる。
しかしながら、
2016年5月以降、
カナダ・
た米国の石油生産は、
2015年は前年対比
2016年6月には、
約10ヵ月半ぶりにWTIの終
アルバータ州の山火事やナイジェリアでの武
増加幅が鈍化し、
2016年は、
IEAによれば前
値が50米ドルを上回った。本稿を執筆してい
装勢力による石油インフラへの攻撃等により
年対比▲40万b/dの減少に転じる見込みで
る2016年8月初旬には、
WTIは40米ドル前
石油生産が減少した影響もあり、
2016年第
ある。
また、
非OPEC全体では、
2016年は▲
後で推移している。
2四半期
(4〜6月)
は、
過剰生産が縮小方向
90万b/dの減産予測となっており、
前述の需
WTIの変動を①生産コスト、
②需給バラン
にある。国際エネルギー機関
(IEA)
の予測に
要増加とあわせて、
供給過剰は徐々に緩和さ
ス、③投機・地政学の3要因により分析した
基づき、
今後のOPECの原油生産量が2016
れるものと考えられる
(図表3)
。
結果を図表1に示す。要因分解の結果は、
年6月実績で推移するとの前提のもと、
世界
また、
需給緩和状態の継続にともない、
世
藤江 瑞彦
いたWTI は2015年1月に40米ドル台まで
*1
図表1. 原油価格の推移・変動要因分析
図表2. 世界の石油需給の推移
*
($/bbl)
140
投機・地政学要因
需給バランス要因
生産コスト要因
WTI
120
100
WTI:$48.9/bbl
(2016年6月平均)
80
60
投機・地政学要因:
$16.3/bbl
40
生産コスト要因:
$42.3/bbl
20
需給バランス要因:
$▲9.8/bbl
0
▲20
2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014 2016(月次)
(出所)
EIA資料等よりみずほ銀行産業調査部作成
一方、世界の石油供給は、2014年は米
予測
(100万b/d)
100
98
96
94
92
供給-需要(右軸)
供給
需要
+5
+4
+3
+2
90
+1
88
0
86
▲1
84
▲2
▲3
82
2010 2010 2011 2012 2013 2013 2014 2015 2016 2016 2017
(四半期)
3月 12月 9月 6月 3月 12月 9月 6月 3月 12月 9月
*1バレルあたりの価格
(米ドル) (出所)
IEA, Oil Market Report, July 2016等よりみずほ銀行産業調査部作成
(注)
OPECの原油生産量が2016年6月の実績で推移するものとして算出
18 mizuho global news | 2016 SEP&OCT vol.87
(100万b/d)
+6
図表3. 世界の石油供給
(IEA短期見通し・前年対比増減)
+3.0
OPEC
その他非OPEC
米国
需要増減
(100万b/d)
+2.5
+2.0
図表4. 米国の石油稼働リグ数増減と原油価格
(基)
+200
2015年1月~2016年5月
▲1,183基
(2014年末比▲79%)
+100
+1.5
+0.5
▲100
+0
▲200
▲0.5
100
75
+0
+1.0
石油稼働リグ数
(前月末比増減)
50
25
WTI(右軸)
▲1.0
▲1.5
($/bbl)
125
予測
2011
2012
2013
2014
2015
2016e
(出所)
IEA, Oil Market Report, July 2016等よりみずほ銀行産業調査部作成
2017e(年)
0
▲300
2014 2014 2014 2014 2015 2015 2015 2015 2016 2016
1月 4月 7月 10月 1月 4月 7月 10月 1月 4月 (月次)
(出所)
Baker Hughes、EIA資料よりみずほ銀行産業調査部作成
(注1)
OPECの原油生産量が2016年6月の実績で推移するものとして算出
掘削リグの稼働数は、
石油開発企業による
イランの原油生産量は、
2016年1月に国連
界の石油在庫は高止まりして推移している。
投資額削減の影響等により、
原油価格下落
安保理決議に基づく経済制裁が解除された
WTIの受渡地点である米国オクラホマ州・クッ
後、
急減して推移している。2016年5月末の
ことを受けて、
2015年12月対比約+80万b/
シングの原油在庫は、
2014年夏場以降急増
米国の石油稼働リグ数は、
2014年末対比
dとなる370万b/dまで増加した。
イランの石
しており、
その水準は油価下落前の2014年7
▲1,183基
(同▲79%)
の減少となった
(図
油生産は、
今後のさらなる増産可能性を含め
月の1,800万バレルから、
2016年5月には過
表4)
。米国の月次の原油生産量は、
2016年
て、
予断を許さない状況が継続している。
去最高となる6,800万バレルまで増加してい
4月に直近では最高となる970万b/dを記録し
また、
OPEC加盟国最大の産油国であるサ
る。加えて、
OECD加盟国の原油・石油製品
た後、
減少傾向で推移しており、
リグ稼働の
ウジアラビアは、
約1,200万b/dの原油生産
在庫は、
2014年4月から2016年4月にかけて
低下が、
時間差をともなって石油生産に影響
能力を有し、
2015年3月以降、
原油生産量が
の2年間で+18%増加しており、
30億バレル
しているものと思料される。
1,000万b/dを上回る水準まで増加して推移
を超す高水準が継続している。石油在庫は、
加えて、
2015年4~7月に原油価格が60
している。サウジアラビアでは、
ムハンマド・ビ
需給を反映する統計として市場参加者の関
米ドルを上回った後、
2015年7~8月には米
ン・サルマン副皇太子が石油産業や経済政
心の高い指標の1つであり、
今後、
原油・石油
国の石油掘削リグの稼働数が増加している
策等を管掌する経済開発評議会の議長に
製品を含めた在庫が、
供給過剰の是正にとも
点にも注目したい。2016年6月にはWTIが一
就任し、
国営石油企業サウジアラムコの元・
なって減少に向かうかどうかが、
焦点となろう。
時50米ドル台を回復する局面があったととも
CEOであるファリハ氏がエネルギー産業鉱物
上述のとおり、
世界の石油需給は、
堅調な
に、
10ヵ月ぶりに石油稼働リグ数が、
前月末
資源大臣に起用される等、
体制変更が進めら
石油需要増加と、
非OPECの減産により、
是
対比増加に転じている。今後、
油価が上昇基
れており、
新体制下での石油生産方針や経
正に向かう見込みである。
また2016年6月に
調を継続した場合に、
米国の石油開発活動
済政策運営が注目される。
は、
カナダ、
ナイジェリアにおける供給減の影
が再び活発化すれば、
石油生産量が想定さ
おわりに
響等もあり、
原油価格はWTIが50米ドル前後
れていたほど減少しない可能性も否定できな
以上で述べたとおり、世界の石油需要
まで上昇している。
ただし、
今後の石油需給
い。今後の石油掘削リグの稼働数を含めた
の堅調な増加や、生産コストを踏まえた非
動向を見極めるうえで、
生産面について留意
米国の石油開発事業動向、
および原油生産
OPECの供給鈍化見通し、
カナダ・ナイジェリ
すべき事項を以下に2点挙げたい。
量の推移について注視する必要があろう。
アでの減産等により、
油価下落の主因となっ
米国の石油生産は原油価格に
よる影響が大
OPEC加盟国を中心とする
産油国の動向には留意が必要
た過剰供給は縮小に向かいつつある。
ただ
し、
油価急落から約2年が経過してもなお世
第1に着目すべき点は、原油価格水準に
第2のポイントは、
OPEC加盟国を中心とす
界の石油市場には不確実性が残存してお
よって変化しうる米国の石油生産である。米
る主要産油国の動向である。2015年の世
り、
米国の石油生産見通しや、
OPECを中心
国の石油生産活動は、
価格に対する感応度
界の石油供給の約4割を構成するOPECは、
とする主要産油国動向には引き続き注視が
が高く、
原油価格変動による生産量への影
原油生産量が3,200万b/dを超える水準で
必要である。
響が顕著である。
たとえば、
石油生産活動の
堅調に推移しており、
加えて、
約300万b/dの
先行指標の1つとして捉えられる米国の石油
増産余力を有している。特に、
2016年6月の
*1 West Texas Intermediateの略。原油価格の国際
指標の1つ
*2 barrels per dayの略。1日あたりのバレル数
(注2)
インドネシア、
ガボンは期間を通じてOPECに分類
mizuho global news | 2016 SEP&OCT vol.87 1 9
期待と不安が交差するドゥテルテ新政権下の経済展望
みずほ総合研究所 調査本部 アジア調査部 主任研究員 菊池 しのぶ
2016年6月
にはGDP比で1.8%程度であったが、
2015
て見直され、
対内直接投資額が増加した。
こ
30日、
ロドリゴ・
年には同4%にまで高まった。
またアキノ氏は
れを一因にフィリピンの成長率は高まり、
アキ
ドゥテルテ氏
就任当初から官民連携手法
(PPP)
を活用
ノ政権の6年間を経て、
フィリピンは
「アジア
がフィリピンの
することで、
民間の資金や技術力を活用して
の病人」
から
「アジアの希望の星」
と呼ばれる
第16代大統
インフラ整備を進めると表明してきたが、
この
までになった。
領に就 任し、
PPP事業についても2016年5月末段階で
新 政 権がス
12事業が民間事業者との契約締結段階に
タートした。今
まで進んでいる。
こうしたインフラ投資の加速
ドゥテルテ政権はおおむね
アキノ路線を継承する見込み
後ドゥテルテ氏
が直接的に総固定資本形成の伸びを高め
以上のアキノ前政権の実績を踏まえると、
はアキノ前大統領に代わり、
国家元首として
るとともに、
民間投資の呼び水にもなったと
その路線をドゥテルテ政権が引き継ぐのか
国政・外交を指揮することになる。
ドゥテルテ
考えられる。
が、
新政権下の経済動向を見通すうえで重
政権下の経済の先行きを読む。
また、
アキノ政権は財政改革にも取り組ん
要なポイントである。
ドゥテルテ政権がアキノ
だ。2012年12月には、
酒・たばこにかかる税
路線を受け継ぎ投資環境の改善を続けるな
前アキノ政権下で経済は好転
率の段階的引き上げのための法案を成立さ
らば、
投資主導の高成長を維持できよう。
まず、
アキノ前政権
(2010~2016年)
下
せたり、
かねてから不透明との批判があった税
まず選挙後に発表されたドゥテルテ政権の
の景気動向を振り返ると、
フィリピンの実質
関の組織改革への取り組みなどにより歳入を
主要経済閣僚の顔ぶれをみていきたい。財
GDP成長率は年平均6%近くの高い水準で
拡大させた。
こうした歳入の強化は、
インフラ
政改革の推進役となる財務大臣には、
コラソ
推移した。支出項目別の内訳をみると、
特に
整備の財源確保にも寄与したと考えられる。
ン・アキノ政権
(1986~1992年)
下で農業
政権後半にさしかかる2012年以降は、
過去
その他の経済政策も民間投資の押し上
大臣を務めたカルロス・
ドミンゲス氏、
また予
の状況に比べて総固定資本形成の寄与度
げに寄与した。
たとえば、
汚職や収賄の問題
算管理大臣には、
エストラーダ政権
(1998~
が高まっている
(図表1)
。
が、企業の投資意欲を減退させてきた状況
2001年)
下でも同大臣を務め、前アキノ政
こうした総固定資本形成の高い伸びの
に対し、
アキノ政権は、
情報公開の徹底や汚
権下で税制改革に対するアドバイスも実施
背景には、
アキノ政権が進めてきたインフラ
職の厳罰化などを明記した反汚職計画の策
するなど行政経験が豊富であり、
フィリピン大
整備や財政改革等の経済政策が奏功した
定などにより、
問題への取り組みを進めた。
こ
学教授でもあるベンジャミン・ジョクノ氏が就
ことがある。
まず、
インフラ整備費は2010年
うした取り組みを経て、
トランスペアレンシー・
任した。
また、
フィリピンの社会経済計画を司
菊池主任研究員
図表1. 実質GDP成長率
純輸出
政府消費
総固定資本形成
(前年比%)
12
在庫投資
個人消費
8
4
0
▲4
▲8
2005
2007
2009
2011
2013
(注)
統計上の不突合があるため、需要項目の合計とGDPは一致しない
(資料)
フィリピン統計機構よりみずほ総合研究所作成
20 mizuho global news | 2016 SEP&OCT vol.87
2015
(年)
インターナショナルが
る機関である国家経済開発庁の長官には、
毎年発表する腐敗度
アジア開発銀行の元リード・エコノミストであ
ランキングにおけるフィ
り、
フィリピン大学教授でもあるアーネスト・ペ
リピンの順位は、
2010
ルニア氏が就任している。主要な閣僚の顔
年の134位から2015
ぶれを見る限り、
いずれも経験が豊富かまた
年の95位にまで上昇
は経済学への造詣が深い人物が就任してお
した
(順位が高いほど
り、
手堅い布陣と評価できる。
汚職度は低い)
。
こうした手堅い布陣の下、
ドゥテルテ政権
これらの改革の効果
がこれまでに打ち出してきた主な経済政策を
により、
フィリピンは国
整理すると、
図表2のとおりとなる。
際的信認を高めるとと
主要な政策を概観する限り、
ドゥテルテ政
もに徐々に投資先とし
権は、
アキノ氏の改革をおおむね踏襲するも
立させ、
貧困層への避妊具の配布や、
学校
図表2. ドゥテルテ政権の主な経済政策
インフラ整備
財政政策
・所得税、法人税の減税。低所得層は税徴収の対象外に
・密輸の取り締まり強化による関税の徴収漏れ抑制、ガソリン税の引き上げ
・財政赤字の上限をアキノ政権時の2%から、3%に引き上げて歳出拡大
・貧困層への条件付き現金給付制度
(教育費、医療費向け)を強化
汚職対策
・汚職議員に対する厳しい対応
・警察官等の給料を2倍にする
人口抑制
・人口抑制法の早期実施、1家族あたりの子どもの数を3人に制限する案も検討
外資規制緩和・
投資誘致
での性教育の促進等を実施することにより、
・インフラ整備費をGDP比5 〜 7%にまで引き上げ
・積極的にPPPを活用してインフラを整備
・道路、港湾などの交通インフラ、また農道や灌漑設備なども整備
この傾向に歯止めをかけようとしてきたが、
そ
の後カトリック教会からの強い反対で施行が
遅れていた。
さらにドゥテルテ氏は、子どもの
数を1家族あたり3人に制限するなどの案も
検討している。
物議を醸す発言が政治のこう着、
ひいては政策の停滞を招く
リスクも
・憲法で定められた通信、交通、電力等の分野における外資の出資比率規制の緩和
・TPP参加に対して積極的な姿勢
上述のとおり、手堅い主要経済閣僚の
(資料)
現地報道等よりみずほ総合研究所作成
下、
アキノ政権の改革を引き継ぎ、
さらに一
のとみられる。
インフラについては、
インフラ整
れなかった政策にも取り組む方針だ。
歩踏み込んだ改革も進める方針を打ち出し
備費をGDP比5〜7%に拡大させると表明し
そのうち、
最も投資へのインパクトが大きい
ていることを踏まえると、
ドゥテルテ政権下で
ており、
またPPP事業の推進により、
民間資
とみられる政策は、
憲法で定められた外資の
対内直接投資の流入拡大を通じて高成長
金を活用した大規模なインフラ整備事業も
出資比率規制の撤廃である。経済協力開
が維持される見通しだ。
積極的に進めていきたいと発言している。
発機構
(OECD)
が発表する、
FDI制限指数
ただし政治面で懸念材料もある。現時点
財政改革にも意欲を示す。
ジョクノ予算管
(FDI Regulatory Restrictiveness Index、
では上院議員の8割近く、下院議員の9割
理大臣は、
法人税減税により企業の投資意
世界各国がどの程度FDIに対する規制を
以上がドゥテルテ支持を表明しており、
おお
欲を高める一方、
密輸摘発強化などにより関
行っているかを定量的に図る指標)
をみると、
むね議会との関係は良好だ。
しかし前述の
税の徴収漏れを防いだり、
ガソリン税を引き
フィリピンは調査対象の59ヵ国中で最も外
とおり、
ドゥテルテ氏は汚職対策に抵抗する
上げることにより、
税収を確保すると表明して
資規制が強いと評価されている。
この低評
議員がいれば議会の閉鎖も辞さないといっ
いる。一方、
ジョクノ大臣はアキノ政権下で
価の背景には、
フィリピンの憲法が通信、
交
た強硬姿勢を示していることを踏まえると、
GDP比2%以下に抑えられてきた財政赤字
通、
電力などの公益事業、
インフラ整備等に
情勢次第では大統領と議会との対立が一
をGDP比3%にまで高めるとも発言しており、
おける外資の出資比率を40%以内に制限
気に深まる可能性がある。議会との対立が
こうした税収の確保と拡張的な財政政策に
していることや、
小売業における外資の進出
深まる中で、
選挙戦終盤に話題となったよう
より、
インフラ整備費等を中心に支出の増加
を払込資本金250万米ドル以上の場合の
なドゥテルテ氏自身の不正蓄財疑惑が再び
を図る構えだ。
みに限定していることなどがある。憲法による
取りざたされるようなことになれば、議会から
汚職対策にも積極的に取り組む姿勢をみ
外資出資比率規制については、
かねてより
の弾劾につながりかねず、政治の混乱・政
せている。
ドゥテルテ氏は、
議員の汚職に対し
財閥等の既得権益による国内産業保護の
策の停滞は避けられない。
こうしたリスクを踏
ては断固たる姿勢で臨み、抵抗する議員が
温床となっているとの批判があり、
憲法改正
まえると、今後も政策動向に加え、
このよう
いれば議会の閉鎖も辞さないとの厳しい姿
でこうした規制が撤廃されれば、
外資系企業
な議会との関係などからも目が離せない状
勢を打ち出している。
また、
警察官等による賄
の対内直接投資拡大を促す効果が期待さ
況が続くだろう。
賂の要求が頻発していることに鑑み、
警察官
れる。
等の給与を引き上げることも検討しており、
汚
また、
ドゥテルテ氏は、
前アキノ政権下で法
職対策に向けて具体的な方針を打ち出して
案は成立したものの、
いまだ施行に至ってい
いる。
ない人口抑制法の施行にも意欲をみせる。
フィリピンでは、人口増加率が高すぎるため
アキノ改革からさらに
踏み込んだ政策にも意欲
する貧困や失業問題の一因となっている。
ドゥテルテ政権は、
アキノ政権が手を付けら
アキノ政権は2012年に人口抑制法案を成
雇用の創出が追い付かないことが、
深刻化
菊池 しのぶ プロフィール
2006年東京大学大学院公共政策学教育部
修了。同年、みずほ総合研究所入社。2009年
まで社会・公共アドバイザリー部にて、PFI事
業のコンサルティングを担当。2009~2011
年在アメリカ合衆国日本大使館専門調査員。
2011年よりアジア調査部にてインドネシア、
フィリピン、オーストラリア経済を担当。2015
~2016年にシンガポール駐在。
mizuho global news | 2016 SEP&OCT vol.87 2 1